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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し金一、三二八、三五四円並びに内金一〇〇、八〇〇円に対
する昭和四三年一一月一日から、内金一二、九〇〇円に対する同年一二月二一日か
ら、内金二七二、八〇〇円に対する昭和四四年一月二三日から、内金九四一、八五
四円に対する同年四月一日から、それぞれ支払済みまで一〇〇円につき一日二銭の
割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三九年一二月二四日、東京地方裁判所において会社更生手続開始
決定を受け、訴訟受継前の原告Bが更生管財人に選任されたが、昭和四六年八月一
日更生手続が終結したので、原告において更生管財人の地位を承継した。
2 右更生会社については債権届出期間昭和四〇年二月二〇日まで及び債権調査期
日昭和四〇年四月一七日、続行期日として同年六月一九日、七月一七日と指定され
ていたところ、京橋税務署長は、昭和四三年九月三〇日更生管財人に対し更生会社
の左表記載の源泉所得税本税及び不納付加算税等合計一、三二八、三五四円(以下
本件源泉所得税という)につき納期限を昭和四三年一〇月三一日と指定して納税告
知処分及び不納付加算税賦課決定処分をした。
<略>
次いで京橋税務署長は、本件源泉所得税合計一、三二八、三五四円の租税債権につ
き、これを共益債権として次のとおり充当した。
(一) 更生管財人が、昭和四三年一〇月三一日別の税金として納付した一〇〇、
八〇〇円を(1)の本税一八〇、〇〇〇円の一部に充当
(二) 更生管財人が、同年一一月一九日前項告知額の追加延滞税として納付した
一二、九〇〇円を(1)の本税の残金七九、二〇〇円の一部に充当
(三) 更生管財人に還付すべき印紙税還付金二七二、八〇〇円を同四四年一月二
二日(1)の本税の残金六六、三〇〇円、(2)の本税一八〇、〇〇〇円及び
(3)の本税八四七、六五四円の一部にそれぞれ充当
(四) 更生管財人に還付すべき同年度の源泉所得税還付金二、一四八、〇五六円
の一部を同四四年五月三一日(3)の本税の残金八二一、一五四円及び同(1)な
いし(3)の不納付加算税一二〇、七〇〇円、合計九四一、八五四円に充当
3 ところで、会社更生法一一九条前段によれば、更生債権のうち源泉徴収にかか
る所得税等で更生手続開始当時、未だ納期限の到来していないものは、共益債権と
して請求できるのであるが、右にいう納期限とは最高裁判所昭和四九年七月二二日
第一小法廷判決民集二八巻五号一〇〇八頁によれば法定納期限ではなく、指定納期
限を意味するものと解している。しかし、そのように解すると、徴税当局において
納税の告知を怠ればかえつて共益債権として請求し得る範囲が広くなるという不都
合な結果を生ずることを避けるため、同判決においては、指定納期限を定める納税
告知の遅延が徴税当局の恣意によるような場合には、信義則等により共益債権とし
ての請求を制限することも考慮できないわけではない旨判示している。法一一九条
前段の納期限を右のように解することを是認し得るとしても、その結果生じかねな
い不都合な結果を避けるためには、単に右判旨のように徴税当局の恣意により納税
告知が遅延した場合に限らず、恣意と同視し得るような、重大な過失により右告知
が、遅延しすぎたような場合においても共益債権として請求することを制限しなけ
れば、その目的は達せられないものといわなければならない。
右のような見地から本件についてみると、更生手続開始決定から納税告知に至る経
過は別表のとおりである。
同表記載のとおり東京国税局長においては、東京地方裁判所から昭和四〇年一月二
〇日付更生手続開始通知書が京橋税務署へ送達されると、同年二月二日及び同月一
九日、遅滞なく、会社更生法一五七条の規定による租税債権の届出をなしているの
であり、その届出の内容は、源泉徴収所得税、本税、加算税及び延滞金九〇二、七
九四円である。しかるに、京橋税務署長は、昭和四三年九月三〇日に至り、漸く本
件納税告知処分をなしたものであり、右処分がなされるまで、会社更生手続開始
後、実に三年九か月を経過しているのである。
もつとも、本件納税告知の対象となつた本件源泉所得税はフランスのアルツールマ
ルタン社のノウハウの使用料から差引くべき源泉所得税であるところ、右源泉所得
税は給料報酬等のように毎月支払われるものに関する源泉所得税とは異なり税務調
査は一応困難であるとはいうものの、昭和四〇年から同四二年の源泉所得税につい
ては既に納付されていたものである。従つて同署の担当係官としてはそれ以前の分
について滞納がないかどうか当然に調査すべきであつたにも拘わらず、何ら調査を
せず漫然放置したまま、前記のように会社更生手続開始後、三年九か月を経過した
後に至つて漸く本件納税告知処分をしたものである。そうとすると、右納税告知は
著しく遅延した徴税当局の恣意と同視し得べき重大な過失による場合というべきも
のであつて、本件源泉所得税については共益債権としての請求を制限することを相
当とするものといわなければならない。
してみれば、京橋税務署長が本件源泉所得税を共益債権として請求できるものとし
てなした前記2の充当は、無効というべきであつて、右充当額は過誤納金となり、
管財人は被告に対し右過払税額一、三二八、三五四円並びに内金一〇〇、八〇〇円
に対する昭和四三年一一月一日から、内金一二、九〇〇円に対する同四三年一二月
二一日から、内金二七二、八〇〇円に対する同四四年一月二三日から、内金一、二
二九、〇五四円に対する同四四年四月一日からそれぞれ支払ずみまで国税通則法所
定の一〇〇円につき一日二銭の割合による還付加算金の支払請求権を取得したもの
である。
4 よつて、前記のとおり更生管財人の地位を承継した原告は、被告に対し右各金
員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実については、3のうち、徴税当局の恣意と同視し得るような重大な過
失により納税告知が遅延した場合においても会社更生法一一九条前段の共益債権と
しての請求を制限すべきであるとの主張、京橋税務署担当係官が本件源泉所得税の
調査を漫然放置し、そのため本件納税告知が著しく遅延したとの事実及び右遅延が
恣意と同視し得べき重大な過失によるものというべきであつて、本件源泉所得税に
ついては共益債権として請求することを制限すべきであり、従つて本件充当額が過
誤納金となり管財人が被告に対し右の過払税額及び還付加算金の支払請求権を取得
したとの主張を否認し、その余の請求原因事実の事実関係についてはすべてこれを
認める。
信義則等により共益債権としての請求を制限することができる場合とは、徴税当局
において、すでに納税告知をなし得べき状態にあり、かつ、直ちに納税告知をなせ
ば、指定納期限の関係から更生債権となるべきものであるにも拘わらず、共益債権
に組み入れることを目的として、恣意に納税告知を遅延させた場合に限られるべき
である。
なお、会社更生法一一二条但書によれば、徴収の権限を有する者が、還付金又は過
誤納金をもつて充当する場合には、更生手続によらないで満足を得ることが認めら
れ、右充当の対象となる租税債権は、更生債権であると共益債権であるとによつて
差異はない。ところで本件源泉所得税のうち請求原因2(三)、(四)について
は、すべて還付金をもつて充当しているのであるから、仮りに原告主張のとおり、
本件源泉所得税が共益債権として請求できない場合に該当し、更生債権としての取
扱がなされるべきものとしても、右充当額に関しては、適法に消滅しているので、
原告の返還請求は結局理由がない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 本件においては、会社更生法一一九条前段所定の納期限を、原告の摘示する前
掲最高裁判所判決のとおり指定納期限を意味するものと解するとすれば、徴税当局
において納税告知を怠るとかえつて共益債権として請求し得る範囲が広くなるとい
う不都合な結果を生ずることを避けるため指定納期限を定める納税告知の遅延が徴
税当局の恣意によるような場合には信義則等により共益債権としての請求を制限す
ることを考慮すべきであることは同判決の判旨するとおりであるけれども、右のよ
うな場合のほかに制限することを相当とする場合があるか否か及び本件具体的事実
関係のもとにおいては制限することが相当か否かが争点をなすものであつて、その
余の請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。
二 そこで、右の争点について判断する。
ところで、同法一一九条前段に掲げる租税は、本来、徴収義務者又は特別徴収義務
者が、国庫に代つて徴収、保管している預り金的性質を有するものと解せられるか
ら、徴収義務者等が更生会社の場合にあつてはその取戻権的な性質から、他の租税
債権と異なり、いつでも無条件に請求し得るはずのものであるが、その権利行使を
右のように無制限に認めることは、関係人の利害を調整しつつ企業の維持更生を図
ろうとする会社更生法の目的に必ずしも沿わない面もあるので、法一一九条前段は
右のような取扱をする租税債権の範囲を制限し、更生手続開始決定時に納期限が到
来していないものに限つて共益債権として更生手続によらないで随時請求すること
ができるものとしたと解するのが相当である。同条前段の立法趣旨をこのように解
すると、同条の租税のうち徴収のために納税告知を必要とする源泉徴収に係る所得
税等に関しては、同条にいう納期限は、指定納期限を意味し、本来の法定納期限ま
でに納付されていないため、更生手続開始当時既に指定納期限を経過し、いつでも
強制徴収手続をとることができたものについては更生債権として取扱うこととする
が、未だ指定納期限が到来していないため、強制徴収手続をとることができなかつ
たものについては、その本来の取戻権的な性質のとおり共益債権として取扱うこと
としたものというべきである(前掲最高裁判所判決参照)。
ところがこのように解すると、指定納期限は、徴税当局が任意に定めることができ
る結果、徴税当局において徴税のため、納税告知処分を頻繁に行なつている場合に
は、それらの租税債権は更生債権とされ、更生手続によらなければ弁済を受けられ
ないのに対して、徴税当局が、納税告知を怠つていた源泉徴収に係わる所得税等に
ついては、更生手続開始決定後納税告知を行なうことにより共益債権として、その
全部の納付を随時に受けることができるという不都合な結果を生ずることになる。
従つて徴税当局の通常の事務処理状況からみて、本来納税告知が、更生手続開始前
になされ得べきであるにも拘わらず、もつぱら共益債権に組入れることを目的とし
て故意に納税告知を遅延させた場合はもとより、そのような故意まではなくとも、
当該具体的事情の下において客観的に合理的なものとして是認し得る理由がないま
ま納税告知を遅延させた場合には、徴税当局の恣意によると過失によるとを問わ
ず、関係人の利害の調整、企業の維持更生を図ろうとする会社更生法の目的から、
共益債権としての請求を制限すベきであると解するのが相当である。
そこで右の見地に立つて本件納税告知処分が、共益債権としての権利行使を制限す
べき場合に該当するか否かについて検討する。
証人Aの証言によれば、(一)昭和四三年九月当時京橋税務署において、同署管内
に事業所を有して、源泉徴収義務を負担する事業者は、官公庁を含めると一六、〇
〇〇件を超え、このうち資本金五〇、〇〇〇、〇〇〇円未満の法人については、法
人税の担当者がその調査を担当するが、残余の五〇〇ないし六〇〇件にのぼる資本
金五〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の事業所等は、二名の担当者が源泉徴収に係わる所
得税の調査を行なつていたこと、そして、調査内容についてみると、源泉徴収の対
象となる所得のうち、給与報酬等は、納付漏れもなく、給与台帳等により調査も容
易であるが、利子、配当、臨時に支払われる特許使用料等は、支払伝票、領収証、
契約書、日本銀行の送金許可証等を検討しなければならず、調査が困難であるた
め、一事業所の調査は、事前の準備と事後の整理及び二日程度にわたる臨場調査と
で、一週間位の日数を要すること、従つて一人当り年間の調査件数は僅か三〇件前
後にしかならず、一事業についてみれば、三年ないし四年に一回調査をすることが
できるのみであつて、同署ではこのため、徴収義務者管理名簿を備えて、徴収義務
者を記入し、概ね前回の調査の古い順から調査を行ない、更に、年間計画も作成
し、一度の調査によつて滞納の事実が発見されると、数ヶ年遡つて納税告知処分を
行なうのが常態であつたこと、(二)京橋税務署長は、昭和四〇年一月二〇日に東
京地方裁判所から、更生手続開始決定通知を受けたために、管内で更生会社が毎月
支払う給与等の源泉徴収所得税の未納付の分については、納税告知処分を行なつた
が、ノウハウの使用料等臨時に発生するものについては、前示のような経緯から即
座に調査できず、又更生会社の場合、一般に帳薄等関係書類が社外に持ち出されて
いたりして調査も困難を窮めることから、特に滞納税があるとの情報を得た場合の
ほかは、更生会社であるからといつて優先的に調査をすることもない等の従前の取
扱に従つて調査未了のまま経過していたところ、昭和四三年九月に至り、京橋税務
署の担当官が調査計画に従う通常調査に際し、徴収義務者管理簿等の資料に対する
全般的調査によつて本件更生会社については過去四年間調査していなかつたことが
判明したため、本件更生会社の調査に着手したところ、昭和四〇年から四二年ま
で、同更生会社がフランスのアルツール・マルタン社のノウハウ使用料から差引く
べき源泉所得税を納付しているにも拘わらず、それ以前の年分については納付され
ていないので、当時の契約書や日本銀行の送金許可書を検討した結果、昭和三八年
一一月分と、昭和三九年二月及び八月分の納付漏れを発見し、これにもとづき京橋
税務署長が、昭和四三年九月三〇日に本件納税告知処分を行なつたことが認めら
れ、右認定に反する証拠はない。
以上の認定事実に照すと、徴税当局においては、本件更生会社が本件納税告知の対
象となつた本件源泉所得税と同種の源泉所得税を、昭和四〇年から四二年にかけて
納付していることからすれば具体的事情を離れて一般的にいえば、本件源泉所得税
についても滞納の事実を推察することができ、又、更生手続中の会社に対しては、
更生会社の維持のため或は更生債権者の利益のために、すみやかに調査に着手し
て、滞納のあるときは直ちに納税告知処分をすることが可能なはずであるとみられ
るとしても、前示認定のような京橋税務署における税務調査等の具体的事情からす
れば、本件納税告知処分は、更生手続開始決定の後三年九か月余りを経過した後に
なされたものではあるけれども、無理からぬ点があり、もとより恣意によるという
ことはできず、なお客観的に合理的理由に基づくものとして是認し得る範囲に属す
るものというべきである。
しかも、本件源泉所得税の法定納期限は、その最も早いものでも、昭和三八年一二
月一〇日であつて、更生手続開始決定の日である昭和三九年一二月二四日まで一年
の期間があるのみであり、更生会社が右源泉所得税と同種のノウハウ使用料に関連
した源泉所得税を納付したのは、右開始決定の日以降であることからすれば、京橋
税務署の通常の事務処理状況に照して、納税告知処分を、更生手続開始決定以前に
行なうことは到底不可能な状態であつたと解せられる。
結局、本件源泉所得税について共益債権としての権利行使を制限すべき場合に当る
との原告の主張は採用できない。
三 以上の次第で京橋税務署長のなした本件源泉所得税についての充当処分には、
原告主張の瑕疵は存在しないから、本訴請求は理由がない。
よつて、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を
適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久 山下 薫 飯村敏明)
<略>

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