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平成21年9月1日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10441号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年7月7日
判決
原告オーラテック株式会社
被告Y
同訴訟代理人弁理士宮田信道
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008―800060号事件について平成20年10月15日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告が有する下記2の本件発
明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求は成り立たないとした別紙審決書
(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消
事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)被告は,平成12年7月13日,発明の名称を「社交ダンス用フォーム矯
正具」とする特許出願(特願2000−213175号)をし,平成18年4月2
8日,設定の登録(特許第3796620号。甲12。以下「本件特許」とい
う。)を受けた。
(2)原告は,平成20年4月3日,全5項からなる請求項のうち,請求項1,
2,4及び5に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」,「本
件発明4」及び「本件発明5」という。)に係る特許について,特許無効審判を請
求し,無効2008−800060号事件として係属した。
(3)特許庁は,平成20年10月15日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」旨の本件審決をし,同月29日,その謄本が原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件発明1,2,4及び5の要旨は,次のとおりである。なお,文中の「/」は,
原文の改行部分を示す。
(1)本件発明1(請求項1)
上体矯正部(1)と,踊り手(10)の右手又は左手をパートナーと組する場合
を想定した規定の位置(A)に保持し得るように前記上体矯正部(1)に備わるハ
ンド保持部(3)とから構成し,/前記上体矯正部(1)は,踊り手(10)の鳩
尾部分に当接するリング状部位(2)と,該リング状部位(2)から下方に垂下す
る支持板(5)とを備え,/前記支持板(5)の下端部は,踊り手(10)の正
面側に支持手段(6,13)を介して保持されており,前記リング状部位(2)は,
前記ハンド保持部(3)により保持されている手以外の踊り手(10)の手をパー
トナーと組する場合を想定した規定の背面位置(G)に添えることが可能な奥行き
を有していることを特徴とする社交ダンス用フォーム矯正具。
(2)本件発明2(請求項2)
前記ハンド保持部(3)は,前記上体矯正部(1)において取付手段を介して着
脱自在に構成してあることを特徴とする請求項1記載の社交ダンス用フォーム矯正
具。
(3)本件発明4(請求項4)
請求項1又は2,3記載の上体矯正部(1)は,パートナー(15)の上体(1
6)を社交ダンスを踊る際の規定の位置に保持するために背面側部分(18)が嵌
合手段(9,17)により着脱可能に形成してあることを特徴とする社交ダンス用
フォーム矯正具。
(4)本件発明5(請求項5)
前記上体矯正部(1)には,踊り手(10)の左右の上腕部(21,22)をパ
ートナーと組する場合を想定した規定の位置に保持することが可能な上腕部保持手
段(19,20)が設けてあることを特徴とする請求項1又は2,3,4記載の社
交ダンス用フォーム矯正具。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,本件発明1,2,4及び5は,下記(1)ないし(1
1)の引用例に記載された各発明(以下「引用発明1」ないし「引用発明11」とい
う。)と同一でなく,また,これらの発明から容易に想到できたものでもないから,
当該発明に係る本件特許を無効にすることはできない,というものである。
(1)引用例1:篠田学「篠田学のダンス・イラストレッスン」(モダン出版株
式会社1999年1月15日発行。甲1)
(2)引用例2:金沢正太「プロが教えないダンス上達講座・モダン編」(株式
会社白夜書房1998年12月15日発行。甲2)
(3)引用例3:特開平9−192279号公報(甲3)
(4)引用例4:実開昭61−103167号公報(甲4)
(5)引用例5:特開平10−76025号公報(甲5)
(6)引用例6:特開平3−155856号公報(甲6)
(7)引用例7:実開昭63−184070号公報(甲7)
(8)引用例8:特許第2953359号公報(甲8)
(9)引用例9:実開平5−35161号公報(甲9)
(10)引用例10:特開平9−234157号公報(甲10)
(11)引用例11:特開平10−216031号公報(甲11)
4取消事由
(1)本件発明1の新規性・進歩性の判断の誤り
ア本件発明1が,引用例1ないし11に記載された「テニスラケット」と同一
でなく,容易に想到できないとした認定・判断の誤り(取消事由1−1)
イ本件発明1が,引用例1ないし11に記載された「中華鍋」「鍋」と同一で
なく,容易に想到できないとした認定・判断の誤り(取消事由1−2)
(2)本件発明2,4及び5の新規性・進歩性の判断の誤り(取消事由2)
(3)本件審決の手続違反(取消事由3)
(4)本件発明1,4及び5の実施可能要件違反(取消事由4)
第3当事者の主張
1取消事由1−1について
〔原告の主張〕
(1)テニスラケットを社交ダンス用フォーム矯正具として使用することは記載
も示唆もされていないとの本件審決の認定判断は,以下のとおり誤りである。
ア本件審決は,争点整理が不十分なまま,重要な証拠である引用例1のうちの
48,49頁だけから「テニスラケットを社交ダンス用フォーム矯正具として使用
することは記載も示唆もされていない」との誤った認定をした。提示した証拠全体
を把握して審理がされなかったため,一部が証拠として採用されず,誤った公正で
ない審決がされたのは,民事訴訟法上,違法である。
男性の左手の掌にグリップが,右手の中指,薬指,掌,手首にフレームが重なっ
て図示された,「図のテニスラケット」が社交ダンスの練習器具を示唆するかどう
かの判断に関して,重要な引用例1を採用しなかったために,ダンス技術を教示し,
イラストは踊り続ける間中継続している姿の瞬間的な1カットを図示している観点
からの審理がされなかった。
また,ホールドを作るという意味が,数秒間のセットアップ時の動作に加えて,
踊り続ける2,3分間での継続状態であることを見誤った。男性の右手の指,掌,
手首が本来は女性がいるべき模範的な位置に置かれたラケットを保持していること
が判断されなかった。ヒモの2点間距離とラケットの2つの位置の距離が,正しい
ホールドの距離をパラメーターとして,同じであることが判断されなかった。
さらに,相手のあるスポーツや芸能を練習するにあたり,相手が不在か同時には
練習できない時,特徴のある相手の身体や機能の一部を取り入れた器具はたとえ完
成度は低くとも練習器具となり得ることは,引用例1のヒモやレコード盤で明示さ
れており,女性の身体とラケットの類似性を比較する前に,「ラケットがダンス練
習する器具を示唆するものでない」との誤った判断がされた。
イ引用例1の44,45,48及び49頁にあるように,「図のテニスラケッ
ト」で模範指導された位置関係の図や記載文と,しっかりしているというイメージ
から,「図のテニスラケット」は練習に役立つ形象,物である。
「図のテニスラケット」のイメージがダンスの練習に役立つものであるが,イメ
ージをもっと恒常的な実際の物としてのダンス練習器具へ具現化することは,当業
者ならば容易に想起できることである。
ウ引用例1の49頁の「図のテニスラケット」は,ラケットのフレームのしっ
かりさだけを部分的に表すために設置されたものではない。
「図のテニスラケット」は,擬似パートナーのイメージを与える形象,物である。
すなわち,(ア)裏表紙と24頁上段図と49頁の図と45頁の図のように,形状
的,構造的に女性の右手から楕円形の胸骨に至るホールド,骨格であるフレームに
似ており,(イ)49頁の両図のように,機能的,作用的に模範位置を示す男性の
左手,右手の中指と薬指,掌,右手首,みぞおちで触れられ,保持される女性のよ
いホールド,骨格であるフレームに似ており,(ウ)45頁の模範的な男性がつく
った模範的なホールドの中に,1曲をシャドー練習する間中置かれることが指示さ
れ,機能,作用を果たし,(エ)49頁の左図添付文のように,男性にイメージを
持つように機能,作用を与え,(オ)53頁の下段左図添付文で他にもあることが
示唆された,他の社交ダンス練習器具などと同様の目的の練習に使われるものであ
り,テニスラケットは擬似パートナー性を有する社交ダンスの練習器具であること
が示唆,教示されているのである。
そして,「図のテニスラケット」のイメージがダンスの練習に役立つものである
が,このイメージをもっと恒常的な実際の物としてのダンス練習器具へ具現化する
ことは,当業者ならば容易に想起できることである。
エ引用例1の「図のテニスラケット」は,「男性の右手指先と左手指先の間
隔を一定にする」(48,49頁)ことも指導するために引用された,形象あるい
は物であり,器具であることを示唆している。したがって,当業者は,ダンスの練
習に役立つ物,器具であることを容易に想起できる。
さらに,49頁の文に記載され,下の図に図示されている,右手の掌,手首が図
のテニスラケットに2点で保持して図示されていることは,図のテニスラケットは
女性の2点の背触位置を指定し,近似するものでもあるから,ヒモより女性の身体
的特徴を多く持つものであり,ヒモより効果の多いダンスの練習器具を当業者に示
唆するものである。
(2)本件発明1は,引用例1ないし11に記載される「テニスラケット」,
「レコード」,「フレーム用保護体が付けられたラケット」と同一であるともいえ
ないし,容易想到であるともいえないとの本件審決の判断は,以下のとおり誤りで
ある。
ア社交ダンスの練習器具として示唆される「ラケット」は,本件発明1と同一
の構成要件を有している。
イ引用例1の「図のテニスラケット」は,49頁に図示されているように,右
手の位置高さから左手位置高さまで斜めに保持するものであり,引用例8で開示さ
れたテニスラケットのフレーム厚さは50㎜であっても,斜めにすることにより,
フレームの側面にリング状部位と支持板相当部位を備えることは容易にできる。本
件発明1ではリング状部位存在位置が不明であるがゆえに,リング状部位と垂直板
を足した,長さは不明であり,テニスラケットのフレーム厚さとの比較は困難であ
る。本件発明1の図1で,リング状部位は踊り手の脊椎に対し水平に置かれており,
斜めに置かれた「図のテニスラケット」のフレーム設置と比較すると差異を受ける
が,請求項1にはリング状部位を水平にする構造,作用などの記載はなく,「図の
テニスラケット」の斜めに置かれたリング状部位を,本件発明1では単に水平に設
置しただけである。
〔被告の主張〕
(1)引用例1には,ホールドを作る姿勢の練習のためにテニスラケットを使用
することは記載されていないし,また,ホールドを作る姿勢の練習のためにテニス
ラケットを使用することが示唆されているとも思えない。
そのことは,引用例1の図と共に,文章で「踊りやすく,くずれないしっかりし
たフォームのイメージ」との記載から,この図は,しっかりした身体のフレームを
作るためのイメージとして,テニスラケットをイメージするとよいことを示してお
り,しかも,この図には,踊り手である男性がテニスラケットを抱えることは示さ
れておらず,テニスラケットが男性の右腕よりも紙面上側に位置するように記載さ
れていることからも窺うことができる。
(2)また,テニスラケットの形状は,フレーム内のガットが張られている面に
水平な延長線上に柄が設けられているため,これを社交ダンスの練習器具として使
用するとすれば,ホールドする右手で楕円形のフレームを抱えれば,柄の方向はガ
ット面と同じ高さ位置にあることになり,この柄の高さでは,パートナーと組する
男性の左手の所定高さ位置を確保することができない。
一方,パートナーと組する男性の左手の高さ位置を確保しようとすれば,楕円形
のフレームが大きく傾き,ホールドする右手でフレームをしっかりと抱えることが
できない。
いずれにしても,テニスラケットの形状では,右手でホールドし,左手の高さを
所定位置で保持するための社交ダンス用の練習器具としてはすこぶる不向きである。
引用例1の著者は,各種ダンス競技で輝かしい戦績を持つからこそ,ダンスにと
って最も重要なフレームを作るためのイメージとして,しっかりしたフレームのイ
メージのある「テニスラケット」を単に例に出して,これをイメージするとよい旨
を示しているだけであり,「テニスラケット」をダンス練習器具として使用する意
図はないものと解される。
(3)さらに,本来,社交ダンスの練習器具とは全く異なる用途に使用する,言
い換えれば,全く異なる技術分野に属する引用例1,8及び9の各テニスラケット
を先行技術文献として本件発明1の特許性を争うこと自体が到底受け入れられるの
もではなく,本件発明1の進歩性の引用文献としては適格性を欠くものと言わざる
を得ない。
2取消事由1−2について
〔原告の主張〕
(1)本件発明1と,引用例2に記載される「中華鍋」や引用例10に記載され
る「鍋」とは同一であるとはいえないとの本件審決の認定は,以下のとおり誤りで
ある。
ア原告が提示した引用例2の一部が証拠として採用されず,争点整理がされず,
誤った審決がされたものである。
すなわち,引用例2において,「中華鍋」は間口がリング状で深さがあり,底が
丸い形をした北京鍋といわれるもののほかに,各種各様の形状の鍋がある。また,
引用例2の「鍋」の形状には底が深い鍋もあり,長い柄のついたものもあるにもか
かわらず,「鍋」についての検討がされていない。
イこれら「中華鍋」や「鍋」は,疑似パートナーを示唆していると考えるのが
自然であり,ダンス練習器具を示唆している。
しかし,本件審決は,引用例2における重要な「鍋」を実質上無視して,引用例
2の「中華鍋」と引用例10の「鍋」のみを判断している。
ウよって,本件発明1と,引用例2に記載される「中華鍋」や引用例10に記
載される「鍋」とは同一であるとはいえないとの審決は誤りであるから,本件審決
は取り消されるべきである。
(2)原告が弁駁書で追加する主張をもってしても,本件発明1は,引用例1な
いし11に記載される「中華鍋」や「鍋」と同一であるともいえないし,引用例1
ないし11に記載される構成から容易想到であるともいえないとした本件審決の判
断は,以下のとおり誤りである。
ア「中華鍋」や「鍋」についても,くずれ続ける男性に対し,絶えず模範的な
良いホールドのイメージを想起させることにより,ダンス練習器具を示唆している。
イ引用例2は,「鍋を落とさないように,腕全体が下から支えようとするよ
ね。」(29頁)とホールド作りにおける鍋の扱い方に関する指導を教示している
が,「女性を下からサポートしていくホールド」にしなさいという,鍋と女性の扱
い方に関する指導とは,対象は異なるものの,同じようであれと,教示している。
したがって,口径が大きく約30㎝で,長い取っ手と反対側に短い取っ手を持つ,
女性の胴体や右腕の形状に似る「鍋」で,1曲の間中,よいホールドに修正,維持
する目的に使われるイメージの「鍋」は,上記女性の持つ機能,作用,形状,目的
に類似するという意味での形象,物,擬似パートナーであり,さらに,恒常的な現
物としてのダンス練習器具にすれば良いことは,当業者が容易に想到でき,引用例
2から示唆される「鍋」はダンス練習器具を示唆している。
同様に,口径が大きく約30㎝で,長い取っ手と反対側に短い取っ手を持つ,女
性の胴体や右腕の形状に似る,引用例2から示唆される「中華鍋」についても,ダ
ンス練習器具を示唆している。
ウ当業者なら,「中華鍋」や「鍋」としては,重いふたや底はない,長い取っ
手と反対側に短い取っ手を持つ,女性の胴体や右腕の形状に似る,底の深い「中華
鍋」や「鍋」も,容易に想起できる。また,練習や運搬には不必要な重いふたや底
を除くことは,当業者であれば容易に想起できる。
また,長い取っ手と反対側に短い取っ手を持つ,女性の胴体や右腕の形状に似る,
底の深い,重いふたや底を除いた,中華鍋,鍋についても,擬似パートナーである
がゆえに「中華鍋」や「鍋」はダンス練習器具を示唆している。
エ社交ダンスにおいてはいろいろなよいホールドがあるところ,踊り手の手が
保持する背面位置を,仮に,首から臀部上端の背中の範囲として,社交ダンスの練
習器具として示唆される「中華鍋」や「鍋」は,本件発明1と同一の構成要素を有
している。
オ長い取っ手と反対側に短い取っ手を持つ,女性の胴体や右腕の形状に似る,
底の深い,重いふたや底を除いた,「中華鍋」や「鍋」であれば,側面も長く,ダ
ンスの種類のうち,女性の首の付け根から,肩甲骨,背中中央,臀部の上まで,女
性の左右の脇で右掌で触れ保持することにより,すべての社交ダンスに対し,よい
ホールド,すなわちよい姿勢が練習できるから,社交ダンスの練習用としては,社
交ダンスの種類に対し万能型である。
本件発明1のフォーム矯正具は,対応できる社交ダンスの種類を限定するために,
引用例2などから想起される「中華鍋」や「鍋」が持つ背面位置,すなわち,女性
の首の付け根付近,肩甲骨付近,背中中央付近,臀部の上付近,女性の左右の脇付
近を除去し,肩甲骨付近のみを残したものであり,開示技術から示唆されるダンス
の練習器具から,機能や作用を減縮し,支持板形状にしたにすぎない発明である。
〔被告の主張〕
(1)物品には用途があり,その物品は本来の用途に即した役割を果たすのに相
応しい形態(構成)を備えている。中華鍋においても同様であり,中華料理を調理
するのに都合が良いように,調理用食材を入れる鍋本体及び本体に付いている柄の
それぞれの形態は構成されている。
したがって,中華鍋は,本来,社交ダンスの姿勢を矯正することを目的とする練
習器具としての形態に適合する形態を備えていないことは明らかである。まして,
引用例2に記載されている内容の存在が本件発明1の進歩性を否定する技術文献と
なり得る旨の原告の言い分は,中華鍋の技術分野や中華鍋の本来の機能・作用を全
く顧慮していない主張である。
(2)また,鍋や中華鍋の柄は,当該鍋の側面から外方に取り付けてあり,そし
て,その柄の先端は鍋の上周縁位置よりやや高い位置に,かつ鍋の調理を操作しや
すい長さに設定されているのが一般的である。
したがって,このような柄の先端位置の高さや長さでは,仮に中華鍋を下から抱
えるように右手でホールドを作ったとしても,左手の所定の高さ位置を保持するこ
とができず,現実に柄付きの中華鍋を社交ダンス用の姿勢矯正具として使用するこ
とはもともと無理である。
一方,左手の所定の高さを確保すれば,鍋本体を大きく傾けなければならず,右
手でのホールドを十分に作ることが困難になる。
(3)本件発明1は,パートナーを想定した背面位置に添えることが可能な奥行
きを有するリング状部位と,及び該リング状部位から垂下する支持板と,から構成
される上体矯正部と,踊り手の手をパートナーと組する想定位置に保持し得るハン
ド保持部とを巧みに組み合わせて有機的に結合し,踊り手の基本姿勢を全体的に習
得できる顕著な作用効果を有し,一つのまとまった製品として市場に提供可能であ
ることに鑑みれば,当業者といえども,引用発明1ないし11に基づいて容易に想
到し得るとは到底いえないものである。
よって,本件発明1は,特許法29条2項の規定に該当するものではなく,同法
123条1項2号の規定に該当せず,無効理由を有していないことは明らかである。
3取消事由2について
〔原告の主張〕
(1)引用例1でダンスの練習器具を示唆する「図のテニスラケット」と,引用
例3,5,8及び9で開示された技術をもってすれば,本件発明2は当業者が容易
に想到できる。
また,引用例2でダンスの練習器具を示唆する「中華鍋」「鍋」と,引用例3,
10及び11で開示された技術をもってすれば,本件発明2は当業者が容易に想到
できる。
さらに,本件発明2は,引用例1と5から,あるいは,引用例2と11から,当
業者なら容易に想到でき,特許を受けることができるものではない。
(2)引用例1でダンスの練習器具を示唆する「図のテニスラケット」と,引用
例4,5,8及び9で開示された技術をもってすれば,本件発明4は当業者が容易
に想到できる。
また,引用例2でダンスの練習器具を示唆する「中華鍋」「鍋」と,引用例4,
10及び11で開示された技術をもってすれば,本件発明4は当業者が容易に想到
できる。
(3)引用例1でダンスの練習器具を示唆する「図のテニスラケット」と,引用
例5,8及び9で開示された技術をもってすれば,本件発明5は当業者が容易に想
到できる。
また,引用例2でダンスの練習器具を示唆する「中華鍋」「鍋」と,引用例5,
10及び11で開示された技術をもってすれば,本件発明5は当業者が容易に想到
できる。
(4)よって,本件発明2,4及び5が,引用発明1ないし11と同一でなく,
また,引用発明1ないし11から容易に想到できたものでもないことは明らかであ
るとの本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
本件発明2は本件発明1を技術的に限定しており,本件発明4及び5は本件発明
1を特定する事項をすべて含み,さらに他の発明を特定する事項を付加したもので
あるから,引用発明1ないし11に基づき容易に想到できないことは明らかである。
4取消事由3について
〔原告の主張〕
(1)審判の手続中に,原告が,ダンスの技術を多く記載しているので審判請求
書の内容説明をしたいと申し出たにもかかわらず,採用されなかった。これにより,
正当な理由なくして争点整理が行われずに本件審決がされたから,違法であり,本
件審決は取り消されるべきである。
(2)引用例1の「テニスラケット」や,引用例2の「中華鍋」や「鍋」のイメ
ージ,形象が良いホールドの練習に役立つ器具を示唆するかという検討と判断は非
常に重要である。被告は,審判事件答弁書(甲14)において,引用例1の「テニ
スラケット」や,引用例2の「中華鍋」や「鍋」のイメージから,「代用品」と記
載して本件発明1を想起するものではないと主張したから,代用品が良いホールド
の練習に役立つ器具を示唆するかという点を審理すべきであった。
重要な主張のある上記答弁書の内容を審決に採用することは,審判官の裁量によ
るが,正当な理由なくして採用しなかったのは,公正で公平な判断をしなかった点
で違法であるから,本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
争う。
5取消事由4について
〔原告の主張〕
(1)踊り手が男性の場合,本件発明1に記載された「規定の位置(A)」「規
定の背面位置(G)」,本件発明4及び5に記載された「規定の位置」は,明確で
なく,実施可能要件を満たしておらず,記載不備である。踊り手が女性の場合も同
様である。
(2)踊り手が男性の場合,本件発明1に記載された「規定の位置(A)」「規
定の背面位置(G)」,本件発明4及び5に記載された「規定の位置」が不明であ
り,不明であるならば,引用例1の「テニスラケット」や,引用例2の「中華鍋」
や「鍋」から,当業者なら容易に想到でき,特許を受けることができるものではな
いから,判断を誤った本件審決は取り消されるべきである。踊り手が女性の場合も
同様である。
〔被告の主張〕
特許無効の審決取消訴訟の審理対象は,特許庁の審判手続において現実に争われ,
かつ審理判断された特定の無効原因に関するもののみであるから,原告が新たに持
ち出した特許法36条4項1号に係る無効原因の主張に対しては,被告は答弁しな
い。
第4当裁判所の判断
1取消事由1−1について
(1)引用例1の記載
ア引用例1には,次の事項が記載されている。なお,文中の「/」は,原文の
改行部分を示す。
(ア)48頁には,「正しい組み方ができたら,男性のリードが正しく伝わるた
めに最も重要な「フレーム」について説明しましょう。/テニスのラケットを思い
浮かべてください。ラケットには楕円形のフレームがあり,その中にガットという
網が張られ,そのガットでボールを打ちます。その時,いくら強打してもラケット
が何ともないのは,まわりのフレームがしっかりしているからです。/ダンスにお
けるフレームとは,ホールドした右手の先から腕,背中を通って,左手の指先まで
を指します。フレームの右手指先と左手の間隔を常に一定に保つことが踊りを美し
く見せ,踊りやすい,くずれないホールドをつくる重要なポイントなのです。」と
の記載がある。
(イ)49頁には,「◎踊りやすく,くずれないしっかりしたフレームのイメー
ジ」として,男性がホールドを作る姿勢の図と,男性の右腕部の上にラケットのフ
レーム部を重ね,男性の左手の上にラケットのグリップ部を重ねて,テニスラケッ
トが図示されている。
(ウ)48頁には,「◎AとBの間隔を,常に一定に保つことが,ホールドをく
ずさないコツ。両手の指にヒモをむすんで練習すると良い」として,男性が左手の
指Aと右手の指Bとの間にヒモをむすんで,ホールドを作る姿勢の練習を行ってい
ることが図示されている。
(エ)52頁には,「男性の右手の中指は,常に自分のおへその前(身体の中
央)においておくことが大切です。私は一人で練習(シャドー)する時に,レコー
ドのEP盤などを右手中指とおへその間に挟んで練習しました。」との記載がある。
(オ)53頁の左下方には,「レコードのEP盤などを使って練習しよう」とし
て,男性が右手中指と身体との間にレコードを挟んで,ホールドを作る姿勢の練習
を行っていることが図示されている。
イ上記の記載事項によると,引用例1には,ホールドを作ったときの男性のフ
レームのイメージは,テニスラケットをイメージするとよいことが記載されている
ということができる。もっとも,上記ア(イ)の49頁の図は,男性がテニスラケッ
トを抱えている状態を示しているとはいえず,また,その他,ダンスの練習にテニ
スラケットを実際に使用することを説明していると解することができる記載はない
から,引用例1に,テニスラケットをダンスの練習に実際に使用することについて
まで記載されているということはできない。
その一方で,上記ア(ウ)(エ)(オ)のとおり,引用例1には,ダンスの練習に,ヒ
モやレコードのEP盤を使用することについて記載されているところ,当該ヒモや
レコードのEP盤は,本来,ダンスの練習に用いることを目的とした物でないこと
は明らかであるのに,上記ア(ウ)(エ)(オ)の記載は,これらの物を実際に使用する
ことがダンスの練習に役立つという趣旨でこれを理解することができる。
そうすると,テニスラケットについても,ヒモやレコードのEP盤などと同様に,
単に社交ダンスのフォームをイメージするにとどまらず,実際にダンスに使用して
練習することがフォームの習得に役立つと考えることも,あながち不自然であると
までいうことはできない。
ウそして,引用例8には,テニスラケットの長さは670∼690㎜程度,フ
レーム厚さは17∼20㎜程度,重量(ただし,ガットの重量は除く。)は300
∼350g程度と記載されており(【0003】,【0004】),検甲3のテニ
スラケットの長さは約685㎜,フレームの厚さは約25㎜であることが認められ
る。そうすると,一般的なテニスラケットは,ホールドを作る姿勢の男性が,その
右腕でラケットのフレーム部を抱え,その左手でラケットのグリップ部を持つこと
ができる程度の大きさであるということができる。
よって,テニスラケットは,本来ダンスの練習に用いることを目的とした物では
ないが,引用例1の記載事項を契機として,テニスラケットをダンスの練習に実際
に使用することについて示唆を受けることそれ自体はあり得るところといわなけれ
ばならない。
そうすると,引用例1には,「テニスラケット」をダンスの練習に使用すること
については直接的な記載はないものの,その示唆があるというべきである。
エそこで,以下,引用例1に上記の示唆があることを前提にした上で,本件発
明1について,「テニスラケット」との同一性,「テニスラケット」に基づく容易
想到性を判断することとする。
(2)本件発明1と「テニスラケット」との同一性
ア本件発明1の要旨は,前記第2の2(1)記載のとおりである。
これに対し,引用例1には,「テニスラケット」について,その具体的な構成や
大きさの記載はないが,証拠(甲8,検甲3)及び弁論の全趣旨を総合すれば,引
用例1に記載された「テニスラケット」は,リング状のフレーム部,片手で把持で
きるグリップ部,フレームとグリップ部をつなぐ棒状のシャフト部とから構成され,
男性を想定した場合,右腕でラケットのフレーム部を抱え,左手でラケットのグリ
ップ部を持つことができる程度の大きさであるということができる。
イそこで,引用例1に記載された「テニスラケット」をダンス練習に使用する
場合を想定して,本件発明1と上記「テニスラケット」とを対比する。
引用例1の49頁に図示される状態からすると,「テニスラケット」をダンス練
習に使用する場合の位置関係では,本件発明1の「リング状部位(2)」は引用例
1に記載された「テニスラケット」のフレーム部に相当し,本件発明1の「ハンド
保持部(3)」は上記「テニスラケット」のグリップ部に相当するということがで
きる。
一方,引用例1に記載された「テニスラケット」は,本件発明1の「支持板
(5)」及び「支持手段(6,13)」を有していない。
ウまた,本件特許明細書(甲12)には,以下の記載がある。
【0006】ここで支持手段とは,踊り手の上体正面側に本発明の矯正具をしっか
りと保持できる技術的手段のすべてを含む概念である。…
【0007】このように形成すると,本発明の矯正具を踊り手の上体の正面側に支
持手段を介して装着した場合に,前記矯正具のうち,上体矯正部が踊り手の上体正
面側に当接して該踊り手の上体を垂直な姿勢を保ち,さらに,前記上体矯正部に備
わるハンド保持部によって,踊り手の一方の手が実際にパートナーと組んで踊る場
合と同一の位置に保持される。しかも踊り手の他方の手は,奥行きを有する上体矯
正部の背面位置に添えることで,実際にパートナーと組んで踊る場合と同一の位置
に保持されるので,これにより,踊り手が正しい上体姿勢を保ちながら,実際にパ
ートナーと踊っている状態に近いかたちで社交ダンスのフォームを習得することが
可能となる。
【0014】まず,上体矯正部1の構成を説明すると,この上体矯正部1は,合成
樹脂素材で形成した軽量で且つ周壁14の肉厚が5㎜厚のリング状部位2を保有し
ており,さらに,前記リング状部位2の周壁14の一端部には,下方に垂下する支
持板5が設けてある。また,支持板5の下端部には下向きに口が開いたフック金具
6が固着してあり,このフック金具6は,踊り手10の腰ベルト13の上方側に前
記口を差込んで引っ掛けることで,上体矯正部1を踊り手10の上体11正面側に
保持できる。
【0018】まず,踊り手10の腰ベルト13上方側に上体矯正部1の支持板5の
フック金具6を引っ掛け,これにより,踊り手10の上体11正面側に,前記上体
矯正部1のリング状部位2が該踊り手10の鳩尾部分に当たるように位置決めして
本矯正具の踊り手10への取付けを行う。次いで,前記上体矯正部1に取付けたリ
ードアーム3の上端部を踊り手10が左手で掴み,一方,踊り手10の右手は,サ
ポートアーム4の下方側に右腕を差し入れるとともに,前記上体矯正部1のリング
状部位2の背面側位置において,右腕を回り込ませた形で踊り手10の右手を軽く
リング状部位2の背面位置Gに添える。
エ上記の記載事項によると,本件発明1の,踊り手(10)の鳩尾部分に当接
するリング状部位(2)から下方に垂下する「支持板(5)」と,支持板(5)の
下端部を踊り手(10)の正面側に保持する「支持手段(6,13)」とは,上体
矯正部(1)が踊り手の上体正面側に当接して当該踊り手の上体を垂直な姿勢を保
ち,踊り手が正しい上体姿勢を保ちながら,社交ダンスのフォームを習得すること
を可能にするという,社交ダンス用フォーム矯正具において有用な意義を担ってい
るということができる。
オそうすると,「支持板(5)」及び「支持手段(6,13)」に相当する構
成を欠く引用例1に記載された「テニスラケット」は,それがダンスの練習に実際
に使用される場合を想定しても,本件発明1に係る社交ダンス用フォーム矯正具と
同一ということはできない。
(3)「テニスラケット」に基づく本件発明1の容易想到性
ア上記(2)のとおり,本件発明1は,「該リング状部位(2)から下方に垂下
する支持板(5)とを備え,前記支持板(5)の下端部は,踊り手(10)の正面
側に支持手段(6,13)を介して保持されて」との構成を有しているのに対し,
引用例1に記載された「テニスラケット」は,これをダンス練習に用いるとした場
合にあっても,少なくとも,上記のような構成を有していないという点において相
違する。
イそして,「テニスラケット」は,本来,テニスに使用する道具であり,ダン
スの練習に使用することを目的とした社交ダンス用フォーム矯正具でないことは明
らかであるところ,引用例1に「テニスラケット」をダンスの練習に実際に使用す
ることが示唆されているとしても,引用例1ないし11のいずれにも,ダンスの練
習に供するために,「テニスラケット」に,「リング状のフレームから下方に垂下
する支持板」及び「支持板の下端部を踊り手の正面側に保持する支持手段」を設け
る点について,示唆するところはない。
そうすると,「テニスラケット」をその本来の用途とは異なるダンス練習用に使
用した上で,さらに,「テニスラケット」に実際には備えられていない支持板及び
支持手段を新たに設けて,本件発明1の上記相違点に係る構成を有する社交ダンス
用フォーム矯正具となすことは,当業者が容易に想到し得ることということは到底
できない。
ウなお,原告は,引用例8に開示されたテニスラケットのフレーム厚さは50
㎜であっても,斜めにすることにより,フレームの側面にリング状部位と支持板相
当部位を備えることは容易にできると主張する。
しかしながら,引用例8に記載されたテニスラケットは,テニスに使用される物
であって,ダンス練習に使用するための物とはいうことができないから,そのフレ
ームの厚さは,使い手の上体正面側に当接して上体を垂直な姿勢に保つなどの目的
のために,フレームを使い手の鳩尾部分に当接させたり,そこから垂下するために
定められるものとはいうことができない。そうすると,フレーム厚さが50㎜ある
ことをもって,テニスラケットが本件発明1の「支持板(5)」を有するとはいう
ことができないし,支持板及び支持手段を設けて,本件発明1の上記相違点に係る
構成を有する社交ダンス用フォーム矯正具となすことが容易であるとはいえない。
したがって,上記原告の主張は,採用することができない。
また,引用例9に記載されたテニスラケットも,フレーム6の外周に耳部3を有
するフレーム用保護体1を備えるとはいうことができても,引用例9の記載事項か
らみて,ダンス練習に使用するための物とはいうことができず,そのフレーム用保
護体1は,使い手の上体正面側に当接して該上体を垂直な姿勢に保つなどの目的の
ために,フレームを使い手の鳩尾部分に当接させたり,そこから垂下するために定
められたり,フレームを使い手の上体正面側にしっかりと保持させたりするものと
いうことができない。そうすると,テニスラケットがフレーム用保護体1を備える
ことをもって,引用例9のテニスラケットが本件発明1の「支持板(5)」や「支
持手段(6,13)」を有するとはいうことができないし,支持板及び支持手段を
設けて,本件発明1の上記相違点に係る構成を有する社交ダンス用フォーム矯正具
となすことが容易であるとはいえない。
(4)小括
以上のとおり,引用例1に「テニスラケット」をダンスの練習に実際に使用する
ことが示唆されているとしても,上記「テニスラケット」は,本件発明1と同一で
あるということはできないし,また,上記「テニスラケット」に基づいて本件発明
1が容易に想到できるということもできない。
そうすると,本件発明1は,「テニスラケット」と同一ではなく,また,引用発
明1ないし11から容易に想到できるともいえないとした本件審決の判断は,その
結論において,正当といわなけれはならない。
したがって,取消事由1−1は,理由がない。
2取消事由1−2について
(1)引用例2の記載
ア引用例2には,「ホールドの基本[男性]」として,次の事項が記載されて
いる(28頁上段14行∼29頁下段7行)。
正太「組む順序が分かったら,次はキレイで大きく,かつ居心地の良いホールド
について考えてみよう。まず男性の注意点からだ」
【男性のホールド】
1)左右の肘が,ボディからなるべく遠くになるようにブン抜く。左右の肘のフ
ロアーからの高さは,同じにする
2)左グリップは,常に体の前方に位置するように保っておく
3)水平に延ばした左前腕を90度に立て,それ以上内側には折り込まない
[80度ではだめ。あくまでも90度に]
4)左グリップの中には,生卵を入れる。グリップを強く握り過ぎると,卵は潰
れるし,弱いと落ちてしまう。落とさず,潰さずの強さで握る。
5)左グリップの高さは,男性の口から目の高さがちょうどいい。上げ過ぎない。
ただし女性が小さい場合は,女性に合わせて調節する
6)左右の肘は常に肩よりもやや前方に置く
7)左ホールドよりも右ホールドを出来るだけ広く作る
8)右肘と右のこめかみを出来るだけ離す
9)腕の下側に緊張感を通してホールドする。でっかい“中華鍋”を下から持ち
上げるつもりで作る。※A
10)グリップは腋の下の筋肉(広背筋)でする。指先だけでしない。※B
11)女性の右肘関節を通して前方を見る
12)右手の指は5本とも揃える
13)右手は下から女性の背中をすくう
※A・・中華鍋を下から抱えるように
正太「ホールドの緊張感を作るときに,腕の上側に緊張感を通してはだめだよ。
これだと肩が盛上がりやすいし,女性に対して被って行く感じになっちゃうから,
女性に重い思いをさせることになる」
チー坊「だから,ホールドの緊張感は腕の下側に通さなくてはいけないの。例え
ば,大きくて重い“中華鍋”を下から抱えるとするでしょ。このとき,腕にはどん
な力が働くかしら?」
正太「鍋を落とさないように,腕全体が下から支えようとするよね。これと同じ
ように,女性を下からサポートしていくホールドでなくてはいけないよ」
チー坊「そのために,男性の右手は女性の背中の肉を下から“すくい上げて”く
れるようなフィーリングが必要なの」
正太「“上げて寄せて”ってCMは聞いたことあるな?まあ,力を入れないこと。
軽く触っているだけでいいんだ」
イ上記の記載事項によっても,引用例2には,「中華鍋」をダンスの練習に実
際に使用することについてまで記載されているということはできないし,「中華
鍋」は,本来,ダンスの練習に使用することを目的とした物でないことは明らかで
ある。
もっとも,上記の記載事項によると,引用例2には,男性が女性を下からサポー
トしていくホールドを作るためのフィーリングを説明するために,大きくて重い
「中華鍋」を下から抱えるときの腕への力の入れ方が例示されているということが
できる。そして,引用例2の記載から,大きくて重い「中華鍋」を利用することが
ダンスの練習に役立つものであると理解することができる。
そうすると,上記事項をきっかけとして,引用例2の記載事項から,「中華鍋」
をダンスの練習に使用することについて,示唆を受けることが必ずしもあり得ない
わけではない。
ウなお,原告は,本件審決は,引用例2における重要な証拠である「鍋」を実
質上無視しているなどと主張する。しかしながら,上記ア認定の「鍋を落とさない
ように,腕全体が下から支えようとするよね。」との記載における「鍋」は,その
前後の文脈から,「中華鍋」と同義であることは明らかである。よって,本件審決
が引用例2について「中華鍋」以外の「鍋」を判断しなかったことが誤りとはいえ
ない。したがって,この点に関する原告の主張は失当である。
エ上記アないしウによると,引用例2には,「中華鍋」や「鍋」をダンスの練
習に実際に使用することについては直接的な記載はないものの,その示唆があると
いうべきである。
オそこで,以下,引用例2に上記の示唆があることを前提にした上で,本件発
明1について,「中華鍋」「鍋」との同一性,「中華鍋」「鍋」に基づく容易想到
性を判断することとする。
(2)本件発明1と「中華鍋」「鍋」との同一性
ア引用例2について
(ア)引用例2には「中華鍋」について具体的な構成や大きさの記載はない。し
かしながら,引用例2の「大きくて重い“中華鍋”を下から抱えるとするでし
ょ。」との記載から,当該「中華鍋」は,比較的大きく重量のある丸底の鍋である
ということができる。
なお,原告は,引用例2の「鍋」の形状には底が深いものや,長い柄のついたも
のもあると主張するが,引用例2の記載事項から,原告が主張する具体的な構成の
「鍋」が特定されているとはいうことはできないから,原告の主張は採用すること
ができない。
(イ)以下,引用例2に記載された「中華鍋」をダンス練習に使用する場合を想
定して,本件発明1と引用例2に記載された「中華鍋」とを対比すると,「中華
鍋」を下から抱える状態では,「中華鍋」の丸底をなす鍋面が本件発明1の「リン
グ状部位(2)」に相当するとしても,引用例2に記載された「中華鍋」は,本件
発明1の「ハンド保持部(3)」,「支持板(5)」及び「支持手段(6,1
3)」を有しているということはできない。
(ウ)本件発明1は,請求項1に記載のとおり,「ハンド保持部(3)」は踊り
手(10)の右手又は左手をパートナーと組する場合を想定した規定の位置(A)
に保持し得るものであり,また,前記1(2)判示のとおり,「支持板(5)」及び
「支持手段(6,13)」は,社交ダンス用フォーム矯正具において有用な意義を
担っているということができる。
(エ)そうすると,「ハンド保持部(3)」,「支持板(5)」及び「支持手段
(6,13)」に相当する構成を欠く引用例2に記載された「中華鍋」は,それが
ダンスの練習に用いることが示唆されていると解したとしても,本件発明1に係る
社交ダンス用フォーム矯正具と同一であるとはいうことは到底できない。
イ引用例10について
(ア)また,原告は,本件発明1と引用例10の「鍋」が同一であるとはいえな
いとした本件審決の判断は誤りであると主張する。
(イ)引用例10の特許請求の範囲の請求項1には,「鍋本体に取っ手を取り付
けた炒め鍋であって,鍋本体は,平面状の底面とこの底面の取っ手の反対側のみに
わずかに立ち上げたステージ部とからなる底面部と,この底面部から立ち上げた側
面とからなるものである炒め鍋。」と記載され,図1ないし図6には,平面状の底
面から曲面を持って側面を立ち上げ,この側面に取っ手を設けた炒め鍋が図示され
ている。
しかしながら,引用例10には,炒め鍋をダンス練習に用いる点について何ら記
載はなく,また,この点を示唆する記載も見いだされない。さらに,炒め鍋がダン
スの練習器具と一般的に認識されているとする証拠はなく,また,そのように解す
ることが自然であるともいうことができない。
(ウ)そうすると,引用例10に記載された炒め鍋をダンスの練習器具と解する
ことはできないのであるから,上記炒め鍋が本件発明1の「社交ダンス用フォーム
矯正具」と同一であるということはできない。
(3)「中華鍋」「鍋」に基づく本件発明1の容易想到性
ア上記(2)のとおり,引用例2に記載された「中華鍋」をダンス練習に用いる
とした場合にあっても,少なくとも,本件発明1は,「踊り手(10)の右手又は
左手をパートナーと組する場合を想定した規定の位置(A)に保持し得るように前
記上体矯正部(1)に備わるハンド保持部(3)とから構成し,」及び「該リング
状部位(2)から下方に垂下する支持板(5)とを備え,前記支持板(5)の下端
部は,踊り手(10)の正面側に支持手段(6,13)を介して保持されて」との
構成を有しているのに対し,引用例2に記載された「中華鍋」は,このような構成
を有していないという点において相違する。
イそして,「中華鍋」は,本来,料理に使用する道具であり,ダンスの練習に
実際に使用することを目的とした社交ダンス用フォーム矯正具でないことは明らか
であるところ,引用例2に「中華鍋」をダンスの練習に利用できることが示唆され
ていると解したとしても,引用例1ないし11のいずれにも,ダンスの練習に実際
に利用するためには,「中華鍋」に,踊り手の右手又は左手をパートナーと組する
場合を想定した規定の位置に保持し得るハンド保持部,丸底の鍋面から下方に垂下
する支持板,及び,支持板の下端部を踊り手の正面側に保持する支持手段を設ける
必要があるところ,これらの点について記載あるいは示唆するところは見いだされ
ない。
そうすると,「中華鍋」をその本来の用途とは異なるダンス練習に使用した上で,
さらに,「中華鍋」にハンド保持部,支持板及び支持手段を設けて,本件発明1の
上記相違点に係る構成を有する社交ダンス用フォーム矯正具となすことは,当業者
が容易に想到し得ることということはできない。
ウなお,原告は,「鍋」についても,ダンス練習器具を示唆していると主張す
る。
引用例10及び11のほか,甲25,甲26及び甲30にも,「鍋」についての
記載があるが,上記いずれの証拠においても,「鍋」をダンスの練習に使用する点
について記載あるいは示唆するところは見いだされない。
したがって,ダンスの練習に使用することを目的とした道具ではない「鍋」に基
づいて,異なる用途の社交ダンス用フォーム矯正具が容易に想起されるとはいうこ
とができず,当業者において本件発明1を容易に想到し得るものということはでき
ないから,原告の上記主張を採用することはできない。
エまた,原告は,本件発明1のフォーム矯正具は,引用例2などから想起され
る「中華鍋」や「鍋」が持つ背面位置,すなわち,女性の首の付け根付近,肩甲骨
付近,背中中央付近,臀部の上付近,女性の左右の脇付近を除去し,肩甲骨付近の
みを残したものであり,開示技術から示唆されるダンスの練習器具から,機能や作
用を減縮し,支持板形状にしたにすぎない発明であると主張する。
しかしながら,「中華鍋」や「鍋」がダンスの練習に使用されると解したとして
も,「中華鍋」や「鍋」は,料理の道具という本来の目的を失うことなく,代用品
としてダンス練習の用に供せられるにすぎないといえるのであるから,ダンス練習
の器具であるとはいえない。
そうすると,「中華鍋」や「鍋」の一部を除去して,本来の目的を失わせ,本件
発明1が備える構成として,本件発明1のフォーム矯正具とすることが容易に想起
されるということもできない。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(4)小括
以上のとおり,引用例2に「中華鍋」をダンスの練習に使用することが示唆され
ていると解したとしても,「中華鍋」や「鍋」と本件発明1とが同一であるという
ことができず,また,「中華鍋」や「鍋」に基づいて本件発明1が容易に想到でき
るともいうこともできない。
そうすると,本件発明1は「中華鍋」や「鍋」と同一ではなく,また,引用発明
1ないし11から容易に想到できるともいえないとした本件審決の判断は,結論に
おいて正当である。
したがって,取消事由1−2は,理由がない。
3取消事由2について
(1)本件発明2
原告は,本件発明2が,引用発明1ないし11と同一でなく,また,引用発明1
ないし11から容易に想到できたものでもないことは明らかであるとの本件審決の
判断は誤りであると主張する。
しかしながら,本件発明2は,本件特許請求の範囲の請求項2に記載されるとお
り,本件発明1のすべての構成を含む発明であるから,本件発明1と同じく,引用
発明1ないし11と同一でなく,また,引用発明1ないし11から容易に想到でき
たものでもないということができる。
したがって,原告の主張は失当である。
(2)本件発明4及び5
原告は,本件発明4及び5が,引用発明1ないし11と同一でなく,また,引用
発明1ないし11から容易に想到できたものでもないことは明らかであるとの本件
審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,本件発明4及び5は,本件特許請求の範囲の請求項4及び5に記
載されるとおり,本件発明1のすべての構成を含む発明であるから,本件発明1と
同じく,引用発明1ないし11と同一でなく,また,引用発明1ないし11から容
易に想到できたものでもないということができる。
したがって,原告の主張は失当である。
(3)小括
以上のとおり,取消事由2は理由がない。
4取消事由3について
(1)原告は,本件審判の審理期間中に,原告が審判請求書の内容説明をしたい
と申し出たにもかかわらず採用されず,これにより,正当な理由なくして争点整理
が行われずに審決されたこと,審判事件答弁書の「代用品」と記載して本件発明1
を想起するものではないと主張した点を正当な理由なくして採用しなかったのは公
正で公平な判断をしなかったことが違法であると主張する。
(2)しかしながら,審判における審理は,審判請求書に記載された請求の趣旨
及び理由について(特許法131条),職権による裁量をもって行われるのであり
(同法152条,153条),本件審判の審理中に原告の内容説明の申し出を採用
しなかったことや,答弁書の主張を採用しなかったことが,直ちに違法ということ
はできない。
また,上記のとおり,本件発明1,2,4及び5は,引用発明1ないし11と同
一でなく,また,引用発明1ないし11から容易に想到できたものでもないから,
本件審決の結論に誤りがあったとはいえない。
したがって,本件審判の手続が本件審決の結論に影響したということはできない
から,原告の主張は採用することができない。
(3)小括
以上のとおり,取消事由3は理由がない。
5取消事由4について
(1)特許無効審判の審決取消訴訟において,その判断の違法が争われる場合に
は,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効理
由に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり,それ以外の無効理由に
ついては,上記訴訟において,これを審決の違法事由として主張し,裁判所の判断
を求めることを許さないとするのが特許法の趣旨である。したがって,特許無効審
判の取消訴訟においては,審判の手続において審理判断されなかった具体的な無効
理由をもって,審決を違法とする取消事由として主張することができないものであ
る(最高裁昭和42年(行ツ)第28号昭和51年3月10日大法廷判決・民集3
0巻2号79頁参照)。
(2)証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア原告は,平成20年4月3日,本件特許を無効とすることを求める審判を請
求し,その理由として,本件発明1,2,4及び5は,引用発明1ないし7から容
易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないと主張した(甲13)。
イ原告は,平成20年8月25日,審判事件弁駁書を提出し,新たな無効理由
の引用例として,引用例2の一部を追加するとともに,引用例8ないし11を追加
し,本件発明1,2,4及び5が容易に発明することができたものであると主張し
た。また,同弁駁書には,本件発明1の要素技術が引用例1,2及び9とそれぞれ
同一であるとの記載もある(甲15)。
ウしかし,審判請求書にも審判事件弁駁書にも,本件発明1,4及び5の記載
が明確でなく,実施可能要件を満たしていないとか,そのために容易に想到できる
などという記載はなく,本件審決も,上記の点について判断していない(甲13,
15,弁論の全趣旨)。
(3)原告は,本件発明1,4及び5の記載が明確でなく,実施可能要件を満た
していないとか,そのために容易に想到できるなどと主張するが,上記主張は,特
許無効審判手続において原告が主張した無効理由にはないものであって,本件審決
においても審理判断されていなかったものであるから,上記(1)に説示したとおり,
本件訴訟において,原告がこれを取消事由として主張することは許されない。
6原告のその他の主張について
原告は,本件審決に対する不服をるる主張するが,本判決が要約した以上の取消
事由のほか,なお主張するところがあるとしても,以上に要約した以外に検討を要
する主張はないか,あるいは,失当というべきことが明らかであるから,原告のそ
の他の主張はいずれも理由がない。
7結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記

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