弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破毀し、本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告人の上告理由は末尾添付の上告理由書記載のとおりであつて当裁判所のこれ
に対する判断は次のとおりである。
 第一点及び第二点について
 原審は「本件家屋はさきに被上告人の父が末子である被上告人が妻帯独立して世
帯を持たせる用意のために買い與えたものでこの事実は借家人である上告人におい
てもよく知つていた。被上告人は長い應召の後昭和二十年八月下旬復員したので被
上告人夫婦と子供一人が本件家屋に住むため同年九月中上告人に対し解約の申入を
したものである。被上告人は右家屋で食糧品加工業を始めることを予定しており叔
母が戦災にあつて他人の八疊一間を借り受け家族八人が不自由な生活をしておるの
でこれを引き取り同居させることを予定しておるから不当に廣い家を要求している
ものとはいえない。」という事実を認定し、借家法第一條ノ二にいわゆる賃貸人自
ら使用することを必要とする場合にあたるものと認め、本件解約の申入はその効力
を生じたものと判断しているのである。
 <要旨第一>しがしながら賃貸人が自ら使用する必要があるというだけでは当然に
解約の事由となるものでなく、自ら使用する必要があつても正当の事由
がなければ解約の申入ができないことは、借家法第一條ノ二の立法趣旨によつ<要旨
第二>て明らかである。そして正当の事由があるかどうかを判断するには、賃貸人及
び賃借人の双方に存するあらゆる事情利害得失を具体的に比較考察し更
に一般の社会状態、殊に極度の住宅不足がなお緩和されていない今日の情勢の下に
おいて解約の申入が効力を生じた場合に賃借人側の置かれる著しい困難な状況も充
分考慮しなければならない。ところが原判決は賃貸人が自ら使用する必要があるこ
とを認定しただけで解約の申入が効力を生じたものと判断し、賃借人側の事情殊に
解約の申入が効力を生じた場合に賃借人等の当面しなければならない困難な立場に
ついて、充分考慮を拂つた形跡はない。もつとも原判決の後段において本件家屋に
は上告人の家族の外に実弟A、妹婿Bの家族三人及び他人のC親子二人Dの多人数
が同居しておる事実を認定しているのであるけれども、更に進んで第一審証人Bの
証言によつて、上告人は被上告人から解約の申入を受けた後においてこれらの人々
を同居させたものであることを推認している。しかし同証言によつてこれらの人々
が解約の申入後同居した事実を推認することはできないことは所論のとおりでお<要
旨第三>る。又Aが上告人の実弟、Bが上告人の妹婿であることは原審の認定したと
ころであつて、住宅難の著しい今日上告人とこのような親族関係にある
者が上告人と同居していることを以て直ちに上告人が賃借契約に基いて有する使用
収益の範囲を超えたものとすることはできず、これについて特に被上告人の承諾を
要するものともいえない。そうすると解約の申入が効力を生じた場合、上告人の一
家ばかりでなく、少くともA、Bの家族三人が当面する困難な状況についても考慮
を拂わなければならないのに、原判決はこの点を考慮しなかつた。
 そうすると原判決は証拠によらないで事実を確定したばかりでなく、審理を盡さ
ず、法律の解釈を誤つた違法があるもので、論旨はいずれも理由があり、原判決は
全部破毀を免れない。そして本件については借家法第一條ノ二にいわゆる正当の事
由があるかどうかについてはなお審理を要するから、これを原審に差し戻さなけれ
ばならない。そこで民事訴訟法第四〇七條第一項により主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 石神武蔵 判事 大島京一郎 判事 熊野啓五郎)

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