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平成13年(行ケ)第304号 審決取消請求事件(平成15年7月7日口頭弁論
終結)
          判           決
       原      告   ルーク ラメレン ウント 
クツプルングスバウ ベタイ
リグングス コマンディート
ゲゼルシャフト
       訴訟代理人弁護士   加 藤 義 明
       同          角 田 邦 洋
       同    弁理士   久 野 琢 也
       被      告   特許庁長官 今 井 康 夫
       指定代理人      舟 木   進
       同          大 野 克 人
       同          内 田 博 之
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
          主           文
   特許庁が不服2000-3494号事件について平成13年2月26
日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,平成2年5月22日,名称を「振動を減衰するための装置」とする
特許出願(パリ条約による優先権主張日1989年〔平成元年〕5月22日・ドイ
ツ連邦共和国,特願平2-130446号)をしたが,平成11年11月29日,
拒絶査定を受けたので,平成12年3月13日,これに対する不服の審判の請求を
し,同月15日付け手続補正書により願書に添付した明細書を補正した(以下,上
記補正後の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。
 特許庁は,同請求を不服2000-3494号事件として審理した上,平成
13年2月26日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄
本は,同年3月13日,原告に送達された。
 2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,38の記載
【請求項1】振動を減衰するための装置であって,入力部と出力部との間に設
けられかつ2つのはずみ車部材を備えた緩衝装置を有しており,入力部が機関に連
結可能な一方のはずみ車部材でああり(注,「であり」の誤記と認める。),かつ
出力部が例えばクラッチを介して伝動系に連結可能な他方のはずみ車部材であり,
緩衝装置がばねのような蓄圧器を受容及び支持するために一方のはずみ車部材の構
成部分によって形成されたリング状の少なくとも1つの受容室を有しており,他方
のはずみ車部材と回動不能なフランジ部材のような出力部が蓄圧器の他方の支持範
囲を形成していて,
 半径方向でリング状の受容室内に突入している形式のものにおいて,受容室
内に軸線方向に並べて配置された少なくとも2つのばねを設けてあり,ばねが同じ
直径領域に配置されており,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配
置されており,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っていることを特徴とす
る,振動を減衰するための装置。
【請求項38】周方向に延びる蓄力器,特にばねの作用に抗して互いに相対的
に回動可能な入力部及び出力部を備えた自動車の伝動系の振動を減衰するための装
置であって,軸線方向に並べて配置されたばねの少なくとも2つのユニットを設け
てあり,ユニットが同じ直径領域に配置されており,個別のばね列のばね及びばね
の支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互いに周方向で部分
的に重なり合っていることを特徴とする,振動を減衰するための装置。
(以下,【請求項1】,【請求項38】に係る発明を「本願発明1」,「本願
発明38」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明1は,特開昭63-13
919号公報(甲4,以下「引用例」という。)記載の発明(後記引用例発明1)
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本願発明38
は,引用例記載の別の発明(後記引用例発明2)及び周知技術に基づいて,当業者
が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により
特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
  審決は,本願発明1と引用例発明1との相違点についての判断を誤り(取消
事由1),本願発明38と引用例発明2との相違点についての判断を誤った(取消
事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本願発明1と引用例発明1との相違点についての判断の誤り)
  (1)審決は,引用例(甲4)記載の引用例発明1として,「振動を緩衝する装
置であって,入力部と出力部との間に設けられかつ2つのフライホイールエレメン
トを備えた緩衝機構を有しており,入力部が原動機に連結可能な第1のフライホイ
ールエレメントであり,かつ出力部が例えばクラッチを介して動力伝達装置に連結
可能な第2のフライホイールエレメントであり,緩衝機構が蓄力部材,例えば,ば
ねを受容及び支持するために第1のフライホイールエレメントの構造部分によって
形成された少なくとも一つの環状の通路を有しており,第2のフライホイールエレ
メントと一緒に回転可能に接続されたフランジ体が蓄力部材の他方の支持範囲を形
成していて,半径方向で環状の通路内に突入している形式のものにおいて,通路内
に軸方向に並べて配置された少なくとも2つのばねを設けてあり,ばねが互いに重
なり合っている振動を緩衝する装置」(審決謄本3頁【引用例発明1】,以下「引
用例発明1」という。)を認定した上,本願発明1と引用例発明1との相違点イと
して認定した,「2つのばねの配置構成に関して,本願発明1では,『ばねが同じ
直径領域に配置されており,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向
でずらして配置されており,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っている』の
に対して,引用例発明1では,『ばねが互いに重なり合っている』点」(同4頁
〈相違点イ〉,以下「相違点イ」という。)について,「引用例(注,甲4)の第
47頁右下欄の『さらに,一方のダンパ,例えばダンパ1513のばねが他方のダ
ンパ,例えば1513aのばねに対して,異なる相対回動角度位置で作用し始める
ようにすることも可能である。』との記載からみて,引用例には,ばね及びばねの
支持範囲を周方向にずらして配置できることが示唆されているものと認められるこ
とから,引用例発明1において,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらし
て,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合うように配置するように構成すること
を妨げる特段の事情は見出せないこと,を総合的に勘案すれば,引用例発明1にお
いて,上記相違点イに係る本願発明1の構成の如く構成することは,当業者が容易
に想到できたものと認められる。そして,本願発明1の,上記相違点イに係る構成
に基づく作用効果は,当業者が引用例発明1から予測できる範囲内のものであっ
て,格別のものではない。したがって,本願発明1は,引用例発明1に基
いて当業者が容易になし得た」(同5頁第3~第5段落)と判断したが,誤りであ
る。
(2)本願発明1は,「受容室内に軸線方向に並べて配置された少なくとも2つ
のばねを設けてあり,ばねが同じ直径領域に配置されており,ばね及びばねの支持
範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互いに周方向で部分的に重
なり合っていること」(本願発明1に係る請求項1)によって,軸線方向に並べて
配置されたばねの支持範囲が軸線方向で互いに重なり合うことがなく,ばねが互い
に周方向で部分的に重なり合っているために,フランジの周縁の一部分(半径方向
の突起)をその都度単純に一方の軸線方向に折り曲げるだけで,個々のばねの支持
範囲(ブラケット)を簡単かつ経済的に製作することができるという顕著な作用効
果を奏するものである。これに対して,ばねの支持範囲が互いに周方向でずれるこ
となく,軸線方向において重なり合ったものであるとすると,フランジの周縁の一
部分(半径方向の突起)を単に一方の軸線方向に折り曲げるだけでは,相応のばね
の支持範囲(ブラケット)をフランジの軸線方向の両側に形成することはできない
から,引用例(甲4)のようにフランジ(1541,1541a)を二つ重ねる
か,あるいは一つのフランジの周縁の一部分を軸線方向に対して直角な
平面に沿って二つに分割するかして,フランジの周縁の軸線方向で重なり合った各
部分(半径方向の突起)をそれぞれ軸線方向逆向きに折り曲げるという大変面倒な
作業が必要となる。
  引用例発明1において,一方のダンパのばねが他方のダンパのばねに対し
て,異なる相対回動角度位置で作用し始めるというのは,引用例(甲4)の第22
図に示された構成から見て,一方のばねと当該ばねの支持範囲との間に単に隙間が
存在し,この隙間に相当する相対回動角度だけフライホールエレメント1503,
1504が相互に回動した後,すなわち,他方のばねが作用し始める位置とは異な
る相対回動角度位置で一方のばねが当該ばねの支持範囲に当接し,以後の相対回動
で一方のばねも圧縮され始め,作用し始めることにほかならない。そして,引用例
の第22図に示された構成が,あえて二つのフランジ1541,1541aを使用
している理由は,第22図に示すように,ばねの支持範囲(ブラケット)を軸線方
向で重ね合わせるためであると解されることから,一方のばねと当該ばねの支持範
囲との間にあらかじめ隙間を設けておくという構成は,引用例発明1においては,
単に軸線方向に並べて配置された二つのばねの長さを互いに異ならせることにより
実現されるものというべきである。引用例発明1において,一方のダンパのばねが
他方のダンパのばねに対して,異なる相対回動角度位置で作用し始め
るという構成は,本願発明1のように,ばねが同じ直径領域に配置され,ばね及び
ばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置され,ばねが互いに周方向で部分的
に重なり合っているという構成とは全く無関係のものというべきであり,前者の構
成が,必然的に,後者の構成を示唆するという根拠は全く見いだせないから,引用
例発明1には,ばね又はばねユニットが同じ直径領域に配置され,ばね及びばねの
支持範囲が互いに周方向でずらして配置され,ばねが互いに周方向で部分的に重な
り合っているという構成,すなわち相違点イに係る本願発明1の構成は,全く示唆
されていないというべきである。
(3)したがって,引用例発明1において,相違点イに係る本願発明1の構成に
至ることは,著しい論理の飛躍を意味するものであるから,当業者が容易に想到で
きたものということはできない。しかも,相違点イに係る本願発明1の構成に基づ
く作用効果は,上記のとおり顕著なものであって,本願発明1は,引用例発明1に
基づいて当業者が容易に想到し得たものでない。
 2 取消事由2(本願発明38と引用例発明2との相違点についての判断の誤
り)
  (1)審決は,引用例(甲4)記載の引用例発明2として,「蓄力部材,例えば
ばねを含む,第1のホイールエレメント及び第2のホイールエレメントを備えた原
動機と動力伝達装置との間の振動を緩衝する装置であって,軸方向に並べて配置さ
れた少なくとも2つのばねグループを設けてあり,ばねが互いに重なり合ってい
る,振動を緩衝する装置」(審決謄本3頁~4頁【引用例発明2】,以下「引用例
発明2」という。)を認定した上,本願発明38と引用例発明2との相違点ハとし
て認定した,「2つのユニットの配置構成に関して,本願発明38では,『ユニッ
トが同じ直径領域に配置されており,個別のばね列のばね及びばねの支持範囲が互
いに周方向でずらして配置されており,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っ
ている』のに対して,引用例発明2では,『ばねが互いに重なり合っている』点」
(同6頁〈相違点ハ〉,以下「相違点ハ」という。)について,「『3.(1)
〈相違点イ〉』(注,同4頁〈相違点イ〉)において示した理由と同様の理由によ
り,上記相違点ハに係る本願発明38の構成は,引用例発明2から,当業者が容易
に想到できたものと認められる。したがって,本願発明38は,引用例発
明2及び周知技術に基いて当業者が容易になし得た」(同7頁第1~第2段落)と
判断したが,誤りである。
(2)本願発明38は,「軸線方向に並べて配置されたばねの少なくとも2つの
ユニットを設けてあり,ユニットが同じ直径領域に配置されており,個別のばね列
のばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互い
に周方向で部分的に重なり合っていること」(本願発明38に係る請求項38)に
よって,本願発明1と同様の顕著な作用効果を奏するものである。
  これに対し,引用例発明2において,一方のダンパのばねが他方のダンパ
のばねに対して,異なる相対回動角度位置で作用し始めるというのは,引用例発明
について上記1(2)に主張したとおりである。引用例発明2には,ばね又はばねユニ
ットが同じ直径領域に配置され,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらし
て配置され,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っているという構成,すなわ
ち相違点ハに係る本願発明38の構成は,全く示唆されていないというべきであ
る。
(3)したがって,引用例発明2において,相違点ハに係る本願発明38の構成
に至ることは,著しい論理の飛躍を意味するものであるから,当業者が容易に想到
できたものということはできない。しかも,相違点ハに係る本願発明38の構成に
基づく作用効果は,上記のとおり顕著なものであって,本願発明38は,引用例発
明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものでない。
第4 被告の反論
   審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本願発明1と引用例発明1との相違点についての判断の誤り)
について
(1)本件明細書(甲3)には,「凹所31,32の半径方向外側の範囲は蓄力
器27a,28aの支持範囲,有利には案内範囲を形成しており,この案内範囲若
しくは支持範囲に蓄力器27a,28aが少なくとも遠心力の作用下で半径方向に
支えられる」(7頁段落【0010】),「蓄力器27a,28aを負荷するため
に,ケーシング部分22,23が支持範囲若しくは負荷範囲38,39を有してい
る」(8頁段落【0013】),「ばね27a,28aのための支持範囲,若しく
は負荷範囲38,39はそれぞれ2つの負荷部分範囲38a,38b及び39a,
39bによって構成されており,両方の負荷部分範囲は半径方向で互いにずらされ
て,かつ実質的に上下に位置している」(同頁段落【0014】),「半径方向外
側の負荷部分範囲38a,39aを形成するために,ポケット状の成形部42,4
3の代わりに個別部材を用いることもでき,個別部材は対応するケーシング部分2
2,23に回動不能に結合されている」(9頁段落【0015】),「緩衝装置1
3の出力部分は半径方向のフランジ49によって形成されており,フランジは軸線
方向で両方のケーシング部分22,23間に配置されている。フラン
ジ49は周囲に軸線方向へ延びるブラケット50,51を有しており,ブラケット
は蓄力器27a,28aの負荷範囲を形成している。特に第1図から明らかなよう
に,軸線方向に並んで配置された蓄力器27a,28aのためのブラケット50,
51は軸線方向で互いに離れる方向に向いていて,即ち軸線方向で互いに逆の方向
でフランジ49の半径方向へ延びる部分に対して折り曲げられている。ブラケット
50,51はさらに外側の負荷部分範囲38a,39aと内側の負荷部分範囲38
b,39bとの間の半径方向の中断部40,41内に係合している」(9頁段落
【0016】),「ばね127a,128aのためにケーシング部分122,12
3並びにフランジ149に設けられた支持範囲若しくは負荷範囲138,139;
150,151」(11頁段落【0023】)との記載がある。これらの記載によ
れば,「ばねの支持範囲」とは,「一方又は他方のはずみ車部材と回動不能であっ
て,ばねの円周方向の端部を支持する箇所若しくは部材又はばねの円周方向の端部
に力を付与する箇所若しくは部材」を意味すると解され,これには,負荷部分範囲
38a,38b及び39a,39b,負荷部分範囲38a,39a,支
持範囲若しくは負荷範囲138,139;150,151,ブラケット50,51
が含まれるものと解される。そして,「互いに周方向でずらして配置」とは,通常
の「ずれる」の意味である「所定の位置から,上下・(左右)に少しはずれた状態
にある」(例えば,三省堂発行新明解国語辞典)こと及び本願発明1に係る請求項
1の記載「ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ば
ねが互いに周方向で部分的に重なり合っていること」からみて,「周方向の位置関
係において,互いにすべてが重なり合うことを除いた状態にあること」を意味する
と解される。二つの物品A,Bの配置には,
①【並べた要素A,Bが同一長さを有する場合】
イ.「一部のみが互いに重なって配置」
   ■■■■■
     ■■■■■
ロ.「互いに一部も重ならず配置」
   ■■■■■
        ■■■■■
②【並べた要素A,Bが異なる長さの場合】
ハ.「一部のみが互いに重なって配置」
   ■■■■■
      ■■■
ニ.「互いに一部も重ならず配置」
   ■■■■■
        ■■■
ホ.「一部のみが互いに重なって配置の他の例」
   ■■■■■ ■■■■■
    ■■■■■■
の5通りがあり得る。そして,「(並べた)二つの物品A,Bが互いに周方
向でずらして配置されていること」は,上記イ~ホを含むものと解され,たとえ,
上記ホについて異論があっても,少なくとも上記イ~ニを含むものと解される。殊
に,本願発明1において,「ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配
置されており,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っている」としているの
は,単に「互いに周方向でずらして配置」には,「一部のみが互いに重なって配
置」と「互いに一部も重ならず配置」の二つの態様を含むから,ばね同士の関係を
上記二つの態様から「ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っている」と特定の
一つの態様である「一部のみが互いに重なって配置」に限定したものであると解す
ることに合理性がある。
 そうすると,「ばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されてお
り」とは,「一方又は他方のはずみ車部材と回動不能であって,ばねの円周方向の
端部を支持する箇所若しくは部材又はばねの円周方向の端部に力を付与する箇所若
しくは部材が,周方向の位置関係において,互いにすべてが重なり合うことを除い
た状態にあり」を意味すると解される。そして,本願発明1の構成要件を見ると,
「フランジ」について,「他方のはずみ車部材と回動不能なフランジ部材のような
出力部が蓄圧器の他方の支持範囲を形成していて」の限度で例示的に特定されてい
るのみである。原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づかないものであるばか
りか,支持範囲が一枚のフランジの周縁の一部分(半径方向の突起)を単純に一方
の軸線方向に折り曲げることにより形成されていること,支持範囲が周方向におい
て互いに一部も重ならないことを前提とするものであって,このような前提事項
は,本願発明1の構成要件である「ばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置
されており」の技術的意義の解釈に照らせば,根拠を欠くものである。
(2)引用例(甲4)には,第22図のほかに,第1図及び第2図で示される一
実施例,第6図及び第7図で示される更に別の実施例などが記載されている。第1
図及び第2図で示される一実施例を見ると,ばねの配置が内外となっているもの
の,ばねの支持範囲に相当する負荷受け範囲44及び半径方向範囲50が互いに周
方向でずらして配置されていることが看取でき,第6図及び第7図で示される更に
別の実施例を見ると,ばねの配置が内外となっているものの,ばねの支持範囲に相
当するアーム部344(ストッパ359を含む)及び半径方向範囲350(ストッ
パ365を含む)が互いに周方向でずらして配置されていることが看取でき,これ
らはいずれも内外のばねが異なる相対回動角度位置で作用し始めるようになってい
る。これらの事項を踏まえて,第22図の記載及び「一方のダンパ,例えばダンパ
1513のばねが他方のダンパ,例えば1513aのばねに対して,異なる相対回
動角度位置で作用し始めるようにすることも可能である」(甲4,47頁右下欄)
との記載を見ると,「引用例に記載されたものにおいても,ばね及びばねの支持範
囲を周方向にずらして配置することが可能である」とまでいえるとして
,審決の説示するとおり,「引用例には,ばね及びばねの支持範囲を周方向にずら
して配置できることが示唆されているものと認められ」(審決謄本5頁第3段
落),少なくともこの記載の限りにおいて,「引用例発明1において,ばね及びば
ねの支持範囲が互いに周方向でずらして,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合
うように配置するように構成することを妨げる特段の事情は見出せない」(同)。
(3)したがって,これらを総合的に勘案すれば,引用例発明1に基づいて,相
違点イに係る本願発明1の構成に至ることは,当業者が容易に想到できたものと認
められ,また,本願発明1の相違点イに係る構成に基づく作用効果は,当業者が引
用例発明1から予測できる範囲内のものである。
 2 取消事由2(本願発明38と引用例発明2との相違点についての判断の誤
り)について
 「ばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており」の意味は,上
記のとおりである。そして,本願発明38の構成要件を見ると,「フランジ」につ
いて,何らの特定もないから,原告の上記主張は根拠のないものである。また,引
用例発明2におけるばねもユニット構成を採用するものである以上,前同様の理由
により,引用例発明2及び周知技術に基づいて,相違点ハに係る本願発明38の構
成に至ることは,当業者が容易に想到できたものと認められる。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本願発明1と引用例発明1との相違点についての判断の誤り)
について
  (1)本願発明1に係る請求項1の「受容室内に軸線方向に並べて配置された少
なくとも2つのばねを設けてあり,ばねが同じ直径領域に配置されており,ばね及
びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互いに周方向
で部分的に重なり合っている」との構成について,被告は,二つの物品A,Bの配
置には,
①【並べた要素A,Bが同一長さを有する場合】
イ.「一部のみが互いに重なって配置」
   ■■■■■
     ■■■■■
ロ.「互いに一部も重ならず配置」
   ■■■■■
        ■■■■■
②【並べた要素A,Bが異なる長さの場合】
ハ.「一部のみが互いに重なって配置」
   ■■■■■
      ■■■
ニ.「互いに一部も重ならず配置」
   ■■■■■
        ■■■
ホ.「一部のみが互いに重なって配置の他の例」
   ■■■■■ ■■■■■
    ■■■■■■
の5通りがあり得るところ,上記「ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向
でずらして配置」とは,ばね及びばねの支持範囲はそれぞれイ~ホの配置関係を取
り得ることを意味するとした上で,「ばねが互いに周方向で部分的に重なり合って
いる」とは,ばねについては,イ,ハ,ホの態様に限定したものと解すべきである
と主張する。しかしながら,上記記載は,本願発明1に係る請求項1に記載された
ばね同士とばねの支持範囲同士の配置関係を規定しようとするものであるところ,
「ずらす」との語は,「すべらす。動かす。特に,位置・時間などが一緒にならな
いように動かす」(広辞苑第5版)ことを意味し,言葉の通常の意味からすれば,
「ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互い
に周方向で部分的に重なり合っている」との構成は,ばね同士は互いにずらして配
置されているが,その一部は互いに重なり合っており(イ又はハの配置),一方,
ばねの支持範囲同士については,その一部は互いに重なり合い(イ又はハの配置)
又は一部も重ならないようになっている(ロ又はニの配置)と解すべきであり,ホ
の配置は,一方が他方に完全に一致する位置関係であるから,「ばね
が互いに周方向で部分的に重なり合っている」関係に包含されるということはでき
ない。以上検討したところによれば,上記構成は,ばね同士については,イ又はハ
の配置,ばねの支持範囲同士については,イ,ロ,ハ,又はニの配置であると解す
べきである。
(2)他方,引用例(甲4)の「一方のダンパ,例えばダンパ1513のばねが
他方のダンパ,例えば1513aのばねに対して,異なる相対回動角度位置で作用
し始めるようにすることも可能である」(47頁右下欄)との記載は,第2図及び
第7図等に記載された他の実施例から見て,双方のばねが作動し始める角度を異な
るようにすることを意味すると解され,第2図及び第7図等に記載された他の実施
例においては,内側のばねの占める扇形の角度を外側のばねより狭くすること,換
言すれば,内側のばねの長さを短くすることによって実現されている。また,振動
緩衝装置としての特性から,上記の段階的な荷重特性は,正逆両回転方向に対称的
に成立しなければならないことは明らかである。そうすると,引用例の第22図の
実施例において,「ばねが異なる回転角度位置で作用し始めるようにする」こと
は,「一方のばねを他方よりも短いものとする」ことによって実現されていると認
められる。
(3)被告は,引用例の第1図及び第2図で示される一実施例を見ると,ばねの
配置が内外となっているものの,ばねの支持範囲に相当する負荷受け範囲44及び
半径方向範囲50が互いに周方向でずらして配置されていることが看取でき,第6
図及び第7図で示される更に別の実施例を見ると,ばねの配置が内外となっている
ものの,ばねの支持範囲に相当するアーム部344(ストッパ359を含む)及び
半径方向範囲350(ストッパ365を含む)が互いに周方向でずらして配置され
ていることが看取でき,ばねが異なる相対回動角度位置で作用し始めるようになっ
ていると主張するが,引用例の上記実施例におけるばねとばねの支持範囲の配置
は,上記ホの配置であり,この配置は,一方が他方に完全に一致する位置関係であ
から,「ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っている」関係に包含されるとい
うことはできないことは上記のとおりである。
  被告は,また,「引用例には,ばね及びばねの支持範囲を周方向にずらし
て配置できることが示唆されているものと認められ」(審決謄本5頁第3段落),
少なくともこの記載の限りにおいて,「引用例発明1において,ばね及びばねの支
持範囲が互いに周方向でずらして,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合うよう
に配置するように構成することを妨げる特段の事情は見出せない」(同)とも主張
する。しかしながら,審決が上記主張の根拠とする引用例(甲4)の「一方のダン
パ,例えばダンパ1513のばねが他方のダンパ,例えば1513aのばねに対し
て,異なる相対回動角度位置で作用し始めるようにすることも可能である」(47
頁右下欄)との記載は,「一方のばねを他方よりも短いものとする」ことによって
実現されていることは上記のとおりであるから,引用例が,「受容室内に軸線方向
に並べて配置された少なくとも2つのばねを設けてあり,ばねが同じ直径領域に配
置されており,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されてお
り,ばねが互いに周方向で部分的に重なり合っている」と規定される本件発明1の
ばねとばね支持範囲の位置関係を開示又は示唆しているということはで
きない。
(4)したがって,相違点イについて,「引用例(注,甲4)の第47頁右下欄
の『さらに,一方のダンパ,例えばダンパ1513のばねが他方のダンパ,例えば
1513aのばねに対して,異なる相対回動角度位置で作用し始めるようにするこ
とも可能である。』との記載からみて,引用例には,ばね及びばねの支持範囲を周
方向にずらして配置できることが示唆されているものと認められることから,引用
例発明1において,ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして,ばねが互
いに周方向で部分的に重なり合うように配置するように構成することを妨げる特段
の事情は見出せないこと,を総合的に勘案すれば,引用例発明1において,上記相
違点イに係る本願発明1の構成の如く構成することは,当業者が容易に想到できた
ものと認められる。そして,本願発明1の,上記相違点イに係る構成に基づく作用
効果は,当業者が引用例発明1から予測できる範囲内のものであって,格別のもの
ではない」(審決謄本5頁第3~第5段落)として,引用例発明1に基づく本願発
明1の容易想到性を肯定した審決の判断は,引用例の認定を誤ったものであって,
根拠を欠くものというほかなく,原告の取消事由1の主張は理由があ
る。
 2 取消事由2(本願発明38と引用例発明2との相違点についての判断の誤
り)について
 本願発明38と引用例発明2との相違点ハは,「2つのユニットの配置構成
に関して,本願発明38では,『ユニットが同じ直径領域に配置されており,個別
のばね列のばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ば
ねが互いに周方向で部分的に重なり合っている』のに対して,引用例発明2では,
『ばねが互いに重なり合っている』点」(審決謄本6頁〈相違点ハ〉)であり,
「ばね及びばねの支持範囲が互いに周方向でずらして配置されており,ばねが互い
に周方向で部分的に重なり合っている」点で,相違点イと共通である。そして,審
決は,相違点ハについて,「『3.(1)〈相違点イ〉』において示した理由と同
様の理由により,上記相違点ハに係る本願発明38の構成は,引用例発明2から,
当業者が容易に想到できたものと認められる。したがって,本願発明38は,引用
例発明2及び周知技術に基いて当業者が容易になし得た」(同7頁第1~第2段
落)と判断したところ,相違点イについての審決の判断が誤りであることは,上記
1のとおりであるから,相違点ハについての判断も誤りというほかない。
 したがって,原告の取消事由2の主張は理由がある。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2は理由があり,この誤りが審決の
結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。
 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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