弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 弁護人堤牧太の控訴趣意は末尾添附の書面記載のとおりである。
 控訴趣意の第一点(存在しない訴訟費用の負担を命じた違法)について。
 所論は原判決が負担さすべき訴訟費用が存在しないのに被告人に之が負担を命じ
たことを非難するものであるか、訴訟費用に関する裁判は附随的裁判たる性質を有
するものであるから、訴訟費用負担についての不服申立は本案の裁判に対する上訴
が理由のないときは不適法として排斥すべきことは刑事訴訟法第百八十五条の趣旨
に照して明かである。そして本件において本案の裁判に対する控訴の理由のないこ
とは後に説明するとおりであるから、論旨は結局採用することができない。
 控訴趣意の第二点(事実の誤認)について
 <要旨の1>土地家屋(特に店舗向きの家屋)の賃貸借に際し、地代家賃の外に賃
借人から賃貸人に対し支払われる金銭を慣行上広く権利金と呼んでいる
が、法令上之に関する何等の規定もないので各場合における当事者の意思を解釈し
てその性質及効力を決定する外はないことになる。ところで一概に権利金と云つて
もこの中には「ノレン代」の性質を有するものと、「賃借権設定の対価」と云わる
る範疇に属するものとがあるのであつて、前者は賃借家屋が店舗向きとして有する
特殊の場所的利益や永年老舗として世間に著名で信用があつたというような営業上
の要素に対する対価として支払われ又は之等無形の経済的価値の他に既設の店舗の
飾窓、陳列棚その他有形的な造作等を加へて一体とし、それに対する対価として支
払われるものもあるから、賃貸家屋の使用収益に対する対価そのものではなく、他
の有形無形の営業上の価値に対する対価として支払われるものである。従つて、か
ような性質を有する権利金は地代家賃統制令の目的に照らし、同令による統制外に
おかれているもの<要旨の2>と解するのが相当である。之に反し後者即ち「賃借権
設定の対価」に属する権利金と呼ばれるものの中にも二種のものがある
のであつて、その一は権利金を支払へば其後賃借人は賃貸人の承諾を得ずして賃借
権を第三者に売渡すことができるという趣旨のものと、他は単に目的物の賃借を欲
するためにのみ支払わるる趣旨のものであるが、何れにせよ、前者は譲渡性のある
賃借権を取得するために支払われるものであつて、賃迭権取得の対価、結局は賃借
権の対価というのと同意義であるから、賃料と同じ性質を有するもの従つてそれは
賃料の一部ということができるし、後者は賃貸目的物の需給関係に基く賃料のプレ
ミアムに外ならないのであるから、それが賃料の性質を有するものであることは多
言を要しないであろう。そしてその権利金として授受された金銭は賃貸借終了の際
賃借人に返還されない趣旨の場合は勿論、返還される趣旨の場合であつても賃貸人
は賃貸借の継続する間は無利子で権利金を利用しうるのであつて、この経済上の利
益即ち節約しうる金利が賃料に附加せられて実質上の賃料を構成するのである。果
してさうだとすればかような性質を持つ権利金が地代家賃統制令の目的からその取
締の対策とされることは当然と云わなければならぬ。同令第十一条昭和二三年政令
第三<要旨の3>二〇号第十二条の二の存する所以もここにある。尤も弁護人指摘の
如く賃借人の交迭に当つて旧賃借人に権利金の返還を約定してある場合
には敷金に類似するのであるが、敷金は家賃其他賃貸借関係に基く賃借人の債務の
担保を目的として授受されるものであつて、その金額も家賃月額の二、三ケ月分を
通常とするところ本件において被告人と各賃借人との間に授受された金員は家賃其
の他の賃借人の債務担保の目的で授受されたものでなく且つその金額も家賃月額の
十倍以上であることは記録上昭かであるから、敷金ではなく賃借権設定の対価たる
権利金であると認定するのが相当である。そこで記録を検討して見ると、成る程弁
護人挙示の証拠書類によれば原判示A外八名が被告人から本件家屋を賃借するに当
り家賃の外に各自一万五千円乃至二万円を被告人に支払つたのは造作並に店舗用設
備の対価としてであつたかのように見えるが、被告人の原審公判廷における供述、
証人Bに対する裁判官に対する裁判官の尋問調書、司法警察員作成のC、D、E、
Aの各供述調書によれば、本件各賃貸家屋は族館跡の一家屋を買取つて改築したも
ので中央に通路を設け、その両側を十数軒の店舗に仕切り一連のマーケツトを形成
させるために区切られた個々の店舗を魚屋、雑貨屋、野菜屋等諸種の営業者に賃貸
したものであるが、それは既存の一家屋の内部を荒壁で十数軒の店舗向きに仕切つ
たという程度のもので、疊、建具、電燈、水道、戸締設備は皆無であつたので、原
判示A外八名は入居後各自夫々新規開業のために一万数千円乃至三万円の費用を投
じて右諸設備を施したものであることが認められるので、同人等と被告人との間に
家賃の外に授受せられた一万五千円乃至三万円は営業権譲渡の対価でないことは勿
論所論のような賃借人の営業上の利便のために特に施した造作並に店舗施設譲渡の
対価であるとは到底首肯し難い。又弁護人の選示するFの司法警察員に対する供
述、同人提出の始末書、原審証人G、同Hの裁判官に対する右供述に徴すれば、元
旅館跡の古家屋を買受けて本件マーケツト式店舗に改修するに付予想以上の工事費
を要し銀行よりの借入も不能であつたため之を賃借入居を希望する人々から右計画
遂行上の協力金として原判示の如く各個に一万五千円乃至三万円を家賃の外に出金
せしめることになつた経緯は首肯できるが原判決挙示の証拠によれば、その出金せ
しめるに至つた動機、その名義の如何を問わず、被告人は特別縁故者の一、二名を
除き、賃借希望者に対し各個に家賃の外に家賃月額十倍以上の多額の金銭の交付方
を要求しその要求に応ずる者との間に本件家屋の賃貸借を締結したものであること
を看取できるから、家賃以外の右一時金の交付は賃借権設定の対価であつて、それ
が仮令貸借人の退去の際返還さるる趣旨のものであつても無利子で之を利用しうる
経済上の利益が本来の家賃に附加せられて実質上の家賃を構成するものであること
は前に説明した通りであるから、地代家賃統制令の取締の対象外にあるものとは云
えない。以上の次第であるから原判決には所論の如き事実の誤認はない。しかし乍
ら被告人の本件権利金受領の所為を問擬するには行為時法によるべきものであるか
ら、昭和二十一年勅令第四四三号地代家賃統制令第十一条において準用する同令第
六条第一項の規定違反として同令第十八条第一項第二号を以て処断すべきであるの
に原判決が被告人の本件所為を問擬するに本件犯行後昭和二十三年政令第三二〇号
によつて新設せられ同年十月十九日から施行せられた同令第十二条の二の規定違反
として同令第十八条第一項第三号を以て処断したことは法令の適用を誤つたものと
云わなければならないが、右政令第三二〇号による改正の前後により罰則規定たる
右第十八条第一項の何れの号を適用するも刑に変更はないのだから、右法令適用の
誤は判決に影響を及ぼさないこと明かである。従つて原判決は結局正当であつて論
旨は理由がない。
 控訴趣意の第三点(量刑の不当について。)
 記録全般を検討し所論指摘の如き事情の外主観的客観的一切の情状を彼此考量す
るときは、原判決の刑の量定は必ずしも不当であるとは云えないから論旨は理由が
ない。
 その他に原判決を破棄すべき事由もないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り主
文のように判決する。
 (裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄)

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