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平成25年1月30日判決言渡
平成24年(行ケ)第10233号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年11月29日
判決
原告興亜硝子株式会社
訴訟代理人弁理士江森健二
同吉田雅一
被告特許庁長官
指定代理人真々田忠博
同國方恭子
同石川好文
同田村正明
主文
1特許庁が不服2010-3700号事件について,平成24年5月22
日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「抗菌性ガラスおよび抗菌性ガラスの製造方法」とする発
明について,平成17年(2005年)3月11日に国際出願をし(優先権主張
平成16年(2004年)3月15日,日本。以下「本願」という。)(甲3),
平成21年3月24日,手続補正をしたが,同年11月19日に拒絶査定を受け,
平成22年2月22日,拒絶査定不服審判(不服2010-3700号事件)を請
求するとともに,手続補正(以下「本件補正」といい,本願に係る同補正後の明細
書を「本願明細書」という。)を行った(甲4)。特許庁は,平成24年5月22
日,本件補正を却下した上で,請求不成立の審決(以下「審決」という。)を行い,
その謄本は同年6月1日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
(1)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1(以下,請求項1に係る発明を
「本願補正発明」という。)は,以下のとおりである(甲4)。
「直接的に水と接触して,銀イオンを放出し,抗菌効果を発揮するための平板状
または粒状の抗菌性ガラスであって,
平板状の抗菌性ガラスの場合,その厚さを0.1~10mmの範囲内の値とする
とともに,その最大径(t1)を8~30mmの範囲内の値とし,
粒状の抗菌性ガラスの場合,その最大径(t1)を3~25mmの範囲内の値と
し,
それぞれ銀イオンの溶出量を0.5~100mg/(g・24Hrs)の範囲内
の値とし,
かつ,原材料として,B2O3と,SiO2と,Ag2Oと,アルカリ金属酸化物
と,を含むとともに,全体量に対して,B2O3の添加量を30~60重量%,S
iO2の添加量を30~60重量%,Ag2Oの添加量を2~5重量%,およびア
ルカリ金属酸化物の添加量を5~10重量%の範囲内の値とすることを特徴とする
抗菌性ガラス。」
(2)本件補正前の,平成21年3月24日付け手続補正後の特許請求の範囲の
請求項1(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)は,以下のとおり
である。
「直接的に水と接触して,銀イオンを放出し,抗菌効果を発揮するための平板状
または粒状の抗菌性ガラスであって,
平板状の抗菌性ガラスの場合,その厚さを0.1~10mmの範囲内の値とする
とともに,その最大径(t1)を8~30mmの範囲内の値とし,
粒状の抗菌性ガラスの場合,その最大径(t1)を3~25mmの範囲内の値と
し,
かつ,それぞれ銀イオンの溶出量を0.5~100mg/(g・24Hrs)の
範囲内の値とすることを特徴とする抗菌性ガラス。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,以下のとお
りである。
(1)本件補正の適否
本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
本願補正発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である特公平7-63701
号公報(甲9。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例1発
明」という。)及び特開平7-25635号公報(甲10。以下「引用例2」とい
う。)に記載された発明(以下「引用例2発明」という。)から,当業者が容易に
想到し得るものであり,特許法29条2項により,特許出願の際,独立して特許を
受けることができないものであるから,本件補正は却下すべきである。
(2)本願発明について
本願発明も,引用例1発明及び引用例2発明に基づいて,当業者が容易に発明す
ることができたものである。
(3)本願補正発明と引用例1発明との対比
審決が認定した引用例1発明の内容,並びに本願補正発明と引用例1発明との一
致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア引用例1発明の内容
「20mm×20mm×5mmの硝子平板であって,水中で抗菌成分である金属
イオンAg+
を溶出して水を抗菌性とする硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子水
処理材」
イ一致点
「水中で銀イオンを放出し,抗菌効果を発揮するための平板状の硼珪酸塩系の抗
菌性ガラスであって,
平板状の抗菌性ガラスの場合,その厚さを0.1~10mmの範囲内の値とする
とともに,その最大径(t1)を8~30mmの範囲内の値とする抗菌性ガラ
ス。」
ウ相違点
(ア)相違点1
本願補正発明では,硝子組成として,「原材料として,B2O3と,SiO2と,
Ag2Oと,アルカリ金属酸化物と,を含むとともに,全体量に対して,B2O3の
添加量を30~60重量%,SiO2の添加量を30~60重量%,Ag2Oの添
加量を2~5重量%,およびアルカリ金属酸化物の添加量を5~10重量%の範囲
内の値とする」のに対し,引用例1発明では,硼珪酸塩系ガラスとするのみで,具
体的な組成の特定はない点
(イ)相違点2
本願補正発明では,銀イオンの溶出量を「0.5~100mg/(g・24Hr
s)の範囲内の値」とするのに対し,引用例1には,mg/(g・24Hrs)を
単位とする銀イオンの溶出量について記載がない点
第3取消事由に関する当事者の主張
1原告の主張
審決は,審判の手続違背(取消事由1),引用例1発明の認定の誤り(取消事由
2),相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3),相違点2につ
いての容易想到性の判断の誤り(取消事由4),本願補正発明の容易想到性の判断の
誤り(取消事由5),本願発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由6)があり,
いずれも結論に影響を及ぼす誤りであるから,違法である。
(1)審判の手続違背(取消事由1)
審決は,審決で新たに採用した特開2000-302478号公報(甲8。以下
「甲8文献」という。)を引用して,本願補正発明が容易想到であると判断してい
るが,審判には,以下のとおり,手続違背がある。
審決は,引用例1及び2には記載されておらず,甲8文献に記載された銀イオン
溶出量(溶出速度)を適用して,本願補正発明が容易想到であると判断した。上記
審判手続には,出願人に意見を述べる機会及び補正の機会を付与しなかった手続違
背がある。
(2)引用例1発明の認定の誤り(取消事由2)
引用例1発明の「溶解性硝子」が硼珪酸塩系ガラスであるとした審決の認定には,
以下のとおり誤りがある。
引用例1の請求項1には,溶解性ガラスの配合組成に関して,「重量比で,(R
O+R2O)/P2O5=0.4~1.2」との記載がある。RO及びR2Oは,一
価又は二価のアルカリ金属酸化物,及び一価又は二価のアルカリ土類金属酸化物で
あり,これらの合計量に対して,所定割合となるように,燐酸塩系ガラスの主成分
であるP2O5が使用されている以上,引用例1発明の溶解性ガラスは,硼珪酸塩
系ガラスではなく,燐酸塩系ガラスである。引用例1の実施例1における溶解性ガ
ラスも,燐酸塩系ガラスである。
B2O3を含む硼珪酸塩系成分と,燐酸塩系成分であるP2O5を所定割合で配合
すると,ガラス成分が分相して,乳白色に不透明化するとともに,含有された銀成
分が不均一になりやすいという問題が生じることから,燐酸塩系成分であるP2O
5と硼珪酸塩系成分であるB2O3は併用することがないということは,当業者にお
ける技術常識といえる。
したがって,引用例1発明の溶解性ガラスが燐酸塩系成分であるP2O5を相当
量含んでいるとの記載は,同溶解性ガラスは燐酸塩系ガラスであると解されるとと
もに,硼珪酸塩系成分であるB2O3を相当量含んでいることはないと解される。
(3)相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
ア引用例1発明と引用例2発明とを組み合わせるには,以下のとおりの各阻害
要因があるにもかかわらず,相違点1の構成に至ることは容易であるとした審決の
判断には,誤りがある。
前記のとおり,引用例1発明の溶解性ガラスは硼珪酸塩系ガラスでなく,所定割
合のP2O5を含有する燐酸塩系ガラスである。
引用例2には,抗菌性ガラスとして,硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両方
が開示されている。しかし,これが硼珪酸塩系ガラスの場合,引用例1発明の燐酸
塩系ガラスとは配合組成が大きく異なり,相容れない。したがって,燐酸塩系ガラ
スに関する発明である引用例1発明に引用例2の硼珪酸塩系ガラスを組み合わせる
ことについて,阻害要因(以下「阻害要因1」という。)がある。
引用例2の抗菌性ガラスが燐酸塩系ガラスである場合,燐酸塩系ガラスに関する
引用例1発明といかに組み合わせても,本願補正発明の抗菌性ガラスである硼珪酸
塩系ガラスを構成することはできない。したがって,引用例1発明に引用例2発明
の燐酸塩系ガラスを組み合わせる動機付けがなく,阻害要因(以下「阻害要因2」
という。)がある。
また,引用例2発明の抗菌性ガラスは鱗片状(フレーク状)の小粒子の抗菌性ガ
ラスであって,樹脂成形体原料,塗料等を構成すべく,所定樹脂中に充填使用され
る。したがって,このように樹脂充填用の抗菌性ガラスに関する引用例2発明と,
このような用途に用いることができない,最長径が10mm以上の溶解性ガラスか
らなる硝子水処理材に関する引用例1発明とを組み合わせることについて,阻害要
因(以下「阻害要因3」という。)がある。
イ本願補正発明は,多種類存在する硼珪酸塩系ガラスのうち,組成及び割合を
限定した硼珪酸塩系ガラスを選択することにより,相当量の銀イオンを迅速かつ長
期間にわたって放出し,繰り返し所定の抗菌処理を施すことができる洗濯機用抗菌
性ガラス等として好適な抗菌性ガラスを提供するとの課題を解決したものである。
ウ以上のとおりであり,引用例1発明と引用例2発明とを組み合わせて,相違
点1の構成に至るのが容易であるということはできない。
(4)相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由4)
ア甲8文献に記載された発明と引用例2発明とを同一視して,引用例2発明の
抗菌性ガラスの銀イオン溶出量を推定して,相違点2に係る構成を容易であるとし
た審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
審決には,引用例2とそれよりも後願の甲8文献との関係が,具体的に説明され
ていない。また,甲8文献の実施例1~10に記載された硼珪酸塩系ガラスは,引
用例2に記載された所定配合組成や所定配合比率とは異なる配合組成や配合比率に
よるものである。このように,引用例2との関係が不明であり,あるいは引用例2
発明における抗菌性ガラスとは同一視できない抗菌性ガラスについて記載されてい
る甲8文献に言及して,引用例2発明の抗菌性ガラスの銀イオン溶出量を推定する
ことは,誤りである。
したがって,この推定に基づいて,引用例1発明の硝子水処理材を引用例2発明
の抗菌性ガラスに置換しても,銀イオン溶出量を本願補正発明と同程度に調整する
ことができるとした審決の判断には,誤りがある。
イ甲8文献に記載された平均粒径が10μmの抗菌性ガラスの銀イオン溶出量
から,最大径が20mm程度の抗菌性ガラスの銀イオン溶出量を推認して,相違点
2に係る構成を容易であるとした審決の判断には,誤りがある。
すなわち,本願明細書の図3を参照すると,抗菌性ガラスの平均粒径及び最大径
によって,銀イオン溶出量は大きく異なる。平均粒径が10μmの抗菌性ガラスの
銀イオン溶出量と,最大径が20mm程度の抗菌性ガラスの銀イオン溶出量とを,
単純に比較することはできない。
ウ本願補正発明において,抗菌性ガラスの銀イオン溶出量の数値範囲の設定は,
当業者がその用途の必要性に応じて適宜なし得るとした審決の判断には,以下のと
おり,誤りがある。
銀イオン溶出量は,本願補正発明における特徴的構成の一つであり,その効果は,
特に重要な要素である。また,銀イオン溶出量は,抗菌性ガラスの平均粒径や最大
径によって異なる。さらに,引用例2における鱗片状ガラス(フレーク状ガラス)
は樹脂に充填使用されるものであるのに対し,本願補正発明の抗菌性ガラスは直接
水に接触して銀イオンを放出するものであり,両者の銀イオン溶出量を単純に比較
することはできない。審決は,本願補正発明における抗菌性ガラスの銀イオン溶出
量について,上記の点を考慮せずに,相違点2に係る構成は容易に想到できると判
断したもので,同判断には,誤りがある。
(5)本願補正発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由5)
本願明細書の図2に示されるように,抗菌性ガラスの最大径と残留率との間には,
所定の相関関係があり,本願明細書の図3に示されるように,洗濯回数と抗菌性ガ
ラスの銀イオン溶出量との間にも所定の相関関係がある。抗菌性ガラスの平均粒径
及び最大径も銀イオン溶出量と密接に関係している。本願補正発明では,これらの
要因も考慮して,抗菌性ガラスの最大径の値に限定が加えられた。
したがって,本願補正発明は引用例1発明と引用例2発明の組合せによって容易
に想到できるとした審決の判断には,誤りがある。
(6)本願発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由6)
前記のとおり,本願補正発明の容易想到性の判断に誤りがある以上,本願発明の
容易想到性の判断にも誤りがある。
2被告の反論
(1)審判の手続違背(取消事由1)に対して
審決で引用する甲8文献は,硼珪酸塩系ガラスについて,銀イオンの溶出量の一
般的水準を示すためのものである。
銀イオン溶出量は,成分の含有量や抗菌性ガラスの形状(表面積)により調整し
得ることは容易に理解されることであり,また,銀イオン溶出量は抗菌性ガラスの
基本的特性であり,当業者にとっては周知の技術事項である。甲8文献は,当該技
術事項を推認するために示された文献であり,新たな引用例には該当しない。
したがって,審決において甲8文献を提示した点について,原告に,意見を述べ
る機会を付与しなかったとしても,手続違背はない。
(2)引用例1発明の認定の誤り(取消事由2)に対して
審決が,引用例1発明として「硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子水処理材」
と認定したことに,誤りはない。
引用例1の発明の詳細な説明中には,「本発明で使用する溶解性ガラスは,硼珪
酸塩系及び燐酸塩系の内,少なくとも1種類である」(段落【0006】)と,硼
珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスが記載されている。また,引用例1の発明の詳細
な説明によると,引用例1発明の溶解性ガラスは,従来技術である特開昭62-2
10098号公報(乙1。以下「乙1文献」という。)に記載された溶解性ガラス
を前提とする発明であり,乙1文献には,実施例として,硼珪酸塩系ガラスと燐酸
塩系ガラスが記載されている。乙1文献に記載された水溶性ガラス(硼珪酸塩系ガ
ラスと燐酸塩系ガラス)は,時間の経過とともに抗菌効果が薄れるのに対し,引用
例1の実施例1は,燐酸塩系ガラスに関するものではあるが,溶解性ガラスの最長
辺を20mmとすることにより,銀イオンの溶出を長期にわたって維持できるとし
ている。上記実施例1の結果を踏まえれば,乙1文献に記載されている硼珪酸塩系
ガラスにおいても,同様に,最大径を10mm以上とすることにより,銀イオンの
溶出量を維持する効果が得られると理解することができる。
引用例1の段落【0006】の記載と乙1文献の記載からすれば,引用例1には,
硼珪酸塩系ガラスも含めて抗菌性ガラス一般に適用し得る技術が記載されていると
解すべきである。
この点,原告は,燐酸塩系成分であるP2O5と硼珪酸塩系成分であるB2O3は
併用しないことが当業者の技術常識であり,引用例1に記載された燐酸塩系ガラス
を硼珪酸塩系ガラスとすることはできないと主張する。
しかし,乙1文献には,実施例1~3に溶解性ガラスとして,P2O5とB2O3
を併用したものが記載されており,この点からも,原告の主張は失当である。
(3)相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)に対して
前記のとおり,引用例1発明が燐酸塩系ガラスに関する発明であって,硼珪酸塩
系ガラスに関するものではないとする原告の主張は失当であり,阻害要因1及び2
は存在しない。
阻害要因3に関しては,確かに,原告主張のとおり,引用例2発明における抗菌
性ガラスは鱗片状ガラス(フレーク状ガラス)であり,引用例1発明の水処理材と
はその使用形態が異なる。しかし,引用例1発明における硝子水処理材は,引用例
2発明における抗菌性ガラスとは,水溶解性ガラスである点で共通する。したがっ
て,引用例1発明における抗菌性ガラスとして,引用例2に記載されたガラス組成
を採用することは,当業者であれば容易に想到し得るのであって,阻害要因3は存
在しない。
引用例1には,本願補正発明で特定する組成や配合割合についての記載はないが,
相違点1に係る配合割合等に到達することに困難性はない。
(4)相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由4)に対して
ア甲8文献に記載された抗菌性ガラスは,硼珪酸塩系の水溶解性ガラスであり,
その主要な構成成分の組成割合は,引用例2発明や本願補正発明の抗菌性ガラスと
重複する。したがって,甲8文献に記載された抗菌性ガラスの銀イオン溶出量のデ
ータから,引用例2発明の抗菌性ガラスの銀イオン溶出量を推認することに問題は
ない。
イ甲8文献では,硼珪酸塩系ガラスの銀イオンの溶出量は0.005~5.0
mg/g/hrとするのが望ましいと記載されており,銀イオンの溶出量は粒径に
かかわらず適当とされる範囲が定められるべきものである。したがって,甲8文献
の硼珪酸塩系ガラスの銀イオンの溶出量は一般的な技術水準として参照されるべき
ものである。
ウ本願補正発明において銀イオン溶出量の数値範囲を設定する理由は,迅速か
つ長期間にわたって所定濃度の銀イオンの放出を安定的に可能とするためである。
したがって,本願補正発明における銀イオン溶出量は,想定される様々な用途にお
いて所定の抗菌効果を発現する程度である必要があり,それぞれの用途により異な
る。このように,銀イオン溶出量に関する数値範囲は,用途に応じて適宜設定され
るものであり,当業者がその設定をすることに格別の困難性はない。
引用例2発明の鱗片状ガラスは,引用例1発明の抗菌性ガラスと同様に水に接触
することで溶解するものであり,引用例1発明に引用例2発明を適用することは容
易である。そして,銀イオンの溶出量は,抗菌性ガラスの形態(粒径や形状)にか
かわらず,適当とされる範囲に設定されるものであるから,甲8文献を参照して,
一般的な技術水準である溶出量とすることは,当業者ならば適宜なし得る。
(5)本願補正発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由5)に対して
本願補正発明と引用例1発明は,共に,抗菌効果が長期にわたって持続する抗菌
性ガラス(溶解性ガラス)を得ることを解決課題としており,その最大径の数値範
囲を大粒子となるようにした点で共通する。そして,上記課題を解決するため,最
大径を10mm以上の大粒子とする引用例1発明における技術思想を,引用例2に
記載されている硼珪酸塩系ガラスに適用し,本願補正発明の各構成を採用すること
は,当業者が容易になし得る。
(6)本願発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由6)に対して
本願補正発明は,引用例1及び2から,当業者が容易に想到し得るものであり,
したがって,本願発明も,当業者が容易に想到し得る。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,取消事由2には理由があると判断する。その理由は,以下のとおり
である。
1引用例1発明の認定の誤り(取消事由2)について
(1)引用例1の記載
引用例1には,以下の記載がある(甲9)。
「【請求項1】Ag+
,Cu+
,Cu2+
,Zn2+
(判決注:甲9の請求項1には
「Ag+
,Cu-
,Cu2-
,Zn2+
」と記載されているが,同記載は明白な誤記と
認める。)の金属イオンの内少なくとも1成分を含有する溶解性硝子であり,直方
体,立方体,平板状,或いは球状体等の3次元で表現される形状を有し,且つ,そ
の最長径が10mm以上であり,又,その組成が,重量比で,(RO+R2O)/
P2O5=0.4~1.2,R2O/(RO+R2O3)=0~10であり,しかも初
期における溶解速度(A)・・・と末期における溶解速度(B)・・・との関係が
B/A≧1/3であり,また,前記金属イオンの含有量が0.005~5重量%で
あることを特徴とする硝子水処理材。
【請求項2】直方体,立方体,或いは球状体等の3次元で表現される形状を有し,
その構造が2層以上の組成の異なる層から成り,しかも,内層においては,R2O
/(RO+R2O3)の値,或いは/及びAg+
,Cu+
,Cu2+
,Zn2+
の金属
イオンの内少なくとも1成分の含有量の値が,外層より大きく設定されており,そ
れぞれの層の硝子物に上層を覆うようにして形成し,その後,融着して作成したこ
とを特徴とする硝子水処理材。」
「【0004】【発明が解決しようとする課題】本発明は,前記したような問題
点のない,即ち,溶解性硝子を水処理材として使用した時に,その効果が,初期の
段階と末期の段階とにおいて,大幅に変化せず,溶解性硝子が,すべて溶けるまで
持続する様にした硝子製の水処理材を提供しようとするものである。
【0005】【課題を解決するための手段】本発明者らは,前記課題を解決する
為に,溶解性硝子の時間経過と成分溶解量との関係を調査して,成分溶解量を時間
経過と共に大幅に変化させない方法を検討して,本発明を完成させたものであ
る。」
「【0006】本発明で使用する溶解性ガラスは,硼珪酸塩系及び燐酸塩系の内,
少なくとも1種類であるが,好ましくは,燐酸塩系硝子である。ガラスは,一般に
耐久性のよい材料であるが,その骨格となる網目構造を弱くすることによって,水
に溶解し易くすることが出来る。網目構造を弱くするためには,ガラスの修飾酸化
物の量を増加したり,硼酸,或いは燐酸を増加すれば,実施可能である。」
「【0009】【実施例1】次の理論硝子組成に成る調合物を溶融し,20mm
×20mm×5mmの硝子平板を作った。
理論硝子組成……P2O550mol%,CaO17.5mol%,Na2O32.
5mol%,Ag2O0.1wt%」
「【0012】第1表に示す通り,使用硝子の形状を平板状にすること及び組成
を厳選することによって,溶解性硝子からの溶出成分を,使用期間中の初期の段階
と末期の段階とで,この例では,18/25或いは55/95という値であり大幅
に変化させることがないのである。これに対し,従来の形状因子を考慮しない製品
では,この値が1/45或いは1/190と大幅に変化しているのである。」
「【0017】【発明の効果】以上説明した如く,本発明に係わる溶解性ガラス
は,溶出してくる極微量の抗菌成分が安定しているので,次の通りの効果がある。
①形状或いは構造因子を考慮していない従来品と比較して,本発明品の場合には,
溶解する成分が,溶解する全期間において,平均化している為に,末期での効果も
たかく,従来品であれば,新しく補充を要する段階にても,補充を必要としないの
で,無駄な使用を防止出来る。②溶解性ガラスの組成,及び抗菌成分を選択するこ
とによって,抗菌成分の種類及びその溶出量を自由にコントロールできるので,水
処理材を必要とする多方面の用途に対応出来るものである。③従来使用の有機スズ
系の化合物,或いは塩素系の化合物等と比較して安全性,効果の持続性において,
優れている。従って,本発明は,水資源の有効活用,利用する水の水質向上によっ
て,環境良化,健康増進に役立つ極めて有益な発明である。」
(2)判断
上記のとおり,引用例1には,溶解性ガラスが全て溶けるまで,水処理材として
の効果を大幅に変化させずに持続させることを解決課題とした,Ag+
を溶出する
溶解性ガラスからなる硝子水処理材を提供する技術が開示されており,特許請求の
範囲の請求項1及び実施例の記載によれば,溶解性ガラスとして「P2O5を含む
燐酸塩系ガラス」のみが記載され,他の溶解性ガラスの記載はない。請求項1には,
溶解性ガラスは,形状,最長径,金属イオンの含有量などと共に,P2O5の含有
量が特定されており,発明の詳細な説明には,溶解性ガラスの形状及び組成を厳選
した旨の記載がある(段落【0012】)。
以上によると,引用例1の請求項1及び実施例1において,溶解性ガラスとして
硼珪酸塩系ガラスを含んだ技術に関する開示はない。したがって,請求項1及び実
施例1に基づいて,引用例1発明について「硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子
水処理材」であるとした審決の認定には誤りがある。
(3)被告の主張に対して
被告は,引用例1の発明の詳細な説明中に「本発明で使用する溶解性ガラスは,
硼珪酸塩系及び燐酸塩系の内,少なくとも1種類である」(段落【0006】)と
の記載があることを根拠として,引用例1に硼珪酸塩系ガラスが開示されていると
主張する。
しかし,被告の上記主張は,以下のとおり,採用できない。
前記のとおり,引用例1の請求項1では,溶解性ガラスを燐酸塩系ガラスに限定
している以上,上記記載から,硼珪酸塩系ガラスが示されていると認定することは
できない(請求項2では「硝子物」の組成は限定されておらず,上記記載は,請求
項2における「硝子物」に関する記載であると解することができる。)。
次に,被告は,引用例1の発明の詳細な説明によると,引用例1発明の溶解性ガ
ラスは,従来技術である乙1文献に記載された溶解性ガラスを前提とする発明であ
り,乙1文献には,実施例として,硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスが記載され
ているのであって,引用例1の実施例1の結果を踏まえれば,乙1文献に記載され
ている硼珪酸塩系ガラスにおいても,最大径を10mm以上とすることにより,銀
イオンの溶出量を維持する効果が得られると理解することができると主張する。
しかし,以下のとおり,被告の上記主張も失当である。
引用例1には,引用例1に先立つ従来技術として,乙1文献が挙げられており
(段落【0003】),同文献には,水溶性ガラスとして,硼珪酸塩系ガラスと燐
酸塩系ガラスの両者が記載されているが,そのような文脈を根拠として,溶解性ガ
ラスを燐酸塩系ガラスに限定した引用例1発明の「溶解性ガラス」について,硼珪
酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両者を共に含むと理解することは無理があり,採
用できない。
2結論
以上のとおり,審決の引用例1発明の認定には誤りがあり,その認定を前提とす
る一致点及び相違点の認定にも誤りがあり,同誤りは,審決の結論に影響を及ぼす
ものである。
よって,その余の点を判断するまでもなく,審決は,違法であるとして取り消す
べきであるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
八木貴美子
裁判官
小田真治

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