弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を長崎地方裁判所に送戻す。
         理    由
 弁護人児玉啓太郎及び被告人の控訴趣意は末尾に添附する控訴趣意書に記載する
とおりである。
 職権を以て調査するに、原判決は「被告人は長崎県北松浦郡a村bc番地に於
て、その父Aと同居してAの耕作名義となつている田五反三畝二十八歩をAが予て
老令且病弱で耕作不能であるため自己に於て其農業経営一切を支配しておる米穀の
生産者である。従つてA名義を以て割当てられた米穀を供出すべき義務を負ふもの
であるところ、昭和二十三年十一月二十七日同村長よりA名義の下に昭和二十三年
度産米三石二斗五合を政府に売渡すべき旨の供出割当を受けながら、右割当量は不
公平であると称して其内米二石を供出期限である昭和二十四年三月三十一日迄に政
府に売渡さなかつた」旨を認定し、これを食糧管理法第三条第一項、第三十三条第
一項の罪に問擬処断した。ところで食糧管理法第三条第一項に所謂米麦等の生産者
とは名義の如何を問わず事実上生産主体となつて米麦等の生産をなす者をいうので
あるから、かような生産者は同条項に基き命令の定むるところによりその生産した
米麦等にして命令を以て定むるものを政府に売渡す義務があるのである。しかし同
法に基く食糧管理法施行規則第十四条又は第十五条の規定によれば、米麦等の生産
者は同規則第三条の規定により都道府県知事が定めて所定の方式により公示した売
渡の時期までに、その生産した米麦等で食糧確保臨時措置法第七条第一項の規定に
より市長村長より指示を受けた農業計画に定める供出量に相当するものを、指定業
者に登録した生産者にあつては、当該指定業者に対し政府に売渡すべき旨の委託を
なし、指定業者に登録しない生産者にあつては政府に売渡さなければならない。又
食糧確保臨時措置法第七条の規定によれば、市町村長が同法第五条第一項の規定に
よつて定めた生産者別の農業計画について、法定の期間内に異議の申立がないとき
又はその異議に対し決定をしたときは、市町村長は当該農業計画に係る生産者に対
し当該農業計画を指示しなければならないのであつて、この指示がなかつたとき
は、前指示に係る農業計画に定められた米麦等の供出数量を以つてその指示を受け
た者が食糧管理法第三条第一項の規定により政府に<要旨>売渡すべき数量とするの
である。これによつてこれを観れば、市町村長はその定めた生産者別の農業計画を
生産者に指示しなければ、該生産者の供出義務は具体的に発生しないもの
といわなければならない。従つてたとい所定の時期までに供出しなかつたとしても
食糧管理法第三条第一項の供出違反の罪を構成しないことは勿論である。しかるに
原判決は前示のとおり、昭和二十三年十一月二十七日a村長より被告人の父A名義
の下に昭和二十三年度産米三石二斗五合を政府に売渡すべき旨の供出割当を受けた
旨を判示するに止り、被告人に対し同村長より同年度の供出割当すなわち農業計画
を指示したことは判文上明でない。或は原判決は父A名義でなされた供出割当の指
示は、事実上の生産者たる被告人に対しなされたと同様の効力があるという見解に
出たものかも知れないが、もしそうだとすればこの見解は不当である。ただしA名
義でなされた供出割当の指示はAに対するものというの外はないのであつて、たと
いAと被告人が同居の親子であり、A名義の田地について被告人が事実上の生産者
であつても、Aに対する行政上の指示を以つて被告人に対する指示と同視すべきも
のではない。殊にその指示の如何が供出の具体的義務の存否、従つて供出違反の罪
の成否というような法律上重大な結果を左右することに鑑みれば、右の見解は到底
これを是認することができない。これを要するに原判決は食糧管理法第三条第一項
違反の罪を判示するについて理由不備の違法があるから破棄を免れない。
 よつて論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条
第四号前段に則つて原判決を破棄し、且つ本件は当裁判所において直ちに判決する
に適しないから、同法第四百条本文に従つてこれを長崎地方裁判所に差戻すことと
し、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 秦亘)

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