弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人弘中惇一郎の上告理由第一点ないし第六点について
 原審が、亡D(本件事故当時満一歳の女児)の将来の得べかりし利益の喪失によ
る損害賠償額を算定するに当たり、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の産業計・
企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金額を基準として収入額を算定し
たうえ、その後の物価上昇ないし賃金上昇を斟酌することなくライプニツツ式計算
法により民法所定の年五分の利率による中間利息を控除しその事故時における現在
価額を算定したことは、交通事故により死亡した幼児の将来得べかりし利益の算定
として不合理なものとはいえず(最高裁昭和五六年(オ)第四九八号同年一〇月八
日第一小法廷判決・裁判集民事一三四号三九頁、同昭和五七年(オ)第一〇一五号
同五八年二月一八日第二小法廷判決・裁判集民事一三八号一五七頁参照)、正当と
して是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独
自の見解に基づいて原判決の損害賠償額算定の違法をいうものにすぎず、採用する
ことができない。
 同第七点について
 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観
念に基づき諸般の事情を考慮し、自由な裁量によつて被害者の過失を斟酌して定め
るべきものであることは当裁判所の判例とするところであり(昭和三九年(オ)第
三二八号同年九月二五日第二小法廷判決・民集一八巻七号一五二八頁)、原審の適
法に確定した事実関係のもとにおいて、原審が過失相殺により損害額を二〇パーセ
ント減額したことが不当であるということはできない。所論引用の判例は、事案を
異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己の補
足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 私は、原審が、本件事故当時満一歳の女児である亡Dの将来の得べかりし利益の
喪失による損害賠償額(以下「逸失利益」という。)の算定に当たり、昭和五七年
賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平
均賃金額を基礎としたことは、交通事故により死亡した幼児の逸失利益の算定とし
て不合理なものとはいえないとする法廷意見の結論に異論がなく、これに同調する
ものであるが、上告理由第一点の論旨は、個人の尊厳ないし男女平等の法理にかか
わる重要な論点とも関連すると思われるので、私の考えるところを述べて、法廷意
見を補足することとしたい。
 事故により死亡した幼児の逸失利益を算定するに際しては、裁判所は、諸種の統
計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り客観性のあ
る額を算定すべきところ(最高裁昭和三六年(オ)第四一三号同三九年六月二四日
第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁参照)、わが国の裁判実務上、その有力
な証拠資料の一つとして機能している賃金センサスに示されている男女別の平均賃
金額は、少なくとも現在における支配的な雇用形態、賃金体系等のもとにおいては、
事実として存在する男女間の賃金格差を反映したものにほかならないから、これに
依拠して逸失利益を算定する限り、男児の場合と女児の場合とで多かれ少なかれ算
定結果に格差の生ずることは免れないところである。そして、女児の場合には、他
面において、将来得べかりし収入金額から生活費を控除する割合をどのようにすべ
きかなどの問題もあり、本件の場合も、原審は、右生活費控除の割合については、
男児の場合に通常とられる五割よりも低い三割として算定しているのである。この
ように将来得べかりし収入金額以外にも男女間にさまざまな相違点がありうること
を考慮すると、右収入金額については、賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃
金額に依拠して逸失利益を算定し、その結果男児の場合との間に格差を生じても、
これをもつて直ちに逸失利益の算定方法として合理的根拠を欠くものとすることは
できない。しかしながら、少なくとも就学年齢に達しないような幼児については、
所論がいうように、男女を含む全産業常用労働者の平均賃金を基礎とする手法もま
た、必ずしも不合理なものということはできず、むしろ積極的に評価してよい視点
が含まれているように思われる。けだし、個人の尊厳ないし男女平等の法理に照ら
すと、多くの可能性をもち、その将来が極めて不確定な要因に富む右のような幼児
の逸失利益を算定するに当たつては、理念的には、まずもつて男女による性差別を
問う以前の人間的存在を対象として、その労働能力の金銭的評価を行つてよい側面
をもつと考えられるし、更に、近時の社会情勢等にかんがみると、前記のような男
女格差の原因を成している雇用形態、賃金体系等が、将来とも長期にわたつて変容
を来たさないことは、にわかに保し難いからである。したがつて、本件のような場
合において、逸失利益の算定に当たり、所論のような手法をとることもまた一つの
合理的な方法ということができよう。もつとも、このことは、右の手法が最善であ
ることまで意味するものでなく、個人の尊厳と男女の平等という基本的視点に立ち、
右手法を含め、より良い算定方法が検討されるべきものであつて、この点は、なお
将来の課題として保留しておきたいと思う。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    長   島       敦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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