弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
押収してある出刃包丁1本(平成15年押第68号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成15年3月23日午後9時から同日午後9時30分ころまでの
間,神戸市a区bc丁目c番地市営d団地e号棟f号室の自宅において,夫である
A(当時69歳)を殺害しようと企て,前記自宅南西側和室で就寝中の同人に対
し,所携の出刃包丁(刃体の長さ約16.8センチメートル。平成15年押第68
号の1)でその左頸部及び左鎖骨部を3回突き刺したが,同人に加療約8か月間を
要する左頸部及び左鎖骨部刺切創並びに左腕神経叢損傷の傷害を負わせたにとどま
り,その目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)―括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―
省略
(補足説明)
第1 争点の整理等
   弁護人は,被告人にはA(以下「被害者」という。)に対する殺意がなかっ
たので殺人未遂罪は成立せず傷害罪が成立するに止まる旨,また,被告人には自首
が成立する旨主張し,殺意の点に関しては,被告人も,当公判廷ではこれに沿う供
述をするが,当裁判所は,被告人には被害者に対する確定的殺意が認められるし,
自首は成立しないと判断したので,以下,その理由について補足して説明する。
第2 前提事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
 1 本件凶器の性状,保管状況等
   本件凶器となった判示出刃包丁(以下,「本件包丁」という。)は,長さ約
16.8センチメートルの,先端部分を含め鋭利な刃物であって,刃先から約11
センチメートルに渡り被害者の血液と認められる血痕が付着している。
   本件包丁は,主に被害者が使用し,安全のため,刃の部分にアルミ箔を巻き
付け被告人宅台所の水屋の中に保管されていたもので,被告人は,日常,本件包丁
を使用することはなかった。
 2 被害者の創傷の部位,程度
  被害者の創傷は,①長さ約3センチメートルの左頸部刺切創,②長さ約1セ
ンチメートルの左頸部刺切創,③長さ約4.5センチメートル,深さ約6センチメ
ートルの左鎖骨部刺切創で,いずれの傷も鎖骨下動脈及び鎖骨下静脈の直近にあ
り,この動静脈を傷つけていれば,致命傷となる危険性は十分にあった。
 3 犯行に至る経緯
   被告人は,昭和35年被害者と婚姻し,昭和46年ころから神戸市g区に居
住し,その間,2子を育て上げて平成10年被害者とともに同市a区へ転居した
が,近所に気の許せる友人ができず,被害者が独断で引越を決めた等として同人に
対しうっ屈した不満を抱いていた。また,被告人と被害者は,平素は仲がよいもの
の,互いに酒好きで飲酒した際には激しい夫婦げんかを繰り返していたが,前記転
居後はその頻度や激しさを増していた。
   本件犯行当日,被告人は,被害者と昼ころから飲酒して些細なことから口論
となり,被害者が外出したため,自宅でコーヒーカップに入れた日本酒を飲むなど
していたところ,友人らが被害者の誕生祝いにやってきたため,被害者の外出先で
ある居酒屋に友人らを連れて行き,被害者に友人らが被害者を祝いに来てくれた旨
話したが,被害者が友人らと同席せずカラオケばかり歌い,被告人と友人らが帰る
際にも見送りに来なかったとして立腹した。被告人は,帰宅後も飲酒を続け,帰宅
した被害者と激しい口論となったが,被害者は,同日午後8時10分過ぎころ,判
示南西側和室で就寝した。その後,被告人は,水屋から本件包丁を持ち出して被害
者の部屋に赴き,睡眠中の被害者の頭の右横に立ち,右手で本件包丁を逆手に持っ
てこれを被害者に向
け3度,振り下ろすように刺突して,被害者に対し前記2の創傷を負わせた。
 4 犯行後の状況
   被告人は,本件犯行後の午後9時42分ころ,知人に電話して,「主人とけ
んかになって,殺してしまった。」などと伝え,知人らの通報により駆けつけた救
急隊員や警察官に対して,「私がやりました。」とか,「今日は殺そうと思い被害
者を刺した。」などと述べた。なお,同月24日午前0時10分ころに計測された
被告人の呼気1リットル中のアルコール濃度は,約0.5ミリグラムであった。
第3 判断
 1 被告人は,捜査段階においては,被害者に対する殺意を認めていたが,当公
判廷においてはこれを否認している。
しかしながら,第2の2でみた被害者の創傷は,いずれもその頸部ないし肩
部にあり,その直近には鎖骨下動静脈があって,これを損傷すれば被害者が死に至
るであろうことは一般常識としても明らかであり,被害者の創傷はその身体の枢要
部にあるというべきであるが,被告人は,わざわざ水屋から本件包丁を持ち出した
上,睡眠中で無抵抗の被害者を3回刺突しており,これらはいずれも被害者の首及
び肩付近に命中しているところ,たまたま手元が狂って同部位を刺突したとする形
跡は全くないのであるから,被告人は同部位付近を狙って攻撃を繰り返したものと
認められる。また,弁護人は被告人には被害者を殺害するような動機がないと主張
するが,本件にあっては,被告人が被害者に対し日頃抱いていた不満を背景に,直
前の夫婦げんかによる
興奮や飲酒に伴う抑制力の減退も相まって,激情の赴くまま犯行に及んだと認めら
れるのであって,その間の事情は,殺意発生の経過ないし動機として十分に首肯し
うるものである。また,犯行後被告人がバスタオルで止血措置をとり,あるいは知
人に電話して本件犯行を告げたことも,殺意がさほど強固なものであるとまではい
えず,突発的犯行である本件にあっては,格別不自然であるとはいえない。そし
て,これらの点をはじめ,前記認定の本件凶器の形状,性能,被害者の創傷の部
位,程度,本件犯行に至る経緯,刺突の状況等を総合すると,被告人は確定的殺意
をもって被害者を刺突したと認めるに十分である。
そして,被害者に対する殺意を認める被告人の捜査段階における供述は,相
当程度具体的,詳細で捜査段階を通じて一貫しており,飲酒,興奮等の影響で記憶
のない部分もある旨供述しつつ,おおむね,覚えていないことは覚えていないもの
として録取されており,その信用性は十分である。この点,被告人は,当公判廷に
おいて,捜査段階では何を供述したのか覚えていないし,調書に署名した覚えもな
いなどと弁解するが,相当期間にわたる捜査段階の供述のほとんどについて単に記
憶がない等と強弁するのみであって,被告人の捜査段階の供述調書の信用性に疑問
を生じさせるものではない。
以上のとおりであるから,被告人は,被害者に対する確定的殺意をもって被
害者を刺突したものと認めるのが相当である。
 2 そこで,進んで自首の成否について検討すると,前記第2の4のとおり,被
告人は知人に電話して事実を伝え,その後駆けつけた警察官等の事情聴取の際犯罪
事実を自認したものであるが,被告人が捜査機関に対して自発的に自己の犯罪事実
を申告しその処分を求めたものではないから,法律上の自首が成立しないことは明
らかである。
 3 弁護人の主張はいずれも理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するので,所定刑中有期懲役
刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法2
5条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,押収
してある出刃包丁1本(平成15年押第68号の1)は判示犯行の用に供した物で
被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを
没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担さ
せないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,自宅において,就寝中の夫を出刃包丁で刺突して殺害しよう
としたが,判示の傷害を負わせたに止まった殺人未遂の事案である。
 本件に至る経緯は前述のとおりであって,被告人は,被害者が独断で長年住み慣
れた旧住居からの転居を決めたことなどについての不満を抱き,うっ屈した心情に
あったところ,本件犯行当日,飲酒して被害者とけんかしたことを契機に,これら
のうっ屈した感情を一気に爆発させて本件犯行に及んだものであるが,被告人とし
ては,前記のような問題について,飲酒していない状態で被害者や家族と話し合う
などしてその改善を図るべきは当然であって,短絡的な犯行動機には格別酌量すべ
きものはない。犯行態様も,就寝中で抵抗できない被害者目がけ,殺傷能力の極め
て高い出刃包丁で3回突き刺したもので,被害者は,全治約8か月の重傷を負った
だけでなく,後遺症により日常生活に支障をきたし,リハビリを余儀なくされるな
ど,その結果は重大
である。
 しかしながら,殺意はさして強固なものとまでは認められないこと,突発的犯行
であってその背景には飲酒や高齢に伴う抑制力減退が窺われること,被告人自身が
犯行後まもなく知人に被害者を刺した旨電話したことを契機に早期の救命措置が可
能となり,幸い犯行が未遂に終わったこと,被害者の前記後遺症はリハビリにより
改善傾向にあるところ,被害者である夫は,当公判廷において明確な宥恕の意思を
表明し,被告人の帰りを待ち望んでいる旨述べていること,被告人は本件犯行を強
く反省し,断酒する旨誓っていること,未決勾留が約半年間に及び,被告人はその
間反省の日々を送ったこと,被告人が高齢であって,前科前歴がないこと,被告人
の息子らが被告人を監督する旨誓っていることなど,被告人のためにしん酌すべき
事情も認められるの
で,被告人に対し,社会内において被害者を介護させつつ反省贖罪の日々を送らせ
ることが相当であると判断し,主文のとおり量定したうえ,今回に限りその刑の執
行を猶予することとした。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成15年9月29日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官   杉 森 研 二
   裁判官橋 本   一
   裁判官沖   敦 子

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