弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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              主       文
    被告人を懲役8年に処する。
    未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
              理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は,広島市○○区○○丁目○○番○○号Aビル301号室において,長男B(当時
6歳)及び長女C(当時4歳)とともに生活し,広島市内の風俗店において稼働して生計を立
てていたところ,平成11年6月ころ,Dが客として上記風俗店に来店したのをきっかけに同
人と交際を始め,同年7月上旬ころ,Dが上記Aビル301号室に転がり込んできたことから,
同室において,D,B,Cとともに4人で生活するようになったものであるが,
第1 Dと共謀の上,同年9月26日ころ,上記Aビル301号室において,Dが,Bに対し,同
児をビニール袋に入れて同袋の口を真結びにしたうえ,同袋ごと大型スポーツバッグに入
れ,同バッグのファスナーを閉めて密封状態にして,Dとともに様子を窺いながら数分間放
置する暴行を加え,よって,そのころ,同所において,同児を窒息死するに至らせ
第2 Dと共謀の上,上記第1の犯行の発覚を免れるため,Bの死体を遺棄しようと企て,D
において,同月27日ころ,あらかじめビニール袋に入れた同児の死体を普通貨物自動車
(軽四)に積み,同市○○区○○町○○峠東広島市境界から南西方約450メートル付近道
路まで運搬した上,同道路上から同道路下西側斜面に同死体を投げ捨て,もって,死体を
遺棄し
第3 上記第2の犯行後,一旦,Dから逃れて上記Aビル301号室を出たものの,同人から
復縁を求められたことから,再度,D及びCとともにウィークリーマンションや旅館を転々とし
ながら生活していたものであるが,Dが,同年10月12日ころ,広島市○○区○○町○番○
○号E旅館301号室において,Cに対し,その顔面,腹部を平手及び手拳で多数回殴打す
る暴行を加えて腹部臓器損傷の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同児を上
記傷害に基づく失血により死亡するに至らせた際,Cの親権者として同児に対するDの暴
行行為を防止すべき立場にあったところ,Dが上記暴行を開始したのをその面前で認識し
たのであるから,直ちに上記暴行を防止する措置をとるべきであり,かつ,その措置をとれ
ば上記暴行を防止ないし困難ならしめて同児を保護することができたのに,暴行開始後し
ばらく何らの措置もとらずに放置し,もって,Dの上記犯行を容易にしてこれを幇助し
第4 Dと共謀の上,上記第3の犯行の発覚を免れるため,同児の死体を遺棄しようと企て,
同日ころ,あらかじめビニール袋に入れたCの死体を,普通貨物自動車(軽四)に積み,D
が同車を運転し,被告人が同乗して,広島県呉市○○丁目○○番○○号○○銀行○○支
店○○出張所南東方約2100メートルにある○○山登山道路まで運搬した上,同道路上か
ら同道路下東側斜面に同死体を投げ捨て,もって,死体を遺棄し
たものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
第1 判示第1につきBに対する傷害致死の共同正犯を認めた理由
 1 判示第1に関し,検察官が掲げる訴因は,被告人は,判示の機会において,Dと共謀
の上,殺意をもって,密封状態に置かれて助けを求めるBの声を無視してそのまま放置し,
よって窒息死させて殺害したというものであり,殺人の共同正犯の事実を主張し,弁護人
は,被告人にはB殺害についてDとの共同実行の意思も共同実行の行為もなかったとして
これを争っているところ,当裁判所は,判示のとおり,傷害致死の共同正犯の限度で認定し
たので,説明を加える。
 2 被告人及びDの各供述等関係各証拠を総合して詳細にその犯行に至る経緯及び犯
行状況を見ると,次の事実が認められる。
 (1) 被告人は,従前から,判示Aビル301号室において,B,Cとともに生活していたとこ
ろ,平成11年7月上旬ころ,交際していたDが同室に転がり込んできたことから,以降,同室
において4人で生活するようになった。Dは,同月中旬ころから,Bに対して執拗に説教した
り,平手で叩き,もぐさを使ってお灸を据え,火のついた煙草を押しつけるなどの暴行を加
えるようになり,やがてその態様は,げんこつで顔面を殴り,足蹴にし,布団たたきで殴打
し,頭からビニール袋をかぶせて首輪を付けてカーテンレールにつないで殴る蹴るするな
ど,激しさを増していった。さらに,8月下旬ころからは,Bを子ども部屋に入らせて出入口を
塞ぎ,食事も与えずトイレにも行かせないなどして閉じこめる暴行や,頭上から花火の火の
粉を浴びせかけ,靴の消臭スプレーに火をつけて噴射して炎を身体に当て,ライターオイ
ルを同児の手足にかけて火をつけ,背中にティッシュペーパーを貼って火をつけるなどの
火を用いた暴行や,手足を縛って浴槽に入れて,水の中に頭をつけたり上げたりするなど
水を使った暴行を頻繁に繰り返すようになった。
 被告人は,8月下旬ころ,DがBに花火の火の粉を浴びせているのを見た際には,さすが
に驚いてやめるよう言ったが,Dはこれを聞き入れず暴行を続けた。それ以降,被告人は,
Dの機嫌を損ねるのをおそれて,同人のBに対する暴行を止めることをしなくなり,むしろ,
Dに言われるままに,暴行が始まるとCを別の部屋に連れて行き,花火を用いた暴行の際,
火のついた花火を持ってBに向け,水の中に入れる暴行の際,Bの両手首につながれた紐
を持つなどし,Dに言われるままに協力するようになった。また,被告人は,同年8月16日こ
ろ,Bのたんこぶの大きさに驚き,Dの承諾を得て病院に連れて行ったほかは,Bへの暴行
が発覚することをおそれて同児を病院に連れて行くこともなく,また,Bを幼稚園に通園させ
ることもしなくなったうえ,同児の実父であるFや自分の父親が家に来ないようにするなどし
て,外部の者にBが暴行を受けていることを知られないよう配慮していた。
 そして,9月中旬ころには,Dが,Bをスポーツバックの中に入らせてバッグを浴槽内に置
き,バッグがつかるまで水を入れ,バッグを繰り返し水につけたり持ち上げたりしているうち
に,Bが意識を失うに至り,Dが同児をバッグから出して人工呼吸を行ない,ようやくBが意
識を取り戻すということがあった。Bは,これらの暴行によって衰弱していき,同月26日ころ
には,顔中が腫れ上がり,身体中の皮膚が火傷のためにただれ落ちて,膿の混じった汁が
出るなど怪我が治らなくなっており,十分な食事を与えられていなかったことからやせてあば
らが浮き出ていて,ほとんど一日中横になっていて,立ち上がるにも時間がかかるような状
態になっていた。
 (2)9月26日,Dは,被告人に命じてCを他の部屋に連れて行かせた後,Bに対し,激しく
殴打するなどの暴行を約30分間加え続けた。その後,Dは被告人を呼び,バッグとビニー
ル袋を取ってきて,被告人の見ている前でバッグの中にビニール袋を入れて口を開け,Bに
その中に入るよう命じた。同児は,立ち上がって自らビニール袋の中に入り,正座して身体
を丸めた。Dは,バッグのチャックを閉めて,バッグを持って別の部屋に移動し,被告人もこ
れについて行った。Dは敷いてあった布団の近くにバッグを置き,Dと被告人はその布団の
上に寝ころんだ。
 そのまましばらく物音がしなかったため,Dがバッグのチャックを開けて中を見たところ,B
は意識を失っておらず,バッグの外に手を伸ばすなどした。Dは,「こいつ,穴を開けて息を
している。袋を二重にしてやろう。」などと言いながら,もう1枚ビニール袋を取ってきて1枚目
の上からかぶせて二重にし,2枚のビニール袋の端を重ねて持って,両端を交差させる結
び方で2回結び,再びチャックを閉めた。この間,被告人は,Dのすぐそばにいて同人の行
動を見ていたが,その行動を制止することはなかった。Dと被告人は,部屋を暗くして頭を
バッグの方に向けてバッグから約1メートルの位置に寝ころび,Bが「D君ごめんなさい。」と
言ったのに対して,Dが被告人に小声で「静かにしとけよ。」と言い,2人とも声を出さないよ
うにして,部屋にいないかのように装った。
 Bは,「D君ごめんなさい。D君開けて。」などと繰り返し言って,バッグの中で身体を動か
すなどしていたが,次第にその声は大きくなっていき,Dがバッグを閉めてから5分くらい経
ったころ,助けを求める声は止み,いびきのようなガーという大きい音声(以下,「いびき音」
という)が3回して,途絶えた。
 音がしなくなると,Dと被告人は顔を見合わせて起きあがり,2人でバッグの方に行ってチ
ャックを開け,ビニール袋を破ってバッグからBを出して布団の上に寝かせた。Dと被告人
は,Bに対して代わる代わる人工呼吸や心臓マッサージをしたが,Bは息を吹き返さなかっ
た。
 3 以上認定した事実に,医師の供述等を加えて検討を加える。
 まず,被告人らがDと同居するようになって以来,DはBに対して虐待行為を繰り返すよう
になり,その態様は次第にエスカレートしていったこと,9月に入ると,その虐待行為はさらに
エスカレートし,Bの顔を水中に沈めたりバッグの中に同児を入れて水没させるなど,Bに対
して死の恐怖を味わわせるに至り,そのため同児を仮死状態に陥らせて危うく一命を取り留
めたこともあったこと,被告人は,8月中旬ころ1回Bを病院に連れて行って治療を受けさせ
たが,以後そのようなことは一切なく,Dから食事も与えないように指示されていたことから,
時折わずかな食事を与えるのみであったこと,そして,Bは,本件当時には全身性炎症反応
症候群の状態にあって,全身が衰弱しており,敗血症あるいは菌血症を引き起こしていた
可能性もあり,敗血症の状態になった人間に治療を施さなければ,数週間以内に死に至る
こと,被告人は,DやBらと同居しており,DのBに対する暴行の様子及びそれによるBの衰
弱状況を熟知していたことが認められる。こうした経緯及び状況に照らすと,このまま特段の
治療を受けさせずにDの虐待を放置していれば,いずれはBが死に至るであろうとの認識を
有し,それもやむを得ないと考えていたとみるのが自然かつ合理的であり,被告人の検察
官調書中にも,その趣旨の供述が見られる(被告人の捜査段階の供述中には,Dとの生活
を続けたいとの気持ちから,Bについては死んでもかまわないとして諦めた,などとする部分
がある。)ところである。こうした心情にあった中で,本件密封行為が行われたが,本件のよう
な密封行為は,その密封状態を継続することによって確実に死の結果を招来する行為であ
るところ,その機序は,低酸素血症(窒息)により死亡するに至るもので,健康な6歳くらいの
男児なら10分から15分程度で死に至るが,本件当時のBのような全身衰弱状態にあれば,
健康な状態の時と比較して短時間で死亡すると考えられること,Bは,本件密封行為により
死に至ったが,最後に数回いびき音を発しているところ,これは死の直前に舌根沈下が起
こり,そのため気道が閉塞されていびき音が生じ,その音声が途絶えた時点で死亡するに
至ったと考えられること,被告人らは,Bの助けを求める声を無視し,その声が止んでいびき
音に変わっても,なお救助行為に出なかったこと,そして,そのいびき音もしなくなった時点
で,被告人らは,Bを救出すべく飛び起き,2人で同児の蘇生に努めたが,Bが息を吹き返
すことはなかったことが認められる。こうした本件の状況,特にBから有意的な叫び声が途絶
えていびき音に変わった事実は,Bの意識がなくなり同児の死が迫っていることを表すもの
であり,被告人においても,そのことを認識していたと考えられるから,同児の叫び声がいび
き音に変わった時点で直ちに救助行為に出なかったことは,Dの意に反してまでBを解放
する意図がなく,そのため救助行為が手遅れになって同児が死に至るようなことがあっても
かまわないという気持があったからとも考えられる。
 しかしながら,被告人が本件当時,Bの衰弱状態から,このままではいずれ同児が死に至
るであろうとの認識を有していたとは考えられるものの,これまでDが実際に行った虐待行為
に際し,Dについても被告人についても,具体的に同児の死を認識し,かつ認容していたよ
うな状況までは認められないうえ,その虐待行為の延長線上で行われた密封行為の際のD
の意図も,Bに死の恐怖を味わわせることにあったと認められるから,密封行為の際はもち
ろん,その後同児がバッグ内で助けを求めていた際にも,被告人において,同児が死亡す
る以前にDが解放してくれると考えていたとしても不合理ではない。そして,被告人らは,B
を密封した後,その側にいて終始Bの反応を窺っており,同児を助け出そうと思えば容易に
そうすることのできる状態にあったこと,医学的に素人である被告人らにおいて,Bの発した
いびき音が極めて切迫した生命の危険を示す兆候であると認識していなかったとしてもや
むを得ない面があること,Bがいびき音を発していたのは3回程度の短い時間であり,被告
人らは,いびき音が途絶えるや慌ててバッグ内からBを出し,同児を蘇生させるべく長時間
にわたって真摯な救命措置を講じており,このような救命行動は,Bの死を認容していた者
の行動とはそぐわないものがあることなどの事情に鑑みれば,被告人らは,Bの死が相当切
迫していることを認識していながら直ちに救出行為に出なかったものではあるが,その際同
児が死に至ることを認容していたと断じるには,なお合理的な疑いが残るというべきであり,
まして,被告人らがB殺害について意を通じ,共同実行の意思を有していたとみることはで
きない。
 そうすると,被告人について,殺人の共同正犯は成立しないというべきである。 4 そこ
で,被告人について,傷害致死の共同正犯が成立するか否かについて更に検討するに,
上記2で認定したとおり,被告人は,本件当日DがBに暴行を加え始めた際,その指示に従
ってCを別の部屋に連れていき,Dに呼ばれるや同人がBをバッグに入らせる様子をそばで
黙って見ており,その後Dが袋を二重にしてバッグを閉める本件暴行に出た際も,これを間
近で見ながら何ら制止しなかったばかりか,助けを求めるBの叫びに対しても,Dの指示ど
おり部屋にいないかのごとく振る舞って,Bに死の恐怖を味わわせることに協力しているう
え,被告人は親権者であり,ただ1人,DのBに対する暴行を止めることができ,かつ,そうす
べき立場にいたにもかかわらず,Dの暴行が始まった当初からBが死亡するに至るまでの約
2か月間ほとんどこれを制止しておらず,9月ころからは,Dに言われるままに暴行行為に加
担するなどしていたこと,Bに対する暴行が発覚するのを恐れて同児を病院や幼稚園に連
れて行かず,同児の実父であるFや自分の父親が家に来ないようにするなどして,外部の
者にBが暴行を受けていることを知られないよう配慮していたことなどにも鑑みると,少なくと
もBに対する暴行の限度では相互に意思の連絡があり,共同実行の意思があったということ
ができる。
 なお,弁護人は,被告人はDの言動に抗することが困難な精神的,心理的状況にあった
として同人との共謀は成立しない旨主張するが,後述するとおり,被告人の関与がDの強制
によるものとはいえず,上記判断を左右するものではない。
 よって,被告人につき,傷害致死の共同正犯の限度で認定した。
第2 判示第3につきCに対する傷害致死幇助を認めた理由
 1 弁護人は,被告人が暴行の現場にいたこと自体が幇助行為になるものではなく,ま
た,他に幇助行為にあたるべき事実はない旨主張するので説明を加える。
 本件訴因は,被告人がDの暴行を阻止する措置をとらずに放置した不作為を幇助行為と
しているところ,不作為による幇助犯が成立するためには,正犯者の犯罪を防止すべき作
為義務のある者が,一定の作為によって正犯者による犯罪の実現を防止又は困難にするこ
とが可能であるのに,そのことを認識しながらその一定の作為をせず,これによって正犯者
の犯罪の実行を容易にした場合に成立し,それが,作為による幇助犯の場合と同視できる
ことが必要であると解される。そこで,このような観点から,以下検討を加える。
 2 関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
 被告人は,判示第2の後,一旦Dから離れ,Cと2人でウィークリーマンションで生活してい
たが,帰ってきてほしいなどと懇願するDの様子に同情して,9月末から再び同居するように
なり,D,Cと3人でウィークリーマンションや旅館を転々としながら,昼間はDとともにパチン
コ店に行くなどして過ごしていた。
 Dは,従前Cに対しては暴行を加えていなかったが,平成14年10月10日朝,Cがだだを
こねて物を口にくわえたことなどに怒って数回平手打ちしたのをはじめとして,翌11日にか
けて,パチンコ店やスポーツ店で自動車内に残された同児が無断で車外に出たことに怒っ
て顔面,頭部を殴打するなど,同児に対して断続的に暴行を加えた。この間,Dは,被告人
が助手席でCを抱いていた際,運転席から左手を伸ばしてCを殴打するなど,被告人の面
前で同児に激しい暴行を加えていたが,被告人は,Dの暴行を制止することはなかった。ま
た,被告人は,スポーツ店駐車場において,Cの腫れ上がった顔を見て心配して声を掛け
てきた女性らに対し,「大丈夫です。」などと言ってごまかしてその場から立ち去るなど,Cが
暴行を受けていることが第三者に発覚しないようにしていた。
 被告人は,11日夜,D,Cとともに,前日から宿泊していたE旅館301号室に戻り,翌12日
にかけて3人で同室において過ごしていたところ,Dは,Cが「D君たたくけえ嫌い。」と言っ
たことなどに激怒して,左手で同児の髪の毛を掴み,右手で顔面を繰り返し殴打する暴行
を始めた。被告人は,Dの暴行を黙って見ていたが,DがCの腹部を手拳で殴打し始め,C
の泣き声が止まってウーといううめき声に変わると,異変を感じて,「もう止めて。」と言った。
DはさらにCの腹部を4,5回殴ったが,被告人が,もう一度,「もう止めて。Cが死んでしま
う。」と言ったところ,Dは殴るのをやめてCを離した。その後,Dと被告人は就寝し,翌朝目
を覚ましてから,Cが死亡していることに気付いた。
 3 以上認定の事実を踏まえて検討するに,被告人は,Cと同居していた唯一の親権者
であり,第三者の侵害からCを保護すべき作為義務を負っていたものであるところ,本件の
数日前からDがCに対して暴行を加え始め,それを何度も間近で見ていたこと,本件直前に
も,Cの言葉にDが激怒したことから,DがCに暴行を振るおうとするのを認識したこと,本件
当時室内にはDとCのほか被告人しかおらず,他にDの暴行を止めうる者はいなかったこと
などに鑑みると,被告人には,DがCに対して暴行に及ぶことを防止すべき強度の作為義
務があったというべきである。そして,被告人がDの暴行からCをかばったりDの暴行の支障
となるような措置をとることが不可能あるいは困難であったような状況は認めがたく,このこと
は,本件暴行が始まってしばらくして,被告人が言葉によって制止したところ,Dは2度目の
制止で暴行をやめていることなどからも明らかである。そうすると,被告人がDの暴行開始後
Cの様子に変調が見られるまで何らの制止措置をとらなかったことは,DのCに対する一連
の暴行を容易ならしめたものというべきであって,Dの暴行を幇助したものと評価することが
できる。
 よって,被告人につき,傷害致死の幇助を認定した。
第3 判示第2及び第4につき各死体遺棄の共同正犯を認めた理由
 弁護人は,判示第2のB及び判示第4のCに係る各死体遺棄について,いずれもDとの
共謀はなかった旨主張するが,被告人は,DとともにB及びCの死に関与しており,同児ら
の死が発覚するのを避けたいとの共通の心情を有していたと認められること,Dは,いずれ
の場合も,各死体を山に捨てに行く意思を被告人に伝え,被告人の目の前で死体をビニー
ル袋やバッグに入れるなど死体を運ぶための準備をしていたこと,判示第2においては,D
がBの死体を山中に捨てに行くためAビルを出発する際,同人に言われて死体の入ったバ
ッグを手渡していること,判示第4においては,DとともにCの死体を積んだ自動車に乗って
遺棄現場まで行き,途中,死体を入れたビニール袋を取り替える際,Dに言われて見張りを
し,懐中電灯で手元を照らすなどして協力していたことなど,関係証拠によって認められる
状況に照らすと,被告人は,自己の動機に基づき,Dと意思を相通じて各死体を遺棄したと
いうことができる。
 よって,被告人につき,各死体遺棄の共同正犯を認定した。
(法令の適用)
 (省略)
(責任能力についての判断)
 弁護人は,被告人は本件各犯行当時,Dから受けたドメスティックバイオレンスの影響によ
り,同人の言動に抗することが困難な精神的,心理的状況にあったから,被告人には責任
能力がない旨主張するので,以下検討する。
 弁護人の主張は,主として鑑定人Gによる鑑定の結果に依拠しているから,これにつき検
討するに,同人は,各種心理検査,被告人との面談,訴訟記録の検討等に基づき,被告人
は本件各犯行当時,Dの言動に抗することが困難な状態にあったと結論づけている。しか
し,同鑑定書は,被告人には,意識障害や幻覚妄想など,理性運用を阻害するような病理
現象の存在は認められず,本件各犯行当時,合理的な思考は全く阻害されていなかったと
したうえで,Dから受けたドメスティックバイオレンスの影響により,同人の言動に抗して行動
を発動することができない精神状態にあったとするのであるから,抗拒が困難であった要因
が精神障害に基づくものとは言い難い面がある。そして,G証言によれば,ドメスティックバイ
オレンスの影響を受けた者が当然なすべき行動に出られなくなる心理状態には,自分が行
動しても何も変わらないというあきらめの気持ちや,行動をとると事態がより悪くなるというお
それ,思考が停止し刺激に対して身動きがとれなくなる状態などがあるとされるが,一方で,
そのような心理状態は,事実が発覚するのを避けるために外部に助けを求めないなどの合
理的判断とも併存しうるとされ,また,心理検査の結果,本件当時の被告人には全般性不
安障害は認められるものの,うつ症状や解離性症状など正常心理と質的に異なる症状は見
られず,思考停止状態にあったとも認められないとしていることからすれば,本件各犯行当
時,被告人において精神障害といえるほどの症状を生じていたとする根拠は十分とはいえ
ない。
 そして,関係証拠によれば,被告人がDから暴力を受けたのは,同人と同居するようにな
って間もない平成11年7月初旬ころであり,その程度も傷害を負うほどの強度のものではな
かったこと,その後被告人からDに別れ話を出したり文句を言うなどしたところ,Dはすっかり
大人しくなり,その後被告人に暴力を振るうようなことはなかったこと,8月中旬ころDに殴打
されてBが大きなたんこぶを作ったため,Dの許しを得て病院に連れて行ったこと,同月下
旬ころDがBに花火の火の粉を浴びせているのを見て,効果はなかったものの言葉で制止
したこと,9月以降Dから禁じられていたにもかかわらず,わずかながらBに食べ物を与えて
いたこと,Bの死体遺棄後,Dに愛想を尽かして同人に無断でAビルを出て,一時Cと2人で
生活していたこと,DがCの腹部を手拳で殴打し始めた後,言葉で制止したことなどが認め
られ,こうした状況をみると,被告人は,本件各犯行の行なわれた前後,Dの行動を諫めたり
同人の意思に反する行動をとることができていたと認められるうえ,捜査段階において,Dの
機嫌を損ねたくない,Dとの生活を続けたいとの気持ちから,DのBらに対する暴行を止める
ことはせず,Dと離れることもしなかった旨述べていることなどに照らすと,被告人が本件各
犯行当時責任能力に影響を及ぼすような精神障害を有していたとは考えがたい。
 以上によれば,被告人は本件各犯行当時是非善悪を弁識する能力またはその弁識に従
って行動する能力を全く欠いていたと言えないことは勿論,著しく欠いていたとも言い得な
いのであって,弁護人の主張は採用できない。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,同居していた男性と共謀の上,被告人の実子である当時6歳の男児
に対して虐待を加えて死亡させ,その死体を遺棄した傷害致死,死体遺棄の事案と,その
男性が同じく被告人の実子である当時4歳の女児に対して虐待を加えて死亡させた際,こ
れを幇助し,さらに同人と共謀の上,その死体を遺棄した傷害致死幇助,死体遺棄の事案
である。
 男児においては,約2か月間にわたって凄惨な虐待を受けた末に,死の恐怖におののき
ながら窒息死させられたものであり,女児においては臓器からの出血で死亡するほど繰り返
し腹部を殴打されて死亡するに至ったものであって,同児らが死亡するまでに受けた苦痛
や恐怖には想像を絶するものがあったと察せられる。被告人は被害者となった2人の子ども
らの母親であり,誰よりも同児らの安全をはかるべき立場にあったにもかかわらず,同居男
性との生活を終わらせたくないとの思いから,母親としての責務を放棄して本件各犯行に関
与したものであって,子供の保護より自己の利益を優先させた身勝手な犯行動機に同情す
べきものはない。子どもたちは,信頼していた母親に裏切られ,理不尽な虐待を受けた上,
将来のあらゆる可能性を奪われて短い一生を終えねばならなかったものであり,その結果
はあまりにも重大である。また,犯行隠ぺいのため被告人らの手によって遺体を山中に投棄
され,約1年の間,誰に弔われることもなく山中で白骨化した姿は,まことに哀れというほか
ない。子どもたちの祖父母や親戚らは,子どもたちを失った喪失感や助けてやれなかった
後悔にさいなまれており,被告人らが,子どもたちを知る人々に対して与えた悲しみは重大
であって,社会に与えた衝撃も大きい。以上によれば,被告人の刑事責任は重い。
 他方,いずれの犯行においても,実行行為を行なうなど犯行を主導したのは同居男性で
あって,被告人の責任は主に保護義務者としてのそれであり,特に女児に対する傷害致死
においては,不作為による幇助という消極的関与にとどまること,責任能力等に影響はない
ものの,粗暴傾向を有する同居男性から離れることなしに,同人の意向に抗することは相当
困難であったと考えられること,本件の発覚後は事実関係を率直に供述して真相解明に協
力し,また自己の責任を自覚して亡くなった子どもたちの冥福を祈る心境に至っていること,
被告人に前科,前歴がないこと,両親による監督も期待されることなど,被告人のために斟
酌すべき事情も存する。 そこで,これら諸般の事情を総合考慮して,主文のとおり量刑し
た。
(求刑-懲役15年)
  平成16年4月7日
    広島地方裁判所刑事第一部
          裁判長裁判官   田 邉 直 樹
          裁判官      飯 畑 正一郎
          裁判官      三 澤 節 史

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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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