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平成21年(行ケ)第10096号審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日平成22年11月9日
判決
原告出光興産株式会社
訴訟代理人弁護士竹田稔
同木村耕太郎
同服部謙太朗
訴訟代理人弁理士大谷保
同東平正道
同片岡誠
同伊藤高志
同原茂樹
同土田美隆
被告保土谷化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士増井和夫
同橋口尚幸
同齋藤誠二郎
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008−800045号事件について平成21年2月26
日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が有する名称を「有機エレクトロルミネッセンス素子」とす
る発明についての特許第3981331号(請求項の数11)につき被告が無
効審判請求をしたところ,特許庁が同特許を無効とする旨の審決をしたことか
ら,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
なお,原告が,同審決後の平成21年6月29日付けで特許請求の範囲の変
更等を内容とする訂正審判請求(請求項の数3)をしたところ,特許庁が独立
特許要件を欠くとして請求不成立審決をしたことから,原告は同審決の取消し
を求める訴訟を提起し,同訴訟は本件と並行して審理が進められている。
2争点は,①上記発明が下記の引用例1ないし3に記載された発明から容易
想到であったか(特許法29条2項,及び②上記発明に係る特許が同法36)
条6項1号所定のいわゆるサポート要件(特許を受けようとする発明が発明の
詳細な説明に記載したものであること)を充足しているか,である。

引用例1:雑誌「OrganicElectronics2(2001)」37∼43頁部分の
「Efficientelectrophosphorescenceusingadopedambipolar
conductivemolecularorganicthinfilm(ドープした両極性導電」
性分子有機薄膜を用いた効率的なリン光発光)2001年(平成1
3年)3月発行(甲1,以下これに記載された発明を「引用発明」
又は「甲1発明」という)。
引用例2:国際公開特許公報(WO95/09147号・発明の名称「有機)
エレクトロルミネッセンス素子及びアリーレンジアミン誘導体・」
国際公開日1995年(平成7年)4月6日(甲2,以下これに
記載された発明を「甲2発明」という)。
引用例3:城戸淳二監修「有機EL材料とディスプレイ・株式会社シーエム」
シー平成13年2月28日発行(甲3,以下これに記載された発
明を「甲3発明」という)。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア原告は,平成13年5月24日の優先権(特願2001−155290
号)を主張して,平成14年5月8日,名称を「有機エレクトロルミネッ
センス素子」とする発明につき特許出願をし,平成19年7月6日に特許
第3981331号として設定登録請求項の数11を受けた以下本()(「
件特許」という。。)
イところが,被告は,平成20年3月10日付けで,上記特許の全請求項
につき無効審判請求をしたので,特許庁は,同請求を無効2008−80
,,0045号事件として審理しその中で原告は平成20年6月3日付けで
特許請求の範囲等の変更(請求項の一部削除を含む)等を内容とする訂正
請求をして対抗した(請求項の数6,甲5の1。同訂正後の発明を「本件
発明」と総称する)が,特許庁は,平成21年2月26日「訂正を認め。,
る。特許第3981331号の請求項1乃至6に係る発明についての特許を無
。」,。効とする旨の審決をしその謄本は同年3月10日原告に送達された
(2)発明の内容
平成21年2月26日付け訂正後の本件発明(請求項の数6)の内容は,
以下のとおりである下線は訂正部分これに記載された発明を以下順に本(。「
件発明1」等という。。)
・請求項1】【
一対の電極間に発光層または発光層を含む複数層の有機媒体を形成してな
り,該有機媒体内に重金属を含有する有機金属錯体からなる燐光性の発光
材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子において,該有機媒体
内に下記一般式(I)で表されるアミン誘導体を含有することを特徴とす
る有機エレクトロルミネッセンス素子。
一般式(I)
(,,,,,式中Bは無置換のビフェニル基でありA及びCは単結合であり
Ar,Ar,Ar及びArは,無置換のフェニル基,ビフェニルイル1234
1234
基,ターフェニルイル基である。ただし,Ar,Ar,Ar及びAr
のうち少なくとも2つが無置換のビフェニルイル基を有する)。
・請求項2】【
前記一般式(I)で表されるアミン誘導体が,下記一般式(III)で表さ
れる4,4’−ビフェニレンジアミン誘導体であることを特徴とする請求
項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
(式中,R∼Rはそれぞれ水素原子である)1019

・請求項3】【
前記一般式(I)又は(III)で表されるアミン誘導体を正孔輸送材料とし
て用いることを特徴とする請求項1∼2のいずれかに記載の有機エレクト
ロルミネッセンス素子。
・請求項4】【
前記重金属が,Ir,Pt,Pd,Ru,Rh,Mo及びReの中から選
ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする請求項1∼3のいずれか
に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
・請求項5】【
前記重金属を含有する有機金属錯体の配位子に,
【化4】
及びこれらの置換誘導体の中から選ばれる少なくとも一種類が含まれるこ
とを特徴とする請求項1∼4のいずれかに記載の有機エレクトロルミネッ
センス素子。
・請求項6】【
前記有機金属錯体が,重金属に前記配位子が2∼4個配位したものである
ことを特徴とする請求項5に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,①本件発明は
引用例1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたから特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである,
②本件特許の請求項1から6の記載は同法36条6項1号に規定する要件を
満たしていない,というものである。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下に述べるとおり,甲1発明に対して引用例2
及び3に開示された発明を組み合わせて本件発明を容易に想到し得たと誤っ
て判断し(取消事由1,実施例に記載された構成以外の構成について本件)
発明が作用効果を奏することが明細書に記載されていないと誤って判断した
(取消事由2)ので,違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(甲1発明に対して甲2発明,甲3発明を組み合わせて容易
に発明できたとの判断の誤り)
(ア)取消事由1−1(本件発明1の構成が容易想到とした判断の誤り)
a本件発明は,高輝度領域においても発光効率が高い有機エレクトロ
ルミネッセンス素子に関する発明であり,より具体的には,燐光素子
でありながら実用的な高輝度領域(1000∼10000cd/㎡)
での急激な発光効率の低下という従来技術の課題を克服した発明であ
る(甲5の2。)
有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)素子は,電圧が印加さ
れると,陽極から正孔が,陰極から電子が注入され,発光層において
これらが再結合し励起状態が形成される。励起状態には一重項励起と
三重項励起の二種類があり,電子スピンの統計則により,一重項励起
子と三重項励起子が25%対75%の割合で生成する。一重項励起を
生じさせる素子を「蛍光素子,三重項励起を生じさせる素子を「燐」
光素子」という。蛍光素子,燐光素子の区別は,発光層に用いる材料
()。,,()発光材料によって決まるなお発光層は主たる材料ホスト
にごく少量の別の材料(ドーパント)を添加して成膜される。本件発
明における「有機金属錯体」は発光層のドーパントである。
本件特許の出願当時,有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)
素子としては,蛍光素子と燐光素子とが存在した。理論的には,一重
項励起と三重項励起とは1対3の割合で生じるので燐光素子の方が発
光効率を高めることができる。しかし,一般に表示パネルの実用輝度
領域とされる1000∼10000cd/㎡の高輝度領域において
は,本件特許の出願当時,燐光素子の発光効率は急激に低下すること
が知られていた。その原因は,三重項状態間の相互干渉による励起状
態の消滅,いわゆる「三重項三重項消滅」にあるとされ,理論的に回
避不能な燐光素子の欠点であると考えられていた(甲1。)
したがって,本件特許の出願当時,燐光素子は,将来的には実用化
の可能性があると期待されてはいたものの,燐光素子を実用化するに
は従来の常識を超えた技術革新が必要と考えられていたのであって,
当面の実用化目的には蛍光素子しかないと考えられていた。
原告は,長年にわたる有機EL分野での研究実績などから,励起さ
れた三重項状態の消滅が起こる原因として,正孔輸送材料に含まれる
芳香族環の電子軌道構造,特にナフチル基のような縮合芳香族環構造
が三重項励起状態に影響し励起状態を緩和させ,消光させていると着
想し,正孔輸送材料の構造と高輝度領域での効率との関係について鋭
意検討を行った。
その結果,当該着想どおり,正孔輸送材料としての有用性が知られ
ている数多くのアミン誘導体の中で,縮合芳香族環構造が少ないアミ
ン誘導体,中でも縮合芳香族環構造を全く持たないアミン誘導体が上
記課題の解決に著しく有効であることを見出し,本件発明を完成させ
たものである。
通常の着想であれば,発光材料を工夫することにより課題を解決し
ようとするはずのところ,原告は,一見,課題の解決と関係のなさそ
うな正孔輸送層の材料(正孔輸送材料)に着目したものであり,これ
によって,理論的に回避不能な燐光素子の欠点であるとされた,実用
的な高輝度領域における発光効率の急激な低下という課題を解決した
のである。
なお,高輝度領域における発光効率の急激な低下は蛍光素子におい
ては生じない。したがって,本件発明の課題は燐光素子に特有の課題
である(甲8参照。)
b引用例1には,上記課題及びそれが解決困難であることが明確に記
載されている。すなわち,引用例1訳文2頁下4行から3頁7行の記
載において,J(効率半減電流密度)を大きくするためには,つま0
exり高電流密度(高輝度)域での発光効率の低下を防ぐ(発光効率η
),()()tを落とさないためにはi再結合膜厚励起子形成領域の厚さ
dが大きい素子構成とするか,(ii)励起寿命(りん光寿命)τを小さ
,。くするかのいずれかの解決手段しかないことが明確に示されている
しかし(i)再結合膜厚(励起子形成領域の厚さ)dは,発光層内,
において電子が陽極方向に,また正孔が陰極方向に移動できる距離に
依存する。したがって,dを大きくするということは,正孔,電子を
ともに輸送可能な,すなわちバイポーラ性のあるホスト材料を用いる
ことによって,発光層のうち実際に発光する領域の厚さdを大きくす
るということであるところ,そのようなホスト材料は現在に至るも見
出されておらず,当業者であれば,再結合膜厚dを大きくするという
のは理論的には可能な解決手段であっても,実際には極めて困難であ
ると,本件特許の出願当時には考えていた。
また(ii)励起寿命(りん光寿命)τは,励起子が存在する発光,
層の材料特性に依存するため,τを小さくするということは,発光材
料(ホスト材料又はドーパント)を変更することを意味する。すなわ
ち,新規な燐光用の発光材料を開発することが必要となる。
そして,当業者は,引用例1の記載上,高輝度領域についてはdと
τのみに着目し,それ以外の因子(例えば正孔輸送材料)には着目し
ないのである。
ホール輸送材料が燐光発光素子の発光特性に影響することは当然で
はなく,仮に何らかの影響を与えるとしても,どのような正孔輸送材
料を用いればどのような影響を与えるかは実験しなければ分からない
ことである。
そもそも,引用例1には,発光材料を改良することにより課題を解
決できる可能性が示唆されているのであるから,正孔輸送材料を改良
することにより課題を解決するという発想に当業者が想到するのは容
易でなく極めて困難であるまた引用例3の表1に記載されたホ,。,「
ール輸送層として機能するための基本的な要求」を満足したからとい
って,本件発明の課題が解決されるわけではない。
そして,従来からの有機EL素子の発光層に,単にIr(ppy)
を混合するだけで,燐光素子において実用的な高輝度領域(1003
0∼10000cd/㎡)での急激な発光効率の低下を克服できたわ
けではない。被告が指摘する引用例3の170頁の記載は,低輝度領
域における発光効率について述べたものであり,高輝度領域において
まで外部量子効率8%を達成できることは意図されていない。
このほか,引用例3の「3重項材料は有機ELディスプレイの低消
費電力化の救世主として期待されている。この材料群は,まだ未知な
,」部分が多く画期的な特性を示す材料が出現する余地が極めて大きい
との記載における「3重項材料」及び「この材料群」は,文脈上,I
r(ppy)をはじめとする発光層におけるドーパント材料として3
の有機金属化合物を指すものであり,正孔輸送材料を指すものではな
く,まして表2に記載された26個の正孔輸送材料とは何の関係もな
い。そして,上記記載は,単なる願望を表す以外の何物でもない。
なお,外部量子効率とは,発光素子の電極から注入された電子数に
対して,発光素子外部に放射される光子数(光量に相当)を割合で示
したものであり,外部量子効率が高いということと,発光効率が高い
ということは,ほぼ同じことである。
燐光素子を実用的な高輝度領域で現実に使用可能とするためには,
さらなるブレークスルー技術が必要だったのであり,それが本件発明
である。
c可視光の色は光の波長によって決まり,光の波長とエネルギーの間
には,E(エネルギー)=h(プランク定数)×c(真空中の光速)
/λ(波長)の関係があるところ,有機EL素子では,有機化合物の
励起子が基底状態に戻る際に放出するエネルギーを利用して発光する
ことから,有機化合物が発光する光の波長(λ)は,有機化合物の励
起子が有するエネルギーギャップに応じて放出されるエネルギーの大
小により定まる固有値となる。エネルギーギャップが大きいと波長の
短い青色が,小さいと波長の長い赤色が発光することになる。このよ
うに,有機EL素子が何色に発光するかは,蛍光素子であれ燐光素子
であれ,実際に発光するドーパント材料の励起子のエネルギーギャッ
プの大小によって決まる。すなわち,蛍光は,ドーパント材料の一重
,,項励起子のエネルギーギャップの大小により蛍光の色合いが燐光は
ドーパント材料の三重項励起子のエネルギーギャップの大小により燐
光の色合いが定まるのである。
有機EL素子は発光によって色を表現することに使用するため,光
の三原色である赤(波長590∼650nm,緑(波長520∼5)
50nm,青(波長420∼470nm)を用意する必要がある。)
しかし,同じ色の光を発光させる場合において,蛍光素子と燐光素
子とでは,ホスト材料に求められるHOMO(highestoccupied
molecularorbital,最高占有軌道)とLUMO(lowestunoccupied
molecularorbital,最低空軌道)のエネルギーギャップが異なる。
すなわち,燐光素子に使用できるホスト材料には,蛍光素子に使用で
きるホスト材料よりも,HOMOとLUMOのエネルギーギャップが
大きな有機化合物が必要となる。
蛍光用のホスト材料の一重項励起子のエネルギーギャップは,ドー
パント材料の一重項励起子のエネルギーギャップより大きければ,ホ
スト材料の一重項励起子からドーパント材料の一重項励起子が生成
し,蛍光を発光することができる。一方,燐光ホスト材料の一重項励
起子のエネルギーギャップは,量子力学上ホスト材料の三重項励起子
のエネルギーギャップより大きくなり,さらにこのホスト材料の三重
項励起子のエネルギーギャップを,ドーパント材料の三重項励起子の
エネルギーギャップより大きくすると,ドーパント材料の三重項励起
子が燐光を発光する。このように,蛍光ホスト材料の一重項励起子の
エネルギーギャップは,緑色を発光するのに必要な蛍光ドーパント材
料の一重項励起子のエネルギーギャップより一段階大きいだけで足り
るが,燐光ホスト材料の一重項励起子のエネルギーギャップは,緑色
を発光するのに必要な燐光ドーパント材料の三重項励起子のエネルギ
ーギャップより二段階大きくしないと足りない。そして,一重項励起
子のエネルギーギャップが化合物のHOMOとLUMOのエネルギー
ギャップに等しいことから,燐光用のホスト材料には,蛍光用のホス
ト材料よりエネルギーギャップの大きな化合物が必要となる。したが
って,燐光用のドーパント材料を,従来公知の蛍光発光素子の発光層
に添加しただけで,燐光を発光するなどということは決してない(な
お,原告は,従来公知の蛍光発光素子に燐光用のドーパント材料を組
み合わせた素子が燐光発光する場合がないと主張するものではな
い。。)
そして,有機EL素子の正孔輸送材料の選択に当たっては,ホスト
材料よりもLUMOのエネルギー準位が高く,かつHOMOのエネル
ギー準位が高い化合物を選択するのが技術常識に合致している。
正孔層に用いられる有機化合物は,そのHOMOを道筋として,陽
極から注入された正孔を発光層まで輸送する機能を受け持つため,エ
ネルギー準位を階段状(正孔層に用いる有機化合物のHOMOのエネ
ルギー準位を,発光層に用いる有機化合物のHOMOのエネルギー準
),,位より高くすることにすることで陽極から正孔層の有機化合物に
さらに正孔層の有機化合物から発光層の有機化合物に正孔が移動する
抵抗を低減できるのである。
また(正孔層に用いられる有機化合物は)陰極から発光層に注入,
され,発光層の有機化合物のLUMOを道筋として発光層内を移動す
る電子が,正孔層の有機化合物のLUMOに注入されないようにせき
(,止める機能も受け持つ発光層を超えて正孔層にまで移動した電子は
発光層内での発光に利用できなくなるため。このように発光層に注)
入された電子が正孔層に移動するのを防ぐには,正孔層の有機化合物
のLUMOのエネルギー準位を発光層の有機化合物のLUMOのエネ
ルギー準位より相当高くする必要がある。
そして,このようなエネルギーダイヤグラムになるように正孔層の
有機化合物と発光層の有機化合物を選択するのが,当業者の技術常識
である。
しかし,上記のエネルギーダイヤグラムから明らかなように,燐光
用の正孔材料に求められる適切なLUMOのエネルギー準位は,ホス
ト材料のLUMOのエネルギー準位よりもさらに高くする必要があ
り,このようにLUMOのエネルギー準位が高い有機化合物は,化学
的に安定性に問題があるものがほとんどである。
実際に,本件特許出願時,HOMOとLUMOのエネルギーギャッ
プが大きく,かつ安定である正孔輸送材は知られていなかった。
以上のとおり,燐光素子の開発には,HOMOとLUMOのエネル
,,ギーギャップが大きくかつ安定な正孔輸送材を探索する必要があり
これが燐光素子の開発を困難なものとしている原因の一つとなってい
た。
ところが,本件発明では,新規な発光材料でも新規な正孔輸送材料
でもなく,蛍光素子に従来から用いられてきたαNPDとHOMO及
びLUMOのエネルギー準位,したがってHOMOとLUMOのエネ
ルギーギャップも同程度の化合物である「化合物3」を用いて高輝度
領域で高い発光効率を維持できることを見出したものであり,この点
に,まさに当業者が本件発明を容易に想到できない所以があるのであ
る。
以上からすれば「発光層材料以外は,従来の蛍光発光素子におい,
てよく知られた材料を採用するのは当然」との被告の主張が技術的に
誤りであることは明らかである。
d審決は,引用例2及び3に記載された正孔輸送材料を本件発明1の
「重金属を含有する有機金属錯体からなる燐光性の発光材料」ととも
に用いることができない格別の阻害要因はないと判断する。
しかし,引用例2は蛍光素子にしか言及しておらず,引用例2に記
載された正孔輸送材料である化合物(61(本件発明の化合物3と)
同一)を燐光性の発光材料とともに用いることについて,引用例2に
は開示も示唆もない。
しかも,甲2発明は「発光寿命が長い有機EL素子」を得ることを
目的としている(一見「駆動電圧が低減された有機EL素子」を得,
ることをも目的としているように読めるが,駆動電圧の低減と発光寿
命が長いこととは両立が難しく,引用例2が実際に検討しているのは
発光寿命のみである。よって,高輝度領域でも発光効率の高い有機。)
EL素子を得るという,燐光素子に特有の課題を解決することを目的
とする本件発明とは,発明の目的,解決しようとする課題が全く異な
る。
さらに,引用例2には,100以上もの多数の化合物が正孔輸送材
料の候補として開示されているところ,引用例2の実施例1ないし7
の化合物は,発光寿命の長い素子が得られるという観点から選択され
たものである。したがって,化合物(61)が7つの実施例の1つで
あるからといって,発明の目的が異なる本件発明との関係では意味の
ない選択であり,本件発明の課題の解決を目的とする当業者からみれ
ば,引用例2には,100以上の多数の化合物が正孔輸送材料の候補
として開示されており,その中の1つが化合物(61)であるという
こと以上の意味はない。
仮に,実施例1ないし7の中から化合物を1つ選択するとしても,
化合物(61)を用いた場合の素子の発光寿命は,160時間と実施
例の中では最も短く,当業者がことさらに化合物(61)に着目する
理由もない。
以上のとおり,引用例2の発明の目的で選択された正孔輸送材料で
ある化合物(61)を,燐光素子に特有の課題の解決を目的とする本
件発明の目的で用いることにつき動機付けが存在しないし,多数の候
補化合物の中から化合物(61)を本件発明の目的で当業者が容易に
選択し得るとする根拠もない。
また,引用例3の表2に記載された各正孔輸送材料は,主としてT
g(ガラス転移温度)が高いか低いかの観点から列挙されている(高
い方が望ましい。なお「寿命を含めた耐久性能」と関係のある指標),
はTgであり,IP(イオン化ポテンシャル)は直接の関係はない。
上記の点は,表1の要求項目にも「5.ガラス転移温度が高い」と。
して記載されている。
,,したがって本件発明の課題の解決を目的とする当業者からみれば
引用例3には27もの多数の化合物が正孔輸送材料の候補として開示
されており,その中の一つが「TBPB(本件発明の化合物3と同」
一)であるということ以上の意味はない。仮に,表2の中から化合物
を1つ選択するとしても,TBPBのTgは132℃で,表2の化合
物の中では中程度であり,ことさらに当業者がTBPBに着目する理
由はない。
,,したがって引用例3の表2に記載された27の化合物のうちから
TBPBを本件発明の目的で用いることにつき動機付けが存在せず,
多数の候補化合物の中からTBPBを本件発明の目的で当業者が容易
に選択し得るとする根拠もない。
なお,被告は,α−NPDが化合物3(TBPB)との共通性が高
いとするが,引用例1を主引例とする容易想到性が問題となる本件に
おいて,そもそも引用例1ではデバイスIに対する従来技術であり改
良すべき対象にすぎないデバイスⅡの正孔輸送材料であるα−NPD
に当業者が着目する根拠はない。
,,,また引用例3の表2においてα−NPDに構造が類似するのは
化合物3(TBPB)以外にもTPD,PPDなどがある上,むしろ
これらは化合物3よりもα−NPDとの類似性が高い。したがって,
「化合物3がα−NPDに一番類似性が高い化合物である」から当業
者が化合物3に着目するとの被告の主張は誤りであり,本件発明の構
成を現時点で読み込んだ上で,先行技術を解釈したものである。
このほか,引用例3が「教科書的な文献」であるなら,そこで紹介
された化合物は当業者なら誰でも知っているありふれた化合物であ
り,既に検討され尽くしていると考えるのが当然であり,その中に宝
(解決手段が模索状態であった課題を解決し得る化合物)が眠ってい
るなどということは容易に着想することではない。
そもそも,本件特許の出願当時,蛍光発光素子に使用可能な正孔輸
送材料としては,甲18ないし28の各公開特許公報に合計321個
の正孔輸送材料として使用可能な化合物が記載されているように,少
なくとも数百種類の化合物が知られていた(甲29。このように,)
本件特許出願当時,蛍光発光素子の正孔輸送材料として公知であった
,。物質は引用例3の表2に記載された26個の化合物が全部ではない
また,引用例3と引用例2は,蛍光発光素子の正孔輸送材料を開示し
た無数ともいえる公知文献のうち被告が任意に選択した2件にすぎ
ず,引用例2と3に共通に記載されている化合物であることに技術的
意味はなく,共通に記載されているからといって「選択の優先度は,
高い」ということにはならない。
いずれにしても,被告は,国際公開特許公報である引用例2が,多
数存在する他の特許公報,例えば甲18ないし28に比べて優先度が
高い理由を説明していない。
審決は「格別の阻害要因」の有無を問題としているが,阻害要因,
以前の問題として,組合せの動機付けの有無を問題にしなければなら
ないところ,審決は動機付けの有無を全く検討せず,特に,引用例2
の化合物の選択基準が「発光寿命が長い有機EL素子」を得ることに
あること,引用例3の表2の化合物の選択基準がTg(ガラス転移温
度)が高く「寿命を含めた耐久性能(発光寿命のほか,水や酸素等」
の環境に対する耐久性能を含む)に優れた素子を得ることにあるこ。
とを看過し「甲2,3に記載された正孔輸送材料の中から,上記相,
違点1に係る本件発明1の材料を選択し,引用発明のm−MTDAT
Aに替えて用いることは,当業者にとって格別困難性があることでは
ない」と誤って即断したものである。
e知財高裁平成21年1月28日判決(平成20年(行ケ)第100
96号事件)が判示するように,特許発明の進歩性判断においては,
①まず特許発明の技術的課題を的確に把握し,それに基づいて当該特
許発明の特徴点を把握しなければならず,②先行技術文献と対比する
においても,単に当該特許発明の特徴点に到達できる試みをしたであ
ろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該特許発明の特
徴点に到達するような構成とすることの蓋然性について,先行技術文
献中に記載又は示唆が存在することが必要である。
本件発明の課題は,あくまで燐光発光素子(有機EL素子全般では
ない)における,かつ実用的な高輝度領域に特有の課題であって,蛍
光発光素子に関する先行技術文献や,燐光発光素子に関する先行技術
文献であっても実用的な高輝度領域に関するものでない文献は,本件
発明の容易想到性を基礎付ける資料とはなり得ない。
そして,引用例2は蛍光発光素子のみに関する文献であり,引用例
1及び3は燐光発光素子に関する文献ではあっても,実用的な高輝度
領域に関する発光効率の急激な低下については,これを解決しようと
する問題意識が全くないものであって,いずれも本件発明とは極めて
関連性の薄いものである。
また「高発光効率」と「長寿命」とは互いに関連性のない別個の,
,。特性であって両者が簡単に両立するかのようにいうのは誤りである
したがって「ホール輸送材料にとって,素子の長寿命を可能にす,
る安定性は非常に重要」であるとしても,それは本件発明の技術的課
題とは関係がない以上,本件発明を当業者が容易に想到できたか否か
の判断において「素子の長寿命を可能にする安定性」を基準に選択,
された化合物の中から一つを選んで本件発明の正孔輸送材料とするこ
とが容易であったことの根拠にはならない。
引用例1には,デバイスIが「高効率の有機リン光発光素子」であ
ることを論証することを目的とする研究に関するもので,デバイスⅡ
については「比較のために作製した」にすぎないことが明記されてい
る。
引用例1は,LUMOレベルがα−NPDと大きく異なるm−MT
DATAを選択して初めて発光効率の大きな改善効果が期待できるこ
とを示しており,当業者は,発光効率を改善するために,被告が主張
するようなα−NPDと共通性が高い化合物3を選択することは全く
念頭にない。
高輝度領域については,デバイスIもデバイスⅡもいずれも発光効
率は低いのであり,引用例1の研究は,高輝度領域についてはひとま
ずあきらめ,低輝度領域に限定すれば,デバイスIはデバイスⅡより
も発光効率が優れているということを,一応の成果としているもので
ある。そして,引用例1の研究は,デバイスIの高輝度領域での発光
効率の低下が大きい原因につき,デバイスIのdが小さいことにある
と推定されることを説明している。
要するに,引用例1は,公知のデバイスⅡに対して,正孔輸送材料
を変えてデバイスIを作製し,検討した結果,低輝度領域においては
デバイスⅡよりも高い外部量子効率を達成した(したがって発光効率
も高い)が,一方,高輝度領域においては正孔輸送層の化合物がm−
MTDATA(デバイスI)であろうがα−NPD(デバイスⅡ)で
あろうが外部量子効率の低下(したがって発光効率の低下)を防ぐこ
とができなかったという文献である。
引用例1に接した当業者は,低輝度領域の発光効率を向上させるた
めに正孔輸送材料を変更すること,特にm−MTDATAを用いるこ
とについては検討する可能性があるとしても,引用例1における従来
技術にすぎないα−NPD又はこれに類似する化合物を正孔輸送材料
として用いることを検討する動機付けはない。むしろ,引用例1によ
って正孔輸送材料を変更するというアプローチはうまく行かない高,(
輝度での外部量子効率の低下を防ぐことができない)ことについて,
実験データ及び理論的解析が当業者一般に示されたのであるから,引
用例1には正孔輸送材料を変更することへの阻害要因があるというべ
きである。
fこのほか,ある化合物を「含むことを特徴とする」又は「用いるこ
とを特徴とする」という特許請求の範囲の記載の仕方は,本件特許の
属する技術分野においてごく一般的なものであり,当該化合物をどの
有機層に含有させるか,また配合割合をどうすれば発明の作用効果を
奏するかは,当業者の技術常識に照らして自明である場合には特許請
求の範囲においてあえて限定することを要しないものと認識されてお
り,このことは被告自身も当然の前提とし(甲47ないし49,ま)
た特許庁もこのような特許請求の範囲の記載を何ら問題視することな
く特許査定しているのである。
したがって,被告のこの点に関する主張は,自らの特許出願ポリシ
,。ーと矛盾するものであり本訴のために持ち出した言いがかりである
(イ)取消事由1−2(本件発明1の効果の顕著性)
a審決は,明細書に記載された実施例では,本件発明1の作用効果の
存在が確認されるのに,甲7及び甲13の実験結果では本件発明1の
作用効果の存在が確認されないという齟齬について,ガラス基板洗浄
方法の違い等の「実験条件の違いが結果の違いをもたらしたと考える
のが最も自然な解釈である」と判断している。。
しかし,実験条件の違いもさることながら,有機EL素子の発光効
率は,素子そのものの出来,不出来に大きく依存する。この点,甲7
及び甲13の実験は,いずれも素子メーカーではない被告が自ら素子
を製作しており,実験の信頼性にはそもそも疑問がある。
審決は原告において本件発明1の作用効果の確認実験の結果甲,,(
9)を提出しているにもかかわらず,その結果を無視する一方で,こ
れと矛盾する甲7及び甲13の実験の信用性については特に検証する
ことなく所与の前提としており,誤っている。
なお,原告が新たに本件発明の再現実験を行った(甲30)とこ
ろ,実施例1記載の燐光素子は,1000∼10000cd/㎡の実
用的な高輝度領域においても発光効率がほとんど低下しなかったのに
対し,αNPDを用いた燐光素子は,高輝度領域において発光効率が
低下した。この再現実験の結果からも,本件発明の作用効果が再現可
能であることは明らかである。
甲7及び甲13の被告による実験結果は,正しい試験条件を設定し
なかったための結果と考えるほかない。特許発明が進歩性を欠如する
ことの立証責任は,審判請求人である被告にあるところ,被告の設定
した試験条件が正しく,原告の設定した試験条件が誤りであることの
立証がない限り,本件発明の作用効果は存するものとして審理しなけ
ればならない。
なお,甲7及び甲13を含む被告のすべての実験結果は,本件明細
書の実施例並びに原告が提出した甲9及び甲30の実験結果と比較し
て,どの輝度においても発光効率が低くなっている。このように発光
効率が低くなる原因としては,製造ラインの清浄度の低下が最も危惧
される。
b一般に,有機EL素子,特に本件で問題となっているような低分子
系有機EL素子は,概ね①ガラス基板上への電極(陽極)のパターニ
ング,②電極付基板の精密な洗浄,③真空蒸着法による複数の有機層
及び金属層(陰極)の成膜,④搬出,⑤封止といった手順により作製
される(甲31。ただし,原被告の各実験においては,封止は省略)
されている。
実際の有機EL素子の作製においては,複数のチャンバーが連結さ
れた極めて複雑で大型の装置が用いられる。
電極付基板の洗浄方法には,真空チャンバーへ搬入する前に水洗や
アルコール洗浄等により洗浄する方法と,真空チャンバーへの搬入後
にオゾンやプラズマ等により洗浄する方法とがあるが,いずれも一長
一短である。
本件明細書の実施例においては,真空チャンバー搬入前の洗浄(イ
ソプロピルアルコール中での超音波洗浄)と真空チャンバー搬入後の
洗浄(UVオゾン洗浄及びプラズマ洗浄)とを併用する方法が開示さ
れている(甲4の段落【0030。原被告の各実験においても,真】)
空チャンバー搬入前の洗浄と搬入後の洗浄とを併用している。
有機EL素子のような極めて薄い膜厚の素子において常に問題とな
るのは,微粒子の混入であり,これによって素子の性能の低下,欠陥
をもたらすこととなる。
有機EL素子の製造は極めて精緻なプロセスであり分子汚染分,,(
子レベルの微細な不純物による汚染,とりわけ,有機物を原材料と)
することから有機汚染(有機物による分子汚染)が問題となる。さら
には,水分や静電気も問題を引き起こす。
これらの問題を避けるため,有機EL素子の製造においては,製造
装置(特に真空蒸着装置)のチャンバー内を十分に清浄に保たなけれ
ばならない。さらに,製造装置が設置された室内の空気も汚染源とな
るから,製造装置をクリーンルームに設置することも必要となる。こ
のように,有機ELの製造においては,極めて清浄な環境下で製造し
なければ正しい実験結果が得られないことは,当業者にとって技術常
識となっている。
そして,本件特許の優先権主張時である平成13年当時,有機EL
素子製造工程のすべてをクラス1000程度のクリーンルーム内で行
うことが当業者の技術常識でなかったとはいえない。
なお,汚染源となる有機物は,原材料中に存在する不純物,原材料
を保管し,装置に導入する際若しくは装置のメンテナンスの際に系を
開放することで外部から混入する大気中の汚染源,及び異なる原材料
を用いた後それが装置のチャンバー壁面に付着し,十分に除去されず
に装置内に蓄積されたもの等が考えられる。
また,製造ラインの清浄度に影響を与える汚染源としては,上記の
ほか,材料自体の純度,クロスコンタミした材料,蒸着装置内部の摺
動部品の落下物,飛散したグリース,空気孔を通って侵入した真空ポ
ンプのオイル,溶媒等が推測されるものである。
このほか,有機EL素子の製造プロセスに特徴的な問題としては,
①常温プロセスであること,②真空チャンバ内での処理があること,
③ITO基板や有機材料,封止材などがチャンバ内に持ち込まれるこ
との3点に集約されるとされている(甲34参照。特に,上記①,)
③は半導体製造プロセスにはない,有機ELプロセス特有のものとい
える。
c以上のとおり,有機EL素子を製造する際の各工程では,常に汚染
源にさらされる可能性があり,それぞれの工程で汚染源を十分に除去
しないと,本来得られるはずの発光特性が得られなくなる。
したがって,当業者は,後述の種々の方法を用いることで,有機E
L素子を製造する環境を極めて清浄に保っている。これに対し,分子
汚染等の汚染が存在する環境で素子を製造しているとすれば,当業者
の技術常識に反することになる。
①クリーンルーム
清浄度を一定以上にするためにクリーンルーム内ですべての作業
を行うことが前提となる。ただし,クリーンルーム内で作業を行
うだけでは,微小なゴミを除去することは可能であるが,有機物
や水分は十分に除去することができない。
そこで,甲34の文献では,有機汚染対策として,クリーンル
ーム部材の選定やケミカルフィルタの適用等を提案している。
なお,クリーンルームの清浄度を維持管理するためには,4原
則を守る必要があり,より簡便なクリーン設備であるクリーンブ
ースの清浄度を維持管理するには,更に厳しい管理が必要となる。
原告は,クリーンブースだけで清浄度クラス1000を維持管理
することは不可能と考える。
②製造ラインの清浄度の維持・管理
製造ラインの蒸着装置において,蒸着を行う際に系内を減圧(真
空)にするので,ある程度の水分や有機物は除去することができ
る。しかし,内部を真空にすることにより,チャンバ内面に吸着
していた有機物が脱離しやすくなり,短時間にチャンバ内に飛散
して清浄な基板表面に吸着して平衡を保とうとするので,蒸着装
置内を真空にするだけでは,有機物を除去するには十分ではない。
そこで,捕獲手段を設ける方法(甲36)のほか,洗浄室が室
内を所望の成分と圧力に制御するための真空排気系とガス供給系
とを備えること(甲38)や,各室を水分含有量100ppm以
下の不活性ガス雰囲気とすること(甲39)も開示されている。
このように,当業者は,その具体的手法は異なるものの,種々の方
法を組み合わせて行うことで,清浄度の高い製造ラインを作り出し,
有機EL素子の製作を行っている。
また,蒸着装置内の清浄度を,客観的な数値データで測定し,これ
をもって装置の清浄度を維持,管理することは,本件特許の出願時以
前から有機EL素子の当業者であれば当然に行っていることであり,
技術常識である。特に,有機EL材料自体が汚染源となりうるし(ク
ロスコンタミネーション,さらに有機汚染は目視では確認できない)
ために,数値データでの清浄度の管理が必要となるのである。
水の接触角を測定することにより清浄度を維持,管理することにつ
いては,例えば甲53(公報)に記載されるように,有機EL素子の
技術分野において周知の手法である。
蒸着装置内の清浄度を測定する方法は,必ずしも水の接触角の測定
でなくてもよいが,要は,客観的な数値を把握できる何らかの方法で
清浄度を測定し,蒸着装置内部を含む素子製造環境の清浄度を維持,
管理することが必要である。
d原告自身も,このような状況を踏まえて,高い清浄度を有する環境
を維持すべく,以下の方法を採用している。
第一に,通常,有機ELの分野では,0.5μm以上の浮遊粒子が
1000個/ft以下(クラス1000)であれば,清浄な環境と3
されているところ,原告の実験施設においては,製造ライン全体をク
ラス100(0.5μm以上の浮遊粒子が100個/ft以下)の3
クリーンルームに入れており,かつクリーンルームの清浄度を定期的
に測定して管理している。
第二に,製造ライン中の真空蒸着装置の清浄度が維持されているこ
とを確認するため,透明電極付きガラス基板を真空蒸着装置に搬入し
て一定時間経過後に純水を滴下し,その接触角を測定することにより
,,定期的に真空蒸着装置の清浄度を測定し蒸着装置の内部の清浄度を
基板表面の水の接触角が10°以下となるように常に維持している。
なお,接触角が10°以下であるということは,基板表面が親水性
を保っていること,すなわち,処理雰囲気内の有機物が十分に除去さ
れていることを示している。
このほか,真空蒸着装置を清浄に維持するための手段として原告が
採用している方法は,例えば,基板の洗浄を成膜用の真空槽とは別の
洗浄槽で行うこと(甲33参照)や,基板上に電極を設けた電極付基
板を洗浄してから,電極上に有機物層及び対向電極を含む複数層の膜
を真空中で順次成膜する有機EL素子の製造において,電極付基板の
洗浄完了から第一層の成膜開始までの時間を,電極の表面の水の接触
角が洗浄完了時の値から真空中で30°増加するまでの時間よりも短
くすることにより各層の界面への不純物の混入等を抑制すること甲,(
42)がある。
また,原告の実験環境においては,洗浄工程を行うクリーンベンチ
も,成膜工程を行う蒸着装置も,全体がすべてクリーンルーム内に設
置されており,したがって,基板の搬送途中に汚染される可能性も,
実験環境由来の蒸着装置の汚染の可能性もない。これが技術常識であ
り,有機EL素子分野の当業者であれば本件特許の出願日前から当然
に備えている環境である。
e原告は,被告による甲7,甲13などの実験が「当業者が通常実,
施を試みると想定する態様」でもなければ「当業者の技術水準におい
て実施した実験」でもないと主張するものである。
本件発明は「有機エレクトロルミネッセンス素子」の発明であるか
ら,ここで問題となる「当業者」とは,素子(デバイス)の技術分野
における当業者であって,有機EL材料の技術分野における当業者で
はない。原告,被告ともに有機EL材料のメーカーであって有機EL
素子のメーカーではないから,当然に「当業者」としての技術水準を
有しているということにはならない。しかし,原告は,もともと有機
EL材料のみならず有機EL素子についても事業化する意図をもって
有機EL分野に参入した経緯から,有機EL材料の開発当初から現在
,,に至るまで単に材料性能を正しく評価するためという目的を超えて
新たな素子構造の開発自体を目的として素子作製に携わってきた。そ
のため,原告は,現在に至るまで素子メーカーと有機EL素子の共同
開発を行い,素子メーカーと知見を共有している。さらに「有機E,
L材料」の中でも,被告が主として正孔輸送材料の開発に注力してき
たのに対し,原告は正孔輸送材料のみならず発光材料,電子輸送材料
等,有機EL素子の作製に必要なひととおりの有機EL材料を自力で
開発してきたものであり,素子の作製能力において原告と被告とで差
があることは明らかである。
また,乙20に「液晶ディスプレイ(LCDs)と有機EL(OL
EDs)向け材料分野で世界をリードする材料メーカー」と記載され
るとおり,メルク社も,被告同様,有機EL「材料」の技術分野に属
する者であって,有機EL「素子」の分野の当業者でないことは明白
である。実際,乙19の実験において「すべての予備操作(基板の洗
浄)はクリーンルーム内で行われている」とのことだが,逆に,基板
の洗浄以外の工程(洗浄装置から蒸着装置への搬送,蒸着装置による
),,成膜工程はクリーンルーム内で行われていないということであり
素子の製造プロセスにおける清浄度をどのように維持,管理している
かも不明である。したがって,乙19のメルク社による実験が「世界
トップレベルの技術による実験であると認められる」といえる根拠は
ない。
なお,一般に大学の研究室の研究予算は,企業に比べて限られてお
り,端的に言って,有機EL素子の分野に関する限り,大学の研究室
の実験環境は,当業者の技術水準に達していない場合がある(甲51
参照。高い清浄度を保つことは,それなりに費用や労力を要するも)
のであり,企業の当業者であれば当然に行うようなことでも,予算に
制約のある大学の研究室においては,やむを得ず省略している部分が
ある。したがって,特定の大学の研究室において,クリーンルームが
なかったり,接触角試験を実施していないからといって,それらが当
業者の技術水準として要求されないという根拠にはならない。
なお,洗浄度がどの程度である場合に,有機EL素子のいかなる発
光特性にどの程度の影響を与えるかは「洗浄」ないし「清浄度」の,
パラメータも一つではないし,影響のいかんは素子の構成によっても
異なる(汚染の影響を受けやすい素子と受けにくい素子がある)か。
ら,一概には説明できないが,有機EL素子の製造プロセスにおける
清浄度,特にITO基板の洗浄方法ないし洗浄度の相違が有機EL素
子の発光特性に決定的に重大な影響を与えること自体は,甲52,3
,,,85341などに例示される多数の文献で実証されているとおり
紛れもない事実である。
f被告の素子作製手順において「クリーンブース内に設置されてい,
るクリーンベンチ内」で行うのは基板の洗浄工程のみである。
また「クリーンベンチ」と「GB(グローブボックス」との距離,)
が全く不明であり,同じ室内にあるのかさえ不明である。
被告のクリーンブースにはエアーシャワーが設置されていない,す
なわち「塵埃を室内に持ち込まない(ゴミを持ち込まない」という)
クリーンルームの4原則の少なくとも1つが守られていないことが明
らかになった。この点だけからも,被告が使用するクリーンブースが
清浄に管理されているとは考えられない。
また,乙18によれば,被告の設置したクリーンブース内の●(省
略)●と記載されており,乙24のクリーンブースと「ほぼ同様のも
の」などとは到底いえない。また,被告のクリーンブースは清浄に管
理されていないから,現在では,乙18に示される平成19年10月
時点より更に浮遊粒子数が増加していると考えられる。
,,クリーンルームを使用しないことを措くとしても当業者であれば
浮遊粒子数を定期的に測定して清浄な環境を維持・管理することが本
件特許の出願時以前からの技術常識であり,この点においても,被告
の実験条件は技術常識に反している。
また,乙18に●(省略)●「洗浄が十分であることは,洗浄後に対
,」照用素子を作製しその特性を測定することによって確認しています
と記載されているが「対照用素子」としてどのような素子を用いて,
いるか不明である上,測定している「特性」も不明であり,蒸着装置
が汚染された状態で安定している可能性が排除されていない。また,
「装置内のアルコールによる洗浄等」との記載もあるが,有機物質が
どの溶媒に溶解するかは,有機物質の種類によって異なり,アルコー
ルで洗浄すれば清浄になるという単純なものではない。新規な材料を
用いて素子を製造するのであれば,なおさら,接触角等の数値データ
の確認を行わなければ,清浄度が保たれているかは分からないのであ
る。
このように,被告は,蒸着装置内の清浄度を客観的な数値データで
管理していないものと解され,本件特許の出願当時の当業者の技術水
準に達しない環境下で行われた被告の実験データは,証拠としての価
値がないものである。
●(省略)●
このように,被告が用いる「清浄「クリーン」の用語や認識は,」
その度合いにおいて,当業者が用いる用語や認識とは全く異なるもの
といえる。
g原告は,第三者であるCSIRO(豪州連邦科学産業機構)の実験
報告書(甲56)を提出している。CSIROは,オーストラリアの
,,政府系研究機関であり世界でも有数の規模の総合研究機関であって
日本の産業技術総合研究所に相当するような公的機関である。
CSIROの正式な報告書(甲65)によれば,実用的な高輝度領
域である1000∼10000cd/㎡において,化合物3を正孔輸
送材料として用いた素子が従来のNPDを正孔輸送材料として用いた
素子と比較して,優れた発光効率を示し,顕著な作用効果を奏するも
のであることが明らかである。
他方で,乙3の実験を行ったのは,被告従業員のAであって,B教
授ではなく,同教授が,単に実験室の場所を貸し,実験器具の操作方
法の説明を与えた程度である可能性が排除されない。したがって,B
教授が当業者としての知見を有するか否かと,乙3の実験データの信
用性とは別問題である。
hこのほか,NPDを正孔輸送材料に用いた素子と,化合物3を正孔
輸送材料に用いた素子とが,素子の製造プロセスの清浄度の影響をど
の程度受けるかにつき,同程度の敏感さを有するという根拠は何一つ
ない。これまでに明らかになった被告の実験データと原告の実験デー
タの相違から,NPDを正孔輸送材料に用いた素子は,本来の性能を
発揮した場合でも,それほど高性能ではなく,製造プロセスの汚染の
影響を受けにくい素子であるのに対し,化合物3を正孔輸送材料に用
いた素子は,本来の性能を発揮した場合には高性能であるが,本来の
性能を発揮するために要求される条件設定が厳しく,製造プロセスの
汚染に敏感であるということが推認される。
したがって,被告は,NPDを用いた素子さえ本来の性能を発揮で
きる条件であれば,他の正孔輸送材料を用いた素子も,同様に本来の
性能を発揮できるはずだという誤った前提に立って実験を行ったもの
である。NPDを正孔輸送材料に用いた素子の発光効率の再現性が高
いということは,化合物3を正孔輸送材料に用いた素子との比較実験
の条件設定が正しいということの根拠にはならない。
(ウ)まとめ
以上のとおり,審決は,本件発明1の「重金属を含有する有機金属錯
体からなる燐光性の発光材料」である化合物3と同一の化合物が甲2及
び3に正孔輸送材料として記載されているという一事をもって,組合せ
の動機付けの有無を検討することなく,また,本件発明1の顕著な作用
効果について正当に評価することなく,甲1発明に「甲2,3に記載さ
れた正孔輸送材料」を組み合わせて当業者が本件発明を容易に想到し得
るとしたものであり,本件発明2ないし6についても同様に判断してい
る。
かかる審決の判断は,特許法29条2項の解釈及び適用を誤ったもの
であり,審決は取り消されるべきである。
なお,本件発明2ないし6は,本件発明1の構成要件をさらに限定し
たものであるから,本件発明1に進歩性が認められれば,本件発明2な
いし6について進歩性が認められるのは当然である。
イ取消事由2(実施例に記載された構成以外の構成について本件発明が作
用効果を奏することが明細書に記載されていないとの判断の誤り)
(ア)特許請求の範囲の記載中の上位概念で表される化合物に含まれるすべ
ての化合物について,実施例に記載された化合物と「同様の作用効果」
を奏することが,明細書中に実施例として記載されていない限り,特許
法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たさないとの審
決の判断は,特許法の解釈として誤りである。
(イ)aアミン誘導体につき
,「()」審決は請求項1では単に一般式Iで表されるアミン誘導体
と記載されているにもかかわらず「訂正明細書には,化合物3の実,
施例しか存在しない」とし「化合物3と同様の」作用効果の有無を,
問題にしているが,化合物3以外の「一般式(I)で表されるアミン
誘導体」を用いた素子が従来技術と比較した場合の作用効果を奏すれ
ば足り「化合物3と同様の」作用効果の有無を問題にすること自体,
。「()」誤りである化合物3以外の一般式Iで表されるアミン誘導体
も,従来技術と比較した場合には顕著な作用効果を奏するのである。
このことにつき,実施例の記載がないからといって,直ちにサポート
要件違反となるものではない。
この点,本件訂正によって実施例ではなくなったものの,本件明細
書においては化合物1(参考例1,10000cd/㎡において35
cd/A,化合物2(参考例2,同じく37cd/A)及び化合物)
4(参考例3,同じく40cd/A)についても開示され,これらの
アミン誘導体を正孔輸送材料として用いた素子は,従来技術である化
合物5(比較例1,同じく25cd/A)及び化合物6(比較例2,
同じく20cd/A)を正孔輸送材料として用いた素子と比較して顕
著な作用効果を奏するものである。
なお,本件明細書の段落【0004】には,正孔輸送材料として,
ポリアセン系縮合芳香族構造を含まないアミン誘導体が最も好ましい
が,ポリアセン系縮合芳香族構造を含む場合には,なるべく少なく含
む方がより好ましい旨の技術思想が開示されているものである。
そもそも,明細書の発明の詳細な説明に開示された発明のうち,ど
の部分を特許請求の範囲として切り出すかは,出願人が任意に決めら
れることである。したがって,本件発明の作用効果を論じるに当たっ
て,ポリアセン系縮合芳香族構造を含むが,わずかしか含まない参考
例1(化合物1)や参考例3(化合物4)も含めて議論しても,何ら
誤りではない。
b重金属の有機金属錯体につき
請求項1では,燐光性の発光材料(ドーパント)として単に「重金
属を含有する有機金属錯体」と記載されているにもかかわらず,明細
書にはIrppyの実施例しか存在しない点につき審決はト(),,「3
リス−(2−フェニルピリジル)イリジウムと同様の」作用効果の有
無を問題にしているが,Ir(ppy)以外の「重金属を含有する3
有機金属錯体」を用いた素子が従来技術と比較した場合の作用効果を
奏すれば足り,Ir(ppy)と同様の作用効果の有無を問題にす3
ること自体が誤りである。
Ir(ppy)以外の「重金属を含有する有機金属錯体」を用い3
た場合も,本件発明の他の構成を満たす限り,従来技術と比較した場
合には顕著な作用効果を奏するのである。しかも,燐光性の発光材料
(ドーパント)としてIr(ppy)は,本件特許の出願時,最も3
一般的な物質であり,この点に本件発明の新規な特徴があるわけでは
,()「」ないからIrppy以外の重金属を含有する有機金属錯体3
について実施例の記載がないからといって,直ちにサポート要件違反
となるものではない。
また「配位子の構造が異なれば,発光効率に影響することは明ら,
か」とまではいえない。
原告は,既に有機Ir錯体の配位子が(Ph−ppy)である場2
合(ビフェニルピリジルが2個)について,甲44の実験報告書を提
出しており,有機Ir錯体の配位子が(ppy)である場合(2−2
フェニルピリジルが2個)についても,甲50の実験報告書を提出し
た。
なお,原告が主張する高輝度領域とは1000∼10000cd/
㎡であり,これを「10000cd/㎡」と限定解釈する被告の主張
は誤っている。
また,被告は,乙3の参照実験1を根拠に,有機Ir錯体の配位子
が(btp)である場合に発光輝度が10000cd/㎡に到達しな
かったと主張するが,この点は審決において言及されておらず,本訴
の審理の対象ではない。
さらに,本件では,第2次訂正により,配位子は(A)の構造又は
その置換誘導体に限定されるのであるから,被告のいうような「配位
子を無限定とした発明」でないことは明らかである。
cアミン誘導体を含有させる層につき
,「」請求項1では単に発光層または発光層を含む複数層の有機媒体
内に「一般式(I)で表されるアミン誘導体を含有する」とのみ記載
されているところ,本件明細書には「正孔輸送層として機能する実,
施例」しか存在せず「発光層や正孔障壁層に含有した場合でも,正,
孔輸送層に含有した場合と同様の作用効果を奏するかどうか訂正明細
書に記載されていないこと」につき,審決は「正孔輸送層に含有し,
た場合と同様の」作用効果の有無を問題にしているが,前記b同様に
誤りである。
なお,被告は,乙4を根拠として,正孔輸送層にNPDを使用し,
発光層に化合物3を添加したところ,発光効率は著しく低下した旨主
張するが,第2次訂正により,化合物3が導入されるのは「正孔輸送
層内」に限定され,発光層内に導入される構成に限定されるのである
から,被告の主張する問題点は解消されたといえる。
dこのほか,本件発明1についてのサポート要件の判断につき,審決
の結論及び理由が誤りであれば,審決は取り消されるのであるから,
本訴において,特段の必要がない限り,本件発明1について議論すれ
ば必要にして十分である。
(ウ)以上のとおり,審決は,本件発明1について,実施例の記載が請求項
1の発明をサポートするのに不十分であると判断し,本件発明2ないし
6についても,同様に判断しているが,同判断は特許法36条6項1号
の解釈及び適用を誤ったものであり,審決は取り消されるべきである。
2請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア取消事由1−1について
原告は,本件発明の課題が,燐光素子における実用的な高輝度領域(1
000∼10000cd/㎡)での急激な発光効率の低下の克服にあり,
本件出願当時は,高輝度領域での燐光素子の発光効率低下は理論的に不可
避であるとの認識が存在したが,原告は一見すると課題解決と関係なさそ
うな正孔輸送層の材料に着目して課題を解決したと主張する。
しかし,原告主張のごとき認識が本件出願日当時存在したとは認められ
ず,原告主張の課題の有無が,本件における公知技術の組合せを困難にす
る理由もない。
(ア)課題に関する原告の主張につき
a(a)有機EL素子とは,金属電極(陰極)とITO電極(陽極)との
間に電子輸送層と発光層とホール(正孔)輸送層を挟んだ構造を有
している。この構造において,ITO電極(陽極)側では,ホール
輸送層を構成する分子が,陽極に電子を与えて正のイオンになる。
正の電荷が存在する位置を「正孔」又は「ホール」という。正イオ
ンとなった分子は,隣接する分子から電子を奪って,自らはイオン
でなくなり,代わりに隣接した分子が正イオン(ホール)になる。
これを繰り返して,ホールの位置が発光層に到達すると,発光層を
構成する分子が電子を奪われ正イオンとなる。
他方,金属電極(陰極)からは,電子輸送層に電子が注入され,
発光層まで運ばれる。そして,発光層の中で,正イオンとなってい
る発光層を構成する分子と電子が衝突し,結合する際に,エネルギ
ーが発生する。このエネルギーが光となって外部に放出されること
により,発光が実現される。
発光の過程において,正イオンと電子が結合すると,エネルギー
の高い状態(励起状態)の分子になり,励起された分子が,基底状
態に戻るときにエネルギーを放出するのであるが,放出の形には,
光として放出する場合と,熱として放出する場合がある。光として
放出する割合が高いほど,発光効率の優れた素子となる。
3(b)励起状態につき,引用例3には「1999年にIr(ppy),
を発光層に混合する(ドーパントとして使用する)ことにより,3
重項励起子の発光を利用することが可能になるまで,有機EL素子
は,1重項励起子の発光を利用しており,それが発光効率の向上を
妨げていた」旨の記載がある。1重項材料による発光素子を「蛍光
発光素子,3重項材料による発光素子を「燐光発光素子」と呼ぶ」
のが一般的用語である。
そして,3重項材料の登場が,有機EL素子の技術に革命をもた
,。らしたと評価されていたことは引用例3の記載から明らかである
(c)また,乙2には,本件出願当時の,3重項材料の開発状況が説明
されているところ,新規な技術が見出された場合,試行錯誤的に材
,,料を選択しながら改良を図ることはあらゆる技術に共通であるが
燐光発光素子についても,まさに,そのような状況にあったことが
わかる。
本件発明は,このような状況下において,3重項素子(燐光発光
素子)の最適化における作業の一つであるホール輸送材料の選択に
つき,公知のホール輸送材料(引用例2,3)を適用したものであ
る。
,(),b引用例1に具体的に記載されるようにIrppyの使用は3
従来からの有機EL素子の発光層に,単にIr(ppy)を混合す3
るだけでよく,これにより,有機EL素子としての発光効率が格段に
向上するのである。
発光層に,ホール輸送層からホールが供給され,また,電子輸送層
から電子が供給され,発光層においてホールと電子が結合して発光層
を構成する分子を励起状態にするところまでは,蛍光発光素子も燐光
発光素子も同じであり,Ir(ppy)が混合されていると,3重3
項の励起状態が光を放出する性質を有するようになる点が,燐光発光
素子の特徴である。
ホール輸送材料も素子の一部として燐光発光素子の発光特性に影響
することは当然であるが,燐光発光素子においても,ホール輸送材料
は,ホール輸送層として機能するための基本的な要求を満足しなけれ
ばならず,その内容は,蛍光発光素子でも燐光発光素子でも共通であ
る。
3したがって,引用例1ないし3により,発光層にIr(ppy)
を添加して,発光効率を格段に向上させる手段が公知となったとき,
ホール輸送材料としては,従来からの有機EL素子において優れた材
料として知られていた物質を使用することは,当然の選択であって,
何の阻害事由も困難性も存在しなかった。
c原告主張の課題(実用的な高輝度領域での発光効率の低下の克服)
とは,要するに実用的なディスプレイにおいて必要な輝度と発光効率
を確保することと同じであり,当業者は,まさにこの目的を達成すべ
く,新規な3重項材料の開発を含め有機EL素子の構成に工夫を重ね
ていたことが,引用例3及び乙2から認められる。
引用例3に要約されるように,本件出願当時,燐光発光素子は,有
機ELディスプレイの低消費電力化(実用的な輝度における発光効率
),,向上の救世主として記載されていたのであり原告の主張と異なり
決して高輝度領域の発光効率低下により見込みのないものと考えられ
ていたのではない。
この点に関し,原告が審判で引用した燐光発光素子の文献(乙7)
においても,正孔輸送材料の変更などにより,発光特性が改良される
可能性を指摘していた。
そして,燐光発光素子の構成は,従来の有機EL素子(蛍光発光素
子)の発光層にIr(ppy)を代表とする有機金属錯体を添加し3
たものである。上記のような開発状況において,当業者が燐光発光素
子の改良を図ろうとすれば,発光層材料以外は,従来の蛍光発光素子
においてよく知られた材料を採用するのは当然である。
本件発明が容易であるか否かは,引用例1ないし3を組み合わせる
ことが容易か否かにより決せられるのであり,原告主張のごとき課題
を認識する必要はそもそも存在しない。原告の主観的認識とは異なる
考え方からであれ,本件発明が容易に想到されれば,その容易に想到
された構成により,原告にとっての課題も自動的に解決されたことに
なる。
(イ)公知技術組合せの阻害事由又は動機付けの有無につき
a引用例1ないし3は,いずれも同一技術分野(有機EL素子)に属
し,有機EL素子の高発光効率及び長寿命という,いずれも必要であ
って矛盾しない特性の改良に関する文献であるから,組合せの阻害事
由がないことは明らかであり,かつ,相互に補い合って良好な素子を
得ることに資する内容であるから,組合せの動機付けもある。
引用例2は,Ir(ppy)の作用が発見される前の文献である3
から,燐光発光素子に関する記載がないことは当然である。
しかし,Ir(ppy)は,発光層に添加して,発光層の機能を3
変える手段であるから,Ir(ppy)を使用する有機EL素子の3
ホール輸送材料を選択するに際しては,従来から優れたホール輸送材
料として知られている材料をまず採用することは,当業者が当然に行
うことである。原告主張の課題を認識するか否かは,組合せの動機付
け又は阻害事由に関係しない。
有機EL素子における重要な課題の一つが「寿命」にあることは周
,,,知であり引用例2が発光寿命が長い材料を目的としていることは
その例証である。
また,引用例3の133頁の表1における,ホール輸送材料への要
求項目のうち「電気)化学的に安定である,及び「ガラス転移温,(」
度が高い」は,素子の寿命に関する項目である。
このように,ホール輸送材料にとって,素子の長寿命を可能にする
安定性は非常に重要であり,Ir(ppy)を使用する有機EL素3
子においても,寿命からの選択は強い動機付けの根拠となるものであ
る。
なお,原告も引用するように,引用例1には,2種類のホール輸送
材料を使用した場合の,発光効率のデータが記載されており,ホール
輸送材料の相違により,発光効率が変動することは知られていた。
そうである以上,ホール輸送材料として固有の要求特性に優れた公
知の材料を選択した上で,さらに発光効率の優れたものを選択するこ
とは,当時の当業者がこぞって発光効率の向上と寿命の向上を目的と
して競争していた状況の下では当然に行うことであり,本件発明は,
いわゆる最適化の例にすぎない。そして,引用例2の実施例は,わず
か7個であり,その1個を選ぶことに困難性はない。
b引用例3は,好適なホール輸送材料は表1に記載された複数の要求
項目を満たす必要があることを教示しており,引用例3の表2に記載
された化合物は,いずれもホール輸送材料として好適であることが知
られており,化合物3のTgも十分高い範囲のものとして記載されて
いる。
Ir(ppy)を使用する有機EL素子として,引用例3の表23
に記載された26個の化合物の全部につき試験する程度のことは,当
。,,業者が通常行う発明のための行為にほかならないしかも本件では
化合物3(TBPB)は,引用例2の実施例と,引用例3のホール輸
送材料の代表例の表とに共通して記載されているから,選択の優先度
は高い。
なお,引用例3は「有機EL材料とディスプレイ」との表題の,,
いわば有機EL素子に関する教科書的な文献であり,ここの表2に記
載された26個の正孔輸送材料は,当業者にとって「代表的な正孔輸
送材料」であるという意味で,明らかに重要度が高い。これに対し,
,,原告が調査した甲18ないし甲28はいずれも公開特許公報であり
特許公報には,権利範囲を広くとるため,また,後の訂正の余地をな
るべく広くとるため,公知の化合物であれば何でも網羅的に記載する
ことが多いのは当業者にとって常識である。化合物の重要度を考慮せ
ず網羅的に記載されがちな公開特許公報と,引用例3のような教科書
的な文献に記載されたわずかな数の化合物とでは,その重要度が明ら
かに異なることも,当業者にとって常識である。
当業者であれば,まず最初に燐光性発光材料との組合せを試してみ
る正孔輸送材料が引用例3記載の26化合物であり,その意味で,選
択の優先度が高いことは明らかである。さらに,引用例2には,化合
物3がわずか7個の正孔輸送材料の実施例の一つとして具体的に記載
,,()()。されしかも本件特許の一般式I∼IIIも記載されている
そして,引用例1におけるデバイスIとデバイスⅡの比較から,引用
例3記載の26化合物の中でも,α−NPDと構造の共通性が高い化
合物3が優先的に検討される根拠がある。
c引用例1は,引用例1記載の素子の発光特性に関し,d(再結合膜
厚)とτ(励起寿命)に関する分析をしているだけであって,そこか
ら,燐光発光性有機EL素子全般についての結論が得られるはずがな
く,また,dとτ以外の因子が存在しないなどといえるはずもない。
,,原告自身が認めるように客観的事実として多くの構成要素を含み
多様な要因に影響される有機EL素子の発光特性は,定性的な大まか
な予測はある程度できるとしても,実験によらなければ結論は出せな
。,,いのであるつまり三重項三重項消滅についての引用例1の理論は
正孔輸送材料の選定に直接影響を及ぼすものではないことを,原告自
身認めているのである。
なお,燐光素子の正孔輸送材は,HOMOとLUMOのギャップが
大きいものの方が量子効率が高いとすれば,本件特許の化合物3は,
HOMOとLUMOの値がαNPDとほぼ同じであるから,発光効率
の向上に寄与する理由が特にないことになる。
もっとも,化合物3とα−NPDのエネルギー準位が同等であるこ
とは,引用例1の燐光発光素子において,化合物3を使用しても燐光
発光素子として機能することを保証する事実であって,組合せを困難
にする事実ではあり得ない。
また,正孔輸送層のLUMOと発光層のLUMOの差が大きい方が
望ましいとの考え方が存在したとの主張は,本件発明の進歩性には関
係しない。HOMOとLUMOの値が,材料選択の一つの要素であっ
たとしても,それだけで発光効率が定まるなどと考えられてはいなか
。,,った例えば引用例1のデバイスIとデバイスⅡを比較してみても
高輝度領域の発光効率はデバイスⅡの方が高いのであるから,原告の
主張と逆である。
d引用例1における重要な点は,デバイスIの燐光発光素子が開示さ
れていることである。なお,本件における原告の主張との関係では,
引用例1のデバイスⅡの開示にも注目すべきである。
デバイスIは,正孔輸送材料がm−MTDATAであるほかは,本
件特許の請求項1を充足し,特に,発光層には,本件特許の実施例・
参考例・比較例と同じくホスト材料としてCBPを使用し,有機金属
錯体(三重項材料)としてIr(ppy)を使用している。登録時3
の本件特許では,m−MTDATAの使用も包含されていたから,デ
バイスIは,本件発明の新規性を否定する公知技術であった。
デバイスⅡも,発光層はデバイスIと同一であり,正孔輸送層とし
て,本件特許の比較例であるα−NPDを使用し,さらに電子輸送層
としてCBP等の層(本件特許実施例等の電子輸送層と同じ構成)を
付加している。
すなわち,本件特許の実施例は,燐光発光素子を対象とするもので
あるが,燐光発光材料を使用する発光層については公知技術をそのま
ま使用し,発光層に正孔を供給する正孔輸送層の材料のみを公知の他
の正孔輸送材料に置換したものである。
そして,引用例3において,蛍光発光素子に用いられる正孔輸送材
料として紹介されているm−MTDATAやα−NPDは,引用例1
において,燐光発光材料であるIr(ppy)を使用する燐光発光3
素子の正孔輸送材料として使用することが開示されている。引用例1
には,蛍光発光素子用として開発されてきた正孔輸送材料と燐光発光
材料を組み合わせて使用することにより高い発光効率が実現されたこ
とが記載されている。すなわち,蛍光発光素子用の正孔輸送材料が,
。,燐光発光素子にもそのまま使用できることが開示されているそして
引用例3には,3重項材料(燐光発光材料)が,有機EL素子の発光
効率の向上に革命をもたらした手段であることが紹介されている。し
たがって,甲1のデバイスI又はⅡをさらに改良するために,他の公
知の正孔輸送材料を使用すること,すなわち,引用例2及び3記載の
正孔輸送材料を,引用例1記載の燐光発光材料と組み合わせることに
ついて,当業者が十分に動機付けられる記載があるといえる。
また,燐光発光素子が高輝度領域において発光効率が低下しやすい
ことと,正孔輸送層材料の選択との関係とは不明である。原理的に高
輝度領域において発光効率が低下しやすいとしても,素子の全体的な
構成により,相対的に発光効率の優れた素子と劣る素子があることは
当然であるから,当業者は,素子構成の変更によって,発光効率の改
善を目指していたものである(乙2参照。)
そして,現実に,引用例1の開示において,デバイスIとデバイス
Ⅱの比較から,発光層の構成が同一でも,正孔輸送材料の相違及び電
子輸送層の相違によって,低輝度領域,高輝度領域の双方に関し発光
効率に実質的な相違が生じているのであるから,正孔輸送材料の選択
などの素子構成の変更により発光効率の改善を図ることに積極的な動
機付けがあり,何の阻害事由もない。
なお,引用例3の燐光発光素子に関する記載は,低輝度領域につい
て限定する趣旨ではない。燐光発光材料が,有機EL素子の発光効率
の問題を解決する大きな進歩であることを一般的に説明しているので
ある。当業者が当該記載により,燐光発光材料の活用を強く動機付け
られることは明らかである。引用例3に紹介されている燐光発光材料
,,の登場により有機EL素子の開発状況が極めて活発となったことは
乙2から明確に理解される。
,,e引用例1のデバイスIは比較的低輝度では高い発光効率を示すが
高輝度では発光効率の低下が著しい。デバイスⅡでは,比較的低輝度
では,デバイスIより発光効率が低いが,高輝度では逆にデバイスⅡ
よりも発光効率が高くなっている。
この相違を生ずる理由の一つとして,正孔輸送材料がデバイスIで
はm−MTDATAであり,デバイスⅡではαNPDであるという相
違は当然考慮される点であるが,同時に,素子構成の相違も無視する
ことはできない。
すなわち,デバイスⅡは,デバイスIにはない正孔障壁層を有して
いる。正孔障壁層とは,正孔輸送層から発光層に導入された正孔が,
()発光に関与することなく陰極に流れるすなわち発光層を素通りする
ことを防止するため,正孔を発光層内に閉じ込める役割を果たす。
有機EL素子において,高輝度にするためには,電流を増す必要が
あり,そのためには電圧を高くする。そうすると,発光層に注入され
た正孔が,高電圧により高速で発光層を通過してしまうことになる。
すなわち,高輝度にしようとすると,電流が無駄になる割合が増加す
る(発光効率は低下する)という傾向を生ずることになる。その傾向
は,正孔障壁層のないデバイスIの方が,正孔障壁層のあるデバイス
Ⅱよりも顕著であると考えると,デバイスIとⅡにおける,高輝度で
の発光効率の低下の程度が相違する関係がわかりやすい。正孔と電子
が有効に再結合により消費される度合いはチャージバランス因子とい
,,,われ発光効率を支配する主要因子の一つであるがこの因子に対し
正孔障壁層の有無が大きく影響する。
すなわち,cd/Aという単位で表示される,電流に対する発光効
率については,素子構成上,発光層中の三重項の形成に寄与せず,無
駄に陽極と陰極間を流れる電流の割合も考慮しなければ正しい理解と
はならない。
要するに,引用例1から得られる教示は,高輝度領域の電流効率向
上については,材料の選択だけでなく,素子の層構造の影響が重要で
あるとの点も含まれている。
化合物3を使用した本件特許の実施例の素子と,αNPDを使用し
た比較例の素子の発光効率が,被告及びメルク社など第三者の実験に
おいて実質的に相違しないのは,正孔輸送材以外の素子構成(特に発
光層の構成)が同一であり,化合物3とαNPDの電子的な性質(L
UMO及びHOMOの値)がほとんど同じであることに本質的な理由
がある。
逆に,正孔輸送材のLUMO及びHOMOの値が同等であり,他の
素子構成が全部同じであれば,発光効率が大きく相違することは,合
理的な説明が困難であり,原告も何ら説明していない。
しかし,素子の構成が同一でないならば,同じ材料を使用しても,
異なる発光効率となることは十分可能である。発光効率は,内部量子
効率と素子からの取出し効率のかけ算になるところ,内部量子効率も
取出し効率も素子の構造により変動するからである。
イ取消事由1−2について
(ア)審決は,甲7及び甲13の実験結果を参照して「明細書に記載され,
た本件発明1の作用効果は,特定の条件の下での効果に限られ,発明を
特定するために必要な事項からなる本件発明1の作用効果が格別なもの
であるということはできない」と判断したが,同判断は,本件発明の性
質と実施例の内容を考えれば当然のことである。
そもそも,実施例のみの作用効果により,実施例よりもはるかに広範
な範囲をカバーする請求項1記載の発明の進歩性を認めることはできな
い。
請求項1は,多くの点で不特定であるが,特徴点である一般式(I)
のアミン誘導体の使用態様についても,アミン誘導体を含有する層の種
,,。類も含有する層における他の成分も含有割合も全く規定していない
本件発明においては,一般式(I)の化合物がその存在自体で特有の
性質を示すということではなく,正孔輸送層全体の構成が,他の素子の
構成要素と相俟って作用効果を定める。
本件発明は,請求項1の記載において,燐光発光素子に化合物3等の
一般式(I)に含まれる化合物を含有したすべての素子を,含有する態
様に関係なく,包含するものである。特定の単一の実施例の作用効果を
もって,本件発明の作用効果とすることは,そもそも不適当である。第
2次訂正のように,化合物3を正孔輸送層に含有すると限定したとして
も,問題の本質は変わらない。
(イ)燐光発光素子とは,従来公知の蛍光発光素子の発光層にドーパントと
して,Ir(ppy)等の3重項材料を添加した素子である。発光層3
以外の素子材料については,従来の蛍光発光素子において好適な材料を
使用した素子であれば,程度の差はあれ,一応の発光効率の向上が予想
可能であり,実際引用例1の2種類のホール輸送材料においても,また
本件特許の比較例,参考例であっても,蛍光発光素子の発光効率に比べ
一桁高い発光効率を示している。
すなわち,本件発明は,有機EL素子の発光層にIr(ppy)等3
の3重項材料を添加して発光効率を向上させた素子という公知の上位概
念(引用例1,3)に含まれる発明であって,その中で特定のホール輸
送材料を選択したことにより,顕著な作用効果を有する素子であること
を主張して,進歩性の根拠とするものと解される。
発明の構成において独自性の高い場合には,作用効果の程度を比較す
べき公知技術も特に存在しないのであるから,有用性を裏付ける程度の
作用効果が認められれば足りるといえる。しかし,本件発明のように,
特定の材料を選択したことにより,同じ上位概念に属し,構成の近似し
た公知技術に対し,公知技術と同種の作用効果について,特に優れてい
ることをもって進歩性があると主張する発明においては,請求項の全範
囲において,公知技術に対し,その程度において顕著に優れた作用効果
が存在することが確認されなければならないのである。
実施例でしか実現されない作用効果は,実施例の作用効果にすぎず,
発明の作用効果ではない。
(ウ)そもそも,特許発明は再現可能でなければならない。発明者にしか作
用効果を再現できない発明は,特許発明とはいえない。
甲7及び甲13は,この観点から本件特許実施例の追試を試みた実験
報告である。なお,審決は引用しなかったが,被告は,甲7と同内容の
実験を第三者機関にも委託し,化合物3を使用する実施例の再現性につ
き,甲7と同一の結果を得ている(乙3。)
被告は,請求項の記載の範囲内で,かつ有機EL素子の現在の知識に
おいて常識的な手段を適用した部分もある。
実験結果としては,本件特許の比較例2の化合物であるNPDを使用
,。した場合には本件特許に記載された発光効率を再現することができた
同事実は,被告の実験条件が適切であったことを示している。他方で,
化合物3を使用した場合には,本件特許実施例とは異なり,NPDを使
用した場合とほとんど変わらない結果となった。
なお,甲7は,本件特許と同じく,10000cd/㎡の輝度におけ
る比較のみを示しているが,甲13は,広い輝度範囲における測定結果
を示している。甲7と甲13は,実験の時期が異なり,素子の作成方法
もいくぶん異なるが,結果はよく一致しており,被告の実験に再現性が
あることを示している。
以上の結果によれば,被告の実験結果は,その適用した条件の下で正
しいはずのものであり,本件特許のデータの再現性に疑問が生じるもの
である。
,,,,原告も審判において甲9の実験報告書を提出しており甲9には
燐光発光素子と蛍光発光素子の実験データが示されているが,そのうち
燐光発光素子については,化合物3のデータのみが示され,NPDのデ
ータが示されていない。そのため,被告は,本件特許の実施例の再現可
能性につき,強い疑念を有している。
しかし,仮に,本件明細書の実施例のデータが明細書作成時の実験で
は得られたと仮定しても,そのデータは,実施例の特定の条件において
のみ得られるものといえる。
ところが,本件発明1は,一般式(I)で表されるアミン誘導体を使
用することと有機金属錯体を含有することを規定するほかは,有機EL
素子の一般的な構成を記載するだけであり,それ以外の素子の構成に関
。,,,する条件を規定していない本件は有機EL素子の発明でありかつ
類似の素子に対して顕著な作用効果の存在を必要とする発明である。請
求項に記載したアミン誘導体を使用しさえすれば,発明としての効果が
得られるとはいえない。本件発明の範囲について,進歩性に必要な作用
効果を裏付けるためには,例えば,化合物3とIr錯体の組合せに限っ
ても,Ir錯体の構造の異なるものや,素子の他の要素の種類や量を合
理的な範囲で変更しても,十分な作用効果が得られることを少なくとも
複数の実施例によって示す必要がある。
したがって,審決の認定どおり,単一の特定の素子構成における実施
例のデータをもって,発明の作用効果が確認されているとはいえない。
(エ)なお,原告は,その後,甲30を提出し,本件明細書実施例記載の燐
光素子(化合物3を正孔輸送材料として使用)は,αNPDを正孔輸送
材料として使用した燐光素子と比較して,発光効率そのものの値が高く
(前者は,1000cd/㎡で50cd/Aを超えるのに対して,後者
は30cd/A程度,しかも,前者は,1000∼10000cd/)
㎡という高輝度領域においても,発光効率がほとんど低下しなかったと
する。
被告による甲7及び甲13の実験では,いずれも発光層の膜厚を20
nmとしているのに対し,原告側の実験では,発光層の膜厚は40nm
となっている。本件明細書の実施例及び比較例の有機EL素子の構成に
は,発光層についてのみ膜厚の記載が欠けているところ,被告の実験に
おける膜厚20nmは,引用例1の素子の全体構成が本件特許の実施例
によく似ているデバイスⅡの発光層の膜厚に一致していることから確認
されるように,有機EL素子における常識的な膜厚の範囲に属する。
仮に,原被告の実験における発光層の膜厚の差が,両者の実験におけ
る発光効率の差の原因であるとするならば,発明の実施のためには明細
書に記載のない「膜厚」という要素を適宜備えなければならないことに
なり,記載不備の無効理由となる。
この点を確認すべく,被告は,発光層の膜厚を変化させた場合の発光
効率への影響を調べる実験を行った(乙16参照。)
,(),乙16の実験では燐光性発光材料としてIrppyを使用し3
正孔輸送材料としては,化合物3を使用したものとNPDを使用したも
のそれぞれの有機EL素子を,発光層の膜厚が20nm,30nm,4
0nm及び50nmとして作成し(有機EL素子のその他の構成につい
ては,本件明細書の実施例・比較例と同じである,すべての試料の発。)
光効率を調べた。
その実験結果からは,正孔輸送材料に化合物3を使用した素子におい
ては,発光層の膜厚が増大するに従って,若干電流効率が上がるが,そ
の上昇率は,20nmと50nmでわずか2.8cd/Aにすぎず,正
孔輸送材料にNPDを使用した素子においては,20nmから40nm
までは,膜厚の増加につれて電流効率が2.3cd/Aほど上がってい
るが,50nmにおいては,逆に電流効率が低下しており,全体的にみ
て膜厚の影響は小さいと考えられる。
,,()このように乙16の実験により膜厚の違いが電流効率発光効率
,()に及ぼす影響は小さく原告と被告の実験における電流効率発光効率
の相違は,膜厚の相違では到底説明がつかないことが判明した。
また,原告の甲30の実験と同じ有機ELの構成につき比較すると,
NPD使用の素子については大きな差はないが,化合物3を使用した素
子については,甲30では46∼47cd/A程度の電流効率が実現さ
れており,これは,被告の実験と比べて倍近い数値の開きがある。
被告が繰り返し行った実験において,α−NPDを使用した場合のデ
ータは,引用例1の公知技術とも原告のデータとも実質的に一致してい
ることにより,被告の実験における有機EL素子の製造や測定自体に誤
りがないことが確認され,蛍光発光素子に比べて一桁高い発光効率が確
かに得られている。その実験と同一の実験者,実験方法において,化合
物3を使用して得られた結果であるから,本件発明の当業者による再現
実験であることが明らかである。
なお,原告は,NPDを正孔輸送層に用いた素子では汚染の影響を受
けにくいが,化合物3を正孔輸送層に用いた素子では汚染の影響を受け
やすいと推認されるというが,何ら証拠がない。
α−NPDと化合物3が,エネルギーギャップなどの電子論的性質に
おいてよく似ていることは,むしろ被告の実験結果が妥当であることを
示唆している。
仮に,原告の実験データが被告の実験と両立し得るものとするなら,
原告の実験には,記載されていない何らかの手段が付加されていること
になるが,そうであれば,記載要件,実施可能要件の点から,明細書に
不備があるといわざるを得ない。
他方,被告の実験は,明細書の記載はすべて採用し,記載のない点は
技術常識上通常と考えられる条件を適用している。したがって,本件明
細書に基づく実施態様に該当するものであるから,本件発明の作用効果
は,少なくともα−NPDを使用した素子と同等の場合を含むものとし
て評価しなければならない。
(オ)本件において被告が行った実験の立証趣旨は,①原告の実施例それ自
体の作用効果の再現性に困難があること,②本件発明の範囲において,
特許発明の作用効果が得られない場合があることの2点にある。
実施例それ自体の再現性に関する実験は,できるだけ実施例の記載に
一致する条件で行うことが望ましいが,ある程度の相違があっても,そ
れが技術常識上,実質的な相違を意味しない内容であれば,実施例の再
現性の評価として十分意味がある。また,実施例の記載自体,すべての
操作条件を一義的に規定していないのが通常であり,実施例の再現であ
るか否かは実質的に判断せざるを得ない。そして,追試として行われた
実験が,仮に①の目的については完全でないとしても,②の目的には適
する実験である。
特に,②の目的に関する実験としては,特許発明の記載から,当業者
が通常実施を試みると想定する態様を,当業者の技術水準において実施
した実験か否かが,証拠価値の判断基準になると考えられる。
本件実験は,被告の従業員によって行われたが,乙18に説明される
ように,被告は,有機EL素子用材料を商品化しており,有機EL素子
に関連する多数の特許出願(103件)をし,被告従業員による有機E
L素子の分野での論文発表(13件,学会発表(23件)も多数され)
ている。
本件実験の担当者は,平成12年4月に被告に入社後,10年にわた
り,有機EL素子材料の合成,評価等,有機EL分野での研究開発,試
験の業務に従事してきた。そして,有機EL研究に関する我が国の指導
的な研究機関である九州大学及び信州大学の研究室において指導を受
け,各種学会への出席などにより,最新の技術情報の入手にも努めてい
る。また,実験担当者を含め,被告は,九州大学及び信州大学の研究室
との交流を続けている。
被告は,平成17年ころより,有機EL材料の商品化を行っており,
現在までに十数種類の材料を開発し,営業活動をしている。
●(省略)●
実際に有機EL素子材料を商品として販売するためには,当該材料を
使用する有機EL素子を試作し,発光特性を測定し評価することが必要
なことはいうまでもなく,被告においても,試作・試験設備を備えて,
試験データを国内,国外の大手有機EL素子メーカーに提供している。
被告の評価データと,有機EL素子メーカーにおける評価データの間に
おいて,特に矛盾することはない。
したがって,被告及び被告の実験担当者は,有機EL分野の当業者と
しての十分な知識,経験を有しているものと認められる。そして,被告
の有する有機EL素子の作製及び測定技術が,この技術分野における当
業者の水準を満たしていることも明らかである。
なお,本件発明は,素子の量産化技術や,特殊な素子の製造技術に関
する発明ではなく,単に特定の材料を使用した有機EL素子の発明であ
って,素子構成については何の限定もなく,材料評価のための実施例に
おける素子の構成は,公知文献である引用例1の素子に準拠したもので
ある。有機EL用材料メーカーとして,材料評価のために素子の作製技
術を有している技術者であれば,本件発明の分野における当業者に該当
するのは当然である。
原告とて,素子メーカーとしての事業を行っているのではなく,原告
の主張は自画自賛にすぎない。
被告の追試実験報告における有機EL素子製造の条件が,実質的に本
(),。件特許の実施例参考例の記載どおりであることは特に争いがない
特許庁の審判手続において,原告から,被告の実験におけるガラス基板
,,の洗浄方法に問題があるとの指摘を受けたので洗浄方法を変更したが
それによるデータの相違は認められなかった。
発光層の膜厚についても,本件特許の実施例に特定されていないが,
前述のとおり,この点もデータに実質的な影響を与えるものではない。
被告の実験に使用された材料についても,乙18記載のとおり,信頼
性の高いメーカーの商品を使用している。
被告の実験と本件特許の実施例とは,基板の洗浄方法及び電子注入層
に金属LiないしLiFを使用している点において違いがあるが,正孔
輸送材料としてNPDを使用したデータが,本件特許とも文献値とも矛
盾しないことから,上記の違いが実質的な相違を意味しないことは明ら
かである。
本件実験に使用した装置(ホール輸送層等各層の蒸着装置)は,株式
会社エイコー・エンジニアリング製であり,有機EL素子に関する文献
から必要と考えられる構成及び機能を備えた装置である。
また,発光特性の測定装置は,信州大学で使用されているものと同形
式で,同一のメーカーにより組み立てられた装置であり,十分な信頼性
。,,があるこの測定装置はほぼ自動的に測定及びデータ処理を行うので
実験者による相違は生じにくい。
以上のとおり,本件に提出された被告作成の実験報告における有機E
L素子作製及び測定の実験は,当業者の技術水準において実施されたも
のであり,本件特許の有効性の評価に使用するにつき正当性がある。
(カ)クリーンルームは,浮遊粒子の低減を目的とするが,工業的な製造ラ
インと実験設備とでは,クリーンルームの必要性は異なる。
工業的な製造ラインでは,クリーンルームを使用するのが通常である
としても,実験設備では,基板の洗浄以外の操作を密閉された装置中で
行うので,密閉装置の外で行う作業につき,汚染を防ぐ十分な配慮がさ
れれば,別段クリーンルームを使用する必要はない。被告の工程では,
市販の基板の開封と洗浄工程を,クリーンブース内に設置したクリーン
ベンチという清浄化された実験台で行い,浮遊粒子が付着しない状態で
密閉装置である蒸着装置に搬入している。2重構造で清浄化をしている
クリーンベンチ内の浮遊粒子数は,クリーンルームと同程度である。事
実,被告が素子評価法の指導を受けた九州大学の研究室では,クリーン
ルームを設置していない。また,原告が清浄度に関して提出した甲31
∼42(甲40を除く)においても,クリーンルームが必須であると。
の記載は全く存在しない。
被告の実験においては,乙18のとおり,クリーンブース内に設置さ
れているクリーンベンチ内で,購入したガラス基板を開封し,洗浄し,
蓋付きの容器に入れた後直ちに真空蒸着装置のグローブボックスG,,(
B)内へ運び入れる。以後の操作は,すべて密閉装置中で行われる。
クリーンブース及びクリーンベンチは,いずれも空気清浄化装置(ヘ
),。パフィルタを通った空気が供給され若干加圧状態に維持されている
このように,2段階の清浄化手段を施されたクリーンベンチ内における
0.5μm以上の浮遊粒子の測定結果は,原告のクリーンルームの基準
と同じく,100個/ft以下であった。また,真空蒸着装置のGB3
内についても,0.5μm以上の浮遊粒子の測定結果は100個/ft
以下であった。3
したがって,被告の実験では,いわゆるクリーンルームは使用されて
いないが,浮遊粒子に関し,クリーンルームを使用している場合と同程
度の清浄度のもとに,作業が行われている。
また,原告は,蒸着装置内の清浄度を,ガラス基板表面の水の接触角
によって管理している旨主張する。
しかし,そのような管理が,本件特許出願当時はもとより,現在にお
いても必須の工程と認める根拠はない。
●(省略)●
,,,また有機EL素子の製造に際しては有機物の蒸着が行われるから
運転中に装置内に有機物の付着が生じることは不可避である。したがっ
て,適度の頻度において,装置内を洗浄しながら作業を行うが,洗浄等
の対策が適切であれば,原告と同じような水の接触角測定を行う必要は
ない。●(省略)●
もし,前回までの使用による装置への有機物の付着が結果に影響を与
える程度になれば,同一の素子を作製した場合にデータの変動を生ずる
はずである。したがって,被告は,リファレンス素子を作製し,その特
性確認を行うことにより,装置内が清浄であることを確認する方法を採
用している。これは,装置の清浄度の状態が,素子特性に影響するかど
うかを直接的に確認する方法であり,最も確実である。
本件の被告の実験において,NPDを使用する素子と,化合物3を使
用する素子を同時に作製して比較しており,もし,装置内の状態が不適
切になっていれば,NPDを使用した素子のデータが変動するはずであ
るが,NPDを使用した素子のデータが極めてよく再現されていること
は,各報告書のデータから確認されるとおりである。すなわち,本件の
実験では,通常のリファレンス素子による確認に加え,NPDを使用し
た素子のデータが一定であることによっても,装置の状態が一定してい
ることの確認がされている。
●(省略)●
以上のとおり,原告が主張する素子製造工程における清浄度について
は,技術常識上必要な手段は,被告の実験においても適切に適用されて
おり,被告の実験が技術常識に従ったものであることを否定する根拠は
ない。
なお,原告が引用する甲51では,学生実験レベルであっても高効率
の素子を作り得ることが明記されており,このほか,有機EL用の洗浄
は「クリーン度の高い部屋」で行うのが望ましいが,素子の作製手順す
べてをクリーンルームで行うことが技術常識だとは認められない。
また,九州大学や信州大学では,素子の作製手順すべてを原告主張の
ような管理されたクリーンルームで行っていないが,有機EL素子に関
する多くの業績をあげている両研究室が当業者に該当することは議論の
余地がない。
このほか,半導体関連(集積回路など)の分野では,清浄度クラス1
∼100が必要とされる(乙23)が,有機EL素子の作製は,極めて
高度の清浄度が要求されてはいない。
(キ)なお,被告は,本件特許の実施例,比較例の評価につき,世界的に活
動している化学会社の一つであり,有機EL素子材料の事業を行ってい
るドイツのメルクKGaA社(メルク社)に対し,同社の追試ではどのよ
うな結果になるかを照会したところ,回答として乙19の報告書を受領
した。乙20記載のとおり,メルク社は,ディスプレイ製品のうち,液
晶の分野では世界一であり,有機ELディスプレイ材料の開発,製造に
,,おいてもトップの座にあり主要な有機EL材料メーカーの一社として
低分子量のみならず,ポリマー材料に至るまで,有機ELディスプレイ
用有機EL材料のすべてをブランド名liviluxで提供している。したが
って,メルク社の実験は,有機EL材料の評価につき,現在の世界トッ
プレベルの技術による実験であると認められる。
乙19によれば,全体として,被告の実験よりも発光効率の値がいく
ぶん高いが,本件特許の化合物3を使用した場合と,NPDを使用した
場合とでは,ほとんど相違のない発光効率になるとの結果が得られてい
る。そして,被告の実験とメルク社の実験による数値の相違は,使用装
置や材料や実験者が異なることにより通常相違し得る変動の範囲内であ
る。実験装置等の相違による影響は,2つの化合物につき共通に作用す
,,,るのであるから同一条件での2つの化合物の間における比較結果が
最も本質的である。
メルク社の実験において,NPD使用による発光効率が被告の実験よ
りいくぶん高いのであるから,本件特許の実施例が再現可能であれば,
化合物3使用の発光効率は50cd/Aを超えてしかるべきであるが,
結果は,これをはるかに下回る値となった。そして,より重要な点は,
化合物3とNPDを同一の条件で使用した有機EL素子の発光効率が,
広い輝度範囲にわたり,よく似た傾向を示した点で,被告の実験データ
。,とメルク社の実験データが一致していることである化合物3において
高輝度領域で発光効率の低下が小さいとの特別な傾向は認められないの
である。
被告の実験データだけでなく,世界の一流企業であり有機EL材料の
主要メーカーの一社であるメルク社の実験においても,原告主張の作用
効果は再現できなかった。原告の実験データは,もしその数値を信用す
るなら,明細書に記載がなく,実験報告にも記載のない特殊な手段が使
用された結果であると解さざるを得ない。しかし,特許発明の作用効果
は,当業者が,明細書の記載と技術常識によって容易に再現できなけれ
ばならない。この条件を満たさない作用効果の主張は,進歩性につき考
慮することができず,また,明細書の記載要件,実施可能要件を満たさ
ない。
被告は,実験結果に客観性を持たせるため,メルク社の実験データを
提出したり,韓国の大学の研究室における実験データ(乙3)を提出し
。,,ている韓国はサムスングループやLGグループに代表されるように
現在世界で最も有機ELの実用化が進んでいる国である。乙3のB教授
は,サムスンにおける技術者としての経歴を有し,有機EL素子の実際
の製造技術につき高度の経験と知識を備えており,現在,韓国の有機E
L技術の分野における指導的な研究者である。
(ク)本件実験に関し,ホール輸送層の材料としてはNPDが本件特許の比
較例を含め従来技術において広く使用されていたので,被告は,NPD
を標準サンプルとし,評価対象化合物を同一条件で実験に用い,結果の
確認をしてきた。そして,これまで被告が提出したいずれの実験報告に
おいても,NPDを使用した有機EL素子の発光効率はほぼ一致してお
り,実験結果の再現性のよいことが確認されている。
,,NPDを使用した被告の実験データは本件特許の比較例とも一致し
他の公知文献とも同レベルである。この事実は,少なくとも,本件特許
の比較例の実験条件と被告の実験条件が実質的な相違をもたらすもので
ないことを示している。そうである以上,被告が繰り返して得た,NP
Dを使用した場合と,化合物3を使用した場合とで,発光効率の実質的
な相違は生じないというデータが,正当な実験条件の下に得られたもの
であることを否定する根拠はない。
仮に,原告が主張するように,実験装置における清浄度に大きな相違
があり,それが被告の実験結果の低い原因であるとするなら,清浄度の
影響は,NPDを使用した場合にも現れなければ不自然であるが,その
ような影響は全く認められない。
また,被告は,素子の構成を変更した場合の実験として,化合物3を
発光層に添加する実験,発光層のホスト材料を変更する実験を行ってい
るが,これらの実験においては,いずれも構成の変更を反映した結果の
相違が確認されている。このような結果は,被告の実験条件が,素子構
成の変化を正確に検出できるものであることを示している。
なお,原告は,NPDを使用した実験報告(甲30)を提出したが,
ここでは,高輝度領域だけでなく,1000cd/㎡以下の低輝度領域
でも,化合物3による発光効率は約50cd/Aであるのに対し,NP
,。,Dでの発光効率は30cd/Aであって顕著な相違があるすなわち
化合物3は,全輝度領域において,発光効率が優れた材料であることに
なる。しかし,そのような事実は,本件明細書に記載が全くなく,原告
が,もし両化合物の比較を出願前に行っていたのであれば,この点に言
及しないはずがない。
また,原告は,清浄度が結果に影響すると主張するものの,清浄度に
おけるわずかな相違がどの程度影響するか,また,その影響の程度がN
PDと化合物3とで相違するのかにつき,何ら具体的な主張をしておら
ず,立証もない。
なお,原告が提出した甲31ないし甲42は,いずれも被告の実験に
対する原告の主張を支持するものではなく,かえって被告の主張を裏付
ける内容を含んでいる。
原告の証拠と主張は,一般論としての清浄度の必要性を述べるものに
すぎず,具体的に,本件の実験において満たすべき条件を示すものでは
ない。被告の有機EL素子製造は,本件出願当時の技術水準を超え,現
在の技術常識の下で,浮遊粒子についても有機物汚染についても十分な
注意をし,甲31,甲35等の有機EL素子製造の標準的な方法に準拠
し,しかもこれらの文献の著者であるC教授や信州大学の専門家の直接
の教示も受けて,行われている。そして,被告の実験結果の妥当性は,
第三者であるメルク社(有機EL材料につき,世界最高レベルの技術を
有する化学会社の一つ)の実験結果によっても裏付けられている。被告
の実験結果に対する原告の非難に根拠がないことは明らかである。
なお,本件での問題は,被告の実験条件が当業者による本件特許出願
当時の技術水準における通常の条件による実験であるかどうかであっ
て,被告の実験における清浄度に問題がない以上,原告の実験自体が積
極的に誤っていることの認定は,審決を維持するために必要ではない。
(ケ)被告が確認したところ,乙27には,これまで提出した実験報告と同
一の条件で製造した素子の発光面の写真が示されているが,NPDを使
用した比較例も,化合物3を使用した実施例相当品も,いずれもダーク
スポットは全く認められない。また,水の接触角についても,2回の測
定で6.7度と8.6度であり,原告の主張と比較して,全く問題がな
いことが確認された。またプラズマ洗浄直後の基板の水接触角の測定値
は,1.2度と4.9度であり,ほぼ測定限界以下であった。
なお,甲40には,原告の平成21年における蒸着装置の水接触角管
理データが示されており,同表によれば,1年間に16回の測定が行わ
れており,測定間隔は,最短では1週間程度の場合もあるが,5∼12
月の8か月間では8回だけであり,ほぼ月1回の頻度である。蒸着室の
データがよくそろっている点からみて,この頻度で原告は蒸着装置内部
,。のクリーニングを行い清浄化されたことを確認したものと推測される
,,,,換言すれば原告は平均1ヶ月間は特に水接触角の測定を行わずに
素子の作製を行っていたことになる。
これは,被告が,ほぼ月1回の割合でクリーニングを行っているのと
特に相違がない。
(コ)原告は,甲56(オーストラリアのCSIROなる機関の職員が作成
したもの)を提出したが,これは当該機関としての報告ではなく,職員
個人の立場での報告であることは,外観上明らかである。また,この実
験は,原告の実験の方法をそのまま踏襲したものと考えられ,原告自身
の実験と特に異ならない。
(サ)甲62の1,2は,原告が,それぞれ本件特許の比較例の実験,実施
例の実験であるとする「本件特許出願当時の実験記録」と称するもので
ある。本件では,当初より実施例の意味が一つの争点となっており,こ
れまで当時の実験記録を直ちに提出せず,今になってこのような証拠を
提出してきたのは不思議である。
そして,甲62の1,2,甲63の各記載からすれば,要するに本件
出願当時において,原告の有機EL素子に関する検討は,輝度1000
cd/㎡程度までの範囲を対象としていたのである。
本件は,機械的発明のように,発明の構成が示されれば作用効果が理
解できるタイプの発明に関する事案ではなく,特定の材料を選択したこ
とにより,実験的に顕著な作用効果を得たことを根拠として,特許が付
与されるべきことを主張している発明である。そうであるにもかかわら
ず,作用効果の主張の根幹をなす,10000cd/㎡における発光効
率の値が,比較例との同一の状態での比較試験の結果ではなく,原告の
主張どおりであっても1000cd/㎡付近までのデータによる推測に
すぎなかったというのであれば,実施例の記載を進歩性の根拠とするこ
とは到底認められない。
(シ)念のため,甲62の1,2に記載されているデータについて検討し,
同データを前提としても,原告の主張が成り立たないことを説明する。
,,,まず甲62の1及び2につき甲63の陳述書の計算方法に従って
全部のサンプルにつき,本件特許の数値と比較し,さらに,10cd/
㎡未満については数値が安定していないので,この部分を除く。
図1(NPD)では,200cd/㎡付近以下の範囲で,発光効率が
著しく高く,図2(ST16−16)では,200cd/㎡付近のデー
タに不自然な曲がりやばらつきが目立つ。この当時の原告の測定は,2
00cd/㎡付近以下のデータについて,何らかの理由により信頼性が
欠けるものと思われる。
原告は,横軸を対数とする表示を使用して,NPDに関する1000
0cd/㎡の発光効率を推測している(甲63の7頁。約1000c)
d/㎡までの測定値から,10000cd/㎡の数値を推測することは
およそ不当であるが,厳密な比較実験が必要とされる本件特許の場合,
明らかに無意味である。
本件では,図において,10000cd/㎡までの間がどのような変
化をするか予測することはできない。
また,甲62の1のデータと甲62の2のデータの相対的な関係は,
絶対値がいくぶん高いが,測定値の存在する範囲で,乙19のメルク社
の実験と類似している。すなわち,乙19では,輝度が1000cd/
㎡付近において,NPD使用素子の発光効率が30cd/Aをやや上回
り,化合物3使用素子の発光効率が35cd/Aをやや上回っている。
甲63において,NPD使用素子の10000cd/㎡での発光効率
が1000cd/㎡での約40cd/Aから20cd/Aにまで低下す
ると推測したのは,客観的に誤っており,その原因は,信頼性に乏しい
200cd/㎡以下の数値を使用したり,対数軸を使用して,実測値か
らはるかに離れた点の値を強引に推測するという不適切な推測方法にあ
る。
甲62の2の2枚目欄外の記載はそもそも論評に値しない。実際に測
定したのか,いつ測定したのか不明である上,原告は,測定方法が低輝
度領域の測定とは異なる旨説明している。測定方法の異なるデータを比
較したり,組み合わせることが不適切なことはいうまでもない。
しかも,原告の主張を前提としても,10000cd/㎡の発光効率
を50cd/Aとする根拠にはならない。甲63の5頁の表から,10
000cd/㎡を挟む範囲のデータを抜き出してみると,10000c
d/㎡の推測値は,47と37の中間である。それにもかかわらず,実
施例にあたかも実測値のごとく50cd/Aと記載することは許容され
ない。
甲62の1,2及び甲63によれば,本件特許に記載されている他の
,,。実施例参考例のデータも実測に基づかないものと考えざるを得ない
すなわち,原告の主張を前提としても,本件特許の出願は,明細書に
記載されているような作用効果を確認してされたものではなく,裏付け
のない推論ないし期待を明細書化したものである。被告,メルク社,韓
国の大学研究室において,本件特許のデータが再現できなかったのは当
然のことであった。
ウ原告のその他の主張につき
(ア)本件特許の実施例は,発光層ホスト材料としてCBPを使用している
が,この材料の変更が,素子の発光効率に影響することは,理論上当然
である。CBPが励起され,Ir錯体との間でエネルギーの移動を生ず
るのであるから,励起状態のエネルギーレベルが異なる有機ホスト材料
を使用すれば,発光特性に影響せざるを得ない(乙2参照。)
なお,被告が,発光層のホスト材料を本件明細書の実施例・比較例の
CBPからTPBIに変更した有機EL素子について発光効率を調べた
ところ,化合物3とNPDにおいて発光効率の差はほとんど発生せず,
高輝度側の10000cd/㎡における発光効率が,CBPの場合の2
0cd/AからTPBIでは15cd/Aに低下した(乙10参照。)
本件発明1が発光層ホスト材料を特定していない以上,実施例の作用
,。効果では本件発明1の作用効果の証明にならないことが明らかである
また,被告は,発光層ホスト材料につき,さらに2つの化合物を使用
した有機EL素子を作成し,その発光効率を測定した実験を行った(乙
11。同実験では,本件特許の実施例として記載された素子につき,)
発光層のホスト材料をCBPに代えて4,4,4’−トリス(カルバ’’
ゾール−9−イル)トリフェニルアミン(TCTA)及び1,3−ビス
(カルバゾール−9−イル)ベンゼン(mCP)とした素子を作成し,
その電流効率を調べたものである。
同実験の結果,発光層のホスト材料をTCTAとした場合,正孔輸送
材料として化合物3又はNPDを使用しても,発光輝度10000cd
/㎡の電流効率は,いずれも10.2cd/Aにしかならず,発光層の
ホスト材料をmCPとした場合には,正孔輸送材料として化合物3又は
NPDを使用しても,発光輝度10000cd/㎡の電流効率は,それ
ぞれ18.2cd/A,15.7cd/Aにしかならなかった。
乙11の実験により,発光層ホスト材料を特定していない本件発明1
については,実施例記載の作用効果では,本件発明1の作用効果の証明
にならないことがより明確に示されたといえる。
また,乙11を含めた化合物3とNPDの各種比較実験において,他
の条件が同一であれば化合物3とNPDはほぼ同一の電流効率をもたら
すとの結果が一貫して得られたことは,本件特許の実施例の再現可能性
に対する合理的な疑いをさらに深めるものである。
(イ)本件発明1では,有機金属錯体の種類が無限定であり,アミン化合物
も広範な化合物群を含んでいる。実施例ですら,素子の製造条件を変え
れば発光効率が変動するのであるから,実施例とは使用する材料が大き
く異なる場合において,比較例よりも顕著に優れた発光効率が得られる
ことの証明は全く存在しない。
したがって,本件発明1において,作用効果の顕著性の証明が明細書
に存在しないことは明らかであるが,実施例1で実験されたIr(pp
y)と化合物3を使用する実施態様に限っても,作用効果は素子の他3
の構成によって変動するのであり,発明としての作用効果の確認にはな
っていない。
(ウ)原告は,本件発明2ないし6につき,進歩性欠如の判断に関する具体
的な取消事由を主張していない。
しかし,本件発明2ないし6についても,化合物3の実施例が唯一の
実施例であるところ,上記のとおり,当該実施例の素子が,引用例1な
いし3の組合せにより容易に想到される以上,本件発明2ないし6にお
ける限定は,いずれも進歩性につき本件発明1と異なる結論をもたらす
ものではない。
(2)取消事由2に対し
ア審決は,明細書において,①化合物3以外のアミン誘導体についてサポ
ートがないこと,②Ir(ppy)以外の有機金属錯体につきサポート3
がないこと,③アミン誘導体を正孔輸送層に含有させる以外の使用態様に
つきサポートがないことをもって無効理由とするが,これは極めて当然の
認定である。
イアミン誘導体につき
原告は,化合物3以外の「一般式(I)で表されるアミン誘導体」も,
従来技術と比較した場合には顕著な作用効果を奏する旨主張するが,その
根拠は何も示されていない。
明細書の参考例1ないし3の化合物は,本件発明1から除かれている化
合物であり,本件発明1に包含されるアミン化合物で,作用効果の確認さ
れているのは,化合物3以外に存在しない。
【】,「()明細書0004において本件発明の技術思想は下記一般式I
で表されるアミン誘導体,好ましくはポリアセン系縮合芳香族構造を含ま
ないアリールアミン誘導体又はポリアリールアミン誘導体を利用すること
によりその目的を達成することを見出した」ことであると記載され,一般
式(I)には,窒素原子以外は,無置換のビフェニル基,無置換のフェニ
ル基,ビフェニルイル基,ターフェニルイル基であるとされ,ポリアセン
系縮合芳香族構造を含むものは,一切含まれていない。
しかるに,ポリアセン系縮合芳香族構造を含む参考例1,3の化合物の
作用効果が,本件発明の作用効果の根拠になるというのでは,本件発明に
おけるアミン誘導体の定義は技術的意味を有しないといわざるを得ない。
なお,乙10の実験によると,発光層のホスト材料を,本件明細書の実
施例・比較例のCBPからTPBIに変更した有機EL素子について発光
効率を調べたところ,化合物3とNPDにおいて発光効率の差はほとんど
発生せず,さらに,高輝度側の10000cd/㎡における発光効率が,
CBPの場合の20cd/AからTPBIでは15cd/Aに低下した。
発光層のホスト材料が大きく影響することは,乙2にも記載されている。
以上のとおり,燐光発光素子に,一般式(I)の化合物を含みさえすれ
ば,その範囲に含まれることを意味する本件発明につき,単一の実施例の
みで,原告主張の発明の作用効果を確認することが不可能であることは明
らかであり,記載要件違反の無効理由を否定することはできない。
ウ重金属の有機金属錯体につき
審決は引用しなかったが,被告は,審判において,乙3を提出し,有機
()金属錯体としてIr錯体であるが実施例とは配位子の異なるIrbtp
(acac)を用いると10000cd/㎡の発光輝度に達しないこと2
が確認されることを示した。Irの錯体なら何でも同じでは決してない。
配位子の電子的な性質により,Ir金属のエネルギー状態が影響を受ける
ことは当然であるから,配位子を特定することなしに,公知技術より顕著
に作用効果が優れているとすることは不可能である。
,,()この点に関し乙7の記載からすれば三重項材料としてIrppy
を使用することが,高輝度領域での発光のために有益であることがわか3
る。
すなわち,実施例のIr(ppy)において高輝度領域での発光効率3
の低下が少ないのは,三重項の寿命が短いというIr(ppy)に固有3
の性質に基づくという解釈が示されており,配位子の構造が異なれば,発
光効率に影響することは明らかと予想される。Ir(ppy)の実施例3
1個だけで,配位子を無限定とした発明であって,明細書に配位子の構造
と作用効果に関する何らの理論的な説明も存在しないのでは,サポート要
件違反とされざるを得ないことは明らかである。
なお,甲3の記載からも,本件特許出願当時,有機金属錯体はこれから
の探索を行うべき対象分野と考えられていたのであり,本件特許の明細書
において,Ir(ppy)以外の何らの開示をすることなく,将来のあ3
らゆる金属錯体に関する開発成果を独占し得るような権利が成立してよい
はずがない。この点こそ,サポート要件又は実施可能要件による請求項の
記載に対する制約が必要となる重要な理由の一つである。
エアミン誘導体を含有させる層につき
本件特許の実施例では,アミン誘導体は正孔輸送層にのみ含有されてい
るが,本件発明1では,アミン誘導体をいずれの層に含有させるかを特定
していない。
正孔輸送材料と発光層ホスト材料では,作用が異なるのであるから,同
じ化合物でよいということは理解困難であるが,被告が,乙4により正孔
輸送層には本件特許の比較例であるNPDを使用し,発光層に化合物3を
添加してみたところ,発光効率は著しく低下した。
この実験報告に対し,原告は,口頭審理において,反証実験を行うこと
を明言し,審判長より反証実験を含む反論の機会を与えられた(乙9。)
しかし,原告は,約束した反証実験を提出せず,乙8により,被告の実験
においてITO透明電極の洗浄方法が不適当だとのみ主張した。この批判
を受けて,原告の主張に合わせた洗浄方法を適用し再試験を行った報告が
乙6であるが,結果は変わらなかった。
オ本件発明2ないし6につき
原告は,本件発明2ないし6のサポート要件違反については,具体的な
主張をしていない。
本件発明2は,アミン誘導体を化合物3に限定した発明であるが,有機
金属錯体並びにアミン誘導体を含有させる層の特定に関しては,本件発明
1と同じ瑕疵があり,サポート要件に違反する。
,,本件発明3はアミン誘導体を正孔輸送材料とするよう特定しているが
アミン誘導体と有機金属錯体については,本件発明1と同じ範囲をカバー
しており,したがって,本件発明1におけるサポート要件違反の理由が適
用される。
本件発明4ないし6は,有機金属錯体に関する限定を含んでいるが,い
,,,,,,,ずれの発明も重金属としてIr以外にPtPdRuRhMo
Reを包含し得るというのであるから,サポート要件に違反することは明
らかである。
第4当裁判所の判断
1請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審))
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2容易想到性の有無
審決は,本件発明は甲1発明ないし甲3発明から容易に想到できるとし,一
方,原告はこれを争うので,以下検討する。
なお,前記のとおり,引用例1の頒布時期は平成13年3月,引用例2のそ
れは平成7年4月,引用例3のそれは平成13年2月であって,いずれも本件
特許の優先権主張時である平成13年5月24日よりも時期が前である。
(1)本件発明の意義
ア本件明細書(甲5の2)には,以下の記載がある。
・発明の詳細な説明】【
【技術分野】
「本発明は,壁掛テレビの平面発光体やディスプレイのバックライト等
の光源として使用される有機エレクトロルミネッセンス素子に関し,特
に,高輝度でも発光効率が高く,消費電力が低い有機エレクトロルミネ
ッセンス素子に関するものである(段落【0001)。」】
・背景技術】【
「有機物質を使用した有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子は,
固体発光型の安価な大面積フルカラー表示素子としての用途が有望視さ
れ,多くの開発が行われている。一般にEL素子は,発光層および該層
を挟んだ一対の対向電極から構成されている。発光は,両電極間に電界
が印加されると,陰極側から電子が注入され,陽極側から正孔が注入さ
れる。さらに,この電子が発光層において正孔と再結合し,励起状態を
生成し,励起状態が基底状態に戻る際にエネルギーを光として放出する
現象である。
従来の有機EL素子の構成としては,様々なものが知られているが,
例えば,特許文献1には,ITO(インジウムチンオキシド)/正孔輸
送層/発光層/陰極の素子構成の有機EL素子において,正孔輸送層の
材料として,芳香族第三級アミンを用いることが開示されており,この
素手構成により,20V以下の印加電圧で数百cd/㎡の高輝度が可能
となった。さらに,燐光性発光ドーパントであるイリジウム錯体を発光
層にドーパントとして用いることにより,輝度数百cd/㎡以下では,
発光効率が約40ルーメン/W以上であることが報告されている(非特
許文献1。)
また,有機EL素子をフラットパネルディスプレイなどへ応用する場
合,発光効率を改善し,低消費電力化することが求められているが,上
記素子構成では,発光輝度向上とともに,発光効率が著しく低下すると
いう欠点を有しており,そのためフラットパネルディスプレイの消費電
。,,,力が低下しないという問題がある特にパッシブ駆動の場合実用上
瞬間的に数千cd/㎡以上の輝度が必要となるため,高輝度域での発光
効率を向上させることが重要であった。しかしながら,現状用いられて
いる正孔輸送材料では,高輝度域において3重項の失活過程が支配的と
なるため,発光効率の減少は,改善できていなかった。
【特許文献1】特開昭63−295695号公報
【非特許文献1】T.Tsutsui.et.al.Jpn.J.Appl.Phys
Vol.38(1999)pp.L1502-L1504(段落【0002)」】
・発明が解決しようとする課題】【
「本発明は,前記の課題を解決するためになされたもので,数千cd/
㎡以上の高輝度においても発光効率が高く,消費電力が低い有機EL素
子を提供することを目的とするものである(段落【0003)。」】
・課題を解決するための手段】【
「本発明者らは,前記の好ましい性質を有する有機EL素子用材料を開
発すべく鋭意研究を重ねた結果,下記一般式(I)で表されるアミン誘
導体,好ましくはポリアセン系縮合芳香族構造を含まないアリールアミ
ン誘導体又はポリアリールアミン誘導体を利用することによりその目的
を達成し得ることを見出した。本発明は,かかる知見に基づいて完成し
たものである(段落【0004)。」】
・すなわち,本発明は,一対の電極間に発光層または発光層を含む複数「
層の有機媒体を形成してなり,該有機媒体内に重金属を含有する有機金
属錯体からなる燐光性の発光材料を含有する有機EL素子において,該
有機媒体内に下記一般式(I)で表されるアミン誘導体を含有すること
。」(【】)を特徴とする有機EL素子を提供するものである段落0005
・一般式(I」「)
【化1】
(段落【0006)】
・式中,Bは,無置換のビフェニル基であり,A及びCは,単結合であ「(
り,Ar,Ar,Ar及びArは,無置換のフェニル基,ビフェニ1234
ルイル基,ターフェニルイル基である。ただし,Ar,Ar,Ar及123
びArのうち少なくとも2つが無置換のビフェニルイル基を有する」4
。)
(段落【0007)】
・発明の効果】【
「本発明の有機EL素子は,数千cd/㎡以上の高輝度においても発光効
率が高く,消費電力が低いものである。このため,フラットパネルディス
プレイなど,高輝度で使用する素子に極めて有用である(段落【001。」
2)】
・実施例】【
「以下,本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
参考例1
25mm×75mm×1.1mm厚のITO(In−Sn−O)透明
電極付きガラス基板(ジオマティック社製)をイソプロピルアルコール
中で5分間超音波洗浄を行なった後,UVオゾン洗浄を30分間行なっ
た。洗浄後の透明電極ライン付きガラス基板を真空蒸着装置の基板ホル
,,。ダーに装着し酸素−アルゴンの混合雰囲気下プラズマ洗浄を行った
次に,透明電極ラインが形成されている側の面上に,前記透明電極を覆
うようにして膜厚50nmの下記化合物1を成膜した。この化合物1膜
は正孔輸送層として機能する。この膜上に,4,4’−N,N’−ジカ
()()ルバゾール−ビフェニルCBPとトリス−2−フェニルピリジル
イリジウム(Ir(Ppy)を組成比8重量%に制御して,二元蒸着し)
。,。,,て成膜したこの膜は発光層として機能する次にこの発光層上に
膜厚10nmの2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル−1,10−フ
ェナントロリン(BCP)及び膜厚40nmのトリス(8−キノリノー
ル)アルミニウム膜(Alq膜)を積層し,成膜した。BCP膜は正孔
障壁層として,Alq膜は,電子注入層として機能する。その後,アル
カリ金属であるLi(Li源:サエスゲッター社製)とAlqを二元蒸
着させ,電子注入層(陰極)としてAlq:Li膜を形成した。このA
lq:Li膜上に金属Alを蒸着させ金属陰極を形成し有機EL素子を
製造した。
得られた有機EL素子について,電圧,電流を変えて,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の発光効率(=(輝度)/(電流
密度)を算出したところ35cd/Aであった」)。
【化7】
化合物1の記載は省略
(段落【0030)】
・実施例1「
参考例1において,化合物1の代わりに,一般式(I)で表される下記
化合物3を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。
得られた有機EL素子について,電圧,電流を変えて,発光輝度を測定
,(()())し発光輝度10000cd/㎡時の発光効率=輝度/電流密度
を算出したところ50cd/Aであった」。
【化9】
(段落【0032)】
・比較例2「
参考例1において,化合物1の代わりに,下記化合物NPDを使用した以
外は同様にして有機EL素子を作製した。
,,,,得られた有機EL素子について電圧電流を変えて発光輝度を測定し
発光輝度10000cd/㎡時の発光効率(=(輝度)/(電流密度)を)
算出したところ20cd/Aと,実施例1に比べ発光効率が劣るものであっ
た」。
【化13】
(段落【0036)】
イ以上の記載によれば,従来の有機EL素子の構成では,発光輝度向上と
ともに発光効率が著しく低下するという欠点を有していたところ,本件発
明(1∼6)は,数千cd/㎡以上の高輝度においても発光効率が高く,
消費電力が低い有機EL素子を提供することを目的とした発明であり,燐
光性の発光材料を含有する有機EL素子において「化合物3(正孔輸送,」
層として機能するもの)を使用した場合には,発光輝度10000cd/
㎡時の発光効率が50cd/Aであったとされている。
(2)引用発明(甲1発明)の意義
ア引用例1(甲1)には,以下の記載がある(訳文による。)
・4’4’4’−トリス(3−メチルフェニルフェニルアミノ)トリフ「’
ェニルアミン(m−MTDATA)正孔輸送層と緑色発光層として有機
金属りん光体であるfac−トリス(2−フェニルピリジン)イリジウ
ム(Ir(ppy))でドープした4’4’−N,N’−ジカルバゾ3
ール−ビフェニル(CBP)ホストとから構成される高効率の有機リン
光発光(エレクトロホスホレセンス)デバイスを論証する(訳文1頁。」
「要約」欄1行∼3行)
・ここで,インジウムスズ酸化物(ITO)アノード,4’4’4’−「’
トリス(3−メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(m
−MTDATA)[10]正孔注入層(HIL),両極性導電性Ir(pp
y):CBP発光層及びMgAg/Agカソードから構成される相当3
単純化した二層構造において,CBPが電子輸送ホストとして機能する
こともできることを実証する。この単純化したOLEDはより複雑なヘ
テロ構造リン光発光OLED[2,3,5]で得られた最良の結果に匹
敵する外部量子効率(η)及び電力効率(η)を示す。CBP層のextp
両極性輸送特性を調べるために,われわれは典型的な2種類のデバイス
構造における励起子形成領域の場所を決定する訳文2頁1行∼6行)。」(
・デバイスⅠに関し,まず50nm厚のm−MTDATA層を堆積し,「
()。」続いて60nm厚のIrppy:CBP発光・輸送層を蒸着した3
(訳文2頁9∼11行)
・ITO/α−NPD(50nm)/7%Ir(ppy:CBP(2「)3
0nm)/BCP(10nm)/トリス(8−ヒドロキシキノリン)ア
ルミニウムAlq40nmMg−Ag100nm/Ag2()()()(3
0nm)[3]から構成される従来のヘテロ構造デバイス(デバイスⅡ)
を比較のために作製した(訳文2頁17行∼19行)。」
・従来から,電流の増大に伴ってηが徐々にロールオフするのは,三「ext
(),。」重項・三重T−T項消滅によるものと考えられてきた[2021]
(訳文2頁下4行∼3行)
・図2)(
()()()。デバイスI〇及びデバイスII□の電流密度に対する外部量子効率ηext
(訳文4頁13行∼14行)
イ以上の記載によれば,引用例1は,高効率の有機リン光発光デバイスを
開示するものであり,従来から,電流の増大に伴って外部量子効率が低下
,「」,するのは三重項三重項消滅によるものと考えられているとした上で
2種類のデバイス構造(m−MTDATA及びα−NPDをそれぞれ正孔
注入層に用いたもの)につき実験を行った結果(低電流においては,外部
,,量子効率はm−MTDATAを用いたものの方が高く高電流においては
外部量子効率はいずれも低下するものの,α−NPDを用いたものの方が
相対的に高いこと)が開示されている。
(3)取消事由に対する判断
ア取消事由1−1(本件発明1の構成が容易想到とした判断の誤り)につ
いて
原告は,引用例2及び3記載の正孔輸送材料を甲1発明と組み合わせる
ことが容易想到ではない旨主張するので,以下検討する。
(),(ア)引用例2国際公開特許公報WO95/09147号の明細書には
以下の記載がある。
・本発明は有機エレクトロルミネッセンス素子(以下,有機EL素子「
と略称する)及び新規なアリーレンジアミン誘導体に関する。さら。
に詳しくは,アリーレンジアミン誘導体を有機EL素子成分として,
特に,正孔輸送材料として用いることにより,著しく発光寿命が改善
された有機EL素子,並びに有機EL素子の発光寿命を著しく改善し
うる新規なp−フェニレンジアミン誘導体及び4,4’−ビフェニレ
ン誘導体に関するものである(1頁4∼10行)。」
・本発明は,このような状況下で,駆動電圧が低減された有機EL素「
子,あるいは発光寿命が著しく改善された有機EL素子を提供するこ
とを目的とする。
そこで,本発明者らは,上記の好ましい性質を有する有機EL素子
を開発すべく鋭意研究を重ねた結果,特定の構造を有するアリーレン
ジアミン誘導体を有機EL素子の成分,特に,正孔輸送材料として用
いることにより,発光寿命が長い有機EL素子が得られることを見出
した(2頁下11行∼下4行)。」
・(4)一般式(III)「
〔式中,R∼Rは,それぞれ水素原子,炭素数1∼6のアルキ1017
ル基若しくはアルコキシ基又はフェニル基を示し,それらはたがい
に同一であっても異なっていてもよく,また,RとR,Rと101111
R,RとR,RとR,RとR及びRとRは,そ131213141515171617
れぞれ結合して環を形成していてもよい〕。
で表される4,4’−ビフェニレンジアミン誘導体(4頁10∼下」
4行)
・また,一般式(III)で表される4,4’−ビフェニレンジアミン誘「
導体の具体例としては,
・・・中略)で表される化合物などを挙げることができる(31(。」
頁下3行∼40頁4行)
・実施例1「
25mm×75mm×1.1mmのガラス基板上に,ITO電極を
100nmの厚さで製膜したものを透明支持基板とした。これをイソ
プロピルアルコールで超音波洗浄した。
この透明支持基板を真空蒸着装置〔日本真空技術(株)製〕の基板
ホルダーに固定し,モリブテン製の抵抗加熱ボートにトリス(3−メ
チルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(MTDATA)
200mgを入れ,別のモリブテン製抵抗加熱ボートに製造例1で得
られた化合物(1)200mgを入れ,さらに,別のモリブテン製抵
抗加熱ボードに4,4’−ビス(2,2−ジフェニルビニル)ビフェ
ニル(DPVBi)200mgを入れた。
真空チャンバー内を1×10Paまで減圧したのち,MTDAT−4
A入りのボートを加熱して0.1∼0.3nm/秒の速度でMTDA
TAをITO電極上に60nm製膜した。その後,化合物(1)入り
のボートを加熱し,化合物(1)を蒸着速度0.1∼0.3nm/秒
で堆積させ,膜厚20nmの正孔輸送層を製膜した。続いて,この正
孔輸送層の上に,もう一つのボートよりDPVBiを発送層として4
0nm積層蒸着した。蒸着速度は0.1∼0.2nmであった。
次いで,真空チャンバー内を大気圧に戻し,新たにトリス(8−キ
ノリノール)アルミニウム(Alq)100mgを入れたモリブデン
製ボートを蒸着装置に取り付けたのち,真空チャンバー内を1×10
Paまで減圧した。このボートからAlq(電子注入層)を0.1−4
∼0.2nm/秒で20nm堆積させた。
最後に,これを真空チャンバーから取り出し,上記注入層の上にス
,。テンレススチール製のマクスを設置し再び基板ホルダーに固定した
また,タングステンバスケットに銀ワイヤー0.5gを入れ,モリブ
テン製ボートにマグネシウムリボン1gを入れたのち,真空チャンバ
,.,ー内を1×10Paまで減圧してマグネシウムを18nm/秒−4
同時に銀を01nm/秒の蒸着速度で蒸着して陰極を作製した6.。」(
0頁11行∼61頁14行)
・実施例6「
実施例1において,正孔輸送材料として製造例1で得られた化合物
(1)の代わりに,製造例6で得られた化合物(61)を用いた以外
は,実施例1と同様にして素子を作製した(62頁5∼8行)。」
(イ)次に,引用例3(城戸淳二「有機EL材料とディスプレイ)には,」
以下の記載がある。
・以上述べてきた役割から,その要求事項をまとめると表1のように「
なる。
表1ホール輸送材料への要求項目
要求項目
1.ホール移動度が高い。
2(電気)化学的に安定である。.
3.イオン化ポテンシャルが小さい。*
4.電子親和力が小さい。
5.ガラス転移温度が高い。
6.真空蒸着が可能である。
7.薄膜形成能が優れている。
。」()*ホール注入層を使用する場合は大きくてもよい133頁下段
・3ホール輸送材料「
これまで,非常に多くのホール輸送材料が報告されているが,ほと
んどがト芳香族3級アミンを基本にしたものである。初期に最も活用
されたホール輸送材料は前述したTPDで,九州大学の研究グループ
から紹介され,世界的に使用されるようになった。しかし,寿命を含
めた耐久性の面では十分な特性を得ることはできなかった。発光層と
して用いるAlqのTgが183℃程度と非常に高いのに対し,T3
PDのTgが低い(約60℃)ことが主たる原因と考えられた。我々
もAlqの薄膜が100℃以上の高温に放置しても全く膜構造の変3
化は認められず,熱的に非常に安定であることを確認している。駆動
電流のジュール熱によって素子温度が上昇しホール輸送層のTgに近
づくと,分子運動が活発化し分子同士の凝集によってホール輸送層の
。,膜構造の変化や結晶化が起こる膜構造変化は素子にとって致命的で
電極界面での接触不良や膜自体の不均一化によって駆動電圧の上昇と
発光輝度の低下を引き起こす。TPDの膜構造の変化はAFM観察な
どで詳細に調べられている。
芳香族3級アミン系材料はトリフェニルアミンの結合様式の違いに
よって,2つのフェニル基が非共役系で結ばれたアルキレン結合型と
共役したアリーレン結合型,それにフェニル基を共有したフェニレン
ジアミン型がある。これら芳香族アミン系で,高いTgを有するホー
ル輸送材料の探索や開発が進められている。一連のホール輸送材料の
分子構造やTgおよびIPを表2にまとめた(135頁7行∼23。」
行)
・表2ホール輸送材料の分子構造とガラス転移温度(Tg)および「
イオン化ポテンシャル(IP)
」()136頁
・53重項材料「
電子とホールが再結合して,分子が励起する際,そのスピン多重度
の違いにより,3重項励起子と1重項励起子が3対1の割合で生成す
る。従って,1重項励起子の割合は25%であり,これが,外部量子
効率が5%で頭打ちになる原因とされた。そこで,残りの75%を占
める3重項励起子を用いて,効率を向上させる試みが行われている。
今までは,室温で安定に発光する3重項材料が見つからなかったこ
,。ともあり外部量子効率を大幅に向上させるのが困難であるとされた
しかし,1999年にプリンストン大学のグループが,3重項材料I
r(ppy)をドーパントに用いた素子が,従来の外部量子効率を3
大幅に上回る8%を示したことにより,3重項材料が大いに注目され
るようになった。Ir(ppy)の分子構造を図6に示す(173。」
0頁8∼17行)
・図63重項材料「
<<その他は省略>>」
(171頁)
(ウ)審決は「アミン誘導体について,本件発明1は『一般式(I(記,,)
載省略(式中,Bは無置換のビフェニル基であり,A及びCは,単結)
合であり,Ar,Ar,Ar及びArは,無置換のフェニル基,ビ1234
フェニルイル基,ターフェニルイル基である。ただし,Ar,Ar,12
Ar及びArのうち少なくとも2つが無置換のビフェニルイル基を有34
する』で表されるものであるのに対し,引用発明では,m−MTDA。)
TAである点」を相違点とした上,相違点の構成の甲1発明からの容易
想到性につき,以下のように認定判断した。
「甲第2号証には,有機EL素子の正孔輸送材料として,本件発明1と
,『()』(),同様な一般式I・・・に該当する材料である化合物61が
実施例6において用いられている。
また,甲第3号証には,有機EL素子におけるホール輸送材料への要
求項目として表1が記載され・・・,さらに本件発明1における『一,
般式(I・・・』に該当する『TBPB』と,引用発明の『m−MT)
DATA』との分子構造がホール輸送材料として表2に並置して記載・
・・されている。
甲第2号証,甲第3号証に記載された正孔輸送材料は,本件発明1の
ように『重金属を含有する有機金属錯体からなる燐光性の発光材料』,
とともに用いる旨限定されているものではないが,それらの発光材料に
,,用いることができない格別の阻害要因があるとも言えず甲第3号証の
表1に記載された『ホール輸送材料への要求項目』が蛍光性の発光材料
に対するもののみであるということもできない。
してみれば,甲第2号証,甲第3号証に記載された正孔輸送材料の中
から,上記相違点1に係る本件発明1の材料を選択し,引用発明のm−
MTDATAに替えて用いることは,当業者にとって格別困難性がある
ことではない(20頁下4行∼21頁22行)。」
(エ)一方,前記(2)アのとおり,引用例1には「従来から,電流の増大に
伴ってηが徐々にロールオフするのは,三重項・三重(T−T)項ext
消滅によるものと考えられてきた[20,21]」との記載があり,続。
いて記載されているグラフからも,引用例1記載のデバイスI及びII
のいずれも,電流密度が大きくなるにつれて量子効率が低下しているこ
とが認められ,以上からすれば,電流密度が大きくなる(電流が増大す
る)につれて燐光素子の外部量子効率(η)が低下するという課題がext
()。引用例1発行前平成13年3月から公知であったことが認められる
また,電流の増大や電流密度が大きくなるにつれて量子効率が低下す
るということは,本件明細書における「発光輝度向上とともに(燐光,
素子の)発光効率が著しく低下すること」と同旨であると認められ,本
件特許の優先権主張(平成13年5月24日)又は出願前(平成14年
5月8日)に,高輝度領域において燐光素子の発光効率が低下するとい
う課題が,当業者間で公知であったものといえる。
そして,課題があればそれを解決しようと試みるのが当業者であり,
その際に,従来品を構成する部材の一部を,同様の機能を有することが
知られている他の部材に置き換えてみることは,当業者がまず試みる創
作活動の一つと認められる。してみると,甲1発明を構成する部材の一
つである正孔輸送材料であるm−MTDATAを,他の公知の正孔輸送
材料に置き換えてみることは,甲1発明に接した当業者にとって,初め
に試みるべき創作活動といえる。そして,前記(ア),(イ)のとおり,本件
発明1で用いられる正孔輸送材料である化合物3は,有機EL素子の新
たな正孔輸送材料を提供する発明に関する甲2において,代表的な化合
物といえる実施例の化合物(化合物(61)として記載され,また,)
目次の内容等からして,有機EL素子の詳細かつ実用的な書籍であると
認められる甲3の136頁の表2において「m−MTDATA」とと,
もに「TBPB」と称して記載されているものである。
そうすると,甲1発明に接し,同発明の「m−MTDATA」を他の
公知の正孔輸送材料に置き換えてみようとする当業者にとって「m−,
MTDATA」に代えて,引用例2記載の化合物(61)や引用例3記
載のTBPB(いずれも本件明細書にいう化合物3と同じもの)を試し
てみることに格別の創意を要したものとはいえない。
(オ)原告は本件発明1は燐光素子でありながら実用的な高輝度領域1,,(
000∼10000cd/㎡)での急激な発光効率の低下という従来技
術の課題を克服した発明であるところ,一般に表示パネルの実用輝度領
域とされる1000∼10000cd/㎡の高輝度領域においては,本
件出願時,燐光素子の発光効率は急激に低下することが知られており,
その原因は,三重項状態間の相互干渉による励起状態の消滅,いわゆる
「三重項三重項消滅」にあるとされ,理論的に回避不能な燐光素子の欠
点であると考えられていた旨主張する。
確かに,前記(エ)のとおり,本件特許の優先日又は出願日当時,高輝
度領域において燐光素子の発光効率が低下することが知られ,その原因
は,三重項状態間の相互干渉による励起状態の消滅,いわゆる「三重項
三重項消滅」にあるとされていた。しかし,この高輝度領域において燐
光素子の発光効率が低下することが,原告のいう「理論的に回避不能」
とまで考えられていたことを認めるに足る証拠はない。
また,原告は,引用例2は蛍光素子にしか言及しておらず,引用例2
に記載された正孔輸送材料である化合物(61(本件発明1の化合物)
3と同一)を燐光性の発光材料とともに用いることについて,引用例2
には開示も示唆もない旨主張する。
しかし,蛍光素子と燐光素子の違いが存在するとしても,蛍光素子と
組み合わせて用いられる正孔輸送材料を燐光素子と組み合わせて用いる
ことができない旨の確立された学説が本件特許の優先日又は出願日当時
存在したことを認めるに足る証拠もなく,引用例2が蛍光素子にしか言
,()及しておらず引用例2に記載された正孔輸送材料である化合物61
(本件発明1の化合物3と同一)を燐光性の発光材料とともに用いるこ
,,,とについて引用例2に開示も示唆もないとしても前記(エ)のとおり
課題解決のために,公知の正孔輸送材料を甲1発明に適用しようとする
動機付けはあったというべきであり,引用例2の化合物(61)を燐光
素子と組み合わせて用いることに特段の阻害要因があったものともいえ
ない。
同様に,原告は,甲2発明は「発光寿命が長い有機EL素子」を得る
,,ことを目的としており引用例3の表2に記載された各正孔輸送材料は
主としてガラス転移温度の高低によって列挙されており,本件発明の目
的で引用例2記載の化合物(61)や引用例3記載の「TBPB」を選
,,,択する根拠はないとも主張するが仮に引用例2が発光寿命の長さを
,,引用例3がガラス転移温度の高低をそれぞれ問題としていたとしても
いずれも,有機EL素子における望ましい正孔輸送材料として,本件発
明1の「化合物3」と同一の化合物を開示していた以上,これを,甲1
発明に適用すべき動機付けはあったというべきである。
このほか,原告は,通常の着想であれば,発光材料を工夫することに
より課題(高輝度領域における燐光素子の発光効率の低下)を解決しよ
うとするところ,原告は,正孔輸送材料に着目したものであり,これに
よって,理論的に回避不能な燐光素子の欠点である「実用的な高輝度領
」,域における発光効率の急激な低下という課題を解決した旨主張するが
前記(2)アのとおり,引用例1の図2のグラフからは,正孔輸送材料が
m−MTDATAとα−NPDの場合で,高輝度領域での量子効率が変
化することを読み取ることができ,当業者が発光材料ではなく正孔輸送
材料に着目する動機付けはあったというべきである。
(カ)原告は,燐光素子に使用できるホスト材料には,蛍光素子に使用でき
るホスト材料よりも,HOMOとLUMOのエネルギーギャップが大き
な有機化合物が必要となるものであり,α−NPDとHOMO及びLU
MOのエネルギーギャップも同程度である化合物3を用いる動機付けは
ない旨主張する。
しかし,原告が主張するように,α−NPDと化合物3が,HOMO
とLUMOのエネルギーギャップが同程度の化合物であるならば,蛍光
素子と燐光素子の違いはあるものの,両者はむしろ互換性が高いものと
いえ,甲1発明におけるm−MTDATAに代えて,従来技術であった
α−NPDとエネルギー準位が近い化合物3を用いる動機付けが存在す
るというべきである。
また,原告は,引用例1は,LUMOレベルがα−NPDと大きく異
なるm−MTDATAを選択して初めて発光効率の大きな改善効果が期
,,,待できることを示すものであり当業者は発光効率を改善するために
α−NPDと共通性が高い化合物3を選択することは全く念頭にない旨
主張する。
しかし,前記(2)アのとおり,引用例1の図2のグラフによれば,α
−NPDを用いたデバイスIIは,電流密度が一定程度以上になると,
量子効率が,m−MTDATAを用いたデバイスIに比較して優れるこ
とが読み取れるから,甲1発明に接した当業者においては,他の正孔輸
送材料としてα−NPDと化学構造上共通する部分が大きいといえる化
合物3を用いてみる動機付けが働くものといえる。
このほか,原告は,引用例1の記載上,当業者は高輝度領域について
はdとτのみに着目し,それ以外の因子(正孔輸送材料等)には着目し
ない旨主張する。
しかし,仮に,当業者がdとτの値に着目するとしても,本件特許の
優先日又は出願日当時において,正孔輸送材料の改良によっては「実用
的な高輝度領域における発光効率の急激な低下」との課題が解決されな
い旨の確立された見解が存在したことを認めるには足りず,むしろ,引
用例1の図2のグラフの記載等からすれば,当業者が,他の正孔輸送材
料を模索する動機付けは十分にあったというべきである。
(キ)以上検討したとおり,審決には,甲1発明と甲2,3記載の発明から
の,本件発明1の(構成の)容易想到性の判断において誤りはない。
イ取消事由1−2(本件発明1の効果の顕著性)について
原告は,審決が,甲7及び甲13に基づいて本件発明1の作用効果が顕
著ではないと認定したことは誤りであり,本件発明1には顕著な作用効果
がある旨主張するので,以下検討する。
(ア)a甲7(Aら作成の平成20年1月31日付け実験報告書)には,以
下の記載がある。
・2.実験の内容2)実験方法「
再現実験A(実験日時:平成19年11月19∼20日)
①試料1
ITO(In−Sn−O)透明電極(膜厚110nm)ライン
付きガラス基板(三容真空社製)を中性洗剤を用いて水洗し,さ
らに中性洗剤中で5分間の超音波洗浄を行った。続いて,蒸留水
,。による注ぎ洗いを行い蒸留水中で5分間の超音波洗浄を行った
アセトンを用いた5分間の超音波洗浄を2回行った後,イソプロ
ピルアルコール中で5分間の超音波洗浄を行い,さらにイソプロ
ピルアルコール中にて煮沸洗浄を行った。ドライエアーにて基板
を乾燥させた後,UVオゾン処理を15分行った。洗浄後の透明
電極ライン付きガラス基板を真空蒸着装置のホルダーに装着し,
蒸着装置内にセッティングした。次に,透明電極ラインが形成さ
れている側の面上に透明電極を覆うようにしてアミン誘導体化,(
合物1)を膜厚50nmとなるように成膜した。このアミン誘導
体の膜は正孔輸送層として機能する。次にこの膜上に,CBPと
トリス−(2−フェニルピリジル)イリジウム(Ir(ppy)
)を組成比8重量%となるように制御しながら,二元蒸着して3
膜厚20nmとなるように成膜した。この膜は,発光層として機
能する。次に,この発光層上に,BCPを膜厚10nmとなるよ
うに成膜した。BCPは正孔障壁層(ホールブロッキング層)と
して機能する。続いて,Alq3を膜厚40nmとなるように成
膜した。Alq3は電子輸送層として機能する。次に,基板ホル
ダーをグローブボックスに移動し,金属用のマスクを装着後,金
属蒸着用チャンバーに移動した。LiFを膜厚0.5nmとなる
まで成膜した。LiFは,電子注入層として機能する。最後に,
Alを膜厚100nmとなるまで成膜し,有機EL素子を作製し
た。有機EL素子の作製は2回繰り返して行った。
得られた有機EL素子について,電圧を印加し,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の電流効率を表1にまとめ
て示す」。
・②試料2「
正孔輸送層の材料であるアミン誘導体(化合物1)をアミン誘
導体(化合物3)に代えて,試料1と同様の条件で有機EL素子
を作製した。有機EL素子の作製は2回繰り返して行った。
得られた有機EL素子について,電圧を印加し,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の電流効率を表1にまとめ
て示す」。
・④試料4「
正孔輸送層の材料であるアミン誘導体(化合物1)をアミン誘
導体(NPD)に代えて,試料1と同様の条件で有機EL素子を
作製した。有機EL素子の作製は2回繰り返して行った。
得られた有機EL素子について,電圧を印加し,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の電流効率を表1にまとめ
て示す」。
・3)実験結果「

(),b甲13Aら作成の平成20年11月19日付け実験報告書には
以下の記載がある。
・2.実験の内容2)実験方法「
①実験1
ITO(In−Sn−O)透明電極(膜厚110nm)ライン
付きガラス基板(三容真空社製)を超純水中で5分,イソプロピ
ルアルコール中で5分,さらに,超純水中で5分,イソプロピル
アルコール中で5分間の超音波洗浄を行い,さらにイソプロピル
アルコール中にて煮沸洗浄を行った。ドライエアーにて基板を乾
燥させた後,真空蒸着装置のホルダーに装着し,蒸着装置内にセ
ッティングした。次に,透明電極ラインが形成されている側の面
に対して酸素プラズマ処理を5分間行った。次に,透明電極を覆
うようにしてアミン誘導体(化合物3)を膜厚50nmとなるよ
うに成膜した。このアミン誘導体の膜は正孔輸送層として機能す
。,()る次にこの膜上にCBPとトリス−2−フェニルピリジル
イリジウム(Ir(ppy)3)を組成比8重量%となるように
,。制御しながら二元蒸着して膜厚20nmとなるように成膜した
この膜は,発光層として機能する。次に,この発光層上に,BC
Pを膜厚10nmとなるように成膜したBCPは正孔障壁層ホ。(
ールブロッキング層)として機能する。続いて,Alq3を膜厚
40nmとなるように成膜した。Alq3は電子輸送層として機
能する。次に,基板ホルダーをグローブボックスに移動し,金属
用のマスクを装着後,金属蒸着用チャンバーに移動した。LiF
を膜厚0.5nmとなるまで成膜した。LiFは,電子注入層と
。,,して機能する最後にAlを膜厚100nmとなるまで成膜し
有機EL素子を作製した。
得られた有機EL素子について,電圧を印加し,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の電流効率を表1にまとめ
て示す。
また,幅広い発光輝度に対する電流効率(発光効率)のデータ
をプロットしたものを図1に示す」。
・②実験2「
正孔輸送層の材料であるアミン誘導体(化合物3)をアミン誘
導体(NPD)に代えて,実験1と同様の条件で有機EL素子を
作製した。
得られた有機EL素子について,電圧を印加し,発光輝度を測
定し,発光輝度10000cd/㎡時の電流効率を表1にまとめ
て示す。
また,幅広い発光輝度に対する電流効率(発光効率)のデータ
をプロットしたものを図1に示す」。


c甲9(D作成の平成20年5月19日付け実験報告書)には,以下
の記載がある。
・4.実験A「
(1)素子作製
特許第3981331号の実施例1に記載の燐光発光の有機EL
,。素子の製造法に準じて化合物3を用いた有機EL素子を作製した
以下,詳細に説明する。
25mm×75mm×0.7mm厚のITO(100nm)透明
電極付きガラス基板(旭硝子株式会社製)をイソプロピルアルコー
ル中で5分間超音波洗浄を行なった後,UVオゾン洗浄を30分間
行なった。洗浄後の透明電極ライン付きガラス基板を真空蒸着装置
の基板ホルダーに装着し,酸素−アルゴンの混合雰囲気下,プラズ
マ洗浄を行った。次に,透明電極ラインが形成されている側の面上
に,前記透明電極を覆うようにして膜厚50nmの化合物3(N,
N,N,N’−テトラキス(4−ビフェニル)−4,4'−ベンジ’
ジン)を成膜した。この化合物3膜は正孔輸送層として機能する。
この膜上に44−NN−ジカルバゾール−ビフェニルC,,’,’(
BP)とトリス−(2−フェニルピリジル)イリジウム(Ir(p
py))を組成比8重量%に制御して,二元蒸着して,40nm3
成膜した。この膜は,発光層として機能する。次に,この発光層上
に,膜厚10nmの2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル−1,
10−フェナントロリン(BCP)及び膜厚40nmのトリス(8
)(),。−キノリノールアルミニウム膜Alq膜を積層し成膜した
BCP膜は正孔障壁層として,Alq膜は,電子注入層として機能
する。その後,アルカリ金属であるLi(Li源:サエスゲッター
社製)とAlqを二元蒸着させ,電子注入層(陰極)としてAlq
:Li膜を形成した。このAlq:Li膜上に金属Alを蒸着させ
金属陰極を形成し有機EL素子を製造した。
(2)評価
得られた有機EL素子について,電圧,電流を変えて,発光輝度
を測定した。
(3)実験結果
実験結果を次の図に示す。特許第3981331号の実施例1に
記載の燐光発光の有機EL素子は,1,000∼10,000cd
/㎡の実用的な高輝度領域においても,発光効率はほとんど低下し
なかった。
5.実験B
(1)素子作製
甲第4号証(特開平7−126615)で開示されている実施例
2において,陰極をMg/Agの代わりに,金属Alを用いた以外
は同じ構成にして,蛍光の有機EL素子を作製した。
有機EL素子の作製方法は,実験Aの項で製造したものと同じで
あるが,有機層などは下記のようにした。
まず,第1層として,化合物3(N,N,N,N’−テトラキ’
ス(4−ビフェニル)−4,4'−ベンジジン)を50nm蒸着し
た。ひき続き,第2層として,膜厚50nmのトリス(8−キノリ
)(),。,ノールアルミニウム膜Alqを積層し成膜したその上に
LiFを1nm成膜した。さらに,金属Alを100nm成膜し,
有機EL素子を製造した。
同様にして,第1層をαNPDとし蛍光の有機EL素子を合わせ
て作製した。
(2)評価
得られた有機EL素子について,電圧,電流を変えて,発光輝度
を測定した。
(3)実験結果
実験結果を次の図に示す。蛍光発光の有機EL素子において,従
来の燐光発光材料に見られるような1000∼10000cd/㎡
の高輝度領域で発光効率の低下は見られなかった。また,αNPD
と化合物3で大きな差は見られなかった。

d甲30(D作成の平成21年10月30日付け実験報告書)には,
以下の記載がある。
・4.実験「
(1)素子作製
特許第3981331号の実施例1に記載の燐光発光の有機EL
,。素子の製造法に準じて化合物3を用いた有機EL素子を作製した
以下,詳細に説明する。
25mm×75mm×0.7mm厚のITO(In−Sn−O)
透明電極付きガラス基板(旭硝子株式会社製)をイソプロピルアル
コール中で5分間超音波洗浄を行なった。引続き,この基板を純水
中で5分間超音波洗浄を行ない,さらにイソプロピルアルコール中
で5分間超音波洗浄を行なった後,UVオゾン洗浄を30分間行な
った。洗浄後の透明電極ライン付きガラス基板を真空蒸着装置の基
板ホルダーに装着した。次に,透明電極ラインが形成されている側
の面上に,前記透明電極を覆うようにして膜厚50nmの化合物3
(N,N,N,N’−テトラキス(4−ビフェニル)−4,4'−’
ベンジジン)を成膜した。この化合物3膜は正孔輸送層として機能
する。この膜上に,4,4’−N,N’−ジカルバゾール−ビフェ
ニルCBPとトリス−2−フェニルピリジルイリジウムI()()(
r(ppy))を組成比8重量%に制御して,二元蒸着して,43
0nm成膜した。この膜は,発光層として機能する。次に,この発
光層上に,膜厚10nmの2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル
−1,10−フェナントロリン(BCP)及び膜厚40nmのトリ
ス(8−キノリノール)アルミニウム膜(Alq膜)を積層し,成
膜した。BCP膜は正孔障壁層として,Alq膜は,電子注入層と
して機能する。その後,LiFを蒸着し,さらに金属Alを蒸着し
て金属陰極を形成し有機EL素子を製造した。
次に,化合物3のかわりにNPDを用いて有機EL素子を作製し
た。
(2)評価
得られた有機EL素子について,電圧,電流を変えて,発光輝度
を測定した。
(3)実験結果
実験結果を次の図に示す。特許第3981331号の実施例1に
記載の燐光発光の有機EL素子は,1,000∼10,000cd
,。/㎡の実用的な高輝度領域においても発光効率は低下しなかった
一方,化合物3の代わりにNPDを使用した素子は,化合物3を用
いた素子と比較すると,効率が低く,また,1,000∼10,0
,。00cd/㎡の実用的な高輝度領域において発光効率は低下した

(イ)ところで,審決は,本件発明1の効果の顕著性を以下のように認定・
判断した。
「作用効果について,請求人は,甲第7号証,甲第13号証を提示し,
化合物3を含む本件発明1の発明を特定するために必要な事項を有する
有機EL素子と訂正明細書において比較例とされているNPDを含み,
他は本件発明1の発明を特定するために必要な事項を有する有機EL素
子との対比実験を行っている・・・。それらの結果は・・・両者にお,
いて格別効果に差違があるとは認められないものである。訂正明細書に
記載された両者の顕著な差違とは,相違するものとなっている。
請求人の実験結果と訂正明細書中の効果の違いの原因を検討すると,
ガラス基板洗浄方法の違い,陽極,発光層,陰極などの各層の厚さの違
い,電子注入層の材料,層厚の違い等,実験条件が明らかに異なってい
る。したがって,これら,実験条件の違いが結果の違いをもたらしたと
考えるのが最も自然な解釈である。そして,これらの条件は,本件発明
1では,何ら特定されていない。なお,訂正明細書中には,請求人の実
験条件を排除する旨の明確な記載もない。
してみれば,訂正明細書に記載された,本件発明1の作用効果は,特
定の条件の下での効果に限られ,発明を特定するために必要な事項から
なる本件発明1の作用効果が,格別なものであるということはできな
い(21頁下1行∼22頁17行)。」
(ウ)そして,審決は「一対の電極間に発光層または発光層を含む複数の,
有機媒体を形成してなり,該有機媒体内に重金属を含有する有機金属錯
体からなる燐光性の発光材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス
素子において,該有機媒体内にアミン誘導体であるm−MTDATAを
含有する有機エレクトロルミネッセンス素子」を引用発明(甲1発明)
として認定した上で,前記のとおり,引用例2及び3に記載された正孔
輸送材料の中から化合物(61)ないしTBPBを選択し,甲1発明の
m−MTDATAに代えて用いることは容易想到である旨判断したので
あるから,本件発明1の有する効果についても,本来,甲1発明の有す
る効果と比較した検討を行うべきところ,審決は,α−NPDを用いた
有機EL素子(引用例1において,デバイスIIとして記載されている
もの)の効果と本件発明1の効果とを比較検討している。
そうすると,審決は,本件発明1が甲1発明と比較して顕著な効果を
有するか否かについて正しく検討していないともいえる。
しかし,前記(2)アのとおり,引用例1の図2のグラフによれば,α
−NPDを用いたデバイスIIは,電流密度が一定程度以上になると,
量子効率がm−MTDATAを用いたデバイスIに比較して優れること
,,が読み取れるため引用例1に記載された発明を全体として捉えた場合
高輝度領域で達成し得た量子効率としては,m−MTDATAよりも優
,れているα−NPDを用いたデバイスIIのデータにより評価するのが
従来技術との比較との点でより妥当である。この点に加え,当事者双方
とも,本件発明1による効果につき,本件明細書記載の化合物3を用い
た有機EL素子とα−NPDを用いた有機EL素子との性能の比較によ
り検討することを前提として,異論なく,主張立証をしている。
したがって,審決が,m−MTDATAではなくα−NPDを用いた
有機EL素子の効果と,本件発明1の効果を比較検討している点は,審
決の結論に影響を及ぼすものではないものと解される。
そして,審決は,前記(イ)のとおり,本件明細書記載の実験では,化
合物3を含む有機EL素子とα−NPDを含む有機EL素子との間で,
(高輝度領域での)発光効率に顕著な差があるが,被告が提出した実験
(甲7,13)では,両素子による効果に格別の差違があるとは認めら
れず,これらの違いは,実験条件の違いによるものと考えるのが最も自
然な解釈であり,本件発明1の作用効果は,特定の条件の下での効果に
限られ,発明を特定するために必要な事項からなる本件発明1の作用効
果が,格別なものであるということはできないと判断している。
そして,本件明細書(甲5の2)に記載された,化合物3を用いた有
機EL素子の実施例1及び実施例1が引用する参考例1,並びにα−N
PDを用いた有機EL素子の比較例2に関し,各実験の信ぴょう性を疑
うに足る内容を見出すことはできない。また,原告から提出された甲9
及び甲30は,これらの実施例及び比較例を追試したものであり,同様
の結果が得られているものと認められるが,これらの実験にも,格別,
信ぴょう性を疑うに足る内容を見出すことはできない。
一方,審判段階で被告から提出された甲7,13もこれらの実施例及
び比較例を追試したものであり,これらの実験では,化合物3を用いた
有機EL素子とα−NPDを用いた有機EL素子による効果に格別差違
があるとは認められないとの結果が得られているが,甲7,13にも,
格別,実験の信ぴょう性を疑うに足る内容を見出すことはできない。
そうすると,本件明細書に記載された実施例1及び比較例2の結果,
甲9,30記載の追試の結果及び甲7,13記載の追試の結果のいずれ
も正しいものとして採用せざるを得ず,以上を前提とした場合,化合物
3を用いた有機EL素子とα−NPDを用いた有機EL素子の間で,高
輝度領域における発光効率に顕著な差が生じるのは,原告が本件明細書
や甲9,30記載の具体的な実験条件を採用した場合に限られるものと
いえ,これらの場合に限られない本件発明1は,甲1発明に比較して有
利な効果を奏し得ない場合を包含することになるから「本件発明1の,
作用効果が,格別なものであるということはできない」との審決の判断
に誤りはない。
(エ)原告は,甲7及び甲13の実験は,いずれも素子メーカーではない被
,。告が自ら素子を製作しており実験の信頼性には疑問がある旨主張する
しかし,仮に被告が素子メーカーでないとしても,同事実によって,
直ちに,甲7及び甲13の実験の信頼性が否定されるものではない。
また,原告は,特許発明が進歩性を欠如することの立証責任は,審判
請求人である被告にあるところ,被告の設定した試験条件が正しく,原
告が設定した試験条件が誤りであることの立証がない限り,本件発明の
作用効果が存するものとして審理しなければならない旨主張する。
そこで検討するに,原告及び被告が行った「化合物3」及びα−N,
PDをそれぞれ用いた有機EL素子の高輝度領域における発光効率のデ
ータをまとめてみると,以下のとおりとなる(いずれも10000cd
/㎡時のデータであるが,甲9及び30については,グラフからの読み
取り値である。。)
化合物3α−NPD
本件明細書(甲5の2)50cd/A20cd/A
原告による追試(甲9,30)約47cd/A約22cd/A
被告による追試(甲7)26及び27cd/A24及び23cd/A
(,)本件明細書同様CBPとIr(ppy)を組成比8重量%としたもの3
被告による追試(甲13)20cd/A19cd/A
これらのデータからすると,α−NPDを用いた有機EL素子の高輝
度領域における発光効率は,原告の実験と被告の実験との間で大差はな
い。そして,単純な比較はできないものの,α−NPDを用いた有機E
L素子につき,発光効率が最も高いのは,被告による甲7のデータであ
る。
不適切な条件の下で実験を行えば,発光効率に悪影響があることは自
明であるから,被告の実験は,少なくともα−NPDを用いた有機EL
素子においては,原告の実験を適切に追試しているものと解される。そ
して,被告の実験条件は,化合物3を用いた有機EL素子の場合とα−
NPDを用いた有機EL素子の場合とで同じとされている上,α−NP
Dを正孔輸送材料に用いた素子と,化合物3を正孔輸送材料に用いた素
子とにおいて,製造プロセスの汚染による影響を受ける程度に違いがあ
ることを認めるに足りる証拠もない。この点につき,原告は,化合物3
はα−NPDに比べて,製造プロセスでの汚染に敏感である旨主張する
が,その主張の根拠は,被告の実験等において原告の実験よりも化合物
3につき低い値が出ている事実のみであって,採用できない。
以上からすれば,被告の実験は,化合物3を用いた有機EL素子にお
いても原告の実験を適切に追試しているものと解され,被告による甲7
及び13の実験は,技術常識に合致した条件で行われているものと強く
推認されるものであり,これに反する原告の主張は採用できない。
原告は,被告が実験の際に設置したクリーンブースが,本件特許出願
当時の技術常識以下の水準であることや,被告が水の接触角の測定等の
方法により蒸着装置内の清浄度を維持・管理していないこと,被告が有
機蒸着室への成膜材料の出し入れを「外気」環境において行っており,
その際に外界から汚染物質が混入した可能性があること等を主張する。
確かに,原告が現在行っている清浄度の維持・管理方法が,被告が行
っている方法より優れているものと解されるが,本件特許の優先日又は
出願日当時における技術水準がいかなるものであったかが明らかでない
上,前記のとおり,被告の実験の結果等(少なくともα−NPDについ
ては原告による実験と同等以上の結果が出ており,これと同じ条件で行
った化合物3の実験についても,信用できるものと解されること)から
すれば,原告の上記主張は単なる推測にすぎないというべきであり,採
用できない。
また,原告は,被告が提出した様々な実験結果(第三者が行ったもの
や,被告が他の大学で行ったもの)の信用性を争うとともに,自らが行
った実験の結果と整合する第三者(CSIRO)の実験結果(甲56,
65)を提出する。
しかし,いずれにしても,被告による甲7及び13の実験結果の信用
性を否定できない以上,原告の上記主張の当否にかかわらず,本件発明
1には,顕著な効果がない部分が含まれることに変わりはない。
このほか,原告は,有機EL素子の製造過程において極めて高度の清
浄度が必要であることや,被告の実験等が当業者の技術水準以下の清浄
度で行われていることにつき,縷々主張するが,前述の理由と同様に,
いずれも採用できない。
(オ)以上検討したとおり,審決には,甲1発明と甲2,3記載の発明から
の容易想到性判断における,本件発明1の効果の顕著性の判断に誤りは
ない。
ウ本件発明2ないし6について
本件発明2は,本件発明1における有機エレクトロルミネッセンス素子
のアミン誘導体を一般式(III)で表されるアミン誘導体(化合物3)に
限定したものであり,本件発明3は,本件発明1,2のいずれかに記載の
アミン誘導体を正孔輸送材料として用いると限定したものであり,本件発
明4は,本件発明1ないし3のいずれかに記載の重金属をIr,Pt,P
d,Ru,Rh,Mo及びReの中から選ばれる少なくとも一種類である
ことを限定したものであり,本件発明5は,本件発明1ないし4のいずれ
かに記載の重金属を含有する有機金属錯体の配位子を限定したものであ
り,本件発明6は,本件発明5に記載の配位子が2∼4個配位したものと
限定したものである。
,,,このようにいずれも本件発明1を更に限定するものではあるがまず
化合物3が含まれる一般式(I)で表されるアミン誘導体を含有する本件
発明1が,甲1発明に甲2,甲3記載の発明を適用することにより容易想
到なのであるから,同様の理由により,本件発明2も,容易想到となる。
また,甲1発明ないし甲3発明においても,アミン誘導体が正孔輸送材
料として用いられたものであるから,本件発明3における限定は,何ら進
歩性をもたらすものではない。
さらに,甲1発明においては,有機金属錯体としてIr(ppy)が3
挙げられており,重金属としてIrが含有されているものであるから,本
件発明4における限定も,容易想到というべきである。
同様に,甲1発明において,有機金属錯体としてIr(ppy)が挙3
,,げられその構造は本件発明5で限定された配位子を含むものであるから
本件発明5における限定も,容易想到というべきである。
同様に,甲1発明において,有機金属錯体としてIr(ppy)が挙3
げられ,その構造は,本件発明6で限定された配位子の数を含むものであ
るから,本件発明6における限定も,容易想到というべきである。
エ以上のとおり,本件発明は,いずれも甲1発明に,甲2発明及び甲3発
明を適用することにより,当業者が容易に想到することができたものであ
るから,その余(サポート要件の充足の有無)について判断するまでもな
く,審決の結論に誤りはないことになる。
3結論
以上のとおりであるから,本件発明に無効理由があるとした審決の判断に誤
りはない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官東海林保
裁判官矢口俊哉

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