弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1第1事件及び第2事件(本判決別紙第1ないし第5控訴人目録記載の控訴人
ら)
(1)原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
(2)国土交通大臣が平成18年4月21日にした原判決別紙事業目録記載の
各事業に関する事業認定を取り消す。
2第3事件(本判決別紙第3事件控訴人目録1ないし3記載の控訴人ら)
(1)原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
(2)東京都収用委員会が,控訴人らに対し,平成19年12月27日にした原
判決別紙裁決目録記載の各明渡裁決及び権利取得裁決をいずれも取り消す
(ただし,控訴人らが取消しを求める裁決は,原判決別紙取消しを求める裁
決一覧表中の控訴人らに関係する部分に記載のとおりである。)。
第2事案の概要(用語の略称及び略称の意味は,本判決で付すほかは,原判決に
従う。)
1第1事件及び第2事件は,原判決別紙事業目録記載の各事業につき国土交通
大臣が平成18年4月21日にした上記各事業に係る土地収用法20条に定め
る事業の認定(本件事業認定)について,本件事業認定によって起業者らが収
用又は使用をしようとする土地(本件起業地)の所有者である原判決別紙第1
事件第1原告目録記載の原告ら及び原判決別紙第2事件原告目録1記載の原告
ら(第1原告ら),本件起業地の賃借権者である原判決別紙第1事件第2原告
目録記載の原告ら(第2原告ら),本件起業地にある立木の所有者である原判
決別紙第1事件第3原告目録記載の原告ら(第3原告ら),上記各事業によっ
てα1山の自然環境,自己の生活環境に係る人格権又は環境権を侵害される旨
主張する個人である原判決別紙第1事件第4原告目録記載の原告ら及び原判決
別紙第2事件原告目録2記載の原告ら(第4原告ら)及びいわゆる自然保護団
体である原判決別紙第1事件第5原告目録及び同第2事件原告目録3記載の原
告ら(第5原告ら)が,起業者らは当該事業を遂行する充分な能力を有しない
とともに,上記各事業には合理性ないし公益性は認められず,本件事業を施行
することにより,α1山の歴史的な自然環境や生態系,水脈,景観等を破壊す
るとともに,重大な大気汚染,騒音,振動,低周波空気振動が発生して周辺住
民の健康に重大な影響をもたらし,その生活環境を破壊するなどの不利益を生
じさせるものであることなどから,上記各事業は,そもそも同法20条2号か
ら4号までの要件に該当しないものであり,また,本件事業認定に係る手続や
本件事業に係る環境影響評価の手続及び内容に瑕疵があり,更に本件事業認定
は都市計画法及び自然公園法にも違反するなどと主張して,国(被控訴人・第
1事件及び第2事件1審被告,以下「被控訴人国」という。)に対して,本件
事業認定の取消しを求める事案である。なお,第1原告らのうち原告P1(本
判決別紙第1控訴人目録番号2),原告P2(同番号40),原告P3(同番
号114),原告P4(同番号122)及び原告P5(同番号127)の5名
(以下「控訴人P1ら5名」という。)は,本件起業地に所有権(共有持分権)
を有すること及び本件起業地に賃借権を有することの双方を主張していること
から,原判決の記載上,第1原告らであると同時に第2原告らでもあるとされ
ているが,いずれも第1事件の原告として1個の事業認定取消請求権を主張し
ているものであって,複数の請求権を主張するものではないと解される(上記
共有持分権の主張と賃借権の主張は,いずれも原告適格を基礎付ける事実とし
て主張されているものと解される。)。
第1事件及び第2事件には,上記各事業の起業者である国(国土交通大臣)
から道路法等に基づき事業に関する権限委任を受けている行政庁である関東地
方整備局長(参加人・第1事件及び第2事件参加人,以下「参加人関東地方整
備局長」という。)と,同じく上記各事業の起業者である日本道路公団を承継
したP6株式会社(参加人・第1事件及び第2事件参加人,以下「参加人会社」
という。)が行政事件訴訟法に基づいて訴訟参加している。
第3事件は,東京都収用委員会がした本件起業地に係る権利取得裁決及び明
渡裁決(本件各裁決)について,本件各裁決の対象となった本件起業地の所有
者,本件起業地に関して賃借権を有する者及び本件起業地にある立木の所有者
及び本件起業地上の立て看板を所有すると主張する者である原判決別紙第3事
件原告目録1ないし3記載の原告ら(第3事件原告ら)が,本件各裁決につい
て,本件事業認定の違法性を承継しており,また,各裁決の手続及び内容にも
固有の違法がある旨を主張して,東京都(被控訴人・第3事件1審被告,以下
「被控訴人東京都」という。)に対して,その取消しを求める事案である。
2原判決は,第1事件及び第2事件については,第4原告ら及び第5原告らの
訴えをいずれも却下し,第1原告ら,第2原告ら及び第3原告らの請求をいず
れも棄却し,第3事件については,訴えの一部を却下し,その余の請求を棄却
した。
これに対して,第1原告らの一部である本判決別紙第1控訴人目録記載の控
訴人ら(以下「第1控訴人ら」という。),第2原告ら(ただし,控訴人P1
ら5名は第1控訴人らに含まれているので,この5名を除く。)の一部である
本判決別紙第2控訴人目録記載の控訴人ら(以下「第2控訴人ら」という。),
第3原告らの一部である本判決別紙第3控訴人目録記載の控訴人P7(以下「第
3控訴人」という。),第4原告らの一部である本判決別紙第4控訴人目録記
載の控訴人ら(以下「第4控訴人ら」という。),第5原告ら(本判決別紙第
5控訴人目録記載の控訴人ら。以下「第5控訴人ら」という。)が,第1事件
及び第2事件について控訴した。また,第3事件原告らの一部である本判決別
紙第3事件控訴人目録(以下「裁決控訴人目録」という。)1ないし3記載の
控訴人ら(以下「第3事件控訴人ら」という。)が第3事件について控訴した。
3本件に関係する法規の定め
以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2に記載す
るとおり(原判決3頁2行目から16頁21行目まで)であるから,これを引
用する。
(1)原判決3頁10行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「ウ土地収用法3条は,土地を収用し,又は使用することができる公共の利
益となる事業は,次の各号のいずれかに該当するものに関する事業でなけ
ればならない旨を定める。上記に該当するものとして,「道路法(昭和2
7年法律第180号)による道路」(同条1号),「前各号のいずれかに
掲げるものに関する事業のために欠くことができない通路,橋,鉄道,軌
道,索道,電線路,水路,池井,土石の捨場,材料の置場,職務上常駐を
必要とする職員の詰所又は宿舎その他の施設」(同条35号)がある。」
(2)同頁11行目「ウ」を「エ」と,同頁15行目「エ」を「オ」とそれぞれ
改める。
(3)同頁14行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「土地収用法施行規則1条の2第1項は,土地収用法15条の14の国土
交通省令で定める措置は,次に定めるところにより,説明のための会合を
開催することとする旨を定め,以下のとおり規定している。
1号会合を開催する場所は,できる限り,事業の認定について利害関係
を有する者の参集の便利を考慮して定めること。
2号次に掲げる事項を,遅くとも会合を開催する日の前日から起算して
前8日に当たる日が終わるまでに,事業の施行を予定する土地(河川
の敷地,海底又は流水,海水その他の水において事業の施行を予定し
ている場合にあっては,事業の施行を予定する区域。ハにおいて同じ。)
の存する地方の新聞紙に公告すること。
イ起業者の名称及び住所
ロ事業の種類
ハ事業の施行を予定する土地の所在
ニ会合の場所及び日時
3号前号イからニまでに掲げる事項を,事業の施行を予定する土地,河
川の敷地,海底,水若しくは立木,建物その他土地に定着する物件又
はこれらにある物件に関して権利を有する者(起業者がその氏名及び
住所を知っているものに限る。)でこれらの権利を提供することにつ
いての同意をしていないものに対し,文書をもって通知すること。」
(4)同頁18行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「カ土地収用法17条1項は,事業が次の各号のいずれかに掲げるものであ
るときは,国土交通大臣が事業の認定に関する処分を行う旨を定め,同項
1号は,「国又は都道府県が起業者である事業」と定める。」
(5)同頁19行目「オ」を「キ」と改め,この補正に合わせて,以下の符号を
順次繰り下げる(例えば,同4頁3行目「カ」を「ク」と,同頁8行目「キ」
を「ケ」とそれぞれ改め,以後も同様に繰り下げる。)。
4前提となる事実
以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の3に記載す
るとおり(原判決16頁24行目から26頁18行目まで)であるから,これ
らを引用する(ただし,前記1及び2のとおり本判決において略称を付したも
の及び以下のとおり改める部分を除き,「原告」を「控訴人」と,「参加人P
6株式会社」を「参加人会社」と,「別紙」を「原判決別紙」と,「別紙第3
事件原告目録」を「裁決控訴人目録」とそれぞれ読み替える。以下引用部分に
ついて同じ。)。
(1)原判決16頁25行目「ア(ア)」を「ア」と,「別紙第1事件第1原告目
録記載の各原告」を「第1控訴人ら」と,それぞれ改める。
(2)同17頁8行目「に関して」を,「のいずれかに関して」と改める。
(3)同頁12行目から18行目までを削除する。
(4)同頁19行目「別紙第1事件第2原告目録記載の各原告(以下「第2原告
ら」と総称する。)」を,「控訴人P1ら5名及び第2控訴人ら」と改める。
(5)同頁23行目から24行目にかけての「別紙第1事件第3原告目録記載の
各原告(以下「第3原告ら」と総称する。)」を,「第3控訴人」と改める。
(6)同18頁1行目から2行目にかけての「別紙第1事件第4原告目録及び別
紙第2事件原告目録2記載の各原告(以下「第4原告ら」と総称する。)」
を,「第4控訴人ら」と改める。
(7)同頁5行目から6行目にかけての「別紙第1事件第5原告目録及び別紙第
2事件原告目録3記載の各原告(以下「第5原告ら」と総称する。)」を,
「第5控訴人ら」と改める。
(8)同19頁12行目「(仮称。以下「α2インターチェンジ」という。)」
を,「(当時の仮称。その後,正式名称「α3インターチェンジ」となった。
以下「α2インターチェンジ」という。)」と改める。
(9)同20頁最終行「事業に係る」を削除する。
(10)同21頁4行目「(仮称。以下「α4インターチェンジ」という。)」
を,「(当時の仮称。なお,平成23年7月に正式名称「α5インターチェ
ンジ」となった。以下「α4インターチェンジ」という。)」と改める。
(11)同頁7行目から8行目にかけての「約2.1キロメートルの区間」を,
「約2.1キロメートルの区間に係る事業(原判決別紙事業目録記載1の事
業,以下「本件第1申請事業」という。)」と改める。
(12)同頁12行目「区間」を,「区間に係る事業(原判決別紙事業目録記載
2の事業,以下「本件第2申請事業」という。)」と改める。
(13)同頁20行目「約2.6キロメートルの区間」を,「約2.6キロメー
トルの区間に係る事業(原判決別紙事業目録記載3の事業,以下「本件第3
申請事業」という。)」と改める。
(14)同頁21行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「エ上記アないしウの事業認定申請当時,起業者らは,本件圏央道事業等に
ついては起業地全体の面積の約84パーセントに当たる用地の取得を完
了しており,本件α4バイパス事業については起業地全体の面積の約70
パーセントに当たる用地の取得を完了していた。本件事業認定申請は,残
りの用地を取得するためのものであった。(乙1,乙3の2)」
(15)同頁22行目「(3)に記載した事業」を,「本件第1ないし第3申請事業
(以下「本件各申請事業」という。)」と改める。
(16)同頁23行目「本件各事業」を,「本件各事業及びその一部である本件
各申請事業」と改める。
(17)同22頁2行目から3行目にかけて,同頁8行目,15行目,24行目,
同23頁2行目の「本件各事業」を,いずれも「本件各申請事業」と改める。
(18)同23頁18行目「,環境影響評価」を,「,平成10年改正前の東京
都環境影響評価条例に基づく環境影響評価」と改める。
(19)同頁23行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「同条例は,環境影響評価について,環境に著しい影響を及ぼすおそれのあ
る事業の実施が環境に及ぼす影響について事前に調査,予測及び評価を行い,
これらの結果について公表すること(2条1号),事業者について,対象事
業を実施しようとする者(同条2号)とそれぞれ定義し,「事業者は,・・・
(中略)・・・環境影響評価書及びその概要を作成し,知事に提出しなけれ
ばならない。」(23条)として,環境影響評価は事業者が行うものとして
いるが,他方で,国が事業者である場合には,環境影響評価に関する手続に
ついて知事と国との協議により実施するものとしていた(44条)。圏央道
建設事業は,国が事業者であったことから,上記規定に基づき,東京都知事
と国(担当部署は当時の建設省関東地方建設局)とが協議した結果,上記の
とおり,東京都知事が実施者となり,事業者である建設省関東地方建設局の
協力を得て,環境影響評価が行われたものであった。また,後記イ及びウの
環境影響評価について,東京都知事及び国が実施者となっているのは,同様
に,上記条例44条に基づく協議によるものであった。」
(20)同頁24行目「東京都知事」を,「東京都知事及び国(建設省関東地方
建設局)」と改める。
(21)同24頁4行目「東京都知事」を,「東京都知事及び国(建設省関東地
方建設局)」と改める。
(22)同25頁6行目「所有権を有していた。」の後に,「上記控訴人らのう
ち,控訴人P8は本件土地4を単独で所有するとともに本件土地6に共有持
分権を有しており,控訴人P9及び控訴人P10は本件土地5及び本件土地
6の双方に共有持分権を有していた。その余の控訴人らは,本件土地5もし
くは本件土地6のどちらか一方に共有持分権を有していた。」を加える。
(23)同頁13行目「,原告P11,原告P12,原告P13及び原告P14」
を,「及び控訴人P12(上記7名のうち控訴人P15を除く6名を,以下
「控訴人P16ら6名」という。)」と改める。
(24)同頁15行目「本件土地1ないし本件土地3」を,「本件土地3」と改
める。
(25)同頁16行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「(エ)裁決控訴人目録3記載の各控訴人のうち控訴人P16ら6名を除く
控訴人らは,平成19年12月27日当時,本件土地6もしくは本件
土地7の上に立看板が存在していたと主張し,この立看板について所
有権を有していたと主張する者である。(当裁判所に顕著な事実)」
(26)同26頁5行目から14行目までを,以下のとおり改める。
「エ東京都収用委員会は,平成19年12月27日,本件各申請について,
原判決別紙裁決目録記載のとおり権利取得裁決及び明渡裁決をしたが,こ
れらの裁決の申請人及び申請時の相手方は,下記のとおりである(以下,
事件番号平成○年第○号に係る権利取得裁決を「本件取得裁決1」,同号
の2に係る明渡裁決を「本件明渡裁決1」,この両者を併せて「本件裁決
1」,事件番号平成○年第○号に係る権利取得裁決を「本件取得裁決2」,
同号の2に係る明渡裁決を「本件明渡裁決2」,この両者を併せて「本件
裁決2」,事件番号平成○年第○号に係る権利取得裁決を「本件取得裁決
3」,同号の2に係る明渡裁決を「本件明渡裁決3」,この両者を併せて
「本件裁決3」,事件番号平成○年第○号に係る権利取得裁決を「本件取
得裁決4」,同号の2に係る明渡裁決を「本件明渡裁決4」,この両者を
併せて「本件裁決4」,事件番号平成○年第○号に係る権利取得裁決を「本
件取得裁決5」,同号の2に係る明渡裁決を「本件明渡裁決5」,この両
者を併せて「本件裁決5」,本件裁決1ないし5を総称して「本件各裁決」
という。)。(丙1の1ないし5,丙2ないし6の各1・2)

(ア)事件番号・平成○年第○号(権利取得裁決),同号の2(明渡裁決)
申請人(起業者)・国土交通大臣及び参加人会社
権利取得裁決の相手方(土地所有者)・P17
権利取得裁決の相手方(関係人)・P18ほか
明渡裁決の相手方(土地所有者兼関係人)・P17
明渡裁決の相手方(関係人)・P18ほか
(イ)事件番号・平成○年第○号(権利取得裁決),同号の2(明渡裁決)
申請人(起業者)・国土交通大臣及び参加人会社
権利取得裁決の相手方(土地所有者)・P8
明渡裁決の相手方(土地所有者兼関係人)・P8
(ウ)事件番号・平成○年第○号(権利取得裁決),同号の2(明渡裁決)
申請人(起業者)・国土交通大臣及び参加人会社
権利取得裁決の相手方(土地所有者)・P19ほか
明渡裁決の相手方(土地所有者兼関係人)・P19ほか
(エ)事件番号・平成○年第○号(権利取得裁決),同号の2(明渡裁決)
申請人(起業者)・国土交通大臣及び参加人会社
権利取得裁決の相手方(土地所有者)・不明(ただし,P20ほか,又
は国土交通大臣及びP20ほか)
明渡裁決の相手方(土地所有者兼関係人)・不明(ただし,P20ほか,
又は国土交通大臣及びP20ほか)
明渡裁決の相手方(関係人)・P21株式会社
(オ)事件番号・平成○年第○号(権利取得裁決),同号の2(明渡裁決)
申請人(起業者)・国土交通大臣」
権利取得裁決の相手方(土地所有者)・東京都
明渡裁決の相手方(土地所有者兼関係人)・東京都
明渡裁決の相手方(関係人)・不明(ただし,地権者の会P22党こと
P23,又はP19ほか)」
(27)同頁15行目から18行目までを,以下のとおり改める。
「(8)本訴の提起について
ア第1事件の訴えは平成18年5月15日に,第2事件の訴えは同年1
0月19日に,第3事件の訴えは平成20年3月13日にそれぞれ提起
された。
イ参加人関東地方整備局長及び参加人会社は,平成19年3月までに,
行政事件訴訟法に基づき,第1事件及び第2事件に訴訟参加した。
(9)本訴提起から当審口頭弁論終結時までの本件各申請事業に係る工事の進
捗状況について
ア平成22年7月31日,本件第3申請事業の工事区間約2.6キロメ
ートルの道路が開通し,供用が開始されており,本件第3申請事業は完
成したものと推認される。
イ平成23年7月,本件第1申請事業によって建設されるα4インター
チェンジの正式名称がα5インターチェンジと決定された。
ウ平成24年2月17日付の国土交通省関東地方整備局相武国道事務所
及び参加人会社α73支社の報道発表によれば,上記インターチェンジ
からα6ジャンクションまでの区間2キロメートルの道路工事が完成し,
同年3月25日,道路の供用が開始されるとされており,上記同日まで
に,本件第1及び第2申請事業は完成するものと推認される。
(10)圏央道整備事業に関連する訴訟について
ア圏央道α7インターチェンジ建設予定地を含む事業区間に関する行政
訴訟(以下「第1次行政訴訟」という。)
(ア)圏央道α7インターチェンジ建設予定地に所有権などの権利を有
する者,周辺住民らが原告となり,平成12年から平成14年にかけ
て,国土交通大臣及び東京都収用委員会を被告として,圏央道α8イ
ンターチェンジからα7インターチェンジまでの区間の事業用地に係
る土地収用法上の事業認定の取消し及びこれに基づく収用裁決の取消
しを求める訴訟を提起した。
(イ)第1審の東京地方裁判所は,平成16年4月22日,一部の原告
らの請求を認容し,上記事業認定及び収用裁決をいずれも取り消す旨
の判決をした。被告らは,この判決を不服として控訴した。
(ウ)控訴審の東京高等裁判所は,平成18年2月23日,上記事業認
定及び収用裁決に違法はないとして,原判決中,控訴人ら(被告ら)
敗訴部分をすべて取り消し,被控訴人ら(原告ら)の請求をいずれも
棄却ないし却下する旨の判決をした。
(エ)最高裁判所は,平成19年4月13日,上記控訴審判決に対する
上告を棄却し,上告受理申立てを不受理とする旨の決定をし,原告ら
敗訴の控訴審判決が確定した。
イ圏央道α6ジャンクション建設予定地を含む事業区間に関する行政訴
訟(以下「第2次行政訴訟」という。)
(ア)圏央道α6ジャンクション建設予定地に所有権などの権利を有す
る者,周辺住民らが原告となり,平成14年から平成16年にかけて,
国土交通大臣及び東京都収用委員会を被告として,α6ジャンクショ
ン新設工事等の事業用地に係る土地収用法上の事業認定の取消し及び
これに基づく収用裁決の取消しを求める訴訟を提起した。
(イ)第1審の東京地方裁判所は,平成17年5月31日,上記事業認
定及び収用裁決に違法はないとして,一部の原告らの訴えを却下し,
その余の原告らの請求を棄却する旨の判決をした。原告らは,この判
決を不服として控訴した。
(ウ)控訴審の東京高等裁判所は,平成20年6月19日,上記控訴を
いずれも棄却する旨の判決をした。
(エ)最高裁判所は,平成21年11月13日,上記控訴審判決に対す
る上告を棄却し,上告受理申立てを不受理とする旨の決定をし,原告
ら敗訴の第1審判決が確定した。
ウ民事訴訟(以下「民事差止訴訟」という。)
(ア)圏央道α6ジャンクション,α4インターチェンジなどの建設予
定地に所有権などの権利を有する者,周辺住民らが原告となって,平
成12年から平成14年にかけて,国及び参加人会社を被告として,
上記建設工事等の差止め,人格権等の侵害に基づく慰謝料等の支払を
求める訴訟を提起した。
(イ)第1審の東京地方裁判所八王子支部は,平成19年6月15日,
原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。原告らは,この判
決を不服として控訴し,控訴審において慰謝料請求を追加した。
(ウ)控訴審の東京高等裁判所は,平成22年11月12日,上記控訴
をいずれも棄却し,控訴審における追加請求を棄却する旨の判決をし
た。
(エ)最高裁判所は,平成24年2月20日,上記控訴審判決に対する
上告を棄却し,上告受理申立てを不受理とする旨の決定をし,原告ら
の敗訴が確定した。」
5争点及び争点に関する当事者の主張
争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり改めるほかは,原判決
別紙「当事者の主張」に記載のとおり(原判決152頁から292頁まで)で
あるから,これらを引用する。
(1)原判決239頁2行目「本件各事業における費用便益計算の問題点」を,
「本件各事業に係る費用便益分析(本件事業認定申請に先立って起業者らが
行った費用便益分析,以下「本件各事業に係る費用便益分析」,「本件費用
便益分析」などという。)の問題点」と改める。
(2)同262頁14行目「本件裁決1に係る」から17行目「「本件各明渡裁
決」という。)」」までを,「本件明渡裁決1」と改める。
(3)同頁22行目「原告P15,」から24行目「原告P14」までを,「控
訴人P15及び控訴人P16ら6名」と改める。
(4)同263頁19行目「,原告P10及び原告P24を除く。」を,「及び
控訴人P10を除く。」と改める。
第3控訴人らの当審における主張
1本件裁判の役割と原判決の問題点
(1)本件圏央道事業等のもたらす人権侵害と自然破壊
α1山は,ミシュラン日本編旅行ガイドにおいて,「フランス人がわざわ
ざ足を運ぶ価値がある観光に適した山」として,富士山と並んで三つ星が付
けられている。その理由は,「都市に近いのにありのままの自然を楽しめる」
というものである。
α1山には年間300万人もの人々が訪れる。α1山は,海抜600メー
トルほどの山でありながら,植物種は1300種以上,昆虫種は5,6千種
に達しており,野鳥や哺乳類も多くの種類が生息しており,訪れる人々の心
を,体を癒し,生きる力を与えてくれる類まれな自然の宝庫である。
α1山は,かけがえのない景観的,風致的,生物学的,地質学的,歴史的,
文化的環境価値を有する貴重な自然文化遺産であって,非代替的な価値を有
している。そのため,α1山は,世界遺産登録に相応しい山であると専門家
からもつとに指摘されている。
α1山は四季折々の美しい自然を奈良時代の昔から育んできた。これは多
くの先人がα1山の貴重な自然を守るために血の滲むようなたゆまぬ努力を
してきた結果である。
ところが,本件圏央道事業により,α1山及びその周辺地域では,景観は
決定的に破壊された。大気汚染,騒音被害,生活被害などのために重大な人
権被害が発生している。地下水低下により滝や沢の水枯れが起こり,α1山
の生態系に様々な悪影響が及んでいくことが強く懸念されている。
(2)行政裁量論について
ア原判決は,土地収用法20条3号の「事業計画が土地の適正かつ合理的
な利用に寄与するものであること」という事業認定の要件の判断について,
「専門技術的,政策的な判断を伴うもの」として,行政に広範な自由裁量
を認め,「裁量権の範囲を逸脱・濫用した」場合にのみ違法となるとした
うえで,司法審査の範囲を裁量権の逸脱・濫用という,例外的な誤りのみ
を審査対象に限定したばかりでなく,その適用において,きわめて安易に
裁量権の逸脱・濫用に当たらないとして控訴人らの主張を切り捨て,被控
訴人国の言い分をそのまま認容した。
原判決の行政裁量論によれば,裁判所の審査が及ぶ範囲は極めて限定さ
れる。「重要な事実の基礎を欠く」又は「社会通念に照らし著しく妥当性
を欠く」と認められるような,裁量権の逸脱・濫用という,ごく例外的な
場合を除いて,裁判所は行政の判断をそのまま尊重することになり,行政
庁の裁量判断がそのまま維持される結果となる。結局,司法は行政の裁量
判断をほとんどすべて追認するだけの役割しか果たさないことになる。し
かし,それでは,司法の行政に対するチェック機能は果たせず,法律によ
る行政の原理が空洞化し,司法は機能不全に陥るといわざるを得ない。
イ本件からみても先例としての価値をもっている日光太郎杉事件控訴審の
東京高裁昭和48年7月13日判決は,「かけがえのない」景観的,風致
的,歴史的,文化的環境価値を有する土地は,収用制度との関係において
も「最大限尊重されるべき」であり,かかる土地を対象地とする収用事業
を以て「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」というためには「当
該事業計画を実施しなければならない特別の必要性があることを要する」
と判示し,さらに「建設大臣がこの点の判断をするにあたり,本来最も重
視すべき諸要素,諸価値を不当,安易に軽視し,その結果当然尽くすべき
考慮を尽くさず,または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れも
しくは過大に評価すべきでない事項を過重に評価し,これらのことにより
建設大臣のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には,
建設大臣の判断は,とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤り
があるものとして,違法となるものと解するのが相当である。」と判示し
た。
しかし,その後の判決例の多くは,上記判決を正当に継承していないと
して,学者から批判されており,開発事業の公益性概念に関して,具体的
な事業計画との関係で公益性要件が充足されているか否かを審査するとい
う局面において,収用事業の認定や都市計画事業の認可・承認権限を有す
る行政庁に対し,極めて安易に広い裁量権を認め,その結果,裁判所自ら
の審査範囲を裁量権の踰越・濫用型審査に限定するという傾向が顕著であ
るという問題点が指摘されている。
ウ現在における行政裁量論の判例及び学説の立脚点は,以下の点に要約さ
れる。①行政事件訴訟法30条で裁量濫用理論が適用されていることか
ら,裁量統制理論は,この基準をめぐって展開している。②伝統的な要
件裁量論・効果裁量論は相対化している。③一般に,自由裁量領域があ
らかじめ存在しているわけではなく,事例によって裁量の認められる余地
を判断することとされている。④専門的技術的判断・政策的判断につい
て裁量が認められる余地が通常よりは大きいことが認められている。⑤
しかし,専門的技術的判断・政策的判断の要素があれば当然かつ全面的に
自由裁量性が認められて司法審査が排除されると考えられているわけでは
ない。⑥土地収用法20条3号の要件適合性において,判断過程統制方
式が妥当することに異論はなく,上記要件適合性の判断に係る事例が専門
的技術的判断・政策的判断として,司法審査が排除されると考える判例・
学説は存在しない。⑦一般に,覊束行為については判断代置方式が認め
られる。⑧上記要件適合性の判断において,当該事業についての代替案
の未検討を問題とすることは,判断代置とみられるものではなく,適切な
考慮事項の設定であり,判断過程統制方式によって違法の判断が下されう
るものであることが承認されており,この代替案の未検討の要素のみで裁
量濫用は認定できると考えられる。
エ以上のような行政裁量論の整理をもとに,費用便益分析に関する原判決
の判示を検討すると,原判決は,各争点についての判断において,いずれ
も紋切り型に「上記費用便益分析の結果を本件事業認定に当たってしんし
ゃくすることがおよそ不合理であるとはいえない」として,控訴人らの主
張を切り捨てている。これは,上記判例・学説の立脚点に照らし,行政裁
量理論の捉え方とその本件への適用を誤ったものというべきである。
土地収用法20条3号の要件に基づく費用便益分析に関する事項は適切
な考慮事項の設定であり,判断過程で考慮されるべき価値や利益の優劣を
判定するための指標である。費用便益分析に関し合理的な根拠をもって説
明できないということは,前記「代替案の未検討」に相当するばかりか,
一層直接的に,要考慮事項の考慮を尽くさなかった過誤に当たるといわな
ければならない。
本件において,被控訴人国は,費用便益分析の検証に必要なデータを開
示せず,費用便益分析について合理的な説明ができないのであるから,こ
れは土地収用法20条3号の要件適合性に係る判断過程に過誤があること
を示すものであり,判断過程統制方式によって,本件事業認定が違法であ
るとの判断が下されるべきものである。
オ従来,原発裁判では,行政の専門技術的裁量を根拠に,裁判所の実体審
査については制限的に解するのが一般的であった。
しかし,3.11の震災によって引き起こされた原発事故をきっかけに
して,行政判断を尊重し,住民側の主張を軽視してきた従来からの行政裁
量論と,その結果原発事故を防げなかった裁判所の行政判断に対する審査
の踏み込みの甘さについて,批判が集中しつつある。
そもそも,我が国の行政裁判は,住民参加を担保しないままに広範な行
政裁量を肯定してきたことにおいて,諸外国に例を見ない特異なものであ
り,その結果,住民に十分な情報を開示しないまま,ただ行政の無謬性を
肯定し続ける結果となったのである。裁判所に現在期待されていることは,
このような行政裁量論のあり方自体を見直すことである。
道路においても原発訴訟と同様な批判が当てはまる。国が決定し推進す
る巨大な工事である点,大規模ゼネコン等の利権が絡む点は原発も道路も
異ならない。地域経済の活性化に寄与する面が語られる一方で地域住民の
健康や生活に大きな影響を与える点も共通する。また,なによりも共通す
るのが,住民参加の手続の不十分さであり,住民に十分な手続保障が与え
られていないにもかかわらず,行政裁量論の展開が認められてきた点であ
る。裁判所には,圏央道という大規模道路建設をめぐる本件訴訟において,
住民参加の機会を補完し,住民に道路建設の明快な根拠を示すことが求め
られている。安易に行政裁量論を展開することは,国策に対する裁判所の
無力を国民に印象付け,司法の役割を放棄することになるだけである。
2本件事業認定の取消しを求める訴えの原告適格について
(1)小田急高架訴訟に関する最高裁判所平成17年12月7日大法廷判決(以
下「小田急大法廷判決」という。)は,平成16年改正行政事件訴訟法の趣
旨に沿い,同法9条2項の「当該法令と目的を共通にする関係法令」を緩や
かに解することにより,公害対策基本法や東京都環境影響評価条例も都市計
画法の関係法令にあたるとし,都市計画事業の認可に関する都市計画法の趣
旨及び目的を柔軟に解釈して,第三者の原告適格を広く認めている。小田急
大法廷判決は,処分において考慮されるべき利益についても,住民の健康や
生活環境であるとしてこれを重視し,公益の中に吸収解消されないものとし
ている。
これに対し,原判決は,土地収用法の目的を法令の文言のみによって形式
的に解釈し,「当該法令と目的を共通にする関係法令」についても,法令の
文言や規定振りのみによって極めて狭く解釈し,さらに,公益は個別的利益
の集約であると解すべきであるのに,公益と私益を単純に二分し,環境利益
は公益であって個別的に保護すべきではないと過小評価した。このような判
断は,改正行政事件訴訟法及び小田急大法廷判決に逆行するものである。
(2)原判決は,環境影響評価法及び東京都環境影響評価条例について,土地収
用法と「目的を共通にする関係法令」には当たらないとしている。
ところで,都市計画法(事業認可)については,行政事件訴訟法の改正が
検討された際の行政訴訟検討会において,関係法令として環境影響評価法が
例示されており,小田急大法廷判決においても,公害対策基本法(現在の環
境基本法,環境影響評価法)や東京都環境影響評価条例が,都市計画法の関
係法令として認められている。
本件の道路建設については,平成元年に都市計画法上の都市計画決定がさ
れている。このように道路という都市施設の建設について都市計画決定がさ
れた場合,起業者は,私有地の収用について,都市計画法上の都市計画事業
認可を得るルートと土地収用法上の事業認定を得るルートを選ぶことができ
る。都市計画法69条は,都市計画事業については,これを土地収用法3条
各号の1に規定する事業に該当するものとみなし,同法の規定を適用すると
定めていることからも,都市計画法の都市計画事業による土地収用と,土地
収用法に基づく土地収用とは,適用される規定も同じである。
原判決のような立場に立つと,都市計画法を用いた場合には,公害対策基
本法や東京都環境影響評価条例が目的を共通する関係法令に当たるとされる
のに,土地収用法を用いた場合には目的を共通する関係法令に当たらないと
され,前者の場合には原告適格が認められ,後者の場合には原告適格が認め
られないこととなる。これでは,起業者の恣意的な判断によって,司法救済
の手続的保障を受けられるか否かが決定されることになり,明らかに不当で
ある。小田急大法廷判決を踏まえれば,公害対策基本法(環境基本法)や東
京都環境影響評価条例は,都市計画法のみならず,土地収用法とも「目的を
共通にする関係法令」に当たると解さなければならない。
(3)現在では,土地収用法の制定当時(昭和26年)には必ずしも想定されて
いなかったさまざまな課題への対応も求められている。活用できる国土の希
少性,高層化・巨大化を可能にした建設技術の進歩,権利意識・環境への意
識の高まり,権利内容の複雑多様化,環境関連法制の充実等を踏まえると,
実際に土地を収用し事業を行う際には,開発利益と環境利益との衝突が不可
避であり,そこでは,自然環境のみならず生活環境,歴史文化環境等への十
分な配慮が不可欠とされるようになっている。
したがって,土地収用法20条3号に基づく事業により得られるべき公共
の利益と失われる私的利益ないし公共の利益との比較衡量に際しては,上記
環境利益への十分な配慮が必要であり,「当該法令と目的を共通にする関係
法令」の解釈に際しても,このことが留意されなければならない。
以上に加えて,環境影響評価法が,事業に係る免許・許可・認可等につい
て環境への悪影響を考慮要素とする横断的立法であると理解されていること
等に鑑みると,環境影響評価法及び東京都環境影響評価条例と土地収用法と
は,国土の適正かつ合理的な利用に寄与するという点で,切っても切り離せ
ない関係にあると評価できるのであり,目的を共通にするものというべきで
ある。
(4)以上によれば,土地収用法と環境影響評価法及び東京都環境影響評価条例
は目的を共通にするものであり,土地収用法と都市計画法も目的を共通にす
るものである。事業認定に関する土地収用法の規定,都市計画に関する都市
計画法の規定に加えて,環境影響評価法等の規定の趣旨及び目的を参酌し,
併せて,土地収用法が事業の説明会及び公聴会,意見書の提出等の利害関係
人に配慮する規定を置いていることも考慮すれば,事業認定に関する土地収
用法の規定は,事業に伴う大気汚染,騒音,振動等によって起業地の周辺地
域に居住する住民等に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し,も
って健康で文化的な生活を確保し,良好な生活環境を保全することも,その
趣旨及び目的とするものであり,上記大気汚染等によって直接被害を受ける
おそれのある個々の住民に対して,そのような被害を受けないという利益を
個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むものと解するのが相当であ
る。
したがって,事業認定がされた起業地の周辺に居住する住民のうち,当該
事業が実施されることにより大気汚染,騒音,振動等による健康又は生活環
境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,当該事業の認定の
取消しを求める原告適格を有する。
(5)東京都知事は,昭和63年12月及び平成8年12月,本件事業に関係す
る都市計画決定の手続をするに当たり当時の東京都環境影響評価条例に基づ
く環境影響評価手続を行っており,その「関係地域」は,八王子市,青梅市,
秋川市(現あきる野市),α9町(現羽村市)及びα8町の各地区と定めら
れ,予測及び評価の項目として,大気汚染,騒音,振動等が盛り込まれてい
た。
以上によれば,第4控訴人らのうち,上記関係地域及びその隣接地内の各
住所地に居住している者は,本件事業により大気汚染,騒音,振動等による
健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当た
ると認められ,本件事業認定の取消しを求める原告適格を有する。
(6)α1山は,年間300万人もの人々が訪れる関東地方のオアシスであり,
信仰の山でもあり,日本有数の観光地となっている。そのため,α1山の有
する自然的・歴史的・文化的・宗教的・学術的・景観的価値等(これらの諸
価値を,以下「環境的価値」という。)の利用を日常的に行い,特別な関係
を有するまでになった者が少なからず存在する。これらの者は,不特定多数
の一般人とは異なり,α1山の日常的な利用・享有が豊かな情緒を育み,生
きていくはりあいや喜び,人生のよりどころとなってその心身の健康を維
持・増進させているのであり,α1山の環境的価値は,それらの者の生活環
境の重要部分を構成している。α1山の環境的価値は,存在するだけで既に
かけがえのない貴重な財産なのであるが,とりわけ上記の者がこれを利用・
享受することによって,その価値は守られ,後世に受け継がれていくもので
もある。そこには互いに切っても切り離せない関係が生まれているのである。
本件環境影響評価において,「陸上生物,陸上動物,水生生物,地形・地質,
史跡・文化財,景観」といった幅広い項目について本件各事業による影響が
予測評価されたのは,α1山の環境的価値を利用・享受する者が存在するこ
とを前提に,それらの者がα1山の環境的価値から享受する利益(以下「環
境的利益」という。)を失うことによって良好な生活環境が阻害され,著し
い被害を受けないようにするためである。
以上によれば,α1山を日常的に利用しその環境的利益を享有する者のう
ち当該事業が実施されることにより,この利益を失うことによって生活環境
に係る著しい被害を受けるおそれのある者は,土地収用法の趣旨及び目的,
考慮されるべき利益を踏まえれば,同法上そのような被害を受けないという
利益を個々人の個別的利益としても保護されているといえるのであり,当該
事業の認定の取消しを求める原告適格を有する。よって,第4控訴人らのう
ち,前記関係地域及びその隣接地内の各住所地に居住してはいないものの,
α1山を日常的に利用し,その環境的利益を享有している者には,本件事業
認定の取消しを求める原告適格がある。
(7)環境をめぐる問題の提起,調整,紛争の解決に関して自然保護団体が社会
や司法において果たしている機能と価値の重要性は公知のものであり,その
関心,能力,資力等の面を見ても,自然保護団体の活動は,不特定の個々人
では実現困難な極めて高いレベルを有している。こうしてみると,自然保護
団体の活動が,当該地域の環境の保全,調査研究,教育,社会への働きかけ
等の活動内容及び実績,継続性,団体の活動能力・水準,メンバーの構成の
ほか,当該地域とのかかわりの程度,活動の認知度,行政その他団体との連
携の程度等から見て,不特定多数の誰にでも行えるというレベルを超えてい
る場合の当該団体の利益,すなわち,事業の認定の際,各種環境への十分な
配慮が確保されているか否かを点検確認しうる利益又は環境保全に対する提
言・働きかけ,環境紛争の調整・解決を行う等の利益は,団体固有の利益で
あり,これは個別的利益として保護されるまでに高まっているものというべ
きである。
個別的利益と集団的利益の区別が相対化されつつある現段階において,立
法的措置が間に合っていない以上,改正行政事件訴訟法の運用を通じて集団
的利益の救済の在り方が検討されるべきである。団体訴訟は,多数人の集団
的利益に関する紛争を一挙に解決するのに適していること,団体は多くの場
合個人よりも訴訟追行能力が優れていることからすれば,組織構成,活動目
的,活動実績ないし活動可能性等に鑑み,当該団体が集団的利益を代表出訴
するのに適した組織であると判断される場合には,団体の代表的出訴資格を
積極的に認めるべきである。こうした特別な団体は,当該事業につき,その
構成員と同じ知識を有する程度にまで関与しているのであるから,任意的訴
訟担当を認める合理的必要性も肯定できる。
以上を総合考慮すれば,第5控訴人らにも,第4控訴人らと同様に,本件
事業認定の取消しを求める原告適格が認められるべきである。
3本件各事業の公益性について
(1)行政裁量統制としての費用便益分析
ア裁量濫用理論と費用便益分析
土地収用法20条3号の「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄
与するもの」の要件該当性の判断については,起業地が事業の用に供され
ることによって得られる公共の利益と失われる利益を比較衡量し,前者が
後者に優越することを要する,とされている。この比較衡量は費用便益分
析の評価手法によって判定されうる。上記要件適合性の判断において,判
断過程の統制が働き,判断過程統制方式が妥当することに,学説判例上異
論がないことは,前記のとおりである。
その結果,公共の利益の判断の前提として,国の政策評価制度のもとで
は,当該事業の費用便益分析の結果である社会費用便益比(「B/C」:
プロジェクト便益の現在価値÷プロジェクト費用の現在価値。以下「費用
便益比」という。)が少なくとも1を上回ることを被控訴人国が立証すべ
きである。本件では,費用便益分析についての被控訴人国の説明が合理的
根拠を欠いていること,費用と便益の算定過程が不明確であること,費用
便益比について検証可能な資料が何ら提出されていないことなどの点が指
摘できるので,上記要件適合性に係る判断過程に過誤があることになる。
結局,本件事業認定は違法であると判断されなければならない。
イ公益性の基準としての費用便益比
国土交通省道路局の「客観的評価指標」は,「便益が費用を上回ってい
る」ことが「事業採択の前提条件」と記載し,同局の「道路事業評価をめ
ぐる最近の動向」は,「B/C>1が事業実施の前提」と明記している。
さらに,同局の「客観的評価指標(案)の改定案」は,「事業採択の前提
条件はB/C≧1.5」と記載している。したがって,本件各事業の費用
便益比は,少なくとも1を上回らなければならない。
費用便益比が1を上回ることは,被控訴人国が立証すべきである。なぜ
なら,費用便益分析に関するすべての資料は被控訴人国側が所持している
こと,しかも,費用便益分析に関する判断が,原判決の判示するように「専
門技術的,政策的判断を伴う」ものであることからすれば,伊方原発訴訟
最高裁判決の考え方がそのまま費用便益分析についても当てはまるので,
事業者である被控訴人国が立証責任を負っていることになる。すなわち,
被控訴人国は,費用便益分析に関する事業認定庁の判断に不合理な点のな
いことを相当の根拠資料に基づき主張,立証する必要があり,被控訴人国
が主張,立証を尽くさない場合には,事業認定庁がした判断に不合理な点
があることが事実上推認されるものというべきである。
また,中央省庁改革基本法第4条第7項は「行政運営の透明性の向上を
図るとともに,政府の諸活動を国民に説明する責務が全うされるものとす
ること」とし,後述のとおり政策評価法1条は「政府の有するその諸活動
について国民に説明する責務がまっとうされるようにすること」として,
説明責任の徹底を求めている。さらに,土地収用法15条の14は「起業
者は,・・・事業の認定を受けようとするときは,あらかじめ,・・・説
明会の開催その他の措置を講じて,事業の目的及び内容について,当該事
業の認定について利害関係を有する者に説明をしなければならない」とし
て,起業者に具体的な説明責任を課している。以上のとおり,法律によっ
て被控訴人国に説明責任が義務付けられていることからしても,費用便益
比に関する立証責任を被控訴人国が負うことは当然である。また,同時に,
合理的な根拠を欠く被控訴人国の説明が違法なものであることも肯定され
る。
ウ費用便益分析に関する法律上の根拠
(ア)国が政策評価制度を導入した目的
国の政策評価制度は,中央省庁等改革の大きな柱の一つと位置づけら
れ,平成9年12月の行政改革会議最終報告が初めてその導入を提言した
ことを受けて,国土交通省をはじめとする公共事業関係6省庁は,公共事
業の再評価システムを平成10年度から導入した。同年6月に公布された
中央省庁等改革基本法4条6号において,中央省庁等改革の基本方針とし
て,「国民的視点に立ち,かつ,内外の社会経済情勢の変化を踏まえた客
観的な政策評価機能を強化するとともに,評価の結果が政策に適切に反映
されるようにすること」が明記された。平成13年1月,政策評価各府省
連絡会議了承として「政策評価に関する標準的ガイドライン」(甲H13
9,以下「標準的ガイドライン」という。)が決定され,中央省庁による
政策評価制度がスタートした。さらに制度の実効性を高めるために,標準
的ガイドラインに沿った内容の「行政機関が行う政策の評価に関する法
律」(政策評価法)が同年6月に制定され,平成14年4月から施行され
た。それ以来,国の政策評価制度は政策評価法に基づき実施されてきた。
国土交通省の道路事業の評価は,費用便益分析を含めた評価手法により総
合的に実施されることになっているが,費用便益分析が評価手法の核心部
分をなしている。標準的ガイドラインは,政策評価制度を導入する主な目
的として,①「国民に対する行政の説明責任(アカウンタビリティ)を徹
底すること」②「国民本位の効率的で質の高い行政を実現すること」③「国
民的視点に立った成果重視の行政への転換を図ること」の3点を挙げてい
る。これを踏まえて,政策評価法1条は,「政策評価の客観的かつ厳格な
実施」,「その結果の政策への適切な反映」,「政策の評価に関する情報
を公表」,「政府の有するその諸活動について国民に説明する責務がまっ
とうされるようにすること」という目的規定を定めた。このように,「政
策の評価に関する情報の公表」と「国民に対する行政の説明責任」は,法
律に根拠を置く義務となっている。
(イ)「効率性」と費用便益分析
政策評価法3条1項は,同法1条の目的規定を踏まえて,「行政機関は,
その所掌に係る政策について,適時に,その政策効果を把握し,これを基
礎として,必要性,効率性又は有効性の観点その他当該政策の特性に応じ
て必要な観点から,自ら評価するとともに,その評価の結果を当該政策に
適切に反映させなければならない。」と定め,「必要性」,「効率性」,
「有効性」の3つの観点を挙げている。同法5条の「政府は,政策評価の
計画的かつ着実な推進を図るため,政策評価に関する基本方針を定めなけ
ればならない。」との規定に基づき定められた「政策評価に関する基本方
針」(平成13年12月28日閣議決定)(甲H140)は,そのⅠの「2
政策評価の観点に関する基本的な事項」において,「法第3条第1項に
明示された効率性」については,「効率性の観点からの評価は,政策効果
と当該政策に基づく活動の費用等との関係を明らかにすることにより行
うものとする。」として,費用対効果を定めている。すなわち,投入され
た資源量に見合った効果が得られるか,また実際に得られているか,必要
な効果がより少ない資源量で得られるものが他にないか,同一の資源量で
より大きな効果が得られるものがないか,という観点である(「標準的ガ
イドライン」第2の2)。また,「評価の内容」については,「事業等の
実施により,費用に見合った効果が得られるかについて検討する。このた
め,可能な限り,予測される効果やそのために必要となる費用を推計・測
定し,それらを比較する。」(「標準的ガイドライン」第2の3の(2))
とされている。
以上が費用便益分析を実施すべき法律上の根拠である。
(ウ)「検証可能性」を法律上要求されている費用便益分析
行政機関による評価結果が国民に受け入れられるためには,合理的な評
価がされなければならない。政策評価法3条2項は,「政策効果は,政策
の特性に応じた合理的な手法を用い,できる限り定量的に把握すること。」
と定め,「合理的な手法」を要求している。「合理的な手法」とは「科学
性」のある「手法」でなければならない。「科学性」とは検証可能性のあ
ることである。これは,誰がいつ確かめても同じ結果が得られることであ
り,外部の検証に耐えるものでなければならない。「政策評価に関する基
本方針」のⅠの8項では,「法第10条第1項に規定する評価書の作成に
当たっては,政策評価の結果の外部からの検証を可能とすることの重要性
を踏まえ,同項各号に掲げられている事項について可能な限り具体的に記
載するものとする。」と定め,「外部からの検証可能性」を重視している。
検証可能性が担保されてはじめて,国民はその情報を信頼できるものとし
て評価することになる。政策評価法10条1項は「行政機関の長は,政策
評価を行ったときは,次に掲げる事項を記載した評価書を作成しなければ
ならない。」として,「政策評価を行う過程において使用した資料その他
の情報に関する事項」(6号)を記載することを求めている。これが公表
されることによって,「国民が政策評価の結果についてメタ評価を行うこ
とが可能になる」との指摘(宇賀克也「政策評価の法制度」(有斐閣)30
頁)があるように,法は,国民が検証可能性を確保できるようにすること
を要求している。
(エ)「データ等の公表」を法律上要求されている費用便益分析
政策評価法10条は,「行政機関の長は,政策評価を行ったときは,次
に掲げる事項を記載した評価書を作成しなければならない。」(1項),
「行政機関の長は,前項の規定により評価書を作成したときは,速やかに,
これを総務大臣に送付するとともに,当該評価書及びその要旨を公表しな
ければならない。」(2項)として,評価書の作成と公表を義務付けてい
る。その評価書の作成に関して,「政策評価に関する基本指針」は,前述
のとおり,「Ⅰ政策評価に関する基本計画の指針」の第8項において,
「法第10条第1項に規定する評価書の作成に当たっては,政策評価の結
果の外部からの検証を可能とすることの重要性を踏まえ,同項各号に掲げ
られている事項について可能な限り具体的に記載するものとする。なお,
評価の際に使用した仮定,外部要因等についても明らかにするものとす
る。」と定め,「政策評価の観点」や「政策効果の把握の手法及びその結
果」等について具体的かつ明確に記載し,「評価の際に使用した仮定,外
部要因等」のデータを明らかにすることを求めている。「標準ガイドライ
ン」は第2の「5評価結果等の公表」において,「評価の際に使用した
仮定等の前提条件,評価手法・指標,データ」を「評価の過程」を含めて
可能な限り具体的に公表するものとして,公表すべき対象を具体的に定め
ている。要するに,費用便益分析のデータ等はすべて公表することが法律
上求められているのである。
(オ)データ等の保存・開示の必要性を認めた東京高裁判決
第2次行政訴訟の控訴審判決は,使用したプログラムと使用したデータ
の保存・開示の点について,「コンピュータの計算そのものは,プログラ
ムに従って自動的にデータを処理するものであるから,恣意が入る余地は
ないが,その計算に使用されたプログラムとデータを開示し,図等で必要
な説明をすることなくしては,推計結果の妥当性を第三者が客観的に評価
することができないことは明らかである。コンピュータを使用して推計さ
れたのであるから,そのデータはデジタル化されているはずであり,媒体
に保存することにそれほどの困難があるとは考えられず,開示するにあた
ってもデジタルデータとして開示すれば比較的容易であり,それ以上にデ
ータを整理することは不要と考えられる。自らの行った推計結果の正確
性・妥当性を部内で点検するためにも,専門知識を有する第三者からの検
証によって明らかにするためにも,使用したプログラムと使用したデータ
を保存,開示することが必要であることは明白であり,控訴人らの開示を
求めたデータのすべてが必ずしも保存されているものではないにしても,
使用したデータを保存することに意味がないとの被控訴人らの主張は採
用することができない。」と判示している。使用したプログラムと使用し
たデータの保存,開示の必要性を認めた上記判示は,当然の理を示したも
のであり,きわめて妥当な判断である。
(カ)会計検査院の国土交通大臣に対する改善要求の意味
会計検査院の平成22年10月28日付け国土交通大臣あて「国が実施
する道路整備事業における費用便益分析について」(甲H134)では,
「費用便益比等の数値の算出方法等について,第三者に具体的な説明がで
きるよう,分析業務の発注先に,成果品として交通量推計や便益の算出根
拠となる分析データ等の提出を求め,便益の算出根拠を明確にして,その
根拠資料を保存すること。」として,①第三者に具体的な説明ができる検
証可能性,②費用便益の算出根拠となる分析データ等の開示,③根拠資料
の保存を要求している。これは,上述の法律上の定めに沿っていない国土
交通省の費用便益分析の手法を批判したものということができる。そのこ
とからみても,被控訴人国が検証可能性を全く無視して分析データ等を開
示しないことの違法性は明白である。
(2)事業認定の要件(土地収用法)と費用便益分析の関係
ア土地収用法2条,16条及び20条1号と費用便益分析結果
原判決は,費用便益分析が実施されていることが土地収用法に基づく事業
の認定の要件であると解すべき法令上の根拠は見あたらない旨判示してい
るが,誤りである。
土地収用法には「費用便益分析」という文言はない。しかし,このことは,
費用便益分析が土地収用法上の要件と無関係であることを意味しない。土地
収用法2条は,「公共の利益となる事業の用に供するため土地を必要とする
場合において,その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且
つ合理的であるときは,この法律の定めるところにより,これを収用し,又
は使用することができる。」と定めている。道路事業の費用便益分析は,政
策評価法に基づいて実施される場合も事業認定申請時の資料として実施さ
れる場合も,いずれも「費用便益分析マニュアル」にしたがって行われるこ
とになっている。そうだとすれば,事業認定申請時の費用便益分析の結果が
実際には1以下であるとすれば,「客観的評価指標」に照らして,本件事業
は,そもそも新規事業採択時に採択されなかったか,再評価時に中止か見直
しを余儀なくされる事業だということになる。こうした不安定な事業(見直
し,中止の明白な可能性を孕んだ瑕疵ある事業)は,適正且つ合理的なもの
とはいえず,土地収用法2条の要件を満たさない。
土地収用法16条によれば,事業認定申請の対象となるのは,同法3条各
号所定の事業のうち土地収用・使用の必要を生じたものである。同法3条1
号は,道路に関して,道路法による道路及び道路運送法による一般自動車道
若しくは専用自動車道などを規定している。土地収用法20条1号は,「事
業が第3条各号の一に揚げるものに関するものであること。」を事業認定の
要件としている。費用便益分析結果が1を下回り,不安定な事業(見直し,
中止の明白な可能性を孕んだ瑕疵ある事業)であるとすれば,土地収用法1
6条及び同法20条1号所定の「事業」に値しないことも明らかである。
したがって,本件各事業について行われた費用便益分析についても,費用
便益マニュアルに基づいて行われたこと及びその結果が一定の数値(本件で
は「1」)を超えていることが必要であり,これを欠いているとすれば,本
件事業認定が土地収用法上の要件を欠くことを意味する。
イ土地収用法20条3号及び4号と費用便益分析結果
費用便益分析(B/C)が公益性の基準であることは既に詳述した。土地
収用法20条3号,4号は,公益性・公共性を土地収用の要件としており,
当該土地が当該事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益
と,その土地が当該事業の用に供されることによって失われる私的な利益及
び公共の利益を比較衡量した結果として,前者が後者を優越する場合に,上
記要件に該当するものとされている。費用便益分析は,事業によって得られ
る社会的「便益」と「費用」(建設費用と損失補償が含まれる。)を比較す
るのであるから,その結果は公益性・公共性判断にほかならない。よって,
費用便益分析結果が1を下回れば,便益が費用を優越するとはいえず,土地
収用法20条3号及び4号の要件を充足しないことになる。
(3)データの不開示と公益性の不存在
既に述べたように,費用便益分析は公益性の基準であり,本件事業認定がそ
の根拠法である土地収用法20条3号,4号等の要件を満たすか否かを判断す
る上で重要な基準である。したがって,本件事業認定の適法性を論じるにあた
っては,本件費用便益分析の結果を,データをもとに検討し,その数値の妥当
性を吟味することが必要である。ところが,被控訴人国は,控訴人らからの度
重なる要求にも関わらず,一貫してデータを明らかにしない。
そこで問題となるのが,費用便益分析をめぐる立証責任が,控訴人らと被控
訴人国のいずれにあるかという点であり,立証責任の分配は公平の見地からさ
れるべきである。専門的知見を集約しうる立場にある被控訴人国(行政庁)と
このような立場にない市民たる控訴人らとを当事者とする本訴訟においては,
控訴人ら(市民)が損害の発生の可能性(蓋然性)を一応立証したならば,被
控訴人国が損害発生の可能性(蓋然性)がないことを立証すべきだと考えるこ
とが,立証責任の公平な分担からすれば当然である。このような考え方に基づ
けば,本件においては,後述のように,控訴人らは本件事業に関する費用便益
分析結果が1を超えておらず,分析がマニュアルに従って行われたといえない
ことについて「一応の立証」をしており,被控訴人国こそが,費用便益分析が
マニュアルに沿って行われ,かつその結果が1を超えることについて立証すべ
きである。
仮に上記の結論の根拠を実体法に求めるとすれば,まず憲法に求めることが
できる。憲法の人権規定は,国民の基本権の享有を補償するとともに,あるべ
き権利状態を想定しているものと解されるから,それと異なる権利状態を作出
するような立証責任論は採り得ないこととなる。誤った行政処分がなされれば
その結果が憲法上保障された権利を侵害するものとなる場合には,行政側が立
証責任を負うことになる。これは行政庁の裁量判断についても同様であって,
憲法秩序から帰納して被控訴人国(行政庁)がその適法性について立証責任を
負うべき処分については,裁量権の逸脱があったか否かが不明であるというこ
とは当該処分が違法である可能性があることを意味する。そのような処分を取
り消さずに放置することは,控訴人ら(住民ら)の憲法上の権利が侵害されて
いる可能性があるのに,その状態を是認することになり,憲法秩序の観点から
容認し難い結果を招くことになる。これらの考え方に照らしても,被控訴人国
は,本件事業認定について,伊方原発訴訟最高裁判決が述べるところの「具体
的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等,1審被告行政庁の判断に不合理
な点のないことを相当の根拠,資料に基づき,主張,立証する」ことをしてお
らず,事業認定の不合理性(土地収用法20条の要件を満たさないこと)が推
認されることになる。
(4)国土交通省の費用便益分析(本件費用便益分析)に関する疑問点~ミープ
ランによる分析の結果との比較~
ア費用便益分析手法の問題点
被控訴人国(国土交通省)の費用便益分析によれば,本件費用便益分析
の結果(費用便益比)は2.6である。この費用便益分析結果は,被控訴
人国の言によれば,事業認定にあたっての「参考資料の一つ」とされてい
るが,仮に「参考資料の一つ」であったとしても,本件事業認定は,本件
圏央道事業等の費用便益分析結果が2.6であることを前提になされたこ
とに違いはない。ところが,この費用便益分析結果は,以下のとおりの問
題があり,本件圏央道事業等の公益性を適正に反映していない。
(ア)道路以外(鉄道など)を全て考慮外としていること
道路が整備されれば,鉄道やバスなど他の交通機関から乗客を奪い,
車の台数が増加すること(誘発交通の発生)が指摘されている。しかし,
本件費用便益分析は他の交通機関との競合を分析していない。
(イ)区間ごとの評価は便益の過大評価につながる。
本件費用便益分析は,α6ジャンクション・α2インターチェンジ間の
27.0キロメートルのものであるが,便益算出にあたっては,この区間
以外の圏央道は完成していると仮定し,その上で,この区間が完成したら
どれだけの便益が発生するかを算定している。しかし,本来,道路という
のはある程度ネットワークになってこそ効果が生まれるものであり,これ
を区間ごとに区切って評価するというのは,現実に即していないし,無理
がある。また,当該区間だけが欠損し他の道路は完成している場合と当該
区間が完成し道路が繋がった場合を比較する方法をとると,単に当該区間
が完成した場合の便益のみならず,道路(例えば圏央道)が繋がったため
の便益も併せて算出されることになり便益の過大評価につながることに
なる
(ウ)分析結果のデータからは,以下①ないし④の技術的疑問点を指摘でき
る。
なお,本件費用便益分析については,データが開示されていないため,
この分析の対象区間の一部であるα10・α6間(α11インターチェン
ジ(当時の仮称。その後,正式名称「α12インターチェンジ」となった。
以下「α11インターチェンジ」という。)・α6ジャンクション間16.
9キロメートル)に関する平成18年事業再評価の際の費用便益分析(甲
H47ないし49号証,以下「平成18年費用便益分析」という。)に基
づいて検討した。
①時間価値が過大
「費用便益分析マニュアル(平成15年8月マニュアル)」(本件費
用便益分析において使用)では,乗用車1台62.86円/分=377
1.6円/時などとされていた。国民の実感・実情から乖離した過大な
数値だとの批判を受けて,国土交通省は平成20年11月改訂の「費用
便益分析マニュアル」では,乗用車が40.10円/分=2406円/
時などと時間単価を引き下げた。こうした経過自身,本件費用便益分析
が前提とした時間単価が過大であったことを示している。また,「マニ
ュアル」では,「通勤・業務移動」と「その他私事移動」の区別がなさ
れていないことも便益過大評価の温床となっている。
②事故件数と事故の費用減少効果
平成18年費用便益分析によれば,1万トリップ当たりの事故件数が
圏央道整備なしの場合には22.2であり,これが整備有りの場合には
22.1に減少する旨記載されている。この数字は,総交通事故件数を
総トリップ数(2512万トリップ)で割って求めたものとされている
ので,逆算して,22.2(件)に2521(2521万÷1万)を乗
じると1日当たりの事故件数が求められ,これに365(日)を乗じる
と1年間の事故件数が求められることになる。これを計算すると22.
2×2521×365=2042万7663件となる。これは余りに過
大な数字である。「交通事故発生状況の推移」(警視庁)に掲載された
昭和21年から平成19年までの間の統計を見ても,最も事故発生件数
が多かった平成16年の数値でも年間95万件余にすぎない。交通事故
の発生件数は「交差点の数,中央分離帯の有無,走行速度,交通量など
によって回帰」されるものとされており,事故発生件数に大きな誤りが
あるということは,これら「交差点の数,中央分離帯の有無,走行速度,
交通量など」について重大な誤りが含まれていることが考えられる。
③交通量と速度の関係式が有効に使われていない。
交通分析の基礎は道路の区間ごとにQV式(クオンティティ・ヴィー
クルの頭文字)を組み込んで計算することにあり,通常は,車の台数が
増加すれば速度は落ち,車の台数が減少すれば(道路が空けば),速度
は向上するようになっている。この点で,平成18年費用便益分析を見
ると,国道○号α6バイパスについては交通量が「整備なし」の4万4
100台から「整備あり」の3万5600台に減少しても走行時間(1
3分)は変わっていない。つまり,速度も変わらないということである。
分析モデルにQV式が組み込まれていないのではないかとの疑いが生
じる。他に何らかの理由があって,このような分析結果になっていると
したら,国土交通省は,この点についてもデータと計算過程を示すべき
である。
④評価によって道路延長距離が違う。
平成18年費用便益分析(対象区間・α11インターチェンジ・α6
ジャンクション間16.9キロメートル)によれば,対象道路全体は1
1980.3キロメートルである。つまり,これだけの道路延長が含ま
れる道路ネットワークを設定して費用便益分析をしたということにな
る。これに対し,本件費用便益分析の対象区間の一部であるα13・α
14間(α2インターチェンジ・α11インターチェンジ間10.1キ
ロメートル)の平成15年事業再評価の際の費用便益分析では対象道路
全体は1225.0キロメートルに過ぎない。この2つの区間は,これ
らを合わせると本件費用便益分析の対象区間(α6ジャンクション・α
2インターチェンジ間27.0キロメートル)になるという関係にある。
そして,α10・α6間(16.9キロメートル)に対して,α13・
α14間の区間距離(10.1キロメートル)は約3分の2弱であるに
も関わらず,対象道路は約10分の1である。このように評価ごとに前
提条件がバラバラでは,評価水準が保てず,一貫性がなくなる。また,
費用便益分析を,いくつかの代替案の比較対照に使おうとするならば,
分析の基準は統一されていなければならない。これでは,α13・α1
4間では比較的短い分析対象道路で一定の便益が出たが,α10・α6
間では便益の出方が小さかったため対象道路を長くとって便益を出し
たのではないかと疑われても仕方がない。
イ控訴人らの費用便益分析について
(ア)MEPLANによる圏央道分析
控訴人らは,株式会社P25に「MEPLANによる圏央道分析」を依
頼した。その結果が甲H71の報告書である。この報告書は,圏央道がα
6ジャンクションから南へ約17キロメートル延伸してα11インター
チェンジまで(α10・α6間)が開通した場合,周辺道路ならびに関東
圏全体(東京都,埼玉県,神奈川県,千葉県,茨城県南半分)にどのよう
な効果が及ぶかを,MEPLANモデル・システム(以下「ミープラン」
ということがある。)を使って分析したものである。上記報告書は平成4
2年(2030年)度を分析したが,その際,交通需要予測に関しては,
MEPLANの手法(「4段階推計理論」)を用いたものの,その他は,
以下のとおり,基本的に国土交通省の分析と同様の条件を採用した。
すなわち,道路状況としては,中央環状線及び外かく環状道は全線開通
しているものとする。圏央道に関しては原則全線開通を前提とするが,ま
ず,圏央道全線の内,α6ジャンクション・α11インターチェンジ間(約
17キロメートル)だけが未開通の場合をベースケースとしてMEPLA
Nモデル処理を行い,周辺道路およびその他,モデル内全道路のリンク区
間(約7000×2(上りと下りの往復方向))の交通状況を把握する。
次に,α6ジャンクション・α11インターチェンジ間が開通したとした
場合,つまり圏央道が全線開通したという場合について同じくMEPLA
N処理を行い,上記ベースケースと比較し,その効果・影響を分析する。
上記3環状道路に加え,平成42年までに建設計画されている他の道路,
例えば,α4バイパス・α15バイパス,その他埼玉県における圏央道と
接続予定のバイパス道路なども完成済みのものとして組み入れる。その他
の土地利用開発は20年間一切起こらないことを前提とする。分析年度は
平成42年度と今から20年後となるのであるが,しかしながら,その時
点でトータルの自動車交通量は現在と原則変化無しの1日約2500万
トリップという前提条件で処理を行う。
(イ)控訴人らの費用便益分析結果は0.38である。
控訴人らが,走行時間短縮便益についてだけは甲H71の報告書のME
PLANによる分析結果の数値を使い,走行経費減少便益と交通事故減少
便益については国土交通省が算出した数値を使って,α10・α6間の費
用便益分析を行ったところ,0.38との結果を得ている。これは,本件
費用便益分析の結果と比べて,現実的で科学的な分析の結果であり,妥当
な数値であるといえる。重要なことは,上記報告書は,交通流の推計手法
としては4段階推計を用いたが,他の点については国土交通省の前提条件
に合わせていることである。そして,平成15年8月マニュアルは,「①
交通流の推計手法」について「交通流の推計手法としては,道路交通セン
サスベースのOD表を用いて,図-2に示す三段階推定法(発生集中交通
量の推計-分布交通量の推計-路線配分の3段階のこと――引用者注)に
より行うことを原則とする。」としてはいるものの,括弧書きで「(OD
表が自動車OD表でない場合,『交通機関分担』を加えた四段階による推
計となる。)」と注記しており,4段階推計を必ずしも排除していないこ
とである。また,上記報告書が採用した「トータルの自動車交通量は現在
と原則変化なしの1日約2500万トリップという前提条件」も「国が行
った分析に合わせて,同じ条件で行うもの」(上記報告書3頁)である。
これらのことからすると,控訴人らの費用便益分析は,原判決がいうよう
に費用便益マニュアルとは異なる方法によるものとして排斥すべきもの
ではない,平成15年8月マニュアルに基づいて計算した場合でも,0.
38という1以下である数値が算出される可能性が大きく存在するとい
うことである。控訴人らは,本件費用便益分析に関するデータを被控訴人
国が開示しないことから,止むを得ずα10・α6間の費用便益分析(平
成18年費用便益分析)を検討の対象としたが,これは事業再評価の数値
であり,これが1以下であれば当該事業は中止か少なくとも見直しの対象
となり,そのまま工事をすすめることはできなくなったはずである。つま
り,事業認定もできなかったはずで,本件事業認定は取り消されるべきも
のとなる。この点について原判決の見直しが必要である。
ウ平成24年度事業継続箇所に関する事業再評価が発表されているが,この
中には,一般国道468号首都圏中央連絡自動車道(α10・α6間16.
9キロメートル)の「交通状況の変化」(甲H141),同じく(α13・
α14間10.1キロメートル)の「交通状況の変化」(甲H142)が含
まれる。そして,この二つの区間を合わせると本件費用便益分析の対象区間
(α6ジャンクション・α2インターチェンジ27.0キロメートル)と一
致する。
これらをそれぞれ以前の再評価結果と対照すると,本件費用便益分析に関
して,多くの疑惑が浮かび上がることは,控訴人らがこれまで主張してきた
とおりである。
(5)費用便益分析に関するその他の主張
ア原判決は,平成15年8月マニュアルで計上されている3便益について
実際の効果に照らして過小であるなどとし,3便益以外の便益を加算すれ
ば1を上回る可能性があるなどとしているが誤りである。
平成15年8月マニュアルは,行政の「アカウンタビリティ(説明責任)」
の見地から,現時点における知見により,十分な精度で計測が可能でかつ
金銭表現が可能である『走行時間短縮』,『走行経費減少』,『交通事故
減少』の3便益について,道路投資の評価方法として定着している社会的
余剰を計測するものである。3便益以外の便益が存在するとしても,これ
らの便益については,精度ないし金銭評価の可否の点で難点があるために,
国自身が計上しないことを選択しているのであるから,3便益とその他の
便益とでは,その重みが異なる。3便益に基づいた費用便益比が1未満で
あった場合には,原則として,事業を中止すべきであるとの推定が働き,
起業者において,その他の便益による事業推進の必要性を説明することが
できたときにはじめて,この推定が覆るのであるが,本件ではそのような
説明はされていない。
イ原判決は,本件各申請事業に係る費用便益分析が平成15年8月マニュ
アルに定められた方法に基づいて実施されていると認定したが,審理不尽
の結果,事実誤認をしている。
費用便益分析が平成15年8月マニュアルに基づいて実施されたか否か
を判断するためは,分析のもととなったデータを検討する必要があるとこ
ろ,被控訴人国及び参加人ら(以下「被控訴人国ら」という。)は,上記
データの開示を拒否し,これを明らかにしていないのであるから,平成1
5年8月マニュアルに基づいて実施されたか否かは不明といわざるを得な
いのであり,原判決のような認定はできないはずである。
ウ原判決は,控訴人らが,平成18年費用便益分析について,便益の対象
とすべきでない道路の便益が計上されるなどして便益が過大に計上されて
いると主張したのに対して,「平成18年費用便益分析は,本件事業認定
においてしんしゃくされたものとは異なる時期に,かつ,異なる区間につ
いてされたものである」ことを理由に,仮に,平成18年費用便益分析に
過大計上があるとしても,「本件各事業に係る費用便益分析の結果につい
て,それが事業の認定の判断資料としてしんしゃくし得ない程度に不合理
であるということはできない。」旨述べているが,不当である。
確かに,上記区間の費用便益分析は,本件各事業そのものの費用便益分
析ではない。しかし,本件各事業と上記区間の事業は,いずれも国土交通
省関東地方整備局内の事業であり,同様の手法で費用便益分析が行われて
いると推認されるから,上記区間の費用便益分析において便益が過大に計
上されているのであれば,本件各事業の費用便益分析においても便益が過
大に計上されていると推認される。そもそも,控訴人らが上記区間の費用
便益分析結果によったのは,被控訴人国らが,本件各事業の費用便益分析
に関するデータ開示を拒んだからであり,原判決のように,区間が違うと
いう理由で控訴人らの主張を排斥するならば,データを握る立場にある者
は開示しない方が利益になることになり,不当である。
エ原判決は,控訴人らが指摘した本件各事業の費用便益分析に関する数多
くの問題点についての判断をしておらず,判断遺脱がある。
(6)広域的便益性について
ア原判決は,本件圏央道事業等による広域的便益について,「中央自動車
道と東名高速道が接続され,既に圏央道により中央自動車道と関越自動車
道が接続されたことと併せて,道路交通における広域的な利便性が向上す
るとともに,他の環状道路である中央環状線及び外かく環状道と連絡する
ことなどによって,都心の通過交通の一部を転換することにより都心部の
交通混雑を緩和し,首都圏全体の円滑かつ安全な交通の確保が図られるが
い然性がある。」と認定している。原判決は,上記認定の根拠として,①
平成19年6月23日に中央自動車道と関越自動車道とが圏央道で接続
されたことにより,圏央道を利用する交通量が増大するとともに,圏央道
α6ジャンクションからα74インターチェンジまでの区間の利用交通量
の約5割である約1万4000台/日が中央自動車道から関越自動車道ま
でを連続的に利用していること,②同年7月から平成21年6月までの
上記区間の平均交通量を取りまとめた結果,その4割である約9200台
/日が中央自動車道から関越自動車道を連続的に利用していること,を挙
げている。しかし,上記約9200台/日が都心の渋滞緩和とどのような
関係にあるのかが不明であり,結局,圏央道の開通が都心の渋滞緩和に役
立つことの証明はされていない。
イ控訴人らは,原審において,①被控訴人国らが都心の交通渋滞の原因
であると主張する圏央道外外交通自体が,都区部交通量705万台/日の
うちの4万台/日(約0.6パーセント)にすぎず,このうち現実に圏央
道に転換する可能性のある交通は1万数千台/日(約0.2パーセント)
に過ぎない,②間もなく3環状9放射の一つである中央環状線が開通す
るが,これにより首都高速の渋滞はほぼ解消されるとして,圏央道には首
都圏の渋滞緩和の効果はないと主張してきた。
中央環状線池袋新宿線開通後の首都高の渋滞量は,その前後で約3割も
減少しているのに対し,圏央道α6ジャンクションの開通によって中央自
動車道と関越自動車道が結ばれた前後の首都高の渋滞量に特段の変化は見
られない。首都高の走行量(通行台数)は,平成11年から平成17年ま
でに約8.3パーセント(2万台以上)も減少しており,これは交通量の
減少によるものであるが,このように走行量が減少しても,首都高の渋滞
は解消されていない。以上のとおり,平成17年と平成11年を比較する
と,圏央道に転換する可能性のある走行量を超える減少が生じているにも
かかわらず,渋滞は減少していないのであり,この程度の走行量の減少で
は渋滞が解消しないことを示している。
ウ原判決は,圏央道が整備されることによって首都圏全体の円滑かつ安全
な交通の確保が図られるがい然性があると認定しているが,その根拠が具
体的に明らかにされていない。
そもそも道路建設により自動車交通を促進すること自体が,大気汚染,
気候変動,ヒートアイランド現象等の問題を悪化させていることは周知の
とおりであり,鉄道とバスを中心とした公共交通機関の整備と交通需要管
理こそが首都圏全体の調和の取れた発展に寄与するのである。被控訴人国
らは,圏央道の供用により「首都圏全体の調和の取れた発展」に資するな
どと抽象的な期待を述べているが,道路ネットワークに新たな要素が追加
されれば,増減いずれにせよ交通量に変化が生じるのは当然であるところ,
そのことが「調和の取れた発展」とどのように関係するのかについては,
何ら説明をしていない。
エ以上のとおりであり,本件圏央道事業が広域的な便益をもたらすとする
ことには重大な疑問があり,これを肯定した原判決の判断には誤りがある。
(7)地域的便益性について
ア原判決は,本件事業による地域的な便益として,①慢性的な交通渋滞
の緩和,②市街地生活道路の通過車両の減少,③地域の活性化と雇用
の創出を挙げている。
イ本件事業による慢性的な交通渋滞の緩和はない。
(ア)原判決は,証拠(乙H8,49など)を根拠に圏央道α6ジャンク
ションからα74インターチェンジまでの区間の利用交通量の4割ない
し5割が中央自動車道から関越自動車道までを連続的に利用しているこ
となどを理由に,圏央道建設によって一般国道○号(以下「国道○号」,
「○号」などということもある。)の渋滞緩和効果が認められると述べ
る。
しかし,そもそも本件事業認定当時においても,国道○号α4バイパ
スは有料道路であるために交通量が少なかったのであり,実際には,料
金抵抗によって圏央道の利用車両数は低水準に抑えられ,国道○号の渋
滞緩和効果はないと予測される。
(イ)被控訴人国らは,α16ニュータウン,α6ニュータウンの発展で
市街化が進行し,その結果,一般国道○号(以下「国道○号」,「○号」
などということもある。)が更に渋滞するためにα4バイパスが必要で
あると主張する。
しかし,α16ニュータウン,α6ニュータウンは,α18街道,α
16ニュータウン通り,α19幹線,国道○号が地域の幹線道路となっ
ているので,○号の渋滞には寄与していない。
(ウ)以下のとおり,実際にも圏央道開通後に渋滞解消の効果は出ていな
い。
aα6ジャンクション開通後の○号α20交差点の1日の交通量につ
いて,大型車は約3100台減少しているが,小型車は約1900台
増加しており,全体では約1200台の減少でしかない。
b○号の交通渋滞距離は確かに減少しているが,一般道路全体の交通
渋滞も減少しているところ,○号の渋滞減少率は,他の一般道路の減
少率と同程度であるから,これらは圏央道事業等の効果ではなく,一
般道路全体の交通量が減少した結果にすぎない。
c国道○号のα21交差点とα22交差点の間の1日の大型車の交通
量の変化を見ると,圏央道α8インターチェンジ開通前の平成14年
3月には1万6200台であったものが,開通後の平成15年3月に
は1万5200台,平成18年6月には1万4900台と一時的には
減少傾向にあったものの,平成19年4月には1万7600台,同年
9月には1万6300台と,開通前より増加している。圏央道と中央
道がつながったにもかかわらず,○号の大型車は圏央道に転換しなか
ったといえる。
ウ市街地生活道路の通過車両は減少しない。
原判決は,ごく限定的な地域の測定結果のみを根拠に,十分な分析検討
をすることなく,圏央道の建設によって市街地生活道路の通過車両が減少
すると認定しているが,事実誤認である。
エ道路整備は地域経済を衰退させる。
原判決は,圏央道を含めた首都圏3環状道路の整備により,当該道路周
辺に商業施設や企業の物流施設が設置され,それにより当該道路がある市
町村の雇用者数が増加するなどの効果が発生していると認定する。
しかし,道路を整備すると,その道路によって接続された経済的競争力
が高い地域が弱い地域の活力を吸い上げてしまうストロー効果が生じる。
実際,比較的長期にわたり圏央道の影響を受けている青梅市において,卸
売業及び小売業の推移を見ると,平成19年(卸売業,小売業)は,平成
9年と比較して店舗数は216減少し,従業員数は380人減少し,年間
販売額は396億円減少している。他の地域でも,商店数は軒並み減少し
(八王子市,福生市,羽村市,あきる野市,α23町,α8町),従業員
数も減少している地域もあり(福生市,羽村市),年間販売額もほとんど
の地域において減少している(八王子市,青梅市,福生市,羽村市,あき
る野市)。以上によれば,圏央道は地域の商業を活性化する要因には必ず
しもなりえないのであり,原判決の認定には誤りがある。
(8)本件各事業を実施すべきではないことについて
ア我が国の財政状況
我が国の政府債務残高は,平成年代以降激増の一途をたどっており,平
成23年にはGDP比率212.7パーセントに達し,現在1000兆円
を超えているが,その要因のひとつは道路建設事業を中心とした過大な公
共事業投資である。他方,経済成長率は低下の一途をたどっており,加え
て,東日本大震災による被害からの復旧,復興や福島原発事故の被害対策
などのために,今後長期にわたり膨大な費用(十数兆円から数十兆円とも
言われている。)の支出が見込まれている。
イ今後のあるべき道路政策
今後,建造物の老朽化に伴う国土基盤ストックの維持管理・更新費用は
年々増加し,2030年には2010年の約2倍になる見通しであるから,
今後の公共事業費は,新設道路の建設よりも,既存道路の維持管理・更新
に優先的に投資されるべきである。
今後我が国の人口は益々減少し,高齢化社会が到来するのであり,将来
交通需要推計も,圏央道建設計画当時の推計から大幅に下方修正されてい
る。関東臨海地域における交通量実績も減少傾向にあり,新たに道路を建
設しなくとも,渋滞は緩和される傾向にある。
来るべき高齢化社会にとって必要なのは,広域的な幹線道路ではなく,
生活道路であり,生活道路の整備,拡充が重要である。
ウ以上によれば,多額の費用を投下して,本件各事業を遂行することは,
不要な道路を建設することになるのみならず,負の遺産として,子孫に維
持管理の負担を残す結果となるのであるから,本件各事業を実施すべきで
はない。
4本件事業認定によって控訴人らが被る被害について
(1)α1山の地下水について
ア原判決は,α1山トンネルの工事がα1山の地下水に影響を生ずるおそ
れがあることを認めながら,本件圏央道事業等による公共の利益が上記の
影響によって失われる利益に優越するとしているが,「事業による公共の
利益」についても「影響によって失われる利益」についても,審理不尽の
上で事実誤認をし,その上で誤った判断をしている。
イ原判決は,α6城跡トンネル工事と民家の井戸枯れ及びα25の滝の水
枯れの因果関係をすべて否定しているが,少なくともα24川流域の民家
の井戸枯れ及びα25の滝の水枯れは,α6城跡トンネル工事の影響によ
るものであることが明らかである。
原判決は,覆工止水工事によって,トンネル工事による地下水への影響
を防止することができると判断しているが,覆工止水工事によって,トン
ネル工事による地下水への影響を完全に遮断することが不可能であること
は,控訴人らが原審で主張したとおりであり,このことは,甲C78(P
26の陳述書)及び当審における同人の証言(上記陳述書と併せて,以下
「P26証言等」という。)からも明らかであって,上記原判決の判断は
誤りである。
原判決は,「α1山トンネル工事が進行するに伴って,新たな水枯れの
被害が発生している。」との控訴人らの主張について,これを裏付ける証
拠はないとして排斥しているが,上記控訴人らの主張するところが事実で
あることは,P26証言等からも明らかである。
ウ以上のとおりα6城跡トンネル工事によって被害が引き起こされている
ことを正しく受け止めれば,α1山トンネル工事によりα1山の豊かな地
下水脈に致命的な影響が生ずることが十分に予測可能であり,国定公園の
指定を受けているα1山にとって,その被害は深刻,重大である。このよ
うに本件事業によって失われる利益は重大であることに鑑みれば,α1山
トンネル工事による地下水への影響を完全に防止できるだけの保証がない
限り,工事は中止すべきであり,本件事業認定は直ちに取り消されるべき
である。なお,影響が生じてから工事を中止するのでは,不可逆性の法則
が厳然と支配する自然界,生態系にとって取り返しのつかないことは,誰
の目にも明らかである。
(2)α1山の自然破壊について
ア起業者らによって実施された本件環境影響評価1は,α1山トンネルの
工事がα1山の自然生態系に与える影響について,極めて杜撰な調査を行
っただけで「植生に直接的に関わる土中水は岩盤地下水及び中間地下水の
存在に規程されることなく,ほとんど独立した状態で存在するとして,植
物へのα1山トンネル掘削の影響はほとんどないと考えられる。」と結論
付けている。原判決は,上記環境影響評価の結論に全面的に依拠して,本
件事業によってα1山の自然が破壊されるという極めて重大な不利益がも
たらされるとする控訴人らの主張を排斥している。
イ本件環境影響評価1の問題点(地下水への影響と自然破壊)
(ア)山の地下水についての予測は非常に困難であり,α1山の地下水等
の構造等について十分にわかっていない段階では,本件環境影響評価1
のような判断はできないはずである。また,一般に植物の生育立地と水
との関係についていえば,地下水位の低い尾根筋や斜面では,雨水起源
の土壌水を利用し,地下水起源の水を利用することは少ないが,谷部と
谷部に近い斜面では雨水起源の土壌水のほかに地下水起源の水を利用し
ているから,地下水位の低い尾根筋と谷部とを一律に論じることはでき
ないはずである。
α1山については,粘板岩が風化してできた土壌は水もちが良いが,
岩石自体に割れ目がたくさん入っているため,雨水は割れ目を伝って地
下に浸透する。その結果,α1山全体がしっとりした状態になっており,
地下水はα26滝や各地のゆう水となったり,斜面から染みだしたりす
るなどして,再び地表に現れる。そうした湿った環境や涼しい環境の中
で,貴重な植物の生育が可能となっているのである。
α1山にトンネルを掘り,地下水脈を分断すれば,ゆう水や地下水の
染みだしに大きな影響を与えて,上記環境に重大な変化をもたらし,植
物に深刻な影響を及ぼすことは明らかであるのに,本件環境影響評価1
は,このような重要な問題点すら見落としているのである。
(イ)以上のとおり,本件環境影響評価書1は,全く信頼に値しないもの
であるから,これに依拠して,トンネル工事によるα1山の自然破壊を
否定した原判決は不当極まりないものといえる。
ウ本件環境影響評価1の問題点(生態系に関する無理解等)
(ア)生態系への影響を予測・評価するには,「植物」,「動物」,「地
形・地質」に対する影響を個別に行うだけでは不十分であり,これらが
様々に絡み合って存在する「生態系」への影響を予測・評価することが
不可欠である。ところが,本件環境影響評価1は,本件事業が「植物」,
「動物」,「地形・地質」に及ぼす影響について,個別に予測・評価し
ているだけであって,そのことだけをとっても,環境の予測・評価とし
て不十分であることが明らかである。
(イ)本件環境影響評価は,以下のような生態系の特性についての理解を
欠いており,環境影響調査として甚だ不十分なものである。
a生態系は開放系であること
生態系は閉じた系ではなく,水,物質,エネルギー,生物自身が出
入りする開放系である。境界線をどこに引くかは自動的に決められる
ものでもない。どのような生物に注目するかによって,適切な空間の
区切り方も異なるのであり,ある問題を考えるために設定した区分け
以外にもいろいろな区分けが存在する。
b生態系には間接効果及び非決定性があること
ある生物に与えた影響が,直接的な関係を持たない他の生物に大き
な影響を与えることがあり,これを生態系における間接効果という。
間接効果は,直感的に予想可能な場合もあるが,種間関係が複雑に絡
み合うと,間接効果がどのように働くのかを予想するのは難しくなる。
したがって,ある種の生物が増加することによって,他の生物が増え
るのか減るのかといった傾向ですら,予測できないのが普通である(非
決定性)。
c生態系には,非定常性と不均一性があること
生態系はたとえ人間の干渉がなくとも,一定の状態に留まるもので
はない(非定常性)。自然の植生が徐々に変わっていくことを遷移と
呼ぶが,遷移は常に一方通行とは限らず,逆戻りすることもあり,こ
れをかく乱と呼ぶ。かく乱が頻繁に起きると遷移は進まず,稀にしか
起きないと遷移が進む。適度な頻度でかく乱が起きることは,生物多
様性の維持に役立つと言われている。かく乱は,競争に強い生物だけ
が優先的に増えることを抑える効果があるからである。このように生
物多様性は,遷移とかく乱という逆方向に作用する生態系過程のバラ
ンスによって保たれているのであり,どちらに偏っても生態系の健全
さは損なわれる。
(ウ)α1山には約1300種以上の植物,5,6千種の昆虫,多くの種
類の野鳥や哺乳類が生息しており,これらの動植物が互いに密接な直接
効果,間接効果を及ぼし合いながらひしめき合っており,その生態系は,
α1山の特殊な地形・地質と密接に関係している。このような生態系へ
の影響を調査,予測,評価するためには,様々な価値軸により,保全す
べき自然環境を抽出し,これを一体の場としてとらえて予測評価や環境
配慮を行う必要がある。本件環境影響評価1で実施されたわずかな期間
で,上記のような調査を行うことは不可能である。
(エ)以上のとおり,本件環境影響評価1はおよそ不十分なものであるか
ら,本件環境影響評価1が「影響が少ない」と評価したからといって,
それがα1山の自然生態系への影響が少ないことを意味しないことは
明らかである。
仮に,影響が少ないとしても,ひとたび生態系が影響を受けて改変さ
れてしまえば,二度と元には戻せないことを考慮する必要がある。した
がって,生態系についての予測が不確実であって,少しでも生態系破壊
の可能性が残る場合には,開発行為を中止することが必要である。
以上によれば,本件環境影響評価1を採用し,本件事業による不利益
は少ないとして,本件事業認定の公益性を認めた原判決は取り消される
べきである。
エ原判決は,本件圏央道事業等の施行によって失われる不利益として,控
訴人らが主張した項目のうち,「α1山の地下水への影響」及び「景観に
及ぼす影響」については,具体的に取り上げて検討・判断した。これに対
して,「陸上植物への影響」,「陸上動物への影響」及び「地形・地質」
については,単に,本件環境影響評価1において「影響が少ない」と判断
されていることのみを理由にして控訴人らの主張を排斥しており,具体的
な検討・判断をしていない。上記3項目については,判断の遺脱があった
といわざるを得ない。
(3)景観破壊について
ア本件各環境影響評価の誤り
(ア)本件環境影響評価1の手法の誤り
東京都技術指針は,景観に関する環境アセスメントの対象範囲につい
て,「対象事業の実施に伴う地形の改変,施設の設置等が景観に影響を
及ぼすと予想される地域並びにその影響の内容及び程度とする。その場
合,地域が一体として有している景観の特性に対する影響を含む。」と
定める。「景観への影響」としては,①主要な景観構成要素の改変の
程度及びその地点からの眺望の変化の程度,②代表的な眺望地点の改
変の程度及びその地点からの眺望の変化の程度,③貴重な景勝地の消
滅の有無又は改変の程度,④圧迫感の変化の程度,の4点が挙げられ
る。
本件環境影響評価1は,α27地域の住宅地として,「新興住宅地」
を選択し,眺望視点をP27公園として,そこからの眺望景観について
「圧迫が少ない」,「特性の変化が少ない」と予測している。しかし,
α27地域は,旧α28街道沿いに古くからの民家を中心として形成さ
れたα29地区やα30地区を中心として形成された集落であり,山間
集落的なまちなみ景観が中心である。その点でα27地域の「新興住宅
地」を選択するのではなく,少なくとも旧α28街道沿いにあるα29
地区やα30地区及びα31等を中心とする地区を選択すべきであった
から,本件環境影響評価1は選択地域を誤っている。また,本件環境影
響評価1は,ジャンクションや橋りょうが及ぼす自然景観への影響につ
いての正しい認識を欠いた不当なものである。
(イ)本件環境影響評価2の前提事実の誤り
本件環境影響評価2は,「α4インターチェンジの建設が予定されて
いる一般国道○号沿いの地域の市街地化が進み人工的景観要素を多く含
んでいる」とし,これを前提に「α4インターチェンジによる景観の影
響が少ない」としている。
しかし,市街地化が進んでいるのは上記インターチェンジとは離れた
地域であり,上記インターチェンジ部分は,のどかな田舎の景観が維持
されていたから,α4インターチェンジによる景観破壊の影響は極めて
大きいのであり,のどかな田舎の景観は見る影もないほどに破壊された
のである。したがって,本件環境影響評価2は重大な誤りを犯している
のである。
イ圏央道建設によるα1山の景観破壊
α1山は,奈良時代に高僧行基が堂宇を建立し薬師如来像を安置し寺号
をα32寺と名付けて以来,信仰の山といわれている。その後,α1山は,
飯縄大権現を信仰する霊山として知られるようになり,戦国時代,江戸時
代,明治時代を通じて保護されてきた。昭和42年には,α1山を中心と
する地域が,自然公園法に基づき,P28公園として指定された。このよ
うに自然環境が守られてきたため,α1山は,豊かな自然生態系とすぐれ
た景観を有し,安らぎの場として,多くの人々が訪れているとともに,信
仰の山として,α32への参拝者も多く,α33滝,α26滝では滝修行
に精進する人も見受けられる。このα1山の豊かな自然景観,歴史的文化
的景観は,世界的にも高く評価され,ミシュラン・グリーンガイド・ジャ
ポンはα1山を富士山と並ぶ三つ星観光地に選定しているのである。
α27町は,旧α28街道に沿った集落であり,南側はP28公園のα
1山があり,北側はP29公園に接して,その谷間に位置している。この
ようなα27の景観は,α1山を含むなだらかな山並みと豊かな自然景観
が織りなす美しい里山の景観であり,「P28公園」と命名されたことか
らも明らかなように「P30」としての落ち着きのある豊かな自然景観に
恵まれていたのであり,周辺住民はもちろんα1山を訪れる多くの観光客
に安らぎと癒しを提供してきたのである。
本件圏央道事業等は,このような落ち着きのある自然景観とは全く相容
れない巨大な人工構造物である橋,橋脚を設置しようとするものであり,
α1山トンネルはα1山を突き刺すようにして貫通するのである。α27
の豊かな自然景観の中に現れるこれらの人工構造物の存在は人々に異様な
圧迫感,違和感を与え,α27のすぐれた景観を決定的に破壊するもので
あることが明らかである。実際,本件圏央道事業等が進むにつれて,同事
業がα27の景観に及ぼす影響が甚大,深刻なものであることがより明白
となってきており,もはや誰の目にも明らかとなっている。
原判決は,以上のような明白な景観破壊を無視し,本件圏央道事業等が
α27の景観に及ぼす影響は少ないとする環境影響評価書の評価について,
明らかに不合理であるとまでいうことはできないと判断したのであって,
極めて不当である。住民の景観利益を認めた上で,公有水面の埋立免許処
分が行われることによって景観が侵害されるものと認定し,上記処分の差
止めを認めた広島地裁平成21年10月1日判決(以下「鞆の浦判決」と
いう。)の法理に照らしても,本件圏央道事業等による景観破壊は明らか
である。
ウ公共の利益と失われる利益の比較衡量についての誤り
(ア)原判決は,本件圏央道事業等のように山間部に環状道路等を設置す
る事業において,「景観の破壊を完全に防止することが困難であること」
をもって,失われる利益を減ずる要素として評価している。
しかし,豊かな自然景観,歴史的文化的景観を有し,国民の財産とし
ても貴重なα1山については,「景観の破壊を完全に防止することが困
難であること」は,事業の公共性を否定し,公益性を減ずる要素として
評価すべきものであり,原判決には誤りがある。
(イ)原判決は,景観への影響について,これが直ちに周辺住民の生活妨
害や健康被害を生じさせるという性質のものではないとし,これを本件
圏央道事業等の施行によって得られる公共の利益が失われる利益に優越
する根拠の1つとしている。
しかし,景観利益といえども,人が健康で文化的な生活をしていく上
で不可欠であり,これを奪われる時には,精神的苦痛を感じ,健康被害
を生ずる場合があることは,原審で詳細に主張したとおりである。自然
公園法1条が「この法律は,優れた自然の風景地を保護するとともに,
その利用の増進を図ることにより,国民の保健,休養及び教化に資する
とともに,生物の多様性の確保に寄与することを目的とする。」と定め,
「優れた自然の風景地の利用」が「国民の保健,休養」に資することを
目的とすることを明言しているのは,優れた自然風景が人の健康に深く
関与していることを法が認めていることを端的に示している。
また,たとえ,健康被害や生活妨害にあたらない場合であっても,国
定公園のように極めて多数の人がまさに国の財産としてこれを利用して
いる場合,行政はこの利用を保護増進する責務を負うのであって,安易
に失われる利益を軽視してはならないはずである。
(ウ)鞆の浦判決を参考にすれば,本件においても本件圏央道事業等がα
1山の景観に及ぼす影響は決して軽視することのできない重大なもので
あり,自然公園法が公益として保護しようとしている景観を侵害するも
のといえるから,これについての政策判断は慎重にされるべきであり,
そのよりどころとした調査・検討が不十分であるか,判断内容が不合理
である場合には,本件圏央道事業等は合理性を欠くことになる。
本件では,事業の施行によって得られる公共の利益を判断する上で,
もっとも基本的な費用便益分析について客観的データが提出されていな
いのであるから,国土交通大臣の判断は重要な事実の基礎を欠いており,
そのよりどころとした調査・検討が不十分であるから,本件圏央道事業
等が合理性を欠くものであることが明白である。
(4)大気汚染について
ア二酸化窒素予測について
(ア)プルームモデルの評価について
a原判決は,昭和58年3月の環境影響評価制度の手引きではプルー
ムモデルによる予測が基本とされていること,拡散幅も実測や実験デ
ータに基づいて定めるとしていること,複雑地形は拡散を促進するこ
となどからプルームモデルでの予測も不合理とはいえないこと,風洞
実験で予測結果を検証していることなどを理由にして,本件環境影響
評価による二酸化窒素の濃度予測について,予測時点や地点も含めて,
特段不合理ではないとしている。
bしかし,上記環境影響評価制度の手引きは,「気象条件及び物質の
排出条件の時間的変化,臨海部における海陸風の循環,複雑地形の影
響等を考慮しなければならない場合は,差分モデルの利用を検討する」
としており,複雑地形では差分モデルを検討すべきとしている。プル
ームモデルを複雑地形に用いることについて限界があることは,既に
様々な文献でも指摘されてきたところである。専門家も,「平坦地を
想定したプルームモデルはいわゆる複雑地形と呼ばれる地形に対応し
たものではない」とした上で,複雑地形においては,現地拡散実験と
風洞実験によって拡散幅の設定を行うべきであると指摘しており,少
なくとも,本件各環境影響評価が実施された当時から,α27のよう
な複雑地形においては,プルームモデルでの予測が不適当であること
は明らかである。
c原判決は,風洞実験によってプルームパフによる予測の妥当性が確
認されているとするが,そもそも強い接地逆転層が発生するα27地
区で,接地逆転層の把握のために風洞実験を行うのは適切でないこと
が指摘されている。しかも,本件における風洞実験の内容は,予測結
果を風洞実験で確認したものではなく,予測結果と実験において得ら
れた結果との違いを示し,予測結果をどの程度補正するのかという補
正値を求めているのである。これは,予測結果が正しいことを確認し
たのではなく,予測結果が実験結果と食い違ったことを示している。
d原判決は,本件各環境影響評価の予測手法について,実験や実測デ
ータにより拡散幅を定めるとしているが,本件各環境影響評価で用い
られた拡散幅は,道路整備マニュアル通りの拡散幅であり,α27の
ような複雑地形を考慮した実測データに基づく拡散幅ではない。しか
もこの拡散幅は,α27のような山谷地で地上50メートルのジャン
クションのある場所で適用できるものではない。「大気汚染の予測手
法の適用性に関する調査業務報告書」では,拡散幅の適用範囲を,高
架で13メートル以下,予測範囲は横断面で150メートル,鉛直高
さで18メートルの範囲としており,また,広域拡散を予測する場合
には,現行マニュアルの予測手法をそのまま広域汚染予測に適用する
ことは避けるべきであるとしている。α27に建設されるジャンクシ
ョンは,上記予測範囲よりも格段に広いのであり,拡散幅の限界を超
えていることは明らかである。
e本件環境影響評価1では,α27ではわずか一地点での予測となっ
ているが,α27は旧α28街道沿いに住宅地が広がっており,一地
点での予測のみで,α27の大気汚染状況を正確に予測したなどとは
到底いえない。
(イ)3次元流体モデルでの予測について
a原判決は,控訴人らが行った3次元流体モデルによる予測について,
①気象データは地形影響を受ける前のデータである必要があるとこ
ろ,構造物や地形の影響を受けているα27地域のデータが使用され
ていること,②検証シミュレーションにおける実測データが簡易カ
プセルによるものであって精度が低いことやバックグラウンド濃度の
根拠が明らかでないことを理由に,上記3次元流体モデルによる予測
の結果は,本件各環境影響評価による二酸化窒素の濃度予測の合理性
に疑問を抱かせるものとはいえないとしている。
3次元流体モデルによる場合に,地形影響を受ける前のデータが必
要であることは原判決が指摘するとおりであり,本来であれば,α2
7地域の上空で,一定の高度を区切って観測したデータを使用するの
が理想である。しかし,α27地域では被控訴人国もそのような観測
は行っていないため,本来必要なデータそのものが存在しないのであ
る。また,原判決は,簡易カプセルによるデータの精度を問題とする
が,そもそもα27地域には常時大気汚染を観察する一般局が設置さ
れていないため,簡易カプセル以外のデータは存在しない。
将来の大気汚染の予測に必要となる上空のデータや大気汚染の状況
などは,本来は被控訴人国,被控訴人東京都などの行政側が測定して
いなくてはならないのである。そのデータがないことをもって,「不
正確」,「精度がかける」などという認定をするのは,控訴人ら住人
に不可能を強いるものである。
b控訴人らにおいて,プルーム・パフモデルを用いて計算をし,その
結果得られた計算値と現況の中央自動車道の実測値との相関関係を調
べたところ,計算値の方が実測値よりも大幅に過小となることが判明
した。つまり,プルーム・パフモデルの計算値は,実測値とほとんど
相関がとれないほど過小に算出されているのである。これに対して,
α27の気象データ,館町の気象データを使った3次元流体モデルで
の予測による計算値と実測値は相関がとれている。
(ウ)以上によれば,α27のような複雑地形について,均一平坦な拡散
場を前提としたプルームモデルで,しかも一地点のみ予測することは著
しく不合理であり,プルームモデルでの計算値では,実測値と比較して
大幅に過小に出てしまうことも明らかであるから,本件各環境影響評価
における予測は著しく不合理であるのに,これを採用した原判決には事
実誤認がある。
イ浮遊粒子物質(SPM)について
(ア)原判決は,本件各環境影響評価の時点では,SPM予測の手法が確
立していなかったなどとして,SPM予測が行われなかったことについ
て不合理とはいえない,としている。
しかし,技術が「確立」するかどうかが問題なのではなく,予測が「可
能」かどうかが問題なのである。本件各環境影響評価が行われた当時,
すでにSPMについての予測手法は紹介されていたのであるから,排出
係数の確定など不十分な部分があっても,「現在の知見では最低このレ
ベル」といった形での予測結果の公表は可能だったはずである。
(イ)原判決は,微小粒子状物質(PM2.5)について,環境基準が告
示されたのは平成21年9月であるから,本件各環境影響評価において
予測されていなくとも問題はない,とする。
確かにPM2.5についての環境基準は本件各環境影響評価書作成時
点ではできていなかった。しかし,PM2.5は,多くの疫学的研究か
ら,呼吸時の気管内への吸入に際してより深部にまで達するものであり,
これによる死亡率や罹患率が高まっていること,大気中の濃度が高まる
と呼吸器疾患で死亡するリスクが増える可能性があることなどが明らか
となってきており,近年健康被害の観点から注目されてきているもので
ある。PM2.5はSPMのおよそ70パーセントをしめるといわれて
おり,この水準からすれば,α6地域でも現在のSPM濃度で環境基準
を超える危険性もある。住民の健康を考える立場からすれば,PM2.
5の環境基準が設定されている現在においては,本件圏央道事業等に関
連してもPM2.5の予測をすべきである。
(ウ)以上によれば,本件各環境影響評価においてSPM予測をしなかっ
た点,本件各環境影響照査においてSPM及びPM2.5についての予
測をしていない点は,本件に関する環境影響評価の不合理性を示すもの
である。それにもかかわらず,この点を看過して,本件事業によって得
られる公共の利益が失われる利益を上回るとした原判決には,事実誤認
がある。
(5)騒音について
ア国際的な基準を前提とする主張
(ア)WHO(世界保健機構)は1999年に環境騒音ガイドラインを制
定した。それによると,睡眠妨害に係わる環境騒音ガイドラインとして
は,屋内で30デシベル,LAmax45デシベルであり,屋外で窓を
少し開けた状態で45デシベル,LAmax60デシベルであった。そ
の後,疫学研究の知見が充実したことにより,WHO欧州事務局は,騒
音による健康影響の防止を目的とした「欧州夜間騒音ガイドライン」を
2009年に交付した。これは1999年ガイドラインを補足するもの
とされており,夜間の騒音による睡眠妨害が健康影響の主な要因である
とした上で,ガイドライン値を屋外40デシベルとしている。つまり,
40デシベルが健康への悪影響が出始めるレベルとされたのである。な
お,暫定目標値として55デシベルが設定されたが,これは健康影響に
基づいた値ではなく,環境基準の実現可能性に基づいた中間目標であり,
あくまでも,例外的な局所的地域に一時的に適用して良い数値であると
されており,高感受性群の健康はこの暫定目標値の騒音レベルでは保護
されないことが指摘されている。
WHO欧州事務局は,2011年に「環境騒音による疾病負荷」を公
表し,これにより,交通騒音が有する健康リスクが有害物質による水質
汚濁や土壌汚染,ダイオキシン,ベンゼンなどによる大気汚染とは,比
較にならない高い健康リスクを有していることを明らかにした。
(イ)「欧州夜間騒音ガイドライン」や「環境騒音による疾病負荷」は,
専門家や科学者が政策決定者に対して夜間騒音の法的規制に関して助言
を与えるために作成されたものであるから,日本が騒音施策を行うに当
たっても,公知となった騒音による健康影響という視点から,環境基準
を見直し,新たな視点から環境基準を制定する必要がある。この観点か
ら,現行の騒音に係わる環境基準の問題点を指摘すると以下のとおりで
ある。
a「健康影響」に係わる事項については,平均的住民よりも影響を受
けやすい高齢者や病人,幼児等の高感受性群を対象に基準を設定する
必要があるが,現行の環境基準は,平均的な住民を対象に設定されて
おり,これら高感受性群を考慮していない。
b睡眠妨害は単発的な騒音による影響が大きいが,LeqやLden
ではこれら高騒音の単発騒音による影響を把握できない。WHOのガ
イドラインではLmaxを考慮し,欧州夜間騒音ガイドラインはこれ
ら単発的な騒音も考慮して夜間屋外40デシベルを設定している。日
本の環境基準においても考慮すべきである。
c環境基準は,22時から6時を夜間として設定されているが,これ
は6時台に起床する人が多いことを前提にしている。しかし,6時台
に起床する人が多いと言うことは,6時から7時までの間は寝ている
人が多いということでもあるから,むしろ夜間は7時までとすべきで
ある。
d環境基準は,住居地域,商工混在地域,道路に面する地域など地域
区分によって異なる環境基準を設定しているが,合理性がない。騒音
による健康リスクを考えると大気汚染や有害物質による汚染に地域区
分がないのと同様に騒音にも地域区分をすべきではない。
e環境基準を定めるに際して,窓を閉めた状態での家屋の防音性能に
ついて,平均値である25デシベルが使われている。このように平均
値で防音性能を評価することは,平均以下の住宅に居住する住民の健
康影響が考慮されていないことになる。日本の場合は防音性能の低い
15デシベル程度の木造家屋の防音性能を基準とすべきである。また,
一般に,住民は,換気のため窓を少し開けた状態での生活を望むので,
WHOの環境騒音ガイドラインや欧州夜間騒音ガイドラインのように,
窓を少し開けた条件での環境基準を定めるべきである。
f基準値についても,道路に面する地域及び幹線道路近接空間の夜間
の基準値のほとんどは,欧州夜間騒音ガイドラインの暫定目標値の5
5デシベルを超えており(幹線道路近接空間では65デシベルであ
る。),心疾患のリスクがあるとされる値である。要静穏地域以外の
夜間の基準値は,欧州夜間騒音ガイドラインの基準値40デシベルを
超えており,高感受性群だけでなく一般住民も心疾患のリスクから保
護されていないことを示している。
(ウ)圏央道に面しているα27地域の騒音状況について
α27町α30地区に所在し,α6ジャンクションの直下にある控訴
人P8(第1控訴人兼第3事件控訴人)宅の騒音状況は,昼夜の騒音差
がなく平均騒音レベルは55デシベル前後であり,最大騒音レベルはL
Amaxが約70デシベルである。α27町α34地区に所在する控訴
人P31(第4控訴人)宅の騒音状況は,夜間において48ないし49
デシベルである。
以上の騒音状況は,日本の環境基準は下回っているものの,WHOに
よれば,人の健康リスクを生じるレベルであるとされている夜間屋外4
0デシベルを超えているのである。
イ現行の環境基準を前提とした主張
(ア)環境基準と受忍限度について
原判決は,環境基準は生活環境を保全し,人の健康の保護に資する上
で維持されることが望ましい基準として定められたものであるから,当
該事業によって,環境基準を超える騒音被害が発生するがい然性がある
としても,これをもって直ちに当該事業を認定することが違法であると
いうことはできないとしている。しかし,騒音にかかる環境基準は,人
の健康を確保する上で最低限の基準であり,むしろ環境基準以下であっ
たからといって受忍限度を超える騒音被害がないと認定することはでき
ないのである。原判決は,この点についての認識が不十分であるために,
受忍限度を超える騒音被害のがい然性が高い本件圏央道事業等の騒音被
害防止についての諸要素をことさら軽視し,一方では本件圏央道事業等
の公共性を過重に評価した結果,事業認定の違法性について不十分な判
断をしている。
(イ)環境基準の「道路に面する地域」の適用について
「道路に面する地域」とは,まさに文字どおり道路に面する地域であ
り,せいぜい道路から20メートル以内のことをいい,それ以上に拡大
適用することは許されない(平成11年4月1日施行の新環境基準は,
道路に面する地域のうち「幹線交通を担う道路に近接する空間」とは二
車線以下の車線を有する道路の場合は道路端から15メートル,二車線
を超える車線を有する道路端から20メートルと距離で限定しているこ
とも,上記控訴人らの主張の正当性を裏付けるものである。)。α27
の場合,α29地区の民家は圏央道ジャンクション及び中央自動車道か
らほとんどが100メートル以上離れており,α30地区も50ないし
80メートル離れているから4車線の道路に面する地域とはいえず,一
般住宅の新環境基準である昼間Leq55デシベル,夜間Leq45デ
シベルを適用すべきである。原判決の認定や被控訴人国らの主張のよう
に「道路交通騒音の影響を受ける地域」が,文字どおりすべて「道路に
面する地域」ということになれば,今日の一般住宅地においても騒音被
害の中心が道路騒音であり,A類型の住居専用地域においてもほとんど
が「道路騒音の影響を受ける地域である」として「道路に面する地域」
に該当してしまうことになる。
環境庁の騒音規制法の解説書は,「道路に面する地域」の環境基準を
一般地域の基準より緩和する理由として,「道路騒音の実態が特に主要
幹線道路などにおいて著しく悪化していること,一方道路の公共性が極
めて大きく,かつ道路周辺の地域住民が道路から利益を得ている場合が
少なくないといった条件を考慮して,道路に面する地域については道路
に面しない裏側と同じレベルの厳しい基準を適用するのは妥当ではない
と判断されて環境基準が緩和されたのである。」としているのであり,
「道路に面する地域」の環境基準が適用される地域とは,当該道路から
利益を受けている地域であることが条件である。
α27地域は,中央自動車道からも圏央道からも全く道路の利益を受
けることはない。大気汚染や騒音被害など被害を受ける地域でしかなく
利益を受ける地域ではないから,α27地域に騒音にかかる環境基準の
適用に関して「道路に面する地域」の環境基準を適用することは誤りで
ある。
(ウ)株式会社P32による騒音予測結果の調査報告書(甲F14,以下
「本件調査報告書」という。)に対する原判決の評価について
原判決は,起業者らが行った本件各環境影響評価や本件各環境影響照
査については,その科学性を検討することなく無批判に採用しながら,
控訴人らが提出した騒音予測についての証拠である本件調査報告書につ
いては,地形による騒音の反射や吸収の有無,地形が騒音の伝播に及ぼ
す影響についてどのような地形のいかなる状態をどのように考慮したか
が必ずしも明らかではないとして,これを採用しなかった。
しかし,本件調査報告書は,本件各環境影響評価や本件各環境影響照
査による騒音評価と比較して,はるかに科学的根拠を有する調査報告書
であるから,これを採用しなかった原判決は,不当である。
(エ)建物の遮音効果と睡眠妨害について
原判決は,屋内40ホン(新環境基準では40デシベル)以下なら睡
眠妨害は生じないとしているが,間違っている。
アメリカ環境保護庁(EPA)が1974年に公表している指針はL
denで戸外55デシベル以下,屋内45デシベル以下であるが,これ
により屋内レベルLeqとして昼間約40デシベル,夜間約32デシベ
ルが期待できるとしている。WHOの1980年の専門委員会勧告では
戸外Leq45デシベル,室内Leq35デシベルであったが,前記1
999年のガイドラインでは睡眠妨害を防止する指針として寝室の屋内
値Leq30デシベル,Lmax45デシベル,寝室の屋外値をLeq
45デシベルとしている。さらに,前記欧州夜間騒音ガイドラインによ
れば,ほとんどの高感受性群を含む住民を健康影響から保護するための
ガイドラインとして,Lnight屋外で40デシベルと定めている。
したがって,睡眠妨害を防止できるレベルとして屋内40ホンと判断
した原判決は間違っており,屋内では30デシベル及びLmax45デ
シベルを確保する必要があり,そのための屋外値は家屋の遮音効果を最
大15デシベルとみても,最大Leq45デシベル,Lmax60デシ
ベルと考えるべきである。ところが,α27地域に適用された「道路に
面する地域」の屋外の環境基準である夜間Leq55デシベルでは屋内
では40デシベル程度になり,屋内でのLeq30デシベルを確保する
ことは困難であり,睡眠妨害を防止することができない。
ウα1山の静穏を確保する権利及びサウンドスケープの権利侵害について
控訴人らは,本件各環境影響評価や本件各環境影響照査においてα1山
登山道についての評価が行われていないことを指摘し,このような環境影
響評価や環境影響照査は,α1山の静穏を確保する権利やサウンドスケー
プについての権利に対する侵害を全く考慮しないものであって,本件事業
によって失われる重大な利益を無視する不当なものであると主張したのに
対して,原判決はこの主張を排斥した。
このような原判決の態度は,α1山の価値,α1山の静穏を確保する権
利やサウンドスケープについての権利に対する無理解に基づくものである。
(6)振動及び低周波空気振動について
ア振動について
原判決は,本件各事業により,計画路線周辺で振動被害が発生するおそ
れがあることは否定できないとしながらも,本件各環境影響評価及び本件
各環境影響照査において,工事完了後の振動被害について,要請限度を下
回ることが予測されているとし,この予測方法が特段不合理であるとはい
えないから,事業により得られる公益が振動発生により失われる利益に優
越するとした国土交通大臣の判断に違法はないとした。
しかし,都内の環状7号線,産業道路,第2京浜などの幹線道路の沿道
の調査によれば,L10値で52デシベル程度で81パーセントの人が振
動被害を感じると訴え,43パーセントの人が「建物の壁にひびが入った
り家の一部がゆがむ」という被害を訴えていること,α6ジャンクション
は,8本のループ式で,都道から地上約60メートルの高さに,東西約8
00メートル,南北約300メートルにわたって設置され,総延長は約8
キロメートルにも及ぶという巨大なものであること,α6城跡トンネルα
35からα1山トンネル北坑口を結ぶ巨大な高架橋りょうも地上約60メ
ートルの高さを通過するものであることなどからすると,上記幹線道路の
沿道と比較してはるかに大きな,深刻な振動被害が予測される。
本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査は,上記被害を軽視し,既
に発生している幹線道路沿道の振動被害の実態を考慮せず,杜撰な調査で
過小な振動予測をしているものであって,到底信用するに値しないもので
ある。このような本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査を是認し,
本件事業認定の適法性を認めた原判決は取り消されるべきである。
イ低周波空気振動について
原判決は,本件各事業により,計画路線周辺で低周波空気振動が発生す
るおそれがあることは否定できないとしながらも,本件各環境影響評価及
び本件各環境影響照査において,工事完了後の低周波空気振動が沿道周辺
の日常生活に支障のない程度のものか,又は「道路環境影響評価の技術手
法」に記載された参考指標を下回ることが予測されているとし,この予測
方法が特段不合理とはいえないから,事業により得られる公益が振動発生
により失われる利益に優越するとした被控訴人国(事業認定庁である国土
交通大臣)の判断に違法はないとした。
しかし,本件各環境影響評価では,低周波振動については,α27で現
況調査をすることなく,都内の高架道路から発生する低周波空気振動の調
査事例を参考にして,自動車専用道路の音圧レベルの中央値70ないし9
0デシベルと同程度と考えられるとして,また,低周波空気振動にかかる
評価の指標は未解明の部分が多く未だ確立されていないとして,沿道住民
の日常生活に支障のない程度のものと考えると結論づけているものであっ
て,環境影響評価として不十分な調査である。
中央自動車道による低周波空気振動の被害については,住民の測定で,
α27町α30地域の民家において10Hz付近で75ないし80デシベ
ルを記録したことがあり,中央自動車道から135メートル離れた民家で
も10Hzで75デシベルを超える低周波空気振動が発生し,民家の戸や
障子がガタガタ鳴る被害が出ている。中央自動車道の高架橋りょうからの
低周波空気振動はα27地域の住民の睡眠妨害も引き起こしている。
以上のとおり中央自動車道によって既に発生している低周波空気振動被
害の状況に,上記アで述べたα6ジャンクション及び高架橋りょうの規模
や形状を考慮すれば,自動車通行によって低周波空気振動の発生が予測さ
れるところ,α30地区の民家は,α6ジャンクションの高架橋りょう道
路から約50メートルから130メートル程度の範囲にあり,特別養護老
人ホームP33は高架橋りょうから150メートル以内にあることから,
低周波空気振動の被害の発生が予想される。原判決は,以上のような低周
波空気振動の被害について十分な調査を行っていない本件各環境影響評価
及び本件各環境影響照査に基づく被控訴人国の主張をそのまま採用した点
において誤りがある。
(7)α27地域の生活環境等の破壊について
本件圏央道事業等は,以下のとおり,豊かな自然環境と歴史的文化的な環
境を有するα27地域の環境を破壊し,住民の生活を破壊するものであり,
事業によって失われる利益は,取り返しのつかない貴重なものである。
アコミュニティーの破壊
圏央道事業の事業計画が公表されて以来,もともと人間関係が濃密で,
仲の良かった集落に,事業に対して賛成するか反対するかで対立が持ち込
まれた。気の置けないお茶飲みや皆で楽しむ行事が消えてしまった。町会
の集まりでも,喧嘩にならないよう,気を遣いながらの話合いしかできな
くなった。工事反対とは言わなくなった住民たちも,橋脚等がはっきりと
姿を現してきて以降,その直下で生活することに不安を感じている。事業
に反対すべきか,賛成すべきか,住民らの対立と苦悩は,既に20年以上
も続いている。
イ眺望の変化
α27地域に居住する住人らは,いずれも,その山を,毎日仰ぎ眺め,
家族のように愛し,癒しを得,地域への愛情を育んできた。その自然景観
のうち,本件事業によって既に失われてしまったものは,次世代に実体験
させることができなくなった。
ウ騒音被害
α27地域は,もともと非常に静穏な環境であった。静けさの中で,川
や鳥や小動物の声を聞くことができた。住民らは,それらの「音」によっ
て,もう朝だ,とか,そろそろ日が暮れるとか,或いは,「ああ,春が来
た」とか「夏も終わりか」というように,一日の時間を移ろいや四季の変
化を,聴覚を通じて感じていた。
現在は中央道からの騒音によって,夜間の静寂は随分と破られてしまっ
ている。しかし,本件圏央道事業によって,中央道からの騒音が反射して
増幅されるようになっただけでも,騒音被害は一層ひどくなっている。
今後,圏央道の自動車走行量が増えた場合,この地域は,道路に面する
地域並みの騒音に曝されることが予想され,静穏な環境は全く失われてし
まうおそれがある。
エ文化・情操教育,研究の場の喪失
α27地域の自然は,そこに住む人達にとって,よい成育環境というだ
けでなく,その自然を教材として取り上げることでも,教育的な成果をあ
げている。α1山に多くの子供達が遠足に来るのは,単に,近くて便利だ
からではなく,多様な自然が生きているからである。自然に触れることで,
子供達の創造力は触発され,子供達は素晴らしい集中力を発揮する。その
結果,素晴らしい美術作品が自然に生まれる。子供のころ,α1山で,植
物や昆虫,小動物など,生命や自然の不思議に触れた経験が,後に多くの
研究者を輩出してきたことも,繰り返し指摘したところである。自然の中
で育つ体験が子供の感性を育ててくれる。子供に限らず,α1山にただ登
って歩き回るだけで心癒されるというファンは多い。α27地域について
も同様のことがいえる。
5本件事業認定の法令違反について
(1)事業認定の手続違反について
ア本件事前説明会について
事前説明会については,土地収用法の改正に際して,「事前説明会につ
いては,開催期日等の十分な周知を図るとともに,起業者と利害関係人と
の間の質疑応答を実施するなど,実効性のあるものとするよう努めるこ
と。」という参議院附帯決議がされている。
ところが,本件事前説明会は,ごく形式的に行われ,実効性のあるもの
とする努力が何らされていなかったのであり(具体的にいえば,形式的に
質疑応答の機会は設けられたものの,質問に対応しない回答がほとんどで
あり,対応していたとしても不正確であった。肝心の質問に対しては答え
をはぐらかしていた。),起業者らは単に説明会を行ったというアリバイ
作りをしたにすぎなかった。上記参議院附帯決議は無視されたのである。
このような事前説明会に手続違反がないとした原判決の判断は誤りであ
る。
イ本件公聴会について
公聴会については,公聴会の開催が義務づけられることになった平成1
3年の土地収用法の改正に際して,各種の公聴会が形骸化している実態を
踏まえ,その実効性を確保するために,参議院国土交通委員会及び参議院
において,「公聴会については,開催期日等の十分な周知を図るとともに,
議事録を公開するなど情報公開の徹底に努めること。」,「公聴会が形骸
化することのないよう,公聴会で述べられた住民等の意見は第三者機関に
適切に伝えるとともに,公述人相互の間で質疑が行えるような仕組みとす
るなど,住民意見の吸収の場という公聴会の本来の役割を果たすよう,規
則改正も含めて必要な措置を講ずること。」という附帯決議がされている
のであり,このような立法の趣旨によれば,住民意見の吸収の場という本
来の役割を果たすような公聴会が実施されなければならないのである。と
ころが,本件公聴会は,依然として形骸化しており,上記立法趣旨等とは
ほど遠いものであった。
このような本件公聴会に手続違反がないとした,原判決の判断は誤りで
ある。
ウ社会資本整備審議会からの意見聴取について
社会資本整備審議会については,土地収用法の改正の際に,「法学会,
法曹界,都市計画,環境,マスコミ,経済界等の分野からバランスのとれ
た人選を行う」,「社会資本整備審議会における事業認定に関する審議に
は当該事業に利害関係を有する委員は加わらないようにするなど,運用の
中立性,公正性等を確保するとともに,議事要旨の公開に努めること。」
という附帯決議がされている。ところが,本件の社会資本整備審議会の委
員については,上記立法の趣旨に沿った人選が行われておらず,委員の構
成に偏波性があり,中立性・公正性を疑わせるものであり,第三者委員会
としての中立性・公正性が全く確保されていない。
このような本件の社会資本整備審議会の委員構成について,何ら違法の
問題はないとした原判決の判断は誤りである。
エ事業の認定をした理由の告示について
本件事業認定の理由の告示は,単に起業者らの求める結論のみが掲げら
れたものであって内容が伴っていないから,法に従った事業認定理由の告
示があったとはいえない。このような告示を適法とした原判決の判断は誤
りである。
原判決は,理由の告示と同時に,ホームページで公開された国土交通省
の見解が詳細であることをも勘案して,事業認定理由の告示が理由の付記
を欠くものではないと判示しているが,結局,「上記見解をも勘案して」
はじめて理由の記載があると評価できるとしたものであり,原判決も,事
業認定理由の告示だけでは理由の記載があったとはいえないことを認めて
いるのである。
(2)環境影響評価に関する手続違反について
ア原判決は,土地収用法その他の関係法令上,事業の認定の申請又は事業
の認定にあたり,起業者又は行政庁に環境影響評価を行うことを義務づけ
る規定は見当たらず,環境影響評価を行うことは事業認定の要件ではない
としているが,仮に,環境影響評価を行うこと自体は事業認定の要件では
ないとしても,現に環境影響評価がされている以上,環境影響評価に関す
る内容及び手続の瑕疵は事業認定の適法性に影響を及ぼすものと解すべき
である。
加えて,本件事業認定は,土地収用法20条3号の審査に必要となる事
業により失われる利益の認定・判断について,本件各環境影響評価及び本
件各環境影響照査をほぼ唯一の資料としているのであるから,本件各環境
影響評価及び本件各環境影響照査に法令違反があり,その内容に誤りがあ
った場合には,それだけで,同法20条3号の判断を誤った違法があると
いうべきである。なぜなら,本件事業認定は対象たる道路を含む首都圏中
央連絡道路にかかる本件都市計画決定を前提としているところ,本件都市
計画決定は当該対象道路について東京都環境影響評価条例で義務づけられ
ている本件各環境影響評価を前提としており,その適法性に依拠している
というべきだからである。
以上のとおり,本件各環境影響評価に瑕疵があれば,本件事業認定も違
法となるところ,本件各環境影響評価の手続及び内容に重大な瑕疵がある
ことは,既に述べてきたところから明らかであり,本件事業認定は違法と
評価されるべきである。
イ原判決は,東京都環境影響評価条例64条は事業者が環境影響評価書の
縦覧期間が満了した日から5年を経過した後に当該対象事業にかかる工事
に着工しようとする場合における事情変更に伴う環境影響評価の再実施を
定めた規定であるところ,本件工事はいずれも縦覧期間満了から5年以内
に着工しているから,同条例に基づく再評価の実施は不要であるとし,同
条例63条についても,同条が規定する変更の届出がないことから再評価
の実施は不要であるとする。
しかし,これらの規定の趣旨は,環境影響評価後に事情の変更が生じ,
再度の評価を行った場合に当初の環境影響評価と異なる結論が導き出され
る可能性が生じた場合には,当初の環境影響評価に従って工事を進めるこ
とによって周辺環境に回復不可能な影響が生じるおそれがあることから,
環境影響評価の再実施を義務づけたものである。したがって,再度の環境
影響評価の必要性の有無は5年の要件(同条例64条)や変更の届出の有
無(同条例63条)により形式的に判断するのではなく,再実施によって
結論が変化する可能性があるような事情の変更が存在するか否かを実質的
に判断すべきである。
これを本件についてみるに,SPM予測についてはその後予測手法が技
術的に予測可能な程度に進歩するに至り,少なくとも平成14年3月の事
後照査の時点では予測可能な状況となった。また,α6城跡トンネルの着
工後には井戸枯れや地下水位の低下,地すべりが生じている。α1山トン
ネルにおいても,P28公園地域内のα35付近の沢枯れ,α36におい
ても沢枯れやゆう水枯れが生じている。本件事業においては,工事完了の
予定時期を平成16年3月31日に変更し,その後再び平成18年3月2
1日に変更する届出がされているが,その原因は,もっぱらトンネル工事
がもたらした地下水位の低下であるところ,これは本件各環境影響評価が
不十分であったことを如実に示すものであり,そのまま工事を続行したの
では環境に著しい影響を及ぼすおそれがあることが明白であるから,新た
に慎重かつ適切な環境影響評価を再実施する義務があると認められる。こ
のような事情からすれば,再度の環境影響評価を実施すれば,当初のもの
とは大きく異なる可能性があるといえ,事情の変更が存在すると評価でき
る。したがって,再度の環境影響評価を実施しないことは,上記都条例に
違反する。
(3)都市計画法違反について
都市計画法16条等が,都市計画決定を行うにあたって住民の意見を聴取
し計画に反映させることとした趣旨は,行政計画における立法統制の限界に
鑑み,計画策定手続の中に住民参加の制度を設けることにより計画策定手続
を民主的に統制し,さらに計画の内容自体の合理性をも担保することにある。
かかる趣旨からすれば,同法16条の公聴会開催は都道府県知事の完全なる
自由裁量ではなく,その裁量には住民自治の観点からの限界があるというべ
きである。これを本件についてみるに,関係市町による説明会は同法16条
に基づくもの又はそれに準ずるものと評価できるところ,これらの説明会は
形だけのものに過ぎず,前述した都市計画決定過程における住民参加の理念
に到底合致するものとはいえない。したがって,本件都市計画変更決定は同
法16条に違反する。
さらに,同法18条についても,都市計画決定手続への住民参加という趣
旨からすれば,原判決が述べるように都道府県知事の裁量を過度に重視する
ことは許されず,都市計画審議会において顕在化した民意に十分配慮しなけ
ればならない。平成10年12月20日の八王子都市計画審議会の採決は,
P34委員の8つの発言事項のうち4つまで審議が進行した段階で突如とし
て審議打ち切りの動議が提出され,これが可決されて審議が打ち切りとなっ
た。審議会長は質疑を終了させ,諮問第7号八王子市都市計画道路変更の採
決を行ったところ,採決は賛成6,反対6の可否同数であった。審議会長は
賛成票,反対票を議場で数えることなく,あらかじめ用意したメモを読み上
げて「賛成多数で可決されました」と宣言して閉会してしまった。かかる事
実関係全体をみれば,原判決が述べるように,単に審議会で議決が可否同数
であったというにとどまらず,そもそも十分な討議を欠き,審議会としての
意思形成がされていない状態にあったと評価することができる。このように
意思形成が不十分なままで形式的に意見聴取を終わらせてしまったことは,
同法18条の趣旨である都市計画決定への住民参加という理念に明らかに反
する。したがって,本件都市計画変更決定は同法18条に反する。
都市計画法に基づく都市計画決定手続と土地収用法に基づく事業認定手続
が実質的にみれば連続した一連の手続であり,都市計画決定手続における違
法が事業認定手続に影響を及ぼし得るものであることは,原審で主張したと
おりであるから,上記のとおり本件都市計画変更決定が違法である以上,本
件事業認定も違法であるというべきである。
(4)自然公園法違反について
ア自然公園法56条1項違反
自然公園法13条1項は,都道府県知事が当該公園の風致を維持するた
め,その区域内に特別地域を指定することができる旨を定め,同条3項で,
特別地域内での工作物の新築や増改築,木材の伐採等は都道府県知事の許
可が必要とするとともに,例外として56条1項を設け,国の機関が行う
行為については都道府県知事の許可は不要とされるもののあらかじめ都道
府県知事に協議しておくことが必要とされている。これら一連の規定の目
的は,国定公園・国立公園においては自然環境の保護の必要性に応じて規
制の程度を変える仕組みを採用しているところ,保護の必要性が高い特別
保護地区やこれに準じる第1種特別保護地域については厳格な行為規制を
採用し,自然環境破壊を防止することにある。上記のような自然公園法の
目的に照らせば,同法13条3項の「許可」においても同法56条1項の
「協議」においても,自然環境破壊の防止という同一の観点から,共通の
判断資料によって判断されなければならない。すなわち,同法13条3項
の「許可」は自然公園法施行規則11条7項の許可基準に基づき判断され
ることとされており,同判断に必要な資料とこれに対する検討が要求され
るところ,同法56条1項の「協議」についてもこれと同様の資料の提出
とその検討が必要であると解すべきである。
これを,本件における東京都知事と相武国道事務所長及び日本道路公団
東京建設局α6工事事務所長との協議についてみるに,国土交通省から東
京都に提出された図面の不整合を見落とし,α1山トンネル掘削のために
国土交通省が行った水平ボーリングのコアの検討を行わず,α6城跡トン
ネル関係の資料の検討も行っていない(そもそもこれら資料の提出を受け
ていない。)。また,東京都は「当該車道の設置以外の方法による代替は
ない」との結論を出しているが,代替案の検討がされた形跡や資料添付も
ない。これは自然公園法施行規則11条7項の許可基準に照らしても,判
断を行うために必要な資料の提出と検討を欠くものである。したがって,
東京都知事の同意は同法56条1項に違反する。
イ「林談話」について
原判決は,生物多様性条約8条は具体的施策を義務づけるものではない
し,「林談話」には法的拘束力はないと述べる。
しかし,自然公園法に基づく各種公園が生物多様性条約8条(a)にいう
「保護地域」であることに争いはないところ,かかる保護地域における道
路建設においていかなる場合に道路建設が認められるかについて,自然環
境審議会が出した「林談話」は生物多様性保全のための確立された制度の
一環をなすものである。
6収用裁決手続の違法性について
(1)東京都収用委員会の会長及び会長代理の経歴について
控訴人らは,東京都収用委員会の会長及び会長代理であったP35及びP
36について,単にその形式的な経歴を問題にしたのではなく,両名が,責
任者としての立場で行政による道路建設事業を積極的に推進してきた者であ
ったことから,収用対象の土地の権利者から見て当事者性があまりにも顕著
である(本件事業の推進に利害を有すると見受けられる)という点において,
中立・公正を欠くと主張したのである。
以上のとおりであるから,P35及びP36については,土地収用法52
条3項の「公共の福祉に関し公正な判断をすることができる者」に該当する
か否かが判断されなければならなかったのであり,該当しないこととなれば,
著しい手続違反となり収用裁決は違法となるのである。よって,この点の判
断を回避している原判決は不当である。
(2)審理期日等の指定について
原判決は,審理期日等の指定について,「権利者又は関係人と日程を協議
すること等を定めた法令の規定は見当たらない。したがって,収用委員会に
おいて権利者又は関係人が現実に立ち会うことのできないような日時を殊更
に指定したなどの特段の事情があれば格別,収用委員会が権利者及び関係人
と協議することなく審理の期日を指定しても,これをもって違法とすること
はできない。そして,本件においては上記特段の事情があったことをうかが
わせる証拠はない。」と判示している。
しかし,本件では,一方的な審理期日の指定によって,控訴人らは弁護士
代理人を通じた意見陳述の機会を奪われているのであり,原判決のいう「特
段の事情」が存在していたから,原判決の判断は誤りである。
(3)審理期日における審理の指揮について
原判決は,審理の指揮については収用委員会の合理的な裁量にゆだねられ
ているところ,本件の収用委員会の審理においては,上記裁量権の範囲を逸
脱,濫用したとまではうかがわれないと判示している。
しかし,土地の権利者らは,収用委員会において,土地の区域や補償に関
して口頭で意見を述べることができる(土地収用法63条)とされているに
もかかわらず,本件における東京都収用委員会は,土地の区域と補償に関す
る多数の権利者の発言を無視し,口頭陳述の機会を与えないまま,一方的に
公開審理を打ち切っているのであり,東京都収用委員会の会長の審理指揮は,
合理的な裁量権の範囲を逸脱し,これを濫用したものであるから,原判決の
判断は誤っている。
(4)土地の区域の認定について
ア原判決は,権利取得裁決における土地の特定について,土地の所在,地
番,地目及び地積などを表示するのが一般的であるが,必ずしもこのよう
な方法によるべきであるとする法令上の根拠は見当たらないとして,実測
図面を裁決書に添付することも,特定方法として許される旨を判示してい
る。
しかし,権利取得裁決は,起業者の裁決申請を受けてその可否を判断す
るものであり,裁決申請には,土地調書の添付が義務づけられ,土地調書
には「土地の所在,地番,地目及び地積並びに土地所有者の氏名及び住所」,
「収用し,又は使用しようとする土地の面積」などを記載し,実測図面を
添付しなければならない(土地収用法37条)とされている。つまり,権
利取得裁決は,土地調書で特定された土地を前提にその権利取得の可否を
判断するものである以上,土地の特定は,土地調書に要求されているとお
り,所在,地番,地目,地積などを明示して表示することが前提となって
いるのであり,前記原判決の判断は相当でない。
原判決は,本件土地5とされている収用対象地について,控訴人らにお
いて上記収用対象地のほぼすべてが旧××番の土地に属すると主張してい
ることから,特定に欠けるところはないとしている。しかし,収用対象地
が旧××番の土地に属していることに争いがないとしても,そもそも旧×
×番の土地全体の範囲が確定しなければ,その一部である収用対象地の範
囲も特定できないはずであるから,上記原判決の判断は誤っている。また,
起業者の作成した立入可能図,土地調書は,旧××番の土地の範囲を特定
する上で重要な,「α1×-21」の土地の位置を誤っているから,図面
の正確性に疑問があり,結局のところ,旧××番の土地は,実測図の添付
によっても,特定していないというべきである。土地を特定せずになされ
た権利取得裁決(本件裁決3)は違法であるから,これを適法とした原判
決の判断は誤りである。
イ原判決は,×番の土地について不明裁決がされていることについて問題
はないとしている。
不明裁決は,土地所有権の権利関係に争いがあり,土地所有者の氏名住
所が確定できない場合の例外規定である(土地収用法48条4項)。土地
の境界に争いがあり,その結果収用対象地の権利者の住所氏名が確定でき
ない場合も含まれるとしても,土地収用は所有者から財産権を奪う例外措
置なのであるから,当事者にはどの範囲の土地が収用対象であるのか,そ
の関係で当事者の土地がどの位置に,どの程度の広さであるのかは最低限
明示すべきであって,安易な不明裁決は避けるべきである。少なくとも,
収用委員会において,当事者の意見を十分に聞くなどして出来る限りの調
査を実施し,それでも最終的に土地の境界が不明だった場合に限られると
いうべきである。
以上によれば,十分な審理もしないで不明裁決をした,本件の東京都収
用委員会による×番の土地の収用裁決(本件裁決4)は違法である。
7明渡裁決の取消しを求める訴えの原告適格について
(1)原判決は,明渡裁決の対象となる土地の明渡等が完了した場合には,裁決
は既に目的を達し,所有者等が負担していた義務は消滅するから,明渡裁決
の取消しを求める訴えの利益は消滅するとしている。
(2)しかし,明渡裁決が取り消されれば,第3事件控訴人らは原状回復を求め
る法的地位を獲得するから,訴えの利益はあるといえる。すなわち,行政処
分の取消しを求める形成訴訟の原告勝訴の判決は遡及的に効力を生じるもの
と解すべきであって,このように遡及的に効力を生ずべき判決を求める訴訟
においては,訴えの利益として,当該行政処分の効力が存続していることを
要しないと解すべきである。
なお,権利取得裁決を争えば足りるから明渡裁決を争うことはできないと
の見解もありうるが,請求権が競合する場合(たとえば不法行為と債務不履
行)には,そのいずれによる請求をも認めるのが法の一般原則及び通常の裁
判実務である。
(3)よって,対象土地の明渡完了後には,明渡裁決の取消しを求める訴えの利
益はないとして,第3事件控訴人らの訴えを却下した原判決は相当でなく,
取り消されるべきである。
第4被控訴人国の控訴人らの主張に対する反論(参加人ら援用)
1本件事業認定の取消しを求める訴えの原告適格について
(1)小田急大法廷判決は,都市計画法に基づく事業認可の取消しを求めた者の
原告適格について判断したものにすぎないから,同判決が騒音,振動等によ
る健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に原
告適格を認めたからといって,この判断の射程が,同法ではない別の法令に
基づく処分の取消訴訟の原告適格を判断する場合にまで及ぶと解することは
できない。なお,小田急大法廷判決後に言渡しがされた第2次行政訴訟の控
訴審判決は,「東京都環境影響評価条例に基づく環境影響評価は,都市計画
法の都市計画決定に当たって行われるべきものであって,上記の都市計画決
定がされていることや本件各環境影響照査が行われたことを考慮したとして
も,都市計画法,公害対策基本法(環境基本法)及び東京都環境影響評価条
例が土地収用法と目的を共通にする関係法令ということはでき」ず,「別表
第1記載の控訴人ら21名は,(中略)起業地内の不動産,立木等につき権
利を有する者ではないから,原告適格を認めることができない」と判示して
いる。同判決は,その上告審である最高裁平成21年決定により確定してい
る。
(2)土地収用法の趣旨及び目的は,公共の利益と私有財産との調整,収用又は
使用に係る土地等の所有者や当該土地等の関係人との利害を調整することで
あり,かかる同法の趣旨及び目的からすると,保護すべき個々人の個別的利
益として,当該事業の対象となる起業地周辺住民及び自然保護団体の環境上
の利益を含んでいると解することはできない。
(3)土地収用法20条3号は,「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄
与すること」を事業認定の要件と規定しているが,これは,土地が適正かつ
合理的に利用されることになるか否かという点について,専ら国民経済的,
専門技術的な観点に立って,事業により得られる公共の利益と失われる私的
利益ないし公共の利益とを比較衡量することによって判断すべき義務を行政
庁に課したにとどまるものであって,同号が起業地の周辺住民及び自然保護
団体の環境上の利益を個別,具体的に保護する趣旨を含むものと解すること
はできない。
(4)土地収用法上の事業認定が同法26条1項に基づいて告示されると,起業
地について一定の行為制限がされ(28条の3),起業者は同法の手続によ
り土地の収用,使用をすることができ(35条以下),起業者に立入調査権
(35条1項),裁決申請権(39条1項)といった権限が与えられる。こ
れらの規定によれば,起業地内の土地等について権利を有する者は,事業認
定の取消しを求める法律上の利益を有するといえるが,同土地等について権
利を有しない者は,事業認定によりその権利を侵害される立場にはない。
(5)都市計画法は,都市計画の案を作成しようとする場合において必要がある
と認められるときは,公聴会の開催等,住民の意見を反映させるために必要
な措置を講ずるものとし(同法16条1項),都市計画を決定しようとする
旨の公告があったときは,関係市町村の住民及び利害関係人は,縦覧に供さ
れた都市計画の案について意見書を提出することができるものとする(同法
17条1項,2項)などとしており,住民等の利害関係人に配慮した手続規
定をおいている。
土地収用法にも,以下のとおり,公聴会の開催,意見書の提出といった手
続規定が存在している。しかし,処分の根拠法令が公聴会その他利害関係人
の関与する手続を設ける理由は一様ではないから,手続規定が設けられてい
るという一事をもって,土地収用法について,起業地の周辺住民の具体的利
益を保護する趣旨の法律であるとの結論を導くことはできない。
土地収用法23条は,事業認定機関は,事業認定に関する処分を行おうと
する場合において利害関係人からの請求があったときその他必要があると認
めたときに公聴会を開いて一般の意見を求めなければならない旨規定し,同
法25条は,事業認定に関する処分を行おうとする場合においてその公告が
あったときは,事業の認定について利害関係を有する者は,都道府県知事に
意見書を提出することができる旨規定している。しかし,この公聴会及び意
見書の提出は,利益の比較衡量に必要な情報の収集を目的とするものであっ
て,同法が周辺住民等の環境上の利益の保護を目的とするような規定を設け
ていないことに照らしても,起業地の周辺住民等の個々の健康や生活環境に
係る具体的な利益を保護するものではないと解される。
(6)控訴人らは,本件各申請事業を含む本件各事業については,土地収用法と
目的を共通にする東京都環境影響評価条例に基づく環境影響評価が行われて
いるとし,本件各事業により環境上の影響を受けると主張する者の原告適格
は,関係法令である東京都環境影響評価条例によって基礎付けられる旨主張
する。
しかし,東京都環境影響評価条例に基づく環境影響評価は,都市計画法の
都市計画決定手続に合わせて行われるものであって,土地収用法に基づく事
業認定とは無関係であり,土地収用法との間には何らの接点も関係もない(事
業認定については,その申請に先立って,東京都環境影響評価条例に基づく
環境影響評価の実施が義務づけられているものではない。)。したがって,
東京都環境影響評価条例は,控訴人らが取消しを求める本件事業認定の根拠
法令である土地収用法と目的を共通にする関係法令であるということはでき
ず,この点に関する控訴人らの主張は失当である。
なお,起業者らは,平成17年9月28日の本件事業認定申請に当たって,
これに先立ち,本件各環境影響評価以降に得られた新たな知見に基づき,本
件各事業の実施が環境に及ぼす影響について補足的に照査を行っている(本
件各環境影響照査)が,これは東京都環境影響評価条例によって義務づけら
れた事後調査等ではなく,その結果は,あくまでも,土地収用法の事業認定
を受けるに当たり参考資料として起業者らから提出されたものにすぎない。
(7)以上述べたところによれば,本件における原告適格は,あくまでも処分の
根拠法令である土地収用法や,その関連法令の趣旨及び目的に照らして検討
されるべきところ,土地収用法に関しては,起業地の周辺住民等の個々の健
康や生活環境に係る利益を保護することを趣旨及び目的としているとは解さ
れず,本件起業地内の不動産について権利を有しない第4控訴人ら及び第5
控訴人らには,本件事業認定の取消しを求める法律上の利益はなく,原告適
格は認められない。また,第5控訴人らに関しては,自然保護団体にすぎな
いのであるから,そもそも健康や生活環境に係る具体的利益を有するとはい
えず,この点からも,本件事業認定の取消しを求める法律上の利益はないし,
任意的訴訟担当としても原告適格は認められない。
2本件各事業の公益性(土地収用法20条3号要件適合性)について
(1)事業認定庁である国土交通大臣による土地収用法20条3号の要件適合
性の判断は,事業認定に係る事業計画の内容,事業計画が達成されることに
よってもたらされるべき公共の利益,事業計画策定及び事業認定に至るまで
の経緯,事業計画において収用の対象とされている土地の状況等諸要素の比
較衡量に基づく総合判断として行われるべきものであり,その性質上裁量が
認められるべきである。このことは,上記判断が,諸要素の比較衡量に基づ
く総合判断であることのほか,上記判断には,将来の予測に係る事項が含ま
れており,また,経済的,開発的利益と文化的,環境的価値という相対立す
る価値の軽重を総合考慮して当該事業計画の合理性を判定しようとするもの
であることからも裏付けられるものである。
(2)公共の利益について
ア本件圏央道事業等について
本件圏央道事業等が完成することにより,圏央道を介して東名高速道と
中央自動車道との区間が連絡されることになり,先に開通した中央自動車
道と関越自動車道との区間と相まって広域的な利便性が向上するとともに,
他の環状方向のネットワークである外かく環状道及び中央環状線と連絡し,
東京都心部への流入交通の分散導入,首都圏全体の交通の円滑化が図られ,
また,災害時には,広域交通ネットワークの強化が期待され,安全な地域
づくりにも寄与するものである。さらには,一般国道○号等が担っている
幹線交通の一部を分担すること等により,地域内の円滑な交通に寄与する
ものである。
圏央道については,①社会資本整備重点計画法4条1項に規定する社
会資本整備重点計画において,「国際的な水準から見て整備の遅れている
都市圏環状道路の整備を進めることなどにより国際競争力の強化に努め
る。」とされ,②都市再生特別措置法3条により内閣に設置された都市
再生本部が,平成13年8月28日決定した「都市再生プロジェクト(第
二次決定)」では,大都市圏において,慢性的な渋滞や沿道環境の悪化等
を大幅に解消するため,圏央道等の首都圏三環状道路の整備を積極的に推
進するものとされている。さらに,③国土総合開発法から平成17年7
月に国土形成計画法に改められ,平成21年8月に同法9条の規定に基づ
き策定された首都圏広域地方計画においては,渋滞対策の推進等について,
業務核都市,地方拠点都市等の拠点地域間のネットワークを構築し,相互
連携・交流の強化による一体的発展を図るため,首都圏三環状道路等の必
要な整備を推進するものとされ,④首都圏整備法に基づく首都圏整備計
画においては,平成11年3月の基本計画及び平成13年10月の整備計
画において,首都圏における分散型ネットワーク構造の形成や通過交通に
対し渋滞の緩和等を図るため,圏央道等特に重要となっている環状方向の
道路の整備を重点的に推進することとされ,また,首都圏整備法の一部改
正に伴い,道路については,分散型ネットワーク構造の形成に資する首都
圏の交通網の形成,並びに通過交通に対応し渋滞の緩和等を図る上から,
圏央道等特に重要となっている環状方向の道路の整備を重点的に推進する
こととされている。
イ広域的な視点による利益について
(ア)a起業者らの調査によれば,圏央道により中央自動車道と関越自動
車道との間が接続された後,圏央道の利用交通(α6ジャンクション
からα74インターチェンジ間)のうちの約5割が放射道路である中
央自動車道と関越自動車道間を連続利用していること,首都高速道で
事故が発生した際に,中央自動車道のα6ジャンクション以東の交通
量が減少し,圏央道のα37ジャンクション(関越自動車道との接続
箇所)以南の交通量が増加していることなどから,圏央道が環状道路
機能を発現し始めていることが確認されている。
b平成19年6月に中央自動車道と関越自動車道とが圏央道で直結さ
れたことにより,既開通区間のα7インターチェンジからα8インタ
ーチェンジ間の交通量は,それ以前の約2.4倍に増加し,α37ジ
ャンクションにおいても,群馬側の行き来が約13パーセント増加す
るなどしており,圏央道を介し,山梨県方面と群馬県方面のアクセス
が向上している。
c圏央道の開通は,圏央道及び中央自動車道沿線における企業誘致等
に好影響を及ぼしており,茨城県α38町,埼玉県入間市,東京都α
8町などでは,圏央道のインターチェンジ周辺に大型ショッピングセ
ンターがオープンし,上記α38町及びα8町,埼玉県α39町,山
梨県上野原市などでは,沿線に工業団地がオープンして,順調に企業
が進出するなどしている。
(イ)a控訴人らは,圏央道に転換するはずである都心部から見て圏央道
より外側に起終点をもつ交通(外外交通)は,理論上の最大値でも都
区部交通量のわずか0.6パーセントにすぎず,実際に転換するのは
0.2パーセントにすぎないとして,圏央道には公益性がないと主張
する。
しかし,圏央道に公益性があることは原審及び上記(2)アで主張する
とおりであるし,公益性が現実に実現しつつあることも,原審及び上
記(ア)で主張したとおりである。加えて,控訴人らが主張するように
外外交通のみが圏央道に転換するわけではなく,第2次行政訴訟の第
1審判決である平成17年東京地裁判決が指摘するように,一般国道
○号の外側かつ圏央道の内側に所在する地域に起点及び終点をもつ都
区部通過交通からの転換も相当程度期待できるのであって,控訴人ら
の主張に理由がないことは明らかである。
b控訴人らは,中央環状線の建設によって首都圏の高速の渋滞解消は
図れるから圏央道建設の必要はない,平成11年と平成17年の都心
部の走行量データの比較結果から,圏央道は都心部の渋滞緩和には役
立たないなどと主張している。しかし,この主張も,3環状線9放射
の1つとしての圏央道が果たす交通上の役割としてのネットワーク機
能を正解せず,近視眼的な主張を繰り返すものにすぎない。
c控訴人らは,3環状道路の整備による企業誘致等の事業効果につい
て具体的に論証されていないと主張するが,圏央道の整備によって実
際に企業誘致や集積が加速し,圏央道や中央自動車道沿線に好影響を
及ぼしていることはこれまでに主張したところからも明らかであって,
控訴人らの主張は失当である。
ウ地域的な視点による利益について
(ア)a起業者らの調査によれば,圏央道(α6ジャンクションからα7
インターチェンジまで)が開通したことによって,圏央道に並行する
一般道(国道○号,国道○号など)について,交通量が減少し,渋滞
長の距離が短縮されるなどの渋滞緩和の効果が現れていることが確認
されている。
b圏央道から国道○号までの間の小学校周辺の生活道路では,大型車
の交通量が,上記圏央道の開通前と比較して,α40通りでは約25
パーセント(朝夕のピーク時では約8パーセント)減少し,α41通
りでは約24パーセント(朝夕のピーク時では約37パーセント)減
少している。他方で,圏央道を利用する大型車は上記開通前と比べて
2倍以上に増加しており,一般道と高規格幹線道路とが機能分担して
いることがうかがえる。
(イ)a控訴人らは,圏央道α6ジャンクション開通について,国土交通
省,参加人会社及びP37株式会社は,社会実験と称して料金を引き
下げているが,料金引き下げが必要であるならば,当初の料金抵抗を
含めた予測に誤りがあったことになると主張する。
しかし,本件事業認定申請時に用いた圏央道の予測交通量は,申請
時点での料金抵抗を適切に設定している一方,国土交通省が圏央道に
おいて平成19年8月より展開している料金社会実験は,都市部の交
通集中による深刻な渋滞の解消など政策的な課題に対して,料金施策
により既存の高速道路ネットワークを極力有効活用すべく重点的に取
り組んでいる施策である。控訴人らの主張は,事業認定時の料金設定
の合理性と政策的な課題に対する被控訴人国の取組みを混同して論じ
るものであって失当である。
b控訴人らは,国土交通省が公表している2つの資料(甲H23と甲
H24)による交通量のうち,一般国道○号のα21交差点とα22
交差点間における大型車交通量を比較して「圏央道と中央自動車道が
つながったにもかかわらず○号の大型車は圏央道に転換しなかったと
いえる。」と主張する。
しかし,甲H24は,圏央道α8インターチェンジからα42イン
ターチェンジ間が平成14年3月に開通したことによる効果を把握す
るために,並行する一般国道○号のα21交差点及びα22交差点前
後の3箇所の各断面で大型車及び通過交通の交通量を比較したもので
ある。これに対し,甲H23は,一般国道○号のα21交差点が平成
19年3月に立体化したことによる効果を把握すべく交通状況を調査
し,平成19年10月30日付けで記者発表したものである。
したがって,上記2つの資料は,圏央道が開通したことを除けば前
提とする周辺道路の状況が大きく異なっていることは明らかであり,
これら2つの資料における一般国道○号のα21交差点からα22交
差点間の大型車交通量のみを並べても,「圏央道と中央自動車道がつ
ながったにもかかわらず○号の大型車は圏央道に転換しなかった」な
どと結論付けられるものではなく,控訴人らの主張は理由がない。
c控訴人らは,第1次行政訴訟の第1審判決(東京地裁平成16年4
月22日)の判示を引用して,本件事業認定についても,上記判決と
同様に具体的分析にまで踏み込んだ判断を行わない限りその適法性を
肯定することは困難であったはずであると主張する。しかし,上記東
京地裁判決は,その控訴審である東京高裁平成18年判決によって取
り消され,同判決は上告審において確定済みであるから,上記東京地
裁判決に先例としての意義はない。
d控訴人らは,原判決は,八王子市内のごく限定的な地域の測定結果
のみを根拠に,通過車両の減少を認定しているが,これでは通過車両
の減少について十分な分析検討がされたものとはいえないと主張する。
しかし,既に述べたとおり周辺道路の大型車交通量は減少し,圏央
道を利用する大型車は増加しているなど,一般道路と高規格幹線道路
とが機能分担していることがうかがえるのであり,原判決はこの点を
正当に判断しているのであって,上記控訴人らの主張は失当である。
e控訴人らは,P38の例を挙げて,圏央道は地域的便益効果を生じ
させていないとして,圏央道による地域への活性化効果はないと主張
する。
しかし,P38が現在地に立地したのは,圏央道α8インターチェ
ンジの開通が契機であるし,α8町の財政としては,平成20年度に
おけるP38による固定資産税増収分だけで約3億円となっている。
平成19年6月1日時点におけるα8町の小売業の従業員数は510
人であるのに対し,同年11月に開業したP38におけるα8町在住
の雇用者は,上記α8町の小売業従業員数の約55パーセントに当た
る282人であるから,P38による雇用創出は,上記固定資産税増
収と併せ,全体として地域の活性化に寄与しているというべきである。
エ本件α4バイパス事業について
(ア)本件α4バイパス事業区間に並行する一般国道○号は,現在,都心
部,α16地域及び甲信地方を結ぶ幹線交通,八王子市街地を通過して
いることによる生活交通,JRα6駅及びP39電鉄α17駅に集中す
るバス交通などがふくそうしていることから,慢性的な交通渋滞が発生
しており,円滑な交通が確保されていない状況にある。平成11年度の
道路交通センサスによると,一般国道○号の八王子市α43町内で,平
日混雑度は1.58となっている。
本件α4バイパス事業が完成することにより,現在の一般国道○号の
交通が分散され,交通渋滞の緩和が図られることから円滑な交通の確保
に寄与するものと認められる。また,圏央道α4インターチェンジと接
続されることから,α4バイパスは,圏央道と連携して広域的利便性の
向上等にも寄与するものである。
(イ)控訴人らは,国道○号沿線とニュータウン地区は離れており,ニュ
ータウン地区の幹線道路は,α18街道,α16ニュータウン通り,α
19幹線,国道○号であって,国道○号の渋滞に寄与していないと主張
する。
しかし,一般国道○号は,慢性的な交通渋滞が発生しており,本件α
4バイパス事業が整備されると,現在の一般国道○号の交通が分散され,
交通渋滞の緩和が図られ円滑な交通の確保に寄与するものと認められる
し,前述のとおり圏央道と連携して広域的利便性の向上等にも寄与する
ものであるから,控訴人らの主張は失当である。
オ費用便益分析について
(ア)費用便益分析は,道路事業の効率的かつ効果的な遂行のため,各事
業の評価に当たり,社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価するも
のであり,道路建設に伴う費用の増分と便益の増分を金銭に換算して比
較することにより,事業の評価を行う手法である。費用便益分析は,国
土交通省道路局及び都市・地域整備局が作成した「費用便益分析マニュ
アル」に基づき行われる。費用便益分析の内容は,原審で主張したとお
りである。
起業者らは,平成17年9月28日の本件事業認定申請に当たり,当
該時点において最新のものである平成15年8月マニュアルに基づき,
本件費用便益分析を行っている(具体的な算定方法については原審で述
べたとおりである。)。上記分析は,外部委託により実施しているが,
契約書その他関係書類により,15年8月マニュアルに基づく業務履行
を求めた上で委託を行っており,費用便益分析は適正に実施されている。
土地収用法20条3号の要件の存否についての判断は,その性質上裁
量が認められていることは既に述べたとおりであり,本件費用便益分析
は,かかる判断の一資料となるものにすぎない。原判決もこの点を正当
に判示している。
控訴人らは,費用便益分析が実施されていることは,土地収用法に基
づく事業認定の欠くべからざる要件であると主張するが,これが誤りで
あることは既に述べたとおりである。
(イ)a控訴人らは,①被控訴人国が本件費用便益分析の前提になるネ
ットワーク図や計算途上の数値などを明らかにしていないこと,「現
況再現性に係る検証」も被控訴人国が行ったものであり,その手法や
データが開示されている訳ではないことを理由に,本件費用便益分析
が平成15年8月マニュアルに従って行われたことの裏付けにならな
い,②平成18年費用便益分析では,「その他道路」が9割を占め
ているから,これを除けば便益は10分の1に減少することになると
し,本件事業とα11インターチェンジ・α6ジャンクション間の事
業とは同じ関東地方整備局内の事業であるから,同様に過大な便益が
計上されていると推認される,③費用便益分析の対象となるネット
ワーク(道路網)エリアについての被控訴人国の説明は,「関東甲信
地域」から「1都2県」へと変遷し,裏付けは示されないままである,
などと主張する。
bしかし,起業者らが本件費用便益分析に先立ち行った将来交通量の
推計は,将来(平成42年)の自動車OD表による交通量配分のシミ
ュレーションに先立って,当該道路ネットワークの配分結果の精度を
高めるため,現況(平成11年度)の自動車OD表による交通量配分
の結果と,平成11年の道路交通センサスで実測した交通量との比較
を行い,配分交通量と実測交通量との関係性を相関係数により把握し,
相関関係が高く,現況再現性が高いことを確認したうえで行っている。
控訴人らは,交通量推計の対象範囲(関東甲信地域)と費用便益分
析における便益算出の集計対象範囲(東京都・神奈川県・埼玉県)を
混同して誤解しているのであり,このことは原審で指摘したとおりで
ある。集計対象範囲は,仮に,道路網を広く設定した場合でも当該道
路の整備の有無により交通の流れに影響がない区間であれば,その区
間については,時間短縮便益等が算出されないため,過大な評価にな
ることはない。
費用便益分析で使用するデータ等については,被控訴人国らが所持
しないデータ等に関するものであったため,そのデータは所持してい
ない旨回答してきたところである。
(ウ)a控訴人らは,平成18年費用便益分析結果の不当性について,縷々
主張している。
b上記主張に理由がないことは,被控訴人国らが原審で主張したとお
りであり,原判決でも正当に判断されている。
そもそも,平成18年費用便益分析は,本件事業認定申請及び本件
事業認定(平成18年4月21日)の根拠資料とされたものではない。
行政処分の取消訴訟における行政処分の適法性判断は当該処分がされ
た当時を基準とすべきであるから,本件における基準時は本件事業認
定時であり,同認定時に存在していた事実等を基礎とするのが相当で
あるところ,上記費用便益分析は,処分後の事情であって,本件事業
認定の適法性判断とは直接には関係がない。
(エ)a控訴人らは,本件費用便益分析の根拠となった報告書(甲H90,
以下「本件報告書」という。)において交通量推計が行われているの
は,α11インターチェンジまでの16.9キロメートルの区間のみ
であり,これより南側であるα2インターチェンジまでの交通量推計
が行われていないと主張する。
b既に述べたとおり本件費用便益分析の前提となる交通量推計の対象
範囲については,関東甲信地域であるから,圏央道についても当然,
本件事業認定申請における全体計画区間であるα2インターチェンジ
からα6ジャンクションを含む将来交通量推計を行っており,さらに,
便益算出の集計対象範囲は1都2県(東京都・神奈川県・埼玉県)で
あり,神奈川県内も含んでいる。
一方,本件報告書で行っている費用便益分析結果は,本件事業認定
申請書参考資料に添付されている資料の元資料となるものであり,本
件事業認定申請を実施するに当たって必要とした資料であることから,
本件事業認定申請における全体計画区間であるα2インターチェンジ
からα6ジャンクション間について費用便益分析を実施し,取りまと
めているものである。そして,このことは,本件報告書にケース1で
本件事業認定申請における全体計画区間を対象区間として,ケース2
としてα4バイパス全線を対象区間としていることからも確認するこ
とができる。
以上から明らかなように控訴人らは,用途や利用方法が異なる,将
来交通量推計の成果と費用便益分析結果の違いを正しく理解していな
いために,「α11インターチェンジからα2インターチェンジまで
の将来交通量推計はない」というように前提事実を誤認しているにす
ぎないのであって,上記主張に理由がないことは明らかである。
(3)本件各事業によって失われる利益について
ア環境影響評価について
本件圏央道事業等を含む圏央道事業については,東京都環境影響評価条
例,神奈川県環境影響条例等に基づく環境影響評価が実施され,また,本
件事業認定申請に当たっても,起業者らによる再予測・評価(環境影響照
査)がなされており,国土交通大臣は,そのいずれにおいても,「評価の
指標(環境基準等)を下回る等のために,又は,適切な環境保全のための
措置を講ずることにより,環境への影響は少ない。」と評価されたことを
確認した上で,本件事業認定を行ったものであり,このことは,原判決に
おいて正当に判断されている。
イα1山トンネルによるα1山の地下水への影響について
(ア)α6城跡トンネル工事について
α6城跡トンネル工事において民家の井戸枯れが発生したことやα2
5の滝の水枯れが発生したとの控訴人らの主張は,いずれも本件事業認
定に係る事業の区間外の事柄に関するものであるから,本件事業認定の
違法事由の主張としては失当である。さらに付言すれば第2次行政訴訟
の控訴審である東京高裁平成20年判決において,α44地区の井戸枯
れについては,「本件トンネル工事により生じたものとは認めがたく」,
また,α25の滝の水枯れについても,「本件トンネル工事がα6城跡
一帯の地下水や表流水等に深刻な影響を及ぼすとまでいうことはできな
い。」と判断されており,同判決は確定している。
(イ)α1山トンネルの覆工止水工事について
控訴人らは,α1山トンネルにおいて覆工止水工事を施工したとして
も,地下水への影響を完全に遮断できるものではないから,原判決は不
当であると主張する。
しかし,この点についての国土交通大臣の判断(本件各事業がα1山
の地下水及び表流水に与える影響は軽微であり,したがって動植物等の
環境に与える影響も軽微であるとの判断)が相当であることは,原審で
被控訴人国らが主張したとおりであり,上記被控訴人国らの主張すると
ころに加えて,観測孔2の水位が再度上昇しているという事情も考慮し
た上での原判決の判断は相当である。
ウα1山等の景観に及ぼす影響について
控訴人らは,ジャンクション・高架橋による景観破壊について,本件環
境影響評価1は科学的合理性を欠いており,この点を看過した原判決は不
当であると主張する。また,控訴人らは,α4インターチェンジによる景
観破壊について,本件環境影響評価2において,その影響を評価していな
い点で重大な誤りがあり,これを看過した原判決の不当性も重大であると
主張する。
しかし,本件各事業がα1山等の景観に及ぼす影響について,本件各環
境影響評価が適切な評価を行い,その結果,事業の施行に際して,景観に
配慮した一定の対策を採ることにより,本件各事業による景観への影響は
小さいとされていることは,被控訴人国らが原審で主張したとおりである。
控訴人らは,その主張を裏付けるものとして,「景観に及ぼす影響が甚
大,深刻なものである」旨の民事差止訴訟の第1審である東京地裁α6支
部判決の判示を引用するが,上記判示部分は,その控訴審において,「α
1山自体の景観にさほど変化は生じないものと推認される。」旨変更され
ているから,先例としての意義を失っている。
エ大気汚染について
(ア)本件環境影響評価がプルーム・パフモデルを用いていることの合理
性について
控訴人らは,①プルームモデルを複雑地形に用いることには限界が
あり,少なくとも本件環境影響評価の行われた当時からα27のような
複雑地形ではプルームモデルでの予測では正確な予測ができないことは
明らかであった,②原判決は「本件環境影響評価における予測手法は
実験や実測データによる拡散幅を定め,これを用いて予測するとされて
いる」などとしているが,本件環境影響評価で用いられた拡散幅は,道
路整備マニュアル通りの拡散幅であり,その意味で,α27のような複
雑地形を考慮した実測データに基づく拡散幅ではない,などと原判決を
批判する主張をしている。
しかし,上記主張が失当であることは,被控訴人国らが原審で詳細に
主張したとおりであり,これを踏まえた原判決の判断は相当である。
(イ)控訴人らの主張する3次元流体モデルでの予測の問題点について
a簡易カプセルを用いた測定法について
控訴人らは,簡易カプセルによるデータの精度を問題とした原判決
を批判している。
しかし,カプセルを用いたNO2濃度の簡易測定法は,風や温度,
湿度の影響を受けやすく,環境基準で定められたザルツマン試薬を用
いる吸光度法と比べ,精度が悪いといわれており,環境基準に定めら
れた測定方法でもない。このような簡易な測定は,精度の劣るもので
あり,その測定結果を環境影響評価における結果と同列に扱うことは
できない。よって,カプセルを用いた簡易測定法について,データの
精度に疑問がないとはいえないとした原判決の判断は正当である。
b大気汚染予測の再計算(甲E18及び19)について
控訴人らは,甲E18及び19を根拠にして,本件各環境影響評価
におけるプルーム・パフモデルによる測定よりも,控訴人らによる3
次元流体モデルによる予測の方が正確であるとして,原判決を批判し
ている。
しかし,3次元流体モデルも大気拡散シミュレーションのひとつで
あり,現実の排出態様等をモデル化して大気拡散式に代入し,推計す
るという手法である以上,精度に問題のあるデータや誤ったデータを
入力した場合,数値そのものが算出されても,正確性を期し難く,そ
のようなデータによる計算結果は科学的根拠に乏しい。控訴人らは,
当初,3次元流体モデルによる大気汚染予測において,α45測定局
での気象データを使用した理由について,「3次元流体モデルで必要
なのは,構造物・地形の影響を受ける前の風のデータなのである。」
として,3次元流体モデルによる大気汚染予測には,地形の影響を受
ける前の風のデータが必要不可欠であることを主張し,測定局におけ
る実測データが,地形の複雑なα27地区におけるデータに勝ること
を強調したのである。上記控訴人らの主張に基づけば,控訴人ら自身
が,既に地形・構造物の影響を受けていると自認するα27の気象デ
ータや,α45測定局よりもより市街化された地域にあり,かつ,よ
り標高の低い場所に位置し,地形・構造物の影響を受けていると考え
られる八王子市内測定局の気象データを用いた場合,それによる大気
汚染予測の計算結果(すなわち,甲E18及び19の測定結果)は,
従前にもまして正確性を担保されたものでなく,その結果がいかなる
ものであっても,何ら科学的根拠を持つものではない。したがって,
上記結果を根拠として原判決を批判する控訴人らの主張は,明らかに
失当である。
(ウ)浮遊粒子状物質(SPM)に関する主張について
a本件各環境影響評価当時におけるSPMの予測・評価について
控訴人らは,SPMについて,環境影響評価書公表の時点での予測
ができなくとも,その後続々と予測マニュアルが作成されているので
あり,事後的には予測可能だったにもかかわらず,α27地区につい
ては,ただの一度も予測がされていないとし,このことが本件各環境
影響評価の不合理性を示すものであるなどと主張する。
しかし,本件各環境影響評価においてSPMの予測・評価が行われ
ていなかったことに問題はないこと,起業者らは,本件事業認定に際
して行った本件各環境影響照査においてSPMの予測を行っており,
環境基準を下回る予測結果となっていること,以上は,被控訴人国ら
が原審で主張したとおりである(この被控訴人国らの主張は第1次行
政訴訟の控訴審である東京高裁平成18年判決でも認められている。)。
b微小粒子状物質(PM2.5)の環境基準が設けられたことについ

控訴人らは,PM2.5について,我が国でも大気中の濃度が高ま
ると呼吸器疾患で死亡するリスクが増える可能性のあることが明らか
になったとし,住民の健康を安全に考えるならば,現状でも環境基準
を超える危険があるから,PM2.5の環境基準が設定された以上,
本件事業に関連してもPM2.5の予測をすべきであると主張する。
しかし,PM2.5については,本件事業認定後の平成21年9月
9日に環境基準として告示されたものであるから,本件事業認定の適
法性に影響を与えるものではない。
c以上のとおり,本件各事業によって建設される予定の道路について,
本件事業認定時にはSPM濃度は環境基準を下回っている上,国や地
方公共団体によって現在も改善施策が進められ,実際に効果が現れて
いるものであり,事業認定後においても改善が着実に進んでおり,本
件事業の実施により周辺住民に健康被害をもたらすとの控訴人らの主
張には理由がない。また,PM2.5についても予測評価がされてい
ないことをもって,本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査が合
理性を欠くということはできないとした原判決の判断は正当であり,
控訴人らの主張は失当である。
オ騒音被害について
(ア)「道路に面する地域」の環境基準と受忍限度について
a控訴人らは,道路騒音に関する環境基準は,生理的,心理的,生活
的影響も苦情もなく,生理的影響,聴取妨害,作業妨害はまだ出現せ
ず,睡眠影響は無視できるレベルとして決定されたものである以上,
これらの被害を出さないためにもこの環境基準を受忍限度として,こ
れを超える騒音は違法な騒音と判断すべきであるとし,その受忍限度
は世界保健機構(WHO)ガイドラインなどを根拠に,睡眠妨害を防
止するレベルとすべきであり,夜間屋外値Leq45デシベルと考え
るべきであるなどと主張する。
しかし,本件各環境影響評価や本件各環境影響照査で適用された騒
音についての旧環境基準及び現環境基準の基準値や指針が合理性のあ
るものであることは,被控訴人国らが原審で主張したとおりであり,
アメリカ環境保護庁(EPA)や世界保健機構(WHO)が上記環境
基準と異なる基準値を設定したからといって,上記基準値や指針値が
直ちに不合理であるといえないことは明らかである。
b控訴人らは,「騒音にかかる環境基準は,人の健康を確保する上で
最低限の基準であり,むしろ環境基準以下であったからといって受忍
限度を超える騒音被害がないと認定することは出来ないのである。」
などと主張する。
しかし,旧環境基準及び現環境基準の指針値は,いずれも夜間の睡
眠妨害に対する影響が考慮されているものであり,その根拠も明確に
されているのである。このような検討を踏まえて定められた環境基準
は,「人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されるこ
とが望ましい基準」(公害対策基本法9条1項,環境基本法16条1
項)とされているのであって,人間の環境の最低限を示すものではな
く,控訴人らが主張するような最大許容濃度あるいは受忍限度といっ
たものとも概念上異なるものである。よって,控訴人らの主張は失当
である。
(イ)「道路に面する地域」の環境基準を適用する地域について
a「道路に面する地域」の環境基準について
控訴人らは,「道路に面する地域」の環境基準が適用される地域と
は,当該道路から利益を受けている地域であることが条件であるとこ
ろ,α27地域は中央自動車道からも圏央道からも全く道路の利益を
受けることはないから,α27地域に「道路に面する地域」の環境基
準を適用することは誤りであると主張する。
しかし,「道路に面する地域」の環境基準の指針値は,単に道路か
らの受益性という観点のみから設定されたものではなく,「道路の公
共性,当該地域の道路による受益性,道路交通騒音の実態など」を総
合的に踏まえて検討されているものである。騒音に係る環境基準にお
ける「道路に面する地域」とは,「道路交通騒音が支配的な音源であ
る地域」,あるいは「当該道路より発する道路交通騒音の影響を受け
る地域」を意味するものとされているから,控訴人らの主張は前提に
おいて誤っている。
なお,東京都が本件各環境影響評価における騒音予測評価にあたっ
て,「道路に面する地域」の適用範囲を適切に判断して環境基準を適
用したこと,起業者らが本件各環境影響照査における等価騒音レベル
の予測評価にあたって,「道路に面する地域」の適用範囲を適切に判
断し,環境基準を適用したことは,被控訴人国らが原審で主張したと
おりである。
b「幹線交通を担う道路に近接する空間」について
控訴人らは,現環境基準において規定される近接空間について,「二
車線を超える車線を有する幹線交通を担う道路」では道路端から20
メートルの距離とされていることを根拠として,「道路に面する地域」
は道路端からせいぜい20メートル以内に適用すべきで,α27地域
の控訴人ら居住地は中央自動車道からも圏央道からも20メートル以
上離れているので「道路に面する地域」の環境基準を適用すべきでな
いと主張し,この主張を採用しなかった原判決は不当である旨主張し
ている。
しかし,控訴人らの主張は,「幹線交通を担う道路に近接する空間」
と「道路に面する地域」を混同しているものであり,誤った理解を前
提とするものである。近接空間の基準値は,「道路に面する地域」の
うちの近接空間についての特例として掲げられているものであるから,
「道路に面する地域」が「幹線交通を担う道路に近接する空間」より
も広い概念であることは明らかである。したがって,「幹線交通を担
う道路に近接する空間」のうち,「二車線を超える車線を有する幹線
交通を担う道路」の範囲が道路端から20メートルの距離に限定すべ
きであるということにならないことは当然である。控訴人らの主張は
明らかに失当である。
c控訴人らの騒音予測シミュレーション(甲F14)について
控訴人らは,控訴人らの委託したP32の騒音予測値(甲F14)
は,現況再現シミュレーションも行って使用した将来予測モデルの再
現性のチェックまで行っているなどの理由を根拠に,科学的に信頼で
きるモデルであることが検証されたと主張する。
しかし,甲F14は,「幹線交通を担う道路に近接する空間」と「道
路に面する地域」に関する現行の環境基準についての誤った理解を前
提としたものであるから,根本的な誤りがあるというほかない。さら
に甲F14は,シミュレーションの計算範囲の設定について,「対象
とする地域は非常に急峻である。そのため,騒音の伝播における地表
面効果,評価高さなどについては地形を考慮する必要がある。ここで
は2,500分の1の地図を参照し東西方向2,100メートル,南
北方向1,300メートルの範囲の地形を考慮した。」とするだけで,
地点における評価及び面的評価のいずれにおいても,地形による騒音
の反射や吸収の有無,そのほか地形が騒音の伝播に及ぼす影響につい
て,どのように考慮したのか全く明らかではない。
このように,控訴人らの根拠とする甲F14は,科学的な根拠が存
在しないに等しく,信用性は全くないから,これに基づく控訴人らの
主張も失当というほかない。
(ウ)α1山登山道が環境影響評価の予測評価の対象とならないことにつ
いて
控訴人らは,α1山全体に対する圏央道の道路騒音が自然との触れあ
い活動や静寂を求める活動との関係について環境影響評価をすべきであ
ったのに事業者はこの環境影響評価を行わなかった点で,欠陥のある環
境影響評価であると主張する。
しかし,本件環境影響評価1は,建設省技術指針及び東京都技術指針
に基づき,原則として,官民境界から80メートルないし150メート
ルまでの範囲について予測が行われ,α6ジャンクションが位置するα
27地域においては,本件事業の計画及び地形の状況等にもかんがみ,
最大でおおよそ200メートルの範囲における平面予測が行われている。
このような予測地域の設定は,各技術指針に照らし適切妥当といえる。
したがって,住居等のないα1山登山道については,そもそも環境影
響評価を行うことは必要とされていないのであって,本件環境影響評価
1及び本件環境影響照査1において,かかる地域まで騒音の予測地域と
していないとしても,何ら不合理ではないというべきである。このよう
に,α1山登山道は,環境基準を適用する余地などないのであって,こ
のことは原判決も正当に判断しており,控訴人らの主張は独自の見解に
基づくものにすぎず,失当といわざるを得ない。
(エ)サウンドスケープが環境影響評価の予測評価の対象とならないこと
について
控訴人らは,「原判決は,聴覚的景観あるいは聴覚的環境資源を環境
影響評価に導入するサウンドスケープ概念を採用しない事業者の環境影
響評価の問題点を全く考慮しなかった点で間違っている。」と主張する。
しかし,サウンドスケープなるものの概念は不明確であり,このよう
な不明確な概念をもって縷々主張したところで,事業認定の違法性の有
無に影響を及ぼすとは到底解しがたく,また,その点をおくとしても,
本件各環境影響評価及び本件事業認定に際しての本件各環境影響照査の
中において,騒音について適切に検討がなされ,環境に与える影響は軽
微であると認められているのであるから,それ以外に,サウンドスケー
プなるものを本件事業認定において考慮すべき事項と解すべき余地はな
いから,いずれにしても,原判決は正当に判断しており,控訴人らの主
張は失当である。
カ振動について
控訴人らは,本件圏央道事業によるα6ジャンクション等の規模,構造等
によれば,大きな振動被害の発生が予測されるとし,これを前提にして,本
件各環境影響評価及び本件各環境影響照査は,いずれも上記振動被害を軽視
し,他の高速道路等で発生している振動被害の実態を考慮せずに,杜撰な調
査を下に,振動被害を過小に評価しているなどと主張している。
しかし,控訴人らの主張に理由がないことは,被控訴人国らが原審で主張
したとおりである。
キ低周波空気振動(低周波音)について
控訴人らは,α6ジャンクションの高架橋りょうは自動車通行により低周
波被害をもたらすにもかかわらず,原判決はこのような低周波被害について
の十分な審査を行っておらず本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査
に関する被控訴人国の主張をそのまま採用した点で誤っているなどと主張
するが,控訴人らの主張が失当であることは,被控訴人国らが原審において
主張したとおりである。
クα27地域の生活環境等への影響について
控訴人らは,本件事業によりα27地域の生活環境等が破壊されるとし
て,これを理由に本件事業認定は違法であると主張する。
しかし,首都圏中央連絡道路(一般国道○号・埼玉県境間)建設事業及び
首都圏中央連絡道路(神奈川県境・一般国道○号間)建設事業について,そ
れぞれ本件環境影響評価1が実施され,予測・評価項目として選定された1
1項目における,本件事業の実施が環境に及ぼす影響について予測・評価さ
れた結果は,適切な環境保全のための措置を講ずることにより,環境基準等
を満足するものと評価されたものであった。α1山周辺の本件圏央道の施工
による水環境・動植物などへの影響については,改変部を少なくするためト
ンネル構造で計画され,前の沢周辺の約500メートルを覆工止水構造で施
工することにより,トンネル掘削時の表流水,地下水への影響も考慮されて
おり,水環境・動植物などの自然環境への影響は少なく,適切な保全が図ら
れるというべきである。
したがって,本件工事によりα27地域の生活環境等に影響が生ずるとし
ても,本件事業認定を違法とするものではないから,控訴人らの主張は理由
がない。
3得られる公共利益と失われる利益との比較衡量について
(1)本件圏央道事業等について
ア本件圏央道事業等が完成すれば,広域的には,高速交通ネットワークが形
成され,地域間の交流の拡大などが図られ,都心部への流入交通の分散導入,
首都圏全体の交通の円滑化が図られる。地域的にも,一般国道○号等の交通
混雑の緩和や円滑かつ安全な交通の確保に寄与するものであって,本件圏央
道事業等によって得られる公共の利益は極めて大きい。
イ失われる利益は,本件環境影響評価1及び2により,地域の概況と事業の
内容を考慮して,大気汚染,水質汚濁,騒音,振動,低周波空気振動,日照
阻害,電波障害,植物・動物(陸上植物,陸上動物,水生生物),地形・地
質,史跡・文化財及び景観について,都条例に基づく予測・評価を行った結
果,適切な環境保全のための措置を講じることにより,環境基準等を満足す
るものと評価されており,本件事業認定に際して行われた本件環境影響照査
1及び2においても同様の結果であった。また,文化財保護法により保護の
ため特別の措置を講じる必要がある文化財も見受けられないこと等からす
ると,本件圏央道事業等によって失われる利益の程度は小さいというべきで
ある。
ウしたがって,本件圏央道事業等の起業地が同事業の用に供されることによ
って得られる公共の利益は,失われる利益に優越しているというべきであ
り,本件圏央道事業等は,土地収用法20条3号にいう「土地の適正かつ合
理的な利用に寄与するものであること」との要件に適合するというべきであ
り,同要件の適合性を認めた原判決の判断は正当である。
(2)本件α4バイパス事業について
ア本件α4バイパス事業が完成すれば,一般国道○号の交通渋滞が緩和さ
れ,円滑な交通の確保に寄与するものである。また,圏央道と連携して,広
域的利便性の向上等にも寄与するものであって,本件α4バイパス事業によ
って得られる公共の利益は極めて大きいというべきである。
イ失われる利益についてみると,本件環境影響評価3により,地域の概況と
事業の内容を考慮して,大気汚染,水質汚濁,騒音,振動,低周波空気振動,
日照阻害,電波障害,植物・動物(陸上植物,陸上動物,水生生物),地形・
地質,史跡・文化財及び景観について,都条例に基づき予測・評価を行った
結果,適切な環境保全のための措置を講じることにより,環境基準等を満足
するものと評価され,本件環境影響照査3においても同様の結果であった。
また,文化財保護法により保護のため特別の措置を講じる必要がある文化財
も見受けられないこと等からすると,本件α4バイパス事業によって失われ
る利益の程度は小さいというべきである。
ウしたがって,本件α4バイパス事業の起業地が同事業の用に供されること
によって得られる公共の利益は,失われる利益に優越しているというべきで
あり,本件圏央道事業等は,土地収用法20条3号にいう「土地の適正かつ
合理的な利用に寄与するものであること」との要件に適合するというべきで
あり,同要件の適合性を認めた原判決の判断は正当である。
4本件事業認定の法令違反について
(1)事業認定手続の違反について
ア本件事前説明会について
控訴人らは,本件事前説明会に手続違反があると主張するが,本件事前説
明会の開催等が土地収用法に基づき適正に行われており,手続違反がないこ
とは,原判決が正当に判断するとおりである。
イ本件公聴会について
控訴人らは,土地収用法23条の立法趣旨によれば,住民意見の吸収の場
という本来の役割を果たすような公聴会が実施されなければならないとこ
ろ,本件公聴会は,形骸化しており,その立法趣旨とはほど遠いものであり,
手続違反があると主張する。
しかし,同条に基づく公聴会の開催は,事業認定にあたり,事業認定庁が
事業認定の考慮すべき要素やその価値の判断に供するため広く一般の意見
を聴くものであり,公述人から意見を聴取するための手続であって,起業者
又は事業認定庁に対して公述人の質問に対する回答義務を課すものではな
い。改正法に係る衆議院国土交通委員会附帯決議の4項において,「公述人
相互の間で質疑が行えるような仕組みとするなど,住民意見の吸収の場とい
う公聴会の本来の役割を果たすよう,規則改正を含め必要な措置を講ずるこ
と」とあるが,これは,公聴会において公述人相互の間で質疑応答を行うこ
とが,事業認定庁において事業認定の判断を行う上でより有効と考えられる
ことから求められたものであって,公聴会において公述人との合意や同意を
得ることを求めるものではない。本件公聴会に手続違反はなく,控訴人らの
主張には理由がない。
ウ社会資本整備審議会について
控訴人らは,本件の社会資本整備審議会の委員について,国会附帯決議の
趣旨に沿った人選がされているとはいえず,委員の構成に偏頗性があり,中
立性・公正性を疑わせるものがあるとして,違法の問題があると主張する。
しかし,社会資本整備審議会の委員構成や運営に何ら違法の問題がないこ
とは,被控訴人国らが原審で主張し,原判決も正当に判断しているとおりで
ある。
エ事業の認定をした理由の告示について
控訴人らは,本件事業認定の理由の告示について,土地収用法に従った理
由の告示があったとはいえないから,違法であると主張する。
しかし,事業認定庁は,本件事業に係る事業認定理由において,土地収用
法20条3号要件を含めた各号要件への適合性の判断について十分な説明
を行っているから,理由の告示に違法はない。
(2)環境影響評価に関する手続違反について
控訴人らは,環境影響評価が違法であるから本件事業認定は違法である,環
境影響評価の再実施がされていないから本件事業認定は違法であるなどと主
張するが,これらの主張に理由がないことは,被控訴人国らが原審で主張した
とおりである。
(3)都市計画法違反について
ア都市計画法16条違反について
控訴人らは,都市計画法16条の公聴会開催は都道府県知事の完全なる自
由裁量ではなく,その裁量の範囲には住民自治の観点から限界があり,関係
市町による説明会は同条に基づくもの又はそれに準ずるものと評価できる
ところ,これらの説明会は形だけのものにすぎず,本件都市計画変更決定は
同条に違反すると主張するが,この主張に理由のないことは,被控訴人国ら
が原審で主張したとおりである。
イ都市計画法18条違反について
控訴人らは,十分な意思形成がされないまま形式的に意見聴取を終わらせ
てしまったことは,都市計画法18条の趣旨である都市計画への住民参加と
いう理念に明らかに反するから,本件都市計画決定は同条に違反すると主張
する。
しかし,同条1項に規定する関係市町村の意見を聴くことについては,都
市計画決定時に都道府県知事が,関係市町村長の意見を聴くことを義務づけ
ているにすぎず,特段の事情がある場合を除き,関係市町村の意見に拘束さ
れることなく,都市計画決定をすることができるというべきであり(東京地
裁平成17年判決同旨),控訴人らの主張には理由がない。
(4)自然公園法違反について
ア自然公園法56条1項違反について
控訴人らは,自然公園法56条1項の「協議」においても,同法13条3
項の許可の場合と同様の資料の提出と検討が必要であるとし,本件の協議に
おいては,判断を行うために必要な資料の提出と検討を欠くものであるか
ら,同条項に反すると主張する。
しかし,自然公園法56条1項の協議に際してどのような資料の提出を求
めるのか,また,提出された資料についてどのように検討をするのかといっ
た事柄は,原則として,当該行為を行う国の機関及び都道府県知事の判断に
ゆだねられており,協議の際に全く資料が提出されていなかったり,提出さ
れた資料について全く何の検討も加えられなかったというような特段の事
情のない限りは,同項の規定に違反するということはできない(東京地裁平
成17年判決同旨)。起業者らは,本件圏央道事業については,P28公園
の特別地域内に建設されることから,自然公園法56条1項に基づき東京都
知事に対して協議を行っており,また,東京都知事から異存ないとの回答を
受けているのであって,同法に基づき適切な処理がされている。
イ「林談話」について
控訴人らは,「林談話」について,生物多様性保全のための確立された制
度の一環をなすものであり,法的拘束力があると主張する。
しかし,仮に,「林談話」に法的拘束力があるとしても,これに反するこ
とと本件事業認定の違法性との関係が不明であって,上記控訴人らの主張は
それ自体失当であるし,起業者らは,本件事業について,自然公園法に基づ
く協議を適切に行うとともに,環境影響評価についても適切に行っているこ
とに加えて,地下水への影響についても十分な調査を行った上で,その施工
方法等について慎重に検討してきたのであり,「林談話」に反するというこ
とはない。
第5被控訴人東京都の控訴人らの主張に対する反論
1原告適格(明渡裁決の取消しを求める利益の有無)について
明渡裁決の対象となる土地の明渡しが完了した場合は,明渡裁決はその目的を
達し,もはや所有者等が同裁決により何らかの義務を負うことはなく,所有者等
が明渡しについての原状回復を求めるためには,権利取得裁決の取消しを求めれ
ば足りる。本件各土地については,いずれも明渡しが完了しているから,第3事
件控訴人らには,本件各明渡裁決の取消しを求める訴えの利益は存在しない。
よって,第3事件控訴人らの訴えを却下した原判決は相当である。
2本件各裁決の手続に係る違法性について
(1)東京都収用委員会の会長及び会長代理の経歴等について
第3事件控訴人らは,本件各裁決に関与した東京都収用委員会の会長及び会
長代理の選任について違法があるという趣旨の主張をする。
しかし,土地収用法52条3項は,収用委員会の委員及び予備委員は,法律,
経済又は行政に関してすぐれた経験と知識を有する者のうちから選任すると
しており,行政の職歴等を有することは委員として選任されるための要件であ
る。また,同条項は,委員の公正な選任を担保するために議会の同意を選任の
要件としており,本件における東京都収用委員会の会長及び会長代理について
も,東京都議会の同意の上で選任されているから,この両名が委員に選任され
たことについて何ら違法性はなく,第3事件控訴人らの主張は失当である。
(2)審理の期日等の指定の当否について
収用委員会は,土地収用法46条2項によって,審理の期日を指定する権限
を与えられており,上記指定にあたって,権利者,関係人等と日程を協議すべ
きことを定めた法令はないから,そのような義務もないと解されている。
第3事件控訴人らは,東京都収用委員会の一方的な審理期日の指定によっ
て,弁護士代理人を通じて意見陳述の機会を奪われたと主張するが,本件の権
利者の中には,弁護士代理人を選任していない者も多数存在したから,弁護士
代理人と協議しただけで審理期日を指定し得るものではないし,弁護士代理人
は複数選任されていたから,代理人間で審理期日に出頭する弁護士代理人を調
整することによって,いずれかの代理人が出頭することは可能であったと認め
られ,現に,各審理期日において,第3事件控訴人らが選任した複数の代理人
弁護士が出席していた。
したがって,東京都収用委員会が行った審理の期日指定により,弁護士代理
人の出席の機会,または意見陳述の機会を奪うことにはならず,東京都収用委
員会による審理期日の指定に何ら違法性はない。
(3)審理の期日における審理の指揮及び審理の終了の当否について
第3事件控訴人らは,本件の東京都収用委員会による審理期日の審理指揮及
び審理の終了に裁量権を逸脱した違法があると主張するが,この主張に理由が
ないことは,被控訴人東京都が原審で主張したとおりである。
3本件各裁決の内容に関する違法性について
(1)土地の区域の特定について
第3事件控訴人らは,本件の権利取得裁決における土地の特定に違法がある
と主張する。
土地収用法は,土地の所有者を確知することができない場合には不明裁決を
することを予定しているところ,土地の境界に争いがあって境界が特定できな
いために,当該係争部分の所有者を確定できないという場合も,土地の所有者
を確知することができない場合に該当するものと解される。よって,当該係争
部分が収用対象区域内に所在するのであれば,境界不明のままで不明裁決をす
ることに何ら違法はない。
(2)本件裁決3について
第3事件控訴人らは,本件裁決3の対象地である本件土地5について,旧×
×番の土地全体の範囲が特定しない限り,その一部である本件土地5の範囲も
特定しないから,本件裁決3は,対象土地を特定せずにされた違法なものであ
ると主張するが,本件裁決に違法のないことは,被控訴人東京都が原審で主張
したとおりである。
(3)本件裁決4について
第3事件控訴人らは,×番の土地について,境界を確定するための十分な調
査をすることなく不明裁決をしたことが違法であると主張するが,東京都収用
委員会において×番の土地の境界は不明であると判断し,本件土地6について
不明裁決をしたことに何らの違法もないことは,被控訴人東京都が原審で主張
したとおりである。
第6本件の経緯等について当裁判所が認定した事実
当裁判所が認定した本件の経緯等は,以下のとおり改めるほかは,原判決「事
実及び理由」中の第3に記載のとおり(原判決26頁22行目から88頁24
行目まで)であるから,これらを引用する。
(1)原判決28頁12行目及び29頁22行目の「本件各事業に係る事業の認
定の申請に当たり」を,いずれも「本件事業認定の申請に先立って」と改め
る。
(2)同38頁12行目及び39頁6行目の「東京都環境影響評価条例」を,い
ずれも「平成10年改正前の東京都環境影響評価条例」と改める。
(3)同頁19行目「本件各事業に係る事業の認定の申請に当たって,事業の完
成」を,「本件事業認定の申請に先立って,本件各事業の完成」と改める。
(4)同42頁15行目「本件圏央道事業区間により北に位置する」を,「本件
圏央道事業区間のうち本件第1申請事業の工事区間よりも北に位置する」と
改める。
(5)同44頁2行目から3行目にかけての「α4インターチェンジからα6ジ
ャンクションまでの区間」を,「本件第1申請事業の工事区間内」と改める。
(6)同47頁7行目から8行目にかけての「ボーリング調査等を行うなどして
検討され,」を,「事業の実施に伴い,掘削工事及び構造物の設置等が地形・
地質あるいは不圧地下水に影響を及ぼすことが考えられるとの理由から,地
形・地質の状況及び不圧地下水の状況について調査が実施された。地形・地
質の状況については,既存資料の検討による調査,地表地質踏査及びボーリ
ング調査が実施され,不圧地下水の状況については,既存資料の検討による
調査及び水文調査(井戸測水調査,渇水比流量調査及びゆう水調査)が実施
された。α1山については,周辺の4流域(4つの沢の流域)において水文
調査が実施され,上記4つのうちの1つの沢の源流域を代表的な流域として
設定した上で,この流域を中心に,合計5箇所においてボーリング調査が実
施されるなどした。」と改める。
(7)同頁15行目及び49頁22行目の「評価」を,いずれも「予測」と改め
る。
(8)同54頁20行目「10か所」を,「10か所の予測地点(本件α4バイ
パス事業の計画路線の通過する位置,道路構造,計画路線周辺の土地利用状
況等を勘案して地域を代表するものとして選定された地点,以下「10の予
測地点」という。)」と改める。
(9)同56頁20行目「12の予測地域」を,「12か所の予測地域(本件圏
央道事業の計画路線の位置,構造及び沿道の土地利用状況を考慮して選定さ
れた地域)」と改める。
(10)同59頁1行目「行われていない。」の後に,「その理由は,インター
チェンジやジャンクションにおける加速車線や減速車線の走行パターンは,
本線の走行パターンとは異なるところ,SPMに関しては,走行パターンに
対応した排出係数の設定方法が解明されていないために,加減速車線が含ま
れる区間についての濃度予測を行うことが困難であるとされているためであ
る。」を加える。
(11)同頁2行目「濃度については,」の後に,「周辺地域の観測局における
測定結果の年平均値が平成3年以降概ね」を加える。
(12)同頁15行目「10の地点」を,「10の予測地点」と改める。
(13)同66頁18行目から19行目にかけての「本件環境影響評価3におい
て予測の対象となった10地点」を,「10の予測地点」と改める。
(14)同頁20行目「一部予測地点について」から22行目「ている。」まで
を,「一部予測地点を除いて,旧騒音環境基準及び現騒音環境基準に定めら
れた指標に適合する旨予測されており,また,上記一部予測地点についても,
新規に追加の対策を講じることによって上記指標に適合する旨予測されてい
る。」と改める。
(15)同67頁2行目「12の地域」を,「12の地域(本件圏央道事業の計
画路線の位置,構造及び沿道の土地利用状況を考慮して選定された地域)」
と改める。
(16)同71頁9行目から18行目までを,以下のとおり改める。
「(1)起業者らは,事前に,土地収用法施行規則1条の2第1項に基づいて,
起業地の存する地方の新聞紙(複数の全国紙のα16版,α46版)に開
催を告知する内容の公告を掲載した上で,八王子市内に所在する八王子市
民会館において,平成17年7月22日午後7時から本件事前説明会を開
催した。起業者らは,本件事前説明会の出席者に対し,資料を配付するな
どした上で,本件各申請事業の目的及び内容等について説明をした。その
後,出席者との間で質疑応答が行われた。当初予定され,公告されていた
本件事前説明会の時間は午後7時から9時までの2時間であったが,実際
には,この予定を超過して午後9時48分まで行われた。起業者らは,そ
の後,本件事前説明会において出席者から投げかけられた本件各申請事業
の目的及び内容についての質問を踏まえて,「今後の事業予定について」
等の27項目についての起業者らの見解を記載した文書を,相武国道事務
所のウェブサイトに掲載した。(甲J37の1,甲J37の7,乙1,乙
4の1の1ないし3,乙4の2の1・2,乙4の3,乙J31ないし33,
控訴人標博重本人)」
(17)同頁24行目「国土交通大臣は,」の後に,「本件各申請事業について
事業の認定をすべきであると考えたことから,」を加える。
(18)同72頁16行目から17行目にかけての「本件事業認定に係る」から
20行目「検討が加えられている。」までを,「上記官報における告示にお
いては,本件事業認定に係る事業の認定をした理由として,本件各申請事業
に関する同法20条1号ないし4号の各要件適合性についての国土交通大臣
の認定・判断が示されており,そのうち同条3号の要件適合性については,
本件各事業によって得られる公共の利益,失われる利益,事業計画の合理性
についての認定・判断が述べられている。」と改める。
第7第1事件及び第2事件についての当裁判所の判断(以下,第7においては,「控
訴人」を,第1事件及び第2事件の控訴人を意味するものとして使用する。)
1原告適格について
(1)控訴人らの原告適格については,以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加
するほかは,原判決「事実及び理由」中の第4の1に記載のとおり(原判決8
8頁最終行から95頁3行目まで)であるから,これを引用する。
原判決89頁23行目の「3条」を「3項」と,同90頁1行目の「(同法
1条)」を「(土地収用法1条)」と,それぞれ改める。
(2)控訴人らの主張に対する判断
ア控訴人らは,現在の社会は,土地収用法制定当時には必ずしも想定されて
いなかった状況,すなわち,活用できる国土は希少となり,建設技術の進歩
が開発を強大化,高層化し,権利意識や環境への意識の高まりによって環境
関連法制も充実してきているといった状況にあるとし,このような中で,土
地を収用し事業を行うに際しては,開発利益と環境利益との衝突が不可避で
あり,そこでは,自然環境のみならず生活環境,歴史文化環境等への十分な
配慮が不可欠であるから,土地収用法20条3号の事業により得られるべき
公共の利益と失われる利益との比較衡量に際しては,上記環境利益への十分
な配慮が必要であること,環境影響評価法が,事業に係る免許・許可・認可
等について環境への悪影響を考慮要素とする横断的立法であると理解され
ていることなどに鑑みると,環境影響評価法及び東京都環境影響評価条例と
土地収用法とは,国土の適正かつ合理的な利用に寄与するという点で,切っ
ても切り離せない関係にあると評価できるから,目的を共通にするものとい
うべきであると主張し,環境影響評価法及び東京都環境影響評価条例は,土
地収用法からみて,行政事件訴訟法9条2項の「当該法令と目的を共通にす
る関係法令」に該当すると主張する。
イしかし,土地収用法1条は,同法の目的について,「公共の利益となる事
業に必要な土地等の収用又は使用に関し,その要件,手続及び効果並びにこ
れに伴う損失の補償等について規定し,公共の利益の増進と私有財産との調
整を図り,もって国土の適正かつ合理的な利用に寄与することを目的とす
る。」としていることからすれば,同法が直接目的とするところは,公共の
利益の増進と私有財産との調整を図ることであり,その結果として,国土の
適正かつ合理的な利用に寄与することを目指すものと理解できる。
以上に加えて,同法2条以下の条文の規定ぶりや,関係法令である同法施
行規則の内容なども総合考慮すると,土地収用法は,私的自治の原則からす
れば,公共の利益となる事業の事業者といえども,当該事業を推進する上で
必要となる土地(事業用地)の取得は,同土地に所有権等の権利を有する者
(以下「地権者」という。)との任意の交渉によるべきものであるが,上記
原則を貫けば,地権者の意向次第で,公共の利益となる事業が頓挫してしま
い,社会全体から見て相当でないこともあるので,既に関係法令に基づく免
許・許可・認可等を取得するなどして,適法に事業遂行権を取得した事業者
について,一定の要件の下に,その申請に対して事業認定という行政処分を
行い,事業認定を受けた事業者において,任意の買収等に応じない地権者か
ら土地の権利を取得できることとし,その手続を定めたものであると理解す
ることができる。
以上のとおり,土地収用法は,既に適法に公共事業の遂行権を取得してい
る事業者が,事業用地を確保しようとする場面で初めて登場する法律であ
り,第1次的には,事業者側の利益(事業の公共性)と事業用地の地権者の
私有財産との調整を目的としたものであるから,当該公共事業自体の法適合
性は,原則として,その前提となっているものと解される。もちろん,当該
公共事業自体が違法なものである場合(例えば,法の要件を欠いているため
本来なら認可されるべきでなかったのに誤って認可されたといったよう場
合)には,土地収用法20条3号の要件該当性の判断の中で,そのような事
情が考慮されることは当然のこととしても,それは,あくまでも特定の土地
について収用の必要性が生じた場合に,これを可とするか否かという具体的
な場面で考慮されることであって,これを離れて,当該公共事業の一般的な
法適合性を問題とすることは予定されていないもの,すなわち,具体的な収
用案件から離れた当該公共事業の一般的な法適合性の有無は,原則として,
土地収用法の関与するところではないと解するのが相当である。
このように,土地収用法は,原則として,具体的な収用案件を離れた当該
公共事業自体の一般的な法適合性を問題としないものであると解されるか
ら,同法は,公共事業がもたらす環境変化等によって,被害を受ける可能性
のある地域住民等の個々人の利益を個別的利益として保護する趣旨を含む
ような性質の法令ではないといわざるを得ない。控訴人らが主張する環境影
響評価法,東京都環境影響評価条例などの環境諸法令は,本来的には,事業
自体の遂行の可否を決するに際して,事業遂行による環境への影響を判断す
るに際して,検討されるべきものであり,「公共の利益となる事業に必要な
土地等の収用又は使用に関し」て,「公共の利益の増進と私有財産との調整
を図」ることを目的とする土地収用法からみて,行政事件訴訟法9条2項の
「当該法令と目的を共通にする関係法令」には該当しないというほかはな
い。以上のような解釈の正当性は,事業用地がすべて任意買収によって確保
された場合にも,控訴人らの主張するような環境被害等が発生することがあ
り得るところ,そのような事態となるのは,ごく例外的な場合を除けば,特
定の土地が事業用地として使用されること自体に起因するのではなく,事業
者が関係法令で要求された手続を遵守して(必要があれば許可等を取得し
て),公共事業(本件についていえば圏央道事業)の遂行権を取得し,当該
事業を遂行することに起因するもの,すなわち,そもそもの公共事業自体に
よって生じるものと理解するほかないということからも,裏付けられている
ものといえる。
ウ以上述べたところから明らかなように,起業地内の土地又は土地上の立木
等に所有権その他の権利を有する者(本件における第1控訴人ら,第2控訴
人ら及び第3控訴人)は,事業認定によって,自らの権利利益を直接侵害さ
れる者であって,まさに法が予定する利害関係人であり,事業認定の取消し
を求める法律上の利益を有するものといえるが,それ以外の第三者には,事
業認定の取消しを求める法律上の利益はないといわざるを得ず,原告適格を
認めることはできないというべきである。
よって,起業地内に上記権利を有しない第4控訴人ら及び第5控訴人ら
は,本件事業認定の取消訴訟について原告適格を有するものではないから,
この点に関する原判決の判断は相当である。控訴人らは,その他にも,控訴
理由において,第4控訴人ら及び第5控訴人らの原告適格を認めるべきであ
るとして,様々な主張をするが,原審における主張の繰り返しであり,その
主張に理由がないことは,原判決が適切に説示するとおりである。
2本件各申請事業を含む本件各事業の施行により控訴人らに重大な損害が生ず
るとし,これを前提にして,本件事業認定が違法であって取り消されるべきであ
るとする控訴人らの主張の取扱いについて
原判決「事実及び理由」中の第4の2に記載のとおり(原判決95頁6行目か
ら21行目まで)であるから,これを引用する。
3土地収用法20条2号の要件適合性について
原判決「事実及び理由」中の第4の4に記載のとおり(原判決100頁6行目
から101頁8行目まで)であるから,これを引用する。
4土地収用法20条3号の要件適合性について
土地収用法20条3号は,「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与す
るものであること」と定めているところ,この文言に加えて,同法1条が,同法
の目的について「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り,もって国土の適
正且つ合理的な利用に寄与すること」としていることを総合考慮すれば,「事業
計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与する」とは,当該土地が当該事業の用
に供されることによって得られるべき公共の利益と,これによって失われる利益
とを比較衡量した結果,前者が後者に優越すると認められることを意味するもの
と解するのが相当である。そして,当該土地が当該事業の用に供されることによ
って得られるべき公共の利益と,これによって失われる利益との比較衡量の判断
(この判断を,以下「適合性判断」という。)に際し,当該事業申請に係る事業
が単独事業ではなく広域的な事業の一部である場合には,当該事業のみならず事
業全体についても得られるべき公共の利益と失われる利益を検討すべきである。
ところで,事業によって得られる公共の利益,失われる利益の存否自体は,裁
判所が判断可能な事実であるから,上記適合性判断についての行政裁量の当否は
さておき,以下5において,本件起業地が本件各申請事業の用に供されることに
よって得られる公共の利益について,以下6及び7において,失われる利益につ
いて検討し,以下8において,土地収用法20条3号の要件適合性の判断(適合
性判断)をする。
5本件起業地が事業の用に供されることによって得られる公共の利益について
(1)本件第1及び第2申請事業を含む本件圏央道事業等について
ア圏央道事業の目的,内容,他の主要道路との関係等について(前記第2の
4で認定の事実(原判決「事実及び理由」中の第2の3で認定した事実),
第6で認定の事実(原判決「事実及び理由」中の第3で認定した事実),公
知の事実,弁論の全趣旨)
(ア)圏央道は,横浜市,厚木市,八王子市,青梅市,川越市,つくば市,
成田市,木更津市等の東京都心から約40キロメートルないし60キロメ
ートル圏に位置する都市を環状型に相互に連絡する全長約300キロメ
ートルの道路網として計画され,現在においてその一部が完成し(当審口
頭弁論終結時までに,千葉県内の「α47ジャンクション」から「α48
インターチェンジ」までの約7.1キロメートル,茨城県内の「α49イ
ンターチェンジ」から「α50インターチェンジ」までの約23.8キロ
メートル,埼玉県内の「α51ジャンクション」から「α52インターチ
ェンジ」までの約3.3キロメートル,埼玉県内及び東京都内の「α53
インターチェンジ」から「α6ジャンクション」までの約53.5キロメ
ートル,神奈川県内の「α2インターチェンジ」から「α3ジャンクショ
ン」までの約1.9キロメートルがそれぞれ開通しており,開通総延長は
50キロメートルを超えている。),さらに整備進行中の道路であって,
平成24年度以降においても,順次開通する区間が予定されている。
(イ)圏央道は,首都圏と各地方を連絡する目的で東京都中心部から各地方
に向けて放射状に広がっている道路(以下「放射道路」という。)である
東名高速道,中央自動車道富士吉田線,関越自動車道,東北縦貫自動車道
弘前線,常磐自動車道,東関東自動車道水戸線及び東関東自動車道千葉富
津線を相互に連絡することが予定されている。計画時において期待されて
いた圏央道事業施行による効果としては,①地域間の交流を拡大し,地
域経済及び地域産業の活性化を促すこと,②都心部への集中による交通
混雑を緩和すること,③都心部一極化依存構造から業務核都市等を中心
にした自立性の高い地域を形成し,相互の機能分担と連携,交流を行う分
散型ネットワーク構造への再編整備による首都圏全体の調和のとれた発
展に貢献することなどがあり,被控訴人国らは,現在においても,圏央道
事業には上記の効果があり,実際にもその効果が現れていると主張してい
る。
(ウ)首都圏において,圏央道と同様に放射状道路と相互に連絡する環状型
の道路としては,外かく環状道及び中央環状線がある。外かく環状道は,
都心から約15キロメートル圏に位置する都心及び副都心の周辺都市で
ある大田区,世田谷区,練馬区,川口市,市川市などや京浜・京葉工業地
帯等を結ぶ全長約85キロメートルの道路であり,現在,埼玉県の「α5
4インターチェンジ」から「α55ジャンクション」までの約34キロメ
ートル(約40パーセント)が開通している。中央環状線は,都心から約
8キロメートル圏に位置する新宿,渋谷,池袋などの副都心やベイエリア,
羽田空港,東京港等を結ぶ全長約47キロメートルの道路であり,現在,
約37キロメートル(80パーセント弱)が開通している。
現在,東京圏においては,首都圏3環状道路と9放射道路(上記東名高
速道などの7本の高速自動車道に,東京湾岸道路及び第三京浜道路を加え
たもの)を結ぶ3環状9放射道路の整備が進められている。
イ被控訴人国らの政策等の観点からみた都市環状道路について(前記第6の
認定事実(原判決「事実及び理由」中の第3の認定事実),乙H4,公知の
事実,弁論の全趣旨)
(ア)社会資本整備重点計画法4条に基づいて,平成15年に閣議決定され
た平成15年度から平成19年度までの社会資本整備計画には,「国際的
な水準から見て整備の遅れている都市圏環状道路の整備を進めることな
どにより国際競争力の強化に努める」とされており,都市環状道路の整備
が国際競争力を高めるための国家戦略のひとつとして位置づけられてい
る。
(イ)都市再生本部が平成13年に決定した都市再生プロジェクト(第2次
決定)は,「大都市圏において自動車交通の流れを抜本的に変革する環状
道路を整備し,都心部の多数の慢性的な渋滞や沿道環境の悪化等を大幅に
解消するとともに,その整備により誘導される新たな都市拠点の形成等を
通じた都市構造の再編を促す」としており,首都圏3環状道路の整備の推
進が謳われている。
(ウ)国土総合開発法(当時)に基づき平成10年に作成された全国総合開
発計画(「21世紀の国土のグランドデザイン-地域の自立の促進と美し
い国土の創造-」)において,首都圏の交通渋滞の緩和等を図るための施
策として,東京湾岸道路等の整備による首都高速道路の機能強化ととも
に,圏央道,外かく環状道などの環状型道路を中心とする幹線交通網の整
備の推進が謳われている。
(エ)首都圏整備法に基づき平成11年に決定された首都圏基本計画にお
いて,分散型ネットワーク構造の形成に資する首都圏の交通網の形成及び
通過交通に対応して渋滞の緩和等を図るための施策として,また,首都圏
の道路網の骨格を形成し,分散型ネットワーク構造の実現に資するものと
して,首都圏3環状道路の整備の推進が謳われている。平成13年に決定
された首都圏基本計画においても,圏央道,外かく環状道の整備の推進が
謳われている。
(オ)遅くとも平成5年以降,圏央道建設予定地周辺の地方公共団体の首長
等で構成される首都圏中央連絡道路推進協議会,地方公共団体の議会並び
に議長及び議員,東京都知事等から,内閣総理大臣に対し,圏央道の早期
建設等を求める旨の要望が提出されている。
(カ)上記(ア)ないし(エ)の事情は,いずれも本件事業認定がされた平成1
8年よりも3年ないし8年程度過去のことであり,その後,長引く不況や
国家の財政危機の深刻化等の背景事情によって,本件事業認定時までの間
に,我が国の社会資本整備,都市再生,国土総合開発,首都圏整備などに
ついて,それまでの施策の変更や修正が行われていることは事実であるも
のの,少なくとも首都圏3環状道路の整備に関して,国家政策として抜本
的な見直しがされたことを窺わせるに足りる証拠はない。上記圏央道の早
期建設等を求める要望を提出していた協議会,議会,東京都知事等から,
平成5年以降本件事業認定までの間に,建設中止を求める趣旨の要望が提
出されたことを窺わせるに足りる証拠はなく,むしろ,周辺市町村は例外
なく,現在においても早期の建設を要望している。
(キ)東京都は,平成18年策定の「10年後の東京」の中で,先端企業が
集積する八王子市及びその周辺の圏央道沿道を「多摩シリコンバレー」と
して位置づけ,3環状道路(特に圏央道)の整備により産業集積が進み,
つくば,埼玉,神奈川等との産業効率が活発化することを目指している。
ウ常識的な観点から予想される本件圏央道事業等の完成による公共の利益
及びこれについての被控訴人国らの主張について
(ア)本件圏央道事業等が完成すると,中央自動車道と東名高速道が接続さ
れることとなり,既に圏央道によって中央自動車道と関越自動車道とが接
続されていることと併せて,道路交通における広域的な利便性が向上する
ことは明らかであるし(具体的にいえば,中央自動車道と関越自動車との
接続によって,山梨県方面と群馬県方面相互の高速道路を通じたアクセス
が向上していたところ,東名高速道とも接続することにより,山梨県方面
と神奈川県方面ないし静岡県方面相互,群馬県方面と神奈川県ないし静岡
県方面相互の各アクセスも向上することになる。),これにより,その具
体的な程度はともかくとして,都心部の通過交通の一部が圏央道に転換す
ることにより,都心部の通過交通が減少し,交通混雑が緩和され,首都圏
全体の円滑かつ安全な交通を推進することになることも容易に予測でき
ることである。また,上記のとおり圏央道のような片側2車線の高速道路
が開通するということは,当該地域の平常時の道路交通の利便性が向上す
るということに留まらず,救急患者や救急医療品等の搬送時間が短縮され
るなどの医療面における利点,災害時の避難路もしくは緊急物資輸送路と
しての利用が可能となる利点,高速道によるアクセス向上による観光客の
増加,高速道のサービスエリア内の各施設における新規雇用の発生など,
様々な利益をもたらすものであることも,容易に推測できるところであ
る。
(イ)被控訴人国らは,本件圏央道事業等の完成により,中央自動車道と東
名高速道が連絡されることになり,既に開通した中央自動車道と関越自動
車道とを連絡する区間とを併せて,広域的な利便性が向上するとともに,
他の環状道路である外かく環状道及び中央環状線と有機的に連絡するこ
とによって,都心部への流入交通の分散導入,地域間交流の拡大などが図
られ,これによって大きな公的利益がもたらされると主張する。道路建設
によって,その程度はともかくとして,上記被控訴人国らが主張するよう
な利益が生ずることが常識的に明らかであることは,既に述べたとおりで
あるが,道路建設には必然的に不利益(莫大な費用の支出,自然破壊,環
境破壊など)が伴うことも明らかであるから,上記都心部への流入交通の
分散導入,地域間交流の拡大などの道路事業によってもたらされる利益の
程度が問題となる。
エ公共の利益について
(ア)本件各申請事業が予定する工事区間に接する既開通区間からみた道
路整備効果について
a証拠(乙H8,乙H22,乙H33,乙H49)及び弁論の全趣旨に
よれば,起業者らは,平成19年6月23日にα6ジャンクション・α
7インターチェンジ間が開通し,中央自動車道と関越自動車道との間が
接続された後に,継続的にα6ジャンクション・α74インターチェン
ジ間の交通量調査を実施していること,開通2か月後の平成19年8月
の調査によれば,平均交通量2万6400台/日のうち約5割に及ぶ1
万4000台/日が放射道路である中央自動車道と関越自動車道を連
続利用しており,圏央道が環状道路機能を発揮していることが確認され
たこと,開通2年後まで(平成19年7月から平成21年6月の日平均
交通量)の調査結果によっても,通過交通の平均交通量の約4割に当た
る約9200台/日が中央自動車道と関越自動車道を連続利用してお
り,引き続き環状道路としての役割を果たしていることが確認されたこ
と,平成20年8月3日,首都高速道路○号α56線(下り)α57ジ
ャンクションでタンクローリーが横転する事故が発生し,首都高速道路
が通行止めとなった際には,中央自動車道のα6ジャンクション以東の
交通量が減少する一方で,圏央道のα37ジャンクション(圏央道と関
越自動車道との接続箇所)以南の交通量が増加しており,圏央道が広域
的な迂回路としての機能も果たしていることが確認されたこと,以上の
事実が認められる。
b証拠(乙H2,乙H3)及び弁論の全趣旨によれば,上記のとおりα
6ジャンクション・α7インターチェンジ間が開通した後,新規開通区
間であるこの区間の交通量は2万1900台/日であり,既開通区間で
あるα7インターチェンジ・α8インターチェンジ間の交通量は,開通
前の1万600台/日から2万5300台/日と約2.4倍に増加した
こと,中央自動車道と圏央道とを接続するα6ジャンクションにおける
山梨側への行き来が約1万2000台/日であり,前記α37ジャンク
ションにおける群馬側の行き来が約2万台/日となり,開通前より約1
3パーセント増加するなどしており,圏央道を介し,山梨県方面と群馬
県方面のアクセス向上が数字的にも裏付けられていること,以上の事実
が認められる。
c以上認定した既開通区間における圏央道開通前後の状況の変化は,本
件各申請事業に係る区間を含む本件圏央道事業区間が完成し,東名高速
道,中央自動車道,関越自動車道の各放射道路が圏央道によって接続さ
れることによって,都心部への流入交通の分散導入,地域間交流の拡大
などが図られて,大きな公的利益をもたらすとする被控訴人国らの主張
の正当性を裏付けるものといえる。
(イ)圏央道事業が圏央道周辺地域にもたらしている現象等について
a証拠(乙H5)及び弁論の全趣旨によれば,東京都市圏交通計画協議
会が実施した「第4回東京都市圏物資流動調査」のデータをもとに関東
地方整備局北首都国道事務所が集計・加工した資料によると,首都圏の
東京都,埼玉県,神奈川県,千葉県,茨城県における新たな物流事業所
が立地した市町村のうち,4割以上が外かく環状道や圏央道などの自動
車専用道路の通過する市町村とされていることが認められる。
b証拠(乙H6の4及び5,乙H33,乙H50ないし乙H56)及び
弁論の全趣旨によれば,圏央道開通に伴い,圏央道及び中央自動車道沿
線において,以下のとおり,首都圏及びその周辺の各地域において,道
路交通アクセスの向上に伴って企業誘致,大型商業施設の進出などが相
次いでおり,圏央道開通による経済効果が出現していることが認められ
る(なお,以下に記載するインターチェンジは,⑧のα58インターチ
ェンジを除き,すべて圏央道のインターチェンジであるので,単にイン
ターチェンジ名のみを記載する。)。
①茨城県α38町
平成19年3月,α59インターチェンジ・α60インターチェン
ジ間が開通した。α60インターチェンジから約2キロメートルの近
傍にある「α61工業団地」(総面積64.7ヘクタール,総分譲面
積50.8ヘクタール)には,上記開通の前後において,新たに6社
の立地が決定している。なお,同工業団地における立地は,平成15
年までは1社のみであったが,平成16年以降増加し,平成19年に
は累積15社に上っており,立地割合は50パーセントを超えてい
る。
平成21年7月,α60インターチェンジに隣接する「α75土地
区画整備事業」区域内の商業・業務施設用地に,敷地面積16.5ヘ
クタールのアウトレットモール「P40」がオープンした。上記商業
施設のオープン当時の店舗面積は約2.2ヘクタール,店舗数は約1
00店舗,駐車台数は約2500台であったが,平成23年12月に,
敷地面積,店舗面積ともに規模を拡大し,店舗数を約150店舗,駐
車台数を約3900台に増やして再オープンしている。
②埼玉県
埼玉県は,平成18年10月,圏央道全面開通を生かした産業集積
を推進すべく「田園都市産業ゾーン基本方針」を定め,これに基づき,
平成21年2月現在において,圏央道沿線地域における産業基盤づく
りとして4か所の先導モデル地区で事業を推進している(その後,先
導モデル地区は9か所となっている。)。なお,埼玉県は,圏央道が
全面開通して計画的な産業基盤づくりが成功し,全工場が操業した場
合を前提にして,初期投資で約1200億円,完全稼働後は年間約6
000億円の経済波及効果があると試算している。
③埼玉県α62町
平成20年3月,α62町内にα62インターチェンジが開通し
た。平成21年3月,上記②の先導モデル地区の第1号事業として,
α62インターチェンジに隣接する「α62インター産業団地」がオ
ープンしている。同団地の敷地面積は約47ヘクタールであり,オー
プン当初において,既に18社の進出が決定し,平成23年ころまで
に10社程度が操業している。
④埼玉県入間市
α63インターチェンジは,平成16年に開通している。平成20
年4月,α63インターチェンジから約500メートルの近傍に,敷
地面積約8.6ヘクタールのアウトレットモール「P41」がオープ
ンしている。
⑤東京都八王子市
八王子市では,圏央道整備による高速道路網の存在を前提として,
α74インターチェンジ近郊に物流拠点の整備を計画しており,この
計画の推進のために,平成18年11月,α6商工会議所,流通業界,
運輸業界などの団体・企業等から構成される「圏央道α74IC物流
拠点整備推進協議会」が設立されている。八王子市は,上記物流拠点
の整備による経済波及効果について,建設段階で年425億円,操業
段階で年189億円と試算している。
⑥東京都α8町
α8インターチェンジは,平成14年に開通している。平成19年
11月,α8インターチェンジから約500メートルの近傍に,敷地
面積13ヘクタールを超える大型ショッピングセンター「P38」が
オープンした。
⑦東京都あきる野市
α7インターチェンジは,平成17年に開通している。α7インタ
ーチェンジから約500メートルの距離にあるP42の平成19年
の入場者数は106万人であり,前年よりも約15万人増加した。
⑧山梨県上野原市
中央道α58インターチェンジから車で10分程度の距離にある
α76工業団地は,平成18年までは,分譲全36区画のうち17区
画が売却済みの状況にあったが,平成19年6月のα7インターチェ
ンジ・α6ジャンクション間の開通を前にして,進出企業が相次ぎ,
平成19年3月までに新たに6区画が売却済みとなり,開通後の同年
8月までには,完売となった。
c以上認定した既開通区間の周辺地域及び近傍地域における圏央道開
通後の経済波及効果に照らせば,圏央道計画全体が関東圏全体に大きな
公的利益をもたらすとする被控訴人国らの主張は正当であるといえる
し,本件各申請事業に係る区間を含む本件圏央道事業区間が完成し,東
名高速道,中央自動車道,関越自動車道の各放射道路が圏央道によって
接続されることにより,周辺地域にさらに一定の経済的利益がもたらさ
れるものと合理的に推認することができる。
(ウ)周辺の一般国道の交通量への影響について
a証拠(前記第2の6の認定事実(原判決引用部分),甲H8,甲H1
8の11,乙1,乙3の1,弁論の全趣旨)によれば,平成11年度の
道路交通センサスによると,本件圏央道事業によって建設される予定区
間の周辺に所在する一般国道の交通量は,国道○号が八王子市α64町
地内で平日交通量5万5483台/日,平日混雑度(設計交通容量を交
通量で除した数値)1.38であり,国道○号が厚木市α65地内で平
日交通量5万4676台/日,平日混雑度1.34であり,国道○号が
厚木市α66×地内で8万2365台/日,平日混雑度1.45であっ
て,いずれの地点においても,相当の混雑度であったものと認められる。
b被控訴人国らは,本件圏央道事業等の完成により,圏央道が神奈川県
央地域及びα16地域の南北方向の幹線道路として機能し,従前一般国
道○号等が担ってきた幹線交通の一部を圏央道が分担し,上記一般国道
の交通渋滞の緩和が図られ,円滑な交通の確保に寄与するがい然性があ
ると主張しているところ,証拠(乙3の1,乙H8,乙H33,乙H4
9)によれば,平成17年3月に圏央道α8インターチェンジからα7
インターチェンジまでの区間が開通した後に,その周辺道路である国道
○号等の交通量の減少が見られたこと,平成19年6月23日に圏央道
α6ジャンクションからα7インターチェンジまでの区間が開通した
後に,その周辺道路である国道○号及び○号において交通量の減少がみ
られるとともに交通渋滞が緩和され,また,圏央道から国道○号までの
間の生活道路において大型車の交通量が減少したこと,以上の事実が認
められるのであって,これらの事実は,圏央道の開通によって,周辺主
要道の交通渋滞の緩和が図られ,円滑な交通の確保に寄与するとする上
記被控訴人国らの主張の正当性を裏付けるものといえる。
(エ)以上(ア)ないし(ウ)で認定,検討したところによれば,圏央道を含む
3環状道路の整備事業は,首都圏に関する国の道路政策に基づくものであ
り,東京都及び首都圏周辺の各県にとっても重要な施策として位置づけら
れているのみならず,周辺の地方自治体はこぞって開通を歓迎し,早期完
成を希求していること,実際に,圏央道が開通した地域において,圏央道
が接続した放射状道路とともに一体として利用され,環状道路機能を果た
していること,周辺主要道の交通混雑の緩和が実現していること,一定の
経済波及効果が出現していることなどが認められる。
以上を総合すると,本件起業地が本件各申請事業の用に供され,今後予
定される本件圏央道事業区間の完成へと繋がることによって,広域的な視
点から見た場合に,首都圏と各地を結ぶ東名高速道路,中央自動車道及び
関越自動車道という3つの重要な放射状道路が接続されて一体としての
利用が可能となり,広域的な利便が向上するという大きな公共の利益が実
現されるがい然性があるといえるし,同時に,地域間交流の拡大をもたら
し,少なからぬ経済的波及効果(地域の活性化,雇用の促進等)をもたら
すものと合理的に推認することができる。さらに,他の環状道路との相互
連絡によって首都圏都心部への流入交通を分散する役割を果たすことも,
一定程度は期待できるというべきである。また,地域的な視点から見た場
合に,開通区間と路線的に競合する周辺の主要道の交通緩和が一定程度緩
和されるという公共の利益が実現するがい然性もあるということができ
る。さらに,以上述べた公共の利益のほかにも,広域的な道路の開通によ
って,前述した医療面における利用利益,災害等の緊急時における利用利
益など金銭に換算することが困難な多くの公共の利益がもたらされるで
あろうことは,容易に推測できることであり,本件各申請事業に係る区間
を含めた本件圏央道事業区間の開通,ひいて圏央道全体の開通がもたらす
ことになる公共の利益は,極めて大きいものというべきである。
(2)本件第3申請事業を含む本件α4バイパス事業について
ア本件α4バイパス事業の背景事情等について
前記第2の4及び第6で認定したところに証拠(乙1,乙3の1)及び弁
論の全趣旨を総合すれば,以下のとおり認められる。
(ア)一般国道○号は,東京都中央区を起点とし,日野市,八王子市,相模
原市,甲府市などを経て,塩尻市を終点とする延長約225キロメートル
の主要幹線道路であり,古くからα28街道として存在し,東京都と甲信
地方を結ぶ社会的,経済的,文化的に重要な路線である。
(イ)八王子市は,都心近郊に所在する地理的条件等から,首都圏のベッド
タウンとしての性格を有し,α16ニュータウンやα6ニュータウンなど
の大規模住宅団地建設事業に伴う計画的な住宅供給が行われ,市街化が進
み,近年では大学や企業,アミューズメント施設などが集積し,人々が交
流する複合拠点の形成を目指した地域づくりが展開されている。
(ウ)一般国道○号は,八王子市中心部を東西方向に通過している。これと
並行する周辺道路としては,高速道である中央自動車道のほかに,一般都
道α67線があるが,東西方向の道路が不足している状況にある。そのた
め,一般国道○号のうち八王子市α43町から同市α68町にかけての部
分は,従前から,都心部とα16地域及び甲信地方を結ぶ幹線交通,八王
子市街地を通過していることによる生活交通,JRα6市駅及びP39電
鉄α17駅に集中するバス交通などがふくそうし,慢性的な交通渋滞が発
生しており,円滑な交通が確保されていない状況にある。
なお,平成11年度の道路交通センサスによると,一般国道○号の八王
子市α43町地内で,平日交通量は4万0298台/日,平日混雑度は1.
58となっている。
(エ)本件α4バイパス事業は,一般国道○号のうち上記八王子市α43町
から同市α68町にかけての部分の南側に,これと並行するような形でバ
イパス道(α4バイパス)を設置するものである。
起業者らは,本件事業認定申請時において,同事業の完成によって,①
従前一般国道○号が担っていた交通をα4バイパスが分担することによ
り,交通円滑化が図られ,上記一般国道○号の交通渋滞が減少して,混雑
度が緩和されること,②α4バイパスは,圏央道α4インターチェンジへ
のアクセス道路としても機能するものとなり,例えば,α69駅からα4
インターチェンジまでの走行時間が,約47分から約26分に短縮される
ため,周辺住民の行動範囲が拡大し,周辺地域との交流が活発化され,地
域の活性化にも貢献すること,③一般国道○号及び一般都道α67線の
大型車交通が減少し,地域住民の上記各一般道の利用の利便性が向上する
こと,④八王子市,日野市及び国立市において二酸化炭素の削減が期待
されることなどが期待できる,としている。
イ以上認定したところによれば,本件α4バイパス事業の完成により,一般
国道○号線の渋滞が緩和されるがい然性があると認められるし,α4バイパ
スは圏央道α4インターチェンジに接続することから,圏央道とともに広域
的利便性の向上等にも寄与することが,合理的に推認できるというべきであ
る。
以上によれば,本件第3申請事業を含む本件α4バイパス事業の完成によ
って,大きな公益が実現されるということができる。
(3)上記公共の利益に関する控訴人らの主張について
ア本件圏央道事業等の広域的便益について
(ア)控訴人らは,前記5(1)エ(ア)で認定したとおり,圏央道によって中
央自動車道と関越自動車道とが接続された後に,α6ジャンクションから
α74インターチェンジまでの区間の利用交通のうちの約4割に当たる
約9200台/日が中央自動車道から関越自動車道を連続利用している
ことについて,都心の渋滞緩和との関係が不明であり,都心の渋滞緩和に
貢献していることが証明されていないから,圏央道による広域的便益はな
いと主張する。
しかし,圏央道を介して中央自動車道から関越自動車道を連続利用した
上記約9200台/日の多くは,圏央道がなかったとすれば,そのまま中
央自動車道を利用して都心に進行し,首都高速道もしくは環状8号線など
を利用して関越自動車道に入ったであろうと推測されるから,他に特段の
反証のない以上は,圏央道が存在することによって,都心に流入する車両
が1日数千台の規模で減少していることは確かであるといえ,都心の渋滞
緩和に一定の貢献をしているものと評価できるのであり,広域的便益がな
いとする上記控訴人らの主張は理由がない。
(イ)控訴人らは,圏央道開通により圏央道に転換するとされている圏央道
外外交通(圏央道の外側に起点及び終点を持つ交通)自体が,都区部交通
量705万台/日のうちの4万台/日(約0.6パーセント)に過ぎない
ところ,これは圏央道に転換する可能性のある理論上最大の交通量であ
り,実際に転換するのは0.2パーセントにすぎないから,圏央道は都心
の渋滞緩和に貢献することはないし,中央環状線が開通すれば,これによ
り首都高速道の渋滞はほぼ解消されるから,圏央道には広域的便益はない
と主張する。
上記控訴人らの主張は,圏央道開通により圏央道に転換するのが圏央道
外外交通のみであることを前提とするものであるが,証拠(乙J1)及び
弁論の全趣旨によれば,圏央道の内側であり,かつ一般国道○号の外側に
所在する相模原市,立川市などから関越自動車道や東北自動車道に向かお
うとする場合など,一般国道○号の外側に起点及び終点をもつ都区部通過
交通からの転換も少なくないと予想されるから,この点でも,圏央道が全
面開通すれば,都心部の渋滞緩和に対して一定の役割を果たすことが期待
できるというべきである。
(ウ)控訴人らは,その他にも,圏央道に都心の渋滞解消効果がないことを
主張するが,都心の渋滞解消については,国の政策として,最終的には,
3環状9放射道路の連携によって解消されることが期待されているので
あるから,圏央道のみを問題として渋滞解消効果がないとか,少ないとい
ったことを指摘したとしても,圏央道が全面開通することによる広域的便
益を否定することはできないというべきである。
イ本件各事業の地域的便益について
(ア)控訴人らは,本件事業認定当時においても,国道○号α4バイパスは
有料道路であるために交通量が少なかったのであり,α4インターチェン
ジ及びα4バイパスが開通しても,料金抵抗によって利用車両数は低水準
に抑えられ,国道○号の渋滞緩和の効果はないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,既開通部分については,圏央道の開通によ
って,並行する一般国道○号や国道○号の交通量は減少しているのである
し,本件各事業が完成し,α4バイパスも全線開通すれば,一部開通であ
った従前と比較して,その利用価値は高まるものと推認され,料金抵抗を
考慮したとしても,通行車両は一定数増加し,○号との分担が促進され,
渋滞緩和について一定の貢献をするものと予測される。
(イ)控訴人らは,実際にも,圏央道開通後,一般国道の渋滞解消効果は出
ていないと主張するが,α6ジャンクション開通後に○号α20交差点の
交通量が減少していることは,控訴人らも認めるところである。
控訴人らは,圏央道開通後,○号及び外かく環状道の交通渋滞が減少し
ていることは認めながら,この減少率は,他の一般道路の減少率と同程度
であるから,上記渋滞解消は圏央道事業の効果ではなく,一般道路全体の
交通量が減少した結果にすぎないと主張する。しかし,○号及び外かく環
状道の交通渋滞の減少率が他の一般道路の減少率と同程度であるからと
いって,○号及び外かく環状道の交通渋滞の減少が,圏央道開通と無関係
であると断定することはできないし,圏央道のもたらす利益は,渋滞解消
だけではないから,圏央道に地域的便益がないとはいえない。
(ウ)控訴人らは,国道○号のα21交差点とα22交差点の間の1日の大
型車両の交通量の変化について,ある特定の月の交通量を抽出して比較
し,一時的には交通量は減ったが,その後増えたという趣旨の主張をし,
圏央道建設は,大型車の通行減少には役立たなかったという趣旨の主張を
するが,通行量減少の効果の有無を判断するのであれば,開通前の一定期
間と開通後の一定期間を比較する必要があると解されるから,上記控訴人
らのような主張では,圏央道開通が大型車の通行量の減少をもたらしてい
ないことの根拠として不十分というべきである。
(エ)控訴人らは,道路整備は地域経済を衰退させると主張し,圏央道が通
過している一部地域の地元の店舗数,従業員数,年間販売額の減少を指摘
している。しかし,これらの指摘だけで,真実,これらの地域の経済が衰
退しているといえるのか,その原因が圏央道にあるといえるのかは全く不
明というほかはない。
(オ)控訴人らは,「被控訴人国らは,α16ニュータウンやα6ニュータ
ウンの発展により市街化が進行し,その結果,国道○号が更に渋滞するた
めにα4バイパスが必要である。」と主張しているとし,これを前提にし
て,上記両ニュータウンの住民にとっては,α18街道,α16ニュータ
ウン通り,α19幹線,国道○号などが幹線道路となっており,上記両ニ
ュータウンの住民は国道○号線の渋滞に寄与していないから,α4バイパ
スを建設する必要はないという趣旨の主張をする。
しかし,被控訴人国らは,上記両ニュータウンの住民のために国道○号
が渋滞すると主張しているわけではないから,控訴人らの主張は前提を欠
くものである。また,国道○号の交通渋滞が深刻であることは事実である
から,仮に,その原因についての被控訴人国らの説明が必ずしも正確なも
のではなかったとしても,渋滞解消のためのバイパス道建設の必要性は否
定できず,バイパス道が開通すれば,一定の渋滞解消効果が発生すると予
想されるから,いずれにしても地域的便益は否定できないというべきであ
る。
(4)費用便益分析について
ア道路整備に係る費用便益分析の意義,手法,本件事業認定の申請に先立っ
て起業者らが行った本件費用便益分析の結果及び本件α4バイパス事業の
費用便益分析の結果は,前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」
中の第3の3(1)ないし(3)で認定した事実)のとおりであり,上記各費用便
益分析の結果としての費用便益比は,本件圏央道事業等について2.6,本
件α4バイパス事業について2.2と算定されている。
なお,費用便益分析とは,公共事業等の事業を行うことが社会・経済的な
観点から見て妥当か否かを判断する手法のひとつであり,公共事業の場合に
は,その社会的便益と社会的費用を算定し比較することによって,当該公共
事業によって社会全体としてどの程度の便益が生ずるのかを考察,予測する
ものであり,いくつかの手法があるとされている。
イ土地収用法20条3号と費用便益分析の関係について
(ア)控訴人らは,政策評価法の規定等を根拠に,土地収用法20条3号の
要件適合性の判断は,費用便益分析によるべきであって,その結果として
の費用便益比(「B/C」)が1未満の場合には,それのみで同号の要件
該当性を欠くと解するべきであると主張し,これを前提として,起業者ら
による本件費用便益分析には重大な誤りがあり,正しく費用便益分析を行
えば,1を下回ることが明らかであるとし,その根拠について,様々な主
張をしている。
(イ)確かに,公共事業の施行に際しては,施行者において,可能な限り無
駄を省き,最小限の投資により最大限の効果を発揮するよう努めるべきこ
とは当然であるから,事前に,様々な資料,情報を入手し,これに基づい
て当該事業の経済効率性(費用対効果)を確認すべきものといえる。費用
便益分析は,そのためのひとつの手段であるから,事業施行者は,これを
適正に行うとともに,その結果を真摯に受けとめ,事業を実施するか否か
を判断するに際して重要な資料として尊重すべきものといえる。平成15
年8月マニュアルも,そのような趣旨のものとして作成されたものである
ことが明らかである。
(ウ)しかし,土地収用法20条3号は,「事業計画が土地の適正かつ合理
的な利用に寄与するもの」と規定しているのみであり,同法施行規則等の
関係法令においても,上記文言以上に,上記規定を具体化しているものは
見当たらないから,同号の要件適合性を費用便益分析のみによるとする法
令上の根拠はないといわざるを得ない。費用便益分析の手法についても,
正しいとされる唯一の手法が確立されていることを窺わせる証拠はない
し,法律上も,その具体的な分析手法が定められているわけでもないこと
からすれば,そのような手法による分析結果を唯一の根拠として,それの
みによって行政処分の違法性を判断するなどということは,およそ法の予
定しないところといわざるを得ない。
具体的な費用便益分析結果に関していえば,例えば,費用(工事の施工
関連費用,その後の維持管理費用など)については,ある程度正確な予測
が可能なようにも見受けられるものの,厳密に言えば,数十年先の経済事
情等を正確に予測することは困難であって,結局のところ,ひとつのシミ
ュレーションに過ぎないものであるし,便益についても,現状の交通量デ
ータをもとにしながら,将来交通量を推計し,これをもとにして走行時間
短縮便益,走行経費減少便益,交通事故減少便益などを予測して算定する
ものであるが,これらについても,数十年先の実際の現実とどの程度一致
するのかは保証の限りではなく,やはりシミュレーションに過ぎないので
あり,いずれの分析結果も,ひとつの参考資料に過ぎず,それぞれの分析
結果としての数値が絶対的な正当性を有するものと解することはできな
い。
そのうえ,大規模な公共事業が施行されることにより,有形無形の利益,
不利益(例えば,事業による経済波及効果,救命医療や災害時における貢
献,環境破壊など)がもたらされることは,経験則上明らかであるものの,
費用便益分析は,これらの利益,不利益については何ら評価していない(平
成15年8月マニュアルでは,走行時間短縮便益,走行経費減少便益,交
通事故減少便益の3便益しか評価していない)のであって,費用便益分析
結果が,公共事業の価値のすべてを体現しているなどということは到底で
きないものである。
(ウ)以上によれば,費用便益分析は,公共事業の価値を評価するひとつの
重要な指標であるとはいえるものの,あくまでも,現状において,一応の
正確性をもって数字でシミュレーションすることが可能とされている限
定された項目事項に関するものであるといわざるを得ず,土地収用法20
条3号の要件適合性の判断に際しては,ひとつの判断資料に留まるものと
いうべきである。控訴人らが,様々に主張するところは,要するに,法律
上の根拠を有しない独自の見解に基づくものといわざるを得ず,採用する
ことはできない。
なお,本件において,被控訴人国らは,本件費用便益分析は平成15年
8月マニュアルに基づいて実施されたと主張しているのに対し,控訴人ら
も,費用便益分析が平成15年8月マニュアルに基づいて実施されるべき
こと自体については,これを前提とした上で,本件費用便益分析は平成1
5年8月マニュアルに基づいて実施されていないと主張し,そのことが本
件事業認定の違法原因となる旨を主張している。ところで,平成15年8
月マニュアルは,国土交通省において,「道路事業の新規事業採択時評価
及び再評価に当たり,社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価する」
目的で,同省内の委員会の審議等を経て作成された「マニュアル」であり,
これは同省内の委員会の審議等の手続を経ただけで平成20年11月に
改訂されている(乙H20)。そうすると,「土地収用法20条3号の要
件適合性の判断は費用便益分析の結果によって行うべき」とする前記控訴
人らの主張は,上記のとおり国土交通省の内部手続によってその内容を改
変し得る行政文書に従った計算結果のみに基づいて,行政処分の違法性
(要件適合性)の有無を判断すべきであると主張するに等しいものであっ
て,法に基づく行政の観点からしても,採用することのできないものであ
る。
ウ起業者らが実施した本件費用便益分析の内容について
(ア)被控訴人国らは,本件費用便益分析について,起業者らが平成15年
8月マニュアルに基づいて実施したものであり,適正に行われていると主
張する一方で,分析のもととなったデータ(分析に用いた道路網,リンク
ごとの交通量などのデータ,以下「本件データ」という。)については,
起業者らも所持していないと主張して,これを明らかにせず,起業者らが
上記分析を業務委託したコンサルタント業者(以下「本件業者」という。)
も,当裁判所の送付嘱託に対して,データは残っていない旨の回答をして
いるため,本件データの内容は,現在においても不明のままである。
これに対して,控訴人らは,本件費用便益分析が平成15年8月マニュ
アルに基づいて実施されたか否かを判断するためには,分析のもととなっ
た本件データを検討する必要があるところ,被控訴人国らがこれを明らか
にしない以上,平成15年8月マニュアルに基づいて実施されなかったも
のと認めるべきであるなどと主張している。
(イ)まず,費用便益分析のもととなった本件データについて検討する。
被控訴人国らは,「費用便益分析における将来交通量配分と費用便益分
析に至る作業は,構築した道路ネットワーク,設定したQV式など,コン
ピュータ上に,道路交通センサスによって与えられる値を基に入力するこ
とにより設定されるもの,すなわち,交通量推計から費用便益に至るプロ
グラミングされたプロセスの中で自動的に算定される一連の作業であり,
費用便益計算に係る各リンクの延長(距離),交通量,速度及び旅行時間
等のデータは,そもそもコンピュータ上に当初設定しただけのデータであ
ったり,便益算定の過程で,理論上,一時的に必要になるデータにすぎず,
費用便益計算やその前提となる交通量推計において網羅的に整理,保存す
る必要がない。したがって,それらを確認しながら作業を進めることやそ
れらのデータを整理,保存することは不要であり,実際にも行っていない。
控訴人らが開示を求めている本件データについては,いずれも必要であれ
ば把握することが可能なデータであることは否定しないが,費用便益分析
においては,推計対象道路である圏央道の有無によるリンク別の交通量及
び旅行時間が必要となるが,費用便益分析の観点からは,それらの交通量
がいかなるものになるかは要求されていない。例えば,各リンクの交通量
や旅行時間は便益を算定するためのデータにすぎず,これらを網羅的に整
理したとしても数値の羅列であって特段の意味を持つものでもない。ま
た,推計対象範囲は広範囲でリンク数は膨大であり,推計対象道路である
圏央道よりも距離が離れるに従って,推計対象道路との関係が希薄になる
ことから,網羅的に推計結果等を取りまとめることは,必要がない。」な
どと主張する。
しかし,一般に,どのような分析であっても,データに基づいて分析し
たとして,その結論を示しただけでは,その結果の正確性,妥当性を正し
く判断することはできないと解されるし,データ自体の内容が確認できな
ければ,プログラミングの内容の適正性,データ処理作業の正確性などを
検証することもできないことになる。
また,データ処理自体はプログラムに基づく自動処理であるため,作業
者の恣意が入る余地はないとしても,数値の入力をミスするなどというこ
ともありうるから,分析結果の正当性が争われた場合には,データに基づ
く分析結果の結論だけではなく,可能な限度で,データに基づく分析過程
も具体的に明らかにすべきものといえる。したがって,分析のもととなっ
たデータを保存する必要がないとする被控訴人国らの主張は,独自の見解
に固執するだけのものであり,到底採用することはできない。本件におい
て,起業者らは,本件各事業の公益性を明らかにする資料の1つとして,
平成15年8月マニュアルに基づく費用便益分析を行ったとして,その結
果を事業認定申請書に添付しているのであるから,可能な範囲で,裏付け
となるデータ自体も管理,保存しておくべきであったといえる(データを
管理,保存していない理由として被控訴人国らが述べるところは,何ら説
得力を持つものとはいえない。なお,事案にかんがみ付言するに,データ
の保存に関する被控訴人国らの主張の不当性については,第2次行政訴訟
の控訴審判決においても指摘されているところである。当審においても,
本件データの存否等をめぐって,控訴人らから何度も求釈明が繰り返され
るなどして審理が空転したことは当裁判所に顕著な事実であり,被控訴人
国らにおいてデータを管理,保管していればこのような空転は回避できた
ものである。行政行為の透明性の観点からしても,費用便益分析のデータ
に関する被控訴人国らの態度は改められるべきであると考える。)。
(ウ)控訴人らは,本件データの開示がない以上,本件費用便益分析は平成
15年8月マニュアルに基づいて行われていないことが推認されなけれ
ばならないと主張する。
しかし,証拠(甲H83及び84の各1・2,甲H85の1ないし4,
甲H86の1ないし5,甲H87の1・2,甲H90,甲H91,乙3の
1,乙H20,乙H30,証人P43)及び弁論の全趣旨によれば,本件
費用便益分析は,起業者らが本件業者に業務委託して行ったものであり
(以下「本件業務委託契約」という。),この業務委託契約書(甲H83
の1)の第1条には「受注者は設計図書(別冊の仕様書)に従い,契約を
履行しなければならない」旨の記載があり,別冊の特記仕様書(甲H91)
の10条には「費用便益分析は平成15年8月マニュアルに基づいて実施
するものとする」旨の記載があること,本件業務委託契約の成果として,
本件業者から起業者らに提出されたものが本件費用便益分析(乙3の1・
3-114)の根拠となった本件報告書であること,本件報告書における
費用便益分析の手法(便益及び費用の算出方法)は平成15年8月マニュ
アルの記載とほぼ符合し,費用便益分析の検討フローの記載は平成15年
8月マニュアルと完全に一致していること,以上の事実が認められる。
以上によれば,起業者らと本件業者の間では,本件業務委託契約締結に
際して,平成15年8月マニュアルに基づいて費用便益分析を実施するこ
とが合意されており,本件業者は,この合意に従って業務を行い,本件報
告書を提出したものと認められるから,本件費用便益分析は,平成15年
8月マニュアルに基づいて実施されたものと認めることができる。
(エ)被控訴人国らは,本件費用便益分析について,平成15年8月マニュ
アルに基づいて適正に実施されたものであり,その内容に誤りはないと主
張するが,前記のとおり,分析のもととなった本件データの開示がない以
上,その正確性については検証できない部分が残るといわざるを得ず,本
件圏央道事業等の費用便益比が2.6であるとする被控訴人国らの主張も
直ちに採用することはできない。
よって,正しく平成15年8月マニュアルに基づき,数値の入力等につ
いても誤りのない作業が行われたとした場合の本件圏央道事業等の費用
便益比が2.6であったとまでは認めるに足りず,2.6を下回る可能性
があることを否定することはできない(なお,2.6という分析結果がい
きなり1未満になるということは,通常では考えにくい。)。
もっとも,上記(ウ)で認定した事実経過に証拠(甲H83及び84の各
1・2,甲H85の1ないし4,甲H86の1ないし5,甲H87の1・
2,甲H90)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件業者は,3000万
円以上の業務委託費を受領するものとして,本件業務委託契約を締結し,
その後の追加変更も含めて業務を遂行し,本件報告書を提出したものと認
められるのであり,この事実に,本件報告書の記載内容を総合すれば,本
件業者は,上記特記仕様書の内容に従って,必要な調査を実施し,交通量
推計を行い,平成15年8月マニュアルに基づき費用便益分析を行うなど
して,受注した業務を一応遂行したものと推認されるのであって,既に述
べたとおり,費用便益分析のもととなったデータ自体が不明であるため,
分析結果の正確性については検証できない部分が残るものの,上記報告書
における2.6という費用便益比がおよそ無意味なものと評価すべきでは
なく,その正確性には疑問があるものの,一応2.6という分析結果が出
ているということは,本件事業の適合性判断の資料とすることは許される
ものというべきである(もっとも,費用便益比が適合性判断の一資料に過
ぎないことは既に述べたとおりであるから,これを過大視することはでき
ない。また,本件α4バイパス事業についても同様の問題があるが,ここ
では本件圏央道事業の問題として,包括的に論じることとする。)。
(オ)控訴人らは,本件圏央道事業等の費用便益比は1を下回るものである
と主張し,その根拠として,控訴人らの分析結果によれば費用便益比は0.
38であることなどを含めて,様々な主張をしている。
上記控訴人らの分析は,走行時間短縮便益についてはミープランに基づ
く報告書(甲H71)の分析結果の数値を使用し,走行経費減少便益と交
通事故減少便益については,国土交通省がα11インターチェンジ・α6
ジャンクション間(16.9キロメートル)に関して実施した平成18年
事業再評価の際の費用便益分析において算出した数値を使用して,上記区
間の費用便益分析を行ったものであるとされている。
ところで,証拠(甲H71,甲H136,証人P44)及び弁論の全趣
旨によれば,ミープランは,イギリスのケンブリッジ大学において開発さ
れた都市計画用コンピューター・システム(都市総合分析モデル,費用便
益分析モデル)であること,ミープランの基本理論は,経済学の一般均衡
理論,レオンチェフの産業連関表分析,交通配分のロジット式などから構
成されており,土地利用と交通計画を関連付けて分析する点に特徴がある
こと,ミープランは,考察対象の都市地域における世帯や1次・2次・3
次の各産業(工場・会社・店舗及びそれら雇用)が土地利用という観点か
ら見て,地域内の経済バランスを保つべく一体どこに立地するのか,また
その間の道路・鉄道等公共輸送を使った交通ネットワークを人が移動する
際,その移動の総費用という経済的観点から見てどの道路あるいは鉄道等
路線をどう利用するのか,といった,経済・社会における土地利用と交通
という都市活動を,従来の経済・社会理論,統計数学などを基に,これを
コンピュータ内で動かしてみせるシステムであること,ミープランについ
ては,これまでイギリスを中心に,ヨーロッパ諸国において,一定の評価
が確立しており,イギリス国内やヨーロッパにおける開発計画に関する費
用便益分析において実績を上げ,日本国内においても,鉄道新線の開通,
外かく環状道の延伸などの開発行為が周辺地域に及ぼす影響・効果分析が
行われた実績があること,以上の事実が認められる。
しかしながら,上記認定事実に証拠(甲H66,甲H71,甲H136,
証人P44)及び弁論の全趣旨を総合すれば,ミープランのような都市総
合分析モデルとしては,世界各国に様々な手法が存在しており,世界的に
見て最も信頼できるという手法が確定しているというわけではないこと,
現時点におけるミープランは,費用便益分析に関する多くの手法の中で,
比較的信用性の高い有力な手法であるとは推認されるものの,あくまでも
ひとつの手法であると解されること,日本国内における関係学会や官公庁
におけるミープランに対する評価がどのようなものであるかについては,
これを認めるに足りる的確な証拠の提出はなく,我が国全体としての評価
はいまだ確立していないものと推認されること,我が国が,イギリス及び
ヨーロッパ諸国とは,政治的・文化的背景,公共事業に対する国民意識,
一般的な国民行動等において相当異なることが明らかであることなどに
照らせば,イギリスで生まれ実績を上げてきたミープランが,我が国の公
共事業の公益性を分析するに際して,相応しい手法であるのか否かには疑
問が残るのであって,本件圏央道事業等の費用便益分析の手法として,ミ
ープランによるものが唯一正当であるということはできないと解される。
また,上記各証拠の内容を仔細に検討すると,ミープランの分析手法は,
平成15年8月マニュアルなどの我が国の官公庁で採用されてきた費用
便益分析の手法と比較して,基本的な発想を大きく異にするものであり,
分析の基礎となる時間価値などについての考え方や採用する数値におい
ても,相当の開きがあるものと認められるのであって,それぞれの手法に
よる分析結果を,単純に比較することにどの程度の意味があるのか疑問な
しとしない。
以上検討したところによれば,控訴人らがミープランの手法を使用して
分析した結果としての費用便益比が0.38であったからといって,これ
を根拠に,平成15年8月マニュアルに従って正しく本件圏央道事業等の
費用便益分析を実施した場合に1を下回ることになると断定することは
できず,2.6という一応の費用便益分析結果を大幅に覆して1を下回る
ものとすることはできないというべきである。
(カ)控訴人らは,そのほかにも,本件費用便益分析には重大な誤りがある
として,様々な主張をしているところ,このうち主要なものは,①交通
事故減少便益計算と関連して,交通事故件数が過大に計上されている疑い
がある,②走行時間短縮便益計算と関連して,平成15年8月マニュア
ル所定の時間価値原単位よりも,時間価値原単位を過小に計算している疑
いがある,③旅行時間を過大推計する傾向があるとの指摘があるQV式
を用いた理由が説明されていない,④便益が過大に見積もられている疑
いがある,⑤本件費用便益分析の対象地域が食い違っている,⑥本件
費用便益分析の交通量推計が一部に止まっている,⑦分析モデルにQV
式が組み込まれていない疑いがある(当審における新主張),などという
ものである。
しかし,上記①,②,④及び⑦については,平成18年費用便益分析に
関する指摘であって,これは,本件費用便益分析とは異なる時期に,異な
る区間を対象として実施されたものである。そうすると,本件費用便益分
析も平成18年費用便益分析も,同じ国土交通省関東地方整備局によって
実施されたものであることを考慮したとしても,平成18年費用便益分析
に上記指摘のような疑問があったからといって,本件費用便益分析に同様
の誤りがあるとまで推認することはできない。
③については,「QV式が旅行時間を過大推計する傾向がある」との専
門家の見解に依拠するものと思われるが,そのような傾向があるとして
も,道路事業の費用便益分析においてQV式を使用してはならないという
専門的知見があることの主張立証もないから,平成15年8月マニュアル
がQV式を採用し,本件費用便益分析がQV式を用いていることについて
は,特段の問題はないというべきであり,控訴人らの主張は失当である。
⑤について,控訴人らは,本件費用便益分析の対象となるネットワーク
(道路網)のエリアについての被控訴人国らの説明は,「関東甲信地域」
から「1都2県(東京,神奈川,埼玉)」へと変遷し,さらに本件報告書
のゾーン図では「東京都α16地域の一部と神奈川県西部(1都1県)」
となっており,食い違っていると主張する。しかし,被控訴人国らが説明
するところによれば,「関東甲信地域」は,本件費用便益分析の前提とな
る交通量推計の対象範囲(圏央道全体区間の影響が及ぶ範囲)であり,「1
都2県」は,本件圏央道事業区間についての便益算出の集計対象範囲(本
件圏央道事業区間の影響が及ぶ範囲)であるというのであり,また,本件
報告書のゾーン図は,本件圏央道事業区間の所在する地域の図であると認
められるから,何ら食い違いはないというべきである。
⑥については,本件報告書に関する指摘であるところ,控訴人らは,甲
H90の交通量推計の記述(3-10ないし18頁)に,α2インターチ
ェンジ・α11インターチェンジ間の交通量推計の記載がないことを根拠
にして,上記区間の交通量推計がされていないと主張するものと解される
が,費用便益分析の記述(4-3頁以下)によれば,本件圏央道事業区間
を対象区間として費用便益分析が実施されているから,上記区間も含めて
交通量推計は行われているものと推認され,控訴人らの指摘は理由がな
い。
(キ)控訴人らは,そのほかにも,費用便益比の数値についての主張立証責
任の分配を含め,様々な主張をするが,いずれの主張も,本件費用便益分
析を正しく実施した場合に,2.6という一応の費用便益分析結果を大幅
に覆して,費用便益比が1を下回ることを根拠付けるものとまではいえな
いし,費用便益分析は,適合性判断のひとつの資料に過ぎないものである
から,費用便益分析結果の正確性について検証できない部分が残るとして
も,それだけで直ちに本件事業認定が違法となるものとはいえない。
6本件起業地が事業の用に供されることによって失われる利益について・その1
(自然環境に及ぼす影響について)
(1)α1山について
証拠(甲B39の1,甲B40の1・2,甲B41,甲B46,甲B50な
いし52,甲C34,証人P45,証人P46,控訴人P1本人など)及び弁
論の全趣旨によれば,α1山について,以下のとおり認められる。
アα1山は,関東山地の南東端(八王子市内)に位置する標高599メート
ルの山であり,昭和42年にP28公園に指定されている。
α1山は,都心から約50キロメートルの距離にあり,P47線α70駅
からα71駅(α1山の麓の駅)まで特急で約47分というアクセスの良さ
もあって,東京近郊の行楽地として著名であり,毎年四季を通じて多くの観
光客やハイカーが訪れている。
α1山を訪れる人は,年間250万人に上り,世界一登山者が多い山であ
るとも言われている。なお,α1山の登山者が多いことについては,上記都
心からのアクセスの良さに加えて,標高が低いことから,麓からケーブルカ
ー及びリフトの施設が完備され,これを利用することによって中腹まで行け
ること,後記のとおり長く信仰の山として親しまれており,信仰の関係で訪
れる者が少なくないこと,また,後記のとおり自然環境に恵まれているため,
学校遠足等の目的地として利用されるほか,四季を通じて訪れる専門家や自
然愛好家といったリピーターが多いことなどを指摘することができる。
α1山は,平成20年3月発行のフランスのミシュラン日本編旅行ガイド
において,フランス人がわざわざ足を運ぶ価値のある優れた山であるとし
て,富士山と並んで,三つ星が付けられており,以後3年連続して三つ星が
付けられている。
イα1山は,奈良時代に高僧行基が堂宇を建立して薬師如来像を安置し,寺
号をα32寺と名付けて以来,信仰の山となったといわれている。その後,
α1山は飯縄大権現を信仰する霊山として知られるようになり,関東一円に
わたる信仰の中心地となった。戦国時代には,小田原北条氏の保護を受け,
江戸時代には幕府の直轄として,明治時代には皇室御料林として,引き続き
保護を受けてきた。前記のとおり昭和42年に国定公園に指定され,現在に
至っている。
上記α32への参拝者は,平成24年の三が日で約27万人であり,α1
山中のα33滝,α26滝においては,日常的に滝修行なども行われており,
現在においても,信仰の山としての存在意義を保持している。
ウ昭和40年代の調査報告によれば,α1山には1600種近い植物が生育
しているとされていたが,現在でも1300種を超える植物が生育してお
り,日本で最も植物種が多い山である。前記のとおりα1山の標高は約60
0メートルであるところ,このような低山であり,しかも温帯地域に所在す
るにもかかわらず,上記のような多数の植物種が生育することは,世界的に
見ても珍しいとされており,専門家の中には,α1山を「奇跡の山」と評価
する者もある。α1山で初めて発見された植物も多く,タカオスミレなど,
α1山に由来する名前の植物も少なくない。
α1山の南側斜面は,シイ,カシなどの照葉樹林となっており,北側斜面
は,ブナ,イヌブナなどの落葉広葉樹林となっている。1つの山でありなが
ら,南北でこのように林相が異なること自体が珍しいとされている。南側の
照葉樹林については,本来的にα1山の所在地域及び標高に適したものであ
り,山が自然のままの状態であれば珍しくないはずであるが,現在までの開
発や植林政策によって,国内からほとんど姿を消しつつあり,α1山程度の
規模の照葉樹林は,国内でもほとんど見当たらないため,それ自体が貴重な
存在である。北側の落葉広葉樹林については,本来であれば,800メート
ルから1600メートルの標高に現れるべきものであり,α1山のような低
山に出現することは極めて珍しく,それ自体が貴重な存在である。
α1山には,5000種類以上の昆虫,100種類以上の鳥類,ムササビ,
タヌキ,リスなど28種類の哺乳類が生息しているとされている。これら生
息生物の豊かさは,上記植生の豊かさに由来するものとされている。
エα1山周辺の地層は,中生代白亜紀に海底に堆積して形成された小仏層群
と呼ばれるものであり,主に堆積岩系の砂岩(砂粒が固まった岩石)と粘板
岩(砂よりも細かい土砂や泥などが堆積してできた泥岩が弱い圧力を受け
て,うすく,はがれやすくなった岩石。頁岩)からなり,これらがある一定
の厚さをもって交互に堆積した,いわゆる互層と呼ばれる堆積構造をなして
いるところが多い。粘板岩の中には,さらに強い圧力を受けて,いっそうは
げやすくなった千枚岩という変成岩になっている部分もある。
小仏層については,6000万年前以降に,何回もの大変動を受けて海中
から次第に隆起し,現在のα1山や小仏の山々がつくりあげられたとされて
いる。そのため,地層の褶曲が激しく,α1山周辺の地層は傾斜が70ない
し80度に傾いており,ほとんど垂直に近い状態になっている。
粘板岩は割れ目ができやすいため,粘板岩の地層の部分では,地表に降っ
た雨が,割れ目から地下に浸透しやすく,岩盤内部まで浸透し,空隙部や割
れ目の部分に地下水として貯留されることになる。
α1山は,上記のとおりの地層が形成する地下環境も手伝って,豊富な地
下水に恵まれており,地下水が地上に出る際にα26滝,α33滝などの滝
となっているほか,各所でゆう水が見られるなど,一部斜面で染み出してお
り,α1山の所在する地域(その緯度及び高度)からすれば,涼しく湿気の
多い独特の環境を作り出している。そのため,本来ならば,α1山のような
立地条件においては生育することが難しいとされる,ブナ帯から亜高山帯に
分布するような植物が生育しており,このことが前述したα1山の豊かな植
生の一因となっている。
オα1山は,その山頂からの眺めの良さにおいても有名であり,都心の高層
ビル群を中心として関東平野を一望できるほか,富士山,筑波山,奥秩父連
山,日光連山,相模湾,江ノ島なども眺望できる。
P48電鉄α72駅付近からの北側の眺望について言えば,従前は,眼下
にα6城跡の所在するP49等の山々を見渡すことができ,α1山との間の
谷間に中央自動車道及びJR中央線の施設は所在するものの,全体として緑
にあふれた山地の風景であった。α6ジャンクション完成後は,山腹の2か
所にトンネル出入口が設置され,ジャンクションにおける加速車線及び減速
車線設置のための橋りょうが立ち上がるなど,巨大な人口構造物が出現して
おり,遠景とはいえ,眼下に広がる風景が相当様変わりしている状況にある。
(2)本件圏央道事業等がα1山の地下水及びその他の自然環境に及ぼす影響に
ついて
ア控訴人らは,「α1山トンネルの工事によって,α1山の地下水環境(ひ
いては植物の植生その他の自然環境)に深刻な被害を及ぼす可能性があり,
α1山の自然環境が極めて貴重なものであることに照らすと,事業によって
失われる利益は重大である。」旨を主張するのに対し,被控訴人国らは,「起
業者らは,α1山トンネル工事による地下水への影響を考慮し,地質調査及
び水文調査を実施するとともに,技術検討委員会を設置して,工法を検討し,
α1山の水環境を保全するために,工事区間のうち必要と認める一部区間に
ついて,先進導坑掘削後,トンネル周辺の地山に超微粒子セメントによる止
水注入を行って水を通しにくい地山とした上で,覆工コンクリートと地山と
の間に防水シートを施工し,トンネル内に地下水を引き込まない防水構造で
ある覆工止水構造とした。以上によれば,トンネル掘削による地下水の変動
が土壌水分に全く影響を与えないと断言することは困難であるものの,トン
ネル工事がα1山の地下水及び表流水に与える影響は軽微である。」旨を主
張する。また,被控訴人国らは,α1山トンネル工事がα1山の動植物等に
与える影響も小さい旨を主張する。
イ前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の5で認定し
た事実(前記改訂部分を含む。))に,証拠(甲C2ないし甲C6,甲C4
4ないし甲C46の各1・2,甲C47ないし甲C50,甲C64,甲C7
8,甲C79の16の1・2,甲C80ないし83の各1・2,証人P50,
証人P26)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下のとおり認められる。
(ア)一般に,山岳を掘削してトンネル工事を実施すれば,当該山岳の地下
水や表流水などの水環境に対して,程度の差こそあれ,必然的に何らかの
悪影響が及ぶものであることは,経験則上,容易に推認できることである
(なお,影響が大きいか小さいかは別として,影響があること自体は,当
事者間に争いがない。)。
(イ)α1山と同様に地層が小仏層であって,その地質が類似するものと認
められる山岳に施工されたα6城跡トンネルの工事において,工事の施工
によって観測孔2の水位が低下するという現象(地下水位に対する悪影
響)が2度にわたり発生した。最大時には,平成18年4月当時において,
水位低下が始まる以前の水位水準(約TP+350メートル前後)よりも
30メートル以上低い約TP+315メートルとなった。
上記観測孔2の水位低下は,止水等の対策工事(設計位置よりも手前か
らの地山止水対策工事)及びα6城跡トンネルの覆工コンクリート工事の
完成によって改善に向かい,平成22年1月12日の時点で約TP+34
1メートルまで回復した。その後も,増減を繰り返しながら徐々に回復傾
向にあり,平成23年10月31日時点で約TP+347メートルとなっ
ており,水位低下開始以前の水位水準に近づきつつあるものの,いまだ同
水準までには回復していない。
(ウ)α6城跡トンネルの工事開始後,α6城跡内に所在する「α25の滝」
の水枯れが発生した。上記滝については,その後流量の変動はあるものの,
流れ自体は復活しており,滝が完全に消滅するなどの状況には至っていな
い(控訴人らは,上記α25の滝の水枯れは,α6城跡トンネルの工事に
起因するものであると主張するところ,そのように断定するだけの証拠が
ないことは原判決の説示するとおりであるものの,翻って,α6城跡トン
ネル工事が全く何の影響も与えていないということを認めるに足りる証
拠もないといわざるを得ない。)。
(エ)α1山トンネルの工事開始後,観測孔の水位が低下するといった現象
や,α1山中の沢の水枯れや,ゆう水枯れが発生するといった現象が発生
している。上記水位低下,表流水及び地下水の流量変化などが降雨量によ
る影響を受けているとみられることは経験則上明らかなことであるもの
の,それに加えて,これらの現象のすべてにα1山トンネルの工事が影響
しているとまで認めるに足りる証拠はない。他方で,α1山トンネル工事
の影響によるものが全くないことを認めるに足りるだけの証拠もない。
ウ(ア)被控訴人国らは,技術検討委員会の検討結果やその助言に沿って採用
されたα1山トンネル工事の工法(約500メールの区間についての覆工
止水構造とする工事)によれば,α1山トンネル工事がα1山の水環境に
与える影響は小さい旨を主張する。この主張は,本件環境影響評価1にお
ける予測と一致するものである。
(イ)本件環境影響評価1(乙13の11)においては,α1山の地下水に
関しては,「地形・地質」の項目の中で評価されているが,その概要は以
下のとおりであり,調査結果に基づく予測及び評価として,格別不合理な
点はないといえる。
aα6城跡及びα1山の地形,地質について,過去の文献などの資料に
加えて,専門家による現地踏査,ボーリング調査を実施してデータを収
集した。
bこれらの資料によれば,α1山付近の地形・地質は,砂岩,頁岩の互
層を主体とする小仏層群からなる開析の進んだ丘陵性の山地である。
小仏層群分布域においては,幅1ないし2メートル以下の比較的小規
模な断層は散在するが,確認されたところでは粘土化帯は薄く,幅数セ
ンチメートル程度である。既存資料によると,α1山地域における断層
はふたつあり,ひとつは,P51博物館展示の地質図において示されて
いるα33滝下流とα26滝下流を結ぶ断層であり,α26滝の下流約
300メートルの遊歩道沿いに露出が認められるが,断層面に沿って幅
5センチメートル前後の断層粘土を伴うごく小規模のもので,その周辺
部1メートル前後の粘板岩が片状になっている程度のものであり,もう
ひとつは,地質学雑誌に記載されている断層であるが,現地で確認はで
きない。この断層が存在するとしても計画路線と交差しない。
地表地質調査及びボーリング調査結果から計画路線を横断する大規
模な破砕帯を伴う断層は確認されておらず,あっても幅1メートル程度
であると考えられる。
c上記調査結果に基づいて本件各事業がα6城跡及びα1山の不圧地
下水及び表流水に及ぼす影響に関して予測すると,トンネル工事施工中
は,大きな断層の存在する可能性は低く,新鮮な岩盤部は透水性が低い
こと,谷川の水の大半は岩盤地下水とは別の中間層地下水により涵養さ
れていると考えられること,及び岩盤地下水と中間層地下水との連続性
は低いと考えられるため,影響は少ないと予測される。また,付近には
α26滝,α33滝及び一部土被りの薄い箇所も存在するが,工事に先
立ち詳細な地質・地下水調査を行い,湧水の程度を予測し,施工法及び
止水対策工の検討を行うとともに,施工中には水平ボーリング等の施工
中調査を実施し,湧水箇所及び地質性状の確認を行い,最適施工法及び
止水対策工へ反映させるため,影響は少ないと予測される。工事完了後
については,特別な止水対策を講じない場合には渇水期において,若干
の影響を生じる可能性があるが特別な止水対策を講じるため,影響は軽
微なものにすることができると予測される。
d最終的な評価としては,地すべり,崩壊及び土地の安定については,
計画路線周辺には,地すべり指定地はなく,工事に先立ち詳細な地質調
査を行い,適切な土留工を施工するため,影響は少ない。トンネル掘削
に伴う不圧地下水への影響については,計画路線のトンネルを横断する
大規模な破砕帯を伴う断層は存在せず,α1山周辺部においては,中間
層地下水と岩盤地下水との連続性が低いと考えられることから影響は
少ないと考える。
(ウ)技術検討委員会は,トンネル工事,土木工事,地質学等の専門家で構
成される高度の専門性をもった委員会であるところ(乙C3),同委員会
は,弾性波探査及びボーリング調査の結果等から,α1山には破砕帯を伴
う大規模な断層はなく,頁岩優勢の地質構成であるために透水性は低く,
地山の割れ目は密着していると判断したものの,他方で,α6城跡トンネ
ル工事の施工実績も踏まえて,可能な限りトンネル工事による地下水への
影響を回避すべく,α1山トンネルの工事の一部区間については,覆工止
水構造とする工法によって施工すべき旨の意見を述べており,起業者ら
も,この意見に従ったトンネル工事を施工している。また,上記ウで認定
のとおりα6城跡における観測孔2の水位は,同委員会の予測するとおり
にトンネル内の覆工工事の完成後,時間が経過するとともに回復傾向にあ
ることも事実である。
(エ)以上によれば,α1山トンネル工事によるα1山の水環境に対する影
響は小さいとする被控訴人国らの主張は,「小さい」という意味が,「地
下水の流量や流域面積の量的な観点からして,その多くが失われることが
ない」という意味で,また,「一時的に失われる部分があっても,水位,
水量は次第に回復する。」という意味に限定して解する限りにおいては,
相当であるということができる。
エ(ア)本件環境影響評価1は,α1山トンネルがα1山の陸上植物,陸上動
物及び地形・地質に与える影響についても,以下のとおり予測及び評価を
している。
a陸上植物について
計画路線の片側500メートル,幅1キロメートルの範囲(ただし,
α1山周辺は貴重な植物が多く分布する地域とされているため,一部調
査範囲を拡大した。)を調査地域とし,調査地域及びその周辺に係る既
存資料の整理を行って植物の概況を把握し,昭和58年から昭和62年
にかけて何度か現地踏査を行った。その結果として,α1山トンネルに
よる陸上植物への影響要素として,地下水位の低下,排気ガス,ばいじ
んを指摘し,このうち地下水位の低下に関しては,「トンネルの上部に
分布する森林群落については,本地域の土層は,浸透能が高く,また,
全体として水分貯留容量が大きいことに加えて,土壌水分の観測結果等
からみて,植物が利用できる水分量は十分保有していること,並びに植
物に直接係る土中水は,岩盤地下水及び中間層地下水の存在に規定され
ることなくほとんど独立した状態で存在していることから,トンネル掘
削による影響は少ないと予測される。沢沿いに生育するタカオスゲ等や
水の滲出する岩壁に生育するイワタバコ等の注目すべき植物は地下水
位低下に伴う流量・滲水量の低下,湿度の低下が起きた場合は生育環境
が変化することも考えられる。これに対しては,施工に際して事前に詳
細な地質・地下水状況の確認を行い,湧水予想箇所の予測,止水対策工,
施工法の検討を行う。さらにインバート,湧水処理工等を施工すること
によりトンネル覆工内への湧水を防止し,トンネル掘削の地下水に対す
る影響を排除もしくは最小限にとどめるため,沢沿いや水の滲出する岩
壁に生育する注目すべき植物への影響は少ないと予測される。」として
いる。上記のような予測等に基づき,「α1山において実施した水文調
査結果から,植生に直接関係する表層土層は,十分湿潤の状態にあり多
くの水を貯留し得るとともに,植物が吸収する水分は降雨によって賄わ
れる懸垂水帯の土中水と考えられる。」,「本事業による陸上植物への
影響は少ないと考える。」と評価している。
b陸上動物について
計画路線の片側500メートル,幅1キロメートルの範囲(ただし,
自然性が高く,貴重な動物が生息する可能性のあるα1山周辺地域につ
いては,一部調査地点を多くした。)を調査地域とし,調査地域及びそ
の周辺に係る既存資料の整理を行って動物の概況を把握し,昭和59年
から昭和62年にかけて,哺乳類,鳥類,両生類及びは虫類,昆虫類等
の種別に現地調査(現地踏査,捕獲調査など)を実施した(なお,この
調査は,事業の実施に伴う樹木の伐採,土工工事及び構造物の設置等に
よる地表の改変が陸上動物及びその生育環境に及ぼす影響の有無とい
う観点から行われており,α1山トンネルによる影響という観点からは
行われていない。)。その結果,α1山トンネルの工事区間である「α
27」地域については,いずれについても影響は少ないと予測され,同
旨の評価がされている。
(イ)上記各予測及び評価についても,調査に基づく予測,評価として格別
不合理な点はないといえる。
オところで,前記認定のとおり,α1山は,関東地方に所在する低山として
は,極めて特異な植物相を形成し,低山であるにもかかわらず実に多くの種
類の植物が生育しているのみならず,南側,北側の各斜面の森林も,いずれ
もそれ自体が貴重なものとされていること,このような植生となっているこ
とについては,その地層や豊かな地下水脈が大きな関わりを持っていること
が容易に推認されること,これらの植物の植生を基盤として,昆虫,鳥類,
哺乳類などを含めた豊かな生態系が形成されていることなどに照らすなら
ば,仮に,トンネル工事による地下水への影響がごく一部の沢やゆう水のみ
にしか生じないとしても,水が枯れてしまった区域において,多湿を好んで
いた植物が全滅するなどして,植生が一変してしまうことが容易に予想され
るし,一時的に失われたゆう水が時間の経過により回復する可能性があると
しても,その一時的な水の枯渇によってさえ,同様の現象が発生する可能性
を否定することはできず,そうなれば,従前の植生を前提としていた,昆虫,
鳥類,哺乳類などにも影響が及ぶことも予想される。なお,このような自然
環境への影響は,必ずしも短時間に出現するとは限らず,ときには一定の時
間をかけてゆっくりと進行し,影響が出たことが判明したときには,もはや
取り返しがつかないことになっていることが少なくないものと解される。
そうすると,仮に,地下水に対する影響が,量的には,全体のごく一部に
及ぶにすぎないものであり,その影響も,時間の経過によって相当程度回復
するものであるとしても,一部の地域の植生に深刻な悪影響を及ぼす危険性
があることを否定することはできないというべきである。
本件環境影響評価1は,α1山の地下水について,「α1山において実施
した水文調査から,植生に直接関係する表層土層は,十分湿潤の状態にあり
多くの水を貯留し得るとともに,植物が吸収する水分は降雨によって賄われ
る懸垂水帯の土中水と考えられる。」と予測し,上記予測等に基づき,「地
下水への影響については,計画路線のトンネルを横断する大規模な破砕帯を
伴う断層は存在せず,α1山周辺部においては,中間層地下水と岩盤地下水
との連続性が低いと考えられることから影響は少ないと考える。」と評価し
ているが,これは,α1山の大部分の植生についての一般論としては相当で
あると解されるものの,例えば,ゆう水周辺に所在し,ゆう水が存在するこ
とによって形成される環境に依存しているような植生については当てはま
らないものであり,本件環境影響評価1は,前記のようなα1山固有の貴重
な植生についての配慮に乏しいものといわざるを得ない。
本件環境影響評価1においては,前記認定のとおり「施工に際して事前に
詳細な地質・地下水状況の確認を行い,湧水予想箇所の予測,止水対策工,
施工法の検討を行う。さらにインバート,湧水処理工等を施工することによ
りトンネル覆工内への湧水を防止し,トンネル掘削の地下水に対する影響を
排除もしくは最小限にとどめるため,沢沿いや水の滲出する岩壁に生育する
注目すべき植物への影響は少ないと予測される。」としているが,上記のう
ち「トンネル掘削の地下水に対する影響を排除」という部分については,そ
の影響を排除できないことは,被控訴人国らも認めるところであるから,前
提に誤りがあるし,「最小限にとどめる」という部分も具体性がなく,α6
城跡トンネル工事における観測孔2の水位低下の実例からしても,α1山全
体からすれば一部であるとはいえ,貴重な植物群の植生に深刻な被害が発生
する可能性を否定することはできない。
カ控訴人らは,α1山トンネルの工事によって,α1山の地下水全体に重大
な影響が及ぶがい然性があり,これによりその他の自然環境についても重大
な影響が及ぶがい然性がある旨を主張し,この主張に沿う証拠(甲C44な
いし46の各1・2,甲C47ないし甲C50,甲C78,証人P50,証
人P26など)を提出,援用している。これらの証拠は,いずれも,地質や
水文に関する専門家によるものであって,それなりに首肯できる部分もある
ものの,基本的には,直接認識することができないα1山の山中の地質や地
下水脈の状況を推測し,これらの推測に基づき意見を述べているものである
から,あくまでも,ひとつの可能性を指摘するものであるに止まり,これら
の証拠をもって,α1山の自然環境の大部分あるいは相当部分に重大な影響
が及ぶがい然性があるとまでいうことはできない。
キ以上検討したところを総合すれば,α1山トンネルの工事が,地下水環境
を含めたα1山の自然環境の大部分もしくは相当部分に重大な影響を及ぼ
すがい然性があるとまではいえない。しかし,大規模なトンネル工事により
土中を掘削し,既存の地下水脈を相当広範囲にわたって寸断するなどするの
であるから,地下水に対して何らかの影響は及ぼすものであることが明白で
あり,これにより,α1山固有の貴重な植物群の一部(これは,控訴人らの
ように,植物や自然を愛好する者にとっては,かけがえがないものとして感
じられるものである。)が失われるとともに,これらの植物と関連する昆虫
等を含めた生態系が失われるという可能性自体を否定することはできない。
そのような可能性があること自体は,事業によって失われる大きな利益(失
われる可能性のある利益)として,十分に評価されるべきものと解される。
なお,控訴人らは,α6城跡トンネルの工事による地下水被害を縷々主張
するが,これらの主張に理由がないことは,原判決が認定判断するとおり(原
判決110頁7行目から111頁6行目まで)である。なお,α6城跡トン
ネルの工事は,本件事業認定に係る本件各申請事業の工事区間の問題ではな
いから,本件起業地を収用する手続である本件事業認定の違法性を根拠付け
るものとしては,直接の関連性は薄いといわざるを得ない。
(3)本件圏央道事業等がα1山等の景観に及ぼす影響について
ア前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の6で認定し
た事実)によれば,本件環境影響評価1及び本件環境影響評価2においては,
本件圏央道事業等がα1山を含む周辺地域の景観に及ぼす影響について,現
地踏査等の方法により調査がされているところ,その調査方法に特段不合理
な点があるということはできない。
本件環境影響評価1及び本件環境影響評価2においては,事業の施行に当
たって,構造物の設置される箇所の自然的,歴史的,文化的条件を検討した
上で構造物の設計を行うことや,植林等により人工構造物の遮へい措置を講
ずることなどの配慮を行うことを前提として,景観に及ぼす影響は少ない旨
評価されている。
イP48電鉄α72駅付近から見た北側の景観を,本件各事業施行前と施行
後で比較すると,前記6(1)オ認定のとおりであって,景観自体が大きく変
化していることは否定できない。さらに,証拠(甲B50,甲B51,甲D
13の2,乙13の11)によれば,α4インターチェンジ建設予定地周辺
であるα68地区についても,同様に事業の施行前後で比較すると,従前は,
郊外によく見受けられる国道沿いに民家が点在する,のどかな農村風景であ
ったものが,インターチェンジの巨大構造物の存在によって景観が激変して
いることが優に認められる(なお,α27の景観の変化については,後に判
断する。)。
しかし,本件圏央道事業等のような大規模な道路事業が施行されれば,設
置される橋りょう,ジャンクション,インターチェンジ,トンネルの坑口等
の構造物によって,その周辺の景観は大きな変貌を遂げることとならざるを
得ないのであり,このように景観が大きく変貌し,これにより一定の影響が
生じることは,道路事業に伴って必然的に生ずる事態であるといえる。また,
景観が変化すること自体は,直ちに周辺住民の生活妨害や健康被害を生じさ
せるような性質のものではないといえる。
ウ以上検討したところを総合すれば,客観的に見れば,本件各事業の施行前
後で景観が大きく変化していることは事実であり,他方,景観に対する感じ
方,考え方は個人の主観に大きく左右されるものであるから,控訴人らのよ
うに自然環境や従前の生活環境に重きを置く価値観を有する者から見れば,
本件各事業は景観に深刻な影響を及ぼすものと感じられることは当然のこ
とと解される。そうすると,「景観への影響は少ない」とする本件環境影響
評価1及び本件環境影響評価2の評価意見は,必ずしも絶対的な正当性を持
つものとはいえない。
以上によれば,本件各事業が施行されることにより,森林が削られるなど
して従前よりも自然が破壊されたり,のどかな農村風景が一変したりすると
いう客観的に見て看過し得ない程度の景観の変化が生じていることは事実
であり,これを不快に感じたり,深刻に受けとめたりする者も存在するので
あるから,事業によって失われる利益として十分に評価すべきものといえ
る。もっとも,前記のとおり,景観の変化によって受ける感じ方は個人で相
当の差があること,景観の変化自体は,生活妨害や健康被害をもたらすもの
ではないこと,上記P48電鉄α72駅付近からの北側の景観やα4インタ
ーチェンジ付近の景観が,それ自体格別の価値を有するものとして評価され
ていたことを窺わせるに足りる証拠もないことも考慮すれば,上記不利益を
過大視することはできないというべきである。
エ控訴人らは,当審において,本件環境影響評価1には,α27地域の住宅
地として「新興住宅地」を選択した点において,選択地域に誤りがあると主
張するが,選択地域の選定は,基本的に環境影響評価の実施権者にあると認
められるから,控訴人らが主張する程度の理由では,選択地域に誤りがあっ
たとはいえない。
(4)オオタカへの影響について
前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の11で認定し
た事実)によれば,本件各事業に先立って工事が実施されていたα74インタ
ーチェンジ・α6ジャンクション間の工事区間において,オオタカの営巣が確
認され,起業者らにおいて,営巣中のオオタカに配慮して工事を施工したこと
が認められる。
以上の事実に弁論の全趣旨を総合すれば,本件各事業において予定されてい
るような大規模土木工事が施工された場合に,工事による騒音,振動,森林破
壊などがオオタカ等の自然に生息する猛禽類の生活に悪影響を与える可能性
があることは,一般論としては,これを否定することはできない。
しかし,本件各事業区間において,オオタカの生息が確認されたことを認め
るに足りる証拠はないから,本件各申請事業の施行が実際にオオタカに悪影響
を与えるか否かは不明というほかはない。
7本件起業地が事業の用に供されることによって失われる利益について・その2
(生活環境に及ぼす影響について)
(1)大気汚染について
ア以下のとおり改め,後記イのとおり付加するほかは,原判決「事実及び理
由」中の第4の5(3)ウに記載するとおり(原判決112頁17行目から1
19頁6行目まで)であるから,これを引用する。
(ア)原判決112頁17行目「第3の7に記載した事実」を,「前記第6
で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の7で認定した事実(前
記改訂部分を含む。))」と改める。
(イ)同頁18行目から19行目にかけての「おそれがあることを否定する
ことはできない。」を,「ことが予想される(程度の問題は別として,大
気汚染が発生すること自体は被控訴人国らも認めるものと解されるし,そ
うであるからこそ,大気汚染に関して環境影響評価が行われるのである。)
から,そのこと自体が,本件起業地が事業の用に供されることによって失
われる不利益であることは否定できない。」と改める。
(ウ)同頁最終行「が特段不合理とまで認めることができない」を,「は当
時の知見に照らして一応の合理性を有するものと認められる」と改める。
(エ)同113頁5行目「得られる」から11行目末尾までを,「生ずる大
気汚染の程度は,環境基準に適合するものであって,周辺住民の健康を害
する程のものではなく,受忍限度の範囲内に止まるものと予想されるか
ら,大気汚染が発生するということ自体は,事業によって失われる利益で
あると認められるものの,これを過大に評価することはできないというべ
きである。」と改める。
(オ)同114頁13行目から14行目にかけての「が不合理であるとまで
いうことはできない。」を,「は一応の合理性があるものといえ,控訴人
らが主張するように,予測手法としておよそ採用し得ないものということ
はできない。」と改める。
(カ)同頁19行目「この風洞実験の実施方法」から23行目末尾までを,
「前記第6(原判決「事実及び理由」中の第3の7(1)エ(イ))で認定し
た風洞実験の具体的な内容等に照らせば,プルームモデル及びパフモデル
を用いた予測結果の正当性は,風洞実験によっても裏付けられているので
あるから,本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査においてプルー
ム・パフモデルが用いられたことに特段の問題はないというべきである。」
と改める。
(キ)同116頁23行目「ことをもって,」から24行目末尾までを,「こ
とはやむを得なかったものであり,このこと自体は本件各環境影響評価の
信用性に影響を与えるものではない。」と改める。
(ク)同117頁5行目「当該区間に係る」から7行目末尾までを,「この
点について特段の問題はないというべきである。」と改める。
(ケ)同118頁1行目から2行目にかけての「点に不合理な点はない」を,
「ことは相当である」と改める。
イ当審における控訴人らの主張に対する判断
(ア)控訴人らは,プルーム・パフモデルを用いた計算値と現況の中央自動
車道の実測値との相関関係を調べたところ,計算値の方が実測値よりも大
幅に過小となることが判明したのに対し,3次元流体モデルでの予測によ
る計算値と実測値は相関がとれていると主張する。しかし,3次元流体モ
デルで必要なのは,構造物・地形の影響を受ける前の風のデータであるに
もかかわらず,控訴人らが使用したデータは,地形や構造物の影響を受け
ていると推認されるα27やα6市内の測定局のデータであるから,少な
くとも,その援用する3次元流体モデルでの測定結果の信用性には疑問が
あるし,控訴人らが行ったプルーム・パフモデルによる実測値と測定結果
の比較も,訴訟の一方当事者が相手方の関与のないままに,単独で行った
ものに過ぎないから,その信用性を直ちに肯定することはできず,本件各
環境影響評価の予測の正当性を左右するほどのものとはいえない。
(イ)控訴人らは,そのほかにも,本件各環境影響評価において大気汚染予
測にプルーム・パフモデルが用いられていることが不当であること,控訴
人らが用いた3次元流体モデルの予測結果が正当であることについて
様々な主張をしているが,そのほとんどは原審での主張の繰り返しに過ぎ
ないものであり,いずれも採用することはできない。
(2)騒音について
ア以下のとおり改め,後記イのとおり付加するほかは,原判決「事実及び理
由」中の第4の5(3)エに記載するとおり(原判決119頁8行目から12
6頁19行目まで)であるから,これを引用する。
(ア)原判決119頁8行目「第3の8に記載した事実」を,「前記第6で
認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の8で認定した事実)」
と改める。
(イ)同頁9行目から10行目にかけての「おそれがあることを否定するこ
とはできない。」を,「ことが予想される(程度の問題は別として,騒音
が発生すること自体は被控訴人国らも認めるものと解されるし,そうであ
るからこそ,騒音に関して環境影響評価が行われるのである。)から,そ
のこと自体が,本件起業地が事業の用に供されることによって失われる不
利益であることは否定できない。」と改める。
(ウ)同頁16行目の「が特段不合理である」から24行目末尾までを,「は
当時の知見に照らして一応の合理性を有するものと認められることを併
せ考慮すれば,本件各事業の施行によって発生する騒音の程度は,環境基
準に適合するものであって,周辺住民の健康を害する程のものではなく,
受忍限度の範囲内に止まるものと予想されるから,騒音が発生すること自
体が事業によって失われる不利益であることは確かであるものの,これを
過大に評価することはできないというべきである。」と改める。
(エ)同120頁1行目冒頭から12行目末尾までを,「の主張をするが,
上記環境基準は,旧公害対策基本法9条及びこれを継承した環境基本法1
6条1項に基づいて定められたものであり,騒音に係る環境上の条件につ
いて生活環境を保全し人の健康の保護に資する上で維持されることが望
ましい基準として定められているものであって,人の健康の保持という見
地から定められたものではないこと(乙F2ないし乙F4)からすれば,
上記環境基準に適合しないことが直ちに受忍限度を超えるものであると
いうことはできない。」と改める。
(オ)同頁19行目から121頁20行目までを,以下のとおり改める。
「ところで,証拠(甲F15,乙F2,乙F3)及び弁論の全趣旨によれ
ば,以下の事実を認めることができる。
(a)旧騒音環境基準の策定に当たった専門委員会の第1次報告によれ
ば,環境基準の基礎指針として維持されることが望ましい騒音レベル
を,夜間40ホン以下(A),朝夕45ホン以下(A),昼間50ホン
以下(A)とし,これを「一般住宅地域(A地域)」の指針値としたう
えで,地域補正として「とくに静穏を要する地域(AA地域)」及び「主
として商業または工業の用に供されている地域(B地域)」を規定して,
上記一般地域の指針値を補正してそれぞれの指針値を定めているが,同
報告には,「道路沿いに面する地域にこの騒音レベルを適用する場合の
条件に関しては,その実態を考慮し別途検討する必要がある。」との付
帯意見が付されていた。
(b)この付帯意見を受けて,さらに専門委員会において道路に面する地
域の指針値が検討された結果,「道路に面する地域の主たる騒音源が交
通騒音であることにかんがみ,道路交通騒音の実情等を考慮して,道路
に面する地域の指針値を提出する」として,第2次報告が提出された。
これによれば,「一般住宅地域(A地域)」及び「主として商業または
工業の用に供されている地域(B地域)」に適用される基準に,5ホン
(A)又は10ホン(A)の補正値を加えたものが「道路に面する地域」
の指針値として提案されており(なお,道路車線が2車線以下か2車線
を超えるかによって補正値が異なっている。),その理由として,道路
の公共性,当該地域の道路による受益性,道路交通騒音の実態などが指
摘されている。
(c)旧騒音環境基準は,上記専門委員会の報告を経て,厚生省内の審議
会から厚生大臣に答申が行われ,閣議決定されたものであった。
(d)以上のような経緯もあって,環境庁(当時)大気保全局による解説
書には,旧騒音環境基準において,A地域及びB地域のうち「道路に面
する地域」の基準値についてそれ以外のA地域及びB地域の基準を若干
緩和した値とされている根拠について,「道路交通騒音の実態がとくに
主要幹線道路などにおいて著しく悪化していること,一方,道路の公共
性がきわめて大きく,かつ道路周辺の地域住民が道路から利益を得てい
る場合が少なくない,といった条件を考慮して,道路に面する地域につ
いて道路に面しない裏側と同じレベルの厳しい基準を適用することは
妥当でないと判断されたからである。車線数によって基準値に差が設け
られたのも,一般に車線数の多い道路ほど幹線道路としての性格が強
い,すなわち公共性がより大で,このような道路に面する地域は道路交
通騒音についてより受忍性が強いと考えられたからである。」との説明
がされている。
(e)現騒音環境基準も,上記旧騒音環境基準の「道路に面する地域」の
基準値についての考え方を基本的に受け継いでいるものであるところ,
現騒音環境基準について,環境庁(当時)大気保全局長が各都道府県知
事あてに通知した「騒音に係る環境基準の改正について」(平成10年
9月30日環大企第257号)においては,「道路交通騒音の影響が及
ぶ範囲は,道路構造,沿道の立地状況等によって大きく異なるため,道
路端からの距離によって一律に道路に面する地域の範囲を確定するこ
とは適当ではない」とされている。なお,上記環境庁(当時)大気保全
局長通知において,現騒音環境基準に定められた「幹線交通を担う道路
に近接する空間」につき,2車線を超える車線を有する幹線交通を担う
道路に係るものについては,道路端から20メートルとされている。」
(カ)同122頁18行目冒頭から19行目末尾までを,「上記調査業務報
告書を直ちに採用することはできず,他に,上記控訴人らの主張する騒音
予測が正当であることを裏付ける証拠はないから,本件各環境影響評価及
び本件各環境影響照査における騒音に係る評価を否定することはできな
い。」と改める。
(キ)同123頁15行目から16行目末尾までの「このような見解がおよ
そ不合理であるということはできない。」を,「上記のような本件環境影
響評価1の考え方も,一応の合理性を有するものであって,上記控訴人ら
が主張するように,明らかに睡眠妨害が生じるレベルであると断定できる
ものではない。」と改める。
(ク)同124頁22行目から23行目末尾までの「このような見解につい
ても,それがおよそ不合理であるということはできない。」を,「相当で
あるといえる。」と改める。
(ケ)同125頁22行目「α1山登山道」を,「α1山登山道のような住
居の存在しない地域」と改める。
(コ)同頁25行目「が合理性を欠くということはできない。」を,「に何
らかの違法があるということはできないし,これらによる騒音に係る評価
を否定することはできない。」と改める。
イ当審における控訴人らの主張に対する判断
(ア)国際的な基準を前提とする主張
控訴人らは,WHOやWHO欧州事務局が制定した騒音についてのガイ
ドラインを根拠に,我が国の騒音に係る環境基準を改めるべきであると主
張し,その上で,α27地域に所在する控訴人らの自宅の騒音状況が上記
ガイドラインの基準を超えているなどと主張する。
しかし,これは,本件事業認定時に我が国の騒音規制の根拠となってい
なかった海外の基準を根拠に騒音被害があると主張し,あるいは現行の環
境基準を批判するものであって,本件事業認定の違法原因とはなり得ない
から,上記主張は,それ自体失当である。
(イ)現行の基準を前提とする主張
a控訴人らは,騒音に係る環境基準は,人の健康を確保する上で最低限
の基準であると主張するが,この主張に理由がないことは,原判決が説
示するとおり(前記原判決改訂部分を含む。)である。
b控訴人らは,「道路に面する地域」について,文字どおり道路に面す
る地域であり,せいぜい道路から20メール以内のことをいうと主張す
るが,この主張を採用することができないことも,既に原判決が説示す
るとおり(前記原判決改訂部分を含む。)である。
c控訴人らは,建物の遮音効果と睡眠妨害についての原判決の判断を批
判するが,この主張も,本件事業認定時において,我が国の騒音規制の
根拠となっていなかった海外の基準を前提とするものであり,失当であ
る。
d控訴人らは,以上のほかにも,原判決が本件調査報告書を採用しなか
ったこと,サウンドスケープ等の権利侵害を認めなかったことを批判す
るが,いずれも原審での主張の繰り返しであり,原判決が判示したとお
り採用することはできない。
(3)振動について
ア前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の9で認定し
た事実(前記改訂部分を含む。))によれば,本件各事業の施行により,そ
の計画路線周辺に振動が発生するおそれがあることが予想される(程度の問
題は別として,振動が発生すること自体は被控訴人国らも認めるものと解さ
れるし,そうであるからこそ,振動に関して環境影響評価が行われるのであ
る。)から,そのこと自体が,本件起業地が事業の用に供されることによっ
て失われる不利益であることは否定できない。
しかし,本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査において,工事完了
後の計画路線周辺の道路交通振動が要請限度を下回ることが予測されてお
り,この予測の対象となった時点や地域の選定方法及び予測方法等は当時の
一般的知見に照らして一応の合理性があると認められることに照らせば,本
件各事業の施行によって発生する振動の程度は,周辺住民の健康を害する程
のものではなく,受忍限度の範囲内に止まるものと予想されるから,振動が
発生すること自体が事業によって失われる不利益であることは確かである
ものの,これを過大に評価することはできないというべきである。
イ当審における控訴人らの主張に対する判断
控訴人らは,本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査は信用できない
とし,本件各事業の施行により,重大な振動被害が予想されるなどと主張す
るが,原審での主張の繰り返しであり,α6ジャンクションの構造体の規模
や形状を根拠とするだけであって,それ以上の根拠資料を提出しないから,
上記主張を採用することはできない。
(4)低周波空気振動について
ア以下のとおり改め,後記イのとおり付加するほかは,原判決「事実及び理
由」中の第4の5(3)カに記載するとおり(原判決127頁9行目から12
8頁4行目まで)であるから,これを引用する。
(ア)原判決127頁9行目「第3の10に記載した事実」を,「前記第6
で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の10で認定した事実)」
と改める。
(イ)同頁10行目から11行目にかけての「おそれがあることを否定する
ことはできない。」を,「ことが予想される(程度の問題は別として,低
周波空気振動が発生するおそれがあること自体は被控訴人国らも認める
ものと解されるし,そうであるからこそ,低周波空気振動に関して環境影
響評価が行われるのである。)から,そのこと自体が,本件起業地が事業
の用に供されることによって失われる不利益であることは否定できな
い。」と改める。
(ウ)同頁15行目から16行目にかけての「が特段不合理である」から2
2行目末尾までを,「は当時の知見に照らして一応の合理性を有するもの
と認められることに照らせば,本件各事業の施行によって発生する低周波
空気振動の程度は,参考指標を下回るものであって,周辺住民の健康を害
する程のものではなく,受忍限度の範囲内に止まるものと予想されるか
ら,低周波空気振動が発生するおそれがあること自体が事業によって失わ
れる不利益であることは確かであるものの,これを過大に評価することは
できないというべきである。」と改める。
イ当審における控訴人らの主張に対する判断
控訴人らは,本件各環境影響評価及び本件各環境影響照査における低周波
空気振動についての予測は不十分であって信用できないものであり,本件各
事業の施行により,α27周辺の住民に低周波空気振動による被害が発生す
ることが予想されると主張し,その根拠として,住民の測定によれば,中央
自動車道による低周波空気振動の被害について,α27α30地域の民家に
おいて10Hz付近で75ないし80デシベルを記録したこと,中央自動車
道から135メートル離れた民家でも10Hzで75デシベルを超えてい
たことを指摘する。しかし,上記主張の根拠となる証拠(甲I1)によって
は,上記「住民の測定」が,どのような手法によって,どのような条件の下
に実施されたのかが不明であり,低周波空気振動による被害を記録したとさ
れる民家の具体的な所在位置も不明であって,その測定結果の正確性を検証
することはできないから,これを直ちに採用することはできず,他に,上記
控訴人らの指摘する事実を認めるに足りる証拠はない。
また,控訴人らは,α6ジャンクションの構造体の規模や形状を指摘して,
低周波空気振動の発生が予測されると主張するが,それだけでは,発生する
低周波空気振動の程度が,本件環境影響照査における参考評価指標を上回る
程のものであることの根拠資料として不十分であり,控訴人らの主張を採用
することはできない。
(5)α27地域の生活環境等への影響について
ア控訴人らは,本件圏央道事業等の施行により,α27地域の歴史的ないし
文化的環境,景観を含めた生活環境は重大な影響を被り,上記環境は失われ
てしまうとして,本件圏央道事業等の施行によって失われる利益は大きいと
主張する。
イこれまで検討してきたところによれば,本件各事業の施行により,大気汚
染,騒音,振動及び低周波空気振動などが発生し,また発生するおそれがあ
ることが認められることから,α27地域の生活環境にも影響が生ずること
が容易に推認できる。既に説示したとおり,これらによる被害が受忍限度内
に止まるものと推認されるとしても,事業によって失われる利益であること
は否定できない。
また,証拠(甲B50,甲B51,証人P31など)及び弁論の全趣旨(当
審における進行協議の結果も含めたもの)によれば,本件圏央道事業等の施
行(高架橋りょうの設置等)によって,一部控訴人らの自宅周辺の景観は,
従前と比較して一変していることが認められ,圏央道建設に反対している控
訴人らにおいて,このような景観を苦痛に感じることは十分に理解できると
ころであるから,上記景観の変更は,同時に生活環境にも影響を与えるもの
といえ,これも事業によって失われる利益として考慮されるべきである。
さらに,一般に,長らく親しんだ従前からの生活環境及び周囲の景観をそ
のまま維持して欲しいとする希望を持つことは,人間として自然なことであ
り,理解できることではあるものの,そのような希望が,ただちに環境権,
期待権といったものとして法的に保護されるべき利益であるということは
できないから,仮に,控訴人らを含むα27地域の住民において,上記希望
が無視されたことにより,怒りや悲しみを感じたり,不快感を抱いたりする
ことがあったとしても,そのことが直ちに法的権利の侵害に当たるというこ
とはできない。もっとも,公共工事によって失われる利益には様々なものが
あり,必ずしも権利性のないものであっても失われる利益として考慮するこ
とは可能であるとは解される。
ウ以上のとおり,本件各事業の施行によって,α27地域の環境に影響があ
ること,また,景観が変わってしまうことは,α27地域の住民が被る不利
益であるといえるから,事業によって失われる利益があると考えるべきであ
る。
もっとも,大規模公共事業が施行されれば,当該施行地域の景観や生活環
境が大幅に変更されてしまうことは,いわば当然のことであり,上記事業の
施行によって土地所有権等の財産権を失う者に対しては損失補償が行われ
ることが予定されており,上記事業の施行によって受忍限度を超える程度の
人身被害を受ける者は,不法行為に基づいて,起業者に対して損害賠償請求
をすることが可能であるから,事業施行によって景観や生活環境に変化があ
るからといって,このような事態をもって直ちに,事業によって失われる利
益が重大であるということはできない(なお,控訴人らの一部が起業者らに
対して,本件各事業の工事続行の差止め及び慰謝料の支払を求める民事差止
訴訟を提起したものの,同訴訟が敗訴で確定したことは既に認定のとおりで
ある。)。
また,前記のとおり権利性のないものの喪失も,事業によって失われる不
利益と考えることはできるとはいうものの,土地収用法の目的が公共工事と
私的財産の調整であることに照らせば,権利性のないものの喪失について
は,これを失われる利益とみるにしても,相対的に低い評価となることはや
むを得ないものというべきである。
8適合性の判断(土地収用法20条3号の要件適合性)について
(1)ア既に述べたとおり,適合性判断の抽象的な基準は,「起業地を事業の用
に供することによって得られるべき公共の利益と,これによって失われる利
益とを比較衡量した結果,前者が後者を優越すると認められる」ことである。
イところで,公共事業によって得られる利益は,一般には事業がもたらす公
的な利益とされている。これには多種多様なもの(例えば,道路交通の確保,
飲料水供給,電力供給,防災など)があり,費用便益分析等の手法により,
当該事業の経済的側面に着目してその採算性を検証することが一応可能と
なるものもあるが,事業によってもたらされる公益の全体を余すことなく客
観的に評価することは困難であると解される。また,事業によって得られる
公的な利益の背後には,多くの私的な利益(当該公共事業の遂行自体に利害
関係を有する者らの私的な利益,事業完成後の施設の管理・運営等に利害関
係を有する者やこれらの施設について利用利益を有する者らの私的な利益)
が存在していることにも留意しなければならない。
他方,事業によって失われる利益には,公的な利益と私的な利益があると
ころ,これにも多種多様なものがあり,前記同様に,事業によって失われる
利益のすべてを客観的に評価することは不可能であると解される。なお,公
共事業によって失われる公的な利益の代表的なものは,起業地及びその周辺
地についての自然環境,生活環境であると解され,失われる私的利益の代表
的なものは事業用地についての財産権,営業権,居住利益,人格権等である
と解される。
以上のとおり,事業によって得られる利益と失われる利益には,多種多様
なものがあり,その中には同質なものとはいえないものが少なからず含まれ
ているといえる。このような同質とはいえない利益を比較して,その優劣を
定めることは極めて難しく,ましてや,公的な利益と私的な利益を比較する
ことについては,そもそも単純に優劣を比較することなど可能なのかという
根源的な疑問もある。仮に比較を試みるとしても,価値観の多様化した現在
において,万人が納得しうるような客観的な基準など存在しないであろう
し,大多数の人が納得できるというレベルの基準ですら設定することは困難
であろうと解される。最終的には,個々の人間の価値観によって,その優劣
の結論が異なるものになるといわざるを得ない。
ウ以上述べたところに,土地収用法20条3号の文言が「土地の適正且つ合
理的な利用に寄与するものであること」という極めて抽象的なものに過ぎな
いこと,公共事業を行うのか否か,行うとしてどのような公共事業をどのよ
うに行うのかということ自体は,政策的判断を伴うものであり,本来的に行
政権に属する事柄であって,その政策的判断を尊重すべきであることも考慮
すれば,同号の適合性の判断(特に,公共事業による広域的,地域的便益等
と,これと質的に異なる価値との優劣の判断)については,事業認定庁にあ
る程度広い裁量権が与えられているものと解釈せざるを得ない。
もっとも,事業認定庁は,適合性の判断に際して,社会に様々な価値観が
存在することを自覚し,これを前提とした上で,可能な限り多くの情報を入
手し,広く意見を集積して,事業により得られる利益,失われる利益を正確
に把握し,時代状況の趨勢を踏まえて,その利益の優劣を決するべきものと
いえる。
以上述べたところを前提にして,以下本件における適合性の判断を検討す
る。
(2)前記5で検討したところによれば,本件起業地が本件各申請事業の用に供
されることによって得られる公共の利益,すなわち,本件各事業によってもた
らされる公共の利益は,①首都圏と各地を結ぶ東名高速道路,中央自動車道
及び関越自動車道という3つの重要な放射状道路が圏央道によって接続され
ることによって,高速道路交通の面で広域的な利便が向上すること,②上記
広域的な利便性の向上が地域間交流を拡大し,沿線地域に経済的波及効果をも
たらすこと,③他の環状道路との相互連絡により首都圏都心部への流入交通
を分散すること,④八王子市内における一般国道○号を含めた圏央道周辺の
主要道の混雑を緩和することなどであると認められるほか,広域的な道路の開
通によって,医療面における利用利益,災害等の緊急時における利用利益など
があることについても,既に説示したとおりである。
前記認定のとおり,圏央道事業に関しては,平成5年以降本件事業認定申請
時までの間,路線周辺の地方自治体は,例外なくこれを歓迎し早期完成を望ん
でいるのであって(現在においても,圏央道未開通部分周辺の地方自治体が,
圏央道の全線開通を要望していることは,各市町村のインターネットのホーム
ページの記載内容等からしても明らかであり,公知の事実である。),このこ
とは,圏央道事業の完成に極めて大きな価値があるとすることが社会に支配的
な価値観として存在していることを強くうかがわせる事実である。
(3)上記6及び7で検討したところによれば,本件起業地が本件各申請事業の
用に供されることによって失われる利益として評価すべきものは,①α1山
の貴重な自然環境(地下水,植物など)の少なくとも一部が破壊され,失われ
る危険性があること,②α1山周辺及びα4インターチェンジ周辺の景観が
大きく変化すること,③α27地域の景観が変化するとともに,同地域の生
活環境が変化すること④高速道路から生ずる大気汚染,騒音,振動,低周波
空気振動などによる周辺住民の生活環境の悪化及びこれに伴う健康被害のお
それなどであると認められる。
このうち,①については,失われる利益が小さいとする被控訴人国らの主張
を採用することはできず,重大な利益が失われる可能性があることは否定でき
ないことは既に指摘したとおりである。α1山の環境価値を何にも勝る絶対的
なものと考える控訴人らにしてみれば,これによって失われる不利益は極めて
重大なものということになると解される。本件で控訴人らが提出した各証拠に
よれば,控訴人らを含めて,そのような価値観を有する者が少なからず存在す
ることは認められるものの,いまだ周辺住民の一部,一部自然愛好家,一部有
識者等に止まっているものと推認され,そのような価値観が現代社会において
支配的なものとなっていることを窺わせるに足りるほどの証拠はないといわ
ざるを得ない。
④については,大気汚染,騒音,振動,低周波空気振動によって,周辺住民
の生活環境が悪化することは予想されるものの,いずれも環境基準内の水準に
止まっており,受忍限度の範囲内にあるものと認められるから,これを過大視
することはできない。②及び③についても,これを過大視することはできない
ことは既に述べたとおりである。
(4)以上(2)及び(3)で検討したところを総合すれば,本件起業地が本件各申請
事業に供されることによって得られる公共の利益は,それ相応に大きなものと
いえるうえに,この利益を大きなものと評価する価値観が社会において支配的
であることを窺わせる事情もあることを考慮すれば,これと失われる利益(こ
のうち最大のものは,α1山の自然環境の一部が失われる可能性があるという
ことであって,これは自然環境保護の観点からみれば重大な不利益である。)
とを総合的に比較衡量した結果,前者が後者に優越すると判断することは,ひ
とつの価値判断として一応の合理性があると認め得るものである。そして,行
政庁の裁量権の行使としてされたことを前提として,行政庁が事業認定に至っ
た判断過程に一応の合理性があると認められる場合には,特段の事情がない限
り,裁量権の逸脱ないし濫用の違法はないというべきである。
本件の場合,これまで検討してきたところによれば,本件費用便益分析にお
ける分析結果の正確性については検証できない部分が残り,また,自然環境の
破壊に対する配慮が足りない面があることは否めないものの,全体的に総合し
て判断すると,その判断の基礎とされた重要な事実に関して誤認があるとはい
えず,重要な事実の評価が明らかに合理性を欠くともいえず,また,その判断
の過程において考慮すべき事情を考慮していないために社会通念に照らして
著しく妥当性を欠くということもできないから,結局のところ,上記特段の事
情は認められず,事業認定庁の裁量の範囲内の判断であって,違法とまでは評
価することができない。
(なお,以上のように,本件各申請事業を含む本件各事業(ひいては全体と
しての圏央道事業)によって得られる公共の利益を,α1山の環境的価値の維
持という利益よりも優先させるという価値判断に対しては,控訴人らのように
α1山の環境的価値を絶対視する立場からは,当然に異論があるところとは解
されるし,控訴人らのような価値観も十分に尊重されるべきものといえる。し
かし,既に述べたとおり多種多様な価値観を比較衡量することとなる,得られ
る公共の利益と失われる利益の比較衡量の場面においては,上記のような判断
になるものと解される。)
以上によれば,本件各申請事業について土地収用法20条3号の要件に適合
するとした事業認定庁の判断は相当であり,本件各申請事業は,土地収用法2
0条3号に適合するものと認められる。
9土地収用法20条4号の要件該当性について
以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中の第4の6に記載する
とおり(原判決130頁18行目から133頁5行目まで)であるから,これを
引用する。
(1)原判決131頁18行目「前記5(2)ア」を「前記第7の5(1)」と,同1
32頁5行目「前記5(2)イ」を「前記第7の5(2)」と,それぞれ改める。
(2)同131頁23行目から24行目にかけて及び同132頁10行目「第3
の1に記載したとおり,」を,「前記第6(原判決「事実及び理由」中の第3
の1)で認定のとおり,」と,それぞれ改める。
10土地収用法に定める事業の認定に係る手続違反について
(1)本件事前説明会について
ア前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の12(1)に
認定した事実(前記改訂部分を含む。))に弁論の全趣旨を総合すれば,起
業者らは,利害関係人の参集の便利を考慮した会場を設定し,予め本件事前
説明会の開催を起業地の所在する地方の新聞紙に公告し,説明会当日には出
席者に資料を配付するなどして,本件各申請事業の目的及び内容を説明し,
これに関する質疑応答の機会を設けていたのであって,土地収用法15条の
14及び同法施行規則1条の2に従って,適法に本件事前説明会を開催した
ものと認められる。
よって,本件事業認定の手続に土地収用法15条の14違反があるという
ことはできない。
イ控訴人らは,土地収用法15条の14の事前説明会について,同条が新設
された土地収用法の改正に際して,「事前説明会については,開催期日等の
十分な周知を図るとともに,起業者と利害関係人との間の質疑応答を実施す
るなど,実効性のあるものとするよう努めること。」という参議院附帯決議
がされていること(上記附帯決議の存在は公知の事実である。)などを理由
に,事前説明会は,単に形式的に開催されるだけでは足りず,実効性のある
ものとして開催されなければならないと主張し,これを前提にして,本件事
前説明会は,単に形式的に行われただけであって,実効性のあるものとする
よう努められたとはいえないから,土地収用法15条の14に違反するとい
う趣旨の主張をし,さらに,これをもって,本件事業認定の取消事由に該当
すると主張する。
しかしながら,事業認定に関する事業認定庁の審査は,申請に係る事業が
法20条の要件に適合するか否かについて行われるものであるから,起業者
に法15条の14違反の行為があったからといって,そのことから直ちに,
当該事業認定が取り消されるべきものとなるわけではない。また,法改正に
際しての国会における附帯決議は,それだけでは直ちに法的拘束力を持つも
のではないから,改正法の執行に際して,附帯決議に反した運用が行われた
からといって,当該行政処分が直ちに違法となるものでもない。
ウもっとも,土地収用法15条の14が,起業者に対して事前説明会の開催
を義務づけている趣旨・目的は,事業によって影響を受ける利害関係人に対
して,あらかじめ事業の目的及び内容を説明し,可能な限り事業について利
害関係人の疑問を解消し,その理解を得ることが必要であり,そのことが事
業手続の円滑化にも資するとされたことによるものと解される。その意味
で,同条の趣旨からいえば,事業について,起業者と利害関係人との相互理
解が深まるような密度の濃い,充実した事前説明会が開催されることが望ま
しいことは確かである。しかし,同条及び同法施行規則1条の2は,その文
言からして,事前説明会の開催を義務づけているのみであって,開催された
事前説明会が上記趣旨・目的を達成することまでをも義務づけているもので
はないと解するほかないから,起業者としては,同条及び同法施行規則1条
の2に従って,事前説明会を開催すれば足りるものというべきである。
なお,起業者が提出すべき事業認定申請書の添付書類について規定した土
地収用法18条2項は,「法15条の14の規定に基づき講じた措置の実施
状況を記載した書面」を添付すべきものとしている(同項7号)から,事前
説明会を開催していない起業者は,事業認定申請書に上記書面を添付するこ
とができないために申請が不可能となり,仮に申請をしたとしても,上記書
面の添付がないために土地収用法19条により事業認定書は却下されるこ
ととなる。上記規定に照らせば,事業認定庁には,土地収用法及び同法施行
規則に従って事前説明会が開催されたか否かの形式的な審査権はあるもの
の,それ以上に,事前説明会の内容についての審査権はないものと解される
のであって,このことは,既に述べた土地収用法15条の4及び同法施行規
則1条の2の解釈の正当性を裏付けるものである。「形式的な事前説明会」
と「実効性のある事前説明会」を区別し,前者は違法であって後者は適法で
あるとする控訴人らの見解は,法令上の根拠がない上に,その区別について
何ら客観的な指標はなく,結局のところ,それぞれの主観で判断することに
ならざるを得ないものであるから,到底採用することはできない。
(2)本件公聴会について
ア前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の12(2)に
認定した事実)に弁論の全趣旨を総合すれば,国土交通大臣は,土地収用法
23条及び同法施行規則に従って,適法に本件公聴会を開催したものと認め
られるから,本件事業認定に土地収用法23条違反があるということはでき
ない。
イ控訴人らは,土地収用法23条の公聴会について,公聴会の開催が義務づ
けられることとなった平成13年の土地収用法の改正に際して,「公聴会に
ついては,開催期日等の十分な周知を図るとともに,議事録を公開するなど
情報公開の徹底に努めること。」,「公聴会が形骸化することのないよう,
公聴会で述べられた住民等の意見は第三者機関に伝えるとともに,公述人相
互の間で質疑が行われるような仕組みとするなど,住民意見の吸収の場とい
う公聴会の本来の役割を果たすよう,規則改正も含めて必要な措置を講ずる
こと。」という附帯決議がされているのであり(上記附帯決議の存在は公知
の事実である。),このような立法の趣旨によれば,住民意見の吸収の場と
いう本来の役割を果たすような公聴会が実施されなければならないと主張
し,本件公聴会において,圏央道事業に疑問を持つ公述人がした質問に対す
る起業者らの回答が不十分であり,一部は回答すらなかったことなどによれ
ば,本件公聴会は形骸化しており,上記土地収用法の改正の趣旨とは程遠い
ものであったとして,本件公聴会は土地収用法23条に違反するものである
という趣旨の主張をしている。
しかしながら,事業認定に関する事業認定庁の審査は,申請に係る事業が
土地収用法20条の要件に適合するか否かについて行われるものであるか
ら,事業認定庁自身に同法23条に違反する行為があったからといって,そ
のことから直ちに,当該事業認定が取り消されるべきものとなるわけではな
い。また,法改正に際しての国会における附帯決議は,それだけでは直ちに
法的拘束力を持つものではないから,改正法の執行に際して,附帯決議に反
した運用が行われたからといって,当該行政処分が直ちに違法となるもので
もない。
ウもっとも,改正後の土地収用法23条が,利害関係人から請求があった場
合等に事業認定庁に対して公聴会の開催を義務付けたことの趣旨・目的は,
事業認定庁が事業認定に関する処分をするに当たっては,同法20条各号の
要件適合性,とりわけ同条3号の事業の公益性の有無の判断(事業によって
得られる公共の利益と失われる利益の比較衡量)が必要となるため,事業認
定庁として考慮すべき要素にどのようなものがあり,その価値にどの程度の
重みを置くかといったことについての判断に資するために,社会に支配的な
価値観を探求すべきであり,その方法として,広く一般の意見を聴くことが
必要かつ妥当であり,また,公開の場で口頭による意見聴取を行うことが適
当であるとされたこと,事業手続の円滑な進行のためには,公聴会のような
場を通じて,利害関係人の理解を得ることが重要であるとされたことなどに
よるものと解される。このような同条の趣旨からいえば,事業について,起
業者と利害関係人やその他の有識者との相互理解が深まるような充実した
公聴会が開催されることが望ましいことは確かである。しかし,土地収用法
23条及びこれを受けて規定された同法施行規則4条ないし12条は,その
文言からして,同法及び同法施行規則に従った公聴会の開催を義務づけてい
るのみであって,開催された公聴会が上記のような趣旨・目的を達成するこ
とまでをも義務づけているものではないと解するほかないから,国土交通大
臣としては,同条及び同法施行規則に従って,公聴会を開催すれば足りるも
のというべきである。「形骸化した公聴会」と「そうでない公聴会」を区別
し,前者は違法であって後者は適法であるとする控訴人らの見解は,法令上
の根拠がない上に,その区別について何ら客観的な指標はなく,結局のとこ
ろ,それぞれの主観で判断することにならざるを得ないものであるから,到
底採用することはできない。
控訴人らは,本件公聴会において,公述人がした質問に対する起業者らの
回答が不十分であったとし,これをもって土地収用法23条違反に該当する
旨主張するものと解されるが,同法施行規則7条,11条などによれば,公
聴会に出席した公述人は,所定の手続の上で,起業者に対して質問をするこ
とができるとされているものの,予め定められた自らの公述時間の範囲内に
おいて,起業者に対し質問し答弁を聴取することができるとされているにす
ぎず,起業者らに質問に対する回答義務があることを根拠付ける規定は存在
しないから,控訴人らの主張は,その前提を欠くものである。
エ控訴人らは,本件公聴会で意見を述べた公述人の中に社会資本整備審議会
の委員が含まれていることをもって,土地収用法違反があるとも主張する
が,社会資本整備審議会の委員が同法23条の公聴会において公述人となる
ことを禁止する法令の定めは見当たらないから,主張自体失当である。
(3)社会資本整備審議会からの意見聴取について
ア前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の12(3)に
認定した事実(前記改訂部分を含む。))に弁論の全趣旨を総合すれば,国
土交通大臣は,本件事業の認定に先立って,土地収用法25条の2第1項に
基づき,社会資本整備審議会に意見を求めたところ,社会資本整備審議会は,
公共用地分科会(以下「本件分科会」という。)による審議の結果,「本件
事業の認定をすべきであるとする国土交通大臣の判断を相当と認める」旨の
意見を述べたこと,国土交通大臣は,この意見を尊重して,本件事業認定を
行ったこと,上記一連の手続において,土地収用法25条の2に違反した行
為が行われたことを窺わせる証拠はないこと,以上の事実が認められる。
以上によれば,本件事業認定に係る社会資本整備審議会からの意見聴取
は,土地収用法25条の2に従って適法に実施されたものと推認することが
できる。
イ控訴人らは,土地収用法の改正の際に,「法学会,法曹界,都市計画,
環境,マスコミ,経済界等の分野からバランスのとれた人選を行う」,「社
会資本整備審議会における事業認定に関する審議には当該事業に利害関係
を有する委員は加わらないようにするなど,運用の中立性,公正性等を確
保するとともに,議事要旨の公開に努めること。」という附帯決議がされ
ているのに,本件分科会の委員については,上記立法の趣旨に沿った人選
が行われず,委員の構成に偏頗性があり(ほとんどの委員が国土交通省の
他の審議会の委員を歴任している。公共事業を推進する立場にある経済界
からは委員が選任されているのに,自然保護団体からは委員が選任されて
いない。),中立性・公正性を疑わせるものであり,第三者委員会として
の中立性・公正性が全く確保されていないと主張し,これをもって土地収
用法25条の2の手続違反があるから,本件事業認定は取り消されるべき
であると主張する。
しかし,前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第3の
12(3)で認定した事実(前記改訂部分を含む。))及び弁論の全趣旨によ
れば,本件分科会の委員7名は,法学界から2名(私法学者,公法学者),
法曹界から1名(弁護士),経済界から1名が選ばれているほか,都市計
画,環境,マスメディアなどの専門家が選ばれており,土地収用法に関す
る審議会委員の構成メンバーとして,特段の問題のないものと認められる
し,審議会等の委員は,一般に,当該審議会等の目的,内容について専門
的知識,識見ないし経験を有している者が複数任命されており,また,審
議会自体は,委員各自の公正性,中立性もさることながら,複数の委員に
よる合議の末に意見が決定されることにおいて,その中立性,公正性が確
保されるものと考えられていると解されるから,審議会の委員である特定
の個人が複数の審議会の委員を兼ねたり,過去に別の審議会の委員に任命
されたりしたことがあったとしても,そのことから直ちに,合議体をもっ
て構成される審議会の中立性,公正性が疑われるということはできない。
なお,事業認定に際して,社会資本整備審議会からの意見聴取手続に何
らかの違反があったとしても,それが直ちに,事業認定の取消事由にあた
るということができないことは,既に,本件事前説明会や本件公聴会に関
して述べたとおりである。
ウ控訴人らは,国土交通省の収用認定に当たる部局が本件分科会の庶務を
担当していたこと,本件各申請事業について事業認定を可とする理由の原
案等を国土交通省側が作成していたことを指摘し,これをもって,土地収
用法の手続違反があると主張するが,いずれも,事業認定手続遂行上の現
場事務作業の運用面における当・不当を問題とするものにすぎないものと
認められるから,事業認定手続の違法原因の主張としては,それ自体失当
である。
エ控訴人らは,本件公聴会において,社会資本整備審議会の委員が起業者
側の公述人として公述したことから,同審議会の第三者性に疑問が生じた
ために,社会資本整備審議会に対し,審議を公開すること,上記公述人を
務めた委員を罷免すること,審議会において関係人の事情聴取や現場検証
を行うことなどを要求したにもかかわらず,社会資本整備審議会(本件分
科会)は,これらの要求をすべて無視して,慎重な審議をすることなく,
本件事業認定が相当である旨の意見を述べたものであり,土地収用法の手
続に違反するものであると主張する。
しかし,社会資本整備審議会に対して,審議の公開,委員の罷免,審議
に際してどのような方法でどの程度の資料を収集するかなどについて,何
らかの義務を課している法令の定めは見当たらないから,上記事項はすべ
て社会資本整備審議会(ないしは個々の分科会)の裁量にゆだねられてい
るものと解される。したがって,社会資本整備審議会もしくは本件分科会
が,上記控訴人らの要求に応じないままに,本件事業認定についての意見
を述べたとしても,そのことが土地収用法違反となる余地はないし,審議
会において慎重な審議がされなかったということもできない。
(4)事業を認定した理由の告示について
ア以下のとおり改め,後記イのとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」中の第4の3(4)に記載するとおり(原判決98頁24行目から10
0頁4行目まで)であるから,これを引用する。
(ア)原判決99頁18行目「第3の12(4)に記載したとおり,そこで
は,」を,「前記第6で認定した事実(原判決「事実及び理由」中の第
3の12(4)で認定した事実(前記改訂部分を含む。))」と改める。
(イ)同頁23行目「そして,」から100頁4行目末尾までを,「以上
によれば,国土交通大臣は,本件事業の認定をした理由の告示をしてい
るものと認められるから,土地収用法26条1項違反があったというこ
とはできず,控訴人らの主張を採用することはできない。」と改める。
イ当審における控訴人らの主張に対する判断
控訴人らは,本件事業認定の理由の告示は,単に起業者らが求める結論の
みが掲げられたものであって内容が伴っていないから,事業認定理由の告示
があったとはいえない旨主張するが,前記認定のとおり,告示において,本
件各申請事業の土地収用法20条各号適合性についての国土交通大臣の認
定・判断が述べられているのであるから,理由の告示があったものと評価で
きることは明らかである。
控訴人らは,「原判決は,土地収用法26条に基づく国土交通大臣の告示
と同時にホームページで公開された国土交通省の見解が詳細であることも
勘案して,上記告示に事業認定の理由の付記があったとしているのであるか
ら,原判決自身も上記告示だけでは理由の記載があったとはいえないことを
認めている。」と主張するが,当裁判所は,上記アの改訂部分のとおり,告
示自体において理由の付記があったと認めるものであるから,上記控訴人ら
の主張は前提を欠くものとなった。
11環境影響評価に関する手続違反等について
(1)以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」中の第4の7に記載するとおり(原判決133頁7行目から135頁
22行目まで)であるから,これを引用する。
ア原判決133頁7行目「原告らは,」の後に,「土地収用法の事業認定
に先立って,起業者もしくは事業認定庁に,環境影響評価を実施する義務
があることを前提にして,」を加える。
イ同頁12行目「できないから,」から14行目までを,「できない。し
たがって,仮に,本件各環境影響評価に控訴人らが主張する瑕疵があった
としても,それ自体が土地収用法20条3号の要件該当性の判断に影響を
及ぼす可能性があることはともかくとして,それ自体から直ちに本件事業
認定が違法となることはない。なお,土地収用法20条3号の要件該当性
については,既に判示したとおりである。」と改める。
ウ同頁15行目から20行目までを削除する。
エ同134頁15行目「第2の3(6)」を,「前記第2の4(原判決「事実
及び理由」中の第2の3(6))」と改める。
(2)当審における控訴人らの主張に対する判断
ア控訴人らは,①仮に,環境影響評価を行うことが事業認定の要件では
ないとしても,現に環境影響評価が実施されている以上,環境影響評価に
関する手続及び内容の瑕疵は事業認定の適法性に影響を及ぼすものと解す
べきである,②本件事業認定は,土地収用法20条3号の審査に必要と
なる事業により失われる利益の認定・判断について,本件各環境影響評価
及び本件各環境影響照査をほぼ唯一の資料としていること,また,本件事
業認定は,対象道路を含む圏央道にかかる本件都市計画決定を前提として
いるところ,本件都市計画決定は当該対象道路について東京都環境影響評
価条例で義務づけられている本件各環境影響評価を前提としており,その
適法性に依拠していることからすれば,本件各環境影響評価及び本件各環
境影響照査に法令違反があり,その内容に誤りがあった場合には,それだ
けで土地収用法20条3号の判断を誤った違法がある,などと主張する。
しかし,上記主張も,原審での主張と同様に,直接には本件事業認定の
要件に該当しない事情をもって,直ちに本件事業認定が違法となるとする
ものであって,何ら法律上の根拠を有しないものであり失当である。
イ控訴人らは,東京都環境影響評価条例64条,同条例63条の趣旨につ
いて,環境影響評価後に事情の変更が生じ,再度の評価を行った場合に当
初の環境影響評価と異なる結論が導き出される可能性が生じた場合には,
当初の環境影響評価に従って工事を進めることによって周辺環境に回復不
可能な影響が生じるおそれがあることから,環境影響評価の再実施を義務
づけたものであるとし,したがって,再度の環境影響評価必要性の有無は,
原判決のように5年の要件(同条例64条)や変更の届出の有無(同条例
63条)によって形式的に判断するのではなく,再実施によって結論が変
化する可能性があるような事情の変更が存在するか否かを実質的に判断す
べきであるとし,その上で,本件では,そのまま工事を続行したのでは環
境に著しい影響を及ぼすおそれがあることが明白であるから,新たに慎重
かつ適切な環境アセスを再実施する義務があるから,再実施をしないこと
は東京都環境影響評価条例に違反すると主張する。
しかし,上記控訴人らの主張は,東京都環境影響評価条例の条文の文言
を無視するものであって,何ら法的な根拠のない独自の見解によるもので
あり,採用することはできない。
12都市計画法違反について
(1)以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」の第4の8に記載するとおり(原判決135頁24行目から137頁
17行目まで)であるから,これを引用する。
ア原判決135頁24行目「関係住民に対する説明」を,「被控訴人東京
都が開催した関係市町における説明会(関係住民に対する説明会)におけ
る説明」と改める。
イ同136頁5行目「その根拠法令,」の後に,「手続の主体,行政処分
としての」と改める。
ウ同頁12行目冒頭「また,」を,「また,上記の点をひとまずおくとし
ても,」と改める。
エ同頁23行目「そして,」から137頁17行目までを,行を改めて,
以下のとおり改める。
「控訴人らは,都市計画決定の権限を有する東京都知事が必要と認めてあ
えて関係市町において関係住民に対する説明会を開催したのであるから,
形式的に説明会を開催すればよいのではなく,住民が説明内容を十分に把
握したうえ,説明会の場で意見陳述を行うことができるような説明会とな
るよう十分に留意すべきであったのに,そのような留意は何らされず,制
度の趣旨に沿った説明会の開催はなかったから,このような説明会の開催
状況は都市計画法16条の趣旨に反する旨主張する。しかし,控訴人らが
指摘する関係市町における説明会は,都市計画法16条に基づく住民の意
見を反映させるために必要な措置として開催されたものではなく,被控訴
人東京都が任意に開催したものであるから,当該説明会の内容等がどのよ
うなものであったとしても,それだけでは,都市計画法違反があったとい
うことはできず,その後の都市計画決定の効力に影響を及ぼすものとはい
えない。
また,控訴人らは,①八王子市都市計画地方審議会における本件の都
市計画に係る裁決には重大な手続的瑕疵があり,そのために審議会の決議
そのものが成立していなかった,②その後八王子市市長が本件の都市計
画に賛成するとの意見書を提出したことについて,上記①のとおり裁決が
成立せず,八王子市としての意見が形成されていないにかかわらず意見書
を提出したものであって,このような意見書は無効であり,③東京都都
市計画地方審議会が,上記八王子市長の意見書の重大な瑕疵を認識しない
ままに,八王子市から賛成の意見が提出されているとの前提のもとに,本
件の都市計画に賛成する旨の議決をし,これに基づいて東京都知事に対し
て賛成の答申をしたことについても重大な瑕疵があるなどと主張し,本件
都市計画変更決定は,このような一連の経過の下にされたものであるか
ら,都市計画法18条に定める「関係市町村の意見の聴取」及び「都道府
県都市計画審議会の議決」に重大な瑕疵があるというべきであり,同条に
違反するものであると主張する。しかし,控訴人らが主張する八王子市都
市計画地方審議会における採決の瑕疵の内容は,審議会において採決を行
ったところ,可否同数であったことから,当時の八王子市都市計画審議会
条例によれば,「可否同数の場合は,審議会長の決するところによる。」
とされていたにもかかわらず,可とする意見であった審議会長において,
「賛成多数で可決されました」と宣言して閉会してしまったというもので
ある。確かに,上記採決には条例に違反した手続的瑕疵があるとはいうも
のの,上記採決当時の審議会長が可とする意見であったことは事実である
から,実体的には,審議会の議決としては可であったことに変わりはない
(すなわち,条例に従って手続を行ったとしても可決となったことには変
わりはない。)。上記手続的瑕疵は比較的軽微なものであるといえ,その
後作成された八王子市長の意見書を無効とするほどのものではないとい
うべきである。そうすると,上記瑕疵が重大であり,八王子市長の意見を
無効とする程のものであることを前提として,本件都市計画変更決定が違
法であるとする控訴人らの主張は,その前提を欠くものであり,失当であ
る。なお,仮に,本件都市計画変更決定に都市計画法違反があったとして
も,その違法性が本件事業認定に承継されることがないことは,既に述べ
たとおりである。」
(2)当審における控訴人らの主張は,原審における主張の繰り返しであり,そ
の主張に理由のないことは,上記(1)で述べたとおりである。
13自然公園法違反について
(1)自然公園法13条1項は,都道府県知事は国定公園について当該公園の風
致を維持するため,公園計画に基づいて,その区域内に特別地域を指定する
ことができる旨を定めており,同条3項は,国定公園の特別地域においては,
工作物の新築や増改築,木材の伐採等の特別地域における風致の維持に影響
を及ぼすおそれがある行為について,都道府県知事の許可を受けなければし
てはならない旨を定めている。さらに,同条4項は,都道府県知事は,上記
行為が環境省令で定める基準に適合しないときは許可をしてはならない旨を
定め,これを受けて,同法施行規則11条1項(平成17年環境省令8号に
よる改正前のもの,以下同じ。)は,その基準を定めている。
他方で,同法56条1項は,国の機関が行う行為については,同法13条
3項の規定による許可を受けることを要しない旨定めるとともに,この場合
には,当該国の機関は,あらかじめ国定公園にあっては都道府県知事に協議
しなければならない旨を定めている。
(2)証拠(甲B44,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件圏央道事業にお
いては,P28公園の特別地域内にα1山トンネルの建設が予定されていた
ことから,本件事業認定の申請に先立って,平成16年6月から12月にか
けて,起業者である国土交通大臣(国土交通省関東地方整備局相武国道事務
所長)及び参加人会社(当時は,日本道路公団東京建設局八王子工事事務所
長)から東京都知事に対して,道路建設のための工作物の新築についての自
然公園法56条1項に基づく協議がされて,東京都知事は上記工作物の新設
に同意しており,同法56条1項に従った手続が行われていたことが認めら
れる。
(3)控訴人らは,上記協議における東京都知事の同意は,本件圏央道事業によ
るα1山トンネル工事の影響について,自然公園法施行規則11条1項各号
に定められた事項を十分に検討することなく,形式的にされたものであり,
実質的に同法56条1項に違反する旨を主張する。
しかし,控訴人らの主張する東京都知事による自然公園法違反の事実が,
どのような根拠に基づいて,国土交通大臣による本件事業認定の違法原因と
なるのかが不明であり,控訴人らの主張は,この点で既に失当である。また,
控訴人らの上記主張は,国定公園の特別地域内において国の機関が開発行為
を行う場合にも,同法13条3項及び4項並びにこれらの規定を受けた同法
施行規則11条1項が適用になることを前提とするものであると解される
が,法56条1項が存在すること及びその文言を無視するものであって,そ
のような解釈を採用することはできない。
上記の点をさておくとしても,自然公園法は,同法56条1項の協議に際
して,いかなる資料の提出が必要となるか等について,一切規定を置いてい
ないから,上記協議に際して,どのような資料の提出を求めるのか,提出さ
れた資料についてどのような検討をするのかといったことは,原則として,
当該協議を行う国の機関及び都道府県知事の裁量にゆだねられているものと
いうべきである。前掲証拠によれば,本件では,起業者らから東京都知事に
対して同法56条1項に基づく協議がされた際に,本件圏央道事業に係る資
料が提出されており,東京都知事の同意は,これらの資料の検討に基づくも
のと推認されるから,そこに何らかの違法な点を見出すことはできない。よ
って,自然公園法違反に関する控訴人らの主張は理由がない。
(4)控訴人らは,林談話(過去に環境庁自然環境保全審議会会長によって,談
話の形式で発表されたもの)について,単なる談話ではなく,自然公園内の
道路建設を拘束したものであり,自然公園内の道路建設に関する,生物の多
様性に関する条約8条(a)にいう確立された制度の1つといえるから,法
規そのものではないが,事業認定庁の裁量の幅を実質的に制限するものであ
るとし,これを前提にして,本件事業認定は,国定公園の緑化復元の困難さ,
希少な植物の保護,優れた景観についての配慮を欠いた点で裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用したものであるから,取り消されるべきであると主
張する。
しかし,自然公園内での道路建設に関する諮問機関である環境庁自然環境
保全審議会会長が談話の形式で発表したものが,いかに内容的に優れている
ものであったとしても,そのまま直ちに確立した制度となり,土地収用法の
事業認定庁の裁量権を制限するような法的拘束力を有するなどということ
は,およそ採用する余地のない独自の見解であるといわざるを得ず,控訴人
らの主張はそれ自体で失当である。
なお,生物の多様性に関する条約8条は,生物の多様性を保全するため,
締約国に対して,「可能な限り,かつ,適当な場合」に,一定の制度を設け
ることや,生態系の保護等を促進すること,所要の条件整備のために努力す
ること等を求めるものであることが,その文言からして明らかであって,同
条自体が,直ちに,日本国内において法的拘束力を有するものということは
できない。
第8第3事件についての当裁判所の判断(以下,第8においては,「控訴人」を,
第3事件の控訴人を意味するものとして使用する。)
1原告適格について
(1)以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」中の第5の1に記載するとおり(原判決138頁25行目から142
頁11行目まで)であるから,これを引用する。
ア原判決138頁最終行の「第4の1(1)で述べたとおり,」を削除する。
イ同139頁18行目「第2の3(7)ア(ア)に述べたとおり,」から140
頁3行目までを,以下のとおり改める。
「裁決控訴人目録1記載の控訴人らは,本件各裁決がされた平成19年1
2月27日当時,同目録の「所有権東京都八王子市」欄記載の土地(本
件土地4ないし本件土地6のうちのいずれか)について,同目録の「持分」
欄記載の共有持分権を有していたこと(ただし,控訴人P8は本件土地4
を単独で所有していた。)は,前記第2の4(原判決「事実及び理由」中
の第2の3(7)ア(ア))で認定(前記改訂部分を含む。)のとおりである。
同目録記載の控訴人P9及び控訴人P10は,いずれも,本件土地5及び
本件土地6の双方に共有持分権を有していたから,本件取得裁決3及び本
件取得裁決4の各取消しを求める訴えの原告適格を有する。次いで,控訴
人P8は,本件土地4を所有し,本件土地6について共有持分権を有して
いたから,本件取得裁決2及び本件取得裁決4の各取消しを求める訴えの
原告適格を有する。上記3名を除く同目録記載の控訴人らは,同目録「所
有権東京都八王子市」欄記載のとおり本件土地5もしくは本件土地6の
どちらかについて共有持分権を有していたから,本件土地5について共有
持分権を有していた控訴人らは本件取得裁決3の,本件土地6について共
有持分権を有していた控訴人らは本件取得裁決4の各取消しを求める訴え
の原告適格を有する。」
ウ同頁7行目及び16行目の「本件裁決1のうちそれらの権利取得裁決」
を,いずれも「本件取得裁決1」と改める。
エ同頁14行目「本件土地1ないし本件土地3」を,「本件土地1もしく
は本件土地3」と改める。
オ同頁20行目末尾に,行を改めて,以下のとおり加える。
「a上記各控訴人らは,本件土地6の上に所在する立て看板に共有持分
権を有すると主張して,これを前提にして,収用される土地上の物件
に権利を有する以上,本件取得裁決4の取消しを求める原告適格があ
ると主張している。」
カ同頁21行目「a」を「b」と,同141頁9行目「b」を「c」とそ
れぞれ改める。
キ同140頁22行目「別紙第3事件原告目録3記載の各原告」から24
行目「と記載された各原告が×番の土地」までを,「上記各控訴人らが本
件土地6」と改める。
ク同141頁1行目「別紙第3事件」から4行目「については,」までを,
「本件土地6について共有持分権を有しない各控訴人ら(裁決控訴人目録
1の「所有権東京都八王子市」欄に「α1××番2」という記載しかな
い者)については,」と改める。
(2)控訴人らの当審における主張に対する判断
控訴人らの主張は,明渡裁決について原告適格を認めなかった原判決を批
判するものであるが,原審での主張の繰り返しであり,独自の見解に基づく
ものであって,採用することはできない。
2事業認定の違法性の承継について
第7(第1事件及び第2事件についての判断)で述べたとおり,本件事業認
定に違法があるとは認められないから,本件では,控訴人らの主張する事業認
定の違法性の承継の有無を判断する必要はない。
3本件各裁決の手続の違法性について
(1)以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」中の第5の3に記載するとおり(原判決142頁18行目から145
頁23行目まで)であるから,これを引用する。
ア原判決143頁8行目「第3の13」を,「前記第6(原判決「事実及
び理由」中の第3の13)」と改める。
イ同頁9行目「これのみをもって,」を,「両名に上記のような土地収用
や都市計画に関する職務上の経験があったからといって,」と改める。
ウ同144頁8行目から9行目にかけて,同145頁10行目から11行
目にかけて及び同頁15行目の「第3の14(2)」を,いずれも「前記第6
(原判決「事実及び理由」中の第3の14(2))」と改める。
(2)控訴人らの当審における主張に対する判断
ア控訴人らは,東京都収用委員会の会長及び会長代理であったP35及び
P36について,いずれも責任者としての立場で道路建設事業を推進して
きた者であったから,そのような経歴に照らして「公共の福祉に関し公正
な判断をすることができる者」に該当せず,本件の東京都収用委員会の手
続には,土地収用法52条3項違反があったと主張する。
しかし,P35及びP36が,控訴人らが主張するような立場を経験し
たことがあるとしても,それだけでは,土地収用法52条3項にいう「公
共の福祉に関し公正な判断をすることができる者」に該当しないとするこ
とはできないし,仮に,収用委員会の委員構成に瑕疵があったとしても,
それだけで直ちに,収用裁決が取り消されるべきものとなるわけではない
から,控訴人らの主張はいずれにしろ失当である。
イ控訴人らは,本件各裁決に係る審理における東京都収用委員会の期日指
定や審理指揮に手続的違法があったと主張するが,原審での主張の繰り返
しであり,これらの主張は,既に原判決が説示するとおり理由がない。
4本件各裁決の内容の違法性(対象土地の特定)について
(1)以下のとおり改め,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決「事実及び
理由」中の第5の4に記載するとおり(原判決145頁25行目から149
頁13行目まで)であるから,これを引用する。
ア原判決146頁6行目から7行目にかけての「法令の規定は見当たら
ず,」を「法令上の根拠は見当たらないから,可能な範囲で,資料を収集
し,審理を遂げたにもかかわらず,地番等によって土地を特定することが
できなかったような例外的な場合には,」と改める。
イ原判決146頁10行目,18行目,23行目,同148頁4行目,2
3行目及び24行目から25行目にかけての「第3の14(4)」を,いずれ
も「前記第6(原判決「事実及び理由」中の第3の14(4))」と改める。
ウ同147頁12行目「解決するためであるとは解されない。また,」か
ら14行目「法令の定めはない。そして」までを,「解決することを目的
としたものでないことは明らかである。このことは,収用の対象となる土
地について権利取得裁決及び明渡裁決までにその境界を確定すべき旨を求
める法令の定めがないことからも裏付けられているといえる。その上,」
と改める。
エ同18行目から19行目にかけての「法律判断を行うべきである一方
で,」から22行目「解される。」までを,「法律判断を行うべきである
ものの,それは土地の収用とこれに対する損失補償を可能とする程度で足
りるものと解するべきであり,必ずしも対象となる土地の境界が確定され
ている必要はないものというべきである。」と改める。
オ同149頁6行目「本件裁決6」を,「本件裁決4」と改める。
(2)当審における控訴人らの主張に対する判断
ア控訴人らは,権利取得裁決における土地の特定は,必ず所在,地番,地
目,地積などで明示されなければならないと主張するが,収用委員会にお
ける審理の結果,所在,地番等による特定ができなかった場合には,現地
測量図面によって特定することも許されるものと解するべきである。
イ控訴人らは,本件裁決3について,本件土地5の土地全体の範囲が特定
しない以上,その一部も特定しないはずであると主張するが,一筆の土地
の全体の範囲が不明であっても,収用対象部分が図面で特定され,この部
分が上記一筆の土地に含まれることが認定できれば,土地の特定としては
十分である。
ウ控訴人らは,本件裁決4について十分な審理をすることなく不明裁決と
したことが違法であると主張するが,本件裁決4に違法がないことは,原
判決が説示するとおりである。
5本件各裁決の内容の違法性(立木の取得価格)について
以下のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」中の第5の5に記載す
るとおり(原判決149頁15行目から150頁13行目まで)であるから,
これを引用する。
原判決150頁7行目「第3の14(4)に記載したとおり,」を,「前記第6
(原判決「事実及び理由」中の第3の14(4))で認定したところによれば,」
と改める。
第9結論
1以上によれば,本件についての結論は以下のとおりとなる。
2第1事件及び第2事件について
(1)第1控訴人ら,第2控訴人ら及び第3控訴人の請求は,いずれも理由がな
いから棄却すべきである。
(2)第4控訴人ら及び第5控訴人らの訴えは,いずれも不適法であるから却下
すべきである。
3第3事件について
(1)裁決控訴人目録1記載の控訴人ら(本件起業地に所有権を有する者ら)の
請求について
ア本件裁決2について
裁決控訴人目録1記載の控訴人P8の本件取得裁決2の取消請求は,理
由がないから棄却すべきであり,本件明渡裁決2の取消請求に係る訴えは,
不適法であるから却下すべきである。
イ本件裁決3について
裁決控訴人目録1記載の控訴人らのうち同目録の「所有権東京都八王
子市」欄に「α1××番2」と記載されている控訴人らの本件取得裁決3
の各取消請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであり,上記控訴人
らの本件明渡裁決3の各取消請求に係る訴えは,いずれも不適法であるか
ら却下すべきである。
ウ本件裁決4について
裁決控訴人目録1記載の控訴人らのうち同目録の「所有権東京都八王
子市」欄に「α68×番」と記載されている控訴人らの本件取得裁決4の
各取消請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであり,上記控訴人ら
の本件明渡裁決4の各取消請求に係る訴えは,いずれも不適法であるから
却下すべきである。
(2)裁決控訴人目録2記載の控訴人ら(本件起業地に賃借権を有する者ら)に
ついて(本件裁決1について)
裁決控訴人目録2記載の控訴人らの本件取得裁決1の各取消請求は,いず
れも理由がないから棄却すべきであり,本件明渡裁決1の各取消請求に係る
訴えは,いずれも不適法であるから却下すべきである。
(3)裁決控訴人目録3記載の控訴人ら(本件起業地内の立木に所有権を有する
と主張する者ら)らについて
ア本件裁決1について
控訴人P15及び控訴人P16ら6名の本件取得裁決1の各取消請求
は,理由がないから棄却すべきであり,本件明渡裁決1の各取消請求に係
る訴えは,不適法であるから却下すべきである。
イ本件裁決4について
裁決控訴人目録3記載の控訴人ら(ただし,控訴人P16ら6名を除く。)
のうち本件土地6の共有持分権を有しない者ら(裁決控訴人目録1の「所
有権東京都八王子市」欄に「α1××番2」と記載されている控訴人ら
と一致する。)の本件取得裁決4及び本件明渡裁決4の各取消請求に係る
訴えは,いずれも不適法であるから却下すべきである。
なお,裁決控訴人目録3記載の控訴人ら(ただし,控訴人P16ら6名
を除く。)のうち本件土地6の共有持分権を有する者ら(裁決控訴人目録
1の「所有権東京都八王子市」欄に「α68×番」と記載されている控
訴人らと一致する。)の本件裁決4の各取消請求については,上記(1)ウで
述べたとおりである(上記控訴人らは,本件裁決4の取消請求の訴えの利
益を基礎付けるものとして,本件土地6に共有持分権を有することのほか
に同土地上に立看板を共有していることを主張するものと解される。)。
ウ本件裁決5の取消請求について
裁決控訴人目録3記載の各控訴人ら(ただし,控訴人P16ら6名を除
く。)の本件取得裁決5及び本件明渡裁決5の各取消請求に係る訴えは,
いずれも不適法であるから却下すべきである。
4以上の次第で,上記と結論を同じくする原判決は相当であり,第1控訴人ら,
第2控訴人ら,第3控訴人,第4控訴人ら及び第5控訴人らの第1,第2事件
についての控訴及び第3事件控訴人らの第3事件についての控訴は,いずれも
理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官芝田俊文
裁判官大久保正道
裁判官浅見宣義

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