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平成18年11月16日宣告
平成18年(わ)第270号殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
判決要旨
被告人
氏名A
主文
被告人を懲役6年6月に処する。
未決勾留日数中70日をその刑に算入する。
松山地方検察庁で保管中の包丁1本(平成18年領第560号符1号)を
没収する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,
第1平成18年3月25日午後8時28分ころ,松山市a町b丁目c番地d付近
路上において,B(当時31歳)に対し,殺意をもって,いきなり所携の包丁
(刃体の長さ約16.7センチメートル,松山地方検察庁平成18年領第56
0号符1号)を左手で持って同人の腹部めがけて突き出し,さらに,同包丁を
右手に持ち替えてこれを同人の腹部めがけて突き出すなどしたが,同人が抵抗
して腹部への刺突を回避したため,その左胸部を切り付け,その左大腿部を刺
すなどして同人に全治約6週間を要する見込みの左大腿四頭筋部分断裂,左胸
部切創等の傷害を負わせたにとどまり,同人を殺害するに至らなかった
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,刃体
の長さが6センチメートルをこえる前記包丁1本を携帯した
ものである。
省略【証拠の標目】
【事実認定の補足説明】
第1争点
本件の争点は,犯行態様(争点1)及び殺意の有無(争点2)であり,これに
関する当事者の主張の要旨は以下のとおりである。
1検察官の主張
被告人は,交際していたCを被害者に取られてしまうとの気持ちから,被害
者に対する怒りや憎しみが募り,確定的殺意をもって,左手で持った包丁を被
害者の腹部めがけて突き出し,その後,包丁を右手に持ち替えて被害者の腹部
を刺そうとしたが,被害者が防御したため,被害者に左大腿部刺創等の傷害を
負わせるにとどまった。
2弁護人の主張
被告人は,被害者に対し,前記Cと今後は関わらないようにさせるため,包
丁を示して脅そうとしていたにすぎず,殺意はなかった。また,被告人は左手
に持った包丁を被害者に奪われないようにしていたにすぎず,積極的に包丁で
被害者を攻撃しようとしたことはなく,包丁を右手に持ち替えたこともない。
第2判断
1証拠によって容易に認められる事実
()本件犯行に至る経緯など1
,。被告人は平成12年ころから本件犯行に至るまでCと交際を続けていた
被害者とCは,平成18年1月初旬ころ知り合い,交際を始めたところ,被
告人は,同月下旬ころには,被害者とCが交際をしていることに気付き,被
害者及びCに対し関係を絶つよう申し向けるなどしていた。被告人は,平成
18年3月6日ころ,Cとともに被害者の勤務するバーで飲酒するなどした
が,その際,被害者から「Cさんが嫌がっとるの,分かってないの。これ以
上付きまとわんでください」などと言われたため,立腹して被害者の胸ぐ。
らをつかむなどした。これを見たCが警察に通報し,駆けつけた警察官に被
告人が覚せい剤を使用しているかもしれない旨申告したため,被告人は警察
署への任意同行の上,尿の任意提出を求められた。被告人は,警察から一方
的に疑われたことに屈辱感を抱き,Cを自分のものにしようとした被害者が
Cに指示して上記申告等を行わせたなどと邪推し,被害者を許せないとの気
持ちを抱くようになった。そこで,被告人は,Cに今後被害者と会わないよ
う厳しく申し向けるなどしたが,その後もCは被害者と会うなどしていた。
,,被告人は同月22日ころCが被害者の勤務先のバーにいるところを目撃し
怒りから,同月23日松山簡易裁判所に対し被害者に100万円の慰謝料の
支払いを求める民事訴訟を提起した。Cは,同月24日,被告人の事務所に
おいて,被告人から「俺は,絶対にやる言うたらやる。俺は,包丁を持っと
る」等と言われたことなどから,被害者に危害の及ぶことをおそれ,被告。
人には女友達に会うなどとうそを言って被害者と会い,同人との間にいった
ん距離を置くこととした。被告人は,翌25日になってもCが帰ってこなか
ったことから,Cが被害者方にいるのを確認した後,被告人方に帰ってくる
よう申し向け,被告人方でCと会った。
そして,被告人は,被害者がバーへの出勤のため間違いなく通るであろう
と予想した本件犯行現場に車で赴き,近くの焼鳥屋で生ビール2杯くらいを
飲酒の上,用意していた包丁を助手席において,車の中で被害者を待ち伏せ
していたところ,同日午後8時20分ころ,被害者が歩いてくるのを認め,
左手に包丁を持って被害者の前に立ちふさがった。
()被害者の負傷状況2
本件犯行直後の被害者の身体には,次のアないしエの傷害のほか,右足擦
過傷,頭部打撲等の傷害が認められた。
ア腹部の傷
腹部の傷は,ほぼ正中線沿いの剣状突起と臍点のほぼ中間の腹部に位置
する,近接した2か所の点状の出血を伴う新しい傷である。なお,上記2
か所の傷は,同程度の点状の出血を伴う極めて近接したものであることか
ら,同一の機会に形成された傷と認められる。
イ左胸部切創
左胸部切創は,左胸側部左肺の前面,すなわち,おおむね左脇腹の上付
近に位置する,長さ約2センチメートル,深さは皮下に達する程度の浅い
斜め方向の切創である。
ウ左大腿部刺創及び左大腿四頭筋部分断裂(以下,単に「左大腿部刺創」
という)。
左大腿部刺創は,左大腿前面に位置する上下方向の,長さ約5センチメ
,,ートル深さは大腿骨に達する約7ないし9センチメートルの刺創であり
主幹動脈は外れていたものの,大腿筋を切断し,筋内の動脈を切断してい
る状態であり,成傷器が体の外側から内側に向けて,かつ,股関節側に向
けて斜めに侵入したことによって形成されたものである。なお,股関節側
の創角が鈍角であり,膝関節側の創角が鋭角であることから,成傷器は刃
先の尖った片刃の刃物であり,刃は膝関節側に向いていたと認められる。
エ左手切創
左手切創は,左手掌部の示指,中指基節部直下に位置する,長さ約2.
5センチメートル,深さは皮下に達する程度の浅い切創である。
2犯行態様について(争点1)
()被害者供述の要旨1
被害者は,被告人の本件犯行態様につき,要旨以下のとおり供述する。
ア被告人は,被害者の前に立ちふさがりサングラスを外すと「俺よ,分,
かるか」などと言った。被害者が「ああ,何しよるんですか」などと答。
えると,被告人は,いきなり右手で被害者の胸倉付近をつかみ,その体を
被告人の方に引き寄せた。そして,その直後に,被告人は,左手を背後に
,「,。,。」回し俺の女取りやがってお前が邪魔なんやうざいんよ殺したる
などと言いつつ,包丁の黒い柄のようなものを握って被害者の腹に一直線
に突き出して来るように見えた。被害者は,とっさに右手で被告人が左手
に順手で握っていた包丁の峰付近を払った。しかし,その際,へその上あ
たりにチクッとする痛みを感じた。
イその後,被告人が包丁を右手に持ち替えたことから,被害者は,とっさ
に被告人の右袖を両手でつかんで被害者から見て左斜め前に遠ざけるなど
していたが,被告人の腕の力が胸から腹部に向かっているのが分かった。
被告人に左手で顔面を殴打され,押されるなどしたため付近建物のシャッ
ターまで後ずさり,左右いずれかの膝を地面につけて腰を落とした状態と
なった。被告人はなおも包丁の刃先を被害者の体に向けた状態で力を込め
ていたため,包丁が被害者の着用していたジャンパーとシャツの間の脇の
下付近に入り込んだ。この時,被害者は左胸側部付近に何かが当たった感
触がした。
ウさらに,被害者は,両膝を地面につける状態となり,立ち上がるような
感じで膝と腰に力を入れて抵抗していた。被告人は,被害者の頭に覆い被
さるように体重をかけ,包丁の刃先を被害者の体に向けるなどした。その
際,被告人の握っている包丁の柄が被害者の左太もも付近に見え,被害者
は左太ももに鈍い痛みのような違和感を感じた。なお,上記イの被告人の
右腕をつかんでから,この時まで,被告人とはずっと正対する位置にあっ
た。
エその後,立ち上がった被害者に押された被告人が後方に尻餅をついて倒
れ,その際に落とした包丁を右手で握り直して立ち上がり,包丁を被害者
の腹辺りをめがける格好になった。被害者は,両手で被告人の右袖をつか
んだが,このままでは危ないと思い,包丁を奪い取ってやろうと考え,左
手を袖から離して包丁の近くまでずらして小指と薬指を包丁の根本部分に
引っかけたり,同様に中指をかけたりして包丁を引っ張ったが滑ってしま
った。そこで,被害者は,人差し指を包丁の根本部分に引っかけて刃を握
るようにして引っ張り,被告人から包丁を奪い取った。その際,思わず中
指,薬指,小指を閉じてしまい,刃の部分を握るような感じになった。被
告人は「その持った包丁で刺すなら刺せ。車に乗れ」などと怒鳴って,。
いたが,被害者は,これに取り合わず本件犯行現場付近の焼鳥屋に赴き,
警察に通報した。
()検討2
上記被害者供述は,前記1()認定の被害者の腹部の傷,左胸部切創及び2
左大腿部刺創等の負傷状況と合致し,その内容も具体的かつ迫真的であるほ
か,被害者は,上記の供述要旨以外に,被告人が左手で顔面を殴るなどして
いたことは憶えているが,被告人の右手に集中していたためその詳細につい
ては憶えていない旨も供述しており,このような供述態度に鑑みれば,被害
者は自らの記憶に従って真摯に供述していると認められる。よって,上記被
害者供述は信用できる。なお,証拠上,シャツには腹部の傷に対応する特段
の損傷が認められないが,腹部の傷は点状の軽微な傷にすぎずシャツに形跡
を残さなかったとしても格別不自然・不合理ではなく,上記被害者供述の信
用性を左右しない。
この点,弁護人は,①被害者が本件犯行直後,警察官に対し「必死で腹,
を刺されないようにAの右手を振り払ったのです「Aの右腕を掴んで倒。」
れ込んでしまい,その拍子に私の左太ももにAが持っていた包丁が刺さった
のです」などと検察官に対する供述と異なる供述をしていたこと,②被害。
者の供述する左太ももを刺された状況が,左大腿部刺創の位置,深さ及び方
向に照らして不自然なこと,③包丁の根本部分に人差し指を引っかけて被告
人から包丁を奪い取った旨の被害者の供述部分も不自然であること,④被害
者供述から,ジャンパー左そで前腕部上方の切断痕等を説明できないことな
どを指摘し,被害者の記憶はあいまいで想像の部分が多く,その供述は信用
できない旨主張する。
しかし,①の点については,弁護人の指摘する被害者の警察官に対する供
述は,本件犯行直後,搬送先の病院の治療室で被害者が治療を受けている最
中に,治療の妨げにならないよう断続的に聴取されたものであるところ,病
院に搬送された際,被害者は左手の平に刃が当たるように包丁を握りしめ,
自ら放すことができない状態であり,医師が被害者の左手をほぐして包丁を
放させたということからも分かるように異常な緊張状態にあったのであり,
聴取の際も,被害者が供述するように,興奮しており,頭が少しぼーっとし
た状態であったことは信用できること,その調書は,被害者が治療が終わっ
て病室に移動した直後に読み聞かされたものであること,被害者は被害状況
について細かく書かれていないと感じたところ,警察官から「詳しい話は退
院後改めて聞き,調書にします」などと説明されたこと,警察官が,上記の
ような,長時間の聴取が困難な被害者に対し,検挙されていない犯人の特徴
を質問し,犯行態様の概略を聴くにとどめることは自然であり,その結果調
書の内容のうち,犯行態様に関するものは2ページ余りの概略的なものにす
,,ぎずその余の約4ページは犯人の特徴等に費やされていることからすれば
警察官に対し,犯行態様について十分な説明ができず,その調書の正確性に
十分注意を払うことができなかったものとうかがわれ,その後に被害者が上
記のように供述を一部変遷させたことをもって,上記被害者供述の信用性判
断を左右するものではない。また,②の点については,被害者は,左太もも
に包丁を刺された際の状況につき,前記2()のとおり,両膝を地面につき1
腰を落とした体勢であり,左大腿部は地面に対して斜め横に傾いている状態
であったこと,被告人は被害者の頭に覆い被さるような体勢であったことの
ほか,被害者が被告人の右そでを握ったまま包丁を自分の体から遠ざけよう
とし,これに対して被告人が包丁の刃先が被害者に向くように力を入れてい
たことなどを供述しているところ,この供述は,これに沿う被害者による犯
行再現状況のとおり,その刺創の状況から推認される受傷状況と合致するも
のであり,この再現内容や方法に不自然・不合理な点はうかがわれないこと
に照らせば,この点に関する弁護人の主張は採用できない。さらに,③の点
は,包丁の根本部分には刃が付いていないうえ,その形状からして指を引っ
かけやすいことに照らせば,被害者供述はむしろ自然であるし,④の点も,
生命の危機にさらされ必死に防御していた被害者が,ジャンパー左そでの損
傷につき記憶にとどめていなかったとしても不自然とは言えず,これらの点
に関する弁護人の主張はいずれも採用できない。
()結論3
以上のとおり信用できる被害者供述によれば,被告人が「俺の女取りやが
って,お前が邪魔なんや。うざいんよ,殺したる」などと言いながら,左。
手に順手で握った包丁を被害者の腹部めがけて突き出し,被害者に防御され
,,た後も包丁を右手に持ち替えて包丁の刃先を被害者の体に向けて力を込め
被害者の左胸部に切り付けるなどし,その結果,包丁が被害者の左大腿部に
刺さり,左大腿部刺創などの傷害を負わせたことが認められる。
なお,弁護人は,被告人は被害者に包丁を奪われないようにしていたにす
ぎず,包丁で被害者を攻撃しようとする行為はなく,右手に包丁を持ち替え
たこともない旨主張し,被告人も「被害者を脅すために,左手に持った包,
丁を被害者に突き出したところ,被害者は包丁を両手でつかんで引っ張って
。。きた被害者と包丁を引っ張り合うなどしていたが被害者に押されて倒れた
自分が倒れるまで被告人と被害者はお互い正面を向かい合っており,どちら
かが横に回ったりしたことはない。落ちた包丁を左手で握り,立ち上がろう
と腰を上げたところ,被害者から包丁を両手でつかまれ,その後,被害者の
手から血が出ているのを見て包丁から手を離した」旨のこれに沿う供述を。
する。
,,しかしながら被告人と被害者が包丁を引っ張り合っている状況において
被告人が左手で握った包丁で被害者の左胸側部付近に切創を負わせることは
困難であり,被告人供述は左胸切創の状況に照らして不自然である。また,
被告人供述を前提とする限り,左大腿部刺創は被告人が倒れた際に被害者に
覆い被さるように倒れて生じたものと考えられるが,このような状況で被告
人の左手に持った包丁が被害者の左大腿部に刺さったとすれば,被告人によ
る犯行再現状況のように,被害者の体の内側から外側に向かって包丁が刺さ
ったと考えるのが自然かつ合理的であるところ,これは,前記1()ウの認2
定と矛盾することは明らかである。のみならず,その状況につき被告人は,
捜査機関に対し「私は,バランスを崩して,時計回りに体を回すようにして
倒れ,右膝を地面に着けました。そして,尻もちを着きました」などと供。
述していたが,公判廷では「倒れた際に,右膝を打って擦りむいていたのは
分かりますが,どういうふうにこけたかは分かりません」などと供述して。
おり,合理的な理由なく供述を変遷させている。よって,上記の犯行態様に
関する被告人供述は信用できず,上記弁護人の主張は採用できない。
3殺意の有無について(争点2)
被告人は,前記のとおり被害者に対し憎しみを抱いていたこと,包丁は,刃
先の尖った刃体の長さ約16.7センチメートルのものであること,被告人は
包丁を本件犯行より前に用意したものであること,犯行態様は前記2のとおり
であるが,被告人は包丁を左手で順手に握って,被害者の身体の枢要部である
腹部めがけて突き出し,その際「俺の女取りやがって,お前が邪魔なんや。,
,。」,,うざいんよ殺したるなどと言ったこと被告人は包丁を右手に持ち替え
被害者は被告人の右袖をつかむなどして防御していたにもかかわらず,被告人
は,包丁の刃先を被害者の体に向けて突き出そうとし,実際に身体の枢要部で
ある左胸側部に切創を負わせるなど,被害者に対して包丁を用いた攻撃を継続
していることが認められる。以上によれば,遅くとも左手に握った包丁を被害
者の腹部に向けて突き出した時点で確定的殺意を有していたと優に認定でき
る。
この点,弁護人は,①被告人が被害者を殺害しなければならないほどの動機
がないこと,②被告人が利き腕である右手を使用していないこと,③人目につ
きやすく逃走の容易な路上において,被害者の正面に立ちはだかったこと,④
被告人が自ら包丁から手を放し,その後,開き直っていることなどの点を指摘
し,被告人に殺意がなかった旨を主張する。
しかし,①の点については,前記第2の1()のとおり,被告人は長年交際1
を続けてきたCに被害者と別れるよう厳しく申し向けるなどしていたが,一向
にCが被害者と別れなかったばかりか,かえって被害者の指示によりCが警察
官に被告人が覚せい剤をしているかもしれない旨申告したなどと邪推して被害
者に恨みを募らせていたのであり,かかる恨みなどから被告人が被害者の殺害
を決意したとしても不自然ではない。②の点については,本件犯行態様が腹部
に向けて包丁を突き出すという単純な動作であることなどに鑑みれば,被告人
が最初に利き手でない左手で包丁を握っていたとしても不自然ではないし,本
件犯行態様の危険性が減じるものでもないから,上記確定的殺意の認定を何ら
左右するものではないし,その後被告人が右手に包丁を持ち替えたことは前記
第2の2のとおりである。そのほか,弁護人が③及び④で指摘する事情は,そ
れ自体が殺意の推認を妨げる内容・性質のものではない。
省略【法令の適用】
【量刑の理由】
本件は,被告人が被害者を殺害しようと企て,左手に持った包丁を被害者の腹部
に突き出すなどしたが,被害者に全治約6週間を要する左大腿部刺創,左胸部切創
などの傷害を負わせたにとどまったという殺人未遂及び銃砲刀剣類所持等取締法違
反の事案である。
被告人は,被害者の腹部めがけて包丁を突き出したのみならず,その後も,右手
に持ち替えた包丁で判示の犯行を敢行しており,未遂にとどまったのは被害者が防
,。御したからにすぎないことを考慮すると極めて危険かつ執拗で悪質な犯行である
また,被告人は,事前に包丁を用意して被害者を待ち伏せて本件犯行に及んでいる
のであって,計画性も認められる。被害者は,本件犯行により左大腿部刺創等の全
治約6週間を要する傷害を負わされたのであり,その身体的苦痛はもちろん,本件
犯行により生命の危険にさらされた精神的苦痛は重大であって,被害者が被告人に
厳罰を求めるのも十分理解できる。そして,本件犯行に至る経緯は前記のとおりで
あるが,被告人は,長年交際を続けてきたCが被告人の意に従わず被害者と別れな
かったことや被害者の指示によりCが警察官に被告人が覚せい剤をしているかのよ
うなことを申告したと邪推するなどして怒りを蓄積させ本件犯行に及んだのであっ
,。,,てかかる自己中心的かつ身勝手な動機に斟酌すべき点はないさらに被告人は
本件犯行直後から逃走し,被害者や捜査官の尽力により逮捕されるまで,自ら出頭
することもなく約3か月に渡り逃亡していた上,公判廷においても殺意に関して不
合理な弁解をしており,本件犯行の重大性を認識して真摯に反省しているとは言い
がたい。加えて,被告人は,平成16年9月に覚せい剤取締法違反により懲役1年
6月,3年間執行猶予の有罪判決を受けたにも関わらず,その執行猶予期間中に本
件犯行を敢行しており,その犯情は悪質である。以上からすれば,被告人の刑事責
任は重大である。
他方,上記のとおり,被害者が防御したからではあるものの本件は幸いにして未
遂にとどまっており,結果として被害者が負った傷害は生命を脅かすようなもので
はなかったこと,被告人は,被害者に対して謝罪文を送付するとともに,被害者に
傷害を負わせたことは申し訳ないなどと供述したこと,被告人の友人が被害者に1
00万円という具体的金額を提示して示談の申込みをし,法廷に出廷して被告人の
監督を誓約したことなどが認められる。
しかしながら,上記被告人の刑事責任の重大さに鑑みれば,主文掲記の実刑が相
当である。
よって,主文のとおり判決した。
(求刑懲役10年,包丁1本没収)
平成18年11月16日
松山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官前田昌宏
裁判官武田義徳
裁判官酒井英臣

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