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平成28年5月26日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成26年(ワ)第28449号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成28年2月2日
判決
原告原田工業株式会社
同訴訟代理人弁護士高橋雄一郎
同阿部実佑季
同訴訟代理人弁理士林佳輔
同補佐人弁理士荒井康行
同福永健司
被告株式会社ヨコオ
同訴訟代理人弁護士山﨑順一
同酒迎明洋
同訴訟代理人弁理士鈴木正剛
同藤掛宗則
主文
1被告は,別紙被告製品目録記載の各製品を生産し,譲渡し,又
は譲渡の申出をしてはならない。
2被告は,その占有に係る別紙被告製品目録記載の各製品を廃棄
せよ。
3被告は,原告に対し,1613万9735円及びうち450万
円に対する平成26年11月11日から,うち1163万97
35円に対する平成27年11月17日から各支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
4原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の,その余を被告の各
負担とする。
6この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することがで
きる。
事実及び理由
第1請求
1主文第1項同旨
2被告は,その占有に係る別紙被告製品目録記載の各製品(以下「被告製品」
と総称する。)及び製造のための装置を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,2473万2061円及びうち450万円に対する平
成26年11月11日から,うち2023万2061円に対する平成27年1
1月17日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が被告に対し,被告による被告製品の生産等が原告の特許権の
侵害に当たる旨主張して,特許法100条1項及び2項に基づき被告製品の生
産等の差止め及び廃棄並びに製造装置の廃棄を,民法709条及び特許法10
2条3項に基づき損害賠償金2473万2061円及びうち450万円に対す
る訴状送達の日の翌日(特許権侵害行為の後の日)である平成26年11月1
1日から,うち2023万2061円に対する平成27年11月10日付け訴
えの変更申立書送達の日の翌日である平成27年11月17日から各支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に
より明らかに認められる事実)
当事者
原告は自動車部品の製造,販売及び修理調整等を業とする株式会社である。
被告は自動車部品の製造並びに販売等を業とする株式会社である。
原告の特許権
ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特
許」という。また,その特許出願の願書に添付された明細書及び図面を
「本件明細書」という。)の特許権者である。
発明の名称アンテナ装置
特許番号第5237617号
出願日平成19年11月30日
登録日平成25年4月5日
訂正確定日平成26年9月19日
イ本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりであり(以下,
この発明を「本件発明」という。),下記の構成要件(以下,それぞれを
「構成要件A」などという。)に分説される。
「車両に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さで突出す
るアンテナケースと,該アンテナケース内に収納されるアンテナ部からな
るアンテナ装置であって,
前記アンテナ部は,アンテナ素子と,該アンテナ素子により受信された
少なくともFM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基板とからな
り,前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力にアンテナコイルを介
して接続され,
前記アンテナ素子は前記アンテナコイルと接続されることによりFM波
帯で共振し,前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信することを特徴と
するアンテナ装置。」

A:車両に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さで突出
するアンテナケースと,
B:該アンテナケース内に収納されるアンテナ部
C:からなるアンテナ装置であって,
D:前記アンテナ部は,アンテナ素子と,該アンテナ素子により受信さ
れた少なくともFM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基
板とからなり,
E:前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力にアンテナコイルを
介して接続され,
F:前記アンテナ素子は前記アンテナコイルと接続されることによりF
M波帯で共振し,
G:前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信する
H:ことを特徴とするアンテナ装置。
訂正請求(甲20)
原告は,本件特許権に係る特許無効審判事件(無効2015-80004
0)において,平成27年10月28日,特許請求の範囲請求項1につき,以
下のとおり訂正請求をした(下線部は訂正箇所。以下,上記訂正請求を「本件
訂正請求」,本件訂正請求後の特許請求の範囲請求項1に係る発明を「本件訂
正発明」という。)。ただし,本件の口頭弁論終結時において,上記無効審判請
求及び本件訂正請求に対する審決はされていない。
「車両に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さで突出する
アンテナケースと,該アンテナケース内に収納されるアンテナ部からなるア
ンテナ装置であって,
前記アンテナ部は,面状であり,上縁が前記アンテナケースの内部空間の
形状に合わせた形状であるアンテナ素子と,該アンテナ素子により受信され
たFM放送及びAM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基板とから
なり,
前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力に高さ方向において前記ア
ンテナ素子と前記アンプ基板との間に位置するアンテナコイルを介して接続
され,
前記アンテナ素子と前記アンテナコイルとが接続されることによりFM波
帯で共振し,
前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信し,
前記アンテナコイルを介して接続される前記アンプによってFM放送及び
AM放送の信号を増幅する
ことを特徴とするアンテナ装置。」
被告の行為等
ア被告は,被告製品の製造,販売及び販売の申出をしている。
イ被告製品の構成は,次のとおりである。
a被告製品は,車両に取り付けられる高さ70mm以下のアンテナケー
スを備える。
b被告製品は,前記アンテナケース内に収納されるアンテナ部を備える。
c被告製品は,車両に取り付けられるアンテナ装置である。
d被告製品は,前記アンテナケースの湾曲した天井面と略平行な曲面部
を有するように折り曲げられた金属板とアンプ基板を有する。前記ア
ンプ基板はアンテナ部により受信された少なくともFM放送の信号を
増幅するアンプを有している。
e金属板の下部には,巻回された線状導体(以下「巻線」という。)が
あり,巻線の一端から延びる導線と金属板とが接続する接続部1及び
巻線の他端とアンプ基板の端子部とが接続する接続部2が設けられて
いる。
f被告製品は,金属板と巻線が接続されることによりFM波帯で共振す
る(ただし,金属板自体が共振するかについては争いがある。)。
g被告製品は,金属板を用いてAM波帯を受信している。
h被告製品は,上記a~gの特徴を備えるアンテナ装置である。
ウ被告による平成25年4月5日~平成27年10月末の間の被告製品の
売上額は,合計2億8279万4711円である。
2争点
構成要件D~F「アンテナ素子」の充足性
被告は,被告製品の金属板が構成要件D~Fの「アンテナコイルと接続さ
れることによりFM波帯で共振」する「アンテナ素子」に該当することを争
う一方,被告製品が構成要件A~C,G及びHを充足することを認めている。
中国実用新案公報CN2648621Y(乙2。以下「乙2文献」とい
う。)に基づく無効理由(新規性・進歩性欠如)の有無
訂正の対抗主張の成否
原告の損害額
3争点に関する当事者の主張
争点(構成要件D~F「アンテナ素子」の充足性)について
(原告の主張)
ア本件発明の「アンテナ素子」は,アンテナコイルと接続されることによ
りFM波帯で共振するものであり(構成要件F),FM放送の信号を受信
する機能を有するものである(構成要件D)。
被告製品は,巻線のみでも金属板のみでもFM波帯で十分に共振せず,金
属板と巻線が接続されることでFM波帯で十分に共振するから,金属板が
「アンテナコイルと接続されることによりFM波帯で共振」する「アンテナ
素子」に該当することは明らかである。
イ被告は,本件発明と被告製品は装荷方式が異なり,金属板は容量装荷板で
あってアンテナ素子ではないと主張するが,結果的にできあがったものは構
造も電気的特性も作用も同じである。
被告は,また,「アンテナ素子」はそれのみでFM波帯で共振しなければ
ならないと主張するが,特許請求の範囲の記載上,「アンテナ素子」はそれ
のみでFM波帯で共振するものではなく,コイルと接続されることによりF
M波帯で共振するアンテナとしての機能を有する要素を意味している。
被告は,さらに,「金属板+巻線」が共振しても金属板自体は共振しない
旨主張するが,金属板と巻線が相互に影響し合いその全体でFM波帯で共振
するのであり,巻線だけが共振し金属板は共振していないなどということは
当業者の技術常識に照らしあり得ない。アンテナが共振する状態(電波の波
長とアンテナの長さが一致する状態)では,電流量の多い部分と少ない部分
が存在しつつ全体としてアンテナとしての機能を有するのであり,金属板に
流れる電流の量が少ないことは金属板が共振していないことの根拠にはなら
ない。また,被告主張の鏡像効果は,垂直方向の成分に及ばないし,水平方
向の成分にも現実には完全に打消しが生じるものではなく,電磁界シミュレ
ーションの結果をみても金属板に電流が流れていることが分かる。
(被告の主張)
ア本件発明はコイル装荷型アンテナであり,インダクタンス分の不足する
アンテナ素子にアンテナコイルによりインダクタンス分を付加して共振さ
せるものである(本件明細書段落【0017】)。これに対し,被告製品は
容量装荷型アンテナであり,対向するグランド面との静電容量(キャパシ
タンス分)と抵抗成分をアンテナ素子に装荷しアンテナ利得の増加を図る
もので,両者は目的も効果も全く異なる。被告製品におけるアンテナ素子
は巻線であって,金属板はアンテナ素子ではなく容量装荷板であり,構成
要件D~Fを充足しない。
イ被告製品の金属板の固有共振周波数は391.3MHz又は424.8
MHzであり,日本におけるFM放送の周波数帯76~90MHzとかけ
離れており,かつ,減衰幅が広すぎるためアンテナ素子として使用できる
部材ではない。他方,巻線の固有共振周波数は145.6KHz又は13
5.7MHzであり,容量装荷板(金属板)を用いる設計のためFM波帯
より高く設定してあるが,巻数を増やすことでFM波帯のほぼ中央にする
ことができるのであって,被告製品において一般的意味でのアンテナ素子
として機能しているのは巻線である。
ウアンテナが「共振する」とは,アンテナに発生する交番電流の電流量が
最大になる現象をいう。構成要件Fは「前記アンテナ素子は(中略)共振
し」であるから,原告主張によれば,金属板は巻線と接続されることによ
りFM波帯において電流が極大とならなければならないところ,被告製品
で金属板と巻線を接続した状態のFM波帯の電磁界シミュレーションを行
うと,金属板部分は電流密度が極めて小さく起電力が生じないのに対し,
巻線部分は電流密度が高く起電力が大きい。被告製品は,前記前提事実
イの構成fのとおり金属板と巻線が接続されることによりFM波帯で共振
しFMの受信アンテナ装置として機能するが,共振するのはあくまでも巻
線であって金属板には共振現象が起きない。
なお,金属板と巻線を接続した状態で共振が生じても,被告製品の金属
板はグランド面に対向して設置されているので,金属板に発生しようとす
る電流はイメージ電流で打ち消され(鏡像効果),金属板自体は共振しな
い。このことは,電磁気学的原理から当然に生じる現象である。
争点(乙2文献に基づく無効理由の有無)について
(被告の主張)
ア乙2文献には名称を「自動車ラジオ用共振型アンテナ装置」とする発明
(以下「乙2発明」という。)が開示されているところ,本件発明は乙2
発明と実質的に同一であり新規性を欠く(特許法29条1項)。
イ仮に,①本件発明のアンテナケースが約70mm以下の高さで突出す
る(構成要件A)のに対し,乙2発明のアンテナケースがそのような高さ
で突出しているかどうか明確でない点(相違点①),②本件発明ではアン
テナ素子の給電点がアンプの入力にアンテナコイルを介して接続されてい
る(構成要件E)のに対し,乙2発明ではインダクタとFMアンテナ区の
曲折導電層及びFM信号増幅回路との接続関係が必ずしも明確でない点
(相違点②),③本件発明では,FM波帯で共振するアンテナ素子を用い
てAM波帯を受信する構成である(構成要件G)のに対し,乙2発明がそ
のような構成かどうかが明確でない点(相違点③)が異なるとしても,以
下のとおり乙2発明から本件発明の構成に想到することは当業者にとって
容易であり,本件発明は進歩性を欠く(同条2項)。
車両から突出する外装アンテナの高さは保安基準上70mm以下に制
限されており,本件発明における70mmの数値に技術的意義ないし
臨界的意義はなく,相違点①は実質的相違点ではない。
相違点②について,アンテナ素子にコイルを接続してインダクタ成分
を補うコイル装荷は,アンテナを小型化する際の技術常識である。ま
た,技術分野及び課題を乙2発明及び本件発明と共通にする特許第3
825408号公報(乙8)及び特開平3-158003号公報(乙
18)から容易想到である。
相違点③は,上記各文献のほか,特開2007-28357号公報
(乙9)及び特開2000-68878号公報(乙10)に開示され
ている。
ウしたがって,原告は被告に対し本件特許権を行使することができない
(特許法104条の3第1項)。
(原告の主張)
ア本件発明と乙2発明は,少なくとも,前者ではアンテナ素子の給電点が
アンプの入力にアンテナコイルを介して接続され(構成要件E),そのア
ンテナ素子を用いてAM波帯を受信する(同G)のに対し,乙2発明には
そのような構成が存在しない点で相違するから,新規性欠如の無効理由は
ない。
イ乙2発明では課題の解決手段としてFM受信アンテナとAM受信アンテ
ナが意図的に分けられており,上記相違点は,技術思想の違いによるもの
であって,被告指摘の各文献に開示されておらず設計事項にも当たらない。
また,乙2発明と被告指摘の各文献記載の発明とは,技術分野,課題及び
作用効果が異なり,組み合わせることに阻害要因がある上,仮に乙2発明
にこれら文献に開示された事項を組み合わせたとしても本件発明の構成に
ならない。したがって,本件発明には進歩性欠如の無効理由もない。
争点(訂正の対抗主張の成否)について
(原告の主張)
本件訂正請求は,本件特許権の特許請求の範囲請求項1について,アンテ
ナ素子(構成要件D)を「面状であり,上縁が前記アンテナケースの内部
空間の形状に合わせた形状」のものに,アンプ(同)を「FM放送及びA
M放送の信号を増幅する」ものに,アンテナコイル(構成要件E)を「高
さ方向において前記アンテナ素子と前記アンプ基板との間に位置する」も
のにそれぞれ訂正して特許請求の範囲を減縮するもの,アンテナ素子のみ
が共振するかのように読まれかねず,本件明細書(段落【0017】)とも
整合しないと解されるおそれがあった記載(構成要件F)を「前記アンテ
ナ素子と前記アンテナコイルとが接続されることによりFM波帯で共振
し」に訂正して疑義を解消し明瞭でない記載の釈明をするものであって,
いずれも本件明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内であり,
実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
このように,本件訂正請求は全ての訂正要件を満たし適法であるところ,
被告主張の無効理由があるとしても,本件訂正請求により解消した。そし
て,被告製品はいずれも本件訂正発明の技術的範囲に属するから,被告の主
張する権利不行使の抗弁は理由がない。
(被告の主張)
本件訂正請求は,訂正の内容が不明確で減縮に当たらず,本件明細書に記載
した事項の範囲内においてされたものとはいえず,また,明瞭でない記載の釈
明を目的とするものに該当しないから,実質上特許請求の範囲を変更するもの
であって訂正要件を満たさない。また,本件訂正請求によっても本件特許の無
効理由は解消せず,被告製品は本件訂正発明の構成要件を充足しない。
したがって,原告の訂正の対抗主張は理由がない。
争点(原告の損害額)について
(原告の主張)
電子・通信用部品業界の平均実施料率は3.3~3.5%程度であること,
原告が被告に対し本件訴訟以前,ロイヤリティとして販売価格の5%を提案
したこと,被告製品は形状,電気的特性及び作用のいずれについても本件発
明とほぼ同じであること,原告は本件発明について第三者への実施許諾を行
わず自社実施してきたこと,原告と被告が競合関係にあることに鑑みれば,
実施料率は5%を下らない。被告製品の平成25年4月5日~平成27年1
0月末日の売上合計を4億4967万3858円とすると(ただし,この間
の売上げが合計2億8279万4711円であることは争わない。),被告
による本件特許権の侵害により原告らが受けた損害(特許法102条3項)
の額は2248万3692円となる。
また,弁護士費用は224万8369円を下らない。
(被告の主張)
争う。本件発明が技術的に優れたものといえないこと,他の構成で代替で
き,被告製品の販売に寄与していないことに照らせば,実施料率は0.5%
を超えない。
第3当裁判所の判断
1争点(構成要件D~F「アンテナ素子」の充足性)について
原告は,被告製品の金属板が本件発明における「アンテナ素子」に当たる
と主張する。
そこで検討するに,特許請求の範囲の文言上,「アンテナ素子」は少なく
ともFM放送の信号を増幅するアンプの入力にアンテナコイルを介して接
続され(構成要件D,E),アンテナコイルと接続されることによりFM波
帯で共振する(構成要件F)ものであり,アンテナ素子のみでFM波帯で
共振することは要しない。そして,被告製品において金属板と巻線が接続
されることによりFM波帯で共振すること(前記前提事実イの構成f)
は当事者間に争いがなく,金属板のみあるいは巻線のみではFM波帯で共
振しないことを被告は争っていない(甲8,9,乙7参照)。これらの事実
によれば,被告製品の金属板は,巻線と接続されることによりFM波帯で
共振するものであって,「アンテナ素子」に該当すると解するのが相当であ
る。
これに対し,被告は,①被告製品は容量装荷型アンテナであって金属板
は容量装荷板であり,コイル装荷型アンテナである本件発明とは原理が全
く異なる,②金属板はその固有共振周波数や減衰幅に照らしFM波帯のア
ンテナ素子ではあり得ない,③共振とは電流量が極大になる現象をいい,
金属板が共振しているというためには金属板に流れる電流量が極大でなけ
ればならないところ,金属板と巻線を接続しFM波帯で共振している状態
において金属板にはほとんど電流が流れていない旨主張するが,以下のと
おり,いずれも採用することができない。
上記①については,装荷の方法は特許請求の範囲に記載されておらず,金
属板がアンテナコイルと接続されることでFM波帯で共振すれば本件発明
におけるアンテナ素子に該当するから,装荷方法に違いがあったとしても
そのことが構成要件該当性の判断に影響することはない。
上記②については,上記のとおりアンテナ素子が単体で共振する必要は
ないから,この点も金属板がアンテナ素子に該当することを否定する根拠
となるものではない。
上記③についてみるに,被告が行った電磁界シミュレーション(乙12,
17)によれば,金属板と巻線が接続されFM波帯で共振している状態の
被告製品において金属板部分に流れる電流量が巻線部分に比べかなり少な
いということができるが,この実験において観測されたのが電流密度(A
/m)であること,実験結果を示す図において金属板の大部分は青色に表
示されているが,電流密度が0ではなく1~2であってもそのように表示
されることからすれば,上記シミュレーションをもって金属板部分に電流
が流れていないとはいえない。この点に関し,被告は鏡像効果により被告
製品の金属板に流れる電流はない旨指摘するが,鏡像効果による電流の打
消しが完全に生じるのはアンテナがグランド面と平行な場合であるところ
(乙13~16),被告製品の金属板のうち完全にグランド面と平行な部分
はほとんどなく,相当の部分はグランド面に対し垂直に近い角度にある上
(甲8),被告製品が設置されるのはさほど広くない自動車の屋根であるか
ら,鏡像効果により金属板に流れるべき全ての電流が打ち消されるとは考
え難い。かえって,証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば,アンテナ
で共振が生じているというとき,電流量が最大になる点は波長及びアンテ
ナの構造に応じて決まるが,その両端に必ず電流量が0となる点があるこ
と,電流量の分布はアンテナの構造により緩やかに増減する場合もあれば
急激に増減する場合もあること,いずれの場合でも共振は当該アンテナ全
体で生じていることが認められる。そうすると,被告製品において金属板
と巻線が接続されるとFM波帯で共振する以上,金属板も共振していると
認められるのであり,巻線の電流量に比し金属板の電流量が極めて少ない
としても,そのことは金属板の共振を否定する根拠とはならないというべ
きである。
したがって,被告製品は,構成要件D~Fを充足し,本件発明の技術的範
囲に属すると認められる。
2争点(乙2文献に基づく無効理由の有無)について
新規性の欠如について
前記前提事実に加え,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明
と乙2発明との間には,少なくとも,AM波帯を受信するのが,本件発明
では「前記アンテナ素子」(構成要件G),すなわち,FM放送の信号を増
幅するアンプの入力にアンテナコイルを介して接続され(同D,E),同ア
ンテナコイルと接続されることによりFM波帯で共振するアンテナ素子で
ある(同F)のに対し,乙2発明ではそのような構成が開示されていない
という相違点があると認められ,両者が実質的に同一であるということは
できない。したがって,新規性欠如の主張は失当である。
進歩性の欠如について
被告は,本件発明と乙2発明の相違点につき,相違点①(アンテナケース
の高さ)は実質的な相違点でなく,相違点②(アンテナ素子とコイル及び
アンプとの接続関係)は技術常識及び公知文献(乙8,18)の記載に基
づき,相違点③(AM波帯を受信する構成)は公知文献(乙8~10,1
8)の記載に基づき,いずれも容易に想到し得る旨主張する。
そこで判断するに,本件発明は,車両に取り付けるアンテナ装置について,
高さ70mm以下のアンテナケースに収納される低姿勢としても感度劣化
を極力抑えることが課題であり,構成要件D~Hはそのための手段である
(本件明細書段落【0004】,【0017】,【0024】参照)。一方,被
告が指摘する文献には,アンテナ素子とアンプをコイルを介して接続する
もの(乙8,18),FM波帯で共振するアンテナ素子を用いてAM波帯を
受信するもの(乙8~10)は記載されているが,これらに記載されたF
M波帯を受信するアンテナ素子の形状は本件発明におけるものと大きく異
なっている。そうすると,これら文献のいずれにも,アンテナコイルを接
続することによって初めてFM波帯で共振するほど小型のアンテナ素子を
備えたアンテナにおいて,FM波帯で共振する当該アンテナ素子によって
AM波帯をも受信するアンテナの構成が開示されているとは認められない。
また,乙2発明は,インダクタ及びFM信号増幅回路と接続されたFMア
ンテナ区の曲折導電層のほかにAM信号増幅回路と接続されたAMアンテ
ナ区の曲折導電層を有しているのであり(乙2),あえてFM波帯を受信す
るアンテナ素子を用いてAM波帯を受信させる動機付けが見当たらない。
したがって,進歩性の欠如についても被告の主張を採用することはできな
い。
3争点(訂正の対抗主張の成否)について
上記2のとおり,本件特許の無効をいう被告の主張には理由がないが,事案
に鑑み訂正の対抗主張についても検討する。
本件訂正請求の内容及び理由は原告の主張(前記第2の3)のとおりであ
るところ(甲2,20),これによれば,本件訂正請求は特許法134条の2
所定の訂正請求の要件を全て満たすことが認められる。この点につき,被告
は,構成要件Fに係る訂正について,訂正前の特許請求の範囲の記載は何ら
不明瞭ではなく,アンテナコイルが共振することについて本件明細書に記載
がなく技術常識も存在しないから,明瞭でない記載の釈明(同条1項ただし
書3号)に当たらない旨主張する。しかし,本件明細書(甲2)には,アン
テナコイルをアンテナ素子の給電点とアンプの入力との間に直列に挿入する
ことにより,アンテナ素子とアンテナコイルとからなるアンテナ部をFM波
帯付近で共振させられるようになる旨の記載(段落【0017】)があり,ア
ンテナ素子とアンテナコイルが接続された状態で共振している場合にその全
体が共振していると評価すべきことは,金属板と巻線を接続した場合につい
て前記1で判示したとおりである。そうすると,上記訂正はアンテナコイル
及びアンテナ素子と共振の関係についての記載をより明瞭にするものと認め
られるから,被告の主張は採用できない。
また,本件発明につき進歩性欠如の無効理由があるといえないことは前記2で
判示したとおりであり,本件訂正発明が本件発明の特許請求の範囲を減縮するも
のであるところからすれば,訂正後の本件特許についても無効理由があるとはい
えないと解すべきこととなる。
そして,証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,アンテナ部
の形状,アンテナコイルの位置など本件訂正請求により追加された構成を備
えていると認められるから,本件訂正発明の技術的範囲に属するということ
ができる。
4争点(原告の損害額)について
原告は平成25年4月5日~平成27年10月末日の被告製品の売上高4
億4967万3858円に実施料率5%を乗じた2248万3692円が
本件特許権の侵害による損害額(特許法102条3項)であると主張する
ところ,売上高は被告の自認する2億8279万4711円の限度で認め
られ,これを上回る額を認めるに足りる証拠はない。
次に,実施料率についてみるに,前記前提事実に加え,証拠(甲2,23,
24,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,①本件発明は被告製品の構成
の中核部分に用いられており,本件発明の技術的範囲に属する部分を取り
除くと被告製品はアンテナとして体をなさないこと,②本件発明は高さ約
70mm以下という限られた空間しか有しないアンテナケースに組み込ん
でも良好な電気的特性を得ることのできるアンテナ装置の提供を目的とす
るところ,被告製品はこれと同様に背が低いにもかかわらず受信性能に優
れたアンテナ装置であって,被告はこの点を被告製品の宣伝上強調してい
ること,③本件発明の属する電子・通信用部品ないし電気産業の分野のラ
イセンス契約における実施料率については平均3.3~3.5%ないし2.
9%とする調査結果が公表されていること,以上の事実が認められる。こ
れらの事実を総合すると,本件において特許法102条3項に基づく損害
額算定に当たっては被告製品の売上額の5%をもって原告の損害とするの
が相当である。
したがって,原告の損害額は1413万9735円となる。
本件訴訟の内容,認容額等に照らすと,弁護士費用は200万円が相当で
ある。
以上によれば,被告は,原告に対し,上記損害額合計1613万9735
円及びうち450万円に対する訴状送達の日の翌日である平成26年11
月11日から(なお,侵害期間に鑑み同日までに少なくとも9000万円
の売上げがあったものと認める。),うち1163万9735円に対する平
成27年11月10日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成2
7年11月17日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払義務を負う。
5差止め及び廃棄等の請求について
原告は,請求の趣旨において被告製品の生産等の差止め及び廃棄に加え被告
製品製造のための装置の廃棄を求めるが,被告製品製造のための装置が特定さ
れていない上,廃棄の必要性について具体的な主張がない。したがって,上記
装置の廃棄請求を認めることはできない。
6結論
よって,主文のとおり判決する。なお,主文第2項についての仮執行宣言は
相当でないから,これを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官長谷川浩二
裁判官藤原典子
裁判官中嶋邦人
別紙
被告製品目録
以下の製品名で特定されるアンテナ
トヨタ自動車株式会社HARRIER搭載シャークフィンアンテナ(86300-48360
-A0,86300-48360-B0,86300-48360-B1,86300-48360-C0,86300-48360-C1,8630
0-48360-D0,86300-48360-E0)
トヨタ自動車株式会社86及び富士重工業株式会社SUBARUBRZ搭載シャ
ークフィンアンテナ
(SU003-05507,SU003-05508,SU003-05509,SU003-05510,SU003-05511,SU0
03-05512,SU003-05513)
日産自動車株式会社JUKE搭載シャークフィンアンテナ
(B8250-1KC3B,B8250-1KC3C,B8250-1KL0C,B8250-1KL0D,B8250-3YL0A,
B8250-3YL0B,B8250-3YM1A,B8250-3YM0B,B8250-3YM1D,B8250-3YM1E,
B8250-3YM3E,B8250-3YM5E)
富士重工業株式会社IMPREZA搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ810WU,H0017FJ810TQ,H0017FJ810EN,H0017FJ810V2,H0017FJ81
0U9,H0017FJ810I7,H0017FJ810VW,H0017FJ810RE,H0017FJ810U7,H0017
FJ810I4)
富士重工業株式会社SUBARUXV搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ810WU,H0017FJ810TQ,H0017FJ810EN,H0017FJ810V2,H0017FJ81
0I9,H0017FJ810I6,H0017FJ810U9,H0017FJ810I7)
富士重工業株式会社SUBARUXVHYBRID搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ810WU,H0017FJ810TQ,H0017FJ810EN,H0017FJ810V2,H0017FJ81
0I9,H0017FJ810I6,H0017FJ810U9,H0017FJ810F4,H0017FJ810I7)
富士重工業株式会社FORESTER搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ810WU,H0017FJ810TQ,H0017FJ810EN,H0017FJ810V2,H0017FJ81
0U9,H0017FJ810F3,H0017FJ810I7,H0017FJ810I8,H0017FJ810U7)
富士重工業株式会社LEVORG搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ810W6,H0017FJ810M1,H0017FJ810TQ,H0017FJ810EN,H0017FJ81
0V2,H0017FJ810RL,H0017FJ810B5)
富士重工業株式会社SUBARUBRZ搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ800W6,H0017FJ800TQ,H0017FJ800EN,H0017FJ800V2,H0017FJ80
0RL,H0017FJ800B5,H0017FJ800E4)
富士重工業株式会社WRX搭載シャークフィンアンテナ
(H0017FJ800W6,H0017FJ800TQ,H0017FJ800EN,H0017FJ800V2,H0017FJ80
0RL,H0017FJ800E4)
三菱自動車工業株式会社OUTLANDER搭載シャークフィンアンテナ
(MZ599916,MZ599917,MZ599918,MZ599919,MZ599920)
三菱自動車工業株式会社RVR搭載シャークフィンアンテナ
(MZ599926,MZ599927,MZ599928,MZ599929)
以上

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