弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決
主文
1 原告が,被告の設置するD大学E学部講師の地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,157万円及びこれに対する平成14年2月26日から支払済
みまで年5分の割合による金員並びに同年3月25日から本判決確定に至るまで毎
月25日限り31万4000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の訴えを却下する。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
5 本判決は,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成13年10月から毎月25日限り金31万4000円及びこ
れらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3 訴訟費用は,被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
   本件は,被告が設置するD大学(以下「被告大学」という。)において講師を務めて
いた原告が,スポーツ推薦学生の成績原簿関係書類のコピーを記者会見を行って
外部に公表した行為(以下「本件公表行為」という。)が,「D大学及びF大学教職員
の人事及び勤務等に関する規程(就業規則)」(以下「就業規則」という。)所定の解
雇事由である「勤務成績不良」ないしは「職務の適格性を欠く」場合に該当するとし
て普通解雇されたこと(以下「本件解雇」という。)について,上記行為は解雇事由
に該当せず,本件解雇は無効であると主張して,被告に対し,その地位の確認と賃
金の支払(各支払月の翌日以降支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を含む。)を求めた事案である。
第3 争点
   本件の主たる争点は,原告の本件公表行為が,被告の就業規則7条1項1号にい
う「勤務成績が良くない場合」及び同項4号にいう「その職に必要な適格性を欠く場
合」に該当するか否かである。そして,その中で,「スポーツ推薦入学者の成績評
価について」という申し合わせ(以下「本件申し合わせ」という。)及びそれに基づく
スポーツ推薦学生についての成績原簿変更指示書(以下「本件変更指示書」ともい
う。)が同規則15条にいう「業務上機密とされた事項」に該当するかが争われてい
る。
第4 原告の主張
 1 就業規則15条(「業務上機密とされた事項」)の非該当性
(1) 本件申し合わせの違法性
 ア 担当教員の成績評価権限の侵害
成績評価は,担当教員の専属的権限であり,学部教授会及び全学教授会
の承認は,担当教員の最終的採点を前提に,進級単位未取得者を未取得の
ままで進級させるか否かの進級判定原案についての承認であって,成績評価
とは一切関係がない。
被告は,本件申し合わせ第1項により,担当教員から経済学部長に対し,
成績評価の権限が授権された旨主張する。しかし,成績評価の専属的権限を
有する担当教員が他の者に対して評価を授権することは不可能であり,仮に
授権が可能であったとしても,本件変更指示書の中には,一般教育部の教員
が担当した科目が含まれており,経済学部教授会の申し合わせでは足りず,
一般教育部教授会の申し合わせは必要不可欠である。
また,本来,成績原簿の変更指示書は,成績評価を行う担当教員が,成績
記入済採点表を教務課へ提出した日以後において,成績点数変更または追
加がある場合に担当教員が理由を記載した上で署名・押印して提出し,学部
長らの承認を得て教務課に指示文書として出されるものであるが,経済学部
では,スポーツ推薦入学者に関し,前記担当教員の作成部分のないまま経済
学部長名で成績原簿変更指示書が出されている。
このように,G経済学部長は,本件変更指示書の科目について,成績評価
をする権限が全くないのに,恣意的に担当教員の評価とは異なった虚偽の内
容を教務課の職員に指示して作成させたものであるから,本件変更指示書は
就業規則15条に定める「業務上機密とされた事項」に該当しない。
 イ 学校教育法施行規則違反
進級・卒業の認定は,まさに単位認定のことであり,「学習の評価及び課程
修了の認定」のことであるから,被告大学は,学校教育法施行規則4条1項4
号の定めのとおり,「学則」をもって明らかにすべきであるが,被告大学の学則
にはその定めがない。その上,被告大学の経済学部教授会は,平成8年2月
29日付けで,「彼等(スポーツ推薦入学者)の履修科目の成績評価及び進
級・卒業に際して特別措置をすることができる」とする本件申し合わせをしてい
るが,これは,「秘匿すべき事項であることからプリントは配布せず,口頭で読
み上げ,議事録に記載されなかった」という被告主張からも明らかなとおり,上
記規則に反する違法な申し合わせである。
 ウ 大学設置基準違反
単位制度は,「授業の方法に応じ,当該授業による教育効果,授業時間外
に必要な学修等を考慮して(大学設置基準21条2項本文)」設けられ,「大学
は1の授業科目を履修した学生に対しては試験の上単位を与えるものとする
(同27条本文)」ものであり,正しく当該授業による教育効果を判断する試験
を行い,授業時間外に必要な学修等を考慮して授与されるものであるから,試
験の結果は単位認定の必要不可欠な条件である。被告は,「進級・卒業判定
は大学の教育理念に照らして総合判断されるべきものである」と主張するが,
この主張は上記基準で単位制度を定めた趣旨及び単位授与を定めた規定に
反する。
エ 法形式論上の違法
  本件申し合わせは,全学教授会で合意された「成績評価に関する申し合わせ
事項」に違反する内容であり,特則とするなら全学教授会で決定されるべきで
あるのにこれがなされておらず,経済学部教授会や経済学部長には全学教
授会での決定を変更する権限はない。また,本件申し合わせ文書は,経済学
部教授会でも報告事項にとどまり,経済学部教授会において協議事項として,
審議され承認されたものではない。すなわち,教授会で審議された事項では
なく,効力を有するものではない。仮に協議事項として審議され承認されたとし
ても全学教授会での合意に反する内容であるから効力を有しない。
 オ 内容の違法
本件変更指示書は,実質的にみても内容が違法である。点数が「60点未
満のものを60点に変更する」とは「合格」させることを意味し,科目読み替え
は,進級に必要な科目につき履修しておらず,試験を受けてもいないのに60
点をつけて,進級に必要な科目を合格とし単位を与えているのである。
(2) まとめ
「秘密」文書には,合法だが公表するのが不適当な事項と違法な事項でその
違法性故に公表することを保持者が制約する文書とがあり得る。本件の文書は
後者であり,違法な文書であるから「業務上機密とされた事項」にはあたらない。
このように,本件変更指示書は,違法かつ内容虚偽の文書であり,学校教育
法施行規則,大学設置基準に明白に違反する本件申し合わせ文書に基づいて
作成されたものであり,「裏口進級・卒業」を裏付ける法的保護に値しない文書で
あって,機密書類にあたらないから,それを公表したことが機密を漏洩したことに
はならない。
2 本件公表行為の相当性
(1) 教員の責務
講義内容・方針や採点基準の設定などが各教員の裁量に任されている以上,
その成績評価の一部または全部を,確たる理由もなく,当該科目の教員に無断
で変更することは,各教員が講義内容・方針に沿って設けた一定の評価基準を
完全に無視することになり,成績処理に関して著しい不公正を生み出す要因とな
る。
教員自らがその成績評価の公正さを保証する責務を負うのは当然である。同
時に,公正な成績評価が何らかの外的要因によって蹂躙されていることが明ら
かになったとき,その要因を追及し,成績評価の公正さを取り戻すために積極的
に行動することも,教員としての当然の責務である。
(2) 記者会見という方法もやむを得ない学内事情
被告大学においては,大学の根幹に関わる問題においても,教授会がその役
割を果たしておらず,教授会等の学内の組織,手続を通じての是正が全く期待
できず,また,被告は,B教職員労働組合(以下「組合」という。)との団体交渉に
不当な条件を付けて応じようとせず,団体交渉を通じての問題解決も困難な状
況にあるなど,学内での活動のみでは問題解決できないという被告大学の学内
事情があり,記者会見という方法もやむを得ないものであった。
(3) 公表による影響
 ア 学生の人権
原告は,学生個々人の人権侵害が生じないように,本件変更指示書中,
「学生番号・氏名」を墨塗りして学生の特定が不可能な状況にし,そのコピーを
公表したもので,本件公表行為によって学生個々人の人権は何ら侵害してい
ない。
むしろ,体育学部系でない経済学部の学生に対し,成績評価において授業
科目以外のスポーツ実践を理由に点数の嵩上げをすることは,当該学生の教
育を受ける権利を侵害する以外の何ものでもない。とりわけ当該学生が裏口
卒業によって経済学士として社会において活動することになると,経済学士の
立場と現実の知的能力とのギャップで困難に陥ることは明らかであり,これほ
どの人権侵害はない。
 イ 被告大学の信用毀損
不適切な成績変更を是正することは,被告大学に対する信用を高めること
はあっても,被告大学の信用を毀損することはない。不適切な成績変更が温
存されることこそ,被告大学の信用をおとしめる。また,被告が毀損されると主
張する信用は,被告大学が学校教育法,大学設置基準,学則等に違反して裏
口進級・卒業をさせ,当該学生の人権を侵害して得られた信用であって,保護
するに値しない信用である。
ウ まとめ
   よって,原告の本件公表行為は,個々の学生の人権を侵害せず,また被告大
学の信用を毀損したことにもならない。
 3 就業規則7条1項1号(「勤務成績が良くない場合」)の非該当性
本件公表行為は,被告大学の夏期休暇中の平成13年8月19日,組合執行委
員会での決定を得て,同月21日午前10時,福山市役所内の市政記者クラブにお
いて,原告が組合の執行委員長として行った記者会見であって,原告の「勤務成
績」に関する行為ではない。
被告大学の就業規則7条1項1号の「勤務成績が良くない場合」とは,遅刻,欠
勤を繰り返したり,講義の内容や学生への対応が劣悪である場合などを想定して
おり,原告の行った記者会見がこれに該当しないことは明白である。
 4 就業規則7条1項4号(「その職に必要な適格性を欠く場合」)の非該当性
最高裁は,教師としての不適格性に関して,「『その職に必要な適格性を欠く場
合』とは,当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質,能力,
性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり,または支障を生ずる高度
の蓋然性が認められる場合をいうものと解される。」「降任の場合は単に下位の職
に降るにとどまるのに対し,免職の場合には公務員としての地位を失うという重大
な結果になる点において大きな差異があることを考えれば,免職の場合における
適格性の有無の判断については,特に厳密,慎重であることが要求される」など
と,「適格性を欠く場合の要件」及び「適格性の有無の判断基準」について判示して
いるが(最判昭48年9月14日),これは同じく教員であることにおいて,私立大学
の教職員の「適格性の欠如」の判断基準としても妥当するものである。
原告は,本件公表行為において,本件変更指示書に記載された,既に成績評価
がなされて作成された成績原簿の成績評価の変更の実態を明らかにしたものであ
る。大学当局による不適切な成績変更を是正し,公正な成績評価を確保するように
努力することは,教員にとって必要な適格性を備えていると評価されることはあって
も,必要な適格性を欠くと評価することはできない。原告の行為が教員にとって必
要な適格性を欠くと評価することは,不正を見逃し,助長することが教員にとって必
要な適格性であるとすることに他ならない。原告が記者会見を行ったことが,就業
規則7条1項4号の「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当しないこともまた明
白である。
なお,原告は,組合の委員長に選任された平成13年8月3日,本件変更指示書
コピーを保管していた前書記長Hから事務引継として受領し,同月21日の組合の
執行委員会の決定を受けて委員長として公表したものである。Hは,平成12年度
のスポーツ推薦学生の成績評価の検討作業中,過去の事例を調べるため,I学科
長の許可はある旨教務課に申し出たところ,J教務課課長補佐から本件変更指示
書を手渡されたもので,「不法な手段」や「学部長の許可を得ている旨の虚偽の申
出」によって,不正に入手したものではない。
 5 まとめ
したがって,原告の行為は,被告大学の就業規則15条,7条1項1号並びに同
項4号に該当せず,本件解雇は,就業規則7条1項1号及び4号の要件を具備しな
い解雇であり,解雇事由を欠くもので,違法・無効な解雇である。
第5 被告の主張
 1 本件申し合わせの概要
(1) 成績評価及び成績変更権限の所在
私立大学における成績の評価は,最終的には大学の裁量により決定し得るも
のであり,被告大学においては,学部教授会が決定する定めとなっている。そし
て,特にスポーツ推薦入学者の成績変更に関しては,経済学部教授会の合意の
下に本件申し合わせに基づき成績変更の原案作成が経済学部長に一任されて
いる。成績評価は担当教員の専属的権限であり,他の者に評価を授権すること
は不可能である旨の原告の主張は失当である。
また,成績変更にあたり,1件を除き,当該授業科目を担当した教員の同意を
得ているが,諸般の事情により教員の同意が得られなかったとしても,それをも
って直ちに違法となるものではない。本件申し合わせにおいて,「経済学部長
は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該授業科目の担当者
と協議することができる(4項)」とされているにすぎないもので,学部内部の成績
処理上の問題にすぎない。
(2) 諸規定等との関係
  学生の進級及び卒業判定について学校教育法施行規則67条は,「学生の入
学,退学,転学,留学,休学及び卒業は教授会の議を経て,学長がこれを定め
る」旨定めており,学生の進級については明文の規定はないが,上記同様,教
授会の議を経て学長が定めるものと解されている。被告大学は,学則9条(各学
部に,学部の重要な事項について審議するため,教授会を置く。教授会に関す
る規程は別に定める。)に基づく学部教授会細則3条において,教授会の審議事
項として,「学部の学生の入学及び卒業の認定に関する事項」を挙げ,教授会の
議を経て学長がこれを定めている。なお,学部の教授会とは別に全学教授会が
おかれ,学生の入学,進級,卒業について審議が行われている。
また,大学設置基準は27条において,原則として大学は一の授業科目を履
修した学生に対しては,試験の上単位を与えるものとする旨定めているが,進級
あるいは卒業判定については大学の教育理念に照らして総合的に判断される
べきものであるところ,経済学部におけるスポーツ推薦入学者の成績評価に関
する本件申し合わせに基づく格別の措置は,採点のやり直しというべきもので,
成績評価が確定しない段階での事前調整であり,成績評価,単位認定以前の問
題であり,もとより,大学設置基準,学則,科目履修細則,経済学部規則等に抵
触するものではない。
なお,全学教務委員会において申し合わせとして合意された「成績評価に関
する申し合わせ事項」が存するが,本件申し合わせは経済学部におけるその特
則であって,このような特則を定めることが法形式論からみても違法とされる筋
合いにはなく,原告の主張は失当である。
  学校教育法施行規則4条は,単位制度を取らない小学校,中学校などにも適用
されるものであり,また大学においても,「授業の方法に応じ当該授業による教
育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して」単位数を計算する(大学設置
基準21条2項)もののほか,「卒業論文,卒業研究,卒業制作等の授業科目に
ついては,これらの学修の成果を評価して単位を授与することが適切と認められ
る場合には,これらに必要な学修等を考慮して単位数を定めることができる(同
条3項)」としており,単位制度は必ずしも「授業の方法に応じ,当該授業による
教育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して」設けられたものということは
できない。すなわち,大学設置基準21条2項本文は単位数を計算する場合の一
つの定めに過ぎないものであり,大学においても履修にあたっては単位制度だ
けが全てではない(同32条2項ただし書き参照)。
(3) 本件申し合わせの趣旨
単位認定は,単なる試験結果のみによって行われるものではなく,例えば,平
素の学習態度が真面目であるかどうかといったことも考慮の対象になるのであっ
て,そこに総合判断の余地が生じる。本件スポーツ推薦学生の成績評価につい
ても,本件申し合わせにおいてルールを定めた上で,第一次評価が合格点に達
していない者に最終評価で合格点を与える場合と同じく,試験問題への解答の
点数だけで単位取得の可否を決めるのではなく,平素の学習態度,スポーツ活
動への積極的参加の姿勢,とりわけ公式の試合においてスポーツクラブへの貢
献度が高いことを重視して,総合的に判断して可否を決めているものであるか
ら,大学,学部において許される教育的裁量の範囲内のものであって,何ら違法
ではない。
2 解雇事由たる事実
 (1) 違法な手段で資料を入手して公表
当時経済学部教務委員で元組合書記長であったH講師は,I学科長が成績原
簿変更指示書を見ることの許可を与えたことなどないにもかかわらず,J教務課
課長補佐に対し,G学部長の許可を得ている旨虚偽の申出をしたものである。も
し仮にH講師が述べるとおり,I学科長の氏名を使ったものであったとしても,そ
れは相手方を意図的にまどわしたものであり,また,当時全く話に出ていなかっ
たにもかかわらず,「I先生と過去の成績を見ようということになったので」と言っ
たとすれば,虚偽の目的を示して書類を詐取したことになる。原告は,H講師が
上記経緯で本件変更指示書を入手し,無断コピーしたものであることを熟知しな
がら,組合委員長として公表したものである。
 (2) 機密文書を公表
ア 本件成績評価に関する特別措置は,スポーツ推薦学生の名誉信用にも係わ
ることであり,オープンにすべき事柄ではないため,教授会で本件申し合わせ
を了承するにあたり,これを秘匿すべき事項として処理されたものであるが,
原告は,本件変更指示書が公表を許されない内部資料であり,秘密文書であ
ることを承知の上で,あえてその公表に及んだものである。
イ 本件公表行為によって,スポーツ推薦学生の名誉信用が毀損され人権が著
しく侵害されたことはもとより,被告大学の名誉信用を著しく毀損したことは明
らかである。原告は,該当学生の氏名は墨塗りしてあり,個人の人権を何等
侵害していないと主張するが,傷つけられる対象は墨塗りされた者だけに限ら
れるのではなく,公表されれば,スポーツ推薦入学にかかるこれまでの全ての
学生が特別措置の対象の可能性ありと見られることとなり,そのことによって,
全くこの措置に関係ない多数のスポーツ推薦学生がその心情を傷つけられた
のであるから,原告の主張は理由がない。
原告は,E学部K学科に所属しており,経済学部において協議決定された
本件申し合わせに基づいて行われた本件変更指示書の作成の趣旨等につい
て全く不案内であった。それにもかかわらず,原告は,マスコミにその内容に
ついて発表したものであり,極めて軽卒な行為であり,不適切きわまるもので
ある。
 (3) 虚偽の事実を公表
  ア 「不合格を嵩上げ」
経済学部においてはスポーツ推薦入学者の成績評価について,平成8年3
月1日に開催された教授会の決定に基づき格別の措置が認められ,これによ
れば経済学部長は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該
教科の担当教員と協議することができることとされているところから,経済学部
長は,同学部の学科長,教務委員(教員)と協議の上,これらの教員が分担し
て,それぞれの教科の担当者と協議して評価点を調整し,学部長等の決裁を
経て事務局である大学教務課に成績原簿変更指示書を送っているものであ
る。この学部長の指示は,成績評価確定ないし単位認定以前の事前調整を
意味するもので,進級判定会議前の評価点調整であって,不合格者を合格と
するものではなく,もとより進級判定は学部教授会で承認可決されている。
  イ 「受験していない者に合格点」
成績原簿変更指示書に記載されている「変更・追加前点数」とは,該当科目
担当教員が前期末・後期末の試験の結果に基づき,両試験の平均点もしくは
前期末または後期末試験の結果のいずれかを重視して採点し,また,前期
末・後期末試験のいずれかを放棄した者もしくは受験していない者について
は,そのいずれかを採用するなどして,一次的評価をした結果であって,これ
を担当教員と協議し,最終評価を「変更・追加後点数」として記入するものであ
る。そしてこのことは,前期末あるいは後期末のいずれか一方のみ試験が行
われる場合についても同様である。したがって,前期末あるいは後期末試験
のいずれも放棄ないし受験していない者に対し,評価を行ったことは一切な
く,原告が主張する受験していない者に合格点を与えたとの事実はない。
(4) 本件公表目的の不当性
ア 経済学部教授会における質疑
平成12年3月21日開催の経済学部教授会において,一部教授より「スポ
ーツ推薦学生について,何か進級判定で不正があるのではないか」との質問
があり,学部長から「そのようなことはあり得ない。すべて,学部の了解を得た
取り決めに従ってやっている。」との答弁があり,それ以上の質疑はなく,3年
生以下の進級判定について審議の結果,全学教授会に提出する原案が承認
された。このように,質疑は1回あっただけで,それ以外に疑義が提出された
ことはなく,またそれから約1年半経過後に突然記者会見を行ったもので,学
内で話し合ってもらちがあかず,やむを得ず記者会見を行わざるを得なかった
との原告の主張はあたらない。
イ 組合交渉における要求事項
  本件スポーツ推薦学生の成績原簿変更指示書に関わる問題は,組合の団
体交渉要求書の要求事項には何ら触れられておらず,また,予備折衝の場で
も何ら言及されることもなく,記者会見に至るまでの間,組合のホームページ
によるメッセージ等の主張の中にも全く触れられたことのなかった事項であっ
た。経済学部当局に対して公式にも非公式にも組合からの事前の問題提起
は全くなく,突如として一方的にマスコミに発表したものである。
  また,組合は,平成13年8月10日付け「団体交渉に入る期日について」と題
する文書において,「団体交渉は9月17日から始まる後期第1週にその第1
回交渉の場を持つことを要求」していたにもかかわらず,8月21日に至り,突
如として本件変更指示書の問題を記者会見において公表するに至ったのであ
る。被告には組合との団体交渉に不当な条件をつけて応じようとしなかった等
と非難される事実は一切ない。しかも,上記8月10日付け文書では,組合は
賃金が当面の交渉の主眼であることを示し,本件変更指示書の問題など提案
する意図等持っていなかったものである。
ウ 記者発表決定に至る組合内の事情
  組合のL前委員長は,同年7月15日にセクシャルハラスメント問題を起こし,
同月27日に組合委員長を辞任,同年8月3日,原告が委員長に就任し新執
行部体制ができたが,同月17日,被告大学において,その上司にあたる経済
学部長が前記問題についてL前委員長の事情聴取を行うなどしており,前委
員長は組合のホームページで弁明に追われていた。こうした中で,同月19日
に開催された組合の執行委員会において,上記トラブルの公表と並んで本件
変更指示書の公表が1回限りの討議の結果,緊急に決定されたものである。
  かかる経緯に照らせば,本件変更指示書の記者発表は,L前委員長のトラブ
ルに対する大学からの責任追及を免れるための手段として,重要な機密書類
を不法に利用してなされたものであることは明らかであり,本件新聞発表の正
当性は全くなく,本件記者会見がやむを得ないものであった旨の原告の主張
は根拠がない。
3 解雇事由(就業規則7条1項1号「勤務成績が良くない場合」及び同項4号「その職
に必要な適格性を欠く場合」)の該当性
労働者は労働契約を締結することにより,労務提供義務を負うほか誠実義務を
負うことはいうまでもない。したがって,これに反する虚偽の喧伝をしたり,不法に
得た大学の機密を不法に漏洩することなどは誠実義務に反するばかりか就業規則
15条に定める機密保持義務にも反し,懲戒事由にも該当するものであり,他面,
勤務態度や勤務成績が不良であるともいえるもので,大学教員として著しく適格性
を欠如するものということができる。
原告は,前記のとおり,本件変更指示書が秘密文書であることを承知の上で,あ
えて記者会見においてその公表に及んだものであり,就業規則15条に定める守
秘義務に違背する。さらに,原告は,本件変更指示書が,前記H講師において虚偽
の申出をした上,無断コピーしたものであることを熟知しながら,組合委員長として
公表したもので,同7条1項1号「勤務成績が良くない場合」に該当する他,同文書
の内容をことさら真実に反し,①不合格である者を合格点まで嵩上げするとか,②
当該教科を受験していない者に合格点を与える等と虚偽の事実を公表し,もって被
告大学並びにスポーツ推薦学生の名誉信用を毀損したもので,教育者として許さ
れない行為であり,教員として適格性を欠くことは多言を要しないところであるか
ら,同7条1項4号の「その職に必要な適格性を欠く場合」にも該当する。
したがって,原告の免職は相当である。
第6 当裁判所の判断
1 前提となる事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者
ア 被告は,被告大学及びF大学を設置する学校法人である(甲1)。
イ 原告は,平成7年4月に被告大学のM部助手に就任し,平成11年4月から
M部講師,平成12年4月からE学部K学科講師として,被告大学に勤務して
いた(甲11)。
(2) 被告大学における単位取得に関する定め
 ア 被告大学には,単位取得に関し,学則及び授業科目履修細則(平成4年4月
1日改正施行)の定めがあり,同細則の概要は以下のとおりである(甲4)。
「 8条 次の各号の一に該当する者は,原則として,試験を受けることができ
ない。
  2号 当該授業科目について,履修登録をしていない者
 11条 不合格の試験科目に対する再試験は,行わない。ただし,やむを得
ない事情により教授会において特に必要と認めた場合はこの限りで
ない。この場合は別に定める内規による。」
イ 被告大学には,「成績評価に関する申し合せ事項」(昭和52年12月14日制
定,平成10年4月1日改正)があり,その概要は以下のとおりである(甲5)。
 「2(1) 一般的な講義形式の授業科目については,各期末に定期試験を行い,
その定期試験の結果に基づき,それ以外の時期に行う試験,レポート
その他を考慮して,成績評価を行う。原則として,定期試験をレポート
その他によって代えることはできない。
 (4) 授業時数の1/3を越える欠席者については,定期試験の受験を許
可しない。従って,成績評価の対象としない。
   (5) 定期試験の欠席者については,成績評価の対象としない。通年の授業
科目においては,前期試験の欠席者については,たとえ後期試験を受
験しても,成績評価の対象としない。ただし,(6)の追試験受験者を除
く。
   (6) 定期試験の欠席者のうち,個人の自由意志で如何ともしがたい事情に
よる欠席者の場合には,教務委員長の許可を得て追試験を受験させ,
成績評価をすることができる。
     なお,授業担当者は定期試験欠席者に対し,規則外の追試験やレポー
トによる成績評価をすることはできない。
   (8) (前略)その他必要な場合には学部教授会に諮り成績評価を行う。
  3(1) 前項の諸方法による成績評価は,さらにこれを総合して,毎期末に評
価を与える。
   (2) 評価は,100点満点法によって行い,60点以上を合格,59点以下を
不合格とする。
 (4) 出席日数の不足,試験時の欠席によって,成績評価の対象とならな
い場合には,「受験放棄」とする。
  4(2) 2期以上にわたる授業科目にあっては,各期の評価を総合して,授業
完了時に評価を与えるものとする。」
ウ その他,被告大学経済学部には,平成8年3月1日開催の同学部教授会に
おいて報告された,同年2月29日付けの本件申し合わせがあり,その内容は
以下のとおりである(乙6添付文書)。
 「1 経済学部長は,経済学部に所属するスポーツ推薦入学者の置かれている
特別の事情を考慮して,彼等の履修科目の成績評価および進級・卒業に
際して特別措置をすることができるものとする。
2 スポーツ推薦入学者の所属するクラブの顧問は,定期試験終了日まで
に特別措置候補者のリストを経済学部長に提出すること。
3 経済学部長は,下記の要件を総合的に考慮し,クラブ顧問と協議のう
え,クラブ顧問から提出されたリストの中から特別措置対象者を選考す
る。
  4 経済学部長は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該
授業科目の担当者と協議することができる。
  5 特別措置対象者の要件
  (クラブ活動)
   ① スポーツ推薦入学者で,指定されたクラブに所属していること
   ② クラブ活動に積極的に参加し,練習には特別の事情がある場合を除い
て常に参加していること
   ③ 公式の試合において優秀な成績を出すなど,被告大学やクラブへの貢
献度が高いこと
  (学業)
   ④ 学習態度が真面目であり,履修科目の授業日数の3分の2以上の出席
をしていること
   ⑤ 定期試験を受けていること
   ⑥ 履修科目の定期試験の成績が,30点程度はあること
   ⑦ 3科目程度の特別措置によって進級が可能なこと
  (注)上記要件のうち特に③を重視し,⑥⑦については対象者の事情を十分
に考慮して適用する。」
(3) 被告大学における成績評価の方法及び手順
  被告大学における成績評価の方法及び手順は,以下のとおりである。
  ① 教員が試験を実施し,採点し,評点をOCRシートに記入する。
  ② 教務課においてOCRシートをもとに事務処理する。
  ③ 事務処理を終えた成績表が教務委員に交付される。
  ④ 学科会議で成績を協議する。
  ⑤ 各学部での進級判定のための学部教授会を開催する。
  ⑥ 全学教授会で進級判定を行う。
  ⑦ 保護者に成績を郵送する。
(4) 本件解雇に至る経緯等
ア 原告は,平成13年8月21日,福山市市政記者クラブで行われた記者会見
において,組合委員長として,氏名,学生番号をすべて墨塗りして学生が特定
されないようにしたスポーツ推薦学生についての成績原簿変更指示書のコピ
ーを示し,被告大学経済学部では,担当教官に知らされることなく,①不合格
である者を合格点まで嵩上げする,②当該教科を受験していない者に合格点
を与える,③ある教科を別の教科に読み替える,という内容の指示が学部長
名でなされていることを公表した(甲8)。
イ 原告は,同月23日,記者会見に臨んだ組合の意見を表明するため,組合の
文書を掲示するよう被告に要請したが,同月28日,被告はこれを拒否した。
ウ 原告は,同日,本件記者会見に関し,被告に対して,「学生へのお詫び」と題
する文書を提出した(乙25)。
エ 同月29日,被告の適正化調査委員会が開催され,原告らも出席したが,同
委員会は,原告らについて,懲戒免職処分が適当であるとの判断を下した。
オ N・E学部長らは,原告に対し,同月30日,同月31日及び同年9月3日の3
度にわたり,依願退職を勧告した。
カ 被告は,同日,原告に対し,その行為が就業規則15条(機密保持義務)に違
反し,7条1項1号(勤務成績が良くない場合)並びに同項4号(その職に必要
な適格性を欠く場合)に該当するとして,同条1項1号及び同項4号によりその
職を免ずる旨の辞令書を交付し,本件解雇の意思表示を行った。
  その免職理由は,「原告は,被告大学の機密書類であるスポーツ推薦学生
の成績原簿関係書類のコピーを,一部教員らと共謀の上一方的な判断によ
り,特段の理由もなく新聞記者会見を行って外部に公表し,成績関係の機密
を漏洩した。このことは,当該学生の人権を著しく侵害すると共に,被告大学
の信用を毀損したものである。」というものである(甲2,3)。
キ 被告は,原告が前記辞令書の受領を拒否したため,原告方に郵送し,原告
は,同月6日,これを受領した。
ク 原告は,本件解雇当時,被告から毎月月額31万4000円の給与を受けてい
た(甲6)。
2 前記前提となる事実に加えて,証拠(甲4,5,7ないし12,14ないし26,乙1ない
し29《枝番のあるものはその全部。以下も原則として同じ。》,証人G,同J,同H,
同I,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下のとおりの事実が認められ
る。
 (1) 被告大学における成績評価及び進級卒業判定の手続
ア 被告大学における成績評価の手続は,各教員が採点をして採点表に記入し
たものを教務課へ提出し,教務課で学生毎に全教科について一覧表にした成
績表を作成し,これが成績原簿となる。
なお,担当教員が採点を間違えた場合,成績原簿変更指示書に担当教員
が署名押印し,学部長,学科長,全学組織である教務委員会の学部選出教
員である教務委員が各押印の上,教務課に提出することにより変更される。
イ 進級卒業判定の手続は,教務課において成績原簿に基づき,進級卒業要件
を満たさない欠格者名簿が作成され,全学教務委員会においてこの名簿と各
学生の成績表が教務委員に配布され,同委員会で定められた留年率に配慮
しつつ,各学部の教務委員において,学科長,学部長とともに進級卒業の緩
和措置の原案を作成して調整会議を行い,進級卒業判定の原案を作成し,そ
の後,学科会議,学部教授会の承認を経て,全学教授会での単位の認定に
より確定し,これが学籍簿に記載されると書き換えることはできない。
 (2) スポーツ推薦学生についての本件申し合わせの制定経緯
ア スポーツ推薦学生の成績評価について,従前,被告大学では,スポーツ推
薦学生の所属するクラブの監督,顧問,当該学生が,担当教員に対して合格
点(60点)を与えて貰いたい旨を依頼し,担当教員においてこれに応じる場合
には,署名押印の上,前記の成績原簿変更指示書を教務課に提出するという
方法がとられていたが,担当教員から,誤りではないにもかかわらず誤記訂
正という形をとることへの不満と煩わしさから,対策を講じてもらいたい旨の意
見が出ていた。
イ そこで,平成7年秋ころ,被告大学経済学部の学部活性化委員会の中で,ス
ポーツ推薦学生の入試のあり方や成績評価方法の改善点について検討され
た。当時の経済学部長Gは,スポーツ推薦学生の成績評価に関して前記のよ
うな意見があったことを考慮し,同学生の成績評価の変更を学部長権限で行
うことができるようにすることが必要だと考えた。
ウ そして,平成8年3月1日に開催された経済学部教授会において,G学部長
は,要旨,前記第6の1(2)ウのとおりの「スポーツ推薦入学者の成績評価につ
いて」と題する文書を報告事項として提案し,本件申し合わせが了承された。
G学部長は,本件申し合わせは秘匿すべき事項であると考えたため,上記文
書は配布せず,口頭で読み上げて,教授会構成員35名中33名の出席者に
周知されたが,議事録には記載されなかった。
エ 本件申し合わせは,決定後,教授会の構成員の変更に伴って改めて教授会
において周知するということはなかった。
 (3) 本件申し合わせ後の特別措置実施状況
ア 本件申し合わせ後のスポーツ推薦入学者に対する成績評価の特別措置の
実施状況は,以下のとおりである。
 (ア) クラブ顧問は,定期試験終了日までに特別措置候補者のリストを経済学
部長に提出する。
 (イ) 特別措置候補者の内,単位の足りない教科があるが3分の2以上は出席
しているといった者が特別措置対象者として選び出される。
 (ウ) 学部長は,経済学部の学科長,教務委員と協議し,60点以上の評価を得
られるように事前調整を行い,特別措置対象教科及びその採点調整につい
て原案を定める。その後,原則として,関係教員が分担して,該当する教科
の担当教員と連絡をとり,協議,了承を得た上で,評価点を調整し,教務課
に変更を指示する。
   この際,学部長は,一般教育科目について,M部長に対し,経済学部にお
いては本件申し合わせにより,スポーツ推薦学生の成績評価の変更は学
部長権限で行うことができるようになったので,M部所属教員の了解を得て
もらいたい旨を依頼し,その後,平成11年3月23日に開かれたM部臨時
教授会において,M部長が本件申し合わせについて同文書を配布した上,
協力を依頼した。
   この点,当時M部に所属していた原告は,同教授会において本件申し合わ
せ文書が議題とされたり,配布された記憶はない旨述べ,議事録として提
出されている乙26号証は,署名押印もなく改ざんされた疑いがあるなどと
主張する。たしかに,上記議事録には,配布の上,協力方依頼された旨記
載されているところ,議事録にも記載せず,配布もしないという経済学部で
の極秘扱いとに差があるが,M部では,構成員に配布されるものと同じもの
を議事録とするため署名押印もないとのことであるから(乙29),その性格
上,配布後に改ざんすることは考えがたく,議事録のとおり,了承されたも
のと認められる。
 (エ) そして,学部長は,本件申し合わせに基づく前記変更指示に従い,教務課
職員によって,個別の該当教科にかかる「成績原簿変更指示書(スポーツ
推薦学生用)」(以下,特に断らない限り「スポーツ推薦学生用」を指す。)の
「学生番号」「氏名」「変更・追加前点数」「変更・追加後点数」欄に,手書きで
点数等が記入されたものを教務課より受け取り,成績原簿変更を認める旨
の署名押印をして(担当教員の署名押印は不要),教務課に渡す。教務課
の事務処理に基づき訂正入力及び確認を行った職員が押印の上,全学の
教務委員長,学生委員長,教務課長が各押印する。そして,これをふまえ
て,学生の進級判定を教授会に諮り,単位認定が決定される。
なお,この成績原簿変更指示書は,通常,教務課の金庫内に保管され,
経済学部長の許可があれば閲覧することができる。
イ 平成12年3月21日に開催された経済学部教授会の席上,O教授から,この
件に関し,スポーツ推薦学生の進級判定で不正があるのではないかとの質疑
があったが,G学部長は,事情を説明して了承を得,それ以上の質疑はなかっ
た。
  この点,原告は,変更にかかる教科について担当教員の了承を得ていないと
主張するが,前記のとおり,M部教授会において本件申し合わせについて協
力依頼がされていること及びスポーツ推薦学生の成績評価の特別扱いに批
判的な立場であった証人Hも,成績を変更する場合には担当教員に連絡して
おり,H自身も成績変更の了承を求められたことがある旨を証言していること
に照らしても,原則として,担当教員の了承を得るという基本方針に従って調
整が進められていたものと認められる。もっとも,本件変更指示書は重要な書
類であり,事務職員の確認印もあるにもかかわらず,空欄も多く,ルーズな取
り扱いがなされていた面も窺える上,事前調整会議から教授会まで期間的余
裕はないことに照らせば,担当教員の了承を得ないまま変更したのはごく例
外的なケースであるとの被告の主張をそのまま信用することはできず,担当
教員との協議承諾のないまま学部長によって成績評価の変更がされた場合も
一定数あったものと認められる。
(4) 平成12年度のスポーツ推薦学生の成績評価の事前調整作業及び本件変更
指示書の入手経緯
ア 平成13年3月14日,平成12年度の進級緩和措置の原案を作成するため,
国際経済学科と経済学科の各研究室において,I国際経済学科長,同学科の
教務委員P講師,同Q講師,経済学科の教務委員H講師のメンバーで作業を
行い,その中で,スポーツ推薦学生の成績評価の事前調整が検討された。
イ 国際経済学科のメンバーは,進級欠格事由のあるスポーツ推薦学生の成績
表を基に,欠格科目の点数や出席状況を示した一覧表を作成していたとこ
ろ,作業方法が分からずにいたH講師が,I学科長に相談するため研究室を訪
れ,その一覧表を見て,経済学科の分も同じ表に加えてほしいと希望し,両学
科を併せた29名の一覧表(経済学科20名,国際経済学科9名)が作成され
た。これらの者には3科目を越えて成績調整しなければ進級できない者も少な
くなかったが,そのほとんどが成績調整によって進級することができた。
ウ H講師とI学科長間でスポーツ推薦学生の成績評価の調整を検討するうち,
過去の成績原簿変更指示書に話が及び,H講師からI学科長に対し,過去の
変更指示書を見てみたいと申し出たところ,「それは多分見せてくれるだろ
う。」との返答がされた。
エ これを受けて,H講師は,教務課を訪ね,J教務課課長補佐に対し,「今年度
のスポーツ推薦の参考にしたいので,過去の成績原簿変更指示書を見せて
ほしい。」との趣旨の申し出をしたところ,Jから学部長の許可を得ているかと
尋ねられ,「学科長の許可は得ている。」と答えたが,Jから上記変更指示書
の貸し出しを受けることができた。
オ H講師は,G学部長,I学科長とともにこれを検討するものと考え,独断で前
記変更指示書のコピーを2部作成したが,結局,それを用いて検討されること
はなく,H講師は,当日の夕方教務課に原本を返還し,コピーはそのまま保管
していた。
カ 翌15日,G学部長,I学科長,教務委員のP講師の出席の下,前日作成した
一覧表に基づき,スポーツ推薦学生の進級要件緩和措置に関する調整会議
が開かれた。なお,経済学科長は出張のため欠席であったが,H講師は出席
を拒否した。そして,調整会議の結果を受けて,国際経済学科についてはP
が,経済学科についてはG学部長が中心となって,手分けをして担当教員に
変更の了承を求めた。
キ 平成11年度の本件変更指示書中には,①変更・追加前点数欄が空白のも
の,②同欄が「0」点となっているものが,平成10年度の本件指示書中には,
③同欄が「放棄」となっているものがある。
なお,H講師が本件変更指示書を借り出すに至った経緯について,関係者の
供述は食い違っているが,I学科長の学部内での立場に照らし,本件作業の際,
H講師が証言するとおりのやりとりがI学科長との間であったとはにわかに信じが
たい。もっとも,翌日の調整会議への出席拒否という同講師の姿勢から,同講師
が本件作業時に既に成績原簿変更指示書に対して問題意識を抱いていたこと
が推察され,同講師は,学科長の前記認定のとおりの発言で許可を得たとの認
識の下,本件変更指示書を借り出し,複写行為に及んだものと推認される。その
際,同講師が学部長と学科長のいずれの許可を得たと申し出たのかについて
は,同講師には学部長の許可が必要であるとの認識がなく,J課長補佐は当時
本件作業中であることを知っており,同講師の申し出た内容で,学部長の許可も
あるものと察した可能性も否定できないことに照らせば,同講師が敢えて学部長
の許可があると虚偽の申し出をしたとまでは認定できない。
 (5) 本件公表行為に至る経緯
ア 被告大学の組合は,平成13年4月27日に発足し,L国際経済学科講師が
委員長に,H講師が書記長に就任した。原告は,組合設立準備をする中で,H
講師から同人が入手後保管していた本件変更指示書を見せられて初めてそ
の存在を知り,同講師の話から,被告大学においては教員が関与することなく
作成されたスポーツ推薦学生を特別扱いする書面に基づき,同学生の成績判
定について担当教員の判断を無視する形で不公正な処理が行われていると
の認識を持った。しかし,原告は,同講師の話を裏付ける客観的資料を収集
し,あるいは,先輩同僚教員に事実確認のための調査を行うということはして
いない。
イ 原告は,本件成績原簿変更指示は,教員の知らないところで規則や制限も
なく成績を変更する不正であるが,被告大学内部での自浄的解決は無理であ
ろうと考えていた。
  もっとも,後述の本件記者会見の2日前である同年8月19日に開催された執
行委員会まで,組合の執行委員会の場で本件成績変更問題が議題とされた
ことは一度もなかった。
ウ 組合は,同年5月21日,被告に対し,最初の団体交渉要求書を提出すると
ともにその内容をホームページ上で公開したが,被告は,6月15日,団体交
渉状況をインターネット等で学外に流布しないこと,本交渉の前に議題,人数
等についての予備折衝を行うことなどの条件を満たさない限り,団体交渉に応
じない旨組合に文書で通知した。組合は,同年7月10日,再度,団体交渉要
求書を提出するとともにホームページ上で公開し,同月24日,被告との間で
予備折衝が開催されたが,被告は,インターネットによる情報公開をやめない
限り,団体交渉には応じない旨重ねて文書で通知した。そして,同年8月10
日,組合は,9月17日からの後期第1週を団体交渉期日として文書で提案し
た。
なお,組合設立後,団体交渉の要求事項に本件成績変更問題が挙げられ
たことは一度もなかった。
エ 同年8月3日,L前委員長の辞任に伴い,原告が組合委員長に選任された。
その後,当時,懲戒問題まで取りざたされていた,L前委員長が同年7月15
日未明ころに広島市内の飲食店街で深夜に発生させた個人的トラブルに関
し,同年8月17日,被告による事情聴取が行われた。これを受けて,組合は,
翌18日,被告大学当局に対し,抗議の文書を送付し,翌19日の執行委員会
において,L前委員長の問題と本件成績変更問題がいずれも初めて議題に上
がり,原告において,同月21日にこれらについて記者会見を行うことを提案
し,原告の判断に一任する旨決議された。そして,原告は,記者会見列席者と
して,L前委員長,H講師ほか2名に依頼し,了承された。
なお,原告は,経済学部教授会において本件申し合わせがなされているこ
と及びその文書の存在を知らなかった。H講師は,平成13年3月にI学科長と
スポーツ推薦学生の成績調整をする過程で本件申し合わせと同趣旨が記載
されている書面を見せられたことがあるが,その内容につき同人は教授会に
提出されて合意されたものではなく,大学側において作成したものであると考
えていた。
オ そのような中,翌20日午後10時ころ,L前委員長とH講師から相次いでI学
科長宅に電話があったが,その要旨は,河野前委員長が前記トラブルのため
懲罰委員会において解雇されるおそれがあるので,これに対抗するためにス
ポーツ推薦学生の成績を変更したことを発表するが了解してほしい,というも
のであった。I学科長はこれに対し,了承できない旨返答した。
カ 翌21日,原告は組合委員長として,H講師,L講師ほか2名出席のもと,福
山市市政記者クラブにおいて記者会見を行い,氏名,学生番号を全て墨塗り
した状態のスポーツ推薦学生についての本件変更指示書のコピーを示して,
以下の要旨の記者会見声明を読み上げて公表した。
  「被告大学の不正行為について発表する。1つは,恒常的にスポーツ推薦学
生の成績を大量に改ざんしていること,もう1つは,組合前委員長を懲戒解雇
するために不当に弾圧していることである。
  成績改ざん行為については,被告大学では,大学上層部の指示により,不合
格である者を合格点まで嵩上げし,当該教科を受験していない者に合格点を
与えるなどといった改ざん行為が担当教員も学生も知らないところで行われて
いる。
組合前委員長に対する不当な取扱いについては,現在,同人にセクハラ行
為の冤罪が着せられ,被告大学はこれを利用して懲戒解雇にする画策をして
おり,同人の弁明記録を改ざんするなどの行為をしている。
本日午後,被告大学は,懲罰委員会を開催して処分の手続に入るそうであ
る。今日,2つの件について公表したが,これは被告大学の体質を示す氷山
の一角である。」
キ 原告らが記者発表をした後,スポーツ推薦学生の保護者らから大学に対し
て,原告らの行動についての抗議が寄せられた。これにつき,原告は,同月2
8日,労働組合委員長名で大学に対し「学生へのお詫び」と題する書面を提出
したが,その中で,記者発表がスポーツ推薦学生に対して動揺を与えたことに
ついて遺憾の意を表すとともに,学生の利益保護のために組合においてでき
ることがあれば協力する旨を述べている。
 以上の事実を前提に,以下,本件争点について検討する。
3 本件公表行為の相当性
  本件公表行為は,被告大学の教員で組合委員長の地位にある原告が,被告大学
経済学部におけるスポーツ推薦学生に対する成績変更問題について,記者会見を
開いて外部に公表した内部告発的行為であるところ,その相当性については,公
表した事実の内容,公表の方法,公表に至る経緯及び公表の目的などの諸要素を
総合考慮して判断すべきである。
  そこで,以下,各要素について検討する中で,本件申し合わせ及びそれに基づく
本件変更指示書の問題点を併せて検討する。
 (1) 公表事実の内容
  ア 成績評価権限の所在
    学校教育法施行規則67条は大学について「学生の入学,退学,転学,留学,休
学及び卒業は,教授会の議を経て,学長がこれを定める。」と規定し,大学設置
基準27条本文は「大学は,一の授業科目を履修した学生に対しては,試験の上
単位を与えるものとする。」と定めている。これらの定めからすると,学生の成績
評価について最終的権限と責任を有するのは大学であるというべきである。しか
し,大学設置基準27条が学生に単位を与える前提として試験を行うことを予定
していることや教員がその研究内容を学生に教授する権利と義務の内容中に
は,その理解度を成績として評価することも当然含むというべきことからすると,
大学が学生の成績評価を行うに当たってはその教育を直接担当している教員の
判断を十分に尊重しなければならないというべきである。
  イ 本件申し合わせの相当性
   (ア) スポーツ推薦学生の成績評価につき特例を設けることの是非
     スポーツ推薦で入学した学生がその分野で活躍することは,大学の名誉や評価
の向上に貢献するだけでなく,当該学生の人格形成の点でも意義のあること
である。しかし,大学スポーツの水準からすると,その面で好結果を実現し,か
つ,教科の試験において一般学生と同様の成果を求めることは難きを強いる
ものというべきである。したがって,学生の本分である勉学への意欲が認めら
れること,すなわち,授業の出席状況や授業態度が良好であることなど一定
の要件を満たすことを条件に,成績評価において一般学生と異なる配慮をす
ることも必要性,合理性を肯定することができる。
   (イ) 本件申し合わせの当否
     前記認定事実によれば,本件申し合わせは,経済学部長による特別措置を認
めるものであるが,スポーツクラブ活動において活躍したことに加え,学業面
における学習態度,出席状況,取得した点数及び特別措置を要する教科数の
制限等の要件を定めている。その判断基準は,点数や特別措置を実施する
教科数よりもスポーツの成績や貢献度を重視するというもので,学部長に与え
られた裁量の幅は広いが,前記学業面における基準があること及び特別措置
を実施するに当たっては,学部長が担当教員と協議することを要求しているこ
とを勘案すると不合理な内容であるとまでいうことはできない。なお,この点に
関する本件申し合わせの文章は「経済学部長は(中略)担当者と協議すること
ができる。」となっている。しかし,学部長が学生の成績評価について担当者と
協議できることは当然であり,それだけのことであれば敢えて申し合わせをす
る必要はないこと,本件申し合わせの運用に当たっては学部長が担当者の了
承を得るのが原則的取扱いとされていたことからすると,本件申し合わせにお
いては,学部長が担当者と学生の成績評価について協議する義務を負担した
ものと認めるのが相当である。また,本件申し合わせは,経済学部に所属す
るスポーツ推薦学生を対象とした学部内の特則であるところ,全学の「成績評
価に関する申し合せ事項」や他の関係諸規程は,各学部で特則を設けること
を禁止する趣旨とは解されず,矛盾抵触するものではない。
     また,本件申し合わせは教職員限りのこととされ学生を含めた一般に開示され
てはいない。この点については,特別措置の存在が広く知れ渡った場合,措
置対象となった学生だけでなくスポーツ推薦学生全体に対して偏見となるおそ
れがあり,一般学生の心情をも勘案すると,本件申し合わせは実質的にも形
式的にも教育上の配慮として秘匿すべき事項にあたるといえ,機密保持の観
点から情報の流出を防ぐ目的で一定の制限的取扱いをすることには合理的
理由があると認められる。
  ウ 本件申し合わせの運用上の問題
   (ア) 本件申し合わせは平成8年3月開催の教授会で合意されたものであるところ,
その際においても書面が配布されることも議事録に内容が記載されることもな
かった。その後には教授会で申し合わせ内容が再確認されたことはない。した
がって,平成8年4月以降に経済学部教員となった者が本件申し合わせの内
容を正確に知る機会はなく,原告(採用時M部教員)は本件申し合わせがされ
ていることを知らなかったし,H講師(平成10年4月採用)はI学科長らと平成1
3年3月にスポーツ推薦学生の成績調整を検討する過程で本件申し合わせと
同趣旨が記載されている書面が存在することは知っていたが,教授会に提出
されて合意されたものであるとは認識していなかった。
   (イ) 本件申し合わせでは成績調整の対象者の学業面での要件として,定期試験を
受けている,定期試験の成績が30点程度はある,3科目程度の成績調整で
進級が可能であることが示されている。ところが,平成13年3月に行われた成
績調整においては3科目を越える成績調整がされて進級が認められた学生が
いたし,平成12年3月に作成された本件変更指示書には変更前点数欄が空
欄であるもの,零と記載されているものが,平成11年3月に作成された本件
変更指示書には放棄と記載されているものがあるが,これらについてもその
すべてが60点に変更されている。被告は,空欄は事務当局のミスで記入漏
れである,放棄は前期後期一貫教科でいずれかを放棄したものにすぎない,
零は前期又は後期のいずれかが零であるものであると主張している。しかしこ
の点について触れている証人Gは本件変更指示書に零と記載されている事例
について被告が主張するような場合のみであるとの供述はしておらず,全く点
がとれていない例もあるかも知れない旨を述べている。したがって,本件変更
指示書の変更前点数欄の放棄あるいは零と記載されている例に関する被告
の主張をそのまま採用することはできない。
   (ウ) 本件申し合わせでは成績調整の対象者とされた者に関する成績評価につい
て学部長が担当教員と協議することとされている。しかし,この協議がされな
い場合があったことは先に認定したとおりである。
   (エ) 以上のとおり本件申し合わせの運用にはその内容に沿わない部分があったこ
とは否定できない。しかし,成績調整対象者の選定が本件申し合わせと大幅
に異なるとまではいえないし,原則的には担当教員と協議してその承諾を得て
いたと認められることからすると,本件申し合わせの運用が社会的相当性を
著しく欠いたものであるとすることはできない。
  エ 公表した事実について
本件申し合わせにかかる特別措置についての評価が以上のとおりであるとし
ても,本件は,大学の単位認定の前提たる成績評価の適正に関する問題であ
り,公共の利害に関わる事実にあたる内容である。もっとも,詳細は後述する
が,前記認定事実によれば,本件についての事前の調査が不十分であったた
め,担当教員の了解の有無など,原告が公表した事実には真実と異なる内容を
含んでいた点において問題があるというべきである。
(2) 公表の方法
内部告発を行う方法としては,基本的には,まず教授会や団体交渉の場におい
て質問し,十分に趣旨説明を求めた上で,大学内部で是正を要求すべきであり,外
部に公表するという行為は,問題にしている内容が一見して違法あるいは不適切
であることが明確な場合や大学内部での是正が期待できないような緊急性が認め
られる場合などの例外的場合を除いて,最終的な手段と考えるべきである。
本件の場合,問題とすること自体は不相当とはいえないが,明らかに違法という
問題ではなく,議論の余地のある微妙な問題であり,緊急性は認められず,外部に
公表することでスポーツ推薦学生の権利利益に少なくない影響を及ぼすであろうこ
とは容易に推認できることからすると,マスコミに対して記者会見を開いて公表する
という方法は,最終的な手段であると解される。
原告は,本件申し合わせの存在を本件訴訟まで知らず,H講師が保管していた
本件変更指示書のコピーと特段の調査も行っていない同講師からの伝聞に基づく
スポーツ推薦学生を特別扱いする文書の存在等の話だけを根拠に行動したもので
あり,本件特別措置の制定趣旨や経緯について,被告関係者に説明を求めるなど
調査を十分に行っていない。なお,H講師が機密資料である本件変更指示書を複
写後,廃棄せずそのまま保管していた点についても問題がないとはいえない。ま
た,組合内部において本件が議論されたのは記者会見直前の一度のみであり,十
分な議論が重ねられたわけではなく,被告との団体交渉の要求事項に掲げられた
こともない。なお,原告は,学内の自浄作用には期待できない状態にあったと主張
するが,被告は,条件さえ整えば団体交渉に応じる姿勢を当初より示していたもの
であり,その条件も特に不当なものとは認められない。大学の一職員として雇用関
係上前提となる信頼関係からすれば,大学内部での解決努力が必要であるとこ
ろ,原告がそれを尽くしたものとはいえない。
よって,原告のとった方法は,まず尽くすべき他の手段を講じていないとの非難
を免れない。
(3) 公表に至る経緯及び目的
前記認定事実によると,本件を公表するに至る経緯について,原告自身,L前委
員長のトラブルについて,大学がこれを懲戒処分の対象としようとしたことが契機と
なった旨の供述をしているとおり,本件記者会見の直前は,L前委員長のトラブル
について大学当局による事情聴取が行われるなど,同人に対する懲戒処分問題
が急を告げていた時期であったことが認められる。この事実に加え,L前委員長と
H講師が平成13年8月20日夜にI学科長に対し,L前委員長に対する懲戒問題に
対抗するために,スポーツ推薦学生に対する成績変更をマスコミ発表する旨を電
話連絡していることを勘案すると,記者会見を開いてスポーツ推薦学生の成績変
更に関する問題を明らかにした目的には,大学当局の目をそらし,L前委員長ひい
ては組合自体を防衛する目的があったといわざるを得ない。
以上のとおり,原告らがスポーツ推薦学生に対する特別措置について記者発表
を行った目的は不当なものであったというべきである。
4 本件解雇の効力
  本件公表行為には,以上のような問題点があったことを前提として,以下,それが解
雇事由に該当するかを検討する。
 (1) 普通解雇要件該当性
  ア 勤務成績不良
    就業規則(以下「規則」という。)7条1項1号の「勤務成績が良くない場合」につい
ては,原告は大学の教員なのであるから,そのような立場の者の勤務成績不良
を理由として解雇するためには,解雇理由とされた事実が原告の大学教員とし
ての適格性欠如を推認させるものであることが必要であると解され,結局,規則
7条1項4号と同一となる。そこで,以下においては原告にその職に必要な適格
性が欠けているかどうかを検討することになる。
  イ 職務の適格性
    規則7条1項4号に定める「その職に必要な適格性を欠く場合」とは,それが教員
の解職という強度な処分事由であることに照らし,当該教員の容易に矯正しがた
い持続性を有する素質,能力,性格等に基因してその職務の執行に支障があ
り,または支障を生ずる恐れの大きい場合をいうものと解するのが相当である。
    これを原告の本件公表行為についてみると,前記検討結果に照らせば,原告は,
慎重に調査すれば本件特別措置は経済学部教授会の申し合わせに基づいて行
われ,原則的には担当教員との協議承認を得た上で実施されているものである
ことが判明したはずであるにもかかわらず,大学上層部の指示により担当教員
も知らないところで成績改ざん行為が行われている旨事実に反する指摘を行っ
ていること,本件を一般に公表すればスポーツ推薦学生全体に少なくない不利
益を及ぼすことは容易に推認できるのであるから,スポーツ推薦学生の成績評
価の在り方について疑問を感じたのであれば,自らがその構成員である教授会
において問題とし,そこで解決されない場合でも,大学当局に対して労働組合と
して問題提起することも可能であったと考えられるにもかかわらず,原告が教授
会の議題とすることを求めたことはなく,組合内部においても本件が十分に議論
されたとはいい難いこと,原告らが本件を記者発表した主たる目的はL前委員長
が懲戒を受けるのを妨げることにあったこと,からすると,原告がした記者発表
は事実確認不十分,学生に対する配慮不足,目的の不当といった点において軽
率かつ不適切なものであるといわざるを得ない。
    しかし,学生の成績評価については担当教員の判断が尊重されるべきことは前
述したとおりであるが,本件申し合わせの運用に当たっては,担当教員と学部長
とが協議する旨が定められているにもかかわらず,これがされていない場合が
あったのであり,本件変更指示書の変更前の点数欄には放棄との記載がされて
いたり,零点であったり,同欄が空欄になっている例もあった。したがって,原告
らにおいて,スポーツ推薦学生については,受験しなかった者や全く点数がない
者まで合格させていると考えたとしても無理からぬ事情があり,原告らがスポー
ツ推薦学生の成績評価について問題意識を持ちその改善を望んだこと自体は
理解できるところがある。
    また,本件変更指示書の持出し及び謄写については,先に認定した経緯からす
ると,H講師が保管者を騙して交付を受けたとまでいうことはできないし,L前委
員長の懲戒問題が発生したのは平成13年7月以後であるので,H講師が本件
変更指示書を謄写した目的は懲戒問題に対する対抗策としてではなく,スポー
ツ推薦学生の成績変更について問題意識のためであると認められるから,本件
変更指示書の謄写及び所持を重視することは相当ではない。
    そして,記者発表の後,原告は組合委員長の肩書で「学生へのお詫び」と題する
書面を作成して大学に提出し,自己の軽率な行為について反省し謝罪している。
    これらの事情を総合判断すると,本件公表行為が容易に矯正しがたい原告の素
質,能力,性格等に基因するものであるとは認められず,原告に教員としての職
務の適格性が欠けているとまでいうことはできない。
  ウ 以上のとおり,原告には就業規則所定の普通解雇事由は存在せず,被告がした
普通解雇はその効力を有しないといわざるを得ない。
 (2) 懲戒事由に基づく普通解雇
  ア 雇用者は被用者に懲戒事由がある場合であっても普通解雇することは可能であ
るが,この場合であっても普通解雇事由が存在しなければならないことは当然で
ある。本件において原告に普通解雇事由が認め難いことは前述したとおりであ
る。
  イ 付言するに,本件公表行為は,懲戒事由には該当するけれども,大学における
懲戒には免職のほか停職,減給及び戒告があるところ,原告には処分歴がな
く,本件の問題意識も一応理由があるものと認められること等前述した諸事情に
照らせば,本件公表行為を行ったことを理由として懲戒免職することは懲戒権の
濫用にあたるというべきである。
5 結論
  以上によれば,被告の原告に対する本件解雇は無効であるから,原告は被告大学E
学部講師の地位にあることとなり,また,被告は,原告に対し,既に支払期日が経過
した分の賃金を支払うべき義務があるとともに,原告が求めている将来の賃金請求に
ついても,前記認定の諸事情からすると,本判決確定までの分については,原告にお
いて予め請求する利益があると認められる。しかし,判決確定後の賃金については特
段の事情が認められない限り請求する利益があるとはいえないところ,本件において
特段の事情は認められない。したがって,本判決確定後の賃金請求分については訴
えの利益がないものとしてこれを却下する。
  よって,主文のとおり判決する。
  広島地方裁判所福山支部
        裁判長裁判官    加藤 誠
裁判官    中島経太
裁判官    荒木美穂

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛