弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 中華人民共和国の国籍を有する外国人で,平成14年4月15日,同国政府
発行の旅券を所持し本邦に入国したものであるが,在留期間は同年7月14日まで
であったのに,同日までに同在留期間の更新又は変更を受けないで本邦から出国せ
ず,同年11月13日まで本邦に居住し,もって,在留期間を経過して不法に本邦
に残留した
第2 氏名不詳者と共謀の上,同年11月13日午後4時ころから午後6時20分
ころまでの間,金品を窃取する目的で,神戸市a区b通c丁目d番e号所在のA方
居宅1階廊下南西側の窓ガラスを損壊してその施錠を解いて同所から前記居宅内に
侵入した上,同所において,同人所有ないし管理に係る指輪等31点(時価合計8
1万7500円相当)を窃取したところ,帰宅した前記Aに発見されて前記居宅か
ら逃走したが,同区f通g丁目h番i号先路上で前記Aらに追い付かれて取り押さ
えられ,前記Aにジャケットの襟付近を掴まれて兵庫県兵庫警察署に向け連行され
る途中,逮捕を免れるため,同日午後6時20分過ぎころ,同区m通j丁目i番k
号所在の同署南側路上において,やにわに前記Aに対し,その頚部を右手で鷲掴み
にして同人を同署花
壇に仰向けに押し倒し,転倒した同人の頚部を絞め付ける暴行を加え,その際,前
記暴行により,同人に加療約5日間を要する頚部擦過創の傷害を負わせた
ものである。
(証拠の標目)―括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―
省略
(事実認定の補足説明)
第1 争点の整理等
   弁護人は,判示第2の事実について,被告人はBなる男に用事があって知人
宅に行くので手伝って欲しいと騙されて判示A方居宅(以下「被害者宅」とい
う。)に立ち入り,Bから搬送を頼まれた被害品の入ったショルダーバッグを搬出
したに過ぎないから,被害者宅に侵入して窃盗をしたものではなく,また,被害者
に対し暴行を加えたこともないから,被告人は無罪である旨主張し,被告人もこれ
に沿う供述をするところ,前掲関係各証拠によれば,判示第2の事実は優に認めら
れるのであるが,その理由につき補足して説明する。
第2 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
 1 被害者は,平成14年11月13日午後4時ころ,所用のため玄関に施錠し
て外出し,同日午後6時20分前ころ帰宅し,玄関の鍵を開けて室内に入った際,
2階に通じる階段から1階廊下に駆け下りてくる被告人ともう一人の男とはち合わ
せとなり,被害者が「泥棒」と大声をあげると,被告人らは被害者宅1階廊下南西
側窓から外に出て逃走を開始し,被害者は被告人らを追跡した。なお,被害者宅1
階廊下南西側窓ガラスが何者かによりドライバー様の物で割られており,被告人が
逃走途中路上に遺留したショルダーバッグ内から判示第2の被害品の一部やドライ
バー,スパナ等が発見された。
 2 そのころ付近のl公園でたむろしていたC及びDら5名の若者は,被害者が
大声をあげて被告人らを追跡しているのに気づき,それぞれ走ったり,原動機付自
転車で被告人を追跡し,被害者宅から被告人が逃走した道路沿いに計測して約16
0メートル進んだ地点で被告人を捕まえた。
 3 同所で前記Cらから被告人の身柄を引き渡された被害者は,途中Cらが立ち
去ったため,1人で被告人を最寄りの兵庫県兵庫警察署(以下「兵庫署」とい
う。)に連れて行こうと,被告人着用のジャケットの襟付近を掴んだまま,被告人
と並んで兵庫署に向け同署南側路上を歩いて行った。
 4 被告人は,同日午後6時22分,兵庫署東側路上で同署のE巡査長に住居侵
入の罪の準現行犯人として逮捕された。
 5 被害者宅1階廊下から採取された足跡痕4個のうち,3個が被告人が履いて
いた靴の模様と一致し,またこれら4個の足跡の方向はいずれも前記窓から概ね家
の内部に向かっていることが判明した。
第3 住居侵入,窃盗の各罪の成否について
1 第2の1,5認定のとおり,被害者宅1階廊下南西側窓ガラスが何者かによ
って割られており,同廊下には,その割られたガラス窓から概ね家の内部に向かっ
ている足跡痕4個があって,うち3個が被告人が履いていた靴の模様と一致してい
ることが認められるところ,他方で,被害者宅玄関からその内部に向かう方向の足
跡痕は採取されておらず,また,被告人は前記被害者宅1階廊下南西側窓から逃走
しているところ,その際に同廊下に刻印されたと認められる足跡痕もないが,これ
は被告人が逃走前被害者宅内において土足で行動していたことを考慮すると不自然
ではない。そうすると,第2の5でみた被告人が履いていた靴の模様と一致する足
跡痕はいずれも被告人の足跡痕であり,しかも,その足跡痕は被告人が被害者宅に
入った当初に印象さ
れたものであると推認できるから,被告人は被害者宅に1階廊下南西側窓から侵入
したものと推認される。これに加え,被害者が外出した同日午後4時ころまで前記
窓ガラスが割られたり被害者宅が荒らされてはいないこと,前認定のとおり,被告
人が現に判示第2の被害品や住居侵入用具と考えられるドライバー等の入ったショ
ルダーバッグを所持して逃走したことの認められる本件にあっては,犯行を否認す
る被告人の弁解にある程度の合理性が認められるなど特段の事情のない限り,被告
人が第2の1認定のもう1名の男とともに被害者宅に侵入し窃盗を行ったことが推
認できるというべきである。
2 そこで,被告人の弁解について検討すると,被告人は,Bから知人宅に荷物
を取りに行くので手伝ってほしいと頼まれ,Bの案内で,すでに鍵の開いていた玄
関から被害者宅に入った,被害者宅の3階や2階を歩き回っているうちに,Bから
前記ショルダーバッグを手渡されたので受け取った,Bとともに1階に降りた際,
家人が帰ってきたのを見てBが逃げ出したので,自分も一緒に逃げただけであるな
どと弁解する。
しかしながら,前記被告人の足跡痕の方向からすれば,玄関から被害者宅に
入ったとする被告人の弁解は明らかに虚言であると認められること,被害者宅の物
色状況や被害品のほとんどが貴金属等の高価品であること等に照らすと,被害者宅
への侵入経路やその態様,被害品等の所持やその入手経緯に関する被告人の弁解は
全く不自然,不合理であるし,さらに逃走中の行動についての被告人の弁解は十分
信用できる前記Cらの供述に反する点が多いこと,そもそも,Bなる男と知り合っ
た経緯等同人との関係をはじめとする被告人の供述は,被告人が不法残留者であっ
たことを除けばおよそ裏付けがなく,また種々の点で変遷していること等を併せ考
慮すると,被告人の前記弁解は到底信用することはできず,その弁解には何らの合
理性も認められない。
 3 そうすると,被告人が共犯者と共謀して同人とともに,判示第2記載のとお
り,住居に侵入した上窃盗に及んだ事実は優に認められる。
第4 強盗致傷罪の成否について
 1 被害者の公判供述とその信用性
   被害者は,前記Cらから被告人を引き渡されてCらと別れ,被告人を兵庫署
に連れて行こうとしたが,途中,判示同署南側路上で,被告人が辺りを窺う様子を
したと思うと,いきなり右手で被害者の首を掴み,被害者を兵庫署の花壇に押し倒
してさらにその首を絞め付ける暴行を加え,被害者が掴んでいたジャケットを脱ぎ
捨て,さらに被害者が掴んだネクタイを首から抜いて逃走し,兵庫署の敷地内に逃
げ込んだものの,すぐに戻ってきたので,再び被告人を捕まえ,兵庫署の東側路
上,電話ボックスの前で同署敷地内から出てきた女性警察官に引き渡した旨供述す
る。
被害者のこの供述は,前掲診断書や実況見分調書から認められる被害者の受
傷内容,あるいは被害者が当時着用していたジャンパー左肩部付近に擦過痕状の汚
れがあることや現場に遺留されていたネクタイの形状等の客観的事実とよく符合し
ている。また,E巡査長は,別件事件の処理のため,当時,たまたま兵庫署敷地内
にいたものであるが,「泥棒,泥棒。」という声を聞いて兵庫署の東側路上を見た
ところ,同署敷地内に入りかけた被告人が反転して出て行ったのでこれを追跡し,
同署東側路上の電話ボックス付近で被告人の手を掴んで被告人を逮捕した旨供述
し,その信用性は十分であるところ,被害者の供述はE巡査長のこの供述等とも一
致する。そして,被害者がことさら虚偽の供述をする動機は見当たらない上,被害
者の供述は,全体として
みても,自己の体験に基づく迫真的で自然かつ合理的な供述であると認められる。
そうすると,被害者の前記供述は十分信用することができるというべきである。
 2 被告人の弁解
これに対し,被告人は,被害者に警察に連れて行かれる際,被害者から殴ら
れたり,首を絞められたりしたので,被害者の暴行から逃れようとして中国語で助
けを求めつつ兵庫署敷地内に逃げ込み,自分から両手を差し出して逮捕してもらっ
たのであって,被害者に対し暴行を加えたことはない旨弁解するが,被告人の弁解
は,前記のとおり信用できる被害者やE巡査長の供述等や,被告人の供述に第3の
2でみたような不合理な点があることに照らし,全く信用することができない。
3 そうすると,前記十分信用できる被害者の供述その他前掲関係各証拠によれ
ば,被告人が被害者に対し判示第2の暴行を加えて被害者に傷害を負わせた事実は
優に認められ,また,被告人が執拗に逃走を図っていたことなどの前記被害者の公
判供述により認められる暴行前後の状況に加え,被害者宅で窃盗犯人を発見しこれ
を追跡した被害者が被告人を捕まえ兵庫署に連れて行く途中で被告人が暴行に及ん
だことに照らすと,被告人が逮捕を免れる目的でこの暴行に及んだものであると優
に認められる。
第5 被告人及び弁護人の主張は,いずれも理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は出入国管理及び難民認定法70条1項5号に,判示第
2の所為のうち,住居侵入の点は刑法60条,130条前段に,強盗致傷の点は同
法60条(ただし,窃盗の範囲で),240条前段(238条)にそれぞれ該当す
るところ,判示第2の住居侵入と強盗致傷との間には手段結果の関係があるので,
同法54条1項後段,10条により1罪として重い強盗致傷罪の刑で処断すること
とし,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を,判示第2の罪については有期
懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条
本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の
加重をし,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減
軽をした刑期の範囲
内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中210日をそ
の刑に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負
担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,我が国に不法残留した出入国管理及び難民認定法違反の事案
(判示第1)と,共犯者とともに他人の住居に侵入して貴金属などを窃取したが,
家人に発見され,警察署に向け連行される途中,逮捕を免れるため家人に暴行を加
え傷害を負わせたという住居侵入,強盗致傷の事案(判示第2)である。
 判示第1の点についてみると,被告人は,その供述によれば,先に来日した内妻
を捜すため,当初から不法残留するつもりで我が国に入国したというのであるが,
いずれにせよ,計画的な不法残留の事案である点で犯情は良くない。
 判示第2の点について見ると,利欲的と認められるその犯行の動機に斟酌すべき
事情は認められず,家人の留守中,ガラス窓を破って施錠を外して室内に侵入し,
高価品を狙って窃盗に及んだその犯行は,手慣れた手口の粗野な犯行というべく悪
質であること,ことに,被害者に発見され捕捉されるや,隙を見計らって暴行を加
え逃走しようとした行為は危険かつ悪質であること,被害品の総額が高額で,その
大半は被害者に還付されたものの一部は還付されておらず,何ら慰謝の措置もなさ
れていないこと,被害者の被害感情には厳しいものがあるが,被告人は,共犯者に
騙されて被害者宅に立ち入っただけであるなどと明らかに不合理な弁解に終始して
恥じるところがなく,その規範意識の歪みや乏しさは深刻な状態にあると窺われる
こと等に徴すると,
その刑事責任は極めて重いというべきである。
 他方,前記のとおり,被害品の大半は被害者に還付されたこと,判示第2の犯行
は事後強盗による強盗致傷の事案であって,その暴行はそれほど強度で悪質な態様
のものであるとまでは言えず,幸い,被害者の傷害の程度は比較的軽微に止まった
こと,被告人には我が国における前科前歴がないことなど,被告人のために斟酌す
べき事情も認められるので,これらの事情を十分に考慮して,酌量減軽の上,主文
の刑に処するのが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成15年10月3日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官  杉 森 研 二
   裁判官橋 本   一
   裁判官沖   敦 子

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