弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 本件仮処分申請を却下する。
2 訴訟費用は債権者の負担とする。
       事   実
第一 当事者双方の求める裁判
一 債権者
 「1 債権者が債務者の児童指導員たる地位を有することを仮に定める。2 債
務者は、債権者に対し、昭和四二年四月二六日以降毎月二〇日限り二五、一二〇円
あてを支払え。3 訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決。
二 債務者
 主文同旨の判決。
第二 当事者双方の主張
一 申請の理由
(一)1 債務者は、児童福祉法による養護施設として、社会福祉事業法に基づき
設立された社会福祉法人であり、職員一三名、収容児童定員五〇名の規模である。
2 債権者は、昭和四一年四月一日、債務者に児童指導員として雇用された者であ
る。
(二) しかるに、債務者は、昭和四二年四月二五日債権者を解雇したと称して同
月二六日以降債務者の児童指導員として取り扱わない。
(三) 本件解雇当時債権者の平均賃金月額は二五、一二〇円であつた。
(四) 債権者は、給与を生活の唯一の資とする労働者であつて、本案判決をまつ
ていては著しい損害を蒙る虞れがある。
(五) よつて、本件仮処分申請に及んだ。
二 申請の理由に対する債務者の答弁
(一) 申請の理由(一)は認める。
(二) 申請の理由(二)のうち、債務者は債権者を解雇した後債権者を児童指導
員として取り扱わないことは認めるが、後記のように、解雇の意思表示をした時期
は昭和四二年四月二五日ではなくて同年三月三〇日であり、その後右意思表示は同
年四月五日付に変更されたものである。
(三) 申請の理由(三)は認める。但し、解雇の日付が債権者の主張と異なるこ
とは前に述べたとおりである。
(四) 申請の理由(四)は争う。債権者は、昭和四三年一月より翌四四年二月ま
で肺結核のため入院治療を受け、その後も他へ就職、アルバイト等して就労稼働し
えない病弱な健康状態であるから、本件仮処分申請は仮処分の必要性に欠けるとい
わなければならない。
三 債務者の抗弁
(一) 債務者は、債権者に対し、昭和四二年三月三〇日、同月限り解雇(いわゆ
る通常解雇)する旨の意思表示をした。ただし、同年四月三日、債権者の年次有給
休暇を考慮し、右解雇の日付を同月五日付に変更した。
(二) なお、債務者は、債権者に対し、前記解雇の意思表示の際、解雇予告手
当、退職金および未払賃金を準備してこれを受領するよう通告したが、債権者が受
領しないため、解雇予告手当を昭和四二年四月二一日付で供託し、このことと退職
金等を郵送したこととを同年四月二五日付で債権者に通知し、右通知は同年四月二
七日債権者に到達した。
四 債務者の右抗弁(三)に対する債権者の答弁
(一) のうち、解雇の意思表示があつたことは認めるが、日付は異なる。その余
も争う。
(二) は認める。ただし、退職金は返送した。
五 債権者の再抗弁
 債務者の債権者に対する解雇の意思表示は、次の理由により無効である。
(一) 不当労働行為
1 債権者は、就職当時、保母のAと組合結成準備活動の一環として園外の喫茶店
で債務者の実情について話し合う約束をして都合で会えなかつたことがあつた。そ
の夜、このことが園長Bの耳に入り、園長は、債権者を園長室に呼び、「貴方は他
の職員達と外で話し合おうとしたそうですが、訊きたいことがあつたら私にきいて
下さい。」、「貴方は組合でも作る気でここへ来たのですか。だつたらうちはそう
いう人はいらないのです。キリスト教と社会主義的考え方とは合わないし、第一私
は資本家ではありません。もし組合を作ろうというのでしたらどうぞ他所へ行つて
おやんなさい。」という趣旨のこと述べ、「貴方はまだ試用期間中なのですから私
は何時でも貴方に辞めていただけるのです。」と暗に組合活動ないしそれに準ずる
活動をやれば解雇することがある旨を示唆して、その不当労働行為意思を明確にし
た。こうした態度は、債権者に対するのみならず、他の保母達同志で話をするのに
異常な程神経を使うことにもあらわれており、組合結成の予備的活動さえも禁圧す
るに至つている。債権者は、その後もA保母に限らず、かなり広い範囲の保母と主
として園外(喫茶店、自宅)で接触をもち、債務者の実情、不満などについて語り
合ううち、ゆくゆくは組合を組織しようという話をするようになつていた。
2 これら一連の債権者を中心とする組合結成準備活動を聞知していた債務者は、
昭和四二年に入つて債権者が東京都児童収容施設従事者会(以下東児従という。管
理職等を含む研究団体であり、労働組合ではない。)の機関紙「児童福祉研究」の
編集担当者から投稿を依頼され、債務者での仕事の模様を執筆しようとしたことを
知るや、債権者を解雇したのである。
 東児従自体は、労働組合ではないが、社会福祉施設従事者の職員団体であつて組
合に類似する団体であるところから、その機関紙への投稿が、後記のように閉鎖
性、前近代性を有する債務者から、組合活動準備活動の一環としてとられ、それが
解雇につながつたとみられるのである。
3 債権者が「日本社会事業職員組合」(以下日社職組という。)に加入したのは
昭和四二年二月二一日であつて本件解雇より約二か月前に過ぎないが、債権者は、
それ以前から職場の民主化を通じて組合結成ないし上部組合への個別的加盟等のた
めの下工作活動をしていたのである。債権者がこれらの活動をしたことが本件解雇
の真の動機である。
 なお、債権者が前記組合に加入したことを債務者が知つたのはおそくとも昭和四
二年三月三〇日ころである。
(二) 解雇権の濫用
 本件解雇は、全く理由のない恣意的な解雇であるから、信義則に反し解雇権の濫
用として無効である。
六 債権者の右再抗弁(五)に対する債務者の認否と反論
(解雇事由)
(一) 認否
(一) について
1 は争う。
2 は争う。ただし、東児従が労働組合でないことは認める。債権者は、本件解雇
理由を債権者の「児童福祉研究」投稿に結びつけて主張しているが、債務者は昭和
四二年三月二九日債権者に対し転職を勧めた際債権者の方から投稿したことを言わ
れてはじめて知り得たに過ぎないものであり、これは解雇と全く関係ないものであ
る。投稿がいかなる内容のものであるかは現在に至るまで明らかにされていないし
知る由もない。したがつて問題にする余地はない。
3 のうち債権者がその主張の組合に加入したことは認めるが、その余の事実は争
う。債務者は右加入の事実を昭和四二年四月二五日知つた。
(二) について
 争う。解雇権の行使は原則として自由であるから、一般に解雇権の濫用が認めら
れるのは、その行使が他人に害を与えることのみを目的として行なわれた場合、ま
たは公序良俗に反しあるいは公共の福祉を侵害するような場合などである。本件解
雇は、加害の目的は全くなくかつ公序良俗、公共の福祉に反していないのであるか
ら、何ら濫用となるいわれはない。
(二) 反論ー解雇事由
 本件解雇は、債権者が債務者の職員としての適格性に欠けていたために行なわれ
たものである。
1 債務者の業務と職員としての適格性
(1) 債務者の設立目的
 債務者は、昭和二六年八月二四日、理事長であるCにより戦後の混血児の救済
等、保護者のない子供、環境上保護を必要とする子供を預り将来立派な社会人とし
て成長するよう、キリスト教主義により援助育成することを目的として創立された
ものであり、児童福祉法の養護施設すなわち「乳児を除いて、保護者のない児童、
虐待されている児童、その他環境上養護を要する児童を入所させてこれを養護する
ことを目的とする施設」(同法四一条)として社会福祉事業法に基づき社会福祉法
人の認可を得て、昭和二八年六月二七日法人設立の登記を経たものである。
 そして、債務者の養護の目的は、「援助育成の措置を要する児童に対してその独
立心を損なうことなく平常な社会人として生活することができるように援助育成す
ること」(定款一条)にある。
(2) 債務者の規模・組織
(ⅰ) 昭和四一年度の収容児童定員は五〇名であり、そのいずれも児童相談所の
措置会議の議を経て入園する子供のみであつて、入園措置の原因は、棄児、失踪、
生活困難、離婚、結核、母病気、精神分裂、拘留、浮浪、家庭監護不能、母子家庭
等であり、退園事由はおおむね義務教育終了後の就職(高校進学の例も認められて
いる。)および家庭復帰であつて、在園期間は平均二年半余である。昭和四一年一
〇月末現在の在園児童構成は別紙(1)「在園児童構成表」記載のとおりである。
(ⅱ) 昭和四一年度の職員等の構成は別紙(2)「職員組織図」記載のとおりで
あり、各職員に関する詳細は別紙(3)「職員経歴表」記載のとおりである。
(3) 業務の特殊性
 債務者の施設の目的が前記のとおりであること、その対象である収容児童はいず
れも両親とともに生活できない不幸な二才から一八才までの間の孤独な子供たちで
あること、職員は、これと四六時中起居を共にし、いわば児童の両親に代わつて、
児童を心身共に健全な社会人として生活し得るよう援助育成感化し、将来の社会生
活に十分適応できるようにすることを任務としていること、このためには特に一三
名という小人数の職員間に密接な協力性、協調性が要求されること、就中それがキ
リスト教精神に基づいて行なわれること、さらには職員一三名のうち男子は三名、
女子は一〇名であり、それも年若い女性が多く、いずれも未婚であること等の諸点
からして、債務者の職員の勤務には一般の民間企業ないし官庁と異なつた勤務の特
殊性があるのである。特に児童に対する教育・生活指導およびその他職務上の諸取
決め等の遵守事項に従うことならびに職員間の融和協調をはかることが職員の適格
性として要求される。
以下これをふえんすると、
(ⅰ) 収容児童の特殊性
 様々の不幸な原因で両親とともに生活できないために収容されてくる児童である
こと、五〇名の児童の年齢が二才から一八才まで非常に差があること、収容される
原因・経緯等から普通の家庭の子供と比べおのずから心理的に不安定であり、概ね
負い目を感じていること、互いにつながりのない間柄の者が集団生活を行なつてい
ること、将来に対しても通常の家庭の子供とちがつた制約を感じていること等に収
容児童の特殊性がある。
(ⅱ) 職員および職員構成の特殊性
 合計一三名の極めて小人数であること(園長とその補佐である書記の夫妻を除け
ば一一名にすぎない。)、その構成は園長夫妻を含め男子三名、女子一〇名で未婚
の女性が多いこと、年齢構成は非常に若い者が多いこと、管理者を除き他の施設一
般と同様在職年数が比較的短期で絶えず流動していること、職員の殆んどが園内に
居住していること(通勤は債権者とD栄養士の二人のみであつた。)、学歴も大学
卒および高校卒等異なつていること等に職員および職員構成の特殊性がある。
(ⅲ) 収容児童に対する養護業務の特殊性
 債務者の業務は、一般の民間企業に従事する者ないし公務員等の行なう業務と著
しく異なり、不幸な境遇におかれた児童に対しいわば家庭に等しい環境を与えてこ
れを養護するものであつて、児童の生活の万般にわたり父母に代わり面倒をみるこ
とである。児童憲章二条に、「すべての児童は、家庭で正しい愛情と知識と技術を
もつて育てられ、家庭に恵まれない児童にはこれに代わる環境が与えられる。」と
あるが、家庭に代わる環境がまさに養護施設であり、そこの職員はすべて家庭にお
ける父母の役割を果たすべきものである。このような役割は、園長、書記、保母、
指導員、栄養士および調理士のすべての職員が、それぞれの立場から一致協力して
はじめて果しうるものであり、これら職員がばらばらに各自無規律、無秩序に勝手
に行なつていたのではとうてい目的を達成しえないことは自明の理である。すなわ
ち、債務者は法人として社会福祉事業法の適用を受け、かつ、児童福祉法に定める
養護施設として同法および同法に基づく児童福祉施設最低基準(昭和二三年一二月
二九日厚生省令第六三号。以下「基準」という。)等の省令に則り、さらに創立の
精神・伝統・方針等を尊重しながら運営され、年間・月間および日々の具体的な業
務の遂行は、職員会、朝礼等での職員の協議や決定等を基礎として行なわれるもの
である。したがつて、各々の職員が、これに反して独自の考えで勝手に業務を行な
うことは許されない。また、特定の目的をもつ組職体が、その目的遂行のため、そ
の構成員に権限、業務等を配分し、上下関係ないし協力関係等の組織化をしてこれ
に当たつている場合に、構成員がこれを無視して独自の行動を行なうことは、秩序
を乱し組織を破壊し、組織体の目的達成を著しく困難ないし不能にするのであるか
ら許さるべきではない。このことは、債務者の職員の場合も当然いいうるのであ
る。むしろ、債務者の、前述のような、養護の対象である児童、これに当たる職員
およびその間に行なわれる養護の特殊性等の具体的諸条件を考えれば、このことは
その目的達成の効果をあげるために、とりわけ強く要請されるのである。
2 債権者の債務者職員としての不適格性
(1) 債務者は、債権者が、(ⅰ) 債務者の児童に対する教育指導等の定めに
反する指導等をしたり、(ⅱ) 職員間の融和協調を欠く言動に出たり、(ⅲ) 
さらには勤務状態も悪化し、(ⅳ) 最終的には債務者の運営方針に公然と反抗す
るに至つたので、前記債務者の業務の特殊性にかんがみ、債権者は職員としての適
格性なしと判断して解雇したのである。
(2) 次にこれをふえんすると、左記のとおりである。
(ⅰ) 指導上の遵守事項違反
 債権者は児童の頬を鼻血が出る程殴つたり、オートバイの無免許運転を黙認した
り、学習時間に勝手にテレビ、漫画を見せたり、落書をさせたり、掃除の仕方、食
事の好き嫌い等について児童を甘やかし、要求のあるまま他の職員と反対の指導を
行なつた。
(ⅱ) 職員間の融和協調性の欠缺
 債権者は、職員としての自覚に乏しく他の職員と協力して全体の融和協調を計ろ
うとする姿勢が全く見られなかつた。すなわち、担当保母に無断で児童を外出せし
めたり、保母を威圧したり、児童の前で児童と他の職員の間を離反させるような言
動、職員会での雰囲気を壊すような言動、音楽教育に非協力ないし反対の言動をと
つたりする等他の職員の感情を害するような行為や、全体の意見を無視して反対の
ための反対をしたりし、協力して融和をはかり建設的に職務に当たろうとする態度
は全くみられなかつた。そして、債権者のこのような非協力的言動は、全職員の不
評を買い、円滑な業務の遂行を著しく阻害した。
(ⅲ) 勤務状態の悪化
 債務者は非常に遅刻が多く、常日頃より他職員の不評を買つていた。園長から再
三注意されながら最後まで改めようとせず、特に昭和四二年六月以降は三〇分から
一時間の遅刻は普通であつた。このため、他の職員の負担がいやが上にも増し、児
童処遇の上にも悪い影響を与え、また他の職員の不満はますますつのつていつた。
(ⅳ) 運営方針の無視ないし反抗
 債権者は児童に対し学習時間にテレビや漫画を見せたり落書をさせたりしていた
ので、職員が注意したところ、「園の方針には従わない。」と公然反抗し、またキ
リスト教の宗教行事等に対して反対の態度を表明したり、エレキギターの使用を一
度だけの条件で認めそれ以後は認めないとの園の方針に反対して、「園ではエレキ
演奏が認められていなかつたが、自分は認めてきた。ヽヽヽヽこれに限らずこれか
らも自分は自分の方針でやつてゆく。」と公然と園の方針を無視する旨の宣言を
し、いわば、じ後も債権者の意向や考え方にそわない方針や決定にはすべて従わな
い態度を鮮明にした。
3 付言
(1) 債務者は昭和四二年二月一一日債権者を主任指導員に任命したが、これ
は、そうすることによつて債権者が従来の態度を変更することを期待したことによ
る措置であつて、債権者の従来の態度を容認したことによるものではない。
(2) 本件解雇に先立ち、債務者は、他の職員等の意向をも十分聴取し、かつ債
権者に対し他の職場への就職斡旋についても十分配慮しているのである。
七 債務者の右反論(六の(二))に対する債権者の反駁
(一) 六の(二)1について
1 (1)は認めるが、債務者がキリスト教主義により設立されたものであつて
も、社会福祉法人は他面公的性格をもつており、信教の自由との関聯で収容児童、
職員に対しキリスト教を強制したり、キリスト教によつて一方的に施設の運営方針
を決定し実施することなどは許されない。
2 (2)は職員の退職事由の点を除き認める。右退職事由は知らない。
3 (3)につき、社会福祉施設として債務者の業務の特殊性があることは認める
が、その内容については争う。
 債務者は、しきりに協力性、協調性を強調している。もとより協調性はいかなる
職場にあつても必要なものである。しかし、それは上からおしつけられたり、無理
に作られたりした仮面の偽善的協調性であつてはならないのである。真の協調性
は、職員、児童が真に自己の意見や信念や希望を打ちあけあい、互いに他を認めあ
い、討議しあうという民主的な職場運営の中から出てくるのであつて、キリスト教
精神のおしつけや、特定個人の信念のおしつけは真の協調性を生み出さない。
 また、児童指導員は、一種の専門的な職務であり、児童の指導育成教育について
独自性をもつて職務に当たらなければならないのであつて、指導内容のすべてにわ
たつて他の指揮監督下にあるのではない。したがつて、児童指導員は、単に上司の
事務を代行代理するという事務職員とは根本的に異なるのであつて、自由裁量が認
められなければならない。以下この点について詳述する。
(1) 児童指導員の専門職としての地位
 「基準」の定める資格要件(六九条)からも明らかなとおり、児童指導員は一つ
の専門職であつて、専門的見職をもち、専門的研究をつみ、知識経験を豊富にする
職責があると同時に権利があり、また、自己の専門的見識に基づいて独自に児童を
指導する義務と権利とがあるものといわなければならない。
 また、「基準」によれば、児童指導員とは、「養護施設において、児童の生活指
導を行うものをいう。」(六八条)とされ、生活指導は、「児童の自治を尊重し
て、児童が日常の起居の間にも社会の健全な一員となるよう集団的及び個別的にこ
れを行わなければならない。」(七〇条)とされている。
 こうした指導は、単に機械的、事務的に行なわれるものでないことは勿論であつ
て、各指導員の識見に負うところが大きい。
 施設の長は、施設の運営、設備、財政、対外接渉などを行なう職責があるが、職
務として、児童と直接、日常的に接するものではないから、園の運営について大綱
的なものは別としても、専門職としての指導員の指導方針あるいは個々の具体的指
導内容についてみだりに干渉し、しかもそれが園長の主観に合致しないからといつ
て直ちに解雇事由にするようなことは前記法の趣旨にも反するものである。指導員
は、専門職としての職責から総合的に養護についての方針樹立と具体的指導とをな
すものであるから、債務者のように、たまたま見聞した一現象のみをとらえて、こ
れをもつて指導員の適格性まで云々することは許されない。
(2) 職場の特殊性
(ⅰ) 債務者のような養護施設の職員の職務の特殊性は、施設職員の職務が児童
に対する教育指導を目的とする点からみて、教員の職務の特殊性に比すべきもので
ある。そして、教員の職務は、その専門性において著しい特徴をもつており教育活
動の場でのかなり高度の裁量が認められている。
 児童指導員などの施設職員も、右の教員に準じて考えられるべきであり、そうし
てこそ、自由濶達な指導が行なわれ、児童が真に「社会の健全な一員となる」こと
ができるのである。
 職員の協調性は、右のような各職員の自由な活動の中での相互の討議の中から自
然に生まれるべきものであり、上命下服、上意下達式の官僚方式では真の協調性は
生まれないのである。
(ⅱ) 債務者がキリスト教精神によつて運営されていること自体は認められる
が、公的性格をもち、かつ、児童の側に施設の選択権がほとんどない現状では、児
童に対しキリスト教精神を一方的におしつけることは問題であり、また、職員に対
しても、キリスト教をそのままおしつけることができないことは勿論であり、キリ
スト教信者であるかどうかによつて差別してはならないのである。
 ただ、施設の一般的運営がキリスト教精神によつて行なわれ、職員も自己の宗教
的精神に反しない限り、なるべくこれに従うことが必要であるにとどまるのであ
る。
 また、キリスト教精神といつても、人によつて考え方、とらえ方が異なるから、
施設長の宗教的な信念が、すなわちキリスト教精神ではないのであつて、これも十
分納得されたうえで運営されなければならない。
(二) 六の(二)2について
1 (1)は争う。
2 (2)について
(ⅰ) について
 昭和四一年秋、児童を叱つて鼻血を出させたことはあるが、債権者も少し強く叱
りすぎたことを反省し、園長にも報告し、その後二度とこうしたことはしていな
い。
 その他の点はすべて否認する。オートバイの無免許運転を黙認したり、テレビを
勝手に見せたり、落書をさせたりというのは、すべて債権者の行動を悪意に解した
ものであり、甘やかしたというのも価値判断であつて、何らの根拠はない。これら
のことは、すべて指導員の状況に応じた教育指導活動であつて、単純に施設管理者
の方針に反するというような問題ではない。
(ⅱ) について
 これもすべて債権者の行動を悪意に解した価値判断である。例えば、音楽教育に
非協力ないし反対の態度をとつたという点についていえば、園長が一方的独断的に
中学生にも「大きな栗の木の下で」という低学年向けの歌を練習させたことに対
し、児童の中に反撥があつたのを債権者が園長に報告し、歌を変えてほしいと希望
をいつただけのことで、音楽教育に対しては何ら反対しているわけではない。
 債務者のいう協調性とは、園長ないしその夫人を中心とした協調性であり、園長
は職員間の真の協調を欲しなかつたことは明らかである。また、協調性の欠缺は、
あたかも全部の職員とあつたように主張しているが、E保母等一部の者との間が問
題だつたにすぎない。しかも相手方の協調性はどう考えるのか。協調性とは双方的
相互的なものである。
(ⅲ) について
 年間三~四回の遅刻は認めるが、これは何ら勤務状態の悪化といえるものではな
く、欠勤の場合は必ず事前に連絡している。
 昭和四二年二月以降の遅刻は、自動車運転免許をF指導員とともにとるように園
長に要請され、教習所に通つたためのもので、園長の許可を受けているのである。
また実際の措置として事前事後に了承を得ているものであつた。他の職員の不満
は、周知手続を欠いた園長の責任である。
(ⅳ) について
 これもすべて債務者の悪意に基づく主張であり、債権者が教育者として種々意見
を述べること自体をすべて反抗と解する非民主的独善的な債務者の主張こそ、むし
ろ排撃すべきである。
 例えば、エレキギターの件は、園長が一度だけ許すという方針を出したのに対
し、児童に対し一方的に方針をおしつけることはよくないが、方針には賛成する旨
発言したものであり、意見を述べたに過ぎない。
(三) 六の(二)3について
(1)のうち債務者主張の日に債権者が主任指導員に任命されたことは認める。右
は債権者において債務者主張のような行為をしなかつたことを裏書きするものであ
る。
(2)のうち他の職員の意向を聴取したかどうかは知らない。解雇を納得していな
い者に対する就職あつせんは、かえつて不当な圧力であり、何ら好意的なものでは
ない。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
(前註)
 理由中、人証の表示の次のかつこ内の数字は、その供述が一回の口頭弁論期日で
終了した場合は問答番号を、二回の口頭弁論期日にわたつた場合は口頭弁論の回次
と問答番号とを示す。挙示の証拠全体をもつて認定の資としたのであるが、記録索
引の便宜上、認定の用に供した主要部分を示したものである。
一 雇傭関係の存否についての紛争の存在
 本件手続において、債権者は債務者の児童指導員たる地位を有することを主張し
ているところ、債務者はこれを争つている。しかも、債務者が債権者を児童指導員
として取り扱わないことは当事者間に争いがない。
二 雇傭関係の成立
 申請の理由(一)は当事者間に争いがない。
三 解雇の意思表示
 債務者が債権者に対し解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがないとこ
ろ、右事実と証人Gの証言(1)により成立の認められる乙第一六号証、証人Bの
証言(第七回1)により成立の認められる乙第一七号証、同証人の証言(第八回
4)により成立の認められる乙第二三号証ならびに証人Bの証言(第七回100―
102、第八回17)と弁論の全趣旨とをあわせると、昭和四二年三月三一日、債
務者は園長B(以下B園長という。)をとおして、債権者に対し、同日限り解雇す
る旨の意思表示を口頭でしたが、その後同年四月一日債権者より「他に仕事を見つ
けたいから有給休暇にしてほしい」旨電話で申入れがあつたので、四月五日まで年
次有給休暇とし四月五日限りで解雇する旨先になした前記意思表示を変更したこ
と、同月八日債務者はB園長を通じ解雇予告手当として債権者の平均賃金一か月分
に相当する二五、一二〇円を封筒に入れて債権者に提供したが、債権者が受けとら
なかつたこと、同月二一日解雇予告手当として二五、一二〇円を東京法務局武蔵野
出張所に供託したことがそれぞれ一応認められ、債権者本人尋問結果中右認定に抵
触する部分は採用しない。
四 解雇の意思表示の効力
 そうとすれば、債務者の債権者に対する解雇の意思表示は、債権者の主張するよ
うな無効原因がない限り、債権者がその日からの賃金相当額の支払いを求めている
昭和四二年四月二六日までにはおそくともその効力を生じたとみるべきであるか
ら、右無効原因の有無について検討する。
(一) 不当労働行為について
1 債権者は、A保母ら債務者の保母と語らい合い組合結成準備活動をしていた旨
主張する。
 しかし、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一三号証、債権者本人尋問の
結果(第九回1)により成立の認められる甲第五号証ならびに債権者本人尋問の結
果(第九回95―132)をあわせると、債権者は債務者に就職して間もない頃か
ら債務者の保母と連絡し合つて債務者の運営の改善策等について語り合うことがあ
つたことは一応認められるが、組合結成準備活動を行なつたとまで認めるに足りる
資料はない。
2 また、成立に争いのない甲第七号証、証人Hの証言(1)により成立の認めら
れる甲第四号証、債権者本人尋問の結果(第九回300)により成立の認められる
甲第六号証、同甲第八号証、証人I(16、17、181―188)、同H(10
1―113、119―135)の各証言ならびに債権者本人尋問の結果(第九回2
92―299)をあわせると、債権者は、昭和四二年二月ころ東児従の機関紙であ
る「児童福祉研究」に児童処遇の現状に関して執筆を依頼され執筆しようとしたこ
と、このことを知つた債務者のB園長は債務者の実状を外部に発表されることを快
く思わず、債権者に執筆を思いとどまらせようと考え、それとなく債権者にその意
思を伝えたことは一応認められるけれども、右東児従は管理職等をも含む社会福祉
施設従業員の研究団体であり、労働組合でないことは債権者の自陳するところであ
り、右執筆依頼に応じようとしたことをもつて組合活動または組合結成準備活動と
目することはできない。
3 証人J(18―20)、同I(21、128、129)の各証言ならびに債権
者本人尋問の結果(第九回324―326)によれば、債権者は、昭和四二年二月
下旬、指導員、保母、書記、栄養士等社会事業施設の職員で組織されている労働組
合たる日社職組に加入したことは一応認められる(時期を除き加入の事実は当事者
間に争いがない。)が、前記本件解雇の意思表示までに右組合加入を債務者側が知
つていたと認めるに足りる証拠はなく、かえつて、証人B(第七回103―10
5)、同G(153、154)の各証言をあわせれば、債務者側が債権者の右組合
加入を知つたのは昭和四二年四月に入り本件解雇をめぐり右組合と債務者との団体
交渉がはじまつてからであることが一応認められる(債権者本人尋問中これに反す
る部分は採用できない。)から、右組合加入が本件解雇の原因であるとみることも
困難である。債権者は、右組合加入以前から、組合結成ないし組合への個別的加盟
等の下工作活動をしたと主張しているけれども、この主張事実を認めるに足りる証
拠はない。
 したがつて、本件解雇が不当労働行為を構成するから無効であるという債権者の
主張を肯定することは困難である。
(二) 解雇権濫用について
1 債務者の設立目的等
 事実欄六(二)1(1)の事実は当事者間に争いがない。
2 債務者の規模・組織
 事実欄六(二)1(2)の事実も、(ⅱ)の職員の退職事由を除き当事者間に争
いがない。
3 債務者における職員の業務の特殊性
 証人Jの証言(1・2)により成立の認められる甲第一号証、前記甲第五号証、
乙第一七号証、証人B(第七回11―16、第八回39―52)、同E(5―2
5)、同J(3―8)、同G(20)、同K(35―40)の各証言ならびに債権
者本人尋問の結果(第九回18―34、39―46、65―67、70―85、2
10―212、392―408、第一〇回17)をあわせると、次の事実を一応認
めることができる。
(1) 債務者の収容児童はすべて何らかの事情で両親と共に生活できない子で、
二才の児童から一八才の高校生まで約五〇名いる。そして、これら家庭に恵まれな
い児童に対し家庭に代わるべき環境としての役割を果たすことが債務者に期待され
ており、債務者の職員はいわば、これら児童の保護者の立場で児童を指導育成しな
ければならない。
(2) 2に記したところから明らかなように、昭和四一年度の債務者の職員は、
園長、書記各一名、指導員二名、保母六名、栄養士ないし調理士三名合計一三名で
あり、園長の指導監督の下に指導員、保母その他の職員が収容児童を個別的にある
いは集団的に指導育成する組織になつている。
 保母は一人当たり八名ないし九名の児童の日常生活全般の指導を担当するのに対
し、指導員は児童全員の学習指導を含む個別的、集団的指導を行なうこととされて
おり、児童の側からみると、担当の保母と指導員との二重の指導を受けることにな
る。
 したがつて、指導員と保母とは、互いに密接な連繋を保ち、児童の指導に当たる
必要がある。
(3) 債務者運営の基本指針は、前記創立目的と定款記載の設立目的(1記載の
とおり当事者間に争いがない。)とであるが、具体的問題についての園としての指
導方針は、原則として週に一回開かれる職員会議(職員全員を構成員とする。)で
討議の上決められ、指導員、保母等は右方針に従いチームワークを保ちながらそれ
ぞれ専門知識を活用して児童の指導に当たるのが建前である。
以上の事実が一応認められる。
4 債務者の主張する債権者の解雇事由ー債務者の職員としての不適格性ーの当否
(1) 債権者の経歴と債務者内での地位
 前記甲第五号証、証人F(3、219―222、237―247)、証人B(第
八回249)の各証言、債権者本人尋問の結果(第九回7―12)をあわせると、
債権者は昭和四〇年三月日本社会事業大学児童福祉学科を卒業し、その後約一年
間、民間社会事業の概略を知るため全国社会福祉協議会でいわゆるアルバイトをし
た後、昭和四一年四月債務者に児童指導員として採用されたこと(昭和四一年四月
債務者に児童指導員として採用されたことは当事者に争いがない。)、債権者はす
でに結婚していたことでもあり、債務者の宿舎事情もあつて泊まりこみでなく自宅
から通勤することになつたこと、債権者が勤務しはじめた当時、指導員の職務に従
事する者としては、かたわら大学の夜間部に通学中で指導員としての正式の資格を
有していなかつたFがいるのみであり、債務者内では指導員の職務に従事する者の
上席者としての役割を果たすことを期待される立場にあつたこと、そして昭和四二
年二月一二日に同月一日付の主任指導員を命ずる旨の辞令を受けたこと(辞令を受
けたことは当事者間に争いがない。)、その勤務時間は通常の場合は午前八時半か
ら午前一二時までと午後二時半から午後八時まで、早出の場合は午前六時半から午
前一二時までと午後三時から午後八時までの断続勤務であり、宿直の場合は午後一
二時までとなつているが、実際は翌午前九時までの勤務となつていたことがそれぞ
れ一応認められる。
(2) 児童福祉施設の指導員の専門性とその職員として要求される配慮
(ⅰ) 児童福祉施設最低基準(昭和二三年厚生省令第六三号。以下単に「基準」
という。)と証人Jの証言(72―84)ならびに弁論の全趣旨をあわせ考える
と、債務者のような児童福祉施設の指導員の職務はいわば専門的性格を有するもの
であり(「基準」六八条ないし七〇条参照)、指導員は児童を指導するについて専
門的知識に基づく一定の幅の裁量を有することが一応認められる。
(ⅱ) しかしながら、指導員の職務が専門的性格を有するものであり、指導員は
児童の指導に当たつて一定の幅の裁量を有するとはいつても、その指導内容が生活
に関し、保母のそれと密接な連繋をもつ以上、指導員としては債務者の設立目的や
職員会議できめられた指導方針に従い他の職員とチームワークを保ちながら児童の
指導に当たらなければ、到底指導の成果をあげえないことは見易い道理であり、指
導員は右設立目的や職員会議できめられたところに牴触しないよう配慮し、牴触す
るような行動をすることは厳に避けなければならない。
(3) 債権者の問題行動
 このような見地からみて問題となる行動が債権者にあつたかどうかを検討する。
(ⅰ) 証人Fの証言(1)により成立の認められる乙第一五号証および右証言
(21―33)をあわせると、児童の自主性を涵養するため、児童が野球等の遊戯
をした後は遊び道具のあと片付けを児童自身にさせるよう園の方針がきめられてい
たにも拘わらず、債権者はこの方針に反し児童があと片付けをやりたくないといえ
ばやらせないというような指導の仕方で、再三にわたり職員会議で問題にされたに
拘わらず改めなかつたことが一応認められる。
(ⅱ) 成立に争いのない乙第四号証、証人Bの証言(第七回18)により成立の
認められる乙第二二号証、証人E(99―107)、同F(46―56)、同G
(114)、同B(第七回19・56)の各証言をあわせると、債務者において
は、職員会議できめられたところに従い週間予定表および日課表を定め、小学生を
毎日一定時間特定の部屋に集めて予習、復習等の自習をさせる学習時間を設け、こ
の間は集団的に学習自習態度を養うよう指導することになつていたにも拘わらず、
債権者は一部の児童が学習と何ら関係のないテレビをみたり、漫画を読んだりする
ことをたびたび許可し、そのために学習に意欲のある他の児童の妨げとなり、B園
長の注意を受けたのに、右の態度を改めなかつたことが一応認められる。
(ⅲ) 前記乙第一五号証、証人F(57―64)の証言ならびに弁論の全趣旨を
あわせると、職員会議の決定により児童にテレビを視聴させる場所、時間、番組が
きめられているのに、債権者は、この定めに反し、私物のテレビをしばしば宿直室
に持ちこんで夜おそくまでみせ、保母の抗議やB園長の注意を受けながら一向に改
めなかつたことが一応認められる。
(ⅳ) 成立に争いのない乙第一二号証、前記乙第一三号証、弁論の全趣旨により
成立の認められる乙第二九号証、証人Eの証言(77―88)、債権者本人尋問の
結果(第九回190―201、第一〇回17―26)ならびに弁論の全趣旨をあわ
せると、債務者は、児童に関する情操教育の一環として、職員会の決定で、いわゆ
るボランテイアによる音楽指導を児童全員参加のもとに行なうこととしていたとこ
ろ、昭和四一年一〇月一三日の右音楽指導の際、中学生の男子二、三名が練習すべ
き曲が幼稚であるとしてこれに快く参加せず、右音楽指導の時間中に入浴していた
ので、E、Aの両保母がこれに対し参加するよう指導を行ない、その場にいた債権
者に対しても協力を求めたが、債権者は職員会の決定した前記方針を無視して協力
せずかえつて右の児童に対し「無理もないよ。あんな音楽なら出る気もしないのが
当然だ。」と発言したことが一応認められる。
(ⅴ) 成立に争いのない乙第三号証、前記乙第二二号証ならびに証人Bの証言
(第七回27―29)と弁論の全趣旨をあわせると、債務者には「職員は児童の生
命を軽視してはならない。」との職員会議できめられた内規があり、児童を交通事
故から守るため小学校入学前の幼児の外出には付添いを要するという方針になつて
いるのに、債権者は昭和四二年一月三日六才の幼児一名を交通頻繁な商店街から園
までの道約五〇〇メートルをひとりで帰園させたことが一応認められ、この点に関
する甲第五号証、債権者本人尋問の結果(第九回221―223)は採用できな
い。
(ⅵ) 前記乙第三号証、同第一二号証、同第二九号証、証人Eの証言(174―
180)、債権者本人尋問の結果(第一〇回29―57、137―140)ならび
に弁論の全趣旨をあわせると、債務者には「児童は職員の許可なく施設より外出し
てはならない。」旨の職員会議できめられた内規があり、映画等には職員の付添い
がなくては行けないことが定められていたのに、昭和四二年一月四日、各自別々の
映画の見物を熱望する中学生に対し、保母らが付添いの職員の人数の関係上これを
一か所にまとめるか又は翌日に延期するかを説得中、債権者は右中学生の前で保母
達に対し「行きたければ子供なんか塀を乗り越えても行きますよ。」といい、また
中学生に対し「吉祥寺の映画館に付添いなしで行つたらどうだ。」というなど無断
で職員の付添いなしに児童が映画に行くことを是認する発言をして債務者の右方針
を無視したのみならず、担当保母に無断で翌五日の公休日に中学生二名を映画見物
に連れ出し、しかもこの二名自身においても担当保母等に外出を報告していないこ
とを知つていながら、公休中とはいえその二名の児童の違反事実について何らの指
導をしないばかりか、かえつて債務者に何らの連絡了解をとることもなくそのまま
映画を見物していたので、園内で担当保母はじめ職員は二人の児童が行方不明にな
つたとして大騒ぎをしたことが一応認められる。
(ⅶ) 前記乙第一六号証、証人G(117・118・321―333、406―
408)、同B(第七回66・67)の各証言ならびに債権者本人尋問の結果(第
九回286―289)をあわせると、昭和四二年一月一五日中学生の一児童が公道
でバイクを無免許運転するという事件が起つたが、園の二階からこれを目撃したB
園長が園の庭に居た債権者に対し大声で右児童を制止するよう指示したにも拘わら
ず、債権者はこの指示に従わず放任したことが一応認められる。
(ⅷ) 成立に争いのない乙第四号証、前記乙第一二号証、証人Eの証言(182
―185)ならびに弁論の全趣旨をあわせると、昭和四二年二月はじめころ、債権
者が中学三年の一児童を債権者のバイクに乗せて外出させる際、その日が土曜日で
あり、職員会議で決定された年間生活指導計画に基づく教会学校が午後四時から開
かれる予定であつたので、それに間に合う時間に帰園させるように担当保母が債権
者に依頼し、債権者もこれを了承したにも拘わらず、債権者は途中で児童を自宅に
連れて行き時間に間に合うよう帰園させなかつたため、右児童は教会学校に出席す
ることができないという結果を招いたことが一応認められる。
(ⅸ) 前記乙第一二号証、同第一七号証、証人E(204)、同F(209・2
10)、同B(第七回63―65、第八回209―246)の各証言をあわせる
と、債務者においては、かねてより園児の中からエレキギターを演奏したいという
要望が出されていたが、園の所在地が住宅の密集している地域であつたため外部へ
迷惑をかけることを考慮し、これを許可しない方針が定められていたこと、しか
し、昭和四二年三月下旬卒業してゆく中学三年生の児童から別れの想い出として一
度だけやらせてほしい旨の申し出があつたので、B園長は同月二五日の職員会議に
おいて全職員にその意見を求めた結果、全員児童の真情をくみこの場合に限りエレ
キギターの演奏を認めることにしたこと、この職員会議の席上債権者は「園ではエ
レキギターの演奏が認められていなかつたが、自分は認めてきた。今自分のやつて
きたことが認められたのでこれに限らず、これからも自分は自分の方針でやつてゆ
く。」と発言したが、この発言は債権者の従前の行動とあいまつて他の職員にじ後
も債権者は自分の意向や考え方にそわない園の方針や決定に従わない旨の意思を表
明したものと受け取られ、園長は、ここにおいて、もはや債権者には職員会議でき
められた園の方針決定に従い他の職員と協調して児童の指導に当たつてくれること
を期待できず、債権者と雇傭関係を続けてゆくことは無理であると考えるに至つた
ことが一応認められる。この点につき債権者本人尋問の結果(第一〇回92)は採
用しない。もつとも、債権者本人尋問の結果(第九回275ー285)によれば、
債権者も積極的にエレキギターの演奏をやらせた事実はなく、消極的に容認したに
とどまつていたに過ぎないことが一応認められる。
(ⅹ) なお、前記乙第一五号証、同第二二号証、証人E(65―67、70―7
6、284―294)、同F(144―159)、同G(79―96)、同B(第
七回18、第八回56―68)の各証言をあわせると毎週水曜日の午前中に行なわ
れる職員会議および毎朝行なわれる朝礼の席において、債権者はボールペン等で不
自然な音をたてたり、腕組みをして上を向いたりあるいは横を向いたりして同僚に
不快の念と反感を催させ、債権者の意見に対し反対意見を述べたEに向つて会議終
了直後威圧的に「あんたの教育方針をきかせてもらいます。」といやがらせの発言
をするなど職員会議の雰囲気を重苦しいものにしたことが一応認められ、債権者本
人尋問の結果(第九回476―479)によつても右認定を左右できない。
(4) 右問題行動に対する評価
(3)の(ⅰ)ないし(ⅵ)、(ⅷ)ないし(ⅸ)の各事実はすべて債権者が職員
会議においてきめられた園の指導方針に反する行動をとつたことを示すものであ
る。
 そして、右の各事実と(3)の(ⅶ)および(ⅹ)の事実とをあわせ考えると、
債権者と債務者とは児童の指導についての方針を異にし、債権者はなるべく児童の
欲求をかなえてやり自由に生活させようとする傾向が強かつたのに対し、債務者は
どちらかといえば児童の生活を厳格に規律しようとする傾向にあつたこと、しかも
債権者は自己の方針を正しいと確信し、児童指導員という職務の専門的性格を重視
するのあまり職員会議できめられた方針であつても必ずしもこれを尊重せずなるべ
く自己の方針で指導に当たろうとしたこと、そのため他の職員を困惑させその反感
をかつたことが一応認められる。
 しかしながら、児童の指導上債権者の方針と債務者の方針とのいずれが教育的見
地からみて正しいかは別として、債務者のような児童福祉施設内における指導は、
一旦その指導方針がきめられた以上、その方針のもと職員がチームワークを発揮し
て各自がそれぞれの職分において協力し合いながら指導に当たつてこそはじめて指
導の成果を十二分にあげうることを期待できるのであつて、職員が各自ばらばらの
方針と姿勢で指導に当たる場合は施設として指導の成果を十分あげることが期待で
きないばかりか、かえつて指導の効果が著しく減殺され、ときには害をなす虞れす
らなしとしない。このことは一般の家庭において父母がばらばらの方針と姿勢とで
未成年の子の生活指導に当たつた場合を考えればあまりにも明白である。従つて債
権者が債務者と異なる指導方針を有し、その言動が他の職員に困惑や反感を与えて
いた事実と前記認定の債務者の規模、職員構成等をも考慮すれば、仮に前記認定の
ような債権者の諸行為が債権者の児童に対する愛情と指導上の熱意とに基づくもの
であり、かつ、前に述べたように指導員にはその職務の専門的性格に鑑み一定の幅
の裁量を許されているにしても、児童福祉法等関係法令と設立目的とにより児童福
祉施設としての機能を十分に果すべき責務を負つている債務者がもはや債権者との
雇傭関係を継続してゆくことが困難であると考えたことは、これを是認できるとこ
ろである。
 なお付言すると、債務者が昭和四二年二月一一日債権者を主任指導員に任命した
ことは当事者間に争いがない。しかし、証人Bの証言(第七回79―80、第八回
248―252)、債権者本人尋問の結果(第九回257)、当事者間に争いのな
い別紙職員組織図および職員経歴表(退職事由を除く)によれば、債権者はすでに
保母について、主任、副主任の制度を定めており、当時Eを主任保母に、Aを副主
任保母に任命したので、これとの均衡上指導員にも同様の制度を設けることとし、
二名の指導員中Fが正規の資格をもつていなかつたため、債権者を主任指導員に任
命することになつたこと、この任命は債権者が前記のように債務者の定めた方針に
反した指導を従前行なつてきた事実を不問に付する趣旨ではなくむしろこれを機会
に債権者の反省と努力とを要請する趣旨も含まれていたことが一応認められる。こ
の点につき甲第五号証および債権者本人尋問の結果(第九回259、第一〇回6
8・69)は採用しない。従つて右任命の事実は右評価を左右しない。
(5) 解雇の意思表示までの経過
 前記甲第五号証、乙第一七号証ならびに証人Bの証言(第七回87―102)を
あわせると、右のようにエレキギター事件を契機として債権者と雇傭関係を続けて
ゆくことは無理であると考えるに至つたB園長は、なるべく円満に債権者に他の施
設に移つて貰つた方がよいと考え、昭和四二年三月二七日アガペー授産所のL所長
に電話で、もし債権者が希望するなら債権者に対し採用のための面接をして貰える
かと問い合わせ、翌二八日主任保母のE、副主任保母のAに意見を求めたところ、
この際債権者にやめて貰わなければ園の秩序は保てないという強い意見であつたの
で、翌三月二九日B園長は、債権者に対して、「最近あなたに対する批判が高まり
このままではどうにもならない。あなたに転職の意思があるならばアガペー授産所
に就職を斡旋する。」旨伝え、「チームワークがくずれる原因があなたにあるのだ
からこの職場はあなたに適さない。より適当な職場を探してあなたの能力を十分伸
ばせるようにした方が、結局はあなたのためにも皆のためにもよい。」と述べ、さ
らに債権者の希望に従い、翌三〇日B園長、M書記、E、A両保母と債権者とが債
権者の解雇について話し合つた後、本件解雇の意思表示がなされたことが一応認め
られる。
5 結論
 そうであるとすれば、本件解雇の意思表示はまつたく理由もなく恣意的になされ
たというものではなく、債務者においてやむをえない措置としてなされたものとみ
ることができるから、右解雇の意思表示を信義則違反とか解雇権の濫用とか認める
ことはいまだ困難である。したがつて、本件解雇の意思表示は無効とはいえない。
五 むすび
 以上の次第で、本件解雇の意思表示が無効であることを前提とする債権者の本件
仮処分申請は、被保全権利についての疎明を欠くというほかなく、保証をもつて疎
明に代えることも相当でないから却下することとし、訴訟費用の負担について民事
訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)
(別紙省略)

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