弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人門間進、同角源三の上告理由について
 一 原審が認定したところによれば、被上告人に対する本件懲戒解雇に関する事
実関係の概要は、次のとおりである。
 1 上告会社は、大阪に本店及び事務所を、東京に支店を、大阪外二か所に工場
を、全国一三か所に営業所を置き、従業員約八〇〇名を擁して、塗料及び化成品の
製造・販売を行つている。上告会社とその従業員組合との間の労働協約二九条は「
会社は、業務の都合により組合員に転勤、配置転換を命ずることができる。」と定
め、また、上告会社の就業規則一三条は「業務上の都合により社員に異動を命ずる
ことがある。この場合には正当な理由なしに拒むことは出来ない。」と定めている。
上告会社では、従業員、特に営業担当者の出向、転勤等が頻繁に行われており、大
阪、東京から地方の営業所に転勤し、二、三年後にまた大阪、東京に戻るというよ
うな人事異動もしばしば行われている。
 2 被上告人は、昭和四〇年三月D大学経済学部を卒業し、同年四月上告会社に
入社すると同時に大阪事務所の第一営業部に配属されたが、被上告人と上告会社と
の間で労働契約成立時に被上告人の勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなか
つた。被上告人は、大学卒業の資格で上告会社に入社し、入社当初から営業を担当
していた者で、業務上の必要に基づき将来転勤のあることが当然に予定されていた。
そして、被上告人は、昭和四四年四月に株式会社E商店大阪営業所へ出向となり、
昭和四六年七月出向を解かれて上告会社の神戸営業所勤務となり、昭和四八年四月
主任待遇となつたが、その間、塗料の販売活動に従事していた。
 3 上告会社では、広島営業所のF主任を中国地方及び四国の瀬戸内沿岸地方に
おける家庭塗料販売の専従員とすることとしたことから、その後任として、広島営
業所の塗料販売力を増強することができ、かつ、所長の補佐もできる係長、主任、
主任代理クラスの者を広島営業所へ転勤させることが必要となり、昭和四八年九月
二八日、当時神戸営業所に勤務していた主任待遇の被上告人に対し広島営業所への
転勤を内示した。しかし、被上告人は、家庭事情を理由に転居を伴う転勤には応じ
られないとして、右転勤を拒否した。上告会社は、被上告人があくまで右転勤を拒
否する場合には、広島営業所のF主任の後任には名古屋営業所のG主任を充て、G
主任の後任として被上告人を名古屋営業所へ転勤させることとし、同年一〇月一日、
被上告人に対し広島営業所へ転勤するよう再度説得したが、被上告人がこれに応じ
なかつたため、その場で名古屋営業所への転勤を内示したところ、被上告人は、家
庭事情を理由に、これも拒否した。上告会社は、同月八日に五〇名の定期異動を発
令したが、被上告人に対する転勤発令は延ばして名古屋営業所への転勤の説得を重
ねた。しかしながら、被上告人がこれに応じなかつたため、上告会社は、被上告人
の同意が得られないまま、同月三〇日、被上告人に対し、名古屋営業所勤務を命ず
る旨の本件転勤命令を発令したところ、被上告人は、これに応じず、名古屋営業所
へ赴任しなかつた。そこで、上告会社は、やむなく、同年一二月一八日、被上告人
に代えて大阪営業所勤務で昭和四五年入社のHを名古屋営業所G主任の後任として
転勤させた。そして、上告会社は、被上告人が本件転勤命令を拒否したことは就業
規則六八条六号所定の懲戒事由たる「職務上の指示命令に不当に反抗し又は職場の
秩序を紊したり、若しくは紊そうとしたとき」に該当するとして、昭和四九年一月
二二日、被上告人に対し本件懲戒解雇を行つた。
 4 上告会社においては、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古
屋営業所へ転勤させる必要があつたが、是非とも被上告人でなければならないとい
う事情はなく、名古屋営業所において被上告人の代わりにHを転勤させたための支
障は生じなかつた。
 5 被上告人は、本件転勤命令が発令された当時、母親(七一歳)、妻(二八歳)
及び長女(二歳)と共に堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していた。
母親は、元気で、食事の用意や買物もできたが、生まれてから大阪を離れたことが
なく、長年続けて来た俳句を趣味とし、老人仲間で月二、三回句会を開いていた。
妻は、昭和四八年八月三〇日にI紡績株式会社を退職し、同年九月一日から無認可
の保育所に保母として勤め始めるとともに、右保育所の運営委員となつた。右保育
所は、当時、保母三名、パートタイマー二名の陣容で発足したばかりで、全員が正
式な保母の資格は有しておらず、妻も保母資格取得のための勉強をしていた。
 二 原審は、右の事実関係に基づき、次のとおり判断した。
  本件転勤命令が上告会社の業務上の必要性に基づくものであることは肯認され
るべきであるが、右の必要性はそれほど強いものではなく、他の従業員を名古屋営
業所へ転勤させることも可能であつたのに対し、被上告人が名古屋営業所へ転勤し
た場合には、母親、妻及び長女との別居を余儀なくされ、相当の犠牲を強いられる
ことになること、また、被上告人は、昭和四〇年四月に上告会社に入社して以来、
株式会社E商店に出向したほか、神戸営業所へ転勤し、神戸営業所勤務となつてか
ら本件転勤命令が出されるまでに二年四か月しか経過していないこと等に照らすと、
被上告人には名古屋営業所への転勤を拒否する正当な理由があつたものと認めるの
が相当である。したがつて、被上告人が拒否しているにもかかわらず、あえて発せ
られた本件転勤命令は、権利の濫用に当たり、無効であり、被上告人が本件転勤命
令に従わなかつたことを理由になされた本件懲戒解雇も、無効である。
 三 思うに、上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合に
より従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国
に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻
繁に行つており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社した
もので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意は
なされなかつたという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上
告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するも
のというべきである。
  そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決
定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般
に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤
命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許さ
れないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しな
い場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動
機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程
度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合で
ない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右
の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難
いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の
能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理
的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきであ
る。
  本件についてこれをみるに、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を
名古屋営業所へ転勤させる必要があつたのであるから、主任待遇で営業に従事して
いた被上告人を選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要性が
優に存したものということができる。そして、前記の被上告人の家族状況に照らす
と、名古屋営業所への転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い
通常甘受すべき程度のものというべきである。したがつて、原審の認定した前記事
実関係の下においては、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当
である。
 四 以上の次第であるから、原審がその認定した事実関係のみから本件転勤命令
を無効とした判断には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、
右違法が原判決中上告会社敗訴部分の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論
旨は右の点で理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中右部
分は破棄を免れない。
  そして、被上告人の主張する本件転勤命令のその余の無効事由について更に審
理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、民
訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一

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