弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告らの被告国を除くその余の被告らに対する本件各訴えをいずれも却下す
る。
二 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第一 申立て
(第四〇八九号事件)
一 被告国は、原告らに対し、それぞれ別紙一覧表各原告氏名欄記載の原告に対応
する減額金合計額欄記載の各金員及び平成三年六月一日以降同原告らが在職の間、
毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
二 被告国は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成三年六月一一日か
ら支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第一〇二九二号事件)
一 被告吹田郵便局長は、原告らに対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨
の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓
告をしてはならない。
二 被告国は、原告らに対し、それぞれ別紙一覧表各原告氏名欄記載の原告に対応
する減額金合計額欄記載の各金員及び平成三年一二月一日以降同原告らが在職の
間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
三 被告国は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成四年一月一七日か
ら支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第一〇九号事件)
 被告高槻郵便局長は、原告(二名)に対し、被告灘郵便局長は、原告(七名)に
対し、被告伏見郵便局長は、原告(一名)に対し、被告山科郵便局長は、原告(一
名)に対し、被告左京郵便局長は、原告(二名)に対し、被告西陣郵便局長は、原
告(一名)に対し、被告姫路郵便局長は、原告(二名)に対し、被告加古川郵便局
長は、原告(二名)に対し、被告東灘郵便局長は、原告(一名)に対し、被告芦屋
郵便局長は、原告(一名)に対し、被告長田郵便局長は、原告(二名)に対し、被
告高砂郵便局長は、原告(一名)に対し、被告三田郵便局長は、原告(一名)に対
し、被告神戸中央郵便局長は、原告(一名)に対し、それぞれその勤務中氏名札を
着用する旨の勤務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由とし
て、注意、訓告をしてはならない。
(第四八号事件)
一 被告大阪城東郵便局長は、原告(七名)に対し、被告吹田郵便局長は、原告
(一名)に対し、被告神戸中央郵便局長は、原告(一名)に対し、被告東灘郵便局
長は、原告(一名)に対し、被告京都北郵便局長は、原告(一名)に対し、被告山
科郵便局長は、原告(三名)に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職
務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告を
してはならない。
二 被告国は、原告らに対し、別紙一覧表各原告氏名欄記載の原告に対応する減額
金合計額欄記載の各金員及び平成四年八月一日以降同原告らが在職の間、毎月一八
日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
三 被告国は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成四年八月二五日か
ら支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第二六号事件)
一 被告豊中郵便局長は、原告(一名)に対し、被告伏見郵便局長は、原告(一
名)に対し、被告加古川郵便局長は、原告(一名)に対し、被告灘郵便局長は、原
告(一名)に対し、被告京都簡易保険事務センター所長は、原告(一名)に対し、
被告東灘郵便局長は、原告(一名)に対し、被告左京郵便局長は、原告(一名)に
対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、
かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
二 被告国は、原告らに対し、それぞれ別紙一覧表各原告氏名欄記載の原告に対応
する一か月減額金欄記載の各金員及び平成五年五月一日以降同原告らが在職の間、
毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
三 被告国は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成五年五月二九日か
ら支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第五七号事件)
一 被告吹田千里郵便局長は、原告(五名)に対し、被告豊中郵便局長は、原告
(六名)に対し、被告西宮東郵便局長は、原告(一名)に対し、被告長田郵便局長
は、原告(一名)に対し、被告西陣郵便局長は、原告(一名)に対し、被告姫路郵
便局長は、原告(一名)に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上
の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をして
はならない。
二 被告国は、原告らに対し、それぞれ別紙一覧表各原告氏名欄記載の原告に対応
する一か月減額金欄記載の各金員及び平成六年五月一日以降同原告らが在職の間、
毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
三 被告国は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成六年七月一二日か
ら支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第七一号事件)
一 被告神戸中央郵便局長は、原告(一名)に対し、その勤務中氏名札を着用する
旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、
訓告をしてはならない。
二 被告国は、原告(一名)に対し、別紙一覧表一か月減額金欄記載の金員及び平
成六年九月一日以降同原告が在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載
の金員を支払え。
三 被告国は、原告(一名)に対し、五〇万円及びこれに対する平成六年九月一三
日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第四〇八九号事件を除くその余の事件の被告局長らに対する予備的請求)
 原告(八名)は、被告灘郵便局長に対し、原告(二名)は、被告高槻郵便局長に
対し、原告(二名)は、被告伏見郵便局長に対し、原告(四名)は、被告山科郵便
局長に対し、原告(三名)は、被告左京郵便局長に対し、原告(二名)は、被告西
陣郵便局長に対し、原告(一名)は、被告京都簡易保険事務センター所長に対し、
原告(三名)は、被告姫路郵便局長に対し、原告(三名)は、被告加古川郵便局長
に対し、原告(三名)は、被告東灘郵便局長に対し、原告(一名)は、被告芦屋郵
便局長に対し、原告(三名)は、被告長田郵便局長に対し、原告(一名)は、被告
高砂郵便局長に対し、原告(一名)は、被告三田郵便局長に対し、原告(三名)
は、被告神戸中央郵便局長に対し、原告(五名)は、被告吹田郵便局長に対し、原
告(一名)は、被告京都北郵便局長に対し、原告(七名)は、被告大阪城東郵便局
長に対し、原告(一名)は、被告豊中郵便局長に対し、原告(五名)は、被告吹田
千里郵便局長に対し、原告(六名)は、被告豊中郵便局長に対し、原告(一名)
は、被告西宮東郵便局長に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する職務上の義
務がないこと並びに氏名札の不着用を理由として、警告、注意、訓告及びその他の
処分をされない地位にあることを確認する。
第二 事案の概要
 本件は、郵政省の職員である原告らが、その所属する各郵便局の郵便局長及び京
都簡易保険事務センター所長(以下、一括して「被告局長ら」という。)から氏名
札の着用を義務づけられたのに対し、これを拒否したところ、右拒否を理由に、被
告局長らから訓告を受け、これによって、定期昇給時に昇給号俸から一号俸減ぜら
れるとともに、被告局長らから氏名札着用の職務命令、注意を受けているところ、
原告らは、被告局長らの右行為が違法であるとして、被告国に対し、国家賠償法一
条一項に基づき、右減ぜられ、あるいは将来減ぜられるであろう賃金相当額及び慰
謝料の損害賠償を求めるとともに、被告局長らに対し、主位的に氏名札着用の職務
命令、注意及び訓告の差止めを、予備的に氏名札着用に関する職務上の義務不存在
等の確認を求めた事件である。
一 争いのない事実及び証拠により認められる事実
1 原告らは、いずれも郵政省の職員として、別紙一覧表局名等欄記載の各郵便局
等に勤務している。
2 近畿郵政局においては、「近畿郵政局長達第五九号」(乙第一号証の1・2、
以下「達」という。)を受けて、達制定当日の平成二年五月二四日、人事部長等の
連名による「氏名札の着用について(局人考第一三九六号)」通達(乙第二号証、
以下「通達」という。)を発出し、近畿郵政局管内(大阪府、京都府、兵庫県、奈
良県、滋賀県及び和歌山県)の各郵便局長等に対し、職員に氏名札を着用させるよ
う指導し、別紙一覧表局名等欄記載の郵便局等の局長らは、原告ら所属職員に対
し、勤務時間中の氏名札着用を義務づけた。
3 原告らは、被告局長らから、氏名札着用の職務命令や注意を受けたが、これに
応じず、氏名札着用を拒否していたところ、別紙一覧表訓告年月日欄記載の日に、
訓告を受けた(ただし、第二六号事件原告(一名)に対する平成四年一〇月二六日
の訓告が氏名札不着用を理由とするのか否かについては争いがある。)。
4 郵政省人事局長通達「昇給の欠格基準について(昭和四四年三月一五日郵人給
第七二号の四)」(乙第五号証)には、引き続く一年以内において三回以上訓告を
受けた場合は一号俸が定期昇給から減ぜられる旨規定されていた。そして、右通達
は、大臣官房人事部長及び大臣官房経理部長連名による依命通達「定期昇給等の実
施について(平成四年三月三一日郵人要第九六号)」(乙第一五号証)に整理統合
されたが、右平成四年の通達には、引き続く一年以内において三回以上訓告を受け
た場合は一号俸が定期昇給から減ぜられる旨規定されている。
 原告らは、右各通達により、平成三年四月一日(第四〇八九号、第一〇二〇二号
事件)、平成四年四月一日(第四八号事件)、平成五年四月一日(第二六号事件)
及び平成六年四月一日(第五七号、第七一号事件)の各定期昇給時に、それぞれ昇
給号俸数から一号俸減ぜられた(その金額は、原告ら主張の一か月減額金額と同
じ。)。
5 原告らは、氏名札着用について、被告局長らから、職務命令、注意、訓告を受
けている。
二 主たる争点
1 原告らの被告局長らに対する氏名札着用の職務命令の差止め及び注意、訓告の
差止めを求める訴え(主位的請求に係る訴え)は適法か。
(被告局長らの主張)
(一) 行政庁に対して不作為を求める訴えが適法であるためには、当該行政庁に
おいて対象となる行政処分をなすべからざることが一義的に明白であること、行政
庁の判断に先立って司法審査を認めないことによる損害が大きいこと、他に適切な
救済方法がないことの各要件が充足される必要がある。
(二) 原告らの主位的請求に係る訴えは、右各要件を充たしていないから、いず
れも不適法であり、却下を免れない。
(原告らの主張)
(一) 被告局長ら主張の要件を必須の訴訟要件とすべき論理的必然性はなく、被
告局長らの主張は、差止訴訟が認められる範囲を著しく狭めるものであって、不当
である。
(二) 殊に、本件においては、これまでに訓告等が頻繁に行われ、被告局長らが
将来もこのような処分を継続して行うことが明らかであって、改めて行政庁の判断
を経由するまでもなく、行政庁の第一次的判断権が既に行使されたに等しい状況に
あるというべきであるから、差止請求を否定する理由はない。
2 原告らの被告局長らに対する氏名札着用に関する職務上の義務不存在等の確認
を求める訴え(予備的請求に係る訴え)は適法か。
(被告局長らの主張)
(一) 右訴えは、原告らが、被告局長らに対し、それぞれ勤務中、氏名札を着用
する職務上の義務がないこと並びに氏名札の不着用を理由として警告、注意、訓告
及びその他の処分をされない地位にあることの確認を求めるものであるところ、被
告局長らは、一行政庁にすぎず、右権利義務確認の主体たり得ないものであるか
ら、原告らの右訴えは不適法である。
(二) 仮に、右訴えが抗告訴訟たり得るとしても、具体的、現実的な争訟の解決
を目的とする現行訴訟制度の下においては、義務違反の結果として将来何らかの不
利益処分を受けるおそれがあるというだけでは、その処分の発動を差し止めるた
め、事前に右義務の存否の確定を求めることが当然に許されるわけではなく、当該
義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度、違反に対する制
裁としての不利益処分の確実性及びその内容又は性質等に照らし、右処分を受けて
からこれに関する訴訟の中で事後的に義務の存否を争ったのでは、回復し難い重大
な損害を被るおそれがあるなど、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする
特段の事情がある場合でない限り、あらかじめ右のような義務の存否の確認を求め
る法律上の利益を認めることができない。
(三) 右予備的請求に係る訴えにおいては、右の特段の事情があるとは到底認め
られないから、原告らの右訴えは、訴えの利益を欠き不適法である。
(原告らの主張)
 被告局長らの右主張は争う。
3 原告らが所属する郵便局等の被告局長らが原告らに対して行った勤務中氏名札
の着用を命ずる職務命令の発出及びこれに引き続きなされた注意、訓告は、不法行
為を構成するか。
(原告らの主張)
 被告局長らの行為は、次のとおり違憲、違法であるから、不法行為を構成する。
(一) 権利侵害
 氏名は、個人の情報であって、氏名を他人に開示するよう強制することは、憲法
一三条で保障されたプライバシー権、人格権の侵害である。すなわち、人は、氏名
権の一内容として、氏名の排他的、独占的使用の利益があることは明らかである
が、これと表裏の関係として、みだりに氏名を公表されない権利(利益)あるいは
その意に反して氏名の公表を強制されない権利(利益)を有しているというべきで
ある。被告局長らによる氏名札着用の強制は、原告らの右権利を侵害する行為であ
る。しかも、氏名札の着用は、原告ら郵政省職員に、他人から氏名を悪用された
り、個人攻撃を受けたり、差別を受ける契機となる危険をもたらすのである。
(二) 合理的理由の不存在
 原告らは、入局以来長年にわたって、氏名札の着用を強制されたことはなく、現
に着用してこなかった。
 職種、部署、業務内容を問わない氏名札の一律強制着用は、明らかに合理的理由
がない。
(三) 職権濫用
 一律の強制及び訓告等の懲戒は、郵政省において日増しに強まっている強圧的な
労務管理政策の一環であり、当局が不合理な服従を強い、職場における労働組合
員、労働者としての自覚や労働組合の団結意識を弱体化せんとするもので、熱心な
組合活動家である原告らに対する弾圧の意味合いが強い。それも、職員を納得させ
るような合理的説明をすることもなしに強行されているはがりでなく、訓告の懲戒
が極めて不平等、恣意的に行われている。その上、氏名札を着用しないという不作
為の継続行為に対し、訓告の懲戒を短時間のうちに繰り返して、賃金の実損を余儀
なくさせるといった強制の仕方は、余りにも不合理で、職権濫用もはなはだしい。
(四) 違憲、違法性
 以上のとおり、被告局長らが原告らに対し、一律の氏名札の着用を強制し、か
つ、訓告を短時間のうちに繰り返し行って、賃金の実損を余儀なくさせた措置は、
憲法一三条に違反し、かつ、職権を濫用する不合理な行為であって、違法である。
(五) したがって、被告国は、被告局長らの行為につき、原告らに対し、国家賠
償法一条一項による責任を負うべきである。
(被告らの主張)
 被告局長らの行為は、次のとおり正当であって、不法行為を構成しない。
(一) 郵政事業の特質
 郵便、為替貯金、保険年金等の郵政事業は、廉価な料金で、公平かつ確実に役務
を提供し、国民の経済生活の安定や公共の福祉の増進を目的とするという高度の公
共性を有する反面、民間業者との競争や環境条件の急激な変化に基づき、経営の効
率化やサービスの向上、改善が課題とされている。
 殊に、原告らが所属する近畿郵政局管内の業績は低迷しており、その向上を図る
ためにも、全職員が一体となって対処する必要があり、氏名札の着用も、そのよう
な趣旨に基づくものである。
(二) 氏名札着用の必要性と合理性
(1) 氏名札の着用は、質の高いサービスを提供して、利用者である国民の信頼
を獲得すること及び職員の自己規律、職責の自覚、職員間の連帯感の醸成、職場の
秩序維持等組織運営の改善、充実を図ることを目的とし、右目的を実現するための
有効な手段の一つである。そして、その趣旨を全うさせるためには、全職員が一体
となって取り組む必要があるから、氏名札着用の職務命令が正当かつ合理的な理由
に基づくことは明らかである。
(2) 各郵便局等においては、達や通達が発出される前から、所属職員に氏名札
を着用するよう指導しており、氏名札着用は、各郵便局等における基本的方針であ
った。しかし、各郵便局等の取組みには差異があり、着用状況も充分ではなかった
ため、達及び通達により、統一的な指導を行うこととしたのである。
(3) 被告局長らは、達及び通達の発出を受けて、服務統督権に基づき、氏名札
の着用を職員に義務づけ、その趣旨、目的、必要性等を周知徹底させた。その結
果、職員のほとんどが氏名札を着用するようになったが、原告ら一部の職員が右指
導に従わなかった。そのため、被告局長らは、原告らに対し、個別に氏名札を着用
するよう指導したが、これに応じなかったため、被告局長らは、原告らに対して、
警告、注意や訓告の処分をしたのである。
(三) 原告らの主張に対する反論
(1) 氏名は、身分関係の公証制度としての戸籍に記載された公称であり、個人
の識別のため各人が持つことを義務づけられているもので、専ら公的な事項に属
し、一般の人に知られないことが予定された私的な事柄ではない。また、一般人の
感受性を基準にしても、氏名を他人に知られることによる不快感は、仮にあったと
しても、極めて微弱である。したがって、氏名札の着用によって、法的救済に値す
るほどの利益侵害があったとはいえない。
(2) 氏名札の着用は、勤務時間内に限られ、職務遂行中原告らに課せられる国
家公務員としての公法上の義務の内容及び郵政業務の性質に照らせば、氏名札の着
用は、充分な必要性と合理性がある。
(3) 原告らは、被告局長らによる処分は、恣意的かつ不公平で、熱心な組合活
動家である原告らに対する弾圧の意味合いが強い旨主張するが、原告らの多くが加
入している全逓信労働組合等の労働組合は、氏名札着用に対し、組織的に反対して
いるものではないし、原告らの中には労働組合に加入していない者もいる。また、
各郵便局等の特殊性から、氏名札着用状況に若干の差異が生じているが、各郵便局
等は、いずれも達や通達に基づいて指導しており、基本的な考え方に差異はない。
(三) 以上のとおりであって、被告局長らの行為には、正当な理由があって、何
ら違法ではないので、被告国に不法行為が成立すべき余地はない。
4 原告らの被った損害額如何。
(原告らの主張)
 原告らは、一年以内に三回以上の訓告を受けた結果、毎月、別紙一覧表一か月減
額金欄記載の金額を減額されるという財産的損害を被り、かつ、氏名札着用の強制
及び訓告を受けたことにより、精神的損害を被ったが、これを慰謝するには、各五
〇万円が相当である。
(被告国の主張)
 原告らの右主張は争う。
第三 証拠(省略)
第四 主たる争点に対する判断
一 原告らの被告局長らに対する氏名札着用の職務命令の差止め及び注意、訓告の
差止めを求める訴えは適法か。
1 原告らの右訴えは、いわゆる無名抗告訴訟に該るというべきところ、右訴えに
ついては、原告らが差止めの対象とする被告局長らの行為のうち職務命令及び注意
の各処分性の有無などの問題があるが、この点を暫く措くとしても、このような訴
えが適法とされるには、当該行政庁においてその対象となる行政処分をなすことが
一義的に明白であること、行政庁の判断に先立って司法審査を認めないことによる
損害が大きいこと、他に適切な救済方法がないことの各要件が充足される必要があ
る。
2 確かに、後記のとおり、被告局長らは、各郵便局等において、氏名札着用の指
導方針を掲げており、今後も右方針に基づいて、氏名札着用の指導を行ったり、職
務命令を発したりすることが予想されるのではあるが、各郵便局等における注意、
訓告の実態は必ずしも等しいものではなく、今後どの程度の頻度で注意や訓告が行
われるかを確実に予想することは困難である。さらに、右注意、訓告により原告ら
が被る損害の主要なものは、定期昇給の減額であって、このような金銭的な損害に
ついては、損害賠償請求訴訟等による事後的な救済が比較的容易であるといえるの
である。
3 右の事情に鑑みれば、原告らの右主位的請求に係る訴えは、前記適法要件を充
たしていないことが明らかというべきであるから、不適法であり、却下を免れな
い。
二 次に、原告らの予備的請求に係る訴えの適法性について、検討する。
1 右訴えは、被告局長らを被告として、原告らが勤務中、氏名札を着用する職務
上の義務がないこと並びに氏名札の不着用を理由として警告、注意、訓告及びその
他の処分をされない地位にあることの確認を求めるものであるが、右訴えについて
も、主位的請求に係る訴えについて述べたのと同様、被告局長らの職務命令及び注
意の各処分性の有無などの問題があるが、仮に、そのような地位の存否の確認が許
されるとしても、被告局長らは、一行政庁にすぎないのであるから、当該法律関係
等の主体たり得ず、したがって、右訴えにおける被告適格を有しないといわなけれ
ばならない。
2 また、仮に、そのような訴えが無名抗告訴訟の一種として、許容される場合が
あるとしても、具体的な紛争の解決を目的とした現行訴訟制度の下においては、当
該訴えが適法とされるためには、義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を
受けるおそれがあるというだけでは足りず、当該義務の履行によって侵害を受ける
権利の性質及びその侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性及
びその内容又は性質等に照らし、右処分を受けてからこれに関する訴訟の中で事後
的に義務の存否を争ったのでは、回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど、
事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があることを要すると
いうべきである。
 しかしながら、本件においては、前記のとおり、義務違反に対する制裁としての
不利益処分が行われることが確実であるとはいえないし、また、右不利益処分がな
されたとしても、原告らが被る主たる損害は、経済的なものであって、事後的な救
済が可能なのであるから、右特段の事情があるとすることはできないので、右訴え
を許容すべき余地はない。
3 よって、右予備的請求に係る訴えは、いずれにしても不適法といわざるを得な
いから、却下を免れない。
三 原告らが所属する郵便局等の被告局長らが原告らに対して行った勤務中氏名札
の着用を命ずる職務命令の発出及びこれに引き続きなされた注意、訓告は、不法行
為を構成するか。
1 原告らは、氏名札着用の強制が憲法一三条で保障されたプライバシー権、人格
権を侵害すると主張するので、以下、この点につき検討する。
(一)(1) まず、人格権との関係についてであるが、氏名は、社会的にみれ
ば、個人を他人から識別し、特定する機能を有し、戸籍に記載された公証力のある
名称として、各人が保有することが義務づけられているものであるが、反面、これ
を個人の側からみれば、氏名が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格
の象徴であるとの面を有することもまた否定できない。そして、人がその意思に反
して氏名を公表されたような場合には、精神的平穏が害されるなどの弊害が生じる
ことは容易に推測できることに鑑みれば、人は、自らの氏名を公表するかどうかを
決定する法律上の利益を有するというべきであり、これを氏名権と称するかどうか
はともかくとして、何ら正当な理由もなく、氏名の表示を強制された場合には、人
格権の侵害として、その個人に対する不法行為が成立する余地があることは否定で
きない。
(2) これに対し、被告局長らは、氏名が専ら公的な事項に属するとして、氏名
札着用命令により原告らの権利が侵害されるものではないと主張する。
 確かに、前記のとおり、氏名には、戸籍に記載された公証力のある名称としての
公的な機能があるが、他方で、人の尊厳にかかわる私的な側面も併せ有するのであ
るから、右氏名の公的機能のみを根拠として、原告らの権利侵害を否定することは
できず、被告局長らの右主張は採用しない。
(二)(1) 原告らは、さらに、氏名札着用の強制が原告らのプライバシー権の
侵害であるとも主張するので、この点につき検討する。
(2) プライバシー権とは、他人に知られたくない事情をみだりに公表されない
ことを内容とし、法的保護が与えられるための要件としては、①公表された事柄が
私生活上の事実または私生活上の事実として受け取られるおそれのある事柄である
こと、②一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合に、公表され
ることを欲しないであろうと認められる事柄であること、③一般の人に未だ知られ
ていない事柄であることが必要である。
(3) しかしながら、氏名は、前記のとおり、戸籍に記載された公証力のある名
称であるとの機能を考慮すれば、一般の人に未だ知られていないとはいえないし、
また、一般人の感受性を基準にしても、氏名を公表されることを欲しないとするこ
とはできない。
 よって、原告らの氏名札着用の強制が原告らのプライバシー権の侵害である旨の
主張は採用しない。
(三) 右判示のとおり、正当な理由に基づかない氏名の公表の強制は、人格権の
侵害として、不法行為を構成する場合があるというべきであるが、右正当な理由の
有無の判断に当たっては、氏名を表示する目的や必要性、氏名表示の態様、原告ら
が氏名を表示することによって被る不利益の程度等諸般の事情を総合考慮する必要
がある。
2 そこで、被告局長らが、原告らに対し、氏名札着用を義務づけたことの正当性
の有無について検討する。
(一) 前記当事者間に争いのない事実、甲第一七号証、第二〇号証、第七五号
証、第八九号証、第九二号証、第九八号証、第一〇三号証、第一二五ないし第一五
四号証、乙第一号証の1・2、第二ないし第七号証、第八号証の1・2、第一二な
いし第一五号証、第一七ないし第二二号証、証人の証言、原告(八名)の各本人尋
間の結果並びに別論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被告国は、郵政省の下、全国に二万四〇〇〇余りの郵便局を設置し、独立
採算制の下、郵政事業を営んでいるが、その主たる事業(郵政事業)は、郵便事
業、為替貯金事業、保険年金事業である。しかしながら、右三事業は、郵便事業に
関しては民間宅配業者との競合や競争原理の導入、高度化、多様化してきた電気通
信メディアとの代替関係などの点において、為替貯金事業に関しては金融の自由化
の一層の進展や預貯金金利の引き下げによる他の金融商品に対する人気、選好の高
まり、あるいは郵便貯金の根幹をなしてきた非課税貯蓄制度の改定などの点におい
て、保険年金事業に関しては低金利下における資金の運用利回りの低下や急速な高
齢化社会の到来、金融機関の垣根の低下などによる競争の激化などの点において、
いずれも厳しい環境条件の中に置かれている。
(2) このような状況の下、郵政省では、昭和六二年一一月、郵政事業を活性化
し、競争力を強化していくための方策の一つとして、効率化、合理化の推進による
経営基盤の強化、サービスの改善、新商品の開発による需要の拡大、職員の意欲の
高揚、能率の向上等を内容とするマンパワーの高揚を目的とした「郵政事業活性化
計画」(乙第六号証)を策定し、具体的施策の推進を図った。
 近畿郵政局は、郵政省の右施策を受け、同郵政局管内の郵便局長等に対し、職場
の現状を的確に把握し分析を行った上で、営業活動の積極的な推進、国民利用者の
要求にこたえる各種サービスの提供及び職員の意識変革等に資する具体的施策を、
昭和六三年度から三年間を目処に実施するよう指導した(「郵政事業活性化計画の
推進について(通達)」)、乙第七号証)。
(3) ところで、そのころの近畿郵政局管内の業績は、他郵政局管内に比して、
前記三事業とも低迷しており、近畿郵政局管内においては、これまでの業績低迷か
ら脱却するため、全職員が持てる力を発揮し、当面する重要課題に対処していかな
ければならないことから、前記郵政事業活性化計画に基づく各種施策はもとより、
すべての施策の基本を「国民利用者のために」と位置づけ、管内を挙げて取り組む
こととした。
(4) 前記平成二年五月二四日付けの達及び通達による氏名札着用の義務づけ
も、前記郵政事業活性化計画と趣旨を同じくする施策の一環として行われたもので
あるが、その目的とするところは、公共性と効率的な事業運営の要請という郵政事
業の特質を踏まえて、それに携わる個々の職員が自己の職責を自覚するとともに、
利用者たる国民に対し、正確、迅速、親切、丁寧な、質の高いサービスを提供し、
その信頼を獲得することにあった。すなわち、氏名札着用は、対外的には、利用者
に対し、取扱者としての職員の氏名を明らかにすることによって、利用者の信頼を
獲得し、より一層のサービスの向上を図るとともに、対内的には、組織運営に当た
って、自己規律、職責の自覚、職員間の連帯感の醸成及び職場秩序の維持を図るこ
とを目的としたものであった。
(5) なお、近畿郵政局管内の各郵便局等においては、達や通達と同様の目的か
ら、既に、昭和三〇年代には氏名札の着用指導が行われていたが、この指導は、各
郵便局長等の裁量に基づくものであり、指導の有無や状況、その徹底度は、必ずし
も一律ではなかったし、職員の氏名札着用状況も充分なものではなかった。
 そこで、前記郵政事業活性化計画が策定され、前記達及び通達の発出を契機に、
氏名札着用の義務づけについても、近畿郵政局管内での統一的な指導を行うことと
された。
(6) 前記達及び通達に基づく氏名札着用の指導の結果、近畿郵政局管内におい
ては、職員の大半が氏名札を着用するようになり(平成三年三月時点での着用率
は、九九・七パーセント)、着用していないのは、原告らを含め、僅かな職員にす
ぎない。
 また、原告らの多くは、全逓信労働組合に加入しているが、右労働組合も、氏名
札着用については、積極的には反対しておらず、右労働組合の組合員の多くは、氏
名札を着用している。
(7) ところで、国家公務員である原告ら郵政省職員は、法令及び上司の命令に
従う義務を負っている(国家公務員法九八条一項、郵政省就業規則五条二項)が、
職員に対する服務統督権限は、郵政大臣から委任を受けた郵便局長等が有しており
(国家行政組織法一〇条、郵政省設置法一二条、六条一項、九項、郵政省職務規程
二条)、原告らに対する氏名札着用の義務づけは、被告局長らが右服務統督権限に
基づいて行ったものである。
 被告局長らは、達及び通達を受けて、氏名札の着用を職員に義務づけるととも
に、改めてミーティング等において、氏名札着用の目的、必要性等について、職員
に周知指導を行い、その結果、職員の大半は、氏名札を着用するようになったが、
原告らは、右指導に従わなかった。そこで、被告局長らは、原告らに対し、個別に
氏名札着用の目的や必要性等を説明して個別に指導したが、原告らがこれに応じな
かったため、より厳正な指導、措置を執る旨原告らに警告した。しかし、原告ら
は、それでも氏名札着用を拒否したため、郵便局長等は、原告らに対し、職務命令
であることを示したうえでの警告を行い、さらに、注意、訓告と順次厳格な処分を
行った。
 なお、右訓告は、郵便局長等が部下職員の懲戒処分に至らない程度の義務違反に
対して、これを戒め、注意を喚起するために、郵政部内職員訓告規程に基づいて行
った処分であり、右注意は、「職員の過失処分について」と題する通達に規定され
た、部下職員の職務遂行上の改善向上に資するための制裁的実質を伴わない措置で
ある。
(8) 近畿郵政局管内の郵便局等における氏名札の不着用者に対する指導や処分
については、ある時期まで注意は行ったが訓告処分には至らなかった例、処分がな
されなかった例、同一年度に訓告処分を五回受けたにもかかわらず定期昇給が減ぜ
られなかった例なども散見されるが、これらは、各郵便局等の局情や他の改善を要
する事項との兼ね合い、取扱上の過誤によるものであって、右定期昇給が減ぜられ
なかった例については、後日、是正措置が執られている。
(二)(1) 右認定の事実によれば、郵政省は、郵便事業の置かれた厳しい状況
を克服し、事業の改善を図るため、対外的には郵便事業に携わる職員の氏名を明ら
かにすることにより、利用者である国民の信頼を獲得し、郵便事業の業績の向上を
図るとともに、対内的には郵便局等の職員の自覚を促し、職員相互の連帯感の醸
成、職場秩序の維持等を目的として、前記郵政事業活性化計画を策定し、職員に対
して、氏名札着用の指導を続けてきた。そして、達及び通達が発出されたのを機
に、近畿郵政局管内の統一的な指導として、氏名札着用が命じられたのであるが、
右の経緯や当時の近畿郵政局の状況等に照らせば、右氏名札着用の指導は、その目
的において、正当性があるというべきであるし、また、原告ら郵政職員が取り扱う
職務が信書や貯金、保険等利用者のプライバシーや金銭の受渡しに関するものであ
り、氏名札の着用が、取扱担当者を明らかにするなど、利用者である国民の郵便事
業に対する信頼を増大することが期待でき、右目的を実現するための一方法とし
て、相応の効果があるといい得ることに鑑みれば、右目的実現のために氏名札着用
という手段を採用したことも是認できるというべきである。そして、氏名札着用
は、そのサービスの利用者である国民の意思を反映し、これに合致するものでもあ
るということができる(これは、乙第九号証の1ないし3及び弁論の全趣旨により
認めることができる。)。
(2) さらに、達によれば、氏名札の記載事項が原則として局所名、課名、役職
名、氏名(姓のみでも差し支えない。)とされていること(乙第一号証の1・
2)、前記のとおり、氏名札の着用が義務づけられるのは勤務時間中に限られてい
ること、達及び通達発出の相当前から氏名札着用の指導が行われていたこと、近
時、民間企業や他の官公庁等においても、職員が勤務中ネーム・プレートを着用す
る例が増加していること(右は、乙第一〇号証、第一一号証の1ないし3により認
めることができる。)に鑑みれば、氏名札着用の態様も相当であるし、一般人を基
準としてみたとき、氏名札の着用による精神的な負担も、ごく僅少というべきであ
る。
(3) もっとも、氏名札着用が職責の自覚や職員間の連帯感の醸成にどれほどの
効果があるかを客観的に明らかにすることは困難であるし、また、内勤者のうち、
通常直接利用者と接する機会のない者については、利用者の信頼の獲得という前記
氏名札着用の目的の一つが欠けることになるから、職員の勤務内容や所属部署にか
かわらず、氏名札着用を一律に義務づけたことが適当であったかどうかが問題とは
なり得る。
 しかしながら、氏名札着用による職責の自覚や職員相互の連帯感の醸成といった
効果は、これを可視的に検証することが困難であるとしても、少なくとも、氏名札
着用は、右の効果を上げるための一つの方法として観念できるし、相応の効果を期
待することもできる。また、原告(六名)の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨
によれば、郵便局等の各職場のいずれにあっても、内勤、外勤を問わず、程度の差
はあれ、職員が利用者や部外者と接する機会があることが認められる。さらに、管
理者は、職務命令の発出に当たって、ある目的を達するために、どのような命令を
どの範囲の職員に対して発するかなどの点について、合理的裁量権を有するという
べきであるところ、前記のとおり、氏名札着用は、そもそも、正当な目的に基づく
ものであり、かつ、それにより相応の効果を上げることも期待できること、また、
内勤、外勤を問わず、程度の差はあれ、職員が利用者や部外者と接する機会がある
こと、氏名札の着用による精神的な負担も、ごく僅少というべきであること等に鑑
みるとき、被告局長らが内勤者のうちの直接利用者と接する機会の少ない者を含め
た全職員に対して氏名札着用の職務命令を発したことも、合理的裁量の範囲内にあ
るというべきであるから、氏名札着用を一律に義務づけた被告局長らの措置は、是
認できるというべきである。
(4) 以上判示の事情を考慮すれば、被告局長らが、原告らに対し、氏名札の着
用を義務づけた措置は、正当というべきである。そして、氏名札着用に応じなかっ
た原告らに対し、注意や訓告処分を行ったことについても、事前にミーティングに
おいて、氏名札着用の趣旨や目的を知らしめていること、氏名札着用の指示に応じ
ない原告らに対して、個別に指導を行っていること、訓告処分を行う前に、警告や
注意をしていること、注意、訓告が内規に基づいたものであることや訓告という処
分の性質など、いずれの点を考慮しても、被告局長らの措置には、何ら違法はない
というべきである。
(三) これに対し、原告らは、氏名札の着用によって、原告らの氏名が明らかに
なり、他人に悪用されたり、個人攻撃や差別を受ける契機となる旨を主張するが、
そのような事態は、氏名の表示に通常伴って発生するとはいえないから、右主張は
失当である。
(四)(1) 原告らは、さらに、入局以来長年にわたって氏名札の着用を強制さ
れたことはなく、また、職種、部署、業務内容を問わない氏名札の一律かつ強制的
な着用は、合理的理由がない旨を主張する。
(2) しかしながら、前記判示のとおり、各郵便局等においては、達及び通達の
発出の相当前から個別に職員に対する氏名札着用の指導が行われていたことに鑑み
れば、これまで氏名札の着用が処分をもって強制されたことがなかったとしても、
そのことから、直ちに氏名札着用の職務命令に合理的理由がないということはでき
ない。
(3) さらに、前記のとおり、氏名札の着用を一律に義務づけたことも不当であ
るとはいえない。
(4) よって、原告らの右主張は採用しない。
(五)(1) 原告らは、氏名札の一律着用の強制が強圧的な労務管理政策の一環
であり、当局への不合理な服従を強い、原告らの職場における自覚や労働組合の団
結意識を弱体化させるものであるばかりでなく、合理的理由の説明もなしに強行さ
れ、訓告の懲戒が極めて恣意的、不平等に行われ、また、短時間のうちに何度も繰
り返しなされるなど、原告らに実損を余儀なくさせるもので、職権濫用である旨を
主張する。
(2) しかしながら、前記のとおり、氏名札の着用には、合理的な理由があり、
その実施に当たっては、その目的及び必要性等について、十分な説明等をなしてい
るところである。この点、原告らの、氏名札の着用が強圧的な労務管理政策の一環
であり、当局への不合理な服従を強いるものである等の主張は、独自の見解に基づ
くものであって、これを認めるに足る的確な証拠はない。
 また、前記のとおり、原告らの多くが所属する全逓信労働組合が氏名札着用に積
極的には反対していないこと、右労働組合の組合員を含む職員のほとんどが氏名札
を着用していることに照らせば、氏名札の着用が原告らの職場における自覚や労働
組合の団結意識を弱体化させるものとすることもできない。
 確かに、前記認定のとおり、各郵便局における氏名札着用の指導や注意、訓告処
分の発令状況は、必ずしも一様ではなく、多少の不統一があったことは否定できな
いものの、そのような取扱いの差異が生じたのは、各郵便局等における特有の事情
があったり、取扱上の過誤があったりしたためで、その是正措置が執られた例もあ
る。さらに、氏名札着用の指導や注意を行い、これに応じない者に対しては処分を
もって臨むことなど、各郵便局等の氏名札着用についての基本的考えや姿勢は、こ
れを同じくしていたのであるから、各郵便局等における右取扱いが不統一であった
との一事をもって、被告局長らの懲戒処分が恣意的、不平等に行われたとすること
はできない。また、原告らに対する訓告も、合理性を欠く程の短期間に繰り返しな
されたとはいえない。
(3) 以上判示のとおり、原告らの右職権濫用の主張も、失当といわなければな
らない。
3 以上判示の次第で、被告局長らが原告らに対して行った氏名札着用を命ずる職
務命令の発出及びこれに引き続きなされた注意、訓告は、正当かつ合理的な理由に
基づくものであって、いずれも適法であるから、この点につき、原告ら主張の不法
行為が成立する余地はない(なお、第二六号事件原告(一名)は、平成四年一〇月
二六日付け訓告が氏名札不着用を理由とするものであるとして、氏名札不着用を理
由とする他の訓告とともに、右訓告の違法を主張するが、本件において、右訓告が
氏名札不着用をも理由とするものであるとの事実を認めるに足る証拠はない。かえ
って、乙第一六号証によれば、右訓告は、同原告がユニフォームを正常に着用しな
かったことを理由とするものであることが認められる。なお、甲第六一号証によれ
ば、訓告の処分理由において、氏名札不着用とユニフォームを正常に着用しなかっ
たことを明確に区別して記載していることが認められることに照らし、右訓告の処
分理由が氏名札不着用の趣旨をも含むということはできない。仮に、右訓告が氏名
札不着用をも理由とするものであるとしても、前判示のとおり、氏名札不着用を理
由として訓告処分をすることは何ら違法でない。したがって、いずれにしても、同
原告のこの点の主張は理由がない。)。
 したがって、原告らの被告国に対する請求は、その余の点について判断するまで
もなく、いずれも失当といわなければならない。
第五 結語
 以上の次第で、原告らの被告国を除くその余の被告らに対する本件各訴えはいず
れも不適法であるから却下し、原告らの被告国に対する請求はいずれも理由がない
から棄却することとして、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九
三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中路義彦 長久保尚善 井上泰人)
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