弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
       理   由
第一 当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
 債務者らは、各自別紙物件目録記載のU字溝を製造し、販売し、または販売のた
めに展示してはならない。
二 申請の趣旨に対する答弁
 主文第一項と同旨
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 債権者は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といいその考案を「本件考
案」という。)の所有者である。本件実用新案権は故【A】の所有であつたとこ
ろ、債権者が譲渡によりこれを取得したものである。
① 実用新案登録番号 第一六一九五四〇号
② 考案の名称 吊上げ穴付きU字溝
③ 出願日、出願番号 昭和五七年三月五日(昭五七-三一〇四九号)
④ 公告日、公告番号 昭和六〇年六月八日(昭六〇-一九一〇二号)
⑤ 登録日 昭和六〇年一二月一六日
2 本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲は次の通りである。
 外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴を両側外壁に設けてなると共に該係止穴
は前記両側外壁の長手方向の略中央位置で、かつ両側外壁間の対向位置に各々形成
されてなり、前記係止穴の内周面及び/またはこの係止穴に挿入される吊り金具の
外周面を抜け防止粗面として形成してあることを特徴とする吊上げ穴付きU字溝。
3 本件考案の構成要件及び作用効果は次の通りである。
(一) 構成要件
①外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり、
②右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に各
々設けてあり、
③前記係止穴の内周面及びこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面を、或いは前
記係止穴の内周面またはこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面を抜け防止粗面
として形成してある
④ことを特徴とする吊上げ穴付きU字溝
(二) 作用効果
(イ) U字溝の外壁長手方向中央位置でかつ両外壁の対向位置に係止穴が設けら
れていることから、一対の吊り金具を右係止穴に挿入してU字溝をワイヤーによつ
て吊り上げれば、逆U字状に寝かせて載置されておかれるU字溝を係止穴部を支点
として容易に一八〇度反転させ、またこれを移送し、現場に打重(敷設)すること
ができ、
(ロ) 係止穴の内周面及びこれに挿入される吊り金具の外周面、或いは係止穴の
内周面または吊り金具の外周面が抜け防止粗面とされている(凹凸部が設けられて
いる)ことから、前記吊り金具を係止穴に挿入してU字溝を吊り上げた際や、表向
きに反転させる際などに、係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間に大きな摩擦
抵抗が生じ、U字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはない。
 よってU字溝の施工作業を安全かつ迅速を行うことができる。
4 債務者河原コンクリート工業株式会社(以下「債務者河原コンクリート」とい
う。)、債務者波多コンクリート工業株式会杜(以下「債務者波多コンクリート」
という。)、債務者八束コンクリート工業株式会杜(以下「債務者八束コンクリー
ト」という。)は、いずれも、遅くとも昭和六〇年二月ころから、別紙物件目録記
載のU字溝を製造、販売している。
5 債務者ら製造、販売になる吊り上げ穴付きU字溝の構成及び作用効果は次の通
りである。
(一) 構成
①外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり、
②右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に各
々設けてあり、
③前記係止穴の内周面の全部或いは一部を抜け防止のための凹凸部からなるねじ山
として形成してある
④吊上げ穴付きU字溝
(二) 作用効果
(イ) 一対の吊り金具をU字溝の外壁に設けた係止穴に挿入してU字溝をワイヤ
ーによつて吊り上げ、これを係止穴部を支点として容易に一八〇度反転させ、移送
し、現場に敷設することができ、
(ロ) 係止穴の内周面が抜け防止のための凹凸部からなるねじ山とされているの
で、係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間に大きた摩擦抵抗が生じてU字溝の
係止穴から吊り金具が抜けることはない。
 このように、製品の吊上げ作業が安全且つ簡単にできる。
6 本件実用新案権と債務者らのU字溝とを比較すると次の通りであるから、債務
者らのU字溝は本件実用新案権の技術的範囲に属する。すなわち、
(一) 本件考案の構成要件①、②、④と債務者らのU字溝の構成①、②、④とは
同じである。
(二) 本件考案の構成要件③と債務者らのU字溝の構成③とを比較すると、前者
では、「(U字溝の)係止穴の内周面を抜け防止粗面として形成してあ」り、後者
では、「(U字溝の)係止穴の内周面の全部或いは一部を抜け防止のため凹凸部か
らなるねじ山として形成してある」。
 ところで、本件考案において、U字溝の係止穴の内周面を抜け防止粗面にしたの
は、この係止穴に吊り金具を差し込んでU字溝を吊上げて反転する際、内周面と吊
り金具との間の摩擦抵抗を増大させて吊り金具の抜出を防止したものである。そし
て、「抜け防止粗面」については、その一実施態様として、本件実用新案公報(以
下「本件公報」という。)の考案の詳細な説明2欄九、一四、一六行目及び二一行
目に孔の内周面に「凹凸部」を設ける旨の記載がなされている。
 他方、債務者らのU字溝の係止穴の内周面には「ねじ山」が形成されているが、
「ねじ山」は、連続状の凹部と凸部により形成された「凹凸部」と言えるので、
「凹凸部」、従つて「抜け防止粗面」の概念に含まれる。
 また、係止穴の内周面にねじ山を形成する目的、効果を考察しても、係止穴に吊
り金具を差し込んでU字溝を吊り上げて反転する際、吊り金具が係止穴から抜出し
ないようにするために他ならず、このような目的、効果以外の目的、効果は全く考
えられない。
 したがつて、本件考案の構成要件③と債務者らのU字溝の構成③とは同一であ
る。
(三) 債務者らのU字溝の作用効果(イ)、(ロ)は、本件実用新案権の作用効
果(イ)、(ロ)に対応し、両者は同一である。
(四) 以上、債務者らのU字溝の構成、作用効果は、本件実用新案権の構成要
件、作用効果と同一であるから、債務者らのU字溝は本件考案の技術的範囲に属す
るものである。
7 債務者らは、前記のように、遅くとも昭和六〇年二月ころから、故意または過
失により前記U字溝の製造、販売をしており、昭和六〇年一二月ころ以降だけで
も、
(一) 債務者河原コンクリートについて
① 島根県斐川町直江北土地区画整理事業第二工区整備工事 金額二四六万五七九
〇円
② 島根県出曇市発注武志一の谷線道路改良工事 金額 一一万六三〇〇円
③ 広島県東城町始終森線道路工事 金額四〇八万〇〇〇〇円
など、少なくとも四九件以上の工事で、計金四〇二二万円以上の売り上げがある。
(二) 債務者波多コンクリートについて
① 島根県大田市発注柿田線道路改良工事一工区 金額一八四万五一〇〇円
② 島根県発注仁摩町宅野港港湾改修工事 金額 八〇万九二〇〇円
など、少なくとも二七件以上の工事で、計金一二一九万円以上の売り上げがある。
(三) 債務者八束コンクリートについて
① 島根県宍道町発注町道砂子原線改良工事 金額 九九万六一〇〇円
② 島根県発注湖陵掛合線特殊改良一種工事 金額 九三万一〇〇〇円
など、少なくとも二八件以上の工事で、計金一八〇八万円以上の売り上げがある。
債務者らのU字溝の製造、販売による粗利(売上利益)は、売上高の少なくとも四
割はあると考えられる。
従つて、昭和六〇年一二月ころ以降だけでも、現在までに、
(一) 債務者河原コンクリートによるU字溝の売上高は四〇二二万円以上である
ので、同債務者は少なくとも約一六〇八万円の利益を得、
(二) 債務者波多コンクリートによるU字溝の売上高は一二一九万円以上である
ので、同債務者は少なくとも約四八七万円の利益を得、
(三) 債務者八束コンクリートによるU字溝の売上高は一八〇八万円以上である
ので、同債務者は少なくとも約七二三万円の利益を得、
それぞれ債権者に同額の損害を与えた。
8 保全の必要性
 債権者は債務者らを被告として本件実用新案権侵害禁止及び損害賠償請求の訴を
長野地方裁判所諏訪支部に提起した。
 しかるに、債務者らは、現に債権者の本件実用新案権を侵害して前記U字溝の製
造、販売を行つており、将来も右製造、販売を継続する予定である。
 したがつて、債務者らによる侵害が継続すると、債権者の損害は一層増大し、債
権者が前記訴訟において勝訴の判決を得ても、
それだけでは回復し難い損害を被るおそれがあるので本申請に及ぶ次第である。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由1及び2は認める。
2 同3の(一)、(二)(イ)は認める。(二)(ロ)のうちU字溝の係止穴か
ら吊り金具が抜けることはないとの点は否認し、その余は認める。
3 同4のうち、債務者らがU字溝を製造販売していることは認めるが、債務者ら
が製造販売する右U字溝は、「外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の
両側外壁の長手方向略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に設け、前記係止穴の
内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある吊上げ穴付きU字溝」と特定すべき
である。
4 同5の(一)①、②、④は認めるが、③は否認する。債務者らのU字溝は、
「係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある」ものである。(二)
(イ)のうち、「係止穴に挿入して」とある点を否認し、その余は認める。債務者
らのU字溝は係止穴に吊り金具を挿入するものではなく、螺入するものである。
(ロ)のうち、「U字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはない」との点及び
「製品の吊上げ作業が安全且つ簡単である」との点は認めるが、その余は否認す
る。債務者らのU字溝において吊り金具が係止穴から抜けないのは、内周面の奥約
二分の一にねじ山が形成された係止穴に外周面にねじ山が形成された吊り金具を螺
入し、両者を螺合することによる完全止着効果のためである。
5 同6の(一)は認める。(二)のうち、本件考案において、U字溝の係止穴の
内周面を抜け防止粗面として形成してあること、右抜け防止粗面にしたのは、係止
穴に吊り金具を差し込んでU字溝を吊上げて反転する際、内周面と吊り金具との間
の摩擦抵抗を増大させて吊り金具の抜出を防止するためであり、右抜け防止粗面の
実施態様として本件公報の考案の詳細な説明欄に債権者主張のとおりの記載がある
ことは認めるが、その余は否認する。(三)、(四)は否認する。
6 同7のうち債務者らがU字溝を製造販売していることは認めるが、その余は否
認する。
7 同8のうち債権者がその主張の本訴を提起したことは認めるが、その余は否認
する。
8 債務者らのU字溝は、次のとおり、その構成、作用効果を対比すると、本件考
案のそれと相違するから、本件考案の技術的範囲に属さないというべきである。
(一) 構成の対比
 本件考案の構成要件③にいう「抜け防止粗面」は「粗面」であり、U字溝におい
て一般に「粗面」というときは、本件考案の実施例にも記載されているように表面
に無数の突起が散点状に並んだ、いわゆるザラザラの面を指すのが技術常識である
から、債務者らのU字溝の係止穴内周面の奥約二分の一に形成されたねじ山を指し
て「粗面」といわないことは明白である。更に本件考案の構成要件③においては、
係止穴に吊り金具を挿入するとされているところ、一般に「挿入」というときは、
すべり入れるようにして「差し込み入れる」ことを意味し、ねじを回しながら入れ
る「螺入」は含まれないのが技術常識である。これに対し、債務者らのU字溝はね
じ山を切つた係止穴にねじ山を切つた吊り金具を螺入するものであり、この点にお
いても本件考案の右構成要件と相違している。
(二) 作用効果の対比
 本件考案は、U字溝の吊り上げ用の係止穴の内周面及びこの係止穴に挿入される
吊り金具の外周面或いは右係止穴の内周面または右吊り金具の外周面を粗面化する
ことによる摩擦力増強効果を狙つたものであり、そのために右吊り金具が右係止穴
から抜けにくくなるという効果を奏するものであるのに対し、債務者らのU字溝
は、U字溝の吊り上げ用の係止穴の内周面と吊り金具の外周面にそれぞれねじ山を
切り、両者を螺合することによる完全止着効果を狙つたものであり、そのために右
吊り金具が右係止穴から抜けなくなるという効果を奏するものである。更に本件考
案の効果として、「U字溝の施行作業を安全かつ迅速に行うことができる。」とさ
れるが、これは前記のとおり吊り金具を係止穴に挿入するという本件考案の構成か
ら生ずる効果であるのに対し、債務者らのU字溝は前記のとおり係止穴に吊り金具
を螺入するため、それに時間がかかり、施行作業を迅速に行うことはできない。
 以上のとおり、債務者らのU字溝は、本件考案の構成要件③を欠くうえ、その作
用効果においても本件考案のそれとは格段の差異を有するから、本件考案の技術的
範囲に属さない。
三 抗弁
1 仮に本件考案の構成要件③にいう「抜け防止粗面」にねじ山が含まれるとする
ならば、本件考案は実用新案法三条二項に違反している。すなわち、右条項は、出
願前当業者が極めて容易に考案できたものである場合は、登録を受けることはでき
ない旨規定しているところ、本件考案は、(イ)昭和五五年二月二五日公開の実開
昭五五-二八六四三号及び(ロ)昭和五四年九月二七日公告の実公昭五四-三〇七
六六号の各考案において示されたU字溝に、(ハ)昭和五〇年七月二一日公告の実
公昭五〇-二五四七七号、(ニ)昭和五四年一二月四日公開の実開昭五四-一七一
二三七号及び(ホ)昭和五四年一二月二六日公告の実公昭五四-四五四〇〇号の各
考案において示されたねじによる抜け防止技術を単に転用することによつて出願前
当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、明らかに前記規定に
違反して登録されたものであり、無効理由がある。したがつて、本件考案を有効な
ものとして取扱うとするならば、その構成要件③にいう「抜け防止粗面」の解釈に
ついては、本件考案の明細書及び図面に実施例として具体的に明示された「散点状
の突起」に厳密に限定して解釈されるべきである。
2 また、仮に本件考案の構成要件③にいう「抜け防止粗面」にねじ山が含まれる
とするならば、本件考案は実用新案法三条の二第一項に違反している。すなわち、
右条項は、出願に係る考案が、当該出願日前の他の実用新案、特許出願であつて、
当該実用新案出願後に出願公告又は出願公開がなされたものの、願書に最初に添付
した明細書又は図面に記載された考案又は発明と同一であるときは、その考案につ
いては登録を受けることができない旨規定しているところ、本件考案の先願に係る
昭和五六年八月一三日出願の実願昭五六-一二〇五〇九号(昭和五八年二月二二日
公開実開昭五八-二七二七号、以下「本件先願」という。)の出願当初の明細書及
び図面には、本件考案の全ての構成要件が開示されている。
 まず、本件考案の構成要件①、②、④が本件先願の出願当初の明細書及び図面に
明瞭に記載されていることについては全く疑問の余地はない。次に、本件考案の構
成要件③が本件先願の出願当初の明細書及び図面に記載されているか否かをみる
と、本件先願の当初の明細書二頁一四ないし一五行等には、U字溝Aの吊上げ穴B
に挿入される「加工ボールト5」の文言が明瞭に記載されており、「加工ボールト
5」とは雄ねじを有する「加工ボルト」の意味であるから、ねじを切つた部位に何
の限定もない以上、右加工ボルトのU字溝内に位置する部分にもねじ山が形成され
ていると考えるのが技術常識である。
 また、本件先願を原出願としてなされた分割出願(実願昭五九-九〇四七六号)
の明細書には、「差込み棒5はその長手方向に連結するねじ山を有する加工ボルト
からなる差込み棒本体15と、この差込み棒本体15を前記一対の吊り上げ杆4、
4に回動可能にして係止しうる鍔部11及びナツト状の止め部9とを有して構成さ
れているものである。」と記載され、図面にも加工ボルトの外周面にねじ山が描か
れている。そして、右分割出願について出された拒絶理由通知に対して、出願人は
意見書を提出し、「ところで「ボールト」は「ボルト」の意味であり、・・・たし
かに図面(原出願の図面、債務者ら代理人注)にはねじ山を有する加工ボルトは描
画されていません。しかしこれは出願人自ら図面を描画したからであり、出願人は
この「加工ボルト」をねじ山のある部材として認識していたのであり、その様に解
釈できる図面の記載であります。・・・すなわち、前記ねじ山が抜け防止の役目を
果たすことになるからであります。」と主張したところ、審査官も右主張を入れ、
前記分割出願の考案と本件先願の考案との同一性を認めるに至つている。したがつ
て、右出願人及び審査官の見解からしても、本件先願には「加工ボールト5」のU
字溝内に位置する部分にもねじ山が切つてあることが実質的に記載されていたとい
わなければならない。
 以上のとおり、ねじ山が本件考案の構成要件③にいう「抜け防止粗面」に当たる
とするならば、結局、本件先願の出願当初の明細書及び図面には本件考案の構成要
件③についても記載されていたといわなければならないから、本件考案が実用新案
法三条の二第一項の規定に違反していることは明らかで無効とされるべきものであ
る。したがつて、本件考案を有効なものとして取扱うとするならば、その構成要件
③にいう「抜け防止粗面」の解釈については、本件考案の明細書及び図面に実施例
として具体的に明示された「散点状の突起」に巌密に限定して解釈されるべきであ
る。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。債務者ら主張の(イ)、(ロ)の各考案には本件考案の構成要
件①、②、④が示されているが、本件考案は、単に右構成要件①、②、④にその要
旨があるのではない。また、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各考案は本件考案の構成要
件③に関するものであるが、(ハ)は「ケーブル用ドラム」、(ニ)は「金属性建
具の支持装置」、(ホ)は「垂直平板ライナーの吊り具」の各考案であつて、その
属する技術分野が本件考案とは全く異なるものであるから、本件考案の進歩性の判
断に引用できないものである。そもそも、本件考案は、構成要件①ないし④の構成
要件に基づき申請の理由3(二)記載の優れた作用効果が生まれるところに特色が
あるものであるから、実用新案法三条の二項に違反していない。
2 同2は争う。本件先願の明細書及び図面を見ても「加工ボールト」なる文言の
みしか記載されておらず、右記載からのみでは、本件考案の要旨の一つをなすU字
溝の側壁略中間位置に設けた吊上げ穴の内周面をねじを切るなどして「抜け防止粗
面」としたことの技術思想は何ら開示されていない。実用新案法三条の二第一項が
先願により後願を排除する効力を規定している以上、同条項に規定された「先願の
願書に添付された明細書又は図面に記載された考案」とは、極めて明確かつ当業者
の誰が判断しても分かるように客観的に記載されていることが必要であつて、本件
先願の明細書及び図面に本件考案と同一の考案が記載されているとはとうてい言え
ない。
五 再抗弁
 仮に本件考案に実用新案法三条の二の適用を考えるとしても、同条一項本文かつ
こ書によると、先願の考案または発明をした者が当該実用新案登録出願の考案者と
同一である場合には、同条一項本文の適用が除外され、先願の願書に添付した明細
書または図面に記載された考案または発明について、実用新案登録を受けることが
できるところ、形式的には、本件先願の考案者は「【B】」であり、後願となる本
件考案の考案者は「【A】」であるが、本件考案の考案者は実質的には【A】であ
り、同人は、子を思う気持から本件先願の権利を長男の【B】の所有にしようと考
えその出願人を【B】名義としたものである。したがつて、本件考案は、前記の実
用新案法三条の二第一項本文の適用除外の場合に該当する。
六 再抗弁に対する認否
否認する。
七 再々抗弁
 仮に本件先願の考案者が【A】であつたとすると、同人は、自ら真の考案者が
【B】でないことを知りながら、故意に本件先願の考案者を【B】であると偽つて
本件先願を出願したわけであるから、本来【A】は本件先願が登録される前に、す
なわち、本件先願が特許庁に係属している間に考案者の記載を訂正する責任があつ
たといわなければならない。しかるに、同人は、これを放置したまま登録を受け、
同人の相続人である債権者は、債務者らとの係争が起こつた後に初めて本件先願の
考案者は実は【A】であつたと再抗弁において主張しているのである。かかる債権
者の主張が認められるとすれば、本件先願の考案者が【A】であると信じ、これに
基づいて本件考案が実用新案法三条の二の規定に違反するものであると信じた債務
者らに著しい不利益が及ぶこととなる。したがつて、債権者の右主張は信義則にも
とり、禁反言の原則に反するものである。
八 再々抗弁に対する認否
否認する。
第三 当裁判所の判断
一 債権者が本件実用新案権を所有していること及び本件考案の実用新案登録請求
の範囲が債権者主張(申請の理由1、2)のとおりであることは、いずれも当事者
間に争いがない。
二 右争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲及び疎明資料によれば、本件
考案は、吊上げ穴付きU字溝に関するものであつて、債権者主張(申請の理由3
(一))の①ないし④の各構成要件からなるものと認められる。
三 疎明資料によれば、債務者らは、次の構成からなる吊上げ穴付きU字溝(以下
「イ号製品」という。)を製造販売していることが認められる。
① 外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり
② 右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対抗位置に
各々設けてあり
③ 前記係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある
④ ことを特徴とする吊上げ穴付きU字溝
四 債権者は、イ号製品の構成は本件考案の技術的範囲に属する旨主張するので検
討する。
1 まず、イ号製品が本件考案の構成要件①、②、④を充足していることは明らか
であつて、この点は当事者間にも争いがない。
2 そこで、次にイ号製品が本件考案の構成要件③を充足するか否かについて検討
する。
 本件考案の構成要件③とイ号製品の構成とを対比すると、本件考案は、U字溝の
吊上げ用係止穴の内周面が「抜け防止粗面」として形成されているという構成であ
るのに対し、イ号製品は、U字溝の吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ
山が形成されているという構成である。
 しかるところ、債権者は、本件考案の右「抜け防止粗面」にはイ号製品の右ねじ
山も含まれる旨主張する。しかしながら、疎明資料によれば、本件公報には、本件
考案にいう「抜け防止粗面」の意味について特に定義されておらず、本件公報の考
案の詳細な説明の項には、右「抜け防止粗面」について、実施例に則し、「孔6の
内周面には凹凸部が全面に設けられている」と記載され、添付図面第五図にも係止
穴の内周面の全面に多数の小突起が形成されている状態が図示されているに止ま
り、ねじ山が形成されている状態が「抜け防止粗面」に含まれることを示唆するよ
うな記載は存しないことが認められる。
 もつとも、債権者は、ねじ山は連続状の凹部と凸部により形成された凹凸部と言
えるので、本件考案にいう「抜け防止粗面」の概念に含まれる旨主張しており、な
るほどねじ山はその山の頂と谷底の部分をみれば連続した凹部と凸部とによつて形
成されているといえるけれども、ねじ山以外にも凹凸部の形状には種々のものが考
えられるところであり、凡そ凹凸部であればその全てが本件考案にいう「抜け防止
粗面」に含まれるとは解し難いから、イ号製品のねじ山についてもこれが凹凸部に
より形成されているからといつて直ちに右「抜け防止粗面」に含まれると解するこ
とは相当でなく、そう解し得るか否かは、更に右「抜け防止粗面」とイ号製品のね
じ山との目的、作用効果及びその目的、作用効果達成の手段として右構成が採用さ
れた技術的意義を比較考察して決する必要がある。
 しかして、疎明資料によれば、本件公報の考案の詳細な説明の項に「この考案
は、吊上げ用の穴を有する吊上げ穴付きU字溝に関する。U字溝施行に際し、現場
に運び置いて行く場合、第1図に示すように置いていくがこれを反転させるため
に、また移送、打重を行なうためU字溝には、係止パイプAが設けられている。そ
してこの係止パイプAに第2図に示すように吊り金具Bを挿入し、この吊り金具B
にワイヤーを取付け吊上げる。しかし、係止パイプAと吊り金具Bとの係止は、面
接触による摩擦力で係止されているので十分でない。そのため係止パイプAから吊
り金具Bが抜け出ることがあり、非常に危険で、またU字溝が破損することもあ
る。この考案は前記事情に鑑み工夫されたものであり・・・・」「このような構成
からたるU字溝1の反転、移送、打重を行なうための吊上げには、吊り金具9を穴
4に挿入しワイヤー10によつて吊上げる。この時、吊り金具9には、係止パイプ
5の孔6に設けられている凹凸部8により抜けにくい。吊り金具9は、係止パイプ
5の孔6に挿入されている部分に凹凸部を設けたものでもよい。このようにすると
さらに抜けにくくなる。」「U字溝に埋設されている吊上げ用の係止パイプに凹凸
を設けることにより、吊上げ用の吊り金具が抜けにくくなり反転、移送、打重等の
U字溝の施行作業が安全かつ迅速に行える。」との記載があり、右各記載によれ
ば、本件考案が吊上げ用係止穴の内周面を「抜け防止粗面」と形成する構成を採用
した目的、作用効果は、右係止穴に吊り金具を挿入してU字溝を吊り上げた際、右
係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間の摩擦抵抗を増大させて係止穴から吊り
金具の抜出しを防止するという点にある。
 これに対し、疎明資料によれば、イ号製品が吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分
の一にねじ山を形成する構成を採用した目的、作用効果は、右ねじ山(雌ねじ)に
対応してその外周面にねじ山(雄ねじ)を形成してある吊り金具を右係止穴に螺入
し両者を螺合することによつて係止穴から吊り金具の抜出を防止するという点にあ
る(なお、疎明資料によると、施行業者の中には、イ号製品と同じく吊上げ用係止
穴の内周面にねじ山の形成されたU字溝を吊り上げるに際し、右係止穴に外周面に
ねじ山が形成されていない吊り金具又はねじ山が形成されていても右係止穴の内径
より外径が小さい吊り金具を挿入し両者を螺合しない場合があることが認められ、
この事実によると、イ号製品についても右と同様の使用方法が採られる場合があり
うると考えられるが、他方、右使用方法は施行業者が係止穴に吊り金具を螺入する
ための不便手間を回避するため便宜的に行なつているものであつて、本来の用法で
ないことも認められるから、右使用方法が施行業者間で採られていることをもつ
て、イ号製品が吊上げ用係止穴の内周面にねじ山を形成している目的、作用効果が
前記のとおりでなく、本件考案の「抜け防止粗面」のそれと同一であるとすること
はできない。)。
 以上によれば、本件考案の「抜け防止粗面」とイ号製品のねじ山とは、吊上げ用
係止から吊り金具の抜出を防止するという目的、作用効果を同じくするといえるけ
れども、同一の目的、作用効果を有するからといつて直ちにイ号製品のねじ山が本
件考案の「抜け防止粗面」に含まれるといえないことはいうまでもなく、かかる目
的、作用効果を達成するために、本件考案の「抜け防止粗面」が係止穴の内周面と
この係止穴に挿入した吊り金具の外周面との摩擦力を増大させるものであるのに対
し、イ号製品のねじ山が係止穴にねじ山が形成された吊り金具を螺入し両者を螺合
させるのであつて、両者は、右目的、作用効果を達成するための技術思想、手段を
異にしていることが明らかである。そうだとすると、本件考案の「抜け防止粗面」
にはイ号製品のねじ山は含まれないというべきであるから、イ号製品は、本件考案
の構成要件を③充足せず、本件考案の技術的範囲に属しないものといわざるを得な
い。
五 以上の次第で、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする債
権者の本件申請は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これ
を却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとお
り決定する。
別紙物件目録(省略)

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