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平成13年(行ケ)第302号 審決取消請求事件(平成15年7月7日口頭弁論
終結)
          判           決
       原      告   ルーク ラメレン ウント 
クツプルングスバウ ベタイ
リグングス コマンディート
ゲゼルシャフト
       訴訟代理人弁護士   加 藤 義 明
       同          角 田 邦 洋
       同    弁理士   久 野 琢 也
       被      告   特許庁長官 今 井 康 夫
       指定代理人      舟 木   進
       同          大 野 克 人
       同          内 田 博 之
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が不服2000-2207号事件について平成13年3月27日にし
た審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,昭和61年4月4日にした特許出願(パリ条約による優先権主張日
1985年〔昭和60年〕4月4日,同年5月10日,同年9月7日・ドイツ連邦
共和国,特願昭61-76833号)の一部につき,平成10年1月30日,名称
を「相対回動可能な少なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を有
する装置」とする新たな特許出願(特願平10-18523号)をしたが,平成1
1年11月16日,拒絶査定を受けたので,平成12年2月22日,これに対する
不服の審判の請求をした。
 特許庁は,同請求を不服2000-2207号事件として審理した上,平成
13年3月27日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄
本は,同年4月10日,原告に送達された。
 2 願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下「本願発
明」という。)
 相対回動可能な少なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を
有し,該緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得る
ようになっており,前記緩衝装置が少なくとも周方向に有効な蓄力器と軸方向に有
効な蓄力器を有する摩擦装置とを有していることを特徴とする,相対回動可能な少
なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を有する装置。
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭55-209
64号公報(甲4,以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」
という。)及び特開昭59-151624号公報(甲5,以下「引用例2」とい
う。)記載の発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は,引用発明1には引用発明2の技術的思想の適用を阻害する事由があ
るのにこれを看過し,相違点についての判断を誤った(取消事由)ものであるか
ら,違法として取り消されるべきである。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)
  (1)審決は,本願発明と引用発明1の相違点として認定した,「本願発明で
は,『緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るよ
うになって』いるのに対し,引用発明1では,そのようになっていない点」(審決
謄本4頁〈相違点〉,以下「本件相違点」という。)について,「引用例2に
は・・・『緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得
るようにする』技術思想が開示されているものと解することができる。そして,引
用発明1及び2は,フライホイールに設けた緩衝装置の点で同様な技術分野に属す
るものであること,及び,引用発明1に上記技術思想の適用を妨げる特段の事情も
見当たらないことより,上記相違点に係る本願発明の構成は,引用発明1に上記引
用発明2に係る上記技術思想を適用して,当業者が容易になし得た」(同頁下から
第4段落~第3段落)と判断した。しかしながら,引用発明1には引用発明2の技
術的思想の適用を阻害する事由があり,審決の上記判断は,この阻害事由を看過し
た誤りがある。
(2)引用例1(甲4)には,解決すべき従来技術の問題点として,「従来技術
は,エンジンの高速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの
低速回転領域での激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている。
実際面から云えば,トルク変動が最も多く且つ激しく生じるのは,エンジンの低速
回転領域であるから,従来装置は,これらの点の対策に不充分であったと云える」
(2頁右上欄~左下欄)と記載され,発明の目的として,「この発明(注,引用発
明1)は,これら従来技術の問題点に着目して開発したもので,一定値以上のトル
ク変動が入力軸に生じた場合,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにする
ため,回転トルク伝達機構に組み込まれる慣性体を,ドライブプレートとフライホ
イールとに2分割し,これらの間にトルク制限機構を有するクラッチ機構とダンパ
ー機構とを介在させた装置を提供することを目的とし,かような装置の提供によ
り,低速回転領域で生じるトルク変動の吸収を可能にさせている」(2頁左下欄)
と記載されている。これらの記載によれば,引用発明1は,低速回転領域で発生す
る激しいトルク変動の対策が不充分であったという従来技術の問題点か
ら出発するもので,一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合に,回転数に関
係なく,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにすることで,低速回転領域
で生ずる激しいトルク変動の吸収を可能にすることを目的ないし技術的課題として
いるものといえる。すなわち,引用発明1は,低速回転領域において発生する一定
値以上の激しいトルク変動を回転数に関係なく出力軸に伝達させないようにするこ
とを目的としている。
  そうすると,トルク変動に際してはエンジンの回転数も相応に変動するこ
とになるので,出力軸に伝達される回転トルクの上限値をエンジンの回転数に関連
して変化させると,トルク変動に際して出力軸に伝達される回転トルクの上限値も
変化し,一定値以上の激しいトルク変動を出力軸に伝達させないようにするという
目的が達成されなくなるから,出力軸に伝達されるトルク変動の上限値,すなわち
回転トルクの上限値を,エンジンの回転数に関連して変化させる技術的思想は,む
しろ目的達成の妨げになるものとして,排除されていると考えるべきである。上記
出力軸に伝達される回転トルクの上限値とは,引用例1の「クラッチライニング2
4」の摩擦力によって決定される伝達許容回転トルク値のことであって,緩衝装置
の回動抵抗を意味するものであり,また,遠心力は回転数の関数であることから,
結局,引用発明1にとって,緩衝装置の回動抵抗が回転数,遠心力に関連して変化
させられ得るようにするという技術的思想,ひいては緩衝装置の回動抵抗を回転数
の増大若しくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする技術的思想
は,回避すべきものというべきである。
  したがって,引用発明1に引用発明2の「緩衝装置の回動抵抗が回転数も
しくは遠心力に関連して変化させられ得るようにする」技術的思想を適用すること
を妨げる特段の事情があるから,引用発明1との本件相違点に係る本願発明の構成
は,引用発明2の上記技術的思想の適用によって,当業者が容易に想到し得たもの
ということはできない。
第4 被告の反論
 1 審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
   当業者が引用発明1を具現化する場合には,「トルク変動が最も多く且つ激
しく生じる低速回転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にする」ため
に,「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域」が具体的にどのよう
なエンジンの回転数の範囲であるかについて調べ,次いで,その範囲を考慮して,
どの程度までの発生トルクの伝達を許容し,それより大きい発生トルクの伝達を遮
断することが効果的かを検討して,具体的な値を決定するのが技術常識であり,こ
のような具体的な値は,当業者が必要性に応じて適宜決定する設計的事項であっ
て,現実には幅のある値と解される。そして,本願発明における伝達許容回転トル
ク値について見ると,その特許請求の範囲の請求項1の記載「緩衝装置の回動抵抗
が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得る」のように具体的な値が特定
されていないし,また,引用発明2の「摩擦伝達装置の滑りによって動力伝達系の
捩り振動吸収を行う装置において,当該摩擦伝達装置の摩擦力を回転数もしくは遠
心力の増大に伴って増大させるようにする」との技術的思想における伝達許容回転
トルク値について見ても,具体的な値が特定されていない。そうすると,
本願発明との対比において,引用発明1に引用発明2の技術的思想を適用する際,
回転数若しくは遠心力の増大に伴って増大させる摩擦伝達装置の摩擦力の値,すな
わち伝達許容回転トルク値を,「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転
領域」において「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域において生
じるトルクの変動の吸収を可能にする」範囲にすることは当然であって,これを,
あえて原告が主張する「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域」に
おいて「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域において生じるトル
クの変動の吸収を可能にする」範囲を超えるものとしなければならない必然性はな
い。
 したがって,引用発明1において,伝達許容回転トルク値をエンジンの回転
数に関連して変化させるという引用発明2の技術的思想を適用することを妨げる事
情は存在しない。また,引用例1(甲4)の記載によれば,引用発明1は,エンジ
ンの高速回転領域において,クランク軸のねじり振動,急激なトルク変動あるいは
所望値以上の高トルクの遮断を行った後,出力軸に伝達されるようにして著しい効
果を達成することを肯定した上で,トルク変動が最も多くかつ激しく生ずる低速回
転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にすることを優先して,伝達許容
回転トルク値を設定したものであると解される。そうとすれば,少なくとも,エン
ジンの高速回転領域において,クランク軸のねじり振動,急激なトルク変動あるい
は所望値以上の高トルクの遮断を行った後,出力軸に伝達されるようにして著しい
効果を達成するという技術的思想を排除するものではない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
  (1)原告は,引用発明1にとって,緩衝装置の回動抵抗が回転数,遠心力に関
連して変化させられ得るようにするという技術的思想,ひいては緩衝装置の回動抵
抗を回転数の増大若しくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする技
術的思想は,回避すべきものというべきであるから,引用発明1に引用発明2の
「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るように
する」技術的思想を適用することを妨げる特段の事情があると主張するので,検討
する。
(2)引用例1(甲4)には,「内燃機関のクランク軸の回転トルクは,クラッ
チ機構を構成するクラッチディスク又はフライホイールにダンパー機構を組み込
み,クランク軸のねじり振動の減衰或いは所望値以上の高トルクの遮断を行なった
後,被動軸即ち出力軸に伝達させている。しかしこれら従来技術は,エンジンの高
速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの低速回転領域での
激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている。実際面から云え
ば,トルク変動が最も多く且つ激しく生じるのは,エンジンの低速回転領域である
から,従来装置は,これらの点の対策に不十分であったと云える。この発明は,こ
れら従来技術の問題点に着目して開発したもので,一定値以上のトルク変動が入力
軸に生じた場合,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにするため,回転ト
ルク伝達機構に組み込まれる慣性体を,ドライブプレートとフライホイールとに2
分割し,これらの間にトルク制限機構を有するクラッチ機構とダンパー機構を介在
させた装置を提供することを目的とし,かような装置の提供により,低速回転領域
で生じるトルク変動の吸収を可能にさせている」(2頁右上欄~左下欄)
,「駆動軸2からの回転トルクは,摩擦板24を介して,そのねじり振動をコンプ
レッションスプリング26で吸収しながら,被動軸3に伝達されるが,しかし,ダ
イヤフラムスプリング25のバネ力およびクラッチライニング24の摩擦係数等で
決められる伝達許容回転トルク値以上の回転トルクがドライブプレート7と第1,
第2のドライブディスク20,21間に生じると,第2図に破線部A1或いはB2で示
すように,摩擦板24にすべり現象が生じ,トルク伝達がA2或いはB3に制限され
る。駆動軸2と被動軸3の間に生じた急激なトルク変動は,2分割された慣性体4
を構成するドライブプレート7とフライホイール9との間で制限され,フライホイ
ール9からディスク27へ伝達されるトルク変動を吸収する。かくして,たとえ
ば,エンジンの低速回転領域で多く生じる激しいトルク変動を,被動軸に減衰させ
て伝達するので,出力側の機器へ何んら悪影響を与えない」(3頁左下欄~右下
欄)との記載がある。これらの記載によれば,引用発明1においては,従来,クラ
ッチディスク等にダンパー機構を組み込んで,エンジンから生ずるトルク変動を吸
収することが行われてきたが,ダンパー機構だけではエンジンの低速回転領
域で典型的に生ずる大きなトルク変動に対処するには不十分であるとの課題を解決
するため,一定値以上の大きなトルク変動への対策として滑り変動を生ずるクラッ
チ機構を設けたものであることが理解される。すなわち,引用発明1は,小さなト
ルク変動を吸収するダンパーと大きなトルク変動を吸収するクラッチの2段階の振
動吸収機構を備えることによって,エンジンから生ずる不快な振動が被動軸に伝達
されることを防止しようとするものであると認められる。そうすると,引用発明1
が備える構成は,確かに,エンジンの低速回転領域においては,原告の主張するよ
うに,「一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合,回転数に関係なく,この
トルク変動を出力軸に伝達させないようにする」ものであるから,回転数に応じて
伝達トルクの上限値を変化させるという本願発明の技術的思想とは異なるものであ
る。
(3)しかしながら,引用発明1は,引用例1(甲4)の「従来技術は,エンジ
ンの高速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの低速回転領
域での激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている」(2頁右上
欄)との記載に照らせば,エンジンの回転の安定した高速回転領域では従来のダン
パーだけのトルク吸収機構でも十分に効果があることを指摘した上で,当該ダンパ
ーだけでは低速回転領域で典型的に生ずる激しいトルク変動に対応できないことか
ら,この激しいトルク変動を吸収することを発明の課題として,低速回転領域で典
型的に生ずる激しいトルク変動を吸収するために,上記のとおり,クラッチ機構を
備えることを課題解決の手段としたものであり,高速回転領域ではダンパーによ
り,低速回転領域ではクラッチにより,それぞれ適切な振動吸収が行われることを
期待しているものと認めることができる。このように,引用発明1の二つの振動吸
収機構は,それぞれその機能を発揮する回転数領域を分担し,回転数に関係させて
作用するようにされているものである。加えて,上記のとおり,引用例1には,高
速回転領域では従来のダンパー機構だけでも著しい効果があること,ま
た,激しいトルク変動は低速回転領域で典型的に生ずるものであることが記載さ
れ,これらの記載は,吸収すべきトルク変動の大きさは回転数に依存して変化する
ものであることを示唆しているから,緩衝装置の回動抵抗を回転数若しくは遠心力
に関連して変化させることを許容しているものであることが明らかであり,引用発
明1に引用発明2の「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化
させられ得るようにする」技術的思想を適用することを妨げる特段の事情があると
いうことはできない。
(4)したがって,本件相違点について,「引用例2には・・・『緩衝装置の回
動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るようにする』技術思想
が開示されているものと解することができる。そして,引用発明1及び2は,フラ
イホイールに設けた緩衝装置の点で同様な技術分野に属するものであること,及
び,引用発明1に上記技術思想の適用を妨げる特段の事情も見当たらないことよ
り,上記相違点に係る本願発明の構成は,引用発明1に上記引用発明2に係る上記
技術思想を適用して,当業者が容易になし得た」(審決謄本4頁〈相違点〉)とし
た審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由の主張は採用することができない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき
瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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