弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差戻す。
         理    由
 上告代理人弁護士皆川健夫上告理由第一点について。
 原判決は、その理由において、先ず上告人たる原告主張の住所を甲府市に移した
との事実に関する判示証拠は原告主張の趣旨においては当裁判所の採用し得ないと
ころでめり、甲第四号証の一乃至十の判示記載だけでは、未だこれを認定するに足
りないその他原告の各主張を肯認するに足る証拠はないと判示し、次に、却つて原
判示(イ)乃至(ヌ)の認定事実に徴すれば、住所移轉の事実並びに意思なかりし
ものと認定するを相当とする旨判示したものである。よつて(イ)乃至(ヌ)の認
定理由就中所論(一)(原判決(ニ)及(ヘ))と所論(ニ)との間に矛盾、齟齬
ありや否やを審究するに、原判決は、その(イ)において、「原告は、昭和二〇年
四月空襲の激化に伴い甲府市より判示a村え家族と共に疎開轉入し同村bc番地に
住所を定めて居住したこと」を認定し、(ロ)(ハ)において、終戦後間もなくD
等がE株式会社の設立を計画するに当り原告は、甲府市内F方にあつた右会社の創
立事務所に勤め昭和二〇年一一月一日右会社成立後は、その取締役となつて甲府市
d町e番地の会社事務所において執務することゝなり、何れもa村の原告住所より
f驛まで徒歩約三〇分、同驛よりg驛まで汽車にて約二五分を以て通勤していたこ
とを認定し、次に、(ニ)(ホ)(ト)において、会社事務が極めて繁忙であつた
ため原告は、昭和二一年八月二八日右会社の事務所に隣接して設けられた社宅の一
室(八疊の間)に單身布団、寝巻、飯茶碗茶道具だけを携えて引き移り起居するに
至つたこと、右移轉後も相変らずg、f驛間の定期乗車券を購入し一週二、三回家
族の許に至り(但し歸らない週もあつた)その都度殆んど宿泊していたこと、並び
に、その後右会社の社宅に原告が使用する他の一室と炊事場が増設せられたので昭
和二一年一二月二五日原告の家族全部が荷物を取り纏め右社宅に引移りその際原告
初め家族全部の甲府市えの轉入手続を済したことを認定している。
 かように元来申府市のような都市に居住していた者が空襲の激化に伴い徒歩及び
汽車約一時間の地域に疎開轉出した場合には、通常は已むを得す一時腰掛的に住所
を移轉したに過ぎないものであるから特別の事情のない限り終戦後は歸還を希求し
熱望するのが世態人情に適合するものと認めるを相当とする。然るに前述のごとく
原告は、判示の如く終戦後甲府市にあるE株式会社の設立に関与し、昭和二〇年一
一月一日同会社成立後はその取諦役となつて執務し、昭和二一年八月二八日同会社
社宅に寝食の器具を運び單獨引き移り起居し、その後同年一二月二五日家族を呼寄
せ完全に甲府市え轉入手続を為し、その間原告は一週二三回家族の許に至り宿泊し
たに過ぎなかつたことは原判決の認定確定したところである。果して然らば上告人
は終戦後再び甲府市を職業生活の中心と定め、ついで寝食の器具を移して甲府市に
起居するに至つたものであるから、特別の事情のない限り、右昭和二一年八月二八
月單独移轉を似て生活の本拠を甲府市に移す意思で甲府市に歸還しその住所を復舊
したものと認めるをむしろ経験法則上当然とすべきである。原判決は、住所移轉を
認めない理由として上告人が定期券を購入所持していたこと、甲府市に移入手続を
せず配給を受けない簡單な生活をしていたこと、妻が甲府市を訪ねなかつたこと、
選挙人名簿又は補充名簿等に関する事実を挙げているけれども、かような事実は未
だもつて前記特別の事情と認め難い。従つて原判決が疎開の事実を認めながら是認
し得べき特別の事情を挙示することなく、判示單独移轉を以て原告の住所復舊の事
実並びに意思を否定したのは経験法則に違反して事案を認めたもので理由において
齟齬若しくは不備あるものといわねばならぬ。論旨は結局その理由があつて原判決
は破棄を免れない。
 よつて爾余の論旨に対する判断を省略し、民訴法第四〇七条第一項により主文の
とおり判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    齋   藤   悠   輔
            裁判官    澤   田   竹 治 郎
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    岩   松   三   郎

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