弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 原告らの請求
1 被告らは,連帯して,原告甲に対して,5395万7850円及びこれに対する平成10年9月22日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,原告乙に対して,101万2392円及びこれに対する平成10年9月22日から支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
3 被告らは,連帯して,原告丙に対して,8716万5091円及びこれに対する平成10年9月22日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
4 被告らは,連帯して,原告丁に対して,56万6817円及びこれに対する平成10年9月22日から支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 1 事案の骨子
本件は,平成10年9月22日に発生した新湊川の溢水(以下「本件溢水」という。)によって浸水被害を被った原告ら
が,河川改修工事を発注した被告県や,河川改修工事を施工した被告会社らに対し,河川管理上の瑕疵(国家賠償法2
条1項)や,河川改修工事施工につき過失(民法709条)があったと主張して,民法719条1項前段(共同不法行為)に基
づき,損害賠償金の支払を求めた事案である。
 2 前提事実
 次の各事実は,証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。
  (1) 新湊川流域
ア 新湊川は,六甲山系に源を発する幹川流路総延長13.1kmの2級河川であり,その下流域は,神戸市兵庫区及
び長田区を南下して大阪湾に注ぐ都市河川である(乙1・乙A1,別紙1参照)。
イ 新湊川上流域では,石井川トンネル上流で石井川と烏原川が合流し,菊水橋上流で石井川と天王谷川が合流し
ている(乙1・乙A1,別紙1-2参照)。
ウ 天王谷川の上流には,洪水調節用の治水ダムとして天王ダムが設置されており,石井川・烏原川合流点付近に
は,神戸市の管理する水道用水供給用の利水ダムとして烏原貯水池が設置されている(乙1・乙A1,別紙1-2参照)。
  (2) 原告ら
ア 原告甲は,本件溢水当時,別紙物件目録1記載の土地上に同目録2記載の建物(別紙2に赤色で着色した場
所,以下「甲ビル」という。)を所有し,地下1階及び地上1階部分を,原告乙及び原告丙に賃貸していた。
イ 原告乙は,本件溢水当時,甲ビルの1階部分を賃借し,「乙調剤薬局東山店」の名称で,調剤及び医薬品・介護
用品の販売業等を営んでいた。
ウ 原告丙は,本件溢水当時,甲ビルの地下1階部分及び地上1階部分を賃借し,「丙湊川店」の名称で,食品・衣料
品・日用雑貨等の製造・販売業等を営んでいた。
エ 原告丁は,本件溢水当時,甲ビルの隣接地(別紙2に青色で着色した場所)において,「パーキングニュー丁」の
名称で駐車場を営んでおり,原告株式会社丙との間に駐車場利用契約を締結し,同社から駐車場収入を得ていた。
  (3) 被告ら
ア 被告兵庫県(以下「被告県」という。)は,新湊川の河川改修工事の発注者であり,河川管理上の瑕疵があったた
めに他人に損害が生じたときには,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負う普通地方公共団体である。
イ 被告A,被告B,被告C及び被告D(以下,合わせて「被告会社ら」という。)は,いずれも土木・建築工事の請負等
を目的とする株式会社であり,本件溢水当時,被告県から新湊川の河川改修工事を請け負っていた。
  (4) 河川改修工事の状況
   ア 本件改修工事
  被告会社らは,本件溢水当時,新湊川の菊水橋下流から熊野橋上流にかけて,左岸側護岸を開削して河床を掘
り下げ,河積を拡大する工事を行っていた(別紙1の赤色で着色した部分。以下,実施中の工事を「本件改修工事」,本件
改修工事が実施されていた区間を「本件工事区間」という。)(乙A1,別紙2・別紙3参照)。
   イ 各担当工区
  被告会社らの各担当工区は,次のとおりである(乙A1,別紙2・別紙3参照)。
(ア) 被告Aは,菊水橋下流から洗心橋上流までの区間(別紙2の桃色で着色した部分,以下「兵庫6工区」という。)
の工事を担当していた。
(イ) 被告Bは,洗心橋地点(別紙2の黄緑色で着色した部分,以下「洗心橋工区」という。)の工事を担当していた。
(ウ) 被告株式会社Cは,洗心橋下流から氷室橋上流までの区間(別紙2の橙色で着色した部分,以下「兵庫5工
区」という。)の工事を担当していた。
(エ) 被告株式会社Dは,氷室橋下流から熊野橋上流までの区間(別紙2の黄色で着色した部分,以下「兵庫4工
区」という。)の工事を担当していた。
   ウ 仮設工作物の設置
(ア) 被告会社らは,本件溢水当時,本件改修工事を行うために,各担当工区の河道内に次の仮設工作物を設置し
ていた(乙A1)。
a 作業エリア内への河水の流入を阻止するため,止水壁(別紙3及び同3-2に黄緑色で着色した部分)及び止
水壁妻部(別紙3に赤色で着色した部分)を設置していた。
b 作業エリア内に中間杭(別紙3-2に橙色で着色した部分)としてH鋼を打設し,掘削予定部分に土留矢板(別
紙3-2に紫色で着色した部分)として鋼矢板を打設し,その上に覆工板(別紙3及び同3-2に桃色で着色した部分)を敷
いていた。
c 右岸側の護岸壁と左岸側の鋼矢板との間に,切梁(別紙3及び同3-2に黄色で着色した部分)としてH鋼を渡
していた。
d この他,作業エリア内への昇降用として作業階段を設置し,また,覆工板の端に転落防止用の手摺やその支柱
等を設置していた。
(イ) これらの仮設工作物のうち,止水壁妻部及び階段や手摺等は,撤去可能な構造とし,出水時にはこれらを撤去
して作業エリア内にも通水することが予定されていた(乙A1・17)。
   エ 水防柵の設置
また,被告会社らは,本件改修工事のために,新湊川の左岸側護岸上のコンクリート壁(以下「パラペット」という。)
を撤去したため,本件溢水当時は,各工区の作業エリアの周辺にH鋼2段積みによる高さ約1mの水防柵(別紙4の黄緑
色で着色した部分)を設置していた(乙A1・11頁)。
  (5) 本件溢水の発生
   ア 集中豪雨の発生
(ア) 平成10年9月22日(本件溢水当日)は,台風7号の通過に伴い,午前8時ころから午後4時ころにかけて,新湊
川流域に多量の降雨があった(乙A1,別紙5の「平成10年9月22日」欄に記載のとおり)。
(イ) 本件溢水当日は,午前6時30分の時点で,兵庫県南部地域について暴風・波浪警報及び大雨・雷・洪水・高
潮注意報が発令され,午前11時10分の時点では,大雨・洪水・暴風・波浪・高潮警報及び雷注意報(以下「大雨・洪水警
報」という。)が発令された(乙A1)。
   イ 本件溢水の発生
(ア) 平成10年9月22日午後2時10分過ぎころ,本件工事区間である洗心橋仮橋の上流左岸側から溢水が発生
し,同日午後2時20分過ぎころには,洗心橋仮橋の上流右岸側からも溢水し始め,最終的には,洗心橋仮橋上流から菊
水橋下流に至る新湊川両岸の約150mの区間から溢水が発生するに至った(別紙4の赤色矢印参照。乙A1・16頁,同1
8頁)。
(イ) 本件溢水当時,本来出水時に撤去される予定であった止水壁妻部及び階段・手摺等の仮設工作物は,撤去さ
れていなかった(乙A1)。
   ウ 浸水被害の発生
(ア) 本件溢水による氾濫流は,水防柵の切れ目(以下「水防柵開口部」という。)から市街地へ流出し,甲ビル付近
を含む広範囲に浸水被害をもたらした(別紙6参照)。
(イ) 本件溢水による浸水被害は,左右両岸合わせて床上浸水500戸・床下浸水602戸にも及び,甲ビルも,地下1
階の床から約2m30㎝,地上1階土間から約70㎝もの浸水被害を被った(乙A1,乙A60)。
 3 争 点
本件は,被告県が国家賠償法2条1項の責任を負うか否か,また,被告会社らが各々民法709条の不法行為責任を
負うか否かが争点であるが,具体的には,次の各点が問題となる。
  (1) 河川管理上の瑕疵及び違法性・過失の有無
   ア 被告県の河川管理上の瑕疵
 (ア) 被告県が,本件改修工事を実施したことが,河川管理上の瑕疵にあたるか
 (イ) 被告県が,被告会社らに溢水防止措置を講じさせるための指導監督を怠ったことが,河川管理上の瑕疵にあ
たるか
 (ウ) 被告県が,烏原貯水池を利用して新湊川の流出量を軽減できるよう,神戸市に対して協力を求めなかったこと
が,河川管理上の瑕疵にあたるか
   イ 被告会社らの本件改修工事の違法性・過失
  被告会社らが,本件改修工事を施工するにあたり,本件溢水時に溢水防止措置を怠ったことについて,違法性及
び過失があるか
  (2) 相当因果関係の有無
 上記被告県の河川管理上の瑕疵,及び被告会社らの本件改修工事の施工にかかる違法性・過失と,原告らが浸水
被害を被ったこととの間に,相当因果関係があるか
  (3) 原告らの損害額
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(河川管理上の瑕疵及び違法性・過失の有無)について
  (1) 原告らの主張
   ア 被告県の本件改修工事の実施と河川管理上の瑕疵
 (ア) 被告県は,河川改修工事の発注者(河川管理者)として,本件改修工事を実施するに当たり,溢水に備えて適
切な施工時期や施工方法を選択すべき義務がある。
 具体的には,被告県は,①早期に本件改修工事に着手して非出水期(11月1日から5月31日)の間に当該工事
を完了するよう努力すべきあり,出水期(6月1日から10月31日)に本件改修工事を実施することは,極力避けるべき義務
があった。また,②やむを得ず出水期にも本件改修工事を実施する場合は,出水期に入る前に,溢水に備えて仮設工作
物を河道内に設置しない施工方法に変更し,かつ十分な溢水防止措置を講じるなどして,本件改修工事の実施による流
下能力の低下を極力避けるべき義務があった。
 (イ) ところが,被告県は,出水期に入った平成10年6月以降も,漫然と本件改修工事を継続し,かつ仮設工作物を
河道内に設置する施工方法を変更することもなかった。
 また,被告県は,本件改修工事の実施に当たり,新湊川の左岸側のパラペットを取り壊した後,それに代わる溢
水防止措置を講じなかった。
 その結果,本件工事区間の新湊川の流下能力は,本件改修工事の実施以前の,本来有する流下能力よりも大
幅に低下し,河川が通常備えるべき安全性を欠く状態となった。
 (ウ) よって,被告県が,本件改修工事を実施したことは,河川管理上の瑕疵にあたる。
   イ 被告会社らの溢水防止措置の懈怠と違法性・過失
    (ア) 違法性
 a 仮設工作物を河道内に設置する施工方法によって河川改修工事を実施する場合,工事区間の流下能力が大
幅に低下するため,溢水に備えて十分な溢水防止措置を講じる義務がある。
 具体的には,①出水時には,本件工事区間の作業エリア内にも通水することが予定されていたのであるから,
被告会社らは,止水壁妻部を撤去すべき義務があった。
 また,②出水時には,上流から大量の流木やゴミ等が流下し,それが仮設工作物に引っ掛かって,さらに流下
能力を低下させることが容易に予測できるのであるから,被告会社らは,出水時には,階段・手摺・支柱等の撤去可能な仮
設工作物,及び流れてくる流木やゴミ等(以下,合わせて「流水阻害物」という。)を撤去すべき義務があった。
 さらに,③本件改修工事の実施に当たり,被告会社らは,本件工事区間の両岸にあったパラペットを取り壊し,
代わりに作業エリアの周辺に水防柵を設置していたのであるから,出水時には,当該水防柵の開口部を閉鎖すべき義務
があった。
 b しかるに,被告会社らは,短時間(10~50分程度)で容易に①止水壁妻部を撤去し,②流水阻害物を撤去し,
かつ③水防柵開口部を閉鎖することができるにもかかわらず,①止水壁妻部を撤去せず,②流水阻害物を撤去せず,か
つ③水防柵の開口部を閉鎖せず,もって,新湊川の流下能力を大幅に低下させた。
 c よって,被告会社らが,溢水防止措置を講じなかったことは,違法である。
    (イ) 過 失
 a 新湊川下流域では,平成9年に,本件工事区間よりやや下流の河川改修工事中の区間(神戸市長田区)にお
いて,多量の降雨による溢水事故が発生し,また,平成10年6月には,1時間に22~23㎜の降雨により,わずか10分間
で河川水位が1.75mも上昇したことがあった。
 被告会社らは,このような前例の存在に照らし,新湊川に多量の降雨があれば,短時間で河川水位が急上昇
し,溢水が発生する特性があることを熟知していたはずである。
 b そして,本件溢水当日は,まず午前7時の段階で,午後0時以降1時間に30㎜を超える降雨が3時間続くとの予
報が出されていたのであるから,この時点で,被告会社らは,当日の午後に河川水位が急上昇し,溢水が発生する可能性
があることを十分予測することができた。
 さらに,本件溢水当日の午前11時10分の段階で,兵庫県南部に大雨・洪水警報が発令されたのであるから,
被告会社らは,多量の降雨により河川水位が急上昇し,溢水が発生する可能性があることを十分予測することができた。
 c よって,被告会社らには,本件溢水当日の午前7時の時点で,あるいは少なくとも午前11時10分の時点で,①
止水壁妻部の撤去,②流水阻害物の撤去,及び③水防柵開口部の閉鎖を怠った過失がある。
   ウ 被告県の溢水防止措置の指導監督の懈怠と河川管理上の瑕疵
(ア) 被告県は,本件改修工事の発注者(河川管理者)として,工事請負業者に対し,適切な溢水防止措置を講ず
るよう指導監督すべき義務がある。
 具体的には,被告県は,被告会社らに対し,①出水時には撤去することを予定している止水壁妻部の構造・撤去
時期等について適切な指導を行い,かつ指導内容が遵守されたか否かを確認し,②溢水の危険が生じた場合には,止水
壁妻部の撤去,流水阻害物の撤去及び水防柵開口部の閉鎖等の溢水防止措置を講じるよう指導し,かつ指導内容が遵
守されたか否かを確認する義務があった。
 (イ) しかるに,被告県は,被告会社らに対し,①止水壁妻部の構造・撤去時期についての指導監督を怠り,②本件
溢水に際しては,止水壁妻部の撤去,流水阻害物の撤去及び水防柵開口部の閉鎖等の溢水防止措置を講じるよう指導
監督することを怠った。
 その結果,被告会社らは止水壁妻部の撤去,流水阻害物の撤去及び水防柵開口部の閉鎖等の溢水防止措置
を適切に講じることができず,それにより,本件工事区間の新湊川の流下能力は,上記溢水防止措置が適切に講じられた
場合よりも大幅に低下し,河川が通常備えるべき安全性を欠く状態となった。
 (ウ) よって,被告県が,被告会社らに対して溢水防止措置の指導監督を怠ったことは,河川管理上の瑕疵にあた
る。
   エ 被告県の洪水調節の懈怠と河川管理上の瑕疵
 (ア) 被告県は,本件改修工事の発注者(河川管理者)として,可能な限りの溢水防止措置を講ずべき義務がある。
 具体的には,被告県は,上流にある烏原貯水池を利用して新湊川の流出量を軽減するため,同貯水池を管理す
る神戸市に対して協力を求める義務があった。
 (イ) ところが,被告県は,大雨・洪水警報が発令される事態であったにもかかわらず,神戸市に対して上記協力を
求めることを怠った。
 その結果,新湊川の流出量が増加し,河川が通常備えるべき安全性を欠く状態となった。
 (ウ) よって,被告県が,神戸市に上記協力を求めず,新湊川の洪水調節を怠ったことは,河川管理上の瑕疵にあ
たる。
  (2) 被告ら及び被告補助参加人らの主張
   ア 被告県には本件改修工事の実施について河川管理上の瑕疵はない
 (ア) 新湊川は,阪神・淡路大震災により激しく損壊しており,出水期にも工事を行うことによって,できるだけ早期に
治水の安全を確保する必要があった。また,護岸の開削を伴う本件改修工事を実施するにあたり,周辺地域の地盤への
影響を避けるには仮設工作物の設置が不可欠であったが,新湊川に隣接する生活道路は,周辺地域の震災復興のため
に長期間通行止めにすることができなかったため,仮設工作物を河道内に設置する施工方法を選択せざるを得なかっ
た。
      このように,被告県には,出水期に本件改修工事を実施し,かつ仮設工作物を河道内に設置する施工方法を採
用すべき正当な理由があった。
    (イ) また,被告県は,上記(ア)の施工時期及び施工方法を採用することを前提に,出水時には天王ダムの暫定操
作を行い,かつ止水壁妻部を撤去して作業現場にも河水を流すこととして,新湊川の本来の流下能力と同程度の流下能
力を確保していた。
(ウ) そして,本件改修工事の実施にあたって撤去したパラペットは,転落防止用に設置されていたもので,堤防のよ
うな溢水防止機能を有する河川管理施設ではないから,被告県が,取り壊したパラペットに代わる設備を設置する必要は
ない。
 (エ) よって,被告県が本件改修工事を実施したことは,何ら河川管理上の瑕疵にあたらない。
   イ 被告会社らには溢水防止措置の懈怠について違法性・過失はない
    (ア) 違法性
     a 止水壁妻部の撤去義務
 (a) 被告会社らは,本件改修工事の監理者であるa技術センターとの間で,止水壁妻部の撤去時期について,
作業の危険性を考慮し,河川水位が切梁下面又は止水壁の高さに達した時点とする旨取り決めをしていた。
 そして,本件溢水当日の午前7時あるいは午前11時10分の時点では,河川水位は切梁下面又は止水壁の
高さにまで達していなかった。
 (b) ところが,その後,午後2時前ころから急に風雨が強くなり,わずか10分間で,約1mも河川水位が上昇し,切
梁下面や止水壁の高さに達した。
 そこで,被告会社らは,止水壁妻部の撤去作業に着手したが,そのわずか10分後には,さらに約1.5mも河
川水位が上昇し,一気に本件溢水が発生するに至った。
 このように,被告会社らは,わずか20分間で約2.5mという通常の予測を遙かに超える異常な水位の急上昇
のため,止水壁妻部の撤去作業を完了することができなかったのである。
 (c) 以上のとおり,被告会社らには,原告ら主張の時点における止水壁妻部の撤去義務が生じておらず,また,
かかる義務が生じた時点では,止水壁妻部の撤去は到底不可能だったのであるから,被告会社らが止水壁妻部を撤去し
なかったことに違法はない。
     b 流水阻害物の撤去義務
 (a) 原告ら主張の階段・手摺等の仮設工作物は,いずれも止水壁と止水壁妻部で仕切られた作業現場内や,切
梁下面よりも高い位置に設置されていた。
 しかるに,本件溢水当日の午前7時あるいは午前11時10分の時点では,河川水位が切梁下面や止水壁の
高さまで達しておらず,階段・手摺等の仮設工作物によって,止水壁妻部による以上に流下能力を低下させた事実はな
く,かつ大量の流木やゴミ等が仮設工作物に引っ掛かって流水を阻害した事実もない。
 (b) また,本件溢水当日は,約20分間で約2.5mという通常の予測を遙かに超えた異常な水位の急上昇のた
め,流下阻害物の撤去作業に着手するいとまもなかった。
 (c) 以上のとおり,被告会社らには,原告ら主張の時点における流水阻害物の撤去義務が生じておらず,また,
その義務が生じた時点では,流水阻害物の撤去は到底不可能だったのであるから,被告会社らが流水阻害物を撤去しな
かったことに違法はない。
     c 水防柵開口部の閉鎖義務
 (a) 本件溢水当日の午前7時あるいは午前11時10分の時点では,雨脚は強くなく,河川水位も上昇しておら
ず,溢水の危険は全くなかった。それ故,行政機関(水防本部長)による水防指令2号(準備態勢指示)や水防警報(待
機・準備・出動等)も発令されていなかった。
 (b) また,本件溢水当日は,約20分間で約2.5mという通常の予測を遙かに超えた異常な水位の急上昇のた
め,水防柵開口部の閉鎖作業に着手するいとまもなかった。
 (c) 以上のとおり,被告会社らには,原告ら主張の時点における水防柵開口部の閉鎖義務が生じておらず,ま
た,その義務が生じた時点では,閉鎖は到底不可能だったのであるから,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖しな
かったことに違法はない。
    (イ) 過 失
 a 被告会社らは,本件溢水当日,午前中から従業員を現地に派遣し,かつ行政機関と連絡を取り合いながら河川
水位等の監視活動を継続するなど,民間業者としてできる限りの水防体勢を整えていた。
 しかるところ,本件溢水直前の午後2時前ころまで,雨脚は強まらず,河川水位にもほとんど変化はなかった。ま
た,行政機関(水防本部)による水防指令2号(準備態勢指示)や水防警報(待機・準備・出動等)も発令されていなかっ
た。
 ところが,午後2時前ころから急に風雨が強くなり,約20分間で約2.5mという通常の予測を遙かに超えた異常
な水位の急上昇が生じ,その後,一気に本件溢水が発生するに至ったのである。
 b しかも,本件溢水の直前にも水防指令や水防警報の発令がなく,このような河川水位の急上昇は,行政機関す
ら予測していなかったものである。
 c よって,被告会社らには,原告ら主張の時点において,止水壁妻部の撤去,流水阻害物の撤去及び水防柵開
口部の閉鎖を怠った過失はない。
   ウ 被告県には溢水防止措置の懈怠について河川管理上の瑕疵はない
    (ア) 止水壁妻部の構造・撤去時期等の指導監督
 被告県は,被告会社らに対し,工事請負契約を通じて,止水壁妻部を撤去可能な構造にするよう指導し,また,a
技術センターを通じて,止水壁妻部の撤去時期等の出水時に講じるべき防災措置についても必要な指導監督を尽くして
いた。
    (イ) 溢水防止措置に係る指導監督
 a 被告県と被告会社らとの間には,工事請負契約書及び設計図書に定めのない事項については,請負人の責任
で施工すべき旨の工事請負契約が締結されている(自主施工の原則)。そして,自主施工の原則の及ぶ事項について
は,その安全管理に至るまで,全て請負人が責任を負担し,発注者である被告県に指導監督権限はない。
 しかるに,止水壁妻部,階段・手摺等の仮設工作物及び水防柵の設置は,自主施工の原則の及ぶ事項である
から,出水時における止水壁妻部や流水阻害物の撤去及び水防柵開口部の閉鎖は,請負人が責任をもって行うべき事
柄であって,発注者である被告県に指導監督権限はない。
 b 仮に,被告県が,被告会社らに対して,止水壁妻部の撤去等について指導監督すべき義務を負うとしても,本
件溢水当日,被告県は,被告会社らに対し,大雨・洪水警報の発令を受けて,早い段階から止水壁妻部等を撤去し,安
全を確保するよう十分に指導していた。
  c 以上のとおり,被告県は,河川管理者としての責務を十分に果たしており,河川管理上の瑕疵はない。
   エ 被告県には洪水調節の懈怠について河川管理上の瑕疵はない
 (ア) 烏原貯水池は,いわゆる利水ダムであるから,渇水に備えて貯めている水を一旦放流した後でなければ,洪水
調節機能を有しない。しかるに,本件溢水当日は,烏原貯水池には貯水がなされており,洪水調節機能を有する状態で
はなかった。
 (イ) よって,被告県が,神戸市に対して烏原貯水池を利用できるよう協力を求めず,新湊川の洪水調節を行わなか
ったことは,河川管理上の瑕疵にはあたらない。
 2 争点(2)(相当因果関係の有無)について
  (1) 原告らの主張
   ア 本件改修工事の実施と原告らの浸水被害との間の因果関係の存在
  本件改修工事が実施されていなければ,原告らは浸水被害を免れたはずである。その根拠は,次の2点である。
    (ア) 本件溢水時の新湊川の流出量
 a 本件溢水時の新湊川の流出量(河川を流れる水量)は,107~112‰/s(菊水橋地点の流出量100~105‰
/sに,天王ダムの暫定操作による洪水調節分7‰/sを加えたもの)であったと推定される。なお,天王ダムの暫定操作は,
新湊川の洪水調節のために改修工事期間中に限って講じられた臨時措置である。
 これに対し,本件改修工事が実施されていなければ,本件工事区間における新湊川の流下能力(河川が溢水
せずに流下可能な最大流水量)は,100‰/sであったと推定される。そして,新湊川の両護岸上にはパラペットが存在し,
かつ,増水時には菊水橋の欄干を取り外す等の溢水防止措置をとることが予定されていたのであるから,本件改修工事が
実施されていなければ,本件工事区間における新湊川の実際の流下能力は,100‰/sを遙かに超えていたと推定され
る。
 すなわち,本件改修工事が実施されていなければ,本件溢水は発生しなかったはずである。
 b ところが,被告県が本件改修工事を実施したことにより,多数の仮設工作物が河道内に設置され,かつパラペッ
トを取り除かれたために,本件工事区間における新湊川の流下能力が100‰/sよりも大幅に低下し,その結果,本件溢水
が発生するに至った。
 c 以上より,本件溢水の発生は,本件工事区間の流下能力を低下させた本件改修工事に起因するものであるか
ら,被告県が本件改修工事を実施したことと原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関係がある。
    (イ) 本件溢水による浸水区域
 a 本件溢水は,本件改修工事が実施されていなければ,本件工事区間の中で最も流下能力の小さい菊水橋地
点から(しかも菊水橋の橋桁の影響で流水の勢いがそがれるため,菊水橋より上流から)発生したはずである。
 菊水橋地点の左岸側からの氾濫水は,南東方向に向かって続く細長い微高地(別紙7に黄色で着色した部
分。旧湊川の河道にあたるので,以下「旧河道」という。)の勾配に沿って東側ないし西側の市街地に流れていくが,旧河
道の勾配は,東側の方が西側よりも急であるから,旧河道に阻まれる形で,氾濫水の多くは東側市街地に流れ込むことに
なる(別紙8〔上図〕参照)。
 その結果,本件溢水による氾濫水は,西側市街地にある甲ビル方面には全く流れないか,あるいは流れたとし
てもごく僅かであって,原告らは浸水被害を免れたはずである。
 b ところが,被告県が,本件改修工事を実施し,多数の仮設工作物を河道内に設置したため,菊水橋地点ではな
く洗心橋仮橋地点の流下能力が本件工事区間の中で最も小さくなり,その結果,菊水橋地点ではなく洗心橋仮橋地点か
ら本件溢水が発生したため,原告らが浸水被害を被ったのである。
 c 以上より,原告らの浸水被害は,菊水橋地点よりも洗心橋仮橋地点の流下能力を小さくした本件改修工事に起
因するものであるから,被告県が本件改修工事を実施したことと原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関
係がある。
   イ 溢水防止措置の懈怠と原告らの浸水被害との間の因果関係の存在
     本件溢水当時,被告らが溢水防止措置を講じていれば,原告らは浸水被害を免れたはずである。その根拠は,次
の2点である。
    (ア) 本件溢水時の新湊川の流出量
 a 上記ア(ア)aのとおり,本件溢水時の新湊川の流出量は,100~105‰/sであったと推定される。これに対し,被
告会社らが予定通り止水壁妻部を撤去して作業エリア内にも水を流していれば,本件工事区間における新湊川の流下能
力は,天王ダムの暫定操作分(7‰/s)と合わせてほぼ本来の流下能力(100‰/s)を確保できていたはずである。
 よって,本件溢水当時,被告会社らが,止水壁妻部等を撤去して予定の流下能力を確保していれば,ほとんど
溢水は発生せず,原告らは浸水被害を免れたはずである。
 b ところが,本件溢水当時,被告会社らが予定通り止水壁妻部等の撤去を行わなかったため,予定の流下能力が
確保されず,その結果,本件溢水が発生するに至った。
 c 以上より,本件溢水による原告らの浸水被害は,被告会社らが止水壁妻部等を撤去せず,予定の流下能力が
確保されなかったことに起因するものであるから,被告会社らが止水壁妻部等を撤去しなかったことと原告らに浸水被害が
生じたこととの間には,相当因果関係がある。
    (イ) 水防柵による溢水の防止
     a 本件溢水の発生箇所である洗心橋仮橋上流左岸付近の越流水深は,最大約83㎝程度であったとされてい
る。これに対し,被告会社らは,本件工事区間の周辺に高さ約1mの水防柵を設置していた。したがって,被告A及び被告
Bが水防柵開口部を閉鎖していれば,溢水は水防柵に阻まれ,市街地に流出しなかったはずである。
       また,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖していれば,仮に溢水が水防柵を越えて市街地に流出したと
しても,本件溢水時と同じ箇所から氾濫流が発生することはなく(氾濫箇所が変われば浸水区域が変わる。),かつ,溢水
量も減少するから,原告らは浸水被害を免れたはずである。
 b ところが,本件溢水当時,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖しなかったため,水防柵開口部から氾濫流
が市街地へ向けて流出し,その結果,原告らが浸水被害を被ったのである。
 c 以上より,原告らの浸水被害は,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖しなかったことに起因するものである
から,被告A及び被告Bが水防柵の開口部を閉鎖しなかったことと原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果
関係がある。
   ウ 洪水調節の懈怠と原告らの浸水被害との間の因果関係の存在
  本件溢水当時,被告県が烏原貯水池を利用して新湊川の流出量を軽減していれば,原告らは今回のような甚大
な浸水被害を免れたはずである。その根拠は,次のとおりである。
(ア) 本件溢水当時,烏原貯水池の貯水量には余裕があったから,同貯水池の取水ゲートを開いて石井川の流水を
取水し,石井川の流出量を調節していれば,新湊川の流出量が減少し,原告らの損害を最小限にくい止めることができた
はずである。
(イ) ところが,被告県は,本件溢水当時,烏原貯水池を利用して石井川の洪水調節を行うことにつき,神戸市に協
力を求めなかったため,原告らは甚大な浸水被害を被ったのである。
(ウ) 以上より,原告らの甚大な浸水被害は,被告県が洪水調節を怠ったことに起因するものであって,被告県の洪
水調節の懈怠と原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関係がある。
  (2) 被告ら及び被告補助参加人らの主張
   ア 本件改修工事の実施と原告らの浸水被害との間の因果関係の不存在
    (ア) 本件溢水時の新湊川の流出量
 a 本件溢水当時の新湊川の流出量は,140~150‰/s(菊水橋地点の流出量130~140‰/sに,天王ダムの暫
定操作による洪水調節分10‰/sを加えたもの)であったと推定される。なお,天王ダムの暫定操作は,新湊川の洪水調節
のために改修工事期間中に限って講じられた臨時措置である。
 これは,本件改修工事が実施される以前の本件工事区間における新湊川の流下能力(100‰/s)を大幅に上
回る流出量であるから,本件改修工事を行っていなかったとしても,本件溢水が発生したことは明らかである。
 b また,パラペットは,転落防止用に設置されたもので,かつ本件工事区間の一部にのみ設置されており,高さも
一律1.2mではないから,原告ら主張のような溢水防止効果は期待できない。
 c 以上より,本件改修工事が行われていなくても本件溢水が発生することは明らかであるから,被告県が本件改
修工事を実施するに当たって仮設工作物を河道内に設置し,かつパラペットを取り外していたことと,原告らに浸水被害が
生じたこととの間には,相当因果関係がない。
    (イ) 本件溢水による浸水区域
 a 仮に本件改修工事が実施されておらず,菊水橋地点から溢水が発生していたとしても,氾濫流は,それまでの
水の流れる方向に向けて働く力を失わないから,旧河道を超えて,西側市街地の方面へも相当程度流下することになる
(別紙8〔下図〕参照)。
 b そして,旧河道の西側の勾配は,甲ビルの方向に向けて標高が徐々に低くなる,すり鉢状の地形になっている
から(別紙7-2に橙色で記載した等高線を参照),甲ビル方面へ流れてきた氾濫流は,その勾配に沿って自然に,周辺
に比べて相対的に標高の低い位置にある甲ビルまで到達することになる(別紙9参照)。
 c よって,仮に本件改修工事が実施されておらず,菊水橋地点から溢水が発生したとしても,原告らは浸水被害
を免れないから,被告県が本件改修工事を実施したことと原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関係がな
い。
   イ 溢水防止措置の懈怠と原告らの浸水被害との因果関係の不存在
    (ア) 本件溢水時の新湊川の流出量
     a 上記ア(ア)aのとおり,本件溢水時の新湊川の流出量は,130~140‰/sであったと推定される。
 これは,止水壁妻部等を撤去して確保することが予定されていた本件工事区間における新湊川の流下能力(1
00‰/s)を大幅に上回る流出量であるから,被告会社らが止水壁妻部等を撤去していたとしても,本件溢水が発生したこ
とは明らかである。
 b よって,被告会社らが止水壁妻部を撤去し,かつ流水阻害物を撤去していても本件溢水が発生したことは明ら
かであるから,被告会社らが,止水壁妻部及び流水阻害物を撤去しなかったことと,原告らに浸水被害が生じたこととの間
には,相当因果関係がない。
    (イ) 水防柵による本件溢水の防止
 a 本件工事区間周辺の水防柵は,河川の勾配に沿って,菊水橋地点より洗心橋仮橋上流付近の方が低くなって
いる。よって,水防柵開口部を閉鎖していた場合であっても,溢水は,洗心橋仮橋上流付近から発生したはずである。
 b そうすると,水防柵の設置範囲の下流側から溢水することになるため,水防柵による溢水防止効果は,水防柵
内に貯水可能な水量3000‰程度にとどまる。
 これに対し,本件溢水時の溢水量は,上記ア(ア)aの流出量をもとに計算すると,19万~23万‰にも及ぶと推
定されるから,水防柵開口部が閉鎖されていても,本件溢水を防止し,あるいは原告らが浸水被害を免れる程度に溢水量
が減少することはありえない。
 c 以上より,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖していたとしても,原告らに浸水被害が生じたことは明らか
であるから,同被告らが水防柵開口部を閉鎖しなかったことと原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関係が
ない。
    (ウ) 兵庫4工区の止水壁妻部等の撤去
      被告Dが施工した兵庫4工区の2箇所の止水壁妻部は,撤去しなくとも,本件溢水区間(菊水橋から先心橋ま
で)の流下能力を低下させない。
よって,被告Dが止水壁妻部を撤去し,かつ流水阻害物を撤去していても本件溢水が発生したことは明らかであ
るから,被告Dが止水壁妻部等を撤去しなかったことと,原告らに浸水被害が生じたこととの間には,相当因果関係がな
い。
   ウ 洪水調節の懈怠と原告らの浸水被害との間の因果関係の不存在
 (ア) 本件溢水当時,烏原貯水池の取水ゲートのうち実際に活用することができたのは,水道水用の上澄み水を取
水するための烏原川取水ゲートだけであったが,同ゲートによって取水可能な水量は1‰/s程度に過ぎない。
 (イ) これに対し,本件溢水時の新湊川の流出量は,上記ア(ア)aのとおり130~140‰/sであったと推定されるか
ら,石井川の流水を烏原貯水池に取水していたとしても,新湊川の流出量の軽減にはならない。
 (ウ) よって,被告県が烏原貯水池を利用して洪水調節を行っていたとしても,本件溢水が発生したことは明らかであ
るから,被告県が神戸市に対して石井川の流水を烏原貯水池に取水できるよう協力を求めなかったことと原告らに浸水被
害が生じたこととの間には,相当因果関係がない。
 3 争点(3)(原告らの損害額)について
  (1) 原告らの主張
  本件溢水により,甲ビルの地下1階及び地上1階に浸水被害が発生した。かかる浸水被害による原告らの各被害状
況及びその損害額は,次のとおりである。
   ア 原告甲
 (ア) 本件溢水により,原告甲の所有する甲ビルの地下1階及び地上1階が浸水した。
 (イ) かかる浸水により,原告甲は,浸水箇所の復旧工事の実施及びその間の賃料収入等の減収を余儀なくされた
ため,災害復旧工事費用及びその間の賃料等の合計5395万7850円の損害を被った(その内訳は,別紙損害額明細書
に記載のとおり)。
   イ 原告乙
 (ア) 本件溢水により,原告乙が賃借していた甲ビルの地上1階部分が浸水した。
 (イ) かかる浸水により,医薬品や備品等が使用不能になったため,原告乙は,合計101万2392円の損害を被った
(その内訳は,別紙損害額明細書に記載のとおり)。
   ウ 原告丙
 (ア) 本件溢水により,原告丙が賃借していた甲ビルの地下1階及び地上1階部分(丙湊川店)が浸水した。
 (イ) かかる浸水により,商品や備品が使用不能になり,かつ本件溢水の翌日(平成10年9月23日)から同年10月2
7日までの実質35日間,休業を余儀なくされたため,休業損害等の合計8716万5091円の損害を被った(その内訳は,
別紙損害額明細書に記載のとおり)。
   エ 原告丁
 本件溢水により,上記ウのとおり「丙湊川店」が休業を余儀なくされたため,原告丁は,原告丙から得るはずであっ
た35日分の駐車場料金を得ることができず,合計56万6817円の損害を被った(その算出根拠は,別紙損害額明細書に
記載のとおり)。
  (2) 被告ら及び被告補助参加人らの認否・反論
 ア 原告ら主張の損害については不知ないし争う。
 イ 原告丁が被ったとする損害は,いわゆる間接損害であるから,本件溢水と相当因果関係ある損害とはいえない。
第4 当裁判所の判断1(本件改修工事の実施,溢水防止措置の懈怠関係)
 1 事実の認定
前記第2の2(前提事実),証拠(甲1・2・8~13・15・16・24・25・28・79~81,乙1・2,乙A1~11・13・14・16・1
7・20・22・24・25・32・36~38・41~47・49~54・58・60~62・66・71・79,乙B1~5,乙C1~6,乙D1~5・7・9,乙
E1~5,丙1~9〔以上,いずれも枝番を含む〕,証人b〔一部〕,証人c〔一部〕,証人d〔一部〕,証人e〔一部〕,証人f〔一
部〕,証人g〔一部〕,証人h〔一部〕,証人iの証言〔一部〕,証人j〔一部〕,証人k〔一部〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,
次の事実が認められる。
  (1) 新湊川の概要
   ア 新湊川流域
(ア) 新湊川は,六甲山系に源を発する石井川と烏原川が烏原貯水池付近で合流し,その後,石井川と天王谷川が
菊水橋の約400m上流で合流した後,神戸市兵庫区及び長田区を南下して大阪湾に流下するまでの,幹線流路延長1
3.1㎞(幹線流路),流域面積29.88㎞に及ぶ2級河川である(乙A1・2頁,同5頁,別紙1,同1-2参照)。
(イ) 本件溢水当時,天王谷川には,洪水調節用の治水ダムとして機能する天王ダムがあり,本件改修工事期間
中,洪水調節のための暫定操作(放流管を全閉し,排水管を全開する。)が実施されていた(甲8・4-40頁〔写真4.6.
1〕)。また,石井川には,水道用水供給用の利水ダムとして機能する烏原貯水池があり,神戸市がこれを管理していた(別
紙1,同1-2参照)。
   イ 新湊川の流路
(ア) 現在の新湊川の流路は,明治30年から同34年にかけて実施された湊川付替工事によって誕生したものであ
る。それ以前の湊川(旧湊川)の流路は,菊水橋下流から南東方向に向かい,大阪湾に流下していた(別紙7,同7-2の
黄色で着色した部分)。
(イ) これに対し,新湊川の流路は,菊水橋上流の天王谷川・石井川合流点以降も,流路幅を拡幅することなく菊水
橋を通過し,菊水橋下流から洗心橋にかけて急激に右にカーブしながら洗心橋を通過し,その後,ほぼまっすぐに氷室
橋,熊野橋,夢野橋,会下山トンネルを通過し,苅藻川と合流した後,大阪湾に流下している(別紙1,同2参照)。
   ウ 新湊川の流水特性
    (ア) 上流域の保水力の低下
新湊川は,全河川流域が神戸市内を流れており,近年大規模な宅地開発が行われ,高度に都市化されつつある
上流域,山間で自然の残る中流域,既に高度に都市化された市街地を流れる下流域を順次流下している(別紙1参照)。
そして,新湊川上流域は,神戸市北区鈴蘭台を始めとする大規模な宅地開発が行われた結果,全流域の38%
近くが既に市街地化し,山林や田畑の多かった昭和40年代以前に比べて土地の保水力が著しく低下している。
そのため,新湊川上流域への降雨は,短時間かつ大量に新湊川下流域まで到達するため,下流域の河川水位
が急上昇する原因となる(甲8・1-5頁,同1-6頁,甲16・2-1頁,乙A1・2~3頁)。
    (イ) 急峻な河川勾配
新湊川上・中流域は,表六甲特有の急峻な地形であるため,天王谷川・石井川合流点付近から上流にかけて
は,極めて急峻な河川勾配となっているが,同合流点付近から下流にかけては,高度に都市化された下流域に入り,河川
勾配が急に緩やかになる(証人i・平成13年10月31日調書6~7頁,別紙1-3参照)。
そのため,新湊川上流域への降雨は,急峻な河川勾配の影響により,高速度で新湊川下流域まで到達した直
後,天王谷川・石井川合流点付近で緩やかな勾配の影響により流速を落とし,菊水橋及びその下流付近に滞留するた
め,下流域の河川水位が急上昇する原因となる(甲8・1-14頁,同6-11頁〔図6.3.2〕,甲16・2-1頁,証人i・平成1
3年9月12日調書9~10頁)。
    (ウ) 一律の河幅
新湊川下流域は,天王谷川・石井川合流点を通過後も,河幅を拡大することなく,菊水橋及びその下流付近に
至る。すなわち,菊水橋付近より下流では,天王谷川及び石井川の二河川の流水量を,石井川一河川とほぼ同じ河幅で
流下させることになる(別紙2参照)。
そのため,新湊川上流域への降雨は,天王谷川・石井川を各々大量かつ高速度で流下してきた直後,狭い河幅
の中に一気に流れ込むことになるため,新湊川下流域の河川水位が急上昇する原因となる。
    (エ) 急激な流路の蛇行
新湊川下流域は,菊水橋を通過後,洗心橋のすぐ上流にかけて,急激に右にカーブを描く河筋となっている(別
紙2参照)。
そのため,上記(ア)ないし(ウ)の原因により,新湊川上流域から高速度かつ大量に流下してきた流水は,菊水橋
地点を通過後,右にカーブする河筋に沿って左岸側に強い遠心力を生じ,流水が左岸側に盛り上がって,菊水橋から洗
心橋に至る河筋のカーブ付近で,溢水を生じ易い構造になっている。
  (2) 新湊川の水害の歴史
   ア はじめに
  このような新湊川の流水特性は,新湊川下流域に,過去に幾度も大きな洪水被害をもたらした。その代表的な例と
しては,昭和13年7月5日の水害(以下「昭和13年水害」という。)と昭和42年7月9日の水害(以下「昭和42年水害」とい
う。)が挙げられる。
   イ 昭和13年水害の状況等
(ア) 昭和13年水害当時,石井川・天王谷川合流点付近は暗渠になっていた(昭和13年水害以後は,開渠になっ
ている。)。
(イ) 昭和13年7月5日,兵庫県南部に,梅雨前線に伴う集中豪雨があり,次のような雨量が観測された(別紙5の平
成13年7月5日欄参照)。
a 10分間最大雨量    15.3㎜
b 60分間最大雨量    60.8㎜
c 日雨量        269.2㎜
(ウ) かかる集中豪雨により上流山地から大量の土砂が流出して,天王谷川・石井川合流点付近の暗渠内の河道が
埋没したため,暗渠上流で溢水が発生し,その溢水が暗渠を乗り越えて下流方面に氾濫し,甲ビル付近を含む広範囲に
浸水被害をもたらした(甲8・1-8頁,同1-11頁,乙A49)。
   ウ 昭和42年水害の状況等
(ア) 昭和42年7月9日,兵庫県南部に梅雨前線に伴う集中豪雨があり,次のような雨量が観測された(別紙5の昭
和42年7月9日欄参照)。なお,その日雨量は,これまでに神戸海洋気象台で記録された最大日雨量にあたる(乙A16,
乙A24)。
a 10分間最大雨量    23.4㎜
b 60分間最大雨量    75.8㎜
c 日雨量        319.4㎜
(イ) かかる集中豪雨により,菊水橋付近で溢水が発生し,広範囲に浸水被害をもたらした(甲8・1-8頁,同1-11
頁,乙A49,乙A66・59頁)。
なお,氾濫流は甲ビル方面にも流下したが,浸水区域は別紙7-3の黄色で着色した部分であり,甲ビルは浸水
被害を免れた(甲15の1,甲79,乙A49)。
  (3) 新湊川の治水事業の実施
   ア 治水事業の開始
  昭和42年水害をきっかけに,100年に1回の降雨量にも対応できるよう,新湊川の河川改修工事の実施と洪水調
節用ダムの建設が計画され,新湊川の治水工事が開始された(乙A16)。
   イ 上・中流域
  新湊川の上・中流域では,昭和56年度に天王ダムが完成し,続いて石井ダムの建設が開始された(平成16年度
に完成予定)。また,平成8年度には,天王谷川及び石井川の改修工事が完了した(乙A16)。
   ウ 下流域
  他方,新湊川下流域では,平成元年度に庄田橋から苅藻川合流点までの河川改修工事が完了し,引き続き,苅
藻川合流点から天王谷川・石井川合流点までの区間(本件工事区間,及び本件溢水の発生箇所を含む。以下「工事未了
区間」という。)の改修工事に着手することとなった。
しかし,この工事未了区間は,昭和20年の終戦直後の混乱期に,付近住民らによって,河川護岸いっぱいにまで
張り出して建てられた違法建築物によって,至る所で不法占拠されており,これらの工事支障物件は,工事着手が予定さ
れた平成2年当時でも約300件存在し,なかなか河川改修工事に着手できなかった(乙A51)。
ところが,平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により,工事支障物件の多くが倒壊し,かつ護岸等が大
きな被害を受けたことをきっかけに,護岸復旧工事と併行して河川改修工事を実施することとなり,平成7年9月ころから上
記工事が開始された(乙A2,乙A14,乙A16)。
  (4) 本件改修工事の実施状況
   ア 本件改修工事の概要
    (ア) 本件溢水当時は,工事未了区間のうち,兵庫工区の河川改修工事(本件改修工事)が実施されていた。
    (イ) 兵庫工区は,次のa・bのとおり区分され,被告A,被告B,被告C及び被告Dが,各工区の工事を請け負ってい
た(乙2,乙A2,乙A3,乙A6~9,別紙2,同3参照)。
     a 兵庫6工区,兵庫5工区,兵庫4工区
       菊水橋下流から熊野橋上流にかけて,左岸側護岸を開削して河床を掘り下げ,河幅を従前の8mから10mに2
m拡幅する工事
     b 洗心橋工区
       洗心橋仮橋を設置して旧洗心橋を撤去し,河幅を2m拡幅した上で新橋を設置する工事
    (ウ) 被告会社らの各担当工区及び位置関係は,次のとおりである(別紙2,同3参照)。
 a 被告A
兵庫6工区(菊水橋下流から洗心橋上流まで)
 b 被告B
洗心橋工区(洗心橋地点)
 c 被告C
兵庫5工区(洗心橋下流から氷室橋上流まで)
 d 被告D
兵庫4工区(氷室橋下流から熊野橋上流まで)
   イ 本件溢水当時の施工状況
    (ア) はじめに
  本件溢水当時,本件工事区間では,いずれも左岸側護岸の拡幅工事が行われていた。被告Bは,洗心橋仮橋
の設置及び旧洗心橋の撤去を完了し,左岸側護岸の拡幅工事を行っていた。
    (イ) 工事の手順
  ところで,左岸側護岸の拡幅工事は,次の手順で行われる(乙A1・9頁,乙A2)。
 a 河道内に止水壁(別紙3-2の①)を設置する。
 b 中間杭(H鋼)(別紙3-2の②)を打設する。
 c 左岸側護岸から2mの位置に土止矢板(鋼矢板)(別紙3-2の③)を打設する。
 d 土止矢板と中間杭との間を掘削する(一次掘削)(別紙3-2の④)。
 e 1次掘削終了後,1段目の切梁(H鋼)(別紙3-2の⑤)を設置する。
 f 土止矢板の上部と中間杭の上部に覆工板(別紙3-2の⑦)を渡す。
 g 基礎杭(別紙3-2の⑧)を打ち込む。
 h 土止矢板と中間杭との間をさらに掘削する(2次掘削)(別紙3-2の⑨)。
 i 2次掘削の途中で2段目の切梁(H鋼)(別紙3-2の⑤の下の部分)を設置する。
 j 2次掘削終了後,擁壁躯体(別紙3-2の⑩)を設置する。
    (ウ) 仮設工作物の設置状況
  そのため,被告会社らは,本件溢水当時,担当工区の河道内に,次のとおり多数の仮設工作物を設置していた
(別紙3,同3-2参照)。
     a 被告A
  被告Aは,洗心橋仮橋上流の約40mにわたり,高さ1.67m・幅30㎝のコンクリート製止水壁を設置し,その上
流端に高さ1.7m・幅30~80㎝のコンクリート製止水壁妻部を5基設置していた(乙A1・11頁〔タイプ①〕参照)。
また,止水壁の内側(左岸側)に高さ11.5m・幅40㎝の中間杭(H鋼)を打設し,河床から高さ約2mの位置に,
3m間隔で1段目の切梁(H鋼)を15本設置し,その上部に覆工板を渡していた。覆工板には,作業階段2基及び転落防
止用の手摺とその支柱を設置していた。
     b 被告B
  被告Bは,洗心橋仮橋上流の約13mにわたり,被告Aの止水壁につなげて,高さ1.7m・幅30㎝のコンクリート
製止水壁を設置し,その下流端に高さ1~1.65m・幅30㎝のコンクリート製止水壁妻部を5基設置していた(乙A1・11頁
〔タイプ②〕)。
また,止水壁の内側(左岸側)に,高さ11.5m・幅40㎝の中間杭(H鋼)を打設し,河床から高さ約2mの位置
に,3m間隔で1段目の切梁(H鋼)を5本設置し,その上部に覆工板を渡していた。覆工板の端には,転落防止用の手摺
とその支柱を設置し,洗心橋仮橋上流側に通路と作業階段を設置していた。
     c 被告C
  被告Cは,洗心橋仮橋下流から氷室橋上流にかけて,高さ1.6m・幅35㎝のコンクリート製の止水壁を設置し,
その上流端に高さ1~1.6m・幅35㎝のコンクリート製止水壁妻部を設置し,下流端に土嚢を積んでいた(乙A1・11頁〔タ
イプ③・タイプ④〕)。
また,止水壁の内側(左岸側)に高さ11.5m・幅40㎝の中間杭(H鋼)を打設し,河床から高さ約2mの位置に,
3m間隔で,1段目の切梁(H鋼)を15本設置し,その上部に覆工板を渡していた。覆工板には,作業階段2基等を設置
し,H鋼の間には通路を設置していた。
     d 被告D
  被告Dは,氷室橋下流から熊野橋上流にかけて,右岸工事用の止水壁及び左岸工事用の止水壁を2つ設置
し,左岸工事用止水壁の上流端には高さ1~1.7m・幅30㎝のコンクリート製止水壁妻部を設置し,左岸工事用止水壁の
下流端には,土嚢を積んでいた(甲8・3-16〔タイプ⑤・タイプ⑥〕)。
また,止水壁の内側(左岸側)には,高さ11.5m・幅40㎝の中間杭(H鋼)を打設し,1段目及び2段目の切梁
(H鋼)を設置し,左岸護岸から右岸護岸まで覆工板を渡し,作業階段2基等を設置していた。
    (エ) パラペットの撤去
  また,被告会社らは,左岸側護岸を開削するにあたり,左岸護岸上のパラペットを撤去していた。
  (5) 流下能力の確保等
   ア 仮設工作物による流下能力の低下
被告会社らが,河道内に多数の仮設工作物を設置したことにより,新湊川の河道(河積)が狭くなり,本件工事区間
の流下能力は大幅に低下していた(乙A1・37頁)。
とりわけ,洗心橋仮橋地点の流下能力は,仮設工作物の設置の影響で,本件工事区間の中で最も小さくなった
(乙A1・37頁〔表7.2〕)。
   イ 止水壁妻部の撤去等による流下能力の確保
そこで,被告県は,止水壁妻部を取り外し可能な構造とし,出水時にはこれを撤去して工事現場内にも水を流して
河道(河積)を拡大するとともに,併せて天王ダムの暫定操作(放流管を全閉し,排水管を全開すること)を行うことによっ
て,新湊川の河道に流れ込む流水のピーク流量を減少させ,もって,本件工事区間においても,工事前とほぼ同等の流
下能力を確保することとした(乙A12,乙A17)。
なお,一連区間における流下能力とは,一連区間内の流下能力の最小値をもって決定されるものであるところ,本
件工事区間における工事前の流下能力の最小値は,菊水橋地点の100‰/sであった。そのため,被告県は,止水壁妻
部等の撤去と天王ダムの暫定操作による洪水調節を合わせて実施した場合,本件工事区間の流下能力を,概ね100‰
/sに確保できるようにしていたのである(甲8・3-8頁,乙A1・37頁〔表7.2〕)。
   ウ 水防柵の設置
また,被告会社らは,本件工事区間の周りに,高さ50㎝のH鋼を2段積みにして,高さ1mの水防柵を設置した(甲
2の2,乙A1・11頁〔水防柵〕参照,別紙4に黄緑色で着色した部分参照)。
  (6) 集中豪雨の発生
   ア 台風による集中豪雨
  平成10年9月22日(本件溢水当日)の午前8時ころから午後4時ころにかけて,兵庫県南部に台風7号の通過に
伴う多量の降雨があった。
新湊川流域では,本件溢水当日の午後1時40分ころから午後2時30分ころにかけて,10分間に10㎜以上の強い
雨が集中的に降った(甲8・4-7頁,乙A1・15頁〔図4.1~4.3〕,乙A24)。
   イ 最大雨量等
  本件溢水当日の新湊川流域の平均雨量等は,次の(ア)(イ)(ウ)を含む新湊川上流域内の5観測所及び流域近傍
の3観測所(合計8観測所)における雨量観測値を用いて算出すると,次の(エ)のとおりである(甲8・4-11頁,同4-12
頁,乙A4,別紙5の平成10年9月22日欄,別紙5-2参照)。
(ア) 中部土木観測所
a 10分間最大雨量    12.5㎜
b 60分間最大雨量    46.0㎜
c 日雨量        112.0㎜
(イ) 天王ダム観測所
a 10分間最大雨量    17.0㎜
b 60分間最大雨量    61.0㎜
c 日雨量        134.0㎜
(ウ) ひよどり台観測所
a 10分間最大雨量    23.0㎜
b 60分間最大雨量    80.0㎜
c 日雨量        149.0㎜
(エ) 新湊川流域平均雨量
a 10分間最大雨量    17.7㎜
b 60分間最大雨量    62.2㎜
c 日雨量        132.3㎜
   ウ 大雨・洪水警報等
  また,本件溢水当日は,兵庫県南部に,午前6時30分ころに,暴風・波浪警報及び大雨・雷・洪水・高潮注意報が
発令され,午前11時10分ころに,大雨・洪水・暴風・波浪・高潮警報及び雷注意報(大雨・洪水警報)が発令された(乙A2
2)。
  (7) 本件溢水の発生
   ア 河川水位の状況
神戸市では,本件溢水当日,台風7号の近畿地方への接近に伴い,午前8時ころから雨が降り始めた。しかし,雨
足はそれほど強くはなく,新湊川の本件工事区間の河川水位は,午前9時の時点では河床から70㎝程度の高さであり,
止水壁の高さの半分にも達していなかった。
その後,雨足が弱まり,午前10時ころには,本件工事区間の河川水位は,河床から30㎝程度まで河川水位が低
下した。そして,その後も,雨足は強まらず,大雨・洪水警報が発令された午前11時10分の時点においても,兵庫県が暴
風圏に入った午後0時の時点においても,河川水位は,相変わらず河床から30㎝程度であった。
その後も,雨足は強まらず,本件工事区間の河川水位は,午後1時の時点で河床から70㎝程度まで微増したもの
の,午後1時40分ころでも,河床から80㎝程度であり,止水壁の高さの半分程度にとどまっていた(乙A1・17頁)。
   イ 被告会社らの対応
被告会社らは,本件溢水当日の午前中から,それぞれ従業員を現地に派遣し,本件工事区間の河川水位の観察
を継続していたが,上記アのとおり河川水位に目立った変化がなかったため,大雨・洪水警報発令後も止水壁妻部を撤去
していなかった。
また,被告A及び被告Bは,担当工区である兵庫6工区及び洗心橋工区を囲む水防柵の開口部について,H鋼や
土嚢の設置による閉鎖作業を実施しなかった(乙A1・18頁〔図4.6〕)。
   ウ 本件溢水の発生状況
ところが,同日午後1時50分ころから突然風雨が強くなり始め(甲8・4-7頁),菊水橋地点流域平均雨量に換算し
て17.7㎜もの降雨があった。すると,それに連動して,本件工事区間の河川水位が急激に上昇し始め,約10分後の午
後2時過ぎころには,河川水位が1m以上も上昇し,河床から約2mの高さにある切梁下面にまで達した。
その後は,さらに風雨が激しくなるとともに,河川水位がわずか10分間でさらに約1.5mも上昇し,午後2時10分
過ぎころには,仮設工作物設置の影響で最も流下能力が低下していた洗心橋仮橋上流左岸(別紙4の<A>付近)から,溢
水が発生した(本件溢水の開始)。
さらに,そのわずか10分後の午後2時20分過ぎころには,洗心橋仮橋上流右岸からも溢水が始まり,その後,両
岸からの溢水は,洗心橋仮橋から上流の菊水橋に至るまでの約150mにわたり,かつ両岸全体に拡大し,水防柵との間
に貯留していった(乙A1・16頁,18頁〔図4.6〕,別紙4の黒色矢印参照)。
そして,上記貯留していった溢水の水深は,洗心橋仮橋から上流の菊水橋にかけて本件工事区間の周囲に設置
されていた水防柵の,下から約90㎝の高さまで一気に上昇するとともに,被告A及び被告Bが閉鎖していなかった水防柵
開口部合計6箇所から,氾濫流が市街地に向けて流出し始めた(甲2の4,甲2の7,乙A1・16頁,同18頁〔図4.6〕,別
紙4の赤色矢印参照)。
  (8) 本件溢水による被害状況等
   ア 溢水箇所付近の地理的状況
(ア) 新湊川の左岸側には,菊水橋下流から南東方向に向かう旧河道(旧湊川の河道)があり,旧河道が天井川で
あったため,その両側市街地に比べてやや微高地になっている(別紙7,同7-2に黄色で着色した部分参照)。
(イ) 旧河道の東側及び西側は,いずれも勾配になっており,旧河道東側は等高線の幅が狭く,急勾配になっており
(別紙7-2に紫色で着色した等高線参照),旧河道西側は旧河道東側よりも勾配は緩やかであるものの,いわゆるすり鉢
状の地形になっており(甲12の12,別紙7-2に橙色で着色した等高線参照),次のとおり,河道付近から甲ビル付近に
かけて徐々に標高が低くなっている(乙A41,乙A61,乙A62)。
a 洗心橋付近の河道  標高20m以上(最も標高の高い地点)
b 甲ビル付近  標高18.7m(相対的に標高の低い地点)
c 甲ビルの東  標高18.3m(最も標高の低い地点)
(ウ) 一般に,河川から溢水が生じ,氾濫流が市街地に流出する場合,その氾濫流は,河川の上流から一定の流速
をもって流れてきた方向を保持しつつ,土地の勾配及び道路に沿って流出してゆくことになる(乙A58,証人i・平成13年9
月12日調書・11~12頁,証人k・平成14年8月8日調書・39~40頁)。
(エ) 甲ビル付近は,菊水橋付近から洗心橋付近にかけて溢水が発生し,一定の流速をもって氾濫を開始すれば,
その氾濫流が,河川の流れの方向(甲ビル方面),すり鉢状の地形の勾配(甲ビル付近は周辺よりも相対的に標高が低
い)及び道路(甲ビル方面に向かう道路がある)に沿って,自然に到達する位置にある(乙A43〔下図〕,乙A52〔左図〕,別
紙8〔下図〕の青色矢印,別紙9参照)。
   イ 本件溢水による氾濫流の流れ
(ア) 本件溢水当時,洗心橋上流から菊水橋下流にかけて発生した溢水による氾濫流が,旧河道に沿って流れなが
ら標高の低い東側市街地及び西側市街地方面に流出し,菊水橋下流から熊野橋付近に至る一帯に,広く浸水被害をも
たらした(別紙6参照)。
(イ) 西側市街地方向に流出した氾濫流は,すり鉢状の地形の勾配に沿って道路を流下し(甲2の18~20),甲ビ
ル付近まで到達した(甲2の18~20,別紙8の下図の青色矢印,別紙9参照)。
(ウ) その結果,本件溢水による被害は,左右両岸合わせて床上浸水500戸,床下浸水602戸に及んだ。甲ビルも
浸水被害に遭った。
  (9) 災害調査委員会の設置・提言等
ア 災害調査委員会の設置等
    (ア) 災害調査委員会の設置
 a 被告県は,本件工事区間から溢水が発生したことを重く見て,本件溢水の原因(本件改修工事との関係)等を
明らかにするため,平成10年9月30日,河川工学等の専門家で構成された「新湊川浸水災害調査委員会」(以下「災害
調査委員会」という。)を設置し,専門的知見に基づく調査・提言を依頼した(乙A24,乙A25)。
     b 災害調査委員会は,次の5名の専門家委員により構成された(乙A25)。
 (a) 委員長 
        京都大学名誉教授 l(河川工学,表六甲河川の精通者)
 (b)委 員
 ⅰ 京都大学防災研究所教授 i(ソフト対策の精通者)
 ⅱ 神戸大学工学部教授   m(流出機構の精通者)
 ⅲ 神戸大学工学部教授 n(ソフト対策の精通者)
 ⅳ 建設省土木研究所次長  o
                     (河川工学,都市河川工事の精通者)
    (イ) 災害調査委員会の報告内容
      災害調査委員会は,現地調査の結果や関係資料の分析・検討を経て,河川工学的見地から次の結論を導き,
それを「新湊川浸水災害調査報告書」(甲8,乙A1)にまとめた。
a 本件溢水時には,菊水橋付近で,新湊川の本来の流下能力100‰/sを大幅に超える流出量130~140‰/s
があったと推測される。
b よって,本件改修工事を実施していなくても,本件溢水は発生していたが,本件改修工事を実施していたことに
より,溢水量が増大したものと推測される。
    (ウ) 災害調査委員会の提言
      その上で,災害調査委員会は,平成10年12月28日,被告県に対し,次のとおり提言した(乙A1の1頁)。
     a 本件溢水は,新湊川が他の主要な表六甲河川に比べて河川改修が遅れていること,及び昭和13年水害と同
規模の短時間降雨であったことなどから,本件改修工事を行っていなくとも溢水していたが,本件改修工事によって溢水
を増大させたと判断した。
     b それゆえ,被告兵庫県においては,この調査結果を踏まえ,本件溢水による被災者に対し,適切な対応をとら
れることを望むものである。
   イ 災害補償委員会の設置等
    (ア) 災害補償委員会の設置
  被告県は,災害調査委員会の結論に基づいて被災者への対応を検討するため,大学教授(民法)や弁護士等
の有識者で構成された「新湊川浸水災害補償委員会」(以下「災害補償委員会」という。)を設置し,客観的かつ公平な第
三者的立場からの検討・提言を依頼した。
    (イ) 災害補償委員会の提言
  これを受けて,災害補償委員会は,次のとおり提言した(乙A24)。
 a 本件溢水は,法的に見て,被告らに河川管理上の瑕疵又は過失が認められるか否かの限界事例であり,止水
壁妻部について撤去作業に早期に着手する等,溢水に対する万全の方策をとっていたならば,溢水量の増大を防止する
ことは可能であったとも考えられる。
     b それゆえ,本件改修工事の発注者である被告県,被告県から本件改修工事の監理を委託されていたa技術セ
ンター,工事施工者である被告A,被告B及び被告Cは,被災者に対し,共同して被害額の5割を限度に補償すべきであ
る。
   ウ 被災者への補償等
    (ア) そこで,被告県は,上記提言を尊重し,阪神・淡路大震災と本件溢水被害の二重の災害に遭遇した地域住民
の早期救済という観点から,被告県に対して被害申告のあった被災者805名のうち800名との間で和解契約を締結し,被
告県が相当と認めた被害額の5割相当の補償を行った。
    (イ) なお,上記補償のうち,1割を被告県が負担し,その余をa技術センター,被告A,被告B及び被告Cが負担し
た(乙A24)。
    (ウ) ところが,原告ら(4名)は,上記補償に応じず,本件訴訟を提起した。
  (10) 平成11年水害の発生
   ア 集中豪雨の発生
(ア) 本件溢水から約1年後の平成11年6月29日,梅雨前線の影響による多量の降雨があった。
(イ) 同日は,約1週間前から梅雨前線が停滞して降雨が続いており,河川水位が河床から1~2m程度上昇してい
たところに,次のような多量の降雨が発生した(乙D5・10頁〔表2.1〕,別紙5の平成11年6月29日欄参照)。
a 10分間最大雨量    15.8㎜
b 60分間最大雨量    55.6㎜
c 日最大雨量      206.6㎜
   イ 溢水の発生等
(ア) 平成11年6月29日は,本件溢水時に工事中であった兵庫6ないし4工区,洗心橋工区の本件改修工事は既
に完了しており,菊水橋付近から熊野橋付近にかけて本件溢水当時に存在した工事仮設物は,設置されていなかった
(乙D5・4頁,5頁〔図1.3〕,別紙10参照)。
(イ) ところが,同日の午後5時ころから午後5時10分ころまでのわずか10分の間に15.8㎜の降雨があり,河川水
位が一気に上昇し,午後5時32分ころまでに,洗心橋(洗心橋仮橋の直上流に,ほぼ併設して設置された新橋)上流左岸
付近において溢水が発生し(以下「第2次溢水」という。),水流の力に抗しきれなくなった洗心橋(洗心橋仮橋直上流の新
橋)直上の水防柵が転倒した箇所から,氾濫水が市街地へ流出した(乙A38・6-7~6-8頁〔写真6.2(a)~(d)〕,別紙
10-2参照)。
その後,洗心橋(洗心橋仮橋直上流の新橋)左岸側の角落としが相次いで流出し,そこからも氾濫水が市街地へ
流出した(乙D5・16頁,別紙10-2参照)。
   ウ 被害状況等
(ア) 第2次溢水による氾濫水は,甲ビル付近を含む,菊水橋下流から熊野橋付近に至る一帯に,広く浸水被害をも
たらした(乙A38・3-1頁,別紙10-3参照)。
(イ) 第2次溢水による被害は,床上浸水257戸,床下浸水147戸に及び,原告らも浸水被害を被った(以下「平成1
1年水害」という。)。
 2 争点(2)(相当因果関係の有無)の検討
  (1) 当裁判所の判断
   ア 菊水橋から洗心橋にかけての極めて溢水しやすい地形
    (ア) 事実関係
   前記1の認定事実によると,次のとおり認められる。
 a 新湊川上流域への降雨は,市街化に伴う保水力の低下の影響により,短時間かつ大量に新湊川下流域まで到
達し,新湊川下流域の河川水位を急激に上昇させる原因となる(前記1(1)ウ(ア))。
 b また,新湊川上流域への降雨は,上・中流域を急峻な河川勾配に沿って高速度で流下するが,急に勾配が緩
やかになる新湊川下流域で急激に流速が落ち,菊水橋及びその下流付近に滞留するため(別紙1-3参照),新湊川下
流域の河川水位を急激に上昇させる原因となる(前記1(1)ウ(イ))。
 c さらに,新湊川下流域は,天王谷川・石井川合流点を通過後も,河幅が拡大されていないため,新湊川上流域
への降雨が,天王谷川・石井川を各々大量かつ高速度で流下してきた直後,狭い河幅の中に一気に流れ込むことになる
ため(別紙2参照),新湊川下流域の河川水位を急上昇させる原因となる(前記1(1)ウ(ウ))。
 d そして,新湊川下流域は,天王谷川・石井川合流点を通過後,流路が急激に右にカーブし,そのカーブの外側
にあたる菊水橋から洗心橋に至る左岸側に強い遠心力を生じ,河川水位が大きくなる構造になっている(前記1(1)ウ
(エ))。
 e 昭和42年水害時には,菊水橋地点から溢水が発生した。当時は,河川改修工事が実施されておらず,かつ河
道内に仮設工作物も設置されていなかった(前記1(2)ウ(イ))。
 f 平成11年水害時には,流路のカーブにあたる洗心橋地点で,溢水が発生した。当時は,本件改修工事が完了
し,河道内の仮設工作物は撤去されていた(前記1(10)イ)。
 g 他方,本件溢水は,流路のカーブにあたる洗心橋地点で発生し,菊水橋地点まで拡大した(前記1(7)ウ)。当時
は,本件改修工事が実施され,河道内に仮設工作物が設置されていた(前記1(4)ア・イ)。
    (イ) 検 討
 以上からすれば,上記(ア)のa・b・cのような流水特性と,上記(ア)dのような河筋を持つ新湊川では,河川改修工
事ないし河道内の仮設工作物とは関係なく,新湊川上流域に集中豪雨があり,新湊川の本来の流下能力(その本来の流
下能力が極めて低い。)を超える流出量があれば,菊水橋地点から洗心橋地点にかけて河川水位が急上昇し,極めて溢
水しやすい地形であることが認められる。
   イ 甲ビル付近で浸水被害が発生する危険性
    (ア) 事実関係
   前記1の認定事実に,証拠(乙A49,乙A52,乙A58,証人jの証言〔一部〕及び証人kの証言〔一部〕)を総合す
ると,次のとおり認められる。
 a 菊水橋付近から洗心橋付近にかけて溢水が発生すれば,それによる氾濫流は,それまでの川の流れの方向,
すり鉢状の地形の勾配及び道路に沿って,甲ビル付近まで到達する(前記1(8)ア)(別紙8〔下図〕参照)。
 b 本件溢水時及び平成11年水害時には,氾濫流は,河道付近からの土地の勾配に沿って道路を流下し,甲ビ
ルまで到達し,原告らに浸水被害をもたらした(前記1(8)イ,1(10)ウ)。
 c 昭和42年水害時には,氾濫流は,旧河道に沿って東側及び西側市街地に流れ込み,河道付近からの土地の
勾配及び道路に沿って,甲ビル方面にも流下したが,甲ビルは浸水被害を免れた(前記1(2)ウ)。
 d もっとも,一般に,氾濫流が流れる方向に家屋等があれば,それが障害となって氾濫流の向きや量が変わり,浸
水区域にも差が生じる(証人j・平成14年6月20日調書・16~17頁,証人k・平成14年8月8日調書・40~42頁)。
 それ故,昭和42年水害時に,甲ビルの地点が浸水被害から免れたとしても,それは,新湊川左岸側の菊水橋
付近から洗心橋付近にかけて,河川護岸ぎりぎりに市場,店舗,住居及び倉庫等が建てられていたため,かかる家屋等が
障害となって氾濫流の向きや量が変わり,甲ビルまで到達しなかった可能性がある(乙A49,乙A52,乙A58の1・37~3
9頁,証人k・平成14年8月8日調書・40~42頁,別紙9,別紙9-2参照)。
 e 現に,河川護岸の家屋等が存在しなかった昭和13年水害は,昭和42年水害よりも降雨量が少なく(別紙5参
照),かつ溢水箇所も遙か上流であったにもかかわらず,旧河道から西側市街地へ流入し,かつ甲ビル付近にも浸水被害
をもたらしている(前記1(2)イ)。
    (イ) 検 討
     a 以上からすれば,菊水橋付近から洗心橋付近にかけて溢水が発生すれば,その氾濫流は,土地の勾配等に
沿って甲ビル付近まで容易に到達し得るため,甲ビルに浸水被害が発生する蓋然性が高いものと認められる。
     b それゆえ,仮に,原告らが主張するように,本件溢水時に本件改修工事が行われておらず,菊水橋付近で溢
水が発生したとしても,菊水橋地点からの氾濫流は,流れてきた方向(甲ビル方面)を保持しつつ流出するため,菊水橋地
点の勾配に沿って東西2方向に分かれて南下し,西側市街地方面にも氾濫流の多くが流下することになるので,甲ビル付
近が溢水被害を免れたとは認められない。
     c また,仮に,原告らが主張するように,被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖していれば,本件溢水時と同
じ箇所から氾濫流が発生することはなかったとしても,同様の理由により,甲ビル付近が溢水被害を免れたとは認められな
い。
   ウ 本件溢水時の大量の降雨
    (ア) 事実関係
   前記1の認定事実及び証拠(甲8)によると,次のとおり認められる。
     a 新湊川の流水特性
   新湊川上流域への降雨は,市街化に伴う土地の保水力の低下,及び急峻な河川勾配の影響により,極めて短
時間で大量に新湊川下流域まで到達し,下流域の河川水位を急上昇させる原因となる(前記1(1)ウ)。
     b 各水害時の降雨量等
  (a) 昭和13年水害時には,10分間最大雨量15.3㎜,60分間最大雨量60.8㎜,日雨量269.2㎜もの降雨が
観測されており,短時間に強い雨(集中豪雨)及びそれ以外にも相当量の降雨があり,その結果,溢水を生じるに至った
(前記1(2)イ)。
  (b) 昭和42年水害時には,10分間最大雨量23.4㎜,60分間最大雨量75.8㎜,日雨量319.4㎜もの降雨が
観測されており,短時間に強い雨(集中豪雨)及びそれ以外にも相当量の降雨があり,その結果,溢水を生じるに至った
(前記1(2)ウ)。
  (c) 本件溢水時には,各観測所毎に見ると,10分間最大雨量11.0~23.0㎜(甲8・4-11頁参照),60分間
最大雨量36.0~80.0㎜(甲8・4-14頁参照),日雨量98.0~149.0㎜(甲8・4-11頁参照)もの降雨が観測されて
おり,平均すると,10分間最大雨量17.7㎜,60分間最大雨量62.2㎜,日雨量132.3㎜もの短時間に強い雨(集中豪
雨)及びそれ以外にも相当量の降雨があった。特に,新湊川上流域には,10分間に10㎜以上の強い雨が約50分間も続
いた(前記1(6)ア・イ)。
    本件溢水当時は,上記降雨により,河川水位が約10分間で約1~1.5mも急上昇し,その結果,溢水が発生
した(前記1(7)ウ)。
  (d) 平成11年水害時には,10分間最大雨量15.8㎜,60分間最大雨量55.6㎜,日雨量206.6㎜もの降雨が
観測されており,短時間に強い雨(集中豪雨)及びそれ以外にも相当量の降雨があり,その結果,溢水(第2次溢水)が生
じるに至った(前記1(10)ア・イ)。
    平成11年水害時には,上記降雨により,河川水位が約10分間で約1mも急上昇し,その結果,溢水が発生し
た。なお,第2次溢水当時,本件工事区間内には仮設工作物は存在しなかった(前記1(10)イ)。
     c 災害調査委員会の見解
   災害調査委員会は,本件溢水の原因について河川工学的観点から調査・検討を行った結果,本件溢水当時,
新湊川には,本来の流下能力(100‰/s)を大幅に超える流出量(130~140‰/s)があったと推定され,本件改修工事
や仮設工作物設置の有無に関係なく,本件溢水が発生したとの見解を示した(前記(9)ア(イ))。
    (イ) 検 討
a 上記(ア)aのような新湊川の流水特性,並びに上記bの(a)ないし(d)の水害時の降雨量及び傾向に照らせば,1
日に相当量の降雨があり,かつ短時間に強い雨(集中豪雨)があったことが,新湊川下流域に溢水を発生させる要因とな
っているものと認められる。
  また,上記(ア)b(c)(d)の本件溢水時及び平成11年水害時の降雨量・水位上昇率を比較すると,同程度の短時
間降雨量(10分間最大雨量及び60分間最大雨量)の下において,同程度の河川水位の上昇が生じていることが認めら
れ,特に,短時間降雨量の程度(多少)が,新湊川下流域に溢水を発生させる主要な要因となっていることが理解できる。
b これを本件溢水について見るに,本件溢水当日は,短時間降雨量(10分間最大雨量及び60分間最大雨量)
では,流域平均雨量で比較すると,昭和13年水害及び平成11年水害を上回る程の降雨量が観測され,最大観測値であ
るひよどり台観測所雨量で比較すると,昭和42年水害に匹敵する降雨量が観測されている。
  また,本件溢水は,日雨量では,昭和13年水害,昭和42年水害,平成11年水害のいずれにも及ばないもの
の,100㎜を遙かに超える多量の降雨が観測されており,相当量の降雨量があったことが明らかである(別紙5参照)。
  そうすると,本件溢水当日は,1日に相当量の降雨量があり,かつ短時間に他の水害時を上回るほどの強い雨
(集中豪雨)があったことは明らかであり,溢水を引き起こすに足る程度の多量の降雨があったものと認められる(かかる結
論は,災害調査委員会等の見解にも合致する。)。
c そして,本件溢水時(工事仮設物あり)及び平成11年水害時(工事仮設物なし)の各降雨量(特に10分間最大
雨量及び60分間最大雨量)の下で,同程度の河川水位の上昇が生じていることからすれば,上記のような溢水を引き起こ
すに足る降雨量の下では,本件改修工事の実施の有無及び河道内の工事仮設物の有無によって,溢水の発生に影響を
及ぼすものではないと認めても矛盾はない。
  それゆえ,本件溢水当時,新湊川流域には,河川改修工事の有無ないし河道内の仮設工作物の有無にかか
わらず,溢水を引き起こすに足る降雨量があったと推認することができる。
   エ 災害調査委員会の見解
    (ア) 災害調査委員会の報告内容
      災害調査委員会は,現地調査の結果や関係資料の分析・検討を経て,河川工学的見地から次の結論を導き,
それを「新湊川浸水災害調査報告書」(乙A1)にまとめている(前記1(9)ア(イ))。
 a 本件溢水時には,菊水橋付近で,新湊川の本来の流下能力100‰/sを大幅に超える流出量130~140‰/s
があったと推測される。
 b よって,本件改修工事を実施していなくても,本件溢水は発生していたが,本件改修工事を実施していたことに
より,溢水量が増大したものと推測される。
 (イ) 災害調査委員会の報告内容の検討
 a 原告らも,災害調査委員会の報告内容と同じく,新湊川の本来の流下能力は100‰/sであったと主張してい
る。したがって,災害調査委員会の報告内容の妥当性については,本件溢水時の新湊川の流出量が,130~140‰/sで
あったと認めることが合理的であるか否かにかかっている。
 b ところで,災害調査委員会の調査報告書(乙A1)は,次の3種類の方法により,それぞれ異なる観測データか
ら,異なる手法を用いて総合的に検討し,その結果,本件溢水時の新湊川の流出量を130~140‰/sと推測している。
 (a) 流出解析による方法(雨量観測値から流出量を推定する方法)
 (b) 洪水痕跡による方法(河道に残った最高水位の跡から流出量を推定する方法)
 (c) 実測流量を用いた比流法による方法(流量観測値から流出量を推定する方法)
 c そして,災害調査委員会の委員であったiが当裁判所に証人として出廷し,災害調査委員会の報告内容が妥当
であることについて証言している。また,証人k(京都大学防災研究所教授)が当裁判所に証人として出廷し,第三者の専
門家としての立場からみても,災害調査委員会の調査報告書の結論が妥当であることについて証言している。
 上記災害調査委員会の調査報告書(乙A1)の記載内容,証人iの証言,証人kの証言に照らせば,災害調査
委員会の結論は概ね妥当なものであって,本件溢水時の新湊川の流出量は,菊水橋付近で,概ね130~140‰/s前後
であったと認めるのが相当であり,本件溢水時には,菊水橋付近で,新湊川の本来の流下能力100‰/sを大幅に超える
流出量があったと推測することができる。
 (ウ) 災害調査委員会の報告に基づく認定
 そうすると,災害調査委員会の報告内容(乙A1)に基づき,次のとおり認めることができる。
 a 本件溢水時には,菊水橋付近で,新湊川の本来の流下能力(100‰/s)を大幅に超える流出量(概ね130~1
40‰/s前後)があったと推測されるので,本件改修工事を実施していなくても,本件溢水は発生していた。
     b また,同様の理由から,被告会社らが,本件溢水時に,止水壁妻部を撤去し,かつ流水阻害物を撤去していて
も,本件溢水が発生したと認めることができる。
 オ 平成11年水害
 (ア) 事実関係
前記1の認定事実によると,次のとおり認められる。
    a 平成11年水害時は,10分間最大雨量も60分間最大雨量も本件溢水時よりも少なく(別紙5参照),かつ,本件
工事区間における改修工事は既に完了しており,菊水橋付近から熊野橋付近にかけて本件溢水当時に存在した工事仮
設物は設置されていなかった。
     b ところが,平成11年水害でも,新湊川の洗心橋(洗心橋仮橋直上流の新橋)直上付近から溢水が発生し,水防
柵が転倒した箇所から氾濫水が市街地へ流出し,甲ビル付近へも浸水被害が及んだ。そして,原告らは,平成11年水害
によっても,浸水被害を被った(前記1(10))。
 (イ) 検 討
 a 平成11年水害当日は,本件溢水時よりも最大雨量が少なく,かつ,菊水橋付近から熊野橋にかけて本件溢水
当時に存在した工事仮設物が存在していなかったのに,本件溢水時とほぼ同じ箇所(洗心橋地点直上)から溢水してい
る。
 b これは,菊水橋付近から洗心橋付近にかけて,新湊川の流下能力が極めて低く,極めて溢水しやすい地形で
あることを完全に裏付けたものであり,本件溢水当時,本件改修工事を実施していなくとも本件溢水が発生していたこと
や,本件溢水時に止水壁妻部を撤去し,かつ流水阻害物を撤去していても,本件溢水が発生したと裏付ける決定的な証
拠であるとさえ評価できる。
カ まとめ
  以上の認定判断を総合すると,多量の降雨によって新湊川の本来の流下能力を超える流出量が生じた場合に
は,もともと菊水橋付近から洗心橋付近にかけて溢水が発生する可能性が高く,そして,そのような溢水が発生した場合に
は,その氾濫流は,新湊川左岸側の土地の勾配や道路に沿って,甲ビル付近まで到達する可能性が高いという状況下に
おいて,本件溢水当日,本件改修工事や河道内の仮設工作物の有無を問わず,溢水を引き起こすに足る程度の降雨量
があったと認めることができる。
  よって,仮に本件改修工事が実施されず,あるいは適切な溢水防止措置が講じられていたとしても,甲ビルは浸水
被害を免れなかった蓋然性が極めて高いといえる。
  (2) 前記判断に反する原告ら主張の検討
   ア 新湊川の流出量について
    (ア) 原告らの主張
 原告らは,本件溢水時の新湊川の流出量が100~105‰/sであると推定されることを前提として,次のとおり主
張する。
a 本件溢水時の菊水橋地点の流出量は,本件改修工事以前の本来の流下能力(パラペットによる溢水防止分を
含む。)を超えていなかったのであるから,被告県が本件改修工事を実施しなければ,本件溢水を防止できたはずである。
b 本件溢水時の菊水橋地点の流出量は,出水時に止水壁妻部等を撤去することによって確保することが予定さ
れていた流下能力を超えていなかったのであるから,被告らが止水壁妻部の撤去を始めとする溢水防止措置を講じてい
れば,本件溢水をほとんど防止できたはずである。
    (イ) 原告らの推定の根拠
      原告らは,本件溢水時の新湊川の流出量を100~105‰/sと推定する根拠として,次のとおり主張する。
     a 流出解析による推定
 (a) 石井川トンネル内(素掘部)は,岩盤を開削したままの水路であるから,マニングの粗度係数の「岩盤直線水
路」に該当する(別紙11参照)。
   そして,同トンネル内(素掘部)には,本件溢水当時,流水阻害要因となる大きな石(数十個)や流木(1本)が
堆積していた(別紙11-2〔上表〕参照)。
 よって,石井川トンネル(素掘部)の粗度係数は,標準値(0.035)を超える0.040ないし0.050である(別紙
11-2〔中表〕参照)。
 (b) 上記(a)を前提に本件溢水時の新湊川の流出量を算出すると,98‰/sとなる(別紙11-2〔下表〕参照)。
     b 洪水痕跡による推定
 (a) 本件溢水による洪水痕跡(河道に残された最高水位の痕跡)は,石井川の河床から3.10m及び2.80mの
地点に残されている。
しかし,一般に洪水痕跡水位は高めに出るものであるから,流出量の算出に用いる際には,実際の洪水痕跡
水位から10㎝切り下げた高さを用いるべきである。
 (b) また,石井川の洪水痕跡付近は,マニングの粗度係数の「石積み,モルタル目地のライニングした水路」に
該当する(別紙11参照)。
よって,石井川の粗度係数は,標準値(0.025)よりも小さい値を用いるべきではない。
 (c) 上記(a)(b)を前提に本件溢水時の新湊川の流出量を算出すると,103~105‰/sとなる(別紙11-2〔下表〕
参照)。
     c まとめ
   以上の計算結果を総合すると,本件溢水時の新湊川の流出量は,100~105‰/s程度であったと推定できる
(別紙11-2〔下表〕参照)。
    (ウ) 検 討
     a 流出解析による推定について
      (a) 原告らは,本件溢水当時,石井川トンネル内の素堀部の部分に,数十個の大きな石が堆積し,流木が1本
引っ掛かっていたとして,これを前提に,新湊川の流出量を推定している。
 (b) しかし,証拠(甲16・5-4頁~5-5頁,同6-4頁~6-5頁,乙A29の2,乙A31の1~3,乙A32,乙A3
6の1・2,乙A37,乙A38,乙A46の2,乙A47,乙A53)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 ⅰ 平成10年9月29日(本件溢水直後)に石井川トンネル内を撮影した写真には,流木が1本引っ掛かってい
る以外には,数十個の大きな石などの目立つ堆積物は写っていない(乙A36の1)。
 ⅱ 平成11年11月23日ないし同年12月9日(本件溢水から1年以上経過し,かつ平成11年水害の発生後)に
石井川トンネル内を撮影した写真には,流木1本のほか,原告らの指摘する数十個の石等の堆積物が写っており,その存
在が確認されている(乙A38・5-4頁〔写真5.1(a)~(d)〕)。
 ⅲ 石井川トンネル上流の烏原川には,上記ⅱの写真に類似した石が堆積している箇所がある(乙A47①~
⑤)。他方,石井川トンネル下流の滝つぼ付近に,上記ⅱの写真に類似した石が堆積している箇所がある(乙A47⑥・
⑦)。
 (c) 以上からすれば,石井川トンネル内の大きな石は,その大半が転石であり,本件溢水の翌年に発生した平成
11年水害の際に,石井川トンネル上流の烏原川から供給されて堆積した可能性が否定できない(証人k・平成14年8月8
日調書・11~14頁)。
 そうすると,本件溢水当時,石井川トンネル内に,原告らが指摘するほど多くの石が堆積していたか否かは不
明であるから,かかる石の存在を前提として算出された原告らの推定流出量を,直ちに適切なものと認めることはできな
い。
     b 洪水痕跡による推定について
 (a) 証拠(乙A44・17頁~18頁,証人k〔一部〕)によれば,洪水痕跡水位に関して,次の各事実が認められる。
 ⅰ 溢水のピーク時には,河川水位が激しく上下するため,河川水位が一時的に上昇したときにゴミ等が押し上
げられて洪水痕跡として残る場合があるから,平均水位よりも高い位置に洪水痕跡を残している場合がある(証人k・平成1
4年8月8日調書31~32頁)。
 ⅱ 他方,本件の場合のようなゴミ等による洪水痕跡は,その自重によってずり落ち,実際の水位よりも低い位
置に洪水痕跡を残している可能性がある(乙A44・17~18頁,53頁)。
 (b) 以上からすれば,本件において洪水痕跡水位が必ずしも高く出たとは限らず,実測した洪水痕跡水位を切り
下げる必要性があるか否か不明であるし,また,仮に洪水痕跡水位を切り下げる必要があるとして,10㎝切り下げることの
根拠は明らかではない。
 そうすると,実際の洪水痕跡水位を10㎝切り下げることを前提として算出された原告らの推定流出量を,適切
なものと認めることはできない。
     c まとめ
   以上より,原告らの主張する本件溢水時の新湊川の推定流出量100~105‰/sが適切なものと認めることがで
きないから,これを前提とする原告らの前記(ア)の主張も採用することもできない。
   イ 水防柵について
    (ア) 原告らの主張
 原告らは,水防柵の高さが1mであったのに対し,本件溢水当日の越流水深は90㎝程度であったとされているこ
とから,被告会社らが水防柵開口部を閉鎖し,合わせて他の溢水防止措置を講じていれば,本件溢水を防止でき,あるい
は溢水箇所が変わり,溢水量も軽減できるから,原告らは浸水被害を免れたはずであると主張する。
    (イ) 事実の認定
  上記1の認定事実に,証拠(甲8,乙A1)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
a 本件溢水当日,新湊川の流下能力は,止水壁妻部や階段・手摺等の仮設工作物の撤去の有無にかかわらず,
洗心橋工区が最も小さく,次いで兵庫6工区が小さかった(前記1(5)ア,乙A1・37頁〔表7.2〕)。
b そして,本件工事区間における護岸高は,左右両岸とも洗心橋仮橋上流付近が最も低く,護岸上に設置された
水防柵高も,洗心橋仮橋上流付近が最も低くなっていた(乙A1の19頁〔図4.7〕)。
c そのため,新湊川の河川水位が上昇すると,水防柵開口部の閉鎖の有無にかかわらず,まず洗心橋仮橋の桁
下に流水があたり,そのことによって堰上がった流水が,洗心橋仮橋直上流(別紙4の<A>と表示されている付近)から溢
水が発生し,徐々に上流(菊水橋方向)に向けて拡大することになる。
d 現に,本件溢水当時,まず洗心橋仮橋上流左岸付近(別紙4の<A>と表示されている付近)で溢水が発生し,そ
の直後,洗心橋仮橋上流右岸付近からも溢水が発生し,その後,左右両岸とも,徐々に上流の菊水橋に向かって拡大し
た(甲8・4-27頁,乙A1・16頁)。
  また,平成11年水害時も,洗心橋上流左岸付近において溢水が発生し,水流の力に抗しきれなくなった洗心
橋直上の水防柵が転倒した箇所から,氾濫水が市街地へ流出している(前記1(10)イ(イ))。
e このように,本件溢水時に,水防柵開口部が閉鎖されていたとしても,溢水は水防柵の下流側から上流に向け
て拡大してゆくため,水防柵閉鎖の効果は,水防柵に囲まれた範囲内に貯留する水量(最大でも3000‰)に留まり,水防
柵開口部が開口されていた場合に比べて,水位は1㎝程度しか変わらない(被告県の平成15年2月21日付け準備書面2
6・27頁参照)。
    (ウ) 検 討
 a 上記(イ)の認定によると,仮に被告A及び被告Bが本件溢水時に水防柵開口部を閉鎖していたとしても,本件溢
水による溢水量をほとんど軽減する効果はなかったものと認められ,しかも,本件溢水時と同様に,最も水位の低い洗心橋
仮橋上流付近(別紙4の<A>と表示されている付近)から主として溢水していたことが認められる。
 b そうすると,仮に被告A及び被告Bが水防柵開口部を閉鎖し,かつ他の溢水防止措置を講じていたとしても,本
件溢水を防止することができたとは認められないし,また,本件溢水時とは異なる箇所から溢水し,かつ,溢水量を減少さ
せるに足る効果があったとも認められないので,原告らが浸水被害(甲ビル付近の浸水)を免れたとは認められない。
 c それゆえ,原告らの前記(ア)の主張も理由がない。
  (3) 総 括
ア 以上の認定判断によると,仮に原告らが主張するように,本件溢水当時,本件改修工事が実施されておらず,ある
いは,被告らが,本件改修工事について,適切な溢水防止措置を講じていたとしても,甲ビルは浸水被害を免れなかった
蓋然性が極めて高いと認められる。
イ それゆえ,原告らが主張する被告県の河川管理上の瑕疵,あるいは被告会社らの溢水防止措置の懈怠にかかる
違法性及び過失と,原告らの浸水被害の発生との間に,相当因果関係があるとは認められない。
第5 当裁判所の判断2(洪水調節の懈怠関係)
 1 原告らの主張
   原告らは,次のとおり主張する。
(1) 河川管理上の瑕疵
    被告県は,上流にある烏原貯水池を利用して新湊川の流出量を軽減するため,同貯水池を管理する神戸市に対し
て協力を求める義務があった。ところが,被告県は,本件溢水当日,大雨・洪水警報が発令される事態であったにもかかわ
らず,神戸市に対して上記協力を求めることを怠った。被告県が,神戸市に上記協力を求めず,新湊川の洪水調節を怠っ
たことは,河川管理上の瑕疵にあたる。
(2) 相当因果関係
被告県が,本件溢水当日,神戸市に対して協力を求め,石井川の流水を烏原貯水池に取水して,新湊川の流出量
を減少させていれば,原告らの浸水被害を最小限にくい止めることができたはずである。
2 検 討
(1) 河川管理上の瑕疵について
ア 事実の認定
  証拠(乙A24,証人d)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
 (ア) 烏原貯水池は,神戸市が水道用水を取水することを目的として設置しているものである。
 (イ) すなわち,烏原貯水池は,いわゆる利水ダムであり,洪水時に河川の流出量をダムで調節し,下流の河川流量
を低減させ,下流域の洪水被害を軽減することを目的とする治水ダムとは異なる。
  (ウ) それゆえ,烏原貯水池は,本件溢水当時,洪水調節容量を有しておらず,かつ取水ゲートや調節用ゲートは
洪水を調節する機能を有していなかったのであるから,そもそも洪水調節を行うことができない。
イ 検 討
(ア)上記アの事実によると,被告県は,本件溢水当日,事前に神戸市と何らの協議をすることもなく,神戸市に対
し,本件溢水を防止するため,石井川の流水を烏原貯水池に取水することを認めるよう協力を求めることはできなかった。
(イ) それゆえ,被告県が,本件溢水当日,神戸市に対し,本件溢水を防止するため,石井川の流水を烏原貯水池
に取水することを認めるよう協力を求めなかったことが,河川管理上の瑕疵にあたるとは認められない。
(2) 相当因果関係について
ア原告らは,被告県が神戸市に対して協力を求め,石井川の流水を烏原貯水池に取水して,新湊川の流出量を減
少させていれば,原告らの浸水被害を最小限にくい止めることができたと主張するのみで,これを裏付ける主張・立証を全
くしていない。
   イ それゆえ,仮に,被告県が,本件溢水当日,神戸市に協力を要請して石井川の流水を烏原貯水池に取水し,新
湊川の流出量を減少させることができたとしても,それによって実際に新湊川の流出量をどの程度軽減することができ,そ
のことが原告らの浸水被害にいかなる影響を及ぼしたのかは,全く不明である。
   ウ よって,原告らの前記アの主張(河川管理上の瑕疵と原告らの損害との相当因果関係)も到底認めることができな
い。
第6 結 語
以上の次第で,原告らの本訴請求は,その余の点について論じるまでもなく理由がないから,これを棄却することと
し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
        
        裁判長裁判官  紙  浦  健  二
           裁判官  今  中  秀  雄
           裁判官  秋  田  志  保

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