弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告はこれを棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告理由第一点は原判決は「云々上告人所有のab番地と同c番地との境界は別
紙図画の(ホ)(ヘ)点を結ぶ山道であると認めるの外なく本件係争地は被上告人
所有の右ac番地山林一反歩である認めざるを得ない」として上告人の主張を排斥
している。
 然しながら此認定をなす原審は被上告人所有のc番地は一反歩(公簿面)である
に不拘上告人の主張する境界線を両土地の境界線とする時は実際上四畝歩しかない
非常に少量となるという事が其考察の基礎を爲しているのである。
 上告人は上告人所有のb番と其隣接する被上告人所有の土地と称して居るのみで
其隣接土地がc番地であるか如何かは主張していない被上告人も原審も第一審もb
番地に隣接する土地がc番地と先入観的に定めて総ての審理を経過して居る様であ
る。
 別紙添附の図面は茨木税務署に保管中の図面の写であるがこれによるとc番地と
いうのは原審が認めたb番地に隣接した土地でなく全く別の処に存在するものであ
るb番地に隣接するのはd番地で弐拾四歩である上告人の実地調査した処によると
図面の如く実際に一反歩以上の広いものが存在していることが認められるそれはe
番地は上告人の所有でf番地との境界も明かについて居てc番地の土地は此の図面
の如く現実に存在していることが認められる。
 又この図面によるとg番地h番地i番地共に被上告人の所有でその次にc番地の
存在するという事は実際に適したものであるb番地に接してc番地がその西の方に
存在するという事は実際上も在り得ないことである図面の如くb番地j番地e番地
d番地と相互接近して存在することは事実に適合することである。
 b番地に接した土地(イボ水の存する土地)がd番地であるとすれば公簿面弐拾
四歩であるから実際より少い坪数であるが之れに該当するものであると云い得られ
る各証人の証言(原審に援用の)でもイボ水のある土地が被上告人の土地であるこ
とは認めるが果してこれがc番地であると断言するものではないかくした時に原審
はd番地の土地をc番地の土地であると即断した事実認定についての審理不審があ
るものと信ずるというにある。
 けれども所論図面は原審に提出せられなかつたものであることは記録上明かであ
るから、これを斟酌して係争地がd番地の土地にあたるかどうかを審査すべき限り
でないのは勿論、原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示のように被上告人は上告人
所有のab番地山林七反歩の西に隣接してa山林c番地山林一反歩を昭和十年以前
から所有している事実、及び右両地の境界は原判決末尾添付の図面の(ホ)(ヘ)
点を結ぶ山道であつて係争地が被上告人所有の右c番地山林の一部であることが認
められないことはないから、原判決には所論のような審理不盡の違法はない。論旨
は理由がない。
 上告理由第二点は原判決は「本件係争地内西部及び南部低地数ケ所に生立してい
た雑木の内の「コハラ」を控訴人の継父Aにおいて明治四十三年中Bへ、大正七、
八年頃Cへ(同人は右の頃右原木を用い本件係争地(ロ)点東南方において炭焼を
爲す)控訴人において昭和二年頃D外一名へ、昭和六年中Eへそれぞれ売却し、又
本件土地内東部高地の松を大正十二、三年頃控訴人において他へ売却した事実、昭
和三年頃(前掲各証拠中右以前の時期における植林事実の供述又は記載部分は措信
しない)控訴人においてD、Fを使用して本件土地の傾斜地帯に杉、檜を植林し、
(さらに係手地外の前記イボ水平地にまで侵入して植樹を試みたことが原審及び当
審における被控訴人代表者本人訊問の結果によつて認められる)その後二、三年に
亘りD及びEを使用して植林部分の下苅を爲した事実がそれぞれ認定できる云々」
として本件係争の土地において上告人及継父Aにおいて明治四十三年頃より前記の
如き各種の行爲のあつたことを認めながらとれは占有と認めがたいとして上告人主
張を排斥したのは占有の解釈を語つた違法があると信ずる。
 山林等の占有は家屋とか畑地とかのように間断なくなされて居るものではない一
年に一下回苅をするとか雜木の下拂をするとかという程度のものであつて殊に之れ
を他人をしてやらしたり又他人に売却したりするとこはそもそもこの山林を占有し
て居ればこそたされるものでこれを占有に非ずとするが如きは占有の解釈を誤つた
違法がある原審判決の説明によると山林の立木全部又はそれに近い程度を伐採する
とか植林すると言う様な場合のみに占有を認めるが如く考えられるが斯様なことは
実際上少いことであつて、下苅をするのもその必要程度及び個所にてするものであ
り、立木処分行為も山林の状況を視察し必要な程度若くは可能な程度にて行うのを
通例とするものである、又炭の原木として処分する様な場合も適材のみを売却する
のであるからして一筆の山林に対する占有として認められる基礎たる事実はこの程
度の事実があれば必要且つ充分た解するのが正当である、若し然らずとすれば数百
町歩と云う様な山林は凡て無占有の状態にあると云う不当な結論を招來することと
になる。
 従つて原判決が前記の様な事実の存在を認定しながら尚「占有の承継事実は結局
これを認むべき証拠はない」とされることは解釈に違法がある。
 前記事実は法律上当然に占有の承継事実があると判断せられねばならないとい
い、
 同第三点は原判決は「そして控訴人は前記植樹及び手入をなすことによつて初め
て平穏公然に本件土地の大部分に対する占有を開始したものと言い得るのであるが
右占有の開始にあたり控訴人が無過失であつたとの点については何等これを肯定す
るに足る証拠なく云々従つて右の占有は民法第c十二條第一項の占有と認めざるを
得ないところ云々」として占有の開始について無過失であつた証拠がないとて上告
人の主張する短期時効取得を排斥しているがこれは証拠を不当に排斥した違法があ
る、本件の山林は深山ではない道路から一町程隔つた処にある然もその横に被上告
人の寺院があり隣接した土地にあるイボ水には参詣者もあり多くの人々がこの山林
の附近を通行し又出入して居る山で殊に農村のこととて彼の山は誰のものあの山は
誰々のものというようなことは村人の間では判然としているものであつて他人の山
に入つて下苅したり雑木を切つたり炭焼をしたりするなどどいうことは到底出來な
いことである。
 本件上告人の山林は明治三十六年買受け当時から上告人家が支配していて唯一人
苦情のないのは勿論この山林から半町位の処にある被上告人寺院が知らないという
ことはなく実際上被上告人代表者も本件土地が上告人所有であると信じていたので
水を介してその一部である竹藪の部分を賃借したいと申出た程で数十年間上告人の
所有たることは村人が認め被上告人寺院も認めて来たものであるから上告人が之れ
を支配するに当つても何等自己の所有と信ずる不思議はなく下苅をした人雑木を買
受けて炭焼をした人など多くの人も何等不思議なく上告人の所有と信じていたこと
が認定されるこれを上告人に占有するに当つて何等過失ないと解するのは当然のこ
とである斯様な状況の下に於て上告人が植林をしたり下苅をしたことは何も異常な
点はなく通例のことである斯様な状況はその儘上告人が注意義務を怠つていないこ
と即ち無過失であつたことを証明するものである。
 右の様な状況は各証人の証言、原告被告の訊問により容易に認め得られるところ
であるに不拘原判決がこれを看過したことは証拠を不当に排斥した違法があるとい
うのである。
 上告人は原審において本訴所有権確認の請求の原因として(一)係争地は上告人
先代が明治三十六年六月五日Gから買受け、ついでその後明治三十八年十二月十五
日先代の死亡によりその家督相続人たる上告人の取得したab番地に属し、現に上
告人の所有する山林である。(二)仮りに係争地が右b番地にあたらなくても上告
人先代はこれにあたるものとして譲受け、爾来死亡するに至るまでこれを所有し、
その後は、先代の家督を相続した上告人において占有して来たものであつて、その
占有は占有の意思をもつて平穏公然に行われ、且つ上告人先代は占有の開始に当り
善意無過失であつたから、上告人のため右占有開始の日たる明治三十六年六月五日
から十年を経た大正二年六月四日民法第百六十二條第二項による所有権の取得時効
が完成した。
 仮りに上告人先代において占有のはじめ過失があつたとしても、その時から二十
年を経た大正十二年六月四日同條第一項による所有権の取得時効が完成したと主張
したのみでその外に、上告人自ら係争地に対する占有を新権原により取得し、この
占有も亦民法第百六十二條第一、二項の取得時効の要件を具備していたから、これ
によつても上告人は係争地の取有権を取得したと主張した形跡はない。
 <要旨第一>思うに死亡相続の場合においては、相続開始の際相続人が数千里の遠
方にいて、相続の開始を知らず且つ相続財産を現実に所持することが不
可能であつても、他日相続人が実際所持をはじめるまで、相続財産が無占有の状態
にあることは、相続財産を暴力の前にさらすことになり、対物的社会秩序を破壊す
ることになるから相続人は相続の開始と同時に所持の取得如何を問うことなく、相
続財産に関する個々の物件につき当然占有権を承継するものと解すべきである。
 <要旨第二>して見ると本件においては上告人は取得時効の原因として、専ら死亡
相続により、その要件を具えた先代の占有を承継したと主張しておるに
過ぎないから、上告人の取得時効による係争地所有権の取得如何を判断するには第
一に果して上告人先代が係争地を所有の意思をもつて占有していたかどうかを究め
ることを要し、その結果それが肯定せられると、上告人が係争地の占有を承継した
ことは、上告人がその先代の死亡によりその家督を相続したことにより、推論せら
れなければならない法理当然の結論に外ならないから、これがため、別に上告人が
係争地について事実上所持を取得したかどうかを判断する必要はない。
 原審は判決理由第一段において係争地は被上告人所有のac番地山林の一部であ
つて、上告人所有の同所b番地にあたらないとの結論に達した。それで勢い、上告
人の予備的請求原因たる取得時効による所有権取得の主張について判断せざるを得
なくなり、第二段においてこの点を判示しておるのである。ところがこの判示は前
記の要請に副わないところがあるけれども、係争地に対する上告人先代の占有につ
いては「控訴人の主張する控訴人先代の本件係争土地の占有の承継事実は結局これ
を認むべき証拠はない」と論証し、更にこの点について上告人に利益な証人Hの証
言は証人Iの証言と対比して信ずるわけにいかないと説示しておるところを見ると
この結論の趣旨は占有の承継事実が認められないというのではなくして、上告人先
代が上告人主張のような経路で係争地を占有していたことは認められない。従つて
死亡相続の法理当然の結果である上告人に対する占有権の移転も推論することがで
きないというにあるといわざるを得ない。
 そうすると占有の承継を前提とする上告人の取得時効による係争地所有権の取得
はこれで十分に否定せられるわけである。ところが原審は更に進んで上告人があら
たに本件係争地に対する自己固有の占有を取得したかどうか、そしてその占有が独
立して取得時効の要件を備えておるかどうかを檢討しておるのであるが民法第百八
十七條によれば、占有の承継人は自己の占有か又は自己の占有に前主の占有を併せ
たものかを選択して主張し得るのであるが、死亡相続の場合においては、相続人
は、上述のように、占有意思及び所持の有無を問うことなしに、法律上当然先代の
占有権を承継するに過ぎないから、相続人において、更に新権原により、新に自己
固有の占有を始めない限り、常に自己の承継した先代の占有の性質(自主又は他
主)瑕疵を離れて、その占有を主張することはできない。そして上告人は原審にお
いて新権原にもとずく自己固有の占有を選択主張していない。それで右の判示は主
張のない事実に対するものであつて、啻に蛇足であるばかりでなく違法を敢えてし
たものといわざるを得ない。然しその結論においてはやはり係争地に対する上告人
の所有権の取得を否定しておるのであるから、この判示の有無は原判決の終局的請
求棄却の判断に何等の影響を及ぼすものでない。論旨第二、第三点はまさにこの無
用な判示に対するものであるから、たとい所論の違法があつても原判決を破毀する
に足らない。論旨はすべて理由がない。
 以上説明のとおり本件上告は理由がないから民事訴訟法第三九六條第三八四條第
九五條第八九條に従い主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 石神武藏 判事 大島京一郎 判事 熊野啓五郎)

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