弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、別紙目録7ないし17の特許出願について、特許権認
定登録を条件として、範囲全部、地域日本全国、実施料無償とする専用実施権の設
定登録手続をせよ。
2 別紙目録18ないし26の外国特許権及び外国特許出願について、原告が範囲
全部、地域全国、実施料無償とする専用実施権と同等の権利を有することを確認す
る。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
 主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者等
(一) 原告は、ゲルマニウム化合物に関する技術研究及び有用なゲルマニウム化
合物製品の製造販売等を目的として、昭和五〇年に設立された株式会社である。原
告は、その設立に際して、従前から存した権利能力なき社団である浅井ゲルマニウ
ム研究所(以下「浅井ゲルマニウム研究所」という。)の全資産(研究開発設備、
債権債務、研究スタツフ及び特許ノウハウを含む研究開発の成果等一切)を承継
し、これを基盤として今日の活動を継続している。
(二) 化学式(GeCH2CH2COOH)2O3を有する化合物は、浅井ゲル
マニウム研究所により初めて合成された新規物質である。浅井ゲルマニウム研究所
は、右化合物が、制ガン剤、血圧調整剤、老化防止剤等として将来性を有するもの
であることを後記2の項で述べる動物実験により確認し、これをGe132と名付
けた。
(三) 被告らは、訴外故【A】(以下「訴外【A】」という。)の法定相続人で
ある。訴外【A】は、医学博士の学位を有し、動物を用いて医学的実験を行うこと
を目的として設立された訴外株式会社日本実験医学研究所(以下「訴外会社」とい
う。)の代表取締役社長の職にあった者である。
2 研究委託契約
 浅井ゲルマニウム研究所は、昭和四六年七月一日、訴外会社との間において、G
e132の薬効及び毒性催奇性について研究委託契約を締結し、同委託試験は、同
年から昭和五〇年項にかけて実施され、試験結果が詳細データとともに浅井ゲルマ
ニウム研究所に対して報告された。
3 訴外【A】の特許出願
 ところが、訴外【A】は、右Ge132の薬効に強い関心を抱き、浅井ゲルマニ
ウム研究所に対し、言葉巧みに申し向けて、その製造ノウハウを開示させ、訴外
【B】らと研究グループを結成し、その研究成果と称して、3―トリヒドロキシゲ
ルミルプロピオン酸の塩類並びにその製造方法に係る特許出願を、昭和五〇年(一
九七五年)一〇月二三日、ベルギー国に行い(出願番号一六一一八一)、右ベルギ
ー国特許出願に基づき、工業所有権保護に関するパリ同盟条約四条の優先権を主張
して、別紙目録4ないし6の特許権を得た。
4 和解契約
(一) 訴外【A】の右特許権の内容をなす技術は、前記研究委託契約に基づき浅
井ゲルマニウム研究所から委託研究を進めるため開示された技術と、これに基づき
右契約の履行としてなされた動物実験の結果とを内容とするものである。少なくと
も、これらを基礎とするものである。
(二) そこで、原告は、訴外【A】の責任を追及し、昭和五三年六月七日、訴外
【A】との間において、覚書と題する書面(甲第五号証)により、「訴外【A】
は、原告に対し、アメリカ合衆国特許第四、〇六六、六七八号及びこれに対応す
る、日本、フランス、ベルギー、西独、英国の特許権及び特許出願について専用実
施権を設定する。専用実施権の制度のない国においては、右趣旨に基づく実施権を
認定する。」旨合意した(以下「本件和解契約」という。)。
 右和解契約にいう「アメリカ合衆国特許第四、〇六六、六七八号」は、別紙目録
5の特許であり(以下「米国特許」という。)、「これに対応する特許権及び特許
出願」は、同目録1ないし4及び6のとおりである。
 なお、右覚書は、前文においては、「譲渡人【A】譲受人【C】」と表示されて
いるが、調印欄においては、「譲受人浅井ゲルマニウム研究所」とされているか
ら、契約当事者は、【C】個人ではなく原告であり、かつ、特許権実施の許諾ない
し実施権の認定を受ける者も、原告自身にほかならない。
5 バイオジトン8に関する訴外【A】の特許出願
 ところで、訴外【A】は、本件和解契約締結当時、前記研究グループの研究の結
果、(GeCH2CH2COOH)2nO3nなる化学式を有する新規物質を発明
したと称して、これをバイオジトン8と命名し、Ge132とは別異の化合物であ
ると主張して、右バイオジトン8に関し、別紙目録7及び8の特許出願をしてお
り、更に、その後も、本邦及び外国において、バイオジトン8に関し、同目録9な
いし26の特許出願をした(以下「本件特許出願等」という。)。
6 本件特許出願等と米国特許の同一性
(一) 本件特許出願等は、本件和解契約において、対象権利として必ずしも明示
的に示されていないが、バイオジトン8は、以下に述べるとおり、右契約で言及さ
れている米国特許の物質と実質的には同一のものであるから、バイオジトン8に関
する本件特許出願等は、右米国特許と実質的に同一内容の発明を内容とするもので
あって、原告は、右特許出願等についても、米国特許に関する本件和解契約による
権利と同様の権利を有するものである。
(二)(1) 米国特許の特許請求の範囲は、次の1及び2のとおりである。
1 式 <12778-001>
(式中MetはNa,K,NH4,H2N(CH3)2から成る群から選ばれた一
価のカチオン、又はCa及びMgから成る群から選ばれた二価のカチオンを示し、
XはMetが一価のカチオンの場合は1を、Metが二価のカチオンの場合は2を
表す。)
で表される化合物。
2 トリクロルゲルマニウムとエクリル酸を反応させて、式
<12778-002>
で表される3―トリクロロゲルミルプロピオン酸を得、この酸を苛性アルカリ水溶
液により加水分解した後に酸性とすることにより、式
<12778-003>
(式中、nは1、2又は3である。)
で表される3―ゲルミルプロピオン酸酸化物を得、この酸化物を金属Metの水酸
化物(MetはNa,K,NH4及びH2N(CH3)2,Ca,Mgのカチオン
である。)と反応させることを特徴とする請求の範囲第1項の化合物を製造する方
法。
(2) 米国特許の目的物質である3―ヒドロキシゲルミルプロピオン酸塩類は、
薬剤としての有用性を具えるものであり、例えば、
① 精神、神経領域での障碍
 てんかん、憂鬱症、精神分裂症、眼精疲労、偏頭痛と末梢神経炎
② 代謝障碍
 リヒド代謝の改善、過コレステロール血症の改善と抗糖尿病効果
③ 心、血管系
 高血圧、心機能の亢進、抗出血性効果、血管強化安定効果、末梢循環の改善
④ 消化器官
 胃、十二指腸及び大腸の潰瘍の改善、便秘への効果
⑤ 皮膚疾患
 異常性乾癬、異常性座瘡
⑥ アレルギー疾患
 気管支喘息、薬物発疹、蕁麻疹
⑦ 腎機能
 利尿効果、ネフローゼに対する効果
⑧ 肝機能障碍
 急性及び慢性肝炎、肝萎縮、肝硬変、脂肪肝、肝がん
⑨ 産科及び小児科領域の疾患
 妊娠、授乳中の栄養障碍の治療、乳児の発育障碍、早熟児の網膜症、アクトニア
性嘔吐の治療
⑩ 薬物の長期投与の予防効果
⑪ 一般的疲労、倦怠及び無力症
に対し適用することができるとされている。
(三) 米国特許の化合物とバイオジトン8の同一性
 前記のように、米国特許の最終目的物は、(GeCH2CH2COOH)2nO
3nに金属水酸化物を反応させて得た金属塩であるところ、右の(GeCH2CH
2COOH)2nO3nは、バイオジトン8である。
 ところで、バイオジトン8は、その水溶液では水和され、
<12778-004>
の形で安定化される。一方、前記最終目的物は、金属塩であるから、その水溶液に
は金属イオンが含まれてはいるが、これ自体は薬理活性を示すものではないので、
前記最終目的物の水溶液における薬理作用を示す物質は、上記バイオジトン8の場
合と同様に、
<12778-004>
であるということができる。
 そして、バイオジトン8及び前記最終目的物は、共に薬剤として用いられる点に
有用性があるものであり、薬剤として生体に投与される限り、遊離のカルボン酸と
金属塩との相違に薬解離状態の相違はあるにせよ、生体内の水により前記カルボン
酸イオンとなって作用することにおいて変わりはない。また、米国特許の最終目的
物は、バイオジトン8を化学反応に付すことにより得ることができ、一方、右最終
目的物の水溶液から化学反応によりバイオジトン8を単離することもできるのであ
る。
 したがって、バイオジトン8は、右最終目的物とその本質において変わるところ
のないものである。
(四) 別紙目録7ないし26の特許権又は特許出願に係る発明は、以下のとお
り、米国特許と実質的に同一の発明である。
(1) 目録7(有機ゲルマニウム重合体)
 この出願の化合物は、バイオジトン8であり、前記のとおり、米国特許の化合物
と実質的に異ならない。
(2) 目録8(有機ゲルマニウム重合体の製造方法)
 この出願の発明は、一定の化合物の製造方法に関するものであるが、米国特許の
クレーム1の製造方法中に包含される。
(3) 目録9(有機ゲルマニウム重合体を主剤とした温血動物用薬剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の化合物の温血動物用薬剤としての用途に
関するものであるが、米国特許で確認されている化合物の有用性を特許請求の範囲
に記載したものにすぎない。
(4) 目録10(有機ゲルマニウム化合物を含有する免疫賦活剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の免疫賦与剤としての用途に関するもので
あるが、この用途は既に米国特許に開示されているところである。
(5) 目録11(有機ゲルマニウム重合体並びにこれを主剤とする抗けいれん
剤)
 この出願は、一定の化合物及びその抗けいれん剤としての用途に関するものであ
るが、この化合物は、米国特許の化合物と実質的な差異はなく、その用途も米国特
許に開示されている。
(6) 目録12(有機ゲルマニウム重合体)
 この出願の発明の化合物は、米国特許の化合物と実質的に同一である。なお、こ
の出願は、前記(2)の出願の分割出願である。
(7) 目録13(有機ゲルマニウム重合体)
 米国特許に示された化合物と実質的に同一の化合物に関する発明である。
(8) 目録14(有機ゲルマニウム重合体を主剤としたウイルス用薬剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の化合物のウイルス用薬剤としての用途に
関するものである。
米国特許の化合物が、皮膚疾患や肝機能障害に有用であることは、それがウイルス
性疾患についても薬効があることを示すものである。したがって、この出願の発明
は、米国特許の化合物の有用性の機能を単に追認したものにすぎない。なお、この
出願は、前記(3)の出願の分割出願である。
(9) 目録15(有機ゲルマニウム重合体を主剤とした白内障用製剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の化合物の白内障用薬剤としての用途に関
するものであるが、米国特許の化合物も眼科の疾患について有効であることは、そ
の明細書に開示されている。なお、この出願も、前記(3)の出願の分割出願であ
る。
(10) 目録16(有機ゲルマニウム重合体を主剤とする癌用薬剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の化合物の癌用薬剤としての用途に関する
ものであるが、米国特許にも、例えば肝癌に有効であると開示されているように抗
癌性を有していることが既に開示されている。この出願も、前記(3)の出願の分
割出願である。
(11) 目録17(有機ゲルマニウム重合体を主剤とするC.R.D(C.R.
Dコンプレツクス)用薬剤)
 この出願の発明は、前記(1)の出願の化合物のC.R.Dコンプレツクス用薬
剤としての用途に関するものであるが、米国特許の化合物も、その投与により全身
症状の良化に効果があることがその明細書に開示されている。したがって、C.
R.Dコンプレツクスの患者に投与した場合に有効なことは、十分予測しうるもの
である。この出願も、前記(3)の出願の分割出願である。
(12) 目録18
 この特許は、前記(1)及び(2)の出願に基づき、パリ条約四条の優先権を主
張して西独において出願されたものであるから、その発明の内容は、前記、(1)
及び(2)の出願に係る発明と同一である。
(13) 目録19ないし21
 いずれも右(12)と同様である。
(14) 目録22ないし26
 いずれも目録21の出願の分割出願である。
7 信義則による本件和解契約の解釈
 以下に述べるとおり、バイオジトン8は、Ge132と同一の化合物であり、こ
のGe132をめぐる紛争を解決するために本件和解契約が締結された経緯を考慮
すれば、バイオジトン8に関する本件特許出願等は、本件和解契約に含まれるもの
と解釈すべきである。
(一) バイオジトン8とGe132の同一性
 Ge132は、二分子のカルボキシエチルゲルマニウム(GeCH2CH2CO
OH)と三原子の酸素Oとからなる、カルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサ
イドを繰返単位とする、一二員環網目構造を持つ重合体である。このような重合体
を化学式で表す場合、有機化学の分野では、繰返単位となる構造及び繰返しの数で
ある重合度を示すnを用いるのが一般的であるが、Ge132のようなタイプの有
機ゲルマニウム化合物は、常に重合体として存在するため、単量体と重合体という
区別に意味がないので、(GeCH2CH2COOH)2O3なる化学式により表
している。
 一方、バイオジトン8は、訴外【A】らが特許出願人となっている別紙目録7の
出願の願書添付の明細書によれば、(GeCH2CH2COOH)nO1.5nで
表される化合物であるという。しかしながら、前述のように、Ge132やバイオ
ジトン8のようなタイプの有機ゲルマニウム化合物では、単量体と重合体という区
別それ自体がない。したがって、重合度を示すnを用いて化合物を表すことに意味
はないから、バイオジトン8を、Ge132と同様の方法で化学式に表すと、(G
eCH2CH2COOH)O1.5ということになる。この化学式は、一分子のカ
ルボキシエチルゲルマニウム(GeCH2CH2COOH)と一・五原子の酸素O
とからなるカルボキシエチルゲルマニウムセスキオサイドを繰返単位とする重合体
を示すものである。そして、一・五原子の酸素Oというような現実にはありえない
状態の表現を排除し、かつ、化学式における各構成元素の数を示すには整数を用い
るという基本的な取決めに従うために、右の化学式を書き直すと、(GeCH2C
H2COOH)2O3となる。これは、Ge132の化学式と同一であり、当然に
同一の化合物を表す。
(二) 浅井ゲルマニウム研究所は、訴外会社の代表者たる訴外【A】が委託研究
と重複しあるいは競合する医薬開発を、委託試験実施中はもち論、終了後も一定期
間は行うはずはないとの信頼をおいて、訴外会社と前記委託契約を締結したもので
あり、訴外【A】も、自己に対し、このような信頼がおかれていることを認識して
いたはずである。しかるに、訴外【A】は、右信頼に違反し、米国特許等の特許出
願を行つたため、原告との間に紛争が生じ、これを解決するため、本件和解契約が
締結されたのである。したがって、バイオジトン8がGe132と同一物質である
とするならば、訴外【A】が、バイオジトン8に関して薬品開発に着手したこと
は、前記の信頼関係に違反するものである。仮に、バイオジトン8とGe132の
同一性の立証が困難なものであるとしても、両者は極めてまぎらわしい程度の同一
性ないし競合性を有しているものであるから、訴外【A】の右行為が前記信頼関係
に違反する点において変わるところはない。
 ところで、本件和解契約締結当時、訴外【A】は、オキシド化合物(バイオジト
ン8)に関する発明について特許出願をしていた。当時、原告がこの特許出願の事
実を知り得たならば、原告は、当然、米国特許等と共にこれら出願のすべてを右契
約の対象とすることを要求し、これが認められなければ、右契約は成立しなかった
はずである。訴外【A】は、このような事情を知りつつ、あるいは知るべきである
にもかわらず、出願が未公開、未公告であり、原告がその存在を知る立場にないこ
とを奇貨として、原告代表者が、「この関係の特許はこれだけですか。」と質問し
たにもかかわらず、出願の事実を開示しなかつたものである。
 更に、本件和解契約の第四条には、「有機ゲルマニウムの受託研究にともなって
発生した今回の紛争は専用実施権契約の施行により総て解決したものとする。」と
の条項が存在するから、紛争となりうると判断されるすべての事実は既に開示され
ている旨を表明し、仮に紛争の火種となるような出願が存在する場合には、それに
ついても同様の扱いをするとの意思表示がなされているものと解釈すべきである。
(三) 以上のような事実関係の下においては、バイオジトン8に関する出願は、
信義則上米国特許と同一のものとして、本件和解契約による専用実施権設定の対象
となると解釈すべきである。
8 研究委託契約に基づく引渡義務
 本件特許出願等は、別紙目録1ないし6の特許権と同様、原告の前身浅井ゲルマ
ニウム研究所と訴外会社との間で締結された前記研究委託契約に基づき右浅井ゲル
マニウム研究所から委託研究を進めるために開示された技術と、これに基づき右契
約によりなされた動物試験の結果とを発明内容とするものである。少なくとも、こ
れらを基礎とするものであることは明白である。
 ところで、前記のような研究委託契約において、受託者は、受託した研究の成果
について守秘義務を負うことはもち論、その成果を利用した薬品の開発を自ら行
い、また、他人の開発にこれを利用させない義務を負うものである。すなわち、受
任者は民法六四六条及び六五六条の規定に基づき収取した果実を委任者に引き渡す
べき義務を負っているところ、受託研究の成果は、収取した果実に該当し、これを
委任者に引き渡すということは、研究の成果をすべて委託者に提供するだけでな
く、自らこれを利用せず、他人にも利用させないということにほかならないからで
ある。
 しかして、訴外【A】は、受託者である訴外会社の代表取締役の地位にあり、同
社の経営一切を行っているものであるから、同人は、訴外会社と同じ義務を負って
いる。他方、権利能力なき団体である浅井ゲルマニウム研究所の債権債務一切は原
告に承継されているから、原告は、訴外【A】に対し、右研究委託契約における同
人の義務の履行を請求しうる地位にある。
9 原告は、訴外【A】に対し、本件特許出願等も本件和解契約におけるものと同
様に処理すべきことを度々申し入れたが、この時点においては、原告と訴外【A】
の間に不正競争行為禁止等請求事件があって、話合いを進める雰囲気ではなかっ
た。原告としては、この訴訟事件を解決する和解の試みがなされるであろうから、
そのときに、これらの特許出願に関する問題を解決するつもりでいた。しかるに、
訴外【A】は昭和五九年一二月一一日死亡し、別紙目録の特許権及び特許出願は、
すべて訴外【A】の法定相続人である被告らに相続された。
10 よって、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1(一)のうち、原告会社が昭和五〇年に設立されたことは認める
が、浅井ゲルマニウム研究所が権利能力なき社団であったこと及び原告がその資産
一切を承継したことは否認し、その余の事実は知らない。
 同1(二)は知らない。
 同1(三)は認める。
2 同2のうち、権利能力なき社団である浅井ゲルマニウム研究所が研究委託をし
たこと及び実験期間については否認し、その余の事実は認める。実験期間は、昭和
四六年七月一日から同四八年六月三〇日までである。
3 同3のうち、訴外【A】が、原告主張の各特許出願を行い、特許権を得たこと
は認め、その余の事実は否認する。
4 同4(一)は否認する。
 同4(二)のうち、覚書と題する書面により本件和解契約が成立したことは認め
るが、右和解契約の契約当事者は、訴外【A】と【C】である。仮に当事者が浅井
ゲルマニウム研究所であったとしても、専用実施権の設定を受けるのは【C】本人
である。したがって、原告は、本件和解契約に基づく請求権を有しない。
5 同5のうち、バイオジトン8の化学式は、(GeCH2CH2COOH)nO
1.5n(nは3以上の整数)である。その余の事実は認める。
6 同6は否認する。
 本件特許出願等は、本件和解契約の米国特許と実質的に同一内容の発明を内容と
するものではない。本件和解契約にいう米国特許は、3―トリヒドロキシゲルミル
プロピオン酸の一定の塩類に関するものであり、これに対応する特許は、別紙目録
1ないし6である。バイオジトン8に関する同目録7ないし26の特許権及び特許
出願は、塩類に含まれない全く別個の化合物に関するものであって、本件和解契約
とは全く関係がないものである。
7 同7は否認する。
 7(一)については、バイオジトン8に関する出願について別途出願公告がされ
ている以上、バイオジトン8がGe132と同一内容のものであると認定すること
は、公定力に反し許されないことになる。
 7(二)については、米国特許をめぐる原告と訴外【A】の紛争は、原告からの
半ば言い掛かりに近い紛争であったが、訴外【A】は、学者としての名誉と研究を
続けるうえでの煩わしさを避ける意味で、自分で使用する予定のない米国特許につ
いて原告に実施権を設定し、その他の有機ゲルマニウム研究の自由を確認すること
により紛争を解決するため本件和解契約に応じたものであるから、和解契約の目的
からいっても、バイオジトン8は実施権設定の対象には含まれないのである。
 原告代表者の「この関係の特許はこれだけですか。」との問いは、米国特許と同
一内容の特許及び特許出願は、覚書の別紙に記載したものだけかとの趣旨の問いと
解されるから、バイオジトン8は米国特許とは別ものであるとの認識を持つていた
訴外【A】としては、他にはないと答えるのは当然である。また、バイオジトン8
の研究は元来自由なものであって、信義則上、訴外【A】には右出願の事実を告げ
る義務はないから、仮に、訴外【A】がバイオジトン8の出願の事実を秘匿してい
たとしても、そのことは、背信行為に当たらない。
8 同8は否認する。
 訴外会社が受託したのは薬効の研究であって、Ge132の合成方法等の研究を
受託したのではないから、その関係者が自ら独自の合成方法や、ゲルマニウム製品
に関する研究開発をしてはならない義務を負う理由はないし、バイオジトン8の発
明が研究委託に基づく研究成果に包含されるとは認められない。
 また、研究委託契約の受託者は、訴外会社であって訴外【A】ではないところ、
訴外会社の法人格が全くの形骸にすぎないとか、濫用されているというような事情
はないから、訴外【A】が訴外会社の経営一切を行っていたとしても、訴外会社と
訴外【A】を同一視することはできない。
三 被告の主張
1 バイオジトン8と米国特許の化合物の同一性について
(一) 以下に述べるとおり、バイオジトン8は、米国特許の化合物と異なるもの
である。
米国特許の目的とする化合物は、
式1
<12778-005>
(式中MetはNa,K,NH4,H2N(CH3)2,Ca又はMgを示す。)
で表される3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸塩類であり、その構造は、右
の式からも明らかなように、ゲルマニウム原子に三個の水酸基が結合した構造、す
なわち、単量体構造である。
これに対して、バイオジトン8は、
式2
<12778-006>
又は、式3
<12778-007>
(式中、nは3以上の整数である。)
で表される化合物であり、右の式から明らかなように、ゲルマニウム原子に結合し
た全部又は二個の酸素原子は、水酸基の状態では存在しえず、水の中でさえ脱水縮
合し、Ge―O―Ge結合を有する重合体構造の結晶として得られるのである。
 式1で示される化合物と式2又は3で示される化合物とは、異なる化合物であっ
て、その物理化学的性質は全く異なっており、作用効果の点でも明らかに異なる活
性を示している。
(二) 別紙目録7の特許がバイオジトン8の基本特許である物質特許であり、他
は、製造方法の特許や、医薬品としての用途特許であったり、その分割特許である
から、基本特許の同目録7の特許について論ずれば足りるところ、特許庁長官は、
同目録7の特許出願について、同目録1の特許権と同一内容のものではないとし
て、昭和五七年一一月一五日出願公告しているのであるから、行政処分の公定力に
より、裁判所が右の両者を同一内容であると判断することは許されないものであ
る。
(三) 仮に、バイオジトン8に関する特許と米国特許が同一内容であれば、特許
の登録もされないのであるから、同一内容であると主張しながら実施権登録を請求
するのは、明らかに信義則に反する。
2 研究委託契約に基づく引渡義務について
 原告は、権利能力なき団体である浅井ゲルマニウム研究所から、研神委託契約の
契約当事者の地位を承継したと主張するが、契約当事者の地位の譲渡には、相手方
の同意を要するところ、訴外会社は、右譲渡に同意したことはないから、原告は、
右譲渡をもって被告らに対抗することはできない。
3 和解契約の錯誤による無効
 訴外【A】は、バイオジトン8は本件和解契約の米国特許と同一内容のものには
含まれないと確信して、本件和解契約を締結したものであり、仮に、原告主張のよ
うに、原告代表者が、ゲルマニウム技術に関連するものであればすべて包含するも
のとして本件和解契約を締結したのであれば、本件和解契約の前提とされた主観的
行為基礎が異なっていたものであるから、本件和解契約は、無効なものというべき
である。
四 被告らの主張に対する認否及び反論
1 本件研究委託契約の「委託者の地位」は債務を一切含まない債権であるから、
その譲渡について債務者の同意は不要である。
2 錯誤の主張は否認する。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 成立に争いのない甲第一号証、第三号証、第五、第六号証、第七号証の二、第
八号証ないし第三一号証、第三七号証、第四〇号証、第四一号証、第四四号証、第
四七号証の一〇、乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の一、
原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、原告代
表者尋問の結果及び被告【D】本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めること
ができる。
1 原告は、ゲルマニウムその他の元素の有機又は無機化合物の開発研究並びに製
造販売等を目的として、昭和五〇年一二月二三日に設立された株式会社であるが、
右設立は、それ以前から浅井ゲルマニウム研究所の名称でなされていた【C】の個
人事業(以下、【C】の個人事業としての浅井ゲルマニウム研究所を「浅井研究
所」という。)を法人組織とした、いわゆる法人成りであり、これに伴い、【C】
の個人事業は廃止され、同事業に関連した資産及び負債のすべてが原告に承継され
た(右のうち、原告が昭和五〇年に設立された株式会社であることは、当事者間に
争いがない。)。
2 浅井研究所は、(GeCH2CH2COOH)2O3なる化学式をもつ有機ゲ
ルマニウムの合成に成功し、昭和四三年三月二九日、【C】が出願人となって、同
物質の製造方法に関する特許出願をするとともに、同物質をGe132と命名し、
その薬効等の研究を続行した。なお、右出願は、昭和四六年一月二五日、公告され
ており、また、同じ化学式をもつ物質について、昭和四二年四月一二日、日本碍子
株式会社から、カルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイドの製法として特許
出願がなされ、同四六年一月二一日、公告されている。
3 浅井研究所と訴外会社とは、昭和四六年七月一日、浅井研所から提供されるG
e132について、訴外会社が、高血圧ラツトの血圧及び動脈硬化に及ぼす作用、
二か年のラツトの慢性毒性試験、ラツトの老化に対するゲルマニウムの作用に関す
る研究、マウスラツトの六か月慢性毒性、催奇性、及び、カドミウム、メチル水銀
の中毒に対する作用に関する研究をテーマとする研究(試験)を行うことを内容と
する研究委託契約(以下「本件研究委託契約」という。)を締結した。
4 訴外会社の代表取締役であつた訴外【A】は、昭和五〇年(一九七五年)一〇
月二三日、3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩類並びにその製造方法に
係る特許出願をベルギー国に行い(出願番号一六一一八一)、右ベルギー国特許出
願に基づき、工業所有権保護に関するパリ同盟条約四条の優先権を主張して同一内
容の特許出願を、米国、日本、西独、フランス、英国の各国に行い、別紙目録1な
いし6の特許権を得た(訴外【A】が右の経過で同目録4ないし6の特許権を得た
ことは、当事者間に争いがない。)。
5 右出願の事実を知つた原告は、昭和五二年一二月二三日、訴外【A】に対し、
右特許出願の発明の要旨及び発明の詳細な説明に開示されている各種実験例は、本
件研究委託契約に基づき、原告が開示した発明の要旨及び訴外会社から原告に報告
された実験結果と同一であって、受託事項に関して秘密保持義務を負う訴外会社の
代表取締役である訴外【A】がこのような特許出願を行うことは、業務上の背任に
当たるので、誠意ある善処方を求める旨の催告書を送付した。
6 その後、原告及び訴外【A】の間の右紛争を解決するため、昭和五三年六月七
日、原告代表者と訴外【A】との間において、覚書と題する甲第五号証の書面によ
り本件和解契約が締結されたが、同契約の内容は、次のとおりである。
「第一条 【A】氏を代表とする有機ゲルマニウムに関する特許(申請国は別紙)
は、有効期間内の専用実施権を【C】氏に与えるものとする。
第二条 専用実施権設定契約に対する対価については、譲渡人、譲受人において別
途協議する。
第三条 有機ゲルマニウム化合物に関する研究は、今後とも相互の立場を尊重し、
研究の自由を妨げないものとする。
第四条 有機ゲルマニウムの受託研究にともなつて発生した今回の紛争は専用実施
権の施行により総て解決したものとする。」
 第一条の別紙の内容は、「覚書一の特許とはアメリカ合衆国特許四〇六六六七八
と同一内容のもので、申請国のうち、既に特許になった国は、アメリカ・フラン
ス・ベルギー・西独であり、覚書作成の時点で特許申請中の国は、日本と英国であ
る。外国特許の場合、専用実施権を伴わないときも、覚書第一条の主旨にもとずく
ものであることを相互に確認する。日本の場合は、特許が成立した時点で専用実施
権の設定手続きを行う。」というものである。
 なお、右覚書には、譲渡人として訴外【A】の記名押印があり、譲受人として浅
井ゲルマニウム研究所代表小松泰司の署名押印がある。
7 訴外【A】は、右和解契約締結の日より前である昭和五三年三月一日に、バイ
オジトン8に関する別紙目録7及び8の特許出願をしており、更に、その後も、バ
イオジトン8に関して、本邦及び外国において、同目録9ないし26の特許出願を
している。
8 被告は、昭和五四年九月七日公開の公開特許公報によって別紙目録7の特許出
願がなされていることを知り、訴外【A】に対し、同月二七日付の警告書により、
右特許出願を隠蔽して覚書を締結したことは背信行為であり、誠意ある回答を求め
る旨の警告を行い、その後も、訴外【A】に対し、本件特許出願等も本件和解契約
におけるものと同様に処理すべきことを度々申し入れたが、この時点においては、
原告と訴外【A】との間に不正競争行為禁止等請求事件が提起されており、話合い
を進める雰囲気ではなかったため、原告としては、この訴訟事件を解決する和解の
試みがなされるであろうから、そのときに、これらの特許出願に関する問題を解決
するつもりでいたところ、訴外【A】が死亡し、被告らが相続したため、被告らに
対し、本訴を提起したものである。
 以上認定の事実によれば、本件和解契約は、訴外会社が原告の前身である浅井研
究所から受託したGe132の薬効等に関する実験研究の結果を利用して、訴外会
社の代表取締役である訴外【A】が、各国において、3―トリヒドロキシゲルミル
プロピオン酸の塩類並びにその製法に関する発明について特許出願をしたとの原告
の非難に端を発した紛争を解決するために、右特許出願に係る特詐権について専用
実施権を設定することとし、その他の有機ゲルマニウムの研究の自由を確認したも
のであって、その対象となる権利は、右覚書の別紙に、「覚書一の特許とはアメリ
カ合衆国特許四〇六六六七八と同一内容のもので、申請国のうち、既に特許になっ
た国は、アメリカ・フランス・ベルギー・西独であり、覚書作成の時点で特許申請
中の国は、日本と英国である。」と明記されており、そして、右の「アメリカ合衆
国特許四〇六六六七八と同一内容のもの」とは、3―トリヒドロキシゲルミルプロ
ピオン酸の塩類並びにその製法に関する特許を指し、別紙目録1ないし6の特許が
これに該当することは明らかである。
二 原告は、バイオジトン8は、米国特許の最終目的物と実質的に同一であるか
ら、バイオジトン8に関する本件特許出願等も米国特許と実質的に同一の発明を内
容とするものであって、本件和解契約による専用実施権設定の対象となる権利に含
まれる旨主張するので、以下その点について判断する。
1 前掲甲第六号証によれば、米国特許の特許請求の範囲は、請求の原因6(二)
(1)記載のとおりであることが認められる。
2 一方、前掲甲第一二号証ないし第三一号証及び弁論の全趣旨により成立の認め
られる乙第六ないし第八号証によれば、バイオジトン8は、Ge132の薬理活性
にムラがあることを端緒として、訴外【A】、【E】、【F】、【B】、【G】、
【H】、【I】らの研究の結果得られた有機ゲルマニウム重合体であり、3―トリ
クロルゲルミルプロピオン酸をアセトン等水と混じり合う有機溶媒と水との同量混
合液中で反応させて得られる化合物であって、これに関する本件特許出願等の内容
は、
次のとおりであることが認められる。
(一) 別紙目録7の特許出願は、

<12778-008>
又は、式
<12778-009>
(式中、nは3以上の整数である。)
で表され、赤外線吸収スペクトル・バンド、ラマンスペクトル・バンド、粉末X線
回折スペクトル・バンド及び示差熱分析に特徴的な特性を持つ有機ゲルマニウム重
合体を、その内容とするものである。
(二) 別紙目録12の特許出願は、

<12778-010>
又は、式
<12778-011>
(式中、nは3以上の整数である。)
で表され、赤外線吸収スペクトル・バンド、ラマンスペクトル・バンド、粉末X線
回折スペクトル・バンド及び示差熱分析に特徴的な特性を持つ有機ゲルマニウム重
合体を、その内容とするものである。
(三) 別紙目録13の特許出願は、

<12778-012>
又は、式
<12778-013>
(式中、nは3以上の整数である。)
で表され、赤外線吸収スペクトル・バンド、ラマンスペクトル・バンド、粉末X線
回折スペクトル・バンド及び示差熱分析に特徴的な特性を持つ有機ゲルマニウム重
合体を、その内容とするものである。
(四) 別紙目録8の出願の発明は、同目録7の出願の発明の化合物を含む化合物
群の製造方法に関するもの、同目録9ないし11の出願の発明は、同目録1の出願
の発明の化合物を含む化合物群の薬剤としての用途に関するもの、同目録14ない
し17の出願は、同目録9の出願の分割出願であって、同目録7の出願の発明の化
合物の薬剤としての用途に関するものである。また、同目録18ないし21の出願
は、同目録7及び8の出願を基礎とする優先権を主張して、西独、フランス、英
国、米国においてした特許出願である。更に、同目録22ないし26は、右の目録
21の米国特許出願の分割出願であって、同目録21の出願の発明の化合物の薬剤
としての用途に関するものである。
3 以上のとおり、米国特許が、請求の原因6(二)(1)記載のとおりの式で表
される、
3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩類並びにその製造方法を内容とする
ものであるのに対し、本件特許出願等は、米国特許とは異なる右2(一)ないし
(三)記載の各式で表され、赤外線吸収スペクトル・バンド等に特徴的な物性を示
す有機ゲルマニウム重合体、その製造方法及びその薬剤としての用途を発明の内容
とするものであるから、両者は、異なる特許権ないしは特許出願であることは明ら
かであり、そうであるからこそ、米国特許と同一内容の別紙目録1の特許権が我が
国において登録されているにもかかわらず、同目録7、8、12及び13の各特許
出願について出願公告がされているのであって、本件特許出願等が米国特許と実質
的に同一内容のものであるとの原告の主張を認めることはできないものといわざる
をえない。のみならず、原告は、同目録7ないし17の各特許出願について、特許
権設定登録を条件として、専用実施権の設定登録を求めているものであるところ、
米国特許と同一内容の特許権が同目録1のとおり、日本国特許として存在するので
あるから、右条件が成就するのは、同目録7ないし17の各特許出願の発明が、同
目録1の特許権の発明と同一内容でない場合に限られるはずであるのに、同目録7
ないし17の各特許出願の発明が同目録1の特許権の発明と同一内容であると主張
しながら、これらの特許出願について特許権設定登録がされることを条件として専
用実施権の設定を求めること自体、首尾一貫しないものというべきであって、原告
の主張は、この点においても採用し難いものである。
4 なお、原告の主張は、米国特許と別個のものであっても、類似するものは、本
件和解契約の対象に含まれるとの趣旨とも解され、原告代表者尋問の結果中には、
和解契約の「米国特許と同一内容」とは、Ge132とほぼ同じようなもの全部を
含み、ゲルマニウムとプロピオン酸、酸素が三個ついているようなものは、塩であ
れ何であれ、すべてGe132に類するという解釈でいたとの趣旨の供述が存在す
る。しかしながら、覚書の別紙には、前述のとおり、極めて明確に、専用実施権設
定の対象となる権利が記載されており、右記載からすれば、専用実施権設定の対象
となる「米国特許と同一内容のもの」とは、3―トリヒドロキシゲルミルプロピオ
ン酸の塩類並びにその製造方法を内容とするものに限られると理解するほかないと
いうべきであり、しかも、右覚書に署名した原告代表者自身、原告代表者尋問にお
いて、裁判所の問いに答えて、覚書の別紙記載の文章について、「同一内容のもの
で、申請国のうち、既に特許になつた国は・・・」と続く旨供述しており、右供述
によれば、「覚書一」に記載されている「有機ゲルマニウムに関する特許」は、米
国特許及びこれと同一内容のフランス、ベルギー、西独、日本、英国の各特許、す
なわち、別紙目録1ないし6の各特許ということになり、また、本件和解契約に立
会人として立ち会つた証人【J】は、契約の時点では、米国特許と同一内容のもの
以外のものについては、全く言及していなかつた旨証言しており、これらによれ
ば、本件和解契約締結の時点において、原告代表者が、本件和解契約の対象となる
特許として認識していたのは、3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩類並
びにその製造方法を内容とするものであって、米国、フランス、ベルギー、西独、
日本、英国の各国に特許出願されているもの、すなわち、同目録1ないし6のもの
のみであることが認められ、結局、前掲の米国特許と同一のものとはGe132と
ほぼ同じようなものすべてを含むとの原告代表者の供述は、右各証拠に照らし、採
用することができない。
 また、訴外【A】は、前示のとおり、本件和解契約締結時には、既に、バイオジ
トン8に関する特許出願をしていたものであるところ、成立に争いのない乙第一号
証によれば、同人は、本件和解契約第一条の専用実施権設定の対象となるのは、別
紙目録1ないし6の米国特許と同一内容のものに限られ、バイオジトン8に関する
特許出願は対象にはならないものと認識していたことが認められる。
 以上のように、作成された覚書の文言によっても、また、契約締結に当たった契
約当事者の双方の内心の意思によっても、本件和解契約第一条の専用実施権設定の
対象となる特許権及び特許出願は、3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩
類並びにその製造方法を発明内容とする別紙目録1ないし6のものに限られるので
あるから、同契約の解釈として、第一条の専用実施権設定の対象として、これと異
なる発明を内容とするバイオジトン8に関する目録7ないし26の特許権及び特許
出願を含める余地はないものといわざるをえない。
5 以上のとおりであって、原告の主張は、採用することができない。
三 原告は、訴外【A】は、本件和解契約締結時に、出願済のバイオジトン8に関
する特許出願の存在を開示すべきであったにもかかわらず、これを秘して契約を締
結したものであるから、信義則上、これらの特許権及び特許出願は、契約に含めて
解釈すべきである旨主張する。しかし、前説示のとおり、別紙目録7ないし26の
特許権及び特許出願は、外形的に表示されたところに従っても、また、当事者の内
心の意思によっても、契約に含まれていないものであるから、契約の解釈により、
これを契約の対象に含ませる余地はないというべきであり、したがって、原告の右
主張も、採用の限りでない。
四 次に、原告は、浅井研究所と訴外会社との研究委託契約は、委任又は準委任契
約であり、訴外【A】が出願した別紙目録7ないし26の特許権及び特許出願は、
受任者の収取した果実に当たるから、民法六四六条及び六五六条の規定により、訴
外【A】は、浅井研究所にこれらを引き渡す義務がある旨主張する。しかしなが
ら、前認定のとおり、本件研究委託契約は、浅井研究所から提供されるGe132
について、訴外会社が、高血圧ラツトの血圧及び動脈硬化に及ぼす作用、二か年の
ラツトの慢性毒性試験、ラツトの老化に対するゲルマニウムの作用に関する研究、
マウスラツトの六か月慢性毒性、催奇性、及び、カドミウム、メチル水銀の中毒に
対する作用に関する研究をテーマとする研究(試験)を行うことを内容とするもの
であるから、同契約に基づき訴外会社が浅井研究所に対して引渡義務を負う研究成
果とは、Ge132に関するこれらの薬効、毒性等の試験結果であって、
これと異なる内容の訴外会社の代表者個人が出願した特許について専用実施権の設
定義務を負うこととなる法律上の根拠は認められない。したがって、原告の右主張
も、採用するに由ないものといわざるをえない。
五 以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することと
し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して主文のとおり判決
する。
(裁判官 清水利亮 房村精一 小林正)
  目録
1 日本国特許第一二四五四五七号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩類並びにその製法
出願日 昭和五一年八月三〇日
出願番号 特願昭五一―一〇二七二〇号
出願公開 昭和五二年四月二五日(特開昭五二―五一三二七号)
出願公告 昭和五八年一〇月四日(特公昭五八―四四六七七号)
登録 昭和五九年一二月二五日
2 西ドイツ国特許第二六三四九〇〇号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸、その塩類並びにその製法
出願日 一九七六年(昭和五一年)八月三日
出願番号 P二六三四九〇〇・八―四二
出願公告 一九七七年(昭和五二年)三月三一日
3 フランス国特許第二三二八四六〇号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸、その塩類、その製法並び
に新規化合物を含む薬剤
出願日 一九七六年(昭和五一年)五月二六日
出願番号 第七六一五九九五号
4 イギリス国特許第一五五〇二二七号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸の塩類並びにその製法
出願日 一九七六年(昭和五一年)六月二日
出願番号 第二二八三六/七六号
特許番号 第一五五〇二二七号
5 アメリカ合衆国特許第四、〇六六、六七八号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸、その塩類並びにその製法
出願日 一九七六年(昭和五一年)六月一八日
出願番号 第六七九、五六八号
特許 一九七八年一月三日
6 ベルギー国特許第八三四、七九四号
発明の名称 3―トリヒドロキシゲルミルプロピオン酸、その塩類並びにその製法
出願日 一九七五年(昭和五〇年)一〇月二三日
出願番号 第一六一一八一号
7 日本国特許出願昭和五三年第二一九九二号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体
出願日 昭和五三年三月一日
出願公開 昭和五四年九月七日(特開昭五四―一一五三二四号)
出願公告 昭和五七年二月一五日(特公昭五七―五三八〇〇号)
8 日本国特許出願昭和五三年第二一九九三号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体の製造方法
出願日 昭和五三年三月一日
出願公開 昭和五四年九月一〇日(特開昭五四―一一六一〇〇号)
出願公告 昭和五九年四月二六日(特公昭五九―一八三九九号)
9 日本国特許出願昭和五四年第七五一七七号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を主剤とした温血動物用薬剤
出願日 昭和五四年六月一六日
出願公開 昭和五五年一二月二六日(特開昭五五―一六七二二二号)
10 日本国特許出願昭和五五年第二二四三八号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を含有する免疫賦活剤
出願日 昭和五五年二月二五日
出願公開 昭和五六年九月一六日(特開昭五六―一一八〇一五号)
11 日本国特許出願昭和五五年第八一三二八号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体並びにこれを主剤とする抗けいれん剤
出願日 昭和五三年三月一日(特願昭五三―二一九九二号の分割)
出願公開 昭和五六年三月一九日(特開昭五六―二八二一八号)
12 日本国特許出願昭和五六年第一八二三五〇号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体
出願日 昭和五三年三月一日(特願昭五三―二一九九三号の分割)
出願公開 昭和五七年九月九日(特開昭五七―一四五八八七号)
出願公告 昭和五九年九月六日(特公昭五九―三六九九七号)
13 日本国特許出願昭和五六年第一八二三五一号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体
出願日 昭和五三年三月一日(特願昭五三―二一九九三号の分割)
出願公開 昭和五七年九月九日(特開昭五七―一四五八八八号)
出願公告 昭和五九年九月六日(特公昭五九―三六九九八号)
14 日本国特許出願昭和五八年第一二九五九号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を主剤としたウイルス用薬剤
出願日 昭和五四年六月一六日(特願昭五四―七五一七七号の分割)
出願公開 昭和五九年一月二八日(特開昭五九―一六八二九号)
15 日本国特許出願昭和五八年第一二九六〇号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を主剤とした白内障用薬剤
出願日 昭和五四年六月一六日(特願昭五四―七五一七七号の分割)
出願公開 昭和五九年一月二八日(特開昭五九―一六八二四号)
16 日本国特許出願昭和五八年第一二九六一号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を主剤とする癌用薬剤
出願日 昭和五四年六月一六日(特願昭五四―七五一七七号の分割)
出願公開 昭和五九年一月二八日(特開昭五九―一六八二五号)
17 日本国特許出願昭和五八年第一二九六二号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体を主剤とするC.R.D(C.R.Dコンプ
レツクス)用薬剤
出願日 昭和五四年六月一六日(特願昭五四―七五一七七号の分割)
出願公開 昭和五九年一月二八日(特開昭五九―一六八二六号)
18 西ドイツ国特許第二九〇七八二八号
発明の名称 有機ゲルマニウム重合体及びその製造方法
出願日 一九七九年(昭和五四年)二月二八日
出願番号 P二九〇七八二八・二
19 フランス国特許第二四一八八〇五号
発明の名称 薬剤として有用されるゲルマニウム含有有機重合体及びその製造方法
出願日 一九七九年(昭和五四年)二月二八日
出願番号 第七九〇五二一七号
20 英国特許出願GB二〇一八二六五A
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその製造方法
出願日 一九七九年(昭和五四年)三月一日
21 アメリカ合衆国特許第四、二七一、〇八四号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその製造方法
出願日 一九七八年(昭和五四年)一月一四日
優先権主張 一九七八年三月一日日本出願、五三―二一九九二号及び五三―二一九
九三号
特許 一九八一年六月二日
譲渡人 【A】
22 アメリカ合衆国特許第四、二八一、〇一五号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその精神神経障害の治療への使用
出願日 一九八〇年(昭和五五年)二月二九日
特許 一九八一年七月二八日
譲渡人 【A】
23 アメリカ合衆国特許第四、二九六、
一二三号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその眼疾患の治療への使用
出願日 一九八〇年(昭和五五年)二月二九日
特許 一九八一年一〇月二〇日
譲渡人 【A】
24 アメリカ合衆国特許第四、三〇九、四一二号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその肝障害の治療への使用
出願日 一九八〇年(昭和五五年)二月二九日
特許 一九八二年一月五日
譲渡人 【A】
25 アメリカ合衆国特許第四、三二一、二七三号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びその肺繊維症の治療への使用
出願日 一九八〇年(昭和五五年)二月二九日
特許 一九八二年三月二三日
譲渡人 【A】
26 アメリカ合衆国特許第四、三二二、四〇二号
発明の名称 ゲルマニウム含有有機重合体及びそのアレルギー疾患の治療への使用
出願日 一九八〇年(昭和五五年)二月二九日
特許 一九八二年三月三〇日
譲渡人 【A】

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