弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、主文第一、二項と同旨の判決ならびに控訴人ら敗訴の判決がなさ
れる場合には、仮執行免脱の宣言を求める、と述べ、被控訴代理人は、「原判決を
変更する。一、控訴人Aは被控訴人に対し別紙物件目録記載第一、第二の建物部分
を明け渡せ、二、控訴人らは連帯して被控訴人に対し金一、七七五万五、〇〇〇円
を支払え。」との判決ならびに右一、二につき仮執行の宣言を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左に掲げるほか、原
判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
 一、 被控訴代理人は、次のとおり述べた。
 (一) 被控訴人が控訴人に対し明渡を求める建物の部分は、別紙物件目録第
一、第二記載のとおりである。
 (二) 被控訴人は、金員の支払を求める部分について、請求を減縮し(訴の一
部取下)明渡を求める部分の昭和三六年四月一日から同月三日まで一ケ月三三万
五、〇〇〇円の割合による賃料、同月四日から昭和四〇年八月三一日まで右賃料と
同額の割合による損害金、以上の合計金一、七七五万五、〇〇〇円の支払を求める
にとどめる。
 (三) 控訴人主張の(二)の事実を否認する。被控訴人はBとは一面識もない
し、従前に、同人といかなる契約もしたことはない。控訴人の主張するような契約
が外形上あつたとしても、それは被控訴人の全く関知しないもので、何人かの偽造
書類によるか、或は無権限の何人かによつてなされたものである。仮りに、被控訴
人が本件建物の所有権を失つたとしても、本件は、契約解除に基づく原状回復義務
の履行として賃貸物の明渡を求めるものであるから、本訴請求の妨げとなるもので
はない。
 (四) 控訴人主張の(三)、(イ)について。本件調停の結果定められた敷金
の支払義務は、一日の遅滞にとどまるのではない。被控訴人の代理人森木弁護士が
四月三日に支払を請求した際も、二五〇万円しか調達できておらず、控訴人Aの代
理人Cは、残金五〇〇万円の内二五〇万円は同月末日、残金二五〇万円は五月末日
払いの約束手形で支払うことを許容されたいと要請したので、被控訴人としては、
当分全額の調達の見込はないと判断し、契約を解除したのである。
 なお、控訴人Aは、本件建物の敷地に隣接する宅地五七坪三七を所有し、これだ
けでも時価二、三億円の価値があるほか、茅ケ崎市には、異母弟D所有名義の土
地、建物があり、残額の調達に事欠くことはなかつた筈である。したがつて、控訴
人Aの残額七五〇万円支払義務の不履行は、決して不可抗力とか不慮の特別事情に
基づくものではなく、全く同人の怠慢によるものである。
 (五) 控訴人主張の同(ロ)について、本来敷金は賃貸借契約の成立に際し全
額を支払われるべきものであるが、本件では、控訴人Aの懇請により、特に異例の
取扱いをして、分割払いを認め、そのかわり、分割金の支払を一回でも怠つたとき
は、催告を要せず、賃貸借契約全部を解除しう旨の特約条項を入れたのである。
 なお、敷金は賃料及び賃料相当の損害金を担保するものであるから、契約解除の
当時賃料の延滞がなかつたとか或いはあつてもその額がすでに差し入れてある敷金
の額に充たないからと云つて、約定の敷金残額の支払いをしなくても、賃料債権の
担保として充分なものとは云えない。本件では、解除後すでに二年以上を経過し、
損害は一、〇〇〇万円以上に達しているのである。自己の怠慢により債務不履行を
し、被控訴人の当然の解除権の行使を権利の濫用と主張する控訴人こそ、信義則に
違反しているというべく、被控訴人のした解除は有効である。
 (六) 控訴人主張の同(ハ)について。本件調停においては、地下室全部と一
階二〇坪五三の賃貸借を基本とし、さらに、一階の残余部分をも追加して貸与する
契約をしたものであつて、右追加部分は、本来の賃貸借と一体をなすものである。
従つて、調停調書第九項の過怠条項でも、所定の債務不履行があつたときは、賃貸
借全部を解除しうる旨定めてあるのである。
 二、 控訴人ら代理人は次のとおり述べた。
 (一)被控訴人の請求の減縮に同意する。
 (二) 被控訴人は、昭和四〇年五月一〇日Bから金一、七六八万円を弁済期同
年七月二五日の約で借り受け、期日に右債務を履行できなかつたときは、Bはその
一方的意思表示をもつて、右債務額を代金として売買に因り本件建物の所有権を取
得しうる旨の売買一方の予約を締結し、同月一一日Bのために所有権移転請求権保
全の仮登記がなされた。被控訴人は右債務を履行しなかつたため、Bは、同年九月
二八日被控訴人に対し売買を完結する旨の意思表示をして本件建物の所有権を取得
した。従つて、被控訴人は、現在では右建物の所有権を失つただけでなく、Bに対
し建物の引渡を拒絶する権限を有しないし、また、占有の権原も使用収益権もない
状態になつた。それゆえ仮りに、被控訴人主張のとおり賃貸借が終了したとして
も、控訴人Aは直接Bに対し明渡をすれば足り、被控訴人は控訴人Aに対し建物の
明渡を求める利益がないのみならず、民法一条二項又は三項により権利の行使の許
されない場合にあたる。
 (三) 原審において控訴人が主張した四、(4)の権利濫用の抗弁を次のとお
り補足する。
 (イ) 控訴人らの父Eは昭和三六年一月一四日死亡したが、同人はドイツ国籍
であつたため、相続手続をするには、必要書類をドイツの裁判所に送付し、共同相
続証明書の交付を受けなければならないことがわかり、控訴人らは直ちにその手続
をとつた。もともと、Aは、本件建物の敷地に隣接する土地を所有しているので、
これを担保として本件敷金の残額を調達する予定であつたが、右土地の上には父E
所有名義の建物が存在しているため、土地だけでは金融をえることができず、両者
を一括して担保に供しようとすれば、相続手続の完了をまたなければならなかつ
た。ところが前記相続手続は、同年三月中に完了する見込がないことがわかつたの
で、Aは同月三〇日金策しえた金二五〇万円を取り敢えず被控訴人方に持参し、提
供して、事情を説明し、残額五〇〇万円の支払いにつきしばらく猶予されたい旨を
申し出た。しかるに、被控訴人は、これを聴かず、同年四月三日その代理人I弁護
士は控訴人Aの店に来り、応対に出たCに対し、全額七五〇万円の支払いができな
いのでは困ると称して即座に契約を解除する旨Cを通じて控訴人Aに対し意思表示
をしたものである。
 なお、Aは翌四月四日被控訴人方を訪ね、前記事情のため計画に手違いを生じた
が目下金策に努力中である旨を告げて、若干の日時の猶予を求め、さらに五日には
再び被控訴人方を訪ね、遅滞を詫び、金策の目算がついたからもう暫く待つて欲し
いと嘆願し、同月一〇日にはようやく残りの金策もできたので、全額七五〇万円を
被控訴人方に持参し提供したが、被控訴人のため受領を拒絶されたので、翌一一日
これを供託した次第である。
 以上の経過から見ると、控訴人Aが敷金残額七五〇万円の支払期である三月三一
日に全額の調達ができず、金二五〇万円しか準備ができなかつたのは、その資力や
誠意の不足によるものではなく、父の死亡と父が外国人であつたために相続の手続
が遅延し、また、そのために担保権を設定することができないという全く予測しえ
なかつた不慮の出来事が生じたからであつて、いわば不可抗力によるものである。
金策に努力し、被控訴人にもその間の事情を充分に説明し、了解を求めて誠意を尽
しているのであるから、賃貸借における信頼関係に反するとか、被控訴人が控訴人
Aとの間に賃貸借を継続してゆくことを妨げると認められるような事情が生じたも
のではない。被控訴人が貸室を回収しようという計画的態度に出ず、世間の例にな
らい、多少の好意的態度を示してさえくれたならば、円満に賃貸借を継続しえたの
である。本件調停条項で、即時解除の特約がなされているが(同条項―甲第一号証
―第九項)、これは賃借人に所定の義務違反があり、そのため賃貸借の継続を妨げ
るものと一般に認められるような相当な事由の生じた場合のことをいうのであつ
て、前記のような事情により敷金の一部の準備が遅れた場合にまで適用されるべき
ではない。しかるに、被控訴人は、このような特別の事情があることを充分に知り
ながら、これを無視し、わずか三日の遅れを理由に、賃貸借解除の挙に出で控訴人
Aの賃借権と営業権を失わせようとしたものであつて、その態度は、継続的契約関
係である賃貸借を支配する信頼関係や債権関係を支配する信義則に従つたものとい
うことはできない。仮りに、前記特約条項により解除権が発生したとしても、この
ような事情を充分に知りながら、これを無視して解除権を行使するのは、公序良俗
に反し、道義上も許されないというべきであるから、右解除権の行使は、権利の濫
用であり、解除はその効力を生じない。
 (ロ) 控訴人が支払わなかつたのは、敷金の残額であつて、賃料については全
然延滞はなかつた。敷金は賃料の支払を担保するためのものであるが、そのために
は、世間一般の例から見てすでに支払済の敷金額二〇〇万円で充分であり、被控訴
人が損害を蒙るおそれはなかつたのである。この点から見ても、被控訴人の解除権
の行使は、権利の濫用というべきである。
 (ハ) 本件調停条項から明らかなように、本件では、独立した二個の賃貸借が
存することになつている。すなわち、第一の賃貸借は従前の賃貸借の継続であつて
(調停条項第一、二項)、別紙目録第一の部分を目的とするものであり、第二の賃
貸借は、Aが新たに賃借したものであつて(同条項第三項)、同目録第二の部分を
目的とするものである。両者は賃料も各別に定められており、また各別に利用する
ことができるのである。ところで、本件の敷金は、第二の賃貸借における賃料を担
保するものであつて、第一の賃貸借とは関係がないことは明らかであるから(同条
項第四項)、第二の賃貸借の敷金の支払を怠ると第一の賃貸借も解除されるという
のは(同第九項)全く不合理な定め方であるというほかはない。従つて、仮りに、
第二の賃貸借の解除が有効だとしても、第一の賃貸借をも解除するというのは、前
記(イ)及び(ロ)に主張した事情と相俟つて、正当な権利の行使というをえず、
権利の濫用であつて、解除はその効力を生じない。
 三、 証拠として、被控訴代理人は、甲第一〇ないし第一四号証を提出し、乙第
二〇号証、第二八ないし第三〇号証の成立は不知、その余の乙号証の成立を認め
る、但し、乙第二四、二五号証の公正証書は、被控訴人の関与したものではなく、
何人かが、被控訴人の印鑑を偽造し、それによつて作成されたものである、と述
べ、控訴代理人は、乙第一九ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七ない
し第三〇号証を提出し、当審における証人F、同G、同Hの各証言および控訴人A
本人尋問の結果を援用し、甲各号証の成立を認めると述べた。
         理    由
 一、 被控訴人が請求原因第一において主張する内容の条項で、昭和三五年一二
月二二日調停が成立し、その旨の調書(甲第一号証)が作成されたことは当事者間
に争いがない。成立に争いのない乙第二号証の二、三、同第八号証、原審証人I、
G、C、Fの各証言、原審及び当審における控訴人A本人尋問の結果によれば、右
調停において被控訴人が控訴人Aに追加賃貸することとなつた別紙目録第二記載の
部分については、控訴人Aは、坪当り五〇万円の割合で合計金一、二五〇万円を被
控訴人に支払うことを承諾したが、被控訴人の希望を容れ、内金三〇〇万円は礼金
として調書に記載しないこととし、残金九五〇万円を、敷金として、これを同調書
記載のとおり分割払いすることを互に諒解した上で、調停が成立するにいたつたこ
と、控訴人Aは同日礼金三〇〇万円及び敷金の内金一〇〇万円を、昭和三六年一月
三〇日残りの敷金の内金一〇〇万円を各支払い、被控訴人は目録第二の部分を約定
どおりAに引き渡したことが認められる。したがつて、右調書の記載は事実に合わ
ない虚偽表示で無効であるとの控訴人の主張は、採用し難い。
 二、 成立に争いのない甲第四号証、第五号証の一、二、甲第一一、第一二号
証、乙第一号証、第四号証の一、二、第六、第七号証、第一八号証、原審証人Jの
証言によつて成立を認める甲第二号証、原審証人Fの証言と当審における控訴人A
本人の供述によつて成立を認める乙第九、第一〇号証、同本人の供述により成立を
認める乙第二〇、第二八ないし第三〇号証、原審証人K、L、Mの証言の各一部、
原審における被控訴本人Nの供述の一部および前項掲記の各証人、本人の供述なら
びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実関係を認めることができる。
 (一) 本件建物は、昭和二〇年の空襲に際し直撃弾をうけ、さらに焼夷弾のた
め火災に遭い、被害を受けていたが、終戦直後Eは、その子控訴人Aの名義で、本
件建物を管理していたFの仲介により被控訴人から、別紙目録第一及び第二の部分
を賃借し、自ら改修して、やがて「Dレストラン」の営業をはじめた。昭和二一年
秋頃Oなる者が第二の部分につき賃借権を有すると主張し、いやがらせをするた
め、AおよびEは致方なくこれを同人に明け渡し、さらに昭和二三年にはPが本件
建物を買い受けたとし、所有権取得登記をした上第一の部分についても明渡を求め
て来たが、昭和二四年六月二六日被控訴人と控訴人Aとの間に、「被控訴人はPか
ら本件建物を買い戻し、地階全部及び一階の半分―すなわち別紙目録第一の部分―
の賃貸を継続すること、改造はAにおいて自由になしうること、目録第二の部分に
ついては、Oが明け渡したときはAに優先的に賃貸すること、Aは被控訴人がPか
ら本件建物を買い戻すにつき助成金として一〇〇万円を被控訴人に贈与すること」
とする「借室権設定契約」(乙第一号証)が成立し、右一〇〇万円の贈与が履行さ
れた結果、同年七月一六日本件建物についてのPの所有権取得登記が抹消されて被
控訴人はその所有権を回復した。昭和三一、二年頃になつてOは第二の部分を明け
渡したが、被控訴人はこの部分をその子Lに使用せしめて、さきの「借室権設定契
約」における約定を履行しなかつた。
 「Dレストラン」の営業名義は、昭和二七年控訴人AからEに変つた。本件調停
は、被控訴人からEに対し提起された明渡訴訟(東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)
第九、一四六号)の係属中成立にいたつたもので、それまでの交渉の段階において
は、E及びその代理人H弁護士は、被控訴人側の前記坪当り五〇万円の要求に反対
であつたが、控訴人Aは被控訴人との間の悶着を解消し、営業の継続を望むところ
から、無理を忍んで、要求を呑んだのである。
 (二) 本件調停の成立後間もなく昭和三五年一二月二六日控訴人らの母Qが、
次いで昭和三六年一月一四日父Eが死亡した。控訴人Aは、同年三月三一日に支払
うべき敷金の残金七五〇万円を、本件建物の敷地に隣接する自己所有の土地を担保
として金員を借用する予定でいたが、その地上にはE名義の建物があり、両者を一
括してでないと銀行は担保権設定に応じてくれなかつた。Eはドイツ国籍を有して
いたため、控訴人らは父の死後直ちに相続手続を弁護士ローランド・ゾンデルホフ
に依頼したが、ドイツ・ベルリン・シェーネベルク区裁判所の共同相続証明書は、
控訴人らの予期に反して著しく遅れ、翌三七年一月二日に漸く発せられた。控訴人
Aは、弟R所有の物件を担保に提供を受け、内金二五〇万円を調えたが、残金は、
相続手続が昭和三六年三月末日の期日までにはとうてい完了する見込がないことが
わかつたため、他につてを求めねばならず、したがつて期日には全額の金策の都合
がつきかねることになつたので、三月中旬頃Cは、被控訴人の子Lに会つてその旨
を伝え、二一日には、GがFにその旨を話したが、同人からは一週間や一〇日位遅
れても、その位は被控訴人が待つてくれるだろうという返答をえた。さらに、同月
三〇日の夕刻にはAが自らLに会い事情を話したところ、同人もよく話がわかり家
族の者に伝えると約束してくれた。以上の次第で、被控訴人自身も三月三一日以前
にAの方で父母の死亡のため全額の金策が間に合わぬことにつき弁明のあつたこと
を知つていたものと認められる(被控訴人の尋問調書中三二の問答―記録三五一丁
裏―参照)。
 (三) 昭和三六年三月三一日Cは控訴人Aの依頼をうけて被控訴人方を訪ね、
その娘Mに会い、二五〇万円を提供したが、受領を拒絶され、被控訴人は葉山の別
荘に行つているとのことであつたので、翌朝その別荘を訪ねたけれども、箱根に行
つていて会えず、同人は同日と翌二日に箱根を探して廻つたが、ついに被控訴人に
会うことができなかつた。四月三日夕刻被控訴人の代理人I弁護士は、「Dレスト
ラン」に来り、Cが応対に出て、二五〇万円は調達できたが、あとは間に会わない
旨告げたところ、Iは即座に契約を解除すると申し入れ、Aには会わずに辞去し、
Aはその旨をCから聞いた。翌四日朝にはCが、夕刻にはAがCとともに被控訴人
方に赴き、遅れた理由を告げ、さらに五日にはAは間もなく金はできる、支払が遅
れたのは申し訳ないが今少し待つて欲しいと頼んだ。そして、金策に奔走した結
果、同月一〇日に漸く全額を調達することができたので、控訴人AはFと共に被控
訴人方を訪れ、七五〇万円を現実に提供したが、受領を拒まれたため、翌一一日右
金額を供託した。なお、四月分の賃料は同月二八日Gと野村弁護士が被控訴人の事
務所に持参し提供したが、これも受領を拒絶され、五月一五日供託した。
 (四) 控訴人Aは、敷金残額七五〇万円の調達に怠慢であつたのではなく、鋭
意金策に努力したが、父の死という予期しない出来事と、父がドイツ国籍であつた
ため、相続手続にひまどり、予定の金策に狂いを来したことにより、期日にその全
額の支払ができなかつたものである。
 (五) 控訴人AまたはEは、約定賃料の支払を怠つたことはなく、前記のごと
く、爆撃により破損した個所を自ら改修したし、OまたはPのために賃借部分につ
いて明渡を要求され、Oには、一部を明け渡し、Pのためには、一〇〇万円を被控
訴人に贈与したが、これらはいずれも被控訴人の二重賃貸ないしいわば無責任な売
買に因るものであつて、そのために、控訴人Aは相当な被害を受けたものと認めら
れる。
 原審証人K、L、Mの各証言および原審における被控訴人本人尋問の結果中以上
の認定に牴触する部分は、これを信用しない。
 三、 以上認定の経緯に照らして考えるに、本件調停に際し、被控訴人が目録第
二の部分の追加賃貸をなすに当り、さきの「借室権設定契約」ないし前記諸事情に
目を蔽い、坪当り五〇万円の金員を要求し、結局控訴人らをして三〇〇万円を礼金
九五〇万円を敷金として支払うことを約せしめたのは、被控訴人側にその子Lの事
業のため、差し迫つて相当額の金員を必要とする事情があつたとは云え(この事実
は被控訴本人の供述及びLの証言から窺われる。)、敷金として通常授受されると
ころをはるかに越えた過大なものであり、不当な要求であつたというを妨げない。
しかも、前示の事実関係によれば、被控訴人は、被控訴人Aが調停成立後父をうし
ない、予定の金策に手違いの生じたこと―いわば事情の変更があつたこと―を知つ
ていたと認められるのであるから、被控訴人としては、約定敷金残額の調達が期日
に間に合わなかつたとしても、暫時猶予を与え、よく話し合つて、お互に納得のゆ
く手段を講じてこそ、信義に沿うと云えるのである。しかるに、被控訴人は、わず
か三日の遅滞により、前記調停条項第九項の特約があるのに乗じて、賃貸借解除の
挙に出でた。もつとも、前示四月三日当日I弁護士と応対したCは、残額五〇〇万
円について、それぞれ金額二五〇万円、満期を同年四月末日及び五月末日とする約
束手形で支払うことを許容されたいと申し出たことが証拠上認められるが、Cが
「Dレストラン」の支配人格であつたのは昭和二四年頃までであつて、その後は、
控訴人Aとは直接の関係はなかつたのであり(Cの供述による)右四月三日当時A
の代理人であつたことについては確証がない。しかもCの原審における第二回の供
述によれば、右の発言は、あくまでも、その一存でしたにすぎなかつたのであるか
ら、I弁護士としては、控訴人Aに面会して、意のあるところを問い正すべきであ
つたのであり、同弁護士がCの言をそのまま信じたとすれば、早計であつたという
ほかはない。当裁判所は、敷金の性質について、控訴人の当審における(三)、
(ロ)の見解を採らず、被控訴人の(五)の見解に組するが、しかもなお、敷金
は、賃貸借の要素ではないことを忘れてはならない。
 <要旨>控訴人Aが七五〇万円の調達に手違いを生ずるにいたつた前示二、
(二)、(三)、(四)の事情、被控訴人がこれを知つていたとみとめられ
ること(前示(二))、前示(五)で判示した事情、右金員の要求が過大であり、
しかも、それが賃貸借の要素ではない敷金についてであつたこと等前記諸般の状況
を考えると、被控訴人の代理人I弁護士によつてなされた賃貸借解除の意思表示
は、賃貸人に要求される信義に従い誠実になすべき権利の行使を逸脱したものとい
わざるをえない。控訴人の権利の濫用の抗弁は、その理由があるというべきである
(ちなみに云う。控訴人は、民法一条三項の適用を主張するが、われわれは同条二
項の適用による方がより正確であるとえる。しかし、右二項と三項は、表現の形式
が異なるだけで、内容は同一に帰着するのであり、控訴人の主張自体に右二項の趣
旨を含んでいるとも見られるから、本件において、控訴人の主張を採用すること
に、差し障りはない。)
 四、 以上において判示したとおりであるから、その余の判断をなすまでもな
く、被控訴人の貸室明渡の請求は理由がないものとして排斥せざるをえない。ま
た、昭和三六年四月一日から三日までの賃料請求は、控訴人Aが適法に提供し、こ
れを供託していること前判示のとおりであるから、この点の請求も理由がなく、損
害金の請求の理由がないことは云うまでもない。よつて、被控訴人の請求を一部認
容した原判決は失当であつて、民訴法三八六条により、被控訴人勝訴の部分を取り
消し、被控訴人の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条
を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 三淵乾太郎 裁判官 伊藤顕信 裁判官 村岡二郎)
別紙
 物件目録
東京都中央区ab丁目c番地のd
 一、鉄筋コンクリート造陸屋根五階建店舗一棟
 建 坪  五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)
 二 階  五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)
 三 階  五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)
 四 階  五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)
 五 階  三〇坪     (九九・一七平方メートル)
 地 階  五五坪一合八勺(一八二・四一平方メートル)
の内
第一、地階全部及び一階五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)のうち、別
紙添付図面表示赤斜線部分二〇坪五合三勺(六七・八六平方メートル)。
第二、一階五〇坪一合五勺(一六五・七八平方メートル)のうち、別紙添付図面表
示青斜線部分二五坪(八二・六四平方メートル)。
(別紙図面省略)

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