弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙目録(一)(1)ないし(4)記載の標章(以下順次「被告標章
(1)ないし(4)」といい、これらを総称して「被告標章」という。)を使用し
てはならない。
2 被告は、原告らに対し、九八〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から
支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 2について仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1(一) 原告らは、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を
「本件商標」という。)を有する。
登録番号 第一一三六三四九号
出願 昭和四七年七月二九日
登録 昭和五〇年七月二五日
更新登録 昭和六一年七月一七日
商品の区分 第二六類
指定商品 印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真、これら
の付属品
商標の構成 別紙目録(二)記載のとおり
(二) 被告は、昭和五八年五月二日以降、別紙目録(三)(1)ないし(4)記
載の書籍(以下順次「被告書籍(1)ないし(4)」といい、これらを総称して
「被告書籍」という。)に順次被告標章(1)ないし(4)を付し、同標章を付し
た被告書籍を販売している。
(三) 被告標章は、いずれも称呼において本件商標と同一であり、外観において
も本件商標とほとんど同一である。また、被告書籍は、本件商標権の指定商品に属
する。
(四) よつて、原告らは、被告に対し、本件商標権に基づき、被告標章の使用の
差止めを求める。
2(一) 被告は、故意又は過失により、本件商標権を侵害したものであつて、原
告らは、被告に対し、本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額を自己が受け
た損害の額としてその賠償を請求することができるところ、その額は、別紙目録
(三)題号欄記載の被告書籍の同目録売上高欄記載の額にそれぞれ一〇パーセント
を乗じて得られた同目録使用料相当額欄記載の額であり、
その合計額は九八〇万円である。
(二) よつて、原告らは、被告に対し、本件商標侵害による損害金九八〇万円及
びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅
延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1(一) 請求の原因1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)については、被告書籍の題号の中に「POS」の文字が含まれ
ていることは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同1(三)については、被告書籍の題号の中の「POS」という文字に関
する限度で認め、その余の事実は否認する。
(四) 同2(一)の事実は否認する。
2 原告が問題としている「POS」は、被告書籍の題号の一部であるところ、そ
の題号は、被告書籍の内容を表示するものであつて、出版者や販売者等の商品の出
所を表示する機能を持たないものである。すなわち、右題号中の「POS」とは、
problem oriented system(問題志向システム)の略語で
あつて、【A】が一九六八年に提唱し、アメリカ合衆国の意欲的な教育病院で実用
化された診療記録の作成方式を意味するものである。従来の伝統的なシステムは、
医療チームの各部門(医師、看護婦、他の部門)が別々の項目で様式を設け、個々
に記載する方法であつて、医療者側の必要性に基づく記録方式であつたのに対し、
「POS」は、医療チームの専門家が情報を共有し、同一の用紙に共同で記載する
方法であつて、患者の問題に焦点を当てた記録方式であるところ、わが国では一九
七三年に導入され、現在では多くの病院で採用されている。そして、被告書籍のう
ち、被告書籍(1)(POS実践マニユアル―診療録の記載方法―)は、その題号
とおり「POS」によつて診療録を記載する方法を内容とするものであり、被告書
籍(2)(実践POSQ&A50)は、その題号のとおり「POS」を実践するに
当たつての五〇の質問と回答を内容とするものであり、被告書籍(3)(PONR
の理解 POSによる看護記録の実際)は、その題号のとおり「POS」による看
護記録である「PONR」(Problem Oriented Nursing
 Record)の実際について記述したものであり、被告書籍(4)(POSの
導入と実際 7病院の導入経過(実施と再検討))は、その題号のとおり七つの病
院が「POS」を導入した経過について記述したものにほかならない。このよう
に、被告書籍の各題号は、いずれも書籍の内容を表示するものであることが明白で
ある。また、右の意味での「POS」が題号に含まれている書籍は、被告書籍以外
にも、医学書院、メヂカルフレンド社などから出版されている多数の単行本があ
る。更に、雑誌等の定期刊行物には、「POS」に関する論文、記事などが多数掲
載されている。なお、「POS」は、point of salesの略語として
も、販売時点管理の意味で社会一般に広く用いられており、その意味の「POS」
を題号の一部とする書籍も、枚挙にいとまがないほどである。したがつて、被告が
被告書籍の題号に使用した「POS」は、自己の商品の内容を表示するものであつ
て、自己の商品であることを示すという自他商品識別機能を有するものではなく、
商標法二条一項にいう商標には当たらない。すなわち、商標法二条一項の規定は、
形式的には、商品の自他商品識別機能について規定することなく、標章であつて業
として商品を生産する者がその商品について使用するものはすべて商標であるとい
うような規定の仕方をしているが、この条項の中には、当然に自他商品識別の機能
を有するものとしての商標の概念が前提とされ、かつ、含まれているものと解すべ
きである。なぜならば、第一に、そのように解することによつて、商標法一条の
「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、
もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目
的が達せられるし、第二に、単に記述的あるいは意匠的にしか使用されない標章の
使用がすべて禁止されるという弊害を防止することができるからである。
 仮に、商標法二条一項について前述のような解釈をすることができないとして
も、商標は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識
として機能することにその本質があること、商標法一条、三条及び三七条等の規定
によれば、ある表示が自他商品識別機能を果たす態様で使用されていない場合に
は、その表示を使用する行為は商標権者の登録商標の右本来の機能を何ら妨げない
ものであることなどに照らすと、右行為には商標権の効力は及ばず、右行為は、商
標権を侵害しないものというべきである。ところで、被告が被告書籍の題号の一部
に「POS」を使用する行為は、被告書籍の内容を表示するにすぎないものであつ
て、自他商品識別機能を有する態様で使用するものではないから、被告の右行為に
は原告の本件商標権の効力は及ばず、被告の右行為は、同権利を侵害するものでは
ないのである。
三 被告の主張に対する原告らの反論
 【A】は、その著書の中で、POMR(problem oriented m
edical records’問題志向型診療記録)システム、又はPOシステ
ムについて記述しているが、「POS」については記述していない。したがつて、
被告が被告書籍の題号に使用している「POS」は、書籍の内容を表示するもので
はない。書籍の内容を表示するのであれば、POシステムとすべきである。また、
「POS」が、問題志向型システムを意味することは、一般には知られていない。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 請求の原因1(一)の事実は、当事者間に争いがなく、また、成立に争いのな
い甲第二ないし第五号証によれば、被告標章(1)ないし(4)が、書籍の題号と
して、被告書籍(1)ないし(4)の表紙にそれぞれ表示されていることが認めら
れる。
二 ところで、商標法二条一項は、「この法律で「商標」とは、文字、図形若しく
は記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)
であつて、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について
使用をするものをいう。」と定義し、また、同条三項は、「この法律で標章につい
て「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
一商品又はその商品の包装に標章を付する行為 二商品又は商品の包装に標章を付
したものを譲渡し引き渡し譲渡若しくは引き渡しのために展示し又は輸入する行為
 三商品に関する広告、定価表又は取引書類に標章を付して展示し又は頒布する行
為」と定義している。右定義によると、「商標」とは、右にいう標章であつて、商
品について使用をするものをいい、また、標章について「使用」とは、一例を挙げ
ると、商品に標章を付する行為をいうにとどまるのであつて、商標は出所表示機能
を有するものをいい、また、標章の使用は出所表示機能を有するものとして商品に
標章を付する行為をいうものとはされていない。したがつて、右定義に従うとすれ
ば、被告標章は、被告書籍の表紙に題号として表示されているものであつても、標
章であつて、書籍という商品について使用をするものであるから、商標であり、ま
た、その使用行為は、書籍という商品に標章を付するものであるから、商標として
の使用であるといわざるをえない。しかしながら、商標法二五条本文は、「商標権
者は、指定商品について登録商標の使用をする権利を専有する。」旨規定している
から、商標法三六条一項にいう商標権の侵害とは、右の登録商標の使用権の侵害を
意味するものと解されるところ、他方、同法三条は、自己の業務に係る商品につい
て使用をする商標については、(1)商品の普通名称、商品の産地、販売地、品
質、原材料、効能、用途、数量、形状、価格又は生産、加工若しくは使用の方法、
ありふれた氏名又は名称などを普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる
商標、(2)慣用商標、(3)きわめて簡単でかつありふれた標章のみからなる商
標、(4)その他需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することがで
きない商標を除き、商標登録を受けることができる旨規定しており、右規定によれ
ば、登録商標とは、このような要件に適合するものとして「商標登録を受けている
商標」であつて、(同法二条二項)、本来、何人かの業務に係る商品であることを
認識することができる商標、すなわち、出所表示機能を有する商標であることは明
らかであり、したがつて、前記同法二五条本文にいう「登録商標の使用をする権
利」とは、出所表示機能を有する商標の使用をする権利を意味するものであるか
ら、出所表示機能を有しない商標の使用若しくは出所表示機能を有しない態様で表
示されている商標の使用は、「登録商標の使用をする権利」には含まれないものと
解するのが相当である。そうすると、このような商標の使用は、同法二五条本文に
規定する登録商標の使用権を侵害するものということはできない。また、このよう
に解すべきことは、商標法一条が、「この法律は、商標を保護することにより、商
標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせ
て需要者の利益を保護することを目的とする。」旨規定している趣旨にも合致する
ものである。次に、商標法三七条は、(1)指定商品についての登録商標に類似す
る商標の使用又は指定商品に類似する商品についての登録商標若しくはこれに類似
する商標の使用、(2)指定商品又はこれに類似する商品であつて、その商品又は
その商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを譲渡又は引渡の
ために所持する行為、(3)指定商品又はこれに類似する商品について登録商標又
はこれに類似する商標の使用をするために登録商標又はこれに類似する商標を表示
する物を所持する行為、(4)指定商品又はこれに類似する商品について登録商標
又はこれに類似する商標の使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を
表示する物を譲渡し引き渡し又は譲渡若しくは引渡のために所持する行為、(5)
指定商品又はこれに類似する商品について登録商標又はこれに類似する商標の使用
をし又は使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造
し又は輸入する行為、(6)登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造
するためにのみ用いる物を業として製造し譲渡し引き渡し又は輸入する行為は、商
標権を侵害するものとみなす旨規定し、指定商品に類似する商品について登録商標
の使用をする行為のみならず、指定商品又はこれに類似する商品について登録商標
に類似する商標の使用をする行為についても、商標権者に禁止権を認め、更に、右
のような商標の使用をする行為ではないが、その使用をし若しくは使用をさせる意
思を持つた一定の行為についても侵害とみなす旨定めているところ、前示のとお
り、出所表示機能を有しない商標の使用若しくは出所表示機能を有しない態様での
商標の使用は、登録商標の使用とはいえず、登録商標の使用権の侵害を構成しない
のであるから、右の商標法三七条に規定する登録商標の使用についても全く同様に
解すべきであり、また、同条に規定する登録商標に類似する商標の使用について
も、これと異なる考えを採用すべき理由は見当たらず、したがつて、出所表示機能
を有しない標章の使用若しくは出所表示機能を有しない態様での商標の使用は、同
法三七条が規定する登録商標又はこれに類似する商標の使用にも当たらず、商標権
の侵害を構成しないものと解すべきである。これを本件についてみるに、前掲甲第
二ないし第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号
証によれば、「POS」とは、「problem oriented syste
m」(問題志向システム)、すなわち、【A】が、一九六八年に提唱し、アメリカ
合衆国の意欲的な教育病院で実用化された問題志向型診療記録(POMR)を作成
する方式で、わが国には【B】が紹介したものの略語であるところ、被告標章
(1)の「POS実践マニユアル」は、右「POS」によつて診療録を記載する方
法が記述されている被告書籍(1)の題号として、被告標章(2)の「実践POS
Q&A50」は、「POS」についての質問と回答を記述している被告書籍(2)
の題号として、被告標章(3)の「PONRの理解 POSによる看護記録の実
際」は、「POS」による看護記録の実際について記述している被告書籍(3)の
題号として、被告標章(4)の「POSの導入と実際」は、「POS」導入の実際
について記述されている被告書籍(4)の題号として、いずれも被告書籍の内容を
示すために被告書籍の表紙に表示されているものであつて、出版社である被告の商
品であることを識別させるための商標として被告書籍に付されたものではないこと
が認められる。右認定の事実によると、被告標章は、いずれも単に書籍の内容を示
す題号として被告書籍に表示されているものであつて、出所表示機能を有しない態
様で被告書籍に表示されているものというべきであるから、被告標章の使用は、前
説示に照らし、本件商標権を侵害するものということはできない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、
理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八
九条及び九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 清永利亮 設楽隆一 富岡英次)
目録(一)
<12746-001>
目録(二)
<12746-002>
目録(三)
題号 著者等 出版社 売上高 使用料相当額
(1) POS実践マニユアル―診療録の記載方法― 【C】外一名監修 【D】
外二名編著 被告 二五〇〇万円 二五〇万円
(2) 実践POSQ&A50 【E】外一名著 被告 二〇〇〇万円 二〇〇万

(3) PONRの理解 【F】著 被告 二五〇〇万円 二五〇万円
POSによる看護記録の実際
(4) POSの導入と実際 【G】編 被告 二八〇〇万円 二八〇万円
7病院の導入経過(実施と再検討)

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