弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人田中真次の上告理由、同堀家嘉郎、同中場嘉久二の上告理由および同
真野毅、同堀家嘉郎の上告理由について。
 論旨は、まず、本件降任処分を不適法であるとした原判決の判断には、降任処分
につき任命権者に与えられた裁量権の範囲および地方公務員法二八条一項三号の定
める降任処分の要件に関して法令の解釈を誤つた違法がある、と主張する。
 一 おもうに、地方公務員法二八条所定の分限制度は、公務の能率の維持および
その適正な運営の確保の目的から同条に定めるような処分権限を任命権者に認める
とともに、他方、公務員の身分保障の見地からその処分権限を発動しうる場合を限
定したものである。分限制度の右のような趣旨・目的に照らし、かつ、同条に掲げ
る処分事由が被処分者の行動、態度、性格、状態等に関する一定の評価を内容とし
て定められていることを考慮するときは、同条に基づく分限処分については、任命
権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に
委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づ
いて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断につい
ても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない
事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容され
る限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものである
ことを免れないというべきである。そして、任命権者の分限処分が、このような違
法性を有するかどうかは、同法八条八項にいう法律問題として裁判所の審判に服す
べきものであるとともに、裁判所の審査権はその範囲に限られ、このような違法の
程度に至らない判断の当不当には及ばないといわなければならない。これを同法二
八条一項三号所定の処分事由についてみるに、同号にいう「その職に必要な適格性
を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、
能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる
高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解されるが、この意味における適格性
の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴してこれを判断するほかは
ない。その場合、個々の行為、態度につき、その性質、態様、背景、状況等の諸般
の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については
相互に有機的に関連づけてこれを評価すべく、さらに当該職員の経歴や性格、社会
環境等の一般的要素をも考慮する必要があり、これら諸般の要素を総合的に検討し
たうえ、当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連においてこれを判断し
なければならないのである。そしてこの場合、ひとしく適格性の有無の判断であつ
ても、分限処分が降任である場合と免職である場合とでは、前者がその職員が現に
就いている特定の職についての適格性であるのに対し、後者の場合は、現に就いて
いる職に限らず、転職の可能な他の職をも含めてこれらすべての職についての適格
性である点において適格性の内容要素に相違があるのみならず、その結果において
も、降任の場合は単に下位の職に降るにとどまるのに対し、免職の場合には公務員
としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考
えれば、免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であ
ることが要求されるのに対し、降任の場合における適格性の有無については、公務
の能率の維持およびその適正な運営の確保の目的に照らして裁量的判断を加える余
地を比較的広く認めても差支えないものと解される。
 二 本件は、地方公務員法二八条一項三号の規定に該当するとして、被上告人を
公立学校校長から公立学校教員教諭に降任した処分の取消訴訟であり、上告人は、
被上告人が公立学校校長の職に必要な適格性を欠くことの徴表たる事実として数多
くの事実を主張している。
 ところが、原判決は、右上告人主張の諸事実については、必ずしも個々の事実関
係の存否を確定することなく、右主張にあらわれた被上告人の一連の行為の背景を
なす諸問題につき、その客観情勢の推移、被上告人の置かれた立場およびそのとつ
た見解、態度等の概略を認定したうえ、かりに被上告人に上告人主張のような具体
的言動(その一部については、原判決認定の限度で一部否定ないし修正された範囲
内における言動)があつたとしても、右各事実はいずれも被上告人が校長の職に必
要な適格性を欠くことの徴表であるとは認めがたいとし、結局、総合的見地から考
察して、被上告人には包容力、協調性において若干欠ける点があつたのではないか
と疑う余地は存するとしても、それだけで校長としての適格性なしと判定すること
は許しがたいものであるとし、本件降任処分を取り消すべきものとしている。
 三 しかしながら、原審の右認定判断は、その認定事実に対する独自の解釈と見
解のもとに上告人の具体的な各主張事実を観察評価したうえ、被上告人の適格性の
有無について一定の結論を下し、これと異なる上告人の判断を裁量権の行使を誤つ
た違法のものと断じているのであつて、原審の判断には、上告人が本件降任処分の
事由の存否について上記のような裁量的判断権を有することを無視したか、ないし
は裁判所のなすべき審査判断の範囲を超えて処分庁の裁量の当否に立ち入つた違法
があるといわなければならない。すなわち、
  (一) 学校統合問題につき、原判決の確定するところによれば、右統合は、D
小学校の廃校を招来するものであつて、同校の児童、その父兄の利害に直接関係す
るところから、右統合につき町議会の議決を経たのちにおいて統合賛成派と統合反
対派の対立はなお激しく、それは単なる意見の対立にとどまらず、両者互いに相手
方の見解、行動を非難、誹謗し合うという醜い対立を生むにいたつたというのであ
る。
  町立小学校の校長は、当該町区域在住の児童に対し義務教育たる初等普通教育
を施すことを目的とする教育機関である小学校において、校務を掌り、所属職員を
監督する立場にある者であるから、右のような事態において、校長が、統合反対派
に加担するような言動に出るときは、両派の対立の激化を助長し、児童、父兄等の
校長および学校に対する信頼、所属職員の校長に対する信頼を大いに失墜させ、ひ
いては学校経営に重大な支障をきたす結果となることは、見易いところである。し
たがつて、このような場合に、D小学校長の地位にある者が、教育上の見地から右
統合に反対の見解をもつことはやむをえないことであり、また、立場上学校統合問
題と無関係ではありえないとしても、右校長たる者は、行動、態度の上では校長と
しての品格と節度を保持すべきであつて、いやしくも校長たるの立場を利用して反
対派に加担し、これに便宜を与えるものと認められるような行為に出るときは、校
長たるの適格性に欠けるところがあるとの評価を免れないものといわなければなら
ない。
  しかして、この点に関しては、原判決の認定の限度で一部否定ないし修正され
た範囲において考えても、なお、相当程度、被上告人が、同校の所属職員に協力さ
せ、同校の児童、施設、行事を利用して、統合反対のために便宜をはかつた事実が、
上告人によつて主張されているのである。したがつて、右主張につき、認定しうる
言動の程度、態様のいかんによつては、これを被上告人が校長たる適格性を欠くこ
との徴表であると評価しても、不相当であるとはいいえない場合があることは、否
定しえないところである。
  (二) 職員が、ある程度客観性、合理性の認められるその所信に従つて、あえ
て職務命令違反の行為に出たような場合には、それが直ちに持続性のあるその性格
等に基因するものであるとはいいえないという意味において、右行為が懲戒事由と
はなりえても、直ちにその職に必要な適格性を欠くことの徴表であるとはいいえな
い場合もありえよう。こうした見地からすれば、勤務評定問題につき原判決の確定
する事実関係のもとにおいては、特に被上告人において、所属職員が人事上の不利
益を受けることをおそれたこと、任命権者の人事管理上の支障を回避すべきもので
あると考えたこと等から、本来の義務履行に代わる措置を講じていることをも考慮
した場合、勤務評定書の提出を多少遅延したこと自体をもつて直ちに被上告人が校
長たる適格性を欠くことの徴表とみることは、あるいは相当でないといいうるかも
知れない。
  しかし、校長たる者は、管理者的職務を担当するのであるから、特に対人関係
の処理については相手方に顕著な欠陥があるというような特段の事情がある場合は
格別、自己と個人的、感情的には対立関係にある者との接触をも含めて、職務上予
測されるあらゆる場面において、職務の円滑な遂行に支障をきたさない程度にこれ
を処理しうる能力が要求されるというべきであるところ、この点に関連するものと
して上告人の主張する被上告人の言動は、それが対立関係にある者の交渉の場にお
けるものであることを考慮しても、なお、校長たるの職にある者の上司である町教
育長に対する言動としては、粗暴、不遜、非礼にわたる点があり、そのうちには、
ことさらにE教育長を困惑させる目的に出たものであることを疑わせるようなもの
もあるのであつて、右主張につき認定しうる言動の程度、態様のいかんによつては、
これを被上告人が校長たる適格性を欠くことの徴表であると評価しても、不相当で
あるとはいいえない場合があることは、否定しえないところである。
  (三) 原判決の確定する公立学校予算の執行の実情からすれば、予算の事前執
行等をしたこと自体をもつて被上告人が校長たるの適格性を欠くことの徴表とみる
ことはできないという余地はあるけれども、それが全体的な学校予算の不十分に由
来するものであることから考えれば、同町内の他校との関連において、事前執行等
による支出の予算規模に対して占める割合、あえて支出の事前執行等に出る必要性
についての判断の当否といつた点において、上告人主張のような事実の存在は、事
情によつては、企画力、協調性などの面から、なお、被上告人が校長たる適格性を
欠くことの徴表であると評価しても、不相当であるとはいいえない場合があること
は、否定しえないところである。
  (四) 校長たるの職に適合する言動は、通常の場合においてのみ要求されるも
のではない。右三の(一)(二)で説示したところからすれば、被上告人の小学校長と
しての日常行動に関連して上告人の主張するところを、原判決説示のような理由に
よつて校長たるの適格性を欠くことの徴表と認めることはできないものと解するこ
とはできない。
  (五) 本訴提起後の行為についての主張には、学校日誌の記載の抹消等が含ま
れており、行為の性質からすれば、原判決説示のように軽視してよいものではない。
それは、本件降任処分後の行為ではあるけれども、右処分の事由は個々具体的の行
為ではなく、その職に必要な適格性を欠くことであるから、少くとも、上告人主張
の被上告人の各行為のうち右処分以前になされたものを不適格性の徴表とみうるか
否かを判断するための資料となりうるものというべきである。
 四 なお、被上告人が昭和二四年以来校長を勤めている者であることは、上告人
も認めるところであり、被上告人が校長の職に必要な適格性を欠くことの徴表たる
事実として上告人の主張する事実の大部分は学校統合問題が発生した昭和三二年以
降の限られた時期に集中しているけれども、それだからといつて、直ちに、本件降
任処分時において被上告人がその職に必要な適格性を欠いていたという事実が否定
されるべきことになるわけではない。
 結局、上告人主張の徴表たる事実を認めうる程度いかんによつては、本件降任処
分を違法とはいいえないことになるのであるから、原判決には、法令の解釈を誤り、
その結果審理を尽くさなかつた違法があつて、その違法が原判決に影響を及ぼすも
のであることは、明らかである。したがつて、論旨は、この点においてすでに理由
がある。
 五 以上の次第で、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を
免れない。そして、本件は、さらに被上告人の本訴請求の当否について審理する必
要があるので、本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    大   塚   喜 一 郎

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