弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
押収してあるステンドグラス製電気スタンド1台(平成元年押第162号
の2)を没収する。
押収してあるギフトカード427枚(同号の1)を被害者社会福祉法人A
会に還付する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,精神薄弱者施設B園,同C園及び精神薄弱児施設D学園(以下併せて
「3施設」ともいう。)を設置経営する社会福祉法人A会の理事長兼D学園及びB
園園長として,被告人の妻でA会の理事兼C園園長をしていた死亡前の相被告人E
とともにA会及び3施設の会計事務を統括掌理し,入所者預り金を含む財産の管理
等の業務に従事していたものであるが,
第1 E及びFの両名と共謀の上,日常諸費等の架空費目を計上して,自己がEと
ともに管理する3施設の入所者が国民年金法に基づき受給していた障害福祉年金
(昭和61年4月から障害基礎年金,以下「障害年金」という。)の預金口座から
現金を引き出して,これを着服横領しようと企て,
1 別表1(省略)記載のとおり,昭和59年6月ころから昭和62年5月ころ
までの間,前後41回にわたり,神戸市a区bcのd番地のB園兼D学園事務室に
おいて,前記架空費目を計上し,B園及びD学園の入所者受給年金の預金口座から
現金合計3986万9845円を引き出し,これを両園の入所者のため業務上預か
り保管中,いずれもそのころ,同所において,ほしいままに自己の用途に充てるた
め,着服して横領し,
2 別表2(省略)記載のとおり,昭和59年7月ころから昭和62年12月こ
ろまでの間,前後30回にわたり,兵庫県佐用郡e町fg番地のC園園長室ほか1
か所において,前記架空費目を計上し,C園の入所者受給年金の預金口座から移し
替えたA会C園理事長被告人(各種雑件)名義の口座から現金合計5872万58
78円を引き出し,これを同園の入所者のため業務上預かり保管中,いずれもその
ころ,同所ほか1か所において,ほしいままに自己の用途に充てるため,着服して
横領し,
第2 昭和62年4月29日ころから同年10月15日ころまでの間,A会及び3
施設が,株式会社Gから購入したギフトカード合計457枚(合計456万円相
当)をA会及び3施設のため,前記D学園園長室において,業務上預かり保管中,
1 同年5月29日ころ,前同所において,前記ギフトカードのうちの18枚
(合計18万円相当)を,ほしいままに自己が購入した電気スタンド(時価18万
円相当,以下「本件スタンド」という。)(平成元年押第162号の2)の代金支
払に充て費消し,もって横領し,
2 昭和63年6月ころ,前同所付近において,前記ギフトカードのうち427
枚(合計426万円相当)(同号の1)を,ほしいままに自己の用途に充てるため
着服し,もって横領し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
以下の説明においては,これまでに記載した略称表記等を用いるほか,①判示
第1の事実に関する事件を「年金横領事件」といい,同第2の事実に関する事件を
「ギフトカード横領事件」といい,②被告人とEを併せて「被告人ら」といい,③
B園とC園を併せて「両施設」ともいい,なお,本件でD学園の障害年金受給者の
障害年金の取扱いについては,B園の入所者のそれと異ならないため,その記載を
省略し,④証言を挙示する場合は,公判手続の更新前のものであっても,単に「○
○証言」とする。
第1部 年金横領事件について
第1 弁護人は,①被告人らは,入所者に対する委託信任関係の趣旨に沿って,本
件で引き出した障害年金を保管していたもので,障害年金を横領した事実はなく,
被告人らに不法領得の意思もない,また,②被告人は,障害年金を横領することを
共謀した事実もないから,被告人は無罪であると主張するので,以下,説明する。
第2 まず,関係証拠によれば,以下の事実が認められ,弁護人も特にこれを争わ
ない。
1 被告人は,B園,C園及びD学園を設置経営するA会の理事長兼D学園及び
B園園長であり,被告人の妻でA会の理事兼C園園長をしていたE及びその妹でD
学園副園長のFと共同して3施設の管理・運営をしていた。
2 本件入所者は,いずれも精神薄弱者であって,障害年金の受給権者であり,
この障害年金の所有権は精神薄弱者である入所者本人に属するところ,両施設で
は,入所者の保護者から年金証書等を預かったり,保護者から委任を受けて障害年
金の受給手続をとることにより,入所者本人に代わって障害年金を受領し,これを
管理していた。
3 ところで,障害年金は,入所者の生活保障のために支給されるものであるか
ら,両施設において,障害年金を当該入所者の生活に有用な目的に使うことは可能
であるが,他方,入所者の日常の生活費用については,国及び県・市から措置費が
支給されることにより賄われるため,実際には受給した障害年金を入所者の日常の
生活費用に使う必要はほとんどなかった。
4 障害年金を施設においてどのように運用するかについては,C園において
は,昭和55年4月1日付けの「障害福祉年金に関する了解事項」(以下「了解事
項」という。)が保護者会で了承されており,この了解事項によると,障害年金受
給額を2分し,半分を園生運用費(注,のちに共済掛金と名称が変わるが実質は異
ならないので,以下もこの呼称を用いる。)として積み立て,その余の半分を日常
諸費とするものとされており,園生運用費は,将来の準備金及び老人ホーム建設基
金として積み立てるとされ,日常諸費は実情に応じて支出するとされている。ま
た,保護者の意見は,保護者会等で聞き,会の議決によるものとされている。
B園においては,C園における了解事項のような明文の規定は存しないが,
口頭で障害年金受領額を2分し,半分を共済掛金として積み立て,その余の半分を
日常諸費とする説明がされていた。
なお,障害年金を施設においてどのように運用するかについては,入所者本
人には,財産を管理する能力がなく,その意見を述べることができないため,事実
上その保護者の意見をもって,これに代える扱いになっていた。
5 ところが,両施設とも,障害年金についての使途等が明確でなかったとこ
ろ,昭和58年の兵庫県の監査において,施設は受領した障害年金の全額をまず入
所者ごとの口座を設けて,その口座に一旦入金するようにすること,日常諸費に使
用した場合はその使途を明確にすべきであるとの指導を受け,これに従わない場合
には,更に今後の監査で,障害年金の管理方法等について問題とされることが必然
となった。
6 上記監査の後,両施設において,真実は障害年金が日常の生活費用等で費消
された事実がないのにもかかわらず,日常諸費等の架空費目を計上してこれらが実
際に費消されたように装うこととされた。
7 被告人らは,両施設の施設職員が,6に基づいて日常諸費等の架空費目を計
上することによって,B園及びD学園の入所者受給年金の預金口座から,あるいは
C園の入所者受給年金の預金口座から移し替えたA会C園理事長被告人(各種雑
件)名義の口座から,それぞれ引き出した障害年金を,B園及びD学園の関係につ
いては別表1(省略),C園の関係については同2(省略)に記載のとおり受け取
った。
第3 被告人らの着服横領行為について(いわゆる積極証拠等の説明)(なお,共
謀の点については,後記第5で別途検討する。)
1 報告書,捜査関係事項照会書,預金通帳等の関係証拠によると,被告人らが
前記第2,7により両施設の施設職員から受け取った障害年金は,その後多数のA
会関係の法人名義及び被告人らの個人名義の口座に出し入れされたとみられるので
あって,これにより当該障害年金は,A会の簿外資産あるいは被告人らの個人資産
(以下,併せて「簿外資産等」という。)の中に組み入れられていることが認めら
れる。
しかも,被告人らは,障害年金をこうして簿外資産等の中に組み入れること
によって,障害年金の流れを被告人ら以外のA会関係者から把握できなくするにと
どまらず,この障害年金が,その後,どのように保管され,あるいは費消されたか
について明らかにする帳簿等を一切作成しておらず,いわゆる裏帳簿すらない状態
にしているのであって,被告人ら自身によっても,自分らが受け取った障害年金の
流れを正しく説明するすべを有していないことが認められる。
要するに,被告人らが受け取った障害年金がどうなったかは,全く闇の中に
なったいうほかない状況になったものといえる。
なお,検察官は,判示第1の2の事実に関し,C園の入所者受給年金の預金
口座から移し替えたA会C園理事長被告人(各種雑件)名義の口座から合計30回
にわたり引き出された現金のうち5回分については,預金通帳等の関係証拠によっ
て現金の流れを検討することにより,それらが被告人名義のマンション購入資金又
は同資金に充てるため銀行から融資を受けた借入金の返済資金の一部として支出さ
れたものと認められると主張するところ,確かに日付の近接性及び金額等から現金
の流れを推認することは,ある程度は可能であり,かつそれなりに合理性があると
はいえ,現金についてその同一性を確認することは困難である上,被告人ら自身が
現金の流れについてこれに沿う供述をしていないことからすると,このような主張
に限界があることは否定しえない。しかしながら,検察官の主張する現金の流れが
十分解明されなくても,被告人らが受け取った障害年金がどうなったかは,全く闇
の中であることに変わりはないから,この点は,本件の判断を左右しない。
2 前記第2で認定した各事実に,上記1の事実を総合すると,被告人らは,両
施設が管理していた入所者の個人財産である障害年金を,真実は障害年金が日常の
生活費用等に費消された事実がないのにもかかわらず,これらが正当に費消された
かのように装うといった不正な会計処理をし,これにより捻出された障害年金を施
設職員から受け取った上,これらを保管中,簿外資産等の中に組み入れるなどし
て,その後の障害年金の行方を不明ならしめていることが認められる。
このように,被告人らが,入所者の個人資産である障害年金を簿外資産等に
組み入れ,その後の行方を不明ならしめる行為は,それが障害年金の委託の趣旨の
範囲内にあるか,あるいは,委託者である入所者本人のために行われたものである
といった特段の事情が認められない限り,いわゆる不法領得の意思をもってしたも
のと推認することができ,これを着服横領したものと認めることができる。
3 なお,弁護人は,検察官が,被告人らが施設職員から受け取った障害年金
を,具体的に何に費消したかを立証していないことを論難し,費消先が立証されな
い以上,業務上横領の立証としては不十分であるかのように主張するが,本件は着
服横領の事案であって,関係証拠により着服の事実が認定しうるのであれば,必ず
しもその使途が逐一立証されることは必要ではなく,実際,着服横領において,そ
の金員の使途が裏付けられないことは珍しくないし,自白がない場合にはそれは一
層困難になることは明らかであるから,この主張は採用しえない。
第4 弁護人の主張に対する判断(前記第3の2の「特段の事情」が本件では認め
られないことについて)
1 これに対し,弁護人は,
① 被告人らは,受け取った障害年金については,将来,両施設の入所者が高
齢になった際に入所するための生涯施設(以下「生涯施設」という。)を作る際
に,入所者の保護者の同意ないし承認(以下「同意等」という。)を得た上で,こ
れに使用する目的で保管していたものである。
すなわち,障害年金は,入所者の個人資産であるとはいえ,入所者の保護
者の同意等がある場合には,生涯施設の建設のために使用できると解すべきである
から,このような場合に,生涯施設の建設のために障害年金を保管することは,年
金の委託の趣旨の範囲内にあり,かつ,こうした生涯施設を建設することは委託者
である入所者の共通の利益になることであるから,そこには不法領得の意思も存し
ない(以下,弁護人の主張①という。)。
② 日常諸費等の架空費目を計上し,障害年金の費消を仮装したことについて
も,保護者の多くは障害年金のうち両施設において日常諸費分とされているものに
ついては,実際には日常の生活費用は措置費で賄われているために,費消されるこ
とはほとんどなく,費消されなかった日常諸費分は両施設においてそのまま保管さ
れていることを知っていたから,前記の仮装は,横領の事実や不法領得の意思を推
認させるものではない(以下,弁護人の主張②という。)。
③ そして,障害年金の費消を仮装した目的は,保護者の同意等を得て生涯施
設を建設するために障害年金をためていることが兵庫県の監査で明らかになること
を逃れるため(いわゆる監査逃れ)である(以下,弁護人の主張③という。)。
④ なお,障害年金の費消を仮装した目的には,ほかに,入所者の障害年金を
自己のために使おうとする悪質な保護者から入所者の障害年金を守るためでもある
(以下,弁護人の主張④という。)
と主張する。
しかしながら,これらの主張は,以下のとおり,いずれも採用することがで
きない。
2 弁護人の主張①ないし④を検討する前に,まず,本件では,そもそも被告人
らが,施設職員から受け取った障害年金を費消することなくそのまま保管していた
といえるか自体が判然としない。
(1) すなわち,前記第3の1に記載のとおり,被告人らが受け取った障害年金
は簿外資産等の中に組み入れられたにとどまらず,いわゆる裏帳簿等の類もないた
め,被告人らが受け取った障害年金がどうなったかは,全く闇の中になったいうほ
かない状況になっているのであり,これでは,被告人らが受け取った障害年金が費
消されることなくそのまま保管されているかの確認もしえない。
(2) 弁護人は,本件発覚後,A会の簿外資産等が,被害額を超えていたことを
もって,被告人らが受け取った障害年金がそのまま保管されていたことの根拠とす
るが,障害年金が簿外資産等に組み入れられて,その後,他の簿外資産等との区別
がつかず,その費消の有無・程度を把握しえなくなっている以上,この点をもっ
て,障害年金がそのまま保管されていたことの根拠とすることはできない。
また,弁護人は,保管を委託された現金を受託者の名義で銀行等に預け入
れる行為は,世間でよく行われている通常の保管行為であり,本件も同様のもので
あると主張するが,本件では,被告人らが受け取った障害年金は,日常諸費等とし
て費消されたかのように装われて簿外資産等にされているのであって,このように
不正な会計処理を経ているばかりか,簿外資産等に組み入れられた後の障害年金の
流れが明らかでないのであるから,これが世間でよく行われている通常の保管行為
などといえないことは明らかである。
さらに,弁護人は,被告人らが受け取った障害年金を預け入れたとみられ
る預金通帳等が,A会の施設内にあることをもって,障害年金が保管されていたか
のように主張するが,これも前記のとおり,障害年金が簿外資産等に組み入れられ
て,その後,他の簿外資産等との区別がつかず,その費消の有無・程度を把握しえ
なくなっている以上,物理的に預金通帳等がA会の施設内にあるからといって,被
告人らが受け取った障害年金が,そのまま保管されているといえるものではない。
(3) しかしながら,被告人らが受け取った障害年金が費消されることなくその
まま保管されているかを確認しえない反面,そのすべてが既に費消されたこともま
た確認しえない。そこで,弁護人の主張にかんがみ,被告人らが障害年金を簿外資
産等として保管していることを前提として,さらに,前記①ないし④の主張につい
て検討することとする。
3 弁護人の主張①について
(1)まず,本件において,被告人らが受け取った障害年金に関して,これを被
告人らがいう生涯施設を建設する際に使うことを認める保護者会の明示的な決議等
は存在しないのであって,この点は弁護人も認めるところである。
(2) 弁護人は,被告人らが将来入所者のための生涯施設を作ることを目的に障
害年金を保管することについては,実質上保護者会の了解又は納得を得られていた
のであり,したがって,障害年金を実際に生涯施設の建設のために支出する際に
も,保護者会の同意等は得られるはずであったと主張する。
そして,弁護人は,その根拠として,これまでも保護者会の席上におい
て,生涯施設の建設のための話合いがなされ,そのために障害年金をためていこう
という話も出ていたこと,とりわけ,C園においては,遅くとも了解事項が保護者
会で了承された時点で,保護者会として,生涯施設建設のために障害年金を積み立
てるという共通認識が形成されていたものであること,そして,それ以降,C園に
おいては,実際に,昭和五四,五年ころ深井戸の設置等に障害年金を使う旨の決議
が保護者会でなされたり,昭和56年に保護者役員会において,園生運用費として
積み立てた金員を施設の土地購入資金に充てる旨の決議がなされたり,昭和62年
の家族ホームHの建設費用が障害年金から出されたことがあるのであって,このよ
うに入所者個人のためではなく,入所者全体の共通の利益のために障害年金が支出
された例があったことなどを指摘する。
(3)ア しかしながら,まず,関係証拠によると,確かに,多くの保護者が生涯
施設の建設を希望し,あるいは,保護者会でそうした話が出たこともあることはう
かがわれるものの,保護者が生涯施設の建設を希望することと,それに入所者個人
の財産である障害年金を使うことに同意することはおよそ次元が違う話であること
はいうまでもないのであって,しかも,この点は後記(4)の各事情に照らすと,一層
明らかであるといえる。
イ 次に,弁護人が,その主張の根拠とする了解事項についてみるに,了解
事項には,以下のとおり記載されている。
すなわち,
「1 年金運用に関する基本的な考え方
(省略)
2 年金の運用区分は次の通りである。(月額に対する区分)
(1) 日常諸費  50%
(2) 園生運用費 50%
3 使用目的及び運用方法
(1) 日常諸費
イ C園が園生の日常生活の実情に応じて使用する。
ロ 保護者会取扱分ー保護者会総会において,使途を議決のうえ,使
用する。
(2) 園生運用費
イ 入院費用(付添看護費等)
ロ 老人ホーム入所中の介助費
ハ園生個人が必要とした場合の設備,建物などの費用
上記の使用目的のため将来の準備金として積立てる。積立て期間は会
計年度とし,3月末日をもって更新する。(一年更新)
当該年度の積立金は,将来の準備金及び老人ホーム建設基金として積
立てる。
ニ (省略)
ホ (省略)
4 この了解事項のほか,必要な事項は,保護者会の意見を聞いてC園長
が別に定める。」
というものである。
もとより,本件では,被告人らが横領したとされているのは,入所者の
受け取る障害年金のうち,年金の運用区分として,日常諸費に充てるとされる部分
であるところ,この了解事項の記載内容は,年金の運用区分として,日常諸費50
パーセント,園生運用費50パーセントと2分した上で,園生運用費を積み立てる
というものであって,園生運用費が将来の施設建設に使われる余地がある記載にな
っているのに対し,日常諸費を将来の施設建設に使う旨の記載になっていないこと
はその規定上明確であるから,この了解事項は,弁護人の主張を裏付けるものでは
なく,この了解事項をもって,保護者会として,生涯施設建設のために障害年金を
積み立てるという共通認識が形成されたものであるとはいえない。
なお,この点について,弁護人は,この了解事項では,運用区分とし
て,日常諸費と園生運用費とが50パーセントずつとされているものの,これは一
応のものにすぎないのであって,その区分割合には深い意味はないから,運用区分
として日常諸費とされているものについても,入所者全体の共通の利益のために支
出できると主張する。しかしながら,こうした運用区分が一応のものにすぎないの
であれば,何故わざわざこのような了解事項を定めなければならないのかおよそ合
理的な説明ができないのであって,この主張は採用しえない。前記の区分を一応の
ものと供述するC園保護者会会長のIの証言は,不合理で信用することができな
い。
ウ さらに,弁護人が,C園で,保護者会の了承等があり,実際に,入所者
個人のためではなく,入所者全体の共通の利益のために障害年金が支出された例と
して挙げる,昭和五四,五年ころ深井戸の設置等に障害年金を使う旨の決議が保護
者会でなされているということ,昭和56年に保護者役員会において,園生運用費
の金を施設の土地購入資金に充てる旨の決議がなされているということ,昭和62
年の家族ホームHの建設費用が障害年金から出されたことについては,いずれも本
件で問題とされている日常諸費が積み立てられた上で,使われたものではないか
ら,これらの例は日常諸費を生涯施設の建設のために積み立てることを,保護者会
において了解又は納得していたことの証左となるものとはいえない(なお,家族ホ
ームHの建設費用については,日常諸費からも500万円が出されているが,これ
については,保護者会の決議がないまま出されたものであって,保護者会の了解を
得たものとはいえない。)。
エ加えて,B園では,そもそもC園におけるような了解事項はなく,ま
た,入所者全体の共通の利益のために障害年金が支出された具体的事例もなく,前
記の家族ホームHの建設費用についても,B園の保護者会はその費用を出さなかっ
たことが認められる。
(4) さらに,保護者会は,被告人らが将来入所者のための生涯施設を作ること
を目的に障害年金を保管することに,了解するかどうかを判断するために当然必要
となる説明を受けたり,情報を得ていない。
すなわち,
ア まず,被告人らは,これまで保護者会において,障害年金の会計報告を
したこともなければ,措置費について説明をしたこともないのであって,そもそも
保護者会には,障害年金が現実にどのように使用されているかを知る機会はなかっ
た。
イ 次に,保護者会は,被告人らが考えている生涯施設の建設が,いつ,ど
の程度の規模でなされ,それについて障害年金を幾らぐらい充てるつもりであるの
かといった説明等も受けたことがない。
特に,被告人らが,了解事項によって施設において積み立てていくこと
が予定されていた園生運用費だけではなく,積立てを予定する規定がない日常諸費
についてまで生涯施設の建設に充てるつもりであるなら,その旨の明示的な説明が
なされるはずであるのに,こうした説明がなされたこともない。
(5) 加えて,両施設における保護者会は,通常月1度程度開かれるが,出席者
はいつも保護者の過半数にも満たないもので,保護者会においては,施設側の説明
などを聞くことが多く,また,保護者会の役員なるものも施設側の依頼によって就
任していることが認められるのであって,そもそも保護者会が,その実態におい
て,入所者の個人資産である障害年金を生涯施設の建設に使えるかという問題につ
いて,保護者全体の意思を代表しているといえるかも疑問であるといえる。
(6) このほか,弁護人の主張④によれば,被告人らは,入所者の障害年金を自
己のために使おうとする悪質な保護者に対しては,障害年金を保管していることが
分からないように,障害年金を費消したように装う必要があると考えていたという
のであるから,被告人らが,こうした悪質な保護者までもが,生涯施設を建設する
際には,一転して当該入所者の分の障害年金を使用することに同意すると考えてい
たとするなら,そのこと自体も矛盾しているといわざるを得ない。
(7) 以上の(1)ないし(6)に照らすと,被告人らが,受け取った障害年金につい
て,将来,生涯施設を作る際に,入所者の保護者の同意等を得た上で,これに使用
する目的で保管していたものとはいえないのであって,弁護人の主張①は採用する
ことができない。
4 弁護人は,前記の主張①に関連して,以下のようにも主張する。
すなわち,障害年金の管理権限は施設にあるから,すべての保護者の同意が
なければ,障害年金を入所者共通の利益のために支出できないというものではな
く,障害年金の支出・処分の適否は,その具体的使途目的の適合性,入所者の受け
る利益の内容や程度,支出する障害年金の額,その支出手続の相当性など具体的な
支出・処分行為時において客観的に判断されるべきものであり,その際に保護者も
しくは保護者会の意向もその処分行為の適合性の判断の重要な要素となるものでは
あるが,すべての保護者の同意がなければ,支出できないというものではない,と
いうのである。
その趣旨は必ずしも判然としないが,要するに,保護者会の決議や全保護者
の同意がなくても,施設は独自の判断で障害年金を生涯施設の建設に使いうるとす
るものと解される。
ところで,障害年金は,精神薄弱者本人の生活保障のために支給されるもの
であるから,精神薄弱者が施設で生活している場合には,当該施設が,障害年金を
入所者個人の生活に必要な範囲で費消することは,障害年金の受給の趣旨に沿うも
のとして,格別問題が生じることがないと考えられる。
これに対し,それ以上に障害年金を入所者の共通の利益のために使用するこ
とが果たして障害年金の受給の趣旨との関係でどこまで許されるかについては,一
概には決し難い困難な問題であるといわなければならない。しかし,障害年金が入
所者の個人財産である上,保護者がいる場合には施設における障害年金の管理は現
実には当該保護者からの依頼によりなされているところ,本件では,後記のとおり
保護者に対しては障害年金が日常諸費等として実際に費消されたかのように装って
いることが認められるのであるが,施設が,本来入所者の個人財産である障害年金
について,このように,不正な会計処理をして,保護者に対しあえてその費消を仮
装してまで,独自の判断で自由に使用しうる権限まで有しているなどとは,到底認
めることができない。
そうすると,被告人らが,本件の事実関係の下で,障害年金を自分たちが新
しく作る生涯施設の建設に充てる意思を有していたというのであれば,被告人らに
は,受け取った障害年金を自己のものとして処分する意思,すなわち,不法領得の
意思があったものということができる。
5 弁護人の主張②について
(1) まず,被告人らが,日常諸費等の架空費目を計上して,障害年金の費消を
仮装した上,その分の障害年金を被告人らにおいて受け取ったことについて,被告
人らは,保護者会において,事前にも事後にも明示的な説明をしていないのであっ
て,この点は弁護人も認めるところである。
(2) さらに,被告人らは,これまで保護者会において,障害年金の会計報告や
措置費の説明等をしたこともないのであって,保護者会には,障害年金が現実にど
のように使用されているかを知る機会がなかったことや,了解事項を根拠に,日常
諸費が実際はほとんど費消されることなく積み立てられていることを保護者が知っ
ていたとはいえないことについても,前記3(4)のとおりである。付言すると,被告
人らは,個々の保護者に対して,当該入所者の障害年金の会計報告をしたこともな
い。
(3)弁護人は,I,J,K及びLの証言等によると,C園やB園の保護者会の
役員らは,措置費があるため日常諸費が実際にはほとんど使われることがないこと
を知っていたことが認められるから,保護者会の役員らの認識がこのようなもので
ある以上,一般の保護者も同様の認識を有していたと推認できる旨主張する。
しかしながら,一般の保護者より施設の実情等に詳しい保護者会の役員ら
が措置費があるため日常諸費に残額が出ることを知っているからといって,前記の
とおり保護者会に来ない保護者が過半数であることなどにかんがみると,一般の保
護者がこうした事情を知っていたと推認することはできない。
(4) 以上の(1)ないし(3)に照らすと,保護者の多くが,障害年金のうち日常諸
費分とされている部分については,実際には措置費で賄われているために,費消さ
れることはほとんどなく,費消されなかった日常諸費分は両施設においてそのまま
保管されていることを知っていたとはいえないのであって,本件で,日常諸費等の
架空費目を計上したことは,保護者に対し,その費消を仮装したものといえる。
弁護人の主張②も採用することができない。
(5) なお,弁護人は,保護者は,施設における障害年金の管理・保管方法につ
いては,施設に一任していたのであり,金銭が不特定物であることからすると,そ
れに見合う財産が施設に存する以上,管理・保管方法は問題にならない旨主張し,
I,J及びKの各証言も,障害年金の管理・保管については施設に任せていたとす
る。
しかしながら,保護者が,施設内における障害年金の具体的運用方法等に
ついて施設に一任することはあるとしても,少なくとも,障害年金の使用額や保管
額が分かるように,施設内において適正な会計処理がなされることが必要であるこ
とは当然であって,そうすると,これらの各証言があるからといって,およそ障害
年金を簿外資産等に取り入れて,その存在が把握することすらできなくなることま
で保護者が容認していたとまでは到底いえない。
6 弁護人の主張③について
(1) 前記3で詳述したとおり,被告人らは,受け取った障害年金について,将
来,生涯施設を作る際に,入所者の保護者の同意等を得た上で,これに使用する目
的で保管していたものとはいえないのであるから,弁護人の主張③は,そもそも前
提を欠いたものといえる。
(2) また,兵庫県の監査を逃れるためだけなら,単に帳簿上日常諸費等の架空
費目を計上してその分が費消されたかのように装ったり,あるいは障害年金の管理
を保護者会において行っているように装えば足りるのであって,それ以上に,被告
人らがわざわざ施設職員から実際に障害年金を受け取って自ら保管を始める必要は
ないし,それを行うにしても,受け取った障害年金を実際に生涯施設の建設に使用
するためには,その保管の有無・態様等は明らかにしておくべきであって,その行
方が闇の中に消えることは許されるべきではないから,被告人らが行った行為は,
単に兵庫県の監査を逃れるためという目的を明らかに超えたものといえる。
(3)以上の(1)及び(2)に照らすと,被告人らが,障害年金の費消を仮装した目
的は,保護者の同意等を得て生涯施設を建設するために障害年金をためていること
が兵庫県の監査で明らかになることを逃れるためではなく,被告人らが施設で管理
していた入所者の個人財産である障害年金を自ら受け取り,簿外資産等に取り入れ
て,その後の金銭の流れを不明ならしめていることが兵庫県の監査で発覚すれば,
自らの年金横領が露見するため,それを防ぐためであることは明らかである。
弁護人の主張③も採用することができない。
7 弁護人の主張④について
(1) そもそも,弁護人が主張する,保護者会に出席する保護者すなわち入所者
のことを真剣に考える保護者,保護者会に来ない保護者すなわち入所者のことを考
えない保護者というような区別自体が,曖昧かつ不明確なものであることはいうま
でもない上,本件では,被告人らが,保護者がどのような保護者であるかによっ
て,障害年金の保管方法を区別しようとしていたことをうかがわせる証拠もないの
であるから,障害年金の費消を仮装したのは,悪質な保護者から入所者の障害年金
を守る目的があったという弁護人の主張は,いかにも不自然,不合理である。
(2) また,前記第2の2及び4のとおり,両施設では,入所者の保護者から年
金証書等を預かったり,保護者から委任を受けて障害年金の受給手続をとることに
より,入所者本人に代わって障害年金を受領し,これを管理していたことや,障害
年金を施設においてどのように運用するかについては,入所者本人には,財産を管
理する能力がなく,その意見を述べることができないため,事実上その保護者の意
見をもって,これに代える扱いになっていたことからすると,施設が,保護者に対
し,当該保護者に関係する入所者の障害年金について,その費消を仮装するような
ことは,到底許されないものといわざるを得ない。
(3)さらに,付言すると,この主張は,障害年金を生涯施設の建設のために使
用する場合には,保護者の同意等を得ることを考えていたとする被告人の供述やこ
れに依拠する弁護人の主張①とも矛盾するものである。
(4) 以上の(1)ないし(3)に照らすと,日常諸費等の架空費目によって,その費
消を仮装したのは,障害年金を自己のために使用しようとする悪質な保護者から入
所者を保護するためであったとはいえない。
弁護人の主張④も採用することができない。
8そうすると,弁護人の主張①ないし④はいずれも採用することができない。
第5 被告人の共謀について
1 関係証拠によれば,施設職員らが,被告人らに本件の障害年金を渡すように
なったのは,昭和58年10月上旬ころ,D学園2階会議室で職員を集めた席上,
直接的にはFから,日常諸費等の架空費目を計上して入所者の年金預金口座から一
律に年金を引き出すなどして,被告人らに渡すようにという指示(以下「本件指
示」という。)を受けたからであることが認められ,弁護人も特にこれを争わない
ところ,弁護人は,本件指示については,施設職員が保護者会の役員と相談し,最
終的にはFが決めたものであって,被告人らは,こうした指示の現場等には,そも
そも出席していなかったり,出席しても特段積極的な言動をしたことはなく,本件
指示については関係していないとして,共謀を否認し,無罪を主張する。
2 しかしながら,前記第2の1のとおり,被告人ら及びFが,A会の3施設を
管理・運営しているものであること,当時,兵庫県の監査により,被告人らに対
し,障害年金の使途を明確にするよう求められており,被告人らにおいてもこれに
対応する必要があったこと,弁護人の主張するとおり,架空費目の細目については
Fが決め,被告人らがその細かい内容を知らないとしても,本件指示内容自体が,
不正な会計処理を行った上,費消を仮装した現金を被告人らに渡すようにというも
のであって,被告人らの関与を強くうかがわせるものであること,被告人らは,現
に本件指示内容に沿って施設職員から現金を受け取り,その現金が日常諸費等の架
空費目で計上されたものであることも知っていること,他方,施設職員らは,被告
人らに渡した現金がその後どうなったかについては一切関与していないことなど,
被告人らの地位,本件指示の内容,本件指示による結果及びその後の状況等を総合
すると,本件指示について,被告人らが実質的に関与しており,被告人らと直接本
件指示を行ったFとの間に本件の共謀が存したことは優に推認することができる。
これに対し,被告人らとFが,A会の3施設を管理・運営しているものであ
るにもかかわらず,施設が預かっている障害年金の管理業務については,被告人ら
が全く無関係であるというのは,主張自体およそ不自然なものである上,本件で取
り調べた多くの施設職員や保護者らの各証言ともそぐわないことも明らかであり,
また,被告人らが障害年金の管理業務に全く無関係で,かつ,本件指示に関与して
いないというのであれば,これまで障害年金の管理業務を行ってきたFや施設職員
らは,被告人らの意思とは関係なく,勝手に障害年金を被告人らに受け取らせるこ
とを決めて,被告人らの了解もないまま,本件指示を出しあるいはこれを実行さ
せ,他方,被告人らはただ言われるままこれに従ったことになるのであって,こう
した主張が,およそ採用の余地のないほど不合理なものであることは多言を要しな
い。
3 そうすると,被告人らとFとの間に,本件年金横領の共謀があることも明ら
かであって,弁護人のこの主張も採用することができない。
第6 以上によれば,被告人の本件年金横領の事実は優に認められるのであって,
弁護人の無罪主張は採用することができない。
第2部 ギフトカード横領事件について
第1 弁護人は,A会が,株式会社Gからギフトカード457枚を購入したことは
なく,被告人が,A会のため,これらのギフトカードを保管中,うち18枚を自己
が購入した本件スタンドの代金支払に充て費消したり,うち427枚を着服したこ
ともないから,被告人は無罪であると主張する。
そこで,以下,検討する。
第2A会が,株式会社Gからギフトカード457枚を購入したことについて
1 関係証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの事実は,弁護人も特に
争わない。
(1) 株式会社Gにおいて,①昭和62年4月29日にギフトカード172枚
(172万円相当)が,②同年8月2日にギフトカード29枚(29万円相当)
が,③同年9月27日,28日,29日,10月13日,15日にギフトカード計
256枚(255万円相当)が,それぞれ発券されている。
(2) そして,株式会社Gにおいては,①及び③については,A会振出しの小切
手により,②については,神戸市からA会への寄附やA会からのいわゆる戻り商品
の分等がその支払に充てられることにより,それぞれそのころ,入金が済んでい
る。
なお,A会の小切手振出しは,被告人が自ら行っている。
(3) 被告人は,昭和63年6月末にA会の役職から退任する際,A会の施設か
ら自宅マンションに持ち帰った荷物の中に,①ないし③の計457枚のギフトカー
ドのうち,①で発券されたうちの152枚と,②で発券されたうちの19枚と,③
で発券されたカードの256枚の計427枚を所持していた。
以上の事実を総合すると,A会が,株式会社Gから①ないし③の計457
枚のギフトカードを購入し,被告人が,これらのギフトカードを所持していたもの
と認められる。
2 これに対し,弁護人は,被告人は,株式会社Gとの間に,ギフトカードの販
売契約を結んだことはないのであって,①ないし③のギフトカードの発行は,株式
会社G外商部でA会との売買を担当していたMにおいて,A会が実際に衣類や寝具
の商品を発注したのにもかかわらずこれに代えて,あるいは,A会からの発注等に
関係なく,自己の売上げ実績を伸ばすために,A会に無断でギフトカードを発行し
たものであり,これらに対する入金がなされていることについては,①と③の入金
は,Mが,A会において実際に商品が納入されたかの確認が十分でないことから,
商品を納入しないまま,虚偽の請求書を作成してあたかも実際に商品が納入された
かのように装い,A会から小切手を受け取ったもので,②の入金は,Mが被告人に
無断で処理したものである,さらに,被告人が427枚のギフトカードを所持して
いたのは,Mが,自分でギフトカードを持っていたが,不正に発行したギフトカー
ドをいつまでも手元に置いておけないため,昭和62年の年末か昭和63年の始め
ころに,被告人に押しつけるように置いていったものであり,被告人は,その趣旨
も分からず,どうしていいかも分からないまま,その後これを所持し
ていたにすぎない旨主張し,A会が株式会社Gからギフトカードを購入したという
M証言は信用できないなどとする。
しかしながら,Mが,A会から実際に商品の納入依頼を受けたのであれば,
それをそのまま納入すればいいのであって,あえて発注された商品に変えてギフト
カードを発行しても,Mの実績にはつながるものでないばかりか,むしろ,A会か
ら苦情等が寄せられることは明らかであること,また,A会から商品の納入依頼す
らないのであれば,商品の納入を装ってA会から小切手の振出しを受けることがで
きるとは到底思われないこと,さらに,Mが,このようにA会の計算で無断でギフ
トカードを発行したのであれば,こうした不正の発覚を免れようとするのが当然で
あり,しかも本件の場合,勝手に発行したギフトカードに対する入金処理が済んで
いるのであるから,このような場合に,わざわざギフトカードを被告人のところに
持っていく必要は全くなく,むしろ,自己の不正を明らかにするものであることな
どからすると,弁護人の主張は,不自然,不合理であって,採用することができな
い。
第3 被告人が,A会のためギフトカードを保管中,うち18枚を本件スタンドの
代金支払に充て費消したことについて
1 関係証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの事実は,弁護人も特に
争わない。
(1) 本件スタンドは,昭和62年4月9日に株式会社Gの美術品売り場でステ
ンドグラスの催しが行われた際出品されていたもので,被告人はこの催しを見に来
ていた。
(2) 本件スタンドの代金18万円が,同年5月29日に前記①で発券したギフ
トカードの中の18枚によって支払われている。
(3) 本件スタンドは,昭和63年6月16日,被告人の自宅マンションが捜索
された際,リビングのテレビの隣にある整理台の上に置かれていた。
以上の事実に前記第2の認定事実を総合すると,被告人が,A会のため,ギ
フトカードを保管中,うち18枚を本件スタンドの代金支払に充て費消したものと
認めることができる。 
2 これに対し,弁護人は,被告人は,前記の催しに行ったことはあるが,本件
スタンドを購入したことはなく,株式会社Gにおいて,前記①のギフトカードの中
の18枚で支払われた処理がされているなら,これはMが不正に発行して自己が持
っていたギフトカードを利用して勝手に支払をしたものである上,被告人には,そ
もそも本件スタンドを受け取った認識もなければ,それが自宅にあったことの認識
すらもないと主張し,被告人が本件スタンドを購入し,ギフトカードで支払をした
旨述べるM証言は信用できないなどとする。
しかしながら,この主張は,前記第2記載のとおり,A会が前記①のギフト
カードを購入していることに照らすと,MはA会からギフトカード18枚を受け取
らなければ,そもそも代金が支払われた処理ができないこと,また,仮に,Mが,
被告人が購入もしていない本件スタンドを,自己が不正に発行してそのまま持って
いたギフトカードを利用して決済し,本件スタンドを売り上げたことにしたのであ
れば,その不正が発覚しないようにするのが当然であるのに,わざわざこれを被告
人の下に持ってきているのも極めて不自然であること,加えて,前記のとおり本件
スタンドが被告人の自宅マンションのリビングのテレビの隣にある整理台という極
めて目立つ場所に置かれているにもかかわらず,被告人は,捜査官から本件スタン
ドがそこにあることを知らされるまでそのことを知らなかったなどとおよそ荒唐無
稽としかいいようのない供述すらしていること(ちなみに,被告人は,捜査段階で
は本件スタンドをMから受け取ったことや,これを自宅マンションに持ち帰ったこ
とを認識していたこと自体は認めていた。)などからすると,この弁護人の主張
も,不自然,不合理であって,採用することができない。
第4 被告人が,A会のため,ギフトカードを保管中,うち427枚を着服横領し
たことについて
1 関係証拠によれば,被告人は,昭和63年6月末にA会の役職から退任する
際,A会の施設にあった前記①で発券されたギフトカードのうち152枚と,前記
②で発券されたギフトカードのうち19枚と,前記③で発券されたギフトカード2
56枚の計427枚を,A会関係者に渡すことなく,自宅マンションに持ち帰った
ことが認められる。
そうすると,被告人は,A会のため,これら427枚のギフトカードを保管
中,自己の用途に充てるため,着服横領したものと推認するのが相当である。
2 これに対し,弁護人は,被告人は,ギフトカードがA会のものであると知っ
ていたが,A会の役職を退任して施設内にある自己の荷物を自宅マンションに持ち
帰る際,その荷物の中にうっかりギフトカードを紛れさせてしまって,そのまま自
宅に持ち帰ってしまったものであり,被告人にはギフトカードを自己の所有とする
意思はなかった旨主張する。
しかしながら,押収してある手帳1冊や被告人の検察官に対する供述調書等
の関係証拠によると,被告人は,被告人らに対し税務署から財産調査がなされる可
能性を考えて,これを心配し,昭和63年11月3日ころ,N社に相談に行く際,
自己が持っているギフトカードも持参していること,そして,被告人は,同日以降
ころ,自分の手帳にも「個人」と記載し,そこに自己の資産である,土地,ゴルフ
会員権,定期預金等に続けて,「④ギフト券427万円」と書き入れていることが
認められるのであって,こうした事実からしても,被告人が自宅に持ち帰っていた
ギフトカード427枚を自己のものと認識していたことは明らかであるから,この
主張は採用することができない。
第5 以上によれば,被告人の本件ギフトカード横領の事実は優に認められるので
あって,弁護人の無罪主張は採用することができない。
(法令の適用)
1 罰条 
判示第1の1及び2の各所為について 
それぞれ包括して平成7年法律第91号による改正前の刑法(以下「改正前
の刑法」という。)60条,253条
判示第2の1及び2の各所為について
それぞれ改正前の刑法253条
2併合罪加重
改正前の刑法45条前段,47条本文,10条により犯情の最も重い判示第1
の2の罪の刑に法定の加重
3 執行猶予
改正前の刑法25条1項
4 没収(判示第2の1の関係)
改正前の刑法19条1項4号,2項本文
5被害者還付(判示第2の2の関係)
刑訴法347条1項
6 訴訟費用の負担
刑訴法181条1項本文
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,精神薄弱者施設等3施設を設置経営するA会の理事長兼D学園及びB
園園長として,A会の理事兼C園園長をしていた妻Eとともに,A会及び3施設の
会計事務を統括掌理するなどしていた被告人が,(1)E外1名と共謀の上,3施設の
入所者が国民年金法に基づき受給していた障害年金の預金口座から現金を引き出し
て,これを着服横領しようと企て,昭和59年から昭和62年までの間,前後71
回にわたり,日常諸費等の架空費目を計上し,3施設の入所者受給年金の預金口座
あるいは同口座から移し替えた別口座から現金合計約9860万円を引き出し,こ
れを入所者のため業務上預かり保管中,着服して横領し,(2)昭和62年4月ころか
ら同年10月ころまでの間にA会及び3施設が,株式会社Gから購入したギフトカ
ード合計457枚(合計456万円相当)をA会及び3施設のため,業務上預かり
保管中,前記ギフトカードのうちの18枚(合計18万円相当)を,ほしいままに
自己が購入した電気スタンドの代金支払に充て費消して横領し,前記ギフトカード
のうち427枚(合計426万円相当)を着服して横領した,という業務上横領の
事案である。
2 量刑上考慮した事情
(1) 不利な事情
年金横領事件については,被告人は,自らが経営する社会福祉法人の理事長
等として,入所者の個人資産である障害年金等の管理等の業務に従事していたとこ
ろ,入所者は障害年金を自ら管理することができず,また,入所者は実際に障害年
金を使う必要はないとの考えから,入所者の障害年金を着服横領したものであっ
て,この動機・経緯に何ら酌むべき事情が認められない。なお,前記のとおり,弁
護人は,障害年金は将来入所者が高齢化した際,同人らが入れる生涯施設を建設す
るための資金にするつもりであったと主張するところ,仮に被告人の内心において
そのような意図があったとしても,それは,結局自らの事業を入所者の個人資産を
利用して拡大するものであり,勝手に人の資産をそのように利用することが許され
るものでないことはいうまでもないから,この点は量刑上特に有利なものとして考
慮することはできない。また,その態様は,日常諸費等の架空費目を計上して,入
所者受給年金の預金口座等から現金を引き出して受け取り,これを着服するという
ものであって,実際には使用していないにもかかわらず,障害年金が適正に使用さ
れたかのように仮装する本件の犯行態様は,非常に巧妙で悪質である。
そして,何よりも被害金の総額は,合計約9860万円もの多額に上っている。さ
らに,被告人は,障害者福祉の向上をいいながら,その陰で,精神薄弱者の生活保
障のために支給されている障害年金を私物化した点は,強く非難されるべきものと
いえる。
また,ギフトカード横領事件については,被告人は,自らが経営する社会福
祉法人の財産であるギフトカードを,自己の私的な買い物に使い,あるいは,社会
福祉法人から退任する際に自宅に持ち帰るなどしたものであって,犯行の動機に酌
むべき点はなく,被害額も444万円相当に上っており多額である。
加えて,いずれの犯行も,社会福祉法人の理事長である被告人が,その立場
を利用し,自己の財産と,法人あるいは入所者の財産との区別を無視して行った,
全く独善的・専横的な犯行であるといわざるを得ない。しかるに,被告人は,長期
にわたった本件の審理期間中,不自然,不合理な弁解に終始したものであって,こ
うした点も量刑を考える上で無視することはできない。
以上の事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ず,実刑も
考えられるところである。
(2) 有利な事情
しかしながら,他方,本件は被害総額が1億円を超える大規模な業務上横領
事件とはいえ,年金横領事件については,被告人がA会の役職を退任した後,A会
が新体制のもとで入所者に対し被害相当額を支払ったことにより,入所者の損害は
てん補され,ギフトカード横領事件についても,ギフトカード427枚(426万
円相当)は,A会に還付されることにより被害の大部分が回復されるとみられるこ
と,被告人にはこれまで前科前歴がないこと,被告人は,いまだ精神薄弱者に対す
る福祉が必ずしも十分とはいえなかった時代から,自ら精神薄弱者に対する福祉の
道を志し,その後本件の発覚に至るまで長年にわたってA会の理事長等として福祉
活動に従事し,その間,兵庫県愛護協会会長,兵庫県社会福祉協議会副会長等も務
めたものであって,被告人には社会に対する相応の功績が認められること,被告人
は現在83歳と高齢であり,その健康状態も芳しくないこと,被告人は,約9か月
間にわたって未決勾留されたことなど被告人にとって有利な事情も少なからず認め
られる。
3 結論
そこで,以上諸般の事情を総合して考慮し,被告人に対し,その刑事責任を明
確にして主文の懲役刑に処した上,5年間その刑の執行を猶予することとした。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役4年)
平成15年10月23日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官  笹野明義
裁判官   浦島高広
裁判官   谷口吉伸
別表1(省略)
別表2(省略)

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