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平成14年(行ケ)第316号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年7月9日
            判        決
          原       告   オプティスキャン ピーティー
                      ワイ リミテッド
          同訴訟代理人弁護士   鈴 木 和 夫
          同     弁理士   三 浦 邦 夫
          被       告   特許庁長官 今井康夫
          同指定代理人     北 川 清 伸
同           森   正 幸
同           大 野 克 人
          同           涌 井 幸 一
          同           大 橋 良 三
            主        文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期
間を30日と定める。
            事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2000-3826号事件について平成14年2月14日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、後記本願発明の出願人である原告が、拒絶査定を受けたので、これ
を不服として審判請求をしたところ、特許庁が、審判請求不成立の審決をしたこと
から、同審決の取消しを求めた事案である。
 1 争いのない事実
(1) 訴外Aは、平成2年7月13日、オーストラリア国などを指定国とする国
際特許出願に基づくパリ条約による優先権(優先日平成1年7月13日)を主張し
て、発明の名称を「スキャニング共焦点顕微鏡」とする発明について、特許出願を
した(特願平2-187003号、以下「本願」という。)が、平成11年12月
6日に拒絶査定を受けたので、平成12年3月21日、これに対する不服の審判の
請求をした。
原告は、平成12年6月26日、上記訴外人から原告への出願人名義変更
届を行った。
特許庁は、上記不服審判請求を不服2000-3826号事件として審理
した上、平成14年2月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月26日、原告に送達され
た。
(2) 本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、本件
審決に記載された以下のとおりである。
 光線を供給する光源と、光線の光を物体に集光して物体の点観察範囲を照
明し、物体の前記点観察範囲から発する光を受ける集光器と、物体から発して集光
器によって受けられた光を検出する検出器と、光源から集光器へ光線を伝送し、物
体から発して集光器によって受けられた光を検出器へ伝送する光伝送手段と、点観
察範囲が物体を走査パターンで横切るよう物体と点観察範囲の相対移動をもたらす
走査手段とを備えたスキャニング共焦点エピ照明顕微鏡であって、
 前記光伝送手段が、光源と集光器の間で光線を伝送し、かつ光線に対して
前記共焦点状態を提供する空間フィルタとなるフレキシブルな光伝送手段と、物体
から発した光を前記光線から分離する光分離手段とからなり、なおかつ、前記走査
手段が、前記伝送手段から伝送される光線を前記集光器に移動させて、前記物体と
点観察範囲の前記相対移動を生じさせる手段からなる、前記スキャニング共焦点エ
ピ照明顕微鏡。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明は刊行物1(甲2、
特開昭61-219919号公報、以下「引用例1」という。)及び刊行物2(甲
3、米国特許第4500204号明細書、以下「引用例2」という。)に記載され
た発明(以下、それぞれ「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づい
て、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特
許を受けることができないとしたものである。
 2 原告の主張の審決取消事由の要点
 本件審決は、引用発明2の分光顕微鏡における光伝送手段の認定を誤り(取
消事由1)、その結果、本願発明と引用発明1との相違点に関する判断を誤った
(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 引用発明2の認定誤り(取消事由1)について
ア  本件審決は、引用発明2について、「光伝送経路が、光源と対物レン
ズ(集光器)の間及び対物レンズ(集光器)と分光器(検出器)との間で光線を伝
送し、かつ光線に対して共焦点状態を提供する光ファイバからなる光伝送手段と、
物体から発した光を光源からの光線から分離する手段とを有し」(甲1第5頁6~
9行)と認定するが、引用発明2の分光顕微鏡は、光線に対して共焦点状態を提供
するものではないから、誤りである。
イ すなわち、引用発明2の分光顕微鏡は、引用例2の図面であるFig2
(A)及び(B)、Fig4(A)、Fig5、Fig6(A)及び(B)から明
らかなように、入射光と反射光とが、「投射光ファイバ1」と「検出光ファイバ
2」という分離された異なる経路を通るので、共焦点状態を提供することは理論上
できないし、光ファイバの投射端1a及び光ファイバの入射端2aは、物体6上の
点と共役な位置関係にあるとはいえない。
  したがって、引用発明2の「光ファイバからなる光伝送手段」は、①光
線に対して「共焦点状態を提供する」ものではなく、②「物体から発した光を光源
からの光線から分離する手段」を有せず、③物体に入射する光と物体から発した光
が全く同じ経路を互いに逆に通るように構成されてはいないから、本願発明のよう
な共焦点顕微鏡における光伝送手段とは異なる。
ウ 被告は、引用発明2の光ファイバの投射端1a及び光ファイバの入射端
2aが、物体6上の点とほぼ共役な位置関係に配置されていると主張しているが、
「ほぼ共役な位置関係」とは、「共役でないこと」、すなわち「共焦点状態が提供
されていないこと」を自認したものに他ならない。
  また、被告は、引用発明2の光ファイバが、物体から発した光を光源か
らの光線から分離する機能を有していると主張しているが、本願発明においては、
「フレキシブルな光伝送手段」が共焦点状態を提供した上で、この分離機能を有す
ることが必須である。引用発明2においては、共焦点状態を提供していない片方の
ファイバ(投射光ファイバ)から出た光線の一部が、もう一方のファイバ(検出光
ファイバ)に入射するにすぎないから、共焦点顕微鏡における光分離機能とは全く
異なる。
  さらに、被告は、本願の請求項4記載の発明を具体化した実施例である
本願の第3図(甲4)では、入射光と反射光が全く同じ経路を逆に通るように構成
されていないと主張するが、上記実施例は、分離手段が前にあるから、同じ光路を
戻る必要がないにすぎず、共焦点状態を提供しているものである。
(2) 相違点の判断誤り(取消事由2)について
ア 本件審決は、本願発明と引用発明1との相違点の判断において、「本願
発明は、引用発明の光伝送経路(光伝送手段)の一部に、刊行物2において公知の
フレキシブルな光伝送手段を適用することにより、当業者が容易に発明できたもの
である。」(甲1第7頁28~30行)と認定するが、誤りである。
イ すなわち、本願発明における光伝送手段(光ファイバ)は、「光線に対
し共焦点状態を提供する空間フィルタとなる」ファイバであるところ、引用発明1
には、「光線に対し共焦点状態を提供する空間フィルタとなる」ファイバは開示さ
れていないから、相違点の判断において、引用発明と組み合わされるべき公知文献
には、「光線に対し共焦点状態を提供する空間フィルタとなるフレシキブルな光伝
送手段」が開示されている必要がある。
  しかし、前記のように、引用発明2には、「光線に対し共焦点状態を提
供する空間フィルタとなるフレシキブルな光伝送手段」が何ら開示されておらず、
その分光顕微鏡におけるファイバは、共焦点顕微鏡である本願発明のファイバ(光
伝送手段)とは構成が異なるから、引用発明1の光伝送経路(光伝送手段)の一部
に、引用発明2のファイバを適用しても、本願発明が容易に想到できたとはいえな
いし、これを適用するに際して阻害要因があるというべきである。
ウ 被告は、引用発明2の光伝送手段が厳密な意味で共焦点状態を提供する
ものでないとしても、「空間フィルタとなるフレキシブルな光伝送手段」が記載さ
れているのであるから、相違点の判断に誤りはないと主張するが、前記のとおり、
引用発明1に適用可能であるためには、引用発明2に、「共焦点状態を提供する空
間フィルタとなるフレキシブルな光伝送手段」という構成が開示されていなければ
ならないのであり、被告の主張は失当である。
 3 被告の反論の要点
  本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由が
ない。
(1) 取消事由1について
ア 本件審決においては、引用例2のFig.1及びFig.7の記載に基
づいて、引用発明2を認定したものであり、同図によれば、光ファイバの投射端1
a及び光ファイバの入射端2aが、物体6上の点とほぼ共役な位置関係に配置され
ているものと考えられる。また、引用例2の要約部分の記載(甲3第2欄45行~
3欄18行)によれば、投射端1aからの光は投射端1aに戻り、投射端1aから
の光の一部が経路中で拡散されて検出光ファイバの入射端2aに集められ、経路中
の拡散範囲は通常極めて小さいから、投射端1aと入射端2aとを極めて接近して
配置することを前提としていると解され、この関係は、より詳細な説明(同4欄5
1行~5欄23行)からも明らかである。さらに、引用例2のFig.2(A)や
Fig.2(B)からみて、物体上の照射領域1bと検出領域2bは、ともに顕微
鏡的微小領域であり、光学系によってそれぞれ投射端1aと入射端2aとに対して
ほぼ共役の関係になっており、かつ、物体上の照射領域1bと検出領域2bは重な
っているのであるから、投射端1aと入射端2aは極めて近接して配置されている
と解される。
  したがって、引用発明2の分光顕微鏡における光ファイバの投射端1a
及び入射端2aは、物体6上の点(照射領域1bと検出領域2bとが重なった領
域)に対して、レンズ4、5のほぼ共役な位置にあるということができる。
イ 引用発明2は、前記要約部分の記載によれば、物体の表面で反射して投
射光ファイバの端面に戻った光の一部が検出光ファイバに入射することにより、光
源からの光線と物体6からの反射光を分離しているので、引用発明2の光ファイバ
は物体から発した光を光源からの光線から分離する機能を有していることは明らか
である。本件審決では、この分離する機能を有している引用発明2の光ファイバ
を、「物体から発した光を光源からの光線から分離する手段」と認定したのであ
る。
  原告は、本願発明において、「フレキシブルな光伝送手段」が共焦点状
態を提供した上で、この分離機能を有することが必須であると主張するが、この主
張は、本願発明の「フレキシブルな光伝送手段と、物体から発した光を光線から分
離する光分離手段とからなり」という構成に矛盾するものである。
ウ 引用発明2の光ファイバは、対物レンズと光ファイバとの間、つまり、
対物レンズとビームスプリッタとの間では入射光と反射光が全く同じ経路を互いに
逆に通るように構成されている。
  本願発明の要旨においても、光伝送手段が「光源と集光器の間で光線を
伝送」するものについては、「光線に対して共焦点状態を提供する空間フィルタと
なるフレキシブルな光伝送手段」とされているのみであり、必ずしも光源から集光
器に向かう光と物体から発して集光器によって受けられ検出器へ伝送される光の全
てが、同じ経路を互いに逆に通るように構成されることを必須の構成要件としてい
るわけではない。このことは、本願発明を引用している請求項4を具体化した実施
例である本願の第3図において、入射光と反射光とが光ファイバ51と第2光ファ
イバ53と別のファイバを通っており、全く同じ経路を互いに逆に通るように構成
されていないことからも明らかである。
  (2) 取消事由2について
ア 前述したように、引用発明2の分光顕微鏡の構成の認定に誤りはないか
ら、引用発明1の光伝送経路の一部に、引用発明2のファイバを適用することに阻
害要因があるとする原告の主張は失当である。
イ 仮に、厳密な意味で引用発明2の分光顕微鏡における光ファイバからな
る光伝送手段が、共焦点状態を提供するものでないとしても、本件審決は、引用発
明1との相違点である「空間フィルタとなるフレキシブルな光伝送手段」として引
用例2を引用したものであり、引用発明2には「空間フィルタとなるフレキシブル
な光伝送手段」が開示されているのであるから、審決の結論において間違いはな
い。
第3 当裁判所の判断
1 引用発明2の認定誤り(取消事由1)について
(1) 引用例2には、次のとおりの記載がある(当事者間に争いがない。)。
 「発明の要約
 上記目的を達成するために、本発明によれば、少なくとも1の投射光ファイ
バ、少なくとも1の検出光ファイバ、投射光ファイバと検出光ファイバの端部を走
査させる走査機構、及び投射光ファイバからの投射光を物体へ導き、物体からの反
射光を同一光路を介して検出光ファイバヘ導く光学系からなる走査型のリソグラフ
ィ及び像検出装置が提供される。関連する走査の性質に応じて、投射光ファイバ又
は検出光ファイバが光学系の実像面上に位置する。投射光ファイバ及び検出光ファ
イバは一体に相互に結合され、一方の光ファイバの端面は光学系の実像面上に配置
され、他方の光ファイバの端面は実像面の手前又は後方に配置される。光ファイバ
のこの配置により、投射光ファイバから投射される光は物体の表面で反射し、同じ
光路を経由して投射光ファイバの端面に戻る。経路中で光束が拡散するため戻った
光は部分的に検出光ファイバに集められる。像検出利得は、投射光ファイバを取巻
くように複数の検出光ファイバを配置することにより増加する。この発明の装置
は、従来のフォトリソグラフィ及び像検出装置に必須の要素であった半透鏡のよう
な手段を必要としないので光学的な安定性を享受できる。光ファイバを用いること
による機械的走査が対物レンズの実像面上で作用するので、走査に伴う機械的誤差
が、対物レンズの倍率数に比例して減少する。本発明の装置は、従って必要な測定
と処理を高解像度と高い再現性で実現することができる。」
 「Fig.1は、この発明の走査型のリソグラフィ及び像形成装置の構成と
動作の原理を説明するものである。同図において、1は投射光ファイバ、1aは投
射端、2は検出光ファイバ、2aは入射端、4は偏光レンズ、5は対物レンズ、6
は物体、Pは実像面である。光源(不図示)からの光は投射端1aから射出し、コ
ンデンサレンズ4を通り、対物レンズ5で収斂され、物体6の表面の顕微鏡的微小
領域に焦点を結ぶ。この物体6上の焦点の直径は投射光ファイバ1の直径を対物レ
ンズ5の倍率で除した大きさになる。物体6の表面で反射した光あるいはフォトル
ミネッセンス光は対物レンズ5で収斂され、実像面Pの前面に設けられた検出光フ
ァイバ2の入射端2aを通って、Fig.3の分光顕微鏡に加えられる場合には分
光器8に導かれる。コンデンサレンズ4の焦点は対物レンズ5の瞳位置に固定され
る。二次元情報は光ファイバを対物レンズ5の光軸に対してX軸、Y軸方向に手動
又はXYステージにより走査することにより収集する。」
 「検出光ファイバと投射光ファイバとの位置関係を示すFig.2A及び2
Bにおいて、投射光ファイバ1の投射端1aに対応する物体上の照射(励起)領域
は1bで示され、検出光ファイバ2の入射端2aに対応する物体上の検出領域は2
bで示される。Fig.2Aは、投射光ファイバ1の投射端1aが対物レンズの実
像面P上にあり、検出光ファイバ2の入射端2aが実像面Pから変位しているケー
スを示す。光ファイバのこの配置において、最大限に凝縮された投射光ファイバの
照射領域1bは、検出光ファイバの検出領域2bの部分に含まれている。この配置
において、装置の光検出効率は、例えば、Fig,4に示すように検出光ファイバ
の数を増すことによって向上させることができる。Fig.2Bは、検出光ファイ
バの入射端2aが対物レンズの実像面P上にあり、投射光ファイバの投射端1aが
実像面Pから変位しているケースを示す。この配置において、最大限に絞り込まれ
た検出光ファイバの検出領域2bは、投射光ファイバの照射領域1bの部分に含ま
れる。この場合、Fig.2Cに示す自己集束レンズ3aのような検出レンズ、F
ig.2Dに示す投射光ファイバの投射端1aの前のマイクロレンズ3bやFi
g.2Eに示す半球形状に投射端1aをカッティングしてレンズ作用を持たせるこ
とにより、ビームの投射角が小さくなり、投射光が増加する。投射光ファイバ1の
投射端1aは実像面Pの背後にあるが、代わりに投射端1aを実像面Pの前面にお
いても同様の効果が得られる。」
 「上述の実施例において、所与の発光体の表面情報の分布は、検出光ファイ
バ2のみを用いることによって、検出することができる。X及びY軸の二次元光プ
ローブは、投射光ファイバ1のみを用いることによって形成することができる。」
 「Fig.7は、この発明の走査型のリソグラフィ及び像形成装置の分光顕
微鏡への典型的な応用例を特に説明する構成図である。この応用において、装置は
極低温のフォトルミネッセンスの目的で使用される。・・・11は分光顕微鏡、1
2は走査機構の典型例としてのXYステージ、13は照明光源、14はコンデンサ
ーレンズ、15及び16は観察及び照明のための着脱可能な半透鏡、・・・。この
実施例では、分光顕微鏡11が投射光ファイバと検出光ファイバ2を備えているか
ら、使用者は試料の光励起された領域を発光スポットとして裸眼で観察できる。測
定点が確認された後、分光顕微鏡11の光路から半透鏡15及び16をはずすこと
により光の損失を避けることができる。測定点の走査は光ファイバ1及び2を、た
とえば手動又は動力XYステージ12により駆動することにより行うことができ
る。上述の構成の分光顕微鏡により、与えられた半導体材料の光学的及び電子的特
性の二次元分布が、たとえば数ケルビン温度から数百ケルビン温度の範囲で1μm
のオーダーの解像度で測定することができる。」
 「上述のように、この発明は、光ファイバを使用することにより、走査のた
めの光学系を単純にし、高精度で高安定な走査操作が可能な、走査型のリソグラフ
ィ及び像形成装置を提供し、光学系の限界に近い解像力と再現性で表面情報の定量
的測定を可能とし、または照射の位置の変動がなく、対物レンズと走査される対象
物が不動であるから光軸の正確なアライメントを不要とする基板上への高精度の所
望パターンの形成を可能とする。」
(2) 上記の記載及び引用例2の各図によれば、引用例2には、光源からの光を
投射光ファイバの投射端から射出し、コンデンサレンズを通り、対物レンズで収斂
され、試料である物体の表面の顕微鏡的微小領域に焦点を結び、物体の表面で反射
した光あるいは励起された光が対物レンズで収斂され、検出光ファイバの入射端を
通って分光器に導かれ、使用者が物体の測定点を確認するとともに、投射及び検出
光ファイバを対物レンズの光軸に対してX軸、Y軸方向に走査することにより、物
体の二次元情報を収集する走査型分光顕微鏡が開示されていると認められる。そし
て、対物レンズで焦点を結ばれた物体の表面の顕微鏡的微小領域と検出光ファイバ
の検出領域とは、互いに包含関係にあり、各々の領域の面積もそれほど差異がない
ものである。また、投射光ファイバ及び投射光ファイバを取巻くように配置された
複数の検出光ファイバは、一体的に結合され、一方の光ファイバの端面が光学系の
実像面上に配置される場合には、他方の光ファイバの端面が実像面の前方又は後方
に配置されることとなり、その場合に、検出光ファイバが実像面上からずれている
ときには検出光ファイバの数を増すことにより、投射光ファイバが実像面上からず
れているときには投射ビームの投射角を小さくすることによって、それぞれ光検出
効率を向上させるものと認められる。
  ところで、本願の明細書(甲4第2頁6~9行)によれば、共焦点状態の
基本原理は、観察される標本又は物体の照明が一点の観察領域に限定され、観察又
は検出がその照明点領域に限定されるというものである。そうすると、引用発明2
の走査型分光顕微鏡において、投射光ファイバの投射端、対物レンズで焦点を結ば
れた物体の表面の顕微鏡的微小領域、及び検出光ファイバの入射端の3者は、完全
に共役位置に配置されているわけではないが、物体の照射点を走査して二次元情報
を精度よく検出するために、観察される物体に対する照明が一点の領域に限定さ
れ、ほぼ当該領域から発した光が検出光ファイバの入射端に入射されるものである
から、検出の対象が当該照明点領域に限定されており、共焦点状態にあることを前
提としているものと認められる。
  したがって、引用発明2の走査型分光顕微鏡は、共焦点顕微鏡と解すべき
である。
(3) このことは、引用発明2の実施例において、前記のとおり、「所与の発光
体の表面情報の分布は、検出光ファイバ2のみを用いることによって、検出するこ
とができる。X及びY軸の二次元光プローブは、投射光ファイバ1のみを用いるこ
とによって形成することができる。」とされていることからも明らかである。
  すなわち、前半の検出光ファイバのみを用いる構成は、検出光ファイバの
入射端が実像面上に位置して、物体の光を発する面と検出光ファイバの入射端が共
役位置にあることを前提としていると解され、後半の投射光ファイバのみを用いる
構成は、投射光ファイバのみにより二次元光プローブを形成し情報を精度よく検出
するのであるから、本願の第2図(甲4)の実施例と同様に、投射光ファイバから
の戻り光をビームスプリッタを介して光源と分光器とに分離すると解することがで
き、完全な共焦点状態を示唆しているものと認められる。
  この引用発明2の実施例の記載について、原告は、当該実施例では投射光
ファイバと検出光ファイバの両者を使っているが、前半では、投射光ファイバを用
いない可能性として、被検物体が発光する場合(照明する必要がないから投射光フ
ァイバが不要)を挙げ、後半では、検出光ファイバを用いない可能性として、投射
光ファイバをX-Yの二次元光プローブとして利用するケースを挙げた、と読むの
が文脈上自然であり、前半のケースでは、共役関係や共焦点状態とは関係がなく、
後半のケースでは、投射光ファイバをいわば懐中電灯のように用いて、二次元平面
を順番に照明することに用いる可能性が記載されているにすぎないと主張する。
  しかし、前半のケースの場合、発光体である物体上の点をレンズを経由し
て入射端に結像させるのであるから、物体上の点と入射端とが共役関係にあること
は明らかである。また、引用発明2は、分光顕微鏡であり、照射光に対する物体か
らの反射光を検出して観測を行うものであるから、後半のケースのように投射光フ
ァイバのみを用いた場合は、投射光ファイバによって物体に照明光を照射し、物体
からの反射光を投射光ファイバによって検出するものと認められ、その後、光源と
分光器とに分離されるものと推認される。投射光ファイバを懐中電灯のように用い
て二次元平面を照明して観察するという原告の主張は、引用発明2が分光顕微鏡で
あり、当該記載もその実施例の1つであることを無視した独自の見解であり、到底
採用することができない。
(4) また、本願発明においても、複数の光ファイバを有する構成を包含するも
のであり、その場合に完全に共焦点状態となるものでないから、引用発明2とこの
点において相違するということはできない。
  すなわち、本願の明細書(甲4第22頁17行~第23頁5行には、「以
上説明した発明の実施例は光ファイバ技術を利用するよう更に改変、発展させるこ
とができる。例えば、いずれの実施例でも単一の光ファイバを使用して光線を伝送
しているが、多重ファイバを利用できることが理解されよう。その場合、物体から
発して共焦点像を生成する戻り光を受けるファイバの先端をファイバの長手方向
(光の伝送方向)に若干ずらすことによって、被写体深度を増すことができる。」
と記載されている。
  上記記載によれば、本願発明では、その実施例として複数の光ファイバを
有する構成を包含し、物体の深さ方向に一定の範囲の情報を得るために、検出光フ
ァイバの入射端を投射光ファイバの投射端から若干ずらせるか、あるいは、複数の
検出光ファイバの入射端を若干ずらせながら配置して、照射点の上下の点からの光
を検出することを開示しており、引用発明2と同様に、検出光ファイバの入射端の
位置を共焦点位置から若干ずらし、完全な共焦点状態ではないものであっても、
「共焦点像を生成する」と表現しているものと認められる。
  原告は、上記記載について、複数の光ファイバの各々が、光源から出てフ
ァイバを通り集光器で観察物に集光され観察物で反射した光が再び同じファイバに
戻るという関係を維持しており、このような複数のファイバの先端をずらすことが
開示されていると主張する。
  しかし、原告主張の構成であれば、単に複数のファイバをずらせて配置す
ると記載するのが通常であり、「戻り光を受けるファイバ」と限定して、その先端
を若干ずらすと表現する必要はないものである。原告の主張は、明細書の記載を合
理的に解釈するものでなく、到底採用することができない。
(5) 原告は、引用発明2が、①光線に対して「共焦点状態を提供する」もので
はなく、②「物体から発した光を光源からの光線から分離する手段」を有せず、③
物体に入射する光と物体から発した光が全く同じ経路を互いに逆に通るように構成
されてはいないから、本願発明のような共焦点顕微鏡における光伝送手段とは異な
ると主張する。
  しかし、①引用発明2が共焦点状態を提供するものであることは、前示の
とおりである。また、②「物体から発した光を光源からの光線から分離する手段」
を有することは、共焦点状態を提供しているか否かとは、直接関わりのないことで
ある。引用発明2においては、検出された光に関して分光器により各波長毎の光強
度を測定観察するものであり、そもそも光源からの光との分離機能を必要としな
い。この点について原告は、本願発明では、「フレキシブルな光伝送手段」が共焦
点状態を提供した上で、この分離機能を有することが必須であると主張するが、本
願発明の要旨では、「フレキシブルな光伝送手段と、物体から発した光を光線から
分離する光分離手段とからなり」と規定されるのみであり、光伝送手段が共焦点状
態を提供した上で分離手段を有する構成とされているわけではないから、上記主張
は、本願発明の要旨に基づかない失当なものというほかない。さらに、③入射光と
検出光とが全く同じ経路を互いに逆に通る構成を有することも、共焦点状態を提供
しているか否かとは、直接関わりのないことである。引用発明2において、発明の
要約には、投射光ファイバから投射される光は物体の表面で反射し、同じ光路を経
由して投射光ファイバの端面に戻ると記載されており、また、実施例として投射光
ファイバのみを用いた場合が開示されていることは前示のとおりであり、この場合
には、物体に入射する光と物体から発した光が全く同じ経路を互いに逆に通る構成
となる。しかも、本願発明においても、前示のとおり、複数の光ファイバを有する
構成が含まれ、その場合には入射光と検出光とが全く同じ経路を経由するものでは
ないし、本願の第3図の実施例では、物体に入射する光が光ファイバ51により、
物体から発した光が光ファイバ53により、それぞれ伝送されており、全く同じ経
路を互いに逆に通るように構成されていない。
  したがって、本願発明と引用発明2とが上記①ないし③の点において相違
するとする原告の主張を採用する余地はない。
(6) 以上のとおり、引用発明2の走査型分光顕微鏡は、共焦点顕微鏡と解すべ
きであり、その光伝送手段たる投射光ファイバ及び検出光ファイバは、本願発明の
共焦点顕微鏡における光伝送手段と異なるものではない。
2 相違点の判断誤り(取消事由2)について
(1) 原告は、引用発明2には、「光線に対し共焦点状態を提供する空間フィル
タとなるフレシキブルな光伝送手段」が開示されておらず、その分光顕微鏡におけ
るファイバは、共焦点顕微鏡である本願発明のファイバ(光伝送手段)とは構成が
異なるから、引用発明1の光伝送経路(光伝送手段)の一部に、引用発明2のファ
イバを適用しても、本願発明が容易に想到できたとはいえないし、これを適用する
に際して阻害要因があると主張する。
  しかし、前示のとおり、引用発明2の走査型分光顕微鏡は、共焦点顕微鏡
と解すべきであり、その光伝送手段たる投射光ファイバ及び検出光ファイバは、本
願発明の共焦点顕微鏡における光伝送手段に相当するものであるから、原告の主張
は、その前提において誤りであって採用することができない。
(2) しかも、本願発明と引用発明1との一致点の認定には争いがなく、引用発
明1の光伝送経路が共焦点状態を提供するものであること、引用発明2に「空間フ
ィルタとなるフレキシブルな光伝送手段」が記載されていることも、当事者間に争
いがないものと認められる。
  そうすると、引用発明1の共焦点状態を提供する光伝送経路に、引用発明
2の光伝送手段である光ファイバを適用すれば、原告の主張する「光線に対し共焦
点状態を提供する空間フィルタとなるフレシキブルな光伝送手段」となり、本願発
明の光伝送手段と一致することが明らかである。そして、引用発明1及び引用発明
2の走査型分光顕微鏡は、ともに走査型顕微鏡であることで共通しているから、引
用発明1の光伝送経路に引用発明2の光伝送手段を適用することに格別の困難性は
ない。
  したがって、引用発明2の光伝送手段が共焦点状態を提供するものである
か否かに関わりなく、本願発明は、引用発明1の光伝送経路に引用発明2のファイ
バを適用して、容易に発明をすることができたものと認められるから、いずれにし
ても、原告の主張を採用する余地はない。
(3) そうすると、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないものとなり、これと同旨の本件審決に誤りはなく、その他本件審決に
これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
3 結論
 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文の
とおり判決する。
  東京高等裁判所第3民事部
          裁判長裁判官   北  山  元  章
             裁判官   清  水     節
             裁判官   沖  中  康  人

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