弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成六年七月一四日付けの平六陸傷第二五七号をもっ
てした傷病恩給請求棄却処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
 控訴棄却申立て
第二 事案の概要及び当事者の主張等
一 事案の概要
 本件は、大韓民国在住の韓国人である控訴人が、昭和一九年一二月に日本国の陸
軍歩兵として戦闘中に左下腿右肩胛部腰部軟部盲貫迫撃砲弾破片創の重傷を負い、
さらに、昭和二〇年三月に兵站病院入院中に敵機の爆撃を受けて右腕切断等の傷害
を負ったため、被控訴人に対し、平成六年四月四日付けで公務のために傷痍を受け
たことを理由として恩給法(大正一二年法律第四八号。以下、「恩給法」といい、
略称は、特にことわりのない場合でも、原判決にならうものとする。)四六条に基
づく増加恩給の請求(本件請求)をしたところ、被控訴人から、同年七月一四日付
けで、控訴人は、昭和二七年四月二八日発効の日本国との平和条約(平和条約)に
よって日本国籍を喪失し、増加恩給を受ける権利も法九条一項三号(国籍条項)の
規定により喪失したとして、右請求を棄却する処分(本件処分)を受けたので、右
処分は違法(憲法、条約、条理等違反)であるとしてその取消しを求めた事案であ
る。
二 控訴人の経歴、負傷等と本件訴訟に至る経緯
1 控訴人は、大正一三年(一九二四年)一二月一二日、当時の朝鮮慶尚南道蔚山
郡α二八七番地において、父a、母bとの間の子として出生した。控訴人は、右出
生時、韓国併合ニ関スル条約(明治四三年(一九一〇年))に基づき、日本国籍を
取得し、日本臣民とされていた(甲第九号証、控訴人本人)。
2 控訴人は、昭和一三年四月三日に施行された陸軍特別志願兵令に基づき、昭和
一七年初めころ日本国旧陸軍(以下「陸軍」という。)に志願し、同年六月ころ日
本国のソウル志願兵訓練所に入所した。同所で六か月間訓練を受けた後、控訴人
は、昭和一九年六月一八日釜山港を出発し、同年七月一八日昭南(シンガポール)
に上陸し、同日歩兵第一六八連隊に転属となり、同年八月一五日泰緬国境を通過
し、同月一七日ペグーに到着し、同年一二月一二日ビルマ南部ワラバン付近の戦闘
において左下腿右
肩胛部腰部軟部盲貫迫撃砲弾破片創を受け、カインチック第一八師団第一野戦病院
に入院し、昭和二〇年二月二五日ライカ第一二一兵站病院に転送となり、同病院に
入院中、同年三月四日敵機の爆撃により右上膊投下爆弾破片創を受け、各地の衛生
機関を経て、昭和二一年三月一八日西貢(サイゴン)南方第二陸軍病院を事故退院
し、その間昭和二〇年八月一〇日歩兵第一四四連隊に転属し、昭和二一年四月二八
日復員し、同年八月ころ現在の大韓民国に帰国した(乙第一号証(履歴書)、乙第
二号証(陸軍戦時名簿)、甲第一号証及び第二号証)。
3 控訴人は、平和条約の発効によって、日本国籍を喪失した(争いがない事実)
が、その後平成六年に至り、被控訴人(日本国の総務庁恩給局長)に対して同年
(一九九四年)四月四日付け公務傷病による恩給請求書(乙第三号証)に傷病名を
「切断状態上?部右、破片創下肢左肩胛部右」とする恩給診断書(乙第四号証)等
を添えて、恩給法四六条三項の規定に基づき、公務傷病による増加恩給の請求(す
なわち、本件請求)をした。これに対し、被控訴人は、同年七月一四日付けで、控
訴人の公務に起因する機能障害が恩給法別表第一号表ノ二に掲げる程度の障害であ
ったとしても、控訴人は、平和条約が昭和二七年四月二八日に発効したことに伴い
日本国籍を喪失し、増加恩給を受ける権利は恩給法九条一項三号の規定(すなわ
ち、国籍条項)により消滅したことを理由として、右控訴人の公務傷病による右増
加恩給の請求を棄却する旨の本件処分をした(甲第三号証)。
4 控訴人は、本件処分を不服として、平成六年(一九九四年)九月二八日付け書
面(乙第五号証)をもって異議申立てをしたが、被控訴人は、同年一〇月一四日付
けをもって右控訴人の異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲第五号証)。
5 さらに控訴人は、右決定を不服として平成六年(一九九四年)一〇月二二日付
け書面(甲第六号証)をもって総務庁長官に対し審査請求をしたが、総務庁長官
は、平成七年四月二一日付けをもって右審査請求を棄却する旨の裁決(甲第七号
証)をした。
三 本件処分に関する当事者の主張と本件の争点
1(控訴人の主張と争点)
 本件処分の違法性に関する控訴人の当審における主張は、原審におけるものと特
に異なるところはなく、従前の主張とこれに敷衍する主張等をいうものである。特
にその骨子とするところは、原判決中の「原告の主張」
の項(同判決一六頁三行目冒頭から三三頁九行目末尾まで)に掲記のとおりである
が、右処分違法事由の主張は、いずれも控訴人が平和条約の発効に伴い、日本国籍
を喪失したこと(当事者間に争いない事実)をその前提としており、控訴人の本件
請求については、控訴人が日本国籍を喪失していても、恩給法九条一項三号所定の
国籍条項の適用は排除されるべきであるのに同条項を適用して控訴人の本件請求を
棄却した被控訴人の本件処分は違法であり、取り消されるべきであるというもので
ある。
 ちなみに、原審において争点とされ、原判決において判断された点を掲記する
と、次のとおりであり、控訴人は当審においても同様の点につき主張を維持してい
る。
① 国籍条項が憲法一四条、二九条、一三条に違反するか否か(原判決掲記の争点
1)。
② 自己の意思によらず日本国籍を喪失した者に国籍条項を適用することが右各憲
法の条項に違反するか否か(同争点2)。
③ 朝鮮半島出身者に対して国籍条項を適用することが右各憲法の条件に違反する
か否か(同争点3)。
④ 国籍条項を適用して、本件請求を拒否することが増加恩給の性質に違反するか
否か(同争点4)。
⑤ 旧植民地出身の増加恩給請求権者(傷病軍人)に対し国籍条項を適用すること
が条理に反するか否か(同争点5)。
⑥ 国籍条項がB規約二六条に違反するか否か(同争点6)。
⑦ 控訴人の復員後から日本国籍を喪失するまでの間に係る増加恩給権が法四六条
三項に基づき認められるか否か(同争点7)。
2 (被控訴人の主張と争点)
 本件処分に関する被控訴人の主張の骨子は、控訴人の本件機能障害(右腕切断、
右足不自由による機能障害)による現在の状熊が公務に起因する傷病によるもので
あり、恩給法別表第一号表の二に掲げる重度障害の程度であるとしても、控訴人
は、平和条約が昭和二七年四月二八日に発効したことに伴い日本国籍を喪失したの
で、控訴人の増加恩給を受ける権利は国籍条項の規定(恩給法九条一項三号の規
定)により消滅しているから、右条項を適用して控訴人の本件請求を棄却した本件
処分は適法であるというものであり、控訴人の主張する国籍条項の適用の排除等の
前提となる点として、前掲各争点(憲法、条理、国際条約に違反するか否か)につ
いても順次反論の主張をしている。右争点に関する被控訴人の主張の骨子は、原判
決中の「被告の主張」の項(同判決三三頁一〇行目冒頭か
ら四七頁三行目末尾まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。
四 本件に関する歴史的経過
1 控訴人は、韓国併合ニ関スル条約の後に当時の朝鮮において出生して日本国籍
を取得し、平和条約の発効により日本国籍を失った(当事者間に争いがない。)。
2(一) 我が国は、昭和二七年四月二八日に発効した平和条約により、朝鮮の独
立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄し(平和条約二
条(a))、この地域に関し、日本国に対する右地域の住民の請求権の処理は日本
国と右地域の施政を行っている当局との間の特別取極の主題とされた(平和条約四
条(a))。
 なお、この平和条約発効により、前記二1の経緯で日本国籍を取得していた控訴
人は、日本国籍を喪失した(当事者間に争いがない。)。
(二) 我が国は、昭和四〇年一二月一八日に発効した日本国と大韓民国との間の
基本関係に関する条約(昭和四〇年条約第二五号)において、一九一〇年八月二二
日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定がもはや
無効であることを確認し(同条約二条)、同条約の発効日と同日(昭和四〇年一二
月一八日)に効力を生じた財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関
する日本国と大韓民国との間の協定により、我が国は大韓民国に対して、当時一〇
八〇億円に相当する生産物及び役務の無償供写、七二〇億円に相当する長期低利貸
付を約し(同協定一条一項)、一九四七年八月一五日から一九六五年六月二二日ま
での間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益並びに一九
四五年八月一五日以後における通常の接触の過程において取得され、又は他方の締
約国の管轄下に入った一方の締結国及びその国民の財産、権利及び利益を除き、両
締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求
権に関する問題が、平和条約四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終
的に解決されたこととなることを確認し(同協定二条一項、二項)、右の範囲に属
する一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であって、一九六五年六月二
二日に他方の締約国の管轄下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその
国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権で同日以前に生じた事由
に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとした(同
協定二条三項)。これにより、我が国と大韓民国とは、同協定二条三項の対象とな
る国民の財産、権利及び利益については、相互に外交上の保護権を放棄したことと
なった。
(三) このような経過を経て、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協
力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権
に対する措置に関する法律により、右協定二条三項の対象となる大韓民国及びその
国民の日本国又はその国民に対する債権等は、昭和四〇年六月二二日に消滅したも
のとされた。
五 その他
 右に述べたほかの本件に関連する法令の規定等、当事者間に争いのない事実等、
争点及び当事者の主張は、原判決の事実及び理由欄の第二「法令の規定等」、同第
三「争いのない事実等」及び同第四「争点及び当事者の主張」の一、二に記載のと
おりであるから、これを引用する(ただし、原判決九頁七、八行目の「昭和二一年
法律第三一号による恩給法改正後」を「昭和二六年法律第八七号により、本則にお
いて」に、同一〇頁一行目の「三年を超える懲役」を「六年以上の懲役(ただし、
昭和八年法律第五〇号により「二年を超える懲役」に、さらに昭和二三年法律第一
八五号により「三年を超える懲役」にそれぞれ改正された。)」にそれぞれ改め
る。)。
六 証拠
 証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであ
るから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
 当裁判所も、被控訴人が、控訴人のした増加恩給の請求(本件請求)について、
控訴人が日本国籍を喪失していることを前提とし、恩給法九条一項三号(国籍条
項)を適用して、これを棄却した本件処分は、その適用に係る国籍条項及び右処分
が控訴人の主張する憲法、条約、条理等に反するものではなく、これを取り消さな
ければならない事由はないから、右処分の取消しを求める控訴人の本訴請求は理由
がないものと判断するが、その理由は、次のとおり加えるほかは、原判決の事実及
び理由欄の第五「当裁判所の判断」に記載のとおり(ただし、原判決中「朝鮮半
島」とあるを「朝鮮地域」に改め、七五頁七行目の「B規約に署名し」を「B規約
を公布し」に改め、八三頁二、三行目のしたがって」から五行目末尾までを削除す
る。)であるから、これを引用する。
一 国籍条項が憲法一四条に違反するか否かについて
 控訴人は、「国籍ヲ失ヒタルトキ」は増加恩給を受ける権利が
消滅する旨を定める法九条一項三号、すなわち、本件処分に適用された「国籍条
項」の規定が憲法一四条に違反する旨主張し、これを前提として同条項を適用して
された本件処分が違法である旨主張する。
1 憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差
別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実
関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理
性を有する限り、何ら右規定に違反するものでないと解するのが判例の趣旨とする
ところである(最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判
決・刑集一八巻九号五七九頁、最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月
二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。
2 ところで、我が国は、昭和二七年四月二八日に発効した平和条約により、朝鮮
の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、
権原及び請求権を放棄し(二条(a))、この地域に関し、日本国及びその国民に
対する右地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は、日本国と右当局
との間の特別取極の主題とするものとされ(四条)、また、我が国は、右条約の署
名国でない国と、右条約に定めるところと同一の又は実質的に同一の条件で二国間
の平和条約を締結することが予定された(二六条)。また、同条約の発効により、
我が国が、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄したこ
とに伴い、朝鮮地域の住民は、朝鮮の国籍を取得し、日本国籍を喪失したものと解
するのが相当である。この理は、最高裁昭和三〇年(オ)第八九〇号同三六年四月
五日大法廷判決・民集一五巻四号六五七頁、最高裁昭和三三年(あ)第二一〇九号
同三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁、最高裁昭和三八年
(オ)第一三四三号同四〇年六月四日第二小法廷判決・民集一九巻四号八九八頁等
の判示する趣旨に徴し、是認されて然るべきである。
3 そして、その後、我が国においては昭和二八年八月一日施行の恩給法改正法に
より、旧軍人等及びこれらの者の遺族に対する恩給の支給が復活されたが、その時
点においては、平和条約の発効に伴い、既に朝鮮地域の住民は日本の国籍を喪失し
ていたのであるから、国籍条項の趣旨に照らし、恩給の受給資格を有しないことと
なったものである
。以上の経緯に照らせば、朝鮮地域の住民である旧軍人が法の適用から除外された
のは朝鮮地域の住民の請求権の処理は平和条約によって、日本国政府と朝鮮地域の
政府との間に締結される予定の特別取極の主題とされたことから、朝鮮地域の住民
である旧軍人に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されること
が予定されたことに基づくものと解されるのであり、そのことには十分な合理的根
拠があるものというべきである。したがって、国籍条項により日本の国籍を有する
旧軍人と朝鮮地域の住民である旧軍人との間に差別が生じているとしても、それは
右のような根拠に基づくものである以上、前掲大法廷判例の趣旨に徴し、国籍条項
が、憲法一四条に違反するものということはできない。
二 国籍条項が憲法二九条、一三条に違反するか否かについて
 控訴人は、控訴人に増加恩給受給権が発生していたこと及び右控訴人に発生して
いた増加恩給請求権が消滅した理由は控訴人が平和条約によって国籍を喪失したこ
とによることを前提として、これを喪失させる旨を定めている国籍条項が憲法二九
条、一三条に違反する旨主張する。
1 しかし、恩給法は、その制定当初から、「国籍ヲ失ヒタルトキ」は増加恩給を
受ける権利が消滅する旨の規定を一貫して置いているうえ、前説示のような経緯に
よって、控訴人を含む朝鮮地域の住民である旧軍人に対する補償問題も日本国政府
と朝鮮地域の政府との外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づ
き、国籍条項が従前のとおりとされ、ことさらに朝鮮地域の住民について国籍条項
を適用しない旨の例外を設けなかったものであるうえ、控訴人が主張するような戦
争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡に係わる非常事態の下では、国民の等しく受忍
しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の予想していな
いところであり、右のような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては、国家財政、社会
経済、損失の内容程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量判断に委ねられ、
これに基づいて右のような立法政策的見地からの配慮が考えられるものであると解
される(最高裁昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民
集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁平成五年(オ)第一七五一号同九年三月一三日
第一小法廷判決・民集五一巻三号一二三三頁、最高裁平成一〇年(オ)第二〇三六
号同一一年一二
月二〇日第一小法廷判決参照)。要するに、憲法は、右のような補償につき何らの
想定をもしていないというほかなく、それ故、我が国の国内法である恩給法中に設
けられた国籍条項が憲法に違反する法規定であるということはできないのである。
したがって、また、そのような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては、立法を待たず
に、戦争遂行主体たる国に対して憲法の条項(二九条三項)に基づき直接請求する
ことができず、他に直接国に対し補償請求ができるとする条理も見出しえないので
ある(このことは、前掲各判例の趣旨に照らし明らかであるといえる。)。
2 もとより、当該国民の所属する国家が何らかの形で法律等により恩給制度を定
め、あるいはこれをどのように改廃するかは立法政策の問題であり、その給付の性
質いかんによって右立法府の裁量が当然に制約されるべきものと解することはでき
ない。こと我が国の恩給法のもとでの恩給制度の趣旨・性格に鑑みれば、その給付
が普通恩給であれ増加恩給であれ、恩給を受ける権利は、法律の規定によって初め
て生じ、法律の規定する内容の限度で具体的権利としてその受給権が認められるも
のと解されるところ、我が国の恩給法上、年金としての恩給を受ける権利は、日本
国民(法定の資格要件を具備した者)に付与されるが、日本国籍を失ったときに消
滅する内容の権利として構成されていることは法文上明らかであって、外国人に恩
給を給付しないからといってその者については恩給受給権という財産権の侵害によ
る特別犠牲を被らせるといった事態を生ずる余地がない。また、このような限度で
恩給給付につき国内法を立法することは我が国の立法府の裁量の範囲内のこととし
て、憲法一四条に違反しないことは前記一で述べたとおりである。
 そうすると、日本国籍を失った外国人である控訴人が増加恩給を受給できないか
らといって、そもそも憲法二九条違反の問題が生じている余地はなく、前示のとお
り憲法二九条三項によって直接に請求することもできないというほかない。また、
控訴人が増加恩給を受けられないことが憲法一三条に定める幸福を追求する権利を
侵害され、それ故本件処分が違法となるという控訴人の主張は、同条の保障する権
利の性質から失当というほかなくこれを採用することができない。
三 自己の意思によらずに日本国籍を喪失した朝鮮地域の住民について国籍条項を
適用することが憲法一四条、二九条、一
三条に違反するか否かについて
 控訴人は、自己の意思によらずに日本国籍を喪失したことを前提として、そのよ
うな場合には朝鮮地域の住民たる控訴人に国籍条項を適用することは、憲法一四
条、二九条、一三条に違反するとも主張する。
1 しかしながら、恩給を受ける権利は、法律の規定を待って初めて生じ、法律の
規定する内容の限度で権利として認められるところ、恩給法上、年金である恩給を
受ける権利は、国籍を失ったときに消滅する内容の権利として構成されているので
あるから、外国人には恩給権という財産権の侵害という事態が生ずる余地はない。
このような限度での給付立法をすることが、立法府の裁量の範囲内であり憲法一四
条一項に違反しないことは、前記二で述べたとおりである。そうである以上、そも
そも本件処分につき、憲法二九条違反の問題は生じないというべきである。さらに
いえば、控訴人を含む朝鮮地域の住民である旧軍人に対する補償問題は、日本国政
府と朝鮮地域の政府との外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づ
き、国籍条項が従前のとおりとされ、ことさらに朝鮮地域の住民について国籍条項
を適用しない旨の例外を設けなかったものであるうえ、控訴人が主張するような戦
争犠牲ないし戦争損害に対しては、単に政策的見地からの配慮が考えられるにすぎ
ないものであることは前示のとおりである。
2 なお、控訴人は、控訴人の国籍喪失につき、「日本国の一方的な意思表示によ
って控訴人の国籍を剥奪し」たとも主張するようであるが、正確には、平和条約に
よって控訴人が日本国籍を失ったものと解するのが相当であることは先に述べたと
ころである。また、控訴人は、恩給法上、日本国籍を喪失した場合につき、それが
本人の意思に基づかずしてされた場合か、本人の意思(承諾)に基づいてされた場
合であるかを区別して国籍条項の適用につき異なる扱いをすべきというようである
が、恩給法では、右二つの場合を区別した定めをしていないことは明らかである
(ちなみに、国籍についての基本法である国籍法に定められた国籍喪失事由の定め
をみても、同法上では、「国籍の喪失」「国籍の離脱」の概念の区別はされていて
も、「国籍喪失」の事由中に自己の意思によるか否かで区別した事由を定めていな
いことは法文上明らかであり、この区別概念のないことは、恩給法の国籍条項が適
用される場合に参酌されて然るべきである。)。
3 よって、いずれの観点からみても、右控訴人の主張は採用することができな
い。
四 国籍条項がB規約二六条に違反するか否かについて
 控訴人は、日本において昭和五四年九月二一日に発効した市民的及び政治的権利
に関する国際規約(B規約)二六条が「すべての者は、法律の前に平等であり、い
かなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律
は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その
他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由
による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と定め
ているところ、国籍条項が右B規約二六条に違反する旨主張する。
 しかし、①B規約二六条は合理的な理由による区別は許しているものと解される
こと、②恩給の原資が大半は国費によって賄われており、恩給権は国家による自国
民の生活の保障ないし援助措置の一環として特に公務員に与えられた法によって創
設された権利であると解されるから、恩給の受給権者を自国民に限定する本件国籍
条項が合理的な理由による区別であり、国籍条項がB規約二六条に違反するとはい
えないことは、原判決が詳細に説示(原判決七五頁五行目から八一頁三行目まで)
するとおりであって、控訴人の右主張は採用することができない。
五 まとめ
 控訴人の主張する増加恩給請求に関する主要な争点についての当審が附加、補足
する判断は以上のとおりであり、その他原判決挙示の争点についての判断も、原判
決の認定、説示するとおりであるからこれを引用する。
 以上によれば、被控訴人が、控訴人のした増加恩給の請求について控訴人が日本
国籍を喪失していることを理由として棄却した本件処分は、適法であって、これを
違法なものとして右処分は取り消されるべきとする控訴人の主張はすべて失当であ
るから、右主張に依拠する控訴人の本訴請求は理由がないことに帰する。
第四 結論
 よって、控訴人の本訴請求を理由がないとして棄却した原判決は正当であり、本
件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第一二民事部
裁判長裁判官 伊藤瑩子
裁判官 鈴木敏之
裁判官 橋本昇二

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