弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を禁錮2年8月に処する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,平成29年11月21日午前10時55分頃,大型貨物自動車を運転
し,滋賀県犬上郡a町b高速道路下り線cキロポスト付近の第1車両通行帯を北方
から南方に向かい進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認して進
行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,左手に持ったスマートフ
ォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるな
どして前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま漫然と時速約80キロメ
ートルで進行した過失により,折から渋滞のため減速進行中ないし停止中のA(当
時44歳)運転の普通乗用自動車を前方約2.6メートルの地点に初めて発見し,
急制動の措置を講じたが間に合わず,同車に自車を追突させ,前記A運転車両を前
方に押し出し,同車をその前方で減速進行中の準中型貨物自動車に,同車をその前
方で減速進行中のB(当時23歳)運転の普通貨物自動車に,同車をその前方に停
止中のC(当時27歳)運転の普通乗用自動車に順次追突させた上,前記B運転車
両を道路左側のガードレールに,前記準中型貨物自動車を前記C運転車両にそれぞ
れ更に衝突させ,よって,前記Aに頭蓋内損傷の傷害を負わせ,その頃,同所にお
いて,同人を前記傷害により死亡させたほか,別紙一覧表記載のとおり,前記Bら
4名にそれぞれ傷害を負わせた。
【法令の適用】
・罰条
(Aに対する)過失運転致死の点は,自動車の運転により人を死傷させる行為
等の処罰に関する法律5条本文
B,D,C,Eに対する各過失運転致傷の点は,いずれも自動車の運転により
人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文
・科刑上の一罪の処理
刑法54条1項前段,10条(一罪として最も犯情の重い〔Aに対する〕過失
運転致死罪の刑で処断)
・刑種の選択禁錮刑を選択(処断刑は,1月以上7年以下の禁錮)
・訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
【量刑の理由】
本件は,大型貨物自動車を運転する被告人が,高速道路上において,スマートフ
ォンのアプリケーションソフト(以下,単に「アプリ」という。)の閲覧・操作等
に気をとられ,進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務に違反し
て多重交通事故を起こし,1名を死亡させ,4名に傷害を負わせた過失運転致死傷
の事案である。
被告人は,高速道路上において大型貨物自動車を運転していたのであるから,脇
見をすることのないようにして,特に前方を注視して慎重に進行すべきであった。
それにもかかわらず,被告人は,左手に持ったスマートフォンを起動し,画面をタ
ッチしてたち上げたドライブ計画用アプリに出発地を入力する操作等を行った上,
同スマートフォンを床上に落としてこれを拾おうとするなどして,約10秒間も前
方の注視を怠り,渋滞により減速進行中ないし停止中であった被害者A運転車両に
自車を追突させて本件事故を引き起こした。時速約80キロメートルという被告人
運転車両の速度,スマートフォン(機器本体の寸法:縦約15.8センチメート
ル,横約7.8センチメートル)の小さい画面に意識を集中しており,前方注視が
ほぼ完全に疎かになっている態様や前方不注視時間の長さ,進路の見通しが良かっ
たにもかかわらず(甲4の写真等参照),被告人が実際に被害者A運転車両の約
2.6メートル手前という差し迫った時点に至るまで渋滞に気付かなかったことに
照らすと,本件前方注視義務違反は,自動車運転者としての基本的な注意義務に違
反したことはいうに及ばず,被告人が通常の過失態様を逸脱する運転をしたと評価
すべきであって,犯行態様の危険性は著しく高い。他方,被害者Aを始めとする各
被害者には何ら落ち度がない。以上の点は,被告人の刑の重さを検討するに当たっ
て最も重要視すべき犯情事実である。進路前方に渋滞があることを事前に確定的に
認識していたことや,前記アプリ操作の理由が,兵庫県加古川市の荷受先へのおお
よその到着時刻の検索であって走行中にこれを行う緊急の必要性もなかったことか
ら,いわゆるスマホ「ながら運転」という,本件実行行為に直結する行為を選択し
た被告人の意識決定に対する非難の程度も相当に高いというべきである。
このような本件犯行自体の危険性の著しい高さを中核として,本件犯行に直結す
る行為の意思決定に対する非難の程度の高さにも照らすと,被告人が閲覧等してい
たアプリがゲーム用やエンターテイメント用のアプリではなく,一定の実用性のあ
るアプリである点を,被告人に有利に斟酌することは適切ではない。
そして,本件犯行により被害者Aの生命が奪われており,生じた結果は重大であ
る。この点も,被告人の刑の重さを決めるに当たってある程度重要視すべき犯情事
実である。当時44歳の被害者Aは,妻と未成年の2人の息子,実父と暮らし,約
20年勤続する会社においてグループリーダーとして信頼を得て平穏な日々を過ご
していたところ,業務による移動中に突如として本件被害に遭い,人生半ばでこの
世を去らなければならなかった。その受けた激しい肉体的苦痛は想像を絶するもの
があるし,恐怖感や無念さといった精神的苦痛は察するに余りある。妻を始めとす
る遺族の悲嘆は大きく,当然ながら,妻は,被告人に対する厳重な処罰を希望して
いる。
以上の点に加え,被告人が本件公判以前に遺族に対してとったきた慰謝の措置
が,謝罪の手紙の受領を1度打診したに止まり,不誠実であるとまではいえないも
のの,遺族の日常生活に与えた影響等について想像力を働かせて共感し,その心情
に十分に寄り添ったものとはいい難く,十分な努力ではなかったと思われる点もご
くわずかに踏まえると,被告人の刑事責任は重い。
犯した犯罪行為にふさわしい刑罰を科すという行為責任主義の観点から,過失運
転致死傷罪が過失犯であることを前提とし,後記被告人のために斟酌すべき事情を
最大限考慮しても,一般的に見て,スマホ「ながら運転」は,過失運転致死傷の各
類型中において,スマートフォンの小さい画面における手指による比較的細密な動
作に意識を集中する必要があり(車載のカーナビゲーションや,旧来の携帯電話機
のボタン操作と異なり,手探りや指の触感で操作目的を達成することが難しく,画
面の視認が不可欠となる特徴があり,意識を相当程度集中する必要がある。),自
動車運転者としての通常の過失態様を逸脱する危険な態様であるといえる。その上
で,本件犯行態様に即応して具体的に検討すると,前方に渋滞が発生していること
を電光掲示板で認識していた点,高速道路上を時速約80キロメートルで走行中,
前方注視を約10秒間,200メートル以上もの距離にわたりほぼ完全に怠ってい
る点などに照らして,前記スマホ「ながら運転」の社会的類型の中でも量刑がやや
重い部類に属すると考えられる。以上の点からすると,本件において,被告人に対
してその刑の執行を猶予する余地はなく,被告人を実刑に処することが不可避であ
るはもとより,科す禁錮刑も相当長期間とすることが相当である。
そうすると,検察官の禁錮2年の求刑は,前記のとおりのスマホ「ながら運転」
という社会的類型の一般的危険性や,その類型中での本件犯行自体の危険性を過小
評価し,このような類型が一定数出現する以前の従来の過失運転致死傷の量刑傾向
を前提とし,これに捉われたものと評価でき,軽すぎると考える。当裁判所は,ス
マホ「ながら運転」が比較的新しい過失運転致死傷の社会的類型の1つであること
に鑑み,スマホ「ながら運転」又はこれに類する過失運転致死傷ないしこれを含む
罪に係る平成27年以降の公刊物登載裁判例につき(その代表的なものは,名古屋
地方裁判所平成29年5月11日判決・裁判所HP,判例秘書登載及びその控訴審
である名古屋高等裁判所平成29年9月26日判決・裁判所HP,判例秘書登載で
あり,同高裁判決は,平成30年1月25日,最高裁判所においても維持されてい
る。),事案ごとの特徴や各判決が重視した量刑事情を整理して慎重に検討した上
で,そのように(すなわち,禁錮刑を相当長期間とすることが相当であると)判断
した。
続いて,被告人のために斟酌すべき事情について検討を進めると,被告人は,事
実を認めて反省の態度を示し,公判廷において被害者A及び遺族に対するお詫びの
言葉を述べている。また,被告人の元勤務先会社が加入していた自動車損害共済に
より,被害者Aの遺族及び他の被害者に対し,保険金が支払われたり示談が成立し
たりするなどして,適正な賠償が実現する見込みはある。以上の点は,被告人のた
めにそれなりに斟酌すべき一般情状事実である。被告人に前科がなく,当然なが
ら,正式裁判を受けるのも今回が初めてであって,これまで社会に適合して生活し
てきた者である点や,姉及び犯行当時の勤務先の上司が被告人の更生に協力すると
証言している点,被告人の両親の年齢や健康状態も踏まえ,被告人に対して科す禁
錮刑は,主文の刑期とすることが相当である。
(検察官の求刑禁錮2年,被害者参加人Fの科刑意見懲役4年,弁護人の科刑
意見執行猶予付き判決)
平成30年3月19日
大津地方裁判所刑事部
裁判官今井輝幸
l'
別紙
一覧表

番号受傷者
年齢
(当時)
傷害の程度傷害名乗車区分
1B23歳加療約2週間両下腿打撲傷等運転者
2D29歳加療約2週間両下腿打撲傷等B連転車両の同乗者
3C27歳加療約10日間頸部挫傷.運転者
4E26歳加療約10日間頸部挫傷C運転車両の同乗者

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