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平成21年8月31日判決言渡
平成20年(行ケ)第10440号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年6月24日
判決
原告ノキアコーポレーション
訴訟代理人弁護士芹田幸子
訴訟代理人弁理士朝日奈宗太
同藤森洋介
被告特許庁長官
指定代理人板橋通孝
同廣川浩
同山本章裕
同畑中高行
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−25987号事件について平成20年7月14日にし
た審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年10月17日,発明の名称を「広帯域音声コーデック
復号器における高周波拡張階層符号化」とする発明について,特許出願(特
願2002−537004号。パリ条約による優先権主張:優先権主張日
2000年(平成12年)10月18日,優先権主張国米国。以下「本
願」という。)をし,平成17年11月17日及び平成18年7月3日,い
ずれも特許請求の範囲についての手続補正をしたが,同年8月14日付けで
拒絶査定を受け,同年11月16日,拒絶査定不服審判(不服2006−2
5987号事件)を請求した。
特許庁は,平成20年7月14日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月29日,
原告に送達された。
2特許請求の範囲
平成18年7月3日に提出された手続補正書により補正された後の本願の
明細書(以下,図面と併せ,「補正明細書」という。)の特許請求の範囲
(請求項の数28)の請求項の記載は,次のとおりである(以下,請求項1
ないし28に係る発明をまとめて「本願発明」という。)。
「【請求項1】活動的な音声の期間を有する入力信号を実行する方法であ
って,
高周波数成分と低周波数成分とを有する合成された音声信号を送信するため
に,
符号化と音声合成化の過程で,前記入力信号が高周波数帯域と低周波数帯域
とに分割され,
該低周波数帯域の音声の特徴であるパラメータが,前記合成された音声の処
理された模擬信号,さらには高周波数成分を送信するために模擬信号を処理
するために使用され,
前記方法が,
能動的な音声期間中に第1の規格化係数によって前記処理された人工信号を
規格化する工程と,
非能動的な音声期間中に第1の規格化係数により前記処理された人工信号を
規格化する工程
とを含み,
前記第1の規格化係数が入力信号の高周波数帯域の特徴であり,
前記第2の基準化係数が入力信号の低周波数帯域の特徴である
方法。
【請求項2】前記処理された人工信号が,合成された音声の高周波数成分
の特徴である周波数範囲でフィルターをかけられた信号を送信するために,
ハイパスフィルターをかけてなる請求項1記載の方法。
【請求項3】前記周波数範囲が,6.4∼8.0kHzの範囲である請求
項2記載の方法。
【請求項4】前記入力信号が,合成された音声の高周波数成分に特有の周
波数範囲でフィルターをかけた信号を送信するために,ハイパスフィルター
をかけ,前記第1の規格化係数が評価されてなる請求項1記載の方法。
【請求項5】前記非活動的な音声期間が,音声残存期間と快適なノイズ期
間とを含み,前記音声残存期間中に処理された人工信号を計量化するため
に,第2の規格化係数が,フィルターをかけられた信号から評価されてなる
請求項4記載の方法。
【請求項6】前記合成された音声の低周波数成分が入力信号の符号化され
た低周波数帯域から再構成され,音声ハングオーバ期間中に処理された擬似
信号を規格化するための第2の規格化係数が合成された音声の低周波数成分
から評価される請求項5記載の方法。
【請求項7】快適なノイズ期間中に処理された擬似信号を規格化するため
の前記第2の規格化係数が,合成された音声の低周波数成分から評価される
請求項6記載の方法。
【請求項8】符号化されたビットストリームを符号化するための受信端末
に伝送する工程をさらに含み,当該符号化されたビットストリームが第1の
規格化係数を示すデータを含む請求項6記載の方法。
【請求項9】前記符号化されたビットストリームが,音声ハングオーバ期
間中に処理された擬似信号を規格化するための第2の規格化信号を示すデー
タを含む請求項8記載の方法。
【請求項10】前記処理された擬似信号を規格化するための第2の規格化
係数が受信端末に送信される請求項8記載の方法。
【請求項11】前記第2の規格化係数が合成された音声の低周波数成分か
ら決定された傾斜係数を示す請求項6記載の方法。
【請求項12】前記快適なノイズ期間中に処理された擬似信号を規格化す
るための第2の規格化係数が,合成された音声の低周波数成分から決定され
るスペクトル傾斜係数を示す請求項7記載の方法。
【請求項13】前記第1の規格化係数が,処理された擬似信号からさらに
評価される請求項4記載の方法。
【請求項14】活動的な音声期間および非活動的な音声期間を監視するた
めに入力信号に基づいて活動的な音声情報を送信する工程をさらに含んでな
る請求項1記載の方法。
【請求項15】前記音声パラメータが,入力信号の低周波数帯域の特徴で
ある線形予測コード係数を含む請求項1記載の方法。
【請求項16】能動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信
号を符号化し,かつ復号化するための音声信号の送信および受信システムで
あって,
高周波数成分と低周波数成分とを有する合成された音声信号を送信するため
に,
前記入力信号が,符号化および音声合成処理により高周波数帯域と低周波数
帯域とに分割され,
前記入力信号の低周波数帯域の特徴である音声パラメータが,合成された音
声の高周波数帯域成分を送信するために,受信機内で擬似信号を処理するた
めに使用され,
前記システムが,
前記入力信号に応答して,前記入力信号の高周波数帯域の特徴である第1の
基準化係数を送信するための送信機内の第1の手段と,
前記送信機から符号化されたビットストリームを受信するための受信機内の
デコーダであって,当該符号化されたビットストリームが第1の規格化係数
を示すデータを含む音声パラメータを含み,
前記音声パラメータに応答して第2の規格化係数を送信するための第2の手
段であって,前記処理された人工信号を非活動的な音声期間中に該第2の規
格化係数によって基準化し,前記処理された擬似信号を活動的な音声期間中
に前記第1の規格化係数によって規格化するための第2の手段
とを備え,
前記第1の規格化係数が前記入力信号の高周波数帯域の特徴であり,前記第
2の規格化係数が前記入力信号の低周波数帯域の特徴である
システム。
【請求項17】前記第1の手段が,前記入力信号をハイパスフィルタにか
け,合成された音声の高周波数成分に対応する周波数範囲を有するフィルタ
にかけられた入力信号を送信するためのフィルタ手段を備え,前記第1の基
準化係数が当該フィルタにかけられた入力信号から評価される請求項16記
載のシステム。
【請求項18】前記周波数範囲が6.4∼8.0kHzの範囲である請求
項17記載のシステム。
【請求項19】合成された信号の高周波数成分に対応する周波数成分に対
応する周波数範囲でハイパスフィルタにかけられたランダムノイズを送信
し,当該ハイパスフィルタにかけられたランダムノイズに基づいて前記第1
の規格化係数を修正するための第3の手段を備えてなる請求項17記載のシ
ステム。
【請求項20】前記入力信号に応答して,送信機に活動的な音声期間と非
活動的な音声期間とを監視するための音声活動検出モジュールをさらに備え
てなる請求項16記載のシステム。
【請求項21】前記第1の規格化係数に応答して,送信機に符号化された
第1の規格化係数を送信するための利得量子化モジュールであって,送信す
るための符号化されたビットストリーム中の符号化された第1の規格化係数
を示すデータを含んでなる請求項16記載のシステム。
【請求項22】前記第1の規格化係数に応答して,送信機に符号化された
第1の規格化係数を送信するための利得量子化モジュールであって,送信す
るための符号化されたビットストリーム中の符号化された第1の規格化係数
を示すデータを含んでなる請求項19記載のシステム。
【請求項23】活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信
号を符号化するための方法であって,当該入力信号が高周波数帯域と低周波
数帯域とに分割され,合成された音声の高周波数成分を送信するための擬似
信号を処理するためにデコーダに音声パラメータを使用できるように,低周
波数帯域の特徴である音声パラメータを含む符号化されたビットストリーム
を送信するために,前記入力信号の低周波数帯域に基づく規格化係数が,非
活動的な音声期間中に処理された擬似信号を規格化するために使用され,
前記エンコーダが,
前記入力信号に応答して,前記入力信号をハイパスフィルターにかけ,ハイ
パスフィルターにかけられた信号を合成された音声の高周波数成分に対応す
る周波数範囲で送信し,さらに当該ハイパスフィルターにかけられた信号に
基づく規格化係数を送信するための手段と,
前記規格化係数に応答して,前記規格化係数を示す符号化された信号を符号
化されたビットストリームで送信し,その結果デコーダが符号化された信号
を受信することができ,前記活動的な音声期間中に処理された擬似信号を規
格化するために規格化係数を使用してなる
エンコーダ。
【請求項24】高周波数成分と低周波数成分とを有する合成された音声を
送信するために,符号化されたビットストリームをデコーダに送信するよう
に構成された移動局であって,
前記符号化されたビットストリームが入力信号を示す音声データを含み,該
入力信号が活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有し,高周波数帯域
と低周波数帯域とに分割され,当該音声データが前記入力信号の低周波数帯
域の特徴である音声パラメータを含み,その結果デコーダが該音声パラメー
タに基づいて合成された音声の低周波数成分を送信し,かつ合成された音声
の低周波数成分に基づいて,該音声パラメータに基づく擬似信号を着色し,
規格化係数によって着色された擬似信号を規格化することができ,
非活動的な音声期間中に合成された音声の高周波数成分を送信するために,
前記移動局が,
合成された音声の高周波数成分に対応する周波数範囲で入力信号をハイパス
フィルター(「背パスフィルター」とあるのは「ハイパスフィルター」の誤
記と認める。)にかけ,さらにハイパスフィルターにかけられた信号に基づ
いて規格化係数を送信するためのフィルターと,
さらに規格化係数に応答して,符号化されたビットストリーム中で規格化係
数を示す符号化された信号を送信して,その結果デコーダが規格化係数に基
づいて活動的な音声期間中に着色された擬似信号を規格化することができる
量子化モジュール
とを備えてなる移動局。
【請求項25】高周波数成分と低周波数成分とを有する合成された音声を
送信するために,移動局からの入力信号を示す音声データを含む符合化され
たビットストリームを受信するように構成された電気通信ネットワークの素
子であって,
当該入力信号が活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有し,該入力信
号が高周波数帯域と低周波数帯域とに分割され,当該音声データが,当該入
力信号の低周波数帯域の特徴である音声パラメータと,当該入力信号の高周
波数帯域の特徴である利得パラメータとを含み,該合成された音声の低周波
数成分が音声パラメータに基づいて送信され,
前記素子が,
前記利得パラメータに応答して,第1の規格化係数を送信するための第1機
構と,
前記音声パラメータに応答して,擬似信号を合成し,ハイパスフィルターに
かけ,合成され,ハイパスフィルターにかけられた擬似信号を送信するため
の第2機構と,
前記第1の規格化係数と音声データに応答して,入力信号の高周波数帯域の
特徴である第1の規格化係数と,当該第1の規格化係数に基づく第2の規格
化係数および合成された音声の低周波数成分の特徴である音声パラメータと
を含む組合せ規格化係数を送信するための第3機構と,
前記合成され,ハイパスフィルターにかけられた擬似信号と組合せ規格化係
数とに応答して,活動的な音声期間中と非活動的な音声期間中に,合成さ
れ,ハイパスフィルターにかけられた擬似信号を,それぞれ第1の規格化係
数と第2の規格化係数とによって規格化するための第4機構
とを備えてなる素子。
【請求項26】活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信
号を示す符号化されたビットストリームを復号するためのデコーダであっ
て,
合成された音声信号を送信するために,当該合成された音声信号が高周波数
成分と低周波数成分とを有し,該高周波数成分が人工信号を使用して合成さ
れ,符号化と音声合成化の過程で,前記入力信号が高周波数帯域と低周波数
帯域とに分割され,前記符号化されたビットストリームが該入力信号の高周
波数帯域の音声の特徴であるパラメータを示す第1のデータおよび該入力信
号の低周波数帯域の音声の特徴である第2のデータを含み,前記デコーダ
が,
処理された人工信号を送信するために,前記第2のデータに基づき前記人工
信号を処理する処理手段と,
能動的な音声期間中に,第1のデータに基づき第1の規格化係数によって前
記処理された人工信号を規格化し,非能動的な音声期間中に,第2のデータ
に基づき第2のパラメータデータにより前記処理された人工信号を規格化す
るための規格化手段とを備えるデコーダ。
【請求項27】前記処理された人工信号に応答して,合成された音声信号
の高周波数成分の特徴である周波数範囲でハイパスフィルタ信号を送信する
ためのフィルタ手段をさらに備えてなる請求項26(「請求26」とあるの
は「請求項26」の誤記と認める。)記載のデコーダ。
【請求項28】前記合成された音声信号の低周波数成分が入力信号の符号
化された低周波数帯域から再構成され,処理された擬似信号を規格化するた
めの第2の規格化係数が合成された音声の低周波数成分から評価される請求
項26記載のデコーダ。」
3審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,補正明細書中の特許請求の範囲
の請求項1ないし28の記載は,いずれも明確とはいえず,特許法36条6項
2号の要件を満たしていないから,本願は拒絶すべきであるというものであ
る。
審決が請求項1ないし28の記載が不明確であるとした理由は,次のとおり
である。
(1)補正明細書の特許請求の範囲の請求項1(以下,単に「請求項1」のよ
うにいう。)には,「音声期間」に関し,「活動的な音声の期間」ととも
に,「能動的な音声期間」及び「非能動的な音声期間」との表現が用いられ
ているが,「能動的」あるいは「非能動的」との表現がどのような技術的概
念を意味するのか不明確である。すなわち,補正明細書の発明の詳細な説明
の記載をみても,請求項1に記載された「活動的な音声期間」については,
補正明細書の「活動状態の音声期間」に対応すると認められるが,「能動的
な音声期間」及び「非能動的な音声期間」については対応する記載がなく,
明細書の発明の詳細な説明の記載を参照しても,「能動的な音声期間」及び
「非能動的な音声期間」の技術的概念が明確でない。
したがって,請求項1及び同請求項を引用する請求項2ないし15の記載
は明確でない。
また,請求項16には,「能動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有
する入力信号を符号化」という表現が,また,請求項26には,「能動的な
音声期間」及び「非能動的な音声期間」という表現が用いられており,請求
項16,26及びこれらの請求項を引用する請求項17ないし22,27,
28の発明も,請求項1の発明と同様に,不明確である。
(2)請求項1には,「模擬信号」及び「前記処理された人工信号」との表現
が用いられているが,補正明細書の発明の詳細な説明の記載を参照しても,
「擬似信号」との表現は用いられているものの,「模擬信号」及び「人工信
号」については記載がなく,「模擬信号」及び「人工信号」がどのような関
係にあるのか不明確である。
したがって,請求項1及び同請求項を引用する請求項2ないし15の記載
は明確でない。
また,請求項16には,「擬似信号」及び「人工信号」との表現が,ま
た,請求項26には,「人工信号」との表現がそれぞれ用いられており,請
求項1の発明と同様に,請求項16,26及びこれらの請求項を引用する請
求項17ないし22,27,28の発明も,請求項1の発明と同様に,不明
確である。
(3)請求項1には,「能動的な音声期間中に第1の規格化係数によって前記
処理された人工信号を規格化」,「非能動的な音声期間中に第1の規格化係
数により前記処理された人工信号を規格化」,「前記第1の規格化係数が入
力信号の高周波数帯域の特徴」及び「第2の基準化係数が入力信号の低周波
数帯域の特徴」と記載されている。
しかし,補正明細書の発明の詳細な説明の記載には,「規格化」の用語は
用いられているが,「規格化係数」及び「基準化」あるいは「基準化係数」
の記載はない。また,上記発明の詳細な説明の記載には,「規格化」あるい
は「規格化係数」とともに,「利得パラメータ」,「倍率」,「利得」,
「規格化利得」,「規格化倍率(利得)」,「利得適応」,「尺度化」等の
類似する様々な表現が用いられており,各用語の関連又は同一性が不明確で
ある。このように,「規格化」,「規格化係数」,「基準化」あるいは「基
準化係数」の用語の概念は明確でない。「規格化」,「基準化」等の用語の
概念が明確でない結果,上記請求項1の各記載の意味も明確でない。
したがって,請求項1及び同請求項を引用する請求項2ないし15の記載
は明確でない。
同様に,「規格化」,「基準化」等の用語が用いられている請求項16な
いし28の記載も明確でない。
(4)上記(1)ないし(3)のほか,請求項1に記載された「入力信号を実行」に
おける「実行」の意味,「第1の規格化係数が・・・の特徴」及び「第2の
規格化係数が・・・の特徴」との表現における「特徴」の意味,「能動的な
音声期間中に第1の規格化係数により前記処理」と「非能動的な音声期間中
に第1の規格化係数により前記処理」といずれも「第1の規格化係数」によ
って処理している点も不明確である。また,請求項6に記載された「人工信
号を計量化」,請求項4ないし7,13,17,27に記載された「評価」
の技術的意味も不明確である。さらに,請求項25における「電気通信ネッ
トワーク」と「素子」との関係も不明である。
(5)以上のとおり,請求項1ないし28の記載は明確とは言えず,特許法3
6条6項2号の要件を満たしていない。
第3当事者の主張
1審決の取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)特許法36条6項2号該当性判断の誤り
(取消事由1),(2)特許法159条2項違反(取消事由2)がある。
(1)特許法36条6項2号該当性判断の誤り(取消事由1)
審決は,第2の3(1)のとおり,「能動的な音声期間」及び「非能動的な
音声期間」の技術的概念が明確でないと判断した。
しかし,審決の判断には,次のとおり誤りがある。すなわち,
ア「能動的な音声期間」及び「非能動的な音声期間」の技術的概念は明ら
かである。
(ア)補正明細書の記載から技術的概念は明らかである。
本願発明は,音声送信のための音声の入力信号の符号化及び復号化に
関する技術である。従来技術では,高周波雑音レベルは基層信号(低周
波)レベル及びスペクトル傾きに基づいて推定され,実際の入力信号特
性に対応していなかった。これは,従来,ダウンサンプリング後の1
2.8kHzのサンプリングレート周波数の2分の1(6.4kHz)
の外側の帯域が廃棄され,使用されていなかったためである。本願発明
は,ダウンサンプリング後の6.0ないし7.0kHzの周波数帯域を
利用して,元の音声信号の高周波成分を用いた符号化,復号化を可能と
することにより,高品質の合成された音声信号を提供するものである。
また,本願発明は,音声信号の高周波成分を用いない他の区間では,音
声信号の低周波数成分により高周波数帯域の音声信号の推定利得を得る
ことにより,符号化,復号化を行う。
このように区間によって異なる利得を調整するための全体的な利得適
応は,次の方程式によって実施できる。
totalscaledestg=αg+(1.0−α)f
ここで,gは,6.0ないし7.0kHzの周波数範囲の着色scaled
された高周波成分から符号化された高周波ノイズを復号化するためのハ
イバンド信号倍率であり,fは,低周波成分から符号化されたノイest
ズを推定により復号化するための推定される利得をいう。αは,α=
(DTX)/7により算出される適応パラメータであhangovercount
totaる。この方程式により,利得を調整するための全体的な利得適応g
が算出される。活動状態の音声中,DTXハングオーバーカウントはl
7に等しいため,αは1.0に等しい。活動状態の音声から非活動状態
の音声への過渡現象中,0<α<1である。音声の非活動状態の間又は
第1快適雑音パラメータの受信後,α=0である。
このような符号化,復号化における利得調整との技術的観点に立て
ば,「能動的な音声期間」は,「活動状態の音声中」(α=1)と「活
動状態の音声から非活動状態の音声への過渡現象中」(0<α<1)と
を含む概念である。他方,非能動的な音声期間は,α=0(音声の非活
動状態の間又は第1快適雑音パラメータの受信後すなわち快適ノイズ期
間)を含む概念と理解される。
能動的な音声期間が,活動状態の音声中と,活動状態の音声から非活
動状態の音声への過渡現象中を含むことについては,補正明細書の次の
記載から明らかである。すなわち,補正明細書の段落【0037】に
は,「図3に図示されたように,利得適応がエンコーダ内ですでに実施
されている場合には,デコーダ内の関連する利得適応機能は,逆量子化
された利得144(α=1.0及びα=0.5の場合のg)を,total
VAD決定信号190を必要とせずに,快適雑音期間の始まりの時点で
推定された規格化利得f(α=0)に切り替えることである。」とest
の記載があり,この記載から,「能動的な音声期間中」とは,α=1
(活動状態の音声中)と,0<α<1(活動状態の音声から非活動状態
の音声への過渡現象中)とを含む概念であることが理解できる。そし
て,請求項1に「能動的な音声期間中に第1の規格化係数によって前記
処理された人工信号を規格化する工程」とあるとおり,能動的な音声期
間中には第1の規格化係数が念頭に置かれている。
また,非能動的な音声期間が,音声の非活動状態と第1快適雑音パラ
メータ受信後すなわち快適ノイズ期間を含むことも,補正明細書の次の
記載から明らかである。補正明細書の段落【0031】には,「音声の
非活動状態のあいだ,または第1快適雑音パラメータの受信後,α=0
である。」との記載があり,この記載から,「非能動的な音声期間」は
α=0の音声の非活動状態と第1快適雑音パラメータ受信後の期間(快
適ノイズ期間)とを含む概念であると理解される。
(イ)「活動的な音声の期間」,「非活動的音声期間」との関係
広辞苑第六版によれば,「活動的」とは,敏活に働くさまであり,
「能動的」とは,自ら働きかけるさまである。よって,「活動的な音声
の期間」,「非活動的音声期間」の「活動的」,「非活動的」は,「能
動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」の「能動的」,「非能動
的」の上位概念であると理解される。
請求項1の「活動的」とは,本願の出願当初の請求項1において,
「活動的な音声の期間を有する入力信号(100)を符号化し,かつ復
号化するために音声を符号化する(500)方法であって」と記載され
ていることにかんがみれば,「能動的」のように「活動状態の音声中」
と「活動状態の音声から非活動状態の音声への過渡現象中」に限られる
ものではない。
(ウ)各請求項の記載間に矛盾がないこと
請求項5の「非活動的な音声期間」は,非活動的な音声期間が,音声
残存期間と快適なノイズ期間を含むことを示す表現であり,請求項1の
記載と矛盾しない。
請求項14には,活動的な音声期間及び非活動的な音声期間を単に監
視することが記載されているのであって,請求項1の記載と矛盾しな
い。
請求項16,20,23ないし25は,請求項1の方法の発明とは異
なり,システム,エンコーダ,移動局及び素子についての装置の発明が
記載されており,「活動的な音声期間」及び「非活動的な音声期間」以
外の期間が記載されていないことは,請求項1の記載と矛盾しない。
イ「模擬信号」と「人工信号」の関係は明確である。
「模擬信号」は着色処理前の信号を意味し,「人工信号」は着色処理後
の信号を意味するのであって,両者の関係は明確である。
着色の意義については,補正明細書の段落【0007】に,「コード化
プロセスの後,6.4kHzから8.0kHzの周波数バンドは空にな
る。広帯域コーデックは,この空の周波数範囲でランダムノイズを生成
し,以下のような合成フィルタリングによりLPCパラメータでランダム
ノイズ周波数分布を与える,すなわち着色(colors)する。」とあ
るとおり,ランダムノイズ周波数分布を与えられた後の信号が着色された
人工信号であり,それ以前の信号が着色される前の模擬信号である。
請求項16の「人工信号」は着色処理後であるが,同項の「擬似信号」
は,着色処理とは関連しない。補正明細書中では,「模擬信号」は「擬似
信号」の用語で統一しており,明細書中の記載は明確である。「擬似信
号」及び「人工信号」という記載により,当業者が用語解釈に混乱を生じ
ることはない。また,請求項25の「擬似信号」についても,同様であ
る。
ウ「規格化」,「規格化係数」等の意味は明確である。
「規格化」及び「規格化係数」の意味については,補正明細書の段落
【0029】には,「参照数字114により示される倍率gは,利scaled
得量子化モジュール18によって量子化され,受信端が音声信号の構築の
ためにランダムノイズを規格化するための規格化倍率(利得)を使用でき
るように,コード化されたビットストリーム内で伝送できる。」と記載さ
れ,さらに,段落【0031】には,「規格化倍率(利得)を変更するた
めに利得適応モジュール16を使用することが可能である。」,「利得を
調整するための全体的な利得適応は,以下の方程式に従って実施でき,
g=αg+(1.0−α)f(5)totalscaledest
この場合,fは方程式3で決定され,符号115によって示され,αest
は以下によって指定される適応パラメータである。」と記載され,段落
to【0037】に「利得適応ブロック40は方程式5による規格化利得g
taltを求める。」と記載されているように,規格化係数は,規格化利得g
であり,利得適応モジュールで行われることから,規格化係数,規格otal
化利得及び利得適応は同義であることが,理解される。
「人工信号を規格化」の意味についても,補正明細書の段落【003
8】には,「後処理モジュール34では,着色され,高域フィルタにかけ
られた擬似信号154は,適応モジュール40により提供される適応済み
のハイバンド利得146に基づき,利得調整モジュール56によって調整
された後に合成された高周波信号160を生成するために使用される。」
との記載があり,着色された人工信号が,利得調整モジュールにより規格
化(利得適応)されることが明確に記載されており,当業者ならずとも,
明細書の記載から「人工信号を規格化」の意味を理解できる。
「第2の基準化係数」とは,補正明細書から,当業者であれば,第2の
規格化係数と同義であることが容易に理解できる。
明細書中の「利得パラメータ」(gainparameters),「倍率」(scali
ngfactor),「利得」(gain),「規格化利得」(scalingfactor),
「規格化倍率(利得)」(scalingfactor),「利得適応」(gainadapt
ation),「尺度化」(scaled)については,原文において表現が上記の
如く区々であるので,統一していないのであるし,当業者であれば,明細
書の記載から同義であると明確に理解できる。
請求項4の「規格化係数が評価」との記載については,補正明細書の段
落【0029】に,「高周波成分112と134のエネルギーは,以下に
したがって利得等化ブロック14によってハイバンド信号倍率gをscaled
求めるために使用され,
g=sqrt{(ss)/(ee)}(4)scaledhphphphp
TT
ここで,Sは6.0から7.0kHzの帯域通過フィルタにかけられたhp
元の音声信号112であり,eはLPC合成(着色済み)帯域フィルタhp
にかけられたランダムノイズ134である。」と記載されている。同記載
から,「評価する」とは,第1の規格化係数であるgを求めるとのscaled
意味であることが理解される。
エ審決のその他の指摘について
請求項5の「人工信号を計量化」については,「人工信号を計量化す
る」とは,補正明細書の段落【0027】に「従来の技術と同様に,前処
理ブロック2が,有効帯域幅が0から6.4kHzである音声信号102
になるように入力信号100をダウンサンプリングし,縮小(間引き)す
る」ことであり,当業者にとって,明確な事項である。
請求項25の「電気通信ネットワークの素子」については,補正明細書の段
落【0044】に,「後処理装置322を含む復号ブロック320は,符
号化されたデータストリームを符号化されていないデータストリームに変
換する遠距離送受信網300の任意の要素内に設置できる。」と記載され
ており,また補正明細書の図7からも電気通信ネットワーク内に復号ブロ
ック320のような素子があることが明確であり,請求項の記載内容は明
確である。
(2)特許法159条2項違反(取消事由2)
請求項1,16,26の「模擬信号」,「人工信号」,請求項1の「第2
の基準化係数」,請求項1の「入力信号を実行」,請求項25の「擬似信
号」が不明確であること,及び明細書中の用語が統一されていない点につい
ては,審決において初めて指摘された。原告に対する意見を述べる機会を奪
うものであるから,審決は,特許法159条2項に反する違法がある。
2被告の反論
(1)特許法36条6項2号該当性の判断の誤り(取消事由1)に対し
ア「能動的な音声期間」及び「非能動的な音声期間」
(ア)「能動的」という語は,一般に,「自ら働きかけるさま」(広辞苑
第五版)を意味するが,「音声期間」が,「能動的」ないし「非能動
的」であるということが,どのような態様を意味するのかは,一般的な
意味からは明確に把握することができない。また,「能動的」ないし
「非能動的」が,本願発明の属する技術分野において用いられる専門的
な技術用語であるともいえない。そして,「能動的な音声期間」及び
「非能動的な音声期間」の定義は,「特許請求の範囲」にも,「発明の
詳細な説明」にも記載されていない。
「発明の詳細な説明」の記載を参酌することによって,「特許請求の
範囲」に記載の「能動的な音声期間」及び「非能動的な音声期間」とい
う用語の意味を把握しようとしても,「能動的」及び「非能動的」との
用語は,「発明の詳細な説明」に全く記載されておらず,結局,「能動
的な音声期間」及び「非能動的な音声期間」という用語が,「発明の詳
細な説明」に記載されたどのような概念と対応するのかは明確でない。
したがって,審決の判断に誤りはない。
(イ)出願当初の請求項1(甲1の2頁)には,「非能動的な音声期間中
に第1の規格化係数(114および115,144および145)によ
り前記処理された人工信号を規格化する工程(540)」と記載されて
おり,非能動的な音声期間中も,利得144が念頭に置かれている。
ところで,原告は,補正明細書の段落【0037】の記載から,利得
適応がエンコーダ内で既に実施されている場合に,利得144は,「活
動状態の音声期間」又は「活動状態の音声から非活動状態の音声への過
渡現象中」の両期間の利得を表すと主張する。そうだとすると,非能動
的な音声期間にも利得144が念頭に置かれる以上,「非能動的な音声
期間」は,「活動状態の音声期間」と「活動状態の音声から非活動状態
の音声への過渡現象中」とを含む概念となるはずである。ところが,原
告は,「活動状態の音声期間」と「活動状態の音声から非活動状態の音
声への過渡現象中」は「能動的な音声期間」に含まれるとしているか
ら,原告の主張は整合を欠いている。
(ウ)さらに,原告の主張は,請求項5,6の記載とも矛盾する。
請求項5には「前記非活動的な音声期間が,音声残存期間と快適なノ
イズ期間とを含み,前記音声残存期間中に処理された人工信号を計量化
するために,第2の規格化係数が,フィルターをかけられた信号から評
価されてなる」と記載されている。また,請求項6には,「音声ハング
オーバ期間中に処理された擬似信号を規格化するための第2の規格化係
数が合成された音声の低周波数成分から評価される」と記載されてい
る。
上記請求項5,6の記載に照らすならば,「非活動的な音声期間」に
ついては,①非活動的な音声期間は,音声残存期間(音声ハングオーバ
期間)と快適なノイズ期間を含む,②音声残存期間中(音声ハングオー
バ期間)に処理された人工信号(擬似信号)を計量化するために,第2
の規格化係数が,フィルターをかけられた信号(音声の高周波数成分)
及び合成された音声の低周波数成分から評価される,ということができ
る。
原告は,「音声残存期間中」(「活動状態の音声から非活動状態の音
声への過渡現象中」といえる)は,能動的な音声期間に含まれるため,
第1の規格化係数によって処理された人工信号を規格化すると主張する
が,同主張は,「音声残存期間中」に第2の規格化係数によって処理さ
れた人工信号を規格化するとする請求項5及び6の記載と整合しない。
イ「模擬信号」と「人工信号」の関係
(ア)「模擬信号」,「人工信号」という用語からは,実際の音声信号で
はない何らかの別の信号であることが推測できるものの,これらが発明
を構成する上でいかなる働きをする信号であるかは,一般的な意味から
は明確に把握することができない。また,「模擬信号」ないし「人工信
号」が,本願発明の属する技術分野において用いられる専門的な技術用
語であるともいえない。そして,「模擬信号」及び「人工信号」の定義
は,補正明細書の特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも記載され
ていない。
発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,特許請求の範囲に
記載された「模擬信号」及び「人工信号」という用語の意味を把握しよ
うとしても,「模擬信号」及び「人工信号」との用語は,発明の詳細な
説明に全く記載されておらず,結局,「模擬信号」及び「人工信号」と
いう用語が,発明の詳細な説明に記載されたどのような概念と対応する
のか不明確であるから,審決が,「模擬信号」と「人工信号」がどのよ
うな関係にあるのかは不明確であって,発明が明確でないと判断したこ
とに誤りはない。
(イ)原告は,「模擬信号」は着色処理前の信号を意味し,「人工信号」
は着色処理後の信号を意味すると主張するが,「模擬信号」及び「人工
信号」という用語のみをもって,当業者が,その意味を理解することも
できず,またそれを理解できるとする根拠も示されていないから,原告
の主張は当を得ない。また,仮に原告の主張のように解釈すると,(着
色)処理された「模擬信号」が「人工信号」ということになるが,請求
項1等には「処理された人工信号」とも記載されており,「処理された
人工信号」の意味が理解できないことになる。
ウ「規格化」,「規格化係数」等の意味
(ア)「規格化」,「基準化」という語の意味は,「(既定の)規格・標
準・基準に合わせる」という意味のほか,「(新たな)規格・標準・基
準とする」という意味等にも解釈できるから,これらの語のみからは,
その処理動作を明確に把握することができない。そして,「基準化」の
定義は,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも記載されておら
ず,「規格化」と「基準化」とを,用語として使い分けている意義が理
解できない。
発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,特許請求の範囲に
記載された「規格化」及び「基準化」という用語の意味を把握しようと
しても,「基準化」との用語は,発明の詳細な説明に全く記載されてい
ないのであって,結局,表現を使い分けた「規格化」及び「基準化」と
いう用語が,発明の詳細な説明に記載されたどのような概念と対応する
のか明確ではない。したがって,審決の判断に誤りはない。
また,「規格化係数」,「基準化係数」という用語における「係数」
という用語は,何らかの物性等を表す数であることが推測されるもの
の,いかなる数であるかは,その用語のみからは明確に把握することが
できない。そして,「規格化係数」及び「基準化係数」の定義は,特許
請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも記載されていない。
発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,特許請求の範囲に
記載の「規格化係数」及び「基準化係数」という用語の意味を把握しよ
うとしても,発明の詳細な説明に全く記載されていないのであって,結
局,「規格化係数」及び「基準化係数」が,発明の詳細な説明に記載さ
れたどのような概念と対応するのか明確ではない。したがって,審決の
判断に誤りはない。
(イ)原告は,「明細書中の「利得パラメータ」(gainparamaters),
「倍率」(scalingfactor),「利得」(gain),「規格化利得」(sc
alingfactor),「規格化倍率(利得)」(scalingfactor),「利得
適応」(gainadaptation),「尺度化」(scaled)」については,原
文において表現が上記の如く区々であるので統一していないのである
し,当業者であれば,明細書の記載から同義であると明確に理解でき
る」と主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,補正明
細書の段落【0031】や段落【0037】には,「・・・利得適応
は,以下の方程式にしたがって実施でき,・・・」,「・・・利得適応
がエンコーダ内ですでに実施されている・・・」等と記載され,同記載
によれば,「利得適応」は,処理動作を示す用語であると解されるが,
これを「規格化係数」と同義であるとする原告の主張は,失当である。
また,特許請求の範囲においては,「規格化係数」及び「基準化係
数」と用語が使い分けられ,発明の詳細な説明の記載においては,「倍
率」,「利得」,「規格化利得」,「規格化倍率(利得)」及び「尺度
化」と用語が使い分けられており,これらの各用語の対応関係を定義す
る記載も補正明細書にはないから,各用語相互の関連又は同一性が不明
確である。
(ウ)「規格化係数が評価」について,「評価」という語のもつ一般的な
意味は,「①品物の価格を定めること。また評定した価格。②善悪・美
醜・優劣などの価値を判じ定めること。特に,高く価値を定めるこ
と。」(広辞苑第五版)であるから,「評価する」という表記の意味を
「求めることができる」と解釈することはできない。また,技術常識か
ら用語の意味を解釈しても,「評価する」と「求めることができる」と
は,明らかに異なる内容の表現である。発明の詳細な説明の記載を参酌
することによって,特許請求の範囲に記載された「評価」という用語の
意味を把握しようとしても,「評価」という用語は,段落【0029】
を含め,発明の詳細な説明には全く記載されていないのであって,結
局,「評価」という語が,発明の詳細な説明に記載されたどのような概
念と対応するのかは明確ではない。
(エ)以上のとおり,発明の詳細な説明の記載を参酌しても,特許請求の
範囲に記載された「規格化」,「規格化係数」,「基準化」及び「基準
化係数」と発明の詳細な説明に記載された各用語との対応関係が不明確
なため,各用語の意味を特定することができず,各請求項に係る発明を
特定することができないのであるから,審決に誤りはない。
エ審決の指摘したその他の不明確な点について
「計量化」という用語のもつ一般的な意味は,「事象の特性を,客観的
な尺度とされる数量によって示すこと。」(広辞苑第五版)であるから,
これを「ダウンサンプリングし,縮小(間引き)する」こととは解釈でき
ない。そして,「計量化」の定義は,特許請求の範囲にも,発明の詳細な
説明にも記載されていない。
発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,特許請求の範囲に記
載された「計量化」という用語の意味を把握しようとしても,「計量化」
との用語は,発明の詳細な説明に全く記載されていないし,原告が指摘す
る段落【0027】を見ても,「入力信号100をダウンサンプリング
し,縮小(間引き)する」ことが記載されてはいるが,そのことと「人工
信号を計量化」することとの関係について示唆があるわけではない。した
がって,「計量化」という語が,発明の詳細な説明に記載されたどのよう
な概念と対応するのかは明確ではなく,結局,「人工信号を計量化」する
という表記の技術的意義は不明確であるから,審決の判断に誤りはない。
特許請求の範囲の請求項25には,「高周波数成分と低周波数成分とを
有する合成された音声を送信するために,移動局からの入力信号を示す音
声データを含む符合化されたビットストリームを受信するように構成され
た電気通信ネットワークの素子であって」と記載されており,当該「素
子」が,「電気通信ネットワーク」における「送信」のためのものなのか
「受信」のためのものなのか,その関係が不明であるから,審決の判断に
誤りはない。
原告は,段落【0044】や図7の記載から電気通信ネットワーク内に
復号ブロック320のような素子があることは明確であると主張する。し
かし,仮に当該「電気通信ネットワークの素子」が「復号ブロック32
0」であるとすると,請求項25の記載は「送信するために・・・構成さ
れた復号(受信)ブロック」となってしまい,技術的に矛盾した内容とな
ることから,原告の主張は失当である。
以上のとおり,特許請求の範囲に,その意味を明確に把握できない用語が
多数存在し,その用語の意味を特定するために発明の詳細な説明の記載内容
を参酌しても,各用語間の対応関係が不明確であるから,各請求項に係る発
明を特定できず,特許請求の範囲の記載は特許法36条6項2号に規定する
要件を満たさないから,審決に誤りはない。
(2)取消事由2(特許法159条2項違反)に対し
平成18年3月31日付け拒絶理由通知書(甲4)において,
「(1)各請求項及び明細書の記載においては,原文において同一の用語が
用いられている部分に対して,異なる訳がされており,発明を不明確なもの
としている(例えば,「activespeechperiods」との用語は,「活動的な
音声の期間」及び「能動的な音声期間」と訳されている。)。」と指摘され
ており,例示した「activespeechperiods」以外にも,同様の記載不備が
存在することが示唆されている。
原文における同一の用語に異なる訳がされているという審決の指摘は,こ
こで示唆された「activespeechperiods」以外の同様の記載不備に関する
ものであるから,上記通知を受けた出願人は,当然,これらの事項も考慮す
べきであったといえる。したがって,審判手続及び審決において,原告に対
して意見を述べる機会を奪ったということはできない。
また,原告が手続違反と主張するその他の指摘事項は,審決の「3.当審
の判断」における具体的な説示の最後に,(4)として,追補的に述べたに
すぎないものであって,審決は(1)ないし(3)に具体的に説示した内容
によって,結論を導いているのであるから,審決に違法はない。
以上によれば,審決の判断に特許法159条2項違反はない。
第4当裁判所の判断
1特許法36条6項2号該当性判断の誤り(取消事由1)について
当裁判所は,補正明細書中の特許請求の範囲の請求項1ないし28の記載
は,いずれも明確であるとはいえず,特許法36条6項2号の要件を充足して
いないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1)「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」について
ア特許請求の範囲の記載
補正明細書の特許請求の範囲には,以下のとおりの記載がある。
(ア)特許請求の範囲の記載のうち,「能動的な音声期間」,「非能動的
な音声期間」,「活動的な音声期間」,「非活動的な音声期間」につい
ての記載部分は以下のとおりである(請求項1,5,14,16,2
0,23ないし26)。
上記各請求項のうち,上記各音声期間に関する記載部分は,以下のと
おりである。
「活動的な音声の期間を有する入力信号を実行する方法であって」,
「能動的な音声期間中に第1の規格化係数によって前記処理された人工
信号を規格化する工程と」,「非能動的な音声期間中に第1の規格化係
数により前記処理された人工信号を規格化する工程」(【請求項1】)
「前記非活動的な音声期間が,音声残存期間と快適なノイズ期間とを含
み,前記音声残存期間中に処理された人工信号を計量化するために」
(【請求項5】)
「活動的な音声期間および非活動的な音声期間を監視するために入力信
号に基づいて活動的な音声情報を送信する工程」(【請求項14】)
「能動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信号を符号化
し」,「前記音声パラメータに応答して第2の規格化係数を送信するた
めの第2の手段であって,前記処理された人工信号を非活動的な音声期
間中に前記第1の規格化係数によって基準化し,前記処理された擬似信
号を活動的な音声期間中に前記第1の規格化係数によって規格化するた
めの第2の手段」(【請求項16】)
「前記入力信号に応答して,送信機に活動的な音声期間と非活動的な音
声期間とを監視するための音声活動検出モジュール」(【請求項2
0】)
「活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信号を符号化
するための方法」,「前記入力信号の低周波数帯域に基づく規格化係数
が,非活動的な音声期間中に処理された擬似信号を規格化するために使
用され」,「前記活動的な音声期間中に処理された擬似信号を規格化す
るために規格化係数を使用してなるエンコーダ」(【請求項23】
「該入力信号が活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有し」,
「非活動的な音声期間中に合成された音声の高周波数成分を送信するた
めに」,「デコーダが規格化係数に基づいて活動的な音声期間中に着色
された擬似信号を規格化する」(【請求項24】)
「当該入力信号が活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有し」,
「前記合成され,ハイパスフィルターにかけられた擬似信号と組合せ規
格化係数とに応答して,活動的な音声期間中と非活動的な音声期間中
に,合成され,ハイパスフィルターにかけられた擬似信号を,それぞれ
第1の規格化係数と第2の規格化係数とによって規格化するための第4
機構」(【請求項25】)
「活動的な音声期間と非活動的な音声期間とを有する入力信号を示す符
号化されたビットストリームを復号するためのデコーダ」,「能動的な
音声期間中に,第1のデータに基づき第1の規格化係数によって前記処
理された人工信号を規格化し,非能動的な音声期間中に,第2のデータ
に基づき第2のパラメータデータにより前記処理された人工信号を規格
化するための規格化手段とを備えるデコーダ」(【請求項26】)
(イ)上記請求項の各記載から,「能動的」と「非能動的」,「活動的」
と「非活動的」,「能動的」と「活動的」のそれぞれの意義及び相互関
係を明確に理解することはできない(請求項16では,「能動的な音声
期間」と「非活動的な音声期間」とが並列的に用いられている)。
イ「発明の詳細な説明」の記載
補正明細書の「発明の詳細な説明」には,要旨,以下のとおりの内容が
記載されている。
(ア)従来技術及び本願発明の特徴について
【0002】ないし【0013】によれば,本願発明の技術分野であ
る音声信号のコード化による送信(音声コーデック)の分野において
は,線形予測(LP)符号化に基づいて音声が符号化され,送信される
が,この場合の音声のサンプリングの精度を向上させようとすると,符
号の複雑度も高まるため,特に移動電話局のように電力消費,使用可能
な処理能力,必要なメモリ容量の制約が大きい場合には,サンプリング
精度の向上にも限界がある。
従来技術では,16kHzの元のサンプリング速度から12.8kH
zに入力音声信号を低域フィルタリングし,ダウンサンプリングされ,
かつサンプル数が縮小(間引き)される。この場合,ナイキストの定理
により,コード化した信号は12.8kHzの2分の1である6.4k
Hzまでの周波数を使用することになり,6.4kHzから8.0kH
zの周波数範囲は使用されないことになる。広帯域コーデックでは,こ
の使用されない周波数範囲でランダムノイズを生成し,LPCパラメー
タでランダムノイズ周波数分布を与える。従来の広帯域コーデックで
は,高周波雑音レベルは基層信号(低周波)レベル及びスペクトル傾き
に基づいて推定される。そのため,雑音レベルは6.4kHzから8.
0kHzの周波数範囲内の実際の入力信号特性に対応しておらず,高品
質の合成済み信号を提供できなかった。
これに対して,本願発明は,活動状態の音声期間中に合成された高い
方の周波数成分の擬似信号の倍率を求めるために,6.0kHzから
7.0kHzの範囲内の元の音声信号の中の高周波成分(高周波拡張階
層)の入力信号特性を使用することによって,分散音声システムにおけ
る合成された音声の質を高めるようとするものである。そして,非活動
状態の音声期間中の倍率は,合成された音声信号の低い方の周波数成分
によって求められる。
(イ)本願発明の目的を達成するための技術的手段
a【0029】ないし【0031】,【0037】,【0038】に
は,以下の記載がある。
「【0029】図3は,本発明による音声エンコーダ10の後処理機
能の詳細な構造を示す。図示されるように,ランダムノイズ発生器2
0が,16kHzの擬似信号130を提供するために使用される。ラ
ンダムノイズ130は,音声信号100の低い方のバンドの特性に基
づいて合成による解析コード化ブロック4(図2)からコード化され
たビットストリームで提供されるLPCパラメータ104を使用して
LPC合成フィルタ22によって着色される。着色されたランダムノ
イズ132から,高域フィルタ24は,6.0から7.0kHzの周
波数範囲の着色された高周波成分134を抽出する。元の音声サンプ
ル100の6.0から7.0kHzの周波数範囲の高周波成分112
も高域フィルタ12によって抽出される。高周波成分112と134
のエネルギーは,以下にしたがって利得等化ブロック14によってハ
イバンド信号倍率gを求めるために使用され,scaled
g=sqrt{(ss)/(ee)}(4)scaledhphphphp
TT
ここで,Sは6.0から7.0kHzの帯域通過フィルタにかけらhp
れた元の音声信号112であり,eはLPC合成(着色済み)帯域hp
フィルタにかけられたランダムノイズ134である。参照数字114
により示される倍率gは,利得量子化モジュール18によってscaled
量子化され,受信端が音声信号の構築のためにランダムノイズを規格
化するための規格化倍率(利得)を使用できるように,コード化され
たビットストリーム内で伝送できる。
【0030】現在のGSM音声コーデックでは,非音声期間中の無線
伝送は,不連続伝達(DTX)機能によって一時停止される。DTX
は,さまざまなセルのあいだの干渉を削減し,通信システムの容量を
高めるために役立つ。DTX機能は,入力信号100が音声を表現し
ているのか,あるいは雑音を表現しているのかを判断するために音声
活動検出(VAD)アルゴリズムに依存し,送信機が活動状態の音声
期間中にオフになるのを妨げる。VADアルゴリズムは参照番号98
で示される。さらに,送信機が非活動状態音声期間中にオフにされる
と,接続が終わっているという印象を排除するために,「快適雑音」
(CN)と呼ばれる最小量の背景雑音が受信機によって提供される。
VADアルゴリズムは,非活動状態の音声期間が検出された後に,ハ
ングオーバまたは持ち越し時間として知られる一定の期間が許される
ように設計される。
【0031】したがって,本発明に対して,活動状態の音声のあいだ
の倍率gは,方程式4にしたがって推定できる。しかしながscaled
ら,活動状態の音声から非活動状態の音声への遷移の後,この利得パ
ラメータは,ビットレートの制限および伝送システムのために,快適
雑音ビットストリーム内では伝送できない。したがって,非活動状態
の音声では,倍率は,従来の技術の広帯域コーデック復号器で実施さ
れたように,元の音声信号を使用せずに受信端で求められる。したが
って,利得は非活動状態音声のあいだ,基層信号から非明示的に推定
される。対照的に,明示的な利得量子化は,高周波拡張階層の信号に
基づき音声期間中使用される。活動状態音声から非活動状態音声への
遷移中,さまざまな規格化倍率(利得)の切り替えが,合成された信
号に可聴過渡現象を引き起こす可能性がある。これらの可聴過渡現象
を軽減するために,規格化倍率(利得)を変更するために利得適応モ
ジュール16を使用することが可能である。本発明によれば,音声活
動判定(VAD)アルゴリズムのハングオーバ期間が開始すると,適
応が開始する。その目的のため,VAD判定を表す信号190が利得
適応モジュール16に提供される。さらに,不連続伝送(DTX)の
ハングオーバ期間は,利得適応にも使用される。DTXのハングオー
バ期間後,元の音声信号なしで求められる利得が利用できる。利得を
調整するための全体的な利得適応は,以下の方程式にしたがって実施
でき,
g=αg+(1.0−α)f(5)totalscaledest
この場合,fは方程式3で決定され,符号115によって示さest
れ,αは以下によって指定される適応パラメータである。
a=(DTX)/7(6)hangovercount
したがって,活動状態の音声中,DTXハングオーバカウントは7に
等しいため,αは1.0に等しい。活動状態の音声から非活動状態の
音声への過渡現象中,DTXハングオーバカウントは7から0に低下
する。したがって,該過渡現象中,0<α<1.0である。音声の非
活動状態のあいだ,または第1快適雑音パラメータの受信後,α=0
である。」
「【0037】デコーダ30の一般化した後処理の構造は,図5に図
示される。図5に図示されるように,利得パラメータ118は,利得
逆量子化ブロック38によって逆量子化処理される。図3に図示され
たように,利得適応がエンコーダ内ですでに実施されている場合に
は,デコーダ内の関連する利得適応機能は,逆量子化された利得14
4(α=1.0およびα=0.5の場合のg)を,VAD決定total
信号190を必要とせずに,快適雑音期間の始まりの時点で推定され
た規格化利得f(α=0)に切り替えることである。しかしながest
ら,利得適応が,非音声信号の始まりを示す信号190内で提供され
るVADフラグの後のDTXハングオーバ期間中にデコーダ内だけで
実施される場合には,利得適応ブロック40は方程式5による規格化
利得gを求める。このようにして,不連続伝送の始まりで,利total
得適応ブロック40は,それが利得パラメータ118を受信しないと
きに,参照番号145によって示されるように,推定される規格化利
得fを使用して過渡現象を取り除く。したがって,利得適応モジest
ュール40によって提供されるような規格化利得146は,方程式5
にしたがって求められる。
【0038】図4に図示されるような後処理装置34内でのランダム
ノイズ成分の着色および高域フィルタリングは,図3に図示されるよ
うなエンコーダ10の後処理に類似している。図示されるように,ラ
ンダムノイズ発生器は,受信されたLPCパラメータ104に基づ
き,LPC合成フィルタ52によって着色される擬似信号150を提
供するために使用される。着色された擬似信号152は,高域フィル
タ54によってフィルタリングされる。しかしながら,エンコーダ1
0(図3)内で着色され,高域フィルタにかけられたランダムノイズ
134を提供する目的は,e(等式4)を生成することである。後hp
処理モジュール34では,着色され,高域フィルタにかけられた擬似
信号154は,適応モジュール40により提供される適応済みのハイ
バンド利得146に基づき,利得調整モジュール56によって調整さ
れた後に合成された高周波信号160を生成するために使用される。
最終的には,高周波拡張階層の出力160は,ベースデコーダ(図示
されていない)から受信される16kHzの合成済み信号に加算され
る。16kHzの合成済み信号は技術的に周知である。」
b上記記載によれば,本願発明では,高周波拡張階層符号化を実施す
るための技術的手段として,利得を求めるためにgを算出するtotal
sc方程式(【0031】の(5)式)を使用する。同式に含まれるg
は,高周波成分から求められるハイバンド信号倍率であり,6.aled
0ないし7.0kHzの帯域通過フィルタにかけられた元の音声信号
112であるsとLPC合成(着色済み)帯域フィルタにかけられhp
たランダムノイズ134であるeから求められる。また,同式に含hp
まれるfは,f=1.0−r(rはスペクトル傾きを示す)でestest
求められるものであり,従来技術において,高周波雑音レベルを基層
信号(低周波レベル)とスペクトル傾きに基づき推定する場合に用い
られているものである(【0008】【0010】)。
このように,本願発明は,高周波拡張階層の符号化を実施するため
に,gの方程式を用いるところに特色がある。total
ウ判断
(ア)上記記載によれば,gは,g=αg+(1.0−totaltotalscaled
α)fの式で表され(【0031】),このうち,gとは,活estscaled
動状態の音声の高周波成分から算定されるハイバンド信号倍率であり
(【0029】),fは,非活動状態の間,基層信号から非明示的est
に推定される利得である(【0008】【0031】)。
また,αはα=(DTX)/7の式によって指定されhangovercount
る適応パラメータである(【0031】なお,【0031】では,a=
(DTX)/7と記載されているが,aはαの誤記と解hangovercount
される。)。αの値は,「活動状態の音声中,DTXハングオーバーカ
ウントは7に等しいため,αは1.0に等しい。活動状態の音声から非
活動状態の音声への過渡現象中,DTXハングオーバーカウントは7か
ら0に低下する。したがって,該過渡現象中,0<α<1.0である。
音声の非活動状態のあいだ,または第1快適雑音パラメータの受信後,
α=0である。」(【0031】)とされている。
そうすると,適応パラメータαが0の区間が利得をfで算定するest
区間,適応パラメータαが1.0の区間が利得をgで算定する区scaled
間,適応パラメータが0<α<1の区間が利得をgとfの和scaledest
であるgで算定する区間ということになる。このように利得の算total
定数式からみる限り,技術的には,音声区間は,α=1,0<α<1,
α=0の3つの区間に分けられることになるが,発明の詳細な説明を参
酌しても,「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」をどのよう
に区別するのか,何ら説明はされていない。したがって,これらの意義
は,明らかでないというべきである。
(イ)原告の主張に対し
原告は,補正明細書の段落【0037】に,「図3に図示されたよう
に,利得適応がエンコーダ内ですでに実施されている場合には,デコー
ダ内の関連する利得適応機能は,逆量子化された利得144(α=1.
0及びα=0.5の場合のg)を,VAD決定信号190を必要total
estとせずに,快適雑音期間の始まりの時点で推定された規格化利得f
(α=0)に切り替えることである。」との記載があり,また,段落
【0031】には,「音声の非活動状態のあいだ,または第1快適雑音
パラメータの受信後,α=0である。」との記載があるところから,
「能動的な音声期間中」とは,α=1(活動状態の音声中)と,0<α
<1(活動状態の音声から非活動状態の音声への過渡現象中)とを含む
概念であり,「非能動的な音声期間」はα=0の,非活動音声期間と第
tota1快適雑音パラメータ受信後の期間とを含む概念であり,利得をg
で算定する区間を「能動的な音声期間」と,fで算定する区間をlest
「非能動的な音声期間」と解すべきであると主張する。
しかし,上記のとおり,発明の詳細な説明欄を参酌しても,「能動
的」,「非能動的」の意義を明確に理解することはできない。上記のと
おり技術的に導かれる3つの区間をどのように区別するのかについての
説明はないというべきである。
また,原告は,「活動的」,「非活動的」と「能動的」,「非能動
的」との関係について,広辞苑(第六版)を引用して,「活動的」,
「非活動的」は「能動的」,「非能動的」の上位概念であると主張す
る。すなわち,原告は,「能動的な音声期間」とは,人が自ら音声を発
する間及びこれに準じる過渡期間であるのに対し,「活動的な音声期
間」には,人工的な音声である快適ノイズ期間も含む趣旨で「活動的」
が上位概念であると主張する。しかし,原告は,請求項5の「非活動的
な音声期間」について,請求項の文言どおり,音声残存期間と快適ノイ
ズ期間を含むものと主張しており,同主張は,「活動的な音声期間」を
上記のように快適ノイズ期間も含むと解することと整合しない。
そうすると,原告が「活動的」,「非活動的」が「能動的」,「非能
動的」の上位概念であると主張する趣旨が,具体的に何を意味するのか
は明確でなく,補正明細書の記載に照らしても,両者の関係は明確でな
く,この点からも,「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」の
意義は不明確であるといわざるを得ない。
エ小括
そうすると,原告の主張する「能動的な音声期間」,「非能動的な音声
期間」の意義は,一般的用語,技術用語のほか,補正明細書の記載に照ら
しても明確なものとはいえず,その意義が不明確であるとした審決の判断
に誤りはない。
その結果,請求項1を引用する請求項2ないし15の記載も不明確であ
ることとなり,この点についての審決の判断にも誤りはない。
(2)「模擬信号」,「人工信号」について
ア特許請求の範囲の記載
(ア)補正明細書の特許請求の範囲には,以下のとおりの記載がある。
「模擬信号」については,特許請求の範囲(請求項1)に「該低周波
数帯域の音声の特徴であるパラメータが,前記合成された音声の処理さ
れた模擬信号,さらには高周波数成分を送信するために模擬信号を処理
するために使用され」との記載があり,「擬似信号」については,請求
項6,7,9,10,12,13,16,23ないし25,28に記載
がある。
「人工信号」については,「能動的な音声期間中に第1の規格化係数
によって前記処理された人工信号を規格化する工程」「非能動的な音声
期間中に第1の規格化係数により処理された前記処理された人工信号を
規格化する工程」(【請求項1】),「前記処理された人工信号が,合
成された音声の高周波数成分の特徴である周波数範囲でフィルターをか
けられた信号を送信するために,ハイパスフィルターをかけてなる請求
項1記載の方法」(【請求項2】),「前記非活動的な音声期間が,音
声残存期間と快適なノイズ期間とを含み,前記音声期間残存中に処理さ
れた人工信号を計量化するために」(【請求項5】),「前記処理され
た人工信号を非活動的な音声期間中に該第2の規格化係数によって基準
化し」(【請求項16】),「該高周波数成分が人工信号を使用して合
成され,」「処理された人工信号を送信するために,前記第2のデータ
に基づき前記人工信号を処理する手段と,能動的な音声期間中に,第1
のデータに基づき第1の規格化係数によって前記処理された人工信号を
規格化し,非能動的な音声期間中に,第2のデータに基づき第2のパラ
メータデータにより前記処理された人工信号を規格化するための規格化
手段とを備えるデコーダ」(【請求項26】),「前記処理された人工
信号に応答して,合成された音声信号の高周波数成分の特徴である周波
数範囲でハイパスフィルタ信号を送信するためのフィルタ手段をさらに
備えてなる請求項26記載のデコーダ」(【請求項27】)との記載が
ある。
(イ)上記各記載に基づいて検討するに,請求項1の「前記処理された人
工信号」の「前記処理された」は,直前の「前記合成された音声の処理
された模擬信号」「高周波成分を送信するために模擬信号を処理」を受
けていると解されるが,「模擬信号」の意義が明確でないため,これを
受けた「人工信号」の意義も明確でない。請求項2,5,16,26,
27の「人工信号」の記載も同様に,その意義は明らかでない。
イ発明の詳細な説明の記載
補正明細書の発明の詳細な説明には,「擬似信号」については次の各記
載がある。なお,「模擬信号」について,格別の記載はない。
「この目的は,たとえば,活動状態の音声期間中に合成された音声の高い
方の周波数成分を合成する際に着色され,高域フィルタにかけられた擬似
信号の倍率を求めるために,6.0kHzから7.0kHzの範囲内にあ
る元の音声信号の中の高周波成分の入力信号特性を使用することによって
達成できる。」(【0012】),
「低い周波数バンドの音声関連パラメータ特性が,合成された音声信号の
さらに高い周波数成分を提供するための擬似信号を処理するために使用さ
れる。」,「活動状態の音声期間中に第1倍率で処理された擬似信号を尺
度化する工程」,「非活動状態の音声期間中に第2倍率で処理された擬似
信号を尺度化し」(【0013】),
「非活動状態の音声期間が音声ハングオーバー期間及び快適雑音期間を含
むときには,音声ハングオーバー期間中に処理された擬似信号を尺度化す
るための第2倍率がフィルタリングされた信号から推定される。」(【0
014】),
「好ましくは,音声ハングオーバー期間中に処理された擬似信号を尺度化
するための第2倍率も合成された音声の低い方の周波数成分から推定さ
れ,快適雑音期間中の処理された擬似信号を尺度化するための第2倍率は
合成された音声信号の低い方の周波数成分から推定される」(【001
5】)
「好ましくは,第1倍率は,さらに処理された擬似信号から推定され
る。」(【0019】)
「入力信号の低い方の周波数バンドの特徴を示す音声関連パラメータが,
合成された音声の高い方の周波数成分を提供するために受信機内で擬似信
号を処理するために使用される。システムは,音声関連パラメータを含む
コード化されたビットストリームを送信機から受信するための受信機内デ
コーダと,活動状態期間中に処理された擬似信号を尺度化するための第1
倍率を提供するために入力信号に応える受信機内の第1モジュールと,第
1倍率が入力信号の高い方の周波数バンドの特徴を示し,第2倍率が合成
された音声の低い方の周波数成分の特徴と示す,非活動状態中に処理され
た擬似信号を尺度化するための第2倍率を提供するために,コード化され
たビットストリームに応える受信機内の第2モジュールと,を備える」
(【0020】)
「合成された音声の高周波成分を提供するための音声関連パラメータに基
づき擬似信号を処理できるようにするために」,「合成された音声の低い
方の周波数成分に基づいた倍率は,非活動状態の音声期間中に処理された
擬似信号を尺度化するために使用される」,「デコーダが,追加倍率に基
づき,活動状態の音声期間中に処理された擬似信号を尺度化できるように
するために」(【0023】)
「音声関連パラメータに基づき擬似信号を着色し」,「合成された音声の
低い方の周波数成分に基づき倍率で着色された擬似信号」,「デコーダ
が,追加倍率に基づき活動状態の音声期間中に着色された擬似信号を尺度
化できるようにするために」(【0024】)
「合成および高域フィルタをかけられた擬似信号を提供するために擬似信
号を合成及び高域フィルタにかけるための,音声関連パラメータに応える
第2機構と」,「それぞれ活動状態の音声期間と非活動状態の音声期間中
に第1倍率と第2倍率を用いて合成および高域フィルタにかけられる擬似
信号を尺度化するための,合成および高域フィルタにかけられる擬似信号
および結合倍率に応える第4機構」(【0025】)
「図示されるように,ランダムノイズ発生器20が,16kHzの擬似信
号130を提供するために使用される」(【0029】)
「ランダムノイズ発生器は,受信されたLPCパラメータ104に基づ
き,LPC合成フィルタ52によって着色される擬似信号150を提供す
るために使用される。着色された擬似信号152は,高域フィルタ54に
よってフィルタリングされる。」「後処理モジュール34では,着色さ
れ,高域フィルタにかけられた擬似信号154は,適応モジュール40に
より提供される適応済みのハイバンド利得146に基づき,利得調整モジ
ュール56によって調整された後に合成された高周波信号160を生成す
るために使用される」(【0038】)
「音声期間中,処理された模擬雑音152は,工程530で第1倍率11
4を用いて尺度化される。雑音または非音声期間中,処理された擬似信号
152は工程540で第2倍率を用いて尺度化される」(【0045】)
「合成された音声のさらに高周波の成分を提供するために,擬似信号また
はランダムノイズは6.0から7.0kHzの周波数範囲でフィルタリン
グされる」(【0046】)
ウ判断
(ア)上記各記載から検討する。
本願発明は,LPC合成(着色済み)帯域フィルタにかけられたラン
ダムノイズと6.0から7.0kHzの帯域通過フィルタにかけられた
元の音声信号とからハイバンド信号倍率gを求めることにより高scaled
品質の音声信号を送信しようとするものである(【0029】【003
0】)。元の音声信号を使用して利得調整される前のランダムノイズ信
号は,①LPC合成フィルタにかけられる前,②LPC合成フィルタに
かけられた後ハイパスフィルタにかけられる前,③ハイパスフィルタに
かけられた後,の3つの段階に分けられる(補正明細書【図5】参
照)。そして,【0038】の記載によれば,①の段階が擬似信号15
0,②の段階が擬似信号152,③の段階が擬似信号154とされてお
り,同じく擬似信号とされているものの中にも,技術的な観点から,段
階の異なる3つの信号を含むものと理解される。
これに対し,請求項1の「模擬信号」は,「該低周波数帯域の音声の
特徴であるパラメータが,前記合成された音声の処理された模擬信号」
「さらには高周波数成分を送信するために模擬信号を処理する」とさ
れ,「処理された信号」あるいは「処理される信号」として分けて記載
されており,上記「擬似信号」と同様に異なる意義があるものと理解で
きる。他方,「模擬信号」において,処理される前の模擬信号と処理さ
れた後の模擬信号を分ける技術的意義は明確でなく,「擬似信号」と
「模擬信号」のそれぞれの関係は明らかでない。そうすると,請求項1
に記載された「模擬信号」が発明の詳細な説明に記載された「擬似信
号」と同一のものであるということはできず,他に「模擬信号」の意義
を明らかにする記載はない。
(イ)原告の主張に対し
原告は,模擬信号は着色処理前の信号を意味し,「人工信号」は着色
処理後の信号を意味し,両者の関係は明確であると主張する。
原告はその主張の根拠として,補正明細書【0007】の「着色(c
olors)する」との記載を挙げ,この記載から,ランダムノイズ周
波数分布を与えられた後の信号が着色された人工信号であり,それ以前
の信号が着色される前の模擬信号であると主張する。
しかし,補正明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を
みても,「模擬信号」や「人工信号」の内容についての説明はない。ま
た,上記【0007】の記載は従来技術についての説明であって,これ
が直ちに本願発明の「模擬信号」と「人工信号」との区別を明らかにし
たものとはいえない。「模擬信号」は着色前の信号であり,「人工信
号」は着色後の信号であると解する根拠はなく,原告の主張は失当であ
る。
エ小括
以上のとおり,請求項1における模擬信号,人工信号の意義及び相互の
関係は不明確である。「人工信号」の用語を使用した請求項2,5,1
6,26及び27も,同様に記載が不明確である。請求項1を引用する請
求項3,4,6ないし15の記載も不明確であり,請求項16を引用する
請求項17ないし22,請求項26を引用する請求項28も記載が不明確
というべきである。
審決の判断に誤りはない。
(3)「規格化」,「規格化係数」,「基準化」,「基準化係数」について
原告は,補正明細書の【0038】に,着色された人工信号が利得調整モ
ジュールによって規格化(利得適応)されることが明確にされており,規格
化が利得適応を意味することは明らかであると主張する趣旨と解される。ま
た,「規格化係数」については,規格化利得gであり,規格化係数,total
規格化利得,利得適応は同義であると主張する。
しかし,請求項1には,「前記第1の規格化係数が入力信号の高周波数帯
域の特徴であり,前記第2の基準化係数が入力信号の低周波数帯域の特徴で
ある」との記載,請求項16には,「前記入力信号に応答して,前記入力信
号の高周波数帯域の特徴である第1の基準化係数を送信するための送信機内
の第1の手段と,・・・前記処理された人工信号を非活動的な音声期間中に
該第2の規格化係数によって基準化し,前記処理された擬似信号を活動的な
音声期間中に前記第1の規格化係数によって規格化するための第2の手段と
を備え」との記載があり,「規格化係数」と「基準化係数」が並列的に用い
られている。両者が同一の請求項において使い分けられている点からみて,
両者は異なる意義を有するものとみるのが自然であるが,発明の詳細な説明
の欄を見ても,「規格化係数」と「基準化係数」の相違についての説明はな
い。同様に,同一の請求項16で使用されている「規格化」と「基準化」の
相違についての説明も,発明の詳細な説明においてされていない。
したがって,「規格化」と「基準化」の相違,「規格化係数」と「基準化
係数」の相違は明確でなく,結局のところ,「規格化」,「規格化係数」,
「基準化」,「基準化係数」の用語の意義は明確でないといわざるを得な
い。
そうすると,請求項1及び同請求項を引用する請求項2ないし15の記載
は明確でなく,「規格化」,「基準化」等の用語が用いられている請求項1
6ないし28の記載も明確でない。
審決の判断に誤りはない。
(4)以上によれば,本願の請求項1ないし28は,その記載が不明確である
から,その余の点についての判断をするまでもなく,審決の特許法36条6
項2号の判断の誤りをいう取消事由1についての原告の主張は理由がない。
2取消事由2(特許法159条2項違反)について
原告は,請求項1,16及び26の「模擬信号」,「人工信号」の意義が不
明確である点,請求項1の「第2の基準化係数」の意義が明らかでない点等
は,審決において初めて具体的に指摘された事項であり,これについて何ら反
論の機会が与えられないまま審決がされたことは,特許法159条2項に違反
すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,
まず,拒絶理由通知書(甲4)には,「人工信号を規格化する」「人工信号
を計量化する」の意義が技術的に不明確であることが指摘されている(甲4の
2頁(2),(4))。そうすると,拒絶理由通知を受けた原告としては,
「人工信号」の意義を明らかにする必要があり,また,請求項1の「前記処理
された人工信号」における「前記処理された」の文言は,「前記合成された音
声の処理された模擬信号」を受けているから,「模擬信号」の意義を併せて明
らかにする必要がある。したがって,「人工信号」と「模擬信号」の意義を明
らかにすべき意見を述べる機会が与えられていたものと解される。
次に,拒絶理由通知書には,「規格化係数」が不明確であることが指摘され
ている(甲4の2頁(2))。そうすると,原告は,「第2の基準化係数」に
ついて,意見を述べる機会が与えられていたものと解される。
原告主張の取消事由2(特許法159条2項違反)は理由がない。
3結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は
縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がない
から,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
大須賀滋
裁判官
齊木教朗

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