弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、本件差戻前の控訴審において提出された検察官山本清二郎名
義の控訴趣意書及び検察官伊藤嘉孝名義の控訴趣意補足要旨に記載されているとお
りであり、これに対する被告人らの答弁は、同控訴審において提出された弁護人東
城守一名義の答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用す
る。
 一、 よつて検討するのに、右控訴趣意は論旨多岐にわたつているが、その中心
的な主張は、
 原判決が、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第一七条違反の争
議行為につき、それが形式的に他の刑罰法規(本件では郵便法第七九条第一項)に
ふれる場合においても、なお労働組合法(以下労組法と略称する)第一条第二項、
刑法第三五条の適用を受け、その違法性が阻却されるとし、本件被告人らに対し各
無罪を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、右のような争議行為
に対し労組法第一条第二項等を適用する余地はない。という点に存するところ、
 最高裁判所大法廷は、本件に対する判決の理由六において、「郵便法七九条一項
は、……(郵政職員の)争議行為にも適用があるものと解するほかはない」としな
がらも「ただ、争議行為が労組法一条一項の目的のためであり、暴力の行使その他
の不当性を伴わないときは、……正当な争議行為として刑事制裁を科せられないも
のであり、労組法一条一一項が明らかにしているとおり、郵便法の罰則は適用され
ない」旨を判示し、検察官の右主張と全く異る見解を表明した(尤も、右大法廷の
判断は、本件差戻前の被告人らの上告趣意及び弁護人東城守一、同山本博の上告趣
意に対するものとしてなされた関係上、右検察官の控訴趣意の中に掲げられている
幾つかの論拠中第二の二の(一)、(三)の(ホ)(ヘ)等については特にその見
解を明示していないようであるが、これらの論拠の趣旨は上告審における検察官の
答弁書中第一点の(イ)(ロ)(ホ)及び第二点等に受け継がれているところであ
り、同法廷としては、これら検察官の論拠をも考慮に入れたうえで、その主張を排
斥し、敢えて前記見解を採るに至つたもの、と解されるのである)。
 而して、本件の差戻を受けた当裁判所としては、法律上当然に右大法廷の判決に
拘束され、これに従わねばならないので、検察官の右控訴趣意については、結局そ
の理由がないものとしてこれを排斥するほかはない(因みに、検察官自身も、当審
公判の冒頭において、従前の意見をそのまま維持するものではない旨、言明してい
る。)
 二、 ところで、右大法廷判決は、前記引用の判示に引き続き「これを逆にいえ
ば、争議行為が労組法一条一項の目的に副わす、または暴力の行使その他の不当性
を伴う場合には、右の罰則が適用される」旨判示し、なおその前段(理由の五の末
段)の中において、右各判示の前提的見解として「……もし、争議行為が(イ)労
組法一条一項の目的のためでなくして政治的目的のために行なわれたような場合で
あるとか、(ロ)暴力を伴う場合であるとか、(ハ)社会の通念に照らして不当に
長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合には、憲法二八条に
保障された争議行為としての正当性の限界をこえるもので、刑事制裁を免れないと
いわなければならない」旨説示し(但し、(イ)(ロ)(ハ)は当裁判所において
便宜上付したもの)、そして最後(理由の七の第一一段)に「…………本件………
…Aらの行為については、…………はたして同条項(労組法一条二項)にいう正当
なものであるかいなかを具体的事実関係に照らして認定判断し、郵便法七九条一項
の罪責の有無を判断しなければならない……」と言い、これらの点につきさらに審
理を尽させることをもつて本件差戻の理由としている(なお当審の検察官も、本件
は右(ハ)の場合に該当する旨力説している)ので、本件が右(イ)(ロ)(ハ)
のいわば例外的に刑事制裁を受けるべき場合に該当するかどうかについて、以下当
裁判所の判断を示すことにする。
 三、 本件公訴事実中、被告人らの教唆を受けこれに応じたとされているAら三
八名による職場離脱及び郵便物不取扱の事実、即ち昭和三三年三月二〇日午前二時
三〇分頃、東京中央郵便局普通郵便課伝送掛、集配課配達内務掛及び同配達外務掛
において現に宿直勤務中若しくは休憩(仮眠)中のAら別紙一覧表記載の従業員三
八名が、同年一月下旬以来行なわれていたいわゆる春季闘争の一環として、同人ら
の加入している全逓信労働組合東京中央郵便局支部の開催にかかる勤務時間内職場
大会に参加するため、所属上司の許可なく職場を離れて庁舎外に退出し、右三八名
のうちB、C、Dの三名は同日午前八時五〇分頃まで、その余の者達は各自の勤務
時間の終了する同日午前九時ないし一〇時を過ぎた後まで、いずれも職場に復帰せ
ず、右一覧表中の「郵便物不取扱時間」欄に記載の時間(右各職場離脱時間中の各
人の勤務時間のうち、休憩(仮眠)時間及び現実に郵便物を取り扱うべき職務を課
せられていない休息時間を控除したものであつて、換言すれば、同人らが現実に郵
便物を取り扱うべき義務を有する時間である)中において、当時各職場内に存在し
掛毎に共同して取り扱うべきであつた郵便物(普通郵便課伝送掛においては甲種郵
便物約一五、七〇〇通、乙種郵便物約四九、〇〇〇通、集配課配達内務外務両掛に
おいては合計して普通郵便物約一三八、〇〇〇通、普通速達郵便物九五三通、書留
通常速達郵便物六〇九通、普通書留郵便物三、五八三通)の取扱をしなかつたとい
う事実は、原判決の理由中第二の一にいうとおり(但し原判決が一三八〇〇通とし
ているのは一三八、〇〇〇通の誤記と認める)、諸般の本件証拠によりこれを認め
ることができる。
 そして、右事実が、公労法第一七条第一項にいう業務の正常な運営を阻害する行
為即ちいわゆる争議行為に属し、且つ郵便法第七九条第一項の構成要件に該当する
ことも、原判決の理由中第二の二、三に説示しているとおりである。
 四、 そこで、先ず、本件の右争議行為が前記(イ)のような「労組法一条一項
の目的のためでなくして政治的目的のために行なわれたような場合」に該当するか
どうかについて、考察する。
 <要旨第一>前記大法廷判決が労組法第一条第二項の適用を排除すべき場合に関す
る基準の一つとして掲げる右(イ)の「……政治的目的のために行なわ
れたような場合」というのは、必ずしも弁護人所論のように当該争議行為が日本国
憲法の予定する政治機構即ち議会制民主々義を破壊する目的で行なわれるというよ
うな場合に限定されるべきものではないが、さればといつて、その争議行為の掲げ
る要求項目の中に荀しくも政治にわたる事項があればこれに該当するというわけの
ものではなく、たとえ経済的な要求事項と併せて政治的な要求事項を掲げていると
きであつても、右政治的な事項が争議行為の主たる目的ではなく、単に争議行為の
機会を利用して政治的な意見ないし要求を表明しているに過ぎないような場合、さ
らに言葉を換えていえば、右政治的な事項も主張はするが、それが全面的若しくは
部分的にでも容れられない限りその争議行為を中止しないというほどの強大な比重
を占めていないような場合は、これに該当しないものと解するのが相当である。
 本件の場合について観ると、押収にかかる「指令指示集」(当庁昭和三七年押第
六八七号の一〇)等の中に存する「指令第三七号」によれば、昭和三三年春季闘争
の目標は全逓第一六回中央委員会の決定に基づく要求事項の解決を図ることにある
とされており、そして、押収にかかる「第一六回中央委員会速報」「第一六回中央
委員会議案報告書」「斗いの旗の下に」(同押号の二一、二二、二八)及び当審証
人E(当時全逓中央本部企画部長、現在全逓副委員長)の供述等によれば、右第一
六回中央委員会で決定された要求事項は(一)新賃金二、四〇〇円増額の闘い
(二)最低賃金法制定の闘い(三)不当処分撤回、スト権奪還の闘い(四)特定局
制度撤廃の闘い等七項目に及んでいることが明らかであつて、右のうち純粋に経済
的なものと認められるのは(一)のみであり、他は多かれ少かれ政治的なかかわり
あいを持ち、殊に(三)は純粋に政治的な要求事項と認めることができる。しか
し、右証人Eの供述に徴すれば、右春季闘争の一環として行なわれた本件争議行為
の中心的な目標とされていたのは右(一)の二、四〇〇円の賃金引上げという事項
であり、現に公労委(公共企業体等労働委員会)に対し調停の申請がなされたのも
同事項のみについてであり、他の事項は、右争議行為の当時においては、すでに一
応解決され(例えば(四)の問題)或いは将来の交渉に持ち込むということ(例え
ば(二)の問題その他結婚資金、退職年金制等の問題)で、いずれもこれを闘争目
標から除外し得る情勢にあつたのであつて、結局右争議行為にかけられていた要求
事項は右(一)の二、四〇〇円の賃上げという経済的なもののみであつたと認める
ことができる。他方、押収にかかる「事前警告文」大、小各一部(同押号の三九)
によれば、使用者側たる東京郵政局長等においても、本件争議行為の主たる目的は
右(一)の賃上げという事項に存するものと受け取つていたこと、が窺われる。以
上考察したとおり、本件争議行為は、経済的な要求事項のほか、多かれ少かれ政治
にわたるいろいろな要求事項を掲げてはいるが、後者は争議行為の命運を決するほ
どの切実重大な意味あいを持つものではなかつたと認められるから、前段説示の見
解に照らし右争議行為は前記(イ)にいわゆる「……政治的目的のために行なわれ
たような場合」に該当しないものというべきである。
 五、 次に、本件争議行為が前記(ロ)の「暴力を伴う場合」に該当するかどう
かについて、考察すると、原審並びに当審で取り調べた証拠を精査しても、本件争
議行為そのものが暴力の行使を伴つたという形跡は見当らないので、右(ロ)の場
合にも該当しないことが明らかである。
 六、 最後に、本件争議行為が前記(ハ)の「社会の通念に照らして不当に長期
に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合」に該当するかどうかに
ついて、考察する。
 先に、四、五で論じた前記(イ)(ロ)の基準は、その内容に関し意見の対立が
見られるほか、それ自体としては今日の通説的見解上当然のこととされているとこ
ろであり、特に疑義を挿む余地も存しないが、右(ハ)の「……国民生活に重大な
障害をもたらす」か否かを公労法第三条、労組法第一条第二項の適用基準とするこ
とは、右大法廷判決によつて初めて打ち出された見解であつて、その内容自体も、
概括的抽象的であるため、その明確な意味を把握することが困難である。又、この
ような基準を新たに提示するに至つた論拠も、関係部分(理由の五)は勿論、全体
の判文上からも明らかでないため、この面からその意味内容を確定するための手が
かりを得ることも困難である。例えば、同判決は、理由の一の第三段の末尾におい
て「ただ、公務員またはこれに準ずる者については、後に述べるように、その担当
する職務の内容に応じて私企業における労働者と異なる制約を内包している……」
と述べ、これを受けるものの如く理由の二の第一段において(但しここでは、右の
公務員等のみに限定せず、すべての勤労者に通ずることとして述べられている)
「……これらの権利(労働基本権)であつても、もとより、何らの制約も許されな
い絶体的なものではないのであつて、国民生活全体の保障という見地からの制約を
当然の内在的制約として内包している……」と述べ、再び理由の四の第三段冒頭に
おいて「……さきに述べたように……」との断り書を付けて同旨の見解を述べてい
るが、労働基本権の制約に関する右のような考え方は、最高裁判所としては初めて
表町したものであり、且つ恐らく同判決を支える重要な基礎的見解の一つに属する
ものと考えられるので、ここにいう「内包」或いは「内在的」というのは、当該権
利の概念そのものとしてそうであるのか、それとも当該権利の存在理由の中にその
契機が存するのか等について、何らかの具体的な説明ないし論証がなされて然るべ
きであると思われるのに、必ずしもそのような説明ないし論証もなされていない。
右判文だけから観ると、そのいわゆる「国民全体の利益の保障という見地からの制
約」なるものは、特に「内包」或いは「内在的」という表現ないし思考の仕方をし
なくとも、外部に存する他の利益ないし権利による「外来的な制約」として捉えら
れても一向に差支えないのではないかとさえ思われるのである。又、同判決は、理
由の五の第二段の中において、公務員の職務と公共企業体等職員(以下公企休職員
と略称する)のそれとについて公共性の強弱を比較し公務員の職務の方が公共性が
強いと判示しているのであるが、一般的概括的には同判決のいうとおり公務員の職
務の方が公共性が強いと言えようけれども、具体的個々の職種について比較してみ
ると必ずしもそうでない場合も考えられるのであつて、このような公共性の強弱に
関する一般的概括的な比較論は、公労法の中に国家公務員法や地方公務員法のよう
な争議行為共謀等に関する一般的な処罰規定が設けられていないことの説明とはな
り得ても、問題になつている公労法第三条が労組法第一条第二項の適用を排除して
いない趣旨を考察し、或いは具体的特別の職種における而もその業務全般ではなく
その中の郵便物取扱のみに関する罰則である郵便法第七九条第一項の適用の有無を
判断するうえにおいて、どれほどの力をもち得るのか、これ亦疑の存するところで
ある。
 このようなわけで、当裁判所としては、先ず、刑事法規の適用基準として本来厳
格性を要求される右(ハ)の基準の意味内容を明らかにするため、判文を各方面か
ら仔細に検討し、そのよつて立つ論拠を探究し、或いは問題点を吟味しつつ、何ら
かの手がかりを見出すよう努力を重ねたのであるが、結局において、その明確な意
味内容を把握するのに大きな困惑を感ぜざるを得なかつた。
 しかし、それはそれとして、本件の差戻を受けた当裁判所は、その立場上、右大
法廷判決の示すところに従い、ともかくも右(ハ)の基準の意味内容を探り、同基
準に照らして本件犯罪の成否を判定しなければならない。
 そこで、先ず、同判決が提示した右基準の意味内容を、関係部分の判文に照らし
て考えてみると、二で引用したとおり「……国民生活に重大な障害をもたらす場合
には、……争議行為としての正当性の限界をこえるもので、刑事制裁を免れない…
…」旨判示しているのであるが、ここでも、このような例外基準の設定の仕方は、
解釈の如何により、一方で与えて他方で奪うということになるのではあるまいかと
いう疑問に逢着すうるわけである。即ち、争議行為というのは、その本質的な要素
として、業務の正常な運営を阻害するといら性格を帯びているものであり(公労法
第一七条第一項前段、労働関係調整法第七条等参照)、このような要素がなければ
もはや争議行為とは言えないのであるが、同判決自ら理由の四の第三段の中におい
て指摘しているとおり、「いわゆる五現業および一二公社の職員の行なう業務は、
……国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃が国民
生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑を
いれない」のであるから、これら職員の行なら争議行為は、それが効果的であれば
あるほど、国民生活に重大な障害をもたらす可能性が大きくなり、その結果争議行
為としての正当性の限界をこえ、右基準に照らして刑事制裁を免れないということ
にもなりかねないのであつて、こんなことでは、折角これら職員の争議行為も原則
として労組法第一条第二項の適用を受け刑事制裁の対象とならない旨判示している
趣旨を、殆ど没却してしまうのではなかろうか。少くとも、同判決のいうところに
従えば、刑事法上これら職員に許される争議行為は、「その業務の停廃が……国民
生活に重大な障害をもたらすおそれがある」ものとしてある程度の効果を伴うもの
であつてもよろしいが(そうでなければ、効果のない争議行為だけしか許されない
というおかしなことになる)、現実に「国民生活に重大な障害をもたらす」程度に
達してはならないという、極めて微妙なものとならざるを得ない。これでは、刑事
法上このような争議行為を許されることになつた公企体職員自身が、その程度の選
択に迷わざるを得ないであろう。当裁判所も亦、同判決の真意が何処に存するか
を、的確には捕捉することができない。ただ、わずかに、右基準が、公企体職員の
争議行為に刑事免責を与えるといら・原則に対する例外の場合に関するものであつ
て、実質的に右原則の内容を減縮するものではあつても、これを空洞化してしまう
ほどのものではあり得ないという常識的な考え方、即ち、これら職員が右原則に従
い刑事制裁を受けないで争議行為をなし得べき領域も、ある程度の幅をもつて保留
されているとの考え方を、拠り所の一つとして、本件犯罪の成否を判定することに
したい。 <要旨第二>次に、右基準の意味内容を、その「国民生活に重大な障害を
もたらす場合」という字義そのものについて考えてみると、その例示と
して「社会の通念に照らして不当に長期に及ぶき)」ということが挙げられている
が、その他の例として、その争議行為が全国一斉若しくはこれと同じような規模に
おいて行なわれるときとか、或いはそうでなくても広範囲にわたり且つ長期に及ぶ
(必ずしも社会通念上不当に長期に及ばないときを含む)ときとか、或いは広範囲
且つ長期にわたらなくても国民の一部に私生活上取り返しのつかないような深刻な
障害を与えるときなどが、考えられる。さらに、国政(外交、防衛、治安等を含
む)、地方行政、国民生活上重要な国際若しくは国内の経済取引等に対する障害
が、ときによつてはこれに該当することも、考慮されるべきであろう。 先にも述
べたとおり、右基準の意味内容を全面的に明確にすることは困難であるが、さしあ
たり右に並べたような若干の基本的な考え方を目安として、以下、本件の具体的争
議行為が右基準の場合に該当するかどうかについて、考察する。
 <要旨第三>先に、三(別紙一覧表を含む)で判示したとおり、本件職場離脱者三
八名が職場離脱により郵便物の取扱をしなかつた時間は二時間四〇分位
ないし六時間位であり、その間取扱をしなかつた郵便物の数は普通郵便課伝送掛に
おいて甲種郵便物約一五、七〇〇通、乙種郵便物約四九、〇〇〇通、集配課配達内
務外務両掛において普通郵便物約一三八、〇〇〇通、普通速達郵便物九五三通、書
留通常速達郵便物六〇九通、普通書留郵便物三、五八三通の多数に及んでいること
が明らかである。しかし、いずれも当審で取り調べた証人Fの供述並びに東京中央
郵便局「郵便業務運行日報」(そのうち、「昭和三三年三月一九日水曜日の状況、
同月二二日報告」という旨の記載のあるもの)、同局「昭和三三年三月二〇日普通
郵便課業務運行状況調書」を含む各課各掛の各状況調書綴(特に普通郵便課伝送掛
の「昭和三三年三月二〇日普通々常郵便物差立状況調書」、集配課長Gの「昭和三
三年三月二〇日集配課業務運行状況調査」)等によれば、右郵便物不取扱により生
じた郵便物の差立遅延は、普通郵便課伝送掛において二時間五〇分ないし一〇時間
三〇分、その他の掛或いは課においても管理者により定時に差し立てられたものを
除き最低二時間三五分最高二四時間という状況であり(なお、差立を受けた各地に
おける配達遅延も大体において一一四時間を出でないものと推認される)、また、
集配課における配達遅延も三〇分ないし六時間四〇分(なお、小包配達について
は、二五分遅れて出発したが、帰局時間には影響がなかつた)という程度であつた
ことが認められる。この間速達郵便物或いは国政等に関する郵便物について何ら特
別の配慮が用いられていなかつたことは、いわゆる「国民生活に重大な障害をもた
らす」危険を孕んでいるものであり、殊に速達郵便物が右二四時間を相当程度にこ
えて遅延するということになれば、これを利用する国民の私生活にも深刻な影響を
与えるものとして問題視せざるを得なくなるわけであるが、本件の場合は右に述べ
たとおり辛うじて二四時間以内の遅延に止まつており、又、国会関係の郵便物につ
いては管理者の処理により予定どおり差し立てられている。従つて、結局するとこ
ろ、本件の上述のような事態が現実に国民生活に重大な障害をもたらしたものとは
認め難い。
 (なお、本件は、起訴状でも言及しているとおり、昭和三三年における春季闘争
の一環として行なわれたものであり、前に掲げた「指令指示集」の中に存する「指
令第三七号」等により明らかなとおり、全国の主要郵便局五七局にわたる規模にお
いて行なわれたものであるが、公訴事実としては、そのうちの東京中央郵便局(特
に普通郵便課伝送掛、集配課配達内務外務両掛)における郵便物不取扱の事実のみ
を対象として取り上げているものと解されるので、以上のように、同局における事
態のみについて考察したわけであるが、当審で取り調べた長野郵政局長の「春期闘
争状況について」と題する報告書及び大阪、名古屋、金沢、広島、熊本、仙台、札
幌、松山各郵政局長の同種の報告書によれば、他の全国五六局における郵便物不取
扱の時間は最低一五分最高五時間二五分位であり、その影響も東京中央郵便局にお
ける事態と大同小異の程度のものと推察され、これを右各局全般にわたる規模のも
のとして考察しても、結局同様の判断に帰着する)。そして、他に、前述のような
当裁判所の基本的考え方に照らし国民生活に重大な障害をもたらしたものと認める
べき状況は存在しない。従つて、本件争議行為は右(ハ)の場合にも該当しないも
のというほかはない。
 七、 以上考察したとおり、本件Aらによる争議行為は、形式上郵便法第七九条
第一項の構成要件に該当するけれども、前記大法廷判決が示した三つの例外的場合
のいずれにも該当しないから、公労法第三条、労組法第一条第一一項、刑法第三五
条の趣旨により罪とならないものというべく、従つて、右争議行為を教唆したとい
う起訴状記載の公訴事実も罪とならないわけである。原判決が、右大法廷判決とや
や異る見解に立脚しながらも、本件の被告人全員に対し刑事訴訟法第三三六条前段
により各無罪の言渡をしたのは、結局において正当であつたといわねばならない。
 そうだとすれば、検察官の本件各控訴は、いずれの面から観ても、その理由がな
いことになるから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することにして、主文
のように判決する。
 (裁判長判事 新関勝芳 判事 吉田信孝 判事 大平要)
別 紙
<記載内容は末尾1添付>

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