弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を無期懲役に処する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事鈴木寿一が差し出した静岡地方検察庁検
察官検事保倉忠名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁
は、弁護人柴田勝が差し出した答弁書に記載してあるとおりであるから、いずれも
これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
 論旨第一点(事実誤認)について、
 所論は、原判決は、本件をいわゆる事後強盗殺人罪と窃盗罪とし、両者を包括し
て、事後強盗殺人の一罪と認定しているが、
 (一) 被告人の犯行当夜の行動をみるに、被告人は当初から被害者A方を目的
として行動をとつており、計画的に犯行を進めていることが明らかであること、
 (二) 被告人は、平素から右A方の内情を知悉しており、老夫婦の生活内容
と、同家寝室には日常一〇万円余の現金の存在することを知つていたものであるこ
と、
 (三) 被告人は本件犯行の前日である昭和四一年七月一五日当時、返済しなけ
ればならない一五万円の借金があり、すでにその期日が到来し、是が非でも現金調
達の必要に迫られた、セッパつまつた状態に追い込まれていたこと、
 (四) 被告人と被害者夫婦とは十分面識があり、犯行発覚のおそれがあつたこ
と、
 以上の背景を前提とし、これに加えるに、
 (五) 被告人は、相手方が目をさました場合に対処し、その枕許付近に本件鍬
を持ち込み、なおも寝室内を探索しつづけた大胆不敵な行動をしていること、
 (六) 金員探索行為が殺害の前後に継続していることを、一連の行為として理
解する必要のあること、
 の二点に徴して、被告人が本件鍬をもつて被害者両名の寝室内に再び入つたとき
に、いわゆる居直り強盗の犯意を生じたもので、本件は居直り強盗による強盗殺人
と認めるのが相当である。そこで原判決が右のように、本件を事後強盗殺人の一罪
であると認定したのは、事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすこ
とが明らかである、というにある。
 よつて考察するに、
 (A) 司法警察員B外一名の作成した捜査報告書によれば、前記(一)記載の
事実を認め得るもののようであるが、右は後記各証拠に比しにわかに信用しがた
く、あえつて、原判決中「証拠の標目」欄の「全犯罪事実」の項掲記の各証拠、お
よび当審公判廷における被告人の供述を総合すれば、被告人は始めから被害者方を
目標として行動したのでなく、原判示のように、被告人がaアパートの自宅を立ち
出で、静岡市内を北に向つて進みながら侵入しやすい家を探しているうち、昭和四
一年七月一六日午前一時過頃、静岡市b地内に到つた際、被害者方に押し入り金員
を窃取しようと決意したもので、当初から本件犯行を計画していたものであるとは
いい得ないことが認められる。 (B) しかしながら、原判決中の前記「全犯罪
事実」の項に挙示されている各証拠、ならびに被告人の当審公判廷における供述に
よれば、右(二)、(三)、(四)に記載したような各事実を認定することができ
る。
さらに、
 (C) 被告人の司法警察員に対する昭和四一年七月二三日付供述調書一三項、
被告人の原審ならびに当審公判廷における各供述を総合すれば、被告人は被害者夫
婦の足許付近にあつた箪笥を物色中、Aの寝返りを打つ気配に驚き、急いで土間に
引き返したが、再び金員を物色しようとし、なおその際、被害者夫婦が目をさまし
て犯行が発覚すれば、暴行を加えてこれを奪取することもやむを得ないとして、鍬
掛けから本件鍬を持ち出して寝室に引き返し、枕許にこれをおいて、寝室の鴨居に
かけてあつたAのズボンのポケットから、現金三一、〇〇〇円在中の財布を盗取
し、さらに探索を続けたことが認められ、前記「全犯罪事実」の項中の証拠中右認
定に反する部分はたやすくこれを措信し得ない。
 (D) 原判決「証拠の標目」欄中の「全犯罪事実」および「強盗殺人の事実」
の各項掲記の各証拠によれば、被告人が被害者夫婦を殺害した後、引きつづき間髪
を入れず寝室内を捜索し、手当り次第に現金を探し求めたが、発見するにいたら
ず、同室から逃走しようとしたとき、自己着用のズボンの両裾に血痕が付着してい
ることに気がつき、これをはきかえるため、同室内にあつたA所有のズボン一本を
奪取したものであつて、金員の探索、奪取行為および右ズボンの奪取行為が殺害の
前後に一連の行為として継続していたものであること、および被告人がAを殺害し
ようとする直前、Aが単に「ウウン」というような声を出しながら、被告人の方向
に顔を向けたように被告人に思われたにすぎず、Aが起き上つて、被告人に対処し
ようとしたり、あるいは何か叫んだり騒いだりしたような状況のなかつたことが、
それぞれ認定される。
 <要旨>以上の諸点を総合検討すれば、被告人が本件鍬をもつて被害者両名の寝室
に再び入つたときに、もし右両名が目をさまし、自己の犯行を発見されたな
らば、右鍬をもつて、両名に暴行を加えて金員を奪取し、その結果両名を殺害する
もやむを得ないとする犯意を生じ、現金三一、〇〇〇円在中の財布を窃取した後、
Aが何か声を出しながら被告人の方を見たように感じ、同人に見つけられたと思い
こみ、右鍬をもつて被害者両名を殺害し、引きつづき室内を物色したが、現金を発
見することができなかつたので、同室から逃走しようとした際、血痕のついた自己
着用のズボンとはきかえるため、同室内にあつたA所有のズボンを奪取したもの
で、本件は同一犯意のもとに、被害者両名に対し同一室内において同一機会に連続
してなされた居直り強盗による強盗殺人であると、認定するのが相当であるという
べきである。そこで、本件を事後強盗殺人とズボン一着の窃盗とし、後者を前者に
包含させて、事後強盗殺人の一罪であると認定した原判決は、事実を誤認したもの
で、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
 そこで、本件控訴は理由があるから、論旨第二点(量刑不当)に対する判断を省
略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により、原判決を破棄した上、さ
らに自ら、次のように判決をする。 (罪となるべき事実)
 原判決中、冒頭から「……Aが目を醒ました様子もないので、」(記録第五分冊
一、三四丁裏一三行目)までは、原判決と同一であるからこれを引用し、それ以後
を次のように訂正する。 「……もし同人あるいは妻Cが目をさました場合は、暴
行を加えて財物を奪取し、その結果両名を殺害するのもやむを得ないと決意し、再
び右土間に出て風呂場との境付近の上方にある鍬かけに掛けてあつた四本万能鍬一
丁を持ち出し、前記六畳間の寝室へ引き返してその出入日付近にこれを置き、同室
東南隅の鴨居にかけてあつた右Aのズボンのポケットから、同人所有にかかる現金
三一、〇〇〇円在中の茶色ワ二皮製二つ折財布一個を窃取し、同室出入口へ近づい
た際、前記蚊帳がずり落ち、前記Aが何か声を出しながら被告人の方を見たように
感じて同人に覚られたものと思い込み、前記万能鍬を振り上げ、その峰の部分で右
Aの頭部めがけて、力一杯一、二回殴りつけ、ついでその傍に就寝中の前記Cも起
き上るように感じとり、即座に同女の頭部めがけて同鍬で前同様数回強打し、もつ
てAをして頭蓋骨粉砕骨折、脳挫傷、橋脳延髄出血、Cをして頭蓋骨々折、脳挫傷
に基きそれぞれ即死させ、なおその直後同室内の箪笥、座机等を手当り次第に物色
したが現金を見い出せなかつたので、同室から逃走しようとして、ふと自己着用の
ズボンの両裾に血痕が付着していることに気付き、これと穿き代えるため同室内に
あつたA所有のズボン一本を強取したものである。」
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の原判承所為中、住居侵入の点は刑法第一三〇条前段、罰金等臨時措置法
第三条第一項第一号に、Aならびに同Cに対する各強盗殺人の点は同法第二四〇条
後段第二三六条第一項にそれぞれ該当するところ、右住居侵入と各強盗殺人との間
には、いずれも手段、結果の関係があるので、同法第五四条第一項後段、第一〇条
により、結局以上を一罪として、刑および犯情の重いAに対する強盗殺人罪の刑を
もつて処断することとし、後記「量刑の事情」欄記載の理由にもとづき、所定刑中
無期懲役刑を選択して、被告人を無期懲役に処することとする。(原審ならびに当
審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、全部被告人に負担させ
ない。)
 (量刑の事情)
 記録および証拠物を精査し、かつ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現
われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯
罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察
し、とくに、
 (一) 本件犯罪の態様たるや、深夜、かねてから内情を知つている被害者方住
居に忍び込み、何の罪咎もない熟睡中の老夫妻を襲つて、判示万能鍬の峰で両名の
頭部に数回強打を加え、その場で同人等を即死させたものであつて、その遣口は全
く無抵抗の者を急襲して惨殺に及んだ残酷極まるもつとも悪質な犯罪の一に数えら
れるべきものであること、
 (二) 一面、両親を一時に失つた被害者等の長女Dおよびその夫Eの悲嘆や心
痛も大きく、その被害感情も強烈であるし、被告人の本件犯行が社会一般に与えた
不安と恐怖の衝撃はまことに甚大であり、もとよりこれを看過すことは許されない
ところであること、
 (三) また、被告人が本件犯行後新幹線で横浜市へ赴きシユウマイを買い込ん
でアリバイ工作をしたり、自己着用のズボン、盗取した財布等の証拠品を水中に投
棄していることは、自己の罪証湮滅行為等を処罰しない刑法の精神に照らしてこれ
を強く咎めることは出来ないにしても、被告人にとつて有利な情状であり得ないこ
とは否めないところであること、
 (四) なお、被告人は本件犯行により奪取した三一、〇〇〇円の大半を、F競
輪に浪費し、その使途がはなはだよくないこと、等の諸点に鑑みれば被告人の本件
犯行自体は極刑に値するものといつても過言ではない。
 しかしながら、他方において、
 (一) 前述のように、本件犯行は、被告人が当初から被害者等を殺害した上金
員を強取する目的の下に被害者方を狙つた計画的な犯罪ではなく、犯行の途中で発
見されたならば危害を加えて金員を強取し、その結果両名を殺害してもやむを得な
いという意図の下に、鍬を被害者夫婦の寝室の入口におき、金員を窃取して逃れ去
ろうとした際、吊つてあつた蚊帳がその場へ落ちたため、被害者夫妻に気付かれた
ものと思い込み、右鍬をもつて両名を殺害したもので、なかば偶発的な発行である
と認められること、
 (二) 被告人の生い立ちや性格を考察するに原判示冒頭に認定したとおり、被
告人は生後間もなく父に去られ、その幼少時を実父の実家や義父の下に転々と預け
られて家庭の愛情と平安な生活を得る機会に恵れないまま、義父の虐待を忍びなが
ら日々を送つていたが漸く一〇才になつた頃、遂に耐えかねて家出し、判示冒頭認
定のような経緯から、約三年余県立G学園に収容されるにいたつたが、その頃は同
園内の生活態度も優秀でとくに悪質な点は見られなかつたようであるし、昭和三四
年三月同学園を退園した後も本件犯行直前のすさんだ生活に陥るまでの約七年余の
間は、昭和三九年一〇月に二回、昭和四〇年六月に一回、いずれも道路交通法違反
で罰金刑に処せられたほかには前科前歴なく、ともあれ仕事に励んできたものであ
つて、その間の生活態度も真面目でおとなしく、性格は明朗で多くの者から好意を
寄せられていたことがうかがわれ、妻Hも被告人の精励な勤務振りとその人柄にひ
かれて結婚するにいたつたものであるというのであつて、被告人の性格は必ずしも
冷酷かつ凶悪なものであつたとは認められないこと、
 (三) そして、被告人が本件犯行直前の昭和四一年五月頃から競輪、パチンコ
等のギャンブルにかまけて、放埒な日々を送るに及んだのも、自宅の類焼や頼みの
実母が悲業の縊死を遂げ、そのためそれまで家業の水道工事等の共同経営者とも思
つていた義父が再婚し、母死亡後は同人から打つて変つた冷淡な仕打を受け、その
うえ妻も早産して子供を失う等、被告人を見舞つた度重なる不運な出来事から失意
に沈む余り、意思の弱さも手伝い、自暴自棄に陥つてしまつたことに起因するもの
であつて、果ては、原判示認定のように知合のIから、同人が長男の結婚に備え同
家二階の改築費用として蓄えていた金員を無理をしてまで借り受け、その返済に苦
慮し、さらに妻の実家から借り受けた金員の使途を同女から追求されたこともあつ
て、その金策に懐悩した挙句、遂に自らを制することを忘れ本件犯行を敢行するに
及んだものと認められる。その上犯行後の現在にいたつては、被告人はその前非を
悔い深く反省悔悟し、ただただ被害者の冥福と遺族の平穏を祈つていることが認め
られ、この間の事情を諒察すれば、被告人には、なお汲むべき一掬の情状酌量の余
地があり、しかも被告人がなお前途春秋に富む二三歳の青年であることをも考え併
せるならば、その更生も期待できないものではないことが認められること、
 その他、被告人に有利な諸情状が認められるのでこれらの事情を斟酌すれば、被
告人を、社会の一員として生存する価値が全くないものとして抹殺し去るには、な
お忍びないものがあると考えられる。そこで被告人に対し無期懲役刑をもつて量定
処断するのが相当であると思料した次第である。
 そこで主文のように判決する。
 (裁判長判事 河本文夫 判事 東徹 判事 藤野英一)

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