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平成21年9月1日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10405号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年7月7日
判決
原告セイコーエプソン株式会社
同訴訟代理人弁護士生田哲郎
森本晋
佐野辰巳
同弁理士松本雅利
被告特許庁長官
同指定代理人佐藤宙子
長島和子
山本章裕
安達輝幸
主文
1特許庁が不服2006−6287号事件について平
成20年9月16日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶
査定不服審判の請求について,特許庁が,補正後の請求項1を下記2(2)とする本
件補正を却下し,発明の要旨を下記2(1)の補正前の請求項1のとおりと認定した
上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨
は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求め
る事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)出願手続(甲6)及び拒絶査定
発明の名称:「インクカートリッジおよびインクカートリッジホルダ」
出願日:平成15年3月20日
出願番号:特願2003−77815号
優先権主張日:平成14年3月20日(日本)
優先権主張番号:特願2002−79760号
手続補正日:平成18年2月10日(甲8)
拒絶査定日:平成18年3月2日(甲10)
(2)審判手続及び本件審決
審判請求日:平成18年4月5日
手続補正日:平成18年4月25日(甲11。以下,同日付けの手続補正書によ
る補正を「本件補正」という。)
審決日:平成20年9月16日
本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成20年9月30日
2本件補正前後の特許請求の範囲の記載
本件補正は,平成18年2月10日付け手続補正書による補正後の特許請求の範
囲の請求項1ないし9を請求項1ないし8に補正するものであるが,本件補正前後
の請求項1の記載は,それぞれ以下のとおりである。なお,文中の「/」は原文の
改行部分を示す。
(1)本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである。以下,同記載の発明を
「本願発明」という。
記憶装置にインクを供給するインクカートリッジであって,/前記インクを収容
し,第1の壁と該第1の壁と交差する前壁を有するインクカートリッジ本体と,/
前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ,記憶素子と電気的
に接続した少なくとも一つの接続電極を含む接続電極部と,/前記前壁に設けられ
たインク供給部と,/前記前壁上の前記接続電極部近傍に配置され,前記インクカ
ートリッジを前記記憶装置の位置決め部材に沿って案内する位置決め部を備え,/
該位置決め部は,前記接続電極部と略平行な方向で且つ前記接続電極部と対向する
ように前記記憶装置の位置決め部材を案内可能に形成されており,/前記第1の壁
に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の
幅内にあることを特徴とするインクカートリッジ。
(2)本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである(下線部分が補正箇所で
ある。)。以下,同記載の発明を「本件補正発明」という。
記録装置にインクを供給するインクカートリッジであって,/前記インクを収容
し,第1の壁と該第1の壁と交差する略長方形の前壁を有するインクカートリッジ
本体と,/前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ,記憶素
子と電気的に接続した少なくとも一つの接続電極を含む接続電極部と,/前記前壁
に設けられたインク供給部と,/前記前壁上の前記接続電極部近傍に配置され,前
記インクカートリッジを前記記録装置の位置決め部材に沿って案内する位置決め部
を備え,/該位置決め部は,前記接続電極部と略平行な方向で且つ前記接続電極部
と対向するように前記記録装置の位置決め部材を案内可能に形成されており,/前
記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接
続電極部の幅内にあり,且つ,/前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前
壁の短辺と平行な方向に配列されている/ことを特徴とするインクカートリッジ。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件補正は,特許請求の範囲を減縮するも
のであるが,本件補正発明は,特開2002−19135号公報(甲1。以下「引
用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,平成18年法律第55号によ
る改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定する
独立特許要件を欠くとして,これを却下し,その結果,発明の要旨を本願発明のと
おりと認定した上,本願発明も,本件補正発明と同様の理由により,当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受ける
ことができない,としたものである。
(2)なお,本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との相違点(以下「本
件相違点」という。)は以下のとおりである。
「位置決め部」と「接続電極部」の位置関係に関し,本件補正発明は,位置決め
部は,「前記接続電極部と対向するように」前記記録装置の位置決め部材を案内可
能に形成されており,「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置
決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前
記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」のに対し,引用
発明は,本件補正発明のような特定がない点
4取消事由
本件相違点についての判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
本件審決は,本件相違点についての判断において,①位置ずれを少なくするため
に位置決め部材と被位置決め部材を可能な限り近傍になるようにすることは当業者
にとって自明であるとした上,②引用発明において位置ずれを無くす必要があるの
は回路基板(接続電極部)の部分であるため,回路基板(接続電極部)の近傍に位
置決め開口穴(位置決め部)が設けられていると認定し,③両者の位置関係は当業
者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないから,相違点に係る本件補正発明
の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たことであり,本件補正は独
立特許要件を欠くと判断したが,以下のとおり,上記のうち②及び③の点は誤りで
ある。
1②の点について
引用発明において,位置ずれを無くす必要があるのは,「回路基板53と端子機
構59の係合部分」だけでなく,「インク導出口50とインク導出管57との係合
部分」及び「加圧空気の導入口52と加圧空気送出口58の係合部分」の3箇所で
ある。
すなわち,引用発明には,加圧空気導入口52,インク導出口50及び回路基板
53の3つの要素を,カートリッジケースの一面(前面)に集中配置するとともに,
位置決め部たる一対の開口穴51をケース前面における長手方向に沿った2箇所に
配置して,上記3つの要素についての位置決めを実現しているのである。
したがって,引用発明における位置決めを要する部分のうち,回路基板にのみ着
目して本件相違点について判断した本件審決は,前提を誤ったものである。
2③の点について
部材同士の位置決めにおいては,両者の位置関係を特定することが基本であり,
その周囲を含む構造の全体が関わる可能性が全くないとはいえないが,非常に少な
いのであり,位置決めの際に周囲を含む構造の全体を考慮することが設計の基本で
あるということはできない。
また,位置決めの際に,カートリッジの全体的な機械的構造を勘案するとしても,
具体的な構造を参酌しての検討が行われる必要があり,単に,抽象的に設計事項で
あるとされる場合は,カートリッジの位置決めに関する事項のすべてが設計事項で
あるとされ,この種発明について特許が許される余地はなくなってしまう。
さらに,引用発明に開示されるカートリッジの全体的な機械的構造を勘案すると,
引用発明の位置決め手段である開口穴51を回路基板53の近傍に配置しようとす
る場合,開口穴51の形状変更や,開口穴51の移動に伴い他の部材の設計変更へ
と波及しないかどうかについても考慮しなければならないところ,そもそも引用発
明のカートリッジの前面における各構成部材の配置は,自由度の大きい長方形の長
手方向の配列が基本であって,自由度の小さい短手方向に2部材を配置することは
考えにくい上,引用発明の開口穴51は単に穴を穿設するだけでなく,その周囲に
肉厚部を必要とするものであるほか,回路基板53の下方部分は上ケース41の折
り曲げ部によって覆われているので,回路基板53の下方部分に開口穴51を設け
ようとすれば,回路基板53の移動や上ケース41の形状変更などが必要となり,
位置決めピン56と端子機構59との干渉についても考慮する必要があることから,
開口穴51はスペースに余裕のある回路基板53の左側に設けるように設計するの
が普通であり,回路基板53の下方で,かつ,中心孔を回路基板53の幅内に設定
するように配置することは考えにくい。
3まとめ
以上のとおり,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とすること
は困難であるというべきであるから,本件審決の本件相違点についての前記判断は
誤りであって,その誤った判断を前提にした本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
原告は,本件審決の本件相違点についての判断の誤りを主張するが,いずれも失
当である。
1②の点について
原告は,本件審決が,引用発明において位置決めを要する部分のうち,回路基板
にのみ着目して相違点について判断したと主張するが,本件審決が「引用発明にお
いて,特に位置ずれを無くす必要があるのは,回路基板の部分であって,回路基板
の近傍に位置決め開口穴が設けられている」としたのは,引用発明において当業者
が決めるであろう位置決め部の場所の一つを例示したに過ぎず,引用発明として位
置決めすべき部分や,設けるべき位置決め部の個数を具体的に示す意図からではな
いし,本件審決は上記位置ずれを無くす必要がある部分は「回路基板53の部分だ
け」であるとしているわけでもない。
したがって,原告の主張は本件審決を正解しないものであり,失当である。
2③の点について
そもそも位置決めを目的とするにつき対処すべきは不安定性であって,不安定性
には,対象となる部材の形状のみならず,その周囲を含む構造の全体が関わるもの
であるから,位置決めの際にそれらを考慮することは設計の基本であり,被位置決
め部と位置決め部とを近傍に設けることは自明の前提である。
そして,構造全体の各種条件に応じて,ある好適な被位置決め部と位置決め部と
の位置関係が定まり,この位置関係自体は,位置決めを目的とした設計変更の単な
る結果としてある。
そうすると,本件補正発明において,被位置決め部である接続電極部と位置決め
部である開口穴との位置関係に関し,「位置決め部の中心軸は,接続電極部の幅内
にあり」とすることも,位置決め部の中心を,有限の幅を有する接続電極部に存在
する位置決めすべき点に可能な限り近接させるために適宜なされた設計変更の結果
であるにすぎないというべきである。
3まとめ
以上によると,原告の主張はいずれも失当であり,本件相違点についての本件審
決の判断に誤りはなく,取消事由は理由がない。
第4当裁判所の判断
本件審決は,本件相違点について,要するに,回路基板と位置決め開口穴との位
置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎず,本件補
正発明の相違点に係る構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであると判断しているのに対し,原告は,本件審決のこの判断の誤り
を主張しているので,以下,本件出願に係る明細書(本件補正に係る手続補正書に
よる補正後のもの。以下「本願明細書」という。)の記載からみた本件補正発明に
おける位置決め機構と,引用例の記載からみた引用発明における位置決め機構とを
比較・対照した上,本件相違点についての本件審決の判断の当否について検討する
こととする。
1本願明細書の記載について
本願明細書には,以下の記載がある。
(1)発明が解決しようとする課題についての記載
【0004】【発明が解決しようとする課題】…インクカートリッジホルダ,イン
クカートリッジ,これらの構成要素およびその組み付けには,製品ごとのばらつき
がある。この製品ごとのばらつきにより,インクカートリッジのICチップとイン
クカートリッジホルダの読取部との相対位置がずれると,これらの電気的な結合が
離れ,情報を読み書きできなくなる。特に,大型のインクカートリッジを用いる場
合にあっては,この製品ばらつきによるICチップと読取部との相対位置のずれの
絶対値が大きくなりやすい。よって,情報の読み書きができなくなるおそれが大き
い。
【0005】また,インクカートリッジをインクカートリッジホルダに装着するの
を容易にするために,インクカートリッジホルダにクリアランス,すなわちいわゆ
る“遊び”を設ける場合がある。特に,大型のインクカートリッジの場合にあって
は,インクカートリッジホルダのクリアランスを大きく設けた方が良い。しかし,
この場合には上述のように,クリアランスによるガタが生じ,ICチップと読取部
との相対位置がずれやすい。よって,情報の読み書きができなくなるおそれが大き
い。
(2)位置決め機構に関する記載
ア【0039】図4は,第1実施形態のインクカートリッジの正面及び第1の
側面側から見たカートリッジの一部を示す図である。インクカートリッジ300の
位置決め部326は,第1側面310に形成された凹部312内に形成された情報
記憶部314の接続電極部316の近傍で,前面から見たときのカートリッジの厚
さ方向(矢印B方向)で接続電極部316と重なり合うように形成されている。よ
り詳細には,位置決め部326の孔部328の矢印A方向の幅W2の中心線C2が,
接続電極部316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。図中矢印A
は,「第1の側面及びカートリッジ挿入方向に垂直な面に平行な方向」を示してい
る。また,位置決め部326の孔部328はインクカートリッジ挿入方向に延びて
おり,その中心軸は第1側面310に対して垂直方向から見たときに,接続電極部
316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。
【0040】また,位置決め部326の形状としては,後述する位置決め部材22
0が挿入可能な凹部または筒状部にすることもできるが,矢印A方向及び/または
図面上で矢印A方向に垂直な矢印B方向の規制を行うことが可能な形状であること
が好ましい。
【0041】位置決め部326の孔部328の位置は,より好ましくは,位置決め
部326の孔部328の矢印A方向における幅W2の中心線C2が接続電極部の幅
W1の中心線C1と略一致する様に形成されているとよい。
【0042】より詳細には,図4において,位置決め部326における孔部328
の幅W2の中心を通る第1側面の方向へ引いた中心線C2と,情報記憶部314に
おける接続電極部316の幅方向の中心線C1とが,図面上第1側面310および
前面320に平行な方向Aについて略一致するとさらによい。なお,図4において
はわずかながらずれているが,この程度のずれであれば許容し得る。これにより,
後述するインクカートリッジホルダへの挿入において,より正確に接続電極部を記
録装置側の接続電極と位置決め当接させることができる。
イ【0049】図7は,第1実施形態のインクカートリッジホルダ201を開
口面の方向から見た部分正面図である。
【0050】インクカートリッジホルダ201の位置決め部材220は,情報読取
部214の接続電極216近傍にあり,矢印D方向(挿入されたカートリッジの厚
み方向)で対向するように形成されている。また図中矢印C方向は,挿入されるイ
ンクカートリッジ300の第1側面310及びカートリッジの挿入方向に垂直な面
に平行な方向を示している。
【0051】位置決め部材220は,位置決め部材の中心線C4が,矢印C方向に
おける情報読取部214の接続電極216の幅W5の範囲内に位置するように構成
されている。更に,位置決め部材本体222の中心線C4と情報読取部214の接
続電極216の幅W5の中心線C3とが矢印A方向において重なり合うように位置
するとより好ましい。図では若干ずれてはいるが,この程度のずれであれば許容さ
れ得る。また,位置決め部材220の本体222はインクカートリッジ挿入方向に
延びており,その中心軸は第1側面310に対して垂直方向から見たときに,情報
読取部214の幅W5の範囲内に位置するように形成されている。
ウ【0058】インクカートリッジホルダ201,インクカートリッジ300,
これらの構成要素およびその組み付けには,製品ごとのばらつきがある。これらの
ばらつきにより,インクカートリッジ300がインクカートリッジホルダ201に
対して,図10における矢印Bの方向に不安定性を有する場合がある。その場合で
あっても,インクカートリッジホルダ201の位置決め部材220とインクカート
リッジ300の位置決め部326とが位置決めされているので,インクカートリッ
ジ300はインクカートリッジホルダ201に対して点O1を略中心として矢印D
1の方向に回動する。よってこの不安定性があっても,正確な位置決めが要求され
るインクカートリッジホルダ201の情報読取部214における接続電極216と
インクカートリッジ300の情報記憶部314における接続電極部316の相対的
な位置関係のずれは小さい。
【0059】以上,第1実施形態によれば,製品ごとのばらつき等により,インク
カートリッジホルダに対してインクカートリッジが不安定性を有する場合であって
も,正確な位置決めが要求されるインクカートリッジホルダの情報読取部における
接続電極とインクカートリッジの情報記憶部における接続端子の相対的な位置を保
持することができる。
2本件補正発明における位置決め機構の意義について
本願明細書の上記記載によると,本件補正発明は,製品ごとのばらつきやインク
カートリッジホルダに設けられているクリアランスにより,インクカートリッジの
ICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置がずれるという課題を解
決するための発明であると認められる。
そして,上記製品ごとのばらつきは,その寸法が大きいほど絶対値が大きくなる
ものであるから,インクカートリッジについていえば,当然ながら,短辺方向より
も長辺方向のばらつきの絶対値が大きくなるところ,ばらつきの絶対値が大きいほ
ど,ICチップと読み取り部の電気的結合に問題が生じ易くなる。
しかるところ,本件補正発明における位置決め機構は,インクカートリッジ本体
が第1の壁と該第1の壁と交差する略長方形の前壁を有していることを前提として,
第1の壁に対して垂直方向から見たときの位置決め部の中心軸が接続電極部の幅内
にあり,かつ,位置決め部及び接続電極部が前壁の短辺と平行な方向に配列されて
いるため,上記問題の生じ易い長辺方向(本願明細書の段落【0058】における
B方向)についてのずれはほぼ無いことになり,製造のばらつきによって生じる位
置決め部を中心とする上下の回動による影響もより小さくすることができるものと
なっている。
3引用例の記載について
これに対し,引用例には,以下の記載がある。
(1)発明が解決しようとする課題についての記載
【0004】【発明が解決しようとする課題】…昨今においてはより大きな紙面に
対して印刷を行うことが可能な,キャリッジの走査距離の長い大型の記録装置が要
求されている。このような記録装置においては,…記録ヘッドにおいては益々多ノ
ズル化が図られている。さらに,…各サブタンクからそれぞれ記録ヘッドに対して
インクを安定して供給するような記録装置が求められる。
【0005】このような記録装置においては,…キャリッジの走査距離が大きいた
めに必然的にチューブの引き回し距離が増大する。しかも…サブタンクに対するイ
ンクの補給量が不足するという技術的課題を抱えている。
【0006】このような課題を解決するための一つの手段として,例えばインクカ
ートリッジ側に空気圧を印加し,インクカートリッジからサブタンクに対して空気
圧によって強制的なインク流を発生させて,サブタンクに対して必要十分なインク
を補給する構成が採用し得る。
【0007】前記したような構成の記録装置に用いられるインクカートリッジ…に
おけるインクパックは,ケース内に印加される加圧空気によってインクが押し出さ
れ,キャリッジに搭載された記録ヘッド側に送り出されるように作用する。
【0008】一方,近年においては,この種の記録装置の適用範囲が拡大され,よ
り高精細な印刷画質が求められるなどの多様化が進んでいる。これに伴って,記録
装置に用いられるインクの種類も多様化され,印刷内容に応じてカートリッジを交
換して印刷を実行するなどの運用が成されるに至っている。したがって,各インク
カートリッジのインクの種類や残量などを管理するために,データの読み出し書き
込みが可能な半導体記憶手段を搭載したインクカートリッジの提案も成されている。
【0009】したがって,前記したように加圧空気を導入してインクを送り出す機
能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行するよ
うなインクカートリッジを用いる場合,これを記録装置のカートリッジホルダに装
填した場合において,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半
導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に成される
構成が必要になる。
【0010】この場合,機構的および電気的な幾つかの接続を成させるために,カ
ートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの精度が重要な課題となる。
また,加圧空気により強制的にインクを押し出す機能を有しているために,何らか
の障害によりインク漏れ等が発生しても,前記した回路基板の接続端子部分を汚染
させるなどの問題を効果的に回避する手段を講ずる必要がある。
【0011】本発明は,このような技術的な課題に基づいてなされたものであり,
機構的および電気的な接続を確実になされる位置決め機構を提供すると共に,何ら
かの障害を受けてカートリッジからインク漏れが発生しても回路基板の接続端子部
分の汚染を効果的に回避することができるインクカートリッジおよびこれを用いる
インクジェット式記録装置を提供することを目的とするものである。
(2)位置決め機構に関する記載
【0013】…前記位置決め手段は,好ましくは記録装置に配置された位置決めピ
ンを包囲することができるように形成された開口穴により構成される。そして,好
ましい実施の形態においては,前記位置決め手段を構成する開口穴が,ケースの前
記一面における長手方向に沿った2か所に配置され,各開口穴のほぼ中間部にイン
クパックからのインク導出口が配置された構成とされる。さらに,好ましくは2か
所に配置された各開口穴の両外側に,回路基板の接続端子および加圧空気の導入口
がそれぞれ配置された構成とされる。
【0014】以上のように構成されたインクカートリッジによると,カートリッジ
ケースの一面に,記録装置へ装填する場合の位置決め手段が配置され,同じく前記
一面に,インクパックからのインク導出口,加圧空気の導入口,およびデータ記憶
手段を備えた回路基板の接続端子が集中して配置されているので,位置決め手段に
よってカートリッジケースの前記一面が位置決めされることにより,機構的および
電気的な各接続機構の位置合わせも正確になされ,位置決め精度を向上させること
ができる。
【0015】そして,カートリッジケースに施される前記位置決め手段は,記録装
置に配置された位置決めピンを包囲することができるように形成された開口穴によ
り構成され,この開口穴がケースの前記一面における長手方向に沿った2か所に配
置された構成とされるので,記録装置に配置される2本の位置決めピンとの作用に
より,カートリッジの三次元方向の位置決めを達成することができる。
4引用発明における位置決め機構の意義について
引用例の上記記載によると,引用発明は,加圧空気を導入してインクを送り出す
機能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行する
ようなインクカートリッジに関するものであり,このようなインクカートリッジを
記録装置のカートリッジホルダに装填した場合,加圧空気の導入と同時にインクの
導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板
の接続等も同時に行われる構成が必要となるところ,機構的及び電気的ないくつか
の接続を行うために,カートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの
精度が重要な課題となる。
引用発明においては,その課題を解決するために,加圧空気導入口,インク導出
口,回路基板の接続端子をカートリッジケースの一面に配置し,位置決め手段を構
成する2つの開口穴が前記一面の長手方向に配置するとともに,各開口穴のほぼ中
間部にインク導出口を,各開口穴の両外側に回路基板の接続端子と加圧空気導入口
をそれぞれ配置する構成とすることにより,機構的及び電気的な各接続機構の位置
合わせを正確に行い,位置決め精度を向上させるものである。
5本件相違点と本件審決の判断の当否
以上認定の本件補正発明における位置決め機構と,引用発明における位置決め機
構とを踏まえて,本件相違点と本件審決の判断の当否について検討する。
(1)本件補正発明及び引用発明における課題
上記2及び4によると,本件補正発明における位置決め機構の課題が,製品ごと
のばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスによるイン
クカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置ずれで
あり,引用発明における課題も,回路基板の接続のために位置決め精度の向上であ
るから,両発明の課題は,概括的にはICチップ(回路基板)とその読取部の位置
決めをする際にずれを小さくするという点において共通するものであるということ
ができる。
しかしながら,課題として解決すべき位置ずれについて,本件補正発明において
は,上記のとおり製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダのクリアランス
によるものが意識されており,本件補正発明はこのような位置ずれによる影響を最
小限に抑えようとするものであるのに対し,引用発明においては,一般的な位置決
め精度の向上という観点が記載されるのみであり,製品ごとのばらつき等による位
置ずれを解消しようとするものではないと解されることから,両者の課題認識は,
少なくともこの点において相違しているということができる。
(2)課題を解決する手段としての「近傍に配置すること」
位置決めの際に,位置決めが必要となる部材同士の組(相違点にいう「接続電極
部」)と位置決め部材の組(同「位置決め部」)を互いに近傍に配置することによ
り,位置ずれが小さくなることは当業者にとって自明の事項であると認められる。
しかしながら,本件相違点は,上記第2の3のとおりであり,引用発明に基づい
て本件補正発明の相違点に係る構成とするためには,位置決め部について,本件補
正発明における「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部
の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続
電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」との構成を採用する必
要があるから,本件審決による相違点についての判断の適否を検討するに当たって
は,「近傍に配置すること」によって,このような構成を実現することができるか
どうかについて検討しなければならない。
(3)「近傍に配置すること」と本件相違点に係る構成
引用例の記載によると,引用発明におけるインクカートリッジは,インクカート
リッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定していると認められるところ,
その長方形の内部において,インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板
及び開口穴を配置しようとする場合,これらの部材をスペースに余裕のある長手方
向に配列しようとするのが自然な発想であり,あえて短手方向に複数の部材を配置
しようとするには,何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とするという
べきである。
したがって,引用発明において,回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとした
からといって,必ずしも本件補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわ
けではない。
これに対し,本願明細書の記載によると,本件補正発明において,本件相違点に
係る構成が採用されたのは,接続電極部における位置ずれを極めて小さくし,製造
のばらつきによる位置決め部を中心とする上下の回動による影響も最小限に抑えよ
うとの動機に基づくものであると認められるところ,上記(1)のとおり,そもそも
引用発明が課題として製造のばらつきを意識したものであるとは認められないし,
引用例における位置決め機構に関する上記3の記載や他の記載において,本件相違
点に係る構成を示唆する記載が存在するとは認められない。
そうすると,引用発明に基づいて,本件補正発明との本件相違点に係る構成を採
用することは,当業者にとって単なる設計事項であるということはできないという
べきである。
(4)本件審決の判断の適否
以上によると,本件審決が,回路基板と位置決め開口穴との位置関係をどうする
かは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとした判断は誤りである
から,本件審決は,そのような本件相違点についての誤った判断を前提として,本
件補正を却下した結果,発明の要旨認定も誤って,原告の拒絶査定不服審判の請求
が成り立たないとしたものであるといわざるを得ない。
ちなみに,本件審決は,その「なお書き」(5頁1∼8行)において,「本願出
願時において,インクカートリッジを記録装置側に装着する際に,位置決め機能を
有する孔を半導体記憶手段を有する回路基板と対向するように形成し,該孔の中心
軸が,回路基板の幅内にあること」は,インクジェット記録装置の技術分野におい
ては周知慣用技術であると説示しているが,そもそも同説示は,回路基板と開口穴
との位置関係は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとして,本件
相違点についての上記判断を導いた後に付加されたにすぎないものであり,本件審
決は,上記判断のほか,引用発明に周知慣用技術を適用して本件相違点に係る構成
を導き出し得ると判断したものと理解することはできない。また,上記説示におい
ては,周知慣用技術に関して,「(必要ならば国際公開99−59823号参
照)」として刊行物が摘示されているが,同刊行物を副引用例として拒絶理由が通
知されたわけでもないから,同説示によって,本件審決が,上記刊行物を副引用例
として相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することもできない。
この点については,被告も,「本件審決は,甲1号証記載の発明(引用発明)に基
いて本願発明に係る構成とすることは容易であると判断したものであり,甲第5号
証を副引用例とした上,引用発明と組み合わせることにより容易であると判断した
ものではない。」と自認しているところである。
したがって,本件審決による本件相違点についての判断は,回路基板と位置決め
開口穴の位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎ
ないという点に尽きているというべきであるから,上記のとおり,本件審決のこの
点の判断が誤りである以上,周知慣用技術を相違点に適用することを前提として本
件審決の判断の適否を論ずる余地はないが,念のため,付言しておくこととした。
6結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由があるので,本件審決は取り
消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記

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