弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を左のとおり変更する。
     控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の建物を明渡すべし
     控訴人は被控訴人に対し金三三万二一五一円を支払うべし
     被控訴人その余の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
     この判決は被控訴人の勝訴部分に限り、被控訴人において金一〇万円の
担保を供したときは、仮に執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、かつ、被控訴人の本件建物
明渡請求が認容される場合について予備的に「控訴人は被控訴人に対し、金一〇〇
万円と引換えに、別紙目録記載の建物を明渡せ」との判決を求める旨述べ、被控訴
代理人は、本訴中の金員請求部分につきその請求金額を「昭和四一年三月一日以降
同年一〇月一二日迄一ケ月金五万二〇〇〇円の割合による金員」に減縮した上、控
訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示と同
じであるから、これを引用する。
 一、 控訴代理人は、従前の主張の訂正及び附加として、
 (一) 訴外Aは被控訴人から、昭和四〇年七月二〇日に本件建物を営業に使用
する目的で、賃貸期間は同年七月二五日から二ケ年間で、右期間満了後は右契約期
間を更新することができること、賃料は月額金五万二〇〇〇円で前月二五日に前払
すること、保証金は金一〇〇万円という約束で賃借した。そしてAは、本件建物
で、飲食店営業の許可を受けて飲食店「カズ」を経営していたが、同年一二月頃本
件建物の賃借権を他に譲渡するについて被控訴人の承諾を求め、その承諾を得たの
で、昭和四一年二月二一日、控訴人との間で、右飲食店の営業と本件賃借権とを、
金三二〇万円で控訴人に譲渡する契約をした。そこで、控訴人及び前記Aは、右賃
借権譲渡につき契約書を作成するため、同四一年二月末頃、被控訴人の代理人伏見
某らと会合したところ、被控訴人側は、賃借権譲渡は承諾したが、保証金を二〇〇
万円に増額することと賃料を月額七万円とすることを新たに申入れ、これに対し控
訴人は、保証金の点は認めるが、賃料の点は従前どおり月額五万二〇〇〇円にして
貰い度いと要求し、被控訴人側は後日の回答を約した。しかしてAは、既に賃借権
譲渡について被控訴人の承諾があつたので、控訴人との間の前記営業及び賃借権譲
渡の代金のうち金二四〇万円を同年三月一〇日迄に控訴人から受取り、控訴人を右
飲食店の支配人として控訴人にその経営を委任し、よつて控訴人は、本件建物を、
同年三月一日から占有するに至つたが、それは、右飲食店の支配人として占有して
いたもので、Aから控訴人に占有が移転したものではなかつた。ところが被控訴人
は、その後、前記の回答をなさず、却つて同年四月になつてから、突然、甲第三号
証の一、二のとおり、Aに対し本件賃貸借契約の解除を通告して来、次いで控訴人
に対し本訴を提起して来た。
 右のように、Aには何等契約違反はないのであるから、被控訴人のした前記契約
解除は無効であり、Aの前記賃借権は消滅しなかつたのである。また、本件のよう
な営業使用目的でなされた建物賃貸借にあつては、造作設備等について相当の資本
を投下し、営業上の顧客や暖簾が発生するものであるから、賃貸人は、賃借権譲渡
について、正当な理由なく拒絶することができないのであり、従つて、賃借権の無
断譲渡を理由とする前記解除は、この点からしても、効力がない。
 控訴人としては、被控訴人のした前記解除権行使や訴の提起が違法、無効なもの
と考えたが、これに対して強行に対抗しても仕方がないので、Aと話合つて前記営
業及び賃借権の譲渡契約を解除しようとしたが、話合いがつかないため、乙第一号
証のとおり、同年七月一八日、右譲渡契約をAの債務不履行を理由に解除し、同日
Aに本件建物の占有を返還した。右占有返還は、控訴人が支配人として持つていた
占有を返還したものであつて、内部的なものにすぎない。以上の事実関係によれ
ば、被控訴人の本件明渡請求は理由がない。
 占有移転禁止の仮処分に、当事者恒定の効力が仮にあるとしても、その効力は、
本件のように、賃借権譲渡契約の解除による原状回復として、占有が従前の賃借人
に復帰する場合についてまで及ぶものはない。また、現実に占有していない控訴人
に対する本件明渡請求は、何らの意味もない。従つて本件明渡請求は棄却さるべき
である。
 (二) 本件建物の占有関係は前記のとおりであり、賃借人であるAは、昭和四
一年三月分の賃料を被控訴人に支払い、同年四月分以降の賃料については、Aが被
控訴人に提供したに拘らず被控訴人が受領を拒絶したので、右四月一日より同年一
〇月末迄の賃料を弁済供託しているのであるが、被控訴人は、昭和四一年七月一八
日以降のAの本件建物に対する占有について、Aが占有移転禁止の仮処分に違反し
たものであるとして、Aを債務者として、東京地方裁判所に対し同庁昭和四一年
(ヨ)第七九九八号をもつて不動産仮処分申請をなし、同年一〇月七日に、本件建
物を執行吏の保管に付し、債権者に使用を許す旨の仮の地位を定める明渡断行の仮
処分決定を得、同月一二日その執行をなし、よつて同日以降は被控訴人が本件建物
を占有使用している。
 従つて、控訴人が本件建物を不法に占有していた事実はなく、しかも賃借人であ
るAにおいて賃料を弁済又は供託しているのであるから、控訴人の本件建物の占有
により、被控訴人について、賃料相当の損害が発生する筈はないから、被控訴人の
本件損害賠償請求は理由がない。
 (三) Aは、被控訴人から本件建物を賃借するに当り、保証金として金一〇〇
万円を被控訴人に支払つた。被控訴人との契約では、途中解約明渡のとき、被控訴
人が、賃料の二ケ月分を償却として差引いた上、残額をAに返還するものとされて
いるから、Aは、右契約に基づき、被控訴人に対し、右保証金一〇〇万円の返還請
求を有する。ところで控訴人は、前記のように、Aとの間の前記営業及び賃借権譲
渡契約の解除に基づき、Aに対し既払い代金二四〇万円の返還請求権を有するに至
つたものであるから、控訴人は、Aに代位して、被控訴人に対し前記保証金の返還
を求めるため、その支払がある迄、同時履行の抗弁として本件建物の明渡を拒否す
る。
 と述べ、立証として新たに、乙第二ないし第六号証、第七号証の一ないし四を提
出した。
 二、 被控訴代理人は、右控訴人の主張に対する答弁等として、
 (一) 本件賃借権譲渡について被控訴人の承諾があつた旨の控訴人の主張は、
時機に後れた攻撃防禦方法であるから、却下を求める。また、控訴人の右主張は、
自白の撤回に当るから、異議がある。
 (二) 控訴人の当審における新たな主張事実のうち、Aが被控訴人との間で本
件建物の賃貸借契約を結び、本件建物で飲食店「カズ」を経営していたこと、被控
訴人がAに対し右賃貸借契約解除の通知をしたこと、Aが昭和四一年三月分の賃料
を被控訴人に支払い、同年四月一日より同年一〇月末の賃料として賃料相当額を供
託していること、被控訴人がAに対して本件建物明渡断行の仮処分を執行し、昭和
四一年一〇月一二日より本件建物を占有していることは認める。しかし、右供託は
弁済の効力がない。また被控訴人が本件賃借権譲渡を承諾したことはなく、昭和四
一年二月末の話合いの事実内容は否認する。
 控訴人は昭和四一年三月一日より本件建物を不法に占有していたものであり、そ
の占有が独立のものでないように云う控訴人主張は否認する。そして占有移転禁止
の仮処分は現実に当時占有していた控訴人に対してなしたものであつて、これによ
り、本件明渡請求訴訟の当事者は控訴人であることに恒定されたのである。控訴人
主張のように、占有移転の態様如何によつて、すなわち、被控訴人と賃貸借関係の
あつたAの如き者に占有を移転することによつて、右当事者恒定の効力が失われる
とすれば、当事者恒定の意味がなくなる。のみならず、従来主張のとおり、Aは、
被控訴人のした賃貸借契約解除により、当時既に賃借権を失つていたものである。
従つて、控訴人が昭和四一年七月一八日本件建物をAに引渡したことは、占有移転
禁止の仮処分に違反するものであつて、その占有移転をもつて被控訴人に対抗でき
ないから、法律上なお控訴人が占有しているものと看做される。それ故に亦、控訴
人は、右昭和四一年七月一八日以降も、同年三月一日以降と同様、賃料相当の損害
金の支払義務がある。仮に昭和四一年七月一八日以降の損害賠償義務について右と
異る見解に立つとしても、控訴人は、Aに対して本件建物の占有を移転したことに
より、Aと共同して被控訴人の所有権を侵害したものであるから、共同不法行為者
として、右同様の損害賠償義務がある。なお、本件損害賠償請求は昭和四一年三月
一日より同年一〇月一二日迄一ヶ月金五万二〇〇〇円の割合による金員を求める範
囲に減縮する。
 被控訴人が控訴人主張のようにAから保証金一〇〇万円を受取つていることは認
めるが、右保証金は賃貸借終了を停止条件として返還されるものであり、かつ、被
控訴人のしたAに対する契約解除は、告知の性質を有し、原状回復義務を生じない
から、建物明渡と保証金返還とは同時履行の関係に立たないし、しからずとする
も、同時履行の抗弁権は双務契約の当事者のみについて認められるものであつて、
控訴人が既に係属中の本訴において代位権を行使して訴訟上の抗弁とすることは許
されず、また仮にそれが許されるとしても、賃料二ケ月分を償却として控除するほ
か、昭和四一年三月一日以降同年一〇月一二日迄の一ケ月五万二〇〇〇円の割合に
よる金員の請求債権と相殺する。
 と述べ、乙第二ないし第六号証の成立を認め、同第七号証の一ないし四の成立は
不知と述べた。
         理    由
 一、 別紙目録記載の本件建物が被控訴人の所有に属し、昭和四〇年七月被控訴
人がこれを訴外Aに対して賃料一ヶ月五万二〇〇〇円の約で賃貸し、以来Aが同建
物で飲食店「カズ」を経営していたが、昭和四一年三月一日以降控訴人が右建物を
占有するに至つたことは当事者間に争いがない。控訴人は、当審になつて、右控訴
人の占有が独立の占有でないもののように主張するが、成立に争いのない甲第一、
二号証、弁論の全趣旨とこれによつて成立を認める乙第一号証の一によれば、控訴
人の右占有は、控訴人が昭和四一年二月二一日右Aから前記飲食店の営業及び本件
建物の賃借権を譲受けたことに基づいて、Aからその占有の移転を受けたものであ
つて、独立の占有であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
 控訴人はまた、当審に至り、右賃借権譲渡について被控訴人の承諾があつた旨を
新たに主張する。原審及び当審の弁論の経過と本件事実とに徴すれば、右主張の提
出が故意又は重大な過失により時機に後れてなされたものであると見るのは困難で
ある。従つて時機に後れたものとして右主張の却下を求める被控訴人の申立は採用
しない。また、右賃借権譲渡承諾の点は、控訴人において立証責任を負うところで
あるから、右主張が自白の撤回に当るとする被控訴人の異議は採用しない。よつて
右承諾の有無について検討するに、前掲乙第一号証の一並びに弁論の全趣旨とこれ
によつて成立を認める甲第三号証の一とによれば、却つて、右賃借権譲渡について
はついに被控訴人の承諾が得られなかつたことが認められ、右認定に反する証拠は
ない。従つて、控訴人の右主張は採用できない。
 二、 右によれば、控訴人は、昭和四一年三月一日以降、所有者である被控訴人
に対抗できる権原なくして、本件建物を占有するに至つたものである。従つて、被
控訴人は、所有権に基づき、控訴人に対し、直接本件建物の明渡を求め得るもので
あるところ、被控訴人が、その主張のとおり、本件建物につき、控訴人を債権者と
して、東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第四七二八号をもつて占有移転禁止の仮処
分決定を得、同年六月九日これを執行したことは当事者間に争いがない。
 <要旨>右のような占有移転禁止の仮処分は、不動産引渡請求訴訟の勝訴判決の執
行を保全するため、被告適格を恒定する目的によるものであることは明らか
であるから、仮処分債務者が、仮処分に違反して、目的物の占有を第三者に移転し
ても、これをもつて仮処分債権者に対抗できず、本案である引渡請求訴訟において
は、依然として、仮処分債務者が目的物を占有しているものとして取扱われるべき
ものと解するのが相当である。
 本件の場合、控訴人は昭和四一年七月一八日本件建物を前記Aに返還した旨主張
し、右七月一八日に控訴人がAに対して本件建物を引渡し、同日以後控訴人が本件
建物の現実の占有をしていないことは当事者間に争いがないが、それは、控訴人が
前記仮処分に違反して本件建物に対する占有をAに移転したことによるものと認む
べきであるから、控訴人は右占有移転をもつて被控訴人に対抗できず、本件明渡請
求訴訟においては、依然、控訴人が本件建物を占有しているものとなすべきであ
る。
 控訴人は、控訴人のした右占有移転は前記賃借権譲渡契約の解除に基づいて従前
の賃借人に対する原状回復としてなされたものであり、これによつて適法な占有状
態に復帰させたものであるから、かかる占有移転は前記仮処分によつても阻止し得
ない旨主張する。控訴人が昭和四一年七月一八日Aに対し前記賃借権譲渡契約を解
除したことは当事者間に争いがなく、右解除により控訴人は、Aに対して、本件建
物の占有を返還すべき義務を負うものであるにしても、右Aのような者に対する占
有移転も亦、前記仮処分によつて禁止されているところであつて、仮処分に違反す
る点においては、一般の第三者に対する占有移転と選ぶところがないものというべ
く、しかも、被控訴人がAに対し同年四月一四日到達書面で無断賃借権譲渡を理由
として、本件建物の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない
から、これによつて被控訴人とAとの間の賃貸借契約は解除されたものと認むべ
く、従つて控訴人のした前記占有移転がその主張のように適法な占有状態に復帰さ
せたものということはできない。従つて控訴人の前記主張は採用しない。右解除の
意思表示の効力について、控訴人は、本件のような営業使用目的による建物賃貸借
にあつては、賃貸人は正当の理由なく賃借権譲渡に対する承諾を拒絶できないか
ら、前記解除の意思表示は効力がない旨主張するが、一般論としても、また、成立
に争いのない乙第二号証によつて認められるように賃借権譲渡について賃貸人の承
諾を要する旨特に契約されている本件事実に則しても、控訴人の右主張は採用でき
ない。
 更に控訴人は、被控訴人が控訴人を相手方とする本件訴訟で勝訴しても、既に控
訴人は本件建物を現実に占有していないのであるから、何らの意味もない旨主張す
る。しかし前記のように不動産引渡請求訴訟を本案とする占有移転禁止の仮処分
は、被告適格を恒定することを目的とするものであるから、仮処分債務者が仮処分
に違反して目的物の占有を第三者に移転し、債務者自身は現実にその占有をしなく
なつた場合でも、本案訴訟では債務者が依然目的物を占有しているものとして取扱
うのである。従つて、右のような第三者はその占有取得を本案訴訟について主張す
ることができず、すなわち、右占有移転は本案訴訟の口頭弁論終結前には無かつた
ものとして取扱われるのであるから、その結果、右第三者による占有承継は、本案
訴訟の口頭弁論終結後に生じたものとして取扱われ、本案訴訟における仮処分債権
者の勝訴判決の執行力は右第三者すなわち本件におけるAのような者に対しても及
ぶものと解するのが相当である。従つて本件の場合において仮処分債務者である控
訴人が仮処分中の本件建物の占有を他に移転して現実にその占有をしていないから
と云つて、仮処分債権者である被控訴人が本案訴訟である本件明渡請求訴訟におい
て控訴人を相手取つて本件建物の明渡請求をすることが無意味のものといえないこ
と明らかである。よつて控訴人の右主張も亦採用できない。
 被控訴人が、その後、控訴人主張のとおり、本件建物を現実に占有するAを債務
者として、東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第七九九八号をもつて明渡断行の仮処
分決定を得、同年一〇月一二日これを執行し、同日以降被控訴人が本件建物を占有
していることは当事者間に争いがないが、右のように仮の満足として被控訴人が明
渡を得ていることは、本件訴訟における被控訴人の明渡請求の当否について影響の
ないこと勿論である。
 よつて、被控訴人の控訴人に対する本件建物の明渡請求は正当と認むべきとこ
ろ、控訴人は、前記Aが被控訴人に支払つたことに争いのない保証金一〇〇万円に
ついて、Aの代位権者としての控訴人においてこれが返還を受ける迄、本件建物明
渡を拒否する旨抗弁する。しかし、右抗弁は、Aと被控訴人間において本件建物の
明渡と右保証金の返還とが同時履行の関係に立つことを前提とするものであるとこ
ろ、建物賃貸借契約締結に当り賃借人より賃貸人に保証金として支払われる金員
は、通常、賃借人の賃貸借契約上の債務の履行を担保するためのものと認められる
から、その返還請求権は賃貸借が終了して賃貸人に対する建物の明渡がなされた後
に発生するものと解され、本件の場合についても、右通常の場合と異るものと認む
べき特段の事情は存しないから、前記のような同時履行の関係は認められず、従つ
て、控訴人の右主張は採用できない。
 三、 前記のように、控訴人は、昭和四一年三月一日以降本件建物を正当な権原
なく占有して、被控訴人の所有権を侵害していたものであるが、他に特段の事情も
認められないから、右所有権侵害につき少くも過失があつたものと認むべきであ
る。従つて、控訴人は、右所有権侵害の期間につき被控訴人に対し、賃料相当の損
害を賠償する義務がある。尤も、前記のように、本件建物については、昭和四一年
四月一四日迄、被控訴人と前記Aとの間に賃貸借関係が存し、従つて被控訴人はA
に対し賃料請求権を有していたわけであるから、被控訴人がAから賃料の支払を受
けた場合は、その賃料に相応する期間については、被控訴人は、控訴人に対し、前
記損害賠償の請求をすることができないものと解すべきところ、被控訴人がAから
昭和四一年三月分の賃料の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、被控訴
人の本件損害賠償請求のうち、右三月一日から同月末日迄の期間に対する分は理由
がない。控訴人は更に、Aが同年四月一日以降の賃料を適法に供託していると主張
し、右四月一日以降同年一〇月末日迄の間の賃料としてその相当額をAが供託を適
法ならしめる被控訴人に対する弁済の提供及びこれが受領拒絶等の事実については
成立に争いのない乙第三、第四号証によるもこれを認め難く、他にこれを認めうる
立証がないから、右供託の事実は控訴人の昭和四一年四月一日以降の損害賠償義務
を否定するに足らない。
 ところで、控訴人が同年七月一八日に本件建物の占有をAに移転し、爾後現実に
その占有をなしていないことは前記のとおりであるが、前記のとおり、控訴人は、
本件建物を直接被控訴人に明渡すべき義務を負い、被控訴人から、本訴においてそ
の請求を受け、かつ、占有移転禁止の仮処分の執行を受けていたにも拘らず、敢え
て右仮処分に違反してAに対し前記の占有移転をなしたものである。そして当時A
は被控訴人のした前記解除により本件建物の賃借権を失つていたのであるから、こ
れら上来認定の事実関係によれば、控訴人はAに対して前記の占有移転をなし、よ
つて右七月一八日以降前記明渡断行仮処分の執行があつた同年一〇月一二日迄の間
被控訴人の所有権行使を侵害したものであつて、その行為は少くとも過失による不
法行為であると認めるのが相当である。たとえ控訴人が、Aとの間の前記賃借権譲
渡契約を右七月一八日に解除することにより、本件建物の占有をAに対して返還す
べき義務を負つたものであるとしても、このことは、前記のように控訴人が被控訴
人から本訴明渡請求及び占有移転禁止仮処分の執行を受けていた事実に加え、当時
Aが本件建物を被控訴人に返還すべき関係にあつた事実に照らせば本件の場合にお
いて、控訴人に前記不法行為の責任を認める妨げとなるものとは認められない。
 従つて、控訴人は、被控訴人に対し、昭和四一年四月一日以降同年一〇月一二日
迄の間につき、賃料相当損害金として、一ケ月金五万二〇〇〇円の割合による金員
すなわち金三三万二一五一円(円以下切捨)を支払うべき義務があり、被控訴人の
本件損害賠償の請求は右の限度で正当として認容すべく、その余は失当として棄却
すべきである。
 四、 以上のとおりであるから、原判決は、昭和四一年三月一日から同月三一日
迄の間についての損害賠償請求部分をも認容した点において失当であるが、その余
は正当と云うべく、これに応じて、本件控訴は、一部理由があり、その余は理由が
ないものと認める。よつて、右趣旨に従つて原判決を変更することとし、訴訟費用
の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条
を各適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 小野沢龍雄 裁判官 田中永司)
    物 件 目 録
  東京都千代田区a町b番地c
  家屋番号  同町b番cのd
   一、 鉄筋コンクリート造陸屋根四階建
    店舗兼居宅事務所  一棟
     一階 二六・八四平方メートル
     二・三・四階 各二九・五七平方メートル
     のうち一階二四・八四平方メートル

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