弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     第一審判決中被告人A及び同Bに関する部分並びに原判決を破棄する。
     本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 名古屋高等検察庁検事長市島成一の上告趣意第一点は判例違反を主張するが、引
用の諸判例は、いずれも、その挙示の証拠により、犯罪事実を認定するに当り、情
状の斟酌、法令の解釈その他に関する説示、判断をしたに止まり、判文上期待可能
性の文言を使用しても、未だ期待可能性の理論を肯定又は否定する判断を示したも
のとは解されないから、所論は前提を欠くものであつて、採るを得ず、同第二点は
単なる法令違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 職権をもつて調査するに、第一審判決は、本件公訴事実一の別表一(3)ないし
(6)及び二ないし八記載の各支出については、判示の如き終戦後における当時の
経済情勢、配炭公団の性格及び任務、配炭公団従業員組合の性格及びその経済的要
求に関する労働攻勢、その他諸般の情況を綜合して考察すれば、右各所為は、真に
やむを得ざるに出でたものであつて、当時他の通常人をしてその衝に当らしめたと
しても、右所為に出でず、他の適法行為に出ずべきことを到底期待し得なかつた事
情にあつたものと認められる、従つて、本件の各所為は、犯罪責任なきものとして、
法律上罪とならないものというべきであるとの旨判示して無罪の言渡をなし、検察
官の控訴趣意は、第一審が右の如く、期待可能性なきものとして犯罪の成立を否定
したことは事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りであると主張したのに対し、原審
は、第一審の叙上認定にはなんら事実誤認はない、公団の責任者として、原判示の
如き諸種の悪条件の下にスト寸前に追いこまれながら、争議を回避し熱源の分断か
ら国の基幹産業を守るため他の如何なる行動をとりえたであろうか、この期待なく
していたずらにその責任を追究するは国民に難きを求むることとなり、むしろ社会
一般の道義観念に反するであろう、もつとも期待可能性の理論については大いに論
議の存するところであろうが、社会一般の道義観念に照し非難すべからざる真にや
むを得ざるにいでた叙上の如き行為は、法律上罪とならざるものといわねばならな
いとして控訴趣意を排斥したことは記録上明らかである。
 案ずるに、被告人が公訴事実一の別表一(3)ないし(6)及び二ないし八記載
の各支出行為をなしたる事実が適法に認定されるにおいては、たとえそれが原審の
支持する第一審判決認定の如き特別事情の下において行われたものであつても、こ
れにより右支出行為が業務上横領の犯意を欠くものとし又は刑法三五条ないし三九
条の規定により犯罪の不成立を来たすものとし、これを罪とならないものと解する
ことはできない。原判決のこの点に関する法律的説示は到底不相当というほかない。
原判決認定の右特別事情があつても前示本件公訴事実として記載された各支出が証
拠により認定されるにおいては業務上横領罪を構成すること明らかである。
 右各公訴事実は本件公訴事実中上告趣意において何ら上告理由を示していない一
の別表一(1)、(2)、(7)、(8)、(9)、(10)及び九(別表三)の
事実と併合罪の関係にありとして起訴されたものにかかるから、右の違法は原判決
及び第一審判決中被告人A及び同Bに関する部分の全部に影響を及ぼすことが明ら
かであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 よつて、原判決はこの点において失当というべきであるから、これを破棄した上
当審の右見解に立つて更に右公訴事実が証拠により認定できるか否か、認定できる
とすれば如何なる刑を科すべきか等の点につき審理判決をなさしめるため本件を第
一審裁判所に差戻すのを相当とする。
 よつて刑訴四一一条一号、四一三条本文に則り主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官 村上朝一公判出席
  昭和三七年五月一日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
 裁判官高橋潔は死亡のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    河   村   又   介

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