弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
被告人を懲役1年4か月に処する。
未決勾留日数中50日を刑に算入する。
         理    由
(犯罪事実)
 被告人は,平成15年6月13日午後1時50分ころ,神戸市a区b町c丁目d
番e号所在の株式会社A「Af店」において,同店テナントの靴店である「株式会
社Bf店」店長Cが管理するスリッパ1足(販売価格2900円)及び前記「Af
店」店長Dが管理する歯磨き粉等20点(販売価格合計1万4044円)を窃取し
た。
(証拠)
(括弧内の検で始まる番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示
す。)
省略
(補足説明)
 被告人は,当公判廷で,本件はすべて刑務所に入りたくて犯したものであると供
述し,弁護人はこれを前提として被告人の行為(なお,本件で被告人が行った行為
について,便宜上,不法領得の意思の有無をひとまずおいて,「本件万引き」とか
「万引きした」等という。)は窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思を欠いている
ので被告人は無罪であると主張するので,当裁判所が有罪を認定した理由を説明す
る。
1 まず,そもそも,刑務所に入る目的で窃盗(万引き)をした場合でも,不法領
得の意思が欠けるとすることはできないと考える。
 この点,弁護人は,他の下級審裁判例も引用し,不法領得の意思があるという
ためには,権利者を排除して他人の物(窃取品)を自己の所有物としてその経済的
用法に従って利用または処分する意思が必要であるところ,被告人は刑務所に入り
たくて本件を犯したのであって,その被害品とされる判示財物(便宜以下「本件被
害品」という。)につき,権利者を排除して自己の所有物とする意思もその経済的
用法に従って利用または処分する意思もなかったとする。
 しかし,まず,ここにいう「経済的用法」とは,その物を本来予定されている
用法どおりに用いることを指すものでは必ずしもなく,窃取した財物をその財物と
して利用する意思があれば不法領得の意思があるといわざるを得ない(投票用紙を
窃取した事案にかかる最高裁判所昭和33年4月17日判決等参照)。また,財物
奪取の方法がこれを永続的にしうるものであれば(換言すれば,財物を,その権利
者による利用可能性を排して自己の所有物としてその経済的用法に従って実質的に
利用または処分しうる可能性を設定すれば),前記利用意思には継続性は要求され
ないと解される。そして,窃取行為により刑務所に入ろうとする場合,行為者は,
まさに窃取品を自己の所有物のごとくこれを商品などの財物として自己の支配下に
おき,これを検挙ま
で権利者を排して継続する意思を有するのであるから,その意思は不法領得の意思
であると言わなければならない。弁護人の主張やその引用する裁判例の判断は,経
済的用法の意味をその文言にとらわれて狭く考えすぎ,また権利者の(一時的)排
除の意義についてその経済的用法の解釈に引きずられて継続性を求めすぎている感
があって,首肯できない。
 また,窃盗罪の成立に不法領得の意思が必要とされるのは,もともと,毀棄,
隠匿罪やいわゆる使用窃盗との区別をするためであると解されているところ,刑務
所に入る目的で窃盗行為に及ぶことは,毀棄,隠匿行為や使用窃盗行為と明らかに
異なるから,刑務所に入る目的で財物窃取に及ぶ行為を窃盗と断じても,不法領得
の意思がもつとされる,毀棄,隠匿や使用窃盗と(通常の)窃盗とを区別する機能
があいまいになるわけでもない(先に括弧内で「換言すれば」として述べた基準は
この区別にも資するものと考える。)。
 なお,窃盗罪が毀棄,隠匿罪に比べて重く処罰される理由として,領得罪に対
する誘惑に対しては毀棄,隠匿罪に比べより強い抑止的制裁を必要とするからとの
考え方があるが,このことを刑務所に入る目的での窃取行為についてみても,刑務
所に入る目的での窃取であれば一般の窃盗より軽い毀棄,隠匿に対するのと同様な
制裁で足りるとか,制裁が不要であるなどという結論に結びつくとも思われない。
 以上のとおりであって,刑務所に入る目的で窃盗(万引き)をした場合には,
不法領得の意思があるというべきである。
2 さらに,1でみた点につきどのように解しても,結局,本件では,被告人には
本件万引きの当初から不法領得の意思が認められるというべきである。
(1) まず,関係証拠によれば,本件の前提事実として,被告人が,後記累犯前科
の罪で服役の後,一時ホームレス生活をした後妹方に身を寄せることになり,本件
当日は,就職活動のため,妹らに見送られ,勇んで同人宅を出たが,就職先として
あてにしていた工場の労働条件が過酷で就職をあきらめざるを得なかったこと,そ
の後判示Af店(以下単に「A」という。)に行って本件万引きを行ったことが認
められる(概ね被告人の供述以外に証拠がないが,反対の証拠もない。)。
(2)ア ところで,関係証拠によれば,被告人は,A入店後,最初にその3階にあ
る判示株式会社Bf店(以下単に「B」という。)で判示スリッパ(以下「本件ス
リッパ」という。)を万引きした後,直ちにA店外に出ず,同店2階に赴き他の被
害品を万引きしたことが認められ,例えば2階に行ったりその後の万引きをする際
等に本件スリッパをBに返したり放置するような行動を取っていない。次に,被告
人は,A2階の3か所で引き続き万引きをした後,同階で本件被害品をAの買い物
かごから自己のかばんに移し替え,その後同店1階におりてそのまま同階にあるハ
ンバーガーショップに行き,その後A店外に出ている。そして,被告人は,店外に
出た際,警備員から「レジを通していない商品があるのではないですか。」と尋ね
られるや,「レジを
通りました。」と答え,警備員からさらに「正直に言ってください。3階でブラジ
ャーなどを入れたでしょ。」と追及され,その後万引きを認めている。これらは,
通常,真に万引き(通常の窃盗)をする行為ないしこれを行った者の言動に他なら
ない。
イ この点,まず,確かに,被告人が万引きした商品のうち,ブラジャーにつ
いては,3Lサイズであり,被告人が普段Lサイズの衣類を身につけると供述して
いることと合致しない。また,洗面,洗髪用品は,被告人が供述するように,被告
人が就職できなかった以上妹方に戻れず再びホームレス状態になるしかないと考え
たのであれば,被告人が一人で使い切れる量ではなく,また持ち運ぶことも困難な
量である。しかし,一般に洋服のサイズがブラジャーのサイズと常に一致するとは
いえず,長年ブラジャーをしたことがない被告人にそのサイズについて正確な知識
があるとは思えない。また,被告人が妹宅に居候していたことからすれば,被告人
が就職に成功したなどとして,あるいはやや漠然と,洗面用品等を妹宅に持ち帰ろ
うと考えても不自然
ではない。
 さらに,被告人は,公判廷で,本件スリッパを万引きしたのは,履き物を
窃取すると「足がつく」から窃盗常習者でも履き物は盗まないとの話を聞いたの
で,履き物を盗めばすぐ捕まると思ったからであると供述する。しかし,被告人
は,妹宅を出る際,履き物を購入するとして3000円を受け取っており,スリッ
パの万引きは被告人のこの言動と符合しているのであって,アでみた被告人の言動
にも照らすと,これまた被告人において自己の履き物として使おうとの確定的な,
またはやや漠然とした意思のもとこれを盗んだと考えるのが合理的である。
 そして,被告人は,これらのほかには下着と毛染め剤しか万引きしていな
いのであって,明らかに被告人が使用,利用することが考えられないような品物は
万引きしようともしていない。
ウ 次に,被告人は,本件万引きの後A店外に出る前に,同店1階のハンバー
ガーショップで40分ないし1時間程度過ごしているところ,これも,通常は,万
引き後すぐ店外に出た場合に捕まることをおそれる者が追跡されていないことを確
認するためとる行動か,万引きした者がそのまま帰宅等しようかやめておこうか等
と悩む際にとる行動である。この点,被告人は,警備員がすぐ来ないため待ってい
たと説明するが,被告人において警備員が万引きを目撃していることを予想してい
ればそのような行動をとらずに直ちに店外に出ればよいのであり,万引きを目撃し
ていない警備員が品物を持って飲食店にいる被告人を見て不審を抱いても,万引き
現場を現認していない以上すぐに被告人を検挙する可能性は低いと考えるのが通常
でもある(しかも,
被告人は,その時点では,本件被害品を値札が目立つように持っていたのではな
く,自分のかばんに入れていた。)から,被告人の前記説明は信用できない。
(3) さらに,被告人は,当公判廷で,自分は逮捕当初刑務所に入りたくて万引き
をしたと捜査官に述べてその旨の調書も作成してもらったが,その後,警察官か
ら,そのような動機では起訴できないから刑務所にも行けないと言われ,その後は
警察官の言うとおりの動機を記載した調書を作成してもらった旨供述する。そし
て,被告人の供述調書をみると,平成15年6月13日付け及び同月19日付け各
警察官調書では刑務所に入るという目的が録取され,同月23日付けの検察官調書
では同様の目的が問答体で録取されているのに対し,同月26日付け警察官調書,
同年7月2日付け検察官調書では,本当のことを言う等として,窃取品の具体的使
用目的が述べられているのであって,このような供述経過はこの被告人の公判供述
に符合する。さらに,前
記平成15年6月26日付け警察官調書ではこのように供述を変遷させた理由とし
て単にこれまで言い訳していたとのみ録取されているところ,犯行動機につき虚偽
を述べるのは,他人をかばう等の事情がない限り自己の罪責を軽くするためという
のが通常であると思われるが,自己の罪責を軽くするため刑務所に入るつもりで犯
行に及んだと虚偽を述べるというのは一般には不自然である。これらの点からすれ
ば,捜査段階で,被告人と捜査官との間に,被告人が当公判廷で供述するようなや
りとりがあったものと推認するのが自然である(なお,そうすると,前記平成15
年6月26日付け警察官調書,同年7月2日付け検察官調書については,その任意
性にも疑念を差し挟む余地がある。)。
 しかし,被告人の供述調書の記載を子細に検討すると,供述を変更する前の
調書というべき前記平成15年6月19日付け警察官調書においても,被告人は,
「ここで万引きでもして捕まってもかまわないから万引きしよう」と決心して本件
万引きを開始した旨(同調書4枚目),またA1階で本件被害品につき「見つかっ
ていなければ持って帰ろう」と思った旨(同9枚目),また同月23日付けの検察
官調書でも「刑務所行きになっても,こんな不景気の世の中にいるよりましだ」と
思って本件万引きをした旨(同調書3ページ)それぞれ述べているのであって,こ
れは供述変更後という前記同月26日付け警察官調書における「見つかったら仕方
がないとは思っていた」との供述(同調書5枚目。3枚目も同旨)等と実質的にさ
ほど違いがない。
 そうすると,これら被告人の供述調書には,被告人の当時の心情として,本
件万引きにより検挙されて刑務所に行くことになっても仕方がないと思いつつも,
必ず検挙されて刑務所に行くつもりで本件万引きをしたのではなく,検挙されなけ
ればそのままAから立ち去る意思も有していたことが,その強弱については変化が
あるもののほぼ一貫して録取されていると言うべきである(このことに被告人の公
判供述を併せ検討すると,前記同月26日付け警察官調書,同年7月2日付け検察
官調書における被告人の供述の任意性にも結局問題がないといえ,その証拠能力も
これを肯定できる。)。
(4) 以上の検討によるとき,関係証拠上,被告人には,本件万引きの当初から,
自暴自棄的に,刑務所に入ることになってもかまわないとの意思もあったと認めら
れるが,一方では,当初から,捕まらなかったらそのままA店外に出る意思も有し
つつ,欲しいと思った物,あるいは少なくともなんとなく欲しいと感じた物を次々
と万引きしたという事実が優に認められ,被告人においてこれらを全く使ったり利
用する意思なくただ検挙されて刑務所に行くためだけの目的で確保していったので
はないことが明らかである。
 被告人が刑務所に入りたいという目的のみで本件万引きを行ったと供述する
ようになったことについては,被告人が当公判廷で述べるように,妹やその娘が,
被告人の本件万引きの事実を知ってからも被告人を今後暖かく迎え入れる意志を有
していることを示す手紙を送ってきたことが理由となっているとも推認できるが,
いずれにせよ,本件では,1で検討した点(いわば法律論)につきどのように解し
ても,被告人には不法領得の意思が認められる。
(累犯前科)
1 事実
 (1) 平成11年2月10日神戸簡易裁判所宣告
   窃盗罪により懲役1年2月(4年間刑執行猶予,平成13年6月4日執行猶
予取消)
(2) 平成13年5月14日神戸地方裁判所宣告
   窃盗罪により懲役10月
(3) 平成14年2月11日(2)の刑執行終了
 平成15年4月11日(1)の刑執行終了
2 前科調書,1掲記の各罪にかかる判決書謄本により認定
(法令の適用)
1 罰条           包括して刑法235条
2 再犯加重         刑法56条1項,57条
3 未決勾留日数の算入    刑法21条
4 訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 不利な事情
(1) 動機がまことに安易,短絡的で身勝手でもあり,しん酌すべき点に乏しい。
(2) 被害感情が厳しい。
(3) 前科にも照らすと,常習的犯行と言わざるを得ず,他人の財物などに対する
配慮が欠けていたもので,よほど考えを正さないと再犯のおそれもある。
2 有利にしん酌すべき事情
(1) 財産的被害は回復されている。
(2) 計画性や,窃取品を自ら使う確定的意思はなかったというべきである。
(3) 本件を反省,後悔していると認められる。
(4) 妹との信頼関係があり,社会復帰後の協力が期待できる。
(求刑,懲役2年)
  平成15年10月9日
    神戸地方裁判所第11刑事係乙
           裁判官  橋 本   一

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