弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人楠田尭爾、同加藤知明及び同田中穣が連名で作成した
控訴趣意書(但し、第一回公判調書中の弁護人の釈明参照。)に、これに対する答
弁は、検察官川瀬義弘が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりである
から、これらを引用する。
 第一 控訴趣意中、事実誤認の主張について
 所論は、要するに、被告人は、その所有の原判示第一の宅地及び建物(以下「本
件第一物件」ともいう。)並びに第二の三筆の宅地(以下「本件第二物件」ともい
う。)を原判示高浜市土地開発公社(以下単に「公社」という。)に売却したのが
真実であつて、本件第一物件を直接Aに売却したり、本件第二物件を直接Bに売却
したりしたことはなく、したがつて、公社事務局長Cと共謀して、租税特別措置法
による優遇措置を受けるため、本件第一・二物件を形式上先ず被告人から公社に売
却し、次に公社からAやBに売却したようにみせかけ、各不動産登記簿原本にその
旨の仮装の各所有権移転登記を記載させ、これを原判示の出張所に備え付けさせる
ことを企てたこともないのに、「(罪となるべき事実)」として右各事実を認定判
示した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というの
である。
 そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する
に、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、所論の点をも含めて、原判示第
一・二の各事実は優に肯認することができ、所論に沿い、右認定に抵触する被告人
の捜査段階や原審公判廷における供述は信用できず、この認定判断は当審における
事実取調べの結果によつても左右されない。
 所論にかんがみ付言するに、所論は、本件第一・二物件は同法にいわゆる「事業
用資産」(同法三七条一項)であり、これを買い替えるならば、租税特別措置法上
の優遇措置をまつまでもなく、本来無税であつたから、被告人としては右各物件を
あえて公社に売却するまでの必要がなかつたにもかかわらず、被告人は、右各物件
が高浜市の区画整理事業の対象となつていた関係で、該事業の進捗を望む市や公社
に請われてこれに協力し、公社に売却することにしたに過ぎないのであり、公有地
の拡大の推進に関する法律の存在・内容を知らなかつたうえ、被告人と公社、公社
とAないしBとの間の各売買契約書の作成に全く関与していない被告人には、原判
示第一・二の各犯行を敢行するについて、動機ないし利益がなかつたことはもとよ
り、故意もなかつた、と強調する。
 確かに、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、被告人が所有していた本件
第一・二物件は高浜市の区画整理事業の対象区域に含まれていたところ、その仮換
地指定につき同市の市議会議員である被告人が強硬に反対したため、該事業の進行
が渋滞し、市当局ではこれを苦慮し、公社に協力を要請していたところ、これを請
けた公社のC事務局長において被告人に対し該事業への協力を依頼したことが認め
られる。しかし他方、右各証拠によれば、C事務局長は右協力を依頼した際、被告
人に対し「公社で土地を買い上げるということで協力してもらいたい。公社で買つ
たことにすれば税金もかからなくなるから工事に協力してもらいたい。」と申し出
て被告人の意を迎えると共に、「公社の方でも買手を捜すが、被告人の方でも買手
を探すように。」と申し向け、被告人はこれらを了承したこと、しかしてその後被
告人は、不動産業者DことE、同FことGの仲介により前記Aに対し本件第一物件
を代金二三六〇万七五〇〇円で、不動産業者HことIの仲介により前記Bに対し本
件第二物件を代金二〇〇一万三〇〇〇円で各売却し、それぞれ売買契約書を作成
し、被告人自ら右買主との間で代金を決済したこと、ところが公社C事務局長と被
告人との前記約束に基づき、右第一物件は代金一四八七万二一五〇円で、右第二物
件は代金一四九三万〇八二〇円でそれぞれ公社に売却したこととされ、いずれも租
税特別措置法第三四条の二の規定が適用されたため、被告人は前者については合計
五〇〇万円前後、後者については合計四六〇万円前後の国税と地方税との課税を免
れた(なお、本件各犯行の発覚により被告人は修正申告をした結果重加算税を含め
て国税、地方税併せて合計一二〇〇万円余の租税を納めた。)こと、被告人は、公
社において登記の形式を整えるため、被告人と公社との間、公社とAとの間及び公
社とBとの間の各売買契約書を別途作成することを認識しており、これらの用に供
せられることを知りながら、AやBとの間の前記各売買契約が成立した後に、被告
人自身の印鑑や印鑑証明書、更にはBから預かつたBの印鑑等を公社に届けたこと
が認められる。
 そして、右事実関係に徴すれば、本件第一・二物件が同法にいわゆる「事業用資
産」であるか否かということや被告人が公有地の拡大の推進に関する法律の存在や
その内容を知つていたか否かということについての判断をまつまでもなく、本件第
一・二物件の公社への売却が実体を伴わない仮装のものであつて、かつ、公社のC
事務局長のみならず、被告人にも原判示第一・二の各犯行を敢行するについて、そ
の動機ないし利益があつたことは明らかであり、また被告人が本件第一・二物件の
各不動産登記簿原本に原判示の各所有権移転登記が記載され、原判示の登記役場に
備え付けられることを認識、認容していたことも明らかであるから、右各犯行につ
き故意の存在も否定できない。
 以上のとおりであつて、原判決に事実誤認のかどは見いだせず、論旨は理由がな
い。
 第二 控訴趣意中、法令解釈の誤りの主張について
 所論は、要するに、刑法一五七条一項の公正証書原本等不実記載罪は、私人の申
告・申請に基づき作成される公文書に関し、私人の間接正犯的方法による無形偽造
行為を処罰するものであるから、本件のような不動産登記法上の官公署による登記
の「嘱託」は刑法一五七条一項にいう「申立」に当たらないのに、原判示第一・二
の各事実に同条項と同法一五八条一項とを適用して公正証書原本等不実記載・同行
使罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤り
が存する、というのである。
 <要旨>そこで案ずるに、原判示の各所有権移転登記は、それらが仮装であつたと
はいえ、公社が不動産に関する権利を取得し、これを移転するためなされた
もので、いずれも、官公署が不動産取引の当事者となつて登記を依頼する場合に当
たり、不動産登記法三一条、三〇条の「嘱託」によつてなされたことが証拠上明ら
かである。
 しかして同法二五条一項によると不動産に関する登記は原則として当事者の「申
請」又は官公署の「嘱託」によつてされねばならないとされているが、右「申請」
が刑法一五七条一項にいう「申立」に当たることは異論のないところ、少なくとも
本件のような不動産登記法三一条、三〇条に基づく「嘱託」に関する限りは、官公
署の「嘱託」も右「申立」に当たると解するのが相当である。なぜなら、原則とし
て当事者の申立による申請主義をとつている不動産登記手続の下で、右「嘱託」に
よる登記の手続については、別段の定めがある場合を除き、「申請」による登記の
手続に関する規定が準用され(不動産登記法二五条二項)、例えば、登記簿原本に
記載される事項も「申請」による場合となんら相違しないうえ、本件のように官公
署が不動産取引の当事者とされる場合は、官公署といえども登記制度を利用する面
で私人と同列の資格に立つものといわざるを得ないから、「嘱託」といい「申請」
というも実質は同じであつて、いずれも登記の申立という範畴にまとめることがで
き、刑法一五七条一項の「申立」に当たるといつて差し支えがないからである。
 もつとも、官公署が不動産取引の当事者となつている場合は、通常、登記の真正
ないし信頼性が確保できることから、当事者双方の申請によらずに官公署の「嘱
託」で足り、その際登記済証を添付することを要しないなどの取扱いがされてはい
るけれども、だからといつて「嘱託」登記の場合登記の真正ないし信頼性が常に確
保されるとは限らず、登記簿原本の不実記載を防止することの必要性は依然として
残るから、この点からも右「嘱託」が公正証書原本不実記載罪の「申立」に当たる
ことは明白である。
 更に、刑法一五七条一項の「申立」の主体が私人に限らないこと及び公社のC事
務局長がその権限を越えて原判示の各行為に及んだ点で私人にほかならないことは
原判決が正当に説示するとおりである。
 以上の次第で原判決に所論のような法令解釈の誤りのかどはなく、論旨は理由が
ない。
 よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判
決する。
 (裁判長裁判官 山本卓 裁判官 油田弘佑 裁判官 向井千杉)

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