弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京簡易裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人坂本福子、同柴田五郎、同高橋孝信連名提出の控訴趣意
書及び上申書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次の
ように判断する。
 弁護人の控訴趣意中原審における法令違反の主張について。
 所論に対する判断を為すに先だち、本被告事件の原審における審理経過を検する
に、被告人は道路交通法第一二十七条第一項に違反し、同法第百二十条第一項第二
号に該当する罪により昭和四十一年十一月二十五日付をもつて東京簡易裁判所に起
訴されたものであるが、同庁における右被告事件に対する第一回公判期日は昭和四
十二年一月二十七日に開かれ、被告人は通常の弁護人を選任しないまま右公判期日
に出頭し、人定質問を受けた直後、特別弁護人選任許可を申し立てたが裁判所から
許可されなかつたこと、被告人は検察官の起訴状朗読に引き続く被告事件について
の陳述において起訴状記載の事実を否認したこと、検察官より本件犯行現認状況を
立証するため証人A取調請求が為され、裁判所はこれを採用し、次回公判期日にそ
の取調を為す旨の決定をしたこと、被告人は、裁判所が被告人の申立に係る特別弁
護人の選任を理由も示さず許可しないというのであれば今後の審理に応ずることは
できないとして裁判官忌避の申立てを為したが、裁判所が右申立は刑事訴訟法第二
十二条の規定に違反するとして同法第二十四条によりこれを却下する旨決定したと
ころ、被告人は傍聴人らと呼応して「そんなのは一方的だ、民主的な裁判ではな
い」等と暴言を吐いて審理を妨害し、裁判官の訴訟指揮に従わなかつたため裁判官
から退廷を命ぜられて退廷したこと、被告人の退廷後裁判所に検察官の証人Aに対
する取調請求の撤回により前記証拠決定を取り消し、検察官からあらためて取調請
求のあつた①司法巡査A作成の道路交通法違反現認報告書一通、②同上作成の捜査
報告書二通、③和知鋭明の司法巡査(原審公判調書に司法警察員とあるは誤記と認
める)に対する供述調書一通④他三通の各証拠書類を全部証拠として取り調べる旨
決定し、その取調を終つた後、事実及び法律の適用についての検察官の意見を聴い
て弁論を終結し、即日判決の宣告をしたこと、以上の手続の為されたことが一件記
録上明らかである。
 ところで原判決は、叙上「1」ないし「3」の各書類を証拠として被告人に対し
本件起訴状記載と同旨の道路交通法第三十七条第一項の規定に違反し同法第百二十
条第一項第二号に該当する犯罪事実を認定して有罪の言渡をしているが、証拠とし
て掲げられた右各書類はすべて刑事訴訟法第二百二十一条第一項にいわゆる「被告
人以外の者が作成した供述書又はその供述を録取した書面」であるから、同条項
(第三号)所定の場合に当らない限り、被告人又は弁護人がこれを証拠とすること
に同意したときでなければ、これを証拠とすることができないことは同法第三百二
十六条第一項の規定に徴し明白である。
 尤も同条第二項は、被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合にお
いて、被告人が出頭しないときは、同条第一項の同意があつたものとみなす、但
し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない旨規定しているが、その
法意は、五万円以下の罰金又は科料にあたるいわゆる軽微事件(同法第二百八十四
条・罰金等臨時措置法第七条第二項)等において、被告人及び弁護人又は代理人の
いずれも公判期日に出頭しないときは、裁判所は、書面を証拠とすることの同意の
有無を確めるに由なく、そのため訴訟の進行が著しく阻害されるから、これを防止
する便宜策として、これらの者が正当な理由がなく出頭しない場合に限り、証拠調
を含む事件の審理全般を裁判所に一任する意思に出たものと認め、刑事訴訟法第三
百二十六条第一項の同意があつたものとみなして訴訟の促進を図つたものに外なら
ず、従つて、いわゆる軽微事件についても、被告人は公判期日に出頭の義務こそな
けれその権利を有しないわけではないから、若し召喚に応じて公判期日に出頭した
ときには、同条第二項を適用すべき限りでないことはいうまでもない。
 しかして、公判期日に出頭した被告人が秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜら
れたときは、いわゆる軽微事件たると否とを問わず、その陳述を聴かないで判決を
することができ(同法第三百四十一条)、この場合においては、被告人が公判期日
に出頭していないまま、当然判決の前提となるべき証拠調を含む審理を追行するこ
<要旨>とができるとしても、斯様に一旦は公判期日に出頭し、その後秩序維持のた
め裁判長から退廷を命ぜられて退廷した被告人は、同法第三百二十六条第一
項の同意、不同意を含む被告人としての訴訟上の諸権利を行使する意思を放棄して
いるのではないことが窺われるから、これを前述の如く証拠調を含む事件の審理全
般を裁判所に一任する意思に出たものと認められる、正当な理由がなく公判期日に
出頭しない者と同日に論ずることは失当であるというべく、少なくとも同法第三百
二十一条第一項にいわゆる「被告人以外の者が作成した供述書又はその供述を録取
した書面」に関する限り、殊にそれが当該公判期日において、退廷命令以前には未
だ取調請求がなされず、従つてその取調決定のなされることが全く予想されていな
い場合には、当該被告事件がいわゆる軽微事件であると否とに拘りなく、同法第三
百二十六条第二項の規定は適用されないものと解するのが相当である。
 翻えつて本件の場合を考えると、被告事件は三万円以下の罰金にあたる事件であ
るが、前示審理経過から窺われる如く、被告人は冒頭から公訴事実を否認している
のであるから検察官が取調を請求すべき証拠書類の相当多数のものについてこれを
証拠とすることに同意しないであろうことは予想するに難くないのみならず、取調
決定に係る前記「1」ないし「3」の各証拠書類は本件退廷命令以前においては未
だ取調請求がなされていないのであるから、かような書類について刑事訴訟法第三
百二十六条第二項の規定を援用し同意を擬制して取り調べることが被告人の意思を
無視し、その訴訟上の権利を侵害する失当な措置である所以は前段説明のとおりで
あり、原判決は正にこれら「1」ないし「3」の各書類のみを証拠として被告人に
対し起訴状記載と同旨の犯罪事実を認定して有罪の言渡をしたものであるから、原
審の右訴訟手続の違法が判決に影響を及ぼしていることは明白であつて、原判決は
所論退廷命令の適否に拘らず、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある
ことに帰する。
 よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十九条によつて原判決を破棄
し、同法第四百条本文に則り本件を原裁判所に差し戻すこととして主文のとおり判
決する。
 (裁判長判事 栗田正 判事 沼尻芳孝 判事 近藤浩武)

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