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平成19年(行ケ)第10203号審決取消請求事件
平成20年10月20日判決言渡,平成20年9月3日口頭弁論終結
判決
原告ソフトバンクBB株式会社
訴訟代理人弁理士佐々木敦朗
被告特許庁長官
指定代理人梶尾誠哉,山本春樹,山本章裕,森山啓
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−521号事件について平成19年4月25日にした審決
を取り消す。
第2事案の概要
本件は,A(以下「A」という。)が特許出願した発明に係る特許を受ける権利
を承継した原告が,同特許出願についての拒絶査定に対する不服審判請求を棄却し
た審決の取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(争いのない事実)
(1)Aは,平成9年4月23日,発明の名称を「TCM方式によりXDSLに
漏話対策を施す方法」とする発明について特許出願(以下「本願」という。)をし
た。
(2)Aは,平成16年1月9日,ソフトバンクBB株式会社(以下「前々社」
という。)に対し,上記発明に係る特許を受ける権利を譲渡し,前々社は,特許庁
に対し,同月30日付けでその旨の出願人名義変更届をした。
(3)前々社は,本願について,平成16年8月20日付けで拒絶理由通知を受
け,同年10月22日,手続補正(以下「本件補正」という。)をしたが,同年1
2月3日付けで拒絶査定を受けたので,平成17年1月7日,同拒絶査定に対する
不服審判を請求した。
(4)特許庁は,上記請求を不服2005−521号事件として審理し,平成1
9年4月25日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本は
同年5月10日,原告に送達された。
(5)なお,前記発明に係る特許を受ける権利は,会社分割により,前々社から
同一商号のソフトバンクBB株式会社(以下「前社」という。)に承継され,前社
は,特許庁に対し,平成18年3月28日付けでその旨の出願人名義変更届(一般
承継)をし,さらに,会社合併により,前社から原告に承継され,原告は,特許庁
に対し,平成19年6月29日付けでその旨の出願人名義変更届(一般承継)をし
た。
2発明の要旨
前々社は,平成17年2月4日,本願について特許請求の範囲を補正する手続補
正をしたが,同手続補正は,審決において,特許法(平成14年法律第24号によ
る改正前の特許法を指すものと解する。)159条1項において読み替えて準用す
る同法(上記に同じ。)53条1項の規定により却下されたため,審決が対象とし
た発明は,本件補正後の明細書(以下「本願明細書」という。)における特許請求
の範囲(甲6の1)の請求項1に記載されたものであり,その要旨は次のとおりで
ある(以下,この発明を「本願発明」という。なお,請求項の数は3個である。)
「【請求項1】
XDSLをISDNと同一のケーブルユニットまたはケーブルバンドル内にある
メタリック平衡対ケーブルに各々収容し,
前記XDSLのXDSLモデムの入力端子によって,前記ISDNのCSU或い
はLT装置からTCM(TimeCompressionMultiplex
:通称ピンポン)方式の同期信号を取得し,
前記XDSLモデムにおいて,前記XDSLの変調方式に追加して,前記ISD
Nと同期した前記TCM方式を併用することによって,送受信のタイミングを前記
ISDNと同期させることを特徴とするXDSLの通信方法。」
3審決の理由の要旨
審決は,本願発明は,国際公開第97/3506号(甲1。以下「引用文献」と
いう。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容
易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許
を受けることができないとした。
審決が上記結論に至った理由は,以下のとおりである。なお,審決の引用部分に
おいて,誤記と認める部分は適宜訂正をし,また,本件訴訟における書証番号を付
記した。
(1)引用発明の内容
引用文献には,次の発明が記載されている。
「複数のVDSLを撚り伝送線対に各々収容し,
前記VDSLの変調方式に追加して,同期した時分割復信化方式(判決注:「時分割復信方
式」は「時分割復信化方式」の誤記と認める。)を併用することによって,送受信のタイミン
グを同期させるVDSLの通信方法。」(7頁31∼33行)
(2)本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「VDSL」はXDSLに含まれるものであり,
引用発明中の「撚り伝送線対」は実質的にメタリック平衡対ケーブルであり,
引用発明中の「時分割復信化方式」は実質的にTCM方式のことであり,
VDSLもISDNもデジタル回線であるから,
本願発明と引用発明とは,次の一致点と相違点を有する。
(一致点)
XDSLとデジタル回線をメタリック平衡対ケーブルに各々収容し,
前記VDSLの変調方式に追加して,前記デジタル回線と同期した時分割復信化方式を併用
することによって,送受信のタイミングを同期させるVDSLの通信方法。
(相違点1)
デジタル回線について,本願発明では「ISDN」であるのに対し,引用発明では同じ「X
DSL」である。
(相違点2)
メタリック平衡対ケーブルについて,本願発明では「ISDNと同一のケーブルユニットま
たはケーブルバンドル内にある」のに対し,引用発明では不明である。
(相違点3)
送受信のタイミングを同期させるための同期信号の取得及び送受信のタイミングの同期に関
し,本願発明では「XDSLのXDSLモデムの入力端子によって,前記ISDNのCSU或
いはLT装置からTCM(TimeCompressionMultiplex:通称ピ
ンポン)方式の同期信号を取得」し,「XDSLモデムにおいて」,「送受信のタイミングを
同期させる」との構成であるのに対して,引用発明では不明である。
(3)相違点についての判断
「(相違点1)及び(相違点2)について
例えば,電子情報通信学会1997年総合大会講演論文集,通信2,B−6−119,高谷
直樹著「架空ケーブルにおけるADSL伝送特性の評価」,第119頁,1997年3月6日
発行(本件訴訟の甲2),あるいは,同論文集,通信2,SB−8−4,小山徹,岡戸寛共著
「ADSL,VDSL伝送特性の検討」,第794∼795頁(本件訴訟の甲3)に開示され
ているように,XDSLを,TCM方式のISDNが収容されているメタリック平衡対ケーブ
ルに収容することで,既存の回線を用いて,XDSLによる通信を行いたいとの認識や,ある
いは,そうした場合に,近端漏話の発生が予見されるとの認識は,当業者において,本願出願
当時,周知な技術課題であったということができる。
してみると,このような技術認識を共有する当業者が,上記引用文献に接した場合,たとえ
XDSL同士の関係での実施例しか開示されていなくても,XDSLとISDNの関係におい
ても,引用発明を利用しようと考えるのは,極めて当然な帰結であって,しかも,引用文献に
は,上記摘記事項(エ)(オ)(判決注:引用文献の8頁9行∼9頁10行,10頁11行∼
14行)に記載されているように,他のシステムへの転用可能性が示唆もされているから,メ
タリック平衡対ケーブルに収容されたXDSLとISDNにおいて,近端漏話を少なくするた
めに,引用発明を利用しようとすること自体に格別な困難性はないというべきであって,その
結果として,引用発明中の複数のVDSLのうちの一方がISDNになることは,自明的に導
出されることである。さらにいえば,ISDN自体がDSLの一種であるとの見方もでき,し
かも,例えば,特開平5−236576号公報(本件訴訟の甲4)の従来例に記載されている
ように,ISDN同士の近端漏話を防止するための同期化が周知技術であることからしても,
この周知技術と同じ近端漏話防止に係るXDSLについての引用発明を適宜組み合わせ,引用
発明中の複数のVDSLのうちの一方をISDNとすることは,当業者であれば,容易になし
うることにすぎないということもできる。
そして,XDSLとISDNをメタリック平衡対ケーブルに各々収容する以上,相違点2に
係る「ISDNと同一のケーブルユニットまたはケーブルバンドル内にある」は,ほとんど自
明な技術的事項にすぎない。
(相違点3)について
ISDNにおいては,既にTCM(TimeCompressionMultiple
x:通称ピンポン)方式が採用されて運用されているから,これに引用発明のXDSLを導入
する場合,ISDN側の同期信号を取得して,それに同期させることが当然の技術的前提とい
うことになる。一方,引用発明のXDSLにおいて,送受信の主たる部分は,引用文献に明示
的記載はないものの,モデムで構成されていることは自明である。してみると,XDSLのX
DSLモデムの入力端子によって,前記ISDNからTCM(TimeCompressi
onMultiplex:通称ピンポン)方式の同期信号を取得し,XDSLモデムにおい
て,送受信のタイミングを同期させることは,ほとんど自明の域を出ず,同期信号をISDN
の「CSU或いはLT装置」から取得するのも,単なる選択の域を出ない。
そして,本願発明の効果も引用発明から当業者が予測し得る範囲のものである。」(8頁2
7行∼9頁32行)
第3審決取消事由の要点
審決は,相違点1ないし3についての判断及び容易想到性についての判断を誤り,
これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なもの
として取り消されるべきである。
1取消事由1(相違点1ないし3についての判断の誤り)
(1)相違点1及び2について
ア審決は,相違点1及び2について,論文集(甲2,3)に示されているよう
に,XDSLをISDNが収容されているメタリック平衡対ケーブルに収容した場
合に近端漏話の発生が予見されるとの認識は,本願当時,当業者において周知な技
術課題であったから,このような技術認識を共有する当業者が,引用文献に接した
場合,たとえXDSL同士の関係での実施例しか開示されていなくても,XDSL
とISDNの関係においても引用発明を利用しようと考えるのは,極めて当然な帰
結であると判断しているが,誤りである。
イ上記論文集(甲2,3)は,異なる方式であるXDSLとISDNとを同一
カッド内に収容した場合における伝送距離と漏話との関係を評価・検討し,その問
題点の存在を指摘しているが,その問題に対する具体的な解決手段を開示するもの
ではない。
また,引用文献には,XDSL同士の時分割同期が開示されているが,同一のケ
ーブルにおいて,異なるデジタル回線の方式間の同期化を図る点については何ら開
示されていない。
さらに,引用文献には,「例えば,明細書中では,VDSL/FTTC,及び,
他の加入者回線方式の超高速データ伝送システムにおいて本発明を説明したが,本
発明は近端漏話を経験する他のシステムにおいても同様に用いられ得る。」との記
載があるが,ここでいう「近端漏話を経験する他のシステム」とは,同一方式のデ
ジタル回線同士で近端漏話が生じるようなシステムであり,異なる方式間での近端
漏話までの応用を示唆するものではない。
ウ引用文献には,「低搬送周波数信号が高速信号との時分割二重化及び/又は
同期化が行われているか否かに関わりなく上手く搬送される」(甲1の10頁第2
段落の翻訳である甲14の19頁7∼9行)との記載があるところ,日本のTCM
方式のISDNにおけるAMI符号は,引用文献の上記低搬送周波数信号に該当す
るから,低搬送周波数信号であるTCM方式のISDNと高搬送周波数信号である
XDSLを同期させるという本願発明の技術思想は,引用文献から容易に想到し得
るものではない。
エしたがって,仮に,本願当時の当業者が,XDSLとISDNの関係におけ
る近端漏話の問題を認識し,引用発明を利用しようとしたとしても,これをそのま
ま本願発明の技術的課題に対して転用することはできず,本願発明に至るには通常
の設計事項を超える何らかの技術的思想の創作が要求されたことは明らかである。
オよって,相違点1及び2についての審決の判断は誤りである。
(2)相違点3について
ア審決は,ISDNにおいては,既にTCM(TimeCompressi
onMultiplex:通称ピンポン)方式が採用されて運用されているから,
これに引用発明のXDSLを導入する場合,ISDN側の同期信号を取得し,それ
に同期させることが当然の技術的前提となるとしたうえで,引用発明のXDSLに
おいて,送受信の主たる部分は,引用文献に明示的記載はないものの,モデムで構
成されていることは自明であるから,XDSLのXDSLモデムの入力端子により
ISDNからTCM方式の同期信号を取得し,XDSLモデムにおいて,送受信の
タイミングを同期させることはほとんど自明の域を出ず,同期信号をISDNの
「CSU或いはLT装置」から取得するのも,単なる選択の域を出ないと判断した
が,誤りである。
イ前記(1)イのとおり,引用発明は同一方式のデジタル回線であるXDSL同
士を同期化する発明であるから,そもそもISDNに引用発明のXDSLを導入す
るという技術的前提は成り立たない。
また,仮に,審決のいうようにXDSLの送受信の主たる部分がモデムで構成さ
れていることが自明であるとしても,引用発明は,同一の方式同士の同期化を図る
発明であるから,異なる方式間での同期化を図る本願発明とは構成が全く相違する。
このように,審決は,到底成立し得ない技術的前提に基づいて論理を誤導し,さ
らに,XDSL側の装置構成やISDN側の装置構成など,引用文献ではまったく
明示されていない構成を組み合わせて,本願発明が自明又は単なる選択の域を出な
いと判断している。
したがって,相違点3についての審決の判断は誤りである。
2取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)
(1)XDSLとISDNとを同期させることの技術的な困難性について
アXDSLとISDNの同期化について,本願発明では,単に同期信号のみで
同期を取るだけではなく,ISDNの同期信号に基づいて,ソフトウェアー的に,
XDSLの変調方式に必要な情報である上下通信方向切り換えの周期やデューティ
比などを実装し,XDSLの送受信のタイミングを作成して適正な動作を実現して
いる。
イこれに対し,引用文献では,同期を取るためにフレーム・タイミングの情報
を取得することの記載はあるが,同期を取るための周波数やデューティ比について
は何ら開示されていない。
引用発明に係るXDSL装置がISDNと送受信のタイミングの同期を取るため
には,上下通信方向切り換えの周期やデューティ比の情報に加え,フレームの長さ
を考慮してXDSL内の同期信号を生成する必要があるが,ISDNから得られる
TCM方式の同期信号には,XDSLで必要とされる上記情報は含まれていないか
ら,単にこれをXDSL装置に繋げ,引用文献にあるようなフレーム・タイミング
の情報のみで同期を図っても,適正な動作は実現されない。
ウしたがって,本願発明は,引用発明に基づいて容易に想到し得るものではな
い。
(2)本願時の技術水準について
ア審決は,メタリック平衡対ケーブルに収容されたXDSLとISDNにおい
て,近端漏話を少なくするために,引用発明を利用しようとすること自体に格別な
困難性はないとし,その結果として,引用発明中の複数のVDSLのうちの一方が
ISDNになることは自明的に導出されることであると判断しているが,誤りであ
る。
(ア)旧郵政省において,本願日(平成9年4月23日)の前後である平成9年
3月24日から同年6月9日の間に4回開かれた「ネットワークの高度化・多様化
に関する懇談会高速デジタル加入者線部会」(以下「高速デジタル部会」とい
う。)で配布された配布物(当会合の議事録を含む。甲7∼12)は,当時の技術
水準を示すものであるが,本願日前の高速デジタル部会の会合では,ISDNにA
DSLを導入した際の近端漏話の問題に対する解決策として,ISDN側にフィル
タを挿入すること,ISDNの帯域外でのADSL信号の電力を増大させること,
同一ケーブル内における収容条件の設定など,ISDN回線とADSL回線を隔離
する方向での解決が提案されたにすぎず,本願発明のようにISDNとADSLの
送受信のタイミングを同期させるという解決策は示されなかった。
(イ)ところが,本願日(平成9年4月23日)後の会合(平成9年5月6日)
で,AがADSLとISDNとを同期させることを提案し(甲11の55頁∼70
頁「XDSLに関するコメント」),この提案は,上記懇談会の報告書にも反映さ
れた(甲12の82頁)。
このように,本願当時における当業者の代表格が集結した高速デジタル部会にお
いても,本願発明者であるAが提案するまで,本願発明のような技術的思想につい
ては何ら触れられることがなかった。
(ウ)したがって,審決が,メタリック平衡対ケーブルに収容されたXDSLと
ISDNにおいて,近端漏話を少なくするために引用発明を利用しようとすること
自体に格別な困難性はないと判断したことは誤りであり,本願発明は,引用発明か
ら容易に想到し得るものではない。
イ本願発明が出願された平成9年当時,ISDNは日本の最先端をいくデジタ
ル伝送路システムであり,NTTが膨大な費用を投じて全国への設備展開が概ね終
わり,本格的な普及期に入っていたため,当時は,ISDN設備に変更を加えず,
如何にしてISDN回線から隔離し,これに影響を与えないように欧米で開発され
たXDSLを既存のメタリック線に導入するか,という思想が支配的であり,これ
が当時の技術水準であった。そして,旧郵政省の高速デジタル部会においても,前
記のAの提案があるまでは,ISDN回線とXDSL回線の相互間の距離を一定以
上保つように使用する回線の選択を行う心線管理や,XDSLで使う中心周波数帯
域をずらしてISDNの中心周波数帯域との重複を少なくする方法など,両回線を
隔離する方向での解決案が検討・議論されていた。
これに対して,本願発明は,ISDNとADSLを隔離する方向で漏話の解決案
を検討するという当時の技術水準とは異なり,ISDNとADSLの送受信のタイ
ミングの同期を取るという新規な手法を選択し,かつ同期を取る方法としては,同
期信号をISDN側より引き出し,ADSLに引き込んでADSLを同期化すると
いうものであり,当時の技術水準からすれば,本願発明が示すこのような具体的な
解決方法は,当業者が容易に想到し得ないものであった。
第4被告の反論の要点
1取消事由1(相違点1ないし3についての判断の誤り)に対して
(1)相違点1及び2について
ア引用文献には,他のシステムへの転用可能性が示唆されており(審決9頁3
∼4行),さらに,引用文献の10頁14∼22行には,「Intheprimaryembod
iment,theinvention'sapplicationtoasystemwhichutilizesadiscretem
ultitonemodulationschemehasbeendescribed.However,itcanreadilybe
usedinsystemswhichuseothermodulationtechniquesaswell.Bywayof
example,QuadratureAmplitudeModulation(QAM);CarrierlessAmplitudeand
Phasemodulation(CAP);QuadraturePhaseShiftKeying(QPSK);and/orvesig
ialsidebandmodulationmayallbeused.Importantly,theinventionmaybe
usedevenifdifferentmodulationtechniquesareusedonlinesthatshare
thesamebinder.Whenhighcarrierfrequencysignalsaretransmittedusin
gdifferentmodulationtechniques,itisimportantonlythattheirtimedi
visionduplexedupstreamanddownstreamcommunicationperiodsbesynchroni
zed.」(訳(甲14の18頁24行∼19頁4行):最初の発明の実施の形態では,
離散多重音調変調方式を使用するシステムに対する本発明の適用例が記述されてい
る。しかしながら,本発明は,他の変調技術を使用するシステムにおいても同様に
容易に用いられ得る。例として,矩象振幅変調(QAM),キャリアレス振幅位相
変調(CAP),矩象位相変位変調(QPSK),及び/又は,ヴェシジオル副帯
域変調がすべて用いられ得る。重要なことは,本発明は,同一バインダを共有する
回線上で異なる変調技術が用いられる場合でさえも用いられることである。高搬送
周波数信号が異なる変調技術を用いて伝送されるとき,それらの時分割二重化され
ている上り方向及び下り方向通信期間が同期化されることだけが重要である。)と
記載されていることから,引用文献における「他のシステム」とは,同一方式のデ
ジタル回線同士で近端漏話が生じるようなシステムだけではなく,その他の異なる
方式間で近端漏話が生じるようなシステムも含むものである。
したがって,審決が,「他のシステムへの転用可能性が示唆もされているから,
メタリック平衡対ケーブルに収容されたXDSLとISDNにおいて,近端漏話を
少なくするために,引用発明を利用しようとすること自体に格別な困難性はないと
いうべきであって,その結果として,引用発明中の複数のVDSLのうちの一方が
ISDNになることは,自明的に導出されることである」と判断したことには何ら
誤りはない。
イ原告は,TCM方式のISDNは引用文献にいう低搬送周波数信号に該当す
るから,引用文献から本願発明を容易に想到し得るものではないと主張するが,引
用文献は,米国出願を基礎として出願・公開された文献であるから,引用発明にお
いてISDNを適用する場合,米国のISDNと日本のISDNのそれぞれの事情
を考慮する必要がある。
米国のISDNの周波数帯域は0∼80kHz程度であり,米国のXDSLの周
波数帯域とほとんど重なり合わない。
これに対し,日本のISDNの周波数帯域は0∼320kHz程度であり,XD
SLの一種であるADSLの周波数帯域(≦1MHz)と重なり,さらに,日本の
ISDNはAMI符号を用いたパルス変調方式を採用しているため,320kHz
以上の周波数帯域にも高調波が立つから,日本のISDNとADSLは広い周波数
帯域において重なり合う。
近端漏話の発生は,同一ケーブル内に周波数帯域が重なり合う二つの方式が重畳
する場合に特に顕著であり,日本におけるISDNとADSLの関係はまさにそれ
である。
このように,米国と日本におけるISDNとXDSLの技術的背景は全く異なる
のであり,引用文献において,低搬送周波数信号が上手く搬送される旨の記載があ
ったとしても,引用文献に記載された,異なる変調方式間で発生する近端漏話の発
生を解決する引用発明において,ISDNを適用できないとする理由は何ら存在し
ないから,原告の主張は失当である。
(2)相違点3について
VDSLの送受信に関する構成について,引用文献の10頁29行∼30行には,
「Further,itshouldbeappreciatedthattheinventioncanbeimplemented
usingawidevarietyofmodemconstructionsatboththecentralandremote
stationlocations.」(訳(甲14の19頁11行∼12行):さらに,本発明
は中央局位置及び遠隔局位置の双方で幅広いモデム構成を用いて実行され得ること
は明らかである。)と記載され,引用文献の特許請求の範囲においても,例えば第
12項(12頁26行)において,「Acentralmodem」(訳(甲14の4頁の1
2項):中央モデム)と記載されているように,引用発明の送受信の主たる部分が
モデムで構成されていることは明らかであり,「引用発明のXDSLにおいて,送
受信の主たる部分は,引用文献に明示的記載はないものの,モデムで構成されてい
ることは自明である」との審決の判断に誤りはない。
また,前記(1)のとおり,引用文献には異なる方式間の同期についての記載があ
り,さらに,ISDNの装置構成については,審決が示す特開平5−236576
号公報(甲4)にも記載され,当業者に自明なものであるから,審決が,「ISD
Nにおいては,既にTCM(TimeCompressionMultipl
ex:通称ピンポン)方式が採用されて運用されているから,これに引用発明のX
DSLを導入する場合,ISDN側の同期信号を取得して,それに同期させること
が当然の技術的前提ということになる」としたうえで,「XDSLのXDSLモデ
ムの入力端子によって,前記ISDNからTCM(TimeCompressi
onMultiplex:通称ピンポン)方式の同期信号を取得し,XDSLモ
デムにおいて,送受信のタイミングを同期させることは,ほとんど自明の域を出ず,
同期信号をISDNの「CSU或いはLT装置」から取得するのも,単なる選択の
域を出ない。」と判断したことに誤りはない。
したがって,審決の相違点3についての判断に誤りはない。
2取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)に対して
(1)XDSLとISDNとを同期させることの技術的な困難性について
原告は,引用文献にはXDSLとISDNの同期を取るための周波数やデューテ
ィ比について何ら開示されていないから,本願発明は引用発明に基づいて容易に想
到し得るものではないと主張する。
しかしながら,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,XDSLとISD
Nの同期に関し,発明の特定事項として,「前記XDSLのXDSLモデムの入力
端子によって,前記ISDNのCSU或いはLT装置からTCM(TimeCo
mpressionMultiplex:通称ピンポン)方式の同期信号を取得
し,前記XDSLモデムにおいて,前記XDSLの変調方式に追加して,前記I
SDNと同期した前記TCM方式を併用することによって,送受信のタイミングを
前記ISDNと同期させる」と記載されているのみであり,原告が主張するような,
XDSLとISDNを同期させるためのより具体的な構成である「同期を取るため
の周波数やデューティ比」については何ら規定していない。
したがって,原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないもの
であり,失当である。
(2)本願時の技術水準について
原告は,高速デジタル部会での検討・議論の状況(甲7∼12)やISDNの全
国展開の状況などから,近端漏話を少なくするため,ISDNとADSLを隔離し,
ISDNへの影響を少なくするというのが本願時の技術水準であり,当時の技術水
準からすれば,本願発明は容易に想到し得るものではなかったと主張する。
しかしながら,高速デジタル部会で原告の主張するような検討・議論が行われて
いたとしても,これらの検討・議論は,引用文献の存在を基にされていたものでは
なく,本願発明の引用発明に基づく容易想到性を何ら否定するものではないから,
原告主張の本願時の技術水準は,「本願発明は,引用発明に基いて当業者が容易に
発明をすることができたものである」とする審決の判断に何ら影響を及ぼすもので
はない。
したがって,本願時の技術水準に基づく原告の上記主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1引用発明について
(1)引用文献には,次の記載がある(甲1)。なお,以下では,引用発明に係
る国際特許出願の翻訳文である特表平11−509062号公報(甲14)に基づ
いて記載する。
ア特許請求の範囲
「1.バインダを共有する別個の伝送回線を介して中央装置と複数の遠隔装置と
の間の双方向データ伝送を促進する加入者回線式通信システムにおけるデータ伝送
を調整するための方法であって,
前記中央装置が前記複数の遠隔装置に対して情報を伝送するための周期的な下り
方向通信期間を供給するステップと,
前記複数の遠隔装置が前記中央装置に対して情報を伝送するための周期的な上り
方向通信期間であって,前記下り方向通信期間と重ならないようにように配置され
た上り方向通信期間を供給するステップとを備え,これによって,前記バインダ内
におけるデータ伝送が一時に一方向だけに伝送されるよう前記バインダ内における
データ伝送が時分割二重化されると共に同期化される,データ伝送調整方法。」
(2頁2∼12行)
イ発明の概要
「本発明の趣旨に従い上記および他の目的を達成するために,バインダを共有す
る異なる撚り線対伝送線を介して中央装置及び複数の遠隔装置間における超高速双
方向データ伝送を調整するための方法が開示されている。特に,相互に重なり合う
ことのない周期的な同期上り方向通信期間及び同期下り方向通信期間が提供される。
すなわち,バインダを共有する全ワイヤについての上り方向及び下り方向通信期間
が同期化される。この調整により,上り方向通信の伝送と重なり合う時には下り方
向通信が伝送されないよう,同一バインダ内における全ての超高伝送が同期され,
そして,時分割二重化される。
実施形態の1つでは,上り方向通信期間及び下り方向通信期間を分離するために
静期間(quietperiods)が提供される。静期間の間は,上り方向通信も下り方向通
信もどちらも伝送されない。他の実施の形態では,通信期間及び静期間がシンボル
期間に分割される。この実施形態では,各下り方向通信期間はそれぞれ複数個のシ
ンボル期間を含み,各上り方向通信期間はそれぞれ1個以上のシンボル期間を含み,
そして,各静期間は,それぞれ1個以上のシンボル期間を含む。多重キャリア変調
方式を企図する詳細な実施形態の1つでは,下り方向通信期間は8個から60個の
範囲のシンボル期間から構成され,上り方向通信期間は1個から30個の範囲のシ
ンボル期間から構成され,そして,静期間は1個から4個の範囲のシンボル期間か
ら構成されている。
本発明は,矩象振幅変調(QAM),キャリアレス振幅位相変調(CAP),矩
象位相変位変調(QPSK),あるいは,ヴェシジオル(vesigial)副帯域変調と
いった単一キャリア伝送方式のみならず,離散多重音調変調(DMT)といった多
重キャリア伝送方式を含む幅広い変調方式と共に用いられ得る。本発明は,低速信
号の伝送に用いられるワイヤを含むバインダ内で用いられ得るものであり,この低
速信号は,高速信号との時分割二重化及び/又は同期化がなされていてもよく,ま
た,なされていなくてもよい。これは,標準の低速信号システムは,高周波数信号
と異なり端部近傍クロストークの影響を受けにくい低周波数において作動する傾向
にあるからである。」(9頁14行∼10頁13行)
ウ発明の詳細な説明
(ア)「一般的に知られている1つの双方向伝送の解法は,時分割二重化(すな
わち,「ピンポン」)式データ伝送方式を企図する。すなわち,先ず,下り方向信
号が帯域幅全体を使用して送信される。その後,上り方向信号が帯域幅全体を使用
して送信される等々。出願人の研究によれば,加入者回線への適用では,この解法
が低周波数において無理なく機能する。しかしながら,例えば,1MHz以上のキ
ャリア周波数といった高キャリア周波数が用いられると,同一バインダ205を共
有するワイヤ間における端部近傍クロストークがシステムの能力を著しく低下させ
始める。提案されているほとんどの変調方式は,明らかに1MHz以上のキャリア
周波数帯域での伝送を企図しているので,今現在,時分割二重化伝送は,VDSL
/FTTC,あるいは,他の加入者回線式超高速データ伝送の適用に対して提案さ
れていない。本発明は,バインダを共有する超高速データ伝送のための時分割二重
化伝送を同期することにより端部近傍におけるクロストーク問題を解決する。」
(11頁20行∼12頁5行)
(イ)「本発明は,幅広いデータ伝送方式に適用され得る。特に,1MHz以上
のキャリア周波数での重要な伝送を企図する伝送方式に有用である。例として,加
入者回線の適用例では,同期化時分割二重化の概念は,矩象振幅変調(QAM),
キャリアレス振幅位相変調(CAP),矩象位相変位変調,あるいは,ヴェシジオ
ル副帯域変調といった単一キャリア伝送方式及び,離散多重音調変調(DMT)と
いった多重キャリア伝送方式の双方に対して適用され得る。このシステムは,低速
信号を伝送するために用いられる信号線を含むバインダ内でも用いられ得るもので
あり,その低速信号は,高速信号との時分割二重化及び/又は同期化が行われてい
てもよく,また,行われていなくてもよい。この理由は,標準の低速信号システム
は,高周波数信号と異なり端部近傍クロストークの影響を受けにくい低周波数にお
いて作動する傾向にあるからである。低周波数ノイズ又はクロストークが問題を呈
する場合には,問題となる周波数帯域は,しばしば完全に回避され得る。」(13
頁12∼24行)
(ウ)「次に,図4(a)∼図4(d)を参照して非同期化システムの短所につ
いて説明する。図示する例では,撚り伝送線対206(a),206(b)は共に,
時分割二重化離散多重音調信号を伝送する。各線は,16個のシンボル下り方向通
信期間111,2個のシンボル上り方向通信期間113,及び,それらの間に配置
された単一シンボルの静期間を備える。この実施の形態では,通信は同期されてい
ない。したがって,線206(a)及び線206(b)上の下り方向通信の伝送は,
それぞれ線206(a)及び線206(b)上の上り方向通信の伝送と同時に生じ,
また,分配装置に関連する双方の受信器に端部近傍クロストークをもたらす。同様
にして,上り方向送信装置RT(a),RT(b)は,互いの受信器に(ある程度
低減されるが)端部近傍クロストークをもたらす。それはRT(b)及びRT
(a)のそれぞれの受信器においてである。したがって,矢印217,219で示
すように,このシステムは,システム性能を著しく低下させる端部近傍クロストー
クに直面する。
この問題を克服するために,バインダを共有するすべての超高速伝送は,図5
(a)∼図5(d)に図示するように同期化される。この同期化システムでは,下
り方向通信期間111は,すべて同時に始まって終了し,また,上り方向通信期間
113は,すべて同時に始まって終了する。このような上り方向通信期間及び下り
方向通信期間の同期化は,端部近傍クロストークにより引き起こされる問題を効率
的に取り除く。」(15頁22行∼16頁11行)
(エ)「本発明は,幅広い通信方式に適用され得ることは理解されるべきである。
出願人の経験では,1MHzを大きく超えるキャリア周波数帯域内で伝送を利用す
る変調方式は,特に端部近傍クロストークの可能性を有し,また,最も同期化によ
る利点を享受することができる。VDSL/FTTCについて考えられるほとんど
の変調技術,及び10Mbit/sを超えるビット速度を要求する他の適用例は,1.
5MHz以上の搬送周波数の使用を意図しており,本発明に基づく利点を大きく享
受することができる。多くの適用例では,バインダを共有するいくつかの回線は,
上述の同期化方式の利点を享受することができる変調技術を用いて超高速伝送を搬
送するために用いられ,一方,他の回線は従来の低速信号を搬送していてもよい。
端部近傍クロストークは,一般的に,約1MHz以下の搬送周波数では深刻な問題
ではないので,そのような通信は,本発明に係る同期化を用いる高速度又は高搬送
周波数時分割二重化信号と著しく干渉することはない。」(16頁28行∼17頁
11行)
(オ)「以上,わずかな数の変調方式に対して本発明を適用することにより本発
明を説明したが,本発明はその趣旨又は範囲を逸脱することなく他の多くの特定の
形式で実施され得ることは理解されるべきである。例えば,明細書中では,VDS
L/FTTC,及び,他の加入者回線方式の超高速データ伝送システムにおいて本
発明を説明したが,本発明は端部近傍クロストークを経験する他のシステムにおい
ても同様に用いられ得る。最初の発明の実施の形態では,離散多重音調変調方式を
使用するシステムに対する本発明の適用例が記述されている。しかしながら,本発
明は,他の変調技術を使用するシステムにおいても同様に容易に用いられ得る。例
として,矩象振幅変調(QAM),キャリアレス振幅位相変調(CAP),矩象位
相変位変調(QPSK),及び/又は,ヴェシジオル副帯域変調がすべて用いられ
得る。重要なことは,本発明は,同一バインダを共有する回線上で異なる変調技術
が用いられる場合でさえも用いられることである。高搬送周波数信号が異なる変調
技術を用いて伝送されるとき,それらの時分割二重化されている上り方向及び下り
方向通信期間が同期化されることだけが重要である。バインダを共有する隣接信号
線を通じて低搬送周波数信号が伝送されるとき,時分割二重化されていると共に同
期されている信号は,その低搬送周波数信号が高速信号との時分割二重化及び/又
は同期化が行なわれているか否かに関わりなく上手く搬送される。この理由は,標
準低速度信号システムは,高周波数信号と異なり端部近傍クロストークの可能性の
低い低周波数で動作する傾向にあるからである。
さらに,本発明は中央局位置及び遠隔局位置の双方で幅広いモデム構成を用いて
実行され得ることは明らかである。したがって,本発明の例示は,限定としてでな
く説明としてと考慮されるべきであり,本発明は明細書の詳細な記載事項に限定さ
れることなく,また,添付の特許請求の範囲内で改良され得る。」(18頁19行
∼19頁14行)
(2)以上の記載によれば,引用発明は,バインダを共有する異なる撚り線対伝
送回線を介しての中央装置と複数の遠隔装置の間における複数の時分割二重化方式
の超高速双方向データ伝送システムにおいて,上り方向通信期間と下り方向通信期
間が重なることにより,双方の受信器に端部近傍クロストークが生じ,これがシス
テム性能を著しく低下させることから,この問題を解決するため,バインダを共有
する全ての超高速伝送システムの上り方向通信期間と下り方向通信期間を同期化す
ることにより,端部近傍クロストークが引き起こす問題を取り除くことを目的とす
る発明であると認められる。
2取消事由1(相違点1ないし3についての判断の誤り)について
(1)相違点1及び2について
ア原告は,審決が,XDSLをISDNが収容されているメタリック平衡対ケ
ーブルに収容した場合に近端漏話の発生が予見されるとの認識は,本願当時,当業
者において周知な技術課題であったと判断したことが誤りであると主張するので,
以下,検討する。
(ア)平成9年3月6日発行の電子情報通信学会1997年総合大会講演論文集,
通信2,B−6−119,高谷直樹著「架空ケーブルにおけるADSL伝送特性の
評価」119頁(甲2)には,次の記載がある。
ⅰ「インターネットの急激な普及により,早期にアクセス系の広帯域化が望ま
れている。FTTHまでの中間解として,既存のメタリック線路を用いた高速ディ
ジタル伝送技術であるxDSL(xDigitalSubscriberLine)[1]をアクセス系へ
の適用性の検討が必要である。本研究では,日本のメタリック線路におけるADS
L方式の伝送評価を行った。」(119頁左欄2∼7行)
ⅱ「米国のPIC(PolyethleneInsulatedCable)はケーブルの形状がツイス
トペア(Twist-pair)構成であるのに対し,日本のケーブルの形状は2対(4線)
撚りのカッド(Quad)構成である。そのため,隣接ツイストペア間の影響に比べ,
同一カッド内に収容されている回線間の相互にもたらす影響が大きい等の問題があ
る[3]。そこで,同一カッド内でISDN回線(ピンポン伝送)からADSL回線
への干渉を調べた。
図3にADSL回線(CAP1)とISDN回線を同一カッド内に収容した場合
のADSLのBER特性を示す。この場合,図3に示すように,ADSL回線の3
km∼4kmでエラーが続出する。これは,ISDN回線の周波数帯域(≦320
kHz)とADSLの周波数帯域(≦1MHz)が重なっているためと考えられる。
この結果から,同一カッド内にISDN回線とADSL回線を収容した場合には距
離が制限される。一方,ADSL回線とISDN回線を隣接カッドに収容した場合
には,BER特性の劣化は見られなかった。」(119頁左欄36行∼右欄8行)
(イ)前記アの論文集,通信2,SB−8−4,小山徹,岡戸寛共著「ADSL,
VDSL伝送特性の検討」(甲3)には,「ADSL,VDSLの伝送距離を制限
する要因としては,近端漏話(NEXT),遠端漏話(FEXT),インパルス雑
音がある。国内でこれらを適用する場合,特に検討を要するのは,同一方式間の漏
話雑音の影響と国内ISDNに使用されているピンポン伝送方式との間の漏話の影
響である[3]。本論文では,DMT方式によるADSL及びVDSLについて,日
本で使用されているケーブルの条件下で上記各漏話条件下での伝送距離を推定した。
また,ADSL,VDSL方式からISDNピンポン方式への漏話による影響につ
いても検討した。」(794頁左欄18∼26行)との記載がある。
(ウ)上記(ア),(イ)の記載によれば,本願当時,インターネットの急激な普及
等により,国内で既存のメタリック線路で各種のXDSLを適用することが求めら
れていたこと,その場合に,国内のピンポン伝送方式(TCM伝送方式)のISD
Nの周波数帯域とADSLの周波数帯域が重なることや,国内のケーブル構造が2
対(4線)撚りのカッド構造であるため同一カッド内の回線間の相互の影響が大き
いこと等による,ピンポン伝送方式のISDN回線とXDSL回線の間の漏話の問
題があることが,周知の技術課題であったと認められる。
したがって,審決が,XDSLをISDNが収容されているメタリック平衡対ケ
ーブルに収容した場合に近端漏話の発生が予見されるとの認識は,本願当時,当業
者において周知な技術課題であったと判断したことに誤りはなく,原告の前記主張
は理由がない。
イ原告は,引用文献には,同一方式であるXDSL同士の時分割同期が開示さ
れているが,同一のケーブルにおいて,異なるデジタル回線の方式間の同期化を図
る点については何ら開示されておらず,引用文献に記載されている「近端漏話を経
験する他のシステム」も同一方式のデジタル回線同士で近端漏話が生じるようなシ
ステムを意味するから,引用文献は異なる方式間での近端漏話までの応用を示唆す
るものではないと主張する。
(ア)前記1(1)の引用文献の記載,特に,「本発明は・・・単一キャリア伝送
方式のみならず,離散多重音調変調(DMT)といった多重キャリア伝送方式を含
む幅広い変調方式と共に用いられ得る。」(前記1(1)イ),「本発明は,幅広い
データ伝送方式に適用され得る。」(同ウ(イ)),「本発明は,幅広い通信方式に
適用され得ることは理解されるべきである。」(同ウ(エ)),「以上,わずかな数
の変調方式に対して本発明を適用することにより本発明を説明したが,本発明はそ
の趣旨又は範囲を逸脱することなく他の多くの特定の形式で実施され得ることは理
解されるべきである。」(同ウ(オ)),「本発明は端部近傍クロストークを経験す
る他のシステムにおいても同様に用いられ得る。」(同ウ(オ)),「本発明は,他
の変調技術を使用するシステムにおいても同様に容易に用いられ得る」(同ウ
(オ))と記載されていることに加え,特許請求の範囲の請求項1(同ア)には,
「双方向データ伝送方式」と記載されているのみで,具体的な変調方式や伝送速度
は特定されていないことを併せ考慮すると,引用発明は,特定のデータ伝送方式の
みに適用されるものではなく,幅広いデータ伝送方式を使用するシステムに対して,
適用し得るものと認められる。
(イ)そして,以上に認定したところを前提として,引用文献の「重要なことは,
本発明は,同一バインダを共有する回線上で異なる変調技術が用いられる場合でさ
えも用いられることである。」(前記1(1)ウ(オ))との記載の意味を考慮するな
らば,引用文献には,引用発明が,複数の回線が同じ変調方式を用いるシステムだ
けではなく,互いに異なる変調方式を用いるシステム,すなわち,互いに異なる伝
送方式を用いるシステムにも適用し得ることが記載されているものと認めるのが相
当である。
したがって,引用文献は,同一方式のデジタル回線同士で近端漏話が生じるよう
なシステムだけではなく,異なる方式間での近端漏話についても応用できることが
記載されているから,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,引用文献には,「低搬送周波数信号が高速信号との時分割二重化及
び/又は同期化が行われているか否かに関わりなく上手く搬送される」との記載が
あり,日本のTCM方式のISDNは引用文献の上記低搬送周波数信号に該当する
から,低搬送周波数信号であるTCM方式のISDNと高搬送周波数信号であるX
DSLを同期させるという本願発明の技術思想は,引用文献から容易に想到し得る
ものではないと主張する。
(ア)引用文献には,原告の主張に係る記載を含めて「バインダを共有する隣接
信号線を通じて低搬送周波数信号が伝送されるとき,時分割二重化されていると共
に同期されている信号は,その低搬送周波数信号が高速信号との時分割二重化及び
/又は同期化が行なわれているか否かに関わりなく上手く搬送される。この理由は,
標準低速度信号システムは,高周波数信号と異なり端部近傍クロストークの可能性
の低い低周波数で動作する傾向にあるからである。」(前記1(1)ウ(オ))との記
載があり,この記載によれば,低搬送周波数信号が高速信号との時分割二重化及び
/又は同期化が行なわれているか否かに関わりなく上手く搬送される理由は,端部
近傍クロストークの可能性の低い低周波数で動作する標準の低速度信号システムで
は,一般的に近端漏話の生ずる可能性が低いからであると認められる。
(イ)ところで,前記ア(ウ)のとおり,本願当時,国内で既存のメタリック線路
で各種のXDSLを適用する場合には,ピンポン伝送方式のISDNの周波数帯域
がADSLの周波数帯域と重なることや,国内のケーブルの構造が2対(4線)撚
りのカッド構造である等により,ISDN回線とXDSL回線の間の漏話の問題が
周知の技術課題であったことからすれば,引用文献に接した当業者において,国内
のISDN回線が,高速信号(高周波数信号)であるXDSL回線との間で近端漏
話の生ずる可能性の低い「低周波数で動作する標準低速度システム」に当たると認
識するとは認め難いところであり,むしろ,上記の技術課題が周知である以上,当
業者は,国内のISDN回線を,引用文献記載の発明の適用対象となる近端漏話が
問題となるデータ伝送システムであると容易に認識し得たものと認めるのが相当で
ある。
したがって,引用文献における原告主張に係る前記記載の存在は,引用発明に基
づいて本願発明を想到することの妨げとなるものではないというべきであるから,
原告の前記主張は失当である。
エ以上によれば,前記ア(ウ)の周知の技術課題の認識を有する当業者が,引用
文献に接した場合,「XDSLとISDNの関係においても,引用発明を利用しよ
うと考えるのは,極めて当然な帰結」であり,「メタリック平衡対ケーブルに収容
されたXDSLとISDNにおいて,近端漏話を少なくするために,引用発明を利
用しようとすること自体に格別な困難性はないというべきであって,その結果とし
て,引用発明中の複数のVDSLのうちの一方がISDNになることは,自明的に
導出されることである。」とした審決の判断に誤りはないというべきである。
そうすると,「XDSLとISDNをメタリック平衡対ケーブルに各々収容する
以上,相違点2に係る「ISDNと同一のケーブルユニットまたはケーブルバンド
ル内にある」は,ほとんど自明な技術的事項にすぎない。」とした審決の判断もま
た誤りはないというべきである。
したがって,相違点1及び2についての審決の判断に誤りはない。
(2)相違点3について
ア原告は,引用発明は同一の方式であるXDSL同士を同期化する発明である
から,そもそもISDNに引用発明のXDSLを導入するという技術的前提は成り
立たないと主張するが,その失当であることは,前記(1)イ(イ)に説示したとおり
である。
イまた,原告は,仮に,審決のいうようにXDSLの送受信の主たる部分がモ
デムで構成されていることが自明であるとしても,引用発明は,同一の方式同士の
同期化を図る発明であるから,異なる方式間での同期化を図る本願発明とは構成が
全く相違すると主張する。
しかしながら,まず,引用文献には,VDSLの送受信に関する構成について,
「さらに,本発明は中央局位置及び遠隔局位置の双方で幅広いモデム構成を用いて
実行され得ることは明らかである。」(甲14の19頁11∼12行)と記載され,
その特許請求の範囲の請求項12においても,「中央モデム」(甲14の4頁4∼
5行)と記載されていることから,引用発明の送受信に関する装置は「モデム」と
して構成されているものと認められる。そして,引用発明は,同一の方式同士の同
期化だけでなく,異なる方式間での同期化をも図る発明であることは,前記(1)イ
(イ)に説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウよって,相違点3についての審決の判断に誤りはない。
(3)以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)について
(1)XDSLとISDNとを同期させることの技術的困難性について
ア原告は,本願発明では,単に同期信号のみで同期を取るだけではなく,IS
DNの同期信号に基づいて,ソフトウェアー的に,XDSLの変調方式に必要な情
報である上下通信方向切り換えの周期やデューティ比などを実装し,XDSLの送
受信のタイミングを作成して適正な動作を実現しているのに対し,引用文献では,
同期を取るためにフレーム・タイミングの情報を取得することの記載はあるが,同
期を取るための周波数やデューティ比については何ら開示されておらず,ISDN
から得られるTCM方式の同期信号をXDSL装置に繋げ,引用文献にあるような
フレーム・タイミングの情報のみで同期を図っても,適正な動作は実現されないか
ら,本願発明は,引用発明に基づいて容易に想到し得るものではないと主張する。
イしかしながら,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,XDSLとI
SDNの同期に関し,発明特定事項として,
「前記XDSLのXDSLモデムの入力端子によって,前記ISDNのCSU或
いはLT装置からTCM・・・方式の同期信号を取得し,前記XDSLモデムにお
いて,前記XDSLの変調方式に追加して,前記ISDNと同期した前記TCM方
式を併用することによって,送受信のタイミングを前記ISDNと同期させる」
と記載されているだけであるから,引用発明において,XDSLとISDNを同期
させるための具体的な構成として「同期を取るための周波数やデューティ比」が必
要であるとする原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲に記載のない構成を引用
発明に求めることに等しく,採用することはできない。
したがって,原告の主張は失当である。
(2)本願時の技術水準について
ア原告は,本願発明が出願された平成9年当時に開かれた高速デジタル部会で
の検討・議論の状況や当時のISDNの全国展開の状況などから,ISDN回線と
XDSL回線の間の近端漏話の問題は,両回線を隔離する方向で解決案を検討する
というのが当時の技術水準であり,これによれば,両者を同期させるという本願発
明の技術思想は当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
イしかしながら,平成9年当時に開かれた高速デジタル部会において,原告の
主張するような検討・議論が行われていたとしても,それらの検討・議論は,既に
認定説示してきた引用文献の技術的意義を何ら減殺するものではないから,その検
討・議論の内容が,本願発明が引用発明に基づいて容易に想到し得るものであるか
どうかの判断には影響するものでないことは明らかである。
したがって,原告の主張を採用することはできない。
(3)以上のとおりであるから,取消事由2は理由がない。
4以上の次第で,審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を誤りとする
事由もないから,審決は適法であり,本件請求は理由がない。
第6結論
よって,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田中信義
裁判官
榎戸道也
裁判官
浅井憲

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