弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
 本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外Dに対しその売買契約を締結する代理
権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審
の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠
関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所
論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事
実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 同第二点について。
 民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたと
きは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」
として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにそ
の責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質において
は、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関す
る法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解する
のが相当である。
 そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそ
れぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、
その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異な
り、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべ
きであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する
法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引
関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為を
した夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断
すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮し
て判断すべきである。
 しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の
範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎と
して広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財
産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対
しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第
三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属する
と信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用し
て、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
 したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見
解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
 ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人
の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する
訴外株式会社E商会が訴外Dの主宰する訴外株式会社F商店に対して有していた債
権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当
時被上告人は右Dに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、
原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけで
はなく、そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右
Dと被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、
その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に
関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないこ
とも明らかである。
 してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつ
て、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認
定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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