弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三年に処する。
     原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
     ただしこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 (控訴趣意)
 弁護人金田善尚提出の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。
 (当裁判所の判断)
 控訴趣意第一点について、
 所論は、おおよそ次のとおり主張するものである。すなわち、原判決は、激告人
が被害者と海岸波打際附近で取つ組み合いの喧嘩をし、波打際から次第に海の中に
入つて行き、互いに相手を殴打したりして被害者と揉み合つているうち、波打際か
ら数メートル離れた沖合の深みにいたり、その背丈が水深に及ばなくなつた被害者
が被告人にしがみつこうとするやこれを突き離し、よつて同人をそのころ同所付近
の海水中において溺死するにいたらしめた旨判示し、水深が背丈に及ばなくなつて
から後の被告人の行為が法律上責任ある旨判決している。ところで原判決の被告人
が被害者を突き放した外形事実はあるが、右は被告人も溺死しようとするのから逃
がれるためのものであつて期待可能性がなく責任のない行為である。これを詳言す
ると、当時被告人は六軒の飲食店で酒を飲んで酩酊しており、しかも体力的にまさ
る被害者との格闘により疲労しきつていたばかりでなく、被告人は泳ぐことができ
たといつてもそれほど泳ぎが上手ではなく、いわんや溺れたものを救助する知識も
なかつたこと、被害者からしがみつかれた際被告人自身も背丈のとどかない海水中
において自分も溺れないため懸命に泳いでいた最中であつたこと、被害者を突き放
し漸く逃れてから数米の陸上まで上る力もなく被告人も波打際に倒れてしまつたこ
となどの状況に照らすと、右の場合自分が溺死しないように努めることは人情で、
自分も一緒に溺死する可能性が多分というよりむしろ確定的のとき被害者を突放す
ことをしないで救助することを被告人に期待することはとうていできない状態にあ
つたといわなければならない。要するに本件は被告人と被害者が喧嘩闘争中に深み
に落ちて被害者が溺死した事案で、深みに落ちる前の喧嘩闘争中の暴行と溺死とは
相当因果関係があると認定されてもやむを得ないが、深みに落ちた後の被告人の行
為についても法律上有責であるように判示した原判決はいわゆる期待可能性に関す
る事情存否について誤つた認定をしたか、もしくは期待可能性についての法令の解
釈、適用を誤つたものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすものであるから原判
決は破棄されるべきである。
 <要旨>よつて検討するに、原判決挙示の各証拠及び当審における事実取調の結果
を総合すると、本件は、まさに所論のように、被告人と被害者が海中におい
て喧嘩闘争中に知らず知らず深みに落ち泳ぎのできない被害者がついに溺死するに
いたつたもので、深みに落ちるまでの喧嘩闘争中の暴行と右溺死との間に因果関係
が認められるため、被告人に傷害致死の責を負わすべき事案であり、その間のすべ
ての事情もまた所論のとおり認めることができる(被告人が被害者を突きはなした
際の心境の点について、被告人の司法警察員に対する供述調書には、前記喧嘩闘争
行為の継続として被害者に対する憎悪の念から被害者を突きはなしたものであると
の趣旨の供述記載があるが、右供述は被告人の検察官に対する各供述調書の記載に
徴してもとうてい被告人の真意に出たものとは認めがたく、原判決もまた証拠とし
て掲げていない。)。しかるに原判決は、所論のとおり「……その背丈が水深に及
ばなくなつた被害者が被告人にしがみつこうとするやこれを突き離し」と判示して
いるため、あたかも一見右の突き離した行為が本件傷害致死罪を構成する暴行にあ
たるものと認定したかのように思われないでもないけれども、原判決の掲げる証拠
と対照して原判文を通読すれば、右判示の部分は単に事情を述べたに過ぎず、罪と
なるべき事実としては必ずしも前述の当審認定と異る趣旨に出たものとは認められ
ない。してみれば所論のいわゆる「期待可能性がないから責任がない」旨の主張
は、その前提を失うことになるので、結局論旨は理由がない。
 控訴趣意第二点について、
 所論は要するに原判決の量刑不当を主張するものである。
 よつて検討するに、記録によれば、本件犯行の大要は前記のとおりであつて、そ
の招来した結果はまことに重大であるといわなければならないが、致死の原因とな
つた暴行の態様は、素手で殴り揉み合うという単純なもので通常は死の結果を伴う
ものでなく、たまたまそれが海中でしかも双方泥酔のうえ行われたため両名とも知
らず知らずのうちに深みに落ちついに泳ぎのできない被害者が溺死するにいたつた
ものであつて、むしろ不慮の災難に近い出来事といつてよい。なるほど溺れかかつ
た被害者が被告人にしがみつこうとしたところこれを突き離したという事実は認め
られる。しかし、前述のように、それは被害者に対しことさらに暴行を加える意図
でしたものではなく、むしろ相手からしがみつかれそのままでは自分自身も溺死し
てしまうと考え、一途に相手から逃げようとする無我夢中の気持からであつたと推
認されるのであつて、これをとらえて被告人の責任をとかくいうことは酷に失す
る。また被告人が陸にはい上つてから直ちに助けを求めなかつたこと、又関係者に
対し当初事の真相をありのままに述べなかつたことなどの事実は存するが、当時泥
酔して事件を起した後のこととて被告人が肉体的にも相当疲労困ぱいしており、精
神的にも大きな衝撃を受けていたことなどを察すると、一概にこれを非難すること
は必ずしも妥当でないように思われる。もともと被告人と被害者とは平素から勤務
先を同じくする親しい飲友達であり、当夜も被告人は被害者から誘われて数軒の飲
屋を歩き廻つたのち、さ細なことから口論となり前述のような喧嘩闘争に発展した
ものでことに海辺で闘争するにいたつた点については、最初海辺に導いたのもそこ
で乱暴をしかけたのも被害者の方で、むしろ被害者が挑発したともいうべく、その
死の結果については被害者自身に大いに負うべき責があつたといわざるをえない
(よく一般に「死人に口なし」といわれるけれども、当時被告人は他町から通勤し
ていたもので本件犯行場所にいたる地理に明るくなかつたことがうかがわれるし、
又被害者は平素から酒癖がわるく乱暴をする嫌いがあつたことが関係者の証言によ
り認められるので、喧嘩のいきさつに関する被告人の供述にいつわりがあるとは思
われない。)。その他被告人には前科、非行歴などなく、平素の行状性格にも粗暴
なふしは見られないこと、並びに被害者の遺族に対し被告人は慰藉料を支払つて示
談し被害者の遺族においても宥恕の意思を表明していることなど諸般の情状を考慮
すると、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であり、原判決の科刑は重
すぎると認められる。論旨は理由がある。
 よつて本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項により原判決を
破棄し、同法第四〇〇条但書により次のとおり自判する。
 (当審の判決)
 原審の確定した事実に法令を適用すると次のとおりである。
 被告人の所為につき刑法第二〇五条第一項、原審における未決勾留日数の算入に
つき同法第二一条、刑の執行猶予につき同法第二五条第一項、原審及び当審におけ
る訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文、
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 足立進 判事 浅野豊秀 判事 渡部保夫)

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