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平成14年(行ケ)第570号 特許取消決定取消請求事件(平成16年11月1
0日口頭弁論終結)
  判          決
   原      告   セイコーエプソン株式会社
   訴訟代理人弁護士   生田哲郎
同          大友啓次
   同    弁理士   松本雅利
同          服部雅紀 
   同          吉田大
   被      告   特許庁長官 小川洋
   指定代理人原光明
   同          小林秀美
   同          高橋泰史
   同          林栄二
   同          大橋信彦
   同          伊藤三男
主          文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が異議2002-70890号事件について平成14年9月24日に
した決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「デジタルカメラおよび画像データ処理方法」とする
特許第3223972号発明(平成11年8月3日特許出願,特許法41条に基づ
く優先権主張・平成10年10月1日及び平成11年1月14日〔以下「本件優先
日」という。〕,平成13年8月24日設定登録,以下,この特許を「本件特許」
という。)の特許権者である。
   本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし7について,特許異議の申立て
がされ,異議2002-70890号事件として特許庁に係属し,原告は,平成1
4年9月3日に訂正請求をした。特許庁は,同事件を審理した結果,同年9月24
日,「訂正を認める。特許第3223972号の請求項1ないし6に係る特許を取
り消す。」との決定をし,その謄本は,同年10月15日に原告に送達された。
 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成14年9月3日付け訂正請求に
より訂正されたもの。以下,この明細書を「本件明細書」という。)の特許請求の
範囲の請求項1ないし6に記載した発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明
6」という。なお,訂正前の請求項4が削除されたことに伴い請求項5以下の番号
が繰り上げられている。)の要旨
  【請求項1】撮影対象からの光を電気信号に変換する撮像手段と,
   前記撮像手段からの出力信号を画像データに変換する変換手段と,
   前記画像データの全体を画素補間して拡大し前記撮像手段の画素数よりも多
い画素を有する拡大画像データを作成する補間手段と,
   前記拡大画像データを非可逆圧縮して圧縮画像データを作成する圧縮手段
と,
   前記圧縮画像データを記録する記録手段と,
   前記撮像手段,変換手段,補間手段,圧縮手段および記録手段の制御を行う
制御部と,
   を備えることを特徴とするデジタルカメラ。
  【請求項2】前記非可逆圧縮は前記拡大画像データの高周波成分を除くことを
特徴とする請求項1に記載のデジタルカメラ。
  【請求項3】前記補間手段は,スムース化処理を行うことを特徴とする請求項
1または2のいずれかに記載のデジタルカメラ。
  【請求項4】撮影対象からの光を電気信号に変換する撮像手段と,前記撮像手
段からの出力信号を画像データに変換する変換手段と,を備えるデジタルカメラに
よる画像データ処理方法であって,
    画像データの全体を画素補間して拡大し前記撮像手段の画素数よりも多い
画素を有する拡大画像データを作成する手順と,
    前記拡大画像データを非可逆圧縮して圧縮画像データを作成する手順と,
   を含むことを特徴とする画像データ処理方法。
  【請求項5】前記非可逆圧縮は前記拡大画像データの高周波成分を除くことを
特徴とする請求項4に記載の画像データ処理方法。
  【請求項6】前記拡大画像データを作成する手順で,スムース化処理を行うこ
とを特徴とする請求項4または5のいずれかに記載の画像データ処理方法。
 3 決定の理由
   決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1ないし6は,特開平6
-225317号公報(甲5,以下「刊行物」という。)に記載された発明(以下
「刊行物発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の決定取消事由
   決定は,本件発明1と刊行物発明との相違点の認定を誤り(取消事由1),
相違点の判断を誤った(取消事由2)結果,本件発明1は刊行物発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論に至り,本件発明
2ないし6についても同様の誤りを犯した(取消事由3)ものであるから,違法と
して取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点(ア)の認定の誤り)
 (1) 決定は,刊行物(甲5)に,「拡大撮像モードのズーム処理部は,前記低
倍率時と前記高倍率時においてそれぞれ別の処理を選択する。・・・低倍率時には
補間処理を行った後に画像圧縮を行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最
小限に抑えることができる」(段落【0051】,【0052】)等の記載がある
ことを摘示(決定謄本5頁最終段落~6頁第1段落)した上,本件発明1と刊行物
発明とを対比し,両者は,「撮影対象からの光を電気信号に変換する撮像手段と,
前記撮像手段からの出力信号を画像データに変換する変換手段と,前記画像データ
を画素補間して拡大し画素数より多い画素を有する拡大画像データを作成する補間
手段と,前記拡大画像データを非可逆圧縮して圧縮画像データを作成する圧縮手段
と,前記圧縮画像データを記録する記録手段と,変換手段,補間手段,圧縮手段の
制御を行う制御部と,を備えることを特徴とするデジタルカメラ」である点で一致
し,次の点で相違していると認定した(同9頁第4段落~第6段落)。
  (ア)本件発明1では,補間して拡大する対象の画素が画素データ全体であ
り,補間後の画素データは,撮像手段の画素数よりも多い画素を有するものである
のに対し,刊行物発明では,ズーム対象の画素データであって,撮像手段の画素数
との多少については明確に記載されていない点(以下「相違点(ア)」とい
う。)。
  (イ)制御部について,本件発明1では,撮像手段および記録手段を制御する
ものであるのに対し,刊行物発明では明確に記載されていない点。
 (2) しかしながら,相違点(ア)は,正しくは,(ア)’「本件発明1では,補
間して拡大する対象の画素が画素データ全体であり,補間後の画素データは,撮像
手段の画素数よりも多い画素を有するものである(以下,この構成を「本件発明の
拡大補間構成」という。)のに対し,刊行物発明では,画素データ全体のうちズー
ム対象である一部の画素データであって,補間後の画素データは,補間前の画像デ
ータ全体の画素数と同数の画素数を有する点」(以下,下線部に記載されている構
成を「従来のズーム構成」という。)とされるべきものであり,決定の相違点
(ア)の認定は誤りである。
    相違点を上記(ア)’のとおりとすべき理由は,①刊行物には,「従来の
ズーム構成」が従来の技術として記載されており,かつ,刊行物発明に係る低倍率
時のズーム処理について,「従来のズーム構成」と異なる構成を採ることをうかが
わせる記載及び示唆がないこと,②一般的に,「ズーム」とは,補間後の画素デー
タの画素数が補間前の画像データ全体の画素数と同数になるような「従来のズーム
構成」のことをいうものであり,「本件発明の拡大補間構成」のようなものは,一
般的に「ズーム」とはいわないこと,③刊行物発明では,拡大撮像モードの高倍率
時においては,「切り出し」が行われ,ズーム対象領域が元画像の一部であること
は明らかであるから,同じ拡大撮像モードである低倍率時においても,ズーム対象
領域は元画像の一部であると解されること,④刊行物における低倍率及び高倍率の
定義が「従来のズーム構成」と適合的であり,刊行物発明では,「従来のズーム構
成」が前提とされていると考えられることである。
    正しく認定されるべき上記相違点(ア)’を前提とすれば,刊行物発明に
基づいて本件発明1が容易に想到し得たものとはいえない。
 (3) 確かに,被告が主張するとおり,「従来のズーム構成」は刊行物に直接明
記されているわけではないが,上記(2)のとおり,刊行物発明が「従来のズーム構
成」を有することは,刊行物の記載から,疑いの余地がない。相違点(ア)に係る事
項は,本件発明1の構成の本質的部分にかかわるものであり,本件発明1の進歩性
判断の前提となるものであるから,刊行物に直接明記されていないという理由のみ
によって,「従来のズーム構成」について実質的に記載があるにもかかわらず相違
点の認定において「明確に記載されていない」と認定することは誤りである。
 2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)
 (1) 決定は,相違点(ア)について,「刊行物発明のデジタルカメラは,『拡
大撮像モードを有し』ているものであり,拡大撮影モード(ズーム)選択時におい
て,『低倍率時には補間処理を行った後に画像圧縮を行うことにより,画像圧縮に
よる画質の劣化を最小限に抑えることができ,低倍率・高倍率いずれにおいても画
像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えると共に,記録媒体へ出力される画像デー
タ量を少くして,小容量記録媒体に多数の画像を記録することができ』るものであ
る。一方,刊行物発明のデジタルカメラは,『標準撮像モード』を有しており,上
記のような画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力される画像データ量を少なくする
課題自体は,ズーム時に限らずデジタルカメラ処理全体の課題であり,上記標準撮
像モード時においても共通のものである。してみれば,撮影手段の画素全体の画素
データを出力する標準撮像モード時において上記低倍率時の処理手段を採用するこ
とは当業者が容易に推考し得たものであり,その際には,補間後の画素数が撮像手
段の画素数よりも多くなることは当然のことにすぎない」(決定謄本9頁下から第
3段落~10頁第1段落)と判断したが,誤りである。
 (2) 刊行物発明は,低倍率時において,拡大補間処理及び圧縮処理という画質
劣化を伴う二つの処理を行う場合に,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力される
画像データ量を少なくするために,「画像圧縮処理前に拡大補間処理を行う」発明
である。標準撮像モードにおいては,圧縮処理に伴う画質劣化(標準撮像モードに
おいても圧縮処理は行われることにつき,刊行物の段落【0057】参照)はある
が,もともと拡大補間処理は行わないので,拡大補間処理及び圧縮処理という二つ
の処理に伴う画質劣化という課題は生じない。それにもかかわらず,標準撮像モー
ドにおいて低倍率時の処理を採用しようとすれば,圧縮処理に伴う画質劣化を抑え
つつ記録媒体へ出力される画像データ量を少なくするために,拡大補間処理を加
え,拡大補間後に圧縮処理をするということになる。しかし,拡大補間処理は,画
質劣化を伴う処理であり,かつ,画素数を増加させる処理である。したがって,画
質の劣化を伴う上,画像データ量の増加をもたらす拡大補間処理をあえて追加する
ことは,当業者が通常行わないことである。
    画像全体を拡大補間することは,データ量の増加を伴うから,通常,当業
者においては,考えられないものである。本件発明1において,拡大補間処理をあ
えて追加する処理を想到し得たのは,本件明細書(甲4)に,「画像データの画素
数とその画像データをJPEG圧縮した時のデータ量との関係について,本願発明
者は以下のような関係を見いだした。例えば,640×480画素で撮影した画像
データをJPEG圧縮したデータ量と,同じ対象物を1280×960画素で撮影
しJPEG圧縮したデータ量とを比べると,画素数では2×2=4倍となるが,同
一の量子化テーブルを使用してJPEG圧縮したデータ量は約3倍程度であり,画
素数の増加ほどには増えないことが判った。もちろん,画質においては,1280
×960画素で撮影したものの方が良好である。そして,ある画素数で撮影した画
像データをそのままJPEG圧縮するのではなく,画素を補間してより画素数の多
い画像データとした後にJPEG圧縮することによって,より画質劣化の少ない画
像が得られるのではないかとの着想に至った」(段落【0006】,【000
7】)と記載されているように,補間処理をすることによって画像データが増加し
ても,圧縮後のデータ量は,画像データの増加ほどには増えないことを,本件発明
1の発明者が認識したことによる。このような画像データの画素数とその画像デー
タを圧縮した時のデータ量との関係を認識したときに,初めて,画像全体を拡大補
間処理することによるデータ量の増加が実用的な範囲に収まることを,当業者は認
識し得るのである。
    また,本件明細書に,「一般に,デジタルカメラで撮影した画像をプリン
タに出力する場合は,拡大することが多いため,カメラ内で事前に拡大処理が行わ
れることは良質な画像を印刷するのに便利である」(段落【0038】)と記載さ
れるように,後々のプリンタ出力等において画像全体を拡大補間処理することが予
定されているのであれば,圧縮処理を行う前に拡大補間処理をするほうが画質劣化
を抑えることができるので,本件発明1においては,刊行物で画質劣化を招くと指
摘されている拡大補間処理を,あえて画像全体に対して行うのである。
    これに対し,刊行物には,「拡大補間処理による画素数の増加割合程には
圧縮後のデータ量は増加しない」という関係の認識及び「後々のデータ処理におい
て画像全体を拡大補間することが予定されているのであらかじめ圧縮処理前に画像
全体を拡大補間処理しておく」という発想はなく,これに関する記載及び示唆はな
い。したがって,「画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力される画像データ量を少
なくする課題自体は,ズーム時に限らずデジタルカメラ処理全体の課題であり,上
記標準撮像モード時においても共通のものである」(決定謄本9頁下から第2段
落)として,「標準撮像モード時において上記低倍率時の処理手段を採用すること
は当業者が容易に推考し得たもの」(同頁最終段落~10頁第1段落)とした決定
の判断は誤りである。
 (3) 被告は,全画素(の画像)データを対象として補間処理後に圧縮処理して
記録すること自体は,周知であり,個々の実施態様に応じて適宜採用される程度の
ことであるから,当業者にとって想起し得ないものではないと主張し,周知技術を
示すものとして,特開平10-32760号公報(乙2,以下「乙2公報」とい
う。),特開平9ー219813号公報(乙3,以下「乙3公報」という。)及び
特開平6-315106号公報(乙4,以下「乙4公報」という。)を挙げる。
    しかしながら,乙2公報及び乙3公報に記載の技術は,2枚の画像を合成
して新たな画像を作成するものであって,本件発明1のように1回の撮影で得られ
る画像データに仮想画素を追加して画素数を増加させる「補間」とは根本的に異な
り,本件発明1でいうところの「補間処理」を行うものではない。また,乙4公報
記載の技術は,画像の縦横のアスペクト比を変更する技術であり,補間処理は,パ
ソコン等の表示画面に合わせてアスペクト比を変更する目的でのみ行われるもので
あるから,画質劣化の抑制等を目的とする本件発明1の進歩性を判断する際の周知
技術としては不適当であり,本件発明1の動機付けとなるものではない。
 3 取消事由3(本件発明2~6についての容易想到性の判断の誤り)
 (1) 本件発明4について
    決定は,本件発明4と刊行物発明の相違点として,本件発明1と同じ相違
点(ア)を認定した上,「本件発明1についての,(4)クでの検討内容(特に,
相違点(ア)について)と同様の理由により,この点は当業者が容易に推考し得た
ものであり」(決定謄本11頁下から第2段落)と判断したが,上記1のとおり,
相違点(ア)の認定を誤っており,また,上記2のとおり,相違点(ア)の判断を誤
っているから,本件発明4の容易想到性を肯定した判断も誤りである。
 (2) 本件発明2及び3について
    本件発明1についての決定の判断は上記のとおり誤りであるから,同様の
理由により,本件発明2及び3の容易想到性を肯定した決定の判断も誤りである。
 (3) 本件発明5及び6について
    本件発明4の容易想到性を肯定した決定の判断は,上記(1)のとおり誤りで
あるから,この誤った判断を前提としてされた本件発明5及び6の容易想到性の判
断も誤りである。
第4 被告の反論
   決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(相違点(ア)の認定の誤り)について
 刊行物(甲5)には,「電子的な画像の拡大処理を行う場合,撮像素子にお
いて空間的に標本化されているため,拡大率に応じて標本画素間を補わなければな
らない」(段落【0015】),「低倍率時には補間処理を行った後に画像圧縮を
行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えることができる。高倍
率時においては拡大する領域のみを圧縮せずに記録媒体に出力することにより,画
像圧縮による画質劣化の影響を受けることがない」(段落【0052】),「圧縮
率,ズーム倍率によってユーザからの入力が処理選択部221に入力される。この
処理選択部221は内部に関数f(x)を持ち,圧縮率をx,ズーム倍率をyとし
た時,y≦f(x)であるならば,圧縮率に対してズーム倍率が低いので圧縮処理
を選び,y>f(x)であるならば,圧縮率に対して,ズーム倍率が高いので切り
出し処理を選択する。・・・(中略)・・・ヘッダ部分には画像のサイズや撮影日
時のような付加情報を持たせると共に,圧縮されているのか,切り出されていてズ
ームが必要なのかというフラグを持っている」(段落【0180】,【018
1】)として,高倍率時(ズーム倍率が高いとき)には,「拡大する領域
のみを圧縮せずに記録媒体に出力する」切り出し処理を行い,低倍率時には,拡大
撮像モードにおいて補間処理を行った後に画像圧縮を行うことが記載されているの
みである。原告が主張する従来のズーム構成,すなわち,補間して拡大する対象の
画素が「画素データ全体のうちズーム対象である一部の画素データである」こと
も,「補間後の画素データは,補間前の画像データ全体の画素数と同数の画素数を
有する点」も,刊行物には明記されていないのであるから,決定が,相違点(ア)
として,補間して拡大する対象の画素が,刊行物発明では「ズーム対象の画素デー
タであって,撮像手段の画素数との多少については明確に記載されていない」と認
定したことに誤りはない。
 2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)について
 (1) 刊行物(甲5)には,上記のとおり,「低倍率時には補間処理を行った後
に画像圧縮を行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えることが
できる」(段落【0052】)との記載があり,刊行物発明も,低倍率時におい
て,拡大補間処理をしていることは明らかである。そして,画像圧縮により画質が
劣化するということは,画像圧縮一般の欠点として普通に知られているから,当業
者が上記記載に接すれば,低倍率時に限らず,画素データ一般について,画像圧縮
を行う前に拡大補間処理を行うことにより,圧縮による画質劣化の程度を抑える作
用効果があるとの理解が得られるものである。
   また,刊行物の特許請求の範囲の請求項6に記載された「固体撮像素子
と,この固体撮像素子から出力される静止画像信号に対して画像拡大のための補間
処理を施す補間処理手段と,この補間処理手段により補間処理された静止画像信号
に対して圧縮処理を施こす圧縮処理手段と,この圧縮処理手段により圧縮処理され
た静止画像信号を記録媒体に記録する記録手段と,前記記録媒体に記録された静止
画像信号を再生する再生手段と,この再生手段により再生された静止画像信号を表
示する表示手段とを備えたことを特徴とする電子スチルカメラ」の発明は,ズーム
対象の画素データであるか画素データ全体であるかにかかわらず,画像拡大のため
の補間処理,圧縮処理を行うものであり,画素データ全体に対して,上記処理を行
うことが示唆されているということができる。そして,上記請求項6の発明の作用
として,「画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えると共に,記録媒体へ出力さ
れる画像データ量を少くして,小容量記録媒体に多数の画像を記録することができ
る」(段落【0053】)と記載されており,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出
力される画像データ量を少なくするという課題自体は,ズーム時に限らず,デジタ
ルカメラ処理全体の課題であって,標準撮像モードすなわち全画素データを対象と
する場合においても,共通のものである。そうすると,画質の劣化防止の観点か
ら,画像圧縮による画質の劣化を抑制する作用効果のある技術を標準撮影モードす
なわち全画素データに対して採用することは,当業者が容易に推考し得ることであ
る。そして,拡大補間処理のために必要とされるメモリを確保しておくことは,設
計上当然行われることにすぎないから,結局,画像データ全体にわたって拡大補間
処理を行う際,補間後の画素データが撮像手段の画素数より多くなることは当然あ
ることにすぎない。
 (2) 原告は,刊行物発明において,画質劣化を引き起こし,かつ,画像データ
量を増加させる拡大補間処理をあえて追加することは,当業者が通常行わないこと
であると主張する。しかし,画質劣化の原因は,補間処理ではなく,圧縮の際のブ
ロック符号化であると考えられるから,当業者が,刊行物の,「低倍率時には補間
処理を行った後に画像圧縮を行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最小限
に抑えることができる」(段落【0052】)という記載に接すれば,低倍率時に
限らず,画素データ一般について,画像圧縮を行う前に補間処理を行うことによ
り,画質劣化の程度を抑える作用効果があるとの理解が得られる。また,画像デー
タ量の増加という点は,画質の向上が重要な技術課題である以上,画像圧縮による
画質の劣化を抑制する作用効果がある技術を全画素データに対して採用することの
阻害要因とはならない。
 (3) 原告は,また,「あえて全画素データを拡大補間する処理を追加する」こ
とは,当業者が通常行わないことであり,本件発明1がこれをしているのは,拡大
補間処理による画素数の増加割合ほどには圧縮後のデータ量は増加しないという新
たな認識があったからこそである旨主張するが,全画素(の画像)データを対象と
して補間処理後に圧縮処理して記録すること自体は,乙2公報ないし乙4公報に記
載されているように周知であり,個々の実施態様に応じて適宜採用される程度のこ
とであるから,当業者にとって到底想起し得ないということではない。乙2公報に
は,撮像され画像メモリにストアされた第1及び第2原画像の実画素データから仮
想画素を補間し,離散コサイン変換〔DCT〕法を使用し,圧縮した後記録媒体に
記録する点(段落【0007】~【0014】,図14,15)が記載されてお
り,乙3公報には,撮像部から読み出された画像信号をデジタル化し,バッファメ
モリに格納し,格納された1フレーム目と2フレーム目の画像データを合成補間演
算し,圧縮処理し,圧縮データを記録媒体に記録する点(段落【0008】,【0
029】~【0033】,【0042】,図1,4(b),5(b))が記載され
ており,乙4公報には,撮影した画像データをアスペクト比変更のため補間処理を
行い,DCTで圧縮し記録媒体に記録する点(段落【0014】,【0015】,
図1,2)が記載されている。
 3 取消事由3(本件発明2~6についての容易想到性の判断の誤り)について
 (1) 決定における相違点(ア)の認定に誤りはなく,標準撮像モード時すなわ
ち全画素データに対して,上記低倍率時の処理手段を採用することは当業者が容易
に推考し得たものであったとの判断にも誤りはないから,本件発明4の容易想到性
に関する決定の判断に誤りはない。
 (2) 本件発明2及び3において,本件発明1の構成に付加された構成は,刊行
物に記載されているか周知のものであるから,本件発明2及び3は,当業者が容易
に想到し得たものである。
 (3) 本件発明4は,刊行物発明から当業者が容易に想到し得たものであり,本
件発明5及び6において,本件発明4の構成に付加された構成も,刊行物に記載さ
れているか周知のものであるから,本件発明5及び6は,当業者が容易に想到し得
たものである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点(ア)の認定の誤り)について
 (1) 原告は,相違点(ア)の認定は,正しくは,「本件発明1及び4では,補間
して拡大する対象の画素が画素データ全体であり,補間後の画素データは,撮像手
段の画素数よりも多い画素を有するものであるのに対し,刊行物発明では,画素デ
ータ全体のうちズーム対象である一部の画素データであって,補間後の画素データ
は,補間前の画像データ全体の画素数と同数の画素数を有する点」(原告主張の相
違点(ア)’)とされるべきものであると主張する。
    しかしながら,決定における刊行物の記載事項及び刊行物発明の認定(決
定謄本5頁の(3)に始まる段落~8頁第1段落)について,原告は争っていない
から,この認定に基づくと,刊行物発明において,補間して拡大する対象の画素は
ズーム対象の画素データであり,補間後の画素データと撮像手段の画素数との多少
については明確に記載されていないことが明らかである。したがって,決定におけ
る相違点(ア)の認定に誤りがあるということはできない。
 (2) 原告は,刊行物の記載から,刊行物発明が,原告のいうところの「従来の
ズーム構成」,すなわち,「画素データ全体のうちズーム対象である一部の画素デ
ータであって,補間後の画素データは,補間前の画像データ全体の画素数と同数の
画素数を有する」構成であることは疑いの余地がないのであるから,刊行物に直接
明記されていないという理由のみによって,「明確に記載されていない」と認定す
ることは誤りである旨主張するが,刊行物には,「画素データ全体のうちズーム対
象である一部の画素データであって,補間後の画素データは,補間前の画像データ
全体の画素数と同数の画素数を有する」との記載がないことは上記(1)のとおりであ
るから,決定が「明確に記載されていない」と認定したことを誤りということはで
きない。
 (3) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)について
 (1) 原告は,決定が,相違点(ア)について,「画質の劣化を抑えつつ記録媒
体へ出力される画像データ量を少なくする課題自体は,ズーム時に限らずデジタル
カメラ処理全体の課題であり,上記標準撮像モード時においても共通のものであ
る」(決定謄本9頁下から第2段落)とし,「標準撮像モード時において上記低倍
率時(注,拡大撮像モード〔ズーム〕で低倍率の時)の処理手段を採用することは
当業者が容易に推考し得たもの」(同頁最終段落~10頁第1段落)と判断したこ
とに対し,①刊行物発明は,低倍率時において,拡大補間処理及び圧縮処理という
画質劣化を伴う二つの処理を行う場合に,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力さ
れる画像データ量を少なくするために,画像圧縮処理前に拡大補間処理を行う発明
であること,②標準撮像モードに上記のような拡大撮像モードの低倍率時の処理を
採用することは,画質の劣化を伴う上,画像データ量の増加をもたらす拡大補間処
理をあえて追加することになるから,当業者が通常採用しないこと,③本件発明1
において,拡大補間処理をあえて追加する処理を想到し得たのは,本件明細書(甲
4)の段落【0006】,【0007】,【0038】等に記載される着想及び発
想があったからであるなどとして,決定の上記判断は誤りであると主張し,さら
に,被告の提出した乙2~4公報に記載された技術について,乙2,3公報に記載
のものは,本件発明1でいうところの「補間処理」を行うものではないし,乙4公
報に記載のものは,その発明の目的に照らして本件発明1の動機付けとなるもので
はない旨主張する。
 (2) 確かに,刊行物(甲5)の,「本発明(注,刊行物発明)による撮像装置
は,標準撮像モードと拡大撮像モードを有し,標準撮像モードにおいては,撮像装
置からの信号をアナログ信号処理及びアナログ・ディジタル変換を行い,ズーム処
理を含まないディジタル信号処理を行った後に出力あるいは記録を行う。拡大撮像
モードにおいては,撮像装置からの信号をアナログ信号処理及びアナログ・ディジ
タル変換を行い,ズーム処理を含むディジタル信号処理を行った後に出力あるいは
記録を行う。拡大撮像モードのズーム処理部は,前記低倍率時と前記高倍率時にお
いてそれぞれ別の処理を選択する。低倍率時には補間処理を行った後に画像圧縮を
行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えることができる。高倍
率時においては拡大する領域のみを圧縮せずに記録媒体に出力することにより,画
像圧縮による画質劣化の影響を受けることがない。従って,低倍率・高倍率いずれ
においても画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えると共に,記録媒体へ出力さ
れる画像データ量を少くして,小容量記録媒体に多数の画像を記録することができ
る」(段落【0050】~【0053】)との記載によれば,刊行物発明は,拡大
撮像モード(ズーム)における低倍率時に,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力
される画像データ量を少なくするために,「画像圧縮処理前に拡大補間処理を行
う」ものであることが認められる。
    しかしながら,刊行物の上記記載中の「低倍率時には補間処理を行った後
に画像圧縮を行うことにより,画像圧縮による画質の劣化を最小限に抑えることが
できる。・・・低倍率・高倍率いずれにおいても画像圧縮による画質の劣化を最小
限に抑えると共に,記録媒体へ出力される画像データ量を少くして,小容量記録媒
体に多数の画像を記録することができる」との部分並びに「・・・本電子ズーム方
式においては補間処理を行った後に画像圧縮を行うことにより,ブロック符号化に
よるブロック歪を拡大してしまうことによる画質劣化をなくし,また補間処理が画
像の高域成分を抑圧するので,画像圧縮によるブロック歪の発生を抑えている」
(段落【0168】)との記載は,補間処理を行った後に画像圧縮を行うことによ
り,画質の劣化を抑制しつつ,記録媒体に出力される画像データ量を少なくすると
いう事項を示しており,このことは,ズーム時(拡大撮像モード)のみならず,一
般的に,拡大補間処理を行う時にも当てはまることが明らかである。
    ところで,画質の劣化を抑えつつ,記録媒体へ出力される画像データ量を
少なくするという課題は,本件優先日前に,デジタルカメラ処理における一般的な
課題であったと認められ,この点は,本件明細書(甲4)中の従来技術についての
説明(段落【0002】~【0004】)及び発明が解決しようとする課題につい
ての記述(段落【0005】)にも現れている。
    そうすると,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力される画像データ量を
少なくするために,「補間処理を行った後に画像圧縮を行う」という処理をズーム
時の低倍率時以外の場合にも採用することは,当業者が容易に想到し得たこととい
うべきである。
 (3) これに対し,原告は,画質の劣化を抑えつつ記録媒体へ出力される画像デ
ータ量を少なくするという課題がある場合,これを解決するために,ズーム時以外
にもあえてデータ量を多くする拡大補間処理を追加することは,特に積極的な理由
がない限り,当業者は通常行わないものであると主張する。しかし,本件発明1に
係る特許請求の範囲の記載上,標準モード時に拡大補間処理を行うことは,発明特
定事項とされておらず,「画像データの全体を画素補間して拡大し前記撮像手段の
画素数よりも多い画素を有する拡大画像データを作成する補間手段」が発明特定事
項とされているにすぎない上,刊行物に開示されている,「補間処理を行った後に
画像圧縮を行うことにより,画質劣化を抑制し得る」という事項は,拡大補間処理
を追加する積極的な理由となり得るというべきである。そして,拡大補間処理を行
う場合に,画像データ量が増えることは,本件発明1も刊行物発明も同じであり,
その際(拡大補間の対象となるのが画素データ全体である場合にも)画像データに
必要とされるメモリを確保することは,設計上,容易に行い得ることであって,上
記の構成を採用する技術的な障害となるものではない。
 (4) 原告は,また,刊行物には,拡大補間後の画素データが撮像手段の画素数
と同数である場合しか記載されておらず,本件発明1のように,拡大補間後の拡大
画像データが撮像手段の画素数より多い画素数を有するようにすることは,当業者
が容易に想到し得ることではないと主張するが,乙2文献には,図14に補間回路
12及びこれに続く画像圧縮回路18が記載され,乙3文献には,図1に補間演算
信号処理部9及び圧縮処理部10が記載され,乙4文献には,図2フローチャート
にパソコン対応モードになっているときの補間処理(S2),圧縮処理(S3)が
記載されているから,「画像データの全体を画素補間して拡大し前記撮像手段の画
素数よりも多い画素を有する拡大画像データを作成する補間手段」は,デジタルカ
メラにおいて,本件優先日前に,周知となっていたと認められる。そうすると,拡
大補間後の拡大画像データが撮像手段の画素数より多い画素数を有するようにする
ことを想到することには,格別の困難があったとは認められない。
 (5) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。
 3 取消事由3(本件発明2~6についての容易想到性の判断の誤り)について
 (1) 本件発明4について原告が主張する取消事由は,取消事由1及び2に理由
があることを前提とするものであるが,取消事由1,2に理由がないことは,上記
1,2のとおりである。
 (2) 本件発明2,3について原告が主張する取消事由は,本件発明1について
の判断が誤りであること(取消事由1,2)を前提とするものであるが,これに理
由がないことは上記1,2のとおりである。
 (3) 本件発明5,6について原告が主張する取消事由は,本件発明4について
の判断が誤りであること(取消事由3(1))を前提とするものであるが,これに理由
がないことは上記(1)のとおりである。
 (4) そうすると,原告の取消事由3の主張は,いずれも前提を欠き,失当であ
る。  
 4 結論
   以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
   東京高等裁判所知的財産第2部
       裁判長裁判官      篠  原  勝  美
            裁判官      古  城  春  実
            裁判官      岡  本     岳

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