弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
       事   実
一、申立
 申請人は、「被申請人は申請人の勤務体制変更に伴う労働契約の内容変更の問題
等に関する団体交渉の申入れに対しすみやかに誠意をもつて団体交渉をしなければ
ならない。」との裁判を求めた。
二、主張
 申請人は別紙のとおり申請の理由を述べた。
       理   由
一、申請人は、本件仮処分申請の被保全権利として、労働組合たる申請人より使用
者たる被申請人に対する団体交渉請求権を挙げているので、以下実定法上かかる請
求権が存するか否かを検討する。
二、憲法第二八条は労働者に団結権、団体交渉権及び団体行動権を保障する旨規定
している。これは同法第二五条ないし第二七条と同様いわゆる社会経済的基本権或
は生存権的基本権の一つと解せられ、経済的に弱者の地位にある労働者に対し、そ
の利益を確保する目的のもとに使用者と対等の立場に立つことができるよう、その
手段として与えられたものである。もとより社会経済的基本権は、従来の国家権力
による侵害から守ることを保障するいわゆる自由権的基本権とは異り、国家が積極
的に国民に手を差しのべることに意義があるのであるが、それだからといつて右憲
法第二八条は直接労使間に具体的な権利義務を与えるものではない。右規定の積極
的意味は、国が労使関係について前記労働三権を尊重するという強行的公序を確立
したことを宣言し、これに伴い国に対して概括的に立法その他の国政の面において
労働者の経済的地位を高めるために努力するという責務を負わせたものと解される
からである。
 それ故、国は右憲法の規定に基いて労働組合法、労働関係調整法等を制定し、前
記労働三権についての定めをしているのであるが、団体交渉拒否については労働組
合法第七条がこれを不当労働行為とし、同法第二七条はこれに対して一定の手続の
もとに労働委員会が救済命令を発し、同法第二八条及び第三二条は一定の要件のも
とに団体交渉をあくまで拒否する使用者に刑罰等の制裁を科し得ることを規定して
いる。しかしながら、右規定は単に労働組合に制裁によつて間接強制力をもつ労働
委員会の救済を求めることができることを定めたものであり、使用者はこの範囲内
において国法上一定の義務を課されたことは疑いがないにしても、使用者に団体交
渉に応ずべき具体的な私法上の義務を課し、又労働組合にこれに対応する団体交渉
請求権を与えたものとは解されないし、他にそのような権利義務を規定した法律は
ない。しかして、労働組合は労働委員会の救済を求める外には、団結権、団体行動
権から生じる争議行為を介して使用者に団体交渉に応じるように強制する方法を有
するのみと考えられ、しかもむしろ後者の方法こそ労使関係における中核をなすも
のと解される。以上のとおり、立法論としてはともかく、実定法の解釈として具体
的団体交渉請求権を認めるのは困難である。
三、したがつて、本件仮処分申請はその被保全権利を欠くことになるから、その余
の点については判断するまでもなくこれを却下すべく、訴訟費用の負担について民
事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 林義雄 蒲原範明 山田敦生)
(別紙)
 申請の理由
一、当事者の地位
 被申請人会社(以下「会社」と称す)は自動車製造を目的とする資本金二四億円
の株式会社であり、神奈川県平塚市および京都府宇治市に工場を持つ。
 申請人組合は金属労働者約二二万五〇〇〇名を持つて構成される産業別単一労働
組合である総評全国金属労働組合の京都府滋賀県地方の地方本部であつて傘下に四
五支部約八〇〇〇名の労働者が組織されている。
 被申請人会社においても京都工場の従業員A、Bの両名のほか十数名が申請人組
合に個人加入のうえ、昭和四六年一月一四日全国金属労働組合日産車体工機支部を
結成している。
二、申請人組合の団体交渉申入に至る経緯および会社の申入拒絶の実態について
1 被申請人会社の従業員Aは会社より昭和四五年一〇月二九日に一一月二九日付
をもつて解雇する旨通告されたがその解雇を不当違法と考え解雇問題につき申請人
組合と相談し、その結果一一月二〇日申請人組合に加入した。
2 会社京都には、季節工と称され二ないし六月の期間を定めて労働契約を締結し
ている従業員が昭和四六年一月初頭時点で約七〇〇ないし八〇〇名いた。右季節工
は日給制で基本給が実働七時間で二一〇〇円、残業手当が二時間で七五〇円、夜勤
手当一五〇円で計三〇〇〇円の賃金の支払をうけていた。
 ところが会社は同月八日週六日制から週五日制への勤務体制の変更およびそれに
伴う給与体系の変更を一方的に通告してきた。新給与体系によれば基本給が実働時
間を八時間にふやして二四〇〇円、残業一時間にして四〇二円三〇銭夜勤手当が一
七五円で計一日の賃金は二九七七円三〇銭となる。従前の給与体系と比較すると一
日二二円七〇銭、月二回の休日の増加を含めると月額約六〇〇〇円の減額である。
しかもこの新体系は遡つて一月一日より実施するというのであるが、不満のある者
は労務課へ来るようにとの形に強圧的態度で実施しようとした。
 そこで労働者の権利生活を無視した会社の不当不法な措置に憤激した約三〇〇名
の季節工は会社に対し直ちに団体交渉を持つよう要求して同月一一日一二日の両日
会社京都工場の労務課に赴いた。
 そして少くとも寮代表と誠意を持つて交渉するように要求したが会社は全々交渉
に応じようとせず、ついに一二日には警察官の導入さえするに至つた。
 そこで約三〇〇人の季節工の争議団のうち百余人が組織化の必要を感じ申請人組
合に加入し、同月一四日前記Aらと共に総評全国金属労働組合日産車体工機京都支
部を結成した。
3 右日産車体工機支部は事務所を申請人組合内におき初代委員長はC、C脱退の
あと、Bが委員長となつているが、会社の不当な支配介入の中で脱退者も続出し、
現在の組合員数は十数名となつている。
4 ところで申請人組合は結成の翌日である一月一五日支部名義で会社に対し次の
要求をした。
① 夜勤五日制に伴う減収分の完全補償をせよ。
② 正月手当の無条件支給(三〇〇〇円)
③ 食事代を一律一六二〇円に戻すこと。
④ 交渉中の給与を保償すること。
⑤ 交渉、団体交渉に関して一切の処分をしないこと。
⑥ 働く意思のある者は無条件再契約を行うこと。
⑦ 右要求事項に対して一月一八日午後一時に回答すること。
5 しかし右要求に対して何らの回答がないので、二月一一日さらに地方本部、支
部の連名で前記要求とほぼ同様の要求を通知し二月一六日午後五時までに文書によ
る回答をすること、もし回答しない場合は一七日に団体交渉をもつよう申入れた。
 それでも何らの返答がないので、申請人組合執行委員Dが同月一七、一八日の両
日に亘つて会社京都工場に電話し、団体交渉開催の要求をしたが担当者の不在を理
由に何らの返答を得られない。
 さらに二月一九日付内容証明郵便で要求したが何ら返答しない。また二月二二日
に電話したが電話のとりつぎすら得られない。
 そこで二月二三日午後一時四五分地方本部からD執行委員、E常任書記、支部か
らB委員長、A執行委員の計四名が会社へ団交要求に行つた。しかし会社は申請人
組合の代表を門内には入れず団交には一切応じない旨の返答をした。
三、仮処分の必要性
1 いうまでもなく労働組合の団体交渉権は憲法二八条にもとづく労働基本権であ
り団体交渉応諾の義務のある被申請人会社が団体交渉の申入を拒否することは、労
働組合法第七条第二号の不当労働行為に該当する。従つて健全な労働運動の発展の
ために会社に本件団体交渉に応じさせる必要があることはいうまでもない。
2 さらに本件日産車体京都工場支部の場合殆んどの者が季節工であるが、この二
月三月に契約期間の満了する者が多い。従来季節工が希望すれば再契約するという
方途がとられていたが、会社は今回の一月の事態より契約期間満了後も再契約をし
ない意向を持つているようであるが、かくては結局経済生活の根底がくつがえされ
る組合員が多数できる。また再契約をしない者についてみても減収分の補償等重要
問題も他所へ行つてしまうため未解決になつてしまうおそれがある。
3 そして会社も現在一切の団体交渉に応じないという態度をとりつつ、組合員お
よび他の従業員に対し申請人組合のビラを一切とらないよう指示する一方、申請人
組合のビラ配布活動等に対しては二〇〇名以上の職員をして負傷者が続出する程の
暴力を行使させて妨害し、申請人組合の活動が一切行えない状態を作つている。
 このため申請人組合は団体交渉の開催のほか日産車体工機支部の維持存続および
懸案諸問題の解決が永久に不可能となり、最早や労働者の基本権および生活が根本
的に否定される実情においこまれている。
 よつて申請の趣旨記載の裁判を求め、本申請に及んだ次第である。

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