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裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人塩谷千冬の上告趣意中判例違反をいう点は、所論引用の判決は性欲の刺戟
興奮以外の目的で婦女に暴行脅迫を加え裸体写真を撮つた行為が強制わいせつの罪
を構成するか否かについては何ら判示していないから、本件に適切でなく、所論は
不適法であり、その余の論旨及び弁護人高橋良祐の上告趣意は、いづれも単なる法
令違反の主張で適法な上告理由にあたらない。
 しかし、職権により調査するに、刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつ罪が
成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという
性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であ
つても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出
たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない
ものというべきである。本件第一審判決は、被告人は、内妻Aが本件被害者Bの手
引により東京方面に逃げたものと信じ、これを詰問すべく判示日時、判示アパート
内の自室にBを呼び出し、同所で右Aと共にBに対し「よくも俺を騙したな、俺は
東京の病院に行つていたけれど何もかも捨ててあんたに仕返しに来た。硫酸もある。
お前の顔に硫酸をかければ醜くなる。」 ……と申し向けるなどして、約二時間に
わたり右Bを脅迫し、同女が許しを請うのに対し同女の裸体写真を撮つてその仕返
しをしようと考え、「五分間裸で立つておれ。」と申し向け、畏怖している同女を
して裸体にさせてこれを写真撮影したとの事実を認定し、これを刑法一七六条前段
の強制わいせつ罪にあたると判示し、弁護入の主張に対し、「成程本件は前記判示
のとおり報復の目的で行われたものであることが認められるが、強制わいせつ罪の
被害法益は、相手の性的自由であり、同罪はこれの侵害を処罰する趣旨である点に
鑑みれば、行為者の性欲を興奮、刺戟、満足させる目的に出たことを要する所謂目
的犯と解すべきではなく、報復、侮辱のためになされても同罪が成立するものと解
するのが相当である」旨判示しているのである。そして、右判決に対する控訴審た
る原審の判決もまた、弁護人の法令適用の誤りをいう論旨に対し、「報復侮辱の手
段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行なつた被告人に、その性欲を刺戟興
奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し難いものがあるのみならず、たとえ
かかる目的意思がなかつたとしても本罪が成立することは、原判決がその理由中に
説示するとおりであるから、論旨は採用することができない。」と判示して、第一
審判決の前示判断を是認しているのである。
 してみれば、性欲を刺戟興奮させ、または満足させる等の性的意図がなくても強
制わいせつ罪が成立するとした第一審判決および原判決は、ともに刑法一七六条の
解釈適用を誤つたものである。
 もつとも、年若い婦女(本件被害者は本件当時二三年であつた)を脅迫して裸体
にさせることは、性欲の刺戟、興奮等性的意図に出ることが多いと考えられるので、
本件の場合においても、審理を尽くせば、報復の意図のほかに右性的意図の存在も
認められるかもしれない。しかし、第一審判決は、報復の意図に出た事実だけを認
定し、右性的意図の存したことは認定していないし、また、自己の内妻と共同して
その面前で他の婦女を裸体にし、単にその立つているところを写真に撮影した本件
のような行為は、その行為自体が直ちに行為者に前記性的意図の存することを示す
ものともいえないのである。しかるに、控訴審たる原審判決は、前記の如く「報復
侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行つた被告人に、その性欲を
刺戟興奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し難いものがある」と判示して
いるけれども、何ら証拠を示していないし、また右意図の存在を認める理由を説示
していないのみならず、他の弁護人の論旨に対し本件第一審判決には、事実誤認は
ないと判示し控訴を棄却しているのであるから、原判決は、本件被告人に報復の手
段とする意図のほかに、性欲を刺戟興奮させる意図の存した事実を認定したもので
ないこと明らかである。してみれば、原判決は、強制わいせつ罪の成否に関する第
一審判決の判断を是認し維持したものといわなければならない。
 要するに、原判決には刑法一七六条の解釈適用を誤つた違法があり、判決の結果
に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反す
るものと認める。
 そして、第一審判決の確定した事実は強制わいせつ罪にはあたらないとしても、
所要の訴訟手続を踏めば他の罪に問い得ることも考えられ、また原判決の示唆する
ごとく、もし被告人に前記性的意図の存したことが証明されれば、被告人を強制わ
いせつ罪によつて処断することもできる次第であるから、さらにこれらの点につき
審理させるため刑訴法四一一条一号四一三条により原判決を破棄し、本件を原裁判
所に差し戻すべきものとする。
 よつて、裁判官入江俊郎、同長部謹吾の反対意見があるほか裁判官全員一致の意
見により主文のとおり判決する。
 裁判官入江俊郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、いわゆる強制わいせつの罪に関する刑法一七六条の解釈につき、多数意見
と根本的に立場を異にする。私は、本件第一審判決およびこれを是認した原判決の
採用した同条の解釈が正当であつて、本件上告趣意に対する最高検察庁検察官の弁
論における主張も充分理由があると考える。それ故、本件上告は、これを棄却すべ
きものである。私の右反対意見の理由は、次のとおりである。
一 刑法一七六条が、一七七条、一七八条とならんで、同法一七四条、一七五条に
比し、より重い刑を定めたこと、および刑法一七六条の罪が、一八〇条一項により、
一七七条、一七八条、一七九条の罪とともに親告罪とされ訴追にあたつて被害者の
意思が尊重されるべきことを定めている所以は、性的しゆう恥心ないし性的清浄性
が、各個人にとつて、精神的にも肉体的にも極めて重要な性的自由に属する事柄で
あり、個人のプライヴアシーと密接な関係をもつているものであることに鑑み、法
が特にこのような個人の性的自由を保護法益としたからにほかならないものと考え
られる。このことは。改正刑法準備草案が、現行刑法一七四条および一七五条の罪
に相当する罪を風俗を害する罪の章下に入れ、同法一七六条、一七七条および一七
八条の罪に相当する罪を姦淫の罪の章下に入れて、両者をはつきりと区別している
ことからも、了解しうるところである。そして、このような個人のプライヴアシー
に属する性的自由を保護し尊重することは、まさに憲法一三条の法意に適合する所
以であり、現時の世相下においては、殊にこれら刑法法条の重要性が認識されなけ
ればならないのであつて、これら法条の解釈にあたつては、個人をその性的自由の
侵害から守り、その性的自由の保護が充分全うされるよう、配慮されなければなら
ない。
 従つて、これらの法条の罪については、行為者(犯人)がいかなる目的・意図で
行為に出たか、行為者自身の性欲をいたずらに興奮または刺激させたか否か、行為
者自身または第三者の性的しゆう恥心を害したか否かは、何ら結論に影響を及ぼす
ものではないと解すべきである。このことは、当裁判所大法廷判決(昭和二八年(
あ)第一七一三号、同三二年三月一三日判決、刑集一一巻三号九九七頁)が、刑法
一七五条のわいせつ文書につき、「猥褻性の存否は純客観的に、つまり作品自体か
らして判断されなければならず、作者の主観的意図によつて影響されるべきもので
はない。」としているのと相通ずるところがあるのである。
 ところで、刑法一七六条は、「十三歳以上ノ男女ニ対シ暴行又ハ脅迫ヲ以テ猥褻
ノ行為ヲ為シタル者ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ処ス十三歳ニ満タサル男女ニ対シ
猥褻ノ行為ヲ為シタル者亦同シ」と規定しているのであるから、同条の罪が成立す
るためには、行為者(犯人)がわいせつの行為にあたる事実を認識し、一三歳以上
の男女に対しては暴行または脅迫をもつて、一三歳未満の男女に対してはその有無
にかかわらず、これを実行すれば必要にして充分であると解すべきである。そして、
右にいうわいせつの行為とは、普通人の性的しゆう恥心を害し、善良な性的道義観
念に反する行為をいうものであり、ある行為がこの要件を充たすものであるか否か
は、その行為を、客観的に、社会通念に従つて、換言すれば、その行為自体を普通
人の立場に立つて観察して決すべきものである。けだし、このような行為が、性的
自由の意義を正しく理解しえないと考えられる一三歳未満の男女に対して行なわれ
たり、一三歳以上の男女に対しては暴行脅迫の手段をもつて行なわれたりすれば、
それだけで個人の性的自由が侵害されることになるからである。
二 私は、刑法一七六条の罪は、これを行為者(犯人)の性欲を興奮、刺激、満足
させる目的に出たことを必要とするいわゆる目的犯ではないと考える。また、本条
の罪をいわゆる傾向犯と解する余地も、まことに乏しいといわざるをえないと思う。
たとえ、動機ないし目的が報復、侮辱、虐待であつたとしても、その一事は何ら本
条の罪の成立を妨げるものではなく、これと同趣旨を判示した第一審判決は正当で
あり、これを是認した原判決もまた相当であつて、何ら所論のような法令違反はな
い(原判決が、「しかし報復侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を
行つた被告人に、その性欲を刺戟興奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し
難いものがあるのみならず」と判示したのは、原審が、本件多数意見のような考え
方の存在することを顧慮してした念のためのものではないかと考えられるが、私は
これは全く蛇足無用の判示であると考える。)。
 多数意見は、本条の罪を目的犯のごとく解するようであり、多数意見によれば、
刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつの罪が成立するためには、その行為が犯
人の性欲を刺激、興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれるこ
とを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であつても、これが専らその婦女に
報復し、またはこれを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構
成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきであるというので
あるが、私は、上記意見および次の諸点に鑑み、右多数意見には到底賛成できない。
 (一)行為者が一定の目的・意図をもつて行為に出ることを必要とする犯罪につ
いては、刑法は、その各本条に、「……ノ目的ヲ以テ」(たとえば一五五条一項)
とか、「……ヲ為ス為」(たとえば一〇七条)などの要件を付しているのである。
ところが、刑法一七六条には右のような文言はなく、明文上において、本条の罪を
目的犯であると解すべき根拠がない。
 (二)尤も、一定の目的・意図、すなわち主観的意図が構成要件として明示され
ていない犯罪でも、構成要件の解釈上、それを必要とするものがないわけではない。
たとえば、窃盗罪などの財産犯のごとく、これらの罪については、いわゆる不法領
得の意思を必要とするというのが通説であり、また判例である。これは、たとえば
窃盗罪についていうと、窃取という構成要件が、単に他人の所持する物を自己の所
持に移すという客観的事実だけでなく、それに加えて、その物を自己の物にすると
いう意思を必要とする行為であることによつて、はじめてこれを犯罪とする意味が
生ずることによるのである。ところが、本条の罪のわいせつの行為については、解
釈上、行為者(犯人)自身の性的意図を必要とする理由を見出だしえないことは、
すでに前記一において述べたとおりである。すなわち本条は、個人(被害者)の性
的自由を侵害する罪を定めた規定であり、その保護法益は個人のプライヴアシーに
属する性的自由に存するのであつて、相手方(被害者)の性的自由を侵害したと認
められる客観的事実があれば、当然に本条の罪は成立すると解すべく、行為者(犯
人)に多数意見のいうような性的意図がないというだけの理由で犯罪の成立を否定
しなければならない解釈上の根拠は、本条の規定の趣旨からみて、到底見出だしえ
ないのである。
 (三)多数意見によると、相手方(被害者)の性的自由が侵害されている場合で
も、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図がないときは、本条の罪とし
ては処罰できないことになるのであるが、かくては、刑法が、性的自由の保護を、
財産行為の自由の保護(強盗罪に関する二三六条、恐喝罪に関する二四九条参照)
および公務員の職務行為の自由の保護(職務強要罪に関する九五条二項参照)など
とともに、その他一般の行為の自由の保護(強要罪に関する二二三条参照)と区別
して、特に重く保護しようとしている趣旨が没却されることになる。すなわち、多
数意見のように本件行為を強要罪に関する刑法二二三条によつて処断するとすれば、
その刑は三年以下の懲役にすぎないこととなり、刑法一七六条該当の行為が六月以
上七年以下の懲役にあたるとされていることと対比し、極めて均衡を失することと
なる。
 本条は、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図が必要とされるという
点からではなく、相手方(被害者)の性的自由が侵害されるという点から、強要罪
に関する刑法二二三条の特別規定となると理解してこそ、はじめてその法意が生か
されることになると考えるのである。
 (四)多数意見によると、相手方(被害者)の性的自由が侵害されている場合で
も、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図がないときは、非親告罪であ
る強要罪その他の罪として訴追され、審理、判決されることになつて、刑法一八〇
条一項が、性的自由の侵害を内容とする罪を特に親告罪として、訴追にあたつて被
害者の意思を尊重すべきものとした趣旨が没却される点も、まことに不合理といわ
なければならない。
三 これを本件についてみるに、第一審判決およびこれを是認した原判決が適法に
確定した事実関係の下において、また、記録に現われた諸証拠を照合すれば、本件
で問題とされている行為は、まさに刑法一七六条前段の要件を充たすものというべ
きである。
 以上の理由により、私は上告趣意中、判例違反をいう点については、引用の判例
は、本件に適切でなく、正当な上告理由にあたらないとする点において多数意見に
同調するが、その余の点については、多数意見には反対であり、本件上告はこれを
棄却すべきものと考える。
 裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。
 検祭官 齋藤周逸 公判出席
  昭和四五年一月二九日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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