弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
 主文一項と同旨
第二 事案の概要
 以下のように、当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及
び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の付加主張)
一 本件の業務起因性については、業務と疾病との間に相当因果関係が認められる
ことが必要である。右相当因果関係が認められるためには、業務と疾病との間に条
件関係(事実的因果関係)があることを前提としつつ、両者の間に法的にみて労災
補償を認めるのを相当とする関係、すなわち、当該業務が当該疾病等に対し他原因
と比較して相対的に有力な原因となっている関係が認められることが必要である。
そして、相当因果関係の立証責任は、不支給決定を争う原告側にある。
 事実的因果関係の存否は、医学的な知見に基づき客観的に行い、そして右相当性
の判断に当たっては、一方において、日常の社会生活と比較して当該業務にどの程
度特異な危険が伴っていたといえるかという点を検討する必要があり、他方におい
て、当該労働者の基礎疾病等を含め、他の要因が通常の他の人・状況と比較し、ど
の程度異質なものであったかを検討する必要がある。
二 高血圧性脳内出血に関する医学的知見と業務起因性
1 高血圧性脳内出血は、現在では、脳内小動脈の血漿性動脈壊死(血管壊死)に
基づく脳内小動脈瘤の破裂と考えられている。そして、このような血管壊死に高血
圧が関与することは明らかとされている。
 注意すべきは、血圧値が境界領域よりやや高い血圧から正常血圧の範囲内にある
場合でも、長い年月の間に動脈硬化が生じ、徐々に血管壊死が進行し、ついには小
動脈瘤が形成され、これが破裂することにより脳出血が生じることである。
2 高血圧性脳内出血の成因あるいはリスクファクターとして一般に認められてい
るものは、食塩、遺伝、心臓疾患、糖尿病、過度の飲酒等である。
 そして、労働は、一応何らかの関連があるといえるが、現在のところ、そのどの
要素がどのようにリスクファクターと関連しているのかについての分析は不十分で
あるとされている。
3 高血圧性脳内出血の発症因子(引き金因子)
 臨床的に破綻の発症因子としては、強い身体的負荷(強い衝撃、物理的な衝撃)
や異常な興奮等が挙げられる。
 これに対し、精神的不安、緊張、焦燥などの種々の心理的ストレスが脳内出血発
症の要因因子として考慮しなければならない場合があるが、一般に両者の因果関係
を医学的に立証することは困難な場合が多く、いまだ作業仮説にとどまるとされて
いる。
4 高血圧性脳内出血と過重負荷
 高血圧性脳内出血は、業務がなくても高血圧症の存在に加え、加齢、一般生活等
において生体が受ける通常の要因により、血管壊死や動脈硬化が進行し、小動脈瘤
が破綻する(これを自然経過という。)ものであるから、この場合業務が高血圧性
脳内出血との間で条件関係(事実的因果関係)があるというためには、業務による
負荷が、脳内出血の発症の基礎となる血管病変をその自然経過を超えて急激に著し
く増悪させることが必要である(このような負荷を「過重負荷」と呼ぶ。)。
 高血圧性脳内出血は、基本的には、長い年月の間に高血圧症によって生じるもの
であるから、医学的には、業務自体が直接血管壊死又は動脈硬化を促進すること
や、高血圧症の増悪を促進するとは考え難い。
 これに対し、高血圧性脳内出血の自然経過中に著しく血管病変を増悪させる急激
な血圧変動や血管収縮を引き起こす負荷、すなわち過重負荷が加わると、その自然
経過を超えて急激に発症することがあることは医学的に承認されている。
5 医学経験則によれば、発症との間で最も密接な関連性を有する精神的、身体的
負荷は、発症前約二四時間以内のものであり、次いで重要なのは、発症前一週間以
内のものである。発症前一週間より前の負荷は、原則的には、発症に影響があるも
のとはたやすく認めがたいが、右一週間を限定的に区分するものではない(後記現
認定基準)。
 なお、長時間の業務上の精神的ストレスあるいは疲労の蓄積が、基礎疾患をどの
程度増悪させたかを、業務以外の日常生活上の要因による増悪と区別して評価、把
握することは、現在の医学では全く不可能であり、しかも、精神的なストレスや疲
労の蓄積により基礎疾患が増悪するとしても、その程度は極めて個人差が大きいと
考えられており、かつ、個人差を生ずる原因についても定説はない。
 したがって、極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕という強度の精神的負荷を引き起こ
す突発的又は予測困難な異常な事態、緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的
又は予測困難な異常な事態、急激で著しい作業環境の変化があった場合には、条件
関係を肯定することができるが、その程度に至らない単なる精神的なストレスや疲
労の蓄積があったからといって、そのことにより業務と高血圧性脳内出血との条件
関係を肯定することは困難である。
6 現認定基準について
 平成七年二月一日、脳血管疾患と業務との間の相当因果関係の有無を判断する際
の最新医学的知見を踏まえた合理的基準として、労働省労働基準局長通達基発第三
八号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準
について」が制定された(以下「現認定基準」という。)。現認定基準は、新認定
基準制定後の最新の医学的知見等を踏まえて制定されたもので、その内容は一部若
干の手直しが行われたものの、基本的には新認定基準と同様であって、改めて新認
定基準の合理性を確認したものである。したがって、本件の業務起因性は、右各認
定基準に基づき判断されるべきである。
三 亡aの脳出血と業務との条件関係について
1 亡aは高血圧症、高脂血症の基礎疾患を有していた。aの降圧剤の服用状況
は、良好ではなかったというべきである。したがって、同人が血圧安定降下剤等を
十分服用しなかったことにより、その後の血圧状態に悪影響を及ぼした可能性は否
定できない。
2 亡aの死亡原因は、高血圧性脳出血(脳幹出血)であって、これは自然経過に
より発症した可能性を否定できない。
3 aの本来の業務内容について
 同人の出張業務は、自ら出張日程の調整を図ることができた上、通常の各種営業
マンの業務との比較において特別のものであったとはいえないし、同人は出張業務
に慣れていた。業務従事時間も他の業務と比較して不規則ではない。また、昭和五
八年一月六日から二月九日までの遠方への出張についても、取り立てて厳しい条件
や要素があったとはいえない。
4 昭和五七年以降昭和五八年一月までの業務内容
 原判決は、昭和五七年に至りノルマの圧力が強まったと認定しているが、そのよ
うなことはない。
 昭和五八年一月の出張については、以前の出張に比べ異質な状況があったとはい
えない。特に、同人には、同月においては三〇日に開催された長唄の発表会に向け
て相当の時間を割く余裕があったのである。
5 二月に入ってからの出張状況
 旅費交通費請求書等の関係証拠によれば、二月二日、三日の出張については、a
は二日の夜は長女宅に宿泊している。四日、五日(土曜日)は出張がなく、六日は
休日で、七日の段階で、二日、三日の出張の影響が残ったとは認めがたい。
 次に七日から九日にかけては、二泊三日の日程で出張しているが、その日程、内
容等において平常の二泊三日の出張と比較して、特別の負担のあるものであったと
は認められない。その後は、韓国出張まで出張はなく、一三日(日曜日)は休養を
とったと推測されるから、七日から九日までの出張の疲れについても、韓国出張ま
で尾を引いたとは考えられず、韓国に出発する際、aが一時的ではない深刻な疲労
や睡眠不足に襲われていたとすべき事情はない。
6 韓国出張について
 aの韓国出張については、事前準備の関係で、負担が大きかったというような事
情は認められない。
 韓国出張中の業務負担は、日程(業務従事時間)、業務内容、特殊要素の有無、
予想外の事態の有無、その他の点において、むしろ国内における通常の出張に比較
しても、楽な内容であったというべきである。
 二月一八日は氷点下の気温になったが、当日bは断続的に、ごくわずかの時間外
気に触れただけである。
7 以上によれば、aの発症前の業務について、右発症と因果関係を肯定しうるよ
うな著しく過重な要素は何ら認めがたいというべきである。
(当審における被控訴人の付加主張)
一 業務起因性の意義
 原審で主張したように、労災補償制度の趣旨からすると、「業務上」とは業務と
負傷・死亡又は疾病との間の合理的関連性があることをいうと解すべきである。
二 立証の程度、立証責任等について
1 脳・心臓疾患の発症原因については未だ解明されていない分野が多いから、被
災者の立証責任の程度は軽減されてしかるべきである。労災補償制度の目的に照ら
すと、因果関係について労働者に立証責任はなく、使用者(政府)側に立証責任が
あるというべきである。
2 仮に、一般的に労働者(被災者)が立証責任を負うとしても、脳疾患・心臓疾
患の特殊性にかんがみ、過重負荷の存在が立証されれば、原則として過重負荷が基
礎疾患を増悪させて死傷病等の結果を招来したこと、すなわち業務と結果との因果
関係の存在することが推認されるとともに、控訴人側から業務外の身体的・精神的
負荷等が原因となって発症したことにつき特段の反証のない限り、業務による過重
負荷と結果発生との間に(相当)因果関係を認めるべきである。
三 業務起因性の判断基準
1 控訴人の主張する相対的有力原因説は、不法行為論における因果関係以上の要
件を課すものであり、何ら合理性のない考え方である。
2 現認定基準による主な改正点は四点であるとされるが、とりわけ、業務の過重
性の判断に際し、従前の認定基準では比較の基準に一般的な労働者を想定していた
ものを、新たに年齢、経験等を考慮することにした点は、認定基準の考え方を質的
に転換するものである。この点は、原判決の考え方が正しいことを示している。
四 過重負荷について
 控訴人は、認定基準に沿って、「日常業務に比較して特に過重な業務に従事した
こと」を要件としている。しかし、これでは、通常の所定業務それ事体が「血管病
変等の増悪」をもたらす過重労働であった場合でも業務外になってしまうから、そ
の不合理性は明らかである。認定要件としては、「発症前に当該労働者にとって過
重な精神的・肉体的負担を生じさせる量的若しくは質的に過重な業務に従事してい
たこと」で必要かつ十分である。
五 aの業務による労働負担
1 aの日常業務及び昭和五八年一月六日から二月九日までの業務
 aは、昭和五八年一月六日から二月九日までの三五日間に延べ二〇か所計一七日
間出張し、そのうち一〇日は遠方出張であった。まさに二日に一度の割合による出
張であり、出張の内容も多様であって、従前に比して出張の割合が極度に高まって
いることは明らかである。
 aの役職は、取締役であるというものの、実質は「係長」と何ら変わらなかった
から、日程調整を行うような余裕はなかった。
2 昭和五七年から昭和五八年二月までの業務と労働負担
 当時は営業実績が悪化していたから、昭和五七年以降ノルマが厳しく言われてい
たことは不自然ではない。
 長唄はc常務の強要によるもので、aにとっては業務の一環というものであっ
た。したがって、長唄の稽古は、肉体的・精神的負担を増加させる一要因となった
のである。
 韓国出張は、訴外会社の海外進出の第一歩であったから、失敗は許されなかっ
た。しかもaは、3Eメーターに不安を持っていたから、前日は深夜まで調べもの
をして、ほとんど睡眠をとらない状態で出発したものである。
3 韓国出張について
 bは、二月一五日はほとんど睡眠をとらずに韓国に出かけ、到着直後から一八日
までのほぼ全日、3Eメーターの営業活動を行った。この営業活動は、aに対し大
きな肉体的・精神的負担を与えた。
六 aの脳出血と業務との因果関係
1 aの基礎疾病
 aの基礎疾病である高血圧症はよく管理されており、WHOの本態性高血圧分類
に基づく高血圧のステージによっても第一期に該当する。
2 aの脳出血発症の原因について
 aの脳出血発症は、日常の過重な負担に加え、韓国出張に伴う身体的・精神的ス
トレスが同人の高血圧を急激に増悪させたことによるものと考えるのが最も合理的
である。なお、二月一八日の寒冷暴露も、高血圧の基礎疾病を持つaにとってさら
に大きな負担となり、高血圧を急激に増悪させたことは明らかである。
第三 証拠関係(省略)
第四 争点に対する判断
一 業務起因性の判断基準
 労基法及び労災保険法による労働者災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生
ずる危険性を有する業務に従事する労働者について、右業務に内在ないし随伴する
危険が現実化して労働災害が発生した場合に、使用者の過失の有無にかかわらず、
被災労働者の損害を填補するとともに、被災労働者及びその遺族の生活を保障しよ
うとすることにあるものと解される。そこで、当該労働者の疾病に業務起因性があ
るというためには、当該業務に疾病の発症という結果発生の危険性が認められるこ
と、すなわち、業務と疾病の発症等の結果発生との間に相当因果関係の認められる
ことが必要であり、かつ、これをもって足りるものというべきである。
 しかるところ、業務とそれに直接関連性のない基礎疾患とが協働して当該疾病が
発症した場合において、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして相
当因果関係が肯定されるためには、単に当該疾病が業務遂行中に発症したとか、発
症の一つのきっかけを作ったとかいうだけでは足りず、当該業務に内在ないし随伴
する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な原因となっていることが必要と
いうべきである。
 そして、労働者が業務により肉体的、精神的に過重な負荷を受け、これにより当
該基礎疾患が自然経過を超えて著しく増悪し、疾病が発症したと認められる場合に
は、当該業務に内在ないし随伴する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な
原因になっているものというべきである。なお、当該労働者の業務の過重性の判断
に当たっては、発症した当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支
障なく遂行できる健康状態にある労働者を基準としてこれを行うのが相当である。
二 業務起因性を判断するに当たっての前提事実
 当裁判所が、右の点を判断する前提として証拠により認定する事実は、次のよう
に加除、訂正するほか、原判決が、その二一枚目裏末行から四一枚目表七行目まで
において認定説示するところと同一であるから、これを引用する。
1 原判決二二枚目裏初行「原告本人尋問の結果」の下に「、成立に争いのない甲
第八十五号証、乙第五一号証の一、二、第五五号証の四、第七三号証、第七四号
証、原本の存在及び成立に争いのない甲第八四号証の一ないし三二、乙第四一号証
ないし第四五号証、当審証人dの証言により真正に成立したものと認められる乙第
五二号証、第五七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第
四六号証の一ないし一二、第五四号証、第六二号証の一ないし四四、第六五号証の
一ないし一一、第七一号証、当審証人d、同eの各証言、当審における被控訴人本
人尋問の結果」を加える。
2 同二二枚目裏末行「溶解された鋳鉄」の下に「(溶湯)」を加え、同二三枚目
裏初行「訴外会社入社のころ」を「訴外会社入社の直前」に、同二五枚目表四行目
「aは」から五行目末尾までを「出張の手当の支給の仕方が、遠方の場合には部下
二名に対しては日当や宿泊料が少額しか支給されない反面、近郊の場合には、aに
は日当が支給されないが、部下二名にはそれが一定額支給されるというシステムが
取られていたことなどから、遠方は、ほとんどもっぱらaが一人で担当し、部下二
名は東海地方や名古屋近郊を担当していた。その結果aは、遠方の出張はほとんど
一人で担当するとともに、東海地方や名古屋近郊への出張についても随時担当する
という勤務態勢であった。なお、近くへ出張する場合には、aは部下とともに出張
することもあった。」に、同七行目「社用車を利用し」を「社用車を利用する場合
には」に、それぞれ改める。
3 同二八枚目表九行目「一月五日」から同末行末尾までを「正月休みは一月四日
までであったが、aは五日は休暇をとり、同月六日山梨県都留市所在の株式会社佐
藤鋳造に3Eメーター販売のため出張した。同会社では、3Eメーターを持ち込
み、同日午後一時から午後五時三〇分までデモンストレーションを行った。aは、
交通機関は国鉄を利用しており、当日夜は東京都練馬区内の娘宅に宿泊したが、デ
モンストレーションが終了した時刻、佐藤鋳造と娘宅との位置関係などから考え
て、aが娘宅に到着したのは夜遅くなってからであったと推認される。aは、その
デモンストレーションにおける各種データを現場において克明にメモしており、帰
社後、出張用務処理報告(甲第四五号証一頁)に出張の経過を記載すると共に、売
込みの材料とするため、その際の各種データを綿密に整理した報告書(甲第四五号
証二頁)を作成している。」に、同二八枚目裏六行目「愛知県」から八行目末尾ま
でを「愛知県大府市所在の杉産業電機に出張して、打合せを行った。したがって、
帰宅は遅い時刻になった。」に、同九行目「愛知県海部郡<以下略>所在」を「岐
阜県(養老方面)所在」に、同末行「前回の測定報告等」を「前回の測定報告、サ
ンプルの受取り等」に改め、同二九枚目表四行目末尾の下に「名晃製作所への出張
は距離等の関係で日当が支払われないことから、旅費交通費請求書は作成されてい
ない。」を加える。
4 同二九枚目表六行目「翌一九日」から九行目末尾までを「翌一九日は、朝名古
屋の自宅を出発し、埼玉県川口市所在の三共鋳造に出張した。交通機関は、名古屋
の自宅から市バスと地下鉄で名古屋駅へ、同駅からは新幹線で東京駅まで行き、次
いで同駅から国電で川口駅まで、さらにバスで同会社まで赴くというものであっ
た。そして、同会社においては、3Eメーターのデモンストレーションを実施し
た。同会社については、前年(昭和五七年)の一二月二二日に同会社に出張した際
に、年明け早々にデモンストレーションを実施することを約束していたもので、機
器はあらかじめ別に送付した上、前記佐藤鋳造の場合と同様に、一九日午後に相当
の時間をかけてデモンストレーションを行った上データを克明にメモし、その後、
売込みの材料とするためデータ報告書を作成したものと思われる。一九日夜は東京
都練馬区内の娘宅に宿泊したが、娘宅に到着したのは、夜になってからであった。
翌二〇日には、同じく川口市所在の白鳥鋳物にクレーム処理及び現場での立会調整
のため出張し、同日夜名古屋の自宅に帰った。」に、同一〇行目「同日二五日」か
ら末行末尾までを「同月二五日には、静岡県榛原郡<以下略>所在の東鋳造にクレ
ーム処理のため出張した。aは、現場において、メーター内のマイコンを交換し、
現場で立会及び調整を行ったが、その作業にほぼ全日を要し、帰宅したのは夜遅く
であった。この出張には、公共交通機関を使用し、その方法は、名古屋の自宅から
市バスと地下鉄で名古屋駅に行き、同駅から国鉄を乗り次いで(浜松から普通電車
使用)国鉄金谷駅まで行き、同駅からタクシーで東鋳造に赴くというもので、移動
については相当な時間のロスも生じたであろうから、帰宅時刻は、前記のとおり夜
遅くであった。」に改める。
5 同二九枚目裏三行目「前記三共鋳造」を「埼玉県川口市所在の前記三共鋳造」
に、同四行目「夜自宅に帰った」を「その夜は東京都練馬区内の娘宅に宿泊した」
に改め、同七、八行目「ともに、」の下に「自動車で」を加え、同一〇行目「その
日は」から同三〇枚目表三行目末尾までを「午後六時三〇分ころ同会社を出て、午
後一〇時三〇分ころ同県内のaの別荘(山荘)に到着し、そこで宿泊した。翌八日
は、大雪であったこともあって午前五時ころに起床し、d運転の自動車で国鉄中央
線茅野駅まで送ってもらい、dとは同駅で別れ、一人で午前八時〇七分発の電車で
茨城県所在の岩井産業まで出張した。同会社の最寄駅は、国鉄常磐線・同水戸線の
友部駅(水戸市の西方に位置する。)で、具体的な経路は証拠上明らかではない
が、その距離・交通機関(乗換えが必要と思われる。)等からして、同会社に到着
するまでに相当の時間を要した。したがって、実際の仕事は午後に行われ、その日
は東京都練馬区の娘宅で宿泊したが、娘宅への到着はやはり夜になっている。さら
に翌九日は、東京の娘宅から山梨県都留市所在の前記佐藤鋳造に出張し、一日中現
場の立会を行い、その日のうちに名古屋の自宅に帰った。同会社から名古屋の自宅
までの経路は、同会社から国鉄中央線大月駅まで行き(使用した交通機関は不明で
ある。)、同駅から急行電車で新宿駅まで行き、国電で東京駅に出て、新幹線で名
古屋駅まで戻るというものであった。旅費交通費請求書(乙第四六号証の一〇)に
は記載がないが、名古屋駅から自宅までは地下鉄と市バスを乗り継ぎ、前記佐藤鋳
造での実働時間とこのような帰宅の経路とを併せてみると、帰宅は夜遅くなったも
のと推認される。そして以上の各出張行程に照らすと、旧国鉄時代の本数も速度も
現在とは相当距たりのある各列車を乗り継いでいたこと(この点は当裁判所に顕著
である。)から、その疲労の蓄積はかなり高いものであったと認めるのが相当であ
る。」に改める。
6 同八行目「以上のとおり」から九行目末尾までを次のように改める。
「 以上のとおり、一月六日から二月九日までの三五日間(この間の公休日七日を
含む。公休日を除くと二八日間となる。)に延べ一九カ所一六日(ただし、一月六
日の佐藤鋳造への出張を、出張日程どおり一泊二日の出張とみると、出張は一七日
になる。)出張しており、そのうち九日(佐藤鋳造への出張を一泊二日とみると、
一〇日となる。)は遠方への出張であった。また、出張の場合には、帰宅が夜にな
ることが少なくなかった。特に遠方へ出張した場合で、仕事が午後一杯行われた場
合でも、出張の日程上移動日が設けられていないことがほとんどであったことか
ら、aは、出張先での用務を終えた後その日の夜に移動して名古屋の自宅に帰って
いた。したがって、この場合には、必然的に帰宅は夜遅くになっていた。
 出張の場合の旅費交通費等は、交通費は実費が支給されていたが、宿泊料は定額
で一泊九〇〇〇円、日当は、昭和五七年七月ころまでは一日二〇〇〇円、同年八月
ころからは三〇〇〇円(距離が五〇〇キロメートル以内)又は三五〇〇円(距離が
五〇〇キロメートル以上)とされていた。bは、交通費については、バス代、地下
鉄代、有料道路通行料なども、細かく請求し、実費精算を受けていた。また、同人
には、国鉄を利用する場合グリーン料金は支給されず、同人は普通車を利用してい
た。」
7 同三〇枚目裏三行目の次に改行の上「なお、訴外会社の公休日は、日曜日、一
二月三一日から一月四日まで、国民の祝日、月一回(又は二回)の土曜日であり、
これを昭和五八年一月一日から韓国出張の前日である二月一四日までについてみる
と、その間の公休日は、一月一日から四日まで、一月九日(日曜日)、一五日(国
民の祝日)、一六日(日曜日)、二二日(土曜日)、二三日(日曜日)、三〇日
(日曜日)、二月六日(日曜日)、一一日(国民の祝日)、一三日(日曜日)とな
る。ただし、後記のように二月一一日は公休日であったが、aは出勤している。こ
れによれば、一月六日の業務開始から同月三一日までの二六日間においては、公休
日が六日間であったが、二月の本件出張前の一四日間においては、本来は公休日が
三日であったが、bは二月一一日に出勤しているから、その二月の一四日間におい
て同人が公休日として休んだ日数は二日になる。」を加え、同四行目「実際には」
から同行「しばしばあり」までを「実際には残業することも少なくなく」に改め、
同八行目「午前二時ころ」を削り、同行目「及ぶこともあり」の下に「、また休日
等の勤務時間外の時間帯に自宅において、仕事や仕事に関連する勉強をすることも
多く」を加える。
8 同三一枚目裏二行目末尾の下に「そして、販売された3Eメーターは、一月下
旬韓国に輸出され釜山鋳工に届けられた。」を加え、同一〇、一一行目「売買が成
立したが」を「売買が成立し、同月下旬に同会社に送付されたが」に改め、同三二
枚目裏九行目「同日午前一一時一〇分、」の下に「日新鉱産のfとともに」を、同
一〇行目末尾の下に「韓国においては、aは常にfと行動を共にした。」を加え、
同三二枚目裏末行「当日aを空港に見送った部下の一人は」を「出発前日、部下の
一人は」に、同三三枚目表三行目「同日」を「一五日」に、同三六枚目裏三行目
「几帳面な」を「几帳面で神経質な」に改め、同四、五行目「気にかけていたこ
と」の下に「、継続的に田中医院において治療を受け数カ月経過した昭和五六年一
二月ころ以降は、血圧は概ね正常範囲内で安定した状態になったこと」を加え、同
六行目「良好であった」を「良好と評価できるものであった」に、同七行目「韓国
出張前に」を「韓国出張前の一月二二日に」に、同八行目「診断を受けたが」から
九行目「認められなかったので」までを「診断を受けた。g医師が血圧測定を行っ
たところ、最高血圧が一三八、最低血圧が七六で、正常血圧の範囲内であった。そ
して、直前の一月一四日に行った心電図検査及び血液検査の結果も異常がなかった
ので、g医師は」に改める。
9 同三七枚目表二行目の次に改行の上次の説示を加える。
「(一) 脳出血の病理
 aが発症した脳出血は、高血圧性のものであった。
 脳出血の直接的な病理学的原因は、脳内小動脈の血管壊死と、それに続発する微
小動脈瘤の破綻によるものと考えられている。そして、血圧壊死の発生には高血圧
が密接に関連するとされている。
 しかし、血管壊死が発生した場合でも必ず破綻するとは限らず、ある報告では、
血管壊死のある例で脳出血が起こった頻度は一六ないし五二パーセントであるとさ
れている。同じ血管壊死でも、高血圧であるほど脳出血が起きやすいとされてい
る。」
10 同三七枚目表三行目「(一)」を「(二)」に、同裏五行目「(二)」を
「(三)」に、同三八枚目表七行目「法的因果関係は」から同裏五行目末尾までを
「法的因果関係を肯定するについては、その事実的側面において、脳出血の発症経
過ないし発症機序が医学的に余すところなく厳密に解明され証明されなければなら
ないとするのは相当ではなく、まして、ストレスないし疲労の蓄積が定量的に把握
できなければ因果関係を肯定できないというものでもないというべきである。そこ
で、労働と脳出血の発症との間に相当因果関係があるといえるかどうかを判断する
に当たっては、当該被災者の死亡原因、死亡直後の具体的状況、基礎疾患の内容、
程度、発症前の業務の状況、生活状況等、関連する諸事情を具体的かつ全体的に考
察し、これを当該被災者の死亡原因についての医学的知見に照らし、業務による過
重な負荷が、被災者の基礎疾病を自然経過を超えて増悪させ、それにより脳出血が
発症したと認められるかどうか、したがって、労働の過重負荷が脳出血発症につい
て相対的に有力な原因となっていると評価しうるかどうかを検討するのが相当であ
る。」に、同三八枚目裏六行目「また」から七行目末尾までを「寒冷刺激が血圧を
上昇させる事実はよく知られており、そのことは実験的に確かめられている。脳出
血は、一年を通してみると冬期に多発しており、寒冷による急な血圧上昇が発症を
促すものと考えられている。また、急性寒冷昇圧試験において、その昇圧反応が、
正常血圧者に比し高血圧患者で増大するという報告が多い。」に改める。
三 業務起因性の存否
 以上認定の事実に基づき、本件脳出血の発症によるaの死亡の業務起因性につい
て検討する。
1 業務過重性について
(一) aは、訴外会社の取締役開発部長として、3Eメーター等の販売業務に従
事し、社会業務のほか、それに関する出張業務を行っており、右出張業務は、3E
メーターの売込み(デモンストレーションを含む。)、立会調整、クレーム処理等
を中心とする業務であった。立会調整は、顧客先に納入した3Eメーターを測定場
所に設置し、実際に測定をしてみてデータを取り、これをチェックして、機器を調
整し、顧客先の炉の溶湯を正確に測定できるようにするための作業であり、売買契
約に伴う重要な業務であって、一定の精神的負担を伴うものではあったが、高温の
炉のある工場内で行うことから、作業環境が良好であるとはいえないものの、3E
メーター本体は炉から五、六メートル離れた位置にあり、また溶湯をひしゃくです
くう作業は、顧客先の作業員が主に行っていたから、立会調整業務自体の肉体的負
担は問題とすべき程度のものではなかったと認められる。
 デモンストレーションについても、売込先における作業内容は、右に述べた立会
調整業務とほぼ同様のものであったと推認され、現場における作業自体が、大きな
肉体的負担や精神的負担をもたらすものであったとは認められない。
(二) しかしながら、出張業務についてみると、aは開発部の中で、訴外会社の
出張旅費等の支給体系の関係で、遠方の出張をもっぱら一人で担当し、併せて近い
場所への主張をも適宜担当していたもので、特に遠方への出張は、長距離の移動、
その前後の社内業務との兼合い、業務時間が不規則になること等からして、aが出
張を通常業務の一内容としていたとしても、社内業務に比較して、同人の肉体的、
精神的負担は多大であったというべきである。
 特に、aの出張は、出張目的が立会調整や売込活動であることから、勢い先方の
都合を優先せざるを得ないし、まして、出張目的がクレーム処理である場合には、
aにおいて時と場所を選択する余地のないものであったということができる。した
がって、その意味において、aの出張は拘束性の強いものであったと評するのが相
当である。
 また、前認定のように、遠方出張の日程は非常に窮屈なものになっている場合が
多く、したがって帰宅が深夜になる場合が多かったし、また自宅を早朝に出発せざ
るを得ない場合も少なくなかったことが明らかである。このように、通常の勤務時
間帯には出張先での業務に従事し、その後の時間帯、場合によってはその前の時間
帯に、長距離を長時間かけて移動することは、通常の社内業務に比較して、大きな
肉体的、精神的負担を伴うものであったというべきである。
 さらに、前認定のように、出張に当たりaに対して支給される日当、宿泊料の額
に照らすと、東京付近への出張においては娘宅に宿泊することができたとしても、
全体的には、aの出張は経済的にも余裕のない極めて窮屈な状況であったと考えら
れ、そのことがたとえば、昭和五八年二月七日にaの山荘に宿泊するような措置を
とる要因の一つになっていたと推測されるし、それがまた出張による疲労感を強め
る要因の一つになっていたものと認められる。
 また、aにおいては、出張に関する各種準備は、同人一人ですべて行わなければ
ならなかった場合が多く、そのことも、出張による同人の肉体的、精神的負担を増
加させる要因であったと考えられる。
(三) aが韓国に出張した昭和五八年二月一五日のおおむね一週間前である二月
七日の月曜日から一四日の月曜日までの出張等の業務の状況をみてみると、aは二
月七日から九日までの間、長野県上田市、茨城県、山梨県都留市に出張しており、
その出張が肉体的、精神的に負担の大きいものであったと認められることは、前示
のとおりである。そして、夜遅く出張から帰った翌日である二月一〇日から通常業
務に従事し、一一日の祝日も出勤し、一二日(土曜日)、一四日(月曜日)に社内
での通常業務に従事し、前日の一四日は帰宅後出発当日の午前二時ころまで出張の
準備をしており、韓国出張は睡眠不足のまま出発したものと認められる。
 また、遡って、同年一月六日(木曜日)から二月五日(土曜日)までの一か月間
の出張等の状況をみると、二月二日、三日には、埼玉県川口市及び神奈川県に出張
し、一月六日から二月一日までの二七日間(その間の公休日を除くと、二一日間と
なる。)に延べ一〇日間(半日の出張も含む。)出張しているところ、そのうちの
遠方への出張の際には、帰りが夜遅くなったことが多かったものと認められる。
 そしてさらに、前年(昭和五七年)一〇月から一二月までのaの出張の状況をみ
ると、前記(甲第八四号証の一ないし三二、乙第六五号証の一ないし一)による
と、aは、同年一〇月には二泊三日の遠方出張(埼玉県川口市、福岡市)を二回し
たが、いずれも展示会に製品を出品したことに伴うものであり、その他には近い場
所への出張を二日したこと、一一月には、aは静岡県への日帰り出張を含め延べ九
日間の日帰り出張をしたこと、一二月には、同人は埼玉県川口市内の三共鋳造に一
泊二日で出張したほかは、近い場所へ一日出張したこと、以上の事実が認められ
る。この三か月間の出張においても、aの行っていた出張の一般的な傾向からし
て、肉体的、精神的に負担になる点があったと認められ、さらに昭和五八年一月に
入ってからの出張は、前記認定の事実よりすれば、この前年の三か月に比較して量
的、質的に負担が増し、二月に入ってからは、出張を含めた業務が肉体的、精神的
な負担を増加させたものと認めるのが相当である。このように、韓国出張が近づく
につれ、出張等を含めた業務による肉体的、精神的の負担が増加しており、かつ、
出張、その他の業務の日程・状況から疲労を回復させる機会が確保されていたとは
いえないから、韓国への出張前日に部下のhが、aの顔色が悪いのを心配して健康
状態を尋ねたことに表れているように(甲一六号証参照)、aには相当高度に疲労
が蓄積していたものと認めるのが相当である。
 そして、aは、このような出発前に増加した疲労を回復させることができないま
ま、さらに出発当日の午前二時ころまで出張に備えて準備をし、三時間に満たない
睡眠を取っただけで、初めての外国出張である韓国出張に出発したものと認められ
る。
(四) aは、このように、疲労が相当高度に蓄積した状態で、韓国出張に出かけ
たものであったが、同人にとって、韓国出張は初めての海外出張であり、本件につ
いての医師の各所見に照らしても、そのこと自体が相当な肉体的、精神的負担であ
ったというべきである上、釜山鋳工への出張の目的は、同会社に納入した3Eメー
ターの立会調整に止まらず、海外への販路拡大を兼ねたものであり、このような海
外への販路拡大の用務、目的の持つ意味は、3Eメーターの販売業務に従事してい
たaの置かれていた当時の状況、すなわち、ライバル会社が現れ、売上が思うよう
に伸びないという状況の下では、販売責任者である取締役開発部長のaにとって非
常に重要なものであり、その用向き及び時期の設定から考えて、本件は相当拘束性
の強い、かつ、強度の負担感を伴う出張で、これによる精神的負担もまた大きかっ
たと認めるべきである。こうした負担に加え、近距離とはいえ、初めての海外出張
であって、到着後直ちに業務を遂行し、それが四日間継続したことによる疲労の蓄
積は、aが韓国への渡航経験の豊富なfと同行したことや、業務において日本語を
使用することが可能であったこと等によって、ある程度緩和されたとしても、なお
相当高度のものがあったと考えられる。そしてさらに、釜山鋳工での3Eメーター
の立会業務の都合上、当初の予定を変更して韓国出張を一日伸ばさざるを得なかっ
たことも、その出張の拘束性をより強め、aの肉体的、精神的負担を増大させる要
因であったと考えられる。
(五) しかも、aが韓国出張に出向いたころは、韓国は寒冷期であったところ、
前記認定のとおり、寒冷が高血圧症を増悪させる要因の一つであることは医学上認
められているところである。前記認定のとおり、aの韓国出張中の二月一五、一
六、一七日には、最低気温も氷点下にならず、この時期の韓国としてはむしろ暖か
いといえる気候であったが、本件発症当日の一八日は一転して急に冷え込み、最高
気温が氷点下一・一度、最低気温が氷点下三・八度程度というように、一日中氷点
下の気温であった。したがって、右死亡当日の釜山の急激に冷え込む寒冷ストレス
は、aに対する肉体的負担になりうるものであったというべきである。
 また、寒暖の差の激しいところに出入りする場合にも、この環境の変化に伴う血
圧の調整が困難となって高血圧を増大させる場合があると医学上認められ(甲第六
五号証、第六六号証)、その意味において、寒暖の差の激しいところへの出入り
も、ストレスとして血圧の上昇を来すおそれがあるところ、前記認定のとおりのa
の死亡当日の行動からすると、暖房設備の存する屋内や自動車内と、氷点下の気温
であった屋外とを頻繁に出入りしていたことが認められるから、仮にその移動の距
離がさほど長いものでなかったとしても、このことも、bの脳出血発症に対する基
礎疾患の増悪要因に十分なりうるものであったと認められる。
(六) なお、控訴人は、aには昭和五八年一月三〇日に開催された長唄の発表会
に向けて相当の時間を割く余裕があったと主張し、乙第五三号証、第五六号証、第
七一号証(これらは弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる。)及び
当審証人eの証言には、この主張に沿う部分がある。
 右各証拠によれば、aは長年に亘って長唄の稽古に通い、同人の技量は相当なも
ので素人の域を出ており、長唄はaの趣味、嗜好であったと認められるから、そう
である以上、この点をもってaの業務に余裕があったと認めうる要因であるとする
ことはできない反面、長唄はc常務に対する義理で始めた旨の被控訴人の主張及び
これに沿う甲第一五号証の一、二、第八五号証、被控訴人の当審供述を考慮して
も、長唄の稽古等がaに対し精神的な負担になっていたものとも認め難い。
2 相当因果関係の存否について
 以上説示のとおり、aの出張業務、特に遠方への出張業務は、その具体的な内
容、日程、態様等に照らし、本来不規則で拘束性の強いもので、以前から全体とし
て大きな肉体的、精神的負担を伴うものであったというべきであるところ、昭和五
八年に入ってからの出張業務、特に同年二月に入ってからの出張業務は、韓国出張
が近づくに従ってaの肉体的、精神的負担を格段に増加させ、疲労を高度に蓄積さ
せたものというべきである(特に、韓国出発前の二月七、八、九日の出張業務は、
格段に肉体的、精神的負担の大きなものであったというべきである。)。そして、
aは、この疲労を回復させることなく、さらに韓国出張直前には徹夜に近い状態で
準備をして韓国に出かけ、この出張が、aにとっての初めての海外出張であって、
販路拡大の用向きも併せて重要な出張用務であったこと等から、結局、aの韓国出
張に伴う精神的負担は大きかったというべきであり、しかも、本件発症当日の釜山
の気象条件は急激な寒冷により、高血圧症を増悪させるストレスになりうるもので
あったということができる。そうすると、これら昭和五八年二月に入ってから本件
脳出血発症当日までの業務によりaが受けた労働負荷は、前記認定の医学的知見に
照らし、aと同程度の六〇歳を超えた年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂
行できる健康状態にある労働者を基準にして、基礎疾患である血管病変等をその自
然経過を超えて著しく増悪させ得る過重なものであったというべきである。
 これに対し、aには脳出血の危険因子である高血圧症の基礎疾患があったが、前
記認定のとおり、同人の血圧値は、継続的な通院治療を受けていたことにより、ほ
ぼ正常範囲にコントロールされ、同人の高血圧症の程度は最も軽症の部類に属する
ものであったし、韓国出張に出かける前にも、かかりつけの医師の診断を受け、出
張に差し支えがない旨の判断を得、投薬を受けて薬を韓国出張に持参していたか
ら、同人の高血圧は、当時自然の経過により増悪し脳出血発症を引き起こすことが
危惧される程度には至っていなかったというべきである。
 そこで、以上を総合すると、これらの業務、特に昭和五八年二月に入ってから韓
国出張直前までの業務によるaに対する高度の肉体的、精神的負担及びこれによる
疲労に、韓国出張による精神的負担及び脳出血発症の日の寒冷ストレスがさらに加
わり、これらが高血圧症の基礎疾患を有するとaにとって脳出血を発症させる危険
性のある過重負荷となり、この過重負荷がaの高血圧症を自然経過を超えて増悪さ
せ、基礎疾患である脳血管病変を著しく増悪させて脳出血を発症させたものと認め
るのが相当である。そうであれば、aの業務による過重負荷が同人の脳出血発症に
ついて相対的に有力な原因となっているものというべきであり、結局、同人の脳出
血発症による死亡は同人の業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものという
ことができる。したがって、aの業務と脳出血発症による同人の死亡との間には相
当因果関係があり、同人の死亡は業務に起因するものと認めるのが相当である。
第五 結論
 以上によれば、aの死亡には業務起因性が認められ、本件処分は不当であるか
ら、被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。
 よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担に
ついて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとお
り判決する。
(裁判官 水野祐一 岩田好二 山田貞夫)

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