弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人らの負担とする。
         事    実
 一 当事者の求めた裁判
 (控訴人ら)
 原判決を取り消す。
 被控訴人は控訴人Aに対し金二四二六万円、同B、同C、同Dに対し各金八〇八
万円宛及びこれらに対する昭和五九年七月二一日から支払済まで年五分の割合によ
る金員を支払え。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
 仮執行の宣言
 (被控訴人)
 主文同旨
 二 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりである
から、これを引用する。
 1 原判決二枚目裏一行目の末尾の「五八」を「五〇」と、同五行目の「D」を
「D」とそれぞれ改める。 同七枚目表八行目と同行から九行目にかけての各「五
一五万五四一九」を「五一五万五四五九」とそれぞれ改める。
 2 当事者の付加した主張
 (控訴人ら)
 医師が患者の病気の内容、治療方法・効果を説明する相手・時期・内容・程度
を、患者の病状などに応じて、医師の自由な判断に委ねることは、医師が患者との
診療契約に基づいて負担する説明義務、すなわち、患者あるいはその家族に対し病
気の内容、治療方法・効果を具体的に説明すべき義務を空洞化し、患者の治療に関
する自己決定権の行使を侵害し、誤らせるものというべきである。
 そして、患者の病気が不治ないし難治疾患であればあるほど、患者の治療に関す
る自己決定の必要性も増大するものであるから、同決定をなす前提として医師の説
明義務の履行も重要となるものというべきである。
 患者に病状を説明することによって、精神的な打撃を与え、治療に影響を与える
虞があるとしても、それは、説明義務を履行したのちのケアの問題であって、同義
務の履行とは区別して考えるべきものである。
 なお、請求原因3(一)で使用した「診断」という言葉は、極く通常の「医師が
患者を診察して、どういう病気かを判断すること」であって、病気の進行の程度や
手術の可否の判断までを含む言葉ではない。そういう意味で、昭和五八年三月二日
の時点において、E医師は、Fの病気を胆のう癌であると診断した。
 (被控訴人)
 医師の癌患者に対する説明義務のあり方は、医学専門家の間においても見解が別
れており、未だ定説は確立していない。 また、癌告知の是非は、臨床の場におい
ても癌の種類・部位・進行度・治療方針、患者の家族関係・社会的立場などを考慮
しながら、医師が各患者ごとにその心理的影響を充分に配慮して決しているのであ
って、医師の裁量に委ねられるべきものである。とりわけ「癌の疑い」の段階にお
いては、未だ癌か否か、癌であるとしてもその進行度も明らかになっておらず、し
たがって、治療方針も立っていない段階であるから、告知の是非についてはより一
層慎重な配慮を要するものである。 三 証拠(省略)
         理    由
 当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものと判断す
るところ、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるか
ら、これを引用する。
 原判決一三枚目表三行目の「胆石」の次に「症」を加え、同四行目の「二八日」
を「下旬」と改める。
 同一六枚目裏九行目の「特に」から同末行冒頭の「とから」までを削る。
 同一八枚目裏一〇行目の「Tチューブをドレナージする」を「Tチューブドレナ
ージ術を施す」と改める。
 同一九枚目表七行目から同八行目にかけての「ロキスタスキーアショップ」を
「ロキタンスキーアショッフ」と改める。 同二〇枚目表七行目の「ところで、」
を削る。
 同裏三行目の「患者が」から同四行目の「ことから、」までを削り、同五行目冒
頭の「できるが、」を「できる。」と改め、同行の「医師が」から同末行までを削
り、行を改めて、次のとおり加える。
 「次に、成立に争いのない甲第一九から第二二号証、第二六号証、原本の存在と
その成立に争いのない甲第二三ないし第二五号証、弁論の全趣旨を十分に考慮した
上、本事件の判断に必要な限りで、癌という病名の告知について当裁判所の考える
ところを、次に述べることとする。
 近い将来死に至る不治の病と一般に認識されている疾病(癌の少なくとも相当部
分は、一般に現在もそのように認識されている。)においては、病名や病状の告知
をすることは、患者に甚だしい精神的打撃・動揺を与え、患者の病気に対処する態
度などにも悪影響を及ぼし、そのような告知を受けなかった場合に比べて、適切な
医療の遂行を妨げる結果を招く場合のあることは否定できないものと考えられる。
しかし、他方、正確な病名と病状とを告知することによって、患者が自己の置かれ
ている立場を正しく認識し、医師と患者との信頼関係に基づいて真実の病気に真に
適した医療の実施が可能となるのみならず、来るべき死に備えて最後の残された命
を患者自身の最善と信ずることに生かすことが可能となる場合もあると考えられ
る。正確な病名を告知することによって、その後の事態が以上に述べた場合も含め
てどのように展開していくかについては、医師と患者の置かれたすべての状況、な
かんずく、患者の病状、意思・精神状態、受容能力、医師と患者との信頼関係の有
無程度、患者の家族の協力態勢の有無程度などの事情が、大きな関係を持っている
ものと考えられる。
 このような諸般の状況についての適切な判断は、最終的には医療の専門家である
医師の判断によるところが大きく、その合理的裁量は尊重されなければならない。
しかし、他方、すべての情報を正しく知った上での患者自身の決断の方がより尊重
されなければならない場合もあるものと考えられる。もとより、病名を告知するの
が相当であるような場合においても、その時期、告知の直接の相手方、告知の内
容・態様、程度などについては、十分に慎重な配慮が必要とされるところである。
以上のすべての状況を十分に考慮した上で、たとえ癌という重い病気の病名の告知
についてであっても、その不告知又は告知の態様が医師の合理的裁量の範囲を逸脱
し、法的説明義務の不履行と評価される場合のあることは認められなければならな
い。そして、このような点についての考え方は、時代によっても相当程度の差異が
あり、医師、一般人を含む社会全体の意識が我が国では現在もなお流動的で変化の
途上にあることにも留意をしなければならない。こうした社会的意識がそのまま法
的判断の内容を形成するものでないことは当然であるが、さりとて法的判断がそう
した社会的意識と全く無縁であるというのも相当であるとは思われない。少なくと
も医師の法的説明義務という観点から考える限りは、ある時代においてその当時の
大多数の医師が相当であると考えていた考え方に従って、この説明義務の履行をし
た場合においては、たとえその後の社会的意識の変化を前提として見るときは、そ
の履行の仕方が不相当と考えられるような場合においても、特段の事情のない限
り、これをもって違法とまでいうことは困難であると考えられる。
 因に、成立に争いのない甲第一九、第二〇号証、当審証人Gの証言によれば、癌
告知に積極的な姿勢を採る慶応義塾大学医学部講師で主として癌に対する放射線治
療を担当するG医師においても、治療効果の期待できない(治らない)ことが予想
される癌の患者に対する病名の告知については、当初最低限度『悪いものの可能性
があります。』と告げたのち、その後の経過をみながら段階を踏んで、その後に
『やっぱり悪いものである。』というように告知する方法を採っており(但し、末
期状態にある患者に対しては当初から『悪いものである。』と告げている。)、し
かも、その告知にあたって癌という言葉を使うことはある(なるべく、一回は使う
ようにしている)ものの、同医師自身においても患者にその言葉を告げることにた
めらいを持っていることに加えて、同言葉が患者に与える影響も考慮し、それを使
用した場合には『腫瘍』あるいは『悪いもの』などと言い換えていること、昭和五
八年当時は癌については、病名を告げるに当たっては真実の病名である癌とは異な
った病名を告げるというやり方が医師の間で一般的であったこと、G医師自身がE
医師と同じ立場に当時あったとしたら、G医師自身もE医師が本件においてしたの
と同様な言い方をFにしたであろうことが認められる。
 以上の考え方の下に、本件の具体的場合についての判断を次に示すことにす
る。」
 同二一枚目表三行目の「エコー」から同七行目末尾までを「未だ、精密な検査・
診断をなしたうえ、胆のう癌か否かの確定診断をなし、治療方針を決定する必要が
あるものと判断していた段階であったことは明らかであるから、右確定診断をした
ことを前提とすると理解される控訴人の主張は理由がない。控訴人が当審において
主張するような『診断』をE医師がしたことを前提とするならば、それは、『胆の
う癌の強い疑い』を持ったということなのであるから、その点については、次の
(二)についての判示で明らかにすることにする。」と改める。
 同表末行の「疑いが強く、」の次に「早急に精密な検査・診断をなし、治療方針
を決定するため、」を加える。
 同二一枚目裏八行目の「不良であり」から同二四枚目表六行目までを次のとおり
改める。
 「不良であることが予測されたにかかわらず、同医師はFに前記二項2(五)認
定のとおりの事項を告げて入<要旨>院を強く勧めたにすぎないことは明らかであ
る。しかし、同二項認定の事実に前掲Eの証言を総合すると、E医師とFと
は昭和五八年三月二日初めて被控訴人病院で対面し、言葉を交わしたに過ぎない関
係であって、同医師においてはFの職業・家庭環境はもちろん性格なども不明の状
態であったこと、Fにおいても同医師と面談した時点では、特段の自覚症状もな
く、一〇日後に海外旅行を控えていたこともあって、同医師に早急に入院するよう
勧告されたにもかかわらず、その必要性につき更に説明を求めることもなく、強い
口調で、直ちに入院できない旨告げて入院を拒み、その後の同医師の入院を強く勧
める説得に対しても、海外旅行を控えていること、仕事の都合がつかないこと、家
庭の事情が入院を許さないことなどを理由に頑なに入院を拒み、同医師の仕事の都
合もつけ、家族ともよく相談したうえ入院できる体勢を整えるようにとの説得に対
しても、容易に被控訴人病院での治療に協力する態度を示さなかったこと(右証言
及び前掲控訴人A本人の尋問結果に照らすと、Fは、当時、海外旅行を控えてその
実現を強く望み、それを阻害する事態を受け入れることを強く拒んでいたことが窺
われる。)、したがって、当時、同医師とFとの関係は、未だ、癌ということがF
に分かるような形で病名を告知してよいだけの信頼関係が生まれるまでには至って
いなかったことが認められ、これら事実に前記二項の事実及び三項1の判示を併せ
考えると、昭和五八年三月二日当時、E医師においては、認識し得たFの病状、す
なわち、疑いの域を出ないとはいえ、予後の悪い胆のうの進行癌の可能性がある旨
告げることがFにどのような精神的・身体的打撃を与えるか、Fが同医師の病状説
明を正しく理解しうる状態にあるか否か、治療に対し家族の協力が得られるか否か
などを予測し得ない状況にあったものというべきである。このような状況のもと
で、ともかくも、Fに精神的動揺を与えることなく早急に入院を決断させ、諸検査
を実施して病状を確認し、治療方針を決定する必要があったこと(この必要のあっ
たことは前記二項の認定事実よりみて明らかであり、診療契約上の義務でもあ
る。)から、死期も近い不治の病であることを悟られて精神的動揺を与えることと
なる虞も少ないと思われる胆石症との病名を選びながらも、胆のうも変形していて
入院・手術が必要である旨告げて、重度の状態にあることを説明しながら入院を勧
めたことは、その時点においては妥当な措置であって、説明義務の履行に欠けるこ
とはなかったものというべきである。また、前記の説明を前提とする限りは、Fの
前記態度よりみて、家族関係及びその状況などを尋ねたとしても正確に聞き出すこ
とは困難であったと思われ、したがって、Fに被控訴人病院に家族を同伴するよう
求めたとしても、その実現を期待することは困難な状況で(因に、前掲控訴人A本
人の尋問結果に照らすと、Fは、控訴人Aに対し被控訴人病院で胆石の手術を勧め
られた旨告げたのみで、E医師との前記対話内容については何ら告げることなく、
また、その後被控訴人病院の医師から海外旅行についても許可を得た旨告げていた
ことが認められる。)、かつ、電話による家族への連絡が相当かについても疑問が
ある状況にあったものというべきである。他に以上の各判示を左右するに足る証拠
はない。
 以上判示のとおりであって、本件でE医師がFに対して取った判示の行為に法的
に責められるべき点があるとは考えられない(なお、少なくとも、昭和五八年当時
の我が国においては、既に判示したように、本件のような状況の下では、医師が当
時のE医師と同様の立場に置かれたとすれば、その大多数の者がE医師と同様に
「胆のう癌の疑い」がある旨を入院前のFに告知することはなかったものと考えら
れ、こうした点に関し、現在の多様な考え方のうちの一つを前提として、E医師の
当時の行為を法的に問責することも相当ではない。)。
 同表七行目の「他に主張、立証がない以上、」を削る。
 よって、右と同旨の原判決は相当であるから、控訴人らの本件各控訴を失当とし
て棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文
のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 宮本増 裁判官 谷口伸夫)

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