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主文
1原告の被告滋賀県及び被告甲賀市に対する請求をいずれも棄却する。
2被告A社は,原告に対し,金11億1429万4278円及びこれに対
する平成20年1月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3原告の被告A社に対するその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の,その余を被告A社の各負
担とする。
5この判決は,主文第2項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,それぞれ25億3249万2145円及びこれに対
する平成15年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,平成3年5月14日に滋賀県甲賀郡信楽町内(当時)の信楽高原鐵
道線上で発生した,原告所有列車と被告A社所有列車とによる,列車同士の正
面衝突事故(いわゆる信楽高原鉄道列車事故。以下「本件事故」という。)に
関し,原告が,被告らに対し,原告,被告A社,被告滋賀県(以下「被告県」
という。)及び被告甲賀市(以下「被告市」という。但し,当時は合併前の
「信楽町」であり,以下「信楽町」ともいう。)の4者(以下「本件四者」と
いう。)で締結した下記4の協定に基づき,被告A社は,本件事故について少
なくとも9割の責任があり,被告県及び被告市(以下「被告県・市」とい
う。)は,被告A社の上記責任を担保する立場にある旨主張して,それぞれ求
償金25億3249万2145円及びこれに対する平成15年1月11日(大
阪高等裁判所の下記民事控訴審判決(本件民事控訴審判決)が確定した日の翌
日)から支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
た事案である。
2前提事実
争いのない事実及び後掲各証拠等により認定される事実等(証拠の表記のな
い事実は,当事者間に争いがない。以下「本件前提事実」という。)
(1)当事者
ア原告
原告は,昭和62年4月1日に旧日本国有鉄道(以下「旧国鉄」とい
う。)の分割民営化により発足し,第一種鉄道事業免許に基づく旅客運送
事業を主たる目的とする株式会社である。
原告は,資本金が1000億円,従業員数が本件事故当時約4万800
0名であった。平成元年度の輸送人員は16億0100万人,平成3年度
の当期未処分利益は821億5200万円であった。
イ被告A社
被告A社は,旧国鉄の分割民営化に伴い,その営業線であった国鉄信楽
線が特定地方交通線として廃止されることが決定したため,同線の確保,
存続を図るため,被告県及び信楽町が中心となって昭和62年2月10日
に設立された,鉄道事業法による運送業等を目的とする第3セクターの株
式会社であり,同年5月8日に旧国鉄から民営化された原告から,特定地
方交通線信楽線にかかる鉄道施設の無償譲渡を受け,同月9日に運輸大臣
から第一種鉄道事業免許を取得し,同年7月13日に信楽高原鐵道線(以
下「SKR線」という。)を開業した。
被告A社の資本金は,本件事故当時2億円であり,その後本件事故の対
応のために増資し,4億3200万円となっている。その従業員数は,本
件事故当時約21名であったが,その大半は,旧国鉄OB等で構成されて
いた。一日の乗降人数は平成2年度で1732人,平成元年度の経常利益
は約100万円であった。
(以上,甲5ないし7,乙A1ないし3,乙A19,丙9,弁論の全趣
旨)
ウ被告県・市
被告市は,上記のとおり本件事故当時は滋賀県甲賀郡信楽町であったが,
平成16年10月1日に同町を含む5町が統合合併して,被告市となった
ものである。被告県・市は,被告A社の株主である。
(争いがない。)
(2)SKR線
ア草津駅から信楽駅までの鉄道路線のうち,原告の営業路線は,草津駅か
ら貴生川駅まで(以下「JR草津線」という。)であり,被告A社の営業
路線であるSKR線は,貴生川駅から信楽駅までの14.75キロメート
ルであった。このように,SKR線は,貴生川駅でJR草津線と接続して
いた。
イSKR線は単線であったが,途中の駅は,貴生川駅に近い方から紫香楽
宮跡駅,雲井駅,勅旨駅及び玉桂寺前駅であり,貴生川駅と紫香楽宮跡駅
との間に小野谷信号場(滋賀県甲賀郡水口町大字牛飼字小野谷801番地
の9(当時)所在)があり,本件事故当時は,同信号場において,貴生川
駅に向かう上り列車と信楽駅に向かう下り列車とが行き違いができるよう
になっていた。
ウ原告の列車は,平成3年4月20日から同年5月26日まで,JR大阪
駅又は京都駅を発車し,JR草津線から貴生川駅を経由してSKR線内に
乗り入れ,信楽駅まで直通運転をする予定であった(以下「本件直通乗入
れ」という。なお,同直通運転は,本件事故の発生により,本件事故の日
である同年5月14日以降,運行が中止された。)。
(以上,甲5ないし7,乙A1ないし3,44)
(3)本件事故
ア本件事故の発生
平成3年5月14日(以下「本件事故当日」ともいう。)午前10時3
5分ころ,滋賀県甲賀郡信楽町大字黄瀬993番地の3(当時)のSKR
線の小野谷信号場と紫香楽宮跡駅間の単線軌道上(起点貴生川駅から9.
1キロメートル付近,以下「本件事故現場」という。)において,被告A
社が所有し,同被告の従業員であるa運転士が運転する4両編成の信楽駅
発貴生川駅行上り534D列車(以下「本件SKR列車」ともいう。)と,
原告が所有し,原告の従業員であるb運転士が運転する3両編成の京都駅
発信楽駅行下り501D列車(但し,京都駅から貴生川駅間のJR線内の
列車番号は,9930Dである。以下「本件原告列車」ともいう。)とが,
正面衝突し,双方の乗客37名と乗務員5名の合計42名が死亡し,合計
628名が負傷した鉄道事故(本件事故)が発生した。
イ本件事故前の信楽駅における状況(詳細については後記で認定する。)
本件事故当日,本件事故前に本件SKR列車(信楽駅到着前は531D
列車)が信楽駅に到着し,折り返し,上り列車として出発しようとしたと
き,信楽駅制御盤の下り運転方向表示灯22RFKが点灯し続け,出発ボ
タンを圧下しても,上り出発信号機22Lが赤現示のまま変わらないとい
う事態(以下「本件赤固定」という。)が発生した。これに対し,本件S
KR列車は,上記出発信号機22Lが赤現示のまま,信楽駅を出発した。
ウ本件事故前のSKR線におけるトラブル
本件直通乗入れは,平成3年4月4日から同月6日,同月8日から同月
12日までの間,直通乗入列車の試運転が行われた後,前記のとおり,同
月20日から開始された。ところが,SKR線では,試運転期間から本件
事故までの間に,同年4月8日,同月12日(同日のトラブルを,以下
「4月12日の信号トラブル」という。),同年5月3日(同日のトラブ
ルを,以下「5月3日の信号トラブル」という。)及び同月7日の合計4
回トラブルが発生した(以下,これらを総称して「本件各事前トラブル」
という。)。
(甲5ないし7,乙A1ないし3,弁論の全趣旨)
(4)四者協定
本件事故後,原告及び被告らとの間で,平成3年5月15日付け「信楽高
原鐵道事故の処理に関する覚書」(甲1,以下「事故処理覚書」という。),
同月29日付け「信楽高原鐵道事故対策四者協議会設置に関する覚書」(甲
2,以下「四者協設置覚書」という。),同年6月13日付け「信楽高原鐵
道事故の補償等に関する基本協定書」(甲3,以下「基本協定書」とい
う。)及び同日付け「信楽高原鐵道事故の補償交渉実施に関する覚書」(甲
4,以下「補償交渉実施覚書」という。)がそれぞれ締結された(以下,こ
れら4つの覚書及び協定書を総称して「四者協定」という。)。これらの内
容及び体裁は,上記の順番に従い,別紙1ないし4のとおりであり,その概
略は,以下のとおりである。
ア事故処理覚書(別紙1)
滋賀県生活環境部長c部長,信楽町助役d助役,原告の常務取締役鉄道
本部長e常務及び被告A社の代表取締役社長f(いずれも当時。四者協定
については以下同じ。)名で締結されたものである。その内容は,以下の
とおりである(以下の甲は被告県,乙は信楽町,丙は原告,丁は被告A社
を指すものである。)。
甲,乙,丙及び丁は,本件事故の処理に関し,本件事故の責任関係が明
確となるまでの間,次のとおり覚書を締結する。
1条本件事故の処理については,本来丁が行う事柄であるが,丁の対応
能力にかんがみ,甲,乙及び丙の三者が丁にかわって協力して事故の当
面の事後処理を行うものとする。
2条1項甲,乙及び丁は,丙に対して,事故後の次に掲げる費用につい
ての丙による立替えを依頼したことを確認する。
①負傷旅客の治療費,移送費,交通費,入院に係わる諸経費等
②死亡旅客の遺族に対する葬儀費,移送費,交通費等
③事故復旧・代行輸送手配関係費等
④その他で,甲,乙,丙及び乙が合意した費用
同条2項丁は,甲,乙及び丙に対して,甲,乙及び丙の職員並びに社員
の応援を依頼したことを確認する。
3条前条により丙が立替えする費用については,事故の責任関係が明確
となった時点で,丙及び丁は,その責任割合に応じて費用の負担を行う
ものとする。
4条責任関係が明確になった場合における丁の支払能力の確保について
は,甲及び乙が誠意をもって対処する。
5条本覚書の履行にあたっては,甲,乙,丙及び丁は誠意をもってこれ
にあたるものとする。
6条本覚書に定めのない事項については,必要に応じて,甲,乙,丙及
び丁が協議して定めるものとする。
イ四者協設置覚書(別紙2)
c部長,d助役,原告の総務部長g及び被告A社の専務取締役h名で締
結されたものである。その内容は,以下のとおりである。
甲,乙,丙及び丁は,本件事故により死亡された旅客の遺族及び負傷さ
れた旅客(以下「被災者」という。)の救済等に対処するため,次のとお
り覚書を締結する。
1条甲,乙,丙及び丁は,丙及び丁が被災者に対し補償交渉を実施する
のに必要な基本的事項を事前調整する場として,四者で「信楽高原鉄道
事故対策四者協議会」(以下「四者協議会」という。)を設置する。
2条四者協議会で調整する事項は,丙及び丁によって行われる次の事項
とする。
(1)補償交渉の推進体制
(2)補償金の基準に関する事項
(3)その他補償に関する事項
3条四者協議会の構成員は,次のとおりとする。
(1)滋賀県生活環境部長
(2)信楽町助役
(3)原告総務部長
(4)被告A社専務取締役
4条四者協議会の運営その他必要な事項については,前条の構成員が協
議して定めるものとする。
ウ基本協定書(別紙3)
滋賀県知事i知事,信楽町長f,原告代表取締役社長j及び被告A社代
表取締役社長f名で締結されたものである。その内容は,以下のとおりで
ある。
甲,乙,丙及び丁は,本件事故に係わる補償等に関し次のとおり協定書
を締結する。
1条丙及び丁は,本件事故により死亡された旅客の遺族及び負傷された
旅客(以下「被災者」という。)に対し,両者が協力して補償交渉を行
うものとする。
2条補償交渉については,四者協設置覚書2条により調整された事項に
基づき実施するものとする。
3条丙及び丁は,本件事故の責任割合に応じて補償金及び補償交渉に要
する諸費用の支払義務があることを確認する。
4条本件事故の責任割合については,原因が明確となり次第,早急に丙,
丁間で協議し決定するものとする。
5条甲及び乙は,丁の本基本協定書による義務の履行について,必要な
支援を行うものとする。
6条本基本協定書の締結により,平成3年5月15日付けで締結した事
故処理覚書の効力は失われないことを,甲,乙,丙及び丁の四者が相互
に確認する。
7条本基本協定書に定めのない事項については,必要に応じて甲,乙,
丙及び丁が協議して定めるものとする。
エ補償交渉実施覚書(別紙4)
c部長,上記d助役,上記g原告総務部長及び上記h専務名で締結され
たものである。その内容は,以下のとおりである。
甲,乙,丙及び丁は,基本協定書に基づき,以下の覚書を締結する。
1条丙及び丁は,本件事故により死亡された旅客の遺族及び負傷された
旅客(以下「被災者」という。)に対し補償交渉を行うため,信楽高原
鐵道事故ご被災者相談室(仮称)(以下「相談室」という。)を設置す
る。
2条相談室の事務所は,滋賀県内及び大阪市内に置く。
3条相談室の組織は,別紙(略)のとおりとする。
4条相談室は,丙及び丁の社員で構成する。
5条1項被災者に対する補償金及び補償交渉に要する諸費用については,
丙,丁それぞれが均等に支弁するものとする。ただし,丙は,甲,乙及
び丁の要請があれば一定期間立替払いをするものとする。
同条2項前項の一定期間とは,甲,乙が所要の手続を行うのに要する期
間とする。
6条前条により丙,丁それぞれが支弁した補償金及び補償交渉に要する
諸費用については,本件事故の責任割合が明確となった時点で,基本協
定書4条に基づく割合に応じて精算するものとする。
7条被災者に対する個別の補償金については,四者協議会で決定した補
償金の基準を基本とし,四者協議会の確認を得て相談室長が決定するも
のとする。
(5)四者協定後の状況
ア四者協議会
本件四者は,四者協設置覚書に基づき,平成3年6月4日に第1回四者
協議会,同月13日に第2回四者協議会,同月29日に第3回四者協議会,
同年8月27日に第4回四者協議会を,それぞれ開催した。
イ相談室の設置
原告及び被告A社は,補償交渉実施覚書に基づき,平成3年6月17日
に相談室を設置した。
ウSKR線の運行再開
被告A社は,平成3年12月8日にSKR線の運行を再開した。
(以上,乙A23)
(6)本件事故に関する刑事判決(以下「本件刑事判決」という。)
大津地方検察庁検察官は,平成4年12月24日に,本件事故当日の被告
A社信楽駅長として勤務していたk運転主任,同被告信号設備取扱い責任者
のl施設課長及びSKR線の信号修理を担当したm電業のn技師の3名を,
業務上過失往来危険罪,業務上過失致死傷罪で大津地方裁判所(以下「大津
地裁」という。)に起訴した(同年(わ)第400号業務上過失往来危険,業
務上過失致死傷被告事件)。
大津地裁は,平成12年3月24日に同事件について,k運転主任を禁錮
2年6月執行猶予3年,l施設課長を禁錮2年2月執行猶予3年,n技師を
禁錮2年執行猶予3年の各刑に処する判決を言い渡し,同判決は確定した。
(甲5,乙A3)
(7)本件事故に関する民事裁判
ア一審判決
本件原告列車又は本件SKR列車に乗車していて本件事故で死亡した被
災者9名の遺族である相続人23名(以下「本件遺族」という。)は,平
成5年10月14日に原告及び被告A社を相手方として,大阪地方裁判所
(以下「大阪地裁」という。)に不法行為等に基づく損害賠償請求事件
(平成5年(ワ)第9781号損害賠償請求事件,以下これに関する訴訟を
「本件民事一審」という。)を提起した。これに対し,被告A社は,本件
事故の事実及びその従業員の過失を全面的に認めたが,原告は,原告及び
その従業員の過失を否定し,その請求を争った。
大阪地裁は,平成11年3月29日に原告及び被告A社それぞれの従業
員の個人過失を認め,民法715条の使用者責任に基づき,これらは共同
不法行為の関係に立つとして,原告及び被告A社に対し,本件遺族に合計
金5億0151万円余の損害賠償金を支払うことを命ずる一審判決(甲6,
乙A1。以下「本件民事一審判決」という。)を言い渡した。
イ控訴等
原告及び本件遺族は,いずれも本件民事一審判決を不服として,大阪高
等裁判所(以下「大阪高裁」という。)に,原告において控訴,本件遺族
において附帯控訴をした(平成11年(ネ)第1954号,同年(ネ)第19
55号,平成13年(ネ)第449号。原告の控訴日は平成11年3月31
日である。)。
他方,被告A社は,控訴をせず,同被告に関しては,本件民事一審判決
が確定した。
ウ控訴審判決
大阪高裁は,平成14年12月26日に本件遺族の附帯控訴を一部認容
し,その限度で本件民事一審判決を変更し,原告の控訴を棄却する旨の判
決(甲7,乙A2。以下「本件民事控訴審判決」といい,本件民事一審判
決と併せて「本件民事判決」ともいう。)を言い渡した。本件民事控訴審
判決は,平成15年1月10日に確定した。
(8)本件民事控訴審判決後,本件訴訟に至るまでの経緯
ア精算交渉(以下「精算交渉」という。)
原告は,本件民事控訴審判決が確定した後,被告A社に対し,これまで
に要した経費等について,四者協定に基づく精算をしたいと申し入れた。
原告と被告A社とは,平成15年1月28日を第1回として,以後,同年
2月21日に第2回,同年3月18日に第3回,同年4月7日に第4回,
同年6月9日に第5回,同年7月2日に第6回,同月24日に第7回,同
年9月5日に第8回,同年10月16日に第9回,同年12月15日に第
10回,平成16年2月10日に第11回,同年3月4日に第12回の各
精算交渉を行った。
そして,原告と被告A社とは,上記精算交渉において,基本協定書4条
に基づく本件事故の責任割合(以下「本件責任割合」という。)や,これ
によって精算を行う対象(以下「本件精算対象」という。)について協議
をしたが,協議はまとまらなかった。なお,原告と被告A社双方は,第1
0回精算交渉以降は,代理人弁護士を立てて交渉を行った。
(甲22,25,31,証人o〔以下,これらを併せて「o供述等」とい
う。〕,乙A18,20,証人p〔以下,これらを併せて「p供述等」と
いう。〕,乙A23)
イ調停
原告は,平成16年4月19日に被告らを相手方として,大津簡易裁判
所に,四者協定に基づく責任割合等を求める調停を申し立てた(同年(ノ)
第80号責任割合確定等調停事件,以下「本件調停」という。)。
本件調停は,平成16年7月14日を第1回として,その後平成18年
12月11日まで合計17回の調停期日が開かれたが,同日に調停不成立
で終了した。
(甲12,乙A23)
ウ本件訴訟に至る経緯
原告は,被告らに対し,四者協定に基づく精算として25億3249万
2145円の支払を求める平成20年1月4日付け内容証明郵便(甲1
3)を発し,同書面は,同月7日に被告らにそれぞれ配達された(甲14
の1ないし3)。これに対し,いずれも同年2月6日に,被告A社は,支
払えない旨を(甲15),被告県・市は,被告県・市に支払義務はないと
いう考えである旨を(甲16)それぞれ回答した。
原告は,以上の経緯により,平成20年6月13日に被告らに対する本
件訴訟を提起した。
第3争点
1原告と被告A社との本件責任割合(本件責任割合の位置づけ,本件責任割合
を判断するに当たり考慮すべき事情等を含む。)(争点1)
2被告県・市の責任(原告の債権者代位権の主張を含む。)(争点2)
3本件精算対象の範囲及び損害額(争点3)
4被告A社の相殺の可否(予備的主張)(争点4)
第4争点についての当事者の主張
1争点1(原告と被告A社との本件責任割合)についての当事者の主張
(原告の主張)
(1)依拠すべき基準
ア原告の被告A社に対する求償権(以下「本件求償権」という。)
本件求償権は,四者協定に基づく契約上の請求権である。そして,基本
協定書4条でいう「責任関係が明確になり次第」というのは,本件事故に
ついての刑事・民事の判決が確定した時点のこと,すなわち本件民事判決
及び本件刑事判決(以下,これらを併せて「本件各判決」という。)が確
定した時点をいうものである。
イ共同不法行為者間の求償権の範囲
原告と被告A社は,基本協定書4条に基づいて,本件責任割合について
の協議(精算交渉及び本件調停)を行ったが,不調に終わり,本件責任割
合を当事者の意思で定めることができなくなった。したがって,本件責任
割合は,民法典に戻ってこれを定めるべきである。一般法において,この
責任割合,つまり共同不法行為者間の求償権の範囲は,「各共同不法行為
者の「過失割合」によって決まる」とするのが,通説かつ判例(最高裁判
所(以下「最高裁」という。)昭和41年11月18日判決・民集20巻
9号1886頁,同昭和63年7月1日判決・民集42巻6号451頁,
同平成10年9月10日・民集52巻6号1494頁他)である。ところ
で,本件民事判決(本件民事一審判決及び本件民事控訴審判決)は,いず
れも各当事者(法人)における各担当者(事故責任者)個人の不法行為責
任(民法709条)を前提として,原告及び被告A社の同法715条に基
づく代位責任を認定したものである。
したがって,本件においては,この本件民事判決で認定された各事故責
任者の不法行為責任を前提として,本件責任割合が論じられるべきである。
加えて,本件前提事実記載のとおり,本件事故につき被告A社従業員であ
るk運転主任及びl施設課長並びにm電業従業員であるn技師の3名の過
失を認定して有罪判決を言い渡した本件刑事判決は,確定している。
ウ依拠すべき基準
本件訴訟において,本件責任割合を決めるに当たって依拠すべきものは,
3つの確定判決である本件各判決で認定された過失である。
エ本件民事判決に基づく損害賠償金以外の補償金等の負担割合
本件民事判決に基づく損害賠償金以外の補償金等の負担割合もまた,本
件各判決で認定された各当事者(法人)の従業員の過失割合によるべきで
ある。「判決に基づき被害者に対して支払った賠償金」の分担割合と,
「示談で支払った補償金やその他の事故復旧費,人件費等」の分担割合と
を別の基準で決めるべき理由はない。
本件責任割合の定め方について当事者間で合意されたのは,基本協定書
4条の規定のみである。したがって,別段の特約がない限り,当事者の意
思としては,賠償金も含めたすべての費用の分担について同一の責任割合
によると考えていたというのが,妥当な意思解釈であるといえる。そして,
被害者に対する賠償金の分担については,原告と被告A社の各従業員の過
失割合によるというのが確定しているのであるから,当然,その他の費用
についても,原告と被告A社が,それと同一の責任割合によって分担する
というのが,妥当な結論である。
(2)過失割合の前提たる過失
ア本件民事一審判決において認定された過失
本件民事一審判決において認定された被告A社従業員の過失は,①q業
務課長が,信楽駅の出発信号機22Lが赤現示であるにもかかわらず,代
用閉そく手続を遵守せず,本件SKR列車を出発するよう指示した過失と,
②a運転士が,信楽駅の出発信号機が赤現示であるにもかかわらず,代用
閉そく手続を遵守せず,同列車を出発させた過失である。
イ本件民事控訴審判決によって認定された過失
同判決が認定し,損害賠償義務の根拠として取り上げた原告の従業員の
過失は,①本件事故直前にSKR線において被告A社従業員が代用閉そく
違反をしたことを知ったJR貴生川駅助役らが,本来この事実を上司に報
告すべき義務があるのに,これを上司に報告しなかったという報告義務違
反の過失と,②運輸部運用課長らには,上記事項に関する報告につき事前
の報告体制を確立する義務があるのに,これを怠ったという報告体制確立
義務違反の過失との2点のみである。
なお,被告A社は,原告が,方向優先てこ65Rを無断で設置し,操作
したこと(以下,上記てこを「本件てこ」といい,その設置及び本件事故
当日の操作を「本件てこの設置・操作」という。)が,本件赤固定,ひい
ては,本件事故の原因であるから,原告の責任は重大である旨主張するが,
本件赤固定の原因はこれだけではなく,被告A社の反位片鎖錠工事及び小
野谷信号場の場内信号の制御時期の変更も本件赤固定の原因であり,その
うちの1つが欠けても赤固定は発生しなかった。しかも,赤固定の状態が
発生したとしても,被告A社が閉そくを確保してさえいれば,本件事故は
発生していなかった。
つまり,本件てこの設置・操作は,本件赤固定の原因であったとしても,
本件事故の原因ではない。そして,本件民事控訴審判決は,この点に関す
る原告の過失を明確に否定している。
ウ民事判決(前訴)の拘束力
(ア)判決の法律要件的効力について
被告A社従業員の過失については本件民事一審判決があり,原告従業
員の過失については本件民事控訴審判決がある。これらの前訴の後訴で
ある本件訴訟に対する拘束力として,「判決の法律要件的効力」の類推
適用が考えられる。
(イ)本件民事控訴審判決の参加的効力について
被告A社は,本件民事一審において,原告と共同被告の立場にあった
が,実質的には本件遺族側に立って,原告に対する攻撃的な主張・立証
を行ったものであり,このような訴訟活動は,本件遺族に補助参加した
ものと変わらない。本件民事一審においては,原告及び被告A社各従業
員の責任の帰属及びその割合も含めて攻撃防御の対象となっていた上,
被告A社は,この点に関する攻撃防御の機会を十分に利用して訴訟活動
を展開した。その結果,本件民事一審判決が出されたものである。しか
も,被告A社は自らの意思で控訴しなかった。
このような状況下で,被告A社が,本件訴訟において,実質的に同一
の資料に基づいて,本件民事控訴審判決で示された判断の再考を求める
ことは,裁判所に同一の対象事実につき再度の審理を迫るものである上,
控訴制度の潜脱をもたらすものであり,訴訟手続における信義則にも悖
る。以上に照らせば,被告A社は,本件民事控訴審判決について参加的
効力を受けるべきである。
もともと共同訴訟の当事者は,他の共同訴訟人の相手方当事者への補
助参加人となることが許されることは通説であり,最高裁の判例でもあ
る(最高裁昭和51年3月30日判決)。したがって,被告A社は,本
件民事一審において,本件遺族に実質的に補助参加したものであり,補
助参加人が一旦訴訟に参加した以上,訴訟の終了まで補助参加人として
の地位を保持するのであるから,被告A社は,本件民事控訴審判決につ
いて参加的効力を受ける。
さらに,そもそも,本件訴訟において判例上責任割合の決定基準とさ
れている過失は,被害者との関係における加害者それぞれの過失であっ
て,その程度,内容は,あくまでも被害者との関係で論じるべきであり,
加害者相互間の法律関係などは,求償訴訟における責任割合の決定要素
とはならない。
(ウ)信義則上の効力について
仮に,被告A社が本件民事控訴審判決の参加的効力を受けないとして
も,同被告は,その訴訟活動に照らし,信義則上同判決を争うことがで
きない。
エ本件刑事判決において認定された被告A社従業員らの過失
本件刑事判決は,被告A社従業員らにつき下記のとおりの過失を認定し
ている。
(ア)k運転主任の過失
k運転主任は,信楽駅上り出発信号機の信号故障を認識し,その修理
をn技師に依頼していたのであるから,小野谷信号場に先着した下り本
件原告列車が行き違い予定の上り本件SKR列車未到着のまま,小野谷
信号場下り出発信号機の緑色誤表示に従い通過する可能性があることを
予見し,信楽駅出発信号が赤現示のまま,本件SKR列車を出発させる
に当たっては,l施設課長と密に連絡をとって,継電連動装置の使用停
止前はn技師の修理を中止させるよう強く要請して列車の安全を確認し,
かつ小野谷信号場まで要員を派遣配置し,信楽駅・小野谷信号場間の区
間開通の確認をしてその安全を確認し,同列車に指導者を同乗させるな
ど,代用閉そくである指導通信式所定の手続をとり,その上で,同列車
を出発させるべき業務上の注意義務があるのに,これを怠ったまま同列
車を出発させた過失がある。
(イ)l施設課長の過失
l施設課長は,施設課長として,n技師に継電連動装置の点検・修理
を指示するについては,直ちに継電連動装置の使用を停止し,仮に修理
させる場合には,同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせないよう
に同技師を厳しく監督し,さらに,上記修理により同装置に関連する信
号機に誤作動を生じさせる可能性があるから,k運転主任と連絡を密に
とって,n技師が点検修理中は,k運転主任に本件SKR列車の出発を
見合わせるよう強く要請して列車の運行の安全を確認すべき業務上の注
意義務があるのに,これらを怠り,継電連動装置の使用停止措置をとら
ず,漫然とn技師に修理を継続させ,小野谷信号場下り出発信号機に緑
色を現示し得る状態を生じさせた過失がある。
(ウ)n技師の過失
n技師は,信楽駅継電連動装置の修理をするに当たり,それが小野谷
信号場下り出発信号機に誤作動を生じさせる可能性のある行為であるこ
とから,l施設課長に連絡をとって,継電連動装置の使用を停止するよ
う要請し,それがされたことを確認するか,上記確認ができない場合は
上記修理を中止し,正当な条件を経ない電源で動作させるなどの行為
(短絡行為)を中止しなければならない業務上の注意義務があるのに,
これらをいずれも怠り,上記装置の使用停止を要請せず,修理も中止し
ないで,小野谷信号場下り出発信号機に緑色を現示し得る状態を生じさ
せた過失がある。
オ本件事故の原因
(ア)以上のとおり,本件責任割合を検討するに当たって,検討の対象と
すべき過失は,原告従業員の報告義務及び報告体制確立義務違反,被告
A社従業員らの代用閉そく違反及び常用閉そくシステムの破壊行為であ
る。
被告A社は,考慮されるべき原告側の過失として,①本件てこの無断
設置・操作の義務違反,②5月3日の信号トラブル発生後の原因解明の
義務違反,③教育・訓練に関する義務違反,④報告体制確立に関する義
務違反,⑤代用閉そく方式の区間開通確認等の手順の遵守義務違反及び
⑥b運転士の連絡義務違反を挙げる。しかしながら,②及び⑤の過失は,
本件民事一審判決ですら認定していない過失であって,本件訴訟におい
て検討の対象とすることはできない(⑤の過失については,その内容・
論旨が極めて不明瞭である。)。また,①及び⑥の過失は,本件民事控
訴審判決で認定されていないから,本件訴訟で検討されるべきでない。
被告A社は,本件赤固定が被告A社従業員らの上記代用閉そく違反及
び常用閉そくシステムの破壊行為を誘発し,これらが本件赤固定により,
必然的に発生したかのような主張をするので,本件事故の原因について
述べる。
(イ)本件事故の原因
a本件事故発生の経緯からすると,本件事故の事故原因は,①常用閉
そく方式による閉そくを破壊した行為,すなわち,誤出発検知装置を
支障させたことにより,小野谷信号場下り出発信号機13Rについて,
本来停止現示(赤)となるべきところを進行現示(緑)をさせて,b
運転士が操縦する本件原告列車の通過を許したこと,②代用閉そく方
式による閉そくを確保しなかった行為,すなわち,小野谷信号場に駅
長を派遣して,小野谷信号場・信楽駅間の閉そくを確保し,本件原告
列車を停止させるべきであったのに,その措置をとらずに本件SKR
列車を発車させたこと(停止させることが間に合わなかった場合には,
信楽駅から列車を発車させないよう連絡することになる)であり,上
記2つの原因が必要的に競合したことである。
bまず,①の点について敷衍すれば,次のとおりである。当時被告A
社の信号システムは,小野谷信号場・信楽駅間の運転方向が下りに固
定されていた。通常であれば,下り列車が信楽駅に到着すれば,小野
谷信号場・信楽駅間の運転方向は下り設定が解除されるが,本件では,
本件てこの操作や小野谷信号場場内信号機12Rと下り出発信号機1
3Rとの反位片鎖錠の連動等が原因となって,下り列車が信楽駅に到
着しても13RASR(接近進路鎖錠リレー)が落下したまま扛上せ
ず,そのため小野谷信号場・信楽駅間の運転方向も,列車が信楽駅に
到着しても下りが解除されず,本件赤固定が生じたのである。しかし
ながら,被告A社の信号システムは,列車制御点におけるARC(A
utomaticRouteContorolの略で「自動進路
設定装置」の意味である。列車の進路に対する信号機等の制御を,列
車がその制御区間に進入することにより,自動的に行う制御装置とし
て,連動装置に敷設して使用される。)の機能,誤出発検知装置の機
能等,その余の機能は正常であった。また,上記運転方向の固定(本
件赤固定)も安全にかかわる故障ではない。ところが,n技師は,し
てはならない「わたり行為」を信楽駅の継電室で行い,誤出発検知装
置を支障させ,本件SKR列車が小野谷信号場・信楽駅間に在線する
にもかかわらず,小野谷信号場の下り出発信号機に進行現示をさせた。
被告A社が採用している特殊自動閉そく方式では,閉そくは,「出
発信号機にあっては,閉そく区間に列車又は車両が進入し,かつ,当
該列車又は車両が当該閉そく区間から進出していないとき」には,
「信号の自動作用により停止信号を現示する信号機を使用して行わな
ければならない。」のである。特殊自動閉そく方式において,閉そく
は,信号の自動作用によって行われており,小野谷信号場・信楽駅間
を1閉そく区間とする閉そく区間において,同閉そく区間に列車が在
線しているにもかかわらず,小野谷信号場下り出発信号機に進行信号
を現示させた行為は,この閉そくを破壊した行為である。すなわち,
誤出発検知装置を支障させた行為は,信号システム管理者による常用
閉そく方式による閉そくを破壊した行為に該当する。本件において同
装置を支障させなければ,本件SKR列車が10時25分に信楽駅を
発車した時点で,小野谷信号場下り出発信号機は,進行(緑)現示か
ら停止(赤)現示に変わり,b運転士が操縦する本件原告列車が小野
谷信号場に到着したのは10時31分であるから,同運転士は,同停
止信号に従って小野谷信号場で停止することとなり,本件事故は発生
しなかった。n技師が,誤出発検知装置を支障させたことは,本件事
故発生のうち最重要の原因の一つである。
cもう一つの重大な事故原因は,上記②のとおり,被告A社において
閉そくを確保しなかったことである。これは,代用閉そくを施行する
際に定められている所定の手続を踏まなかったこととは質的に異なる。
「区間開通確認の懈怠」等の手続懈怠は,本件事故の原因ではない。
閉そくとは,列車を運転する線路を一定の区間に区切って,一つの
区間には,1列車以外に他の列車を同時に運転させないようにするこ
とであるから,閉そくを実現しようと思えば,それに関して定められ
た諸手続(例えば指導者の同乗,運転通告券の交付,代用手信号によ
る停止ないし発車の指示等)を履行する前提となる措置として,閉そ
く区間の両端において,当該閉そく区間に進入しようとする列車に対
し,停止や進行を指示し得る体制が存在することが不可欠である。仮
に,A,B,C,Dの各駅が順次設置されていた場合に,B駅とC駅
との間を1閉そく区間として,自動(特殊自動)閉そく方式を採用せ
ず,代用閉そく方式によって,この区間の閉そくを確保した運転をす
るためには,A駅から来る列車に停止や進行の指示を与えるためにB
駅に駅長を置き,同様にD駅から来る列車に指示を与えるためにC駅
に駅長を置かなければならない。区間の両端において列車の運行を支
配し得るシステムの設置又は要員の配置は,閉そくを確保する前提と
なり,かつ本質的事柄である。そして,通常の場合には,閉そく区間
の両端に駅長を配置した後,駅長の打合せにより,所定の諸手続に従
い,運転士等に指示を与えて閉そくを確保した運転がされている。
ところが,本件においては,小野谷信号場・信楽駅間は1閉そく区
間であるにもかかわらず,被告A社は小野谷信号場に駅長を置かずに,
代用閉そく方式による運転を開始した。上記のとおり区間の両端にお
いて列車の運行を指示し得ることこそが,閉そくの本質である。した
がって,被告A社は,閉そくを確保しない運転をしたのであり,その
実質において,常用閉そく方式がとられているのに故意により赤信号
冒進をしたのと何ら変わらない。このような被告A社の閉そくを否定
した列車の運行は,平成3年4月8日と同月12日に貴生川駅の出発
信号機が赤固定したため,小野谷信号場に駅長を派遣した上で貴生川
駅・小野谷信号場間で代用閉そく方式に従って運転をしたこととは,
本質的に異なる。
d仮に,閉そくを確保しなかった②だけが存し,閉そくを破壊した①
が存しない場合,被告A社が小野谷信号場に駅長を派遣しないで列車
を発車させても,同信号場の下り出発信号を支障させなければ事故は
発生しなかったし(5月3日の信号トラブルはこの例である),逆に
②が存在せず,①が存する場合,同信号場の下り出発信号を支障させ
ても,被告A社が同信号場に人を派遣して閉そくを確保して信楽駅を
出発していれば,本件事故は発生しなかったから,本件事故は,①及
び②のうち,いずれかを欠いても絶対に発生しなかった。常用閉そく
方式,代用閉そく方式のいずれかの方式による閉そくが確保されてい
る限り,本件事故は発生しなかったのに,被告A社関係者は,いずれ
の閉そく方式も侵害したのである。
本件事故は,鉄道輸送においてもっとも重視され,遵守が要求され
ている閉そくというルールに著しく違反する人為的行為である①と②
とが必要的に競合して発生したものであり,①と②とは,共に鉄道輸
送における安全確保の根幹をなす閉そくを否定した点で,その重要性
においてほぼ同等の,そして,本件事故原因としてこれ以外にはない,
という意味で唯一のものである。
(ウ)本件赤固定は多種多様な信号故障の一つに過ぎないこと
本件赤固定は,多種多様な信号故障の一つに過ぎない。信号故障の場
合には,常用閉そく方式を履行できなくなるので,当時の運輸省(当時,
現在は国土交通省。以下,当時の事項については「運輸省」という。)
令である鉄道運転規則(平成14年3月に廃止)並びに同規則に代わっ
て現在施行されている国土交通省令「鉄道に関する技術上の基準を定め
る省令」及びその「解釈基準」は,代用閉そく方式を定め,これによっ
て,鉄道輸送における安全確保の根幹をなす閉そくを確保した運行を鉄
道事業者に求めている。これは,電気で作動する信号システムは,何ら
かの故障が一定の限度で不可避であるため,故障が発生した場合を想定
してのものとみられる。被告A社は,この信号故障である本件赤固定に
ついて,その原因として,原告の被告A社との連絡不十分,本件てこの
無断設置及びその連絡欠如,これを早期に操作したこと,操作したこと
の連絡欠如等をあげるが,信号故障の原因としては,これらに限らず
種々の要因が重なって生じるものがあることは,容易に推測可能である。
現に,SKR線内では,本件事故前の平成3年4月8日と同月12日
にも信号故障が発生し,貴生川駅の出発信号に進行を現示させることが
不可能となり,同出発信号は「赤固定」したが,代用閉そく方式が施行
された。この原因は,同駅に設置された方向回線用電源の電圧設定が8
7ボルトのときに,異常発振が発生したものであると推定されている。
この際に,原告と被告A社との打合せにより,代用閉そく方式による列
車の運行がされたが,仮に運行時に被告A社の閉そく不確保により,正
面衝突事故が発生した場合,同被告は,原告関係者に対し,その事故発
生の責任として,上記赤固定の原因となった方向回線用電源を設置した
ことや,電圧設定ないし異常発振に気付かなかったことについて責任等
を追及するとは考えられない。また,仮に,原告社員が代用閉そく方式
を取らなかったため事故が発生したと仮定しても,原告は,事故を発生
させた責任(懲戒処分等の責任)として,閉そくを確保しないで運行し
た駅係員の責任のみを追及するのであり,信号システムの設計・運用に
係わった信号通信関係の社員については,故障させたことに関する責任
以外に,事故発生の責任まで追及することなど考えられない。
赤固定という信号システムの故障は,本来,本件事故のような衝突事
故発生の原因とはみられない。
(エ)本件赤固定と本件事故の発生との間には相当因果関係がないこと
相当因果関係論とは,例えば,XがYに飛行機搭乗を勧め,Yがその
勧めに従って飛行機に搭乗したところ,飛行機が事故で墜落してYが死
亡したという例において,Xの搭乗勧誘行為とYの死亡との間には条件
関係ないし事実的因果関係は認められるが,相当因果関係は認められな
いとするものである。刑事法学では,ある実行行為に続いて後に他人の
行為等が介在して結果が発生し,その実行行為と結果発生との間に事実
的因果関係が存在しても,いかなる場合に相当因果関係が否定されるか
について,①当該行為(本件では本件赤固定)に存する結果発生の確率
の大小,②介在事情の異常性の大小,③介在事情の結果への寄与の大小
の三点により判断すべきとされ,②については,当該行為から必然的に
惹き起こされたのか,そのような行為に付随してしばしば起こるものな
のか,めったに生じないものなのか,当該行為とはまったく無関係に生
じたものなのか等により,次第に因果性が否定されやすいとされ,③も,
因果性の判断にとって重要であるとされる(前田雅英「刑法総論講義第
4版」)。
これを本件に当てはめると,「当該行為」とは,赤固定させた原因で
あり,「介在事情」とは,常用閉そくの破壊及び代用閉そく違反の各行
為であるところ,①赤固定は通常の信号故障であり,信号故障は相当程
度発生しているが,これによる正面衝突事故は寡聞にして知らないから,
赤固定を原因とする正面衝突事故発生の確率は極めて低い。②被告A社
による常用閉そく方式及び代用閉そく方式による閉そくの否定は,どの
一つをとっても鉄道輸送の根本的ルールに反するものであり,それが同
時に発生したことは,ますます異常な事態であって,異常性の程度は極
めて高く,かつ赤固定が生じても,2つの閉そく違反が同時に引き続い
て生じるケースはゼロに近い。③列車の正面衝突ないし追突事故の発生
を防止する仕組みとして,「閉そく」の確保が要請されているところ,
本件事故は,被告A社関係者による二重の閉そくを否定する行為によっ
て必然的に生じたものであり,その寄与の程度は極めて高く,この閉そ
くを否定する行為によって,正面衝突事故が発生した。したがって,本
件赤固定と結果発生との間の相当因果関係は否定されるべきである。
以上によれば,本件てこの無断設置・操作の義務違反は,赤固定と本
件衝突事故との間に相当因果関係を認めることができないから,その義
務違反等を論ずるまでもなく,本件事故における過失行為とはいえない。
カ本件てこの無断設置・操作の義務違反の過失が認められないこと
本件てこの設置・操作は,列車の安全運行を阻害するようなものではな
い。そもそも,方向優先てこの機能・目的は,CTC(列車集中制御装
置)線区で一般的に使用されている「方向てこ」と同様の機能を持つに過
ぎず,現に貴生川駅には,貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向を設定す
る「方向てこ」が設置されており,原告は,被告A社からその取扱いの委
託を受けていた。また,本件てこは,小野谷信号場上り出発信号機12L
を抑止するだけの目的であり,その設置自体に特別な意味はない。そして,
同出発信号機12Lを抑止する目的は,SKR線の終着駅でもあるJR草
津線貴生川駅にはホームが1線しかなく,JR線からの直通乗入列車とS
KR線上り列車とが輻輳したり,SKR線上り列車が連続して到着したよ
うな場合,身動きがとれなくなることを避けるためであり,もともとSK
R線の列車運行を円滑に行うために必要なシステムであった。そして,本
件てこは,貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向においてのみ機能するも
のであり,本来は,その次の閉そく区間である小野谷信号場・信楽駅間の
端にある信楽駅の上り出発信号機22Lの赤固定の原因にはなり得なかっ
た。それに影響を及ぼしたのは,小野谷信号場の下り場内・出発信号機間
の反位片鎖錠の連動と,被告A社が独自に信号システムの変更工事をした
結果である。
本件赤固定の原因は,①本件てこの操作のほか,②小野谷信号場場内信
号機12Rと下り出発信号機13Rとの間の反位片鎖錠の連動及び③上記
12Rの接近点の変更工事(被告A社が,12RをARCによる制御から
下り方向の設定による制御に変更したもの)によって生じたものであって,
原告は,②及び③に関与していないから,本件赤固定の原因についても,
原告の関与は,多くとも3分の1に過ぎない。原告は,②及び③について
知らなかったから,原告が,本件てこを操作すれば本件赤固定を発生させ
ることなど予見不可能である。この点は,原告が本件民事一審及び本件控
訴審において,b運転士の過失の不存在とともに,特に力説したところで
あり,本件民事控訴審判決も原審が認定した上記過失を否定した。
キb運転士の過失が認められないこと
(ア)はじめに
被告A社が主張する原告の過失のうち,③教育・訓練に関する義務違
反及び⑥b運転士の連絡義務違反の過失は,小野谷信号場に到着した下
り列車の運転士は,対向列車が待避線にいないのであるから,たとえ下
り出発信号機が緑現示であっても,その理由等を知るため信楽駅に連絡
をしてから発車すべきであり,原告はこれについての教育訓練を怠り,
b運転士はその連絡をしなかったことをそれぞれ原告の過失である,と
いうものである。しかしながら,上記主張はいずれも失当である。
(イ)運転士の一般的注意義務について
本件民事一審判決は,鉄道輸送の運転士の一般的注意義務として「運
転士としての合理的な判断基準に照らして,信号現示に従うことが一番
安全というわけではないと判断される場合には,たとえ進行信号が現示
されており,時刻表に定めた時刻になっていたとしても,列車を停止さ
せて,指令員の指示を仰ぐべきであることは,あまりにも当然であり,
列車運転のプロフェッションとして日常ハンドルを握っている運転士に
右の程度の注意義務を課したところで,何ら過重な負担を課すことには
ならないというべきである。」と判示する。
しかしながら,運転士の一般的注意義務としてこのような義務を認め
ることが,「運転士としては,信号機に現示された信号を信頼して行動
してはならず,具体的状況下において閉そくが確保されているかどうか
を不断に判断して,衝突回避行動をとらなければならない。」との趣旨
であるとすれば,それは,鉄道輸送における信号保安システムのよって
立つ基盤そのものを否定することになり,我が国全体の鉄道輸送におけ
る保安システムの設計は,根幹から見直しを迫られるのみならず,すべ
ての鉄道事業者の事業運営にも大きな影響を与える。また,信号機が道
路交通の保安システムとして採用されていることからすると,日常社会
における交通安全義務にも波及する由々しき結果を招きかねない。鉄道
輸送の安全は,閉そくによって確保されており,閉そくが遵守されてい
る限り,列車同士の衝突事故は絶対に発生しない。閉そくを確保する仕
組みは信号システムであり,自動閉そく方式ないし特殊自動閉そく方式
において,進行信号の現示は,その先の閉そくが確保されていることを
示す。したがって,信号の現示に従って列車を運転する限り,衝突事故
は起こりようがない。逆に,この閉そくを遵守しない者がいると衝突事
故発生の危険が生じるが,鉄道事業者は,仮にそのような事態が発生し
ても事故の発生を避けるために,種々のシステムや装置を整備しており,
進行信号の現示の信頼性は揺ぎない領域に達しており,一般の道路にお
ける信号保安システムとは比較にならない程の高度な安全性を備えてい
る。
このように,運転士は,閉そくの確保に関しては信号の現示に従って
進行ないし停止の措置をとれば足り,進行信号が現示されている時でも,
常に閉そくが確保されているかどうかの裁量的判断を運転士に求め,そ
の確認義務を運転士に対して措定することはできず,そのようなときに
も,運転士に対して確認義務を課すような教育は,鉄道システムの根本
に反するものとして,鉄道会社として到底すべきではない。したがって,
この点について原告に教育訓練の義務など課し得ない。
(ウ)b運転士に予見可能性が認められないこと
運転士は,信号の現示を見て列車を運転するものであり,信号システ
ムの仕組み(リレー等)や配線の状況,保守・管理等の実態等は知らず,
電気的,自動的に作動する信号の現示が誤っていることを予見すること
は不可能である上,信号システムはフェールセーフの方向で設定されて
おり,かつ運転士はそのように教育されているから,信号が停止現示す
べきところを進行現示をしている危険があることを認識する可能性は,
ゼロに等しい。本件民事一審判決は,国鉄時代を通じていわゆる錯誤信
号があったことを根拠に上記主張を否定するが,運転士が錯誤信号に遭
遇する確率は数億分の1であり,このようなゼロに等しい確率でしか生
じない事態について予見可能性は問題とはならず,本件事故当日にb運
転士が本件原告列車を運転して小野谷信号場に差し掛かった具体的状況
において,下り出発信号機13Rが錯誤信号であるとの認識を可能とす
る事情はまったくない。本件民事一審判決は,b運転士が,4月12日
の信号トラブルにおいて小野谷信号場上り出発信号12Lに一時的に進
行現示が出たことを認識の根拠とするが,「フェールセーフの原則を脅
かす異常現示」などとはいえず,到底本件事故当日の誤表示の認識可能
性を認めることはできない。
また,被告A社及び本件民事一審判決は,b運転士の予見可能性を認
めるにつき,4月12日及び5月3日の2回の信号トラブル及びその際
の被告A社による代用閉そく方式の手続違反の経験並びに小野谷信号場
の待避線に本件SKR列車が存在しないことの認識を重視し,これらが
同運転士の予見可能を基礎づける事由であるとしている。しかしながら,
まず,信号トラブルが発生した事実だけから,運転士は信号システムに
疑問を抱くべきということにはならない。信号故障を経験した運転士は,
その後の運行再開により故障は修理され,故障原因は取り除かれたと考
えるものであるからである。また,本件各事前トラブルにおける被告A
社による代用閉そく方式の手続違反については,いずれも,閉そくを確
保しない運転を予見させるものではなく,b運転士が経験した5月3日
の信号トラブルの際の小野谷信号場・信楽駅間の代用閉そく手続は,運
転通告券の不交付を除いてほぼ完全にされていたから,この事実もまた,
閉そく不確保の運転を予見させるべき事情とはいえない。さらに,待避
線に列車がいない状況については,そもそも,SKR線のダイヤ上必ず
小野谷信号場で行き違いがされるということはなく,ダイヤ上,下り列
車が連続して信楽駅に向かい,小野谷信号場で行き違いをしないで,信
楽駅で行き違うダイヤが現に存在した。したがって,待避線に列車がい
ない状況は,異常ではなくARCの正常な動作の結果とみることができ
る。また,信楽駅からの出発が遅れ,信楽駅に列車が在線した状況のま
ま,貴生川駅を出発した下り列車が先に貴生川駅・小野谷信号場間に設
置されているARCを踏めば,ARCの作用により,待避線に上り列車
がいない状況で自動的に小野谷信号場下り出発信号機13Rに進行信号
が現示され,信楽駅の上り出発信号機22Lは,停止信号のままとなる。
これもARCの正常な作用であって,なんら異常事態ではない。b運転
士は,SKR線にARCが設置されていることを認識していたのである
から,小野谷信号場の下り出発信号機の表示を異常事態と考えるはずが
ない。
結局,b運転士に本件事故発生の予見可能性を認めることはできない
から,同運転士に過失責任はない。
(3)過失割合について
ア被告A社の過失の重大性
過失割合を定めるに当たり,対象となる過失は,原告従業員の報告義務
及び報告体制確立義務違反,被告A社従業員らの代用閉そく違反及び常用
閉そくシステムの破壊行為である。鉄道関係者の間では,広く「信号は鉄
道の命」ということがいわれており,その信号システムを破壊した過失
(常用閉そくシステムの破壊行為)は極めて大きく,鉄道輸送の安全確保
の根幹をなす「閉そく」を確保しなかった過失(代用閉そく違反)も極め
て大きい。
イ被告A社の責任の程度に関する主張について
(ア)赤固定が代用閉そく違反の原因行為であるとの主張について
前述したとおり,赤固定は,信号が故障した場合に通常発生する現象
であるから,代用閉そく違反の原因行為ではない。本件赤固定の原因の
一つに原告が関与していたとしても,その事実は,被告A社の責任を軽
減することにはならず,過失行為と評価されない事象を負担割合の決定
に際して考慮することは,近代私法の大原則である責任主義に反し,許
されない。
(イ)被告A社関係者らがパニックに陥ったとの主張について
被告A社は,本件刑事判決を引用して本件赤固定により,n技師を含
む被告A社従業員がパニック状態になった旨主張するが,本来,鉄道従
業員は,異常事態が発生した場合にはその状況を冷静に判断し,速やか
に安全適切な処置をとるべきであって,信号故障が発生しただけでパニ
ック状態になること自体が大きな落ち度であるから,パニック状態にな
ったことは,被告A社の過失の程度を何ら軽減させる要素ではない。
(ウ)代用閉そく方式の手順を遵守することの困難性に関する主張につい

被告A社は,代用閉そく方式を実施するには,小野谷信号場の駅長役,
区間開通確認をする者及び指導者の3名が必要であるところ,同被告に
は人員の余裕がなく,また,正式に代用閉そく方式を履行しようとする
と,徒歩等による区間開通確認等のため1時間以上かかり,当時の状況
からすると代用閉そくの実施が困難であったから,代用閉そく方式の手
順遵守の困難性は,同被告の過失の程度を斟酌するについて,十分考慮
に入れられるべきである旨主張する。
しかしながら,小野谷信号場に派遣する駅長が区間開通確認を併せて
行うことは十分可能であり,同確認に1時間も要することはない。SK
R線の列車本数は少ないから,区間開通確認は,線路を全区間徒歩で行
かなくとも,その時刻に走行している列車がどこにいるかは,適宜の方
法で確認することができる。被告A社は,本件事故当日には,手持ちの
4両の車両をすべて連結して列車を編成しており,それが,本件SKR
列車として信楽駅から発車しようとしていた。一方,原告の列車は,本
件原告列車が10時19分に貴生川駅を発車しており,ダイヤ上ほかに
原告の列車は乗り入れていなかった。このように,当時SKR線には上
記2列車しか存在せず,小野谷信号場・信楽駅間の閉そく区間の区間開
通確認は,本件原告列車の位置さえ把握すれば済むことであった。そし
て,列車の運行時間は,貴生川駅・小野谷信号場間が約12分,同信号
場・信楽駅間は約14分程度しか要しないから,本件原告列車がどこを
走行しているかは,貴生川駅と連絡をとり,その発車時刻を確認すれば,
容易に把握することができた。したがって,代用閉そく方式の施行のた
めには,小野谷信号場の駅長役の社員を自動車で派遣すれば足り,それ
に要する時間も,自動車で同信号場に到着するまでの所要時間があれば
足りた。
また,駅長役と列車に乗る指導者との2名の社員がいれば,代用閉そ
く方式を正しく履践することが可能であった。本件事故当時被告A社は,
r運転主任を小野谷信号場に自動車で派遣しており,q業務課長が指導
者として本件SKR列車に乗車していたのであるから,被告A社には,
代用閉そく方式を完全に履行する要員体制が存在した。このように,零
細企業であったことと,代用閉そくを履行しなかったこととは関係がな
いから,そのような事情を過失の程度を軽減する事情とすることはでき
ない。
(エ)原告の結果回避容易性に関する主張について
被告A社は,原告が本件てこの設置を被告A社に連絡し,同被告との
間で連動図表,結線図を交換し,その内容と操作方法を十分検討・協議
しておれば,赤固定の原因を解明し,本件事故の発生を回避することが
容易であった,事故回避の容易性の程度も責任割合を判断するうえで考
慮されるべきである旨主張する。
しかしながら,本件赤固定は,種々の特殊な条件が重なって,本来は
貴生川駅・小野谷信号場間の閉そく区間にしか関係しないはずの本件て
こが,小野谷信号場・信楽駅間まで影響を及ぼして発生したものであり,
この事象の機序が判明したのは,当時運輸省事故調査委員会で事故調査
に当たった松本鑑定人が,SKR線で実車による実験をしたことによる。
したがって,仮に双方が事前に本件てこ等の情報を交換していたとして
も,5月3日の信号トラブル時や本件事故時の赤固定の原因が直ちに判
明して,本件事故が発生しなかったとはいえない。双方の連絡協議によ
って本件赤固定や本件事故発生が回避されたはずであるという本件刑事
判決の認定は誤りである。仮に,そうであったとしても,赤固定は,原
告の過失と評価できないから無意味である。また,仮に結果回避の容易
性を論じるにしても,それは,被告A社においても容易な事柄であった。
連絡協議の不備は,原告及び被告A社双方に関するものであるから,特
に過失割合に影響を与えるものではない。
(オ)原告の主導性等について
被告A社は,原告が安全確保の場面で主導的役割を果たしてきたこと
等を理由に,本件求償権の範囲は,信義則上相当程度限定されるべきで
ある旨主張する。しかしながら,仮に本件直通乗入れに当たり,安全確
保の面で原告が主導的な立場であったとしても,被告A社の閉そく違反
による負担部分がなぜ減縮するのか,また,上記主導性が過失の程度に
いかなる影響を及ぼすのかは不明である。
ウ過失割合の検討に関する基本的視点について
被告A社は,それぞれの負担割合を決するには,本件直通乗入れ実施に
至る経緯,本件直通乗入れ事業の内容,安全確保のための原告・被告A社
一体となった共同体制を考慮し,直近の過失のみならず,本件事故に至る
まで現に存するその他の過失行為を含めて検討すべきであり,その過失行
為を検討するに当たっては,それぞれの重みや過失相互間の関係,過失行
為の回避可能性や鉄道事故の発生を防止するとの観点も加味して,損害の
公平な分担が図られるべきである旨主張する。そして,原告としても本件
直通乗入れに当たって,双方の間で様々な連携や協議が行われ,安全確保
を含め,列車運行のために共同体制がとられていたことを否定するもので
はない。
しかしながら,被告A社の上記主張を,仮に過失とまで評価できない行
為ないし事情であっても,鉄道事故の発生を防止するという観点からみて,
事故発生に至る因果の鎖の中で,何らかの意味で結果発生に影響を与えた
とみられる行為や事情,その他損害の公平な負担の観点からみて考慮すべ
き事情があれば,共同不法行為者間の負担割合を決定する場面ではそれを
斟酌すべきである,という趣旨と理解するのであれば,上記見解は,過失
の割合によって共同不法行為者間の負担部分が決定されるという判例に反
するばかりでなく,過失行為と認められない行為について損害賠償義務を
負わせることになり,過失責任主義に背馳する。共同不法行為者間におけ
る負担割合は,一方を増大させれば他方が減縮する関係にあり,その意味
で,加害者の責任を減縮させる方向でしか働かない過失相殺とは本質的に
異なる。過失行為とみることができない本件てこの設置・操作や,被告A
社との連絡・協議の不十分,b運転士の小野谷信号場の通過行為,教育訓
練の不十分等の諸々の事情は,本件責任割合を検討するに当たって,一切
考慮すべきではない。
もともと本件事故は,被告A社が列車同士の正面衝突事故ないし追突事
故を避けるために採用されている根本的ルールである「閉そく」を確保し
なかったことによって,正面衝突という態様で発生した事故であるから,
同被告の過失は極めて重大・明白であり,それに至る過程における様々な
事象を問題とする余地は,同被告の代用閉そく違反を防止するための原告
から被告A社に対する是正申入れをする機会を失わせたという意味で,本
件民事控訴審判決で認定された報告義務ないし報告体制確立義務違反を除
いて存在しない。
エ原告の報告義務ないし報告体制確立義務違反について
本件民事控訴審判決が認定した原告従業員の過失は,上記の報告義務違
反及び報告体制確立義務違反の2点のみである。そして,同判決は,
「(原告の)s助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対し被告A社
による代用閉そく方式の違反行為を報告しておれば,安全に関する事項を
統括する原告鉄道本部安全対策室を通じるなどして被告A社に対しその違
反行為の是正を申し入れ,被告A社もその申し入れを受けて代用閉そく方
式の違反行為を是正し,本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが
相当である」と判示している。
本件民事控訴審判決がいう報告義務の対象事実は,平成3年4月8日,
同月12日及び5月3日の信号トラブル時における被告A社社員らによる
「指揮命令系統の混乱」,「区間開通確認の懈怠」,「運転通告券の不交
付」等であり,これらは,代用閉そく方式で定められている手続的行為の
不履行ではあるが,直接閉そくを確保していないことを示す行為ではない。
また,上記報告義務ないし報告体制確立義務は,SKR線区内の事柄に関
するものであるから,第一次的には,被告A社が負うべき義務であって,
原告の義務は二次的というべきである。さらに,上記各義務違反という過
失行為は,その報告されるべき内容を原告が被告A社に伝え,同被告がこ
れに応じて代用閉そく方式を確実に履行する,という2段階の行為を介し
て,初めて事故が防止されるという性質のものであり,上記義務を履行す
ることによる結果回避可能性は,同判決の判示をみても,なお不確定的で
ある。
オ過失の割合
原告及び被告A社の各過失の割合は,当該過失行為の結果発生に与えた
原因力の程度,違反した義務の内容の重要性,義務違反の程度の重大性,
義務違反の態様の悪質性,予見可能性の程度,過失相互の関係等を総合し
て判断すべきと考えられる。
そこで,各事項について検討するのに,まず各過失行為の原因力をみれ
ば,被告A社の本件事故直近の二つの過失,すなわち常用閉そくの破壊と
代用閉そくの不確保は,「列車衝突事故」を防止するための大原則である
閉そくを確保しなかったために,直接列車衝突事故を発生させたという点
で,原因力を評価するに当たっては最大のレベルにあるのに対し,被告A
社社員による代用閉そく方式の手続違反事実に関する原告の報告義務及び
報告体制確立義務違反は,被告A社社員による本件事故の1か月以上前か
ら約10日前の事象に関するものであり,それ単独では事故を発生させる
ような過失ではなく,更に事故防止のためには,原告から被告A社に対す
る手続遵守の勧告ないし警告行為及び被告A社によるその遵守行為という
2段階の行為を介しなければならず,原因力において微少というべきであ
る。
次に,義務違反の重要性をみるのに,被告A社の義務違反は,鉄道にお
ける安全確保の根幹をなす閉そくの確保であり,その内容において極めて
基本的かつ重要な義務であるのに対し,原告の義務違反は,事前に存した
被告A社の代用閉そく方式の手続違反行為に関する報告義務であって,他
社の線区における他社の社員の行為に関するものであり,かつ,同被告の
代用閉そく違反を防止すべき内容のものであるから,付随的・副次的とい
うべく,重要性において低位にある。
義務違反の程度についてみれば,被告A社の義務違反は,常用閉そく方
式を破壊して,本来停止現示を出すべき小野谷信号場下り出発信号機に進
行現示を出させた点及び閉そくの本質であるところの駅長を閉そく区間の
一端である小野谷信号場へ派遣しなかった点で,鉄道の根本原則である閉
そくを破壊するか,まったく確保しておらず,違反の程度は極めて高いと
いうべきであるが,一方原告の義務違反は,報告しなかったものは,代用
閉そく方式の手続違反にかかわる事実であって,閉そくそのものを確保し
なかった事実に関するものではなく,そもそも不作為のもので,軽度とい
うべきである。
違反の態様をみると,被告A社は,r運転主任が小野谷信号場に到着し
て,本件原告列車が同信号場に停車せずに通過したとの報告を待ちさえす
ればよかったにもかかわらず,その時間を惜しんで,同列車が小野谷信号
場に停車するものと軽信して本件SKR列車を発車させた点で,赤信号冒
進に等しい閉そく違反を行ったものであり,かつ積極的に信号システムに
「わたり行為」という手を加え,常用閉そくシステムを破壊したものであ
るから,態様においても悪質であるが,原告のそれは,不作為のものであ
って,態様においても軽度というべきである。
予見可能性の程度をみるのに,被告A社の過失は,本件事故直前の常用
閉そくの破壊及び代用閉そくの不確保であるから,これらの行為をすれば
正面衝突事故を発生させることを予見することは極めて容易であり,予見
可能性は最高度のものといえるが,原告の各義務違反から直ちに,被告A
社が鉄道輸送の大原則である閉そくを確保しない運転をして事故が発生す
ることを予見することは困難である。
さらに,過失相互の関係をみても,被告A社の過失は,本件事故の直近
に,かつ直接的に加害行為を行ったものであるが,原告のそれは,被告A
社の過失を介して存在するという間接的かつ隔時的過失であり,また,同
被告の過失を前提とする付随的・副次的過失である。すなわち,被告A社
の過失は,それだけでも単独で存在し得る過失であるが,原告の過失は,
被告A社の上記過失なくして単独では存在し得ない過失である。
被告A社は,直近の過失だけを捉えてその原因となった過失や会社の体
制に目を向けないのは,一般的な見解ではないとか,重大事故が発生する
前の様々な予兆に関する情報を集める体制を確立することが確実で唯一の
安全対策であるが,原告はそれを講じておらず,その過失は大きいなどと
主張するが,こうした議論は,本件のように,発生した事故に関する責任
の大小を評価する場合とは,次元を異にする議論である。本件訴訟は,本
件責任割合を決することが審理の目的であり,その場合に検討すべき対象
は,過失の存否とその程度である。
カ結論
以上を総合して考察すれば,原告の過失割合は,1割を超えると評価さ
れることはない。
被告A社の過失は,まず常用閉そくの破壊及び代用閉そくの不確保それ
ぞれが,各5割の過失と評価することができる。原告の各義務違反は,被
告A社の代用閉そくの不確保の過失に付随するものであり,過失割合は極
めて僅少であり,かつ同被告の線区における報告義務は,同被告が第一次
的に負うものであることなどを考慮すると,同被告の代用閉そく違反とい
う5割の過失の内の2割を超えるものではあり得ない。そうすると,全体
として,原告の過失割合は,1割を超えるものではない。
(被告A社の主張)
(1)総論
事故処理覚書3条は,原告が立て替えた費用は,「事故の責任関係が明確
になった時点で」,「責任割合に応じて」被告A社が費用負担する旨規定し
ている。また,基本協定書3条では,原告と被告A社とは,「本件事故の責
任割合に応じて,補償金及び補償交渉に要する諸費用の支払義務がある」と
規定している。この「責任割合」が,文面上一義的に明らかではないとすれ
ば,基本協定書の趣旨に従い,できる限り,当事者の合理的な意思を探求し,
補充的な解釈が試みられるべきである。
そして,本件において,本件責任割合に応じた負担の内容を検討するに際
しては,①本件直通乗入れ実施に至る経緯(原告も被告A社も,世界陶芸祭
を推進するために積極的に協力する立場であったこと),②本件直通乗入れ
事業の内容(当該事業の実施により,原告にも多大な収益がもたらされてい
ること),③安全確保のための原告,被告A社一体となった共同体制,具体
的には,教育訓練体制(安全な運行を実施するためには,互いに密接に連携
した教育訓練が必要であること),信号システムに関する協議体制(信号シ
ステムの変更等における密接な協議体制が必要であること),運行体制(運
行上の相互の密接な連絡体制が必要であること),安全確認の体制を共同し
てとるべきであったことを考慮すべきである。これに加え,原告は,乗入れ
先のSKR線の安全性が確保されているかどうかをチェックし,安全性が確
保できていなければ,乗入れを中止することもできる立場にあったことも勘
案すべきである。
本件責任割合の基準について当該合意書の合理的な意思解釈を探求すると
いう立場をとっても,民法の共同不法行為における求償と同じ基準で考える
との立場をとっても,以下に述べる具体的な基準によるべきである。
(2)本件責任割合の判断基準
ア判断基準の骨子
本件における鉄道事業の実情からすれば,その過失の割合を決めるに際
しては,いわゆる直近の過失だけではなく,事故に至るまでに現に存在す
るその他の過失行為をも含めて検討すべきである。また,過失行為が競合
して存在する場合に,それぞれの過失行為がどの程度の重みを持つのかに
ついては,過失相互間の関係や過失行為の回避容易性はもちろんのこと,
鉄道事故の発生を防止するとの観点も加味して,公平な損害の分担が図ら
れるべきである。
イ本件責任割合を考える上で考慮すべき事項
(ア)本件のように複雑なシステムの中で安全を確保すべき場合に留意す
べき事項
本件事故のような鉄道事故の場合,数多くの過失が積み重なっており,
しかも,直近過失に行き着く前に生じた数多くの過失がなかったならば,
本件事故を回避することができたものであり,そのことが期待されてい
た。鉄道事故の防止という観点から考えても,直近過失だけを取り上げ
ることは意味がない。このような観点から考えた場合,本件てこの無断
設置・操作の問題や報告義務違反は重大である。また,過失については,
一般的にみて,回避可能性が容易であれば,違反した場合にその程度は
重い(過失の程度が重い)と考えられており,直近の過失は,権利侵害
を起こす蓋然性が高いという意味ではその重みを軽視すべきではないが,
他方で,回避が容易であるにもかかわらず注意義務を果たせなかった義
務違反も軽視すべきではない。
(イ)過失が相互に関係しあっていること
a原告は,被告A社の本件代用閉そく違反が重大である旨強調する。
しかしながら,これについても原告の過失抜きには考えられない。
bそもそも,被告A社の職員が本件代用閉そく違反をしてしまった当
時,関係する同被告職員は,いわばパニック状態に陥ってしまってい
た。被告A社職員をこのようなパニック状態に陥らせた根本原因は,
本件てこの無断設置・操作である。5月3日の信号トラブル時にも,
信楽駅出発信号機の赤固定という同様の現象が起こったところ,被告
A社の職員(本件事故当日とは別の人物)は,やはり代用閉そく手続
を守ることなく列車を出発させた。本件代用閉そく違反は重大な違反
行為ではあるが,当日の担当が誰であってもこのような違反を犯して
しまうパニック状態に陥らせるような状況を作り出したのは,原告で
ある。しかも,パニック状態に陥ってしまったのは,本件赤固定とい
うまったく予想せず,かつ通常考えられない事態が生じたことに加え,
「信号故障」に関する的確な情報(信号故障の原因として想定される
ものは何か,信号故障の原因究明・復旧の目処があるのか等)が与え
られておらず,かつ,そのような場合の対処方法についても十分に指
導教育がされていなかったことが関係している。
c代用閉そく手続は,被告A社の職員が習得しておかなければならい
手続ではあったが,SKR線は,平成3年3月以前は,行き違いをす
ることはなく,単線上を1編成の列車が往復していただけであるから,
同被告の職員は,それまで代用閉そく方式の手続をとる場面がほとん
どなかった。
そこで,まず,本件事故までに生じた信号の「不具合」,「異常事
態」については,原告も共同運行を担う者として,被告A社と相互に
報告し,協議をした上で,原因を究明すべきであった。仮に,被告A
社が,単独で原因究明を試みたとしても(同被告には,信号故障の原
因究明に携わる技術者は存在しなかったが),原告は本件てこを秘密
裡に設置していたから,原因を究明することは不可能であった。この
ように,原告は,「信号故障」の原因を究明できないような事態を作
出していた。
d次に,本件直通乗入れに際する教育訓練は,原告が指導的な役割を
果たしていたが,十分な教育訓練は実施されていなかった。前記のと
おり,5月3日の信号トラブルの赤固定の際に,被告A社において代
用閉そく方式の手続が遵守されていなかったが,原告の運転士等は,
この事実を認識したにもかかわらず,原告の報告体制が十分に確立し
ていなかったことから,この事実が関係部署に報告されず,信号異常
時の対処のあり方や代用閉そく方式の実施方法について,原告と被告
A社との間で協議がされることもまったくなく,その結果,本件事故
を発生させた。
e以上のとおり,原告が強調する被告A社の本件代用閉そく違反は,
原告の数々の過失に誘発され,これに大きな影響を受けたものである。
(ウ)証拠隠滅行為等
原告が本件事故後,証拠を隠蔽するなど違法な行為をしたり,本件事
故の責任を否定するなど,不誠実極まりない態度で遺族らや被災者と接
し,それにより,本件事故の解決が大幅に長引いたことも,本件責任割
合を定めるに当たり考慮すべきである。
原告は,本件事故の直後から本件てこの存在を隠し,この操作に関す
るマニュアルを改ざんするなど,司法を愚弄するような態度をとり続け
た。また,民事事件では,裁判所が証拠保全決定を出したにもかかわら
ず,同決定に基づく証拠の提出を拒否するという法軽視の態度をとった。
さらに,被害者の遺族との関係では,かたくなに本件事故の責任を否定
し,謝罪を拒み続けたため,激しい怒りをかい,これにより事件の解決
は大幅に延びた。
このような本件事故後の原告の違法,不誠実な姿勢及び不適切な対応
は,損害の拡大に寄与したというべきであって,こうした寄与があった
と評価できる以上,本件責任割合を論じる上で,損害の公平・妥当な分
担という観点から,このような原告の姿勢等も考慮されなければならな
い。
(3)原告の信義則違反による求償権行使の制限
ア裁判例は,共同不法行為の負担割合について,単純に過失の割合だけで
これを定めるのではなく,いわゆる危険責任や報償責任といった考え方を
採り入れて,信義則上求償の範囲を修正している。例えば,判例は,使用
者責任に関し,「使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害
行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担した
ことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,
施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,
加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他
諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認
められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をする
ことができるものと解すべきである」と判示している(最高裁昭和51年
7月8日判決・民集30巻7号689頁)。
本件においては,一定の危険性のある事業を原告と被告A社とで共同し
て実施したこと(危険責任),原告において当該事業を通じ相当額の収益
を上げる関係にあったこと(報償責任),さらには,原告は,当該事業の
実施,安全性確保に当たっては,安全確保の場面等で指導的役割を果たし
ていたこと,原告の過失のうち,本件てこの無断設置・無断使用は,原告
と被告A社との合意を無視して,SKR線内の運行に影響を与える違法行
為であるとともに,本件事故のきっかけとなったそもそもの原因であり,
同被告職員らをパニック状態に陥らせ,SKR線内の列車の安全運行を積
極的に妨害する行為であったこと,原告の人員や体制に鑑みれば,過失行
為の回避が容易であったこと等の事情に照らせば,原告の同被告に対する
本件求償権の行使は,信義則上相当と認められる範囲に限定されるべきで
ある。なお,原告が被告A社に対し,安全確保の場面等で指導的な役割を
とっていたことは,同被告の成り立ちとも密接に関係している。
イ国鉄信楽線は,もともと旧国鉄の末端の一支線であり,旧国鉄の分割民
営化に伴い,赤字路線として切り捨てられることになった。しかしながら,
SKR線については地元のために是非残すことが必要であるとされ,昭和
62年に第3セクターである被告A社として,再出発をしたという経過が
ある。したがって,被告A社は,そもそも会社の体制としても極めて小規
模で,かつ脆弱な面があるほか,もともと旧国鉄の支線であったことや,
従業員の一部が旧国鉄の退職者であること等から,本件直通乗入れに当た
り,原告が指導的な立場に立っていた。なお,被告A社は,本件事故後の
運行再開に当たっても,原告から人材の派遣を受けている。
ウそして,現実に,原告の従業員は,本件直通乗入れに伴う安全措置の知
識が十分ではない被告A社の従業員に対し,次のとおり,指導的な立場で
対応してきた。
(ア)合同会議の状況
平成3年3月14日に貴生川駅会議室で行われた合同会議においても,
原告安全対策室のz主席から被告A社に対して質問がされる形で会議が
進められ,その中で同主席が,貴生川駅・小野谷信号場間の代用閉そく
の方法や要員派遣についてq業務課長に質問したのに対し,同課長は,
最終的には同被告から要員をすべて出すことを承諾したが,要員派遣を
渋る言動をしていた。同会議は,SKR線内の連絡体制,JR草津線と
の接続についても協議がされるなど,SKR線の運行の内容にまで踏み
込むものであった。
(イ)教育訓練計画策定
平成2年10月下旬か11月上旬には,q業務課長と原告運輸部運用
課のt副課長との間で,乗務員の教育・訓練に関する打合せが行われた。
その際,q業務課長が線路見学だけしてもらえばよいのではないかと述
べたのに対し,t副課長は,昔とは状況が違うことや当局からの指導も
あることを述べ,乗務についての教育訓練を1回も行わないわけにはい
かないと主張したことから,両者間で乗務員の教育・訓練を行うことに
し,具体的な教育・訓練計画について打合せを行った。そして,t副課
長の方で,打合せの結果に基づき,「乗務員に対する教育訓練実施計
画」を策定し,q業務課長とともに近畿運輸局鉄道部運転保安課へ説明
に行くなど,具体的な乗務員の教育訓練計画の策定については,t副課
長が積極的に関与していた。
(ウ)原告が自ら研修を実施
直通乗入運転士に対する教育・訓練は,被告A社の希望もあって「二
段階方式」で行うものとされ,まず,平成3年3月20日に同被告の信
楽駅会議室において行われた説明で,原告運輸部運用課u主席のほか,
車掌,運転士等が出席して説明を受け,その後の同年4月3日,4日に
は原告教育指導担当者及び運転士が,被告A社の列車に乗車して説明を
受け,それらの説明に基づき,原告教育指導担当者が直通乗入運転士に
対して教育・訓練を行った。このように,直通乗入運転士に対して指導
教育を行うのは,被告A社の者ではなく,原告の指導教育担当者とされ,
実際にそのような形で教育・訓練が行われた。
また,多くの観客は,世界陶芸祭を訪れるのに,JR路線から原告列
車を乗り継いで貴生川駅に行き,同駅からSKR列車に乗り換えてSK
R線に乗って信楽駅まで来る。したがって,世界陶芸祭の開催だけでも,
原告には多額の利益がもたらされるが,さらに,直通列車を乗り入れる
ことに伴い,アクセスが容易になることから,乗客が増加することが見
込めた。陶芸祭実行委員会からの強い要請があったにせよ,原告の直通
乗入れが,利益や報償を目的とするものではないとはいえない。
エ以上のような事情に照らせば,本件は,使用者責任と類似の構造にある
ものと認められるから,原告の本件求償権は,信義則上制限されるべきで
ある。
(4)本件事故の原告と被告A社の過失
本件事故における原告と被告A社の過失は,次のとおりである。
ア共同安全確保義務
本件直通乗入れは,原告と被告A社とが共同連携して行うものであり,
とりわけ,本件直通乗入れに伴う乗客の安全確保という観点からは,密接
一体となった連携が要求されるものであった。
(ア)本件直通乗入れ実施に至る経緯
貴生川駅・信楽駅間のSKR線輸送力増強計画の基本事項は,当該実
行委員会において,委員会のメンバーとともに検討がされたものであり,
原告も被告A社も,世界陶芸祭を推進するために積極的に協力する立場
であった。
(イ)本件直通列車乗入事業による収益の帰属
本件直通乗入れの事業では,貴生川駅・信楽駅間の輸送力を増強し,
収益をあげるという事業が,原告と被告A社とがいわば共同連携しあっ
て行うものとして実施された。当該事業の実施により,被告A社のみな
らず原告にも収益がもたらされることが予定されており,現に相応の利
益がもたらされた。
(ウ)直通乗入列車の運行内容
直通乗入列車は,その乗入期間中(平成3年4月20日から同年5月
26日まで)は,午前中(貴生川駅午前10時16分発)にJR線内か
らSKR線内に乗り入れてから,夕刻(平日・土曜:貴生川駅午後6時
10分発,日曜・祝日:午後7時15分発)にSKR線外に出て行くま
で,SKR線内を8往復していた。上記期間中は,貴生川駅・信楽駅間
は,毎日26往復運行のダイヤとなっていたが,そのうちの8往復が原
告列車であった。原告の列車とSKRの列車は,小野谷信号場で必ず行
き違いをして,交互に運行していた。
このように,上記期間中は,原告列車が,SKR線の貴生川駅と信楽
駅間の運行の相当部分を担っていた。
(エ)安全確保のための一体となった共同体制の必要性
原告は,SKR線内を被告A社と共同で運行していたから,共同で安
全を確保すべき義務があったというべきであり,安全確保のためには,
本件直通乗入れに当たっての教育訓練,信号システムの導入,運行時の
相互の連絡体制,異常発生時の相互の連絡体制について,被告A社と一
体となった共同の取組みが必要とされていた。
イ本件てこの無断設置・操作の義務違反
(ア)本件てこの設置・操作は,これが被告A社に無断で行われると,同
被告は,なぜ信楽駅上り出発信号機22Lが赤現示になるのか見当がつ
かず,混乱を生じることが容易に予想され,同被告が運行管理権を有す
るSKR線の信号保安システムに重大な影響を及ぼすものであった。し
たがって,安全運行を確保するためには,原告側で,被告A社との間で
協議の場を持ち,本件てこ設置の必要性を説明し,取扱上の問題につい
ても十分に協議の上合意に達しておく必要があり,その操作に当たって
も,必ず同被告側に連絡する必要があった。
原告が,被告A社に対し,本件てこの設置を連絡し,その操作方法等
について協議をしておれば,本件赤固定は発生せず,本件事故を回避す
ることができたはずであるから,これを怠った原告には,本件事故の発
生につき重大な責任があった。
(イ)本件てこの無断設置・操作は,原告が被告A社との間の契約関係に
違反して,同被告に損害を与えたものであるから,本件責任割合を検討
する上でも十分に考慮すべきである。
(ウ)原告は,本件てこを無断で設置しただけではなく,原告側において
小野谷信号場の上り出発信号機を抑止しないという被告A社側との合意
を無視したものでもあるから,その態様は極めて悪質であり,この点も,
原告の責任割合を決定する上で考慮されなければならない。
ウ5月3日の信号トラブルの原因解明の義務違反
(ア)本件てこを被告A社に無断で設置・操作した原告としては,同日の
信楽駅出発信号機22Lの赤固定というトラブル発生後において,同赤
固定が生じたメカニズムを解明するとともに,これが生じないように,
同被告に対し,SKR線の結線・連動の変更を勧告すべきであった。
(イ)上記赤固定の原因の解明作業は,被告A社も取り組む必要があった
というべきである。しかしながら,本件では,原告において,被告A社
に無断で,SKR線内の信号システムに影響を及ぼす本件てこを設置・
操作するという先行行為があったこと,本件てこの設置・操作は,原告
のみが知っており,同被告には知らされていなかったこと,原告には,
信号設備の連動図や結線図を検討し,赤固定が生じた原因を解明する信
号設備の専門家が揃っているのに対し,同被告は,これらをすべて外部
委託しており,内部には,信号設備の専門家がいなかったから,原告の
方が,同被告よりも,赤固定の原因を解明する能力は圧倒的に高く,こ
れを解明することは,はるかに容易であったこと等の事情が認められる。
これらを勘案すると,赤固定の原因を解明する責任は,原告の方が重
く,より重大な義務違反があったといわなければならない。
エ教育・訓練に関する義務違反
本件直通乗入れに際して,SKR線内において自社所属の乗務員,車両
及び施設が関係する事故の発生を防止すべき立場にあった原告としては,
乗務員等の係員の教育についても,十分に配慮する必要があったというべ
きである。ところが,原告が直通乗入れの乗務員に対して行った教育訓練
は,極めて不十分であり,特に,異常時の対応については,マニュアルも
作成されず,乗務員が具体的にいかなる場合に信楽駅に連絡を取る必要が
あり,誰に連絡するのかというような説明もされなかった。また,下り列
車が小野谷信号場に到着した際に,上り列車が到着していない場合はどう
するのかについての説明もされず,乗入列車から貴生川駅,小野谷信号場,
信楽駅に連絡をとることができる携帯電話機(乗入列車に搭載されてい
る)の使用の実地訓練も行われなかった。
このように,本件直通乗入れの乗務員に対する教育訓練が不十分であっ
たことが1つの要因となって,本件事故当日,b運転士が,行き違い列車
が小野谷信号場の待避線に停車していないにもかかわらず,同信号場下り
出発信号機の緑現示のみを盲信し,信楽駅に連絡することなく同信号場を
通過し,本件事故を発生させることになったものである。
オ報告体制確立に関する義務違反
原告は,乗務員及び駅員が運行の安全に関わる情報を確実に認識できる
ように,原告の列車がSKR線に乗り入れるに当たって必要な知識を教育
し,乗務員等が認識し得た事情については,運転事故報告や点呼によって
報告させ,部内において集約し,関係部課相互に連絡協議をして,情報を
共有化できるような体制を構築すべきであったのに,これを行わなかった。
もし,原告がそうしていたならば,被告A社においては,代用閉そく方
式の施行に当たっての指揮命令系統が混乱しており,区間開通の確認等の
手順も遵守されていないことが報告され,SKR線で信号トラブルが発生
した際に,同被告が,代用閉そく方式で定められた手続を踏まずに列車を
進行させるおそれのあることは,遅くとも5月3日の信号トラブル後には
十分認識することができた。
カb運転士の連絡義務違反
b運転士は,本件原告列車を運転して小野谷信号場に差し掛かった際,
同信号場下り場内信号12Rは,待避線に列車がいない場合,いつもは黄
黄現示であるのに,この日は黄黄現示から緑現示に変わり,これに従って
同信号場に進入すると,いつもは待機しているはずの行き違い列車が待避
線におらず,行き違い列車がいない場合は,それまでの経験では必ず赤現
示になっていたはずの同信号場下り出発信号13Rが,緑現示を示したこ
とを認識して,いつもとは違う状況であることから,「あれおかしい
な。」と感じた。ところが,b運転士は,上記13Rが緑現示であったこ
とから対向列車は信楽駅で待機しているものと考え,上記13Rを越えて
本件原告列車を進行させた。b運転士が,自らの認識及び経験を総合し,
運転士として合理的に判断すれば,対向列車が代用閉そく方式の手続を踏
まないまま信楽駅を出発してくることがあるかもしれないことを予測する
ことができたはずであるから,小野谷信号場に本件原告列車を停車させて,
携帯電話機で信楽駅と連絡を取ることにより,同駅の指示を仰ぐべきであ
った。それにもかかわらず,b運転士は,その義務を怠り,対向列車は信
楽駅で待っているものと即断し,本件原告列車を13Rを越えて単線区間
に列車を進行させた過失により,本件事故を惹き起こしたものである。
b運転士が,携帯電話機で信楽駅と連絡を取ることにより,同駅の指示
を仰いでおれば,同駅からは,小野谷信号場に待機することを指示された
であろうし,あるいは,所定のダイヤどおりに同信号場において,対向の
上り列車である本件SKR列車が到着するのを待ち,行き違いが可能にな
るまで待機するだけでも,本件事故は回避することができたはずである。
キ本件代用閉そく違反
本件事故当日,被告A社が,代用閉そく方式の区間開通確認の手続を遵
守しないまま,本件SKR列車を出発させたことが本件事故の原因になっ
たが,原告による本件てこの無断設置・操作により,本件赤固定というト
ラブルが発生したところ,被告A社の職員にとっては原因が不明であった
ため,修理することもできず,右往左往する状況に追い詰められ,代用閉
そく方式の手続を遵守しない出発が誘発されたものである。
クn技師の過失
(ア)n技師が,継電連動装置の使用を停止しないまま,同装置の修理を
行い,正当な条件を経ない電源で動作させ,小野谷信号場下り出発信号
機に緑色を現示させたことは,本件事故の原因といわなければならない。
しかしながら,本件赤固定というトラブルは,原告による本件てこの
無断設置・操作により発生したところ,被告A社及びn技師にとっては
原因が不明であったため,修理することもできず,同技師においても右
往左往する状況に追い詰められ,上記の行為が誘発されたものである。
(イ)n技師は,被告A社の従業員ではなく,m電業の従業員であった。
被告A社には,信号関係の技術者がまったくいなかったことから,m電
業に対し,信号関係の保守業務を委託したところ,n技師が同社から派
遣されてきたものである。したがって,被告A社は,n技師の行為につ
き使用者責任を負うものではない。もっとも,被告A社の従業員であっ
たl施設課長には,n技師に継電連動装置の点検・修理を依頼するにつ
いては,直ちにその使用を停止し,仮に修理させる場合には,同技師が
継電連動装置に関連する信号機に誤作動を生じさせないように監督する
義務などがあった。
このように,被告A社は,l施設課長の責任について使用者責任を負
うものの,n技師の使用者であるm電業にも,同技師の行為について使
用者責任が認められるべきである。したがって,被告A社がn技師の行
為について負うべき責任は,一部にとどまる。
(5)本件の過失割合
以上のとおり,本件事故は,原告と被告A社が,それぞれ安全確保をすべ
き立場にあり,そのために相互に密接に連携をすべき状況下で,発生したも
のであり,双方の過失が複合的に競合して生じたものといえる。しかも,一
つの過失行為が,他の過失行為を誘発するというもので,過失相互間にも関
係性が認められる。上述した各過失を前提として,双方の過失割合を検討す
る。
ア基本的な考え方
本件の過失割合を検討するには,前述のとおり,直近の過失だけでなく,
それ以外の競合する過失行為についても十分に考慮し,過失相互間の関係
についても検討をすべきである。その上で,各過失行為の本件事故発生へ
の寄与度(原因力),各過失の規範違反の程度(義務違反の悪質性,結果
回避の容易性等)等を総合考慮するべきである。以下においては,各過失
が,本件事故の過失全体(10割)のうち,何割を占めるかについて検討
する。
イ各過失の過失割合の検討
(ア)本件てこの無断設置・操作の義務違反
本件てこの操作による本件赤固定は,本件事故の最初の原因行為であ
り,その後の過失行為を誘発したという意味において,本件事故の最も
根幹となる原因であり,原因力の点からみても,最も大きな比重を占め
る要因と評価すべきである。そして,原告による本件てこの無断設置・
操作は,被告A社との間の契約関係に違反し,原告側において小野谷信
号場の上り出発信号機を抑止しないという同被告との合意に反し,秘密
裡に行われたものであるから,その義務違反の態様は極めて悪質である。
(イ)5月3日の信号トラブルの原因解明の義務違反
原告には信号設備の専門家が揃っており,その原因解明の能力は高く,
原因解明は容易であったから,原告は,同日の信号トラブルについて,
赤固定の原因を解明する作業を実施すべきであった。それにもかかわら
ず,原告はこれを怠ったものであるから,原告による原因解明の義務違
反の態様は,極めて悪質である。
(ウ)(ア)及び(イ)の過失割合
5月3日の信号トラブルは,本件てこの設置・操作が原因となってお
り,原告には,その信号トラブルの原因解明をすべき義務がある。した
がって,本件てこの無断設置・操作の義務違反と上記信号トラブルの原
因解明の義務違反とは一体として,過失割合の評価をするのが妥当であ
る。そうすると,上記各過失により原告が負うべき過失割合は,全体の
4割を下ることはない。
(エ)本件代用閉そく違反
本件事故当日,被告A社が,代用閉そく方式の手続を遵守せず,区間
開通の確認を怠り,本件SKR列車を信楽駅から出発させたことが,本
件事故の原因になっている。
しかしながら,本件では,前記のとおり,以下の各事情,すなわち,
①本件SKR列車の出発は,原告の本件てこの無断設置・操作による本
件赤固定により誘発されたこと,②原告において報告体制が確立してお
れば,被告A社が代用閉そく方式の手続を踏まずに列車を進行させるお
それを認識可能であったこと,③信楽駅の出発信号機の信号トラブルが
発生した場合に代用閉そく方式を手順どおり実施するには,少なくとも
3名の要員が必要とされ,少数かつぎりぎりの人員で運営している同被
告には極めて困難であったこと,④本件事故当日は,京都駅に乗客を積
み残すほど多数の乗客が信楽駅に向かっており,原告の乗入れ列車であ
る本件原告列車も多数の乗客が乗車していたところ,徒歩等による区間
開通確認にも多大の時間と手間を要することになって,ダイヤが大幅に
乱れる事態が避けられない状況にあったこと,⑤他方において,原告が,
本件てこの設置を同被告に連絡し,同被告との間で,連動図表,結線図
の内容と操作方法を十分検討・協議しておれば,前もって赤固定が生じ
た原因を解明し,本件事故を回避することが可能であったものであり,
これらの措置をとることは,同被告が代用閉そく方式の手続を履践する
よりも格段に容易であったこと等の事情が認められる。
以上に照らせば,被告A社の代用閉そく方式の手続を遵守しなかった
過失は,原告との関係においては,義務違反の程度が重くない。
(オ)n技師の過失
前記のとおり,同技師の過失が,本件事故の原因になっていることは
事実である。もっとも,原告による本件てこの無断設置・操作により発
生した本件赤固定は,被告A社及びn技師にとっては原因が不明であっ
たため,修理をすることもできず,同技師においても,同被告の従業員
と同様に,右往左往する状況に追い詰められ,上記の行為が誘発された。
これに加えて,n技師は,m電業の従業員であったから,被告A社は同
技師の行為につき使用者責任を負うものではなく,l施設課長の行為に
ついて使用者責任を負うに過ぎない。
(カ)(エ)及び(オ)の過失割合
本件代用閉そく違反とn技師の過失とは,いずれも原告の本件てこの
設置・操作により,本件赤固定という信号トラブルが生じ,右往左往す
る追い詰められた状況下で発生したこと,いずれも被告A社の信楽駅で
発生した過失であり,相互に関連していることに照らし,一体として,
過失割合の評価をするのが妥当である。
上記の事情を考慮すると,これらの過失を併せても,全体の4割を上
回ることはなく,このうち,被告A社が負うべき過失割合は3割を上回
らず,m電業が1割の過失責任を負う。
(キ)b運転士の過失
前記のとおり,b運転士は,運転士として当然負うべき義務に違反し
たものであるから,その義務違反の程度は大きく,その過失も重大であ
る。
(ク)教育訓練に関する義務違反
前記のとおり,原告が,本件直通乗入れの運転士に対して行った教育
訓練は極めて不十分であり,異常時の対応について,マニュアルは作成
されず,いかなる場合に信楽駅に連絡をとる必要があるのか等も説明さ
れなかった。このように,原告の教育訓練が不十分であったことが,b
運転士が,行き違い列車が小野谷信号場で待避していなかったのに,信
楽駅に連絡することなく,緑信号現示のみに従って同信号場を通過する
要因になったものである。
(ケ)報告体制確立に関する義務違反
原告は,運行の安全に関わる情報を乗務員等に報告させ,関係部署が
相互に連絡協議して,情報を共有化できる体制を構築すべきであったが,
そのような体制は確立していなかった。もし,原告において,上記のよ
うな報告体制が確立しておれば,b運転士も,被告A社が代用閉そく方
式で定められた手続を踏まずに列車を進行させるおそれを,より明確に
認識することが可能であった。
(コ)(キ),(ク)及び(ケ)の過失割合
上記のとおり,b運転士の上記(キ)の過失は重大であるが,これに加
え,原告について上記(ク)及び(ケ)の各義務違反が認められる。これら
は,相互に関連しているから,一体として,過失割合の評価をするのが
妥当である。
上記の事情を考慮すると,これらの過失により原告が負うべき過失割
合は,全体の2割を下ることはないというべきである。
(6)まとめ
以上のとおり,原告は,本件てこの無断設置・操作の義務違反及び5月3
日の信号トラブルの原因解明の義務違反として4割,b運転士の過失,教育
訓練に関する義務違反及び報告体制確立に関する義務違反として2割の合計
で,少なくとも全体の6割の過失責任を負う。一方,被告A社は,本件代用
閉そく違反及びn技師の過失について,多くとも全体の3割の責任を負う。
m電業は,n技師の過失のうち少なくとも全体の1割の責任を負う。
2争点2(被告県・市の責任)についての当事者の主張
(原告の主張)
(1)四者協定における合意の性質は損害担保契約であること
ア損害担保契約は,「一方の当事者が他方に対して,一定事項の危険を引
き受け,それより生じた損害を担保することを約する契約である。ある者
との間に債権関係があり,これに生ずる損害を担保する場合には,保証に
類似する。ただ,保証とは異なり,主たる債務の存在を必要とせず,附従
性・補充性を有しない。保証か,損害担保契約かの認定は,契約当事者の
意思解釈の問題である。」(林良平外「債権総論」[第三版1996年]
430頁)であるとか,「諾約者と要約者の契約によって成立しますが,
それが損害担保契約か否かは,その意思解釈の問題です。その基準は,前
述のように,主たる債務を負う趣旨である,すなわち主たる債務に対して
附従性や補充性を生じさせない趣旨である場合が損害担保契約と解すべき
でしょう。」(前田達明「口述債権総論」[第3版2000年]388
頁)等と解されている。
イそうであるとすれば,四者協定が,当事者間の意思解釈として損害担保
契約の締結であったことは明らかである。
すなわち,第1に,当時,当事者間においては,被告A社の資力欠如と
いう明白かつ重大な問題を共通意識とする前提のもと,原告において本件
事故の発生に伴い,現に発生あるいは発生しようとしている損害賠償義務
の履行について,理論的には原告及び同被告が本件責任割合に応じて最終
負担するとしても,被告県・市の担保なくしては,当面の立替えには応じ
られないとの状況下で,原告からの求めに応じ,被告県・市が担保する趣
旨で四者協定が締結されたものであること,第2に,前記事情のもと,①
基本協定書5条は,「甲及び乙」は「丁の本基本協定書による義務の履
行」について「必要な支援を行う」としており,義務の主体,客体及び
「同条が単なる確認事項ではないこと」を明確にしており,客体の特定性
についても,基本協定書の3条及び4条により明らかである。次に,②事
故処理覚書2条は,被告A社のみならず,被告県及び信楽町も「立替え」
の「要請」主体であること,すなわち,応償主体となることを明らかにし
ている。同様に,補償交渉実施覚書5条1項但書も,原告は被告県,信楽
町及び被告A社の要請があれば,一定期間立替払いをするものとするとし
ている。さらに,③補償交渉実施覚書5条2項は,上記「一定期間」とは,
被告県及び信楽町が「所要の手続を行うに要する期間」としており,被告
県及び信楽町が「所要の手続」(すなわち議会の承認)を経た上で,原告
により「立替え」られたものを返還することとしていることから,県知事
及び町長が明言していた県及び町による資金支援の実施は,県知事及び町
長が自ら調印主体となった基本協定書の取り交わし及びその前提たる事故
処理覚書などに各明文化したことによって,原告に対する法的支払義務を
認めた損害担保責任として明確化した。
これは,「信楽高原鉄道事故の処理に関する覚書,第四条に関する整理
経緯について」(甲32,以下「事故処理覚書4条の経緯書」という。)
に,被告県・市も,費用対応について責任を分担するものの公金対応は議
会の承認が必要であり,今回のケースを他に拡大されては困るとのことか
ら,もっぱら県側の要望で表現を検討しているとされていることからも明
らかである。本件事故発生直後からの最大の懸案は,被害者への損害賠償
に当たっての被告A社の支払能力であったため,被告県・市が被告A社の
債務を担保するからこそ,原告は,四者協定の締結に応じて立替払いをす
ることができ,被告県・市は,被告A社の支払能力を担保することには異
議はなく,ただ,これを四者協定においてどのように表現するのか,とい
うことにこだわったものである。
ウ以上のとおり,被告県・市が原告に対し,被告A社の資力についての危
険を引き受け,これからあるべき損害を担保することを目的とする合意,
すなわち損害担保契約が,四者協定によって締結されている(以下,原告
の主張する同契約を「本件損害担保契約」という。)。
(2)本件損害担保契約の有効性
ア法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(以下「財政援助制限
法」という。)との関係
政府又は地方公共団体が,会社その他の法人の債務について保証契約を
行うことを禁止した財政援助制限法3条は,政府又は地方公共団体の会社
その他の法人の債務について民法上の保証契約の締結を禁止するものであ
って,保証契約とはその内容及び効果を異にする損失補償契約,損害担保
契約の締結については,同条の直接規律するところではない。したがって,
本件損害担保契約は,同法3条に違反するものではない。
イ地方自治法との関係
同法214条との関係についても,本件損害担保契約が私法上無効とな
らないことは,前記締結経緯及び文言から明らかである。
ウ信義則違反(被告らの一体性)
被告県・市は,被告A社の大株主(計89.6パーセントの株保有)で
ある上,人事権も掌握して同社をその完全支配下に置いており,同被告と
は実質的に同一体といえる。そうであるため,被告県・市は,本件損害担
保契約を結ぶに至っている上,もっぱら被告県の要請により,各契約文言
を修正している。その実態に鑑みれば,本件損害担保契約は,社会の倫理
的非難を受けるものではまったくなく,同契約を無効とすれば取引の安全
を害し,被告県・市と原告との間の信義・公平も害することは明白である。
すなわち,本件訴訟における被告県・市の主張は,信義則違反(原告に対
する欺罔的行動)といえる。現に,被告らの実質的同一性は,精算交渉時
に被告県・市の代理人が,あくまで被告県・市の代理を受けていないと断
った上で,被告A社の代理人として毎回同席して交渉し,発言をしていた
ことからも判明する。被告県・市の四者協定の法的拘束力の否定は,被告
らの実態からみても,信義則上許されない。
(3)債権者代位(予備的主張)
本件損害担保契約(四者協定)の成立経緯からすると,被告A社も,求償
債務に応じられない危険(損害)が現実化した段階で,同契約に基づき,被
告県・市に対して,損害担保請求権(損害填補請求権)を行使することがで
きる。しかも,被告A社は,無資力要件を満たす法人であるから,原告は,
民法423条に基づき,同被告への求償権を被保全債権として,同被告の被
告県・市に対する損害担保請求権を行使債権として代位行使する。
(被告県・市の主張)
(1)はじめに
原告は,本件損害担保契約として,四者協定において,原告と被告県・市
との間に被告A社の原告に対する支払債務を被告県・市が連帯保証する」旨
の契約,あるいは「原告に生じる損害を上記被告らが担保する旨の契約」
(損害担保契約ないし損失補償契約)が締結された旨主張するが,失当であ
る。
(2)原告と被告県・市との間で,被告らが原告に対し,債務を負担する旨の
合意が行われた事実はない。
ア基本協定書5条は,被告県・市が被告A社に対して支援を行う旨の意向
の表明に過ぎず,被告県・市の原告に対する法的な支払義務を発生させる
ものではない。
(ア)原告の主張するように,原告と被告県・市との間で,同被告らが原
告に対して債務を負う旨の合意が行われたのであれば,当然ながら,①
原告において,「被告県・市に対する権利を取得する旨の意思」と,②
被告県・市において,「原告に対して支払義務を負う旨の意思」とが合
致したとの事実が認められなければならない。
(イ)しかしながら,原告及び被告県・市の双方とも,四者協定の当時に
おいて,上記の意思を有していた事実はない。このことは,次の点から
も明らかである。
a基本協定書自体の文言において,被告県・市が原告に対して債務を
負うと了解できる文言がまったくない。基本協定書には,その内容が
特定されないまま,「支援する」という文言が用いられているに過ぎ
ない。もし,被告県・市が原告に対して債務を負担する意思であった
のであれば,当該合意が書面化された基本協定書において,その旨を
端的に記載すれば足りることであり,これを妨げるべき事情もなかっ
たはずである。
特に,原告が主張するように,損害担保契約(損失補償契約)が財
政援助制限法に違反しないのであれば,当該文書において,「被告
県・市が原告に対して損害を負担する」旨が定められ,損失補償契約
において本来的に取り決めるべき諸事項(損害の確定時期,損害の算
出方法,負担すべき時期など)が明確に約定されているはずであるの
に,本件では,これらの事項に関する約定は一切行われていない。
b地方公共団体が民間企業の債務を保証することが財政援助制限法に
より禁じられていることは,既に四者協定が行われる段階から,当事
者はもちろん,一般にも知られていた。そして,当時,被告県におい
ては,被告A社への支援の姿勢を表明した上で,自らが行い得る同被
告への支援の方法を検討している段階であったことが,当時の報道か
ら明らかであり,被告県・市が,原告に対する債務負担という認識を
有していたものでないことは明らかである。
c事故処理覚書4条の経緯書は,いずれも記名と個人印によるもので
あり,その成立の真正について確認が困難であるが,仮にこれに記載
されているような経過があったとしても,その内容は,むしろ被告A
社に対して支援を行う意向である旨を示すものであって,原告に対し
て債務の負担を行う趣旨が言明されたことを示す内容ではない。
d被告県・市が四者協定により,被告A社に対する支援の意向を表明
したに過ぎないことは,同協定後の被告県・市の首長の言明等によっ
ても明らかである。
すなわち,四者協定の後である平成3年6月25日に本件事故後初
めて開催された定例県議会における県知事の表明は,「被告A社が,
原告とともに,遺族や被災者への対応を急ぐことが第一であり,県と
しても同鉄道に必要な支援を行ってゆかなければならない。」という
ものであり,同月28日の同議会での答弁における知事の答弁も,
「地方公共団体による財政支援には制約がある」旨を述べた上で,適
正で県民の理解が得られる方法で被告A社への支援を検討していると
いうものである。その後,同年9月には,被災者補償への支援策とし
て,①被告県と信楽町が一般財源から補償費用を捻出し,無利子で貸
し付ける,②被告県と甲賀郡7町が起債による資金を無利子で貸し付
けて基金を作り,この運用益で①の貸付金を返済していくというスキ
ームを発表し,その後,被告県・市において合計約20億円の貸付け
が行われている。
このように,被告県・市は,四者協定後,同協定において自ら表明
した支援の意向を,その後具体化するべく検討・努力していたもので
あり,上記の対応において,原告に対する債務負担が同協定の内容で
あった旨の認識は一切うかがわれない。
e原告においても,四者協定によって被告県・市に対する権利を取得
した旨の認識を有していなかったことは明らかである。仮に,原告が
原告主張の合意が行われたとの認識を有していたとするなら,本件民
事控訴審判決までの間,あるいは同判決確定後の精算交渉等の過程に
おいて,被告県・市に対して一切の接触すら行おうとしていないとい
う原告の対応を説明できない。
なるほど,四者協定においては,負担割合の協議は,基本協定書4
条において原告と被告A社との間で行うこととされてはいるが,原告
と被告県・市との間で,原告が主張する損失補償契約が締結されてい
たというのであれば,当該「損害」を負担することになる相手方であ
る同被告らに対して一切の連絡すら行おうともせず,その話題すら出
ないという行動は不合理である。本件における原告の被告県・市に対
する主張は,任意の協議が不調となった際,新たに考え出されたもの
であり,明らかに失当である。
イ地方公共団体と,公共交通の任を担う全国屈指の大企業である原告が,
法の手続に触れることとなる合意を,そのことを双方が承知している中で
行うなどということは,次のとおり,およそ考えられない。
(ア)地方公共団体が自ら債務を負うべき契約を行う場合には,歳出予算
の金額,継続費の総額又は繰越明許費の金額の範囲内におけるものを除
き,予算で,債務負担行為として定めておかなければならない(地方自
治法214条)。したがって,地方公共団体が法的債務を負うこととな
る契約を行う場合には,当然ながら,債務を負うこととなる可能性のあ
る金額(限度額)及び期間が,予め予算において,議会の議決を経て定
められていなければならないのであって(同法96条1項2号),地方
公共団体が,将来においてどれほどの債務を負うことになるかの想定す
ら不可能な内容で,支払債務を認めるような合意を行うなどあり得ず,
そもそも,そのような合意を行うことは,法令上不可能である。仮に,
被告県・市が原告に対して債務を負う旨の合意を行う場合には,当然,
上記の手続がされているべきであるのに,そのような手続は一切行われ
ていない。これは,被告県・市において,原告に対する債務を負担する
旨の意思を有していなかったこと,原告との間で原告主張の合意が存し
ないことを示すものである。
(イ)そして,上記の債務負担行為として議会の議決を得るという手続が
必要であることは,原告においても熟知していた。原告は,本件事故の
約4年前まで,日本国有鉄道法(昭和23年法律第256号)のもと,
地方自治法214条と同旨の条項(日本国有鉄道法39条の8「日本国
有鉄道は,法律に基づくもの又は支出予算の金額若しくは継続費の総額
の範囲内におけるものの外,債務を負担する行為をするには,あらかじ
め予算をもつて国会の議決を経なければならない」)による規制のもと
で業務を行ってきた組織である。その法務部門に属していた者を含む関
係者らが,上記の手続が履践されていない中,四者協定が「被告県・市
が原告に対して担保責任を負担する契約」であると判断をしていたなど
とは,考えられない。
(ウ)地方公共団体が法人の債務を保証することは,財政援助制限法3条
の明文をもって禁止されている。そして,原告及び被告県・市が,もし
同法によって禁止されていないとされているという認識の損失補償契約
(損害担保契約)を行う旨の意思であったとするならば,後日第三者や
住民らから同法に抵触する旨の指摘を受けることがないよう,当該合意
が保証でなく損失補償契約(損害担保契約)であることが対外的にも明
確に説明できるような合意の形式及び内容,すなわち,損害担保の対象
たる上限額,損害の確定時期,確定の方法等の定めを明確に行うはずで
あり,また,事前に債務負担行為として,議会の議決などの手続を行う
はずである。ところが,これらが行われた事実はない。
(エ)以上のとおり,客観的な法律の規制と,そのもとでの当事者の対応
からしても,原告主張の合意が原告と被告県・市との両者間で行われる
はずがなく,現にそのような合意がされたものでない。
(3)仮に,原告主張の本件損害担保契約があったと判断されたとしても,同
契約は無効である(予備的主張)。
仮に,当該「合意」(本項では,原告主張の合意を「本件「合意」」と表
記する。)が,「被告県・市が原告に対して支払義務を負う」旨の合意であ
るとされたとしても,本件「合意」は無効である。その理由は,次に述べる
とおりである。
ア上記のとおり,本件「合意」は,地方自治法及び財政援助制限法3条に
明らかに違反している。本件「合意」は,実質的に「被告A社の原告に対
する債務の保証」に他ならない。「損失」の意義,その上限,その確定時
期,「損失」の算出方法,支払時期も定められていないような合意が,
「損失補償契約」であるから財政援助制限法の禁止範囲の外であるとの主
張が認められる余地はない。保証契約と損失補償契約は,例えば主債務と
の間の附従性・補充性の有無や,主債務の無効・取消が当該支払義務に影
響を及ぼすかどうか,あるいは支払を行った場合に求償権が発生するかど
うか,債権者にするかどうか等の点で差異があるとされるが,そもそも基
本協定書5条においては,上記の各点について,どのような合意がされた
のかを確定することすら不可能である。このような内容の本件「合意」,
しかも,地方公共団体に内容不確定の債務を負わせるに至るような本件
「合意」が,財政援助制限法3条に違反しないなどとはいえない。
イ財政援助制限法3条は,地方公共団体の財政の健全化のため,地方公共
団体が会社その他の法人の債務を保証して不確定な債務を負うことを防止
する規定であるというべきところ,原告の主張する損失補償契約は,附従
性や補充性がないばかりか,当然に求償や代位ができないのであるから,
かえって,保証債務よりも地方公共団体の責任が過重になる。それにもか
かわらず,同条の規制が及ばないと解するならば,地方公共団体が他の法
人の債務を保証して不確定な債務を負うことを防止し,その財政の健全化
を図るという同条の趣旨が失われることとなる。
この観点からすれば,原告のいう本件「合意」を,「損失補償契約」で
あるとしたところで,上記の点(不確定な債務の負担)を招くことは何ら
変わりがないから,仮に,本件「合意」を,「損失補償契約」の範疇にあ
ると解したとしても,財政援助制限法3条が類推適用され,同条の規制が
及ぶものというべきである(東京高等裁判所平成22年8月30日判決参
照)。
ウしたがって,本件「合意」が上記地方自治法の規定に違反していること
は明白である。
(4)上記法令に違反する本件「合意」は,以下のとおり,私法上も無効であ
る。
ア財政援助制限法3条に違反する場合にも保証契約(ないし損失補償契
約)の効力が認められ,当該地方公共団体が責任を免れないとするならば,
同条の趣旨が失われることになる。したがって,同条は,単なる手続規定
ないし訓示規定ではなく,地方公共団体の外部行為を規制した効力規定と
いうべきであって,同条に違反して締結された損失補償契約は無効である
(上記判決参照)。
イ仮に,本件「合意」が上記各規定に違反していることと,当該「合意」
が私法上無効であるかどうかとを別個に考察する必要があるとの立場に立
った場合においても,原告主張の「合意」が,私法上においても有効とさ
れる余地はないというべきである。
すなわち,①本件「合意」が私法上当然に無効となるかどうかは,契約
の性質,違法事由の明確性,当該「合意」を有効とした場合に,当該法令
の規定の趣旨を没却することとなる程度,契約の相手方による当該違法事
由の認識ないし認識可能性の有無ないし程度等を総合して判断すべきであ
る(最高裁平成16年1月15日判決・民集58巻1号156頁)。②本
件においては,本件「合意」がいわゆる双務契約でなく,被告県・市が原
告に対して一方的に債務を負担することとなる性質のものであること,上
記法律違反は,明らかな法令違反であること,上記のとおり,当該違反は
原告も明らかに認識していたものであること,法令上要求されている議会
の議決など,必要な手続が何ら履践されておらず,原告もそのことを知っ
ていることが明らかである。そして,本件「合意」が,地方公共団体の不
確定な債務がむやみに増加することを防止し,もって財政の健全化を図る
ことを目的とする,財政援助制限法3条の趣旨を没却するものであること
はいうまでもなく(上記東京高裁判決,横浜地裁平成18年11月15日
判決),また,議会の審議において歳入歳出予算と将来の負担をあわせて
通覧し,将来の負担に対する住民の理解を不可能とすることはいうまでも
ないところであって,地方自治法214条の制定趣旨を没却することも明
白である。
(5)以上の点に鑑みるならば,仮に本件「合意」が,被告県・市に法的債務
を生じさせる効力を有すると評価されるとしても,これらは違法であり,私
法上無効とされるものである。なお,原告は,取引の安全,あるいは当事者
間の信義公平を挙げるが,上記のとおり,本件において原告が違法,あるい
は必要な手続の欠缺を認識し,少なくともこれを認識し得たことは明白であ
って,このようなもとで違法な合意を行った当事者である原告を,上記の各
法律の趣旨が没却されることとなっても(被告県・市の住民らの利益を害す
ることとなっても),保護すべき理由はない。
(6)債権者代位の主張について
前田達明・原田剛作成の鑑定意見書(甲23,以下「前田・原田意見書」
という。)によれば,損失補償契約は,「諾約者と要約者の契約によって」
成立するとしているから,「債権者代位」をいう原告の主張は,原告と被告
県・市との合意と別個に,「被告県・市と被告A社との間で,法的請求権
(損害(填補)請求権)が発生する契約」が存したとしなければ,主張が整
合しない。被告県・市は,被告A社との間で,そのような契約を締結してい
ない。仮に,そのような契約なるものが認められるとしても,私法上有効と
される余地がないことは,上記と同様である。したがって,債権者代位の主
張は失当である。
3争点3(本件精算対象の範囲及び損害額)についての当事者の主張
(原告の主張)
(1)補償金・事故復旧費・人件費
ア本件訴訟は,四者協定に基づき本件事故の被害者に対して行った補償
金・事故復旧費・人件費の原告と被告A社との負担割合を決めるものであ
る。なお,四者協定を補完する原告及び被告ら間の合意として,「被告ら
が,原告に対し,被災者に対する補償金及び補償交渉に要する諸費用の立
替を要請した」こと等を内容とする確認(甲20,乙A17〔「「信楽高
原鐵道事故の補償交渉実施に関する覚書」第5条に関する確認事項」と題
する書面〕,以下「5条確認書」という。)と,立替要請の対象である
「人件費」の明細についての確認(甲21〔「『「信楽高原鐵道事故の補
償交渉実施に関する覚書」第5条に関する確認事項』の第5項に関する確
認」と題する書面〕,以下「5項確認書」という。)がある。
イこれらの合意に基づく,原告と被告A社の各補償金・事故復旧費・人件
費等の金額は,次のとおりである。
(ア)原告支出分合計30億8987万2369円
a補償金(遺族・負傷者賠償金)合計16億3294万9917円
b事故復旧費合計2149万3059円
クレーン・車両運搬費1858万1200円及び携帯電話料・代行
バス費等291万1859円の合計
c相談室開設前の平成3年5月から7月までの人件費
合計2億0302万3590円
d相談室人件費12億3240万5803円
平成3年度2億8563万7947円
平成4年度2億9220万1574円
平成5年度1億9227万5321円
平成6年度1億0264万5600円
平成7年度5130万3243円
平成8年度4754万1414円
平成9年度4832万9261円
平成10年度4613万2956円
平成11年度3820万7038円
平成12年度4149万6626円
平成13年度4239万7052円
平成14年度4423万7771円
(イ)被告A社支出分合計24億8392万9871円
なお,これは,精算交渉において被告A社が原告に示した損害のうち
原告が四者協定の範囲内と考えるものを抜粋したものであり,原告とし
て了承したものではない。
a補償金16億8644万9918円
遺族・負傷者賠償金16億3294万9918円と被告A社社員示
談金等(5名分)5350万円との合計
b事故復旧費及び事故関連経費合計6839万0821円
代行バス代3439万4688円,仮設・携帯電話,現場テント代
等153万3140円,救出活動クレーン代227万6300円並び
に信楽町現場管理費,本部経費及びその他の費用として3018万6
693円の合計
c相談室開設前人件費1億2023万7483円
相談室開設前人件費及び旅費(平成3年5月及び6月分)1948
万8533円と滋賀県・信楽町応援分人件費1億0074万8950
円との合計
d相談室開設後人件費合計6億0885万1649円
平成3年度6940万8913円
平成4年度8173万4812円
平成5年度7406万9061円
平成6年度5881万5848円
平成7年度5619万8254円
平成8年度5557万9067円
平成9年度5697万5626円
平成10年度4159万0024円
平成11年度3795万7312円
平成12年度2434万8546円
平成13年度2379万8762円
平成14年度2837万5424円
ウ人件費等の根拠資料(領収書等)については,その数量が膨大であるこ
とから,原告担当者のoと被告A社担当者のvとの間で,互いに提出を要
求しない旨を合意していた。
エ原告が主張する人件費等の上記損害額については,精算交渉において,
特に争いがなく,かつ証拠からも明らかである。仮に,そうでないとして
も,弁論の全趣旨及び民事訴訟法248条により,これが認定されるべき
である(最高裁平成20年6月10日判決)。
(2)相談室開設前の人件費について
本件事故発生直後以降,相談室開設以前においても,本件事故の被災者へ
の対応は発生しており,当然,相談室開設前の人件費も,補償交渉のための
人件費であって,これが本件精算対象に該当することは明らかである。5項
確認書においても,そこで規定された人件費が,相談室開設前のものを除外
する旨の記載はない。また,本件訴訟前の精算交渉や本件調停においても,
それを除外する旨の合意は存在しない。被告A社は,精算交渉においては,
「相談室開設前の人件費」を本件精算対象として主張していた。
(3)「人件費」の対象範囲
滋賀事務所に派遣された原告の社員の人件費のみが精算の対象であるとの
被告A社の主張事実は,四者協定の中で合意されていないし,示談交渉の場
においても合意されていない。
(4)人件費は平成14年度(平成15年3月末)までが精算対象であること
補償交渉は,相談室に配置された人員のみによって行われたものではなく,
補償交渉が終了するまでであることは当然のことであるところ,遺族との訴
訟(その中での和解交渉や判決確定後の補償金支払方法等についての交渉も
ある。)があれば,当然その訴訟期間もその期限の対象となる。
本件遺族との訴訟は,本件民事控訴審判決が,平成14年12月26日に
言い渡され,平成15年1月10日に確定したことによって終了した。そし
て,その後,同判決に基づく補償金支払金額や支払方法についての交渉や支
払行為も行われた。これが,原告が平成14年度(平成15年3月末日ま
で)を終期とするゆえんである。5条確認書5項に「補償交渉に従事する社
員の人件費については,覚書第5条第1項の規定によることなく,同第6条
に基づき本件事故の責任関係が明確になった時点で精算するものとする。」
と規定されているが,この点からも,精算すべき人件費は,単に相談室に派
遣された社員の人件費に限定されないことが明らかである。
(被告A社の主張)
(1)事故復旧費及び関連経費
原告は,被告A社が主張する事故復旧費及び事故関連経費として合計68
39万0821円を計上しているが,これには,被告県・市が負担した費用
等も含まれている。そこで,被告A社が負担した費用に限定すると,クレー
ン代202万3950円,代行バス運行代3439万4688円,新聞広告
掲載料(本件事故により,SKR線が運行停止に至ったこと等を周知するた
めに,新聞広告を掲載したもの)451万3871円及び被災者送迎タクシ
ー代10万8330円の合計4104万0840円となる。
(2)人件費
ア相談室の設置状況
本件事故の被災者との補償交渉を行うため,相談室が滋賀県及び大阪市
に設置され,滋賀事務所が滋賀県及び京都府の居住者を,大阪事務所がそ
れ以外の居住者を担当することになった。そして,滋賀事務所は被告A社
が,大阪事務所は原告が,それぞれ運営することになった。ところが,被
告A社は,補償交渉に従事させる余剰人員を有していなかったことから,
当初から不足する人員について原告から滋賀事務所に人員を派遣してもら
い,補償交渉に当たっていた。各年度毎の滋賀事務所と大阪事務所の示談
の処理件数はほぼ同数であり,補償交渉は平成6年でほぼ終了した。
イ補償交渉に従事する社員の人件費についての協議経過
本件は,原告と被告A社との間でされた合意に基づく請求であるところ,
求償の対象となる補償交渉に従事する社員の人件費は,原告及び被告A社
双方の相談室に配置された人件費全額ではない。ましてや,相談室設置前
の交渉のための人件費は含まれていない。
ウ前提とすべき事実
(ア)補償交渉に要する人件費の位置づけ
補償交渉に要する人件費は,共同不法行為による被害者に対する損害
賠償額の分担の問題ではなく,原告と被告A社が相互に相手方に対して
有する,不法行為に基づく損害賠償請求権の問題である。ところが,補
償交渉に要した人件費を不法行為による損害賠償の対象に含めることは,
通常ない。しかも,このような人件費を損害賠償請求するには,当該不
法行為により具体的に損害が発生したことが必要であるから,単に従業
員を補償交渉のために配置したというだけでは,通常は損害と認めるこ
とはできない。当該補償交渉のために,新規に人員を雇用するなど,余
分な人件費の出費がされたことが必要であると解される。したがって,
本件においては,補償交渉のための人件費を精算の対象としているが,
このような合意をすること自体,特殊例外的な合意である。このような
認識は,当時,関係者の間にもあったと考えられ,大阪事務所,滋賀事
務所の設置に伴う経費は,原告,被告A社がそれぞれ独自に負担するこ
ととされた。また,精算対象となる人件費についても,他の補償交渉に
要する費用とは区別して議論された。
(イ)補償交渉に従事する社員の人件費について合意に至る経緯
a人件費の扱いは,当初は具体的に決まっていなかった。事故処理覚
書2条では,人件費については触れられていない。ただし,双方が合
意したものについては精算対象となることが確認されている。
bその後の基本協定書の合意時点でも,人件費の扱いは,具体的に決
まっていなかった。このころ,原告からは,原告と被告A社とで同数
の従業員を相談室に配置することが提案されていた。基本協定書では,
補償交渉に要する費用の支払義務が3条に規定されているが,その具
体的な内容は,記載されていない。上記と併行して協議された補償交
渉実施覚書では,補償交渉に要する諸費用が,当面はそれぞれが均等
に負担(支弁)すること,責任割合が明確になった時点で精算するこ
とが合意された(5,6条)。上記覚書をめぐっては,平成3年6月
4日の時点で相談室に従事する社員の数は,原告と被告A社とで同数
とするとの案が原告から出されていたが,同月13日の合意時点では,
相談室は原告と被告A社の社員で構成する(4条)と規定するにとど
まっており,人数にまでは言及していない。
c被告A社は,補償交渉に当たらせる余剰人員をまったく有しておら
ず,大阪事務所と滋賀事務所とで同数を配置することが困難であり,
これについて人件費をどう調整するかが問題となった。その後,補償
交渉の実施の在り方について,詰めがされた。これが,5条確認書で
ある。この確認事項は,平成3年6月13日付けとなっているが,実
際に合意に達したのは,同年8月27日であり,先の覚書の作成後に
詰めの作業がされた。原告は,相談室に従事する社員の数をそれぞれ
同数とするという案を同年6月4日に出していたが,同月13日付け
の覚書では,その点を具体的に記載せず,単に相談室はそれぞれの社
員で構成するとだけ記載された(4条)。
d同年6月29日に原告から提出された「「信楽高原鐵道事故の補償
交渉実施に関する覚書」第5条に関する確認事項(案)」(甲29の
別紙2,乙A16,乙22の7(いずれも同じもの),以下「5条確
認書(案)」という。)では,「補償交渉に従事する人員について,
丙丁それぞれが同数を配置するものとするが,いずれか一方が総人員
の半数に満たない人員を配置する場合は,総人員の半数との差につい
ての人件費を覚書第5条第1項本文の規定に従い精算するものとす
る。」との提案がされた。すなわち,相談室に配置する人員の人件費
は,他の補償交渉に要する費用とは別に扱うこととして,相談室への
人員はあくまでも同数配置が原則で,同数配置できない場合には,生
じた人件費の差額分をいったん均等支弁で精算し,さらに,当該差額
分を最終的には責任割合に応じて精算しようとする案が提出されたの
である。
この点について,同年8月27日の段階で,最終的には5条確認書
5項で,「補償交渉に従事する社員の人件費については,覚書第5条
1項の規定によることなく,同第6条に基づき本件事故の責任関係が
明確になった時点で精算するものとする」と規定することで,双方が
合意した。
(ウ)「補償交渉に要する社員の人件費」についての合意内容
以上の経過から明らかなとおり,人件費の精算については,当初議論
の対象となっていなかったところ,大阪事務所及び滋賀事務所の開設運
営に要する費用(人件費は含まない。)は各自が負担し,後日の精算対
象にはされていなかった。
その後,原告は,被告A社が補償交渉に従事する余剰人員を保有して
おらず,同被告だけでは滋賀事務所の相談体制を整えることができない
状況にあることを意識し,平成3年6月4日に提案した「信楽高原鐵道
事故の補償交渉実施に関する覚書(案)」(乙A15,以下「補償交渉
実施覚書(案)」という。)において,大阪事務所と滋賀事務所とで同
数の従業員を配置するとの案を提案した。ところが,結局上記覚書では
この点は煮詰まらず,原告は,同月29日に,これを受けた5条確認書
(案)において,同数配置できずその差が生じた場合には,人件費の差
額分を一旦均等支弁で精算し,さらに,当該差額分を最終的には責任割
合に応じて精算しようとする案を提案した。もっとも,5条確認書では,
最終的に「補償交渉に要する人件費については,覚書第5条1項の規定
によることなく,同第6条に基づき本件事故の責任関係が明確になった
時点で精算するものとする。」と規定されるにとどまった。
この確認事項では,人件費が他の補償交渉に要する費用とは異なり,
いったん均等支弁をした上で(暫定的な精算),最終的に責任割合で精
算するのではなく,まず,それぞれが負担をし,途中で暫定的な精算を
行わず,最終的に責任割合で精算することは明らかであるが,精算対象
となる人件費が何を指すのかが一義的に明らかではない。
この点,原告の同年6月29日の5条確認書(案)が提出されて以降,
同年8月27日に5条確認書の合意に達するまで,人件費の対象を広げ
る議論はされていないこと,上記提案自体は否定され,最終的には人件
費について,その範囲を特定しない抽象的な表現になっていることから,
5条確認書(案)より,さらに調整対象となる人件費を絞っていく方向
性にあったが,その範囲を一義的に明確にするまでの合意には至ってい
ないと解すべきである。したがって,精算の対象となる人件費について
は,交渉の経過を踏まえた上で,公平の観点から必要性・相当性の認め
られる範囲の人件費と解するほかない。
(3)必要性・相当性の認められる人件費
5条確認書の確認事項5項にいう「補償交渉に従事する社員の人件費」が,
現実に相談室に配置された人員をいうことは,先の経緯から明らかであり,
相談室開設前の人件費は含まれないというべきである。また,先の交渉経過
からすると,上記6月29日に原告から提案された各事務所の配置人数を原
則同数とし,同数配置できなかった差額を調整対象とするとの5条確認書
(案)よりも,調整の対象は狭くなっている。そして,補償交渉といっても
示談対応数は年ごとに急激に変化しており,何人を相当とするかは判断が難
しいこと,補償交渉は,平成三,四年は対象数が多かったが,平成5年には
対象となる数は相当減少し,平成6年でほぼ実質的に終了しているのであっ
て,補償交渉に従事する社員がいつの時点で何人が必要・相当であったと考
えるかは非常に困難であること,もともと原告の社員は被告A社と比較して
給与が高いため,単純に人件費を合算したのでは明らかに不公平が生じ,単
純に合算した金額をもとに人件費を算出し,求償することは相当といえない
こと,滋賀県事務所の人員不足分については,その都度原告と被告A社とで
協議をして,必要となる人数を原告から派遣を受けていたことを考えると,
滋賀事務所に派遣された原告の社員(延べ30人)の人件費が精算の対象と
なる。
この人件費は,特段の合意がなければ本来不法行為に基づく損害賠償請求
の対象とはならないが,上記合意により,当該原告の職員の人件費について,
被告A社がその責任割合に応じて負担することとなる。
4争点4(被告A社の相殺の可否)についての当事者の主張
(被告A社の主張)
(1)不法行為に基づく損害賠償請求権
四者協定に定められた補償金及び補償交渉に要する諸費用には含まれてい
ないが,被告A社は,原告に対し,不法行為による損害賠償として合計3億
0373万4312円の請求権(以下,被告A社が主張する不法行為に基づ
く損害賠償請求権を「本件損害賠償請求権」という。)を有している。
ア車両損害1億1020万1108円
本件事故において,本件原告列車と正面衝突した本件SKR列車は,4
両編成であったところ,貴生川駅方向の前2両(202号・204号)が
大破して,修理が不可能な全損状態となったため廃車とし,信楽駅方向の
後ろ2両(201号・203号)は修理をした。前2両の本件事故当時の
評価額は,減価償却定額法により算定すると,7572万9108円(平
成3年3月末日現在)となるから,同額が損害となる。また,後2両の修
理費(点検を含む)は,3447万2000円であった。
したがって,被告A社が被った車両損害は,合計1億1020万110
8円となる。
イ施設損害1億9353万3204円
SKR線は,本件事故後運行を休止していたところ,平成3年12月に
運行を再開したが,再開の条件は,貴生川駅・信楽駅間全線を一つの閉そ
く区間とするタブレット方式であった。このように,本件事故後,小野谷
信号場の行き違い設備並びに同設備の新設に伴って設置された信号機及び
継電連動装置等の信号設備の使用が事実上不可能となった。同信号場の行
き違い設備が利用できなくなったことから,SKR線は1編成の列車が貴
生川駅・信楽駅間を往復する運行となり,ダイヤも1時間に1本と極めて
利便性を欠く状況になった。運行再開後,SKR線の沿線の住民や自治体
関係者からは,増発の要望が絶えずあったが,そのためには,小野谷信号
場の行き違い設備及び行き違いに対応した信号機・連動装置の再稼働が必
要不可欠であった。他方で,同信号場の設置後,新設された信号設備に関
して発生した信楽駅の本件赤固定という信号トラブルが要因となって,本
件事故という大惨事が起きたことから,より安全性の高い信号設備を設置
することが必要であり,従前の信号設備を改修して利用することは不可能
であった。そこで,被告A社は,信楽駅の制御盤において,SKR線を走
行している列車の位置が確認できる集中電子連動を使用した信号システム
の導入を検討している。
ところで,平成20年に被告A社が,小野谷信号場を再稼働するために
必要となる連動装置及び信号装置等の諸費用の見積もりをしたところ,合
計2億0924万円を要することが判明した。上記費用は,本件事故当時
の小野谷信号場の施設の評価額を上回っており,全損状態になっていると
評価すべきであるから,被告A社が同信号場を設置するに当たって支出し
た信号設備工事及び土木工事等の費用合計1億9353万3204円を損
害とする(同信号場が完成したのは平成3年3月であるので,残価率10
0パーセントとみるのが妥当である)。
ウしたがって,被告A社は,原告に対し,合計3億0373万4312円
の損害賠償債権を有している。
(2)相殺の意思表示
被告A社は,平成21年10月20日の本件訴訟の第5回弁論準備手続期
日において,同被告が,原告に対する何らかの求償債務を負うと認められる
場合には,本件損害賠償請求権と求償債務とを対当額で相殺するとの意思表
示をした。
(3)本件損害賠償請求権の放棄について
本件事故直後に作成された覚書等には,損害賠償に関する定めはないが,
そうであるからといって,被告A社が黙示的に本件損害賠償請求権を放棄し
たものではない。しかも,原告が本件損害賠償請求権を放棄したと主張する
平成3年6月13日は,本件事故発生から約1か月しか経過しておらず,本
件事故により被告A社が被った損害の範囲や額さえ確定していなかったから,
同被告がそのような段階で,本件損害賠償請求権を放棄することはない。被
告A社としては,原告が本件事故の損害賠償責任を否定して,本件遺族との
間の訴訟を長期にわたって徹底的に争ったため,平成15年1月10日に原
告の損害賠償責任を認める本件民事控訴審判決がようやく確定したこと,本
件訴訟の対象となっている覚書等に基づく求償請求について,原告がいかな
る対応をするのか明らかでなかったことから,本件損害賠償請求権の行使を
保留していたに過ぎない。そして,被告A社は,原告が本件訴訟において,
被告A社に本件事故の9割の責任があると主張して,被害者に支払った補償
金等の本件求償権請求をするに至ったため,本件損害賠償請求権を行使した
ものである。
このように,被告A社が長期間,本件損害賠償請求権を行使しなかったこ
とには,正当な理由があるから,同請求権を放棄したとみることはできない。
(4)損害賠償請求権の時効消滅に対する反論
ア事故処理覚書3条は,「前条により丙が立替えする費用については,事
故の責任関係が明確となった時点で,丙及び丁は,その責任割合に応じて
費用の負担を行うものとする。」と規定し,補償交渉実施覚書6条は,
「前条により丙,丁それぞれが支弁した補償金及び補償交渉に要する諸費
用については,本件事故の責任割合が明確になった時点で,基本協定書第
4条に基づく割合に応じて精算するものとする。」と規定しているところ,
四者協定では,本件事故による補償金及び補償交渉に要する諸費用につい
ての求償債務について,本件責任割合が明確になった時点が,不確定期限
とされているが,それは,あくまでも求償債務の履行の期限である。そし
て,原告が主張する責任割合等を前提とすると,求償債務自体は,補償金
及び補償交渉に要する費用の支払によって客観的には発生していることに
なる。具体的には,平成6年4月末日時点までで,原告及び被告A社が負
担した補償金及び相談室人件費は(ここでは,原告が主張する相談室人件
費全額が求償の対象となるものと仮定する。),合計26億4364万0
187円となるから,仮に,原告主張のとおり,原告が1,被告A社が9
の責任割合であったとすると,原告の負担額は,2億6436万4018
円となり,これを原告が既に負担した16億1024万7791円から控
除すれば,原告の被告A社に対する求償債権は,13億4588万377
2円となる。このように,原告の本件求償権は,平成6年5月14日時点
においては,客観的には発生していた。
したがって,原告が主張する責任割合を前提とする限り,平成6年5月
14日時点では未だ本件事故の責任関係が明確でなかったとしても,本件
求償権が発生していることになるから,被告A社の原告に対する損害賠償
請求権と相殺に適するようになっていた(以下「相殺適状」という。)と
いえる。
イ受働債権の期限の利益は,債務者の利益のために付されたものと推定さ
れ(民法136条1項),債務者から放棄することができるから(同条2
項),受働債権の支払期限が到来していなくても,自働債権の期限さえ到
来しておれば,相殺適状になる。この場合,当該債務者が受働債権の期限
の利益を放棄する意思表示をすることは要件とされていない。
本件では,自働債権である被告A社の本件損害賠償請求権の支払時期は,
本件事故の日である平成3年5月14日には到来しているところ,受働債
権である本件求償権の支払期限が到来していなくても,本件損害賠償請求
権が時効消滅する平成6年5月14日までには,相殺適状にあった。
ウなお,被告A社は,原告から求償権を行使される可能性があったが,そ
の場合には,本件損害賠償請求権と差引計算される期待を持っていたので
あるから,民法508条が適用される場面であることは明らかである。
(原告の主張)
(1)本件損害賠償請求権の根拠について
被告A社が,本件損害賠償請求権の根拠として主張する原告の過失行為は,
①本件てこの無断設置・操作の義務違反,②5月3日の信号トラブル発生後
の原因解明の義務違反,③教育・訓練に関する義務違反,④報告体制確立に
関する義務違反,⑤b運転士の連絡義務違反等である。
しかしながら,本件遺族からの損害賠償請求事件において徹底的に原告の
過失を主張・立証した被告A社が,本件訴訟において主張できるのは,参加
的効力の準用により,上記損害賠償請求事件において裁判所が認定した原告
の過失に限定されるというべきである。したがって,被告A社は,本件訴訟
においては,上記過失のうち,④の過失しか主張できない。仮にそうでない
としても,④の過失以外の過失は本件訴訟で立証されていない。
(2)報告体制確立義務違反の主張の信義則上の制約
ところで,本件訴訟における原告の請求は,共同不法行為者である被告A
社の本件代用閉そく違反の過失割合が大きいとして,求償請求をするもので
あるが,同被告はこれに対し,本件代用閉そく違反を防止しなかったことを
内容とする原告の報告義務違反をもって,被告A社に対する過失として本件
損害賠償請求権を有するというのである。
しかしながら,このような本件損害賠償請求権の行使は,自らの過失行為
を防止しなかった相手に対して,防止しなかったことが過失であるとして損
害賠償請求をすることとなり,「私の悪行を制止しなかったあなたが悪い」
というに等しく,信義則上到底許されるものではない。
(3)本件損害賠償請求権の放棄
本件事故は,原告及び被告A社両社の車両の正面衝突事故であり,双方の
乗客に多数の死傷者を発生させたものであるが,乗客との法律関係以外にも,
上記事故の態様からみて,双方の鉄道事業会社相互の関係においても,相手
方に対する不法行為ないし債務不履行責任が直ちに問題となる事故であった。
本件四者は,本件事故後,事故処理覚書を締結し,本件事故の処理に関する
合意を成立させ,その後も四者協議会を設置し,本件事故の処理につき取り
組んできたものであるが,事故処理のため作成された前記覚書等の文書には,
原告及び被告A社の鉄道事業会社両社間の損害賠償請求権に関する記載はま
ったくなく,このような請求権に関しては,当時まったく協議されなかった。
被災者の救済に全力をあげていた原告及び被告A社のこうした事故処理に関
する態度からみて,鉄道事業会社両社は,相手方に対する損害賠償請求権な
どは,遅くとも平成3年6月13日までにはこれを相互に放棄する旨黙示的
に意思表示していたとみるべきである。
したがって,今般被告A社がした相殺の意思表示にかかる自働債権は,放
棄により消滅している。鉄道事業会社両社間の損害賠償請求権は,明示の意
思表示がなくとも,上記のような経緯や双方の態度からみて,双方が黙示的
に放棄したとみるのが相当である。
(4)損害賠償請求権の時効消滅
ア本件損害賠償請求権は,本件事故が発生した平成3年5月14日の不法
行為に基づき発生するものであるから,当然被告A社は,損害の発生を即
時に知ったものであり,上記請求権は,本件事故発生後3年目に当たる平
成6年5月14日の経過をもって時効消滅している。また,被告A社の相
殺の意思表示は,民法508条を根拠としているが,同条は,自働債権が
時効消滅する以前に相殺適状にあることを要件としているところ,受働債
権たる原告から被告A社に対する求償権は,平成6年5月14日段階では
成立しておらず,仮に成立していたとしても相殺適状にあるとは到底いえ
ないから,同被告は,同条に基づいて相殺をすることはできない。
そして,原告は,被告A社の相殺にかかる自働債権たる本件損害賠償請
求権については,時効消滅を援用する。
したがって,結局被告A社の相殺は認められない。
イすなわち,本件請求原因である原告の本件求償権は,「事故の責任関係
が明確となった時点で,その責任割合に応じて」発生することが合意され
ているから(事故処理覚書),「事故の責任関係が明確となること」を不
確定期限として成立するというべきである。そして,平成6年5月14日
の時点では,未だ「事故の責任関係」が明確であるわけもなく,期限は到
来していないから成立していない。平成6年5月段階では,論理的には,
原告と被告A社の過失割合いかんによっては,そもそも原告の求償権が存
在せず,逆に被告A社が原告に対して求償権を有することもあり得た。仮
に,原告の被告A社に対する本件求償権は,債権としては成立し,その履
行期が不確定期限付きであると解するとしても,そもそも,当時は責任関
係が不明確である上,被災者への賠償が完了していない段階であるから,
求償債権額を算定する基準となる,本件精算対象の金額自体が確定してい
なかった。
このような時点においては,被告A社が期限の利益を放棄することは許
されず,また,同被告は,当時期限の利益を放棄する旨の意思表示をして
いないから,相殺適状になかった。民法508条の立法趣旨である「両債
権の当事者が,相殺適状に達したときは,別段の意思表示がなくとも当然
に差し引き決済がなされるものと考えるのが普通であり,このような当事
者間の信頼を保護する必要があること」からみても,当時被告A社がこの
ような信頼をしていたとは到底考えられず,同条を適用する前提を欠く。
ウ原告と被告A社との間の求償処理は,責任関係が明確となった時点で行
う旨合意されていたところ,責任割合は論理的に,原告が0から100ま
で(逆に同被告からみれば同被告が100から0まで)のいずれかである
から,仮に原告の責任割合が100であれば被告A社の求償債務はもとも
と発生しないし,同被告の主張する金額で,仮に責任割合が原告が2,被
告A社が1であるとしても,同被告の求償債務は発生しない。すなわち,
原告及び被告A社の求償債務は,責任関係が明確となることを不確定期限
として,発生・成立するものであるから,その履行時期が不確定期限付き
であったものではない。仮に,不確定期限付きであったのが履行時期であ
るとしても,平成6年5月14日時点では,未だ被災者への賠償は終了し
ておらず,その後も人件費は日々増大しつつあったのであるから,当時求
償債務額はまったく不確定であり,かつ責任割合もまったく不明確であっ
て,求償債務は,二重の意味で不確定であった。すなわち,その時点で被
告A社の求償債務の額は見当がついていないのであるから,原告及び被告
A社において,同被告の損害額及び双方の求償額が差し引き決済されると
の期待を抱いていたことなどあり得ない。
したがって,本件において民法508条による相殺は許されない。
(5)被告A社の主張する施設損害等について
被告A社の施設損害の主張については,事実的因果関係もなく,そもそも
損害の発生も認められないから,まったく失当である。
第5当裁判所の認定事実
本件前提事実,証拠(甲1ないし16,20ないし35,乙A1ないし44,
乙B1ないし8,乙C1ないし7,乙D1ないし9,乙E1ないし11,乙F
1ないし25,丙2ないし10,証人o,証人w,証人p)及び弁論の全趣旨
を総合すれば,以下の事実(以下「本件認定事実」という。)が認められる
(なお,主たる証拠については,個別に掲記する。)。
1本件事故前の状況(本件民事判決,乙B1ないし8,乙C1ないし7,乙D
1ないし9,乙E1ないし11,乙F1ないし25)
(1)原告のSKR線乗り入れの経緯等
ア被告A社の設立経緯と運行形態
(ア)SKR線の前身は,旧国鉄の信楽線である。信楽線は,旧国鉄の分
割民営化に伴い,特定地方交通線として廃止されることが決定したもの
の,同線が地域住民の足として重要であったことから,被告県及び信楽
町などが中心となって,路線の確保,存続を図るための努力がされた結
果,第3セクター方式により存続されることになり,昭和62年2月1
0日に被告A社が設立された。そして,被告A社は,同年5月8日付け
で原告との間で,日本国有鉄道改革法等施行法附則23条8項の規定に
基づき,特定地方交通線信楽線に係る鉄道施設の無償譲受の契約を締結
し,同月9日には「官鉄業第19号の2」により,運輸大臣から「特定
地方交通線信楽線に代わる輸送の確保のため必要となる鉄道事業を経営
しようとする者」として認定を受け,同日付けで同大臣から鉄道事業法
2条に基づく第一種鉄道事業免許を取得した。
こうして,被告A社は,昭和62年7月12日に特定地方交通線信楽
線が廃止されたのに伴い,同月13日に信楽線の鉄道施設を譲り受け,
開業するに至った。
(イ)小野谷信号場が新設される以前の被告A社における列車の運行は,
保有車両4両,単線の折り返し運転で1日15往復するという運行形態
であり,行き違い施設はなかった。また,鉄道事業法施行規則によって
選任が義務づけられている鉄道主任技術者については,平成3年3月8
日以降本件事故当時まで,常勤の者が選任されていなかった。
イ世界陶芸祭の開催とSKR線の輸送力増強計画
(ア)昭和60年ころから,信楽町に「陶芸の森」を作るという計画と並
行して,世界陶芸祭(セラミックワールドしがらき)の計画が,被告県
及び信楽町が中心となって進められるようになり,平成元年5月には,
世界陶芸祭実行委員会(以下単に「実行委員会」ともいう。)が設置さ
れ,同委員会により,世界陶芸祭の具体的な計画が立案,実行されるよ
うになった。この世界陶芸祭は,実行委員会の会長に滋賀県知事,副会
長には滋賀県副知事と信楽町長がそれぞれ就任し,実行委員会顧問とし
て滋賀県選出の国会議員7名,滋賀県議会議長,信楽町議会議長が就任
するなど,滋賀県挙げてのイベントとして企画され,その主催団体の数
は滋賀県や信楽町を含め11団体,後援団体は62を数えた。原告及び
被告A社は,いずれもこの後援団体の一つであった。
(イ)世界陶芸祭は,平成3年4月20日から同年5月26日までの37
日間にわたって開催される予定とされたが,実行委員会の観客動員予測
によると,会期中の入場者数は約35万人とされ,そのうち25パーセ
ントに当たる約8万7500人が鉄道を利用するものと見込まれたこと
から,実行委員会は,利用客の輸送を被告A社に要請した。そこで,被
告A社において,上記利用客約8万7500人の輸送計画を検討した結
果,当時の同被告の輸送能力をもってしては,日曜,祝日の来場者の輸
送確保が困難な状況になることが見込まれたため,その解決方法として,
①SKR線の中間に小野谷信号場(行き違い設備)を新設して,列車の
本数を倍増する,②不足する車両については,原告にSKR線への直通
乗入運転と一部列車の運行委託を依頼することを決定し,小野谷信号場
の設置と併せ,平成2年3月5日付けの被告A社から原告の常務取締役
鉄道本部長宛の「世界陶芸祭開催に伴う輸送対策について(要請)」と
題する文書によって,原告の列車及び乗務員のSKR線への直通乗入れ
を求める要請が行われた。次いで,同月22日付け実行委員会会長滋賀
県知事名の「世界陶芸祭開催に関する協力について(要請)」と題する
文書によって,実行委員会からも原告に対し,直通列車の運行,車両貸
与等の要請が行われた。
(ウ)原告は上記要請を受け,検討したところ,車両は10両以下,乗務
員は10名未満であれば,直通乗入れに振り向けることが可能な余力が
あったので,要請に積極的に協力する方向で検討を開始し,被告A社と
の間で直通乗入れに関する協議を重ねた結果,平成3年1月8日の原告
の経営会議において,同年4月21日から同年5月26日までの間の日
曜,祝日については,京都駅からと大阪駅から各1列車,同年4月20
日から同年5月25日までの間の平日は,京都駅から1列車をそれぞれ
直通乗入れすることが,正式に決定された。
ウSKR線の列車行き違い設備の新設工事について
(ア)被告A社は,平成元年9月7日に信楽町に対し,信楽高原鐵道列車
対向設備整備に関する資料を提出し,同月11日の同被告の取締役会に
おいて,列車行き違い設備の新設を決定し,平成2年3月13日にその
設備として,単線特殊自動閉そく方式(第一種継電連動装置)の導入を
採用した。そして,被告A社は,同年4月26日には,信号設備設計者
のx社に上記装置の設計を委託するとともに,上記列車行き違い設備の
新設に伴い,JR線貴生川駅改修が必要となったことから,原告に対し,
口頭で同駅の改修工事を依頼し,同年5月17日に鉄道本部長宛に協議
書を送付した。
(イ)その後,被告A社は,平成2年7月17日付けで近畿運輸局に対し,
「列車行き違い設備新設に伴う第一種継電連動装置および信号場の新
設」にかかる工事計画書を提出して,認可申請を行い,同年8月22日
付けで,近畿運輸局から上記工事計画の認可を受けたので,同日にm電
業と工事請負契約を締結した。
(ウ)m電業は,上記認可にかかる工事に着手し,平成3年3月6日に第
一種継電連動装置及び小野谷信号場の新設工事を完成させ,同月8日に
合格証の交付を受けた。
エ輸送計画及び教育訓練の協議等
(ア)平成2年7月24日に,信楽町の「陶芸の森」において,実行委員
会,本件四者の担当者が集まって「世界陶芸祭に係る輸送計画等の打合
せ会せ会」が行われ,原告からも鉄道本部企画推進部(以下「企画推進
部」という。)営業開発室,企画推進部商品企画課,運輸部輸送課及び
運輸部運用課等から担当者9名が出席した。席上,実行委員会から「世
界陶芸祭に関する協力要請事項」が読み上げられ,大阪駅等からの直通
列車の運行,JR草津線の増結及び増便,イベント列車の運行,車両貸
与等の要請が行われたが,原告の担当者が後日検討して回答する旨述べ
たため,具体的な計画立案には至らなかった。この後,要請事項を受け
た原告運輸部運用課と被告A社の関係者による協議が,本格的に開始さ
れることになった。
(イ)その後,平成2年10月下旬か11月上旬ころに,被告A社のq業
務課長が,原告運輸部運用課を訪れ,SKR線に直通乗入れをする乗務
員数,これらの乗務員に対する机上教育及び列車操縦訓練,教育費用等
について同課の動力車乗務員担当のt副課長と協議した。その際,q業
務課長が乗入運転士の列車操縦訓練について,経験者がいるから線路見
学だけでよいのではないかと発言したのに対し,t副課長が,行き違い
場所が新設されること,近畿運輸局からの通達があること等を理由に挙
げて,教育訓練の必要性を述べたことから,操縦訓練が行われることが
決定された。
上記協議の結果,乗務員数については,運転士,車掌がそれぞれ四,
五名,これに加え,予備的人員としてそれぞれ約3名を運用するという
ことにして,これらの者に対して教育訓練を実施することとされたが,
上記教育訓練の実施方法について,q業務課長から,被告A社における
指導者的立場の人員数及び指導日数を考えると,乗務員全員に対して日
を分けて実施するのはあまりに日数がかかりすぎるので,同被告側から
原告に対して行う教育は,一回にして欲しい旨の要望が出された。これ
を受け,乗務員に対する教育訓練の方法としては,まず,被告A社が,
原告京都電車区及び京都車掌区の区長及び助役を1日間だけ机上教育し,
これに基づき,後日,これら区長及び助役が原告の関係乗務員に対し,
8日間のうちに机上教育や操縦訓練を行うという方式(以下,この方式
を「二段階方式」ともいう。)で行うことが決定された。
(乙D1)
(ウ)そして,t副課長において「乗務員に対する教育訓練実施計画」を
策定した上,平成2年11月22日にt副課長とq業務課長の両名が近
畿運輸局へ赴き,q業務課長が同運輸局の鉄道部運転保安課y係長に対
し,世界陶芸祭開催に向けての原告列車の直通乗入れの必要性を説明し
た。これに対し,同係長からは,信楽駅のホームの長さと乗入車両数と
の関係から,ホームを外れる車両の戸締めの問題等を指摘されたため,
同年12月にq業務課長が再度原告運輸部運用課を訪れ,t副課長との
間で,上記係長から指摘された上記事項についての改善策を話し合った。
(エ)平成3年1月17日に原告本社において,原告,被告A社,信楽町
及び実行委員会の合同会議が開催された。原告からは企画推進部,京都
管理部並びに運輸部運用課,同輸送課,同管理課及び同駅務課等から各
担当者が出席し,被告A社からはq業務課長ら約7名が出席した。会議
は,平成2年3月22日付けで滋賀県知事が出した「世界陶芸祭開催に
関する協力について(要請)」をもとに行われ,同要請書に記載されて
いる12項目の要請の一つ一つについて,順次検討協議が加えられた。
(オ)平成3年3月13日には,貴生川駅会議室において打合せが開催さ
れた。当日午前中は,原告内部で打合せが行われ,安全対策室z主席,
京都管理部B主席,草津駅のC助役,亀山CTCセンターからD所長以
下約6名,貴生川駅のE駅長及びF助役らが出席し,z主席から,被告
A社の行き違い設備として小野谷信号場が新設されたことに伴い,貴生
川駅と信楽駅間の常用閉そく方式は特殊自動閉そく方式に変更された旨
の説明がされた。また,z主席からは,これに伴って,貴生川駅の制御
盤に,①方向てこ,②線路閉鎖てこ,③誤出発解錠,④退行解除押ボタ
ン等が新設されたことや,これらの機器等の取扱方法等についても簡単
な説明がされた。
同日午後からは被告A社のq業務課長及びl施設課長,m電業から2
名が参加し,原告と被告A社両社による打合せが開催された。この席上,
z主席から貴生川駅と小野谷信号場間において行う代用閉そく方式指導
通信式を施行するに当たり,その要員や指導者の派遣を被告A社側で行
って欲しい旨の要請がされたところ,q業務課長は,当初,社員が少な
いので大変であるなどと言って難色を示していたものの,結局は指導者
や派遣要員については,全部同被告側で出すことになった。ただし,代
用閉そくについて話がされたのは,貴生川駅・小野谷信号場間の区間だ
けであり,小野谷信号場・信楽駅間の区間については話題にされず,代
用閉そくの方式に関する原告と被告A社の運転取扱心得(原告のものは
乙B6,被告A社のものは乙B4,以下,運転取扱心得を「運心」とい
う。)の規定の比較対照も行われなかった。
また,z主席からは,SKR線内での連絡体制について質問がされ,
q業務課長からは,被告A社の列車については信楽駅を通じて無線で連
絡を取ること,直通乗入列車については周波数が違うので無線を使うこ
とはできないが,沿線には500メートルおきに携帯電話の接続端子を
設置しているので,これに乗入列車の携帯電話を接続して使うこと,貴
生川駅,小野谷信号場,信楽駅の各駅間の連絡は,各駅ごとの符号を定
めた運転専用電話で連絡を取ることの説明がされた。さらに,この会議
においては,亀山CTCセンターと被告A社との間で,JR草津線の遅
れについて5分くらいの遅れを目安として連絡を取り合い,10分遅れ
くらいの範囲内で接続するという合意がされた。
(カ)平成3年3月20日には,信楽駅内の被告A社会議室において,原
告からは運輸部運用課u主席,京都車掌区車掌2名,京都電車区柘植派
出所G助役,H助役,I(以下「I運転士」又は「I指導員」とい
う。)及びJ運転士が,被告A社からはK常務及びq業務課長が出席し
て,本件直通乗入れについての打合せ及び二段階方式による教育におけ
る原告側の指導者と被告A社側との打合せ会議が開かれた。この会議の
内容は,以下のとおりである。
aこの会議では,被告A社側から,線路図,信号機一覧表,列車時刻
表などが配布された上,SKR線の線路配置や各信号機の位置,現示
内容,小野谷信号場での対向列車との行き違い手順及び異常事態発生
時の連絡方法などについての説明がされた。
bq業務課長の説明によると,①小野谷信号場での列車の行き違い方
法は,信楽駅発貴生川駅行きの上り列車が,同信号場の待避場に待避
して約30秒間停車している間に,貴生川駅発信楽駅行きの下り列車
が小野谷信号場本線を通過し,その後上り列車が出発し,上下列車は,
列車の故障や,列車の遅延がない限り,必ず小野谷信号場でこのよう
な方法により行き違う,②SKR線の常用閉そく方式は特殊自動閉そ
く方式で,信号機の現示は軌道回路によって検知された列車の進行状
況によって自動制御されており,小野谷信号場においては,通過扱い
の下り列車は,同信号線の下り場内信号機の黄黄現示,すなわち警戒
信号に従って,低速で同信号場本線に入線した上,同信号場の下り出
発信号機の緑現示に従い,そのまま同信号場を通過するのに対し,上
り列車は,同信号場の上り場内信号機の黄黄現示に従って,いったん
停車し,下り列車が通過し,上り出発信号機が緑現示になるのを待っ
て出発する,③信楽駅からの出発列車が遅れた場合は,小野谷信号場
にいる下り列車は,停止信号により出発できないようになっている,
とのことであった。
さらに,赤現示が長いときには,乗務員の方から沿線電話を使って
信楽駅の方へ連絡を取ってほしい旨が述べられたのみで,被告A社側
からそれ以上の説明はなく,原告からもそれ以上の説明を求めること
はしなかった。これに加え,双方の運心の相違点についての確認もさ
れず,信楽駅から直通列車に対する連絡の方法や,乗入列車の運転士
はいかなる場合に信楽駅の指示を仰ぐのかという点についても,確認
はされなかった。
c同打合せには原告からu主席が出席していたが,打合せの内容につ
いての復命書は作成せず,口頭復命で終わらせていたため,打合せの
内容は,原告の運輸部運用課に十分に伝えられなかった。また,二段
階方式の教育計画において乗入乗務員に対して実際に教育を施す立場
にあるとされた助役や区長らも,そのような自覚に欠けており,結局,
原告としては,教育計画に反してI指導員を教育担当者とし,同指導
員にマニュアルを作成させ,乗入運転士に対する指導に当たらせるこ
とにした。
dI指導員は,用紙一枚に「就業規則,運心はJR方式とする」,
「異状時の対応はすべて信楽駅(高原鉄道)とする」等の記載がされ
た「臨時列車(世界陶芸祭)運転について」と題する手書きのマニュ
アル(乙D3添付のもの。以下「本件マニュアル」という。)を作成
し,これが乗入乗務員に対する机上教育の際に配布されることとなっ
た。
(キ)以上のような協議を経て,原告と被告A社とは,平成3年3月25
日に一時限り連絡運輸契約を締結し,同月27日には,本件直通乗入れ
に関する車両直通運転契約書(乙B1),直通乗入運転に関する協定書
(乙B2)及び運転作業協定書(乙B3)を締結した。
(2)本件直通乗入れの実施及び本件各事前トラブル
ア被告A社は,平成3年3月16日に貴生川駅との信号切り替え試験を経
て,同日から新しい信号システム設備によるSKR線の列車の運行を開始
した。一方,原告においては,直通乗入れの運転士8名を選定し,同年4
月4日から同月6日,同月8日から同月12日までの間,直通乗入列車の
試運転を行い,同月20日から本件直通乗入れを開始した。そして,大阪
駅又は京都駅と信楽駅とを結ぶ原告の直通乗入列車は,「世界陶芸祭号」
との呼称で,JR線内及びSKR線内は,快速運行をした。ところが,試
運転期間から本件事故までの間に,4回の本件各事前トラブルが発生した。
イ本件各事前トラブル
(ア)平成3年4月8日の信号トラブル(以下「4月8日の信号トラブ
ル」という。)
a貴生川駅16時38分到着予定のSKR上り546D列車が貴生川
駅SKR線着発線に到着した際,通常であれば同列車に後続する列車
がなく,また同列車の到着によって,同列車が通過した小野谷信号場
から貴生川駅場内信号までの間の列車による中間軌道回路の短絡がな
くなることから,亀山CTCセンターのJR草津線表示盤の列車の在
線を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯
が滅灯するはずであるのに,これが点灯したままの状態となった。
bこれを認知した亀山CTCセンター指令員は,中間軌道回路に列車
が存在しないのに,その存在を示す表示灯が点灯する(短絡状態)と
いう閉そくシステムの異常と判断した。
同センター指令員は,このままでは,次に予定されている下り54
5D列車(貴生川駅発定時16時44分)の出発信号が出ないため,
異常が解消されるまで代用閉そく方式指導通信式での運行を行う必要
があると判断して,直ちに貴生川駅のs助役に対し,信楽駅と打合せ
をして代用閉そく方式による運行準備をするよう指示し,代用閉そく
方式による運行が行われた。
cところが,この運行には,次のとおり代用閉そく方式の手続違反が
あった。すなわち,本来SKR線において代用閉そく方式を施行する
場合には,信楽駅の当務駅長であったL運転主任が貴生川駅との打合
せを行ったり,代用閉そくのさまざまな指示をしなければならないの
に,s助役は,L運転主任ではなく,q業務課長を電話口に呼び出し
て,貴生川駅の信号故障を連絡するとともに代用閉そく方式について
の準備を依頼し,同課長が,貴生川駅駅長との打合せを行ったり,要
員派遣を指示したりするなど,指揮命令系統の混乱がみられた。
また,この際の代用閉そく方式では,小野谷信号場・貴生川駅間の
区間開通確認を行わなければならなかったのに,l施設課長は,自動
車でこれを行い,わずか10分程度で貴生川駅に到着し,同駅のs助
役に対し,徒歩で区間開通を行った旨の虚偽の報告をした。これに対
し,s助役は,l施設課長が,区間開通確認を通常は1時間程度かか
る徒歩ではなく,わずか10分程度自動車で行ったものであることを
容易に察することができたにもかかわらず,実質的な区間開通確認が
行われたかどうかを確認するのを怠った。
(イ)4月12日の信号トラブル
a貴生川駅13時38分到着予定のSKR上り540D列車が,貴生
川駅SKR線着発線に到着した際,上記(ア)のトラブルと同様に,通
常であれば,亀山CTCセンターの草津線表示盤の駅間の列車の在線
を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯が
滅灯するはずであるのに,これが点灯したままの状態となり,貴生川
駅発定時13時44分のSKR下り539D列車(M運転手)の出発
信号が出ないという異常事態が発生した。
bこれを認知した亀山CTCセンター指令員は,異常が解消されるま
で代用閉そく指導通信式での運行を行う必要があると判断して,直ち
に貴生川駅のN助役に対し,信楽駅と打合せをして代用閉そく方式に
よる運行準備をするよう指示をした。N助役は,その後すぐ,信楽駅
に電話をかけたところ,最初,当日の当務駅長であったL運転主任が
応対したが,すぐにq業務課長が電話口に出てN助役と話をした。N
助役は,q業務課長に対し,539D列車の出発信号が出ないことを
告げると,同業務課長は,代用閉そく方式指導通信式を実施すること,
被告A社で小野谷信号場に要員を派遣し,区間開通確認及び指導者の
派遣を行う旨を述べた。
そこで,N助役は,亀山CTCセンターに電話をかけ,O指令員に
対し,代用閉そく方式の準備ができ次第連絡する旨を報告した。やが
て,539D列車の出発時刻が過ぎ,M運転士が駅事務所に来たので,
N助役は,M運転士に対し,代用閉そく方式の準備中であり,1時間
程度出発が遅れるかもしれないので待って欲しい旨,乗客にもその旨
を伝えて欲しい旨を告げた。
c一方,信楽駅には,同駅発定時13時43分の原告の試運転列車5
504D(b運転士)が待機していたが,q業務課長は,N助役との
打合せを受けて,まず,この列車を小野谷信号場まで行かせることを
決め,r運転主任に対し,同列車を出発させるように指示を出した。
r運転主任は,q業務課長の指示を受けて,b運転士に対し,小野谷
信号場まで行って待つように指示した上で,同主任がてこを操作して
出発信号機に緑現示を出して同列車を出発させた。なお,同列車には,
指導者として原告のI指導員及びP助役が添乗していた。その後,r
運転主任は,q業務課長から指示を受け,小野谷信号場に向かった。
そして,5504D列車は,13時55分ころ,小野谷信号場上り
場内信号機13Lの黄黄現示に従い同信号場待避線に進入し,同信号
場上り出発信号機12Lの赤現示に従って停止した。b運転士は,そ
の後10分くらい待っても行き違い予定の539D列車が到着しない
ので,携帯電話により状況を聞こうとしたが,携帯電話の端子ボック
スが鎖錠されていたため,信楽駅と連絡を取ることができなかった。
5504D列車は,その後1時間近くにわたって,小野谷信号場にお
いて待機することになったが,この間r運転主任が同信号場の信号て
こを取り扱い,12Lに赤現示を出すなどした。そのため,b運転士
は,上記の間に12Lが突然緑現示に変わり,その後赤現示に戻ると
いう現象を現認した。
d代用閉そく方式施行の決定がされた当時,たまたま線路の調査をし
ようとして,軽トラックを運転して雲井駅近くを走行していた被告A
社の保線担当のQ施設整備主任は,車載無線でL運転主任から貴生川
駅へ行くように指示を受け,区間開通確認を何もすることなく同駅に
向かった。
14時ころ,小野谷信号場にr運転主任が到着し,N助役にその旨
の電話連絡が入り,そのしばらく後に,被告A社のa運転士が貴生川
駅の事務所に入ってきて,指導者として来た旨を告げた。そのすぐ後
に,Qが同駅の事務所に入ってきて,区間開通確認をした旨を述べた。
N助役は,このような短時間で貴生川駅・小野谷信号場間の線路を確
認できるはずがないことから,Qが区間開通確認をしたなどと言って
いるのはでたらめであると分かったものの,他社の社員ということも
あり注意できないでいたところ,その場にいたM運転士が,Qに対し,
「どこを見てきたんや,そんなもん区間開通確認になっていない,も
う一回見てこい。」と叱責したため,Qは事務所を出ていき,4か所
ほどの地点を選んで降車の上,線路を確認した。この後,q業務課長
から貴生川駅に連絡が入り,M運転士に早く539D列車を発車させ
るように指示がされたが,同運転士は安全確認ができていないと反論
し,出発を拒否した。
14時30分ころ,小野谷信号場にいたq業務課長からN助役に対
し,区間開通確認をした者が小野谷信号場に到着したこと,線路に異
常はない旨の連絡が入った。N助役は,この連絡を受けて,亀山CT
Cセンターの指令員と相談の上,下り539D列車を1時間遅れの下
り541D列車(貴生川駅発定時14時44分)として出発させるこ
とにし,q業務課長に連絡した上,14時44分ころ指導者としてa
運転士を同乗させて,同列車を出発させた。
e14時55分ころ,変更後の541D列車が小野谷信号場に到着し,
指導者腕章を着けた指導者のa運転士が,待避線にいた5504D列
車に乗り移ってきて,代用閉そく方式を施行する旨を告げた。ところ
が,同列車の出発に当たり,b運転士が指導者のa運転士を通じてq
業務課長に運転通告券を要求したところ,小野谷信号場では用意して
いないので貴生川駅で渡すという返事が返ってきた。また,同列車に
添乗していたI指導員も運転通告券を要求したが,交付を受けること
はできなかった。さらに,同列車の出発に際しては,代用手信号は用
いられず,q業務課長の「行って下さい。」との言葉だけで出発が行
われた。なお,この出発の際,本来は使用停止の措置がとられている
べき小野谷信号場上り出発信号機12Lは,緑信号を現示していた。
その後,5504D列車は貴生川駅に到着したが,b運転士は到着
報告を行わなかった。
fb運転士は,その後,5504D列車の折り返しとなる下り550
7D列車を運転して信楽駅に到着し,さらに,その折り返しとなる信
楽駅発定時15時43分の上り5508D列車に乗務した。同列車が
出発する際,信楽駅において,小野谷信号場・貴生川駅間の運転通告
券がb運転士に交付された。
g5508D列車は,小野谷信号場の場内信号機13Lの黄黄現示に
従い,同信号場の待避線に進入し,上り出発信号機12Lが赤現示で
あったので所定位置に停止した。このとき,小野谷信号場には誰も見
当たらなかったが,しばらくして行き違いが予定されている下り54
3D列車が小野谷信号場に到着し,同列車から下車したa運転士が5
508D列車の指導者として乗り移ってきて,b運転士に対し,「指
導通信式で頼む。」,「時間が来たら出発して下さい。」と告げた。
そこで,b運転士は,出発時間を確認の上,指導者のa運転士に対し
て出発する旨告げて発車した。このときは,代用手信号がないばかり
か何の出発合図もなかった。また,このときも本来は使用停止の措置
がとられているべき上り出発信号機12Lは,r運転主任の操作によ
り緑現示となっており,b運転士はこれを現認した。
その後,5508D列車は貴生川駅に到着したが,b運転士は到着
報告を行わなかった。
hb運転士,I指導員及びP指導助役は,いずれも信号トラブルの経
緯及び被告A社の対応について,原告に帰社後特に報告をすることは
なかったが,b運転士は,仕業表に運転通告券2枚を添付して提出し
た。
i以上のように,被告A社が4月12日の信号トラブルにおいて採っ
た代用閉そく方式においても,同月8日の信号トラブルと同様に,信
楽駅の当務駅長のL運転主任ではなく,q業務課長がさまざまな指示
をしたり,下り列車に乗車していたa運転士が,小野谷信号場で指導
者として上り列車に出発の指示を行うなどの,指揮命令系統の混乱が
みられた。
また,貴生川駅・小野谷信号場間の区間開通確認は,これを行うよ
うに指示を受けたQが,これを行わなかったのに,これがされた旨を
報告し,貴生川駅にいたM運転士からその懈怠を指示され,再度確認
に出て行くこととなったという経緯があった。
さらに,運転通告券の交付の欠如や,各列車の出発時に代用手信号
も出発合図もなかったことや,代用閉そく方式の施行時には,信号機
について使用停止措置がとられるにもかかわらず,それがされず,r
運転主任が信号てこを操作したことにより,本来使用停止とされてい
るはずの小野谷信号場の信号に緑の異常現示がされることがあった。
(ウ)5月3日の信号トラブル
a信楽駅当務駅長のr運転主任は,被告A社の上り534D列車(信
楽駅発定時10時14分)を出発させるべく,同駅制御盤の22番信
号てこをL側に操作し,22L反位として,同駅出発信号機22Lに
進行信号を現示させようとしたが,進行信号を現示させることができ
なかった(赤固定であり,本件赤固定と同じ現象である。)。
そこで,r運転主任が制御盤を確認したところ,1番着発線の34
号転てつ器が車庫線に接続状態(反位)であることを発見したので,
転てつてこ操作により,これを本線開通状態(定位)にしたが,なお
も進行信号が出なかった。そこで,さらに確認すると,小野谷信号場
方向から信楽駅方向に列車が進行していることを示す「下り運転方向
表示灯」が点灯しているのを発見した。ところが,このころ,ダイヤ
上は同区間に列車が走行しているはずがなかったため,r運転主任は,
同表示灯の点灯は異常点灯であり,この点灯により,出発信号機22
Lに進行信号が現示できない(赤固定)信号故障がある旨の判断をし
た。そのため,代用閉そく方式がとられることとなった。
同信号トラブルは,本件事故当日とまったく同様に,本件てこの操
作がきっかけとなって,信楽駅出発信号機22Lの赤固定が生じたも
のであった。
bこのため,r運転主任は,信号が出ないとk運転主任に言ったが,
相手にしてもらえず,n技師を呼んだが,同技師を呼び出すことはで
きなかった。そこで,r運転主任は,たまたま信楽駅ホーム上にいた
q業務課長に相談したところ,同課長は転てつ器の状態をr運転主任
に尋ね,定位であることを確認すると,534D列車を出すように指
示するとともに,R運転士に対し,同列車の指導者として乗務するよ
うに指示をし,自らも同列車に乗り込んだ。
R運転士は,指導者腕章を取り出して534D列車に飛び乗り,同
列車は,これとほぼ同時に,出発信号機22Lが赤現示のまま,定刻
よりも約10分遅れでr運転主任の手信号により発車した。
c一方,貴生川駅を定刻の10時16分に発車した原告下り501D
列車(S運転士)は,運転時刻表どおりであれば小野谷信号場を通過
するところ,同信号機下り出発信号機13Rが赤現示であったため,
10時28分ころ所定位置に停止した。その約3分後に,534D列
車が小野谷信号場に接近してきたが,同列車は,同信号場信楽側転て
つ器32Pの手前で停止し,同列車からq業務課長が降車し,同列車
を小野谷信号場の待避線に入れるため,転てつ器を手回しにより開通
させ,同列車を入線させた。その後,同課長は,501D列車の下り
方向への進路をとるために,再度転てつ器を手回しにより,下り方面
に開通させる作業を行った。S運転士は,このq業務課長の作業を見
ていた。
dR運転士は,534D列車が小野谷信号場の待避線に入線して,同
信号場の上り出発信号機12Lの手前で停止した後,501D列車に
乗り込んだ。その際,S運転士は,q業務課長と話をしていたが,そ
の話が終わってから,R運転士は,S運転士に対し,信楽駅の出発信
号が赤のままで緑が出ないこと,自分が指導者として乗ってきたこと
を説明した。
eその後まもなくして,501D列車は,q業務課長の指示により,
下り出発信号機13Rが赤現示のまま小野谷信号場を出発した。その
際,S運転士は,q業務課長が信楽駅に何の連絡もしている様子がな
く,信楽駅・小野谷信号場の列車の不存在の確認,運転通告券の交付
等代用閉そく方式にとって必要な手続がされていないことから,被告
A社の代用閉そくのやり方は,ずいぶんずさんなやり方であるとの認
識を抱いた。
f501D列車は信楽駅に接近したが,r運転主任は,本来であれば
501D列車を1番着発線に入線させるため,22番の信号てこを操
作しなければならないのに,誤って制御盤の23番の信号てこをR方
向に操作してしまい,2番着発線への入線を示す23Rが黄現示とな
ってしまった。S運転士は,時刻表によれば信楽駅の1番着発線へ入
線するはずであるのに,2番着発線への入線を示す信号が黄現示をし
ていたため,この異線現示を不審に思い,場内信号機の手前で列車を
停止させた。
gr運転主任は,この異線現示に気づき,手旗を持って場内信号機2
3Rのところまで行って,S運転士に異線現示を詫びた上,2番着発
線への進入を手旗で誘導し,501D列車を同線に入線させ,結局,
501D列車は,定刻よりも約14分遅れで信楽駅に到着した。
なお,この501D列車には,r運転主任の旧国鉄時代の顔見知り
であったo’車掌と指導役のp’車掌が乗り込んでいたが,被告A社
の手違いで列車の到着が遅れた上,入線する着発線も間違えたので,
r運転主任は同人らにそれを謝り,何とか内緒にすることにしてくれ
と頼み,同人らはそれを了承した。
hその後,SKR上り534D列車が貴生川駅を折り返し,下り53
3D列車として信楽駅まで走行し,さらに,同列車の折り返し列車で
ある上り536D列車は,R運転士を指導者として同乗させて出発し
た。同列車に対向する原告下り503D列車(b運転士)は,貴生川
駅を定刻の11時16分より2分20秒遅れで出発して,運転時刻表
どおりであれば小野谷信号場を通過するところ,同信号場下り出発信
号機13Rが赤現示であったため,所定位置に停止した。なお,原告
下り503D列車は,大阪駅からの直通乗入列車であったが,同列車
には,原告京都電車区柘植派出所のG助役が警戒添乗していた。
i503D列車が停止してからしばらくして,q業務課長が国道の方
(線路の北側)から現れ,その後すぐ,536D列車が小野谷信号場
に到着し,待避線に入線した。そして,536D列車から指導者腕章
をしたR運転士が降り,503D列車に乗り込んできて,「指導通信
式で運行しているから頼む。」と代用閉そく方式で運行していること
を説明した。R運転士の乗車後,q業務課長が出発合図を出し,l施
設課長が出発の手信号を出したため,b運転士は列車を出発させた。
このとき,b運転士は,q業務課長に対して運転通告券を要求しても
無駄だと思ったので,これを要求せず,また,運転通告券は,実際に
も交付されなかった。R運転士は,503D列車が信楽駅に向けて走
行している最中に,「信楽駅の場内信号が出ないかもしれないから気
をつけてくれ。信楽駅の出発信号は出なかった。」などとb運転士に
述べた。
S運転士,b運転士及びG助役は,このトラブルの経緯及び被告A
社の対応を原告に報告していない。
j以上のように,上記信号トラブル時には,信楽駅の当務駅長である
r運転主任ではなく,q業務課長が代用閉そく方式の施行を決め,r
運転主任から指示を受けたわけではないのに,小野谷信号場に行き,
信楽駅に連絡をすることもなく独断で転てつ器の切り替え作業を行い,
運転通告券のないまま列車を出発させるなどの指揮命令系統の混乱が
みられた。
また,被告A社は,赤固定にもかかわらず,q業務課長が指示をす
るとともに信楽駅発上り534D列車に同乗して,同列車を発車させ
たが,その際,小野谷信号場への要員派遣,信楽駅・小野谷信号場間
の区間開通確認をまったく行わなかった。
さらに,q業務課長は,上り534D列車が小野谷信号場に到着し
た際,転てつ器を手回しで操作して同列車を待避線に進入させ,その
後下り501D列車が到着すると,同列車のために再度転てつ器を手
回しで操作して開通をし,同列車は,同信号場からの出発信号機が赤
現示であったのに出発した。その際,信楽駅・小野谷信号場間の列車
の不存在の確認,運転通告券の交付等の代用閉そく方式にとって必要
な手続は行わなかった。
以上の被告A社の対応を見た原告の運転士は,被告A社の代用閉そ
くの方法は,ずいぶんずさんなやり方であるとの認識を抱いた。なお,
運転通告券は,この信号トラブル時には,上り列車及び下り列車双方
の運転士のいずれにも交付されなかった。
(エ)平成3年5月7日の運行トラブル
亀山CTCセンターの指令員は,貴生川駅制御を担当していたが,被
告A社の下り547D列車(貴生川駅発定時17時49分)の発車時刻
ころ,貴生川駅SKR線着発線の出発信号機8Rに進行信号を現示させ
る信号押しボタンの圧下を失念した。
一方,貴生川駅では,上記列車のM運転士は,通常,定時の1分30
秒前には同駅の出発信号機に進行信号が現示されていることから,実際
には,亀山CTCセンター指令の失念により停止信号のままであったに
もかかわらず,これを確認しないで進行信号が出ているものと軽信し,
停止信号のまま定時に列車を発車させた。ところが,列車のATS(信
号機が停止信号を現示しているにもかかわらず,乗務員がこれを無視し
たり,あるいは誤認して進行しようとしたとき,自動的にブレーキをか
けて停止させ,追突や衝突事故を防止する自動列車停止装置)が作動し,
また,着発線から150メートルの距離で貴生川駅の構内にある虫生野
踏切の警報が鳴動しておらず,遮断機も下りていないことを見て,自己
が信号を見ていなかったことに気づき,踏切手前で停車した。その後,
同列車は貴生川駅駅員の誘導により,着発線までバックした。
このような亀山CTCセンターの制御ミス及びM運転士の誤出発によ
り,ダイヤ上は小野谷信号場で被告A社の下り列車と行き違い運行する
はずの原告の上り516D列車が,先に小野谷信号場手前の信号制御点
13LUAを通過してしまったため,ARCの作用により小野谷信号
場・貴生川駅間の列車運転方向が上りに設定され,上記列車の発車がで
きなくなり,正規の小野谷信号場での行き違い運行ができないことにな
った。
2本件事故の状況等(本件刑事判決,本件民事判決,乙A6,乙C1,乙F1
ないし7,9,10,12,14,15,19ないし21,25)
(1)本件事故当日である平成3年5月14日(以下この項においては,特に
断らない限り,すべて同日の出来事である。)9時42分30秒ころ,亀山
CTCセンターのT指令員は,SKR下り531D列車(貴生川駅発定時9
時44分,この列車が信楽駅で折り返して本件SKR列車となる。)のため
に,貴生川駅出発信号8REのボタンを圧下し,同列車は,定刻よりも約2
分遅れの9時46分ころに貴生川駅を出発した。
(2)T指令員は,上記8REのボタンを圧下する前に,京都駅発信楽駅行き,
b運転士運転の本件原告列車(原告9930D列車,キハ58系3両編成。
SKR線内の列車番号は501D)が途中の大津駅で5分遅れとなっている
という連絡を受けていた。しかしながら,T指令員は,本件原告列車の貴生
川駅発車も遅れ,小野谷信号場で行き違い予定の本件SKR列車が先に小野
谷信号場に到着し,ARCの作用により小野谷信号場・貴生川駅間の上り運
転方向が設定されてしまい,小野谷信号場での行き違いができなくなると判
断し,小野谷信号場上り出発信号機12Lを抑止する機能を有する本件てこ
の使用を決め,8REボタンを圧下すると同時に本件てこを反位に扱った。
(3)T指令員は,10時8分ころ,交代要員のU指令員と交代する際,同指
令員に対し,本件原告列車は,SKR線に接続するJR草津線内の石部駅を
6分遅れて発車しており,乗車率は250パーセント,SKR線の貴生川駅
の本件てこを取り扱っている旨を告げたが,同指令員から本件てこを操作し
たときに下り運転方向表示灯が点灯していたかどうかを尋ねられ(本件てこ
は,貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向が下りにとられていない限り機能
しないものであった。),点灯していたかどうか記憶がはっきりしないこと
に気がついた。
そこで,T指令員は,再度本件てこを取り扱うこととし,R側に倒されて
いた本件てこを一旦中立に戻した後,貴生川駅出発信号8Rの押しボタンを
圧下して,下り運転表示灯が点灯したのを確認してから,再び本件てこをR
側に倒した。その後,T指令員は,8Rの出発現示を取り消すために,まず
定位ボタンを圧下し,それから8Rのボタンを圧下して8Rの出発信号を復
位させた。
(4)本件SKR列車(下り531D列車,SKR200系2両編成)は,信
楽駅定時10時7分50秒のところ,10時10分ころに同駅に到着した。
(5)信楽駅のk運転主任は,本件SKR列車を,入れ替え及び増結作業(S
KR200系4両とする)の終了後,上り534D列車(信楽駅発定時10
時14分)として出発させるために,10時14分から15分ころ,信楽駅
出発信号22Lを出す操作を行ったが,制御盤に下り運転方向表示灯22R
FKが点灯したままの状態となり,出発信号は現示されなかった(本件赤固
定)。そのため,n技師が信号故障と思い,原因を調査したが,原因は分か
らなかった。
(6)本件原告列車は,貴生川駅定時10時13分のところ,10時16分4
0秒ころに同駅に到着した。亀山CTCセンターでは,これと同時に本件て
こが反位の状態のまま,貴生川駅出発信号機6REを圧下し,本件原告列車
は,10時19分ころ(定時10時17分)に貴生川駅を発車した。亀山C
TCセンターでは,貴生川駅出発信号機6REが滅灯した後に,本件てこを
定位に戻した。
(7)q業務課長は,信楽駅出発信号22Lが出発信号を現示しない(本件赤
固定)ので,信号故障と判断し,代用閉そく方式で本件SKR列車を出発さ
せることを決定した。
ところが,q業務課長は,r運転主任に小野谷信号場まで行くように指示
したものの,代用閉そく方式指導通信式の定められた手順である,同信号場
への駅長役の派遣や信楽駅と同信号場間の区間開通確認がされたのを確認す
ることなく,r運転主任が自動車に乗って信楽駅を出るよりも早く,10時
25分にa運転士に命じて22Lが赤現示の状態(本件赤固定)のまま本件
SKR列車を出発させ,自らも乗車した。
(8)10時26分ころ,貴生川駅のV助役から亀山CTCセンターのU指令
員のもとに,本件SKR列車が信楽駅を10分遅れで発車したとの連絡が入
ったので,同指令員はV助役に対し,JR草津線の列車との接続をどのよう
に行うかについて指示した。
(9)一方,b運転士が運転する本件原告列車は,上記のとおり10時19分
ころ貴生川駅を出発し,10時30分ころには,小野谷信号場の手前に差し
掛かっていた。b運転士は,場内信号機12Rが警戒信号(制限速度時速2
5キロメートル)である黄黄現示から進行信号である緑現示に変わったのを
見て,小野谷信号場の場内に進入し,同信号場の下り出発信号機13Rが緑
現示であるのを確認して,時速約50キロメートルで同信号場を通過した。
このとき,所定のダイヤでは小野谷信号場において行き違うことになってい
た本件SKR列車は,同信号場の待避線に到着していなかった。
なお,小野谷信号場下り出発信号機13Rは,本来信楽駅において誤出発
があった場合には,誤出発探知機能により赤現示となるはずであるが,本件
事故当日は,n技師が信号回路を誤って短絡させたことにより,誤出発探知
機能が機能せず,上記13Rは,本件原告列車の接近により緑現示となって
いた。
(10)b運転士は,本件直通乗入れに際して事前に行われた机上教育及び試運
転を含む32回の運転経験において,SKR線においては小野谷信号場が唯
一の行き違い場所であり,ダイヤ上必ず同信号場で行き違うことになってい
ること,何か異常があった時は信楽駅に連絡して指示を受けること,SKR
線内では原告列車に搭載されている車載無線が使用できないため,貴生川駅
出発後は,運転士の判断により携帯電話を利用して信楽駅と連絡を取るしか
指示を受ける方法がないこと,SKR線の常用閉そく方式は,特殊自動閉そ
く方式であり,導線にはARCが設置されていること,小野谷信号場から信
楽駅の間はカーブなどにより見通しの悪い区間が多く存在することを認識し,
又は理解した。
また,b運転士は,4月12日の信号トラブル時には,信楽駅発上り55
04D列車を運転して小野谷信号場で待機していたが,その際には,同信号
場の上り出発信号機12Lが数秒間だけ進行現示に変わるという事態を目撃
していた。しかも,その後乗車してきたa運転士に代用閉そく方式の施行を
告げられて小野谷信号場を出発した際には,指揮命令系統が混乱している状
態の中で,運転通告券の発行も,代用手信号もないままに,出発を指示され
た。そして,b運転士は,その後の下り列車が,代用閉そく方式によって小
野谷信号場を出発する際には,同信号場には誰も駅長役がおらず,出発合図
も代用手信号もないまま,指導者として同乗してきたa運転士から,出発の
指示を出されるということを経験した。
さらに,b運転士は,5月3日の信号トラブルの際には,下り503D列
車を小野谷信号場から信楽駅まで代用閉そく方式で運転したが,その際,指
導者として同乗していたR運転士から,信楽駅出発信号機の赤固定が生じた
事実を聞かされた。この時b運転士は,要求しても無駄であると思い,被告
A社に対して運転通告券の要求をしなかった。
(11)b運転士は,本件事故当日,本件原告列車を運転して約2分遅れで貴生
川駅を出発したが,出発前に上り列車が遅れているという話は聞かされてい
なかった。ところが,b運転士が,本件原告列車を運転して小野谷信号場に
差し掛かった際,下り場内信号機12Rは,待避線に列車がいない場合,い
つもは黄黄現示であるのに,この日は黄黄現示から進行現示に変わり,この
信号現示に従って小野谷信号場に進入すると,いつもは待機しているはずの
行き違い列車が待避線におらず,しかも,それまでの経験では,このような
場合は,必ず赤現示になっていたはずの小野谷信号場下り出発信号機13R
が,進行現示を示していた。
b運転士は,これらのいつもとは違う状況が認められたことから,「あれ,
おかしいな。」と感じたものの,下り出発信号機13Rが進行現示であった
ことから,対向列車が信楽駅で待機しているものと考え,これを越えて上記
(9)のとおり,本件原告列車を進行させた。
(12)こうして,本件原告列車と本件SKR列車は,10時35分ころ,小野
谷信号場から約2.6キロメートル信楽駅寄りの本件事故現場において正面
衝突し,本件事故が発生した。
3本件赤固定及び本件てこの設置・操作(本件民事判決,乙C1ないし7,乙
E8)
(1)本件赤固定の原因
本件赤固定は,①被告A社が小野谷信号場の場内信号の制御時期を認可条
件に基づいた検査時の状態である「下り列車の12RDA通過時」から「貴
生川駅の出発信号6~8RE制御時」に変更したこと,②被告A社が設備し
た信号システムにおいて,小野谷信号場の下り場内信号機12Rと下り出発
信号機13Rを「反位片鎖錠」としたこと及び③原告が亀山CTCセンター
に本件てこを設置し,かつ,本件事故前に本件てこを先行下り列車が小野谷
信号場を通過する前に操作したことの3つの要因が重なって発生したもので
ある。
(2)本件てこの設置等
ア本件直通乗入れに伴う貴生川駅等の改修工事(以下「本件貴生川駅等改
修工事」という。)は,原告の電気部信号通信課直轄担当係が担当した。
なお,同係における計画担当の主席は,平成元年12月から平成2年12
月までの約1年間はW主席であったが,平成3年1月16日からはX主席
が引き継いだ。
イ原告本社鉄道本部電気部長は,平成元年6月から平成3年9月までY電
気部長であったが,同人は,鉄道事業法14条及び同法施行規則23条2
号にいう鉄道電気設計管理者としての役目も負っていた。この鉄道電気設
計管理者が置かれている場合には,連動装置の作用の変更や列車集中制御
装置の制御項目の変更等の工事を行うのに,事前に同管理者が確認してお
れば,鉄道事業法上必要とされている運輸大臣の認可を省略することがで
き,運輸大臣に対する届出で足りることになる。
ウ平成2年6月28日に被告A社のZ総務課長,l施設課長,x社のa’
部長及びb’が,原告本社においてc’主席及びW主席と会い,貴生川駅
の信号設備変更に伴う打合せを行った。
その際,W主席からは,方向てこの追加の要望が出され,さらに,連動
図表の記載方法についての要望も出された。a’部長は,上記要望に応じ
て,貴生川駅と小野谷信号場間に一対の方向てこ(15LR,11LR)
を書き込んだ上,記載方法の訂正も行って,同月30日にW主席宛に訂正
後の連動図表を送付した。この連動図表の変更の際には,小野谷信号場の
下り場内信号機12Rと下り出発信号機13Rが反位片鎖錠の関係となる
ような変更も加えられていた。
エその後,被告A社は,平成2年7月17日に近畿運輸局へ変更工事の認
可を申請し,同年8月22日に同運輸局から工事計画が認可された。
一方,原告は,近畿運輸局からの要請があったために,Y電気部長の決
裁を経た上,同月21日に貴生川駅の改修工事の届出を出したものの,こ
の時点では,未だ原告内部で改修工事計画が固まっておらず,W主席とし
ては,後日計画を変更する前提での届出であった。
オ平成2年9月13日に原告本社において,原告と被告A社との信号設備
に関する打合せが開かれ,原告からは,運輸部管理課c’主席,運輸部駅
務課d’主席,運行管理部e’主席,亀山CTCセンターf’主席,h’
主席,W主席,安全対策室g’主席及び貴生川駅F管理助役(平成3年4
月1日から同駅の駅長となった。)の合計8名が出席し,被告A社からは
q業務課長及びl施設課長,m電業のi’,さらにx社のa’部長及び
b’が出席した。
この打合せにおいて,原告側から,原告の下り直通乗入列車が遅れた場
合は困るので,小野谷信号場上り出発信号機12Lを原告側において抑止
したい旨の要望が述べられた。同要望は,当初の計画では,上り出発信号
機12Lは,ARCによる自動制御がされることになっていたが,そうす
ると,貴生川駅からの下り列車が遅れた場合,その前に上り列車が上記1
2Lの制御点を通過してしまうと,その時点で上記12Lを制御して,小
野谷信号場・貴生川駅間の上り方向が設定され,貴生川駅からは,下り列
車を発車させたくてもできないことになり,SKR線のみならず,これに
接続するJR草津線の運行にも大きな混乱が生じるおそれがあることによ
るものであった。
ところが,これを聞いたa’部長は,原告が,被告A社の設備である小
野谷信号場に作用を及ぼすような機能を持つことは,他社の設備を操作す
ることになるとして,大いに疑問を感じたことから,c’主席をはじめと
する原告担当者にはもちろんのこと,問題の所在に気づいていないような
被告A社のq業務課長やl施設課長にも聞こえるように,同被告の信号を
原告が扱うのはおかしい旨の主張をした。そのため,c’主席は,やむな
く,原告の方から信楽駅に連絡するので,被告A社の方で上り出発信号機
12Lを抑止してもらいたい旨を述べ,a’部長もこれに納得したため,
その日の話はそれで終わった。
そして,a’部長は,c’主席から言われたところに従って,信楽駅で
上記12Lの抑止を行うことができるように,同12Lを抑止するための
てこ12LSPbを設置した連動図表を作成し,同年9月17日にW主席
宛に2部,被告A社にも10部それぞれ送付した。
カ一方,原告においては,元亀山CTCセンター所長で運行管理部のj’
主席,c’主席及びW主席が,平成2年9月14日及び同月26日ころ,
打合せを行ったところ,貴生川駅は着発線が一本なので,小野谷信号場上
り出発信号機12Lの抑止はぜひ必要であるとの意見が述べられ,被告A
社の案は原告としては具合が悪く,原告側で操作できる方がよいことから,
上記オの被告A社との打合せの結果にもかかわらず,原告としては,原告
側の方向優先てこ(本件てこ)によって同12Lの抑止を行うことを決定
した。しかしながら,その後,原告から被告A社に対し,本件てこの設置
について,連絡がされることはなかった。
また,W主席は,同年10月か11月ころ,m電業に対し,上記12L
SPbを取り外してほしいとの要請をしたが,この際にも,本件てこによ
って小野谷信号場上り出発信号機12Lを抑止するという話は,まったく
されなかった。
キその後,平成2年11月14日に原告のW主席,草津信号通信区のk’
助役,鉄道本部亀山鉄道部(以下「亀山鉄道部」という。)伊賀上野分所
のl’主任及び被告A社のl施設課長等が亀山CTCセンターにおいて現
地調査を行った。ところが,この際にも,l施設課長は,本件てこについ
ての説明を受けなかった。そして,被告A社は,その後,本件事故に至る
まで,本件てこが設置されていたことを知らなかった。
ク平成3年1月16日にX主席がW主席の後任として着任し,本件貴生川
駅等改修工事に関する結線図を書くように指示され,これを書き上げた。
また,X主席は,連動図表の持ち回り決裁を受けるように指示されていた
ので,W主席からの引継書類の中にあった新しい連動図表の原案を青焼き
コピーし,今回変更となる部分にマーカーで色を付けて,同月31日に持
ち回り決裁に回し,電気部信号通信課の担当者の決裁を経て,同年2月5
日にc’主席の決裁を受けた。しかしながら,これらの変更は,鉄道電気
設計管理者であるY電気部長の確認を経ることはなく,近畿運輸局に対す
る届出もされないままであった。
こうして,本件てこの設置を含む本件貴生川駅等改修工事は,平成3年
2月22日から始められ,同月25日に完成した。
ケ本件てこは,標準結線図(原告が旧国鉄時代からの経験に基づき作成し
た技術資料)に準じたシステムの場合と異なり,貴生川駅・小野谷信号場
間の運転方向が下りに設定されているという条件の下でしか有効に機能し
ないという構造となっていた。これは,本件てこの設計段階でのミスであ
り,実質的な審査,承認行為がされていれば発見できたはずであるが,小
規模な工事ということで連動会議,結線会議が十分に行われず,鉄道電気
設計管理者の確認も経なかったために,施工前に発見することができなか
ったものである。本件てこの設置工事は,鉄道電気設計管理者の確認がな
い場合には,工事前に運輸大臣の認可を受ける必要があるが,原告は,そ
れも受けていなかった。
なお,本件てこが記載された連動図表は,被告A社には交付されなかっ
た。
コ被告A社の信号関係の工事は,平成2年10月4日に着工され,必要な
工事が進められていたが,平成3年3月4日,5日の両日,小野谷信号場
新設及び自動閉そく新設に伴う社員説明会が実施され,特殊自動閉そく方
式や行き違い設備の説明がされた。4日の説明会には,亀山CTCセンタ
ーの職員も参加していた。この4日の説明会の席上,運転士から「小野谷
信号場の上り場内信号機13Lの信号現示を緑現示から黄黄現示に変更し
て貰いたい。また,小野谷信号場の下り場内信号機12Rの制御時期が接
近制御点12RDA通過時では遅すぎるので,もう少し早くして貰いた
い。」との2点の要望が出された。
こうして,被告A社は,m電業による変更内容の検討を経て,平成3年
3月8日の鉄道総合研究所の完成検査の後,近畿運輸局の認可を経ること
なく,m電業の下請業者に,①小野谷信号場の上り場内信号機13Lの緑
現示を撤去し,黄黄現示とする,②接近制御点13LUAによって制御し
ていた上記13Lの制御を,信楽駅の出発信号現示による制御とする,③
上記13Lの反位片鎖錠を撤去する,④接近制御点12RDAにより制御
していた小野谷信号場下り場内信号機12Rの制御を貴生川駅の出発信号
現示による制御とする,⑤接近制御点22RDAによって制御していた信
楽駅場内信号機22R,23Rの制御を,小野谷信号場下り出発信号機1
3Rの緑現示によって制御することとするという5点の変更工事を行わせ
た。上記変更工事は,必要な認可を経ないまま行われ,原告にも連絡がさ
れなかった。
サ一方,原告においては,本件貴生川駅等改修工事が進められていたが,
その第1回連動検査は,平成3年3月5日の夜から6日早朝にかけて行わ
れた。この連動検査は,各システムが配線図どおり施行され,連動図表ど
おり作用して制御するかを確認するために行われるものであり,重要な意
義を有しているもので,もれなく検査が行われるかチェックするため,原
告においては,事前に「連動検査チェック表」を作成して電気部信号通信
課長の決裁を受けなければならないとされているが,原告は,決裁を受け
ていない下書きのチェック表によって連動検査を実施した。
ところが,この検査を実施中の同月6日午前3時ころ,亀山CTCセン
ターの表示条件漏れが発見されたため,この時点で検査は中止となり,最
も重要な集中扱い(亀山CTCセンターから本件てこ,貴生川駅出発,場
内信号を遠隔制御する)の連動検査は,同月12日に実施することになっ
た。また,未決裁の上記下書きのチェック表を結線図と照合して点検した
ところ,約80項目にのぼるチェック漏れが発見され,これも同月12日
に実施した第2回の連動検査で,改めてチェックされた。
このように,原告の行った連動検査は,同年3月12日に終了したが,
原告の草津信号通信区のk’助役は,これら連動検査があたかも同月6日
にすべて完了したものであるかのように,「貴生川駅連動検査チェック
表」を作成し,これを同月7日に貴生川駅閉そく装置の検査に当たった鉄
道総合研究所の検査官に提出した。
シその後,平成3年3月16日3時から,亀山CTCセンターにおいて,
最終的な連動検査が行われたが,その際,本件てこを機能させるためには,
貴生川駅・小野谷信号場間の下り運転方向表示灯を点灯させなければなら
ないということが分かったが,同センターが運転整理の対象としているJ
R関西線ARC区間には,取扱いにこのような条件がある方向優先てこは
なかったことから,D所長は,草津信号通信区のm’区長に改善を申し入
れるとともに,各指令員に対し,本件てこの取扱いについて「特殊閉そく
区間であるため,従来の方式よりも保安面に弱く従来のARC区間に設置
されている「優先てこ」のような機能を持たせることができない。」との
注意を促す,「貴生川~小野谷信号場間の優先てこの機能について」と題
する亀山指令所作成名義の平成3年3月16日付けマニュアル(乙C5の
末尾に添付されたもの)を配布した。
上記マニュアルについては,本件事故後,既に本件てこが使われなくな
っていたにもかかわらず,運行管理部のn’副課長からD所長に対して内
容が不適切であるとの指摘がされたことから,D所長において「保安面に
弱く」などの記載を削除したマニュアルを新たに作成して指令員に配布す
るとともに,従来のものは廃棄するように指示し,本件事故の捜査に当た
った捜査機関に対しては,新たに作成された上記マニュアルを提出した。
スなお,本件事故後,本件てこについて,次のような報道がされている。
(ア)平成3年12月7日付けの読売新聞夕刊(乙A29)は,「信楽惨
事出発信号「赤」のナゾ犯人はJR優先てこダイヤ乱れ操作乗
り入れ前急きょ設置捜査本部突き止める」との見出しで,滋賀県警警
察本部が,原告が陶芸祭への列車を優先運行するために急きょ取り付け
た「方向優先てこ」が,信楽駅の出発信号を「赤」に固定していたこと
を突き止めたことや,原告が,これに対し,「貴生川駅以外のシステム
は高原鉄道のものであり,詳しくはわからないが,設計上はありえない
はず」と話していることを報じた。
(イ)平成4年7月15日付けの朝日新聞夕刊(乙A30)は,「JR,
手順書改ざん?信楽高原鉄道列車事故遠因「優先てこ改良検討」を
削除捜査本部に提出」との見出しで,本件事故後,滋賀県警の捜査本
部の要求で平成3年9月上旬ころに提出された本件てこについてのマニ
ュアルでは,当初の文面にあった「(本社への)当初の設備要求と異な
った設備となっており,使用が困難になっています」,「設備の改良に
ついては,当指令所の要求と大きな違いがあり,関係個所が検討するこ
とになっています」などの記述が削除され,文面も一部書き換えられて
いたこと,原告は,上記マニュアルを提出した後も,「従来の方式より
も保安面に弱く」などの記述がある「優先てこの機能」の項目を全文削
除したマニュアルを作成し,これを先に提出したマニュアルと交換して
ほしいと申し入れ,捜査本部に断られたいきさつがあること,これに対
し,原告の運行管理部次長は,「優先てこについて,口頭で指導してい
る内容を当初のマニュアルに盛り込んで提出した。設備の改良要求につ
いては,マニュアルを提出した時点では過去のことだったので削った」
と話していることを報じた。
4本件直通乗入れの乗務員に対する教育訓練(本件民事判決,乙D1ないし6,
乙F8,17,18,24,25)
(1)運心についての教育
運心についての教育は,本件マニュアルを読み上げた程度の教育であって,
「乗務員に対する教育訓練実施計画」に定められている原告と被告A社の各
運心の相違点についての教育を意識的に行うことはされなかった。むしろ,
双方の運心は変わりがないという説明がされ,乗入運転士の中には,SKR
線においても原告の運心が適用されるとの理解をする者もいた。
(2)線路・信号設備,運転取扱いについての教育
SKR線内では,原告の列車に搭載されている無線機が使えず,必要があ
るときには,携帯電話機によって信楽駅と連絡を取らなければならなかった
が,その携帯電話の取扱いについては,原告と同じであるということから,
実地訓練は行われなかった。また,小野谷信号場下り出発信号機13Rの信
号塔には,信楽駅制御盤から操作できる回転灯が設置されていたが,その存
在も教育されていなかった。さらに,上り列車と下り列車とがダイヤ上必ず
小野谷信号場で行き違うことになっているとの教育もされていなかった。
(3)異常時の取扱いについての指導教育
異常時の対応については,I指導員又はG助役による机上教育の際に「異
常時の対応はすべて信楽駅(高原鉄道)とする」という本件マニュアルの記
載が読まれる程度の教育がされたにすぎず,具体的にいかなる場合に信楽駅
に連絡を取る必要があり,誰に連絡するのかというような細かな説明は,一
切されなかった。したがって,下り列車が小野谷信号場に到着した際に,上
り列車が到着していない場合はどうするのかという点についての説明もされ
なかった。
(4)運心や車両直通運転契約書の現場への交付
本件直通乗入れに当たっては,上記のとおり原告と被告A社との間で種々
の書類が作成されたが,この中でも,被告A社の運心,原告と被告A社間で
締結された車両直通運転契約書の写し,直通乗入運転に関する協定書の写し
及び運転作業協定書の写しの内容は,原告の内部手続上も当然現場に徹底さ
れなければならないものであった。
それにもかかわらず,原告の現業機関には,これらの写しは交付されなか
った。
5本件各判決
本件前提事実記載のとおり,本件事故に関しては本件各判決があるところ,
同判決は,次のとおり関係者の過失を認定している。
(1)本件刑事判決
本件刑事判決は,起訴にかかるk運転主任,l施設課長及びn技師につい
て,次の過失を認定した。
アk運転主任の過失
k運転主任は,信楽駅の運転主任として駅長が行う業務である信号取
扱・列車出発合図等運転に関する一切の業務に従事していたものであり,
信楽駅上り出発信号機の本件赤固定から継電連動装置の故障と思い,l施
設課長と共にn技師に同装置の点検・修理を指示・依頼し,同技師におい
て,これを点検・修理をしていた上,本件事故当日午前10時16分ころ,
本件原告列車が貴生川駅を出発し,信楽駅に向け進行してくることがダイ
ヤ上予定されていたのであるから,本件SKR列車を信楽駅出発信号機が
赤現示のまま出発させるに当たっては,信号設備が故障し,使用不能とな
っていることを認識したのであるから,小野谷信号場に先着した本件原告
列車が行き違い予定の本件SKR列車が未到着のまま,小野谷信号場下り
出発信号機の緑色誤表示に従い通過する可能性があることを予見し,l施
設課長と密に連絡をとって,継電連動装置の使用停止前,すなわち信号の
全面的使用停止措置がとられるまではその修理を中止するよう強く要請し
て列車の安全を確認し,かつ小野谷信号場まで要員を派遣し,信楽駅・小
野谷信号場間の区間開通とその安全を確認し,本件SKR列車に指導者を
同乗させるなど,SKR運心及び代用閉そく施行手順に規定された代用閉
そく方式である指導通信式所定の手続をとり,その上で,同列車を出発さ
せるべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,同列車の出発を急ぐ
余り,l施設課長と連絡を密にとり,継電連動装置の使用停止前の修理を
中止させて同列車の運行の安全を確認することも,同信号場に要員を派遣
し,同駅及び同信号場間の区間の開通及び安全の確認をすることもなく,
指導者を乗車させただけで漫然出発合図を出し,本件SKR列車を出発さ
せた過失が認められる。
イl施設課長の過失
l施設課長は,被告A社の施設課長として信号その他保安設備の保守及
び施工に関する業務を掌理するとともに,n技師を指導・監督するなどの
業務に従事していたものであるが,同技師に継電連動装置の点検・修理を
指示するについては,信号の誤表示による列車事故を防止するため,直ち
に継電連動装置の使用を停止し,仮に,同装置の使用停止をせずに同技師
に同装置の修理をさせるのであれば,修理により同装置に関連する信号機
に誤作動を生じさせないよう常時監督し,さらに,信号誤作動の可能性を
考慮してk運転主任と連絡を密にとって,n技師が点検修理中は,k運転
主任に本件SKR列車の出発を見合わせるよう強く要請して,列車の運行
の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,継電連動
装置の使用停止措置をとることもなく,漫然n技師に修理を継続させ,ま
た,k運転主任と連絡をとり,同運転主任に本件SKR列車の出発を見合
わせるように強く要請して列車の運行の安全を確認することもなく,漫然
n技師をして同装置を正当な条件を経ない電源で動作させて,小野谷信号
場下り出発信号機に緑色を現示し得る状態を生じさせた過失が認められる。
ウn技師の過失
n技師は,被告A社と信号設備点検・修理の委託契約を締結していたm
電業の大阪営業所係長で,同社から被告A社に派遣され同社に常駐し,l
施設課長の指揮の下で同被告の信号装置の点検・修理の業務に従事してい
たものであるが,継電連動装置を修理するに当たり,それが小野谷信号場
下り出発信号機等に誤信号を現示させるおそれがあったのであるから,l
施設課長と連絡を密にとって,継電連動装置の使用を停止させ,すなわち
信号の全面的使用停止措置をとるよう要請してそれがされたことを確認し,
それが確認できないときは同装置の修理を中止し,正当な条件を経ない電
源で動作させるなどの行為をしてはならない業務上の注意義務があるのに,
これを怠り,l施設課長と連絡を密にとって,継電連動装置の使用を停止
させるよう要請してそれがされたことを確認することも,修理を中止する
こともなく,継電連動装置の方向回線端子とUZ回線端子とをジャンパー
線で接続して同装置を正当な条件を経ない電源で動作させ,小野谷信号場
下り出発信号機に緑色を誤表示し得る状態を生じさせた過失が認められる。
(2)本件民事一審判決
本件民事一審判決は,次のアないしエのとおり原告従業員の過失を認定し
た上で,オないしキのとおり,原告及び被告A社の不法行為責任(共同不法
行為)を肯定した。
ア信号システムに関する注意義務違反
下記のとおり判示して,原告の電気部長,電気部信号通信課長及び運輸
部管理課長には,信号保安システムに関する注意義務に違反した過失があ
り,それによって本件事故が惹き起こされたものと認められるとした。
(ア)原告の電気部長及び電気部信号通信課長は,本件貴生川駅等信号設
備改修工事の設計を実際に担当する部課を統括する立場にあり,運輸部
管理課長は,信号設備の改修に際しての調整役であり,同工事について
の被告A社との交渉の窓口となっていたのであるから,W主席やc’主
席ら実際に設計,交渉を担当している者がいかなる業務遂行を行ってい
るかを常に把握し,社内における連動会議,結線会議等必要な会議を随
時開催させ,必要な決裁は漏れなく経させるようにするのはもちろんの
こと,被告A社との間でも設計段階から竣工後に至るまで必要な情報交
換が常に行われるような関係を構築し,乗入先のSKR線の信号保安シ
ステムがどのような状態になっているかの情報は漏れなく収集できるよ
うな部内の体制を確立し,社内の関係部課とも連絡を密にしてSKR線
内の信号保安システムの安全性に関する情報を収集するように努め,電
気通信関係を専門的に扱うセクションとして保有する専門的知見を用い
て,自らあるいは部下の者に命じて,収集した情報を分析し,本件事故
の発生あるいは本件事故発生に至る因果経過の重要部分の発見が可能で
あった場合には,自己のセクションにおいて信号保安システムの改修を
行い,被告A社と協議を行い,あるいはてこの扱いについて覚書,協定
を交わすように部下に命じ,上司に意見を具申するなど,可能な限りの
安全対策を講じるべき注意義務があったというべきである。
(イ)上記前提に立った上で,注意義務違反の有無について検討する。ま
ず,原告の信号設備設計担当者は,平成2年6月30日ころに受け取っ
た連動図表において,被告A社の予定では小野谷信号場の12Rと13
Rが反位片鎖錠の関係とされていることを知っており,原告の運輸部運
用課及び安全対策室においては,5月3日の信号トラブルの際に信楽駅
の出発信号機22Lが赤固定した事実を知ることができ,亀山CTCセ
ンターにおいては,その日本件てこを操作したことも分かっていたので
あるから,これらの部課と信号保安システムに関する情報を綿密に交換
するように努めていれば,電気部信号通信課内において,22L赤固定
が生じたこと,本件てこを操作したこと,12Rと13Rが反位片鎖錠
の関係にあることの情報を得ることはできたものであり,以上の情報を
信号専門家の目を持って分析すれば,本件赤固定の原因に12Rが関与
しているのではないかとの分析を立てることは,容易に可能であったも
のである。そして,原告の職員も参加した平成3年3月4日の信号設備
に関する社員説明会の席上で,小野谷信号場の信号機の現示の点も話題
になっていたのであるから,原告社内の亀山CTCセンターや貴生川駅
との情報交換を適切に行い,かつ被告A社(及び設計業者であるx社)
との間で,信号保安システムに関する情報交換が常に行われるような体
制を作るように努めていれば,同被告による制御タイミング時期の変更
工事の事実を電気部通信課及び運輸部管理課において容易に察知するこ
とができ,そうすれば同課において,本件てこの操作によって信楽駅出
発信号機22Lの赤固定が生じ得る事実を本件事故前に知ることは可能
であった。
以上を要すると,本件事故前に,電気部信号通信課及び運輸部管理課
において,本件てこの操作によって本件赤固定が生じることは,予見可
能であったというべきである。
(ウ)また,被告A社においては,代用閉そく方式の手続がほとんど遵守
されておらず,信楽駅出発信号22L赤固定の場合に閉そくの確保すら
されないまま列車を発車させるおそれのあることは,原告の運輸部運用
課及び安全対策室において,遅くとも5月3日の信号トラブルの後には
認識可能であり,小野谷信号場において行き違い列車が待避線に停車し
ていない場合でも,小野谷信号場下り出発信号13Rが緑現示であれば,
直通乗入列車が小野谷信号場を通過して進行することは,運輸部運用課
において認識可能であったのであるから,信号通信課及び運輸部管理課
において,上記の運輸部運用課及び安全対策室が得られるべき情報も総
合して分析していたならば,電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部
管理課長としては,遅くとも5月3日の信号トラブル発生後の段階にお
いては,①信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じること,②それにも
かかわらず被告A社が代用閉そく方式で定められた手続を踏まずに列車
を進行させること,③本件原告列車が小野谷信号場を通過することを予
見することは,可能であったというべきである。
そうだとすれば,電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長
は,本件貴生川駅等改修工事に際して原告社内において十分な連動図表,
結線図の検討が行われ,必要な確認・決裁は漏れなくされるように部内
の体制を整えるとともに,5月3日の信号トラブル以降の段階において
は,部内の者に指示をして被告A社と連動図,結線図を持ち寄って赤固
定の生じるメカニズムを解明し,赤固定が生じないように同被告に対し,
SKR線の結線,連動の変更を勧告させるとともに,それがされるまで
の間,早期操作が行われるおそれの大きい本件てこの取扱いについて原
告と被告A社とで協定を交わすように指示し,あるいは上司に具申し,
同てこ取扱いについての連絡体制を整えるように部下に指示し,あるい
は関係部署と協議するなどして,少なくとも赤固定が生じた場合になぜ
赤固定が起こっているのか,被告A社側にも分かるようにしておくべき
義務があったというべきである。
(エ)それにもかかわらず,上記の者らはこのような義務を怠り,鉄道電
気設計管理者のY電気部長ですら本件てこの設置の事実を知らないとい
う部内における情報管理体制の不備を放置し,さらに,原告の担当者は,
本件てこの設置・操作の事実を被告A社に連絡せず,一方同被告は,原
告に制御タイミング時期変更工事の事実を連絡しないという原告と被告
A社両社間の不十分な連絡体制を放置したため,被告A社の信号関係者
においても,原告の現場担当者においても,信楽駅出発信号機22Lの
赤固定の発生の事実及びその原因を知ることが困難な状態を作出し,さ
らに,運輸部運用課や安全対策室においては,被告A社が22L赤固定
の際に代用閉そく方式を遵守せずに列車を運行させていた事実を知り得
ていたのであるから,それらの部課とも十分な情報交換を行うように努
めるべきであったのに,それもせず,結局,予見することができた本件
事故の発生を防ぎ得なかったという注意義務違反があったというべきで
ある。
イ教育・訓練における注意義務違反
次のように判示して,原告の運輸部運用課長には,教育訓練に関する注
意義務に違反した過失があり,それによって本件事故が惹き起こされたも
のと認められるとした。
(ア)原告の従業員には,本件直通乗入れに当たり,自社所属の乗務員や
車両,施設が関係した事故の発生を防止するために必要な情報を収集,
分析する義務があり,同義務を尽くしていたとすれば本件事故の発生を
予見できたとき,あるいは本件事故の発生を予見させる因果経過の重要
部分(具体的には本件赤固定の事実,それにもかかわらず本件SKR列
車が代用閉そく方式の手続を踏まずに信楽駅を出発すること,本件原告
列車が小野谷信号場を通過すること)を予見できた場合には,それに応
じた可能な結果回避措置を講じるべき注意義務を負っていたというべき
ところ,原告の従業員には,乗入乗務員の指導教育について,以下のと
おりの注意義務違反が認められる。
(イ)原告の運輸部運用課長は,動力車乗務員及び列車乗務員の技術及び
能力向上計画(事故防止,サービス教育等)に関すること,他会社及び
他運輸機関との直通運転計画等に関わる車両及び乗務員運用の調整及び
協議に関すること等を担当する部課を統括する立場にあり,運行の安全
確保については乗務員に対する十分な教育が不可欠であることに鑑み,
一般的な教育訓練を日頃から十分に行うことはもとより,本件直通乗入
れに際し,乗入乗務員の指導教育については,被告A社からの委託によ
り原告側が責任を持って行わざるを得なかったのであるから,同課にお
いて,SKR線の安全運行のために乗入運転士に対していかなる教育訓
練が必要であるかを見極め,被告A社と協議を行い,教育訓練計画を策
定するとともに,乗入運転士の教育に必要な情報が同被告からすべて原
告側に伝えられているかを積極的に調査し,情報不足のところは,運輸
部運用課において同被告や原告の他の部課から情報を収集して補ってい
くような体制を確立すべき義務を負っていたというべきである。
(ウ)ことに,本件においては,被告A社が乗入乗務員の教育を行うのに
十分な体制を有しておらず,信号場を新設して初めて行き違いを経験す
ることになったものであって,指導教育に当たる同被告の担当者自身,
線路信号設備や異常時の取扱い方について十分な知識がなく,したがっ
て,教育をなし得る能力も意思も十分ではなかったことが認められる。
そして,このような事実は,q業務課長との協議に当たったt副課長や,
平成3年3月20日の打合せ会議においてq業務課長の説明を聞いてい
たu主席等といった運輸部運用課の担当者,同月13日の代用閉そく方
式に関する打合せに出席した安全対策室のz主席において,十分に察知
することができる状況にあったということができ,運輸部運用課におい
て情報収集の努力をしていたとするならば,容易にこれらの事実を認識
することが可能であり,直通乗入列車が対向列車と小野谷信号場におい
て行き違うダイヤになっていることは同課において容易に認識し得たの
であるから,ダイヤの内容,異常時の指揮命令系統,小野谷信号場にお
いて対向列車が遅延して待機していなかった場合に乗務員がとるべき措
置,信楽駅の指示を仰ぐべき必要が生じる事由と連絡方法といった点に
ついて,被告A社と十分協議し,原告と被告A社両社の間で認識を共通
にした上で,乗入乗務員に対する教育の周知徹底を図り,さらに連絡方
法についても,実際に乗入運転士に実地訓練をさせておく必要があった
ものというべきである。
(エ)それにもかかわらず,原告の運輸部運用課長は,乗務員等に対する
上記教育体制の確立を怠り,信楽駅に指示を仰ぐべき必要が生じる事由
とその指示を仰ぐ方法についての協議が原告と被告A社両社の間でまっ
たくされず,信号故障や事故を想定したマニュアルの作成とそれに対す
る十分な検討が原告と被告A社両社間で行われなかった状態を放置して
いたばかりでなく,乗務員に対する教育も不十分なまま現場任せにされ,
そのために,乗入列車がダイヤ上必ず小野谷信号場で行き違うことにな
っていたことの周知徹底が図られず,対向列車が小野谷信号場で待機し
ていなかった場合の対処の仕方や,異常時の具体的な意味内容とその場
合の対処方法についての教育も行われないままにされていた状態,さら
には,被告A社との協定書や契約書の写しも現業機関に送付されておら
ず,携帯電話使用の実地訓練もされていない状態を放置し続けた。
(オ)そして,原告の電気部信号通信課や運輸部管理課においては,本件
赤固定の事実を予見することが可能であり,運輸部運用課や安全対策室
において,被告A社が閉そく確保すら危うくしかねない代用閉そく方式
の手続違反を行っていた事実を,遅くとも5月3日の信号トラブルの後
には認識できたものであるから,運輸部運用課長としては,自課内にお
いてきちんと情報収集をするとともに,関係する他セクションとの情報
交換を十分に行うように努めていれば,①信楽駅出発信号機22Lに本
件赤固定が生じること,②それにもかかわらず,被告A社が代用閉そく
方式に定められた手続を踏まずに列車を出発させること,③本件原告列
車が小野谷信号場を通過することの3点を,遅くとも5月3日の信号ト
ラブルの後には予見することは可能であった。それにもかかわらず,運
輸部運用課長は,乗入運転士に対する教育が満足に行われていない状態
を放置し,その結果,本件事故当日,b運転士をして,行き違い列車が
小野谷信号場の待避線に停車していないにもかかわらず,信楽駅に連絡
することなく,小野谷信号場下り出発信号機13Rの緑現示のみを盲信
させるという事態を招来させ,本件事故を防止することができなかった
注意義務違反があるというべきである。
ウ報告体制確立に関する注意義務違反
次のように判示して,原告の安全対策室長及び運輸部運用課長には,報
告体制確立に関する注意義務に違反した過失があり,それによって本件事
故が惹き起こされたものと認められるとした。
(ア)駅務関係及び運転事故の報告については原告の安全対策室の分掌事
項であり,列車乗務員の指導教育及び運用については原告の運輸部運用
課の分掌事項であることが認められる。そうであるとすれば,同セクシ
ョンを統括する立場にある安全対策室長及び運輸部運用課長は,乗務員
及び駅員が運行の安全に関わる情報を確実に認識できるように,SKR
線乗入れに当たって必要な知識を教育し,同人らが認識し得た事情につ
いては運転事故報告や点呼によってきちんと報告させ,部内において集
約し,関係部課相互に連絡協議をして,情報を共有化できるような体制
を構築すべきであったものであり,そうしていたならば,同人らにおい
て,SKR線で信号トラブルが発生した際に,被告A社が,代用閉そく
方式で定められた手続を踏まずに列車を進行させるおそれのあることは,
遅くとも5月3日の信号トラブルの後には十分認識することができたも
のというべきである。また,信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じる
という信号トラブルが発生することは,電気部信号通信課及び運輸部管
理課において,予見可能であり,運輸部運用課において小野谷信号場の
待避線に行き違い列車がいなくても,同信号場出発信号機13Rが緑現
示であれば,直通乗入列車は同信号場を通過して進行することを認識で
きたのであるから,結局,安全対策室長及び運輸部運用課長は,自己の
統括する部課の報告体制を確立するとともに,関係する部課に対し,情
報交換を十分に行うように働きかけていれば,①信楽駅出発信号機22
Lに赤固定が生じること,②それにもかかわらず,本件SKR列車が代
用閉そく方式で定められた手続を踏まないまま信楽駅を出発してくるこ
と,③本件原告列車が小野谷信号場を通過することを予見できたものと
いうべきである。それにもかかわらず,上記の者らは上記の義務を怠り,
本件事故の発生を防止しなかったものである。
(イ)以上のとおりであるから,原告の安全対策室長及び運輸部運用課長
には,報告体制確立に関する注意義務に違反した過失があり,それによ
って本件事故が惹き起こされたというべきである。
エb運転士の本件事故当日における注意義務違反
次のように判示して,原告のb運転士には,本件SKR列車が信楽駅で
待っているものと即断し,小野谷駅信号場を越えて単線区間に本件原告列
車を進行させた過失があり,本件事故を惹き起こしたものであるとした。
(ア)「運転整理」の規定は,本件事故当日のb運転士の過失の根拠には
なり得ないと解されるが,およそ運転士は,単に列車の運転に関する特
別の規定に従っておれば足りるというものではなく,いやしくも列車の
運転に関して危険の発生を防止するために可能な限りの一切の注意義務
を尽くさなければならない職務上の義務があると解されるところ,小野
谷信号場から信楽駅の区間には行き違いをすることができる箇所はなく,
信楽駅から上り列車が出てきている場合に,自己の運転する本件原告列
車が小野谷信号場を越えて単線軌道上を進めば,正面衝突に至る蓋然性
は極めて高いのであるから,信楽駅から列車が出てきていることが予測
できる場合には,安全に乗客を輸送すべき運転士の職務上の当然の義務
として,出発信号が緑現示であっても小野谷信号場で列車を一旦停車さ
せて,信楽駅に連絡をすべき義務が生じると解される。
(イ)原告は,鉄道信号における進行現示は,交通信号とは異なり,その
内方に進路が開通しており,かつ,その信号が保障する閉そく区間に列
車が存在しないことを示しているのであり,運転士は,出発時刻が到来
し,旅客又は貨物の乗降ないし積み卸しが完了し,運転士の視認し得る
範囲内の線路に支障がなく,かつ,信号が進行現示の時は,列車を進行
させるべき職務上の義務を負うから,b運転士は,信号が緑現示である
以上,信楽駅から本件SKR列車が出発して来ることなど予見すべき立
場にはなかったと主張する。しかしながら,一般論としてそのようにい
えるのは,一般に鉄道信号はその保障する区間内の閉そくが確保されて
いない限りは進行現示にならず,フェイルセイフの構造により何らかの
異常があれば必ず停止現示になるというシステムであるため,通常の場
合は,運転士はダイヤと信号現示に従っているのが一番安全であるから
であって,いかなる場合でも,信号現示だけを信じればよいということ
にはならない。要するに,安全な運転を使命とする運転士とすれば,運
転の際には合理的に判断して,最も安全と思われる方策をとりつつ操縦
する必要があり(原告運心4条参照),信号システムが正常に作動して
いる限りは,信号現示に従うのが最も安全な方策であるから,信号現示
に従えばよいのであるが,運転士のそれまでの経験や四囲の状況から合
理的に判断して,信号現示に従うのが最も安全というわけではないと判
断されるときには,たとえ信号機が進行現示を示していても,それに従
うべきではないということになる。
(ウ)さらに,原告は,運転士に前記のような義務を課すことは,運転士
に過度の負担を強いることになるとも主張する。しかしながら,信号保
安システムといっても神ならぬ人の手で作られた機械にすぎない以上,
短絡不良や電圧異常等により誤作動する危険や,何らかの事情で誤出発
検知装置が正常に作動しない危険がないわけではなく,また,運転中に
指令員の認知できない異常事態に遭遇することもあり得るのである。機
械ではなく状況を合理的に判断する能力を持った列車運転の専門家とし
ての運転士が運転しているのであるから,運転士としての合理的な判断
基準に照らして,信号現示に従うことが一番安全というわけではないと
判断される場合には,たとえ進行信号が現示されており,時刻表に定め
た時刻になっていたとしても,列車を停止させて,指令員の指示を仰ぐ
べきである。このことは,列車による旅客輸送が,ひとたび事故が起こ
れば直ちに多くの人命を危殆に陥れる危険性を孕んだものである以上,
あまりにも当然であり,動力車操縦者運転免許に関する運輸省令に基づ
いて運転免許を与えられ,列車運転のプロフェッションとして日常ハン
ドルを握っている運転士に対してこの程度の注意義務を課したところで,
何ら過重な負担を課すことにはならないというべきである。この点につ
いては,αもまた,運転士が特別の安全性に関わる情報を持っていた場
合には,鉄道運転規則の解釈上,自分の前方の見える範囲に支障がなく
ても安全確保の措置を講じるべきことになる旨供述しているところであ
って,前記の程度の義務を列車運転士に課しても,鉄道運転規則175
条,62条に抵触することにはならないと解されるし,被告A社運心1
68条が「列車又は車両は進行信号の現示があるときは,その現示箇所
をこえて運行するものとする」と定めているのも,運転士に前記のよう
な注意義務があることを当然の前提にしたものであると解される。
(エ)もっとも,原告は,進行信号の場合に,駅長ないし運転指令による
停止の指令がないのに停止することができるとしたのでは輸送が大混乱
してむしろ危険でさえあり,運転士は,指示なくして独自の判断で停止
することは許されないと主張しているが,問題にしているのは,運転士
がその認識した状況,知識及び経験から合理的に判断して進行現示に従
うことが一番安全とはいえないと判断される場合(乗客の乗降が未了で
あったり,視認できる範囲の線路に支障がある場合はもちろんであるが,
異常気象の場合や係員による危険な運転取扱いがされている場合など,
それだけに限られるものではない。)の話であり,停止して指示を仰ぐ
ことで列車運行に多少の遅れが生じたとしても,事故が発生するよりは
るかにましなのであって,このような場合にまで運転士は列車を停止さ
せてはならないというのは,運転士がわずかな注意を払いさえすれば防
止できる事故の発生をくいとめる最後の機会を奪ってしまう発想であり,
健全な社会常識に照らし,にわかに左袒することができない。なお,原
告では,旧国鉄時代やJRになってからもしばらくの間は,出発信号機
に進行信号が出て出発時刻になっても本来の行き違い場所に行き違うべ
き列車が来ていなければ,個々の運転士は出発しないという扱いもされ
ていたことが認められるのであって,原告の主張するような考え方が鉄
道輸送実務における常識であるとまでいえないことは明らかである。
(オ)以上により,b運転士には,安全な運転を使命とする運転士の職務
上当然の義務として,信楽駅から対向列車が出発していることを予見可
能な場合には,出発信号が緑現示であっても小野谷信号場で列車を一旦
停止させて信楽駅に連絡をすべき義務があるということになるが,対向
列車の出発が予見可能であったならば,回避措置は容易に講じることが
できるわけであるから,上記の注意義務を根拠とするb運転士の過失が
認められるかどうかは,結局b運転士において,本件事故当日,小野谷
信号場下り出発信号機13Rが緑現示であるにもかかわらず,信楽駅か
ら対向列車が出発してくることを予見可能であったかどうかの一点にか
かっているということになる。
(カ)そして,b運転士は,小野谷信号場がSKR線における唯一の行き
違い場所であること,異常時は信楽駅の指示を仰ぐこと,SKR線では
無線機が使用できないため,貴生川駅出発後は運転士の判断により携帯
電話機を使用して信楽駅と連絡を取るしか指示を受ける方法がないこと,
小野谷信号場から信楽駅の間はカーブなどにより見通しの悪い区間が多
く存在すること,SKR線の信号現示は列車の進行によって自動的に制
御されるものであること,ダイヤ上原告列車は必ず,SKR列車と行き
違うことになっていたことを認識しており,2回にわたる信号トラブル
からSKR線の信号システムがトラブルを起こす危険性のあるものであ
ることを認識でき,4月12日の信号トラブルの際には,小野谷信号場
上り出発信号12Lに緑現示が数秒間にわたり出るというフェイルセイ
フの原則を脅かす異常現示が生じたこと,5月3日の信号トラブルの際
には,信楽駅の出発信号機に赤固定が生じたこと,さらに,被告A社で
は運転通告券を交付せず,また代用手信号も出発合図もないままに出発
させるというような,代用閉そく方式の基本的手続を無視した杜撰なや
り方が行われていることを経験したものであるが,多数の乗客を安全に
輸送する使命を負う運転士としては,たとえ小野谷信号場下り出発信号
機13Rが緑現示であったとしても,行き違うべき本件SKR列車が遅
れているということは事前に聞いておらず,むしろ自己の運転する本件
原告列車が所定の時刻より遅れているのに行き違うべき列車が待避線で
待機していない状況を認識し,b運転士自身「おかしいな」と感じたの
であるから,それまでの認識経験を総合し運転士として合理的に判断す
れば,対向列車が代用閉そく方式の手続を踏まないままに信楽駅を出発
してくることがあるかもしれないことを予見することができ,小野谷信
号場に列車を停車させて,携帯電話機で信楽駅と連絡を取ることにより,
同駅の指示を仰ぐべきであった。それにもかかわらず,b運転士は,上
記義務を怠り,対向列車は信楽駅で待っているものと即断し,13Rを
越えて単線区間に列車を進行させた過失により,本件事故を惹き起こし
たものである。
オ原告の責任
本件民事一審判決は,上記アないしエの原告従業員の過失を認定し,本
件直通乗入れは原告の業務として行われたものであるから,上記従業員の
過失行為は,原告の業務の執行につきされたものということができ,結局,
上記従業員の過失を前提とする原告に対する使用者責任がそれぞれ成立し,
原告は,民法715条に基づき,本件遺族に対して本件事故によって生じ
た損害を賠償する責任を負うとした。
カ被告A社の責任
次のように判示して,q業務課長及びa運転士の過失を認定した。
(ア)q業務課長は,本件事故当日午前10時25分ころ,信楽駅の出発
信号機が赤信号のままで固定されるという異常事態に遭遇したが,その
際代用閉そく方式指導通信式に定められたとおり,小野谷信号場に駅長
役を派遣した上,同信号場までの閉そく区間に車両が存在しないことの
確認手続を行い,運転士に対して運転通告券を発行する等の代用閉そく
方式の諸手続を行った上で出発指示を行わなければならない注意義務が
あるところ,その義務を怠り,上記諸手続を実施しないまま本件SKR
列車を運転するa運転士に対し,出発をするように指示をし,その結果
本件事故を惹き起こしたこと,また同運転士は,常用閉そく方式を変更
し,代用閉そく方式指導通信式によって列車を運行する場合,信楽駅長
からの運転通告券の発行など代用閉そく方式指導通信式の手順が実施さ
れた上で列車を出発させる注意義務があるにもかかわらず,それを怠り,
代用閉そく方式指導通信式の手順が実施されていないことを認識しなが
ら本件SKR列車を出発させ,その結果本件事故を惹き起こした。
(イ)以上の事実によれば,q業務課長及びa運転士には本件事故を惹き
起こした過失があるということができ,また,同人らの行為は被告A社
の業務の執行につきされたものであるということができるから,同被告
は,両名の過失を前提とする民法715条の不法行為責任に基づき,損
害賠償責任を負うべきである。
キ原告と被告A社との共同不法行為
本件民事一審判決は,次のように判示して,原告と被告A社の各不法行
為は,共同不法行為の関係に立つとした。
民法719条にいう「共同して」とは,複数の加害行為間に,発生した
損害との関係で客観的に見て一体性があることをいうと解される。そうす
ると,原告の電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運
用課長,安全対策室長及びb運転士の過失に基づく行為並びに被告A社の
q業務課長及びa運転士の過失に基づく行為は,これまでに認定したとこ
ろから明らかなように,いずれも本件直通乗入列車の運行に関連する一連
の事象と見ることができ,社会的一体性を有するものであり,客観的に見
て発生した損害との関係で一体性があるものと評価できるので,上記各過
失を前提とする原告及び被告A社の各不法行為は,共同不法行為の関係に
立つと解される。
(3)本件民事控訴審判決
本件民事控訴審判決は,原告の被用者について,次の報告義務違反及び報
告体制確立義務違反の過失があり,これによって本件事故が発生したと認め
ることができる旨判示した。
ア報告義務違反
原告のs助役らには,次のように,事前トラブルにおける被告A社によ
る代用閉そく方式の違反行為について,自己が所属する原告の部ないし課
の上司に報告すべき義務があったとした。
(ア)s助役は,4月8日の信号トラブルの際に,被告A社が信楽駅の当
務駅長であるL運転主任とではなく,q業務課長との間で,代用閉そく
方式の施行の指令,小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式
の施行の指令についての打合せを行い,l施設課長が,区間開通につい
て自動車による不十分な確認しかしていなかったにもかかわらず,これ
を徒歩で確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があった。
(イ)N助役は,4月12日の信号トラブルの際に,被告A社が,信楽駅
の当務駅長であるL運転主任とではなく,q業務課長との間で,代用閉
そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣についての打
合せを行い,被告A社のQが区間開通を確認していなかったにもかかわ
らず,これを確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があ
った。
(ウ)b運転士,I指導員及びP指導助役は,4月12日の信号トラブル
の際に,小野谷信号場において原告の上り5504D試運転列車の運転
について運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があった。
原告の上り5508D列車を運転していたb運転士は,信楽駅において
運転通告券が交付されたこと,同列車が小野谷信号場に到着した際,同
信号場の運転係がいなかったことを報告すべき義務があった。
(エ)原告の下り501D列車を運転していたS運転士,これに添乗して
いたo’車掌及びp’車掌は,5月3日の信号トラブルに際し,代用閉
そく方式による運転前に小野谷信号場に運転係が派遣されていなかった
こと,同運転係と信楽駅長とが連絡を取り合っていないこと,同信号場
において運転通告券が交付されなかったこと及び信楽駅と小野谷信号場
間の閉そくの確認がされていなかった可能性があることを報告すべき義
務があった。
(オ)b運転士及びG助役は,5月3日の信号トラブルに際し,小野谷信
号場において運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があ
った。
イ報告体制確立義務違反
本件民事控訴審判決は,上記アの報告義務違反等に照らして,原告の鉄
道本部運輸部運用課長には,本件直通列車の原告の乗務員に対し,上記乗
務員が被告A社の代用閉そく方式の違反行為を現認したとき,又は,同違
反行為が疑われる場合に,これを調査した上,違反行為が行われたと知っ
たときには,自己が所属する原告の部ないし課の長に上記違反行為を報告
するように教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があった
と認めるのが相当であるとした。
6本件事故後の状況等(乙A19,o供述等,p供述等,証人w)
(1)四者協定等
ア本件四者は,協力して本件事故の被害に対する対応に当たることとし,
本件前提事実記載の四者協定を締結した。
また,運輸省(当時),原告,被告県及び信楽町は,本件事故当日に,
それぞれ事故対策本部を設置した。信楽町役場の事故対策本部では,本件
事故直後から町職員のほぼ全員に当たる約180人の町職員が被災者の対
応に当たり,本件事故の翌日の朝からは,原告などによる連絡会議や甲賀
郡7町の町長会議,被告A社の役員会が断続的に行われた。
(乙A25ないし27)
イ事故処理覚書
(ア)作成等
同覚書は,本件事故の翌日である平成3年5月15日を作成日付とす
るが,現実に本件四者間で合意が成立したのは,同月20日以降同月末
までの間であった(o供述等)。
(イ)同覚書4条の作成経緯
a同条は,「責任関係が明確になった場合における丁の支払能力の確
保については,甲及び乙が誠意をもって対処する。」と定めているが,
同条については,平成3年5月20日に被告県の生活環境部環境室環
境参事であるq’,d助役及び原告の鉄道本部企画推進部長である
r’が,事故処理覚書4条の経緯書(甲32)に押印して,これを確
認した。これには,次のような経緯が記載されている。
b平成3年5月19日に上記三者で協議を行った際,原告からは,同
条について,「責任関係が明確になった場合で,丁に支払い能力を越
える費用の負担を生じたときには,甲及び乙が丁に対して資金上の支
援を行うものとする。」とするとの文案が示された。
これに対し,被告県側からは,知事も「被告A社の株主としてだけ
でなく,人的・物的に事故対応を応援する。また,原因は調査中だが,
補償問題についても高原鉄道が誠意を持って対応できるよう全面的に
バックアップする。」と明言しており,被告A社の費用対応に被告県
も責任を持たざるを得ないと思う旨,信楽町側からは,知事のスタン
スも出ており,被告A社の社長でもある町長が述べたとおり,町とし
ても被告県と同じ立場で臨み,責任を分担していく旨の各発言があっ
た。また,その際,被告県及び信楽町は,公金での対応となるので議
会の承認が必要となることや,被告県からは,今回のケースを他に拡
大されては困る旨発言した上で,原告の言わんとする趣旨は理解でき
るが,表現は県で検討させて欲しいとの要望を述べた。
同月20日には,被告県の上記q‘参事から,同被告の検討結果と
して,原告のs’に対し,上記4条について,「責任関係が明確にな
った場合における,丁の支払い能力の確保については甲及び乙が誠意
をもって対処する。」との文案が示され,その際に,同被告から「資
金については全て議会の承認を受ける必要があり,県としての意向を
明らかにするために,議会等での知事の発言を記録した県議会議事録
等を,必要に応じ添付してよい。」との発言があった。
原告は,信楽町の意向も確認の上,上記文案を了解した。
c事故処理覚書4条の経緯書には,①平成3年5月20日に信楽町役
場で行われた衆議院運輸委員会の視察時における被告県の知事挨拶及
び質疑応答の内容,②同月19日に同役場で行われた参議院運輸委員
会の視察時における同知事及び信楽町長による挨拶の内容並びに③同
月22日に信楽町の臨時議会における緊急質問の質疑応答の内容が添
付されている。
そして,上記①によれば,同知事は,被災者に対しては,残された
補償問題を含め,これ以上迷惑をかけないようにキチッとした対応が
必要であるが,被告A社は人的面・施設面でも壊滅的状況にあるから,
まず,その建直しが必要であること,しかしながら,同被告は,多額
の補償等の負担に耐えかねる状態であるから,被告県としても,被告
A社を後から支え,誠意を持って対応できるようバックアップするこ
ととし,議会にもお願いをしていること,被告県が手当てするにして
も,理屈ではわかっても方法は色々あり,勉強を要するから,国にも,
物・心両面の指導をお願いしたことなどを述べ,質疑応答では,「補
償は,まず原因究明がキチッとされることが必要。県としては,管内
の事故であり,被告A社が責任をもつ必要も理解はしている。いま,
どこの責任といっていても被災者は迷惑するので,県が入り,まとめ
ていく必要がある。しかし,一線を越えることは難しい。被告A社へ
の対応が必要だ。このため適任者を常勤役員として送りたい。せいぜ
い,関係者に頑張ってもらって,足りないところを県がバックアップ
したい。」という回答をした。
また,前記②においても,同知事は,上記①と同様の趣旨の発言を
している。
さらに,前記③によれば,信楽町長は,被告県の対応について,
「今回の事故は,信楽の鉄道であり,それゆえ,信楽の事故でなく滋
賀県の事故であるという認識の中から,今後の対応については,全力
をもって投球するというお話しを伺い,私としては,誠に心強い限り
です。その上,(中略)県職OBも含む県職幹部を高原鉄道に派遣す
るという報道もなされております。これは単に,職員・社員だけの派
遣ではなく,ご指摘の被告A社の財政力等を十分考慮された上での県
の対応であると考えます。」と述べた上,「このため,本町といたし
ましても,当然,今後,住民の足である被告A社への対応につきまし
ては,」議員,1万4000人の住民の理解をもらいながら,「可能
な限りの財政援助に取り組みたいと考えております。」と述べている。
ウ四者協議会の開催等
(ア)四者協設置覚書及び四者協議会の開催
本件前提事実記載のとおり,平成3年5月29日に四者協設置覚書が
本件四者間で締結され,これに基づき四者協議会が,同年6月4日から
同年8月27日までの間に4回,それぞれ開催された。
同年6月13日の第2回協議会では,基本協定書及び補償交渉実施覚
書がそれぞれ締結された。
なお,補償交渉実施覚書4条は,「相談室は,原告及び被告A社の社
員で構成する。」と定めているが,当初,原告は,同条の文言について,
「相談室に従事する社員の数は,丙及び丁それぞれ同数とする」との案
を示していた(乙A15,証人p)。
(イ)同月29日の第3回四者協議会
a同協議会では,補償基準について,原告案と被告県が提出した案が
検討され,自動車対人の任意保険の支払基準をベースとする原告案を
採用することで,本件四者が合意した(甲29,乙A22〔各枝番を
含む。〕)。
bまた,原告は,原告が補償交渉実施覚書5条所定の立替えを行うに
当たり,同条の「補償交渉に要する諸費用」の中に人件費が含まれる
ことや,同条の「一定期間」を具体的に明確にしたいとの意向を有し
ていたことから(乙A22の4),原告の法務課長が,同協議会にお
いて5条確認書(案)を示し,これについて説明を行った。これに対
し,被告県,信楽町及び被告A社からそれぞれ意見が出されたため,
原告は,持ち帰って検討することとなった。
c5条確認書(案)(甲29の別紙2,乙A16,乙A22の7)
同案は,2項ないし6項において,以下のとおり規定していた。
2項補償交渉実施覚書5条1項の一定期間とは,平成3年10月末
日までとし,この間原告が立て替えた金員については,同覚書5条
1項本文の規定に従って精算するものとする。なお,同年11月1
日以降については,四者協議会で別途協議するものとする。
3項原告が立て替えた滋賀事務所分の金員については,被告A社が
全額原告に返還し,その後,原告及び被告A社間で補償交渉実施覚
書5条1項本文の規定に従って精算するものとする。
4項補償交渉に従事する人員について,原告及び被告A社それぞれ
が同数を配置するものとするが,いずれか一方が総人員の半数に満
たない人員を配置する場合は,総人員の半数との差についての人件
費を補償交渉実施覚書5条1項本文の規定に従い精算するものとす
る。
5項前項の人件費とは,原告又は被告A社の賃金規定の定めにより
支払った基準内賃金,住宅手当,通勤手当,旅費,管理職手当,別
居手当,割増賃金及び期末手当の合計額とする。
6項第4項及び第5項の規定については,第2項に定める期間経過
後も有効とする。
d5条確認書(案)に関するやり取り等
第3回四者協議会の状況については,被告県及び原告が,それぞれ
内部用のメモを作成している。これらには,5条確認書(案)に関す
る以下のやり取り等が記載されている。なお,(a)の「2ないし4
項」及び(b)の「2ないし4」は,上記案文の2ないし4項のことを
指すものである。
(a)原告作成の「第3回四者協議会メモ」と題する書面(甲29)
には,次の記載がある。
被告県「3項について,こんな面倒なことをしなければならない
のか。」,原告「持ち帰り検討したい。」,被告県「例えば1億円
使ったら,5000万円返還すればいいのではないか,文中,滋賀
事務所とあるが,この文言自体おかしい。」,原告「3項自体,内
容も含め検討する。」,被告県「4項について,人件費については
最終の精算までは置いておくという理解であったが・・」,「原告
の言いたいことはよくわかるが,毎回精算というのもかなわない。
最後に精算するということでお願いできないか。」,原告「今まで
社内で説明してきたことと違ってくるので即答はできない。」,被
告県「2項について,10月末となっているが,一旦,10月末で
精算するということか。」,原告「そうである。」,被告県「被告
A社が負担する金額は,全額,県が責任を持って出すが素直には出
せない。国とも相談しながら法に触れないいろいろな方法を考えて
いる。ちょっと不安である。従って,きっちりと10月末というこ
とを決めてしまうと県としても困る。なんとか弾力性を持たせてほ
しい。」,原告「当社の経理と相談してみる。」,被告県「金を
出すことは間違いないから・・」,被告A社「人件費についてだが,
この2か月間はそれぞれが出せるだけの人を出してきた。それはそ
れとして相殺ということでいいのではないか。」,被告県「それ
は原告も寄付に該当するなど難しい問題である,税務上も問題にな
るようだ。それにここでの議論には関係ない。」。
(b)他方,被告県作成の「信楽高原鐵道事故対策4者協議会」と題
する書面(乙A22の3)には,次の記載がある。
被告県「3はこのようなことをするのか」,信楽町「滋賀事務所
を入れるのか。これを入れると滋賀事務所分だけになる。」,県
「丙が立て替えたというのは?これをこのまま読めば,滋賀事務所
分だけもてばよいということになるがそういうことか?例えば1億
かかれば5千万円を支払えばよいということではないのか。相談室
は共同でつくっているものだから「精算」はおかしい。3はこれで
はおかしい。」,原告「会社の経理上,1億,2億だったら一旦,
2億返してもらい後で5千万円返すということをしようとしている。
滋賀はSKR,大阪はJRという認識があったので,内容も表現も
一度検討する。」,被告県「4について人件費は原籍で支出するも
のと思っていた。SKRの体質もありとりあえず,原籍で支出し,
最終的に精算しては。最終まで待ってもらって最後に精算するとい
うことでして頂きたい。滋賀事務所の事務用品(消耗品)なんかは
勿論それぞれで,人件費もそれぞれで支払うということでお願いし
たい。」,原告「今,ここでハイといえない。一応検討する。」,
被告県「2についてSKRに対して責任をもって対処する。現状は
SKRに対し金を出すのは大変難しい。いま国とも相談し,法にも
触れないように努力している。一応10月にして,もし用意できな
ければ「なお,・・四者協議会で別途協議する」などを入れて欲し
い。」,信楽町「この前のワーキングのようにしては?」,原告
「公共団体がこの場合だけお金を出すというふうに絞りをいれるの
は難しいと思うが,うちとしては,とりあえず期限が入っていない
と困る。持ち帰り検討する。」,被告A社「人件費をいっているが
最初の混乱時のものとゴチャゴチャにならないようにして欲し
い。」,原告「こちらでしっかり区別している。」,被告県「原告
のe常務に税法上の制限をクリアーしていただき今までの人件費は,
それぞれがみるということでお願いしているので,よろしくお願い
します。」,原告「とりあえずは,7月1日からすぐいるお金は用
意している。」。
エ同年8月27日の第4回四者協議会
(ア)5条確認書及び5項確認書
上記協議会が開催された同年8月27日ころ,同年6月13日付けで,
滋賀県生活環境部長,信楽町助役,原告総務部長及び被告A社専務取締
役名で,5条確認書及び5項確認書が取り交わされた(なお,これらの
作成時期は,作成日付に関わらず,第3回四者協議会についてのメモ等
から,同協議会よりも後である上記時期ころのことであると認める。)。
(イ)5条確認書(甲20,乙A17)
同書面は,滋賀県生活環境部長,信楽町助役,原告総務部長及び被告
A社専務取締役がそれぞれ記名押印しており,本件四者は,補償交渉実
施覚書5条について,次の事項を確認している。
1項被告県,信楽町及び被告A社は,原告に対し被災者に対する補償
金及び補償交渉に要する諸費用について,立替を要請したことを確認
する。
2項原告が立て替えた金員については,原告と被告A社間で補償交渉
実施覚書5条1項本文の規定に従って精算するものとする。
3項補償交渉実施覚書5条1項の一定期間とは,平成3年10月末日
までとし,事故後原告が立て替えた金員については,その時点で精算
するものとする。ただし,滋賀県,信楽町及び被告A社の公的理由に
よりその期日になし得ない場合は,その理由が消滅後速やかに精算す
るものとし,期日については四者協議会で別途決定するものとする。
4項前項による精算終了後の取扱いについては,四者協議会で別途協
議するものとする。
5項補償交渉に従事する社員の人件費については,補償交渉実施覚書
5条第1項の規定によることなく,同6条に基づき本件事故の責任関
係が明確になった時点で精算するものとする。
(ウ)5項確認書(甲21)
また,本件四者は,滋賀県生活環境部長,信楽町助役,原告総務部長
及び被告A社専務取締役が記名押印の上,5条確認書5項の人件費につ
いて,5項確認書において,次のものをいうことを確認した。
〔原告〕
基本給,都市手当,扶養手当,住宅手当,通勤手当,職務手当,技能手
当,管理職手当,特殊勤務手当,割増賃金,日直・宿直手当,別居手当,
寒冷地手当,出向手当,初任給調整手当,児童手当,期末手当及び旅費
の合計額
〔被告A社〕
基本給,賞与,家族手当,時間外勤務手当,休日勤務手当,深夜勤務手
当,所定深夜勤務手当,日宿直手当,宿泊賄料,年末年始協力手当,役
職・勤務手当,通勤手当及び旅費の合計額
〔滋賀県又は信楽町から派遣されている社員〕
給料,扶養手当,通勤手当,住居手当,期末手当,勤勉手当,調整手当,
寒冷地手当,時間外勤務手当,休日勤務手当,夜間勤務手当,宿日直手
当,管理職手当,給料の調整額,特殊勤務手当,児童手当,単身赴任手
当及び旅費の合計額
〔t’銀行から派遣されている社員〕(省略)
〔u’社から派遣されている社員〕(省略)
(2)wの被告A社社長への就任及びSKR線の運行再開等
平成3年5月19日にi知事は,被告県において企画部長,厚生部長,被
告県理事(社会福祉事業団)を歴任し,昭和52年4月からは社会福祉法人
恩賜財団済生会支部滋賀県済生会常務理事の地位にあったwに対し,被告A
社の社長に就任するように要請し,これを承諾した同人は,平成3年5月2
4日に同被告の代表取締役副社長に就任し,同月28日には,原告の常務取
締役であったe常務に就任の挨拶に行った(w供述等)。
同年10月20日には,本件事故の遺族会に対する第1回説明会(平成4
年4月まで4回開催)が開催されたが,平成3年11月16日には,wが被
告A社の代表取締役社長に就任し,同年12月8日にはSKR線の運行が再
開した。なお,wは,平成11年6月には,被告A社の社長を退任し,顧問
に就任した。
(3)相談室等
ア相談室の設置
相談室は,平成3年6月16日に開催された本件事故の合同慰霊祭の翌
日である17日に設置された。なお,相談室が,本格的に活動を始めたの
は,同年7月1日ころであった(丙6,7,w供述等)。
相談室は,滋賀県と大阪市に設置され,滋賀事務所は被告A社が運営し,
滋賀県及び京都府の居住者を,大阪事務所は原告が運営し,それ以外の地
域の居住者をそれぞれ担当した(p供述等)。
イ人員体制
大阪事務所では原告の社員が業務に従事していたが,滋賀事務所では被
告A社の社員では要員が不足していたため,同被告の株主である被告県,
信楽町及びu’社等からの出向者並びに臨時雇用員等様々な立場の者を集
めて対応したが,それでも足りなかったため,原告からも社員が派遣され
た。原告から滋賀事務所へ派遣された社員は,延べ30人(平成3年度1
6人,平成4年度10人,平成5年度4人)であった。平成4年以降は,
下記のとおり,被災者ないし遺族との示談が進み,示談対象者が少なくな
ってきたことから,できるだけ滋賀事務所へ派遣する原告社員を減らす方
向で,本件四者間で協議がされていた。
大阪事務所及び滋賀事務所のいずれにも,平成14年度まで人員が派遣
されていた。
(p供述等)
ウ補償交渉の推移
示談の合意件数は,大阪事務所と滋賀事務所とでほぼ同数であり,双方
の事務所での件数は,平成3年度が死者5人・負傷者417人,平成4年
度が死者3人・負傷者123人,平成5年度が死者13人・負傷者49人,
平成6年度が死者6人・負傷者21人,平成7年度が死者3人・負傷者8
人,平成8年度が負傷者3人(同年度の最終の示談は平成8年12月13
日)であり,同年までに両事務所を併せ,本件事故による被災者のうち,
死者30人・負傷者621人との間で示談が完了した。
平成9年以降は,本件民事判決の原告である本件遺族に対する支払,被
告A社の従業員であった者との示談及び負傷の程度が軽微で,本件事故後
は,示談の申入れがなかったため,補償対象者から漏れており,本件刑事
事件の過程で判明した被災者との示談が行われた。
(p供述等)
(4)慰霊碑の建立等
原告及び被告A社は,平成4年11月20日付けで,「信楽高原鐵道列車
事故による犠牲者の慰霊碑に関する協定書」(甲30)を取り交わし,これ
に基づき,本件事故による犠牲者に対する慰霊碑の建立を行った。同協定に
おいては,原告と被告A社とが,慰霊碑建立及びその維持管理のための土地
造成費,付帯施設整備費,立木等補償費及び慰霊碑製作費等の所要経費,慰
霊碑用地の賃借料並びに慰霊碑の維持管理費を均等に負担することとされた。
(5)精算交渉
ア平成15年1月28日の第1回精算交渉
原告は,本件民事控訴審判決が,上記のとおり,平成15年1月10日
に確定したことを踏まえ,被告A社に対し,これまでに要した経費につい
て,四者協定に基づき精算したいと申し入れ,ここに,第1回精算交渉が
行われることになった。同交渉には,当時,原告の法務担当マネージャー
であったoと被告A社の補償担当であったpが出席した。
この席上,原告は,補償経費,事故復旧費,対応人件費(平成3年5月
から7月)及び補償人件費(平成3年7月から平成13年度)に区分した
一覧表を持参し,被告A社は,これを受け取った。
(p供述等)
イ同年2月21日の第2回精算交渉
同交渉には,原告のv’総務部長と被告A社のwが出席し,双方とも,
早期に解決をしたいとの意向を示した。そして,被告A社の担当者が,補
償費については問題とならないものの,人件費については,どこまでを対
象とするのかや,人件費の給与ベースの違いの問題があると言ったところ,
これについて,v’総務部長が,原告の社員の人件費の単価が高いという
意見は出ると思うが,これについては,交渉に応じて,かたくなに高い給
与の主張をするつもりはないと言った。そして,精算交渉においては,ま
ず,精算対象として考えられる金額を双方が出し合い,協議によって調整
をする方向となった。
ウ同年3月18日の第3回精算交渉
同交渉には,原告からoが,被告A社からwがそれぞれ出席した。被告
A社側は,相談室開設前の人件費を含むかについてや,本件SKR列車の
車両損害など計上されていない損害もあると思うことを伝えたところ,原
告側は,病院に張り付いた人件費は,被告A社の応援依頼によるものであ
り,「補償交渉に要する諸経費」に含まれると回答した。また,oは,こ
れについて,まだ細かな点までを突き詰めようという気はなく,全体でど
れくらいになるかを見て,次の段階に移りたい旨述べた。同精算交渉にお
いては,相談室開設前の人件費の扱いは決まらなかった(p供述等)。
エ同年4月7日の第4回精算交渉
同交渉には,o及びpは出席せず,事務担当者間での事前の内容確認が
行われた。
オ同年6月9日の第5回精算交渉
(ア)同交渉は,原告の京都支社8階会議室において行われ,被告A社か
らは,p,v及びw’が出席し,原告からはoが,それぞれ出席した。
(イ)原告は,同日に①同日付けの「相談室開設前人件費内訳(平成3年
5月~7月)」と題する書面(甲27),②同日付けの「相談室人件
費」と題する書面(甲28),③同日付けの「西日本旅客鉄道株式会社
事故関連経費」と題する書面(乙A20に添付された資料,乙A21)
及び④上記③の書面中の事故復旧費にかかる領収書の写しを一冊にした
「事故復旧に要した費用内訳」を示し,被告A社側は,このうち,②を
除く各書面を受け取った。上記③は,事故復旧費,相談室開設前人件費
及び相談室人件費(平成3年度から平成14年度までの分)を一覧表に
したものであり,上記①には相談室開設前の人件費の内訳が,上記②に
は,平成3年7月から平成14年度までの相談室開設後の人件費の内訳
が記載されている。
(ウ)被告A社側は,同交渉において,平成15年6月9日付けの「信楽
高原鐵道事故関連経費」と題する書面(甲33)を原告に交付した。
同書面は,「補償費用」,「事故復旧費経費」,「相談室開設前人件
費関係」,「相談室開設後の人件費及び旅費」(平成3年度から平成1
3年度までの分)及び「その他損害経費」の項目で分けた損害金の一覧
表である。
このうち,「相談室開設前人件費関係」には,被告県及び信楽町応援
分の基準内給与・超過勤務手当,救出活動時消防団員費用弁償(300
人分),相談室社員の仮設前人件費・旅費の項目がある。また,「その
他損害経費」には,本件SKR列車のうち全損となった事故車両の残存
償却資産(2両)分として4701万円余り,本件事故後使用不可とな
った設備に対する投資分として1億7772万円余り,行き違い設備
(小野谷信号場)を失ったことによる企業逸失利益として4億6270
万円余りのほか,慰霊碑維持管理経費や滋賀事務所の家賃等の損害合計
8億0162万円余りが計上されている。
被告A社は,原告と互いに了解をしていた補償金については説明を省
略し,事故復旧費については領収書の写しを示し,相談室開設後の人件
費として,年度ごとの給与総額と人数及び旅費の総額を示した。
(エ)被告A社では,精算対象と考えられるものを先に提示し,その中か
ら精算対象になるものを話合いで絞り込み,最終的に決めることで本件
精算対象を決定すればよいと考えていた(p供述等)。そのため,上記
「その他損害経費」は,四者協定で挙げられている具体的な費目には当
てはまらないが,損害として,精算交渉の中で協議すべきものと考えて
いた。原告は,この費目については承服し難いものがあるという意見で
あった。また,被告A社は,交渉の席で,上記書面(甲33)には挙げ
ていないが,被告県が開設したいわゆる後方部隊である支援対策室や,
信楽町における支援対策のためのセクションの人件費についても話題に
したが,原告からは,本件精算対象には含まれず,違うでしょうという
意見が出された(p供述等)。もっとも,原告は,これらを持ち帰って
検討すると回答した。
(オ)oは,相談室開設後の人件費について,「補償交渉に要した人件費
ということからいけば,実際していませんのでちょっと合わないかもし
れませんが。」と言いながらも,これまでの交渉時の書面には記載して
いなかった平成14年度の人件費を追加した前記書面を提示した。これ
に対し,pは,原告に合わせて,次回以降同年度の人件費を追加提示す
ることとし,後記のとおり,平成15年7月24日の第7回精算交渉に
おいてこれを提示した。
カ同年7月2日の第6回精算交渉
同交渉には,oとwが出席した。oは,前回の書面等について,被告A
社が精算対象として示したものすべてを対象とするのは,原告として受け
入れがたいが,被告A社にも言い分があるであろうから,これらを全部整
理しているとなかなか前に進まないので,責任割合の交渉に入り,この中
で考えていくという提案を出した。
被告A社も,精算対象として出したものについては,交渉の中で議論を
してもらいたいという数字を出したものであるから,議論の対象にしてほ
しいと返答し,次回からは,責任割合の交渉をすることとなった。
また,同交渉でも,精算対象についての話があり,原告は,被告A社が
前回示した「その他損害経費」については,四者協の範囲ではなく,精算
対象として認めないと伝えた。
(乙A18)
キ同月24日の第7回精算交渉
同交渉からは,責任割合に関する交渉が始まり,原告のv’総務部長,
wに加え,原告の代理人弁護士が同席した。原告は,本件民事控訴審判決
で認められた原告の責任は,間接的な責任だけであるとして,自らの責任
割合は1割であると主張し,これに対し,被告A社は,次回に反論をする
とした(乙A18)。
また,同交渉において,被告A社は,同日付けの「信楽高原鐵道事故関
連経費」と題する書面(甲26,甲25の別紙)を原告に対して提示した。
同書面には,前回交渉で被告A社が示した書面(甲33)には記載されて
いなかった平成14年度の相談室開設後の人件費及び旅費・交通費が記載
されているほか,「その他の損害」項目には,前回「その他損害経費」と
して挙げていた損害が記載されるとともに,この算出根拠も併せて示され
ている。
wは,同交渉においては,被告A社の考え方について,かなり長時間に
わたって話をし,四者協定の締結当時と今とでは前提が違うので,四者協
定を見直さないと交渉に入れないという趣旨を述べたが,これに対し,原
告の担当者は,四者協定においても,事故原因,あるいは責任割合が明確
になった時点で,協議をしようということになっており,前提が変わった
とは思わなかったので,wの上記発言に驚いた。
ク平成15年9月5日の第8回精算交渉
同交渉は,前回と同じメンバーで行われた。被告A社は,本件民事控訴
審判決は,本件民事一審判決を否定したものでないから,本件事故の根本
原因は,本件てこであると反論した。そのため,原告と被告A社とは,激
論となり,話はまとまらなかった。
ケ同年10月16日の第9回精算交渉
同交渉では,o及びpが,第7回及び第8回精算交渉における原告と被
告A社の主張の違いを踏まえ,今後の交渉の進め方について協議を行った。
コ第10回ないし第12回精算交渉
原告及び被告A社の双方は,同年12月15日に第10回精算交渉,平
成16年2月10日に第11回精算交渉,同年3月4日に第12回精算交
渉を,互いの代理人弁護士を立てて行った。
しかしながら,この中で,原告が,原告の責任割合が1割,被告A社が
9割と言ったのに対し,被告A社も,責任割合は,被告A社1割,原告9
割であると言い返したりしたため,話合いはできず,本件調停へ移行する
こととなった(o供述等)。
(6)本件調停
原告は,平成16年4月19日に被告A社及び被告県・市を相手方として
大津簡易裁判所に本件調停の申立てを行った。本件調停は,同年7月14日
を第1回調停期日とし,以降,17回の調停期日が開かれた。
被告A社は,本件調停において,平成18年4月5日に調停についての意
見書(甲34)を提出して,被告A社に金銭的な負担が新たに発生するよう
な調停案は,一切受け入れる考えがなく,数量的に責任割合を決定すること
はできないとの考え方を明らかにし,「調停条項(案)」(甲35)におい
て,双方が,本件事故について責任があることを確認し,双方が新たな金銭
の負担をしない内容の調停案を示した。しかしながら,原告がこれを拒否し
たため,結局話合いはまとまらず,本件調停は,同年12月11日の第17
回調停期日で,不成立となった(甲12)。
(7)本件訴訟に至る経緯
原告は,被告らに対し,四者協定に基づく精算として25億3249万2
145円の支払を求める平成20年1月4日付け内容証明郵便を発し,同書
面は,同月7日に被告らにそれぞれ配達された(甲13,14)。これに対
し,同年2月6日に,被告A社は,支払えない旨を(甲15),被告県・市
は,被告県・市に支払義務はないという考えである旨を(甲16)それぞれ
回答した。
こうして,原告は,平成20年6月13日に被告らに対して上記金額の支
払を求める本件訴訟を提起した。
(8)被告県及び信楽町の対応等についての新聞報道
被告県及び信楽町は,本件事故に対する対応,特に補償についての被告A
社に対する支援等を議会その他の場でi知事等を中心として何度となく表明
してきた。これら被告県及び信楽町の対応等については,連日新聞報道が行
われていたが,そのうち主要なものは,次のとおりである。
ア平成3年5月22日の京都新聞(乙A43)
同新聞は,「県幹部OB2人を派遣i知事補償交渉と再建で」との
見出しで,被告A社に対する支援策を検討していた滋賀県のi知事が,定
例記者会見において,今週中にも部長経験のある県職員OB2人を副社長
と専務として派遣し,被害者との補償交渉や本件事故で壊滅的な打撃を受
けた同鉄道の再建に当たらせることを明らかにしたと報じた。
イ同年6月14日の京都新聞(丙4)
同新聞は,「列車衝突信楽惨事から1カ月」との記事において,「補
償問題の行方,カギ握る県の支援」との見出しで,次の内容を報じた。
被告県の資金面での支援は,財政援助制限法で地方公共団体が民間企業
の債務を保証することを禁じられているため,i知事は,「県としてどう
いう形で支援できるか。熊本県の水俣病患者へ補償金をねん出するための
地方債の事例などを参考に,県民の理解が得られ,地方財政法上からも支
障のないような方法を検討したい」との基本姿勢を示している。しかしな
がら,水俣病患者に対する補償金は,まず国が水俣病患者を認定し,熊本
県が県債・転貸債を発行し,補償費用として民間企業のチッソに貸し付け
ている。チッソは経常利益から返済しているが,今回の場合,国の認定が
ないうえ,営業収入1億3000万円,経常利益100万円(平成元年
度)の被告A社に返済能力がないなど,この方式がストレートには当ては
まらない。県としてはどんな形で支援できるのか,頭の痛いところだ。
(省略)被告県でも鉄道再建を前提として,可能な限りの支援方法を早急
にとりまとめ,自治省や運輸省と協議することにしている。
ウ同月26日の朝日新聞朝刊(丙5)
朝日新聞は,「鉄道再開へ支援県議会開会で知事所信」と題し,次の
内容の記事を掲載した。
被告県の6月定例県議会が開会(同月25日)され,i知事が,試案の
提案説明において,「被告A社が,原告とともに,遺族や被災者への対応
を急ぐことが第一であり,県としても同鉄道に必要な支援を行ってゆかな
ければならない。同時に,同鉄道の早期再開への取り組みに出来る限りの
支援を考えている」と述べた。
エ同月29日の朝日新聞朝刊(丙6)
「信楽事故来月2日から交渉県,補償向け支援確認」と題する記事
に次の内容を掲載した。
同月28日に再開した被告県の6月定例県議会の代表質問で,i知事が
「被告A社に対する物心両面にわたる必要な支援を行っていかなければな
らない」と,改めて支援を明らかにした。知事は,補償について,地方公
共団体による財政支援には制約があるとしながらも,「法的にも適正で県
民の理解が得られる方策を検討している」と答えた。
オ平成3年7月19日の京都新聞朝刊(丙7)
「信楽高原鉄道事故から2ヵ月余」,「補償交渉これから正念場」,
「近く遺族の会結成JRなど相談室の体制を拡充」との記事には,次の
内容が記載されている。
資金面では,被告A社の筆頭株主・被告県が全面支援を打ち出している
ものの,財政援助制限法で民間企業の債務保証が禁じられており,いまの
ところ具体的な支援対策の決め手が見つかっていない。
自治省(当時)でも支援の姿勢を示しているが,責任分担や補償金額が
決まらないうちは対応できないとしており,県では,「今後も補償交渉と
並行して鉄道再建問題を含め,支援のあらゆる可能性を追求して,自治省
や運輸省と協議を進めたい」としている。
カ同年9月24日の京都新聞夕刊(丙8)
「信楽事故補償の支援策県,町が貸し付けi知事表明」との見出し
で次の内容を報じた。
i知事は,同日開会した被告県の9月定例県議会において,被告A社の
被災者補償への支援策として,県と信楽町が一般財源から補償費用をねん
出し,無利子で貸し付けていくことを明らかにした。また,この貸付金償
還のため,県と甲賀郡7町が起債による資金を同じく無利子貸付けして基
金を作り,その運用益で返済していくとしている。支援策は,第3セクタ
ー鉄道で補償能力のない被告A社に「補償支払い」のための貸付けと,こ
の貸付金返済を目的とする「基金造成」のための貸付けの二本立てからな
っている。補償費用は,県と信楽町が被災者個々への支払のつど一般財源
から用立てる。貸付け条件は「無利子,期間10から15年,一括償還」
で,県では信楽町の財政力を勘案した上,双方の負担割合を決める。基金
づくりは補償のための貸付金の償還が目的で,県と被告A社に共同出資し
ている甲賀郡内七町が地方債を起こし,これを別途貸し付けて「経営安定
基金」を作り,運用益を補償貸付金の返済に充当する。貸付け条件は補償
費用と同様で,元金は期間終了後,一括償還する。支援策は協議を続けて
いた自治省の了解を得ており,県では今回の措置で財政運営に支障をきた
さないよう特別交付税などでの配慮を要請していくという。i知事は今回
の支援決定について,県が被告A社の主要株主であり,被災者の大半が実
質的に県主催の世界陶芸祭の来場者であった,被告A社は郡内住民にとっ
て欠くことができず,将来にわたって存続させねばならないと,その理由
を述べた。
キ翌25日の京都新聞朝刊(丙9)
上記オの内容を「信楽鉄道事故補償支援へ無利子貸し付け県・町償
還も起債で基金」として詳細に掲載し,第3セクター鉄道とはいえ,民間
会社にこうした支援が行われるのは初めてであると報じている。
ク同日の産経新聞朝刊(丙10)
上記オ及びカの内容を「知事が支援方策説明信楽高原鉄道事故補償金
支払いと経営安定化県民にも支障きたさぬ県会始まる」との見出しで
報じた。
同記事は,i知事が,「被告A社が原告ともども事故の責任を全うでき
るよう,また,鉄道が存続できる基盤が整備されるよう必要な支援をして
いかなければならない」と述べたことにも触れている。県では今回の支援
方法で,「被告A社が責任を全うでき,県民にも支障がなく,さらに,同
鉄道の経営も安定する」としている,と結んでいる。
(9)被告県・市から被告A社に対する貸付け等
ア本件事故当時,被告A社が加入していた損害保険は,賠償責任保険,車
両損害保険併せて3億0100万円であり,同保険金額では,補償交渉に
はまったく足りなかったことから,上記新聞報道等のとおり,被告A社は,
被告県及び信楽町から資金を借り入れた。被告A社の平成21年3月末ま
での借入額は,被告県約13億円,被告市約7億円の合計約20億円であ
る。
イ被告A社は,昭和62年の営業開始後,本件事故までは,黒字を保って
いたが,本件事故後は,毎年3000万円から5000万円の赤字となっ
た。被告A社の鉄道事業経常収支における累積損は,平成20年度末にお
いて3億1200万円であり,さらに上記被告県・市からの借入れ額を合
計すると,被告A社全体の経常利益剰余金(欠損金)は,17億6900
万円に達している。
ウ被告A社は,上記状況から,平成16年から資金ショートするおそれが
出てきたため,被告県・市から平成16年度以降,必要な安全対策経費へ
の補填として支援を受け,支援の累計額は,平成20年度までで合計1億
8500万円となっている。
(w供述等)
(10)原告の対応に対する報道等
ア平成3年5月15日付けの毎日新聞夕刊(乙A28)
「信楽高原鉄道を捜索信号故障連絡ミスが原因滋賀県警捜査本部」
との見出しで,滋賀県警水口署警察本部は,被告A社が赤信号にもかかわ
らず手信号で列車を発車させながら,原告に信号故障を連絡しなかったこ
とが本件事故の事故原因とみて,平成3年5月15日朝から業務上過失致
死傷などの容疑で被告A社本社(信楽駅)と貴生川駅などの家宅捜索を始
めたと報じた。同記事では,「JR側には責任はない安全対策室長会
見」との見出しで,原告のx’安全対策室長は,記者会見で,入院中のb
運転士から本件事故当時の模様を聞いたことや,これまでの情報を総合し
て,こちらの運転士に責任があるとはまったく思えないと発言したことも
報じている。
イ同年10月21日付け京都新聞朝刊(乙A31)
「JR対応に遺族反発信楽鐵道事故3者会合,紛糾も」との見出し
で,同月20日に開催された犠牲者遺族の会に対する原告と被告A社の合
同説明会について,遺族側が原告社長の欠席に反発し,原告を追及したこ
と等を報じた。
ウ平成4年5月10日付け中日新聞朝刊(乙A32)
「信楽高原鉄道事故から14日で1年責任追及,補償いぜん難航遺
族晴れぬ心『JRに誠意ない』」との見出しの記事を掲載した。
エ同年5月15日付け毎日新聞朝刊(乙A38)
「難航する補償交渉原因はJRの誠意のなさ」との見出しの記事を掲
載した。
オ同日付け毎日新聞朝刊(乙A33)
「遺族の怒り改めて爆発事故一周忌慰霊法要「謝ってほしい」角
田・JR西日本社長に遺族迫る」との見出しで,信楽産業展示館で営まれ
た本件事故一周忌慰霊法要の状況についての記事を掲載した。
カ同年11月7日付け朝日新聞朝刊(乙A39)
「信楽事故大阪地裁の証拠保全決定JR西日本が拒否」との見出し
で,大阪地裁が証拠保全決定に基づき,原告が保管している事故の関係資
料の保全手続を始めようとしたところ,原告が「原本がない」,「民事訴
訟法上,提出義務の範囲を超えている」などを理由に,保全決定されてい
た列車運行表など35点の資料の提出を拒んだことを報じた。
キ同月13日付け産経新聞朝刊(乙A37)
「進まぬ補償交渉「JR西日本社長は謝罪を」遺族会,根強い不信感」
との見出しの記事を掲載した。
ク平成9年4月25日付け毎日新聞(乙A40)
「信楽事故七回忌法要JR西日本は不参加遺族側反発し,抗議文」
との見出しの記事を掲載した。
ケ平成10年5月15日付け朝日新聞(乙A42)
「現場で法要悲しみ新た信楽高原鉄道事故から7年「毎年よみが
える悪夢」今年もJR幹部ら姿なし」との見出しの記事を掲載した。
コ以上の各記事は,いずれも原告が本件事故については基本的には責任が
ないことを前提とする態度をとってきていること,このことが本件事故の
被災者,特に遺族の反発を招いており,法要ないし補償交渉の推移にも影
響を与えていることを報道したものである。
第6争点に対する判断
1争点1(原告と被告A社との本件責任割合)について
(1)四者協定について
ア本件前提事実に記載のとおり,事故処理覚書3条は,「前条により丙が
立替えする費用については,事故の責任関係が明確となった時点で,丙及
び丁は,その責任割合に応じて費用の負担を行うものとする。」,基本協
定書3条は,「丙及び丁は,本件事故の責任割合に応じて補償金及び補償
交渉に要する諸費用の支払義務があることを確認する。」,補償交渉実施
覚書6条は,「前条により丙,丁それぞれが支弁した補償金及び補償交渉
に要する諸費用については,本件事故の責任割合が明確となった時点で,
基本協定書4条に基づく割合に応じて精算するものとする。」とそれぞれ
定める。そして,基本協定書4条は,「本件事故の責任割合については,
原因が明確となり次第,早急に丙,丁間で協議し決定するものとする。」
とする。
イ原告は,本件訴訟において,被告A社に対し,上記事故処理覚書3条,
基本協定書3条及び補償交渉実施覚書6条によって生じたとする本件求償
権に基づき,金銭の支払を求めている。そして,基本協定書4条によれば,
上記のとおり,本件事故の責任割合は,原因が明確になり次第,原告及び
被告A社の間で協議し,決定するものとされている。しかしながら,本件
認定事実記載のとおり,原告と被告A社とは,本件民事控訴審判決後,任
意交渉及び本件調停等において,責任割合について協議を重ねたものの,
結局,本件責任割合を決定するには至らなかったものである。
ウなお,本件精算対象については,後に詳述するように,上記覚書の規定
に照らし,いずれも本件責任割合に応じて精算するものと認められる。
(2)本件各判決等
上記のとおり,原告と被告A社との間では,責任割合を協議したものの決
定するに至らなかったので,当裁判所において,原告と被告A社の責任割合
について判断する必要がある。
ア本件各判決
(ア)本件事故については,本件前提事実及び本件認定事実記載のとおり,
本件刑事判決,本件民事一審判決及び本件民事控訴審判決の合計3つの
判決(本件各判決)が存在する。
(イ)本件刑事判決は,被告A社の従業員であるk運転主任及びl施設課
長並びにm電業から被告A社に派遣されていたn技師の合計3名に対す
る業務上過失致死傷・業務上過失往来危険罪の刑事責任の有無について
判断したものである。
(ウ)本件民事一審判決は,本件遺族が,原告及び被告A社を相手方とし
て損害賠償請求を行った民事訴訟において,本件認定事実記載のとおり,
原告及び被告A社の被用者の過失を認定し,これについて原告及び被告
A社の各使用者責任を認め,これらは共同不法行為の関係に立つものと
したものである。
(エ)本件民事控訴審判決は,本件遺族と原告との間で行われた,本件民
事一審判決に対する控訴審の判決であり,本件認定事実記載のとおり,
原告の被用者の過失責任及びこれについての原告の使用者責任を認めた
ものである。
イ本件各判決の位置づけ
上記のとおり,本件各判決は,いずれも,その訴訟手続,目的,当事者
の構成,訴訟活動等が異なり,それゆえその判断の前提となる証拠関係が
必ずしも同じでないとはいえ,本件事故について,原告及び被告A社の被
用者の過失等を詳細に認定判断したものである。したがって,本件訴訟に
おいて,本件責任割合を定めるに当たっては,本件各判決における判断を
考慮することができるというべきである。
もっとも,上記のとおり,本件各判決の裁判は,その訴訟手続,目的,
当事者の構成,訴訟活動,証拠関係等について,それぞれ違いがあり,本
件訴訟と同じものではないことは,いうまでもない。
たとえば,本件遺族との間の民事裁判においては,原告と被告A社とが
共同被告とされたが,ここでは,本件遺族との関係において,原告又は被
告A社に責任が認められるかどうかが審理され,原告及び被告A社の各被
用者の不法行為責任が共同不法行為となり,その使用者である原告と被告
A社は,それぞれその共同不法行為によって生じた損害について,不真正
連帯債務者の関係に立つことが判断されたのであって,ここでは,原告と
被告A社との間の責任割合についての判断はされていないのである。
以上によれば,本件訴訟において,本件各判決の判断を考慮するとして
も,当裁判所が,本件責任割合を定めるに当たっては,同判断にすべて拘
束されるというものではない。したがって,これに反し,本件各判決が判
断した以外の事情を考慮してはならないとの原告の主張は,採用すること
ができない。
ウところで,原告は,本件民事控訴審判決が認定した原告従業員の過失は,
本件認定事実記載の報告義務違反及び報告体制確立義務違反のみであり,
本件民事一審判決で認定されたこれ以外の原告従業員の過失については,
本件民事控訴審判決で否定されたから,同過失や,その他の本件民事控訴
審判決が認定した以外の原告従業員の過失については,認められず,当裁
判所が本件責任割合を定めるに当たって,考慮してはならない旨主張する。
しかしながら,上記イ記載のとおり,当裁判所が,原告と被告A社との
本件責任割合を定めるに当たっては,本件各判決の判断を考慮するとして
も,これらに拘束されるものではない。しかも,なるほど,本件民事控訴
審判決は,本件認定事実記載の原告従業員の報告義務違反及び報告体制確
立義務違反の過失を認定しており,その他の過失を認定していないが,同
判決を子細に検討してみても,その他の本件民事一審判決が認定した過失
が認められないという判断をしたものということはできない。原告は,本
件遺族との関係においては,過失が一つでも認められれば,損害の全部に
ついて責任を負う関係にあったのであるから,本件民事控訴審判決におい
て本件遺族が主張し,原告が争った過失について,裁判所が必ずしも網羅
的に判断をしなくてはならないものではない。そして,このことは,本件
民事控訴審判決の判文上も明らかである。
以上によれば,原告の上記主張は採用できない。
エまた,原告は,上記ウについては,被告A社が本件民事判決で認定・判
断された以外の原告の過失を主張することが,参加的効力あるいは信義則
に基づき認められない旨主張する。
しかしながら,上記のとおり本件民事判決とは別個の本件訴訟における,
本件事故に関する被告A社の主張が,原告の主張するような訴訟上の効力
あるいは信義則上の制限を受けるべき法的根拠は見出しがたいから,原告
の上記主張もまた採用できない。
(3)本件責任割合を定めるに当たって考慮する事情
本件前提事実及び本件認定事実によれば,本件責任割合を定めるに当たり,
次の事情を指摘することができる。
ア被告A社の設立経緯と運行形態
SKR線の前身は,旧国鉄の信楽線であった。また,小野谷信号場が新
設される以前の被告A社における列車の運行は,保有車両4両,単線の折
り返し運転で1日15往復という運行形態であったから,行き違いの必要
性はなかった。そして,被告A社では,平成3年以降,常勤の鉄道主任技
術者も選任されておらず,社員は,旧国鉄OB等で構成されていた。
イ世界陶芸祭の開催と本件直通乗入れ
(ア)本件直通乗入れは,平成3年4月20日から同年5月26日までの
期間に開催される予定であった世界陶芸祭における観客の輸送に当たる
SKR線の輸送力を強化するために,原告に協力が依頼されたものであ
った。原告と被告A社は,いずれも,世界陶芸祭の後援団体であった。
(イ)実行委員会の観客動員予測によれば,会期中の入場者数は約35万
人とされ,そのうち25パーセントに当たる約8万7500人が鉄道を
利用することが見込まれていた。
(ウ)本件直通乗入れにおいて,原告の列車は,同年4月21日から同年
5月26日までの日曜,祝日については,京都駅及び大阪駅からそれぞ
れ1列車,同年4月20日から同年5月25日までの平日は,京都駅か
ら1列車が運行される予定であった。これらの列車は,「世界陶芸祭
号」と呼ばれ,JR線内及びSKR線内は快速運行であった。
(エ)以上のように,世界陶芸祭の開催及びこれに伴う本件直通乗入れに
よって,多数の乗客が,原告及び被告A社が運行する列車を利用するこ
とが見込まれていたものである。
したがって,被告A社は,本件直通乗入れにより,原告の協力を得て
SKR線の輸送力が強化されることにより,より大きな利益を得ること
を期待していたものということができる。
また,原告においても,本件直通乗入れにより,世界陶芸祭の観客が,
大阪駅や京都駅からJR線内を運行し,貴生川駅からSKR線内を経由
して会場最寄りの信楽駅に至る原告の直通乗入列車に乗車することによ
り,大きな利益を得ることを期待しており,それゆえ原告は,上記のと
おり本件直通乗入れにかかる列車には,「世界陶芸祭号」の名称を付し,
SKR線内のみならず,JR線内においても快速運行をしていたという
ことができる。
ウ本件直通乗入れに先立つ教育訓練の状況
(ア)本件直通乗入れに先立つ教育訓練は,平成2年10月下旬か11月
上旬ころに,被告A社のq業務課長と,原告の運輸部運用課のt副課長
との間で協議が行われたが,同協議においては,q業務課長が乗入運転
士の列車操縦訓練について,経験者がいることから線路見学だけでよい
のではないかと述べたのに対し,t副課長が,行き違い場所が新設され
ること,近畿運輸局からの通達があること等を理由に挙げて,教育訓練
の必要性が述べられ,結局,操縦訓練が行われることとなった。
ところが,q業務課長は,被告A社における指導者的立場の人員数及
び指導日数を考えて,同被告側から原告に対して行う教育を一回にして
欲しい旨の要望を出したことから,乗務員に対する教育訓練の方法とし
ては,二段階方式が採られることが決定された。「乗務員に対する教育
訓練実施計画」は,t副課長が策定した。
(イ)平成3年3月13日午後の原告と被告A社との打合せでは,貴生川
駅と小野谷信号場間において代用閉そく方式指導通信式を施行するに当
たり,その要員や指導員の派遣を被告A社側でやって欲しい旨の要請が,
原告のz主席からされたところ,q業務課長は,当初,難色を示したが,
結局は,指導者や派遣要員については全部被告A社側で出すことになっ
た。ただし,代用閉そくについて話がされたのは,貴生川駅・小野谷信
号場間のことだけであり,小野谷信号場・信楽駅間については話題にさ
れず,代用閉そくの方式に関する原告と被告A社の各運心の規定の比較
対照も行われなかった。
また,SKR線内での連絡体制については,直通乗入列車は周波数が
違うので無線を使うことができないから,沿線に設置された携帯電話の
接続端子に乗入列車の携帯電話を接続して使うことなどが説明された。
(ウ)平成3年3月20日には,二段階方式の第一段階として,q業務課
長が,原告側の指導者に対し,線路図,信号機一覧表,列車時刻表など
を配布した上,SKR線の線路配置や各信号機の位置,現示内容,小野
谷信号場での対向列車との行き違い手順及び異常事態発生時の連絡方法
などについて説明を行ったが,同打合せにおいて説明を受けた者も,十
分に理解をしていたものとは言い難い。
そして,二段階方式の第二段階として,I指導員が教育担当者として
乗務員に対して行った机上教育では,同指導員が作成した本件マニュア
ルが配布され,これに基づき教育が行われたが,同マニュアルは,異常
時の対応等について十分な記載があるとは言い難いものであった。
エ本件各事前トラブル時の状況
(ア)4月8日の信号トラブル
同トラブルの際は,指揮命令系統の混乱,小野谷信号場・貴生川駅間
の区間開通確認に懈怠があった。
(イ)4月12日の信号トラブル
同トラブルの際は,指揮命令系統の混乱,区間開通確認の懈怠があっ
た。また,運転通告券の交付がなく,各列車の出発時に代用手信号も出
発合図もなかった。さらに,信号機の使用停止措置もとられず,小野谷
信号場の信号に異常現示がされることもあった。
(ウ)5月3日の信号トラブル
同信号トラブル時には,本件事故と同様の信号トラブル(赤固定)が
起こっていたものであるが,この際も,指揮命令系統の混乱があり,ま
た,小野谷信号場への要員派遣,信楽駅・小野谷信号場間の区間開通確
認がまったく行われないなど,代用閉そく方式で必要とされる手続が行
われていなかった。
(エ)トラブル後の対応等
a異常時において主体となって対応を行う被告A社の従業員は,上記
のように,いずれのトラブルにおいても代用閉そく方式の手続をとっ
ていなかった。しかも,このように,短期間にトラブルが相次いだに
もかかわらず,本件事故までの間に,再度教育・訓練によって,代用
閉そく方式の手続が確認されることはなかった。
bまた,異常時において,主体となって対応をすることとなっていた
被告A社の指揮命令は,同被告の当務駅長が行うことになっていたの
に,いずれのトラブル時においても,当務駅長ではないq業務課長に
指示を仰いだり,その指示に従っていた。そして,区間開通確認等の
代用閉そく方式の手続は,行われていなかった。
c上記トラブルは,被告A社の従業員のみならず,原告の従業員も直
接体験したものであるが,その際同従業員は,上記のとおり被告A社
において,代用閉そく方式の手続が行われておらず,しかも,指揮命
令系統が確立していないという危険な状態にあることを認識した。
それにもかかわらず,原告の従業員は,これを原告内においても報
告し,そのような危険な状態を是正するために,代用閉そく方式の手
続を遵守して行うよう被告A社に申し入れたり,改めて,原告の社員
に対しても教育・訓練を徹底するなど安全対策に万全を期すべきであ
ったのに,これを行わなかったばかりか,上記トラブル時に,区間開
通が行われていないのを容易に認識することができたのに,区間開通
が行われたとの虚偽の報告をするなどしていたものである。
dさらに,原告と被告A社とは,トラブルの発端となっている信号故
障の原因についても,十分に解明しようとしたものとは解されない。
オ本件てこの設置等
(ア)原告は,平成2年9月13日の打合せにおいて,下り列車の走行の
便宜から方向優先てこの設置を要望したものの,x社のa’部長が,被
告A社の設備である小野谷信号場に作用を及ぼすような機能を持つ方向
優先てこを設置することに対して疑問を呈したことを発端に,同要望を
取り下げ,小野谷信号場上り出発信号機12Lの抑止は,被告A社側で
行うこととなり,これに基づき,x社において,信楽駅で上記12Lを
抑止するためのてこ12LSPbを設置した連動図表を作成した上,こ
れを原告及び被告A社に送付した。
(イ)それにもかかわらず,原告は,上記合意に反し,本件てこによって,
上記12Lの抑止を行うことを決定して,これを設置し,他方,上記1
2LSPbについては,m電業に取り外しを要請した。本件てこの設置
工事は,工事前に運輸大臣の認可も受けておらず,本件てこが記載され
た連動図表は,被告A社には交付されなかった。しかも,原告は,本件
てこを設置してからも被告A社に対し,その旨の連絡をしなかった。
加えて,本件てこを機能させるためには,貴生川駅・小野谷信号場間
の下り運転方向表示灯を点灯させなければならないことが後で判明した。
(ウ)本件てこは,これを操作する際に,SKR線の運行に影響を及ぼす
ため,本来は,被告A社に連絡を行う必要があったが,原告から被告A
社に対し,そのような連絡が行われたことはなかった。
(エ)原告は,本件事故後も,本件てこの存在をしばらく公にしておらず,
これが明らかになってからも,従前配布されていた本件てこの取扱いに
ついて注意を促すマニュアルから「保安面に弱く」などの記載を削除し
たものを作成し,従前のマニュアルと取り替えたりした。こうした原告
の対応については,「JR,手順書改ざん?」との見出しで新聞報道
が行われた。
カ被告A社の信号工事
(ア)被告A社は,小野谷信号場場内信号機12Rと下り出発信号機13
Rとを反位片鎖錠の関係となるように信号工事をした。
(イ)被告A社は,運転士からの要望を受け,近畿運輸局の認可を経るこ
となく,①小野谷信号場の上り場内信号機13Lの緑現示を撤去し,黄
黄現示とする,②接近制御点13LUAによって制御していた小野谷信
号場上り線の場内信号機13Lの制御を,信楽駅の出発信号現示による
制御とする,③小野谷信号場の上り場内信号機13Lの反位片鎖錠を撤
去する,④接近制御点12RDAにより制御していた小野谷信号場下り
場内信号機12Rの制御を貴生川駅の出発信号現示による制御とする,
⑤接近制御点22RDAによって制御していた信楽駅場内信号機22R,
23Rの制御を,小野谷信号場下り出発信号機13Rの緑現示によって
制御することとするという5点の変更工事をしたが,これを原告に連絡
しなかった。このうち,④が本件赤固定に影響を与える変更工事である。
キ本件事故
(ア)代用閉そく違反
本件事故は,本件事故当日,信楽駅の当務駅長であったk運転主任が,
本件SKR列車を発車させようとした時に,本件赤固定が生じたことに
対し,当務駅長ではないq業務課長が,代用閉そく方式で同列車を発車
させることを決め,r運転主任に対し,小野谷信号場へ行くように指示
したが,同信号場への駅長役の派遣や,信楽駅・小野谷信号場間の区間
開通の確認がされない状態で,a運転士に命じて,出発信号赤現示のま
ま,同列車を出発させたものである。
また,本件赤固定に対しては,n技師がl施設課長の指示の下,点
検・修理を行っていたが,原因が解明されなかった。しかしながら,信
号使用を全面的に停止することはされず,前記のとおり,本件SKR列
車は,本件赤固定の状態で,信楽駅を出発した。
(イ)小野谷信号場下り出発信号機の緑現示
n技師は,l施設課長の指導監督の下,本件赤固定の原因を解明する
ために点検・修理を行っていた際に,信号回路を誤って短絡させたため,
本来,信楽駅から誤出発した場合に誤出発検知により赤現示となるはず
であった小野谷信号場下り出発信号機が,緑現示となっていた。
(ウ)b運転士の小野谷信号場通過
b運転士は,本件原告列車を運転して小野谷信号場に差し掛かった際
に,待避線に列車がいない場合には,いつもは黄黄現示である小野谷信
号場下り場内信号12Rが黄黄現示から緑現示に変わり,小野谷信号場
に進入しても,いつもは待機しているはずの行き違い列車である本件S
KR列車が待避線になく,そのような場合には赤現示であったはずの小
野谷信号場下り出発信号機が緑現示であったことに,いつもと違いおか
しいと感じながらも,信楽駅にこれを報告することもなく,小野谷信号
場を通過した。
(4)上記各事情の評価
そこで,上記各事情につき,本件事故との関係を検討することとする。
ア代用閉そく違反
本件事故においては,異常時の対応を主導的に行わなければならない被
告A社において,代用閉そく方式の手続を遵守せずに,本件赤固定のまま,
本件SKR列車を信楽駅から出発させた過失が認められるところ,これが,
本件事故の原因としては,最も大きな過失ということができる。
イ本件赤固定及び本件赤固定の原因
本件事故当日のこうした対応は,本件赤固定が発端となっているところ,
本件赤固定は,被告A社が原告に報告していなかった信号の変更工事と原
告が設置した本件てこを操作したこととに起因して発生した現象である。
したがって,本件赤固定を発生させたこれらの要因についても,本件責任
割合を決定するに当たり,軽視することはできない。
この中でも,本件てこは,SKR線の運行に直接影響を及ぼすものであ
るにもかかわらず,SKR線のみならずJR線内における原告列車の運行
の便宜を優先させた原告が,打合せの席上,a’部長から明確な反対意見
が述べられていたにもかかわらず,当該打合せにおける被告A社との合意
に反し,同被告に無断で設置したものであり,その後,これを操作する際
にも,同被告に対し,何ら報告をしなかった。そのため,被告A社では,
本件赤固定の原因が解明できず,このことが,信楽駅の現場が混乱に陥る
一つの原因となったともいえる。
ウ小野谷信号場下り出発信号機の緑現示
本件事故当日のn技師が修理中に誤った措置をとったことにより,誤出
発が検知されないまま,小野谷信号場の下り出発信号機が緑現示となった
ことは,信号の全面禁止をとらなければならないにもかかわらず,それを
せずに代用閉そく方式をとったという点において,代用閉そく方式の重大
な手続違反の一つとして,強く非難されるべきものである。したがって,
n技師に点検・修理をさせることを指示する一方で,信号の使用を全面的
に禁止する措置をとらなかった被告A社の責任は重いものである。
また,n技師は,信号技師として修理点検等に当たっていたにもかかわ
らず,その際に,継電連動装置の回線を短絡させるという,してはならな
い誤りをしたものである。
これに関し,原告は,n技師の上記行為は,常用閉そく方式,すなわち
信号システムを用いて閉そくを確保する方式を破壊する行為である旨主張
する。しかしながら,n技師は,本件赤固定に対し,これを修理等するた
めに上記行為を行い,その結果,誤出発検知装置を支障させて小野谷信号
場下り出発信号機に緑現示をさせたものであるから,故意に常用閉そく方
式を破壊した行為であるとまではいえない。
エb運転士の過失
上記ア及びウのとおり,本件では被告A社において代用閉そく方式に違
反する行為があったものであるが,他方,b運転士においても,ダイヤ上
行き違いが予定されている小野谷信号場に本件SKR列車が到着していな
かったばかりか,同信号場の信号表示も通常と異なるものであり,かつ,
被告A社が事前のトラブル時に信号の全面禁止をとることなく,かつ,代
用閉そく方式の手続を遵守しない状態で,列車を運行していたことを認識
していたのであるから,出発信号機が緑現示であったとしても,これが,
信頼できるものではないことを予見できたというべきであり,このように,
本件事故当日の小野谷信号場の状況が異常な事態であると認識した以上,
乗客の命を預かる運転士として,信楽駅に連絡を取るなど適切な措置をと
るべきであった。
それにもかかわらず,b運転士は,これを行うことなく,出発信号機の
緑現示に従い,漫然と本件原告列車を先発させ,小野谷信号場を通過した
ものであるから,その責任も軽視することができない。
オ教育・訓練,報告義務,報告体制確立義務等
(ア)上記本件事故当日の過失は,本件直通乗入れの事前の教育・訓練が
十分にされていたならば,避けられたものであるが,前記のとおり,原
告及び被告A社においては,これが十分にされていなかった。
(イ)すなわち,原告においては,本件直通乗入れが開始されることによ
り,SKR線において,自社従業員とは異なる被告A社の社員と協力し
て安全な運行を行わなければならず,そのためには,異常時の対応を含
め,同被告と十分に連絡協議を行い,とるべき対応を定め,これを現場
に周知徹底させ,教育・訓練を通して実施に支障がない状態にしておか
なければならなかった。しかも,被告A社は,本件直通乗入れを実施す
るまでは,SKR線において,行き違いを要しない折り返し運行を行っ
ており,原告は,このことを認識していたのであるから,行き違いを要
する運行に伴って新たに発生することが予想されるトラブルへの対応に
ついては,特に注意して教育や訓練を行う必要があったというべきであ
る。そして,原告と被告A社の組織体制,経験等の違いに照らせば,本
件直通乗入れの一方当事者である原告においても,SKR線における運
行の体制作りを被告A社任せにするのではなく,時には指導的立場に立
って安全な運行が行われるよう,十分な教育訓練を行うこと等の体制整
備をすることも期待されていたものとも解される。
それにもかかわらず,原告は,机上訓練や乗務訓練,さらには試運転
を行ったものの,異常時ないしトラブルに対する対応等については,実
践的な教育,訓練が行われていなかった。
(ウ)被告A社についても,同様に,従前と異なる運行が,SKR線内に
新設された行き違いの信号設備を用いて行われるのであるから,その運
行に伴って起こり得るトラブルについても,自ら適切に対処することの
できるように体制を整え,運行や,異常時の対応についても原告と協議
をして,乗務員等に対して主体的に教育・訓練をすべきであったもので
ある。
それにもかかわらず,被告A社は,このような体制の整備,乗務員等
への教育・訓練が十分ではなかった。
(エ)さらに,試運転時からの本件各事前トラブルにおいては,事前の教
育・訓練が十分に行われておらず,原告及び被告A社において,代用閉
そく方式の手続の施行方法が周知,徹底されていなかったことから,原
告及び被告A社は,代用閉そく方式の手続が実行されていなかったこと
を,認識することができた。
それにもかかわらず,原告は,上記の状況を認識した従業員も,これ
をそのまま放置して,是正しなかったものであり,被告A社もまた,本
件事故までの間に,これを是正することはなかった。
(オ)これらは,上記のとおり,原告と被告A社双方において,教育・訓
練が十分に行われていなかったことや,原告において対応をとるべき部
署の者にまで報告がされる体制がなく,実際にも適切に報告がされなか
ったという,報告体制確立義務の違反や報告義務の違反が根底にあるも
のということができる。また,被告A社においても,原告と対比した場
合には,人員や体制の違いがあるとはいえ,自らが鉄道事業の免許を受
けて営業を行っているSKR線における安全な運行を実現するのは,ま
ずもって同被告の責務であるとの自覚のもとに,この実現に向け,原告
の協力や助力を得ながら,代用閉そく方式等について周知徹底し,確固
たる体制を整えておくべきであった。
(5)本件責任割合
以上に検討してきたように,本件事故の原因となった原告及び被告A社等
の上記各事情は,いずれも鉄道の安全な運行を図るという観点からみて,決
して看過・許容されるべきものではないが,これらを対比,勘案した結果,
当裁判所は,本件責任割合は,被告A社7割対原告3割が相当と認める。
(6)当事者の主張について
ア原告は,本件事故の原因は,被告A社が,①常用閉そく方式による閉そ
くを破壊した行為,すなわち,誤出発検知装置を支障させたことにより,
小野谷信号場下り出発信号機13Rについて,本来赤現示となるべきとこ
ろを緑現示をさせて,本件原告列車の通過を許したことと,②代用閉そく
方式による閉そくを確保しなかった行為,すなわち,小野谷信号場に駅長
を派遣して,小野谷信号場・信楽駅間の閉そくを確保し,本件原告列車を
停止させるべきであったのに,その措置をとらずに,本件SKR列車を信
楽駅から発車させたこと(停止させることが間に合わなかった場合には,
信楽駅から列車を発車させないよう連絡することになる)であり,上記2
つの原因が必要的に競合したことである旨主張し,さらに,要旨,次の点
を主張する。
(ア)すなわち,①の点については,本件赤固定が生じたものの,被告A
社の信号システムは,列車制御点におけるARCの機能,誤出発検知装
置の機能等,その余の機能は正常であった上,本件赤固定も安全に関わ
る故障ではないにもかかわらず,n技師は,誤出発検知装置を支障させ,
本件SKR列車が小野谷信号場・信楽駅間に在線するにもかかわらず,
小野谷信号場の下り出発信号機に緑現示をさせたのであって,これは,
信号システム管理者が常用閉そく方式による閉そくを破壊した行為に該
当するものであり,この行為がなければ,小野谷信号場の出発信号機赤
現示で本件原告列車は停止するから,n技師が,誤出発検知装置を支障
させたことは,本件事故発生のうち最も重要な原因の一つである。
(イ)②については,被告A社が閉そくを確保しなかったのは,代用閉そ
くを施行する際に定められている所定の手続を踏まなかったこと,すな
わち,区間開通確認の懈怠等の手続懈怠とは質的に異なるものであり,
上記手続の懈怠は,本件事故の原因ではない。閉そくに関して定められ
た諸手続(例えば指導者の同乗,運転通告券の交付,代用手信号による
停止ないし発車の指示等)を履行する前提となる措置として,当該閉そ
く区間の両端において列車の運行を支配し得るシステムの設置又は要員
の配置が,閉そくを確保する前提として不可欠であり,かつこれが,本
質的事柄である。通常の場合には,閉そく区間の両端に駅長を配した後,
駅長の打合せにより,所定の諸手続に従い,運転士等に指示を与えて閉
そくを確保した運転がされている。ところが,本件においては,小野谷
信号場・信楽駅間は1閉そく区間であるにもかかわらず,被告A社は小
野谷信号場に駅長を置かずに,代用閉そく方式による運転を開始したの
であるから,同被告は閉そくを確保しない運転をしたのであり,その実
質において,常用閉そく方式をとったままの故意による赤信号冒進と何
ら変わらない。このような被告A社の運行は,貴生川駅の出発信号機が
赤固定したため,平成3年4月8日と同月12日の事前トラブルの際に,
小野谷信号場に駅長を派遣した上で代用閉そく方式に従って運転をした
こととは,本質的に異なる。
(ウ)本件事故は,①及び②のうち,いずれかを欠いても絶対に発生しな
かった。常用閉そく方式,代用閉そく方式のいずれかの方式による閉そ
くが確保されている限り,本件事故は発生しなかったのに,被告A社関
係者は,いずれの閉そく方式も侵害した。本件事故は,鉄道輸送におい
てもっとも重視され,遵守が要求されている閉そくというルールに著し
く違反する人為的行為である①と②とが必要的に競合して発生したもの
であるから,本件事故原因としてこれ以外にはない。
そこで検討するのに,①に関し,n技師が行った措置により小野谷信号
場の下り出発信号機に緑現示がされたことや,②に関し,被告A社が,小
野谷信号場に駅長を派遣せず閉そくを確保しないまま,本件SKR列車を
出発させたこと,これらが本件事故の原因となっていること,これらが本
件責任割合を定めるに当たって重大な責任原因であることは,上記認定の
とおりである。しかしながら,上記認定のとおり,その他の過失である原
告と被告A社の信号システムに関する注意義務違反,教育・訓練の義務違
反,報告義務及び報告体制確立義務違反並びにb運転士の注意義務違反に
ついても,これらがなければ,本件事故の発生を防ぐことができたもので
あるから,いずれも,本件事故と相当因果関係のある原因ということがで
きる。
すなわち,信号システムに関する注意義務違反がなければ,本件赤固定
が生じる信号システムではない別のシステムが構築され,本件赤固定が生
じることはなかったであろうし,5月3日の信号トラブル発生後には,本
件赤固定の原因が解明され,その発生を防ぐことができたということがで
き,本件赤固定が発生しなければ,本件事故当時のn技師の点検・修理時
の不適切な措置も,被告A社の代用閉そく違反による本件SKR列車の出
発もあり得なかったものである。そして,教育・訓練が十分にされていれ
ば,原告が指摘する②の代用閉そく方式をとる際に,駅長を派遣しないま
ま,列車を出発させるということを防ぐことができたものである。また,
報告義務及び報告体制確立義務違反がなければ,遅くとも本件各事前トラ
ブル後には,被告A社の代用閉そく方式による運行における問題が解消さ
れることや,①の小野谷信号場の下り出発信号機が緑現示であっても,b
運転士が,より安全な方法を採って本件原告列車を出発させないことが,
本件事故当時以上に期待できる状況になっていたと解される。そして,b
運転士が,上記①の状況があっても,周囲の状況から,より安全な方策を
採り,本件原告列車を小野谷信号場で停止させていれば,本件事故は発生
しなかったものである。
そうすると,原告が指摘する被告A社側の上記①及び②は,本件事故の
重大な原因であるけれども,その余の過失もまた,本件事故の原因として
考慮することができる。したがって,これに反する原告の上記主張は採用
できない。
イ原告は,①本件赤固定は,信号故障の一つに過ぎないから,本来,本件
事故の原因として取り上げられるべきものではなく,②本件赤固定と本件
事故との間には相当因果関係がないから,そもそも,本件てこの設置や操
作は問題とされない旨主張する。そして,本件赤固定が信号故障の一つで
あることは明らかであるから,信号故障が発生した場合においても,これ
に対して的確な対処をし,安全な運行を行わなければならないことは,い
うまでもない。
しかしながら,信号は,鉄道の安全な運行においてなくてはならないも
のであり,各運転士は,信号が正確である限り,それに従いながら,安全
な運行を実現しているのであるから,信号の故障や誤表示等は,上記安全
な運行の根幹をゆるがす事項であり,これに対して的確な対処をしなけれ
ば,重大な事故を引き起こす可能性があることも明らかである。そして,
本件赤固定は,原告による本件てこの設置・操作や,被告A社の信号工事
の報告義務違反が相まって生じたものであるという,その発生の機序や,
本件各事前トラブルにおいて,同様の現象が生じた後も,原告及び被告A
社の連絡不足等により,それが是正されることがなかったことなどに照ら
せば,原告や被告A社が,信号システムやその運用について適切に対処し
ていれば,起こらなかったものである。そうすると,本件赤固定は,これ
を,通常の状態においても起こり得る信号の誤作動等と同様に解すること
はできない。
また,本件赤固定と本件事故との間には,本件赤固定がなければ,本件
SKR列車が代用閉そく違反の状態で信楽駅を発車することはなく,した
がって,本件事故も発生しなかったはずであるとの事実的因果関係がある
ところ,上記のとおり信号システムの鉄道の運行における重要性や,事前
のトラブル時の対応状況等に照らせば,本件赤固定によって,被告A社が
代用閉そく方式の手続を十分に行わずに本件事故が発生することもまた,
予見可能であったというべきである。そうすると,本件赤固定と本件事故
との間には,相当因果関係を認めることができる。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
ウ原告は,本件てこは,小野谷信号場上り出発信号機12Lを抑止し,S
KR線の列車運行を円滑に行うために必要なシステムであるから,その設
置自体に特別な意味はなく,本件てこの設置・操作は,列車の安全運行を
阻害するようなものではなく,しかも,本件てこは,貴生川駅・小野谷信
号場間の運転方向においてのみ機能するものであり,本来は,小野谷信号
場・信楽駅間の端にある信楽駅の上り出発信号機22Lの赤固定の原因に
はなり得ず,それに影響を及ぼしたのは,小野谷信号場の下り場内・出発
信号機間の反位片鎖錠の連動と被告A社が独自に信号システムの変更工事
をした結果であり,原告はこれらに関与しておらず,しかも知らなかった
から,本件赤固定を予見することは不可能であるとして,原告には,本件
てこの無断設置・操作の義務違反の過失が認められない旨主張する。また,
原告は,この点については,本件民事控訴審判決によって過失が否定され
ている旨主張する。
しかしながら,まず,本件民事控訴審判決がこの点について,本件民事
一審判決が認めた原告の被用者の信号保安システムに関する注意義務違反
を否定したものでないことは,前述のとおりである。そして,信号システ
ムは,列車運行のために鉄道施設に設定された種々のシステムを組み合わ
せ,連動させることによって機能し,これによって安全性を保っているも
のであるから,本件てこが,原告の主張するように,下り列車の走行の便
宜を図り,もって,SKR線のみならず,これと接続するJR線の運行を
円滑に行うための機能を有するものであるとしても,行き違い設備での出
発信号機を抑止することは,SKR線の運行に影響を及ぼすものであるこ
とが明らかである。そうであるならば,これがSKR線を管理する被告A
社に知らされなければ,たとえ,本件てこが本来の用途に用いられている
際においても,これが他のシステムに波及して混乱が生じ得ることは,容
易に予想されるから,これを設置することそれ自体に,特別な意味がない
とはいえない。
また,原告の信号設備担当者は,連動図表の記載から,被告A社の予定
では小野谷信号場の場内信号機12Rと下り出発信号機13Rが反位片鎖
錠の関係とされていることを知っていた上,原告内では,5月3日の信号
トラブルの際には本件赤固定と同じ機序で赤固定が生じたことを知ってお
り,かつ,その際に亀山CTCセンターにおいて,本件てこの操作が行わ
れていたことも知り得たことからすれば,これらの情報を,被告A社と共
有して分析調査しておれば,本件てこの操作によって本件赤固定が生ずる
ことは,特別な困難を伴うことなく解明できたはずであるということがで
きる。以上に照らせば,原告において本件赤固定を予見することは可能で
あったと認められる。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。
エ原告は,運転士は,閉そくの確保に関しては,信号の現示に従って進行
ないし停止の措置をとれば足りるから,進行信号が現示されている時でも,
常に閉そくが確保されているかどうかの裁量的判断を運転士に求め,その
確認義務を運転士に対して措定することはできず,そのようなときにも,
運転士に対して確認義務を課すような教育は,鉄道システムの根本に反す
るものとして,鉄道会社としてすべきではないから,この点について原告
に教育訓練の義務はなく,b運転士に対する連絡義務もない旨主張する。
しかしながら,運転士は,基本的には,信号の現示に従って進行ないし
停止の措置をとれば足りるとしても,四囲の状況に照らし,信号に従った
運行が安全ではないと判断される場合には,その状況に適した最も安全な
方法により,危険の発生を防止すべきであることは,乗客の生命身体の安
全を守るべき運転士に当然に課される義務であり,原告には,そのような
教育訓練を行うことが求められているものと認められる。そして,そのよ
うな教育訓練を行うことは,信号が正常に作用し,進行現示がされている
時に,常に閉そくが確保されているかどうかの判断及びそのための確認義
務を運転士に求めるというものではないから,原告がいうような,鉄道シ
ステムの根本に反するものでないことも明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
オさらに,原告は,b運転士の過失の前提となる予見可能性について種々
主張する。しかしながら,原告のこれらの主張は,いずれも採用できず,
b運転士に過失の認められることは明らかである。その理由は,以下のと
おりである。
(ア)すなわち,原告は,①運転士は信号の現示を見て列車を運転するも
のであり,信号システムの仕組み等は知らず,信号の現示が誤っている
ことを予見することは不可能であり,②信号システムはフェールセーフ
の方向で設定されており,かつ運転士はそのように教育されているから,
信号が停止現示をすべきところ,進行現示をしている危険があることを
認識する可能性はないに等しく,③本件事故当日の状況から,b運転士
が,小野谷信号場に差し掛かった際に,下り出発信号機13Rが錯誤信
号であると認識することはできず,④4月12日及び5月3日の2回の
信号トラブルがあったからといって,運転士は,運行再開により故障は
修理され,故障原因は取り除かれたと考えるものであるから,信号シス
テムに疑問を抱くべきということにはならず,⑤5月3日の信号トラブ
ル時には,被告A社は,運転通告券の不交付以外の代用閉そく方式の手
続は,ほぼ完全に行っていたから,本件事故当日に同被告が閉そくを確
保しない運行をすることは予見できず,⑥SKR線のダイヤ上,必ず小
野谷信号場で行き違いがされるものではないから,待避線に列車がなく
とも異常ではなく,⑦b運転士は,SKR線にARCが設置されている
ことを知っていたから,本件事故当日,待避線に列車がなく,小野谷信
号場下り出発信号が進行現示を示していたのは,ARCが正常に動作し
た結果であると考え,これを異常事態と考えるはずがないとして,b運
転士には本件事故発生の予見可能性がなく,したがって,過失はない旨
主張する。
(イ)しかしながら,①については,運転士に対し,信号システムの詳細
を知るべき義務を一般論として措定することが相当でないことは所論の
とおりであるとしても,四囲の状況及び信号の現示が通常とは異なる場
合にあっては,信号現示が誤りであると即断できないにしても,ひとた
び事故が起これば,乗客等に重大な被害が起きることが容易に予想され
る鉄道にあっては,まずもって異常ではないかと判断して,これを指令
員に報告し,信号の現示に従った運行が安全であるのかどうかを確認す
ることを求めることは,多くの乗客の人命を預かる運転士に対し,無理
な要求をするものではない。
(ウ)②及び③についても,信号システムが,フェールセーフの方向で設
定されており,これが正常に動作している限りは,これを信じることが
できるといえるものの,信号故障等によって信号システムが正常に作動
しないときは,フェールセーフの方向での設定が作動しない場合も予想
されるのであって,四囲の状況や信号の現示の状況に照らし,通常と異
なることを認識した場合には,進行現示をしている信号に対しても,こ
れを錯誤信号であると認識すべきであるとまではいえないまでも,少な
くとも,これを一応疑うべきであるということはできる。
そして,b運転士は,それまでにもSKR線内において,4月12日
及び5月3日の2回の信号トラブルを認識していた上で,本件事故当日
には,小野谷信号場に差し掛かった際に,待避線に列車がいない場合に
は,いつもは黄黄現示である下り場内信号12Rが,この日に限って黄
黄現示から進行現示に変わり,同信号の現示に従って小野谷信号場に進
入すると,いつもは待機しているはずの行き違い列車が待避線におらず,
それまでの経験では,行き違い列車がいない場合には必ず赤現示になっ
ていたはずの小野谷信号場下り出発信号機が進行現示を示していたこと
を認識し,「あれ,おかしいな。」と異常を感じたものである。このよ
うな状況に照らせば,b運転士は,下り出発信号機が進行現示を示して
いても,信楽駅に連絡を取るなどの適切な行動を取るべきであったもの
と認められる。
(エ)また,④については,信号トラブルが,本件事故前の短期間にSK
R線内において,一度ならず繰り返し起きており,b運転士自身上記2
回のトラブルの際に列車を運転しており,このことを認識していること,
しかも,その原因は結局明らかにされていなかったのであるから,上記
のとおり,故障原因が除去されたとの信頼があったとは解されない。
(オ)そして,⑤については,被告A社は,5月3日の信号トラブル時に
は,小野谷信号場への要員派遣,重要な区間開通確認を懈怠するなど代
用閉そく方式の手続を行っておらず,その違反の程度は,運転通告券の
不交付にとどまるものでないこと,b運転士もまた,上記のとおりこの
ことを認識していたのであるから,本件事故当日に,本件SKR列車が
代用閉そく方式の手続を行わずに信楽駅から出発することを予見するこ
とができたものである。
(カ)⑥については,SKR線のダイヤ上,必ず小野谷信号場で行き違い
がされるものではないとしても,本件事故当時の本件原告列車と本件S
KR列車とは,ダイヤ上,小野谷信号場で行き違いすることになってお
り,b運転士は,このことを認識していたのであるから,行き違い列車
が到着していないことについて疑問を感じるべきであった。
(キ)⑦については,上述した小野谷信号場及び周囲の状況からすれば,
b運転士が,本件事故当日,同信号場において待避線に列車がなく,下
り出発信号が進行現示を示していたことは,通常ではない異常な事態で
あると考えられるから,仮にb運転士が,これはARCが正常に動作し
た結果であると考えたとしても,これに具体的な根拠があるものとはい
えない。
カ原告は,本件責任割合は,原告1割対被告A社9割であると主張し,証
拠(前田・原田意見書,甲24〔潮見佳男作成の鑑定意見書,以下「潮見
意見書」という。〕)中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,前田・原田意見書及び潮見意見書は,本件責任割合を決
定するに当たって考慮すべき原告の過失は,本件民事控訴審判決が認定し
た報告義務及び報告体制確立義務違反のみであることを前提としていると
ころ,当裁判所は,前述のとおり,原告について認められる過失は,本件
民事控訴審判決が認定した過失のみに限定されるものではないと認めると
ころであるから,いずれの意見書も採用することができない。
キ他方,被告A社は,上記主張にかかる原告と被告A社との関係,双方の
規模,その他本件に現れた諸般の事情を勘案すれば,仮に原告が被告A社
に対して本件求償権を有するとしても,その行使は,信義則上,制限され
るべきである旨主張する。
しかしながら,本件責任割合を定めるに当たっては,まずは本件事故に
おける原告と被告A社の過失の割合を考慮すべきである。そして,上記の
とおり認定,判断したところに照らせば,本件事故については,自らの営
業線であるSKR線内の運行の安全を怠った被告A社の過失の方が大きい
ことは明らかである。被告A社が上記のとおり種々主張する事情は,上記
過失割合の判断を行うに当たって,当裁判所が勘案した事情ではあるもの
の,これをもって,上記過失割合に従って算出した本件責任割合を左右す
る,ましてや,信義則上,原告の本件求償権の行使を直接制限すべき事情
に当たらないことは明白である。したがって,被告A社の上記主張は,採
用できない。
2争点2(被告県・市の責任)について
(1)本件前提事実及び本件認定事実によれば,争点2について判断をするに
当たって,次の事実を指摘することができる。
ア被告県・市の立場
被告県及び信楽町は,本件事故の当事者ではない。しかしながら,被告
県及び信楽町は,被告A社の株主であるとともに,地方自治体として,地
域の交通を担う同被告の存廃問題や補償交渉を含めた本件事故後の対応に
多大の関心と利害関係を有するものである。そして,被告県及び信楽町は,
前記認定のとおり,四者協定の当事者であり,四者協設置覚書に基づき,
補償交渉の推進体制,補償金の基準に関する事項及びその他補償に関する
事項を調整する四者協議会を設置したものであり,同協議会の構成員でも
ある(四者協設置覚書)。
イ事故処理覚書の規定
事故処理覚書によれば,1条は,「本件事故の処理については,本来丁
(被告A社)が行う事柄であるが,丁の対応能力にかんがみ,甲(被告
県),乙(信楽町)及び丙(原告)の三者が丁にかわって協力して事故の
当面の事後処理を行うものとする。」として,被告県・市が,当面の事故
処理を行うことを,2条1項は,「甲,乙及び丁は,丙に対して,事故後
の次に掲げる費用についての丙による立替えを依頼したことを確認す
る。」として,被告A社とともに,原告に対し,本件事故後の費用(本件
精算対象の一部)について立替えを依頼したことを確認するとともに,同
項①ないし③において具体的に記載された費用に加え,同④において「そ
の他で,甲,乙,丙及び丁が合意した費用」として,本件四者が合意した
費用を本件精算対象とすることを規定する。
また,2条2項は,被告A社が,被告県,信楽町及び原告に対して,被
告県,信楽町及び原告の職員や社員の応援を依頼したことを確認し,同覚
書3条は,「前条により丙が立替えする費用については,事故の責任関係
が明確となった時点で,丙及び丁は,その責任割合に応じて費用の負担を
行うものとする。」として,原告及び被告A社が,費用の負担をすること
を定める。
そして,4条において,「責任関係が明確になった場合における丁の支
払能力の確保については,甲及び乙が誠意をもって対処する。」こと,5
条は,「本覚書の履行にあたっては,甲,乙,丙及び丁は誠意をもってこ
れにあたるものとする。」こと,6条では,同覚書に定めのない事項につ
いては,必要に応じて本件四者で協議して定めることをそれぞれ規定する。
ウ基本協定書の規定
基本協定書は,3条で,原告及び被告A社が,本件責任割合に応じて補
償金及び補償交渉に要する諸費用の支払義務があることを,4条で,本件
責任割合を,原因が明確になり次第,早急に原告と被告A社との間で協議
して決定することをそれぞれ定める。
そして,5条において,被告県及び信楽町は,被告A社の基本協定書に
よる義務の履行について,必要な支援を行うものと定めている。
エ補償交渉実施覚書の規定
補償交渉実施覚書は,5条1項,2項において,被災者に対する補償金
及び補償交渉に要する諸費用については,原告及び被告A社それぞれが均
等に支弁するものとし,原告は,被告県,信楽町及び被告A社の要請があ
れば,一定期間(被告県及び信楽町が所要の手続を行うに要する期間)立
替払いをすることを定める。そして,6条において,5条に基づき原告,
被告A社それぞれが支弁した補償金及び補償交渉に要する諸費用について
は,本件事故の責任割合が明確となった時点で,基本協定書4条に基づく
割合に応じて精算することを定める。
オ事故処理覚書4条の経緯書
事故処理覚書4条の経緯書には,本件認定事実記載のとおりの記載や書
類の添付がある。これによれば,事故処理覚書4条の文案として,当初,
「責任関係が明確になった場合で,被告A社に支払能力を越える費用の負
担を生じたときには,被告県及び信楽町が被告A社に対して資金上の支援
を行うものとする。」が示され,これに対し,被告県知事も,人的・物的
に被告A社を応援する旨の発言等をしていたことなどが認められる。
また,信楽町からも被告県と同じ立場で臨み,責任を分担していく旨の
各発言があったことが認められる。
カ被告県・市の対応
(ア)被告県・市は,本件事故直後から,被災者の対応に当たるとともに,
四者協議会に出席し,補償基準について意見を述べるなどの協議を行い,
積極的な対応をとっていた。
(イ)地方公共団体の損失補償は,監査委員の監査対象となる(地方自治
法199条7項)。また,地方公共団体が債務を負担する行為をするに
は,予算で債務負担行為として定めておかなければならない(同法21
4条)が,被告県・市は,四者協定時には,公金支出のための議会の承
認等を経ておらず,予算に定めていない。
(ウ)被告県は,「損失補償契約証書」(丙2)と題する契約のひな形を
準備しているが,これには,不動文字で「甲及び乙(被告県)は,甲が
平成○年○月○日付借用証書(以下「原契約証書」という。)により,
丙に○資金,金○円を貸し付けたことについて,甲が損失を受けたとき
は,乙においてこれを補償するためこの契約を締結する。」の柱書きの
下,乙が甲に補償すべき損失額についての定めなどが詳細に規定されて
いる。
(エ)本件認定事実記載の新聞報道等によれば,被告県・市は,本件事故
後から被告A社の補償交渉について,全面的なバックアップを表明して
いたが,財政援助制限法による制限があるため,これに抵触しない範囲
での具体的な支援策を模索していたことが報道されていたところ,i知
事は,被告県の平成3年9月の定例県議会において,被告A社の被災者
補償への支援策として,被告県と信楽町が一般財源から補償費用をねん
出し,無利子で貸し付けていくこと,この貸付金償還のため,被告県と
甲賀郡7町が起債による資金を同じく無利子貸し付けして基金を作り,
その運用益で返済していくことなどを表明した。
w供述等によれば,この貸付けは実施され,被告A社は,平成21年
3月までに被告県から約13億円,被告市から約7億円の合計約20億
円の借入れをしたことが認められる。
(オ)被告県・市は,本件民事一審では被告とされておらず,また,同訴
訟及び本件民事控訴審においても,訴訟参加をしていない。
(カ)被告県・市は,上記認定にかかる四者協定に基づく精算交渉には参
加していない。
(キ)被告県・市は,本件調停において,被告A社とともに,原告が金員
の支払を求める相手方とされた。本件訴訟は,原告が,本件調停と同趣
旨の法律構成に基づいて,被告県・市に対して前記金員の支払を求めた
ものである。
(2)そこで,上記事実に照らして,被告県・市の責任の有無について,検討
する。
アまず,四者協定には,被告県・市が「誠意をもって対処する」あるいは
「必要な支援を行うものとする」などの文言があるのにとどまっており,
「保証」あるいは,被告県が用いている上記損失補償契約書のひな型にあ
る「補償」という文言は使用されていない。したがって,四者協定の上記
文言のみからは,被告県・市が,原告に対し,被告A社が負う債務につい
て支払が確保されるよう事実上の支援を約したことまでは認められるもの
の,さらに進んで,保証するとか,その回収不能による損失を補償するな
どの法的責任を負うことを約したということはできない。
イまた,四者協定のうち,「丁の支払能力の確保については,甲及び乙が
誠意をもって対処する」との文言からなる事故処理覚書4条に関しては,
被告県の環境参事,信楽町のd助役及び原告の鉄道本部企画推進部長が,
同条につき文案から成案に至る経緯を記録し,相互に確認した事故処理覚
書4条の経緯書が作成されているが,同経緯書の内容を見ても,県知事は,
「被告A社は,多額の補償等の負担に耐えかねる状態であるから,被告県
としても,被告A社を後から支え,誠意を持って対応できるようバックア
ップすることとし,議会にもお願いをしていること,被告県が手当てする
にしても,理屈ではわかっても方法は色々あり,」など,信楽町も,「可
能な限りの財政援助」とそれぞれ述べるにとどまっている。そうすると,
これらをもって,被告県・市が,直接原告に対し,被告A社が負う債務に
ついて保証する,あるいは,その回収不能による損失を補償することを約
したものとは即断できない。
ウさらに,被告県・市が,被告A社に十分な資力がないことを認識し,か
つ,四者協議会の席において種々の表現を用い,同被告の支払能力の確保
ないし資金上の支援を行うことを言明していたことは認められるものの,
これらの表現も,多義的に理解することが可能であるから,被告県・市が,
原告に対して,直接被告A社の債務を保証あるいは被告A社の資力不足に
よる原告の回収不能について損失を補償することを表明したものであると
即断することはできない。
エそして,本件事故後の対応をみると,被告県・市は,被告A社の資力不
足について,どのような支援を行うことができるかを模索した結果,被告
県・市から被告A社に対する合計約20億円の貸付けを実行しているが,
これらは,被告県・市が表明し,実行を約していた「必要な支援」あるい
は「誠意ある対処」の具体的な方策が実現されたものであると理解するこ
とができる。
オまた,本件における原告の対応を見ても,被告県・市に直接支払を求め
ているのは,本件調停の申立て以後のことと解されるのであり,本件民事
判決による損害賠償金の支払等や,精算交渉時には,被告県・市に直接の
支払を求めていたものではない。
カ以上に照らせば,四者協定は,被告県・市が,被告A社の負う義務に関
して,同被告に対して何らかの方法で金銭的にも支援をする(力を貸して
助ける)こと及び同被告の支払能力の確保について,被告県・市として,
可能な形式により可能な範囲での対処を行うことを確認したものではある
ものの,これをもって,被告県・市が,原告に対し,被告A社が負うべき
債務について保証をし,あるいは,同被告の資力不足による損失を補償す
べき法的責任を負うことを原告に対して約したものであるとは認めること
ができない。
そうすると,原告は,四者協定に基づき,被告県・市に対して具体的な
法的請求権を取得するというものではない。
(3)原告の主張に対する判断
ア原告は,四者協定締結当時,本件四者は,被告A社の資力が欠如してい
るとの共通認識を有しており,被告県・市の担保がなければ,原告が当面
の立替えに応じられないことから,原告の求めに応じて,被告県・市が,
被告A社の資力についての危険を引き受け,これによって同被告の負担す
べき損害を担保することを目的とする合意を内容とする損害担保契約が,
四者協定によって締結されたものである旨主張する。
そして,原告は,①基本協定書5条は,「甲及び乙」は「丁の本基本協
定書による義務の履行」について「必要な支援を行う」と,義務の主体,
客体及び「同条が単なる確認事項ではないこと」を明確にしていること,
②基本協定書3条及び4条により客体が特定されていること,③事故処理
覚書2条は,被告県・市も「立替え」の「要請」主体であること,すなわ
ち,応償主体となることを明らかにしていること,④補償交渉実施覚書5
条1項但書が,原告は,被告県,信楽町及び被告A社の要請があれば,一
定期間立替払いをするものとしていること並びに⑤同条2項は,上記「一
定期間」とは,被告県及び信楽町が「所要の手続を行うに要する期間」と
しており,被告県・市が「所要の手続」,すなわち議会の承認を経た上で
原告が立て替えた金銭を返還するとしていることをそれぞれ指摘し,証拠
(前田・原田意見書)中には,これに沿う記載がある。
イすなわち,証拠(前田・原田意見書)は,次のように述べる。
(ア)損害担保契約は,契約当事者の一方(担保引受人,諾約者)が,他
方(担保受取人,要約者)に対し,後者が一定の事項から被るであろう
損害を填補することを目的とした契約をいい,例えば,品質保証契約あ
るいは提携ローンに伴う損害担保契約,海外企業への貸付けに伴う損害
担保契約などもその例といえる。また,要約者自身が損害発生の危険を
伴う行為を行おうとするとき,その行為を奨励,助成する意思をもって,
要約者(行為者)に対してその危険実現たる損害を填補することを諾約
者が約束する契約も含まれる。損害担保契約は,諾約者と要約者の契約
によって成立する。損害担保契約は,原則として主観的(契約当事者)
にも客観的(契約当事者以外の者)にも,発生することが不確定な損害
について締結される。
(イ)本件四者においては,四者協定締結時には,どの被害者にどのよう
な損害が発生するのか,損害賠償額はいくらであるのかは,主観的にも
客観的にも確定していなかった。
(ウ)被告県・市は,被告A社に資力がないことを予想して上記合意をし,
立替えを依頼しているから,同被告の責任割合(負担部分)について原
告が立て替えたときに,原告が損害を受けるか,どの程度損害を受ける
かは不明であるが,その求償請求について,被告県・市が,原告に対し,
その支払を担保する意思であることは,明白である。
このことは,事故処理覚書が被告A社の「対応能力にかんがみ」て
(1条)作成されていること,そのため,原告に立替えを依頼し(2
条),被告県・市が,被告A社の「支払能力の確保について」,被告
県・市が「誠意をもって対処する」とし(4条),以上のような「覚書
の履行にあたっては」,本件四者が「誠意をもってこれにあたる」とし
ていること,並びに,基本協定書では,事故処理覚書の効力を確認しつ
つ,新たに独立して,5条で「基本協定書の義務の履行について,必要
な支援を行う」ことを確認していることからも,明らかである。これに
加え,補償交渉実施覚書5条は,より明確かつ具体的で詳細に規定され
ている。ここには,被告県・市が原告に対して被告A社への求償請求を
担保するという,より直截な意思が表示されていることは明らかである。
(エ)要するに,被告県・市は,四者協定において,原告が,被告A社に
求償請求したとき,同被告に支払能力がない故に,その請求が満足され
ない,すなわち,原告が「損害」(被告A社の求償債務不履行による原
告の「損害」)を蒙る場合に,その原告の「損害」を填補することを目
的として,原告に対し,無償かつ独立して,賠償すべきことを諾約して
いると,解釈できる。
(オ)そのことは,事故処理覚書4条及び基本協定書5条の文言とその成
立経緯からも明らかである。
(カ)一般に,損害担保契約(損失補償契約)の文言として,よく用いら
れるものとして,銀行(担保受取人)が融資をするときに,それを担保
する者(担保引受人)が銀行に差し入れる文言は,「本件について貴行
には何らのご損害・ご迷惑をおかけいたしません。」とか,「貴行の取
扱いによって,万一第三者から異議・故障などの申立があったときには,
当方においてこれを引き受け,貴行には一切ご迷惑・ご損害をおかけし
ません。」(損害担保文言)といった文言があるが,四者協定における
文言は,被告A社の資力を担保することを明確に規定しており,よく用
いられる上記損害担保文言よりも,その合意内容をよりよく表現してい
る。これは,補償交渉実施覚書5条の文言が,より明確かつ具体的で詳
細に損害担保の意思を表現していることからも明らかである。
ウそこで検討するのに,なるほど,四者協定締結当時,被告A社の資力及
び支払能力について問題があることを本件四者が認識していたことや,こ
れを踏まえ,四者協定には,上記の文言で,被告県・市が,「必要な支
援」や「誠意をもって対処」することが確認されていることは,前述のと
おりである。
しかしながら,このような文言は,その内容が多義的であり,一義的に
被告県・市が,被告A社の支払不能等によって原告が被る損害を担保する
ことを約したものと認められないことは,前判示のとおりである。そして,
被告県・市は,事故処理覚書2条や補償交渉実施覚書5条において,被告
A社とともに原告に対して立替払を要請していることが認められるが,被
告A社を支援する立場にある被告県・市が,原告に対し,直接責任を負う
立場になくても,立替払を要請することはあり得るというべきであるから,
立替払の要請をしたからといって,被告県・市が,原告が立替払を実施し
た後に,応償主体となることを約したことになるとは,直ちに解すること
ができない。
エそして,前記認定のとおり,本件については,次の事情が認められる。
(ア)事故処理覚書4条の経緯書をみると,当初原告が,「被告県及び信
楽町が被告A社に対して資金上の支援を行うものとする」との文案を提
示したのに対し,被告県・市側では,内容としてはそれに沿う形で考え
ている旨の発言をしていたものの,公金での対応となるので議会の承認
が必要となるなどの理由から,上記文案をそのまま受け入れることはで
きない旨を説明したことが認められる。そして,上記表現から被告県・
市の責任をやや抽象化した形の「被告A社の支払能力の確保については,
被告県・市が誠意をもって対処する」という文言が被告県・市から示さ
れ,原告が同意して,これが成案となったものである。
このように,被告県・市としては,原告との交渉過程においては,議
会の承認なく公金の支出を約束するようなことにならないよう細心の注
意を払っており,かつ,そのことを原告側にも明確に伝えていたことが
認められる。
(イ)そして,「被告A社に対して資金上の支援を行う」との内容につい
て,上記のとおり明確な法的責任を負う形の文言にならないよう細心の
注意を払っていた被告県・市が,原告に対して直接の支払義務を負うと
の内容の合意をしようという意思を有していたとは,到底推認すること
ができず,そのことは,原告側も十分に理解することができたというべ
きである。
(ウ)また,補償交渉実施覚書5条には,原告が被告県・市及び被告A社
の要請があれば立替払をする一定期間に関し,「一定期間とは,甲,乙
が所要の手続を行うに要する期間とする」との定めがあるものの,被告
県・市が原告に対し,直接金員を支払う立場になくても,被告A社に貸
付けを行うために所要の手続を行い,そのために一定期間を要するとい
う観点から上記定めを設けるよう求めることは,あり得るというべきで
ある(実際に,被告県・市は,被告A社に貸付けを行うための手続に一
定期間を要した。)。したがって,上記文言があることによっても,原
告と被告県・市との間に損害担保契約が締結されたと認めることはでき
ない。
(エ)以上によれば,四者協定を通じて,被告県・市が,原告に対し,直
接の法的責任を負う旨の意思表示をしていたことはなく,原告もそのこ
とを理解していたものといえるから,そのような内容の合意が成立して
いたとみることはできない。
オさらに,前田・原田意見書は,四者協定の上記文言は,一般的に銀行取
引で用いられる損害担保文言に比べても,明確であるという。しかしなが
ら,仮に,銀行取引において一般的に用いられる損害担保文言がそのよう
なものであり,また,その効力をどのように解するかはともかくとして,
少なくとも銀行が具体的な金額を融資する場合に締結される損害担保契約
と,前田・原田意見書も上記のとおり認めるように,本件事故直後で,損
害の主体ないし具体的な損害の額等も定まっていない段階で締結された四
者協定とでは,その法的性質が異なるものということができる。
これに加え,上記意見書が引用する銀行に対する損害担保文言は,「貴
行」に対して,「何らのご損害・ご迷惑」をかけない,あるいは,「第三
者から異議・故障などの申立」を「当方において」,「引き受け」などと
いうものであるところ,これらの効力が銀行取引上どのように解されるか
は別としても,四者協定における前記文言は,これらの文言よりも損害担
保の意思をより明確に表しているものとは認められない。
さらに付言すると,前田・原田意見書は,四者協定の文言や,四者協定
締結時における被告A社の支払能力についての本件四者の認識を基に,上
記のとおり分析を行って,結論に至る論旨を展開するが,上記認定にかか
るその後の被告県・市の対応,特に議会等に対する県知事や信楽町長の答
弁,これに対する被告県・市の認識並びにその後の被告A社に対する貸付
けの実行等の一連の支援策及びこれと四者協定との関係等の事項について
は,言及をしていないから,これらの事項について検討を加えた上での結
論ではないものというべきである。
以上によれば,前田・原田意見書を採用することはできないから,原告
の上記主張は採用できない。
(4)債権者代位の主張について
原告は,予備的に,被告A社は,原告に対する求償債務に応じられない危
険(損害)が現実化した段階で,同被告が被告県・市に対して有する損害担
保請求権(損害填補請求権)を行使することができるところ,被告A社は,
無資力要件を満たす法人であるから,原告は民法423条に基づき,同被告
への本件求償権を被保全債権として,同被告の被告県・市に対する損害担保
請求権を行使債権として,債権者代位権を行使する旨主張する。
しかしながら,被告県・市が被告A社を支援すべく可能な範囲で検討を行
う旨の意向を示し,又はその旨約したとしても,これをもって,被告A社が
被告県・市に対して具体的な請求権を取得したと解されるものではない。そ
して,他に原告の主張する損害担保(填補)請求権の発生を裏付けるような
契約その他の原因が存在することは,本件全証拠をもってしても,これを認
めることはできない。
したがって,原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく
理由がないから,採用できない。
3争点3(本件精算対象の範囲及び損害額)について
(1)各覚書の規定等
本件前提事実及び本件認定事実に基づいて,覚書等における記載をまとめ
ると,本件責任割合に応じて精算することとなっている本件精算対象は,次
のとおりとなる。そこで,以上を前提として,本件で原告が指摘する各項目
ごとに判断を行うこととする。
ア事故処理覚書2条が定めるもの
①負傷旅客の治療費,移送費,交通費,入院に係わる諸経費等
②死亡旅客の遺族に対する葬儀費,移送費,交通費等
③事故復旧・代行輸送手配関係費等(以下「事故復旧費等」という。)
④その他で,本件四者が合意した費用
イ基本協定書3条及び補償交渉実施覚書5条及び6条が定めるもの
補償金及び補償交渉に要する諸費用
ウ5条確認書の5項が定めるもの
補償交渉に従事する社員の人件費(同人件費に含む費目については,5
項確認書に記載がある。)
(2)遺族・負傷者賠償金及び事故復旧費等
ア遺族・負傷者賠償金(事故処理覚書2条1項の①及び②並びに基本協定
書3条及び補償交渉実施覚書5,6条の「補償金」関係)
下記の損害については,原告と被告A社との間で,本件認定事実記載の
とおり,精算交渉時に争いがなく,かつ,本件訴訟においても,本件精算
対象とすることに争いがないので,本件精算対象とするのが相当である。
(ア)原告支出分16億3294万9917円(遺族・負傷者賠償金)
(イ)被告A社支出分16億8644万9918円
a遺族・負傷者賠償金16億3294万9918円
b被告A社社員の示談金等(5名分)5350万円
(ウ)合計33億1939万9835円
イ事故復旧費等(事故処理覚書2条の③関係)
(ア)原告支出分2149万3059円
原告が支出した下記の事故復旧費合計2149万3059円について
は,本件精算対象とすることにつき,原告と被告A社との間で特段の争
いがなく,証拠(乙A21)によれば,次のとおり,認めることができ
る。
aクレーン,車両運搬費1858万1200円
b携帯電話料66万5374円
c仮設電話料61万3274円
d代行バス代51万0970円
e事故現場テントリース料16万1659円
f事故現場仮設照明代21万9064円
g見舞用品代等11万8709円
hその他病院関係諸雑費62万2809円
(イ)被告A社支出分4104万0840円
証拠(乙A18)及び弁論の全趣旨によれば,被告A社が支出した事
故復旧費等は,以下の合計4104万0840円と認められるから,こ
れを本件精算対象とする。
aクレーン代202万3950円
b代行バス運行代3439万4688円
c新聞広告掲載料(本件事故により,SKR線が運行停止に至ったこ
と等を周知するために,新聞広告を掲載したもの)451万387
2円
d本件事故当日の被災者送迎タクシー代10万8330円
(ウ)これに対し,原告は,事故復旧費等として合計6839万0821
円(代行バス代3439万4688円,仮設・携帯電話及び現場テント
代等153万3140円,救出活動クレーン代227万6300円並び
に信楽町現場管理費・本部経費・その他3018万6693円の合計)
を要した旨主張する。そして,なるほど,証拠(甲26,33)によれ
ば,精算交渉において,被告A社が提出した「信楽高原鐵道事故関連経
費」と題する書面(甲26,33)中の事故復旧費経費合計6809万
0821円と相談室開設前人件費に挙げられた救出活動時消防団員費用
弁償30万円とを合計すると,上記金額になることが認められる。
しかしながら,証拠(乙A18)によれば,本件訴訟に当たり,被告
A社が,事故復旧費等を調査した結果,被告県・市等が負担した金額を
除き,上記(イ)で認定した金額となったことが認められ,これを覆すに
足りる証拠はない。そして,本件訴訟においては,被告県・市が負担し
て支出した損害は,原告や被告A社の損害とはいえず,かつ,被告県・
市は,これを原告に対して請求しているものではない。また,原告にお
いても,相談室開設後の人件費について被告A社の支出分として請求す
るものは,被告県・市の応援分を除いて請求をしているところである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(エ)事故復旧費等の合計6253万3899円
上記(ア)及び(イ)によれば,本件精算対象の事故復旧費等の合計は,
6253万3899円と認められる。
(3)相談室開設前の人件費
ア各覚書の規定等
(ア)まず,「補償交渉に要する諸費用」に関しては,前記のとおり,基
本協定書及び補償交渉実施覚書において規定されている。
(イ)そして,「補償交渉」については,基本協定書2条において,「補
償交渉については,四者協設置覚書2条により調整された事項に基づき
実施するものとする」とされ,四者協設置覚書2条は,原告及び被告A
社が被災者に対して補償交渉を実施するのに必要な事項で,四者協議会
で調整する事項は,①補償交渉の推進体制,②補償金の基準に関する事
項,③その他補償に関する事項であると定める。
(ウ)また,補償交渉実施覚書1条は,原告及び被告A社が被災者に対し
て補償交渉を行うために相談室を設置することを定め,同覚書5条及び
6条において,被災者に対する補償交渉に要する諸費用の負担を定めて
いる。
(エ)これらの規定の文言からすれば,基本協定書並びに補償交渉実施覚
書5条及び6条に定める「補償交渉に要する諸費用」は,相談室設置後
に開始された補償交渉に要する諸費用を念頭においているものと解され,
相談室開設前の人件費については,当然にこれに含まれるとは解されな
い。
イ交渉経過等
本件認定事実によれば,四者協議会あるいは原告と被告A社との精算交
渉における相談室開設前の人件費の取扱いについて,以下のことを指摘す
ることができる。
(ア)第3回四者協議会
a本件認定事実記載のとおり,同協議会では,原告が提案した5条確
認書(案)について,議論が行われているが,これを記録した原告作
成のメモ(甲29)には,被告A社の担当者が,「人件費についてだ
が,この2か月間はそれぞれが出せるだけの人を出してきた。それは
それとして相殺ということでいいのではないか。」として,相談室開
設前の人件費について述べたところ,被告県の担当者が,「それは原
告も寄付に該当するなど難しい問題である,税務上も問題になるよう
だ。それにここでの議論には関係ない。」と答えた旨の記載がある。
b他方,上記議論を記録した被告県作成のメモ(乙A22の3)には,
被告A社の担当者が,「人件費をいっているが最初の混乱時のものと
ゴチャゴチャにならないようにして欲しい。」と述べたところ,原告
の担当者が,「こちらでしっかり区別している。」と答え,これに対
し,被告県の担当者は,「原告の井沢常務に税法上の制限をクリアー
していただき今までの人件費は,それぞれがみるということでお願い
しているので,よろしくお願いします。」と述べた旨の記載がある。
c原告作成のメモの上記記載からすれば,原告は,被告県の担当者が
相談室開設前の人件費については,5条確認書(案)における議論の
対象外であること,すなわち,5条確認書で確認する補償交渉実施覚
書5条の「補償交渉に要する諸費用」には,相談室開設前の人件費は
含まれないと考えているという認識を有していたものと理解すること
ができる。
d他方,被告県作成のメモの上記記載からすれば,被告県は,相談室
開設前の人件費については,5条確認書で確認する補償交渉実施覚書
5条の「補償交渉に要する諸費用」には含まれず,これについては,
本件四者が,「それぞれがみる」こと,すなわち,それぞれが支弁し,
本件精算対象としないものとすることで合意したとの認識を有してい
たと解することができる。
e以上に照らせば,上記2つのメモの記載内容には相違があり,これ
らに照らせば,相談室開設前の人件費をどう扱うかについては,原告
と被告A社との間で明確に定められたとは認めることができず,少な
くとも,これを補償交渉実施覚書の「補償交渉に要する諸費用」とし
て合意したものとは認められない。
(イ)精算交渉
精算交渉においては,本件認定事実記載のとおり,平成15年1月2
8日の第1回精算交渉において,原告が,補償経費,事故復旧費,対応
人件費(平成3年5月から7月まで)及び補償人件費(同月から平成1
3年度まで)に区分した表を持参したことから,その後,これにほぼ合
わせる形式で,被告A社からも同様の一覧表が精算交渉の場で示された。
もっとも,本件認定事実記載の精算交渉の経過をみると,本件精算交渉
において,相談室開設前の人件費を本件精算対象として含むとの合意は
されていないものと認められる。
他方,相談室開設前の人件費を本件精算対象に含まないとの明確な合
意の存在も認められない。
(ウ)書面上の記載
a本件認定事実記載のとおり,精算交渉中には,次の書面が作成等さ
れていることが認められる。
①第1回精算交渉において,原告が持参した,補償経費,事故復旧
費,対応人件費(平成3年5月から7月まで)及び補償人件費(同
年7月から平成13年度まで)に区分した一覧表(p供述等)
②第5回精算交渉が行われた平成15年6月9日付けの原告作成の
「相談室開設前人件費内訳」と題する書面(甲27)
③原告作成の「相談室人件費」と題する同日付けの書面(甲28)
④原告作成の「西日本旅客鉄道株式会社事故関連経費」と題する同
日付けの書面(乙A21)
⑤被告A社作成の「信楽高原鐵道事故関連経費」と題する同日付け
の書面(甲33)
⑥第7回精算交渉が行われた平成15年7月24日付けの被告A社
作成の「信楽高原鉄道事故関連経費」と題する書面(甲26,甲2
5の別紙)
bこれらの書面においては,いずれにおいても,相談室開設前の人件
費と相談室開設後の人件費とが区別されて記載されている。
cなお,上記⑤及び⑥の書面は,いずれも被告A社が作成した書面で
あるが,相談室開設前の人件費は,「相談室開設前人件費関係」とし
て,基準内給与(滋賀県,信楽町応援分),超過勤務手当(滋賀県,
信楽町応援分),救出活動時消防団員費用弁償(300人分),相談
室社員の仮設前人件費及び同旅費の合計1億2053万7483円が
挙げられている。これに加え,本件認定事実記載のとおり,これらの
書面には,本件SKR列車についての損害など,その他損害項目も挙
げられている。
d他方,原告作成の上記④の書面には,相談室開設前人件費として別
紙があるとされているところ,当該別紙であると認められる上記②の
書面には,原告の本社,安全対策室,企画推進部等の事業部ごとの内
訳が記載されている。
ウそこで,以上の事実に照らして検討するのに,相談室開設前の人件費は,
本件精算対象として上記各覚書が規定する「補償交渉に要する人件費」に
は含まれないと認めるのが相当である。そうすると,相談室開設前の人件
費については,事故処理覚書2条1項④で規定する「その他で,本件四者
が合意した費用」に当たるかどうかが問題になる。
まず,四者協議会においては,前記の交渉経過に照らせば,本件四者が
相談室開設前の人件費を本件精算対象とする旨を合意したとは,未だ認め
ることができない。次に,精算交渉において,上記合意がされたかについ
てみるのに,なるほど,原告及び被告A社の間では,相談室開設前の人件
費も含めた書面がやり取りされており,被告A社が作成した書面において
も,相談室開設後の人件費と区別して,相談室開設前の人件費が計上され
ていたことが認められる。しかしながら,被告A社作成の書面に本件SK
R列車の損害等のその他損害が計上されていることや,精算交渉における
原告及び被告A社双方の担当者の発言等に照らせば,原告と被告A社双方
は,交渉の過程においては,両者の間で合意が形成できれば,前記「その
他で,本件四者が合意した費用」に準じるものとして,一挙に精算して解
決を図ろうという認識のもと,これらの損害を互いに挙げていたことが推
測される。そうすると,原告と被告A社は,相談室開設前の人件費を本件
精算対象とすることを目指し,精算交渉を行っていた事実は認められるも
のの,結局合意ができなかった以上は,精算交渉において互いにやり取り
をしていた上記書面中に相談室開設前の人件費が計上されていたとしても,
原告と被告A社とが同人件費を本件精算対象とすることを合意したものと
は,認めることができない。
以上によれば,本件精算対象には,相談室開設前の人件費は含まれない
ものと認めるのが相当である。
エこれに対し,原告は,相談室開設以前においても,本件事故直後から,
被災者への対応が発生しており,相談室開設前の人件費も,補償交渉のた
めの人件費であり,5条確認書や精算交渉及び本件調停においても,相談
室開設前の人件費が除外されるとはされていないから,相談室開設前の人
件費は,本件精算対象に含まれている旨主張する。
しかしながら,覚書等の各規定からみれば,相談室開設後の人件費につ
いては,後記のとおり「補償交渉に要する人件費」として明確に精算対象
とすることが合意されているのに対し,相談室開設前の人件費については,
前記のとおり,これを精算対象とすることが合意されているものとは,直
ちには解されない。そうすると,相談室開設前の人件費については,これ
を本件精算対象とするとの本件四者による積極的な合意が必要であるのに
対し,四者協議会や精算交渉において,これを精算対象とするとの合意は
されていないのであるから,相談室開設前の人件費については,これを,
本件精算対象として認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4)相談室開設後の人件費
アまず,上記各覚書の規定に照らせば,補償交渉を行うために相談室が開
設されたものであるから,同室開設後の人件費については,原則として,
「補償交渉に要する人件費」に該当するものと解するのが相当である。
イ本件認定事実によれば,平成3年に相談室が開設されてから,平成14
年度(平成15年3月)までの間,原告及び被告A社並びに被告県・市,
あるいはu’社等被告A社の株主から人員が派遣されていたことが認めら
れる。したがって,平成3年から平成15年3月までの人件費は,補償交
渉に要する人件費として認めるのが相当である。
また,本件認定事実記載のとおり,相談室では,平成8年12月13日
に終了した滋賀事務所担当の3件の示談後も,平成9年以降,本件遺族に
対する支払,被告A社の従業員であった者との示談及び本件刑事事件の過
程で判明した,負傷の程度が軽微で,本件事故後に示談の申入れがなく,
補償対象者から漏れていた者との示談を取り扱っていたことが認められる。
これら,すなわち,本件遺族に対する支払,被告A社の従業員であった者
との示談及び本件刑事事件の過程で判明した軽傷者との示談もまた,いず
れも本件事故の被災者に対する補償を目的とし,これを主たる内容とする
ものであるから,補償交渉の一環であるということができる。
ウ以上によれば,相談室開設後の人件費については,平成15年1月10
日に本件民事控訴審判決が確定し,その後の支払等を含めて補償交渉が行
われたものとして,平成14年度(平成15年3月末)までの人件費が本
件精算対象であると認めるのが相当である。
(5)「人件費」の対象範囲について
ア前記認定,判断のとおり,相談室開設後の平成14年度(平成15年3
月)までの人件費が精算対象となるものと認められる。
イそして,原告及び被告A社は,5条確認書の5項,補償交渉実施覚書6
条により,「補償交渉に従事する社員の人件費」を本件責任割合によって
精算するものとされているところ,上記「補償交渉に従事する社員の人件
費」は,5項確認書によれば,原告の社員,被告A社の社員,被告県又は
信楽町から派遣されている社員,t’銀行もしくはu’社から派遣されて
いる社員の人件費であり,かつ,各社員の人件費の細かな費目を含む旨が
記載されている。
ウそうすると,本件訴訟においては,原告及び被告A社の社員の給与が,
人件費として本件精算対象とされている(なお,原告及び被告A社の社員
ではない被告県・市等の人件費については,原告や被告A社が負担したも
のではないから,本件訴訟における本件精算対象には含まれないと解する
のが相当である。)と認めるのが相当である。
エこれに対し,被告A社は,精算の対象とすべき必要性,相当性の認めら
れる人件費は,滋賀事務所に派遣された原告の社員の人件費(延べ30人
分)のみである旨主張し,p供述等には,これに沿う部分がある。
しかしながら,上記のとおり,5項確認書は,本件精算対象となる「補
償交渉に従事する社員の人件費」について,原告社員の人件費のみならず,
被告A社社員の人件費を挙げているのであるから,被告A社の上記主張の
ように,滋賀事務所に派遣された原告の社員の人件費のみを本件精算対象
とする趣旨の合意がされたものでないことは,明らかである。また,5条
確認書で定める事項については,本件認定事実記載のとおり,内容や文言
が当初の案から変更されており,その交渉過程において,滋賀事務所分の
みを精算対象とする案も出されていたことが認められるものの,結局,5
条確認書は,最終的には,上記記載の内容で取り交わされていることに照
らせば,交渉過程で被告A社の主張に沿う内容が提案されていたからとい
って,上記認定を妨げるものではない。
以上によれば,被告A社の上記主張は採用することができない。
(6)相談室開設後の人件費の額
ア前記認定のとおり,相談室開設後の人件費は,補償交渉に要する人件費
として,本件精算対象に含まれると認められる。
しかしながら,そもそも,補償交渉に要する人件費は,被災者に対する
賠償という性質のものではないから,共同不法行為者間で分担するという
共同不法行為者間の求償の範囲には含まれないものである。そうすると,
本件においては,上記認定のとおり,これを本件精算対象とする合意があ
る場合には,これによることとなるが,それがない場合には,原告と被告
A社とが互いに有する,不法行為に基づく損害賠償の損害に含まれるかど
うかが問題となるものということができる。そして,不法行為に基づく損
害賠償請求によって認められる損害は,必要かつ相当な範囲に限って認め
られるというべきである。
イ本件においては,補償交渉に要する人件費は,当事者間の合意によって,
本件精算対象とされ,前記認定のとおり,5条確認書及び5項確認書によ
って,人件費に含まれる費目についても,原告と被告A社とが合意をして
いる。
しかしながら,原告と被告A社との間には,5項確認書において,人件
費に含まれる費目について合意があるものの,人件費の具体的な額をどの
ようにするかについては,四者協議会,精算交渉及び本件調停においても,
合意がされたとまでは認められない。
ウまた,人件費については以下の事情,すなわち,原告と被告A社の人件
費とでは,そもそも被告A社の要員が不足していたことから,対象となる
人数に大きな違いがあること,被告A社では,新たに臨時雇用員等を雇っ
て対応したのに対し,原告は,従前から勤務していた補償交渉の経験のあ
る社員等を相談室の人員として充てたものであること,人件費が問題とな
る被告A社の人員と原告社員との一人当たりの給与額を対比すると,同被
告の人員が上記のような臨時雇用員等であったのに対し,原告では補償交
渉の経験のある社員であったことなどから,原告の方が高かったことなど
が認められる。
さらに,上記のとおり,交渉時には,5条確認書について,当初滋賀事
務所の人件費のみを本件精算対象とする案も出されていたこと,第4回四
者協議会において5条確認書及び5項確認書が取り交わされた後に行われ
た精算交渉においては,平成15年2月21日の第2回精算交渉において,
被告A社の担当者が,人件費については,どこまでの範囲を精算の対象と
するのかや,原告と被告A社との人件費の給与ベースに違いがあることに
ついて,問題提起をし,原告のv’総務部長もまた,原告の社員の人件費
の単価が高いという意見は出ると思うが,これについては,かたくなに高
い給与の主張をするつもりはないなどと発言をしており,原告自身も原告
側の従業員の人件費の単価が高く,これをそのまま精算対象とすることが
必ずしも公平とはいえないことを認識していたことなどが認められる。
なお,本件訴訟において原告が主張する相談室開設後の人件費は,被告
A社支出分として主張しているものが,合計6億0885万1649円で
あるのに対し,原告支出分として主張しているものは,合計12億324
0万5803円となる。
エ以上に照らせば,上記ウで判示した各人件費に関する個別の事情,特に
原告自身も,精算交渉段階においては,原告の従業員の人件費の単価が高
く,これをそのまま精算対象とすることに必ずしもこだわらない旨の意向
を表明していたことに加え,本件に現れた諸般の事情に照らせば,原告が
主張する合計12億3240万5803円から2割を減じた額をもって,
精算の対象,すなわち原告が,その支出分として被告A社に対して計上す
ることができる相談室開設後の人件費と認めるのが相当である。
(7)人件費
以上によれば,本件精算対象となる人件費は,平成14年度までの相談室
開設後の人件費であるから,原告支出分が12億3240万5803円から
2割(2億4648万1160円(1円未満切り捨て))を減じた9億85
92万4643円となる。
また,被告A社支出分については,6億0885万1649円(甲26の
滋賀県支援対策室及び信楽町事故対策本部に要した金額を除いた「4相談
室開設後の人件費」の5億8403万9227円と,「5相談室開設後の
旅費」の2481万2422円との合計)と認めるのが相当である。
以上を合計すると,人件費は,15億9477万6292円と認められる。
(8)本件精算対象
上記(2)及び(7)の合計は,49億7671万0026円となる。
(9)被告A社の負担分
争点1で判断したとおり,本件責任割合は,原告3割対被告A社7割とす
るのが相当であるから,被告A社の負担分は,上記(8)の7割である34億
8369万7018円(1円未満四捨五入)となる。
また,被告A社は,前記のとおり,既に,上記(2)ア(イ)の遺族・負傷者
賠償金16億8644万9918円,同イ(イ)の事故復旧費等4104万0
840円及び上記(7)の人件費6億0885万1649円の合計23億36
34万2407円を負担している。
したがって,原告が,被告A社に対して求償することができる金額は,上
記34億8369万7018円から既負担分23億3634万2407円を
控除した11億4735万4611円となる。
4争点4(被告A社の相殺の可否)について
(1)争点1で認定判断したとおり,本件事故については,原告及び被告A社
の双方に不法行為責任が認められるから,同被告は,原告に対し,不法行為
に基づく損害賠償請求権(本件損害賠償請求権)を有していると認められる。
そして,下記のとおり,被告A社については,以下の損害が生じたものと認
められる。
ア車両損害1億1020万1108円
(ア)本件SKR列車の前2両
証拠(乙A6,p供述等)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が
認められる。
a原告車両と正面衝突した本件SKR列車は,4両編成であったとこ
ろ,本件事故によって貴生川駅方向の前2両(202号・204号)
が修理が不可能な全損状態となったため,廃車とされた。
b上記202号は,被告A社が,昭和62年に4793万8000円
で取得したものであり,減価償却定額法によって平成3年3月末の評
価額を算定すると,3272万9670円となる。
c上記204号は,被告A社が,昭和63年に5275万円で取得し
たものであり,上記と同様に評価額を計算すると,4064万387
5円となる。
dまた,上記2両に装着した各装置の損害額は,202号に装着した
法定放送装置が49万5677円,戸閉回路装置が42万7488円
であり,2車両の無線移動局が各71万6199円である。
これらを合計すると,本件SKR列車の前2両の損害は,7572万
9108円となる。
(イ)本件SKR列車の後ろ2両
証拠(p供述等)によれば,本件SKR列車の信楽駅方向の後ろ2両
(201号・203号)は,点検が行われ,部品交換等の修繕が必要と
なり,修理が行われたものであり,同点検,修理費は,合計3447万
2000円と認められる。
(ウ)以上の合計は,1億1020万1108円と認められる。
イ施設損害認められない。
(ア)本件認定事実及び証拠(p供述等)によれば,次の事実が認められ
る。
aSKR線は,平成3年12月から運行を再開したが,本件事故後は,
小野谷信号場の行き違い設備並びに同設備の新設に伴って設置された
信号機及び継電連動装置等の信号設備の使用が事実上不可能になった
ことから,SKR線は1編成の列車が貴生川駅・信楽駅間を往復する
運行となり,ダイヤも1時間に1本となったこと
b被告A社は,SKR線の沿線の住民や自治体関係者からの増発の要
望に応えるため,小野谷信号場の行き違い設備及び行き違いに対応し
た信号機・連動装置の再稼働が求められていたが,他方で,本件赤固
定という信号トラブルが本件事故発生の要因となったことから,より
安全性の高い信号設備を設置することが期待されていたこと
c被告A社は,信楽駅の制御盤において,SKR線を走行している列
車の位置が確認できる集中電子連動を使用した信号システムの導入を
検討し,平成20年に,小野谷信号場を再稼働するために必要となる
連動装置及び信号装置等の諸費用の見積もりを依頼したところ,合計
2億0924万円を要するとの見積もりが出されたこと(工事は未だ
実施していない。)
d小野谷信号場は,その設置に当たって,信号設備工事及び土木工事
等の費用として,合計1億9353万3204円を要したこと
(イ)しかしながら,本件事故の発生後,被告A社が,小野谷信号場の設
備を事実上使用しなくなったとはいえ,本件事故により小野谷信号場に
損傷が生じたものではない。
(ウ)そうすると,小野谷信号場の設備が使用できなくなったことに対す
る損害を求める被告A社の上記主張は採用できない。
(2)本件訴訟において,被告A社は,平成21年10月20日の第5回弁論
準備手続期日において,同被告が,原告に対する何らかの求償債務を負うと
認められる場合には,本件損害賠償請求権と求償債務とを対当額で相殺する
旨の意思表示をしたことが認められる。
(3)そうすると,本件責任割合(不法行為に基づく損害賠償請求における過
失割合についても,同割合と認めるのが相当である。)に応じて,上記車両
損害1億1020万1108円に7割の過失相殺(7714万0775円を
控除)を行うと,残額は,3306万0333円となる。
(4)本件損害賠償請求権の放棄について
ア原告は,被告A社が,本件損害賠償請求権を黙示に放棄した旨主張する。
イしかしながら,本件前提事実及び本件認定事実によれば,本件事故直後
に作成された覚書等には,損害賠償に関する定めはないが,被告A社がこ
れを放棄するとの意思表示をしたとは認められない。また,被告A社は,
本件精算対象として議論の対象とするために,平成15年6月9日の第5
回精算交渉において,車両損害や施設損害をその他の損害として計上した
計算書を原告に示すなどしている。
以上に照らせば,被告A社が本件損害賠償請求権を放棄したものと認め
ることはできない。
ウまた,本件認定事実記載のとおり,原告と被告A社とは,本件事故後,
被災者に対する損害賠償等を行っていたものであり,本件民事控訴審判決
が確定した後,本件精算対象や本件責任割合について,精算交渉や本件調
停において,協議を続けたものの,合意に至らなかったものであり,こう
した状況において,被告A社が,本件精算対象を協議するに当たり,上記
車両損害等を損害に計上しながら,協議の中で,同損害についての満足を
図ることも一定程度期待したことから,直ちにこれに関する損害賠償請求
を行わなかったとしても,特に不自然不合理なことではない。
エ以上によれば,原告の上記主張は採用できない。
(5)本件損害賠償請求権の時効消滅
ア本件認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被告A社の本件損害賠償請求
権は,本件事故によって直ちに発生したものであるところ,原告は,本件
訴訟において,これに対して消滅時効を援用するとの意思表示をしたもの
であるから,同請求権は,本件事故から3年が経過した平成6年5月14
日の経過により,時効消滅したものということができる。
イところで,民法508条は,「時効によって消滅した債権がその消滅以
前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は,相殺をする
ことができる。」と定める。したがって,本件においては,被告A社の本
件損害賠償請求権が,平成6年5月14日以前に相殺適状となっていたか
どうかが問題となる。
ウこれについて,原告は,本件求償権は,平成6年5月14日以前の段階
では成立しておらず,仮に成立していたとしても,相殺適状にあるとはい
えないから,相殺は認められない旨主張する。
エそこで検討するのに,原告が四者協定等に基づいて被告A社に対して有
する本件求償権は,四者協定の原告と被告A社との合意に基づく求償債権
ということができる。
そして,本件前提事実記載のとおり,事故処理覚書3条は,「前条によ
り丙が立替えする費用については,事故の責任関係が明確となった時点で,
丙及び丁は,その責任割合に応じて費用の負担を行うものとする。」と規
定し,補償交渉実施覚書6条は,「前条により丙,丁それぞれが支弁した
補償金及び補償交渉に要する諸費用については,本件事故の責任割合が明
確になった時点で,基本協定書4条に基づく割合に応じて精算するものと
する。」と規定しているものである。
また,争点3で認定判断したとおり,原告は,本件精算対象のうち,本
件事故復旧費合計6253万3899円及び平成3年6月17日に設置さ
れたご被災者相談室設置の人件費(補償交渉に要する諸費用)について,
平成6年5月14日までに,被告A社が負担すべき金額を立て替えていた
ということができる(計算上,被告A社が,既に本件損害賠償請求権に基
づく損害金を上回る求償債務を負っていたことは明らかである。)。
なお,5条確認書3項によれば,平成3年10月末日時点で,原告が立
て替えた費用を,一旦精算することを予定していたことが認められるが,
このことも,本件求償権が発生していたことを裏付ける事情ということが
できる。
オそうすると,原告がこうした費用を立て替えて支払った各時点において,
本件求償権に基づく被告A社の債務は,成立していたものというべきであ
る。そして,被告A社は,本件事故の責任割合に応じてこれを支払うから,
本件責任割合が定まった時点が,履行の不確定期限とされているものとい
うことができる。
カ以上によれば,本件事故の責任関係は,平成6年5月14日時点におい
て,未だ明確ではなかったものの,本件求償権が発生していたから,被告
A社の原告に対する不法行為に基づく本件損害賠償請求権と,本件求償権
とは,相殺適状にあったものと認められる。
キ原告は,当時は責任関係が不明確であった上,被害者への賠償が確定し
ていない段階であったから,求償債権額を算定する基準となる,精算の対
象となる金額自体が確定しておらず,被告A社が期限の利益を放棄するこ
とは許されず,また,当時同被告は,現に期限の利益を放棄する旨の意思
表示をしていなかったから,相殺適状になかった旨主張する。
しかしながら,自働債権の履行期限が到来しておれば,受働債権の支払
期限が到来していなくとも相殺適状となるものと解される上,当該債務者
が受働債権の期限の利益を放棄するには,特にその旨の意思表示を相殺適
状時までにすることが必要であるとも解されず,民法508条による相殺
を主張するときも,これと別に解する必要はない。
したがって,被告A社の原告に対する不法行為による本件損害賠償請求
権と求償債務とは,被告A社の損害賠償請求権が時効消滅する平成6年5
月14日までに相殺適状にあったと認めることができる。
ク原告は,民法508条の立法趣旨からみても,当時被告A社において,
相殺適状に達したときは,別段の意思表示がなくとも当然に差引決済がさ
れるものと信頼していたとは到底考えられないから,同条を適用する前提
を欠く旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告A社が,平成15年6月9日の第5
回精算交渉において,車両損害や施設損害を本件精算対象として議論の対
象とするために,その他の損害として計上した計算書を原告に示すなどし
ていることなどに照らせば,同被告は,本件事故によって受けた損害を原
告とともに,それぞれで負担していたところ,精算交渉の中では,これら
をすべて本件責任割合に従って精算しようと考えていたものと解される。
そして,この精算には,当然,被告A社の原告に対する不法行為に基づく
本件損害賠償請求権を自働債権とする相殺での処理も期待していたという
ことができるのであって,これは,民法508条の立法趣旨に沿うもので
ある。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(6)以上によれば,被告A社が支払うべき額は,争点3において認定判断し
た11億4735万4611円から3306万0333円を控除した11億
1429万4278円となる。
(7)遅延損害金の起算日について
ア原告は,本件訴訟において,本件民事控訴審判決確定の日の翌日(平成
15年1月11日)を起算日として,支払済みまで民法所定年5分の割合
による遅延損害金を請求している。
イしかしながら,金銭債権の遅延損害金は,民法412条3項により,請
求の日の翌日から認められると解されるところ,基本協定書4条によれば,
本件求償債権の額を定めるには,協議により本件責任割合を決定しなけれ
ばならないとされている。そして,本件認定事実記載のとおり,原告と被
告A社とは,これに基づき,本件民事控訴審判決が確定した後,「協議」
に入り,精算交渉や本件調停を行っていたものである。
このような経緯からすれば,原告と被告A社との間で精算交渉や本件調
停が行われている間については,本件精算対象や本件責任割合について協
議が行われていたものと解されるから,原告が,本件民事控訴審判決が確
定した時点において,被告A社に対し,明確に本件精算対象の支払を請求
したとは認められない。
ウもっとも,原告と被告A社との間の本件調停が不成立となった時点では,
原告と被告A社との当事者間による協議によっては本件責任割合を決定す
ることができないことが明らかとなったということができる。そして,本
件認定事実記載のとおり,原告は,平成20年1月7日到達の内容証明郵
便によって,被告A社に対し,本件訴訟と同様の請求を行ったことが認め
られる。
エそうすると,上記平成20年1月7日を請求の日として,その翌日であ
る同月8日を遅延損害金の起算日とするのが相当である。
第7結論
以上によれば,原告の本件請求は,被告A社に対し,四者協定に基づき,1
1億1429万4278円及びこれに対する請求の日の翌日である平成20年
1月8日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由があるが,被告県・市に対する請求及び被告A社に対するその
余の請求は,いずれも理由がない。
よって,上記の限度で原告の請求を認容し,その余はいずれも棄却すること
とし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第15民事部
裁判長裁判官田中敦
裁判官宮崎朋紀
裁判官上村海

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